ぴんぼけですが、下の方の四角い穴は、石垣を登ってくる滴に岩とかを落とすためのもの。もっとも、姫路城とかに言ったことがある人にはおなじみですね。江戸時代後期、幕藩体制がかたまっていても、城をこのように作ることは幕府も城の「標準」の様式として認めていたのだな、と。