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2022年1月 7日 (金)

心の問題をあれこれ「考える」必要はない。

さて、以下の、私のやっている #フォーカシング 「導入部」についての紹介に基づき、 #マインドフルネス との類似性と私が考えることを少し解説してみましょう。

●マインドフルネス認知行動療法とフォーカシングの導入部の類似性

#ジェンドリン はフォーカシングと #瞑想 は、心の中に降りていく「深度」が異なり、瞑想ほど「降りていく」ものではない、と、来日時のワークショップで述べていました。

ところが、フォーカシングにおける導入部としての"clearing a space(空間づくり)"に限定して言えば、ある意味で瞑想と似たところがある気がします。

生じてくる心の中の気がかりを、ひとつひとつ、脇に積み上げてしまうのですね。

そしてそうした気がかりをすべて積み出した後の、「広大な空間」を感じられれば、ひとまずよしとし、それで満足するならば、フォーカシングの段取りをそれ以上先に進める必要はない、必要なことはそれだけでも自然と生じてくることが多いとすら、著書「フォーカシング」の中で書いています。

 

ただ、ジェンドリンは、それを、気がかりな「事柄」という水準で書いています。

私はそれを数多くのフォーカシング・トレーニング経験から、「身体の感じ」レヴェルでまずはやってみるほうがいいと判断するようになりました。これが「第1章」の前に「第0章」の訓練を設定した理由です。

ただし、ここで言う「身体の感じ」とは、腰や肩の痛み、頭痛のような、否応なしに訴えてくるような「身体症状」にとどまるものではありません。

人は、実は、身体症状のようなはっきりした感じ以前に、実は、非常に漠然とした曖昧な身体感覚というものを感受していて、それに基づいて行動しているとみなせます。ジェンドリンの #体験過程理論 でいえば「暗黙の機能」といいます。

例えば、たとえ腹痛を感じていなくても、実は、お腹の中の漠然とした感じというものは、注意を向けてみれば、感じられるのです。

いきなりお腹の中の感じだけに触れようとしても、それを識別できないかもしれませんが、例えば、背中の方の感じと「識別」しようとすれば
、気付けるようになります。

こうしたことを身体のあちこちについてやってみると、身体のあちこちに、質感の異なった感じを「実は感じながら」日常を生きて「いた」ことに気づけるようになります。

とりあえずは、そういった、身体各所の感じを、落ち着いて息をしながら、「観察」できるようになればいい。

これじゃほとんど「瞑想」ではないかと言われる人は、確かに出て来る気がします。私は瞑想については何も学んだことはないのですが。

ところが、この事ができるようになり、習慣化するだけで、日々の悩みから、かなり自由になれることも多いのですね。

******

まるで、およそ人の悩みというものは、すべて「雑念」であり、「煩悩」であるかのように見なしているのか?と言われる人すら出てくるでしょう。

私は別に、思想として、そのようにみなしているわけではありません。

しかし、私たちは、環境との相互作用の中で、「頭で」判断する以前の問題として、まずは「身体で」受け止め、そこから生じてきた漠然とした感じに基づき、さながら「条件反射」のようにして行動している側面が実は大きいなのではないかと思います。

その「条件反射」の悪循環(認知行動療法でいう #スキーマ )を断ち切って、それと距離を起き、一度自由になってみる。

それだけで、新鮮な気持ちで、リラックスして、状況に対応できていくことも多いと思います。

これは、狭い意味での「こころ」の内容(content)主義自体からの脱却とも言えます。

#神田橋條治 先生は、「人間は、"コトバ"文化に『汚染』されている」といいます。

多くの心理療法の世界は、いよいよ難しい専門用語を駆使して、ひとの心の問題をいじくりまわすだけになる危険もある、という視点もあっていいと思います。

こうした「漠然とした身体の感じ」の状態に敏感になり、注意を向けるのに慣れて来ると、激しい感情が生じてくるまでに、自分が何を考え、どう判断する「クセ」があるのかを、冷静に観察する「もう一人の自分」が育成できます。

その結果、感情に任せた軽率な行動を取り、「また、いつものようなひどいことになってしまう」という悪循環を意識でき、ちょっと「自分」をとりもどして、柔軟な、もっといい反応をしていく心の余裕を取り戻せるのが習慣化するわけです。

恐らくこうした状態を確保した上で、言葉を選んで相手に伝えれば、それは相手も冷静な方向に自然と導くことがすくなくないかと思います。

「身体が」落ち着いている人間は、それがオーラのように働いて、相手の「身体」にもクールダウンが伝播することが少なくないということです。

・・・以上が、私の実践していることと、#マインドフルネス #認知行動療法 の接点と私が考えることがらですが、いかがでしょうか。

これは、完全に私の「こころの問題とその解決」観のエッセンスそのもので、#カウンセリング の現場のみならず、私自身の「生き方」そのものです。

念の為にいいますが、自分の悩みや行き詰まりを話したい人には、ますはそれをじっくりうかがうのでして、それをしないまま上記の技法を勧めることはありません。

2022年1月 3日 (月)

マインドフルネス認知行動療法とフォーカシングの導入部の類似性

2021年12月23日 (木)

なぜ心理カウンセラーになったのか

これは #note の #この仕事を選んだわけ というお題に答えてみようと思ったから書くのですが。

私は一人っ子として育ったのですが、それはそれは面倒見のいい父でした。久留米で一番仕事量こなす税理士として激務だったのですが、旅行にもしばしば連れて行ってくれましたし、こちらから求めてもいないうちにいろいろおもちゃや本を買ってきてくれる父でした。

中学校に入って、私が自発的にしてクラシック音楽に興味を持った時も、結構立派なオーディオセットをある日突如電気屋に連れて行って買ってくれましたし、レコード代もしばしば現金で渡してくれました。自転車に興味を持てばサイクリング車を買ってくれるという具合。

ただ、私はそこまで「先回り」していろいろしてくれるものだから、自分からだだをこねてものをねだったということは皆無でした。おもちゃ屋に行っても、欲しいものをはっきり欲しいと言えない。結局父が「これはどうだ?」と言ってくれるものを買ってもらってばかりでした。

私のその後の理解では、「甘えた」ことはないということになります。「甘んじて」いた、と言ったほうがいいですね。

小学校では、運動音痴で、きょうだいの間でもまれて育っていなかったので、結構いじめの対象とされました。教員養成大学の附属校でしたから、粗暴ないじめではなかたっとは思いますが、医者の師弟とかがむやみと多かったから、恐らくそういう連中は家では厳しいしつけを受けていて、そのストレス発散の種にされたのだと思います。

私以外の全員が、いわゆる「お受験」のための英才教育型幼稚園出身で、その頃からの友だち同士が多かったですから、孤立していたとも言えます(私自身は、附属小に入るための「お受験」勉強などは特に親から求められていません)。

基本的には、私は才気煥発というタイプで、天真爛漫だったと思います。そういうのが逆に気に障ったのでしょうね。

親も、「勉強しろ」と言ったことはなかったです。そこそこ成績は取れて、中の中という感じでしたでしょうか。

ところが、附属校ではありますから、実質的には中学ヘはエスカレーターだったのですが、中学から入ってくる人たちも多い。そういう人たちのほうが秀才が多いわけです。そこで、6年生になると、学校をあげて「受験勉強」させられるわけです。

業者テストも何回も受けさせられたわけですが、私はその2回めの時に、唐突に学年2番になれてしまった。みんなはまぐれだと思った。次の回はまた馬群に沈むわけですが、ここで私は、2番の時がまぐれではないことを証明したいという気持ちに自分でなったのです。それから猛然と勉強をはじめた。

・・・で、実際に再び学年2番になれたわけです。しかし、そのことを親は特にほめてもくれませんでした。

中学に進んでも当初成績は良かったのですが、そのうちに何のために勉強しているのかわけがわからなくなりました。親は全然将来のためとかいいませんでしたからね。

自分で延々と長大な日記を書いて、「学習哲学」みたいなものを自分で考えることをしていました。

知識の実用性を重視すれば「実用主義」、将来の安定した地位を欲しい場合には「地位獲得主義」、努力すること自体に価値があるとするのを「努力主義」、純粋に知的好奇心にもとづくものを「本源主義」とか名付けました。

私はその答えを求めて、トルストイとか、ともかく小難い岩波文庫的な本を耽読するようになりました。そうして出会ったのが、すでに別の記事でも書いた、「幸福論」スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティでした。

ヒルティは本職は弁護士だった人ですが、古今東西の書物に通じたたいへんな碩学でしたから、聖書は当然として、世界史上の哲学者や文学者などの知識人のことが情け容赦なく出てくるわけです。私の教養はヒルティによって養われたといっていいでしょう。

ところが、そうやって勉強する目的を見失なってしまったので、全然勉強しなくなったのですね。成績は低迷するようになりました。ただし、国語と社会科だけは何もしなくても学年でトップクラスでした。先生には「なぜお前は国語と社会だけできるんだ!」と怒られました。

ところが、どれだけ成績が下がろうと、親は何も叱っては来なかったんですよ。いよいよ私は人生に迷いました。

結局、多くの人が進学する、地域一の公立進学校には不合格。滑り止めの私立男子高校に入ります。ぬるま湯でして、そこそこ勉強すれば学年トップクラスにはなれました。

それでもあいかわらず勉強することには葛藤が強く、世界史と英語と古典だけは頑張りましたが、あとはかなりいい加減でした(現代国語と世界史は放っていても全国模試トップクラス)。

まあ、これで大学受験は、私立文系3科目はそろったわけで、どこかにはなんとか受かるだろうという水準にはなりました。

国語の教科書に出てきた、矢内原伊作という大学教授(サルトルの権威)のエッセイに感動して、哲学科のみをめざすことにしました。

ただ、「このまま親元にいれば自分は駄目になる」という思いから、東京の大学ばかりを受けました。

そうやって、めでたく故郷脱出に成功するわけです。六大学ではありましたが、レヴェルの高い方ではなかったので、これまた勉強はユルユルでした。すべての講義皆勤で、私が教室に現れるのが遅いと、「この時間は休講ではないか」といううわさになってマジで掲示板まで確認に行く学生もいたくらいです。

ただ、哲学科というのは、カントとかの原典購読はやっても、「人生とは何か」について学ぶ場所ではないという感じでした。「生身の人間のニオイがしない」(結局私がゼミに選んだのは記号論理学)。

そうした中、一般教養の心理学を教える先生の講義がむやみとおもしろかったのです。本来は障害児臨床が専門の先生でしたが、行動主義的実験心理学からゲシュタルト心理学、そして精神分析からカウンセリングまで、当時ですからスライドから、映写機を使った教育映画まで動員、それはそれはおもしろい講義でした。

私はここで心理学に関心を持つわけです。その先生が学生有志に協力して「臨床心理自主ゼミ」というのをやっていて、私も途中から参加するようになりました。

フロイトやユングとかも自己流でかなり読みましたね。一番惹かれたのは、「自由からの逃走」で著名なエーリヒ・フロムで、邦訳書はほとんど読みました。

実は全然就職活動というものはせず、心理系の大学院に入ることだけをめざしました。

でも、当時の名の通った心理学科って、実験心理から社会心理、統計まで、最新論文の英語を読める水準のことはできないと入れない高き門でした。臨床心理なんて、設問のごく一部なんですよ。

(指定校制度のできた現在は少し違うかもしれませんが、心理学科に入ったら、フロイトやユングについてたくさん学べると思ったら、大間違いですよ。実験や統計だらけで、まるで理系です)

2年間、聴講生などをしながら浪人しました。

この期間に、前述の、児童養護施設が専門の先生の紹介で、重度心身障害者施設(殺傷事件のあった「相模原やまゆり園」よりもっとハードなくらいのところ)の研修生などもしています。

その浪人1年目に、偶然本屋で、ジェンドリンの「フォーカシング」が目に止まります。

私は、「これこそ私が求めていたものだ」と思いました。こころをいろいろ専門的な「概念」としてこれくりまわして分析するのではなく、言葉にならない「感じ」(フェルトセンス)そのものが一番大事なんだ、という発想が非常に斬新に思えた。

自己流にフォーカシングをひとりでやってみたのですが、その当時感じていた、周囲が社会人であることへの劣等感や疎外感を随分癒やしてくれた、頭でっかちだった私が、映画とかへの感性もずいぶん開かれるようになってきた。

そこでジェンドリンのフォーカシング技法の背景にある、体験過程理論の論文、「人格変化の一理論」所収の本(現在は絶版、以下の本に収録されています)を読んだら、これまた難なく理解できました(この論文、フォーカシングを学んだ多くのカウンセラーにとってもかなり難解な本だということがあとでわかりますが。

なお、この「人格変化の一理論」全文は、こちらのサイトでも読めます。

この「人格変化の一理論」、そして、前述の「フォーカシング」の論文の訳者である、当時立教大学の村瀬孝雄先生のもとで学ぶことに照準を縛りました。

ただ、当時の立教大学心理学科は、学部の受験でもすごい競争率のところでして、ましてや大学院です。

村瀬先生はすぐに私のフォーカシングについての特異な才能は認めてくれましたが、すでに書いたように、実験系の先生方を納得させる必要っがあったわけで、受験勉強は臨床心理学やカウンセリング以外のことばかりやりましたね。

こうして、挑戦3回目で立教大学院に入れました。村瀬先生はわたしを随分引き立ててくれました。

この時代に精神科病院臨床の研修も受けています。

ところが、村瀬先生は、私が博士前期課程を終える直前、唐突に「某大学」への転任が決まってしまいます。先生は私を博士後期課程まで行かせてくれる腹づもりでいたのですが、私は行き場を失った。

そこで、私は、その大学の「大学院研究生」の採用資格を自分で調べます。すると、原則はその大学の博士前期課程終了を前提としていたのですが、附則のようにして「これらと同等の経歴を持つもの」とあるのを発見します。それを村瀬先生に伝えると、「うん、それなら君を連れて行けるな」。

こうして、私は高校時代からすれば予想もできないとんでもない大学・・・カウンセリングの世界では無茶苦茶著名・・・の大学院の博士後期課程相当にもぐり込めます。

ところが、村瀬先生は私をフォーカシングの専門家としては認めてくれていましたが、「現場カウウンセラー」向きとは全然考えてくれていませんでした。

私は現場カウンセラになりたい一心で、日本ではほとんど紹介されていなかった、ピオトロフスキという人のロールシャッハテストの本の全訳までやってしまって、大人数のメンバーがいた心理教育相談室のメンバーに配布するとかもしたのですが。

村瀬先生とは相当喧嘩しましたが、結局先生は折れて、私に大学学生相談の非常勤カウンセラーの職を斡旋してくれました。

その一方、フォーカシング個別指導のカウンセラーとしては、日本で指折りの大規模カウンセリングルームでも担当させていただくことになりました。

非常勤カウンセラーだけでは収入が低かったので、幾つかの大学の一般教養の心理学の非常勤講師もしましたが、その時、すでに述べた、哲学科学部生時代の一般教養の心理学の先生の講義スタイルが随分参考になりましたね。

この頃から、学会発表もかなりするようになり、日本中のフォーカシング研究・実践家とも交流を持つようになりました。

フォーカシング技法自体も、私なりのオリジナルなアレンジを試みるようになりました。

まだ臨床心理士は「経過処置」の時代でしたから、書類審査だけで資格を得ました。

その後、The International Focuing Instituteのフォーカシング教師の国際資格も、まだ全然日本から離れたことがないのに、村瀬先生の推薦で得ることができました(その後カナダの国際会議にも出ますが)。

当時はフォーカシングの名教師が続々来日しましたが、特にアン・ワイザー・コーネル女史とは意気投合してしまいました。私の現在のフォーカシング技法はアンさん影響が色濃いものです。

私は、大人しくフォーカシングの世界に安住するタイプではなく、いろいろな心理療法分野の本を多く読み、応用してきた人間です。

このへんは、現代のエスプリの編著をさせていただく際に色濃く出ています。

認知行動療法を学ぶとなれば伊藤絵美先生、行動療法となれば山上敏子先生、精神分析となれば藤山直樹先生や松木邦裕先生、ブリーフサイコセラピーとなれば児島達美先生のセミナーじゃなくちゃ嫌だという路線できました。

その後、明治学院大学学生相談センターでは、横浜校舎のチーフ常勤カウンセラーをやらせていただいたのが、勤め人としての最後のキャリアで、その後は開業ですが、正直に言って、大学学生相談時代、そして大船での開業時代は、今から見るとかなり未熟なカウンセラーだったと思います(今でも発展途上だと思いますが)。

今でも、多くのクライエントさんと、数をこなす形でコンスタントに成果をあげるタイプとは思えず、今のあまり流行らないくらいがちょうどいいかとは思っていますが、本来は、そんなカウンセラー向きの性格だったかというと、たしかにそうではないと思います。

でも「向いている」と当初周囲に見られるかどうかは、結局どうでもよくて、結果が全てとは思っています。

このブロクで相当に偉そうなことばかり書いていますが、できるだけ自分の経験に基づき、自分の言葉で書こうと思っています(典拠は示さないことが多いですが、私が意識的、無意識的に影響を受けている先達の先生方は少なくないです。例えば相当な中井久夫先生びいきであることは、先生の著作を読んだ人にはまるわかりでしょう)。

これからもどうかよろしくお願いいいたします。

2021年12月13日 (月)

Twitter,Facebook,note,メルカリとの関わり方についての私見

私は、Twitterで、安易にブロックを使う人を信頼していないところがある。なぜスルー、それも目にしたくなければ、フォロー外し→ミュートというあたりで留まれないのか? 多くのフォロアーがいる方はレスが多過ぎると大事な人からのレスを見失うというのであれば、ダイレクト・メーセージでのやりとりにすれば?

特に、有名でフォロアーの多い方がブロックする場合というのは、その人の自己愛がいかにもろいものかを示しているだけかと思う。批判も揶揄も挑戦もされるのは有名税。スルーするだけで耐えられないならTwitterではなくて、他の媒体でネット活動された方がいいと思う。

Twitterに限らず、一般の人はともかく(これ大事)、有名人や社会的な立場のある人がネットで傷ついたとか言われると、ホント、有名税でしょとしか思わない(#眞子さん とかも)。明らかに名誉毀損になる時は、ネットではなくて告訴やマスコミでの声明や主張の形を取ればいいだけのはずと思うのだが。

自分と価値観が違う人や、自分では持てなかった見識や情報を持つ人の見解に容易にアクセスできて、いろいろ勉強になるからというのが、私の現状でのTwitterへのモチベーションのベースラインだろうか。オピニオンを伝えたいという意識は普段ほとんどない。そういうのはブログやnoteが向いてると思う。

Facebookというのは、ある程度以上節度をわきまえていると判断できる人との関係に認証を限定し、しかも自分がコミットしたい特定のジャンル(複数あっても当然いいわけだが)の話題を対等に礼儀正しく取り交わす媒体というイメージ。

そういうこともあるから、恐らくフォローしてくださる方よりフォローする方のほうがずっと多いという状態は、仮にフォローできる数が現在の5000の上限突破する時が来ても、変わらないんじゃいかと思っている。とにかく、他のいろいろな立場にある方たちのツイートを読めているだけでも価値がある。

今度の本を出したら(いや、具体名と概要を公表した時点で)、私をフォローしてくれている方のある程度を失い、新たなフォロアーの方は増え、私が何かツイートしたりレスすればそれへのレスはぐっと増えてしまい、私も今より心の余裕を失うかもしれない。

でも、この数ヶ月で、どうすれば挑戦的だったり不快だったりするレス自体を減らせるか、仮にそういうレスが来ても、スルーではなく、礼儀正しく対応してやりとりを生産的に終えるコツは掴んできたかとは思う。時々私がまだ未熟だった頃のレスへのレスがついたりするが、そういうのはスルー。

自分が #note をはじめて、noteの世界をある程度覗く様になって気づいたのは、有名無名を問わず、noteは滅多にコメントがつく媒体ではないし、フォローした人が興味が持たないことを書いていても、お知らせがが届き、タイトルがわかるだけで、無理やり内容を目にさせられることもないということ。

そういうお知らせメール自体がうざくなったらフォローを外せばいいだけのことだし、個人ではなく、マガジン単位でのフォロー(フォローしてもらうこと)もできる。投げ銭システムもあるから、ささやかな著作に近い媒体という気がする。

前にも少し書いたが、#メルカリ で、新品に近い箱の残っている品で不要と思うものは、今、どんどん売りに出し、既に万単位で収益があるが、購入していただくまでのやりとりにSNS的センスがいる気もする。ヤフオク出品のように、時間に神経使って値引きする必要もなく、さりげなく値下げすればいいし。

#メルカリ は、まずは良心的な売り手になり、そこから得た収益で、今度は買い手になるという循環がいいのではないかと思う。私の印象では、ヤフオクのような殺伐とした感じがないのがいい。

Twitter上ではほとんど触れず、ブログとnoteのみにし、リンクも張りませんが、私はかなりのBluetoothイヤホン(TWS)の収集家です。でも現在メルカリでどんどん気にいらないものは売ってしまいつつあります。私の唯一の贅沢みたいのものでしたが、もう手元に残したい製品は厳選できた気がするので。

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2021年11月25日 (木)

虚構の性表現が、実際に性暴力「行動」を促進するという、行動主義的・実験的リサーチって、ありますか?

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●表現悪影響論・表現規制論に対抗するための『理論武装』~その科学的根拠~(手嶋海嶺 note) 

いずれにしても、ここで紹介されているのは、「アンケート」水準でのリサーチであり、行動主義的な実験心理学の手法を用いて、一般の被験者(投影法心理テストなど併用すれば、性衝動や攻撃性や行動化傾向についても被験者ごとに客観的に測定可能と思います)にポルノ媒体に触れさせ、現実の性衝動が性暴力的「行動」として亢進するかどうかの研究ではないようですね。

かの有名なシャクターの吊橋の実験などを参考にすれば、実験群・統制群を設定して、いくらでもリサーチできるはずです。

●吊り橋理論 - Wikipedia

ボルノ媒体に触れた群・触れない群それぞれに、サクラとなる人物を「実際に」誘惑するかどうかとか、あるいはバーチャル空間を設定して、性暴力「行動」に走るかどうかのデータをとればいいだけのことと思うのですが・・・どうしてそういうリサーチを誰かしないのでしょうか。

もしご存知でしたらそういう実験的リサーチも紹介していただければ幸いです。

いずれにしても、そういう「実験的」リサーチを経ないまま、性暴力の実際の増加についての論を張るのは、だだのイデオロギーだと思えます。

決して皮肉ではなくいいたいのですが、表現規制派は、そういう実証的実験を促進するように研究者を募り、資金提供すれば、いくらでも、自説に都合のいい結果が出る実験的研究は出て来ると思うのですが(それを支持する実験的リサーチが出れば、それを検証したり追試すればいいだけのことです)。

そこまで戦略的に踏み出すフェミニストはいないのでしょうか?😆

 もしそういう、実験群と統制群のある、「行動主義的」・実験的リサーチで、性表現に触れることが性暴力「行動」を促進することに有意性があるというリサーチが「あまた」あらわれ、それを反証できないとすれば、私も、一定の範囲での性表現規制には賛成にまわりたいと思います(約束します)。

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2021年11月 5日 (金)

ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝「永遠と自動手記人形」の感想はこちらへ。

「金曜ロードショー」放送が終わった直後ですが、以前ブログに書いた感想をnoteに転載しています。

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●「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」Extra episodeと、劇場版第1作、「永遠と自動手記人形」観た(note)

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2021年10月25日 (月)

SNSを傷つかずにサバイバルする方法

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インターネットはフラットランドといわれます。有名無名、社会的地位とか関係なしに、対等なつもりになれてしまう。

私は、Windows95発売直前にパソコンを買い、すぐにインターネットに接続、自分のホームページをこれまたすぐに立ち上げました。

パソコン通信もすぐにいくつか加入し、心理系のフォーラムでは、私が当時フォーラム内で唯一の専門家ということもあり、あっさりモデレーター(ニフティで言うシスオペ)に祭り上げられました。

自分のホームページでも「掲示板」やりましたし、学会のホームページ担当、メーリングリスト管理人も務め、いろいろ修羅場をみてきたわけです。

そうした上で、ブロク、そしてTwitter等のSNSに乗り込んでいる。

ネット、特に SNS というのは、相手との適切な距離感というものを見失いやすいと思います。遠近法が歪む。

そうした中でも、決して感情的にはじいたりせず、紳士的かつ 冷静、論理的 、しかしウイットも織り交ぜて、相手が身を引くまで対応した方が、結局は フレームにならないというのが私なりのスタンス。

もちろん、スルーする時は、最初からあっさりスルーするのが得策ではあります。

敢えていいますが、相手に善意 を仮定して、悪意と受け取らないというスタンスを保つ(もちろん本音では悪意のシミュレーションはした上で、態度としてはそうふるまう)方が、相手もこちらに 「波長」をあわせざるを得なくなり、結構おとなしくなります(^^;)

「やりとりできてよかったです」
「ありがとうございました」

最悪でも、相手からのぶっきらぼうな「さようなら」で終わることが多い、ある意味で無敵のネット人間だったりします。

あと、普段から、とことんコワモテになるような、隙のないツイートやエントリーを、これでもかと書いておくことは、予防になります。

もっとも、これは私がまだフォロアーやアクセス数が少ない、無名の人(フォーカシング業界では有名人ですよ)だからそれで済んでいることかも。

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2021年10月24日 (日)

人には、他人を「誤解」し、他人について「思い込み」を抱く権利と自由がある(再掲)

noteでささやかにバズり、他の方にも紹介された記事ですので、このブログの古いエントリーですが、再掲したいと思います。

Ws000101

相手に「正確に」気持ちを伝えたい。

他人に「ほんとうに」わかってもらいたい。

他人の気持ちや意図を「誤解」したり、勝手な「思い込み」で攻撃したり非難して、相手を傷つけたりしたくない。

 

これらの感情は、全く自然なものだと思います。

しかし、私はこれを機会に、敢えてひとつの「逆説的な」提案をしたいと思います。

他人を「誤解」したり、勝手な「思い込み」でものごとを判断して「自己完結」してしまう自由と権利は万人に保障されねばならない.......と。

「お互いに相手の真意を理解しあえなければならない」 これは確かにひとつの崇高な理想かもしれない。

でも、この「ドグマ」に縛られた時、むしろ人と人との間に果てしのない悪循環が始まる危険もあるのではないか?

*****

そもそもあなたは自分の「気持ち」や「行動の意図」をすべて正確に理解している自信はありますか?

ないでしょう?

それなら、他者の「ほんとの気持ち」や「動機」「意図」とかについて「正確に」「偏見なく」捜し求めようとすることは、はじめから果てしない泥沼に陥って当然ではないでしょうか。

人とは、自分や身近な人や他人や世界の森羅万象について、適当なところで「思い込んで」いることで、はじめて「安定した自我」を抱いて日々を過ごせる程度の、不完全な生き物でしかないのではないか?

もちろん、「思い込み」を乗り越えて、「現実」と出会おうとすることにより、確かにその人の他者認識や世界観や相互理解を深まることもあります。

しかし、それですら、『その人の』「体験過程」のステップが一歩前に進んだということに過ぎない。

*****

もとより、いわれのない差別や偏見や、ありもしないデマで苦しまされ、場合によっては殺されるにいたった数多くの人々の歴史、そして今も続く抗争は悲しいものであり、そうしたことが生じないようにするための相互理解への努力は大変貴重なものです。

しかし、実は、 「自分の理解には結局限界があり、どこまで言っても一面的なものでしかありえないのかもしれない」 ということを認められる人が増えた時、はじめて人は、他者と何とか「共存」できるものなのかもしれません。

******

特に、相手の心を、自分の気持ちへの「的確な理解」に向かわせようと「強制」し始めた時、人は結局その人の心を乗っ取り、その人の心を自分の心の「延長」として扱おうという「悪魔の誘惑」の領域に踏み込んだのかもしれない。

 

「誤解を解く」ことを時には諦めること。

「相手の意図を誤解したままかもしれない形で相手との関係を終わりにする」ことで、自分が「加害者」になったままになることを引き受けること。

これしか、無駄な傷つけあいのない、平和的な「別れ」と、事態が自然と収まるところに収まる形での「再出発」をはじめられないことは、あるという気がするのです。

2021年10月21日 (木)

無意識的にミスを繰り返すということ・・・フロイトの言う「失錯行為」

実は、ブログの代表的コンテンツをnoteにとりあえず移植し終えたことを報告する、直前の新しいエントリーをアップしようとした時、せっかく原稿が完成され、コントロールパネルから発信しようとしたその瞬間、私がその機能を自覚してすらいない、マウスのサイドボタンを指が弾き、画面が消滅するということを、何と5回繰り返しました。

どれだけ「冷静になれ」と自分に言い聞かせてもそうなるのには正直いって驚きました。

エディタで原稿は下書きして、保存していたから事なきを得ましたが、つくづく思ったのは、人間、ストレス状況下(私にとってはネットのフロントをプログからnoteに変えてしまうのは、生計を含めた、今後の人生において死活問題の分岐点です)では、ほんとうに「無意識」というものが、自分の意図に対する対抗する、もう1人の「主体」として猛威をふるって、自分の変化や成長に抵抗する、(解離まではしていませんが)「第2人格」が立ちあらわれるということ。

いわゆる「超自我」による禁制と呼ばれるものです。

フロイトが、初期に書いた超古典、「精神分析入門」で無意識的「失錯行為」の意味を取り上げて久しいですが、これゆえ人生岐路上の最悪の事態に陥った方は少なくないはずです。

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フロイトを馬鹿にしたら、取り返しのつかない事態にこれからの人生で陥るかも知れませんよ。

「精神分析入門」は、全然小難しいことは書かれておらず、人々の日常に密着した例でしか書かれていませんから、まだお読みではない方は、精神分析への偏見を持たれないためにも、是非オススメします。

とりあえず、noteへの移植、終了いたしました。

●chitoseのnote

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noteは、ブログとTwitterのいいとこ取りをしたような媒体だと思います。

画面に非常な清潔感があるのもいいですね。

「マガジン」機能を使えば、見やすいジャンル分けもできます。

「投げ銭」システムがあるのも興味深いです・・・・私はまだもらってませんが。

******

現状では、もはや、これ以上ブログエントリーを転載すると、コンテンツのクオリティが落ちると思います。

もちろん、添削しながら進めたのですが、完全に流れ作業化しましたから、数えたみたら、現在94記事です(^^;)

あまりにも一気に記事を上げて面食らわれたのか、フォローしてくれる人はあまり伸びす、現在57名様です。

この1日の間に、いれかわりに、フォロー「脱退者」もかなりいた模様。そりゃ、メールに山のように通知が届きますから。

でも「スキ」は200名突破しました。

これからは、1日1記事程度のベースになるでしょうから、常連さんは徐々につくでしょうし、つけまくったハッシュタグが生きて、検索で辿り着く人も微増していくでしょう。

いずれにしても、私のネット上のフロントは、ブログからnoteへと完全移行したと思います。

・・・気づいたら、Twitterの方も、お休み状態なのにフォロアーが増え、1398名様になっていました。

眞子さま事件の前より110名様は増えたことになります。

明日からは、積ん読になっていたPTSD関係の本を読み進め、ブログとnoteにコツコツアップしていく「日常」に戻ると思います。

ご来訪の皆様、これからもどうかよろしくお願い申し上げます。

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トロントだより

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     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

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     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

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     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。