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フェミニズム

2021年12月29日 (水)

美人であることのフェミニズム

ほんとうの「私」を認めて欲しい、理解して欲しいと感じて、周りの人にそれを求めるようになった時、今度は、周りの人に自分がどう思われるか、ということに自分の判断の基準をおいてしまうという逆説的罠が待ち受けている気もする。

「自分は自分」、人にどう思えるか気にしないほうが良いのかと。

「ほんとうの自分」というのを自分でもわからなくなってしまっていると感じている人も少なくないかと思う。でも、その結果、「今とは別の自分」を探す旅に出てしまうと、いよいよ「ほんとうの自分」を見失うという逆説もある気もする。

美人だとか、東大出だとかいうフィルターでしか自分を見てもらえないと感じて苦しんでいる人もいる。ネット上では、そういうことを隠してしまえばいいことだが、リアルワールドで人と親密になると、そうも行かなくなるだろう。それを「贅沢な悩み」と切って捨てられるといよいよ本人は辛いものだろう。

ありのままの自分に肯定的な人は、相手の「外面的」特徴を気にしないでいてくれる。そういう知り合いを、ひとりでも持てることは貴重だと思う。劣等感の裏返しで、人を外面的特徴でしか判断しない人も多いのではなかろうか。

自己愛的な人は、自分を「実際以上に」よく見せかけようとするものだ。その結果、自分より秀でていると感じた人と出会うと、相手をおとしめようとか、潰そうとか躍起になる。健全な自己愛というものがあり、そういう人は、他人の長所や実力に気づくと、率直に相手に敬意を払う。

自分がナルシスティックになっていないかに日頃からアンテナを張っておくことは大事なことだ。でも、ナルシスティックな自分に「自己嫌悪」したり、敢えて「謙虚」さをアピールしなくていい。自分のナルシスティックな面を、自覚的に「演じれ」ばいいのではなかろうか。

自分を殺して、「いい人」であろうと努めていると、今度は、天真爛漫にふるまえる人に何かと批判的になり、相手が「自己嫌悪」するように仕向けようとすらするようになる。そういう人を「ねたむ」のではなく、「うらやましい」と感じている自分をあっさり認める方が、結局は楽な生き方ではないか。

私が思うに、「ルサンチマン」の弊害とは、以上のようなことだ。相手を引きずりおろして、害したくすらなっているわけで、実はそういう人のほうが、傷つきやすい自己愛の持ち主ということになる。

「美人」と思われている人が謙虚であるということは、むしろ美人であることを「自覚」し、そうした自分に酔うことはなく、むしろ美人であることを「演じる」境地に達しているということではなかろうか。そういう人は、見てくれだけでなく、こころも「美人」なのだと思う。

「きれいだね」と言ってくれるからといって、相手が自分の外面だけしか見てくれていないと苦しむ必要はないと思う。結構、こころの「きれいさ」もみてくれている人もいることを信頼してもいいのではないだろうか。

アイドルやタレントやモデルをしていて、こころを病んだり、不祥事を起こしたりしない人は、恐らくこういう境地に達していると思う。

私は、こういうとらえかたこそ、真のフェミニズムだと思うのだけれども。

******

最後の1行を除き、今度刊行予定の著書の、書いたばかりの原稿の抜粋です。これだけでは何をいいたのかわかりにくいという人もあるでしょうが、それは、ある物語の登場人物の心の軌跡を追ったものだからでして、実際にその物語のあらすじと一緒に公開できる時がくれば、得心していただけるはずです。

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2021年12月 1日 (水)

相手を「理解」しようとすることは、相手をレイプしようとすることである

人から何かを言われた時、「グサっ」とくることがあると思います。

相手に図星をつかれたと感じている面もありますが、同時に、相手への怒りと、「それだけではないんだけどな」という思いが含まれていると思います。相手の言ってきてことへの「漠然とした違和感」はすでにそこにあるわけです。

そもそも、相手の言ってることに対して「本心を見抜いて言い当ててやろう」などと、自分のほうが相手よりも相手の「無意識」を知っているかのような態度を取るカウンセラーは、クライエントさんを萎縮させ、マウントを取って嬉々としている、「支配欲」を思っていると警戒すべきでしょうね(^^;)

いずれにしても、クライエントさん自身以上にクライエントさんの「心」がわかっている、見抜く力があると思っているカウンセラーは傲慢です。むしろ、簡単には「わからない」ことを、しっかり「抱えて(holding)」いられるカウンセラーのほうが生産的。答えは、思いもよらない所から「やってくる」

それどころか、次のことを敢えて言わせてもらいます:

相手を「『理解』しようとする」ことは、得てして相手の心の「生体解剖(vivisection)」であり、相手の「自我境界」を「壊す」作用があります。この、「毒」「害悪」の側面に無自覚なカウンセラーは危うい。自分のこころを「理解」していくのは、あくまでもクライエントさん自身の中で、望む範囲において、少しずつ進めばいいことです。

「私の中に入ってこないで!」って、#エヴァンゲリオン の #アスカ のせりふでしたっけ。#ATフィールド (#自我境界)を破って相手の心のなかを覗こうとすること自体、実は精神的な #レイプ そのものなのだと思います。このことを特に虐待被害者とカウンセリングする際は最大限に用心すべきです。

君の心がわかると たやすく言える男に
なぜ女はついて行くのだろう そして泣くのだろう
(中島みゆき 「空と君のあいだに)

「ポプラの枝」のように「ここにいるよ」と態度で示し続けるって、どういうことなのか?

なかなか深いテーマだと思うのですが。

「君のことはよくわかっているよ」というのは甘い「誘惑」の言葉と態度であり、実は #男根的 支配欲のあらわれなのだ。それに屈服させて #信者 にさせ、#支配者 になろうとしていることなのであり、これはたとえ #フェミニズム の教祖様でも陥りがちな #ダークサイド なのだと思う。本質は #SM 関係。


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2021年11月25日 (木)

虚構の性表現が、実際に性暴力「行動」を促進するという、行動主義的・実験的リサーチって、ありますか?

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●表現悪影響論・表現規制論に対抗するための『理論武装』~その科学的根拠~(手嶋海嶺 note) 

いずれにしても、ここで紹介されているのは、「アンケート」水準でのリサーチであり、行動主義的な実験心理学の手法を用いて、一般の被験者(投影法心理テストなど併用すれば、性衝動や攻撃性や行動化傾向についても被験者ごとに客観的に測定可能と思います)にポルノ媒体に触れさせ、現実の性衝動が性暴力的「行動」として亢進するかどうかの研究ではないようですね。

かの有名なシャクターの吊橋の実験などを参考にすれば、実験群・統制群を設定して、いくらでもリサーチできるはずです。

●吊り橋理論 - Wikipedia

ボルノ媒体に触れた群・触れない群それぞれに、サクラとなる人物を「実際に」誘惑するかどうかとか、あるいはバーチャル空間を設定して、性暴力「行動」に走るかどうかのデータをとればいいだけのことと思うのですが・・・どうしてそういうリサーチを誰かしないのでしょうか。

もしご存知でしたらそういう実験的リサーチも紹介していただければ幸いです。

いずれにしても、そういう「実験的」リサーチを経ないまま、性暴力の実際の増加についての論を張るのは、だだのイデオロギーだと思えます。

決して皮肉ではなくいいたいのですが、表現規制派は、そういう実証的実験を促進するように研究者を募り、資金提供すれば、いくらでも、自説に都合のいい結果が出る実験的研究は出て来ると思うのですが(それを支持する実験的リサーチが出れば、それを検証したり追試すればいいだけのことです)。

そこまで戦略的に踏み出すフェミニストはいないのでしょうか?😆

 もしそういう、実験群と統制群のある、「行動主義的」・実験的リサーチで、性表現に触れることが性暴力「行動」を促進することに有意性があるというリサーチが「あまた」あらわれ、それを反証できないとすれば、私も、一定の範囲での性表現規制には賛成にまわりたいと思います(約束します)。

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2021年11月20日 (土)

「温泉むすめ」とフェミニズム

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今回の温泉むすめの件で、#フェミニスト の方から、

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「性被害の当事者じゃなければ当該問題に声を上げることは認めない」みたいなのがまさに女性差別な気がするのですが……

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とのレスを受けたので、次のように、論理的なレスを連投で更にお返ししました:

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①「性被害の当事者しか声を上げられない」というのが極論というのはわかっているのですが、私は「sei被害の当事者」「(良心的な)その直接の支援者」「狂信的な活動家」「誹謗を受け経済的被害を被っている宿泊業者」「表現者」「それ以外の人」を敢えて切り分けないと(続く)

②(続き) #温泉むすめ 問題は透明に見えて来ないと考えました。ここでいう「性被害を受けた人」、とは、狭い意味では、強制的な陵辱を受けた人を指すつもりですが、広い意味では、痴漢に遭った人、もっと広げれば、性的好奇心で見つめられて不快だった人も含めていいと思っています。(続く)

③(続き)「狂信的な活動家」とは、今回は、ことの発端となった、#仁藤夢乃 さんのことを差します。仁籐さんのこれまでの業績を全否定するつもりはありません。きっと「(良心的な)直接の支援者」としての面もお持ちなのでしょう。

④(続き)しかし少なくとも今回の一連の発言の中で、非実在女性の性的な描き方が、実在女性への性被害を誘発する、という意味の発言をしたことについては疑問です。私の知る限り、そのことを実証した研究は存在しないからです。(続く)

⑤(続き)この点で仁籐さんは行き過ぎたと思っています。私としては、フェミニズムの基本は、こうした意味での性被害の問題という観点を見失うと、ただの感情論になると考えています。いかがでしょうか。

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深夜に書いたので、まだお返事はありませんが。

2021年11月19日 (金)

続・「温泉むすめ」問題。核心はどこにあるのか?

前回の続きです。

ことの起こりは、仁藤夢乃さんが、非実在女性の性的な表現が、実在女性に対する性犯罪を誘発するという論を張ってしまったところにあると思います。

私のTLに流れて来た人によれば、エビデンスのある(実証的な)研究としては、それは有意性がないとされているとのことです。

あとは、私が論陣を張りましたように、性被害「当事者」の声ではなく、規制派にせよ表現の自由を守る派にしても、この話題が「ネタ」であるに過ぎない人の声ばかりが大きな騒動になっているということでしょうね。

私もツイートしましたが、この件で温泉むすめ側を非難している人の中には、カミングアウトしていない実際の性被害当事者が含まれていると思われます。

そうした人たちはセカンドレイプを恐れていますから、多くの場合、そのことを隠しているわけですね。

そうした声と、いわゆる「活動家」(ツイフェミ)の判別が難しいということがあるかと思います。

もちろんこの両方を兼ねている人もいると思いますが。

実はこれは、表現規制問題を離れても、およそネット上のフェミニストと接する際全般に厄介な問題になる、というのは、私が以前のフェミニスト論争の時点でも私は感じていたことでした。

まあ、そこで私は今回は敢えてこの論争のメタレヴェルにマウントをとって、性被害当事者の問題と、実際に支援活動に直接関わっている人たち、ただの活動家、それの尻馬に乗っている「外野」、更には被害を受けている宿泊業者を「切り分ける」ことに徹し、敢えて表現規制の是非については判断停止するというスタンスを取ってみたことになります。

もう、どっちの味方かわからない発言や矛盾したリツイートをしてバランスをとっていくという。

(まあ、おたくたちに同情する面はややあります)

事態は非常に面倒で、私にレスくださった方の中に、性被害当事者で長年の2次元おたく、現在は結婚もできているが後遺症は残りながら、今回の件では、ツイフェミの暴走を苦々しく思っている人も現実にいたりしたわけですが。

******

話は変わりますが、「ウマ娘」の場合って、いわゆる「萌え絵」になるかならないかのギリギリのラインで踏みとどまっているバランス感覚がありますね。

Umamusumekabegami

Twitterに流れてくる二次創作画像は、非常に誇張されたせクシーなのも多いですが、一部には「馬主を傷つけるような表現はやめよう」という運動すらあります。

実は構想初期段階での原画の何枚かをネットで見たことがありますが、遥かに肉感的でした。

まあ、今でも胸はユサユサ揺れるウマ娘もいますけどね。

このへんが、これまでウマ娘がフェミニストの標的にされていない匙加減かと思います。

*****

続きはこちら

2021年11月18日 (木)

「温泉むすめ」問題における、ネットの無責任

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湯原温泉「温泉むすめ」公式
@yubarasawa
·
10時間
一部のSNSによるコメントなどについて協力店・個人などにいたずら電話、悪意ある口コミ、侮辱、差別など各種棄損に当てはまる事態が発生しています。実害が続くと弁護士と相談し、業務妨害並びに名誉棄損を視野に入れた法的措置を行います。

 

神崎ゆき
@yuki_birth
いい加減に、表現に「性的搾取」という言葉をカジュアルに使うのをやめて欲しい。これは表現を貶めるなという意味と同時に『実在する被害者がいる性的搾取事件を軽く見ないで欲しい』という意味も込めて。悲惨な性被害を"漫画・アニメ・ゲーム"と同列に置いて、矮小化しないで欲しい。本当に、切実に。

 

ymils(イム)⚡
@ymils_y
· 11月17日
表現を非難するだけで弱者を守っている様なポーズは取れるから楽でしょうけど、人をなじるだけなじって、人を非難する事で連帯して、実在の女性や実在の児童に対する犯罪の解決につながる動きをしないのでしたら、そんな運動のどこに正義があるんでしょうか。

 

これに対して、

 

さいき まこ11月20日【言え誰】⑥巻完結
@SaikiMako
·
9時間
こういうのが散見されますが、一般社団法人Colaboが「実在の女性や児童」のためにどういう活動をどれほどやってきているのか、ご覧になったらいいと思いますよ。活動報告会もスタディツアーもありますし。
ご存じないままこういうことを言う方が余程「人をなじるだけなじって」だと思います。

とレスがついたのに対して、私が日頃から感じていたモヤモヤが言葉になって「紳士的に」一気に連投として炸裂しました。

chitose
@kasega1960
·
1時間
実在性被害当事者のためにどれだけの活動をなさっているかどうかと、非実在女性の描き方がどういう影響を与えるかという問題(それをどうとらえるにせよ)、そしてすでに温泉地が誹謗中傷に晒されている問題は区別すべきかと思います。

 

chitose
@kasega1960
·
1時間
およそ正義や道徳の名のもとに特定の人物や団体を批判したり糾弾する場合、その相手の人権や生活権を脅かす形にならないかどうかは大事な事柄と思えます。そこを大事にしないのはリンチに過ぎません。

 

chitose
@kasega1960
·
57分
正義や差別や被害者支援や人権の名のもとに相手を批判する活動をする際は、実は自分の中から排除した「影」(ダークサイド)を相手に投影しているのかもしれないという点を常に振り返るべきと思います。それをしないと自分が差別や人権侵害や加害者や悪の存在自体にいつの間にかなってしまうかと。

 

chitose
@kasega1960
·
48分
こんなことは「ゲド戦記」や「スター・ウォーズ」でも描いていることかと思いますが。

 

chitose
@kasega1960
·
41分
実際にこうした活動をされている方や、実際に性被害を受けている方たちが声をあげている分にはいいんです。でも、その尻馬に乗って「正義の味方」ごっこをしている人たちは害悪にしかならない。そうした人たちは被害当事者に連帯し、共に歩む人たちでしょうか? ただ騒動を「消費」しているだけでは?

 

 

chitose
@kasega1960
·
22分
要するに「ネット劇場」の観客の野次に過ぎない無責任なことで「リアルワールド」の当事者に影響をふるうなということです。もちろんあなたがそうだと言いたいのではなく、そういう付和雷同なネット世論を「味方」だと思うなということです。

 

chitose
@kasega1960
·
14分
何か普段から感じているモヤモヤが一連のツイートですっきり言葉になった。
なぜネット世論が現実の投票行動や政治に影響力を行使できないか? それは「あなた」がネットに、ただのパンと見世物を求める無責任な野次を飛ばす「観客」であって、「当事者」意識がないからです。

 

chitose
@kasega1960
·
9分
実際に貧困や差別や虐待に苦しむ当事者の声は誠意を持って傾聴したいと思います。それが私の職業(マックス・ウェーバーのいう"Beruf")でもありますし。しかしただ外野から無責任なヤジを飛ばす、ネタの「消費者」でありたくはありません。

 

私も #温泉むすめ の問題について発言する際に、これを機会にマウントをとりに行っている面があることは自戒したいと思います。

 

私が重視したいのは、


1.性被害当事者の皆様の声
2.当事者を支援する具体的な活動をなさっている皆様の声
3.表現の自由のための活動をなさっている皆様の声


の順です。


その他は失礼ながら、


X.外野の「ネット劇場」的観客

です。

非実在女性の描き方が、実在女性の性被害に結びつくかどうかのエビデンス(実証性)のある研究がございましたら、謹んでうかがいたいと思っております。

私は実際の性被害者の方にカミングアウトを迫るつもりはありません。それではセカンドレイプになりますから。自己申告して下さらなくて結構です。

 

ただ、性被害 #当事者 の方を傷つけるようなコメントはご遠慮ください。

******

次回に続きます。

2021年10月28日 (木)

小室圭さんと、眞子さんの結婚に関する一連の騒動に、現代日本における真の「父性」の欠落を嘆く

2021年9月29日 (水)

ラーメン店主、元AKBの梅澤愛優香さんへの店からしめ出されることとなったラーメン評論家のブログでの反論について

 

この問題、ネット上ではいろいろ書かれていますが、支離滅裂と言われるはんつ遠藤氏のブログの主旨について、私なりに整理してみましょう。

●梅澤愛優香さんに対する、はんつ遠藤の意見(ブログbyフードジャーナリスト はんつ遠藤)

ぱんつ氏のブログの「グダグダ語り」は、「おじさん構文」と言われているようで、まあ、私も話の脱線の多い「おじさん構文」だと思うので、人のことは言えません。

ただ、私の仕事柄、相手のグダグダ語りの枝葉は切り捨てて(受け流して・・・というか、「濾過」して)、それでも何をいいたいのかはつかもうとする方だとは思うので、何とか主旨をとらえてみます。

論理的に理解しようとすると混乱するだけかと思います。

その結果、私なりに「濾過」したのは、

  1. もし自分に問題行動があったとすれば、酒癖が悪いのが原因だ。自分はそのようなダメ人間だ(ただしそうした自分の言動については、梅澤さんに改めて謝罪する意思はない)。

  2. 梅澤さんは、自分から会いたいと言ってきたのだ(・・・と主張するのかと思ったら)、いや、ひょっとしたら、それも自分にその話がオファーされる時点で、それは事実ではなかったのかもしれない。

  3. 首から下を撮ろうとしたのは、他の店の取材・・・実は知り合い・・・で首から下を撮ったので(・・・と、証拠写真を提示)、それと同じことをしようとしただけだ。でも取材で、店主の写真を全然撮らせないのはおかしいではないか。

  4. 梅澤さんは工事についての支払いは滞っていないと言っているが、私にはそのことで困っているという相談が持ちかけられたという事実はある。

  5. 4.のことに書いた時に、「ヤバい店だ」と書いたのは、工事会社への支払いが滞っていることを指してであって、別に「反社勢力とつながりがある」というデマを飛ばしたのではない。

  6. 今回の件が、他のラーメン評論家に迷惑かけたのだとすれば、謝りたい(おいおい、梅澤さんにかけた迷惑に関しての謝罪はナシかよ)。

・・・まあ、この程度の情報量だと思います。

梅澤さんがラーメン評論家締め出しを決めたのは、他のラーメン評論家の度重なる横柄で下衆な態度に対して嫌気がさしてだと思いますが、このような話題がワイドショーの時間を消費するくらいなら、もっと他にテーマとすべきことはいくらでもあるでしょ、とは思います。

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2021年9月20日 (月)

全国フェミニスト議員連盟のVtuberを利用した松戸市自転車交通安全PR動画批判問題について

●【3分間動画】交通安全PR「松戸警察、松戸東警察からのお願いです!」

全くこれのどこが悪いというのだ。

クンゼの件はまだ理解できなくもなかったが。

この公開質問状への返事がコレ。

●千葉県警本部、松戸警察署、松戸東警察署、千葉県、松戸市、松戸市教育委員会宛の公開質問状を提出。およびその回答について。

以下はライブ中継の告知ですが、どうなることやら。

なお、誰かを支持する時には、その身辺も一応洗っといた方がいいと思うので、おぎの稔氏について調べましたが、寸借詐欺事件で維新を除名された、というのはあったみたいですね。

こういうのは藤田孝典氏の件で懲りたので一応おさえておきます。

別に今回の件についての冷笑ではないですよ。

簡単にはwikipediaにも出てますし。

詳しくは柳ヶ瀬裕文氏のFacebook参照。

更に、次のようなtogetter発見。

●表現の自由戦士、統一教会関係者だった 山田太郎、おぎの稔、音喜多駿ら界隈の著名人が教会関係者主催のイベントに登壇

まあ、私としては何だっていいんだって。おぎの氏信者にならなければいいだけのこと。むしろおぎの氏を「利用」するくらいの図々しさでいきましょう。

そもそも政治家を「崇拝」して「どうにかしてくれる」存在としてあがめた時点で腐敗ははじまる。ヒトラーへの期待すらそうしてはじまった。ユングの言う「自我肥大」というヤツ。

れいわ旋風だってそうならない保障はない。枝野に昔勝手に期待しといて失望するなんてもそうだと思う。

政治家は主権者国民の代理人に過ぎないのだから、いいようにこき使うぐらいのつもりでないとね。全国フェミニスト政治連盟というのが無茶苦茶なのには変わりないし。

「自我肥大」というのは、かつがれているうちに、何か勘違いして、ナルシシズムに酔ってしまうということ。

この誘惑に勝てる人は政治家でなくても少ない。掃いて捨てる程もいる。会社や教育界や福祉の世界にも。私からすればDaiGoに対する藤田孝典氏も近親憎悪。

菅を「パンケーキ」と持ち上げて谷底に突き落とすのも、昔枝野を持ち上げて今けちょんけちょんに言うのも似たようなもので。

政治家を堕落させるのも、何か勘違いした方向に向かわせるのも私達国民ひとりひとりの責任。

もちっと別の概念を使えば、クラインという精神分析家が「分裂的=妄想的ポジション」ということを言ってる。自分に「快」を与える「良き親」と、不快を与える「悪い親」が同一人物だと気づいていない。それに気づくと落ち込んで、「抑うつポジション」というのにハマる。政治家に対してこうならないこと。

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2021年8月27日 (金)

「ドライブ・マイ・カー」公開記念、濱口竜介監督へのインタビュー記事から連想すること。

――村上春樹さんの作品は原作の『ドライブ・マイ・カー』が収められた短編集『女のいない男たち』(文春文庫)はもちろん、大ヒット作である『ノルウェイの森』(講談社文庫)にしても、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)にしても、主人公の男性が「女性に去られる」という設定がとても多いです。男性が女性の不在をきっかけに自分と向き合うということが村上春樹作品の本質だと感じます。

濱口:僕もその点は、村上作品の面白さの一つだと思っています。今回の作品でもその設定をいただきつつ、「女性に去られた男性が自分と向き合う」までをきちんと描きたいと思いました。

「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気がします。今回は男性が、そこからどう抜け出して人生を立て直すか。それがこの映画の基本的な運動になります。

――この作品は40代後半の家福が打ちひしがれ、涙する様子が臆面もなく描かれます。自らの弱さを認めてそれを乗り越えることが強さであると受け取りましたが、1978年生まれの濱口監督よりも上の世代の監督作品で、男性が泣くことはほとんどなかったように思います。

濱口:今、僕たちの世代は過渡期ではないでしょうか。映画の撮影現場ひとつにとっても、少し前の世代までは暴力が横行していた。下の世代には、明確にそれはおかしいという感覚がある。僕たちの世代は既にある上の世代の文化に飛び込んである程度順応しつつ、違和感のあるものは下に伝えないよう努めている世代だと思います。

とはいえ、暴力的な態度が資源や時間がない時に人をコントロールするために有効な方法であることも目にしましたし、その文化が内面化された部分も必ずあると思います。それに対しては意識して自分を更新する必要があります。男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。

(中略)

濱口:女性を描く時には社会の圧を跳ね返すようなある種の強さまで辿り着くよう、自分に課しているところがあります。一方で、男性を描いていても社会的な問題にたどり着かない。当人の内面の問題に終始しがちです。それは、男性が社会構造に保護されているからです。現時点で、男性を描く場合にリアリティを持ってできたのが、「弱さを認める」ということでした。

これからの時代、男女平等が進んでいくとすれば、男性は生まれた時から無自覚に得てきた特権をどんどん奪われていくことになります。それは個人の視点からすると単に抑圧され、奪われるようなつらい体験なのかもしれないけれど、自分にその特権が与えられた歴史を学びつつ、それはむしろ起こるべきこととして、その痛みを受容しなくてはいけない。

今回の作品は直接的にそういうことを描こうと思ったわけではないのですが、映画を作るうちに自然と、「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

――監督の過去作『ハッピーアワー』も本作も、「自分ときちんと向き合うことで相手を理解する」ということがテーマになっていると感じました。本作の原作者の村上春樹さんは『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(新潮文庫)の中で、「井戸を掘って掘って掘っていくと、そこでまったくつながるはずのない壁をこえてつながる」ことをコミットメント(人との関わり合い)の本質だとしていますが、そのことは濱口監督のテーマなのでしょうか。

濱口:その本は僕も好きで20代前半の頃読んでいました。特段そのことを意識して来たわけではないのですが、原作『ドライブ・マイ・カー』の中の「どれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。(中略)本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」という岡田将生さん演じる俳優の高槻の言葉は、彼自身の深いところから発せられた言葉として家福に受け取られるし、村上さんが書かれたその高槻の言葉自体が、きっとそうなんだろうという説得力を持つものでした。

なので、そのシーンは映画の中で実現したいと思いましたし、結果的に映画の核となる部分にもなりました。

――本作では手話を使うろうの人も含めて、異なる言語を持つ人たちのコミュニケーションの豊かさが描かれていましたが、このような「多言語演劇」のスタイルを起用するきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

濱口:ボストンで1年間暮らしていた頃、英語の語学学校に通って勉強していたのですが、自分より言語ができなくてもコミュニケーションできる人っていますよね。その時にコミュニケーションの本質は言語ではないと改めて思い知らされました。

言葉が流暢だからコミュニケーションできるのではなく、言葉を持っていなくても、コミュニケーションしたいという気持ちや相手に対する好意がある人は、多少英語が話せて言語によるコミュニケーションが可能な自分よりも、深いコミュニケーションをしているなと。そして、自分もそうできたらいいなと思っていました。

言葉によってコミュニケーションが阻害されているとまでは言いませんが、言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。それは映画の中で多言語演劇をやってみようと思ったきっかけの一つです。

――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。今回のキャストでは、たとえば演劇祭スタッフのユンスを演じたジン・デヨンさんはまさにそういう人だし、そのことが映画にもにじみ出ていると思います。

――脚本を担当した1940年代の日本と中国を舞台に国家機密を前にして揺れ動く夫婦を描いた『スパイの妻』もそうでしたが、今回も「悲しみを失った人同士がつながる」というテーマの下、多言語演劇を取り入れ、時空や空間を大きく跨ぐスケールの大きな物語を描いています。どのようにしてプロットは思い付いているのでしょうか。

濱口:大きいテーマを扱っている意識はないです。それよりは、ボストン在住や国際映画祭での体験など、自分の個人的な身体感覚をベースに作っています。スケールが大きいというより、パーソナルな感覚の映画を作っているという意識の方が強いですね。

確かに本作には、東京にいた主人公が地方へ行ったり、また他のキャストが海外から来たりするという地理的なスケールがあります。しかし、基本的には人と人とのコミュニケーションを描いた小さな話です。実感に基づいた感覚をベースにしないとディテールは描けないとも感じます。

例えば『スパイの妻』で言うと、家庭内のことが戦争にまでつながっているだけで、日本と中国、アメリカという距離は地理的な問題に過ぎません。誰しも自分たちでコントロールできる世界の範囲は小さいです。なので、映画の構想も自分が認識できる範囲から始めています。

一方で、「描かれる世界の大きさ」は認識能力を超えた時に感じるものだと思います。なので、見る人の認識能力を超える部分をキャスト・スタッフの人たちと共に考えながら、どのように見せるのかを考えながら映画を作っています。

――最後に、この映画で伝えたい濱口監督からのメッセージについてお聞かせください。

濱口:メッセージというものはない、とは言いませんが、あくまで映画を通じて感じていただけたら、と思っています。様々な要素が重なり合っている映画ですが、決して難しい話ではなく、むしろ単純に「面白い」映画だと思っています。どこかで必ず自分自身の経験につながるものがあり、受け取れるものがある作品だと思います。前知識も何も必要ありません。構えずにリラックスして見て欲しいですね。

『ドライブ・マイ・カー』は8月20日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

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このFRaUのインタビューは、なかなか含蓄のあるもののように思う。

  • 男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。 

これは、対女性にかかわらず言えることなのではなかろうか。自分は弱いところがあると認めている人だけが、相手の目線にも自然と立てる気がする。

・・・と思っていたら、

  •  「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

続いて、

  • 本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです 

同感。自分に自分が見えている分だけしか、他人のことは見えてこない。

  • コミュニケーションの本質は言語ではない。 言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。

これは、ネット空間では殊に忘れるべきではないでしょうね。

ネット上でいい信頼関係を築くためには、相手が「身体で」どう実感しているかに波長を合わせるようなつもりになる必要があると思います。

これは日頃からフォーカシングのリスナーをしている私の肝に銘じていることです。

  • ――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

    濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。

好意は具体的に表現し続けなければならないということは、すでのこのブログでも何回も繰り返して来ました。それは言葉の上だけではなく、身体から自然と湧き出るようなものでなければならないと思います。

・・・これ、スキンシッップが必要という意味ではないですので念のため。

相手が言うことをかなえているだけでは愛情表現ではない、と私は繰り返し書いてきました。これが私の苦い人生経験の帰結ということも。

そして、人の気持ちの「裏を読む」ということを、相手の悪意を仮定してかかるということばかりであってはならない。

相手の悪意を仮定することは、「お人好し」になり過ぎないための術かもしれませんが、それと同時に、相手の言うことを「額面通りに」受け止めてとりあえずは応対するほうが、結局はリーダーシップすらとれます。

*****

・・・・などと、監督の発言に自分の見解を強引に押し付けただけかもしれませんが、このへんで。

私は、村上春樹は、「羊をめぐる冒険」しか読んだことはないですが、映画「ドライブ・マイ・カー」も、チャンスがあれば、観てみたいですね。

この予告編で使用されているピアノ曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番、「テンペスト」の第3楽章です。 楽天トラベル

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。