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フェミニズム

2021年9月29日 (水)

ラーメン店主、元AKBの梅澤愛優香さんへの店からしめ出されることとなったラーメン評論家のブログでの反論について

 

この問題、ネット上ではいろいろ書かれていますが、支離滅裂と言われるはんつ遠藤氏のブログの主旨について、私なりに整理してみましょう。

●梅澤愛優香さんに対する、はんつ遠藤の意見(ブログbyフードジャーナリスト はんつ遠藤)

ぱんつ氏のブログの「グダグダ語り」は、「おじさん構文」と言われているようで、まあ、私も話の脱線の多い「おじさん構文」だと思うので、人のことは言えません。

ただ、私の仕事柄、相手のグダグダ語りの枝葉は切り捨てて(受け流して・・・というか、「濾過」して)、それでも何をいいたいのかはつかもうとする方だとは思うので、何とか主旨をとらえてみます。

論理的に理解しようとすると混乱するだけかと思います。

その結果、私なりに「濾過」したのは、

  1. もし自分に問題行動があったとすれば、酒癖が悪いのが原因だ。自分はそのようなダメ人間だ(ただしそうした自分の言動については、梅澤さんに改めて謝罪する意思はない)。

  2. 梅澤さんは、自分から会いたいと言ってきたのだ(・・・と主張するのかと思ったら)、いや、ひょっとしたら、それも自分にその話がオファーされる時点で、それは事実ではなかったのかもしれない。

  3. 首から下を撮ろうとしたのは、他の店の取材・・・実は知り合い・・・で首から下を撮ったので(・・・と、証拠写真を提示)、それと同じことをしようとしただけだ。でも取材で、店主の写真を全然撮らせないのはおかしいではないか。

  4. 梅澤さんは工事についての支払いは滞っていないと言っているが、私にはそのことで困っているという相談が持ちかけられたという事実はある。

  5. 4.のことに書いた時に、「ヤバい店だ」と書いたのは、工事会社への支払いが滞っていることを指してであって、別に「反社勢力とつながりがある」というデマを飛ばしたのではない。

  6. 今回の件が、他のラーメン評論家に迷惑かけたのだとすれば、謝りたい(おいおい、梅澤さんにかけた迷惑に関しての謝罪はナシかよ)。

・・・まあ、この程度の情報量だと思います。

梅澤さんがラーメン評論家締め出しを決めたのは、他のラーメン評論家の度重なる横柄で下衆な態度に対して嫌気がさしてだと思いますが、このような話題がワイドショーの時間を消費するくらいなら、もっと他にテーマとすべきことはいくらでもあるでしょ、とは思います。

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2021年9月20日 (月)

全国フェミニスト議員連盟のVtuberを利用した松戸市自転車交通安全PR動画批判問題について

●【3分間動画】交通安全PR「松戸警察、松戸東警察からのお願いです!」

全くこれのどこが悪いというのだ。

クンゼの件はまだ理解できなくもなかったが。

この公開質問状への返事がコレ。

●千葉県警本部、松戸警察署、松戸東警察署、千葉県、松戸市、松戸市教育委員会宛の公開質問状を提出。およびその回答について。

以下はライブ中継の告知ですが、どうなることやら。

なお、誰かを支持する時には、その身辺も一応洗っといた方がいいと思うので、おぎの稔氏について調べましたが、寸借詐欺事件で維新を除名された、というのはあったみたいですね。

こういうのは藤田孝典氏の件で懲りたので一応おさえておきます。

別に今回の件についての冷笑ではないですよ。

簡単にはwikipediaにも出てますし。

詳しくは柳ヶ瀬裕文氏のFacebook参照。

更に、次のようなtogetter発見。

●表現の自由戦士、統一教会関係者だった 山田太郎、おぎの稔、音喜多駿ら界隈の著名人が教会関係者主催のイベントに登壇

まあ、私としては何だっていいんだって。おぎの氏信者にならなければいいだけのこと。むしろおぎの氏を「利用」するくらいの図々しさでいきましょう。

そもそも政治家を「崇拝」して「どうにかしてくれる」存在としてあがめた時点で腐敗ははじまる。ヒトラーへの期待すらそうしてはじまった。ユングの言う「自我肥大」というヤツ。

れいわ旋風だってそうならない保障はない。枝野に昔勝手に期待しといて失望するなんてもそうだと思う。

政治家は主権者国民の代理人に過ぎないのだから、いいようにこき使うぐらいのつもりでないとね。全国フェミニスト政治連盟というのが無茶苦茶なのには変わりないし。

「自我肥大」というのは、かつがれているうちに、何か勘違いして、ナルシシズムに酔ってしまうということ。

この誘惑に勝てる人は政治家でなくても少ない。掃いて捨てる程もいる。会社や教育界や福祉の世界にも。私からすればDaiGoに対する藤田孝典氏も近親憎悪。

菅を「パンケーキ」と持ち上げて谷底に突き落とすのも、昔枝野を持ち上げて今けちょんけちょんに言うのも似たようなもので。

政治家を堕落させるのも、何か勘違いした方向に向かわせるのも私達国民ひとりひとりの責任。

もちっと別の概念を使えば、クラインという精神分析家が「分裂的=妄想的ポジション」ということを言ってる。自分に「快」を与える「良き親」と、不快を与える「悪い親」が同一人物だと気づいていない。それに気づくと落ち込んで、「抑うつポジション」というのにハマる。政治家に対してこうならないこと。

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2021年8月27日 (金)

「ドライブ・マイ・カー」公開記念、濱口竜介監督へのインタビュー記事から連想すること。

――村上春樹さんの作品は原作の『ドライブ・マイ・カー』が収められた短編集『女のいない男たち』(文春文庫)はもちろん、大ヒット作である『ノルウェイの森』(講談社文庫)にしても、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)にしても、主人公の男性が「女性に去られる」という設定がとても多いです。男性が女性の不在をきっかけに自分と向き合うということが村上春樹作品の本質だと感じます。

濱口:僕もその点は、村上作品の面白さの一つだと思っています。今回の作品でもその設定をいただきつつ、「女性に去られた男性が自分と向き合う」までをきちんと描きたいと思いました。

「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気がします。今回は男性が、そこからどう抜け出して人生を立て直すか。それがこの映画の基本的な運動になります。

――この作品は40代後半の家福が打ちひしがれ、涙する様子が臆面もなく描かれます。自らの弱さを認めてそれを乗り越えることが強さであると受け取りましたが、1978年生まれの濱口監督よりも上の世代の監督作品で、男性が泣くことはほとんどなかったように思います。

濱口:今、僕たちの世代は過渡期ではないでしょうか。映画の撮影現場ひとつにとっても、少し前の世代までは暴力が横行していた。下の世代には、明確にそれはおかしいという感覚がある。僕たちの世代は既にある上の世代の文化に飛び込んである程度順応しつつ、違和感のあるものは下に伝えないよう努めている世代だと思います。

とはいえ、暴力的な態度が資源や時間がない時に人をコントロールするために有効な方法であることも目にしましたし、その文化が内面化された部分も必ずあると思います。それに対しては意識して自分を更新する必要があります。男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。

(中略)

濱口:女性を描く時には社会の圧を跳ね返すようなある種の強さまで辿り着くよう、自分に課しているところがあります。一方で、男性を描いていても社会的な問題にたどり着かない。当人の内面の問題に終始しがちです。それは、男性が社会構造に保護されているからです。現時点で、男性を描く場合にリアリティを持ってできたのが、「弱さを認める」ということでした。

これからの時代、男女平等が進んでいくとすれば、男性は生まれた時から無自覚に得てきた特権をどんどん奪われていくことになります。それは個人の視点からすると単に抑圧され、奪われるようなつらい体験なのかもしれないけれど、自分にその特権が与えられた歴史を学びつつ、それはむしろ起こるべきこととして、その痛みを受容しなくてはいけない。

今回の作品は直接的にそういうことを描こうと思ったわけではないのですが、映画を作るうちに自然と、「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

――監督の過去作『ハッピーアワー』も本作も、「自分ときちんと向き合うことで相手を理解する」ということがテーマになっていると感じました。本作の原作者の村上春樹さんは『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(新潮文庫)の中で、「井戸を掘って掘って掘っていくと、そこでまったくつながるはずのない壁をこえてつながる」ことをコミットメント(人との関わり合い)の本質だとしていますが、そのことは濱口監督のテーマなのでしょうか。

濱口:その本は僕も好きで20代前半の頃読んでいました。特段そのことを意識して来たわけではないのですが、原作『ドライブ・マイ・カー』の中の「どれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。(中略)本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」という岡田将生さん演じる俳優の高槻の言葉は、彼自身の深いところから発せられた言葉として家福に受け取られるし、村上さんが書かれたその高槻の言葉自体が、きっとそうなんだろうという説得力を持つものでした。

なので、そのシーンは映画の中で実現したいと思いましたし、結果的に映画の核となる部分にもなりました。

――本作では手話を使うろうの人も含めて、異なる言語を持つ人たちのコミュニケーションの豊かさが描かれていましたが、このような「多言語演劇」のスタイルを起用するきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

濱口:ボストンで1年間暮らしていた頃、英語の語学学校に通って勉強していたのですが、自分より言語ができなくてもコミュニケーションできる人っていますよね。その時にコミュニケーションの本質は言語ではないと改めて思い知らされました。

言葉が流暢だからコミュニケーションできるのではなく、言葉を持っていなくても、コミュニケーションしたいという気持ちや相手に対する好意がある人は、多少英語が話せて言語によるコミュニケーションが可能な自分よりも、深いコミュニケーションをしているなと。そして、自分もそうできたらいいなと思っていました。

言葉によってコミュニケーションが阻害されているとまでは言いませんが、言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。それは映画の中で多言語演劇をやってみようと思ったきっかけの一つです。

――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。今回のキャストでは、たとえば演劇祭スタッフのユンスを演じたジン・デヨンさんはまさにそういう人だし、そのことが映画にもにじみ出ていると思います。

――脚本を担当した1940年代の日本と中国を舞台に国家機密を前にして揺れ動く夫婦を描いた『スパイの妻』もそうでしたが、今回も「悲しみを失った人同士がつながる」というテーマの下、多言語演劇を取り入れ、時空や空間を大きく跨ぐスケールの大きな物語を描いています。どのようにしてプロットは思い付いているのでしょうか。

濱口:大きいテーマを扱っている意識はないです。それよりは、ボストン在住や国際映画祭での体験など、自分の個人的な身体感覚をベースに作っています。スケールが大きいというより、パーソナルな感覚の映画を作っているという意識の方が強いですね。

確かに本作には、東京にいた主人公が地方へ行ったり、また他のキャストが海外から来たりするという地理的なスケールがあります。しかし、基本的には人と人とのコミュニケーションを描いた小さな話です。実感に基づいた感覚をベースにしないとディテールは描けないとも感じます。

例えば『スパイの妻』で言うと、家庭内のことが戦争にまでつながっているだけで、日本と中国、アメリカという距離は地理的な問題に過ぎません。誰しも自分たちでコントロールできる世界の範囲は小さいです。なので、映画の構想も自分が認識できる範囲から始めています。

一方で、「描かれる世界の大きさ」は認識能力を超えた時に感じるものだと思います。なので、見る人の認識能力を超える部分をキャスト・スタッフの人たちと共に考えながら、どのように見せるのかを考えながら映画を作っています。

――最後に、この映画で伝えたい濱口監督からのメッセージについてお聞かせください。

濱口:メッセージというものはない、とは言いませんが、あくまで映画を通じて感じていただけたら、と思っています。様々な要素が重なり合っている映画ですが、決して難しい話ではなく、むしろ単純に「面白い」映画だと思っています。どこかで必ず自分自身の経験につながるものがあり、受け取れるものがある作品だと思います。前知識も何も必要ありません。構えずにリラックスして見て欲しいですね。

『ドライブ・マイ・カー』は8月20日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

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このFRaUのインタビューは、なかなか含蓄のあるもののように思う。

  • 男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。 

これは、対女性にかかわらず言えることなのではなかろうか。自分は弱いところがあると認めている人だけが、相手の目線にも自然と立てる気がする。

・・・と思っていたら、

  •  「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

続いて、

  • 本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです 

同感。自分に自分が見えている分だけしか、他人のことは見えてこない。

  • コミュニケーションの本質は言語ではない。 言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。

これは、ネット空間では殊に忘れるべきではないでしょうね。

ネット上でいい信頼関係を築くためには、相手が「身体で」どう実感しているかに波長を合わせるようなつもりになる必要があると思います。

これは日頃からフォーカシングのリスナーをしている私の肝に銘じていることです。

  • ――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

    濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。

好意は具体的に表現し続けなければならないということは、すでのこのブログでも何回も繰り返して来ました。それは言葉の上だけではなく、身体から自然と湧き出るようなものでなければならないと思います。

・・・これ、スキンシッップが必要という意味ではないですので念のため。

相手が言うことをかなえているだけでは愛情表現ではない、と私は繰り返し書いてきました。これが私の苦い人生経験の帰結ということも。

そして、人の気持ちの「裏を読む」ということを、相手の悪意を仮定してかかるということばかりであってはならない。

相手の悪意を仮定することは、「お人好し」になり過ぎないための術かもしれませんが、それと同時に、相手の言うことを「額面通りに」受け止めてとりあえずは応対するほうが、結局はリーダーシップすらとれます。

*****

・・・・などと、監督の発言に自分の見解を強引に押し付けただけかもしれませんが、このへんで。

私は、村上春樹は、「羊をめぐる冒険」しか読んだことはないですが、映画「ドライブ・マイ・カー」も、チャンスがあれば、観てみたいですね。

この予告編で使用されているピアノ曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番、「テンペスト」の第3楽章です。 楽天トラベル

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2021年8月18日 (水)

DaiGo氏の「LGBTQで集まるのはバカ(弱い)」発言にみる、超個人主義

この記事、用心して読まなばなるまい。かれはLGBTQの人達を「差別」しているのではない。

彼はLGBTQの人達が「差別」でいかに苦しんでいるかということへの認識がないのである。

DaiGo氏:

「僕そもそもね、性別に偏見ないんですよ。なんでかっていうと、性別で相手を見たことがないから」

人間なんてさ、全部違うんですよ」

「『俺たちセクシャルマイノリティだから』みたいな風に集まる人いるんですけど、バカじゃないのかなって思うんですよ」

「多様性を認めろっていうんだったら全員が違うことを理解すべきで、人は決して素でわかり合うことはできない」

「だからこそ、お互いに許し合うことが大事で、お互い違うってことを理解しなくちゃいけないんですよ」

「皆違うのになんかレッテル貼って、なんか俺たち一緒だねみたいにやるんですよ。弱ぇなぁって思うんですよ

*******

・・・DaiGo氏は、過剰なまでの個人主義思想の持ち主で、ある意味では急進的なことを述べていることになる。これをどうとらえるかは慎重であらねばなるまい。

DaiGo氏は、人の持つidentityが、何かを「拠り所」にすることで成立することに無頓着である。

何らかの集団への帰属意識の持つ意味をここまで軽視できることの背景には、彼自身の孤独な生育歴等があるのではあるまいか。

あるいは、彼は自分がすでに「マジョリティ」であることを「自覚して」いない。

マジョリティであることを自覚していないということの裏返しとして、生活保護者やホームレスの人達が困窮し、差別されながらも生きていることの重さを理解できないのであろう。

それが逆に「差別」生み出す。

これは我々の場合にも言えることで、安穏と「普通」の存在として生きているという意識でいることは、いろいろな意味で「差別」に無自覚であることの温床となると思う。

******

彼は超進歩的なリベラルのフリをしているのかもしれないし、自分の理解できない対象を簡単にバカ呼ばわりしたり、ネコ以下にしてしまう傾向はあるかと思います。

ただ、このniftyの記事に対して、例えば東国原さんは、「これで彼の差別思想はいよいよ明らかになった」とか評している。

それがこの記事の正しい「読解」ではないということは指摘しておいていいかと思います。

彼はLGBTQをバカといっているのではなく、LGBTQが「集まる(群れる)」のをバカ、弱っちいと言っている。この点は一応区別しておいたいいと思いますね。

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2021年8月17日 (火)

藤田孝典氏はどういうスタンスでセックスワーカーとその救済活動をしている人達をみているのだろう?

 

>想像してみても、なおセックスワーク擁護できるなら、利害関係者か、安全な立場にいる人の意見だ。

何か壮絶な決めつけですね。

海外からの出稼ぎで来日し、日本語もままならないまま、シンジケートに上前をはねられ、一回2500円程度の収入で困窮していることも少なくない、セックスワーカーへの援助・救出活動も、ご自身とお仲間がしてください。

彼女らは、心身を酷使しているだけではなく、コロナ蔓延の中で、「濃厚接触」が必要な立場に置かれ、追い詰められていると思うのですが。

私はそういう方からの相談も受けていますが、守秘義務がありますので、これ以上具体的なことは申し上げられませんが、ご見解をうかがいたいものですね。

藤田氏のほうが、「安全な立場にいる人」ではありませんか?

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2021年6月17日 (木)

ツイフェミは「外国語」で話したがっている。

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カウンセラーの「無知の知」(第2版)

●村瀬嘉代子先生語録

私のブログの人気記事だが、ここで嘉代子先生は、「「活きたGenaral Art(一般教養)を活用できること。産業心理学のカウンセラーで、『日経』や『会社四季報』を読んだことがないのはいかがなものか。」

(続き)「ソニーとアイワの合併について、ソニーとアイワの社風の違いを知らないで、単に『大企業への吸収合併』という視点を持つだけで、アイワの社員の合併後の不適応を理解してあげられるだろうか?」とおっしゃっている。(続く)

(続き)・・・この論理でいけば、例えば競馬好きのクライエントさんでヲタクでもあるクライエントさんがいて、ゲーム「ウマ娘」をやったことがないのはいかがなものか、ということになる。#カウンセリング #競馬 #ウマ娘

  • 【追伸】:この部分、修正する必要があります。嘉代子先生は、「社風の違いを知らなねばならない」と言っておられるわけだから、実際に「ウマ娘」をやる必要はないんです。
  • ・・・恐らく、嘉代子先生の意図に対応する水準としては、ソシャゲとはどういうものか(ネットを通してのコミュニケーションツールであるということ)、育成シミュレーションとはどんなジャンルで、それぞれのジャンルの代表的な作品は何か、ぐらいは知っておかねばならないということぐらいでしょうね。

子供とかヲタクとか若者を相手にするカウンセラーは、ゲームとか「進撃の巨人」「鬼滅の刃」について、やったり読んだりしたなくてもいいから、かなり具体的に理解できないとヤバいと思う。#ゲーム #進撃の巨人 #鬼滅の刃

もちろん、理解でき過ぎるのもどうかと思う。「ふーん、そんなのがあるんだ」というあたりで、むしろクライエントさんに、カウンセラーにそれを「理解させよう」と頑張る機会を与え、自己主張、自己表現のスキルを磨かせることは、成熟へと結びつく。でも「そんなの知らないよ」と突き放してはならない。

  • 【追伸】: ここも補足。「知らねえよ、そんなの(爆)」と、ユーモアを込めて、冗談めかして言うぐらいはいいのだと思います。それに続けて、そのゲームやコミックについての話をクライエントさんがするかどうかは、クライエントさんの意志に任せるぐらいがちょどいいのかもしれません。ここで立ち止まり、ゲームやコミックの話題に執着するのはやめ、自分の主訴・・・例えば学校で孤立しているとか、自分が引きこもっているのをどうしたらいいのか悩んでいる、とかいう話題に立ち返るクライエントさんもいるでしょう。・・・このあたり、非言語的コミュニケーションも含めた次元の、デリケートな問題だと思います。

少なくとも、次回の面接の際に、「あれからゲームの方はどう?」ぐらいはさりげなくどこかで振ってあげてもいいのではないか。

  • 【追伸】:これもクライエントさんによっては避けた方がいい言葉かもしれません。クライエントさんは別にゲームの話をしたくてカウンセリングにきたのではないことを漠然とは「自覚」している場合もあるでしょう。

これは何でも同じことで、フェミニズムの用語を振り回すクライエントさんがいたら、大急ぎでフェミニズムの勉強を、ネットでできる範囲ででいいから、するべきだ。

  • 【追伸】:これはやるべきだと思います。クライエントさんは、いわば「外国語」を話すことに固執しているようなものですから。自分の「土俵」に引きずり込みたがっている。こちらも少しはクライエントさんの「土俵」にあがってあげるしかない。つまり、こちらも少しはその「外国語」を理解できなければならないでしょう。だいたい、フェミニズム固有の内輪の概念を振り回すことに固執しているクライエントさんは、「知性化」傾向が強く、自分の悩みについて生々しく語ることができないでいるのです。

実際Twitter上でツイフェミとの論争の時に私の学習テンポは速く、数日で用語を使いこなせた。しかも半可通のツイフェミより正確に。#フェミニズム

まあ、「カウンセラーなのにそれくらい知ってないのは怠惰だ」とまで上から目線で言われるとムカっとくるけどね。

矛盾することを言うようだが、カウンセラーにもわかるように「説明させる」機会を与えることこそ、クライエントさんを狭い世界に安住させず、「他者」と出会うスキルを磨いてもらうことになる。しかしそのためには、受け身に「受容」することを一歩踏み越えなばなるまい。

いずれにしても、私は私に論争をふっかける人から「カウンセラーなのに」といちいちいち枕詞をつけられるのは大嫌いだ。カウンセラーは神ではない。

でも(また矛盾することを言うが)、カウンセラーは人間としての自己の限界を自覚し、晒す必要はあると思う。

・・・何か、ソクラテスの「無知の知」の逆転した発想になってしまった。・・・今回はこれで一連のツイートは終わります。

*****

以上、Twitter上の連投を平そのまま平文にしました。

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2021年6月15日 (火)

Twitter上での「脊髄反射」のフレーム応酬をいかに超えるか? -ブログ全盛時代とSNSの時代では何が違ってきているか-

この記事から連想したのは、ネット上には、明らかに短文のTwitter向きの人と、長文のブログやnoteが本格的活躍の場という人がいることだ。両方兼ね備えた人もいるけどね。

 私、完全なリベラル派のつもりですが、私のTLにここのところオリンピック中止を求める話題ばかりが流れてくるのに正直少し「ウンザリ」していました。

もういちいちリツイートするのにも疲れました。

しかも、例のツイフェミとの凄まじいフレーム事件もありましたから、敢えて、「醒めた」目でみた本音を何回も連投ツイートして、「悪者」になってやれと思ってたのです。

だけど、それに対する「いいね」もリツイートも反論もなかったので、私のブログの方でそれらの私の連投ツイートを平文でコピーして、ここで、一つのエントリーとすることにしました。

******

手っとり速く最新の情報をあさるのにはTwitterを糸口とするのが便利だ。そして多様なものの見方を教えてくれる。購読している紙の読売か朝日か産経しか読まないのではどうしても偏向してしまう。SNSが普及するまでは、そうだったのだ。

もっとも、フォローする人を「選んで」いくうちに、実は流れて来るツイートが、似たりよったりの意見のものばかりになる傾向があるのではないか。

私は典型的なリベラル派のつもりです。しかし、リベラルな人にはリベラルなTLのみが集まり、ネトウヨ的な人にはネトウヨ系のTLばかりが流れて来るようになり、ツイフェミ系の人のTLにはツイフェミ系ばかりが並び、メンヘラ系の人のTLにはメンヘラ系のものばかりが流れてくる。

そうした中で、「幻想的な一体感」に浸れるツールでもあるんだよね。そういう現象には少しウンザリしています。そうした「一体感」が得られるから孤独から救われる人がいることは理解できる。

でも、そうした「楽園」を飛び出して、意見の違う人の見解を敢えて批判することは結構勇気がいることだ。ところが、Twitterという媒体には、自分からの批判的意見を「展開する」余力はない。だから、上っ面だけで、「脊髄反射」的なフレーム化が簡単に生じる。

ブログ全盛時代にも、コメント欄での応酬でフレーム化することはあったが、それなりに自分の見解をまとめ上げるだけの考察力が必要だったのではなかろうか?

私は、この時勢にもかかわらずコロナやオリンピック問題や管政権への批判を書かない人にむしろ敬意を払いたいと思っているし、そういう人も結構フォローしているつもり。

専門のことへのつぶやきとか、日常での出来事をツイートする人とか。皆さんもそういうツイートに、結構ホッとしているのではないかな。

極端な例を上げれば、ウマ娘のイラストばかり書き続けている人とかも。でもそういう人のツイートを良いと思っても、これでもリツイートは少し遠慮しているつもり。だってまじめに政治の話をしたいフォロワーの皆様が面食らうだけだからね。

******

・・・以上はTwitter上で連投した内容なのだが、敢えてブロクの埋め込みの連続にすることを避け、文章としてコピーすることにしました。

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2021年5月27日 (木)

iPodの登場は偉大だった。 -オーディオマニアは圧倒的に男性が多かったことをどうとらえるか-

これはひとつの思考実験なのですが。

このブログに少なかなぬ数のオーディオ関係のエントリーがあります。

しかしそれを読んでくれるのはたいてい男性だと思います。

私は昔はそれなりの高級オーディオを使っていました。スピーカーは、すでにこちらで書きましたように、タンノイのスターリングでした。アンプはアキュフェーズのような高級ブランドには手が出ませんでしたが、DENONの20万円ぐらいのものを使っていました。

アナログターンテーブル(レコードプレーヤー)は安めので済ませましたが、カートリッジは、今もその系譜が発売されている中級の名品、オーディオテクニカのAT-33でした。

DVD兼CDプレーヤーは少し欲張ってLINNの製品を使っていました(LINNとしては安価な部類です)。

ヘッドフォンはそこそこ金に糸目をつけない海外製品志向で、色々集めていましたが、10万円などの例外的な製品は使わずに、最高でALESSANDRO PRO(6万円ぐらい)であることは別のエントリーで書きました。私はiPodにこれをつないでいたわけで、かなりヘンタイ的な使い方だったと思います。SHUREの耳掛け式イヤフォンの代表作(型番は忘れました)なども持っていましたが、音質的には満足しませんでしたので。

いずれにしても、当時、オーディオマニアの女性というのは皆無に近く、マニアの男性は女性や子供に機器を触らせもしなかったと思います。

女性の大半は、せいぜい、いわゆるCDラジカセの水準で音楽を聞ければ満足していたと思います。

海外(特に北欧製)では、最初からセットになっている、デザイン的に統一感のある、高級ですがおしゃれな製品があって、これなどは女子供にも触らせていたと思いますが、日本ではあまり普及しませんでしたね。

ところが現在、オーディオマニアというのはホントに例外的な少数の人達になってしまいました。オーディオ雑誌も次々廃刊となりました。なぜでしょう?

いろいろ考え方があるでしょうが、パソコンを使ったモバイルオーディオの全盛、特に私はAppleのiPodの登場が決定的だったと思います。おしゃれなデザインで、男女共に使いやすく、音も、相当な高級感があるものでしたから。

古くからの意味でのCDプレーヤーというのは、非常にデジタルノイズを発生させやすいシロモノでした。しかしiPodによる、特にロスレスでのパソコンを介したCDからの取り込みの音は、そうしたデジタルノイズが皆無の、非常に優れた音だったのです。私も当初それにはすごく驚きました。

この一方で、iPodにつなぐイヤフォンも、そこそこの価格で、携帯に便利で、おしゃれなデザインの製品が増えていったと思います。

こうして、iPodを通して、オーディオの世界は一気に平準化され、男女平等な趣味となったように思います。

しかし、スマホのiPhoneの登場で、iPodは一気に廃れてしまいました。

スマホ市場で、iPhoneの方が、Android系よりシェアが高いのは日本特有の現象だそうですが、音のある種の芸術性という点では、iPhoneは、たいていのAndroid製品を超えていると思います。

高級オーディオの残影は、いわゆるハイレゾに引き継がれたと思いますが、ハイレゾ好きはやはり男の世界でしょうね。

また、オーディオの世界は、5,1サラウンドを代表とする、AVシアターの領域に引き継がれたと思います。ただ、これって、昔の高級オーディオのことを考えるなら、コストパフォーマンスがいい世界だと思います。AVアンプなんて、安い製品でいい音出しますものね。

デスクトップやラップトップの外部パソコンスピーカーというジャンルは、結構奥が深く、BOSEの製品などが代表格でしょうが、私はこの記事で、そんなに張り込まなくてもいい、でも音が無茶苦茶いい、JBLのおしゃれな製品を紹介しました。

まあ、フェミニズム的オーディオ考察は、これでだいたいの結論は出たか。

サイバーリンクパソコン工房

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当ブログのカテゴリーに「フェミニズム」を追加しました。 

フェミニズム関連の記事がたまってきて、他に分類しようもないエントリーも出てきたので、新設しました。

●「フェミニズム」カテゴリー

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

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     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。