コメント・トラックバックについて

  • このブログのコメントやトラックは、スパム防止および個人情報保護の観点から認証制をとらせていただいております。これらの認証基準はかなり緩やかなものにしています。自分のブログの記事とどこかで関係あるとお感じでしたら、どうかお気軽にトラックバックください。ただし、単にアフリエイトリンク(成人向けサイトへのリンクがあると無条件で非承認)ばかりが目立つRSSリンク集のようなサイトの場合、そのポリシーにかなりの独自性が認められない場合にはお断りすることが多いことを、どうかご容赦ください。

Twitter

福祉

2021年9月16日 (木)

フランケンシュタインの誘惑:「ナチスとアスペルガーの子供たち」

ハンス・アスペルガーが、ナチスの障害児安楽死作戦に協力したということは、何をきっかけは忘れたが、すでに知っていた。

Eテレのこの番組は、その問題にどどまらず、アスペルガー症候群とはどのようなものかについての、平易で要を得た解説にもなっていて、非常に良質のものだったと思う。

******

環境活動家であるグレタ・トゥーンベリがアスペルガー症候群であることをカミングアウトしていることは、結構知られているかと思う。

アスペルガー症候群とは、発達障害のひとつ、自閉症スペクトラムにおいて、

  1. 対人関係の障害
  2. パターン化された行動

はあるものの、

  • 言語・知能の障害

はない人たちのことである。

(番組ではこの呼称は用いられなかったが)、特に知能が高く、専門分野で成功する(しそうな)人たちについては「サヴァン症候群」とも呼ばれる。

歴史上の人物としては、モーツァルト、マリー・キュリー、アインシュタインなどがそうだったのではないかと言われ、現代の人物では、ティム・バートン監督、歌手のスーザン・ボイル、俳優のアンソニー・ポプキンスがアスペルガーとの診断を受けている。

生まれながら他人への関心が薄く、相手の気持ちが読めない傾向がある。

******

ハンス・アスペルガーは1906年、オーストリアのウイーンの生まれ。

父は高等教育は受けられす、苦労して就職したので、ハンスの勉学への要求水準は極めて高かった。

小6の授業のネズミの解剖で、寄生虫を発見し、「一つの生物の中に別の生物が生きていて、密接な関わりを持ちつつ共存している」ことに魅了され、医者への道を進もうと心に固める。

1925年、ウイーン大学医学部に入学。

ところが大恐慌が起き、就職を危ぶまれた。

そこから彼を救ったのが、ウィーン大学小児病院院長のフランツ・ハンブルガーだった。

アスペルガーはハンブルガーを父のようにあおぎ、指導者と教え子の関係を超えたものであったという。

1932年、アスペルガーは病院内の特別施設の担当となる。そこには、社会適応できない発達障害の子供たちが送られてくる。

アスペルガーは、そこに病院のニオイがしないことに驚く。

当時の児童診療所は、ベッドに縛りつけ、検査漬けにして、「患者」として扱うのが普通であった。

ところがこの診療所は、子供を遊ばせ「生活者」として扱い、教育的扱いをするという点で画期的だった。

病名は当てはめられず、子供の無意識の行動をひたすら観察し、週1回、スタッフたちが、ひとりひとりの処遇について意見を交わす、世界最先端の施設であった。

生まれ持った能力や性格の変えられる側面は変え、異常な行動は抑制するという活路を見出そうとするものだった。ひとりひとりの夢や目標を実現することをめざした。

アスペルガーは、10年間で200人診察し、1944年に、「小児期の自閉的精神病質」という論文をまとめることとなるのだが、それはまだ先のことである。

アスペルガーは、優れた言語感覚を持つ子供に注目し、自閉症に言語障害や知的障害が伴うというそれまでの考え方をくつがえした。

「医師には全身全霊をかけて、これらの子供たちに代わって声を上げる権利と義務がある」

*****

だが、アスペルガーにもうひとつの顔があった。

能力のある、生産性が高そうな子供には情熱を注ぐが、能力の低い、生産性の見込めない子供はあっさりと切り捨てた。

時はナチスが政権を握った。ハンブルガーはナチスに入党し、彼の指示でアスペルガーはドイツに研修に赴いた。

ナチスは、優生学に基づき、優秀な人間のみを選別し、劣る人間を排除しようとしていた。

力強い民族共同体を作ろうと、障害があるものへの強制断種・不妊手術が行われるようになった。

ナチスが健康な子供たちを体制に忠実な人間に育てようと、幼い頃から徹底的に教育する光景を目の当たりにしたアスペルガーは敬服した。

1934年、ウイーンの施設の所長に28歳にして抜擢され、ナチスと政治的に足並みをそろえることとなる。

1938年、ナチスはオーストリアに侵攻、ウイーン大学は、ヒトラーに忠誠を誓わないものは排除し、残りの半分はナチに入党した。

アスペルガーはナチスと関係が深い団体に次々加盟。その中には「国家社会主義ドイツ医師連盟」もあった。医療部門のナチとも呼ばれ、ユダヤ人の排斥を主導した組織でもある。

アスペルガーは特別講演で、ナチス礼賛、強い民族共同体をめざすとし、

「全体が部分より大きいという考えのもとでは国家が優先されねばならない。遺伝病の予防と優生思想を浸透させねばならない」

と述べた。

「才能ある」精神異常がある子どもに彼は専念し、最良の奉仕をした。「役立つ」「役立たない」という選別にこだわった。

1939年、ポーランド侵攻とともに第二次世界大戦がはじまる。

その日にヒトラーは、「障害者安楽死作戦」を打ち出す。

このことは、このあとのエントリーで私が紹介する予定の、ハフナーの「ヒトラーとは何か」でも、最大の罪のひとつとして取り上げられている。

この安楽死作戦は、大人だけではなく、子供にも適用された。

ウイーンのシュピーゲルグルント児童養護施設がその舞台となった。

この施設には、「教育不可能」と診断された子供たちが次々送られてきて、たいてい「肺炎」と死亡記録が残る形で、実は薬で弱らされて死んでいった。

近年、アスペルガーが診断に多数関わり「シュピーゲルグルントに移送することが解決法」と明記したことを示す書類が、ウイーン公文書館から大量に発見された。

****

1945年、ドイツは連合軍に無条件降伏、1年後の裁判で安楽死作戦の責任者は死刑や懲役となったが、多くの医師は、ヒトラーに強制されたと弁じ、無罪となる。アスペルガーもそのひとりである。

彼は1946年、ウイーン大学小児病院の院長となり、更には終身院長となった。

しかし、戦後、自閉症研究は再開しなかった。

1974年、ラジオ番組にはじめて出演、自身のナチス時代を公の場で初めてふりかえることとなるが、

「ナチの非人道的なことは受け入れることはできませんでした。私は子供たちを引き渡すことを拒否しました」

と釈明。1980年急死した。

1981年、イギリスの精神科医、ローナ・ウイングが、自らのリサーチとアスペルガーの論文の症例が極めて類似していることに気づき、「アスペルガー症候群の臨床報告」という論文を公表し、アスペルガーの名は一躍脚光を浴びることとなる。

前述のアスペルガーの診断書が発掘されたのは2010年である。

アスペルガーの元患者で、大学の歴史と美術の教師として成功したヴァルトカルト・ホイフルは、独自に調査に乗り出し、789人の安楽死者を特定した。

「アスペルガーは、時間がある時はいつも子供たちに本を読み聞かせる良い医師でした」

しかし、骨格異常のあった妹は、シュピーゲルグルントに送られ、死亡していた。

2018年、アスペルガー症候群という診断名は、「自閉症スペクトグラム障害」に統合された。

*****

私が発達障害について学んだ頃は、「アスペルガーは、敗戦国ドイツの研究者であったために、日があたらない存在であった」と解説されるのが普通であったと思う。

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

 

2021年9月 8日 (水)

ジョゼと虎と魚たち(劇場アニメ)【途中までネタバレ】

久しぶりに映像作品のレビュー。

Twitterで流れてきた。

田辺聖子の20年前の短編が原作で、数年前に実写映画化され、劇場アニメは昨年(2020年)だそうだ。

大阪が舞台。

大学で海洋生物学を学ぶ鈴川恒夫。メキシコに留学するのが夢で、ダイバースショップでバイトをしている。

バイトの同僚に二ノ宮舞と松浦隼人がいて、一緒に海に潜っている。

ある日、坂の上から車椅子に乗った女性が暴走してくる。恒夫はそれを受け止める・・・というか、サンドバックになる。

彼女の祖母がすぐあとを追ってきて、夕飯を奢ってもらこととなる。

祖母は、散歩に連れ出す以外は、「外の世界は怖いぞ」と言って、彼女を外に出したがらないようだ。

彼女の名は山村クミコというが、自分のことを「ジョゼと呼んで」と言う。

祖母は、恒夫が金に困っていると知って、新たな「バイト」を提案する。

それは家でジョゼの相手(管理人)をするということ。外には連れ出さないという条件で。

その間、祖母はパチンコに行っている。

ジョゼは偏屈だったが、実は夢見がちな少女(といっても24歳)で、自室にこもって絵を書いている。

ある日、恒夫は、ジョゼの不在に気づく。追いつくと、ジョゼは「海が見たい」と。

二人は電車に乗って、海に向かう。

その後も二人は、祖母に内緒で、外出を続ける。遊園地、動物園(ジョゼは虎を外の世界の怖い存在の代表と思っていたようだ)、映画館、水族館、そして図書館。

図書館で、ジョゼという名前が、サガンの小説の主人公の名前であることがわかる。ジョゼは同じくサガン好きだった、司書の岸本花菜と意気投合する。

ジョゼは繰り返して図書館に通うが、ある日、子供たちのための絵本の読み聞かせ役がやめてしまっていて、子供にジョゼは読み聞かせをせがまれる。

絵本は「人魚姫」。しかし、子供たちは退屈してちりじりになってしまう。

しかし、子供のひとりにせがまれて、ジョゼはホワイトボードに人魚姫のお城の絵を書く。

その絵に感嘆した司書は、ジョゼに絵描きになるように勧める。

幸い、恒夫の留学先としてメキシコの教授は色よい返事をしてきて、卒業後留学して来いという。奨学金の目処も立つ。

しかし、ある日唐突に祖母は死んでしまう。

福祉の担当者から、今後はどうやって生きていくのか、働いたらと勧められるが、ジョゼは絵かきになりたいと。しかし現実を見ろと諭される。

ある日、ジョゼは自分から恒夫のバイト先に行ってみたいと言い出すが、楽しげに話す恒夫の様子に突如気が変わり、帰ってしまう。

「健常者に私の気持ちなどわからない」と。

ジョゼは「嫉妬」したのだ。

ジョゼは姿を消す。

それを探しに行った恒夫は、ジョゼが道の側溝に引っかかって動けないでいるのを発見する。

しかしそれは、恒夫にとって思ってもみない運命の幕開けであった・・・

******

いい話ではある。

原作や実写映画はどう描かれたのか、敢えて情報を集めなかったが、もっと泥臭かったのではなかろうか。

ストーリーが読めすぎてしまう(舞の描き方とか)。

そして、みんな、みんな、いい人なんだよwwww

私は原則としてこういう言い方はしたくないし、ピュアなお話も好きなのだが、これは「美しすぎる」。

困ったなあ。

第44回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞らしいのだが。

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

2021年8月16日 (月)

DaiGo氏に関すること、幾つか追補。

どうもまだDaiGo氏関係のことについて、私の中にすっきりしないことがあるようで、「わが闘争」レビューの方に労力が向かわず、妙に眠気に誘われていた理由が少しわかった気がしたので書きます。

まずは、私がこの問題に関しての最初のエントリーで、次のような書き方をしたことについて:

  • 一回目の謝罪では、「生活保護者でも頑張っている人がいる」などという余計なことを言い、「がんばって生きない権利」を否定している面があることなどを含めて更に批判されていたようです。

・・・これは言い過ぎた気もします。

「頑張って『生きよう』ともがいている」方々への配慮が欠けていたと思います。その点は謝罪いたします。

(ただ、一度書いてしまったものをこっそり消去してしまうのは卑怯だと思いますので、そのまま残します)

正確に言えば、「頑張って生きようとしても、生きられない人達」というべきだったでしょう。

例えばうつ病の方々、職を得ようとしてもみつからない方々、住む家もない方々など。

もとより、過剰に努力することなく、「マイ・ペースで」生きる権利は誰にでもあると思いますが、それは一定の経済的基盤(家族等の支え・年金等も含む)があったればこそですから。

実は、昨晩の私の夢の中で、私が大学を出ても働き口を見つけないまま何もしないでいるのに、父はそのことについて何も言わないまま玄関を出ていく・・・というのをみてしまいました。

私は大学学部生としては、勉強に熱心で、成績はオールAに近く、多読で、院試に向けての勉強もしていましたが、卒業後、大学院浪人になって、そんなにバイトとかしないままなのに、趣味も充実させて、親のスネをかじって、そこそこしか勉強しなかった時期があります。ある意味では無気力とも戦っていたのですが。

******

さて、それとは別の次元のことを書きます。

私は、DaiGo氏の過去の動画は全然観ていませんし、観ることに労力を費やす気もありません。

さすがにそういうことまでするのは時間の無駄だと思いますし、すでに書きましたように、彼の過去は問わない、現在、そして彼の今後についてだけを判断の基準にしたいと思っていますから。

また、「彼は心理的テクニックを駆使して謝罪をしている演技をしているだけだ」という言い方はしたくないと思っています。

私は、彼のYouTubeチャンネルはすでに登録していますから、私のデスクトップパソコンとスマホには、彼がライブ配信をはじめた時点で、自動的にポップアップが出ます。

余裕がある時には、余力の一部を割いて、後追いでも、彼の実況を実際に観て、コメントしたり、ライブチャットに直接意見を入れようと思っています。

すでに前の別のエントリーで書きましたように、まずはそうやって、彼の動画の視聴者に、ささやかながら相対化の機会を提供することが、彼のためにもなりますし、今後彼の悪影響を抑止するための、非常に「実際的・具体的な」試みと思うからです。

そういう形で、資格を持つ、ネット上で活動する心の専門家として、多少なりとも貢献したいと思います。

臨床心理だけではなく、基礎心理から実験心理、社会心理まで学んだプロですから、彼の言うことに変なところがあれば、即興で指摘することはできると思いますし。

******

すでに前のエントリーで書きましたように、私は彼の「2回めの」謝罪に対して、

「この件をきっかけとしして、彼の過去の差別的発言を知らない人も、このチャンネルを登録して、リアルタイムで彼の発言を監視する人も大勢出てくるだろう。彼がそのストレスにどう耐えて、どういう配信をしていくかだろうね」

というコメントを残しました。

●DaiGo氏の2回めの謝罪動画

Gaogo0817c

彼をTwitter上とか、別のネット媒体で間接的に批判するより、こうしたところから手を付けることが大事だと思うことにはかわりがありません。

*******

更に、次のようなツイートもTwitter上で読んでしまいました:

 

 

私は、乙武氏の主張には全く賛同しませんが、藤田氏のツイートにも大いに疑問を持ちます。

藤田氏は、DaiGo氏の過去の動画を「仕方なく」相当観た上でそういう結論に達したようですが。

藤田氏は社会福祉士とのことですから、専門家の一員ではありますが、DaiGo氏を「拘束」して、心理的「治療」を施すべきと述べているも同然です。

そういう発想を援助的専門家がするものだと認識される危険を犯すことは、はなはだ問題だと思います。

DaiGo氏は「犯罪者」ではないのです。倫理的問題だけで人を「更生」できるかのような発言は、厳に慎むべきと思います。

いわゆる「専門的訓練」を受けていない、非専門家がネット上で活動する権利はあると思いますし。

少なくとも、安全な場所からこういうことを批評的に言うくらいなら、いかなる「法的根拠」もあるわけないですが、ご自身が、彼に実際に働きかけてくださいとも言いたくなります。

藤田氏が、すでに今回の事件に関して、不安にかられた生活保護者やホームレスの方々の相談に乗っていることの意義は認めますが、

・・・こりゃひどいと言うか、何と素人くさいことを言い出しておられることやら。

そして、「DaiGo氏の発言に悪影響を受ける人達もいる」という理由づけで、彼をネット上から排除すべきというようなとらえ方全般は、一般の人の持つ健全な批判と吟味の能力を最初から疑問視するような、パターナリズムのように思えます。

この件については、「わが闘争」のレビューを終えた後で(結局更に明日にずれ込みそうですが)、藤田氏自身に、Twitter上で、論戦を挑もうと思っています。

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

2021年8月14日 (土)

【メンタリストDaiGo】:「再度の」謝罪は一応評価します。しかしそれでもこういう現象に対しての一部の方の反応については問題提起し続けます。

一回目の謝罪では、「生活保護者でも頑張っている人がいる」などという余計なことを言い、「がんばって生きない権利」を否定している面があることなどを含めて更に批判されていたようです(この1回目の謝罪の動画自体は私は観ていないので二次情報です)。

(追記:上記に関しては、少し問題もあったと思いましたので、後のエントリーで補足します)

この「1回目の」謝罪に関して、詳しい逐語的情報を伝えたサイトがありました:

●メンタリストDaiGo氏のYouTubeにおけるヘイト発言を受けた緊急声明

一部引用します

  •  なお、批判を受けて、DaiGo氏は8月13日夜、今回の発言を「謝罪」する動画を配信しました。長年ホームレス支援をしているNPO抱樸の奥田知志氏と連絡をとり、近々、現地に赴いて支援者や当事者から話を聞いて学びたいとしつつも、しばしば笑顔を見せながら、「ホームレスの人とか生活保護を受けている人は働きたくても働けない人がいて、今は働けないけど、これから頑張って働くために、一生懸命、社会復帰を目指して生活保護受けながら頑張っている人、支援する人がいる。僕が猫を保護しているのとまったく同じ感覚で、助けたいと思っている人、そこから抜け出したいと思っている人に対して、さすがにあの言い方はちょっとよくなかった。差別的であるし、ちょっとこれは反省だなということで、今日はそれを謝罪させていただきます。大変申し訳ございませんでした」と謝罪の言葉を述べたのです。

    しかし、ここで示された考え方は、他者を評価する基準を「頑張っている」(と自分から見える)かどうかに変えただけであり、他者の生きる権利について自分が判定できると考える傲岸さは変わりません。しかも、貧困や生活困難を社会全体で支え、生存権を保障するために、権利としての生活保護制度があることについて、根本的な理解を欠いていることに変わりがありません。少なくとも現時点においては、DaiGo氏が、自らの発言の問題点を真に自覚していると評価することはできず、その反省と謝罪は単なるポーズの域を出ていないと言わざるを得ません。

・・・おいおい、ネコと同格にしていたのか。

1時間前にアップされた「再度の」謝罪は、限界はありますが改善されたと思います(「自分が」生活保護を受ける立場になったら・・・という言及がないのは気になりますが)。

この最新の動画を知らないまま議論するのは良くないので、まずは貼り付けます。

まずは、新たな謝罪を受けても、問題にしていいと思う点について。

(彼には過去にも差別発言が山のようにあるとのことですが、それを実際にYoutube上で観ていないので言及は避けます)

彼の発言に、「当事者や家族や支援団体の方の苦境と努力」という意味の文言がありますが、例えば、現行の生活保護制度は、申請しさえすれば受理されるという前提で法律は制定されていると思います。

極論すれば、生活保護のお金をギャンブルで使う「権利」もあると考えられます。

このこと自体を、憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」という条項との兼ね合いで、どう捉えるかは同然議論があるところでしょう。しかし現行の法規定では役所側は拒否できないという事実は尊重すべきだと思います。

ベーシックインカムや、現物給付などという意見は今後の問題として別に議論すべきです(私は色々疑問はありますが)。

私は、やまゆり園事件等における「生産性」議論の問題ともつながりますが、生活保護受給者や障害者、老齢者などは、何も「生産」しなくても、生活は保証されるべきという立場です。

さらに言えば、私は、資本主義社会においては、人は、「生産する義務」ではなく、「消費能力の一定水準の額の保証」の方が、本人のみならず、「経済効果」の上でも優先すべきことと確信しています。

これについては、中井久夫先生が、精神障害者の社会「復帰」において、「生産活動より消費活動をまずは優先すべき」と述べられていることに私の発想の原点はあります。

しかし、(コロナで加速しましたが、)日本の現在の社会・経済情勢において、「消費の冷え込み」が悪循環を生み出していることは、すでに論じ尽くされていると思います。

*******

次に、ここから述べることはTwitter上で余計なフレームに対応せなばならなくなるので、自分のブログでしか書きません:

Twitter上には、彼のTwitterとYoutubeのアカウント停止を求める声もうずまいていましたが、それは違うと思います。

二次情報のみが残ることになればむしろ不健全でしょう。

「表現の自由」などというお題目を唱える気もありませんが、オリジナルがどのようなものであったかを観て、主体的に判断できるような、あるいは色んな人の意見に耳を貸しながら討論して己れを貫けるような子供や若い人たちを育てる気概がないまま、「禁書目録」を作るのはやはり何かが違う気がします。

私自身は、ドイツが「わが闘争」をごく最近まで禁書にしていたらしいことも常々違和感があります。

このへんについては一応以下のサイトが情報源:

●ヒトラー『わが闘争』ドイツで70年ぶり再発売、注文殺到で増刷も

少なくとも、「わが闘争」について、中学生ぐらいの時点から原典を引用しながら、どこが問題かを教育する環境は、整備されるべきかと思います。

ちなみに、「わが闘争」は、上巻は若い頃に読んだことあります。

この次のエントリーは、「わが闘争」上巻の詳しい紹介とレビューにしますので、1日ぐらいはお待ち下さい。

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

2021年8月 7日 (土)

ETV特集「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」【追伸つき】

すでに7月31日に放送され、Twitterでもいろいろ話題となったが、普段テレビを全く観ない私は本放送に気づかす、あわてて8月5日深夜の再放送を録画しておいたが、それを忘れていたので、遅ればせながら視聴記を書きたい。

日本の精神科医医療の頂点に立つと言っていい、全国最大の都立松沢病院では、新型コロナ蔓延による都内の精神科病院の入院患者治療のひっ迫をうけて、20床の専門病床を昨年5月に開設し、他院のコロナ重症患者の入院受け入れをはじめた。それから1年間の密着ドキュメントである。

松沢では、精神科医とコロナ専門スタッフの合同チームを立ち上げ、一般病院では受け入れてもらえなかった、精神科入院コロナ重症患者を移送してもらって、コロナ治療と精神疾患治療を並行して行ってきている。

精神科病院において、重い精神疾患患者は、多くの場合狭い共同部屋に入院しており、治療・看護スタッフも密接なケアをせなばならない。これがコロナ感染の温床となり、患者ばかりか、治療・看護スタッフを含めたパンデミックを生じることが多いが、そのことについてはほとんど報道されていない。

精神科入院患者は、高齢で持病も重症化していることが多いが、一般病院に比較すると治療が劣ることがただでさえ少なくない。ましてやコロナに対しては十分な治療体制を持たないところが多い。

ところが、そういう精神科入院患者を一般病院は受け入れてくれないことが多いのである。

都内X病院では249人のクラスターが生じた。

松沢病院に移送されてきたコロナ重症患者は、そもそも基本的な身体のケアがなされておらず、壊死とが腎盂炎の治療がなされないままになっていることが映像でも示される。

古い病棟においては畳敷きの布団就寝のことも多く、個室は保護室のみであり、密な状況に置かれざるを得ず、通常であれば非常にストレスの多い環境であるが、入院歴が長い患者が多く、そういう過酷な環境にも慣らされている。

保健所の指導を仰ぐと、なるべく陽性患者と陰性患者を隔離するように指導されるが、一つの病棟全体をレッドゾーンとして隔離し、陰性患者も皆陽性患者となり、職員も3割感染していよいよ職員ひとりあたりが担当する患者数は増えるという悪循環が生じた。

精神科においては通常科の3分の1の医師、3分の2の看護師が担当するのでいいと法令では定められており、スタッフひとりあたりの担当患者は20を超えることもある。

こうした背景には日本の精神科医療の歴史があり、隔離医療政策のもとで、精神科特例として、少ない医療担当者で多くの患者を診るのが当たり前となっていたことがある。

世界の2割の精神科病床数が日本によって占められており、現在27万人が入院している。

退院促進が行われない状況には、日本社会の精神疾患患者への偏見の強さがある。

ある精神科団体の会長は、

「医療を提供しているだけで社会秩序の担保となっている。暴力を働く患者が社会に解き放たれ、警察や保健所が困るだけ」

とうそぶく。

患者と家族との関係はいろいろである。

家族のひとりたけに精神疾患者のケアが押し付けられていることも多く、外泊ですら徘徊などが生じて対応できないことも少なくない。

30年以上入院している患者も少なくなく、家庭にも地域にも受け入れらないまま、いわば「必要悪」として長期入院が機能している現状がある。

番組には、精神症状が落ち着いても30年以上入院を続けている患者が登場。退院して受け入れる環境もない。

ある精神科医は、

「社会には精神疾患患者のことを、自分の問題として引き受けたくない、患者を怖いものと見ている風潮が根強い」

と語る。

都内のY病院から移送されて来たコロナ患者は排泄物の処理すら長い間なされないまま放置されていた。

この病院では、大部屋に陽性患者のみを集め、突如南京錠を設置して閉じ込めた。

畳じきの30畳のへやに詰め詰めで、真ん中にトイレがひとつ設置されているのみ、ナースコールもなく、大声で「水をくれ」と叫んでもなかなか供給されない状況に諦めの状態にある。

保健所が訪問しても病室の中を見ることはしないまま廊下を歩き去ってしまう。そうした状況に対して保健所は取材拒否。

Y病院は、患者の証言によれば、保健所から視察に来た時だけは鍵を外し、視察が終われば再び鍵を閉めてしまう。

日本では、精神科のコロナ陽性入院患者の6割が一般病院に転院できず、拒否されている。

松沢病院院長は、

「世の中で何かが起こると歪みはまず弱い人に行く」

と語る。

現在、精神科145病院に4600人のコロナ重症患者がいるという。

******

コロナの蔓延は、日本の精神科医療の抱えた長年の問題をあぶり出したと言ってよいことがこのドキュメンタリーの結論であり、単なるコロナクラスターの病院入院患者における蔓延についてのレポートではない。

すでに述べたように、精神科入院患者の大病院における、場合によっては何十年にも及ぶ、しかも劣悪な環境での収容がままあるという現状は日本固有である。

番組でも語られていたが、現状では、精神科病院において患者の待遇改善のための施設や人員に投資をすると、病院自体の経営が行き詰まり、不十分なケアしか受けらない患者が社会に放り出されるという危ういバランスにある。

抗精神病薬が開発されて以降、他諸国では開放政策が進み、地域におけるケア・システムが高度に整備された国も少なくないが(例えばイギリスの状況をこのエントリーで紹介した)、日本ではこの社会的包摂の力がまだ弱いままである。

精神障害者への偏見と差別も根深く、早期に薬物療法を開始すれば、入院を継続しなくでも(あるいは入院をそもそもしないまま)、通院医療だけで、さして問題を起こさずに社会適応できることも多いことすら一般の人は知らないことが多い。

働けなくても、障害年金を受け、社会の目立たないところで、作業所やグループに通いながらも、静かに生きられることも多いのである。

それすら不可能な人が、症状の急性期に、一定期間入院しては退院できるというのが、今日において可能なはずの社会のあり方である。

しかし、日本においては、例えば保育園を新規に開設しようとするだけでも「騒々しくなる」と地域住民が反対運動を起こすぐらいに、「平穏な」生活を守ろうとする圧力が、むしろ以前より高まっている風潮があり、ましてや精神障害者の施設となればいわずもがなという現状がある。

こうした現状を打破するためには、国や地方自治体の、法律、条例改正を伴う精神障害者支援制度の改革が必要だが、現状では、民間の手に委ねられている傾向が強い。

ネットにおいても、何かというと精神障害者への差別と偏見は根を立たず、事件やトラブルがある度に不当な診断名でレッテル貼りがなされる傾向が強いままである。

我々専門家も、そうした傾向の是正のために、こまめに、地道に、発信し続けねばならないと思う。

*****

【追伸】:番組の本来の趣旨から若干外れ、私は医者ではないので遠慮してしていたことを追伸します:

 統合失調症そのものが軽症化し、しかも非定型精神病薬(リスパダール、ジフレキサ、セロクエル等)の投与が主流となる中、予後が良好な患者が増えている傾向があります。

統合失調症は生涯治らない(だから「寛解」という言葉を用いる)と言われていたのが、「治る」患者さんも増えてきた。

ですから、長期入院が必要な患者自体が減少し、長期入院してきたいる患者の多くは、旧式の抗精神病薬を投与されていた時代の人の掃き溜めという傾向が強いわけです。

こうなった背景についてはいろいろ言われているようですが、発達障害の患者が増えることと反比例するかのようにして統合失調症の患者自体が減っているのではないかとも言われています。

発達障害の「増加」の背景には、見かけ上の増加、つまり昔は発達障害についての診断基準自体が未整備だっため発掘されていなかったということと、晩婚化、人工環境化学物質の影響等が言われています。

ある意味では統合失調症の素因が発達障害の増加によって覆い隠されてしまったという可能性があることになります。

いずれにしても、旧態依然とした長期間の大病院収容から、適切な薬物投与での通院治療で済む層が増えているということにもなります。

 

2021年7月27日 (火)

障害者差別を克服することは、単に「差別はいけない」という倫理規範を広めることではない。

やまゆり園事件に関する。こちらのエントリーの続き。

障害者差別を解消するためには、「世話をすることの大変さ」を抱えた人たちが、その大変さを、互いに共有し、連帯し、横のネットワークを持つことにことに、まずは基礎づけられなばならないと思う。

そして、それ以外の人たちが、そういう世話をする人たちに、いたわりのこころを持ち、具体的に支えて行くことである。

差別を「いけないこと」とする「道徳」を広めることではないのだ。

一般の人たちは、そうやって障害者の世話をする人(家族、施設の職員)たちに、「任せて」いることを「恥じ入る」ことから始める必要があるだと思う。

それこそが、障害者問題を、社会が包摂し、各々が責任を持つことの基本なのだ。

誤解を恐れずにいえば、「障害者もひとつの人格を持つものとして公平に扱い、接する」などという道徳的で高尚な問題ではないんだよね。

だって、直接ケアする人たちは、たいへんなんだもの。

*****

【追記】:私は、すでに

●最重度障害者の現実

でも書いたように、半年とは言え、施設でのケアの経験を持っています。

ただ、テレビとかでも知的障害者が単なる天使とかではなくて、大幅な生活の介助が大変なことは伝えていると思います。

それはまさに、認知症老人の介護の大変さに「非常に」よく似ていると思います。

このへんに想像力を働かせれば、一般の人もそのたいへんさが共有可能と思います。

施設収容される必要がある知的障害者はかなりレヴェルが揃っているので、家族どうしの連帯は可能だと思います。

そして、知的障害も持つ人のcareの大変さがあるからこそ、施設職員の暴力的で手荒な扱いが誘発されるのだし、植松自身もその大変さを委ねらていた存在ということになります。

そういう、いつの間にか「暴力を振るう」人たちにすら、連帯し、共感することになります。

これでこそ生産的な、社会的包摂となると思います。

だから、私は「差別はいけない」と言うこと自体を敢えて「排除」したい。

だって、「たいへん」なんだもの。

敢えて、障害者の「人権」などという「高尚な」論理を排除したいんですよね。

敢えて言えば、そういう「大変な」人を捨ててしまう(この世から抹殺してしまう)のが許されるのか、という点のみが倫理的な問題だと思います。

いわゆる、障害者「差別」は、人種差別とか男女差別とは何か質が異なる事柄のように思います。

先程、障害者のcareは認知症老人のcareの大変さと実質同じと書きましたが、「老人差別」という概念はあるでしょうか?

「careするのがたいへんだ」・・・そこに回帰する問題と思います。

そういう、エゴイスティックな「本音」こそが、問題の核心を共有する基盤となると。

施設や専門家の手に委ねる時点で、その「たいへんさ」といエゴイズムゆえに、私達は障害者や認知症老人に対する「責任」を放棄しているともいえる。

そして、市民全体が、そうしたcareに対する「責任」を分有していることの自覚にもつながると思う。

行政の問題や法律の問題以前なのだ。

敢えて言えば、植松を生み出したのは、私たちひとりひとりの「責任」(というか、責任「回避」)なのだ。

その私達の責任「回避」の帰結として、私達の「代理」となって、植松は重度障害者を「殺した」のであり、殺された被害者に対して、私達ひとりひとりが責任を追っているということになるのだと思う。

あまりに素朴な古めかし過ぎる論理展開になるかもしれませんが、福祉とは、私達ひとりひとりでは「たいへん」過ぎてかかえきれない問題を、国民主権である政府に、税金を払って委託する、というシステムであるという視点も必要かと思います。

だからこそ、消費税がほんとうに福祉のために使われているかどうか監視する責任が、私達にはあるのだと思う。

2021年7月26日 (月)

相模原、津久井やまゆり園殺傷事件の原因・背景について、もっと具体的に検証する必要がある。-今も「植松」はたくさんいる- 

あの悲惨な事件から5周年です。

Twitter上には、植松死刑囚の障害者差別とヘイトクライム、優生思想を、あってはならないこととして振り返るツイートが溢れかえっています。

しかし、私はそれらが理念的一般論になっており、フィールドワークとして、植松死刑囚の施設内で利用者と、具体的にどのように関わっていたか、そしてそれが施設内でどう受け止められていたかの具体的再検証に踏み込んでいないものばかりのように思われてもいました。

その一方、やまゆり園の内部では、職員の利用者に対する暴力と虐待が日常化しており、そのことが問題視されるようにもなっていたという情報も、ネット上のどこからか目に入っていました。

「障害者差別」「優生思想」が良くない、と啓蒙するだけでは問題は何も解決しないと思う。まずは障害者を支えることの「たいへんさ」を分かち合うところからはじめねばならない。

本日、私のツイートラインのYahoo!ニュースに、次のような記事が流れて来ました。

 

 

この渡辺一史氏によるレポートは、やまゆり園の内部資料と、実際にやまゆり園に勤務したことがあるT氏の証言に基づいて、植松死刑囚が利用者にどのように接していたが、それは施設内でどのように受け止められていたか、やまゆり園という施設の職員の利用者に対する暴力と差別と支配の実態についても渾身のレポートとなっている。

それによれば、職員としての植松は、在職中に書いた「ヒヤリハット報告書」(実際に「ヒヤッとした」事件に対してどのように「ハット」気づき、具体的にどのように対処していったかについて、時系列を追って報告する書類)のいくつかの報告において、実は冷静で迅速な対応をしており、むしろ通常の職員より懇切丁寧で利用者思いですらあったことが伺われる。

しかしそうした植松の対処は、上司には認められず、ことなかれ主義の職場風土の中で、むしろ厄介者扱いされ、そうした中で植松が苦しんでいた様が描かれる。

そして、やまゆり園の施設の職員の間で、利用者に対して、差別と暴力と手荒な対処を行うことが常態化していたことが、元職員T氏の証言からも浮かび上がる。

植松がそうした中で無力感を深めていたことも間違いないようだ。

もとより、そこから、植松が、利用者をこれ以上生きていても仕方がない存在としてとらえ、無差別連続殺傷に至るまでの経緯についてはまだ飛躍がある。

しかし、植松自身が措置入院の処分を受け、「反省の弁がある」という理由で退院させられるといった経過の中で、植松のこころに一層の歪みと鬱積がたまり、植松自身の奇妙な使命感が誇大妄想的に広がり、確信犯となるに至る経緯があったように思われます。

もとより、植松の殺傷という行動化は、残酷な犯行そのものであり、許されるべきものではありません。

しかし、障害者差別や優生思想はあってはならないと理念的に糾弾するだけでは、施設におけるリアルな現実は浮かび上がっては来ず、今後似たような事件が起こらないための処方箋にはならないと思います。

今も、多くの日本の障害者施設の中で、職員の利用者に対する差別と暴力的処遇が繰り返されていて、「事件化」していないだけであろうことを、じっくりと見つめねばならないと思います。

植松まではいかないだけの人間は、今も施設職員の中にいっぱいいる。

******

なお、事件直後に私が書いたエントリーがあります。

私のこの種の施設での研修経歴の基づくものでもあります。

●最重度障害者の現実

なお、知り合いからネット上に次のような記事がすでにあることを紹介いただきました。

●「植松被告」に死刑判決でも事件が不可解な理由 裁判員制度による「核心司法の問題点」を露呈

この問題から私が思うに至った帰結はこちら。

●障害者差別を克服することは、単に「差別はいけない」という倫理規範を広めることではない。

******

なお、Yahoo!ニュースはひとつの記事の保存期間が短い傾向がありますので、全文のコピーをwordファイルとして以下にアップしておきます。

ダウンロード - e58685e983a8e8b387e69699e3818ce6988ee3818be38199e6a48de69dbee88196e6adbbe58891e59b9ae381a8e6b4a5e4b985e4ba95e38284e381bee38286e3828ae59c92e381aee694afe68fb4e381aee5ae9fe6858b.docx

 

2021年6月30日 (水)

学会の紛争に巻き込まれるのを躊躇しはじめる夢

さっきまで見ていた夢のこと。

私は夜になって東京の福祉関係のオープン参加の学会のようなものの会場の外の公園にいる。

何らかの理由で、私は学会の会場の大ホールの外にいる。連れの男のカウンセラーがひとりいる。時間は夜の10時。

どうも学会の大ホールでのパネルディスカッションのようのものが大荒れであったという情報が入ってくる。

すると、会場から出てきたと思われるカウンセラーが呼びかけをしているのに遭遇する。

「大ホールの会場でどんな紛争が繰り広げられていたか、教えてあげるから、一緒に来ないか?」

という誘いをかけてくる。

私と連れは、彼についていって話を聴こうかと歩きだすが、突然、連れが、次のように耳打ちしてくる:

「彼の話を聴くのはヤバいんじゃないか? 特定の派閥の偏った情報に巻き込まれる可能性がある。」

それでも2人は誘ってきた人と一緒にレストランに向かおうとするが、私は、

(待てよ。私は住んでいる八王子に帰るための終電に乗らねばならない。ここは地下鉄で渋谷から何駅か離れた場所だ。ここから京王線まで乗り換えて、八王子に帰るまでには30分ぐらいしかつきあえないな。・・・ま、それでもいいか)

ところが、レストランへの階段を登ろうとする時に、また新たに気づく。

(待てよ。今はコロナで終電が30分早くなっているはずだ・・・まあ、スマホの乗り換えソフトで調べればいいのだが)

******

夢はここで終わる。

何なんだ。この生々しい現実的な夢は。

・・・ここでふと思い浮かんだのは、先日までの日本フォーカシング協会の、ZOOMによる「フォーカサーの集い」が、紛争などとは正反対の、実に和やかな一体感のある、安心できるネットを通した集いであったこと。

ユングの言う、夢の「補償作用」で、無意識が、全く正反対の夢を観させることはよくあることだ。

古くからの知り合いで、ネットで実に何年かぶりに再開した先生たちは「あ、○○○さんじゃないか。久しぶりだね」と何人も声をかけてくれたし、「あの○○○せんせいですか?」と言い出す若い人もいた。

私は、わすれらているどころか、大歓迎されたのだ。

幸い、例の拙書、「入門・フォーカシング」の無料郵送頒布の件も、公式に主催者から広報してもらい、すでに何人もの方から申し込みのメールが届いている。

私の「復活」は、ささやかながら受け入れらているのだ。

この調子なら、来年沖縄で、今度はリアルに集まって開かれる予定の「フォーカサーの集い」でも、私は分科会を持ち、その時にこそ、私の本を参加者全員に直接配ることができるだろう。

そうなれば、私に直接フォーカシングの指導を受けたい人は急増し、収入も延びまくるだろう。

昔はフォーカシング協会内部にも紛争はあった。しかしそれは過去の話である。

私の著作は、決して偏向したひとりよがりな内容ではなく、すでに読んでくれた方の中には、「小学校の教材として使っているから。たくさん送ってくれ」と言い出す人すらいる始末。

ともかく私は現実とは正反対の夢を観たのだ。

もう、私は、時代に取り残された、「過去の人」ではない。

 

 

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

2021年5月21日 (金)

「老老介護」は積極的なネットワークステムとなり得る(第2版)

今日「老老介護」は、問題ある社会現象としてのみとらえられている。

殊に団塊世代が一気に高齢者の仲間入りをしそうである現在において、この世代の親たちが高齢化の中まだ生きているという状況において。

しかしそれは、例えば、80代の老いた親を、60代の子世代が「家庭内」で支えるという、「閉じた」介護に依存しているからではないか。

65歳になったら、多くの健常な人が介護福祉士になる可能性を積極的に開くべきです・・・というか、それば半分ぐらいすでに現実にそうなっているそうですが。

むしろ家族を超えた「開かれた」システムとして、同世代の、まだ元気な(例えば70代の)老人が様々な障害や衰えた老人(同じく70代の)を介護するという社会ネットワークシステムが機能する必要になる気がする。

これなら「介護施設」拡充など必要なくなる。介護保険制度の破綻もなくなる。

もちろんこれを可能にするには、資格の有無に関わらす、家族ではない、赤の他人であっても、支える側の老人ヘの積極的支援策と、「そういう老人どうしを出会わせ、仲介する」公的制度みたいなものが必要です。そこにはボランティア的なものも含まれます。行政はそれに参加する元気な老人に最低限の礼金をだす。それはひとつの「契約的関係」ですから。

こういう「老老介護」の積極的肯定策があってこそ、団塊世代は働き続けることができる。もう60そこらで引退する時代でもなかろう。退職金や年金などの十分な保証がある人は、そうした労力を、単に趣味など消費活動に向けるのではなく、私の今言った意味での、「同世代間のpositiveな老老介護ネットワーク」に参加するだけの金銭的・経済的・肉体的余力がある人はやってみてもいいのではないか。

更に若い世代は親世代の介護への不安を持たずに家庭を築ける気がするのだ。

回り回って、いわゆる「少子化」問題も解決していくだろう。

このことは別のエントリーで補足的に書いていたので、ここで独立したエントリーにしてみました。

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

ワレン・ファレル (著)「男性権力の神話 男性差別 の可視化と撤廃のための学問」についてのとりあえずの感想

ワレン・ファレルの本は1回目読み終わったところですが。とにかく事例が多い本です。これはもう一度読み返さなければ、すでに他の方がしているレビューの水準のものは書けません。

本書の紹介としては、訳者による次の記事が入門として的確でしょう:

●女は「ガラスの天井」、男は「ガラスの地下室」 男性の「生きにくさ」は性差別ゆえかもしれない

もう一度私なりの感想をまとめなおす時も来るかと思いますが、とりあえずのnoteを書いて起きましょう。

アメリカの映画やドラマについて、見ているという前提で書かれている叙述も少なくなく、私はそのホントに一部しか観ていませんし。

意外とフェミニスト攻撃の部分は少なくて、むしろ男性の「割のあわなさ(といっても、文字通り生死をかけた)」についての本という印象をとりあえず受けています。

「女性が」男性を「差別」しているというより、社会構造的に、男性に負担がかかるようなシステムなっていることについて、数多くの事例や統計をもとに実証しようとしているというか。

男性「差別」という言い方だと、フェミニストが男性を差別しているという意味合いが強くなり過ぎで、それはそれで誤解されそうな気がします。

それと「ガラスの天井」に対する「ガラスの地下室」という言葉は、それを知っているという前提でほんの2行ほど書かれているだけで、訳者があわてて訳注をつけているぐらいです。

女性が男性を「利用」して虐げていることについての事例も豊富ですが。

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

フォト
2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。