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自分史

2021年11月 1日 (月)

オペラの脚本を一日で完成しなければならないのに、当日を迎えてしまう夢

総選挙開けての今朝の夢。

いろいろ内容はあったようですが、覚えている部分だけ。

高校の学園祭を控えている。

私はこの日にクラスで上演することになったいるオペラの脚本と作曲を書く担当なのだが、前日になってもそのかなりの部分ができていない。

くわしくは忘れたが、私は翌日までに、いくつも宿題となっている課題をかかえていて、途方にくれている。

しかし眠ってしまい、当日の朝を迎える。

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このような夢だが、夢の中の世界では、私がクラスのオペラの脚本と作曲担当というのは、以前にもあった役回りである。

このようになる背景としては、私が中学時代、実際に、クラスで文化祭で上演する劇の脚本を書いたこと1回、BGM(作曲ではなくてセレクト)の担当者となったことが2回、学級歌の作詞作曲は3学年上がるたびに3回あったことがまずは元になっているだろう。

更に、ブログの方ではすでにいくつかDTMで公表しているが、私が小学校時代から、拙くはあるが、作曲をそこそこしていたこととも関連するのは間違いない。

そして、私がやっているゲーム、「ウマ娘」のキャラクターである、テイエムオペラオーが、作詞作曲歌唱全部自分の、上演時間数時間に及ぶ作品を繰り返して発表しているという設定であることも影響していると思う。

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更に連想するのは、私の愛するアニメ「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」で、まずはTVシリーズ本編で、ヴァイオレットが、劇作家の口述筆記に協力するエピソードがあり先日それを観たばかりであること、更にExtraストーリーに、オペラ歌手のために歌詞を作ることを求められるエピソードがあることも影響しているだろう。

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夢の中で、私は、オペラの作曲など、自分の能力を遥かに超えているのに引き受けてしまっていることを自覚している。

これは、私が今、ネットの領域で非常にコミットするようになり、障害当事者と交流を深め、連帯するようになっていることに、「実は自分の能力を超えたことを敢えて引き受けている」という重荷を感じていることの反映かもしれない。

オペラとは、自分の心身を最大限に活用した、自己表現である。

私はその能力にまだ不足しているのかもしない。

でも、地道に努力と実践を積み重ねていくしかないと思う。


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2021年10月29日 (金)

「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」についての、カウンセラーの立場からの小考察(再掲)

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この作品は、すでに観ている人が多いであろうし、その評価も定まっている。

ここであらすじについて今更紹介する必要もないであろう。

現在も、Neiflixに加入しさえすれば、いつでも観ることができる。


まず思ったのは、今、介護施設にいて、コロナ対策のため、完全面解禁止で、玄関で洗濯物の交換だけを棚でしている99歳の母親に宛てて、母親がこの世を去る前に、手紙を書きたいということだ。

でも、下手に書いてしまうと、母親が早死しそうで、ちょっと怖いのだが。

そんなに私の日常って変化はないし、繰り返して手紙を書こうとしても、書くネタはない。


******


「愛している」という言葉は、特に日本人は軽々しく使う言葉ではないだろう。

この言葉の安売りは、逆にウソっぽく、安易に口にすべきではないし、他人からきかされても、警戒すべきことのように思う。

ましてや、母親にこの言葉で現段階で表現するのは非常にウソっぽい。

「感謝している」とかいう言い方でもまだウソくさいかな。

内観療法で、年代ごとに、「していただいたこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という3つのお題がある。

先日、「フォーカサーの集い」で、フォーカシングに内観療法を取り入れた分科会に参加した。

短時間であったが、「小学校3年生までに、自分にとって重要な人物について内観する」ことを課題として出されたが、不思議なもので、私の場合、父母など、身内ではなく、私をいじめからかばってくれ、「親友」と呼んでくれたクラスメートのことが想起された。それは意外だった。

私は現在でも亡き父と生きている母に「甘えて」いて、ひとりの他者として対象化できていないのかもしれない。


******


この物語で登場する、自動手記人形=ドールという仕事は、ある意味で、カウンセラーとも少し似たところがあると感じた。

クライエントさんの気持ちを聴くにあたって、ただ額面どおりに鸚鵡返しにしているのでは駄目で、ある意味では、この物語でいう、「言葉の表と裏」を汲み取れねばならない。

かといって、「察した」気持ちを、そのままクライエントさんに返してしまうのも「侵入的」過ぎる。

このあたりの塩梅が難しいと思う。

自分の「気持ち」に気づくのは、クライエントさん自身が物語るなかで自然発生的になされるように寄り添う必要がある。

しかもそれが、クライエントさん自身のための「自閉的な」コトバではなく、他者(この物語で言えば、手紙の宛先の、『大事な』特定の誰か)に通じるコトバになる必要がある。

ある意味では非常に禁欲的な仕事である。自分の経験・物語を勝手にダブらせてはならないし。

でも、恐らく、カウンセラーが自分の気持ちに気づいてる程度に応じてしか、相手の気持ちを汲み取れるようにはならないと思う。

この物語で、ヴァイオレットは、自分を育ててくれた少佐の最後の言葉、「愛している」とは何なのかを知りたくて、自動手記人形の職を選ぶ。

それは、彼女自身の気持ちに気づいていくための旅路でもあるが、このTVシリーズでのエンディングの時点では、非常に控えめなものである。

しかし、それが自然な気がする。

********

・・・などと、上から目線でスミマセン。

********

最後に、不幸な事件によって、亡くなった皆様に、哀悼の意を捧げます。

そして、傷を負われた皆様と、その皆様を支えている方々の、こころ(と、ひょっとしたら身体にも?)に永遠に残る傷についても、その痛みを少しでも汲みとれればと思います。

********

【第2版で追記】: この作品を見終わったのは昨晩の10時頃。すぐにこのエントリーを書いた。

今(翌日5時)、悪夢にうなされて「これはいかん、目を覚ますしかない」と感じて目覚めた。

それはどうも、この作品を観たことがひとつの刺激になっているからだろう、と、ベッドから離れて立ち上がった瞬間に思った。

私は生涯に渡り背負わねばならない「十字架」がひとつある。

それが暴露されたら、スキャンダルになりかねないものである。

この点については、私はこのブロク上でも、一貫して、現実を隠し、私が被害者であるかのような書き方をしている。

それを私が知らせた時、亡き父は、電話の向こうで、私が生涯一度しか経験してことがないのだが、号泣した。

そのことでは、父に「迷惑をかけた」こと以外での何者ではもない。

このことについては、父に受け止めてもらえたことに「感謝」する次第である。

私はやはり、この物語でいう「火傷」を追っており、むしろそのことによって「燃えている」のだと思う。

それが私のこころを「燃えさせて」おり、永遠の「贖罪」への旅を、うながしているようにも思える。

引き続き、

●「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」Extra episodeと、劇場版第1作、「永遠と自動手記人形」観た
のエントリーもあります。

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2021年10月28日 (木)

小室圭さんと、眞子さんの結婚に関する一連の騒動に、現代日本における真の「父性」の欠落を嘆く

2021年10月26日 (火)

私は「準引きこもり」予備軍だったのか?

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2021年10月25日 (月)

SNSを傷つかずにサバイバルする方法

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インターネットはフラットランドといわれます。有名無名、社会的地位とか関係なしに、対等なつもりになれてしまう。

私は、Windows95発売直前にパソコンを買い、すぐにインターネットに接続、自分のホームページをこれまたすぐに立ち上げました。

パソコン通信もすぐにいくつか加入し、心理系のフォーラムでは、私が当時フォーラム内で唯一の専門家ということもあり、あっさりモデレーター(ニフティで言うシスオペ)に祭り上げられました。

自分のホームページでも「掲示板」やりましたし、学会のホームページ担当、メーリングリスト管理人も務め、いろいろ修羅場をみてきたわけです。

そうした上で、ブロク、そしてTwitter等のSNSに乗り込んでいる。

ネット、特に SNS というのは、相手との適切な距離感というものを見失いやすいと思います。遠近法が歪む。

そうした中でも、決して感情的にはじいたりせず、紳士的かつ 冷静、論理的 、しかしウイットも織り交ぜて、相手が身を引くまで対応した方が、結局は フレームにならないというのが私なりのスタンス。

もちろん、スルーする時は、最初からあっさりスルーするのが得策ではあります。

敢えていいますが、相手に善意 を仮定して、悪意と受け取らないというスタンスを保つ(もちろん本音では悪意のシミュレーションはした上で、態度としてはそうふるまう)方が、相手もこちらに 「波長」をあわせざるを得なくなり、結構おとなしくなります(^^;)

「やりとりできてよかったです」
「ありがとうございました」

最悪でも、相手からのぶっきらぼうな「さようなら」で終わることが多い、ある意味で無敵のネット人間だったりします。

あと、普段から、とことんコワモテになるような、隙のないツイートやエントリーを、これでもかと書いておくことは、予防になります。

もっとも、これは私がまだフォロアーやアクセス数が少ない、無名の人(フォーカシング業界では有名人ですよ)だからそれで済んでいることかも。

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2021年10月22日 (金)

宇宙を覆い尽くすような超強大な竜に地球が汚染される夢

今朝の夢は、私が過去覚えていた範囲では一番スケールが大きい夢であった。

雲ひとつない、しかも天の川も見えそうなくらいに澄んだ夜空を、覆い尽くさんばかりの龍が、天の川の星々のような細かい粒状の光で現れる。

それをアメリカ(国連?)の空軍(宇宙軍?)の全部隊が迎撃に向かう。

しかし龍によって散り散りに粉砕されてしまう。

地上に龍の吐き出した薄茶色の茶色の粒が3センチほど降り積もる。

それには毒性があるといわれる。

家に中にいた人にはそのことに気づかないままの人もいる。

なぜかTV中継などはされていない様子である。

私はそれを(どうやってそうしたのかはよくわからないが)多くの人にふれて回る。

その中には、(亡き)父の住む部屋も含まれている。

******

私の海外の師であるアン・ワイザー・コーネル女史が、"Treasure Map"(こころの宝探し)という技法を開発している(ネットで検索したら、韓国のバラエティ番組に同じタイトルのものがあるようですね)。

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私はこの技法にはそんなに関心がなかったが、この技法について直接アンさんから学んだ、今では日本のフォーカシング界の有力なトレーナーのひとり(私の教え子なのだが)が、アンさんが、「夢の中でドラゴンが出てきたら、どういう武器で戦うかを想像すべきだ」と教えたのに対して、彼は「東洋では、龍は神の化身ともされ、神聖視されるのだが」と答えたという。

実はこのエピソードを聴いた事自体が、この夢に反映している可能性があると思う。

******

龍が空を飛ぶ神聖な存在であるという点では、少し古いものでは、「ネバーエンディング・ストーリー」を思い出す。だから別に龍の神聖化は別段東洋の独占物ではないはずである。

日本では、「まんが日本昔ばなし」のオープニングや、何といっても「千と千尋の神隠し」で著名だろう。

「龍」というと、私には反射的に、「竜とそばかすの姫」で、ネット上の仮想世界で悪役とされた竜が、(ネタバレだが)実は家庭内虐待児が真の姿であったのも思い出されるが、私の無意識の複合体(言葉本来の意味でのcomplexであり、アドラー的な「劣等感」という意味ではないユングの用語)に含まれているのかもしれない。

しかし私の夢に出てきた龍は、それらよりはるかに巨大なスケールである。

実は私は実際の天の川というものを、大学学生相談センター時代に研修合宿で行った、長野県白洲塩沢温泉の夜空でしか観たことはない。この地は、フォッサマグナの線上にあることでも知られているが、当時は携帯の圏外にある、秘境といっていいところであった。私達は自家用車の編隊を組んで、山を超えて数時間かけてたどりついた。

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この星を観ながら、子連れだった同僚の女性のカウンセラーに、「来年はお子さんを連れておいでになればいいのではないでしょうか?」と言われたのだが、実際にはその翌年、その日が来るわずか3日前に、妻は私と大げんかして、子どもたち二人を連れてそのまま家を出ていき、それ以来、連れて行くはずであった、当時4歳の長男とは会っていない。

いろいろ連想が広がるが、先日阿蘇山が噴火して、大きな石が降り注いだ地域もあるというニュース、そして、「宇宙からの襲来を迎え撃つ」という意味では、先日ひさしぶりに観た、「アルマゲドン」のことも連想される。

宇宙から降り注ぎ、降り積もる細かい粉のようなもの、というあたりは、旧約聖書に出てくる、約束の地を求めて移動しているユダヤの民のために神が与えたという、食べられる「マナ」というものを連想させもする。

いずれにしても、私の中では、この竜から地上にもたらされたものは、実は毒などではく、天からの施しものであり、祝福であることに人間は気づいていない・・・という気がする。

地球を覆い尽くす、目に見えないパンデミックといえば、当然コロナのことも連想させるが、もちろんこれを私は神の祝福などというつもりはない。しかし、宗教的な人の中には、神から人類に与えられた罰であり、警告であると吹聴している人々など(それがいいかどうかはともかく)いくらでもいるであろう。

・・・ここまでで私の連想は現状では目一杯だが、私がこうした現象を述べ伝える役割を夢の中で負っていることは、ちょっと畏れ多い気もする。

*****

実はこれに続くかのように別の夢を観ている。

私は「JR久留米駅」にいるのだが、どうもそれは私の子供時代に「夢の中で」再訪している、という「夢」なのだ(ややこしい)。

駅は、実際とはまるで違う構造で、ヨーロッパではありふれているターミナル(終着駅)方式である。日本では今やJRでは、ある程度以上の規模があるのは、上野駅と高松駅ぐらいだろう。

私鉄の終着駅にはありふれた構造であり、阪急梅田駅(2ヶ月前となりの阪急3番街で重要な知り合いと長時間食事を共にしている)、数年前までの東急渋谷駅(東京時代に私には親しみのある駅)、そして私の地元の西鉄福岡(天神)駅などいくつもある。

あと、自由連想的に出てくるのは、「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみの、ロンドンのキングス・クロス駅である。

いずれにしても、我が地元のJR久留米駅が、私が子供の頃の「夢」の中では、そうした巨大なターミナル駅の構造をしているのが常識だったのを「夢」の中で再訪するという「夢」という入れ子構造になっている。

どうも、私の地元時代からの男の友達が同伴者となっているようだが誰だか不明。ユング的に言えば私の分身の「影」である可能性もあるが、フロイト的な夢の登場人物の「置き換え」の理論に基づけば、該当しそうな、わたしにとっての同年代の重要人物は容易に連想できる。ただしそれが誰かはここでは具体的には言及しないでおく。

その駅の壁に掲げられた時刻表がまた変わっていて、直接つなかっている都市への時刻や料金等が掲示されているのはわかるのだが、どういうわけか兵庫県の三田をはじめとする予想外の土地への、一日一回しか列車のない(ことになっている)表示も別々に、ホームの前ごとに、大きな掲示板で書かれている。

改札口がまた変わっている。卵型をしていて、表面は陶器で覆われているのがいくつも並んでいる。 しかもその通り道の間隔がやたらとゆったりしていて、駅職員の姿はない。

乗客たちは、自由に改札口を出たり入ったりして散策しており、私達も実際それを楽しんでいる。「夢」の中ではいつもそうだったよなあ・・・と思いながら。

これなど、現在の自動改札機の、切符をうまく入れなかったり、ICカードをうまくかざせねば一発シャットアウト!というのとは対極の構造である。

私の連想では、これは、いくつもの「別の世界」への「結界」を出入りすることができるということの暗示でもあるように思われる。

*****

以上、夢が短い割に長い解釈となったが、いずれにしても基本的には「吉調」の夢であると思う。

ただし、私にのしかかる責任は重大のようだ。

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2021年10月20日 (水)

noteで9つのマガジンはじめました。

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どうかご購読のほどを。

2021年10月18日 (月)

境界例水準の人への逆転移が生じた時に、「解釈」を返す必要はない。

カウンセリング場面での、クライエントさんの延々とした沈黙にどう対処するかが苦手というカウンセラーは多い。焦りばかりが生じるからね。

境界例水準の人とのカウンセリングにおいては、カウンセラーへの逆転移 (特に 延々と続く沈黙)は 何ら「解釈」を返す必要はない。

治療者自身がマインドフルネスの状態に入って、リラックスした状態の中で、自分の中に生じる感情や想念を次々脇において、そばにたたずむだけで、有効な展開が生じるというのが私の経験。

私は、日本心理臨床学会で「沈黙のフェルトセンスを共有する」と題して、面接のたびごとに延々とした沈黙状態に入るクライエントさんにこのスタンスを一貫した事例を発表をして、後に日本精神分析学会の会長となる座長の藤山直樹先生に、「その調子でやりなさい」とだけコメントされたことがある。

私って、境界例の人に巻き込まれにくいし、そもそも対人関係の中で感情的になることが少ない(自分が軽躁的になって周囲に迷惑をかけることはあると思うが)。

まあ、唯一の例外だったのは、私の妻に対してであるが。

仕方ないではないか。24時間相手にするのだから。

これも自分ひとりでフォーカシングができるおかげである。
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2021年10月16日 (土)

東京駅に降り立ち道に迷う夢

先程まで寝ていた。

昨晩からの眠りは、ついベルソムラを飲まないままうとうとしていたもので、部屋の明かりもつけたまま、中途覚醒を繰り返し、ちょっと苦しいものだった。

うとうとしなががら何度も苦しい夢を見ていた。

その最後の夢を覚えている。

**********

どうも最初は高校時代のようだったが、いつのまにかカウンセラーになって学会に出席するために上京した、ということにすりかわっている。

私は東京駅に降り立つ。そこから目的の学会開催地(東京国際フォーラム? 学会開催地の定番でもあり、臨床心理士資格試験の会場としてもおなじみの場所)に向かうはずが、道に迷ってしまう。多くの参加者がぞろぞろと歩いている。

(現実の東京国際フォーラムは、丸の内口から南に歩いて有楽町駅前まで500メートルまっすぐ歩けばたどり着けるのだから、迷いようがない)

東京都の中央区と千代田区の境界線が載っている路上の地図を私は確認している。

たまたま行きあたった喫茶店がある。私はそこに入る。

すると、そこの、何と言ったっけ? 拭うための薄い乾いたティッシュのようなもの・・・どうもそれを所持していれば、会場に遅れた際の通行証?のようなものになることがわかる。

私は店の外に出て、道に迷っている参加者に、「この紙を持っていれば大丈夫です」と呼びかけをはじめる。

**********

実は私は昨日の午後から、Twitter上の、私のTLのひとつのツイートに少し傷ついていた。

私は昨日にかけて、5000人という上限に達した、フォローしているアカウントを大幅整理し、そのぶん、片っ端から、カウンセラー、発達障害、PTSD、生活保護の当事者を見つけ次第フォローしていった。

そうした新規フォローした臨床心理士のひとり(恐らく若い人)が、ボソッと次のようにつぶやいていた。

「少しツイート数が増えてくると、あの同業者に絡まれてしまうのだな」

自意識過剰かもしれないか、私のことだと思った。

*********

私は、ネット上では一風変わったスタンスをとっているカウンセラーである。

カウンセリングに関する情報提供は滅多にしない。政治に関するリツイートも多く、最近は障害当事者のツイートのリツイートも多い(リツイートによる拡散がご本人にとって強すぎると思ったら、「いいね」止まりにしているが)。

かと思ったら、おたく関連の書き込みのリツイートも(相当吟味しているが)結構多いし、時にはフォロアーの心の安らぎにもなるだろうと、ネコ写真を結構リツイートする。

そして、眞子さま問題が紛糾するまでは、自分からはウマ娘Youtube実況の告知や、ブログのオーディオ系新エントリーへの誘導、かと思えば相川七瀬エントリーへの誘導とか、そんなのばかりであった。

カウンセラーは、クライエントさんに先入観を与えず、しかも、精神分析的に言えば、クライエントさんからの「転移」と「投影」を妨げないために、「透明な鏡」であるのが望ましく、プライベートはみだりにさらさないのがいいとされる。

ところが私は、特にブログではまるで正反対の方略をとっている。

自分の趣味や、多方面におよぶ映画読書のレビューは晒す。オーディオや音楽趣味も晒す。自分の生育歴を含めたプライベートも晒す。

つまり、自分の個性を歴然と晒すことをむしろ確信犯的ポリシーとしてきた。

このことにより、私のカウンセリングを受けようという人のモチベーションを削ぎ、ブログ経由の新規クライエントさん獲得を妨げているのではないかとは常々思ってはいた。

でも、むしろこのようにしておくほうが、それでも敢えて私のカウンセリングを受けようとしている人のみを相手にしていくのが、クライエントさんにとっても、私にとっても、ちょうどいい安全な距離間となり、安全弁となると考えてきた

もっとも、私は別に独立した形で自分の開業オフィスのサイトは持っているし、Twitterアカウントも持っている。

そんなに流行ってはいないが、私へのカウンセリング申込みは、すべてといっていいほどそちら経由であり、そもそもネットではchitose=私の本名であることは検索不能。私のクライエントには私がchitoseであることを自分から教えたことはない。

それでも、先程のようなツイートが流れてくるということは、ネット上の私についてのよくない噂でも、同業者の間にはあるのかな?と、少し悩んでしまったわけである。

********

特に今月に入ってからは、眞子さま複雑性PTSD診断公表問題に関しては、非常に積極的なネット活動を展開してきた。

しかし、それはこの問題について、精神科医を含む専門家が、ネット上でもマスコミ上でもあまりにも声をあげず、沈黙していることに「いくらなんでもあんまりだ。このままでは複雑性PTSDの診断を受けた当事者が新たな偏見にさらされるのを放置することになる」というやむにやまれぬ思いからはじめたことであり、自分の売名などは全く考えてはいない。

ただ、ネット上にセフティネットを形成し、当事者の皆様に「こんな専門家だっている」というエンパワーメントになればという目的で、ある意味では淡々と、決して感情的にはならずにやってきたつもりである。

私に疑問を持つ人には、「全員」、紳士的で論理的で冷静に応対してきた。

おかげで、殆どの場合、立場の違いを超えて、非常に友好的にネット上の対話を終えることができてきた。

そうした人たちの疑問に答える中で、私のいいたいことの核心がより一層明確化され、新規書き込みに反映させてこれたくらいだから、いちゃもんをつけてくれた人には皆感謝している。

そこで上記の同業者からの(名指しではないので私の自意識過剰かもしれないが)ツイートである。

へこんだ。

*******

そこに最初に述べた夢である。

私は「専門家としてのスタンス(学会参加)」の「道に迷って」いたのだと思う。

しかし、喫茶店の、あの「薄い紙」という、予想外のものが、「通行証」「道案内」として機能することに気づく。

あの薄紙は、食事のあとに口を拭うために主として用いられるものである。

夢の中の私は、その効能を信じて、再び外に出て、そのことの「広報」をはじめる。

*******

このことを書こうと思ったら、私のTLで、昨日、高卒の一般の人が、カウンセラーの学歴を気にして、

「話が通じない気がするので、心理士資格制度の敷居を下げるべきだ」

というツイートをしていて、それに対して、

「カウンセラーにも論理性と専門性が大事で、そのための担保として大学院出であることは重要。話が通じないなどと自分から言い出すカウンセラーもいるかとは思うが例外だろう」

と、私の知り合いの信頼おけるカウンセラーがレスしているのに絡んで、私は

「数多くのクライエントに接していれば、相手の社会的立場や障害の程度に関係なく、『敬意』を払えるようになるのが自然だと思う。もしそうならない治療者がいるとすれば、その人は自分の中にある、『普通』コンプレックスのようなものを自己分析すべきである」

とコメントしておいた。

今朝になって、それを前述のカウンセラーは「いいね」してリツイートしていてくれた。

私はほっとした。

もう、ブレないと思う。

2021年10月11日 (月)

心的外傷後ストレス障害の治療的暴露に対する、SSRIと睡眠薬、スボレキサント(ベルソムラ)の効能

私は、(詳しい経過はプライバシーに関わるので伏せますが)、長期間の深刻なモラハラにさらされ、「適応障害」と診断されて15年以上通院中の当事者でもあります。

しかし、ある意味では、弱い水準でしょうが、実はPTSDの当事者でもあると思えます。

実際、ストレス状況下では、ものの置き場所を忘れる傾向が極めて強く、弱い「解離」症状が出る傾向があると思います。

精神科医、末田耕一氏によるこの本は、「すべての精神疾患はPTSDか神経症である」という極論が書かれていて、誤解を呼びかねない面もあります。

しかし、PTSDで、ひどい外傷体験を普段は「解離」している患者がその体験を安全に想起可能にするのに、うつ病治療で用いられるSSRIが効能があるということは、実は多くの医学論文に書かれています。

念の為にいい添えますが、こうした過去の外傷体験の想起(除反応)は、信頼できる治療者との間の、無意識レヴェルを含む信頼関係の絆(ラポール)がないところでむやみになされてはいけません。

更に言えば、スポレキサント(商品名:ベルソムラ)という、新しいタイプの睡眠薬があります(ベルソムラについては、こちらも参照)。

これは、従来の、ベンゾジアゼピン系のいわゆる「睡眠誘導剤」(寝入りをよくする薬)と異なり、安定した深い眠りを維持する効能を持っています。

この薬が、PTSDの治療に効果的であることは、すでにいくつもの医学論文に掲載されています。

●心的外傷後ストレス障害の治療的暴露に対するスボレキサントと睡眠の利点

他ならぬ私が、この薬の効能を日々実感している人間なんです。

******

私の中には、実は非常に暴力的な「別人格」があるようです。

私が一人きりの空間で、少しストレスを感じると、思わず口をつく言葉の暴力性は、もう半端なものではありません。たいていのスプラッタムービーや、「羊たちの沈黙」がおとなしく思えるほどのものですね。そういう映像やコミックの描写に脅威を感じたことはありません。

唯一、私と同じレヴェルの内なる破壊性と暴力性お持ちだなと感じたのは、永井豪の「デビルマンレディー」を読んだ時でしょうか。

 

それは、私自身が受けた深刻な「モラハラ」 以前に、実は、父の父が、旧満州の 関東軍 の 「密偵」が真の職業で、ソ連軍に追われての大連に向かう途上で、「拳銃自殺」 するのに遭遇した父の 「トラウマ」 が受け継がれたものだと思っています。

*******

「トムとジェリー」というアニメほど、暴力性と残虐性を笑いのエンターティメントに昇華した作品はないと思います。

どれだけ叩きのめされて身体がせんべい状態になっても次の瞬間には復活する。氷漬けから火であぶって復活とかもあたりまえ。

でも、どれだけひどい「虐待」的仕打ちを受けても、人はそこから復活できるという、生きる希望を与えてくれる、というべきかもしれないと思います。

Youtubeで適当にまずはみつかったひとつだけを貼っておきます。

穏健なのにしましたが、フラッシュバックの危険がある人は決して動画スタートボタン押さないくださいね。

より以前の記事一覧

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

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     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。