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2021年9月 9日 (木)

大学の一風変わった映画鑑賞実習?の夢

さっきまで、かなり変わってもいるし、凝ってもいる夢をみていた。

私は大学学部生なのだが、その大学で、一風変わった映画鑑賞実習が開かれることとなっていた。

非常に大きなホールのような部屋。横長で、敢えていえばボーリング場のような作りを想像してもらえばいいかもしれない。

スクリーンが8つほど並び、その前幅7列、縦には20列ほどの席がある。パーティーションはない。

そこでは別々の映画が上映されることになっていて、その映画を観てのレポートを提出することになっている。

どの映画を観るかは先着順。スクリーンにはサムネイルが表示されている。

学生各自が切符のようなID証明を持っている。

映画は、右から古いモノクロの映画が2つ、中あたりの5つは、どういうわけかリカちゃん人形の登場人物が出てくる、カラーだが劇場用アニメシリーズ。

その右側が現代のカラーのミステリーもの、一番左端が、「その他」となっている。

学生の多くはリカちゃん映画など観たくない。白黒の日本映画とミステリー、「その他」が狙い目である。でも、スクリーンの比率上、リカちゃんでもしかたないと多くの学生は妥協するつもりである。

学生たちはぞろぞろと席の確保をはじめる。

私は席の確保がかなり進んだ段階で会場に現れたため、残席は少なくなっている。

途中の経過は忘れたが、私は左から2番めのミステリーの席を確保する。

しかし、トイレの個室に自分の持ち物が入ったリュックを置き忘れたままにしているのを思い出す(この前のエントリーでもこのパターンありましたが)。

私はせっかく確保した席を失う不安を持つが、

「IDカード(すでに述べたように、切符のような大きさ)を席に置いておけば、確保していることを示し、その席は他の学生に取られない」

と、となりの女子学生がアドバイスしてくる。

私はホールを出て、廊下を歩き、エレベーターに乗るが、西(スクリーンの列からすれば、左側)の方向に歩き過ぎてしまい、トイレにはいきつかない、高層エレベーターに乗って上昇してしまう。

降り立ったところは、JRの中央線豊田駅(中央線でもかなり西寄り)と思われる駅で、そこから更に西、八王子駅に向かう電車に乗る。

豊田から八王子は一駅なのだが、途中に、廃止された駅がある場所を通過する(この豊田-八王子間の展開は、私の夢で頻繁に出てくるパターンである)。

私は大学の会場からとんでもな遠いところまで離れていくのに焦りを感じている。

*****

途中経過は一気に飛んで、私はリュックを確保した上で映画鑑賞実習の会場に戻る。

この時点で、

(ID切符を席に置いてきていても、それを他の学生がガメてしまえばその席は取られているではないか。アドバイスをくれた隣の学生が、そこはすでに私が確保済みと伝えてくれていることには期待薄だろう)

と気づく。

案の定、その、左から2列めの実写映画のセクションに確保していた私の席は、すでに誰かに奪われていた。

そこで一番左端の「その他」のセクションに移動してはみるが、私は「その他」については、自分がこの実習とは別に、勝手に観た映画についてレポートすればいいことになっているのを潔しとはせず、結局左から3列目のリカちゃん人形のアニメの残余席に移動する。

映画は各セクション一斉に上映開始となる。

目の前に、古めかしいカラーの、リカちゃんとその家族が駅から列車に乗ろうとしているシーンがはじまる。

私は、暗い中、その映画の内容を刻々とメモっている。

ところが、数分後に、それぞれの映画は一斉に中断される。

学生たちは、

「この数分間だけでレポートを書けというのか? 詐欺だ!」

と騒ぎ始める。

私は、

(手元に詳しいメモがあるから、レポートは書ける。でも他の学生は、記憶に頼らないとならないから、私ほど詳しくは書けないだろう)

と思う。

*****

ここで、リアルワールドで宅急便のチャイムが鳴り、夢は途切れる。

****

ユング心理学の影響が濃い、箱庭療法では、左側の方が無意識の世界とみなされることは、多くの臨床家にとっては周知だろう。

私にとっては、左側というのは「西」という方向性と密着しており、「豊田の隣の八王子」という時、私が15年以上数住んでいたのは八王子であることと、私の故郷、そして現在住んでいるのが、はるか西の、福岡県久留米市であることとも関連するかもしれない。

ちなみに、豊田の次の八王子の途中にある廃駅というのは、中央線の、神田と御茶ノ水の間にある、旧万世橋駅の風情にも少し似ているが、万世橋駅は、神田駅から曲線でぐーっと西側に曲がる途中で、中央線快速もゆっくり通過するのに対して、夢の中の旧西豊田駅は、高速で通過されてしまう。

しかし、この廃駅に、私の無意識の、打ち捨てられた何かが象徴されているのではないかという思いは常々ある。

映画鑑賞実習の真ん中のセクションの大半が、古いカラーのリカちゃん人形アニメであることは興味深く、何かインパクトがあるが、この映画は、昭和35年頃から40年頃の作風のようで、学生たちが生まれてもいない、無意識の古層への誘いを意味している気がする。これらの映画は、カラーだけどピンぼけである。

時代を変えれば、セーラームーンやプリキュアのような映画のようにも思う。これらの映画を、小さな子供向けのものとバカにしてはならないことは、私は繰り返し書いてきた。「セーラームーン」劇場版については、詳しい考察もし、学会発表までしている。

「座れる自分の席があるかどうか」というのは、まさに、自分の「社会的」居場所としての「椅子」が確保できているかどうかと結びつくだろう。

私が左端の、勝手に好きな映画の感想を書いていい「その他」を「ズルだ」と感じ、潔しとはしないというのも興味深い。恐らく私がひよりよがりな自分の居場所に安住することを望まず、現実のどこかの居場所を確保して、公平に人生の勝負をしたいと考えていること(現状はネット相談と年金ぐらしの「自宅警備員」同然なので「左端」なのだが)と関係すると思う。

私が速攻で同時進行的に詳しいメモをとるのは、私の習い性で、昔からカウンセリングや本を読む時や映像作品・TV番組を観る時、講演を聴く時、たいていやっている。

これは、速記録に近い文字でなされるため、ほとんどそれだけで逐語録が作成できるくらいのものである。

私が、これらについての記事をブログにエントリーする時、具体的で要を得ていることが多いのはそのおかげである。

いちいち詳しく読み返さなくても、頭の中に非常に整理された形でインプットされるのである。

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2021年9月 6日 (月)

高校で成績低下に苦しみ、いじめを受ける夢

ちょっと久々の、私が見た夢の報告シリーズ。

******

私は高校2年生。

私立高校に通っている。リアルワールドで私が通った高校だが、男子校だったのが、夢の中では男女共学となっている。

私は(夢の中では)1年生の時に、数学以外は抜群の優等生であったが、2年生になってから、学業への意欲を次第に失っている。

授業中に、繰り返し教室を抜け出し、トイレに籠もっている。

教室に戻ってみると、授業は進行していて、途中の内容がわからなくなっていることを不安に感じている。

しかし、頭の回転が急速に衰えており、とても去年のようにはできないと感じている。

特にもともと苦手だった数学の授業の際に、ただでさえ苦手だった科目がいよいよ授業の進行が意味不明になり、これで次の定期試験に点が取れるだろうかと不安になっている。

小グループに分かれて、テーマについて討論しながら進めるという、ある意味で進歩的な進め方をしている時限にも、最初から教室を抜け出して、しばらくして戻ってくるのだが、自分が今更どのグループかに入れてもらうことは無理だと感じる。

担任教師(リアルワールドでも担任だった数学教師)に、

「私は調子が悪かったので教室を抜けさせてもらっていたのですがどうしたらいいのでしょうか?」

とうち明ける。

教師は別に私を咎めだてすることはない。

その後教師が私にどう対応したかは夢の中では描かれていない。

******

シーンは飛び、私が授業をあまり受けていないことについていじめを受け始めている。

私は2人がかりで押さえ込まれ、そこにこれまた二人がかりで女子生徒が無理やり連れて来られ、スカートの中の女性器(毛が生えていない、肌色の、きれいな女性器である)を、私の顔にを無理やり押し付けて来ようとする。

私は、

「馬鹿野郎! 私は女性経験が豊富だから、女性器なんていくらでも見ているし、クンニ何のことはない」

と答える。

結局女性器は押し付けられることはなく、女子生徒も解放されたようだ。

私は、トイレに自分のリュック(リアルワールドで現在使っているものと同じ)を置いてきたままであることを思い出し、トイレの個室に向かう。

しかし、リュックの中の持ち物の重要なものは、消えている。

どう探すかについて、クラスメートに問いかけるが、その後の展開不明。

教室に戻ってみると、NHKのドキュメンタリーをもとに討論する展開の途中に出食わす。

私は、その中に参入できない。

*****

しばらくシーンが飛び、クラスに学年中から選抜された、20人程度の「リーダーと言える生徒」の集会が、円陣を組んで開かれているのに遭遇する。

その中のひとりが、

「去年のままの君なら、当然このメンバーの中に選ばれていた」

と言って来るが、私も

「確かにそうだろうと思う」

と答える。

*****

再び教室での通常の授業のシーンに飛び、私は、先程登場した教師にと生徒たちに、

「私はうつ病で、思うに任せない」

と打ち明ける.

*****

シーンは飛ぶ。

図書室に、「○○文庫」という、私の大学学部生時代の心理学の恩師の名を冠した大きな書棚がある。

夢の中の世界では、そういう書棚が登場するシーンはこれまでにもあり、いわば私の夢の中では「常識」となっている。

私は、恩師が実は学界では非常な業績を残した人物だったのだと、今更のように感慨にふける。

・・・・以上。

*****

「高校2年生になってそれまでの優等生から一転して、勉学への意欲を失う」

というのは、私の夢の展開として、非常によくあるパターンである。

これは、中学時代に、実際、1年生の時勉学意欲が旺盛だったのに、2年生になって急速にそれが萎えていったというのと符合する。

ただし、私は教室から抜け出すというようなことはなかった。

「途中でブランクがあるために、今更参入するグループを見いだせず、途方にくれる」

というのは、私が学界で実際に生じていた現象で、その原因が「うつ病」であるのも事実である。

(こう見えても、私は周期的なうつ病持ちであり、それがこのブログの、生産性が高い時期と、休止同然になる時期の繰り返しとも関係している)

実際には、復帰してみても、私はよく覚えてもらっていて、好意的に「久しぶりだね」と挨拶されるのだが、現在、母の介護のこともあり、再びグループに参入して、具体的な活動をしてはない。

・・・今思い出したが、来週には、ZOOMを通して、私が久しぶりに参入したグループのミーティングに参加することになっている。

問題の「いじめ」のシーンだが、持ち物を隠されるといういじめは、結構受けていた。

女生徒の性器を顔に押し付けられそうになるという、ある意味でこの夢のクライマックスは、意味不明だが、私が女性の性器などには平気であること、クリニングスなど何の抵抗もないのは事実である。

女性に関しては「現役」であることは、何度かこのブログでも言及した。

それがなぜ今夢の中に登場したかということになるが、2つ前のエントリーで、フロイト「狼男」症例を久々に読み返したことについて触れたが、狼男症例が、生々しい性描写と関係することの影響が大きいかと思う。

恩師の名を冠した図書館の文庫というのが、夢の中に何回か出てきたことがある展開だとはすでに述べたが、それが高校の図書館にあるというのは時代の転倒ということになる。

私の恩師(学部と大学院、ふたりいる)が、学界でも業績ある人物であったことは事実だが、図書館のひとつの書棚がいっぱいになるほどの著作があるわけではない。

******

まあ、こんなところであろうか。

夢の中だから当然とはいえ、「頭がまわらない」のは結構苦しかった。

現実の私は、むしろ生産性を増し、頭の回転が向上しているのは、このブログの現状が示すとおりである。

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2021年9月 5日 (日)

ユングとナチズムの関係。そこから話題を広げて、対話的心理療法に共通する「物語」化の役割について。

まずは、小俣 和一郎著:「精神医学とナチズム ―裁かれるユング、ハイデガー」に関する小レビューからはじめます。

本書におけるユングについての記述は認識が浅いと感じます。

いくらフロイトたちユダヤ人を亡命に追い込んだ後のドイツの「精神療法」の業界が、ナチ公認の「ユング派」に独占せれていたという事実があるにしても、ユング自身はそれと慎重に距離をとっていた可能性は、本書の記述を素直に読み解けば、むしろ見えて来る気がします。

「ユングはナチズムを支持している」というのはすべて外部の人間の発言で、本人の著作にはそうした言及はない。

唯一述べているのは、「アーリア的無意識はユダヤ的無意識よりポテンシャルが高い」ということを述べた論考ですが、これが性欲を強調するフロイト派に対する敵愾心から出た、「不用意な」発言というふうにむしろ読み取れます。

また、この著作の中で紹介された、「ヴォータン」という論考は、恐らく私がどの本かに収録されているのを実際読んだことがあります。

私は、「ドイツ民族の中で長い間眠っていた古代ゲルマン神話の神、ヴォータンが、死火山のように蘇って活動をはじめた」という記述を含むこの論考を、むしろナチズムへの警鐘の意味を込めたものという気がしながら読んだはずです。

更に言えば、ユングの言う「全体性」を「全体主義」と結びつけた小俣氏の論理展開は、そもそも小俣氏がユングのいう「全体性」概念を全然理解していないことを露呈している箇所でもあります。

人間の「自我(Ich)」(意識的自我)というのは「自己(Selbst)」のほんの一側面だけが認識されたものであり、いわば「自己」という太陽のまわりをまわる衛星のようなものに過ぎず、その他の側面は実は心のバランスを取る形で無意識下に「布置(constellation=星座)」されて、全体としては統合的に機能しているというのが、ユングの言う「全体性」の心理学ですから。

*******

私が思うには、ユングという人は、いったん理解してしまえは、非常に実用的な人間理解になる側面と、衒学的な側面の両方を持っています。

ユング個人がどれだけすぐれた臨床家であったかどうかはわかりませんが、現場臨床家にとって刺激的なパラダイムを提供したことは確かですし。個人的にはフロイト自身の著作より影響を受けたと思っています。

それに、フロイト自身も、この点では似たようなところがあり、自分が提唱した治療原則・・・これは今日に至るまで決定的な影響力を持っている・・・を現場ではいろいろと逸脱した人物であり、有名な症例にも脚色が多いことは、元患者の手記やインタービュー(狼男へのもの。オプフォルツアー「W氏との対話」は私も手短にですがレビューを書いています)などから今日では知られていますし。

非常に専門的になりますが、ネット上には以下のような資料もあります。

●フロイトと狼男(村井翔)

その1

その2

この「その2」の方に、

「神経症患者が、私はこれこれこういう経緯で目下の症状に苦しむようになったのだという病歴=患者の歴史・物語を語れるようになることは、直ちに症状を消滅させることはできないかもしれないが、症状を消し去れるようになるための、決定的なステップなのである。そして病歴=患者の歴史・物語とは、しょせん物語なのだから、真実であるにこしたことはないが、必ずしも真実でなくともよいことになる。」

と村井氏によって書かれていることは興味深い問題だと思います。

「物語化」という意味づけがその人を救済する。

これは多くの対話的心理療法に、流派を問わず(認知行動療法を含む)共通するテーマかと思います。

ここにはもちろん光と影の部分がありまして、新興宗教や占いでも、そうした「意味づけ」と「歴史」を与えられることが、少なくともとりあえずの救済になってしまう面があるわけで。

現在の最先端の現場では、一定の条件下での「ダイアローグ」という対話の過程における回復の可能性(精神病者を含む)というのが一番ホットなテーマです。

社会構成主義的な「ナラティブ」心理療法や「オープン・ダイアローグ」がこれにあたります。

・・・このことをいい出したら、これだけで一つの長大なエントリーが書けてしまいますが。

****

なお、調べたところ、ユングの「ヴォータン」という論文は、現在では,

●ユング/現在と未来 (松代 洋一他訳 平凡社ライブラリー)

という本に納められているようです。

私はこの編書で読んだわけではありませんが、書評からみれば私が想定した内容のようですね。

これは安価で中古が出ているようですから、読んで(読み返して)みようと思います。

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2021年8月25日 (水)

睡眠薬ベルソムナ(スボレキサント)は、深い睡眠状態を維持させるが・・・

今度は精神神経科・心療内科などで処方される睡眠薬(睡眠誘導剤)について書いてみます。

ただし、私は精神科医ではなくて、一介の不眠症傾向があるカウンセラーの体験記に過ぎませんので、詳しいことはお医者様に聞き、相談してください。

*****

睡眠薬は、開発当初は、バルビツール系と呼ばれるものがほとんどでしたが、翌日昼になっても眠気が残る、(そしてこれが最大の問題点ですが)自殺に利用できるなどの問題点をかかえていました。

そこで、ベンゾジアゼビン系睡眠「誘導」剤というものに置き換わりました。

このタイプの薬は、あくまでも睡眠のきっかけをつくり、スイッチを入れるという点にあります。

もっとも、短時間型から長時間型まで、実にいろいろな種類があります。

そして、大量服用しても、自殺につながりにくいとされます(この点は、あくまでも一般に言われることを書いています)。

睡眠「導入剤」は、飲んでしばらくのうちに、それこそ「コトン」と寝てしまいます。

ただし、

  1. 飲んだ直後、立ったり座ったりしたまま起きていると、薬効が現れないまま、やり過ごせてしまう。
  2. 途中覚醒の傾向が強い人には効かない(この場合は、「長時間型」を用いる)。
  3. 依存性がある。

という問題点があります。

*****

最近登場したのが、「選択的デュアルオレキシン受容体拮抗薬」に分類される睡眠薬で、スボレキサント(商品名:ベルソムラ)が代表的です。

この薬は、ベンゾジアゼビン系睡眠「誘導」剤とは作動機序が全く異なります。

具体的に言えば、ノンレム睡眠(脳を休めている状態)を数時間維持するという点で、途中覚醒の予防になることです。

副作用としては、この薬が切れてしまってからのレム睡眠(身体は寝ていて、脳は覚醒時に近くなる)において、少なくとも慣れないうちは、「悪夢」をみる傾向が強いということです。

 選択的デュアルオレキシン受容体拮抗薬には、依存性がないのもひとつの特徴です。

現実的には、寝入りを良くするベンゾジアゼビン系睡眠「誘導」剤と選択的デュアルオレキシン受容体拮抗薬(睡眠「維持」剤)は併用されることが少なくないかと思います。

*****

選択的デュアルオレキシン受容体拮抗薬(睡眠「維持」剤)使用の際の注意点だと私が経験上感じているのは、睡眠時間が遅くなり、翌朝早く起きねばならない場合(例えば寝られるのが4-5時間とか短時間となった場合)には、本当に深く寝入ったままになり、寝過ごしてしまったり、二度寝をしてしまったり、それでも無理して起きてしまうと、ふらつく、ぶっ倒れるするなどの危険があることのように思えます。

個人的経験では、どうしても短時間睡眠で目覚めなばならない時は、ベンゾジアゼビン系睡眠「誘導」剤服用だけにして、選択的デュアルオレキシン受容体拮抗薬(睡眠「維持」剤)抜いてしまうことかと思います。

繰り返しますが、一不眠症患者としての、あくまでも個人的見解です。

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2021年8月22日 (日)

無実の罪をきせられ、大勢の検察官の前で延々尋問を受ける夢

新幹線出張の興奮も覚めやらず、完全に昼夜逆転モードにハマっていましたが、さっきまで見た夢は空前の悪夢。

私が若い頃所属していたT大心理教育相談室から、私は突然警察に連行される。

私は大きな法廷(?)で100人はいそうな検察官(?)の集中砲火を浴びる。

検察官たちが次々証拠立てる内容がぜんぜん事実とは異なることに対して、私は逐一論理的・具体的に堂々と反駁し続け、決して後に引かない。

目覚めた瞬間、夢で本当によかったと思ったが、むしろこれは、私がウソを何一つついていないこと、そして私の人生の全肯定を貫ける、いい夢だと思う。

 

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2021年8月16日 (月)

DaiGo氏に関すること、幾つか追補。

どうもまだDaiGo氏関係のことについて、私の中にすっきりしないことがあるようで、「わが闘争」レビューの方に労力が向かわず、妙に眠気に誘われていた理由が少しわかった気がしたので書きます。

まずは、私がこの問題に関しての最初のエントリーで、次のような書き方をしたことについて:

  • 一回目の謝罪では、「生活保護者でも頑張っている人がいる」などという余計なことを言い、「がんばって生きない権利」を否定している面があることなどを含めて更に批判されていたようです。

・・・これは言い過ぎた気もします。

「頑張って『生きよう』ともがいている」方々への配慮が欠けていたと思います。その点は謝罪いたします。

(ただ、一度書いてしまったものをこっそり消去してしまうのは卑怯だと思いますので、そのまま残します)

正確に言えば、「頑張って生きようとしても、生きられない人達」というべきだったでしょう。

例えばうつ病の方々、職を得ようとしてもみつからない方々、住む家もない方々など。

もとより、過剰に努力することなく、「マイ・ペースで」生きる権利は誰にでもあると思いますが、それは一定の経済的基盤(家族等の支え・年金等も含む)があったればこそですから。

実は、昨晩の私の夢の中で、私が大学を出ても働き口を見つけないまま何もしないでいるのに、父はそのことについて何も言わないまま玄関を出ていく・・・というのをみてしまいました。

私は大学学部生としては、勉強に熱心で、成績はオールAに近く、多読で、院試に向けての勉強もしていましたが、卒業後、大学院浪人になって、そんなにバイトとかしないままなのに、趣味も充実させて、親のスネをかじって、そこそこしか勉強しなかった時期があります。ある意味では無気力とも戦っていたのですが。

******

さて、それとは別の次元のことを書きます。

私は、DaiGo氏の過去の動画は全然観ていませんし、観ることに労力を費やす気もありません。

さすがにそういうことまでするのは時間の無駄だと思いますし、すでに書きましたように、彼の過去は問わない、現在、そして彼の今後についてだけを判断の基準にしたいと思っていますから。

また、「彼は心理的テクニックを駆使して謝罪をしている演技をしているだけだ」という言い方はしたくないと思っています。

私は、彼のYouTubeチャンネルはすでに登録していますから、私のデスクトップパソコンとスマホには、彼がライブ配信をはじめた時点で、自動的にポップアップが出ます。

余裕がある時には、余力の一部を割いて、後追いでも、彼の実況を実際に観て、コメントしたり、ライブチャットに直接意見を入れようと思っています。

すでに前の別のエントリーで書きましたように、まずはそうやって、彼の動画の視聴者に、ささやかながら相対化の機会を提供することが、彼のためにもなりますし、今後彼の悪影響を抑止するための、非常に「実際的・具体的な」試みと思うからです。

そういう形で、資格を持つ、ネット上で活動する心の専門家として、多少なりとも貢献したいと思います。

臨床心理だけではなく、基礎心理から実験心理、社会心理まで学んだプロですから、彼の言うことに変なところがあれば、即興で指摘することはできると思いますし。

******

すでに前のエントリーで書きましたように、私は彼の「2回めの」謝罪に対して、

「この件をきっかけとしして、彼の過去の差別的発言を知らない人も、このチャンネルを登録して、リアルタイムで彼の発言を監視する人も大勢出てくるだろう。彼がそのストレスにどう耐えて、どういう配信をしていくかだろうね」

というコメントを残しました。

●DaiGo氏の2回めの謝罪動画

Gaogo0817c

彼をTwitter上とか、別のネット媒体で間接的に批判するより、こうしたところから手を付けることが大事だと思うことにはかわりがありません。

*******

更に、次のようなツイートもTwitter上で読んでしまいました:

 

 

私は、乙武氏の主張には全く賛同しませんが、藤田氏のツイートにも大いに疑問を持ちます。

藤田氏は、DaiGo氏の過去の動画を「仕方なく」相当観た上でそういう結論に達したようですが。

藤田氏は社会福祉士とのことですから、専門家の一員ではありますが、DaiGo氏を「拘束」して、心理的「治療」を施すべきと述べているも同然です。

そういう発想を援助的専門家がするものだと認識される危険を犯すことは、はなはだ問題だと思います。

DaiGo氏は「犯罪者」ではないのです。倫理的問題だけで人を「更生」できるかのような発言は、厳に慎むべきと思います。

いわゆる「専門的訓練」を受けていない、非専門家がネット上で活動する権利はあると思いますし。

少なくとも、安全な場所からこういうことを批評的に言うくらいなら、いかなる「法的根拠」もあるわけないですが、ご自身が、彼に実際に働きかけてくださいとも言いたくなります。

藤田氏が、すでに今回の事件に関して、不安にかられた生活保護者やホームレスの方々の相談に乗っていることの意義は認めますが、

・・・こりゃひどいと言うか、何と素人くさいことを言い出しておられることやら。

そして、「DaiGo氏の発言に悪影響を受ける人達もいる」という理由づけで、彼をネット上から排除すべきというようなとらえ方全般は、一般の人の持つ健全な批判と吟味の能力を最初から疑問視するような、パターナリズムのように思えます。

この件については、「わが闘争」のレビューを終えた後で(結局更に明日にずれ込みそうですが)、藤田氏自身に、Twitter上で、論戦を挑もうと思っています。

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2021年8月 9日 (月)

父の命令で慶応大学三田キャンパスをみてまわる夢。

今日は、私にとって定休日であり、この次のエントリーでも書くように、「河童のクゥと夏休み」を観て、レビューを書こうとしていたのだが、なかなかおもしろい作品なのに、ベッドでごろ寝しながら観ている(私のメインパソコンとベッドの位置関係はそういう見方を許してくれる)と、繰り返し、重い睡魔に襲われ、何度巻き戻してもそうなってしまうので、完全に動画をポーズで止めてしまい、寝ていたのだが、途中覚醒を繰り替えしながら、断続的に、次のような夢を観ていた。

******

私は20歳前後。

法政大学(実際の出身校)に通いながら、私は慶応大学の学士入学を受験し、合格したばかり。

ただし、このことは父(故人)に許可を得ないままやったことで、父に学費についてどう許可を得たものかと思っている(法政大学を辞めないまま、かけもちで通い続ける・・・そんなことは現実には不可能なのだが・・・つもりになっている)。

私は、父親の目に入りそうなところに、慶応大学の入試、入学パンフレットなどを並べ、「察して」もらおうとしている。

父は現われ、

「お前はいつもはっきり自分から『こうしたい』と相談せず、こういう、私から『察して』もらおうとするような、まわりくどいやり方しかしない」

となじってくる。私はこれで慶応への並行した入学は許してもらえないのかと覚悟した。

そこに唐突に慶応大学の学務部担当と思われる女性の職員が現れ、

「ご安心ください。本学ではこのようにして並行して入学される方のために、学費全額免除のシステムを持っています」

と告げる。

私は非常に安心するが、生協費や施設維持費等は二重払いせねばならず、費用は若干増えることには変わりがないなと思っている。

父の方は、あっさりと慶大に並行して通うことを許してくれるようだったが、その条件として、

「今からすぐに慶大に行って、キャンパスを見て回ってきて、報告するように」

と命じてくる。

私は早速慶大に向かおうとするが、三田キャンパスは思い出せるが、もうひとつのキャンパスの名前と場所がどうしても思い出せない。

(確かもう一つのキャンパス(日吉)の方が1,2年生の通うキャンパスではなかったろうか)

・・・現実にそのとおりだが・・・と思いつつも、ともかく三田キャンパスの方に向かう。

私は現実には慶応のキャンパスに行ったことはないのだが、夢の中の三田キャンパスは、完全に作り変えられたもので、広大な敷地の中に、大きな校舎群が立ち並び、すごく壮観である。

キャンパスの中には、都営三田線が直接乗り入れており、2線式ホームがある。

校舎のまわりのペデストリアンデッキでは、新入生歓迎・勧誘のための出店が数多く並んでいて、盛況である。

私はその中で、3人の法大生と出会う。彼らは皆リアルワールドでも知り合いだった人達である。彼らは皆私と同じシステムでダブル大学在籍をしようとしていて、私は仲間がいることに安心する。

キャンパスの中には、建物と建物の間に、唐突に、人工の、流れ下る渓流のようなものが設けられており、上からカヌーのようなものに乗った学生が何人も続けざまに滑り降りてくる。

先程出会った同じ志の仲間の一人が、

「3科目以外に、この川下りの受験もしなければならなくてたいへんだった。僕は大きな桶に乗って下って成功したけどね」

と言う。

私は彼と同じ「地質学科」に入ったのだが、自分は3科目の筆記試験だけで合格できたのだが?と怪訝に思う。

私はまた一人になって、キャンパスを彷徨っている。

「父親にキャンパスの様子を報告するのだから、口頭だけではなく、写真を撮っておいたほうがいいかな」

とも思うが、

「最近は肖像権の問題もうるさいから、人が写り込んでしまわないようにするのは大変だ。やっぱり無理かな」

と思っていると、父が唐突に現れ、

「写真ぐらい何枚か撮っておきなさい。じゃ、俺、帰るから」

と立ち去ってしまう。

私は携帯を取り出して写真を撮ろうとするが、最近買ったばかりで、しかもスマホではなく、ガラケーで、シャッターのスイッチも小さく、そもそもモニターを見るのはどうすればいいのかわからず、まごついている。

そうこうするうちに、夕方になり、あたりは次第に夕焼け状態になり、暗くなってくる。

キャンパスの人通りも少し減ってきて、

(暗くはなってきたけど、これなら人の映り込みを気にせず写真を撮れる)

と写真を撮り出す。

しかし、人目につくと困るので、フラッシュはたかないで撮影している。

(フラッシュをたかなくても、この携帯の内蔵カメラは、最新式の高性能なものだから、自動的に輝度調整がなされて、大丈夫だろう)

と思っている。

すると、どこからともなく父の声が聴こえてくる。

「お前は、体育会系の部活動をした方がいい」

と。

私は、慶応と言えば、名門スポーツ系の部活動が多いし、そもそも2つの大学の掛け持ちだけでも、単位を落とさないのにたいへんで、とてもそんな時間がない・・・と考えるが、むしろそういう「言い訳」がたつことに安心している。

遠くのグラウンドには、夜間照明でライトアップされた、野球部が練習する様子が見える。

******

・・・・まあ、こんな内容であった。

 

最近は、空き時間は映画を一本観て、「ウマ娘」をやって、Twitterをしばらく追って、そしてブログを書くということが完全に日課となっており、恐らくフィクションに数多く接しているせいもあってだろうが、そもそも夢を覚えていることはほとんどなかったが、突然、長大な、細部を覚えていられる夢に遭遇したという感じ。

このブログでも、少し前までは、しばしば私の観た夢の報告はしてきたが、かなり久しぶりのことだろう。

*****

父に直接自分のやりたいことを言わず、婉曲に「察して」もらおうとするのは、私の子供時代の常套であった。

デパートの玩具売場に行っても、自分から、これが欲しいとは言い出さず、その玩具のあるあたりをうろついてもらうように引き寄せ、「これか?」と察してもらうことしかできなかった。このことは、どこか忘れたが、このブログでも書いたことがあったと思う。

普段は寛容な父も、ここぞという時に「絶対命令」をしてきて、私はそれに反発することなく従ってきたのも事実である。

唐突に現れ、学費に関する救いの制度を示してきた「慶応大学の学務部の職員」は、どうもウマ娘の理事長秘書、駿川たづなに雰囲気が似ていると思った。

ちなみに、現実には不可能な、大学の二重在籍から連想するのは、私が大学院浪人の際に、早稲田、都立大、法政の聴講生をしていた年があったことを思い起こさせる。

そして、立教の大学院に進んだ折りも、私は立教の奨学金システム上の「全額給付金」を受けていた。これは学業成績というより、私の家庭の経済事情を勘案しての処置だったと今では思っている。

私はそのあと更にステップアップして、○大の博士後期課程の研究生になるわけだが、この時点でも父に学費の援助を最初は受けていた。

その途中から、私は非常勤の大学学生相談室のカウンセラーとして、徐々に経済的に自立するわけだが。

夢の中に出てくる、「新しい慶応大学三田キャンパス」の威容は、私が勤務した、郊外型の法政大学多摩キャンパスを更に誇大に表現したものであるように思われた。

なぜ「慶応大学」なのかという問題は少し考えなばならない。

ひとつには、私の恩師、村瀬孝雄は慶応大学の非常勤講師をしていたこと。

恐らく慶応大学が、私の在籍した立教大学に通じる、ちょっとお坊ちゃん、お嬢ちゃん大学的なイメージを極端化したとも言えること。

私のクライエントのひとりが、慶大の運動部出身であったこと。

私の元恋人のひとりが慶大出身であったこと。

まあ、そんなところの合成であろう。

さて、仮設渓谷とカヌーについてとなると、私が結局全然観なかったオリンピックのイメージが投影されているのはひとつ言えるだろうが、私が「実技試験」なるものとは無縁(例えば、運転免許は持っていない)のまま人生を歩んできたことと関連するのかもしれない。

「渓谷を下る」ということそのものに、無意識的な象徴的な含蓄がありそうだが、今回は深追いしない。

「新しく買ったばかりの高級ガラケー」というのは、私が先日最近OPPOの(高くはないものの)最新スマホを買ったことの反映であろう。

私はガラケーで過ごした日々の方が長く、スマホに手を出したのは5年ぐらい前から、しかもその機能(画面キャプチャ、動画キャプチャ、Youtubeへの直接アップロード等)を全面的に使いこなせるようになったのは、「ウマ娘」をインストールしてから以降であるから、止むを得ないであろう。

私の夢には、未だにLPアナログレコードや、カセットデッキでの再生がよく登場する、これと同じ原理であろう。

******

私はここ2,3日、急に眠気が強くて、昼間のルーティンをこなすことが少し苦しくて、プチ鬱にはなりつつあるのかなと思っていたのだが、そこで「溜まって」いた何かが、この夢で一気に開放された感じである。

それは、さすがに毎日一作作品レビューを消化していくのに疲れたというのと、スマホの思いついたような買い替えがちょっと贅沢な出費だったかなと思うこと(要するに、「ウマ娘」の、私の第2厩舎たる、andoroid版のコマ送り状態を解決したいというのが最大の目的だった)が影響しているのだと思う。

だが、そうした問題を超えたところに、この夢の「補償」作用は関わっている気がする。

私の、ここ数年のライフスタイルそれ自体に対する、無意識からの揺り戻しのようにも思う。

超自我的な父親の登場も、それに関わっていると思う。

恐らく、私の仕事と、収入の得方の問題にも関わるのだが、それについてはここでは言及しないでおく。

******

いずれにしても、夢をないがしろにしてはないらない、そこにはリアルワールドでのライフスタイルの問題点に対する強烈な警告と、補正作用があるということは、皆様にもお伝えしておきたい。

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2021年7月16日 (金)

夢二題2

今回は、ちょっとグロい内容も含みますのでお許しください。

******

私は自分の家(といっても、現実には住んだことのない、アパートみたいな部屋)で、3匹の、随分大きくて、肥え太ったネズミを飼っているようです。

私は眠気と戦いながら、親族の接待をしています。

ふと気づくと、いつものように、ネズミ達を、台所のレンジの鍋に一匹ずつ入れて「入浴」させていたことを思い出します。

あわててレンジまで駆けつけると、ネズミたちは一層え肥太って、お湯にしなびたような状態になっています。

最初は少し目が開き、少し身体をまだ動かしていましたが、すぐに死に至ったようです。

私は罪悪感と後悔に打ちひしがれます。

******

夢フォーカシングに、「昨日のことは?」という質問があります。

ここから連想したのは、昨晩夜遅く、私はソーメンをゆでて食べようとしていました。

その際に、いつの間にか眠りこけていて、鍋で沸騰したお湯をわかしていたことをすっかり忘れていたのです。

そのことに気づき、あわてて駆けつけると、お湯は蒸発していましたが、幸い、レンジの安全装置によって、とっくの昔に火が消えており、鍋はすでに冷え切っていて、取っ手とかも溶けるとかなく、私はほっとしました。

そのことをまずは想起したのですが、「私の飼っていたネズミとは何だろう?」ということが当然気になります。

このネズミが私の「分身」だとしたら?

・・・何となく想起される事柄はありますが、それをこのブログで具体的に書くのは控えたい気分です。

このネズミに「なってみた」ら?

・・・そんなにこちらを恨むことはなく、むしろこれまでここまで、過剰でお節介にまでに「甘やかしてくれる」中で天寿を全うしたことについて、感謝すらしているようでした。

ところが、今これを書いているうちにハッとしたのは、十年前の父親が、まさに浴槽の中で、自動温度調節の高熱のお湯に浸かったまま意識不明で植物状態になって死に至ったということでした。

母親はそれに気づかすにいた自分、私に電話をかけようとしても電話番号を間違えてばかり、それどころか199番にすらうまくかけられなかったことを後悔し続けていました。

父は税理士で、引退したあとも、母と共に暮すマンションで、十数件の確定申告をさばいていました。

徹夜に近い状態が続き、やっと最後の1件を残すところまで来て、少し気の緩みもあったのではないか、それなのに冬の寒い晩にベランダに自転車漕ぎに出て、それから急に熱いお湯に浸かったのもよくなかったのではないかと母は推測していた・・・そのことを思い出したわけです。

******

もうひとつの夢。

父親と私は連れ立って、久留米から西鉄電車で南に数駅から更に徒歩でかなり離れたところにある、郊外店の、実に巨大な大きな電気屋にいます。

私達は、誰か(忘れました)に連絡を取る必要があることを急に思い出しますが、あいにく父も私も手元に携帯を持っていないことに気づきます。

店の中に公衆電話がとこかにないかどうか探し回るのですが、今のご時世ですが、どこにもないようです。

それで、一階の案内所に二人で向かい、受け付け嬢(2人いました)に、「電話を借りたい」と頼むのですが、

「この店には電話はありません、スマホも売ってはいませんし、店員も使用禁止になっています」

という答えしか返って来ませんでした。

「今の時代に、それでは店員も不便だろう」

と、夢の中の私は思います。

私と父は諦めて、徒歩で西鉄久留米駅まで戻ることにします。

その際私は、

「僕はこの電気屋は使っていない。北の方の宮の陣の近くにある電気屋に、自転車で足をのばすことが多いから」

と父に語ります。

でも、それは、南の方の店に父と共に向かうのが嫌ゆえの屁理屈のように自分でも感じています。

ところが、すでに述べたように、久留米から南に数駅、しかも郊外にある電気屋から、実際には、ものの数分で西鉄久留米駅までたどり着けるのでした。

****

ひとつ思い当たるのは、今日の早朝、レビューとして書いた、「君の膵臓をたべたい」で、携帯電話のメール(この物語設定ではスマホですらないみたい)が二人のコミュニケーションで重要な役割を果たしていたこでとです。

電話というのは「関係」の象徴だし、無意識へのアクセスの通路でもあります。

私は今、無意識へのアクセスは、こうして夢を見るたびに自分で夢解釈を試みるくらいですから、十分に維持していると思いますが、「外部の」他者とのコミュニケーションは?というと、狭い範囲に限られているかもしれません。

「君の膵臓をたべたい」で描かれたような、「関係の中で生かされている」という状態からは、少し実感は遠くなっている気もします。

あと、父の向かう店に共に行きたくない、反対の道を行きたいというのは、私が常々感じていた、父の言うとおりにしたらろくなことはない、という反抗心かと思います。

ところが、亡き父の方が一枚上手だったのかもしれません。

結局、父の行く道の方が、遠いようで近いということかと思います。

父の方が、よっぽどリアリストでしたしね。
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2021年7月11日 (日)

いなくなった猫をめぐっての夢

今朝の夢はかなりしんどかった。

私どこかの大学の常勤教授をしているようだ(ちなみに、実際の私には、常勤チーフカウンセラーの経験はあり、いろんな大学の非常勤講師の経験はあるが、「教職」の経験はない。プロフィール参照)。

大学では、数日間にわたる学会のような催しが開かれており、私はそれに忙殺されている。

別れた妻も、大阪から上京してきている。

子供も、私が別れた時の姿のままで上京してきているらしいが、夢の中には直接現れない。

妻は、自分たちと一緒に過ごす時間がなかなか取れない私のことをなじってくる。

その際に妻との相手で生じている諍いは、現実の中でも生じていた独特のコミュニケーションギャップで、何故か夢の中でしか再現不可能なのは私の夢によく出てくるパターンである。

私の弱みを、結構図星でついてくるのだが。

妻子は、大阪から、子猫に近い、茶色い毛の猫をつれて来ているようで、妻は、私がその子猫の世話をしているのかどうかとなじってくる。

私は、大学に通じる道路の側溝に、子猫を遊ばせておいたようだ。

本当は妻子と会う時間をもっと作れそうなのだか、私は、妻とコミュニケーションするのがわずらわしくて、忙しくて余裕がないと言い訳する。

気づいてみると、側溝の中には、子猫はいないようで、私は焦りはじめる。

*****

実はかなり長大な夢だったようだが、先程述べた、元妻との諍いのシーンが延々と続き、それをここでは再現不能だ。

ともかくしんどい夢だった。

起き上がった時点で、どうもこれは、昨日、「未来のミライ」を観た影響がまずは大きいなと思った。

映画の中には、猫が欲しいとねだる幼い頃の母親が出てくる。

(ついでに言えば、「天気の子」の方にも、猫がマスコットとして出てくるのだが)

「未来のミライ」には、愛犬も登場し、この愛犬は、物語の中で、非常に重要な役割を果たす。

このブログでは書かなかったが、実は、私は「天気の子」ではなくて、「未来のミライ」の方で、年甲斐もなく、涙をボロボロこぼしていた。

*****

妻子の登場は何を意味するのか。

以前も書いたと思うが、長男は今年で22歳、次男は成人のはずである。

でも、実際には4歳の時に別れたまま会ったことはないから、夢の中ではいつも4歳という設定でしか現れない。

自分から興信所を使って探したことはあるが、興信所は探り出したものの、妻の親権を理由に教えられない、でも成功報酬はいただくと言い出したので、私はキレて電話を切り、それ以来報酬は払っていないし、請求されてもいないことは以前書いたかと思う。

ユング的に言えば、私は夢の中で、自分の分身として妻子を置き去りにしていることになる。

「夢フォーカシング」の手順に沿って、妻子に「なってみる」・・・やはり私とホントは仲良くコミュニケーションを取りたいばかりか、一緒に暮らしたがっているようにも感じられた。

側溝の猫は?

私と妻子を結ぶ、絆のようなものという気もする。

私の「分身」としてとらえ、猫に「なってみる」と・・・以外にも、

「心配しないで欲しい。ボクは自由にやっていくから」

と訴えているようだ。

これには安心した。

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2021年7月10日 (土)

「未来のミライ」−細田守監督のアイデンティティの確立−

正直心配していたんですよ。細田守監督の「未来」を。

こちらでも書きましたが、細田さんって、作れば作るほど、だんだん完成度の低い作品になってきている気がしていました。

細田さんの「時をかける少女」は、私が数年ぶりに観たアニメでした。

それで、「今のアニメはここまで技術力上がってるのね」という新鮮さもあったのだと思います。

エンディングの、奥華子さんの「ガーネット」があまりにも素晴らしい曲で、余韻に浸らせてくれたのも大きいと思います。

 (このエンディングをTV放映時にカットしていた時もあると伝え聞きましたが、アホか!! と思いました)

続く「サマーウォーズ」は、当時の恋人とのデートの時に、映画館で一緒に観た作品ですが、恋愛要素こそ「時かけ」より後退しましたが、娯楽作品としての完成度は非常に目覚ましいものがあったと思います。「感動した」、というより「面白かった」。

あの「花札決戦」なんて凄いアイディアと思いましたし。私はとんと花札のことはわからないけど、それでも楽しめた。

「サマーウォーズ」については、すでにこのブロクに詳しいエントリーを公開当時書いているので、こちらをご覧ください。これでも精一杯深読みしたつもりです。 

*****

ところが、「おおかみこどもの雨と雪」に至って、「あれれれ・・・」と思い出した。言いたいことはそれなりにわかるけど、新海誠作品と比較すると顕著な人物作画の平面性が気になって気になってしかたなくなった。

親子関係の物語としてもまだまた描けるぞいう感じ。宮崎駿さんを意識し過ぎかなとも思った。

次の「バケモノの子」に至ってはどうにも迷走。ファンタジーの想像力としても、画面の力がなさ過ぎ。

*****

そういう不安の中で観た「未来のミライ」。

しかも私の贔屓の新海誠監督の「天気の子」と同じ日に観て比較するという過酷なコンディション。

・・・結論から言おう。

「えっ、もう終わるの? くんちゃんのミライももっと共にしたいのに。・・・でも、そこまで描かないのが、いい余韻かもな・・・」

私も、離婚したが、子供には二人恵まれた。

しかも長男はくんちゃんと同じ4歳まで一緒だった。

下の子は弟で、未来ちゃんのような女の子ではなかったけどね。

長男は、くんちゃんと同じで、「プラレール至上主義者」で、ともかく列車の形式に詳しかった。

・・・まあ、それは、些細な思い入れに過ぎないのだよ。

******

この作品、これでも、セリフによる説明、そこまで絵解きしてくれなくってもいいよという感じ。セリフなしても、くんちゃんの心の動きや、この家族に代々継承されたアイデンティティのことは、クスクス笑いながら読み解けると思うよ。

観客の楽しみを奪わないように。親切過剰。

登場人物の変容した姿が誰かなんて、うふふと笑いながら、見え透いてるじゃないの。

くんちゃん、4歳児にして自分のアイデンティティ自覚出来すぎ。

細田さん、やっとこの作品と共に、新海監督とは全く異なる表現様式に到達できたんじゃないかな。

*****

エンディングの山下達郎さん、ここまでこの作品のテーマ、「解説」してくれなくていいって:

 

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

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  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。