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フォーカシング

2021年4月 6日 (火)

札幌には一日では新幹線で行けない

6月に札幌で開かれる日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」に行く決心をしたが、行きは新幹線と室蘭本線・千歳線で行けないかと思い立ち、時刻表f調べたら、残念ながら森駅で力尽きることがわかった。

 スーツさんの向こうを張ろうかと思ったのですが。動画も撮って。

・・・と思ったら、今年はオンラインのZOOMを使っての開催だそうで、誠に残念。

行けた場合でも、札幌へは9時半にしか着かないので開会には間に合わないことになっていた。

森駅近辺なんて、楽天トラベルでもじゃらんでも引っかからない。直接予約するしかない。

福岡ー札幌の飛行機の直行便は20本ぐらいあるんですけどね。今は空気を運んでいることでしょう。 

楽天トラベル

JAL 日本航空 国際線航空券

 

フォーカシングとは何か

ついでに私の動画も見せちゃう。横浜時代のものですが。

2021年4月 5日 (月)

私のフォーカシング国際資格証明書

署名は、フォーカシング技法の創始者、今は亡きユージン・ジェンドリンです。

クリックすれば原寸大の画像が見れます。

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2019年11月 1日 (金)

「入門フォーカシング」発売中

しばらく体調を崩して休んでいました。

拙書、「入門フォーカシング」、鳥影社よりすでに発売中です。

紙媒体と電子書籍版、両方あります。

ささやかな本ですが、初心者にわかりやすく書いたつもりです。

お気軽にお読みいただけましたならば、感謝申し上げます。

 

2019年7月19日 (金)

九州芸工大の学生になる夢

しつこく夢の話。

私は九州芸術工科大学の学部に入学したことになっている。

そしてどういうわけか芸工大に心理学コースがあることになっている。

そこでは私にとってはすくし物足りないほどに平易な講義や課題がなされている。

私は、"It rains"と同じような構文で表現できる可能性のある構文の例探しがなかなかでいないのに苦悶している。私の語学力はしょせんその程度かと。

同級生に男女二人のクラスメートがあり、いろいろ話し合っている。

「九大と統合されて、もともとの九州工科大学の生徒はそ学力のギャップに苦しんでいる」という噂が流れている。

:*****

こんな程度の短い夢である。

 

夢フォーカシング。

九州芸工大は偏差値が高い大学で、私のいた西南学院高校からは、同学年ひとり現役合格しただけだった、当時の九大とどのくらい偏差値に差があったかは寡聞にして知らないが、私の同学年からは結局ひとりも九大への現役合格者は出ず。一狼で合格した人がひとりいたくらいである。

私の当時の学力からすれば、芸工大には1浪してもとても無理だったろうと思う。

講義もレポートも、とても私にとって平易なものではなかったろう。それが夢の中ではちょっと物足りない水準のものになっている。

夢の中に出出てくる二人の男女は、私の少し後輩にあたるが実際には九大の心理学系大学院を出て、現在大学で要職についているが、私に敬意を今も払ってくれているし、私もふたりの研究業績には一目置いていて、学会とかではフロアからいつも好意的なコメントをしてきた。

私は学部を法政文学部哲学科→立教大学院心理学専攻博士前期課程→東京大学大学院研究生(博士後期課後期課程相当)と何とも無茶なステップアップを分不相応にできたものなのだが、これはフォーカシングの領域で故・村瀬孝雄先生に評価され、英語力などからだけではとても及ばないところを、先生の東大への転出に伴い引き上げて行ってもらえたから可能になったこと(これゆえに旧帝大系の九州大学の前述の2人の院生と出会う機会を持てた)に過ぎない。

実際には教育調査統計については法政の夜学で学ぼうとしたものの、相関係数のところですでに行き詰まり、因子分析とかを自分で使うことなど全然足元にも及ばなかったか、幸い他の人の発表でそれらを使われても何とか理解できる下地にはなっている。

ちなみに私が立教大学院に合格するためには行動主義から認知心理学とか社会心理学まで独学で「原文で」読めるところまで何とか2狼して村瀬先生以外の実験系の教授たちをねじ伏せて乗り越えて可能になったものだ。

そのため、その後いくつかの大学で非常勤講師として教養課程の心理学の非常勤講師を務めさせていただいたが、我ながら「凝った」、踏み込んだ内容のものを私なりにかみ砕いて講義することはてきたと思う。立教に当時の大学院に入るためには帰属理論(Attibute Theory)についてまでかなり踏み込んだ理解ができていないと入れなかったから、教養の心理学でも、平然とそのへんまで教えていた。

自分なりに私の中学から高校当たりの成績は、得意不得意の差が異様に激しかったが(若干学習障害の気はあったかと思う)、親が自分の成績が良い科目(国語と世界史はダントツ)について全然褒めてくれない、そもそも私の成績に無関心で私の進路にもあまりに不干渉なゆえに私自身が「勉強すること」の意義についてあそこまで悩み苦しまなければもっと成績は取れたであろうアンダー・アチーパーだったとは思う。

東大大学院の講義や実習などでも、理解できなくて苦しむとかなくて、生粋の東大出身者を「頭の回転だけは優秀だな」というくらいにみていたから。

******

・・・何か自慢話的なものが長くなったが、夢の中で"It rains"的な構文の応用を探していて苦悶するというのは、恐らく、フォーカシングの領域で「雨ーが降る」という構文で言う「それ」が主語になる構文が「私は・・・と感じる」という構文における、日本語での「腹ーがー痛い」などという構文の「腹」の主語化の問題と関連している。

これはフロイトがいう"Es""(それ)いうものの"Ich"(私)とのの問題とも関連しているのだが、結局はフォーカシングにおけるフェルトセンスの、「私」についての主語と目的語についての問題に結びついている。

すなわち、フォーカシングにおいては、「私」がどう感じるかではなく「フェルトセンス(「その」感じ)が」どう感じているかについて「私は」どう感じるか、ということが肝心なのである。

・・・・何か、書いていて、これだけでは読者に独り言を書いている気がしてきたが、これらの問題については「入門・フォーカシング」と「カウンセラーこういちろうの雑記帳」では実に平易に解説していることなのでご心配なく、読んでみてください。

2019年7月14日 (日)

カウンセラーは、自分の中に生じる「違和感」とうまくつきあえねばならない

またもや10月末刊行の「カウンセラーこういちろうの雑記帳」のネタばらしですが、今回はその本・・・15年ぐらい前に当ブログで書いたことをまとめたもの・・・・を、今の私なりの表現で、書き改めてみましょう。

カウンセラーは、クライエントさんの話を、気持ちに寄り添うように「受容的・共感的」に聴いていくわけですが、これって、クライエントさんの身になるほどにカウンセラーの中に共感が増していくプロセスになるとは限らないんですよね。

もとより、話を更にじっくりと聴いていく中で、受容できる「接点」が見つかることも少なくないし、時には「それってどういうことなの?」などという誘い水がいいきっかけになることはあります。

しかし、特にフォーカシングを学んだカウンセラーというのは、ひとつ「厄介な(?)」問題を背おいこむことになります。

その場にいて生じる、「言葉にならない漠然とした『違和感』」にも敏感になるのですね。

これが、クライエントさんを「受容・共感」しようという姿勢と葛藤を起こしやすくもさせるのです。

この「違和感」にカウンセラーがいかに自分の中で対峙できるかが重要となってきます。ある意味では、その「違和感」をあっさり「自己受容」できる方が望ましい。そうでないと、カウンセラーは、ロジャーズの言う「自己と経験の不一致」を抱え込むことになり、これはまわりまわって言葉の調子や非言語的にクライエントにも伝染して、今度はクライエントさんの方が自分がほんとうに感じていることはなく、カウンセラーの歓心を買うことばかりを話す傾向を生み出す可能性があります。

このことを回避するためには、カウンセラーは自分の中の違和感をむしろ大事にして、認めてあげる(アン・ワイザーのいう"acknowledging")のがいいと思います。

そうすると、クライエントさんにもっと話してほしいと誘い水をかけるポイントとかがつかめるようになります。

この際、「あなたの言うことがわからない」などということでは言うまでもありません。「自分が違和感を感じるのは、もっと大事なことを聴けていないか、共有できていないからだ」という姿勢で臨むことが大事です。

さらに言えば、この違和感を、「関係の中で」更に積極的に活用することも可能です。

例えば、

「このクライエントさんに、私は今『いらいら』させられている。でも、今クライエントさんは、日常の中で、相手を『こういうふうに』いらいらさせる形でしかコミュニケーションとれないでいるのかもしれない」

・・・とか。

これだけで、カウンセラー自身の中に、クライエントさんに対する同情心と「いたわり」の気持ちを持つ心の余裕が生じます。

私の場合、こうした時に「それは、家族とか上司とか恋人と繰り返し感じてきたものではないですか?」などと「解釈」めいたことは決してしません。

実は上記のような仮定を立てて接するだけでも、どいうわけか、クライエントさんはいつの間にか、それまで話してこなった、カウンセラーにとっても共感しやすいエピソードとかに、本人にも自覚すらないうちに、語りだしたりするものなんです。

これを私は「空気伝染」と呼んでいます。

*****

まあ、この先の更に進んだ取り組み方のレヴェルもあるのですが、そのへんは本を買って読んで下さい(^^)

JAL 日本航空 国際線航空券

G-Tune

2019年7月12日 (金)

3冊順次刊行は、私の心身に相当な負担になっているようだ。

「入門・フォーカシング」、「セーラームーンの精神分析」に引き続て、「カウンこういちろうの雑記帳」についても初校を終え、出版社に送り出してしまったのが一昨日である。もう後には引き返させない。

このことは、私の心身に相当な反動を生じさせているようで、本日も寝られる時間は寝てばかりいた。

いろいろ夢を観たが、細部は忘れてしまったし、覚えている部分も、ネット上の私の知り合いとの関係に踏み込んだ内容なので、今回は紹介を遠慮させていただくことにしたい。

いずれにしても、本を出すって、多かれ少なかれ、自分の内面をさらけ出すものだかrら、そのことへのプレッシャーって、そうとう覚悟せねばならないことだよ・・・とは皆さんに伝えたい。

 

2019年7月 9日 (火)

私って見栄っ張りなんだね。

それこそ私自身がネガティブ・シフトに昨日から苦しんでおり、その果てにやっとホントにシフトして、見えてきたこと。

このことに気づくために、いったい、何年、いや、20年ぐらいはかかったことだろう。

これですべてが説明がつく。

ただ、ひとつだけ言えることは、私はこのことに気づくだけの健全な自我を持ち、ひとりフォーカシング能力がむやみに高いことだ。

この観点からすれば、私が、全然見栄を張っていない、全く等身大で書いたのは、3冊のうち「入門・フォーカシング」だろう。

ただし、私には共感能力はあるし、自分より優れているものへの識別眼はあるし、そいう秀でた人に敬意を払う力はある。

*****

ここからは公然たるひとりごと:

でも、ひとを騙せる見栄なら、ま、それも意味があるし、能力の一部かな。

こうなったら立派に見栄を張り通そう。

フォーカシングにおける「ネガティブ・シフト」と「セッション後の『反動』」の問題

これはフォーカシング関係者は誰も言わないみたいなので書いておこう。

果たして、フェルトシフト(気づき)は、ポジティブな体験として統合さればかりなのだろうか?

自分の様々な行き詰まりの原因、うまく行かなさの見取り図が「見通せる」ようになってしまい、むしろ一気に落ち込んでしまうような経験になる場合もあるのではなかろうか?

我々の日常の中での洞察は、得てしてそのようなものではなかろうか?

特に、日常の中で、こうした「ネガティブ」シフトを、「自分だけで」耐え、支えることはかなり難しい場合がありそうな気がする。

これは、トレーナー(リスナー)との良い関係性の中では生じにくいものではあるが、注意を要する問題だと思う。

特にうつ状態なる人、あるいは鬱の補償作用によって軽躁状態にある人においてはそうなのではなかろうか。

*****

あるいは、セッションの場の中では素晴らしいシフト体験が持てても、「日常」に戻ると、その「反動」であるようにして、一気に非現実感や、落ち込みに見舞われるこのもある気がする。

これは、安定した指導者のもとで体験を重ねる中で、ジグザク運動を経ながら、バランスよく統合されていくことが多いとは思うが。

こうした問題は、生粋の「壺イメージ療法」では生じにくい気がする。

2019年7月 7日 (日)

高いビルの工事現場の足場の上に出て恐怖を感じる夢

またもや私のみた夢の話にお付き合いください。

******

私は大学学部か大学院生である。

私は知り合いの大学生、あるいは大学院生(女性。私は彼女に片思いしているようだ)自分の書いた資料を渡そうとして、相手を探している。

相手のいる場所の目算はついた。

しかしそこに辿り着くには、高いビルの外側に張り出した工事中の足場を通るのがいいことに気がつく。

その足場は、鉄パイプを組み上げた上に木製の板を約1.5メートルぐらい「張り出させた」ものである。柵はない。

私は、通れると思いその上に乗って歩こうとするのだが、数歩先は地上までの「奈落」であることに気がつき、しりごみしてしまう。

足場はしっかりしたもので、下さえ見なければ渡れそうなのはわかっている。

何度も試みようとして、板の手元の方にまで出てみるのだが、下の方が見えてしまいそうなところまで出るのに躊躇して、結局伝え歩きでそうなのにそれ以上一歩を踏み出せない。

結局私はビル内に戻り、大食堂とも大会議室ともとれる広い空間へと行く。

そこには正方形の大きな机が整列して置かれ、それぞれの机ごとにまわりに椅子が数個置かれ、学生たちがその周りに座っていろんな討議をしながら「プロジェクト」を進めている。

そうした机は本来予約制になっており、その終了時間はあと1時間のようだ。

私は空いている大テーブル(2つしかない)に座って作業を進めようとするが、そこを「占有」することに躊躇を感じている。

ここで場所は一転する。

大きなダークグレーの壁や床で囲まれた抽象の高い閉じられた広い空間。ただしその空間は多面体のようで、垂直の角がない。

その真ん中に衛星放送の映るデジタルテレビが置かれている。画面が映っているのだが、非常に粒子が荒い、電波の弱いところのアナログテレビ並み。私は「衛星放送ってこんなに粒子が荒かったっけ?」と怪訝な気分になる。

「マクロス7」の第一話の放映が始まる。

最初の方は私が知っている通りにストーリーが進む。

ところが途中から私の知らないシーンの展開が始まる。

私は、「こういう展開なのを覚えていなかたのか?」という気分になる。

・・・ここで目が覚める。

*****

さて、夢フォーカシングをこれを書きながらライブで進めよう。

書いたレポートを好意を持っている大学院生に読ませたがっている・・・実際の私は当時、片っ端から周囲の女の院生に求愛して、振られてばかりであった。

レポートの内容によって相手に評価してもらおうとしていたようだが、今思い返せば、こんなのは求愛になってない。恋愛と学術的評価なんて別の次元のもの。

夢の中で求愛の相手になっているのは私がこれまで求愛してきたのとは別の、知らない女性のようだ。非常にアニマ臭いが、私が今度の本の魅力によって、院生でなくてもいいから、誰か私に好意を抱いてくれ、懇(ねんご)ろな関係にならないかという「下衆な」期待をしている面があることも確かしれない(^^;)

高い足場の上の綱渡り・・・似た場所は? 

一つは私が勤務していた法政大学多摩キャンパスの面接室の窓から見た光景。

外壁を使った「綱渡り的」移動・・・下さえ見なければ実は安全にできるはず・・・これは、私がやろうとしている3冊連続刊行という「博打」のことだろう。

「無意識的には不安と恐怖にかられている」が、実際には「歩き通せる」・・・成果は目に見えているはず・・・ということの暗示か?

*****

「大会議室の大きな机の並んだ、みんなが討議している空間」・・・私が羨望を感じている、周囲の同業者の在り方だ。私は「予約なしで」、残された2つのテーブルのどちらかをひとりで占有しようとしているがそのことに躊躇している・・・これは現実とは異なる。今度の松江の日本フォーカシング協会の「集い」では、私は、今度出す「入門・フォーカシング」を教科書にする「出店」を早々に申し込み、受理されている(「予約」している)。ひとりぼっちで「テーブルを占有しようとしてる」のは確かだが。

******

さて、厄介なのは「マクロス7」である。

ダークグレイの抽象度の高い多面体の角のない部屋というのは、「電脳子宮空間」の暗示だと思う。

「粒子が荒いハイビジョンデジタルテレビ」という矛盾。これは古い私のネット上の論考を「今の舞台」に載せようとしている私のありようと一致する。

たとえ敵味方が退却しても、無伴奏でも、「俺の歌を聴け~!!!」という熱気バサラのありようはあり方は私そのもの。

「途中から私の知らない展開になる」というのは、著作を刊行した後に生じる展開が、まさに「予想外の」、しかも結構しょぼい展開になる(少なくともそうなりはしないかと恐れている)・・・ということの暗示かもしれない。

更に言えば、6月30日に地上波で全国放映されたらしい、「君の名は。」を観そこなったことへの後悔とも関連するだろう。

JAL 日本航空 国際線航空券 G-Tune

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。

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