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歴史

2021年9月16日 (木)

フランケンシュタインの誘惑:「ナチスとアスペルガーの子供たち」

ハンス・アスペルガーが、ナチスの障害児安楽死作戦に協力したということは、何をきっかけは忘れたが、すでに知っていた。

Eテレのこの番組は、その問題にどどまらず、アスペルガー症候群とはどのようなものかについての、平易で要を得た解説にもなっていて、非常に良質のものだったと思う。

******

環境活動家であるグレタ・トゥーンベリがアスペルガー症候群であることをカミングアウトしていることは、結構知られているかと思う。

アスペルガー症候群とは、発達障害のひとつ、自閉症スペクトラムにおいて、

  1. 対人関係の障害
  2. パターン化された行動

はあるものの、

  • 言語・知能の障害

はない人たちのことである。

(番組ではこの呼称は用いられなかったが)、特に知能が高く、専門分野で成功する(しそうな)人たちについては「サヴァン症候群」とも呼ばれる。

歴史上の人物としては、モーツァルト、マリー・キュリー、アインシュタインなどがそうだったのではないかと言われ、現代の人物では、ティム・バートン監督、歌手のスーザン・ボイル、俳優のアンソニー・ポプキンスがアスペルガーとの診断を受けている。

生まれながら他人への関心が薄く、相手の気持ちが読めない傾向がある。

******

ハンス・アスペルガーは1906年、オーストリアのウイーンの生まれ。

父は高等教育は受けられす、苦労して就職したので、ハンスの勉学への要求水準は極めて高かった。

小6の授業のネズミの解剖で、寄生虫を発見し、「一つの生物の中に別の生物が生きていて、密接な関わりを持ちつつ共存している」ことに魅了され、医者への道を進もうと心に固める。

1925年、ウイーン大学医学部に入学。

ところが大恐慌が起き、就職を危ぶまれた。

そこから彼を救ったのが、ウィーン大学小児病院院長のフランツ・ハンブルガーだった。

アスペルガーはハンブルガーを父のようにあおぎ、指導者と教え子の関係を超えたものであったという。

1932年、アスペルガーは病院内の特別施設の担当となる。そこには、社会適応できない発達障害の子供たちが送られてくる。

アスペルガーは、そこに病院のニオイがしないことに驚く。

当時の児童診療所は、ベッドに縛りつけ、検査漬けにして、「患者」として扱うのが普通であった。

ところがこの診療所は、子供を遊ばせ「生活者」として扱い、教育的扱いをするという点で画期的だった。

病名は当てはめられず、子供の無意識の行動をひたすら観察し、週1回、スタッフたちが、ひとりひとりの処遇について意見を交わす、世界最先端の施設であった。

生まれ持った能力や性格の変えられる側面は変え、異常な行動は抑制するという活路を見出そうとするものだった。ひとりひとりの夢や目標を実現することをめざした。

アスペルガーは、10年間で200人診察し、1944年に、「小児期の自閉的精神病質」という論文をまとめることとなるのだが、それはまだ先のことである。

アスペルガーは、優れた言語感覚を持つ子供に注目し、自閉症に言語障害や知的障害が伴うというそれまでの考え方をくつがえした。

「医師には全身全霊をかけて、これらの子供たちに代わって声を上げる権利と義務がある」

*****

だが、アスペルガーにもうひとつの顔があった。

能力のある、生産性が高そうな子供には情熱を注ぐが、能力の低い、生産性の見込めない子供はあっさりと切り捨てた。

時はナチスが政権を握った。ハンブルガーはナチスに入党し、彼の指示でアスペルガーはドイツに研修に赴いた。

ナチスは、優生学に基づき、優秀な人間のみを選別し、劣る人間を排除しようとしていた。

力強い民族共同体を作ろうと、障害があるものへの強制断種・不妊手術が行われるようになった。

ナチスが健康な子供たちを体制に忠実な人間に育てようと、幼い頃から徹底的に教育する光景を目の当たりにしたアスペルガーは敬服した。

1934年、ウイーンの施設の所長に28歳にして抜擢され、ナチスと政治的に足並みをそろえることとなる。

1938年、ナチスはオーストリアに侵攻、ウイーン大学は、ヒトラーに忠誠を誓わないものは排除し、残りの半分はナチに入党した。

アスペルガーはナチスと関係が深い団体に次々加盟。その中には「国家社会主義ドイツ医師連盟」もあった。医療部門のナチとも呼ばれ、ユダヤ人の排斥を主導した組織でもある。

アスペルガーは特別講演で、ナチス礼賛、強い民族共同体をめざすとし、

「全体が部分より大きいという考えのもとでは国家が優先されねばならない。遺伝病の予防と優生思想を浸透させねばならない」

と述べた。

「才能ある」精神異常がある子どもに彼は専念し、最良の奉仕をした。「役立つ」「役立たない」という選別にこだわった。

1939年、ポーランド侵攻とともに第二次世界大戦がはじまる。

その日にヒトラーは、「障害者安楽死作戦」を打ち出す。

このことは、このあとのエントリーで私が紹介する予定の、ハフナーの「ヒトラーとは何か」でも、最大の罪のひとつとして取り上げられている。

この安楽死作戦は、大人だけではなく、子供にも適用された。

ウイーンのシュピーゲルグルント児童養護施設がその舞台となった。

この施設には、「教育不可能」と診断された子供たちが次々送られてきて、たいてい「肺炎」と死亡記録が残る形で、実は薬で弱らされて死んでいった。

近年、アスペルガーが診断に多数関わり「シュピーゲルグルントに移送することが解決法」と明記したことを示す書類が、ウイーン公文書館から大量に発見された。

****

1945年、ドイツは連合軍に無条件降伏、1年後の裁判で安楽死作戦の責任者は死刑や懲役となったが、多くの医師は、ヒトラーに強制されたと弁じ、無罪となる。アスペルガーもそのひとりである。

彼は1946年、ウイーン大学小児病院の院長となり、更には終身院長となった。

しかし、戦後、自閉症研究は再開しなかった。

1974年、ラジオ番組にはじめて出演、自身のナチス時代を公の場で初めてふりかえることとなるが、

「ナチの非人道的なことは受け入れることはできませんでした。私は子供たちを引き渡すことを拒否しました」

と釈明。1980年急死した。

1981年、イギリスの精神科医、ローナ・ウイングが、自らのリサーチとアスペルガーの論文の症例が極めて類似していることに気づき、「アスペルガー症候群の臨床報告」という論文を公表し、アスペルガーの名は一躍脚光を浴びることとなる。

前述のアスペルガーの診断書が発掘されたのは2010年である。

アスペルガーの元患者で、大学の歴史と美術の教師として成功したヴァルトカルト・ホイフルは、独自に調査に乗り出し、789人の安楽死者を特定した。

「アスペルガーは、時間がある時はいつも子供たちに本を読み聞かせる良い医師でした」

しかし、骨格異常のあった妹は、シュピーゲルグルントに送られ、死亡していた。

2018年、アスペルガー症候群という診断名は、「自閉症スペクトグラム障害」に統合された。

*****

私が発達障害について学んだ頃は、「アスペルガーは、敗戦国ドイツの研究者であったために、日があたらない存在であった」と解説されるのが普通であったと思う。

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セバスチャン・ハフナー:「ヒトラーとは何か」レビューのプロローグ

ご存じの方も多いでしょうが、ドイツでは、ごく最近まで「わが闘争」は禁書扱いされていた。

私はこのことに常々違和を感じていた。

むしろ、ドイツとその大衆自身の判断力を愚鈍なものとして貶めていないか。ヒトラーの本質とは何かを徹底的に研究・検証してこそ、ドイツが同じ過ちを繰り返さないために必要ではないかと思えて仕方がなかった。

むしろ、学校でも、早い段階から、「わが闘争」そのもののテキストを抜粋しながら、そのどこが問題かをディスカッションさせるくらいの教育こそ不可欠なのではないか。

ドイツでは、こうしたわけで、ヒトラー自身の伝記的研究は、学問的にも立ち遅れていたらしい。

そうした中、戦後、早い段階で、ヒトラー自身の世界観と行動原理について徹底的に独自の分析をし、一貫した見解を示し、歴史学界でも賛否の議論の的となりながらも、ベストセラーとなったのが、ヒトラーと世代を共にした西ドイツジャーナリズムの重鎮、セバスチャン・ハフナーによる本書、「ヒトラーとは何か」である。

著者は、ヒトラー自身の「わが闘争」を始めとする、演説記録や命令書、部下の証言などを含む一次資料を縦横無尽に活用し、ヒトラーの「内面」に迫る。そしてそこから、なぜドイツ国民が、上から下までこぞってヒトラーに熱狂し、進んで服従したのかについての謎を解き明かそうとする。

それはまるでヒトラー自身になりかわって、心情を告白する域のものである。

カウンセラーをしていると、まずはクライエントさん自身の、パーソナルな「内的照合枠(inner frame of reference)」に感情移入し、理解すること(これは単にクライエントさんにの味方をし、「迎合」することではない)が不可欠であることは、どの学派であるかに関係なく重要視されている。

分析や解釈、認知の再構成化は、あくまでもその後の段取りなのである。

ハフナーは、「自由からの逃走」のエーリヒ・フロムのような心理学者ではないし、本書の中でも、あからさまな心理学的解釈はほとんどしていない。

しかし、心理臨床家である私の目からすれば、本書は、瞠目に値する「ヒトラーの心理学」である。

これからその概要を紹介し、本書への疑問点を含み、レビューしたい。

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続きはこの後のエントリーで書きます。

お楽しみに。

 

2021年9月12日 (日)

「レッドクリフ」Part 2【ネタバレ全開】

Part 1の続き。

Part 2でいよいよ赤壁の戦いとなるわけだが、そこに至るまでがまだ少しかかる。

Part 2はPart 1以上に「演義」という原作から離れている展開が多い。

孫尚香(そもそも演義では赤壁の戦いではまだ出てきてはいないとすでに述べた)は独断で単身対岸の曹操の陣に一兵士に変装して潜入する。

そして伝書鳩を使って周瑜に敵陣の情報を伝え始める。

そうした中で、蹴鞠大会(ほとんどサッカーやん)で優勝して千人隊長に抜擢されたばかりの男と知り合い、互いに意識しあう関係となる。

南方の気候に不慣れな曹操軍では疫病が流行し、患者や死者が増えるが、曹操はそれらをみな無人の船に乗せて対岸の連合軍の陣に流してしまう。

それを回収した連合軍の陣にも患者が蔓延する。

劉備軍はそれを理由に夏口まで撤退するが、孔明のみが残る。

曹操の軍は蔡瑁、張允の進言で、船同士を鎖でつないでしまう。

孫尚香は千人隊長の肩車を借りて、船団の陣形を書き取る。

劉備軍は撤退の際に4000本の矢を持ち帰ってしまったので(これは演義にはなかったと思う)、呉軍の陣には6000本の矢しかない。

周瑜は孔明にその責任を取って3日後までに10万本の矢を調達するように求める。

この解決方法は、「演義」通りのおなじみの作戦である。

蔡瑁、張允は連合軍に内通していたが、周瑜側はそのことを曹操に意図的にバラしてしまい、2人は処刑される(「演義」では確か二人は実際には内通していなかったと記憶する)。

孫尚香は帰還、胴巻きに曹操軍の詳細な地図を書いてきていた。

曹操も呉軍側は火攻めで来ると予想していたが、風向きが逆風なので大丈夫とたかをくくっている。

曹操は夜の酒宴で高らかに自作の詩を吟じる(これは史実で、曹操は文人の才もあり、漢詩で非常に有名なものの一つである)。

だが、孔明は、雲の動きから、風向きが変わることを予見し、周瑜に伝える。

今度は小喬が曹操のもとに密航する。

曹操を茶でもてなす。

だが、その最中に風向きは変わる。

呉軍の艦隊は曹操軍に迫る。

ここからの水上戦は、双方が莫大な死者を出しながらの火攻めの応酬となる。

*****

・・・このへんで詳しいネタバレは止めるが、Part 1と異なり、戦いでの双方の犠牲が悲劇的なものとして描かれている。

最後に、孫権、周瑜、劉備、関羽、張飛らが戦いに直接参加、曹操と対決してしまうが、こういうのは大河ドラマ的で、現実にはあり得ないよなあ。

「最後の役割」は、「演義」的には関羽の独断なんだが、この映画では周瑜がやっている。

*****

船と船とのぶつかり合い、夜に燃える火の凄まじさは、CGではなく、莫大なものを灰にして撮影している筈である。

しかし、すでに述べたように、Part 1の最後の激闘シーンのようなカタルシス感より、戦いの悲惨さを訴えるものとなっている。

派手さという点では、Part 1の方があると思うし、最後の水上戦までの「溜め」が長いから、ひょっとしたら途中で一度寝てしまう人もあるかもしれないが、全2部通して5時間、豪華絢爛たる超大作であることには変わりがない。

基本的に、非常にハリウッド的な、国際的に通用する内容と映像であり、万人に楽しめると思う。

***** 

Google日本語入力はすごい。蔡瑁、張允まで変換してくれる。唯一変換してくれないのが曹操という不思議。

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2021年9月11日 (土)

「レッドクリフ」Part 1 【ネタバレ全開】

この映画の存在は、記憶に間違いがなければ、エヴァ「序」の時にポスターが張り出されていた気がする。その頃は三國志についての知識も映像経験も皆無だったので「タイトルが洋風だが、中国の話みたいだな」ぐらいの認識しかなかった。

現在の私は、自分でゲームはしないものの、三國志についてはそこそこ詳しい方に入るようになったと思うので、知識の未熟さを恐れずに、裏付けをとらないまま、ネタバレ全開モードで書きます。

物語は、傀儡の献帝が、丞相曹操からの繰り返しの蜀呉征伐の勅命を発することを受諾するプロローグ。

そしていきなり新野を追われる劉備軍へとストーリーは進み、長坂の戦い、趙雲が劉備の子供の阿斗を救出するまでの大活躍の戦闘アクションへと進む。

井戸シーンは当然のように出てくるが、張飛の橋での仁王立ちはありません。

ここから呉の孫権との同盟づくりへとストーリーは進みます。孔明は使者として呉に向かい弁舌をふるうわけですが、いきなり論戦になるというより、まずは呉の軍の訓練を謁見し「古い戦術だ」とつぶやくところからはじまります。

この訓練をしているのが甘将軍といい、中村獅童が演じていますが、オリジナルキャラではないかな?

孫権と孔明を引き合わせる魯粛も登場。

呉の大都督、周瑜も登場、彼は孔明には疑い深いキャラというのが定石ですが、そういう面は、少なくともPart 1 ではほとんど描かれていません。

周瑜の妻、小喬も登場、仲睦まじさをみせます。

周瑜が音楽に秀でていることはどのドラマでも描かれて来たと思いますが、この映画では笛と琴をたしなみ、孔明と琴のセッションをはじめます。

このセッションが、琴の音色というより、スチールギターふうで、ひどく現代的なジャムセッションになっています。

これで二人の心は通い合ってしまう。

孫権もいろいろ迷いはしましたが、例によって、机の角を切り落として、蜀との同盟から後を引かないことを示します。

孫尚香も登場。

孫権の妹ですが、戦好きのお姫様という設定は「演義」以降定番で、KOEIをはじめとしてゲームの世界でも重要キャラクターですが、演義の流れではもっとあとで登場し、赤壁の戦いには関わらなかったと思います。

思いっきりファンサービスというか、やはり女戦士のキャラは欲しいよね。侍女たちと戦士軍団を作ったというのは史書にも伝えられています。

彼女が一番美人で現代的な女優さんで演じられていますね。

そして、実は彼女は後に劉備の妻となるのですが、これも前倒しの伏線気味です。

Part 1 のクライマックスは、赤壁の戦いの水上戦の前いくさとなった陸戦(名前は忘れた)。

ここで孔明は「八卦の陣」を使うわけですが、この陣立てでの延々30分近く続く戦闘シーンがすばらしい。

陣の構成と動きの変化が手に取るようにわかり、陣形が変わる度に、もう戦闘手段のデパート状態で技が繰り出されていく。私は映画でこれだけ飽きさせない豪華絢爛な戦闘シーンを観たことがない。

こうして、赤壁の戦いが今まさに始まろうというところでPart 1は打ち止め。

三國志ファンも、ここはこうであって欲しい、関羽や張飛や趙雲はこう戦って欲しいというイメージのままに、物凄いスピード感とキレの良さで、人民解放軍を10万ぐらい動員してないかい?というくらいの絢爛さで描くので、満足する人が多いだろう。2時間以上の尺があっという間である。

恐らく、三國志の世界を知らない人にとっては、冒頭の図解入りナレーションを除くと、情け容赦なく登場人物が現れるので戸惑うかもしれないが、ともかく展開にメリハリがあるから、「ベン・ハー」初見の日本人ほどにすら難解ではないのではないか。

さすがに「ベン・ハー」は今の時間感覚からすればのろいでしょうし。

とにかくスカッとしたい戦闘娯楽アクション大作を観たければ、異世界ファンタジーや超能力は出てこないし、CGには依存し過ぎないし、まずはオススメの映画ではなかろうか。

Part 2レビューに続く。

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2021年9月10日 (金)

新解釈・三國志

「三國志」ネタはいつか書きたいとは思っていたが・・・

YouTubeゲーム配信で著名なうどんさんのKOEI「三國志」配信を相当以前から追いかけていた時期もあり、三國志演義の雑学は増える一方、横山三国志も読んだし、中国のTVシリーズ"Secret of Three Kingdoms"も通して観たし、Wikipediaも暇つぶしに漁りまくった。「レッドクリフ」はまだ観ていない。

今日たまたまYouTubeのレンタルアニメを見つけたのの関連リンクで表示されたので、どうせ軽い作品だろう、ポテチ1袋分ぐらい楽しめればいいや、Google Play残高もたっぷりあるし、私の映画レビュー、いつでもマジなのが多いから時にはこんなのもいいだろ、と、早速観はじめた。

はっきり言って大泉洋(劉備)がコメディをやる時のキャラ作りそのまんまが全編浸透しているといっていい映画である。諸葛孔明がムロツヨシなのでなおのことノリがアレである。

それでも一応赤壁の戦いまでの「演義」の主要なエピソードはおさえているし、美女連環の計を発案したのは劉備ではないだろというくらいで、オリジナル要素はほとんどない。

語り部の教授の西田敏行以外、演義にも登場しないこの映画オリジナルの架空の登場人物はいない。

この流れで「長坂の戦い」エピソードは含めるかなと思っていたが、2分で描いた。

一応西田教授のわかりやすい解説は入るので、三國志に何の予備知識もない人が観るのも困らないだろう。

まあ、そういうわけだから、この映画を切り口として三国志の世界に入門することも可能だとは思うが・・・・

 

ともかくギャグが寒い。

 

 

橋本環奈と広瀬すずの無駄遣い・・・これは客を呼ぶために仕方ないか。

これでセットと衣装には一応お金はかけているようですが。

ホント、劇場に1800円かけて観に行った皆様、ご愁傷さまです。

まさにポテチ「小袋」一袋ですね。

 

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NHKEテレ、「視点・論点」、『イスラムと西欧の二十年』

同志社大学、内藤正典氏による。

10分間の短い番組だったが、非常に整理された内容だったと思う。

9.11の、ビン・ラディンらのアルカイダによるアメリカ同時多発テロをきっかけに、欧米諸国のアフガニスタン侵攻がはじまる。

これは「テロリズムとの戦争」と呼ばれ、イスラム住民への攻撃ではないとされた。

しかし、現実には多くのイスラム住民が殺された。

「テロリズムとの戦争」という概念は、弾圧の正当化となっていく。

チェニジア、エジプトなどで民主革命がおきるが、イスラムによる世直しをかかげる政党が圧勝。しかしそれらも軍部による掌握で倒される。

シリア・リビア・イエメンでは反政府勢力との激しい内戦となる。

シリアのアサドは「テロとの戦争」をかかげるが、反政府勢力の激しい反発を買い、ISの台頭となる。

シリア難民はまずはトルコ、それからギリシャ、そしてドイツへと流入する。

もともといたイスラム移民へも、テロリストでは?という懐疑がかけられるようになる。

ヨーロッパでは、反イスラム政党が台頭。

女性の服装など、イスラム教徒への規制が広まる。

これに応じて、ヨーロッパ諸国ではテロが頻発、ますます反イスラムへの機運が高まる。

アメリカのアフガニスタン撤退、タリバンによる新政府が樹立される。これにより、再びアフガニスタンから多くの難民が流出するであろう。

西欧はイスラム世界を見下してきた。

2つの文明世界には根本的な違いがあり、一方が他方を従属できるとはみなさないほうがいい。

「人権」概念そのものが違う。

タリバンは、西欧流の「民主主義」は通用しないと主張する。

内藤氏は、相手の話をきいた上で改善を求めること、「文明間の講和条約」を築くことだけが、唯一の共生の道であると訴えている。

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NHK クローズアップ現代+ その校則、必要ですか? 密着!改革の最前線

髪型(明るい色やくせ毛の生徒は証明書が必要)、他の教室に行ってはならない、下着の色、郊外の生活についての規定(学区外に出る時は制服着用、宿泊旅行は届け出必要、カラオケは家族同伴でも禁止、など)、眉毛を剃ったら職員室で書く、スマホは職員室で預かる、など、校則の過剰さについての批判は、Twitter上でも繰り返し流れてくる。

しかし、それらの多くは、学校側を悪者にして、何とかしろと訴えているに過ぎないものが多いのではなかろうか?

今回の番組は、単に現在の校則の酷さを告発するという域を超えているからこそ、素晴らしかったと思う。

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校則が厳しくなったのは、校内暴力などで、学校が荒れた1980年代の産物であった。

それに加えて、最近では、保護者たちの側に、子供の生活全般を制御することを学校に求める、教育の学校依存体質があったことをこの番組は指摘する。

NHKのアンケートでは、すでに各地の教育委員会の40%以上では、校則の見直しを進めている。

多くの学校で、単に学校が校則を改めるのではなく、生徒たちとの合同委員会を立ちあげ、長い議論をした上で校則を変えて行こうとしている。これ自体、民主主義的な、主体性と自律性、議論のあり方を実地に学ぶ、貴重な機会となっている。

そういう際、生徒たちは、単に多数決で決めてしまうだけでは、少数の生徒たちにとって、逆に不利益になる場合もあることに気づいていく学校もある。

例えば、経済的に貧しくて私服を買えない家庭もあれば、制服の生徒が逆に居心地悪くなるなど。

校則を見直して学校が荒れたという報告は一例もなかったという。

いずれにしても、校則について単に愚痴をいうだけなら、この番組を観て欲しい。

これは校則に限らないことであろうが、「上」を批判し、変わることを求めるだけでは、民主主義の実践者とは言えないのである。

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2021年9月 7日 (火)

とりあえずユングの「ヴォータン」読んだところ。

今、先日お約束した、「ヴォータン」所収の、ユングの「現在と未来」読んでますけど、「ヴォータン」をナチへの警鐘として読解しないのはやはり困難でしょう。ヒトラー名指しでの、ドイツの集合的無意識暴走への警鐘そのものだと思います。

むしろ1936年の時点で、隣国スイスでとは言え、このような評論を書くのは危険といっていいくらいかもしれません。小俣氏はどう曲解したのでしょうかね。

*****

ユングは、この論考を、

「水はいずれ堰を破るに違いない。その時はヴォータンが『ミーミルの頭と何を語る』かが明らかとなるであろう」

と結ぶのですが、

ユングが言わんとすることを理解するためには、「ミーミルの泉」「ミーミルの首」についての知識が必要です。

●【北欧神話ってどんなもの?】初心者でもよくわかる、北欧神話のあらすじと神々。

================引用はじめ==================

オーディン(北欧神話における、ゲルマン神話のヴォータンにあたる)が目をつけたのは、巨人の国へ伸びた大樹・ユグドラシルの根元にあるミーミルの泉でした。この泉の水を、口にするだけで優れた知恵や知識が授けられるという噂があったのです。

しかし泉を守る賢い巨人ミーミルは、オーディンに、泉の水を飲む対価として片方の目を差し出すように言います。オーディンは一瞬ひるむも、知識を得るためには安いものだと覚悟を決め、片目を差し出して泉の水を飲みます。その瞬間、オーディンの頭は膨大な知識で満たされるのでした。

片目と引き換えに知識を得たオーディンは、やがて「いつの日かアース神族は巨人族と戦い、世界とともに滅ぼされる運命にある」ことを予言します。滅びの日を回避できないと知った神々は、自らの運命を受け入れて戦への備えを始めます。オーディンもばらばらだった神々を組織化して協力体制を築いたり、戦力の増強を目的に勇敢な人間を集めたりと、戦の準備に余念がありませんでした。 

また、ファンタジー作品がお好きな方ならば、ルーン文字は一度でも耳にしたことがあるはず。実はこれも、オーディンが会得した知識です。ルーン文字のために、オーディンはユグドラシルの枝に縄を結んで自らの首を括り、9日もの間自分の身を生贄にしたのだとか。それも、自分が最高神であるため、生贄を捧げる相手が自分だったというのだから、驚きです。

==============引用終わり====================

ミーミル(ゲルマン神話におけるミーム)はオーディン(ヴォータン)の相談役なのですが、敵に首を切り落とされてしまいます。オーディンはその首だけを復活させ対話を続けます。

オーディンは、ミーミルのおかげで、知恵を獲得し、世界の未来を見通せるようになるのですが、そこで見いだされたのは、ラグナロック(世界の終末)でした。

ワーグナーの楽劇における、「神々の黄昏」ですね。

結局、ヴォータンは、世界を巻き添えに、自己破壊に至るのです。

ヒトラーは、意識的にはアーリア民族の世界制覇をめざしていたつもりでしょうが、実はアーリア民族、そして、他の民族も巻き添えにして、(自らの救済のために?)「自殺」をはかったようなものですね。

ユングは、「数十年後のことは予想できない」とことわってさっきのことを書いているわけですが、むしろヒトラー支配が「自滅」したあとの、世界の再生のことを見据えていた気がします。

それを、「ヒトラーは世界を制覇する希望の星」と近視眼的に読んでしまった人達がいるということですね。ゲルマン神話についての教養がないままに。

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2021年9月 6日 (月)

常石敬一/「七三一部隊 生物兵器犯罪の真実」

すでに前のエントリーで書いた、映画「スパイの妻」で主人公、福原優作が満州から持ち帰った「関東軍の機密」とは、実は石井四郎のもとでの731部隊の細菌兵器開発と、その際の人体事件に関わる文書や証拠映像である。

これについての要を得た新書を王子のきつねさんにご紹介いただいたので読んでみた。

******

「伝染病の研究は、見方を変えれば対人用の生物化学兵器開発の研究ともなる」

102ページに書かれた文言こそ、本書の命題であろう。

伝染病の原因が細菌であることは、1876年、コッホによる炭疽病の原因となる脾脱菌の発見に始まる。これは細菌の培養の技術の開発、病原体の特定を前提とする。

病原体の特定は、不衛生な環境の除去、媒介となる昆虫等の駆除、ワクチンや薬品の開発へと展開されることとなる。

これを逆用し、生物兵器として活用できないかという試みは早くからあったが、これを禁止するジュネーブ議定書が調印されたのは早くも1925年である(各国の批准はそれより遥かに遅れるが)。ところが各国の生物兵器研究は、ドイツの1920年前後を別とすると1930年代に始まっている。

石井は1920年の時点で京帝大医学部を卒業して軍医となっている。それから細菌学研究の道に進むが、研究者としての自分の技量に限界を感じ、むしろ研究者の統率者としての道を歩いていく。

1932年、満州国建国と前後して、731部隊の前身となる東郷部隊は発足する。

人体実験は、

  1. 手術の練習
  2. 未知の病気の発見のための感染実験
  3. 病原体の感染能力増強のための感染実験
  4. 新しい治療法開発のための実験
  5. ワクチンや薬品の開発のための実験

という展開をしていく(生物兵器をばらまく側が感染した場合の対策が不可欠だから)。

しかし、731部隊でなされていた人体実験は、狭い意味での細菌兵器の開発とそのための訓練という脈絡では説明しきれない、医者集団の人体に対する興味本位の実験も含まれていたようである。

こうした実験の実情は、

  1. 旧ソ連軍による捕虜となった者と研究資料の接収
  2. 同じく中国軍によるもの
  3. すでに本国に送られていた研究成果の報告書をアメリカが接収したもの
  4. 帰国した医師たちへの調査

といったルートで公にされた。

アメリカに接収されたデータは、朝鮮戦争で実戦に活用された可能性はあるが、その決定的な証拠はないという。

どのような残虐な実験が行われたかについての具体的な描写は本書を実際に読んでいただこう。

*****

本書の筆致は非常に明晰で冷静で簡潔なものであり、猟奇性や煽情性、政治性はほとんど全くない。

筆者は日本の大学研究と科学技術発展の歴史が、政府による官営主導に端を発しており、国家政策のための研究というお題目がたてばなんでも平気でやりかねない体質をもつことを指摘している。

いずれにしても、ほんの2時間でもあれば読み通せる新書であると思う。

特に歴史や医学に関する予備知識は不要なので、手に取られることをお勧めしたい。

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2021年9月 5日 (日)

ユングとナチズムの関係。そこから話題を広げて、対話的心理療法に共通する「物語」化の役割について。

まずは、小俣 和一郎著:「精神医学とナチズム ―裁かれるユング、ハイデガー」に関する小レビューからはじめます。

本書におけるユングについての記述は認識が浅いと感じます。

いくらフロイトたちユダヤ人を亡命に追い込んだ後のドイツの「精神療法」の業界が、ナチ公認の「ユング派」に独占せれていたという事実があるにしても、ユング自身はそれと慎重に距離をとっていた可能性は、本書の記述を素直に読み解けば、むしろ見えて来る気がします。

「ユングはナチズムを支持している」というのはすべて外部の人間の発言で、本人の著作にはそうした言及はない。

唯一述べているのは、「アーリア的無意識はユダヤ的無意識よりポテンシャルが高い」ということを述べた論考ですが、これが性欲を強調するフロイト派に対する敵愾心から出た、「不用意な」発言というふうにむしろ読み取れます。

また、この著作の中で紹介された、「ヴォータン」という論考は、恐らく私がどの本かに収録されているのを実際読んだことがあります。

私は、「ドイツ民族の中で長い間眠っていた古代ゲルマン神話の神、ヴォータンが、死火山のように蘇って活動をはじめた」という記述を含むこの論考を、むしろナチズムへの警鐘の意味を込めたものという気がしながら読んだはずです。

更に言えば、ユングの言う「全体性」を「全体主義」と結びつけた小俣氏の論理展開は、そもそも小俣氏がユングのいう「全体性」概念を全然理解していないことを露呈している箇所でもあります。

人間の「自我(Ich)」(意識的自我)というのは「自己(Selbst)」のほんの一側面だけが認識されたものであり、いわば「自己」という太陽のまわりをまわる衛星のようなものに過ぎず、その他の側面は実は心のバランスを取る形で無意識下に「布置(constellation=星座)」されて、全体としては統合的に機能しているというのが、ユングの言う「全体性」の心理学ですから。

*******

私が思うには、ユングという人は、いったん理解してしまえは、非常に実用的な人間理解になる側面と、衒学的な側面の両方を持っています。

ユング個人がどれだけすぐれた臨床家であったかどうかはわかりませんが、現場臨床家にとって刺激的なパラダイムを提供したことは確かですし。個人的にはフロイト自身の著作より影響を受けたと思っています。

それに、フロイト自身も、この点では似たようなところがあり、自分が提唱した治療原則・・・これは今日に至るまで決定的な影響力を持っている・・・を現場ではいろいろと逸脱した人物であり、有名な症例にも脚色が多いことは、元患者の手記やインタービュー(狼男へのもの。オプフォルツアー「W氏との対話」は私も手短にですがレビューを書いています)などから今日では知られていますし。

非常に専門的になりますが、ネット上には以下のような資料もあります。

●フロイトと狼男(村井翔)

その1

その2

この「その2」の方に、

「神経症患者が、私はこれこれこういう経緯で目下の症状に苦しむようになったのだという病歴=患者の歴史・物語を語れるようになることは、直ちに症状を消滅させることはできないかもしれないが、症状を消し去れるようになるための、決定的なステップなのである。そして病歴=患者の歴史・物語とは、しょせん物語なのだから、真実であるにこしたことはないが、必ずしも真実でなくともよいことになる。」

と村井氏によって書かれていることは興味深い問題だと思います。

「物語化」という意味づけがその人を救済する。

これは多くの対話的心理療法に、流派を問わず(認知行動療法を含む)共通するテーマかと思います。

ここにはもちろん光と影の部分がありまして、新興宗教や占いでも、そうした「意味づけ」と「歴史」を与えられることが、少なくともとりあえずの救済になってしまう面があるわけで。

現在の最先端の現場では、一定の条件下での「ダイアローグ」という対話の過程における回復の可能性(精神病者を含む)というのが一番ホットなテーマです。

社会構成主義的な「ナラティブ」心理療法や「オープン・ダイアローグ」がこれにあたります。

・・・このことをいい出したら、これだけで一つの長大なエントリーが書けてしまいますが。

****

なお、調べたところ、ユングの「ヴォータン」という論文は、現在では,

●ユング/現在と未来 (松代 洋一他訳 平凡社ライブラリー)

という本に納められているようです。

私はこの編書で読んだわけではありませんが、書評からみれば私が想定した内容のようですね。

これは安価で中古が出ているようですから、読んで(読み返して)みようと思います。

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。