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経済・政治・国際

2021年9月16日 (木)

フランケンシュタインの誘惑:「ナチスとアスペルガーの子供たち」

ハンス・アスペルガーが、ナチスの障害児安楽死作戦に協力したということは、何をきっかけは忘れたが、すでに知っていた。

Eテレのこの番組は、その問題にどどまらず、アスペルガー症候群とはどのようなものかについての、平易で要を得た解説にもなっていて、非常に良質のものだったと思う。

******

環境活動家であるグレタ・トゥーンベリがアスペルガー症候群であることをカミングアウトしていることは、結構知られているかと思う。

アスペルガー症候群とは、発達障害のひとつ、自閉症スペクトラムにおいて、

  1. 対人関係の障害
  2. パターン化された行動

はあるものの、

  • 言語・知能の障害

はない人たちのことである。

(番組ではこの呼称は用いられなかったが)、特に知能が高く、専門分野で成功する(しそうな)人たちについては「サヴァン症候群」とも呼ばれる。

歴史上の人物としては、モーツァルト、マリー・キュリー、アインシュタインなどがそうだったのではないかと言われ、現代の人物では、ティム・バートン監督、歌手のスーザン・ボイル、俳優のアンソニー・ポプキンスがアスペルガーとの診断を受けている。

生まれながら他人への関心が薄く、相手の気持ちが読めない傾向がある。

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ハンス・アスペルガーは1906年、オーストリアのウイーンの生まれ。

父は高等教育は受けられす、苦労して就職したので、ハンスの勉学への要求水準は極めて高かった。

小6の授業のネズミの解剖で、寄生虫を発見し、「一つの生物の中に別の生物が生きていて、密接な関わりを持ちつつ共存している」ことに魅了され、医者への道を進もうと心に固める。

1925年、ウイーン大学医学部に入学。

ところが大恐慌が起き、就職を危ぶまれた。

そこから彼を救ったのが、ウィーン大学小児病院院長のフランツ・ハンブルガーだった。

アスペルガーはハンブルガーを父のようにあおぎ、指導者と教え子の関係を超えたものであったという。

1932年、アスペルガーは病院内の特別施設の担当となる。そこには、社会適応できない発達障害の子供たちが送られてくる。

アスペルガーは、そこに病院のニオイがしないことに驚く。

当時の児童診療所は、ベッドに縛りつけ、検査漬けにして、「患者」として扱うのが普通であった。

ところがこの診療所は、子供を遊ばせ「生活者」として扱い、教育的扱いをするという点で画期的だった。

病名は当てはめられず、子供の無意識の行動をひたすら観察し、週1回、スタッフたちが、ひとりひとりの処遇について意見を交わす、世界最先端の施設であった。

生まれ持った能力や性格の変えられる側面は変え、異常な行動は抑制するという活路を見出そうとするものだった。ひとりひとりの夢や目標を実現することをめざした。

アスペルガーは、10年間で200人診察し、1944年に、「小児期の自閉的精神病質」という論文をまとめることとなるのだが、それはまだ先のことである。

アスペルガーは、優れた言語感覚を持つ子供に注目し、自閉症に言語障害や知的障害が伴うというそれまでの考え方をくつがえした。

「医師には全身全霊をかけて、これらの子供たちに代わって声を上げる権利と義務がある」

*****

だが、アスペルガーにもうひとつの顔があった。

能力のある、生産性が高そうな子供には情熱を注ぐが、能力の低い、生産性の見込めない子供はあっさりと切り捨てた。

時はナチスが政権を握った。ハンブルガーはナチスに入党し、彼の指示でアスペルガーはドイツに研修に赴いた。

ナチスは、優生学に基づき、優秀な人間のみを選別し、劣る人間を排除しようとしていた。

力強い民族共同体を作ろうと、障害があるものへの強制断種・不妊手術が行われるようになった。

ナチスが健康な子供たちを体制に忠実な人間に育てようと、幼い頃から徹底的に教育する光景を目の当たりにしたアスペルガーは敬服した。

1934年、ウイーンの施設の所長に28歳にして抜擢され、ナチスと政治的に足並みをそろえることとなる。

1938年、ナチスはオーストリアに侵攻、ウイーン大学は、ヒトラーに忠誠を誓わないものは排除し、残りの半分はナチに入党した。

アスペルガーはナチスと関係が深い団体に次々加盟。その中には「国家社会主義ドイツ医師連盟」もあった。医療部門のナチとも呼ばれ、ユダヤ人の排斥を主導した組織でもある。

アスペルガーは特別講演で、ナチス礼賛、強い民族共同体をめざすとし、

「全体が部分より大きいという考えのもとでは国家が優先されねばならない。遺伝病の予防と優生思想を浸透させねばならない」

と述べた。

「才能ある」精神異常がある子どもに彼は専念し、最良の奉仕をした。「役立つ」「役立たない」という選別にこだわった。

1939年、ポーランド侵攻とともに第二次世界大戦がはじまる。

その日にヒトラーは、「障害者安楽死作戦」を打ち出す。

このことは、このあとのエントリーで私が紹介する予定の、ハフナーの「ヒトラーとは何か」でも、最大の罪のひとつとして取り上げられている。

この安楽死作戦は、大人だけではなく、子供にも適用された。

ウイーンのシュピーゲルグルント児童養護施設がその舞台となった。

この施設には、「教育不可能」と診断された子供たちが次々送られてきて、たいてい「肺炎」と死亡記録が残る形で、実は薬で弱らされて死んでいった。

近年、アスペルガーが診断に多数関わり「シュピーゲルグルントに移送することが解決法」と明記したことを示す書類が、ウイーン公文書館から大量に発見された。

****

1945年、ドイツは連合軍に無条件降伏、1年後の裁判で安楽死作戦の責任者は死刑や懲役となったが、多くの医師は、ヒトラーに強制されたと弁じ、無罪となる。アスペルガーもそのひとりである。

彼は1946年、ウイーン大学小児病院の院長となり、更には終身院長となった。

しかし、戦後、自閉症研究は再開しなかった。

1974年、ラジオ番組にはじめて出演、自身のナチス時代を公の場で初めてふりかえることとなるが、

「ナチの非人道的なことは受け入れることはできませんでした。私は子供たちを引き渡すことを拒否しました」

と釈明。1980年急死した。

1981年、イギリスの精神科医、ローナ・ウイングが、自らのリサーチとアスペルガーの論文の症例が極めて類似していることに気づき、「アスペルガー症候群の臨床報告」という論文を公表し、アスペルガーの名は一躍脚光を浴びることとなる。

前述のアスペルガーの診断書が発掘されたのは2010年である。

アスペルガーの元患者で、大学の歴史と美術の教師として成功したヴァルトカルト・ホイフルは、独自に調査に乗り出し、789人の安楽死者を特定した。

「アスペルガーは、時間がある時はいつも子供たちに本を読み聞かせる良い医師でした」

しかし、骨格異常のあった妹は、シュピーゲルグルントに送られ、死亡していた。

2018年、アスペルガー症候群という診断名は、「自閉症スペクトグラム障害」に統合された。

*****

私が発達障害について学んだ頃は、「アスペルガーは、敗戦国ドイツの研究者であったために、日があたらない存在であった」と解説されるのが普通であったと思う。

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セバスチャン・ハフナー:「ヒトラーとは何か」レビューのプロローグ

ご存じの方も多いでしょうが、ドイツでは、ごく最近まで「わが闘争」は禁書扱いされていた。

私はこのことに常々違和を感じていた。

むしろ、ドイツとその大衆自身の判断力を愚鈍なものとして貶めていないか。ヒトラーの本質とは何かを徹底的に研究・検証してこそ、ドイツが同じ過ちを繰り返さないために必要ではないかと思えて仕方がなかった。

むしろ、学校でも、早い段階から、「わが闘争」そのもののテキストを抜粋しながら、そのどこが問題かをディスカッションさせるくらいの教育こそ不可欠なのではないか。

ドイツでは、こうしたわけで、ヒトラー自身の伝記的研究は、学問的にも立ち遅れていたらしい。

そうした中、戦後、早い段階で、ヒトラー自身の世界観と行動原理について徹底的に独自の分析をし、一貫した見解を示し、歴史学界でも賛否の議論の的となりながらも、ベストセラーとなったのが、ヒトラーと世代を共にした西ドイツジャーナリズムの重鎮、セバスチャン・ハフナーによる本書、「ヒトラーとは何か」である。

著者は、ヒトラー自身の「わが闘争」を始めとする、演説記録や命令書、部下の証言などを含む一次資料を縦横無尽に活用し、ヒトラーの「内面」に迫る。そしてそこから、なぜドイツ国民が、上から下までこぞってヒトラーに熱狂し、進んで服従したのかについての謎を解き明かそうとする。

それはまるでヒトラー自身になりかわって、心情を告白する域のものである。

カウンセラーをしていると、まずはクライエントさん自身の、パーソナルな「内的照合枠(inner frame of reference)」に感情移入し、理解すること(これは単にクライエントさんにの味方をし、「迎合」することではない)が不可欠であることは、どの学派であるかに関係なく重要視されている。

分析や解釈、認知の再構成化は、あくまでもその後の段取りなのである。

ハフナーは、「自由からの逃走」のエーリヒ・フロムのような心理学者ではないし、本書の中でも、あからさまな心理学的解釈はほとんどしていない。

しかし、心理臨床家である私の目からすれば、本書は、瞠目に値する「ヒトラーの心理学」である。

これからその概要を紹介し、本書への疑問点を含み、レビューしたい。

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続きはこの後のエントリーで書きます。

お楽しみに。

 

2021年9月10日 (金)

NHKEテレ、「視点・論点」、『イスラムと西欧の二十年』

同志社大学、内藤正典氏による。

10分間の短い番組だったが、非常に整理された内容だったと思う。

9.11の、ビン・ラディンらのアルカイダによるアメリカ同時多発テロをきっかけに、欧米諸国のアフガニスタン侵攻がはじまる。

これは「テロリズムとの戦争」と呼ばれ、イスラム住民への攻撃ではないとされた。

しかし、現実には多くのイスラム住民が殺された。

「テロリズムとの戦争」という概念は、弾圧の正当化となっていく。

チェニジア、エジプトなどで民主革命がおきるが、イスラムによる世直しをかかげる政党が圧勝。しかしそれらも軍部による掌握で倒される。

シリア・リビア・イエメンでは反政府勢力との激しい内戦となる。

シリアのアサドは「テロとの戦争」をかかげるが、反政府勢力の激しい反発を買い、ISの台頭となる。

シリア難民はまずはトルコ、それからギリシャ、そしてドイツへと流入する。

もともといたイスラム移民へも、テロリストでは?という懐疑がかけられるようになる。

ヨーロッパでは、反イスラム政党が台頭。

女性の服装など、イスラム教徒への規制が広まる。

これに応じて、ヨーロッパ諸国ではテロが頻発、ますます反イスラムへの機運が高まる。

アメリカのアフガニスタン撤退、タリバンによる新政府が樹立される。これにより、再びアフガニスタンから多くの難民が流出するであろう。

西欧はイスラム世界を見下してきた。

2つの文明世界には根本的な違いがあり、一方が他方を従属できるとはみなさないほうがいい。

「人権」概念そのものが違う。

タリバンは、西欧流の「民主主義」は通用しないと主張する。

内藤氏は、相手の話をきいた上で改善を求めること、「文明間の講和条約」を築くことだけが、唯一の共生の道であると訴えている。

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2021年9月 7日 (火)

とりあえずユングの「ヴォータン」読んだところ。

今、先日お約束した、「ヴォータン」所収の、ユングの「現在と未来」読んでますけど、「ヴォータン」をナチへの警鐘として読解しないのはやはり困難でしょう。ヒトラー名指しでの、ドイツの集合的無意識暴走への警鐘そのものだと思います。

むしろ1936年の時点で、隣国スイスでとは言え、このような評論を書くのは危険といっていいくらいかもしれません。小俣氏はどう曲解したのでしょうかね。

*****

ユングは、この論考を、

「水はいずれ堰を破るに違いない。その時はヴォータンが『ミーミルの頭と何を語る』かが明らかとなるであろう」

と結ぶのですが、

ユングが言わんとすることを理解するためには、「ミーミルの泉」「ミーミルの首」についての知識が必要です。

●【北欧神話ってどんなもの?】初心者でもよくわかる、北欧神話のあらすじと神々。

================引用はじめ==================

オーディン(北欧神話における、ゲルマン神話のヴォータンにあたる)が目をつけたのは、巨人の国へ伸びた大樹・ユグドラシルの根元にあるミーミルの泉でした。この泉の水を、口にするだけで優れた知恵や知識が授けられるという噂があったのです。

しかし泉を守る賢い巨人ミーミルは、オーディンに、泉の水を飲む対価として片方の目を差し出すように言います。オーディンは一瞬ひるむも、知識を得るためには安いものだと覚悟を決め、片目を差し出して泉の水を飲みます。その瞬間、オーディンの頭は膨大な知識で満たされるのでした。

片目と引き換えに知識を得たオーディンは、やがて「いつの日かアース神族は巨人族と戦い、世界とともに滅ぼされる運命にある」ことを予言します。滅びの日を回避できないと知った神々は、自らの運命を受け入れて戦への備えを始めます。オーディンもばらばらだった神々を組織化して協力体制を築いたり、戦力の増強を目的に勇敢な人間を集めたりと、戦の準備に余念がありませんでした。 

また、ファンタジー作品がお好きな方ならば、ルーン文字は一度でも耳にしたことがあるはず。実はこれも、オーディンが会得した知識です。ルーン文字のために、オーディンはユグドラシルの枝に縄を結んで自らの首を括り、9日もの間自分の身を生贄にしたのだとか。それも、自分が最高神であるため、生贄を捧げる相手が自分だったというのだから、驚きです。

==============引用終わり====================

ミーミル(ゲルマン神話におけるミーム)はオーディン(ヴォータン)の相談役なのですが、敵に首を切り落とされてしまいます。オーディンはその首だけを復活させ対話を続けます。

オーディンは、ミーミルのおかげで、知恵を獲得し、世界の未来を見通せるようになるのですが、そこで見いだされたのは、ラグナロック(世界の終末)でした。

ワーグナーの楽劇における、「神々の黄昏」ですね。

結局、ヴォータンは、世界を巻き添えに、自己破壊に至るのです。

ヒトラーは、意識的にはアーリア民族の世界制覇をめざしていたつもりでしょうが、実はアーリア民族、そして、他の民族も巻き添えにして、(自らの救済のために?)「自殺」をはかったようなものですね。

ユングは、「数十年後のことは予想できない」とことわってさっきのことを書いているわけですが、むしろヒトラー支配が「自滅」したあとの、世界の再生のことを見据えていた気がします。

それを、「ヒトラーは世界を制覇する希望の星」と近視眼的に読んでしまった人達がいるということですね。ゲルマン神話についての教養がないままに。

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2021年9月 6日 (月)

常石敬一/「七三一部隊 生物兵器犯罪の真実」

すでに前のエントリーで書いた、映画「スパイの妻」で主人公、福原優作が満州から持ち帰った「関東軍の機密」とは、実は石井四郎のもとでの731部隊の細菌兵器開発と、その際の人体事件に関わる文書や証拠映像である。

これについての要を得た新書を王子のきつねさんにご紹介いただいたので読んでみた。

******

「伝染病の研究は、見方を変えれば対人用の生物化学兵器開発の研究ともなる」

102ページに書かれた文言こそ、本書の命題であろう。

伝染病の原因が細菌であることは、1876年、コッホによる炭疽病の原因となる脾脱菌の発見に始まる。これは細菌の培養の技術の開発、病原体の特定を前提とする。

病原体の特定は、不衛生な環境の除去、媒介となる昆虫等の駆除、ワクチンや薬品の開発へと展開されることとなる。

これを逆用し、生物兵器として活用できないかという試みは早くからあったが、これを禁止するジュネーブ議定書が調印されたのは早くも1925年である(各国の批准はそれより遥かに遅れるが)。ところが各国の生物兵器研究は、ドイツの1920年前後を別とすると1930年代に始まっている。

石井は1920年の時点で京帝大医学部を卒業して軍医となっている。それから細菌学研究の道に進むが、研究者としての自分の技量に限界を感じ、むしろ研究者の統率者としての道を歩いていく。

1932年、満州国建国と前後して、731部隊の前身となる東郷部隊は発足する。

人体実験は、

  1. 手術の練習
  2. 未知の病気の発見のための感染実験
  3. 病原体の感染能力増強のための感染実験
  4. 新しい治療法開発のための実験
  5. ワクチンや薬品の開発のための実験

という展開をしていく(生物兵器をばらまく側が感染した場合の対策が不可欠だから)。

しかし、731部隊でなされていた人体実験は、狭い意味での細菌兵器の開発とそのための訓練という脈絡では説明しきれない、医者集団の人体に対する興味本位の実験も含まれていたようである。

こうした実験の実情は、

  1. 旧ソ連軍による捕虜となった者と研究資料の接収
  2. 同じく中国軍によるもの
  3. すでに本国に送られていた研究成果の報告書をアメリカが接収したもの
  4. 帰国した医師たちへの調査

といったルートで公にされた。

アメリカに接収されたデータは、朝鮮戦争で実戦に活用された可能性はあるが、その決定的な証拠はないという。

どのような残虐な実験が行われたかについての具体的な描写は本書を実際に読んでいただこう。

*****

本書の筆致は非常に明晰で冷静で簡潔なものであり、猟奇性や煽情性、政治性はほとんど全くない。

筆者は日本の大学研究と科学技術発展の歴史が、政府による官営主導に端を発しており、国家政策のための研究というお題目がたてばなんでも平気でやりかねない体質をもつことを指摘している。

いずれにしても、ほんの2時間でもあれば読み通せる新書であると思う。

特に歴史や医学に関する予備知識は不要なので、手に取られることをお勧めしたい。

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2021年9月 5日 (日)

ユングとナチズムの関係。そこから話題を広げて、対話的心理療法に共通する「物語」化の役割について。

まずは、小俣 和一郎著:「精神医学とナチズム ―裁かれるユング、ハイデガー」に関する小レビューからはじめます。

本書におけるユングについての記述は認識が浅いと感じます。

いくらフロイトたちユダヤ人を亡命に追い込んだ後のドイツの「精神療法」の業界が、ナチ公認の「ユング派」に独占せれていたという事実があるにしても、ユング自身はそれと慎重に距離をとっていた可能性は、本書の記述を素直に読み解けば、むしろ見えて来る気がします。

「ユングはナチズムを支持している」というのはすべて外部の人間の発言で、本人の著作にはそうした言及はない。

唯一述べているのは、「アーリア的無意識はユダヤ的無意識よりポテンシャルが高い」ということを述べた論考ですが、これが性欲を強調するフロイト派に対する敵愾心から出た、「不用意な」発言というふうにむしろ読み取れます。

また、この著作の中で紹介された、「ヴォータン」という論考は、恐らく私がどの本かに収録されているのを実際読んだことがあります。

私は、「ドイツ民族の中で長い間眠っていた古代ゲルマン神話の神、ヴォータンが、死火山のように蘇って活動をはじめた」という記述を含むこの論考を、むしろナチズムへの警鐘の意味を込めたものという気がしながら読んだはずです。

更に言えば、ユングの言う「全体性」を「全体主義」と結びつけた小俣氏の論理展開は、そもそも小俣氏がユングのいう「全体性」概念を全然理解していないことを露呈している箇所でもあります。

人間の「自我(Ich)」(意識的自我)というのは「自己(Selbst)」のほんの一側面だけが認識されたものであり、いわば「自己」という太陽のまわりをまわる衛星のようなものに過ぎず、その他の側面は実は心のバランスを取る形で無意識下に「布置(constellation=星座)」されて、全体としては統合的に機能しているというのが、ユングの言う「全体性」の心理学ですから。

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私が思うには、ユングという人は、いったん理解してしまえは、非常に実用的な人間理解になる側面と、衒学的な側面の両方を持っています。

ユング個人がどれだけすぐれた臨床家であったかどうかはわかりませんが、現場臨床家にとって刺激的なパラダイムを提供したことは確かですし。個人的にはフロイト自身の著作より影響を受けたと思っています。

それに、フロイト自身も、この点では似たようなところがあり、自分が提唱した治療原則・・・これは今日に至るまで決定的な影響力を持っている・・・を現場ではいろいろと逸脱した人物であり、有名な症例にも脚色が多いことは、元患者の手記やインタービュー(狼男へのもの。オプフォルツアー「W氏との対話」は私も手短にですがレビューを書いています)などから今日では知られていますし。

非常に専門的になりますが、ネット上には以下のような資料もあります。

●フロイトと狼男(村井翔)

その1

その2

この「その2」の方に、

「神経症患者が、私はこれこれこういう経緯で目下の症状に苦しむようになったのだという病歴=患者の歴史・物語を語れるようになることは、直ちに症状を消滅させることはできないかもしれないが、症状を消し去れるようになるための、決定的なステップなのである。そして病歴=患者の歴史・物語とは、しょせん物語なのだから、真実であるにこしたことはないが、必ずしも真実でなくともよいことになる。」

と村井氏によって書かれていることは興味深い問題だと思います。

「物語化」という意味づけがその人を救済する。

これは多くの対話的心理療法に、流派を問わず(認知行動療法を含む)共通するテーマかと思います。

ここにはもちろん光と影の部分がありまして、新興宗教や占いでも、そうした「意味づけ」と「歴史」を与えられることが、少なくともとりあえずの救済になってしまう面があるわけで。

現在の最先端の現場では、一定の条件下での「ダイアローグ」という対話の過程における回復の可能性(精神病者を含む)というのが一番ホットなテーマです。

社会構成主義的な「ナラティブ」心理療法や「オープン・ダイアローグ」がこれにあたります。

・・・このことをいい出したら、これだけで一つの長大なエントリーが書けてしまいますが。

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なお、調べたところ、ユングの「ヴォータン」という論文は、現在では,

●ユング/現在と未来 (松代 洋一他訳 平凡社ライブラリー)

という本に納められているようです。

私はこの編書で読んだわけではありませんが、書評からみれば私が想定した内容のようですね。

これは安価で中古が出ているようですから、読んで(読み返して)みようと思います。

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2021年8月28日 (土)

フィクションと現実の弁証法 -なぜ私は「エヴァンゲリオン」をマジに論じるか-

この問題は、現代思想において、すでに語り尽くされたテーマであろうが、私なりの言葉で小論をまとめておきたい。

フィクションと現実を二項対立的にとらえることそのものが、あまりに古めかしいことは言をまたない。

いわゆる「現実」そのものが、何らかのフィクションを前提として成立している。

もとをたどれば、人間が「人工の」文明を形成する時点で、自然の法則から逸脱している何らかの「フィクション」を必要としているとも言える。

歴史的叙述というものは、どれだけ現実の事実を背景としている場合でも、何らかの「価値観」の呪縛からは、完全に超越し切れない。

そして、およそすべての理念(idea)は、虚構性を帯びているのであり、そうした「理念論理(ideology、すなわちidea-logy)」に基づいて人間は行動し、戦争なども引きおこすのであり、それが「現実」の殺戮等を生み出す。

「映像作品」においても、いくら「リアリズム」に基づく場合・・・それこそ「記録映像」「ドキュメンタリー」の場合においても、現実から何を切り取るかという時点で、製作者の「理念」の影響下にしかない。

もっとも、そうした「理念」による「現実」の切り取りの作為性があったとしても、作り手の意図を超えた情報(一見「ノイズ成分」ともみえるもの)は多大に盛り込まれるものであり、鑑賞者に、いくらでも解釈の多様性を生み出すものである。

ましてや、最初から「フィクション」を謳っていた場合においては、いよいよ作り手の意図を超えた理解の多様性は生み出されるものであることは言うまでもない。

もっとも、長年蓄積された、「映像の文法」というものは共有可能であり、よほどひとりよがりな作品でない限り、「作り手の意図」を推し量ることはできる。

作品レビュー等によく観られる、自分の体験や価値観のみに引き寄せた浅薄なものは、実際作品を観てみれば、容易に識別可能であろう。

他者の意図に感情移入する「想像力」が試される時であり、偏った作品レビューをする人は、現実世界の対人関係においても、他者を他者と認めつつも共感の接点を探すというスキルに欠けている人が多いと思う。

フィクションにおいてのほうが、人間の「真実」を描き得るという弁証法があることは言うを待たない。

いわゆる日常的「リアリズム」に基づく作品ではなくて、虚構世界を完璧に創造する手法をとる場合のほうが、人間の心理を描き出すには好都合ですらある。

なぜなら、人間の心理と相互作用そのものが、数々の理念とフィクションを背景とした、私的物語の対話(ダイアローグ)に他ならないからである。

この点からすると、映像作品においては、すべてが記号化され、現実の「ノイズ」成分が捨象されたアニメ・コミックの領域のほうが、虚構世界を創造する上で好適な手法であるとすら言えるであろう。

初代「ガンダム」、しかり、「ナウシカ」しかり、「銀河英雄伝説」しかり。

(ただし、最近のアニメやラノベの、「異世界転生モノ」の量産については辟易している。確かにいい作品も多いが、なぜこうした物語が安易に「消費」されているのかという視点は重要だと思う)

私は、それゆえに、こうしたアニメの虚構世界での人物描写においてこそ、まるで生身の人間における心理を分析するかのような論じ方をしてみる意味があると思う。

そうしたアニメの観方を何か純粋過ぎるもののようにとらえ、過去の作品のパターンに回収するような、知ったぶりのアニメ評論に対して私が批判的なのもそうした故でもある。

もとより、アニメにおける登場人物は、いくら現実世界での対人関係の経験が反映していたとしても、すべて、製作者の「分身」だとも言える。

これは、ユングにおいて、現実の人間に対して、人は、自分自身の「自我(Ich)」から追い出した「自己(Selbst)の投影を通してしか、普段は接触していないということでも説明がつく。

「エヴァンゲリオン」において、「すべては庵野氏の脳内世界」と評する向きも多いが、むしろそうであるからこそ、観客は自分自身を投影した登場人物をみつけやすいように思われる。

こうしたことが、拙書「エヴァンゲリオンの深層心理 -自己という迷宮-」(幻冬舎)執筆の際に前提としていた、私の切り口であり、「イデオロギー」である。

2021年8月27日 (金)

「ドライブ・マイ・カー」公開記念、濱口竜介監督へのインタビュー記事から連想すること。

――村上春樹さんの作品は原作の『ドライブ・マイ・カー』が収められた短編集『女のいない男たち』(文春文庫)はもちろん、大ヒット作である『ノルウェイの森』(講談社文庫)にしても、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)にしても、主人公の男性が「女性に去られる」という設定がとても多いです。男性が女性の不在をきっかけに自分と向き合うということが村上春樹作品の本質だと感じます。

濱口:僕もその点は、村上作品の面白さの一つだと思っています。今回の作品でもその設定をいただきつつ、「女性に去られた男性が自分と向き合う」までをきちんと描きたいと思いました。

「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気がします。今回は男性が、そこからどう抜け出して人生を立て直すか。それがこの映画の基本的な運動になります。

――この作品は40代後半の家福が打ちひしがれ、涙する様子が臆面もなく描かれます。自らの弱さを認めてそれを乗り越えることが強さであると受け取りましたが、1978年生まれの濱口監督よりも上の世代の監督作品で、男性が泣くことはほとんどなかったように思います。

濱口:今、僕たちの世代は過渡期ではないでしょうか。映画の撮影現場ひとつにとっても、少し前の世代までは暴力が横行していた。下の世代には、明確にそれはおかしいという感覚がある。僕たちの世代は既にある上の世代の文化に飛び込んである程度順応しつつ、違和感のあるものは下に伝えないよう努めている世代だと思います。

とはいえ、暴力的な態度が資源や時間がない時に人をコントロールするために有効な方法であることも目にしましたし、その文化が内面化された部分も必ずあると思います。それに対しては意識して自分を更新する必要があります。男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。

(中略)

濱口:女性を描く時には社会の圧を跳ね返すようなある種の強さまで辿り着くよう、自分に課しているところがあります。一方で、男性を描いていても社会的な問題にたどり着かない。当人の内面の問題に終始しがちです。それは、男性が社会構造に保護されているからです。現時点で、男性を描く場合にリアリティを持ってできたのが、「弱さを認める」ということでした。

これからの時代、男女平等が進んでいくとすれば、男性は生まれた時から無自覚に得てきた特権をどんどん奪われていくことになります。それは個人の視点からすると単に抑圧され、奪われるようなつらい体験なのかもしれないけれど、自分にその特権が与えられた歴史を学びつつ、それはむしろ起こるべきこととして、その痛みを受容しなくてはいけない。

今回の作品は直接的にそういうことを描こうと思ったわけではないのですが、映画を作るうちに自然と、「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

――監督の過去作『ハッピーアワー』も本作も、「自分ときちんと向き合うことで相手を理解する」ということがテーマになっていると感じました。本作の原作者の村上春樹さんは『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(新潮文庫)の中で、「井戸を掘って掘って掘っていくと、そこでまったくつながるはずのない壁をこえてつながる」ことをコミットメント(人との関わり合い)の本質だとしていますが、そのことは濱口監督のテーマなのでしょうか。

濱口:その本は僕も好きで20代前半の頃読んでいました。特段そのことを意識して来たわけではないのですが、原作『ドライブ・マイ・カー』の中の「どれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。(中略)本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」という岡田将生さん演じる俳優の高槻の言葉は、彼自身の深いところから発せられた言葉として家福に受け取られるし、村上さんが書かれたその高槻の言葉自体が、きっとそうなんだろうという説得力を持つものでした。

なので、そのシーンは映画の中で実現したいと思いましたし、結果的に映画の核となる部分にもなりました。

――本作では手話を使うろうの人も含めて、異なる言語を持つ人たちのコミュニケーションの豊かさが描かれていましたが、このような「多言語演劇」のスタイルを起用するきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

濱口:ボストンで1年間暮らしていた頃、英語の語学学校に通って勉強していたのですが、自分より言語ができなくてもコミュニケーションできる人っていますよね。その時にコミュニケーションの本質は言語ではないと改めて思い知らされました。

言葉が流暢だからコミュニケーションできるのではなく、言葉を持っていなくても、コミュニケーションしたいという気持ちや相手に対する好意がある人は、多少英語が話せて言語によるコミュニケーションが可能な自分よりも、深いコミュニケーションをしているなと。そして、自分もそうできたらいいなと思っていました。

言葉によってコミュニケーションが阻害されているとまでは言いませんが、言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。それは映画の中で多言語演劇をやってみようと思ったきっかけの一つです。

――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。今回のキャストでは、たとえば演劇祭スタッフのユンスを演じたジン・デヨンさんはまさにそういう人だし、そのことが映画にもにじみ出ていると思います。

――脚本を担当した1940年代の日本と中国を舞台に国家機密を前にして揺れ動く夫婦を描いた『スパイの妻』もそうでしたが、今回も「悲しみを失った人同士がつながる」というテーマの下、多言語演劇を取り入れ、時空や空間を大きく跨ぐスケールの大きな物語を描いています。どのようにしてプロットは思い付いているのでしょうか。

濱口:大きいテーマを扱っている意識はないです。それよりは、ボストン在住や国際映画祭での体験など、自分の個人的な身体感覚をベースに作っています。スケールが大きいというより、パーソナルな感覚の映画を作っているという意識の方が強いですね。

確かに本作には、東京にいた主人公が地方へ行ったり、また他のキャストが海外から来たりするという地理的なスケールがあります。しかし、基本的には人と人とのコミュニケーションを描いた小さな話です。実感に基づいた感覚をベースにしないとディテールは描けないとも感じます。

例えば『スパイの妻』で言うと、家庭内のことが戦争にまでつながっているだけで、日本と中国、アメリカという距離は地理的な問題に過ぎません。誰しも自分たちでコントロールできる世界の範囲は小さいです。なので、映画の構想も自分が認識できる範囲から始めています。

一方で、「描かれる世界の大きさ」は認識能力を超えた時に感じるものだと思います。なので、見る人の認識能力を超える部分をキャスト・スタッフの人たちと共に考えながら、どのように見せるのかを考えながら映画を作っています。

――最後に、この映画で伝えたい濱口監督からのメッセージについてお聞かせください。

濱口:メッセージというものはない、とは言いませんが、あくまで映画を通じて感じていただけたら、と思っています。様々な要素が重なり合っている映画ですが、決して難しい話ではなく、むしろ単純に「面白い」映画だと思っています。どこかで必ず自分自身の経験につながるものがあり、受け取れるものがある作品だと思います。前知識も何も必要ありません。構えずにリラックスして見て欲しいですね。

『ドライブ・マイ・カー』は8月20日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

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このFRaUのインタビューは、なかなか含蓄のあるもののように思う。

  • 男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。 

これは、対女性にかかわらず言えることなのではなかろうか。自分は弱いところがあると認めている人だけが、相手の目線にも自然と立てる気がする。

・・・と思っていたら、

  •  「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

続いて、

  • 本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです 

同感。自分に自分が見えている分だけしか、他人のことは見えてこない。

  • コミュニケーションの本質は言語ではない。 言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。

これは、ネット空間では殊に忘れるべきではないでしょうね。

ネット上でいい信頼関係を築くためには、相手が「身体で」どう実感しているかに波長を合わせるようなつもりになる必要があると思います。

これは日頃からフォーカシングのリスナーをしている私の肝に銘じていることです。

  • ――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

    濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。

好意は具体的に表現し続けなければならないということは、すでのこのブログでも何回も繰り返して来ました。それは言葉の上だけではなく、身体から自然と湧き出るようなものでなければならないと思います。

・・・これ、スキンシッップが必要という意味ではないですので念のため。

相手が言うことをかなえているだけでは愛情表現ではない、と私は繰り返し書いてきました。これが私の苦い人生経験の帰結ということも。

そして、人の気持ちの「裏を読む」ということを、相手の悪意を仮定してかかるということばかりであってはならない。

相手の悪意を仮定することは、「お人好し」になり過ぎないための術かもしれませんが、それと同時に、相手の言うことを「額面通りに」受け止めてとりあえずは応対するほうが、結局はリーダーシップすらとれます。

*****

・・・・などと、監督の発言に自分の見解を強引に押し付けただけかもしれませんが、このへんで。

私は、村上春樹は、「羊をめぐる冒険」しか読んだことはないですが、映画「ドライブ・マイ・カー」も、チャンスがあれば、観てみたいですね。

この予告編で使用されているピアノ曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番、「テンペスト」の第3楽章です。 楽天トラベル

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スパイの妻 -これこそ正統派のミステリー-

黒沢清監督の作品を観たのははじめてだと思う。

私は映像の文法を主としてアニメから学んだ。実写映画も、名作とされる作品は結構後追いで観てきたつもりだが、公開1年未満の作品、しかも邦画を観たのは実に久しぶりかもしれない。

******

太平洋戦争直前の神戸。

福原優作(高橋一生)は大きな貿易商を営む。妻は聡子(蒼井優)。この物語は聡子の視点から描かれている。

優作聡子の家庭は中流だが、夫婦ふたりの関係は、欧米風に熱烈に抱き合うなど、コスモポリタンの空気が漂う。

優作は聡子を女優役として、犯罪ドラマの短い映画を会社の忘年会のために撮る。

そして、その撮影のために必要なシーンを撮るためというのを口実に、甥で社員の文雄(坂東龍汰)と共に満州に渡る。

聡子の幼馴染(?)に津森泰治(東出昌大)がいる。彼は特高の幹部として、優作の動向に目を光らせている。

優作の帰国してからのふるまいの豹変に、聡子は不信感を抱く。

文雄も突然会社を辞め、有馬温泉の夫妻のなじみの宿でで小説を書くと籠もることとなる。

海に女性の水死体がみつかる。その女性は優作と文雄が満州から連れ帰ったらしいことを聡子は知り、一層優作への不信感を募らせる。

聡子に問い詰められて、優作は、満州で、関東軍の秘密情報と、その証拠を握ったことを告白する。

それをアメリカに持ち出そうとしているとのこと。

聡子は「私はスパイの妻になってもかまいません」。

ここから泰治と福原夫妻のだましあいのサスペンスがはじまる。

しかし、それは、優作と聡子のだましあいでもあった・・・

*******

脚本は、映像の文法というものに熟達しきった、実によくできた、しかも引き締まったものだと思う。

これぞ「正統派」という感じで、何も特撮やアクションシーンはないにも関わらず(セット撮影は船内のシーンぐらいではないか?)、手に汗握る展開を、飽きることなく楽しませてくれる。

オチが3回ぐらいのどんでん返しがある。

成熟した蒼井優の演技も素晴らしい。

BGMが殆どない。

その一方、劇中劇として挿入される映画など、フィルム上映が効果的に使われている。

観ているうちに、伏線の貼り方が読めてくるところと、その上を行く展開の両方があるのがいい。

このあたりが、ミステリー映画を観たい人々を満足させる調合であろう。

誰にでもお勧めできる五つ星映画だが、最低限の歴史認識・・・特高と憲兵の服装の違いとかを含めては持っていて欲しい。

Amazonレビューの上位に、関東軍の陰謀は史実ではない、式の否定的評価が跋扈しているが、それも「フィクション」の一部かもしれないものとして観るくらいの余裕は欲しい。

・・・はい、あなたたちは「騙されない」だけの見識をお持ちなわけね。わかったわかった。

******

黒澤との共同脚本は、まもなく、カンヌ国際映画祭で4つの賞を受賞した「ドライブ・マイ・カー」が公開される、監督濱口竜介氏である。

本作自体も、ベニス国際映画祭コンペティション部門で銀獅子賞受賞。

NHKエンタープライズ制作のBS向け長編ドラマを最低限修正したものとのこと。

Amazon Prime Video、Netflixでストリーミング配信。

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2021年8月19日 (木)

社会福祉士、藤田孝典氏はいずれ全体主義者に「かつがれる」存在になる?

私は一昨日、DaiGo氏の「差別」問題について社会福祉士、藤田孝典氏にTwitter上で論戦を挑んだが、20回ぐらいコメントしたにもかかわらず、ことごとく無視された(^^;)

その内容がどのようなものであったかは、私のコメントはすべて藤田氏のツイートへの引用つきリツイートでしたから、私のTL(chitose@kasega1960)を追っていただきたいが、私以外を含めて、彼の発言で違和感があるものを幾つか並べてみたい。

 

これと、彼のよくする、「自己責任」批判の論調は矛盾しないだろうか?

続いては、すでに幾つか前のエントリーでも言及した、恐らく彼最大の問題発言。

 

 

引き続いて、彼の「恐怖政治」的制裁論について。

 

 

彼の、自分を批判するものに、十把一絡げに「差別擁護者」という独特のレッテルを貼ることについて。

私には、彼を「マッチョメンタル」と呼びたいところがある。このお方が、若い頃、底辺の福祉の世界で、利用者さんに細やかにやさしく接している姿がどうしても思い浮かばない。

どうも、彼は、生活保護受給者をできるだけ無償で援助することとはまるで正反対のことを10年前にはしていたようである。

いわゆる「貧困ビジネス」をしていたようなのだ。

以下はWikipediaからの転載なので、本来は慎むべきことなのだろうが、ここで述べられていることは事実であろうから:

===============================================

月刊誌『選択』は、藤田が過去に貧困ビジネスを行っていたと報じている[4]。

さいたま市議会議員の吉田一郎は、以下の行為が貧困ビジネスではないかと主張している[12][13]。

生活保護の申請支援、申請同行及び審査請求、不服申し立て手続の支援を『生活まるごとコーディネートサービス』と称して4万2000円で行っていた[12]。

吉田は、非弁行為として法律に抵触するとしている[12]。

8万円程度で一軒家を借りてグループホームという形式で運営し、1軒に5人程度ホームレスを住まわせて市からの住宅補助4万7000円と入居者から共益費として1万円を受け取っていた。吉田は、毎月20万円程度の粗利が上がっていたと見ている[13]。

そうした住居を15軒所有し3年間で2000万円以上利益を上げていた[13]。

代表も役員報酬として413万円を受け取っていた[12]。

この他にも吉田は、ほっとポットが不当に補助金を受けていたとして、監査請求を提出している[14]。

参議院議員の片山さつきは参議院の総務委員会で、以下のように発言している[15]

・・・お手元に配らせていただいているこの「ほっとポットとは」、「生活まるまるコーディネートサービス利用契約書」。

実は、このほっとポットの代表理事の方は、今、生活保護の審議会、政府の審議会、厚生労働省の審議会の委員なんですよ。

ところが、この方は、生活保護者に帯同し、場合によってはその審査請求や不服申立ての手続支援をするという、これ普通書かないですよね、

弁護士法七十二条、七十三条、行政書士法十九条、普通書かないですよ。でも、書いちゃって、お金を四万二千円取っておられるんですね。

・・・地方自治体や、本当にプロとして、士業として認められた人たちの意見をきちっと聞いてならいいですが、位置付けがはっきりしないNPOが、本当にボランティアで親切心だけならいいんですよ。だけれども、じゃ、何で一件四万二千円が必要なのかということを誰でも思うので、

この件は、実はこの起こった政令市において議会で問題になっているんですよ。それに対して政令市の担当局長が何と答えているか、こういう方々が一緒に付いてきても何のメリットもありませんと答えているんですよ。つまり、こういう方々が付いてこようが付いてこまいが、生活保護は自分で申請するものですから、変わらないと。・・

================================

・・・まあ、あの生活保護不正受給者批判の片山氏がいうことですが、事実は事実でしょう。

私が感じるのは、彼が非常に極端な二分法を好み、差別者とされる人物への「上からの」制裁を志向し、実は「権力主義」の側面を持つということである。

彼は、異分子を排除するという、裏返しの「差別」意識を持っている気がする。

実は全体主義との親和性があるのではないか。まるでロベスピエールですね。

いずれ、むしろ右翼サイドにすら利用され、祭り上げられる存在になるように思う。

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。