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映画・テレビ

2022年1月24日 (月)

キリストの受難(passion)を我が身で感じることとカウンセリングの「共感」的理解 -インタラクティヴ・フォーカシング-

たまたまTwitterで、

 

ロジャーズの論においてなぜ受容が難しいか?というのは痛みを拒否しているからだと思う。痛みを感じずに受容しようとするからこねくり回す。受容とは痛みを感じ、その痛みを通して相手を理解すること、そのものだと思う

 

受容が難しい理由をアレコレ考えていたけど、キリスト教的視点に戻ったとき、そう思った。

 

というご意見を目にしたので、

 

"suffering"を"com-passion"する、という言葉が思い浮かびました。私なりの聖書的理解ですが。

 

とお返しした。

 

私はクリスチャンではないか、すでに別の記事でも書いたように、中学時代から、スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティの「幸福論」「眠られぬ夜のために」をはじめとする著作に傾倒してた時期があるし、高校もプロテスタントのミッション系である。聖書には英訳を含めて親しんできた。

"suffer"とは「被る」という意味であるが、キリスト教的には、イエス・キリストの十字架に至る苦しみの「受難」を指すことになる。

キリストの「受難」とは英語で"passion"である。バッハの「マタイ受難曲」が"Matthäus-Passion"であることをご存知の方もあるだろう。

更に哲学の分野では、デカルトが「情念論(仏: Les Passions de l'âme、英: The Passions of the Soul)」という本を書いているが、精神の働きに能動(意志)と受動というものがあり、「情念(Passions)」というものが、(わかりやすく言えば)環境から末梢神経を通しての脳への刺激として「受身的(passive)」に生じるという考えを述べている。

話をキリスト教に戻すと、14世紀のイタリアではペストの流行によって社会不安が蔓延し、ドミニコ会修道士の指導のもと鞭で体を打つことで功徳を得ようとする「鞭打ち苦行団」が組織された。

これは、キリストが身体に受けた傷を、自分も受けることで追体験し、贖罪を得ようとするものである。

この苦行は、映画「ダ・ヴィンチ・コード」でも描かれたので、ご存知の方もあるだろう。

このような苦行は極端なものであるとしても、キリスト教において、イエスが心身に受けた苦悩を偲ぶことが、自らの苦悩の癒やしとする考えがひろくみられることは確かだろう。

さて、来談者中心療法の祖であるカール・ロジャーズのいう「共感的(正確には、感情移入的="empathic")理解というのは、あくまでも、「あたかも(as if)その人の感じている「かのように」感じてみるということです。

この"empathy"に対して、私も指導を受けたフォーカシング教師、ジャネット・クラインは、"compassion"という態度があると主張し、区別しました。

フォーカシングにおいては、自分の感情や悩みを「身体の内側の非言語的な感じ」それ自体(フェルトセンス)として直接注意を向け、感じてみるという態度を取るわけです。

これをフォーカシングを学んだカウンセラーの場合で言えば、クライエントさんの言語的・非言語的メッセージを、カウンセラー自身が、自分の身体の内側の感じとして、言わば「疑似体験」しようとすることになります。

まさに、身体の感じを通しての「痛み-の-共有(com-passion)」をしようとする姿勢ということになります。

もとより、あくまでも「疑似体験」ですが、自分がかつて感じたこころの「痛み」を、身体を通して追体験しようとする姿勢です。

もちろん、身体症状化した人の痛み「それ自体」とか、肉体的虐待を受けた人の痛み「それ自体」は感受できないでしょうが、そこで感じた苦しみの感情に対する、身体次元で波長を合わせての想像力というものは、限界があっても持つことはできるかと思います。

クラインは"empathy"で接する時と"compassion"で接する時を、はっきり別の段取りとして区別します。

前者では、あくまでもクライエントさんの感じている「であろう」認知枠に忠実であろうとし、後者ではカウンセラー自身の体験と身体感覚次元で共鳴させてしまうことを求めるわけです。

このふたつは混同されてはならず、今からするのはempathicな応答である、それに対して今度はcompassionとしての応答であるとはっきり示してしまいます。

compassionとしての応答は、カウンセラー自身が自分の体験と重ね合わせていますので、当然「思い込み」の要素があります。
ですから、あくまでも「私は」こう感じた、と、そっと差し出す姿勢が重要で、クライントさんにそれを「修正」してもらい、それを再び受容的に傾聴することになります。

ところが、このような相互作用を丁寧に進めると、クライエントさんは、自分が感じていた以上の新鮮なことを感じられるようになるという、促進的な作用をすることが少なくないです。

それどころか、クラインは、この後の手続きとして、ここまで進めた結果、「カウンセラーが」とのような「感じ」でいるのかについて、クライエントさんに「感情移入」して感じてもらい、言葉にしてもらう、という、相互的(インタラクティヴ)なやりとりの往復として行うことを定式化しました。

このことを繰り返すと、カウンセラーとクライエントさんの間に、非常に深い信頼関係と「絆」が形成されます。

これを、カウンセリング場面に限定せず、パートナーや親子などに、役割を交代しながら日常の中でもやってもらえるように「コーチ」する、というのが、クラインのめざしたスタイルです。

興味をお持ちの方は、ジャネット・クラインの「インタラクティブ・フォーカシング・セラピー」をお読みください。

なお、以下にリンクしたAmazonのレビューに、私自身の更に詳しい解説っがあります(3つしかないのでどれが私のレビューか、すぐわかるでしょう。やたらと長大なの)。

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2022年1月17日 (月)

名曲・名作「緑山高校」

たまたま、王子のきつねさんのブログで、もりぽこと森保まどかが声優として出演予定の『アニメ きらめけ!VIVACIOUS DASH❤️劇場版』という作品の告知を見たのだが、この作品について現状では情報があまりにもないというので、私なりに調べてみた。

この作品の共同監督をする前園文雄という人は、かなりのベテランで、むやみと演出に参加した作品は多いのですが、「監督」として、これといった代表作はないように思います。

私が検索した作品リストで私が観たものとしては、「緑山高校 甲子園編」という映画(正確にはOVAの総集編)が、「侍ジャイアンツ」に輪をかけたような、ぶっ飛んだ野球作品(原作あり)でした。

構成・演出とありますから、この人が深くコミットしていたのは確かです。

個人的には非常にオススメ作品でした(確かアニメージュへの投稿も載ったと思う)が、世に知られることなく埋もれてしまいましたwww

でも、今調べたら、Amazon Prime Videoで観れるらしいです。

YouTube動画も見つかりました。

この、野澤恵という人が歌う「遅れてきた勇者たち」という曲、しっかり思い出しました。観た当時、ほんとうに気に入って、繰り返し聴いた曲です。

******

作品紹介(Wikipediaより):

『緑山高校』(みどりやまこうこう)は、週刊ヤングジャンプにおいて1984年21号から1987年50号まで連載されていた桑沢篤夫による日本の野球漫画。

第66回全国高校野球選手権福島県大会。創立されたばかりの緑山高校が優勝候補の神堂高校を破り、甲子園出場を決めた。エースピッチャー・二階堂の傍若無人さで波乱を巻き起こしつつ、緑山ナインは甲子園大会でも強豪校を次々と破り勝ち進んでいく。

主人公:二階堂定春(にかいどう さだはる)
声:千葉繁

背番号1。9番(時に1番)、投手。左投げ左打ち。1969年4月1日生まれ。身長198cm、体重110kg。
投げては200km/h近い速さの超剛速球を武器に相手のバットや腕をへし折りつつ三振の山を築き、打ってはバックスクリーンをぶち抜き遥か場外まで飛ばすほどの凄まじい打球を放つ史上最強の高校球児。その規格外な投打力のため、彼が出場する試合では選手・観客を含め瀕死の重傷者が数多く出ている。また、馬鹿力と屈強な体格により喧嘩も凄まじく強い。
性格は極めて自分勝手で傲慢、かつかなりの気分屋。「野球は完璧なピッチャーが一人いれば勝てる」というモットーを持ち、常に周囲を見下すため他の部員の反感を買いやすく、犬島と並んでチームの不協和音の原因となっている。気が乗らないと露骨に棒球を投げることもあり、これが失点の原因となる。一度だけフォークボールを投げたこともある。実家はヤクザ。

アニメ版
『緑山高校 甲子園編』のタイトルで1990年7月25日にOVA化された。全10巻。OVAの1 - 4話を再編集した劇場版も同年に公開された。2006年12月6日にはOVAと劇場版を完全収録し、サウンドトラックCDを同梱したDVD-BOXが限定販売された。2015年11月11日にはBCリーグの福島ホープスとのコラボレーションコミックを収録したBlu-ray版が販売された。

スタッフ
企画・製作:廣瀬和好
原作・構成・監修:桑沢篤夫
監督:池田成
構成・演出:池田成、前園文夫、湖山禎崇
作画監督・キャラクターデザイン:鈴木信一
美術:荒井和浩
撮影:岡崎英夫
編集:掛須秀一
音楽:岩田雅之、西脇辰弥、 小野裕之、片倉三起也
効果:糸川幸良、横山正和
録音:上村利秋
劇場版51サウンドデザイン:北沢由香
音響演出:高橋朗
企画協力:桑沢プロダクション
協力:週刊ヤングジャンプ、ソニーPCL
アニメーション制作:有限会社バルク、あにまる屋
制作:本多敏行
制作担当:名嘉邦夫、西谷弘子
製作・著作:有限会社バルク
主題歌
OP「ストロベリーパイをお食べ」 作詞:宝野アリカ 作・編曲:片倉三起也 歌:ALI PROJECT
ED「遅れて来た勇者たち」 作詞:野澤恵・枯堂夏子 作曲:前田克樹 編曲:根岸貴幸 歌:野澤恵

 

 

2022年1月 1日 (土)

心理カウンセラーには、「打たれ強い」人が向いているのでは?

このツィートに対して、違う!!と思ってしまった。

ある意味では、人にボコンボコンにされて何も言えなくなってもそれに堪え忍べるタイプの人のほうが、#心理カウンセラー 向きだと信じています。誰でも論破できちゃうという人は、(控えめに言って)クライエントさんを萎縮させている可能性が高いかと。

そうやってボコンボコンになっても「破壊」されてはしまわず、「生き残って」、クライエントさんに接することができるからこそセラピーになるのだと思うのですが(これば #メラニー・クライン 理論的にみても言えることと思います)。

メラニー・クラインは、赤ん坊は、最初、自分の中に快感が生じると、それは「よい母親」が自分によい乳房を与えてくれているものと捉え、逆に、自分の中に不快感が生じると、「悪い母親」が、自分を迫害して、悪い乳房を差し出しているものとして空想していると考えました。

そして、この「よい母親」と「悪い母親」が同一人物であると赤ん坊は最初気づいておらず、さながら世界を天国と地獄のように体験することを行ったり来たりしていると考えたのです。

この段階のことを、クラインは、難しい言葉ですが、「分裂的-妄想的態勢」と名付けました。

さて、赤ん坊が少し成長すると、別人だと思っていた「よい母親」と「悪い母親」が同一人物であることに気づきはじめます。

ところが、赤ん坊はまだ空想の世界を通してしか外の世界と接していませんから、「悪い、迫害してくる母親」に対して自分が反撃する攻撃性が、実際に「よい母親」を「破壊」してしまったのではないかという妄想にとらわれます。

こうして、赤ん坊はひどく落ち込んでしまうと、クラインは考えました。この発達段階のことを、クラインは「抑うつ態勢」と呼びます。

もっとも、現実には、再び自分を愛してくれる良い母親が繰り返して立ち現れるものですから、赤ん坊のこうした思い込みは次第に解消され、自分の親を、嫌なところもあればいいところもある「一人の人間」として認識できるようになっていくわけです。

そして、そうやって「破壊」した母親を再生させようという「償い」こそが、その後の人生の営みの原動力となるわけですね。

これは別に、現実に「迫害」してきた養育者を許すとか、そういうことではなく、自らのうちに、人を愛する気持ちをもった自分を育成していくということだと思います。

だから、カウンセラーは、決して自ら攻勢に出てはならない。

「あしたのジョー」でいうノーガード戦法がいい。

打たれても打たれても立ち上げる。

ただし、パンチドランカーになってはならない。

これは、実際には「良い養育者」経験のほとんどない、虐待を受けて育ったクライエントさんと接する上でも有効なのではないかと思います。

行動療法で言う、「エクスポージャー」してもらう、なんていうのも、何かまだ、「上から目線」な気がします。

自分の中の不安や恐怖(外部環境からの被虐感)に直面するということは、実はたいてい場合、自分の 抑圧されていた攻撃性(反撃したい衝動)に直面させるということと表裏一体で、治療者側も「被爆」 を承知でしてもらうことと思いますから。

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2021年12月26日 (日)

NHK土曜ドラマ「風の向こうへ駆け抜けろ」後編 短評

前編が原作を丁寧に活かしたいたのに対して、後編にはひらすら熱血ドラマになりましたが、これはこれでいいのではないかと。

原作以上に児童虐待やジェンダーの問題に踏み込んでいたと思います。

私は原作読んでたから、ドラマだけ観た人の感動は想像するしかないですが、てちたちがおウマさんと関係を築くまでの労力や、貧乏牧場でのロケ含め、非常に力入れたドラマだったっと思います。

2021年12月18日 (土)

NHK土曜ドラマ「風の向こうへ駆け抜けろ」前編 短評

NHK土曜ドラマ「風の向こうへ駆け抜けろ」前編は原作読んでいたイメージ通り。

配役も適材適所。てち の主人公が原作のイメージより生意気なくらいかな。

てちの目がやたらとギョロギョロしていたがそれも役作りだろう。

前編の終わり方もほぼ予想通りの箇所。

後編の感想はこちら

2021年12月15日 (水)

ORION(オリオン) Bluetooth対応 サウンドバー SBS-900BT レビュー

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つい数日前発売された新製品である。

AVシアター用である。バスウーハーはない。

この製品の特徴は、真空管を使ったハイブリッド・アンプを内蔵していることである。
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そして、スピーカーのコーン(振動板)にミツマタの植物繊維を用いている。1万円札に用いられれているものと同じである。

●ORION Audio 公式サイト

ある意味でサウンドバーらしからぬ音である。

中低域から高域にかけては、このようなクオリティのサウンドバーは存在しないのではないか。

艶やかだが実にクリアーで、音の立体感がすばらしい。ヴォーカルは艶めかしく、サウンドバーの数十センチ上に定位する。

ここまでくると下手なミニコンポも真っ青なクオリティであり、AVシアター用というより、パソコンオーディオ用としてマジで使える。

実際私は、最初から大画面パソコンのブルーレイ視聴を狙っていたのだ。この点では全く私の期待通りといっていい。セリフもたいへん聴きとりやすい。

だだし、しかし、イコライザーをいじっても超低音の迫力というものは出てこない。ボリウムをMAXにしても凄い大音量にはならない。

ゲームなどには向かないかと思う。ミュージカルにはぴったりである。

そういう意味では、中高域が大味なものが多い通常のサウンドバーに飽き足らない人が、ひたすら純音楽的クオリティを追求したいというニーズには見事にこたえる製品ではあるが、視聴者を選ぶ気がする。

●DOSHISHA Marché 通販サイト

サイバーリンクパソコン工房

2021年12月 9日 (木)

miwaの「青空」

原稿書きの筆休めにAppleMusic で上白石萌音 のカバーと巡りあって、劇場アニメ 「カラフル」 のエンディングで使われていい曲やったなと思い出した。

特に詞が桁外れに素晴らしいと思っていたのだが、元はブルーハーツの曲だと知って、納得。

2021年12月 1日 (水)

相手を「理解」しようとすることは、相手をレイプしようとすることである

人から何かを言われた時、「グサっ」とくることがあると思います。

相手に図星をつかれたと感じている面もありますが、同時に、相手への怒りと、「それだけではないんだけどな」という思いが含まれていると思います。相手の言ってきてことへの「漠然とした違和感」はすでにそこにあるわけです。

そもそも、相手の言ってることに対して「本心を見抜いて言い当ててやろう」などと、自分のほうが相手よりも相手の「無意識」を知っているかのような態度を取るカウンセラーは、クライエントさんを萎縮させ、マウントを取って嬉々としている、「支配欲」を思っていると警戒すべきでしょうね(^^;)

いずれにしても、クライエントさん自身以上にクライエントさんの「心」がわかっている、見抜く力があると思っているカウンセラーは傲慢です。むしろ、簡単には「わからない」ことを、しっかり「抱えて(holding)」いられるカウンセラーのほうが生産的。答えは、思いもよらない所から「やってくる」

それどころか、次のことを敢えて言わせてもらいます:

相手を「『理解』しようとする」ことは、得てして相手の心の「生体解剖(vivisection)」であり、相手の「自我境界」を「壊す」作用があります。この、「毒」「害悪」の側面に無自覚なカウンセラーは危うい。自分のこころを「理解」していくのは、あくまでもクライエントさん自身の中で、望む範囲において、少しずつ進めばいいことです。

「私の中に入ってこないで!」って、#エヴァンゲリオン の #アスカ のせりふでしたっけ。#ATフィールド (#自我境界)を破って相手の心のなかを覗こうとすること自体、実は精神的な #レイプ そのものなのだと思います。このことを特に虐待被害者とカウンセリングする際は最大限に用心すべきです。

君の心がわかると たやすく言える男に
なぜ女はついて行くのだろう そして泣くのだろう
(中島みゆき 「空と君のあいだに)

「ポプラの枝」のように「ここにいるよ」と態度で示し続けるって、どういうことなのか?

なかなか深いテーマだと思うのですが。

「君のことはよくわかっているよ」というのは甘い「誘惑」の言葉と態度であり、実は #男根的 支配欲のあらわれなのだ。それに屈服させて #信者 にさせ、#支配者 になろうとしていることなのであり、これはたとえ #フェミニズム の教祖様でも陥りがちな #ダークサイド なのだと思う。本質は #SM 関係。


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2021年11月24日 (水)

新著刊行についての今後の進捗(1)

明日、幻冬舎からの新著の刊行の正式契約をネットクラウドを通して取り交わします。

まさに今の社会情勢を反映した内容で、状況はあまりにも流動的、「旬」を逃すと明らかに売り上げにも影響するので、このブログへの新規記事を抑制してでも空き時間を執筆に傾倒、1月初めまでには完成原稿を送付できることはほぼ確実です。

内容は、精神分析をはじめとする、これまでの私のカウンセラーとしての知見の集大成と行っていいものになりそうで、現代の家族関係の問題を色濃く反映させたものとなるはずです。

すでに送った原稿は、担当編集者も予想以上の内容だと身を乗り出す感想をしてくれ、自分もそのテーマについていろいろ勉強してみたいと言い出しています。

自分で言うのも何ですが、非常に魅力的な文章と構成だろうと思います。

ただ、大出版社というのは、こういう時にできるだけ緊急出版する決断をするまでにはいろいろあるようで、当初私が想定していたより実際の刊行は遅れ、2022年夏になりそうです。

中学生ぐらいならスラスラと読める、一般の人目線の、誰もが我がことのように感じる、関心をもたれやすい題材と思いますので、是非期待しておいてくださいね。

私のこれまでの著書は以下のとおりです:


2021年11月20日 (土)

紅白歌合戦に、「ウマ娘」と「うっせぇわ」が出場しないことについて

今年の紅白に、ウマ娘が出るかどうかは博打めいたところがあったかと思いますが、まさかAdoを選ばないというのはいったいどういうことなのか状態ですね。

品が無いとか反体制ととられたのか?

・・・まあ、一部の良心的な社会派番組を除いては非常におかしなことになってきているNHKならありそうなこととはいえますが。

ウマ娘って、もともとコアなオタク層は見向きもしてないんだけど、マスコミやジャーナリズムは、何もわかってないなと思います。ウマ娘をやっている主要な層は、普段アニメを見ない普通のサラリーマンのおっさんで、通勤の行き帰りに電車の中でやっている。あとは子どもたちですね。だからあのラインのキャラデザがふさわしいわけで。

あと、もともとトレーナーの性別が選べるシステムだし、ツィッター上の絵師はほとんど女性、更にはこのゲームを実況するVtuberは女性が多いときている。そもそも今の競馬ブームがどれだけ女性のおウマさん好きにささえられているか。

うまぴょい伝説を歌う声優たちは半端なアイドルグループより超絶技巧だし、曲自体半端な独創性ではない。

いずれにしても、Adoとウマ娘を出さないことで今年の紅白は、瞬間最大視聴率の目玉を失い、いよいよ視聴率過去最低、このままではオワコンもいいところでしょう。
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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

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     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。