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2021年12月31日 (金)

よいお年を

所要を済ませ、帰り道に近所の櫛原天満宮(福岡県久留米市)に立ち寄ってみましたが、まだひと気なし。

日付変わって、出直すことにしました。

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皆様、よいお年を。

2021年12月30日 (木)

河合隼雄先生、村瀬嘉代子先生、中井久夫先生etc.のこと

#河合隼雄 先生は、そこそこ身近に「観察」する機会に恵まれましたが、驚くほどの「俗人」に見え、嫌悪すら感じました。 でも、ある意味でリアリストであるからこそ、実際に臨床心理士制度を政治との交渉で設立できたのだし、その「犠牲」となって文化庁長官になられ、亡くなったのだと感じています。

はっきり書きますが、#村瀬嘉代子 先生が #公認心理師 制度を樹立する際に発揮した「政治的」振る舞いに対して議論があることはある程度承知しています。 しかし、嘉代子先生ご自身の臨床センスというものが、滅多に真似できない境地であることは疑い得ない気がします。

いずれにしても、#河合隼雄 先生が日本の心理臨床の業界で不世出の「男の神様」の役割を「引き受け」、#村瀬嘉代子 先生が、河合先生の後を継いで、いろいろ毀誉褒貶を受けつつも「女の神様」の役割を「引き受けて」おられることで、お二人のリアリストさに、心理専門家が恩恵を受けてきたことは確かだと思います。

(不吉なことをいいますが、)正直に言って、嘉代子先生が亡くなった後、日本の心理カウンセラー業界が、足を地につけた発展ができるかどうかは、大きな課題だと感じています。

現場センスのある臨床の超大家は、他業界人との交渉力にも恵まれていて、「緊急事態」への対処能力も高いことが少なくないと思います。

これは名前お出しして全然問題ないでしょうが、#神戸大震災 の直後メンタル緊急危機管理の点で、精神科医の #中井久夫 先生と #安克昌 先生が発揮した、ほとんど瞬発的な行動力と、その経験に基づくマニュアル化が #東日本大震災 の際にどれだけ機能したかを覚えていない臨床家はいないと思いますが。

・・・・大震災時の記録ですが、非常に踏み込んだことを言えば、この本が、長年の虐待を受けた #複雑性PTSD の人の心にまでは響かない可能性が高いことは理解したいと思います。

2021年12月28日 (火)

改めて自己紹介

改めてもう一度ご紹介します。

*****

1960年 福岡県久留米市生まれ。

The International Focusing Institute(国際フォーカシング機構)認定トレーナー
Focusing Professional

元臨床心理士

著書:

「入門フォーカシング」(鳥影社)

現代のエスプリ410「治療者にとってのフォーカシング」(伊藤研一との編著 至文堂)

「エヴァンゲリオンの深層心理」(幻冬舎)

法政大学文学部哲学科卒業

都立八王子福祉園(重度知的障害児施設)で研修

立教大学大学院文学研究科心理専攻博士前期課程修了(指導教授:村瀬孝雄)

日本大学板橋病院精神科で研修

東京大学大学院教育学研究科教育心理専攻研究生

東京大学大学院教育学研究科教育心理専攻研究員

日本・精神技術研究所心理臨床センター フォーカシング個別指導担当

法政大学多摩学生部学生相談室非常勤カウンセラー

専修大学・神奈川大学・東京女子大学・学習院大学非常勤講師

日本人間性心理学会理事(2期)

明治学院大学学生相談センター常勤カウンセラー(横浜キャンパス チーフカウンセラー)

湘南フォーカシング・カウンセリングルーム(個人開業)

久留米フォーカシング・カウンセリングルーム(個人開業)

2021年11月16日 (火)

このままでは、日本のリベラルは現実社会に影響を行使できないまま、ナショナリスト勢力に敗北する。

今野 元 (著)ドイツ・ナショナリズム-「普遍」対「固有」の二千年史(中公新書)を読んで感じたことなんですが。
←私のレビューも載っています。

今野氏は、この著作の中で、戦後のドイツの歴史をとらえる上で「道徳の鉄槌」という言葉を繰り返し使っている。

最初は、第二次世界大戦終結後のニュルンベルク軍事裁判について。連合軍の「正義」の名のもとに審理がなされたという点について。

次に、その後のドイツ思想界における、過去の反省に基づくドイツ史全否定「ドイツ後進国」論を自らしていく潮流に関して。

そして、緑の党の躍進による環境主義の台頭について。

最後にフェミニズムの台頭について。

今野氏は明らかにノスタルジーに基づく過去復権論者でも保守主義者でもないにもかかわらず、こうした流れがグローバリズム的「普遍」主義に基づく価値観の押しつけという側面を持つことについて注意を喚起している。

むしろ非常に醒めたリベラリスト、個人主義者という印象である。

思うに、日本における左派リベラルの流れも、無自覚的に、西欧の「進歩的」価値観を受け入れてしまっている。

これでは、イスラム圏や中国との関係における多文化主義、体制の共存と対話という観点からしても、非常に硬直した、自分の立場からの、価値観と道徳の押し売りになる可能性があると思う。

そして、日本における国家主義の台頭に対しても、実は簡単な問題ではなく、自分のリベラル的な立場の対象化自己点検を経ての、用意周到な方略がないと、SNS上での叫びにはなっても、一般の人々の投票行動に結びつくアピールにはなり得ないのではなかろうか。

眞子さん複雑性PTSD診断「公表」問題をめぐっての議論も、この診断を受けた当事者に対して偏見が生じることについての当事者への連帯という意見が全くに近く見られず、ただ素朴な皇室への同情か、ゴシップ的な上げ足を取る中傷かにリベラル勢力すら大勢を占めた現実なども省みるにつけ、暗澹たる思いである。

差別の問題についても、単に優生思想を批判するだけでは、ホンネの次元に踏み込む形での、内なる「排除」意識との対峙に結びつかないと思う。

2021年11月13日 (土)

今野 元 (著) ドイツ・ナショナリズム-「普遍」対「固有」の二千年史 書評

トイトブルクの戦いからメルケル引退まで網羅しているにもかかわらず、もう、学習指導要領的ドイツ史観を見事に洗い直してしまって、最新の筆者の知見を紹介しているという、密度が高い本です。

そもそも従来の歴史用語(地名から党名まで)、全部みなおしてる。

エステルライヒ、シュヴァルツ、ベートホーフェンなんて序の口。

フランス革命なんて完全に相対化。

ローマ帝国(断じて「神聖」を頭につけない)は、ドイツナショナリズムの萌芽ではあるが実はヨーロッパの「普遍国家」志向、時代は下ってアメリカもソ連も「普遍国家」をめざした点では同列と。

メッテルニヒは反動主義者ではない、3B政策など存在しなかったとか。ゲーテがいかに後世、政治的に持ち上げられ、利用されていったかとか。

私はドイツナショナリズムがナポレオン戦争ではじめて顕在化したと思っていたのですが、はるかに遡れることについての文献的解説もあります。

マックス・ウェーバーの立ち位置についても、ちょうどウェーバー読んだばかりだからおもしろかったです。リベラリストとしての面よりナショナリストとしての面が強調されている。

ナチス(これまた意地になってNSDAPとしか呼ばない)時代については意外とあっさりしてます。

世界史ではほとんど全く教えない、戦後1960年代までの東西ドイツがそれぞれいかに屈折したサバイバルし、路線転換して復活していくかについてむやみとくわしいです(本書の後ろ半分を割いてる)。

ハーバーマスやマイネッケ、ドイツ歴代首相政権の位置づけもおもしろい(これまた見事に醒めた見方でもあるんですが)。

今wikipediaで調べたら、著者は、ウェーバーが特に専門みたいですが、とてもそんな枠ではでは捉えきれない学者みたいに思います。ドイツ史全体の新鮮な俯瞰能力が半端ではない気がします。

1972年生まれ。2021年フィリップ・フランツ・フォン・ジーボルト賞受賞。

ほんとに油に乗っている人なのだと思いますが。


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2021年10月30日 (土)

福岡6区、比例はれいわ、小選挙区はりっけんの田辺とおる氏へ投票を

我が福岡6区は鳩山二郎があまりにも強すぎます。

現状ではあまりに弱い共産党候補より、立憲の田辺とおるという人(元オペラ歌手らしい)に 投票するしかないと思います。

#衆議院選挙 #福岡

●田辺とおる(Twitter)

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2021年10月22日 (金)

宇宙を覆い尽くすような超強大な竜に地球が汚染される夢

今朝の夢は、私が過去覚えていた範囲では一番スケールが大きい夢であった。

雲ひとつない、しかも天の川も見えそうなくらいに澄んだ夜空を、覆い尽くさんばかりの龍が、天の川の星々のような細かい粒状の光で現れる。

それをアメリカ(国連?)の空軍(宇宙軍?)の全部隊が迎撃に向かう。

しかし龍によって散り散りに粉砕されてしまう。

地上に龍の吐き出した薄茶色の茶色の粒が3センチほど降り積もる。

それには毒性があるといわれる。

家に中にいた人にはそのことに気づかないままの人もいる。

なぜかTV中継などはされていない様子である。

私はそれを(どうやってそうしたのかはよくわからないが)多くの人にふれて回る。

その中には、(亡き)父の住む部屋も含まれている。

******

私の海外の師であるアン・ワイザー・コーネル女史が、"Treasure Map"(こころの宝探し)という技法を開発している(ネットで検索したら、韓国のバラエティ番組に同じタイトルのものがあるようですね)。

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私はこの技法にはそんなに関心がなかったが、この技法について直接アンさんから学んだ、今では日本のフォーカシング界の有力なトレーナーのひとり(私の教え子なのだが)が、アンさんが、「夢の中でドラゴンが出てきたら、どういう武器で戦うかを想像すべきだ」と教えたのに対して、彼は「東洋では、龍は神の化身ともされ、神聖視されるのだが」と答えたという。

実はこのエピソードを聴いた事自体が、この夢に反映している可能性があると思う。

******

龍が空を飛ぶ神聖な存在であるという点では、少し古いものでは、「ネバーエンディング・ストーリー」を思い出す。だから別に龍の神聖化は別段東洋の独占物ではないはずである。

日本では、「まんが日本昔ばなし」のオープニングや、何といっても「千と千尋の神隠し」で著名だろう。

「龍」というと、私には反射的に、「竜とそばかすの姫」で、ネット上の仮想世界で悪役とされた竜が、(ネタバレだが)実は家庭内虐待児が真の姿であったのも思い出されるが、私の無意識の複合体(言葉本来の意味でのcomplexであり、アドラー的な「劣等感」という意味ではないユングの用語)に含まれているのかもしれない。

しかし私の夢に出てきた龍は、それらよりはるかに巨大なスケールである。

実は私は実際の天の川というものを、大学学生相談センター時代に研修合宿で行った、長野県白洲塩沢温泉の夜空でしか観たことはない。この地は、フォッサマグナの線上にあることでも知られているが、当時は携帯の圏外にある、秘境といっていいところであった。私達は自家用車の編隊を組んで、山を超えて数時間かけてたどりついた。

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この星を観ながら、子連れだった同僚の女性のカウンセラーに、「来年はお子さんを連れておいでになればいいのではないでしょうか?」と言われたのだが、実際にはその翌年、その日が来るわずか3日前に、妻は私と大げんかして、子どもたち二人を連れてそのまま家を出ていき、それ以来、連れて行くはずであった、当時4歳の長男とは会っていない。

いろいろ連想が広がるが、先日阿蘇山が噴火して、大きな石が降り注いだ地域もあるというニュース、そして、「宇宙からの襲来を迎え撃つ」という意味では、先日ひさしぶりに観た、「アルマゲドン」のことも連想される。

宇宙から降り注ぎ、降り積もる細かい粉のようなもの、というあたりは、旧約聖書に出てくる、約束の地を求めて移動しているユダヤの民のために神が与えたという、食べられる「マナ」というものを連想させもする。

いずれにしても、私の中では、この竜から地上にもたらされたものは、実は毒などではく、天からの施しものであり、祝福であることに人間は気づいていない・・・という気がする。

地球を覆い尽くす、目に見えないパンデミックといえば、当然コロナのことも連想させるが、もちろんこれを私は神の祝福などというつもりはない。しかし、宗教的な人の中には、神から人類に与えられた罰であり、警告であると吹聴している人々など(それがいいかどうかはともかく)いくらでもいるであろう。

・・・ここまでで私の連想は現状では目一杯だが、私がこうした現象を述べ伝える役割を夢の中で負っていることは、ちょっと畏れ多い気もする。

*****

実はこれに続くかのように別の夢を観ている。

私は「JR久留米駅」にいるのだが、どうもそれは私の子供時代に「夢の中で」再訪している、という「夢」なのだ(ややこしい)。

駅は、実際とはまるで違う構造で、ヨーロッパではありふれているターミナル(終着駅)方式である。日本では今やJRでは、ある程度以上の規模があるのは、上野駅と高松駅ぐらいだろう。

私鉄の終着駅にはありふれた構造であり、阪急梅田駅(2ヶ月前となりの阪急3番街で重要な知り合いと長時間食事を共にしている)、数年前までの東急渋谷駅(東京時代に私には親しみのある駅)、そして私の地元の西鉄福岡(天神)駅などいくつもある。

あと、自由連想的に出てくるのは、「ハリー・ポッター」シリーズでおなじみの、ロンドンのキングス・クロス駅である。

いずれにしても、我が地元のJR久留米駅が、私が子供の頃の「夢」の中では、そうした巨大なターミナル駅の構造をしているのが常識だったのを「夢」の中で再訪するという「夢」という入れ子構造になっている。

どうも、私の地元時代からの男の友達が同伴者となっているようだが誰だか不明。ユング的に言えば私の分身の「影」である可能性もあるが、フロイト的な夢の登場人物の「置き換え」の理論に基づけば、該当しそうな、わたしにとっての同年代の重要人物は容易に連想できる。ただしそれが誰かはここでは具体的には言及しないでおく。

その駅の壁に掲げられた時刻表がまた変わっていて、直接つなかっている都市への時刻や料金等が掲示されているのはわかるのだが、どういうわけか兵庫県の三田をはじめとする予想外の土地への、一日一回しか列車のない(ことになっている)表示も別々に、ホームの前ごとに、大きな掲示板で書かれている。

改札口がまた変わっている。卵型をしていて、表面は陶器で覆われているのがいくつも並んでいる。 しかもその通り道の間隔がやたらとゆったりしていて、駅職員の姿はない。

乗客たちは、自由に改札口を出たり入ったりして散策しており、私達も実際それを楽しんでいる。「夢」の中ではいつもそうだったよなあ・・・と思いながら。

これなど、現在の自動改札機の、切符をうまく入れなかったり、ICカードをうまくかざせねば一発シャットアウト!というのとは対極の構造である。

私の連想では、これは、いくつもの「別の世界」への「結界」を出入りすることができるということの暗示でもあるように思われる。

*****

以上、夢が短い割に長い解釈となったが、いずれにしても基本的には「吉調」の夢であると思う。

ただし、私にのしかかる責任は重大のようだ。

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2021年10月16日 (土)

このまる1日にnoteにアップした新記事の一覧

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こうしてまとめてみると、いわゆる左派リベラルのいう「差別はよくない」「多様性の尊重」という論調の底の浅さに違和感を覚えるのは今にはじまったものではないと感じます。

やまゆり園事件の時からなんですね。

 

 

2021年10月14日 (木)

マックス・ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の超解説

「職業としての政治」「職業としての学問」に続いて、ドイツの社会学者、マックス・ウェーバーの話題に戻ります。

「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の訳者の大塚久雄先生の詳しく長い解題を読んでみたのですが、わかりやすく、かなり流れが掴めた感じです。

利潤を否定する禁欲的ピューリタニズムのエートス(「倫理(ethics)」というより、社会が共有する「倫理的雰囲気」、というのに納得)が、利益追求のヨーロッパ型「近代」資本主義を生み出したという「逆説」的問題提起こそこのウエーバーの著作のキモである・・と。

中世からのカトリック世界自体は、教会の権威に服すれば、あとはさほど禁欲を求めてはおらず、一部修道会の「内部」における倫理規範の厳守に過ぎなかった。

それを転換したのがルターの聖書ドイツ語訳の際に浮かび上がった"Beluf"という鍵概念。大塚氏以前の訳では単に「職業」と訳したが、大塚氏は新訳で「天職」と意訳。

ドイツ語の"Beluf"自体は日常語もいいところで、"profession"や"work"にあたるわけですが、確かにこれは聖書的には、通常「天命」と訳されると思います。

神様に命じられた使命をひたすらに果たすということになり、見返りを求めず職務への純粋な努力の傾注となるわけです。

これが修道院を超えて、一般社会での職業倫理となるのは、カルヴァン派の浸透した地域で、これがイギリスに渡りピューリタンとなる。これはブルジョアジーのみならず、労働者も共有する労働規範である。

この"Beluf"に基づく「行動的禁欲」による職務遂行は、「結果的に」多くの利益を生み出す。しかしカルヴァン派の資本家は浪費をしないので、それは新たな事業の開拓や投資活動へという拡大循環を生み出す。

時代を経るにつれて、この「倫理観」の方は形骸化し、労働と経済活動の遂行のみが残った時、利潤追求型の「近代」資本主義は肥大化していく。

ところが、この結果、ブルジョアジーも労働者も、職務に専心するというより、いわば「楽して稼ぐ」ことを目指すようになり、ここにマルクスの言う意味での資本家によるプロレタリアートの搾取の構造の基盤が築かれる。

******

・・・本編を読んでもいないのに言うのもなんですが、何とわかりやすいんだ!!というところ。

ウェーバーの時代にはまだ完全に確立していませんでしたが、ここに更に、商品を植民地に売るという経済構造が、国内のブルジョアジーのみならすプロレタリアートを主要な消費者として対象とする現代消費社会と高福祉社会に突入する中で、当初は「イギリス病」ともいわれた職務怠慢主義の跋扈と経済の停滞となるわけですね。

あっさり要約できた(つもり)。

遠からず、ウエーバー自身の本文にもチャレンジしますが。

******

大塚久雄先生は、本来イギリス近代経済史が専門で、「大塚学」と呼ばれる、マルクスとウェーバーの社会学の解釈で権威とのこと。

大塚先生の「社会科学の方法」も発掘。

一般向けの講演記録の新書版というには高度な内容で、何とか内容についていける感じです。

この新書のほうは、ウェーバー自体というより「大塚史観」の凝縮でしょうから、ブログではレビューは書きませんが、「社会学」が学問としてどうして成立可能かという主旨の本ですので、チャンレンジされてみるのもいいかと思います。

2021年10月12日 (火)

今こそ観よう。「ローマの休日」

眞子さまと小室氏の結婚問題で揺れている昨今ですが、皇族と平民の恋物語の古典中の古典と言えば、オードリー・ヘップバーン主演の「ローマの休日」でしょうね。

ローマへの来訪中抜け出した姫と、新聞記者(演:グレゴリー・ペック)との1日の恋物語。

以前、私の選ぶ映画5選のエントリーを書きましたが、もう一本選ぶならこれでしょうね(実は、最後まで迷ったんです)。

眞子さまは、まずはこの映画を観て、心を癒やしていただきたいものです。

 

より以前の記事一覧

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。