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心と体

2021年9月16日 (木)

フランケンシュタインの誘惑:「ナチスとアスペルガーの子供たち」

ハンス・アスペルガーが、ナチスの障害児安楽死作戦に協力したということは、何をきっかけは忘れたが、すでに知っていた。

Eテレのこの番組は、その問題にどどまらず、アスペルガー症候群とはどのようなものかについての、平易で要を得た解説にもなっていて、非常に良質のものだったと思う。

******

環境活動家であるグレタ・トゥーンベリがアスペルガー症候群であることをカミングアウトしていることは、結構知られているかと思う。

アスペルガー症候群とは、発達障害のひとつ、自閉症スペクトラムにおいて、

  1. 対人関係の障害
  2. パターン化された行動

はあるものの、

  • 言語・知能の障害

はない人たちのことである。

(番組ではこの呼称は用いられなかったが)、特に知能が高く、専門分野で成功する(しそうな)人たちについては「サヴァン症候群」とも呼ばれる。

歴史上の人物としては、モーツァルト、マリー・キュリー、アインシュタインなどがそうだったのではないかと言われ、現代の人物では、ティム・バートン監督、歌手のスーザン・ボイル、俳優のアンソニー・ポプキンスがアスペルガーとの診断を受けている。

生まれながら他人への関心が薄く、相手の気持ちが読めない傾向がある。

******

ハンス・アスペルガーは1906年、オーストリアのウイーンの生まれ。

父は高等教育は受けられす、苦労して就職したので、ハンスの勉学への要求水準は極めて高かった。

小6の授業のネズミの解剖で、寄生虫を発見し、「一つの生物の中に別の生物が生きていて、密接な関わりを持ちつつ共存している」ことに魅了され、医者への道を進もうと心に固める。

1925年、ウイーン大学医学部に入学。

ところが大恐慌が起き、就職を危ぶまれた。

そこから彼を救ったのが、ウィーン大学小児病院院長のフランツ・ハンブルガーだった。

アスペルガーはハンブルガーを父のようにあおぎ、指導者と教え子の関係を超えたものであったという。

1932年、アスペルガーは病院内の特別施設の担当となる。そこには、社会適応できない発達障害の子供たちが送られてくる。

アスペルガーは、そこに病院のニオイがしないことに驚く。

当時の児童診療所は、ベッドに縛りつけ、検査漬けにして、「患者」として扱うのが普通であった。

ところがこの診療所は、子供を遊ばせ「生活者」として扱い、教育的扱いをするという点で画期的だった。

病名は当てはめられず、子供の無意識の行動をひたすら観察し、週1回、スタッフたちが、ひとりひとりの処遇について意見を交わす、世界最先端の施設であった。

生まれ持った能力や性格の変えられる側面は変え、異常な行動は抑制するという活路を見出そうとするものだった。ひとりひとりの夢や目標を実現することをめざした。

アスペルガーは、10年間で200人診察し、1944年に、「小児期の自閉的精神病質」という論文をまとめることとなるのだが、それはまだ先のことである。

アスペルガーは、優れた言語感覚を持つ子供に注目し、自閉症に言語障害や知的障害が伴うというそれまでの考え方をくつがえした。

「医師には全身全霊をかけて、これらの子供たちに代わって声を上げる権利と義務がある」

*****

だが、アスペルガーにもうひとつの顔があった。

能力のある、生産性が高そうな子供には情熱を注ぐが、能力の低い、生産性の見込めない子供はあっさりと切り捨てた。

時はナチスが政権を握った。ハンブルガーはナチスに入党し、彼の指示でアスペルガーはドイツに研修に赴いた。

ナチスは、優生学に基づき、優秀な人間のみを選別し、劣る人間を排除しようとしていた。

力強い民族共同体を作ろうと、障害があるものへの強制断種・不妊手術が行われるようになった。

ナチスが健康な子供たちを体制に忠実な人間に育てようと、幼い頃から徹底的に教育する光景を目の当たりにしたアスペルガーは敬服した。

1934年、ウイーンの施設の所長に28歳にして抜擢され、ナチスと政治的に足並みをそろえることとなる。

1938年、ナチスはオーストリアに侵攻、ウイーン大学は、ヒトラーに忠誠を誓わないものは排除し、残りの半分はナチに入党した。

アスペルガーはナチスと関係が深い団体に次々加盟。その中には「国家社会主義ドイツ医師連盟」もあった。医療部門のナチとも呼ばれ、ユダヤ人の排斥を主導した組織でもある。

アスペルガーは特別講演で、ナチス礼賛、強い民族共同体をめざすとし、

「全体が部分より大きいという考えのもとでは国家が優先されねばならない。遺伝病の予防と優生思想を浸透させねばならない」

と述べた。

「才能ある」精神異常がある子どもに彼は専念し、最良の奉仕をした。「役立つ」「役立たない」という選別にこだわった。

1939年、ポーランド侵攻とともに第二次世界大戦がはじまる。

その日にヒトラーは、「障害者安楽死作戦」を打ち出す。

このことは、このあとのエントリーで私が紹介する予定の、ハフナーの「ヒトラーとは何か」でも、最大の罪のひとつとして取り上げられている。

この安楽死作戦は、大人だけではなく、子供にも適用された。

ウイーンのシュピーゲルグルント児童養護施設がその舞台となった。

この施設には、「教育不可能」と診断された子供たちが次々送られてきて、たいてい「肺炎」と死亡記録が残る形で、実は薬で弱らされて死んでいった。

近年、アスペルガーが診断に多数関わり「シュピーゲルグルントに移送することが解決法」と明記したことを示す書類が、ウイーン公文書館から大量に発見された。

****

1945年、ドイツは連合軍に無条件降伏、1年後の裁判で安楽死作戦の責任者は死刑や懲役となったが、多くの医師は、ヒトラーに強制されたと弁じ、無罪となる。アスペルガーもそのひとりである。

彼は1946年、ウイーン大学小児病院の院長となり、更には終身院長となった。

しかし、戦後、自閉症研究は再開しなかった。

1974年、ラジオ番組にはじめて出演、自身のナチス時代を公の場で初めてふりかえることとなるが、

「ナチの非人道的なことは受け入れることはできませんでした。私は子供たちを引き渡すことを拒否しました」

と釈明。1980年急死した。

1981年、イギリスの精神科医、ローナ・ウイングが、自らのリサーチとアスペルガーの論文の症例が極めて類似していることに気づき、「アスペルガー症候群の臨床報告」という論文を公表し、アスペルガーの名は一躍脚光を浴びることとなる。

前述のアスペルガーの診断書が発掘されたのは2010年である。

アスペルガーの元患者で、大学の歴史と美術の教師として成功したヴァルトカルト・ホイフルは、独自に調査に乗り出し、789人の安楽死者を特定した。

「アスペルガーは、時間がある時はいつも子供たちに本を読み聞かせる良い医師でした」

しかし、骨格異常のあった妹は、シュピーゲルグルントに送られ、死亡していた。

2018年、アスペルガー症候群という診断名は、「自閉症スペクトグラム障害」に統合された。

*****

私が発達障害について学んだ頃は、「アスペルガーは、敗戦国ドイツの研究者であったために、日があたらない存在であった」と解説されるのが普通であったと思う。

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セバスチャン・ハフナー:「ヒトラーとは何か」レビューのプロローグ

ご存じの方も多いでしょうが、ドイツでは、ごく最近まで「わが闘争」は禁書扱いされていた。

私はこのことに常々違和を感じていた。

むしろ、ドイツとその大衆自身の判断力を愚鈍なものとして貶めていないか。ヒトラーの本質とは何かを徹底的に研究・検証してこそ、ドイツが同じ過ちを繰り返さないために必要ではないかと思えて仕方がなかった。

むしろ、学校でも、早い段階から、「わが闘争」そのもののテキストを抜粋しながら、そのどこが問題かをディスカッションさせるくらいの教育こそ不可欠なのではないか。

ドイツでは、こうしたわけで、ヒトラー自身の伝記的研究は、学問的にも立ち遅れていたらしい。

そうした中、戦後、早い段階で、ヒトラー自身の世界観と行動原理について徹底的に独自の分析をし、一貫した見解を示し、歴史学界でも賛否の議論の的となりながらも、ベストセラーとなったのが、ヒトラーと世代を共にした西ドイツジャーナリズムの重鎮、セバスチャン・ハフナーによる本書、「ヒトラーとは何か」である。

著者は、ヒトラー自身の「わが闘争」を始めとする、演説記録や命令書、部下の証言などを含む一次資料を縦横無尽に活用し、ヒトラーの「内面」に迫る。そしてそこから、なぜドイツ国民が、上から下までこぞってヒトラーに熱狂し、進んで服従したのかについての謎を解き明かそうとする。

それはまるでヒトラー自身になりかわって、心情を告白する域のものである。

カウンセラーをしていると、まずはクライエントさん自身の、パーソナルな「内的照合枠(inner frame of reference)」に感情移入し、理解すること(これは単にクライエントさんにの味方をし、「迎合」することではない)が不可欠であることは、どの学派であるかに関係なく重要視されている。

分析や解釈、認知の再構成化は、あくまでもその後の段取りなのである。

ハフナーは、「自由からの逃走」のエーリヒ・フロムのような心理学者ではないし、本書の中でも、あからさまな心理学的解釈はほとんどしていない。

しかし、心理臨床家である私の目からすれば、本書は、瞠目に値する「ヒトラーの心理学」である。

これからその概要を紹介し、本書への疑問点を含み、レビューしたい。

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続きはこの後のエントリーで書きます。

お楽しみに。

 

2021年9月10日 (金)

NHK クローズアップ現代+ その校則、必要ですか? 密着!改革の最前線

髪型(明るい色やくせ毛の生徒は証明書が必要)、他の教室に行ってはならない、下着の色、郊外の生活についての規定(学区外に出る時は制服着用、宿泊旅行は届け出必要、カラオケは家族同伴でも禁止、など)、眉毛を剃ったら職員室で書く、スマホは職員室で預かる、など、校則の過剰さについての批判は、Twitter上でも繰り返し流れてくる。

しかし、それらの多くは、学校側を悪者にして、何とかしろと訴えているに過ぎないものが多いのではなかろうか?

今回の番組は、単に現在の校則の酷さを告発するという域を超えているからこそ、素晴らしかったと思う。

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校則が厳しくなったのは、校内暴力などで、学校が荒れた1980年代の産物であった。

それに加えて、最近では、保護者たちの側に、子供の生活全般を制御することを学校に求める、教育の学校依存体質があったことをこの番組は指摘する。

NHKのアンケートでは、すでに各地の教育委員会の40%以上では、校則の見直しを進めている。

多くの学校で、単に学校が校則を改めるのではなく、生徒たちとの合同委員会を立ちあげ、長い議論をした上で校則を変えて行こうとしている。これ自体、民主主義的な、主体性と自律性、議論のあり方を実地に学ぶ、貴重な機会となっている。

そういう際、生徒たちは、単に多数決で決めてしまうだけでは、少数の生徒たちにとって、逆に不利益になる場合もあることに気づいていく学校もある。

例えば、経済的に貧しくて私服を買えない家庭もあれば、制服の生徒が逆に居心地悪くなるなど。

校則を見直して学校が荒れたという報告は一例もなかったという。

いずれにしても、校則について単に愚痴をいうだけなら、この番組を観て欲しい。

これは校則に限らないことであろうが、「上」を批判し、変わることを求めるだけでは、民主主義の実践者とは言えないのである。

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2021年9月 9日 (木)

大学の一風変わった映画鑑賞実習?の夢

さっきまで、かなり変わってもいるし、凝ってもいる夢をみていた。

私は大学学部生なのだが、その大学で、一風変わった映画鑑賞実習が開かれることとなっていた。

非常に大きなホールのような部屋。横長で、敢えていえばボーリング場のような作りを想像してもらえばいいかもしれない。

スクリーンが8つほど並び、その前幅7列、縦には20列ほどの席がある。パーティーションはない。

そこでは別々の映画が上映されることになっていて、その映画を観てのレポートを提出することになっている。

どの映画を観るかは先着順。スクリーンにはサムネイルが表示されている。

学生各自が切符のようなID証明を持っている。

映画は、右から古いモノクロの映画が2つ、中あたりの5つは、どういうわけかリカちゃん人形の登場人物が出てくる、カラーだが劇場用アニメシリーズ。

その右側が現代のカラーのミステリーもの、一番左端が、「その他」となっている。

学生の多くはリカちゃん映画など観たくない。白黒の日本映画とミステリー、「その他」が狙い目である。でも、スクリーンの比率上、リカちゃんでもしかたないと多くの学生は妥協するつもりである。

学生たちはぞろぞろと席の確保をはじめる。

私は席の確保がかなり進んだ段階で会場に現れたため、残席は少なくなっている。

途中の経過は忘れたが、私は左から2番めのミステリーの席を確保する。

しかし、トイレの個室に自分の持ち物が入ったリュックを置き忘れたままにしているのを思い出す(この前のエントリーでもこのパターンありましたが)。

私はせっかく確保した席を失う不安を持つが、

「IDカード(すでに述べたように、切符のような大きさ)を席に置いておけば、確保していることを示し、その席は他の学生に取られない」

と、となりの女子学生がアドバイスしてくる。

私はホールを出て、廊下を歩き、エレベーターに乗るが、西(スクリーンの列からすれば、左側)の方向に歩き過ぎてしまい、トイレにはいきつかない、高層エレベーターに乗って上昇してしまう。

降り立ったところは、JRの中央線豊田駅(中央線でもかなり西寄り)と思われる駅で、そこから更に西、八王子駅に向かう電車に乗る。

豊田から八王子は一駅なのだが、途中に、廃止された駅がある場所を通過する(この豊田-八王子間の展開は、私の夢で頻繁に出てくるパターンである)。

私は大学の会場からとんでもな遠いところまで離れていくのに焦りを感じている。

*****

途中経過は一気に飛んで、私はリュックを確保した上で映画鑑賞実習の会場に戻る。

この時点で、

(ID切符を席に置いてきていても、それを他の学生がガメてしまえばその席は取られているではないか。アドバイスをくれた隣の学生が、そこはすでに私が確保済みと伝えてくれていることには期待薄だろう)

と気づく。

案の定、その、左から2列めの実写映画のセクションに確保していた私の席は、すでに誰かに奪われていた。

そこで一番左端の「その他」のセクションに移動してはみるが、私は「その他」については、自分がこの実習とは別に、勝手に観た映画についてレポートすればいいことになっているのを潔しとはせず、結局左から3列目のリカちゃん人形のアニメの残余席に移動する。

映画は各セクション一斉に上映開始となる。

目の前に、古めかしいカラーの、リカちゃんとその家族が駅から列車に乗ろうとしているシーンがはじまる。

私は、暗い中、その映画の内容を刻々とメモっている。

ところが、数分後に、それぞれの映画は一斉に中断される。

学生たちは、

「この数分間だけでレポートを書けというのか? 詐欺だ!」

と騒ぎ始める。

私は、

(手元に詳しいメモがあるから、レポートは書ける。でも他の学生は、記憶に頼らないとならないから、私ほど詳しくは書けないだろう)

と思う。

*****

ここで、リアルワールドで宅急便のチャイムが鳴り、夢は途切れる。

****

ユング心理学の影響が濃い、箱庭療法では、左側の方が無意識の世界とみなされることは、多くの臨床家にとっては周知だろう。

私にとっては、左側というのは「西」という方向性と密着しており、「豊田の隣の八王子」という時、私が15年以上数住んでいたのは八王子であることと、私の故郷、そして現在住んでいるのが、はるか西の、福岡県久留米市であることとも関連するかもしれない。

ちなみに、豊田の次の八王子の途中にある廃駅というのは、中央線の、神田と御茶ノ水の間にある、旧万世橋駅の風情にも少し似ているが、万世橋駅は、神田駅から曲線でぐーっと西側に曲がる途中で、中央線快速もゆっくり通過するのに対して、夢の中の旧西豊田駅は、高速で通過されてしまう。

しかし、この廃駅に、私の無意識の、打ち捨てられた何かが象徴されているのではないかという思いは常々ある。

映画鑑賞実習の真ん中のセクションの大半が、古いカラーのリカちゃん人形アニメであることは興味深く、何かインパクトがあるが、この映画は、昭和35年頃から40年頃の作風のようで、学生たちが生まれてもいない、無意識の古層への誘いを意味している気がする。これらの映画は、カラーだけどピンぼけである。

時代を変えれば、セーラームーンやプリキュアのような映画のようにも思う。これらの映画を、小さな子供向けのものとバカにしてはならないことは、私は繰り返し書いてきた。「セーラームーン」劇場版については、詳しい考察もし、学会発表までしている。

「座れる自分の席があるかどうか」というのは、まさに、自分の「社会的」居場所としての「椅子」が確保できているかどうかと結びつくだろう。

私が左端の、勝手に好きな映画の感想を書いていい「その他」を「ズルだ」と感じ、潔しとはしないというのも興味深い。恐らく私がひよりよがりな自分の居場所に安住することを望まず、現実のどこかの居場所を確保して、公平に人生の勝負をしたいと考えていること(現状はネット相談と年金ぐらしの「自宅警備員」同然なので「左端」なのだが)と関係すると思う。

私が速攻で同時進行的に詳しいメモをとるのは、私の習い性で、昔からカウンセリングや本を読む時や映像作品・TV番組を観る時、講演を聴く時、たいていやっている。

これは、速記録に近い文字でなされるため、ほとんどそれだけで逐語録が作成できるくらいのものである。

私が、これらについての記事をブログにエントリーする時、具体的で要を得ていることが多いのはそのおかげである。

いちいち詳しく読み返さなくても、頭の中に非常に整理された形でインプットされるのである。

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2021年9月 8日 (水)

ジョゼと虎と魚たち(劇場アニメ)【途中までネタバレ】

久しぶりに映像作品のレビュー。

Twitterで流れてきた。

田辺聖子の20年前の短編が原作で、数年前に実写映画化され、劇場アニメは昨年(2020年)だそうだ。

大阪が舞台。

大学で海洋生物学を学ぶ鈴川恒夫。メキシコに留学するのが夢で、ダイバースショップでバイトをしている。

バイトの同僚に二ノ宮舞と松浦隼人がいて、一緒に海に潜っている。

ある日、坂の上から車椅子に乗った女性が暴走してくる。恒夫はそれを受け止める・・・というか、サンドバックになる。

彼女の祖母がすぐあとを追ってきて、夕飯を奢ってもらこととなる。

祖母は、散歩に連れ出す以外は、「外の世界は怖いぞ」と言って、彼女を外に出したがらないようだ。

彼女の名は山村クミコというが、自分のことを「ジョゼと呼んで」と言う。

祖母は、恒夫が金に困っていると知って、新たな「バイト」を提案する。

それは家でジョゼの相手(管理人)をするということ。外には連れ出さないという条件で。

その間、祖母はパチンコに行っている。

ジョゼは偏屈だったが、実は夢見がちな少女(といっても24歳)で、自室にこもって絵を書いている。

ある日、恒夫は、ジョゼの不在に気づく。追いつくと、ジョゼは「海が見たい」と。

二人は電車に乗って、海に向かう。

その後も二人は、祖母に内緒で、外出を続ける。遊園地、動物園(ジョゼは虎を外の世界の怖い存在の代表と思っていたようだ)、映画館、水族館、そして図書館。

図書館で、ジョゼという名前が、サガンの小説の主人公の名前であることがわかる。ジョゼは同じくサガン好きだった、司書の岸本花菜と意気投合する。

ジョゼは繰り返して図書館に通うが、ある日、子供たちのための絵本の読み聞かせ役がやめてしまっていて、子供にジョゼは読み聞かせをせがまれる。

絵本は「人魚姫」。しかし、子供たちは退屈してちりじりになってしまう。

しかし、子供のひとりにせがまれて、ジョゼはホワイトボードに人魚姫のお城の絵を書く。

その絵に感嘆した司書は、ジョゼに絵描きになるように勧める。

幸い、恒夫の留学先としてメキシコの教授は色よい返事をしてきて、卒業後留学して来いという。奨学金の目処も立つ。

しかし、ある日唐突に祖母は死んでしまう。

福祉の担当者から、今後はどうやって生きていくのか、働いたらと勧められるが、ジョゼは絵かきになりたいと。しかし現実を見ろと諭される。

ある日、ジョゼは自分から恒夫のバイト先に行ってみたいと言い出すが、楽しげに話す恒夫の様子に突如気が変わり、帰ってしまう。

「健常者に私の気持ちなどわからない」と。

ジョゼは「嫉妬」したのだ。

ジョゼは姿を消す。

それを探しに行った恒夫は、ジョゼが道の側溝に引っかかって動けないでいるのを発見する。

しかしそれは、恒夫にとって思ってもみない運命の幕開けであった・・・

******

いい話ではある。

原作や実写映画はどう描かれたのか、敢えて情報を集めなかったが、もっと泥臭かったのではなかろうか。

ストーリーが読めすぎてしまう(舞の描き方とか)。

そして、みんな、みんな、いい人なんだよwwww

私は原則としてこういう言い方はしたくないし、ピュアなお話も好きなのだが、これは「美しすぎる」。

困ったなあ。

第44回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞らしいのだが。

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2021年9月 7日 (火)

とりあえずユングの「ヴォータン」読んだところ。

今、先日お約束した、「ヴォータン」所収の、ユングの「現在と未来」読んでますけど、「ヴォータン」をナチへの警鐘として読解しないのはやはり困難でしょう。ヒトラー名指しでの、ドイツの集合的無意識暴走への警鐘そのものだと思います。

むしろ1936年の時点で、隣国スイスでとは言え、このような評論を書くのは危険といっていいくらいかもしれません。小俣氏はどう曲解したのでしょうかね。

*****

ユングは、この論考を、

「水はいずれ堰を破るに違いない。その時はヴォータンが『ミーミルの頭と何を語る』かが明らかとなるであろう」

と結ぶのですが、

ユングが言わんとすることを理解するためには、「ミーミルの泉」「ミーミルの首」についての知識が必要です。

●【北欧神話ってどんなもの?】初心者でもよくわかる、北欧神話のあらすじと神々。

================引用はじめ==================

オーディン(北欧神話における、ゲルマン神話のヴォータンにあたる)が目をつけたのは、巨人の国へ伸びた大樹・ユグドラシルの根元にあるミーミルの泉でした。この泉の水を、口にするだけで優れた知恵や知識が授けられるという噂があったのです。

しかし泉を守る賢い巨人ミーミルは、オーディンに、泉の水を飲む対価として片方の目を差し出すように言います。オーディンは一瞬ひるむも、知識を得るためには安いものだと覚悟を決め、片目を差し出して泉の水を飲みます。その瞬間、オーディンの頭は膨大な知識で満たされるのでした。

片目と引き換えに知識を得たオーディンは、やがて「いつの日かアース神族は巨人族と戦い、世界とともに滅ぼされる運命にある」ことを予言します。滅びの日を回避できないと知った神々は、自らの運命を受け入れて戦への備えを始めます。オーディンもばらばらだった神々を組織化して協力体制を築いたり、戦力の増強を目的に勇敢な人間を集めたりと、戦の準備に余念がありませんでした。 

また、ファンタジー作品がお好きな方ならば、ルーン文字は一度でも耳にしたことがあるはず。実はこれも、オーディンが会得した知識です。ルーン文字のために、オーディンはユグドラシルの枝に縄を結んで自らの首を括り、9日もの間自分の身を生贄にしたのだとか。それも、自分が最高神であるため、生贄を捧げる相手が自分だったというのだから、驚きです。

==============引用終わり====================

ミーミル(ゲルマン神話におけるミーム)はオーディン(ヴォータン)の相談役なのですが、敵に首を切り落とされてしまいます。オーディンはその首だけを復活させ対話を続けます。

オーディンは、ミーミルのおかげで、知恵を獲得し、世界の未来を見通せるようになるのですが、そこで見いだされたのは、ラグナロック(世界の終末)でした。

ワーグナーの楽劇における、「神々の黄昏」ですね。

結局、ヴォータンは、世界を巻き添えに、自己破壊に至るのです。

ヒトラーは、意識的にはアーリア民族の世界制覇をめざしていたつもりでしょうが、実はアーリア民族、そして、他の民族も巻き添えにして、(自らの救済のために?)「自殺」をはかったようなものですね。

ユングは、「数十年後のことは予想できない」とことわってさっきのことを書いているわけですが、むしろヒトラー支配が「自滅」したあとの、世界の再生のことを見据えていた気がします。

それを、「ヒトラーは世界を制覇する希望の星」と近視眼的に読んでしまった人達がいるということですね。ゲルマン神話についての教養がないままに。

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2021年9月 6日 (月)

高校で成績低下に苦しみ、いじめを受ける夢

ちょっと久々の、私が見た夢の報告シリーズ。

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私は高校2年生。

私立高校に通っている。リアルワールドで私が通った高校だが、男子校だったのが、夢の中では男女共学となっている。

私は(夢の中では)1年生の時に、数学以外は抜群の優等生であったが、2年生になってから、学業への意欲を次第に失っている。

授業中に、繰り返し教室を抜け出し、トイレに籠もっている。

教室に戻ってみると、授業は進行していて、途中の内容がわからなくなっていることを不安に感じている。

しかし、頭の回転が急速に衰えており、とても去年のようにはできないと感じている。

特にもともと苦手だった数学の授業の際に、ただでさえ苦手だった科目がいよいよ授業の進行が意味不明になり、これで次の定期試験に点が取れるだろうかと不安になっている。

小グループに分かれて、テーマについて討論しながら進めるという、ある意味で進歩的な進め方をしている時限にも、最初から教室を抜け出して、しばらくして戻ってくるのだが、自分が今更どのグループかに入れてもらうことは無理だと感じる。

担任教師(リアルワールドでも担任だった数学教師)に、

「私は調子が悪かったので教室を抜けさせてもらっていたのですがどうしたらいいのでしょうか?」

とうち明ける。

教師は別に私を咎めだてすることはない。

その後教師が私にどう対応したかは夢の中では描かれていない。

******

シーンは飛び、私が授業をあまり受けていないことについていじめを受け始めている。

私は2人がかりで押さえ込まれ、そこにこれまた二人がかりで女子生徒が無理やり連れて来られ、スカートの中の女性器(毛が生えていない、肌色の、きれいな女性器である)を、私の顔にを無理やり押し付けて来ようとする。

私は、

「馬鹿野郎! 私は女性経験が豊富だから、女性器なんていくらでも見ているし、クンニ何のことはない」

と答える。

結局女性器は押し付けられることはなく、女子生徒も解放されたようだ。

私は、トイレに自分のリュック(リアルワールドで現在使っているものと同じ)を置いてきたままであることを思い出し、トイレの個室に向かう。

しかし、リュックの中の持ち物の重要なものは、消えている。

どう探すかについて、クラスメートに問いかけるが、その後の展開不明。

教室に戻ってみると、NHKのドキュメンタリーをもとに討論する展開の途中に出食わす。

私は、その中に参入できない。

*****

しばらくシーンが飛び、クラスに学年中から選抜された、20人程度の「リーダーと言える生徒」の集会が、円陣を組んで開かれているのに遭遇する。

その中のひとりが、

「去年のままの君なら、当然このメンバーの中に選ばれていた」

と言って来るが、私も

「確かにそうだろうと思う」

と答える。

*****

再び教室での通常の授業のシーンに飛び、私は、先程登場した教師にと生徒たちに、

「私はうつ病で、思うに任せない」

と打ち明ける.

*****

シーンは飛ぶ。

図書室に、「○○文庫」という、私の大学学部生時代の心理学の恩師の名を冠した大きな書棚がある。

夢の中の世界では、そういう書棚が登場するシーンはこれまでにもあり、いわば私の夢の中では「常識」となっている。

私は、恩師が実は学界では非常な業績を残した人物だったのだと、今更のように感慨にふける。

・・・・以上。

*****

「高校2年生になってそれまでの優等生から一転して、勉学への意欲を失う」

というのは、私の夢の展開として、非常によくあるパターンである。

これは、中学時代に、実際、1年生の時勉学意欲が旺盛だったのに、2年生になって急速にそれが萎えていったというのと符合する。

ただし、私は教室から抜け出すというようなことはなかった。

「途中でブランクがあるために、今更参入するグループを見いだせず、途方にくれる」

というのは、私が学界で実際に生じていた現象で、その原因が「うつ病」であるのも事実である。

(こう見えても、私は周期的なうつ病持ちであり、それがこのブログの、生産性が高い時期と、休止同然になる時期の繰り返しとも関係している)

実際には、復帰してみても、私はよく覚えてもらっていて、好意的に「久しぶりだね」と挨拶されるのだが、現在、母の介護のこともあり、再びグループに参入して、具体的な活動をしてはない。

・・・今思い出したが、来週には、ZOOMを通して、私が久しぶりに参入したグループのミーティングに参加することになっている。

問題の「いじめ」のシーンだが、持ち物を隠されるといういじめは、結構受けていた。

女生徒の性器を顔に押し付けられそうになるという、ある意味でこの夢のクライマックスは、意味不明だが、私が女性の性器などには平気であること、クリニングスなど何の抵抗もないのは事実である。

女性に関しては「現役」であることは、何度かこのブログでも言及した。

それがなぜ今夢の中に登場したかということになるが、2つ前のエントリーで、フロイト「狼男」症例を久々に読み返したことについて触れたが、狼男症例が、生々しい性描写と関係することの影響が大きいかと思う。

恩師の名を冠した図書館の文庫というのが、夢の中に何回か出てきたことがある展開だとはすでに述べたが、それが高校の図書館にあるというのは時代の転倒ということになる。

私の恩師(学部と大学院、ふたりいる)が、学界でも業績ある人物であったことは事実だが、図書館のひとつの書棚がいっぱいになるほどの著作があるわけではない。

******

まあ、こんなところであろうか。

夢の中だから当然とはいえ、「頭がまわらない」のは結構苦しかった。

現実の私は、むしろ生産性を増し、頭の回転が向上しているのは、このブログの現状が示すとおりである。

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2021年9月 5日 (日)

ユングとナチズムの関係。そこから話題を広げて、対話的心理療法に共通する「物語」化の役割について。

まずは、小俣 和一郎著:「精神医学とナチズム ―裁かれるユング、ハイデガー」に関する小レビューからはじめます。

本書におけるユングについての記述は認識が浅いと感じます。

いくらフロイトたちユダヤ人を亡命に追い込んだ後のドイツの「精神療法」の業界が、ナチ公認の「ユング派」に独占せれていたという事実があるにしても、ユング自身はそれと慎重に距離をとっていた可能性は、本書の記述を素直に読み解けば、むしろ見えて来る気がします。

「ユングはナチズムを支持している」というのはすべて外部の人間の発言で、本人の著作にはそうした言及はない。

唯一述べているのは、「アーリア的無意識はユダヤ的無意識よりポテンシャルが高い」ということを述べた論考ですが、これが性欲を強調するフロイト派に対する敵愾心から出た、「不用意な」発言というふうにむしろ読み取れます。

また、この著作の中で紹介された、「ヴォータン」という論考は、恐らく私がどの本かに収録されているのを実際読んだことがあります。

私は、「ドイツ民族の中で長い間眠っていた古代ゲルマン神話の神、ヴォータンが、死火山のように蘇って活動をはじめた」という記述を含むこの論考を、むしろナチズムへの警鐘の意味を込めたものという気がしながら読んだはずです。

更に言えば、ユングの言う「全体性」を「全体主義」と結びつけた小俣氏の論理展開は、そもそも小俣氏がユングのいう「全体性」概念を全然理解していないことを露呈している箇所でもあります。

人間の「自我(Ich)」(意識的自我)というのは「自己(Selbst)」のほんの一側面だけが認識されたものであり、いわば「自己」という太陽のまわりをまわる衛星のようなものに過ぎず、その他の側面は実は心のバランスを取る形で無意識下に「布置(constellation=星座)」されて、全体としては統合的に機能しているというのが、ユングの言う「全体性」の心理学ですから。

*******

私が思うには、ユングという人は、いったん理解してしまえは、非常に実用的な人間理解になる側面と、衒学的な側面の両方を持っています。

ユング個人がどれだけすぐれた臨床家であったかどうかはわかりませんが、現場臨床家にとって刺激的なパラダイムを提供したことは確かですし。個人的にはフロイト自身の著作より影響を受けたと思っています。

それに、フロイト自身も、この点では似たようなところがあり、自分が提唱した治療原則・・・これは今日に至るまで決定的な影響力を持っている・・・を現場ではいろいろと逸脱した人物であり、有名な症例にも脚色が多いことは、元患者の手記やインタービュー(狼男へのもの。オプフォルツアー「W氏との対話」は私も手短にですがレビューを書いています)などから今日では知られていますし。

非常に専門的になりますが、ネット上には以下のような資料もあります。

●フロイトと狼男(村井翔)

その1

その2

この「その2」の方に、

「神経症患者が、私はこれこれこういう経緯で目下の症状に苦しむようになったのだという病歴=患者の歴史・物語を語れるようになることは、直ちに症状を消滅させることはできないかもしれないが、症状を消し去れるようになるための、決定的なステップなのである。そして病歴=患者の歴史・物語とは、しょせん物語なのだから、真実であるにこしたことはないが、必ずしも真実でなくともよいことになる。」

と村井氏によって書かれていることは興味深い問題だと思います。

「物語化」という意味づけがその人を救済する。

これは多くの対話的心理療法に、流派を問わず(認知行動療法を含む)共通するテーマかと思います。

ここにはもちろん光と影の部分がありまして、新興宗教や占いでも、そうした「意味づけ」と「歴史」を与えられることが、少なくともとりあえずの救済になってしまう面があるわけで。

現在の最先端の現場では、一定の条件下での「ダイアローグ」という対話の過程における回復の可能性(精神病者を含む)というのが一番ホットなテーマです。

社会構成主義的な「ナラティブ」心理療法や「オープン・ダイアローグ」がこれにあたります。

・・・このことをいい出したら、これだけで一つの長大なエントリーが書けてしまいますが。

****

なお、調べたところ、ユングの「ヴォータン」という論文は、現在では,

●ユング/現在と未来 (松代 洋一他訳 平凡社ライブラリー)

という本に納められているようです。

私はこの編書で読んだわけではありませんが、書評からみれば私が想定した内容のようですね。

これは安価で中古が出ているようですから、読んで(読み返して)みようと思います。

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2021年9月 1日 (水)

61歳の誕生日になって何を書くか迷ったのだが・・・・

ブログを再開したのが今年(2021年)の3月26日だから、まだ5ヶ月ぐらいであるが、ほぼ毎日更新できてきた。

カウンセラーのブログにしては心理関係が最近は少ない。

私のカウンセリング論は、「若きカウンセラーに向けて」カテゴリーですでにかなり言い尽くしていて、繰り返しても意味がないと思っている。

新たに専門書を読んでレビューすればいいのだろうが、私の収入からすれば、心理や精神医学の専門書はともかく高いのが多いのでなかなか手が出せない。

そこで、ともかくできるだけ毎日映像作品を観るという課題を自分に課してきて、そのエントリーを書いた直後にはアクセスがそこそこ増える。でもそのことによって常連さんが増えるというわけでもない。

そもそも、エントリーの再開のきっかけは、ゲーム「ウマ娘」のおかげなのだが、ウマ娘関係のエントリーを載せるとアクセス数が落ちるという悪循環をかかえている。

先日書いた「攻略法」のエントリーなんて、シンプルで、役に立つという自負はありますが・・・

もうひとつの柱は、オーディオサイトであるということ。昔はともかく、現在は決して高いものには手を出さないが、高級品を使っている人も忘れがちな基礎の基礎についていろいろコツを書いているという自負はあります。

お金をほとんどかけないで、あなたのパソコンシステムの音を劇的に変える方法満載のつもりですから、お気軽に読んでください。

今日のエントリーは何の動画で締めようかと思いましたが、夏も終わりましたことですし(まだ暑いですが)、追憶として、すでにエントリーでレビューを書き、高評価しましたが、シャフト制作の「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」のテーマソング、DAOKO × 米津玄師の『打上花火』がなかなかの名曲だと思いますので、再度、アニメの名場面を連ねた動画を埋め込みたいと思います。

これからも、「カウンセラーchitoseの雑記帳」、どうかいっそうご贔屓のほどを。

210901

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2021年8月28日 (土)

相原瑛人/ニューノーマル【少しネタバレ】

コロナがせいぜい1年ぐらいで終息するというのが大方の人が抱いている予想であろうが、それはひとつの「幻想」なのかもしれない。

そうした前提で、近未来の学園生活を描いたコミックである。

まだ第1巻しか読んでいないが、ほとんど「一点突破」の想像力で描かれた作品。

でもホントにこうなるかもと思わせる。

作画はいかにも今の世代向けの、すっきりとした清潔感のある描線で、非常に受け入れられやすいだろう。

企画の勝利である。

少しネタバレすれば、このままでは「恥ずかしいこと」の基準が変わるかもしれない、というお話。

2巻目以降は読んでいないが、このままラブコメ路線で引っ張るわけにはいかないであろうから、「壁の向こうの世界」についての、「進撃の巨人」的な謎解きに向かうのかも・・・と、勝手に妄想。

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。