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2022年1月14日 (金)

フォーカシングと創造性

私の目からみたら、精神分析系の人は、文学的というのに近い「華麗な」概念を「ユニークに」使えることにほとんど自己愛的に酔っていて、そういう次元での論争に明け暮れているように思えることがあるというのは偏見だろうか。

そもそも、いわゆる力動心理学と、認知行動療法や行動療法と対立的にとらえるより、むしろ実践的にみてそこに生起する現象が「共通の」ものであり、そこに別の「説明」を与えているのではないかという視点も重要だと思う。

心理療法の学派の違いなんて実は現実のカウンセリングにはほとんど影響せず、「概念」をどれだけ「血肉化」しているかという違いだけで、頭でっかちの、あるいは逆に、技法を小手先で学ぼうとする人と、臨床の「普遍」なものに気づいているかいないかのほうが大きい気もする(すごく偉そうですが)。

極論すれば、心理療法各学派間の、優劣をめぐっての「論争」は、ほとんどの場合「内ゲバ」なのではないか? 単に「折衷」するのではない意味での、効果的に活用できる臨床家に共通のエッセンスの掌握こそ、生産的な探求のように思える(私なりの理解では、#村瀬嘉代子 先生はこうした立場に近い)。

念の為にいうが、私はすでに後者の境地に十分に達していると言いたいのではない。私より優れて現場臨床的なフォーカシングに拠って立つ臨床家の数は決して少なくない。そういう人は容易に識別でき、そういう人と出会うたびに自己愛の鼻をへし折られ「負けた!!」と思う程度というのが私の現実である。

ある意味では心理療法理論をニュートンからアインシュタインに昇華してしまった #体験過程理論 を背景とする #フォーカシング を学んだ臨床家も、この例外ではないのであって、いつまでも「技法」のまわりをぐるぐるまわっていて現場臨床と隔絶している人と、それを克服した人の落差は大きい。

自慢になるのは承知だが、#体験過程理論 の基本文献である、ジェンドリンの「人格変化の一理論」を、心理学科に転籍する以前にあっさり理解でき、訳者の村瀬孝雄先生に認められたことが、私がこの業界に入れたきっかけである。

それでも、#体験過程理論 が、心理療法理論の「ポストモダン」で(すでに50年前から!!)あることまで知らない(というか、わかりやすく教えられない)フォーカシング・プロパーの人が多いと感じる。この点で自分がそういう存在になるべく一層研鑽を積む「責任」はあると感じている。

非常に単純化していえば、私たちは、言葉になる以前の「こういう」感じとしかいいようのない、一定の質感とトーンを持った「感じ」それ自体に支配されてしか生きていないという、ある意味で非常にあたりまえの前提に引き戻した点こそ、#ジェンドリン の #体験過程理論 の最大の貢献。

フーカシング「技法」を学ぶ人は、得てして、実はこれさえできればいいというベースライン以上のことをしようとしていて、かえってフォーカシングを「できない」だとか、日常や現場臨床で使いこなせないという自家撞着にはまっている。・・・ホント、これだけなんだってばさ。

この、いろいろ「説明」できる前の、曖昧な「感じ」それ自体を大事にし、それをいじくりまわさず、静かに注意をむけ、「そばにたたずんで」いられるようにさえなれば、人の中に、それまでになかった変化が始まるということを「実感」したことこと自体が私の運命的転機である。

私は、最高学府大学院という学歴の割には、高度な抽象概念を自分では使いこなせない人間で、それを完全に「血肉化」して(これは頭でっかちに信条化することとはまるで逆のこと)、使いこなせる人には敬意しか感じないが、少なくともそれを使いこなせる人の「言語の使用」についての、柔軟な「理解力」はあるつもりである。

(これはどの専門・学問領域であるかに関係なく)どんなに高度に専門化された学問的専門概念にみえるものであっても、少なくともそれを案出した創始者の中では、非常に新鮮で生き生きとした、自分の体験に密着したものなのだと思う。そういう次元に還元して理解しようと努めるべきだと思う。

それが経済の理論であろうと新しい政策であろうと商品開発であろうと芸術作品であろうと、関係なく言えることだと思う。

もっとも、その新しい概念やパラダイムの創始者自身が、それを「頭でっかちに」「ドクマとして」教条化しようとし始めたり、少なくとも弟子が「頭でっかち」をはじめることの弊害が大きい場合も多いと思う。

ただし、クリエイティビティの高い新パラダイムの創始者は、決して己れの一旦打ち立てた概念や理論や方法論に飽き足らず、絶えず変化と進化を止めないのである。その変遷を「頭で」追いかけ、理解しようとする「信者」は混迷することが少なくないのだが。

いずれにしても、分野に関係なく、「クリエーター」であり続けることができている人って、別に技法として学ばなくとも、すでに #フォーカシング にあたるスキルは、天性のものとして身につけているので、今更学ぶ必要はない。

しかし、それ程の天賦の才能に恵まれていなかった人も、フォーカシングを学べば、「それぞれの分野における(それが経済や株投資(!)であろうと・・・れはジェンドリン自身が"economical instinct"として言及している)」業績を一層上げられるようになる可能性は高いと言える(大風呂敷ではない)。

そんなの下々の平凡な自分の日常には関係ないやいという人においても、いろいろな逆境におかれ対人関係や症状に苦しんでいる人についても、QOLを上げることには #フォーカシング は必ず役に立ちます(きっぱり)。それは自分と関わる「他人」すらいつの間にか変化させるくらいのパワーがあると思う。

以上書いてきたことは相当な大風呂敷に響くかと思いますが、少なくとも小手先の技法ではない次元でフォーカシングの技法を「身につけて」自分の生活に反映できているフォーカシングの指導者に学ぶ限りでは、学んで損ということは決してないでしょうね。

筋のいい人ならフォーカシングの本を読んで独習するだけで身につくのですが。 ただし、周囲の人に迎合する付和雷同なライフスタイルは超えてくことになるでしょうから、そのぶんの波風は覚悟しないとならないかとは思います。

フォーカシングを十分身につけた人間の人生は、ある意味では新たな出会いを引きよせることが多いかとは思いますが、同時にこれまでとのなれ合い的人間関係とは一歩距離を取り、孤独になることも覚悟せねばならないかとは思います(フォーカシング業界の内部でも孤独になる危険を犯すことに)。

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2022年1月 3日 (月)

マインドフルネス認知行動療法とフォーカシングの導入部の類似性

2021年12月17日 (金)

久留米フォーカシング・カウンセリングルームのネット面接、スカイプのみではなく、ZOOMにも対応

2021年12月15日 (水)

ORION(オリオン) Bluetooth対応 サウンドバー SBS-900BT レビュー

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つい数日前発売された新製品である。

AVシアター用である。バスウーハーはない。

この製品の特徴は、真空管を使ったハイブリッド・アンプを内蔵していることである。
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そして、スピーカーのコーン(振動板)にミツマタの植物繊維を用いている。1万円札に用いられれているものと同じである。

●ORION Audio 公式サイト

ある意味でサウンドバーらしからぬ音である。

中低域から高域にかけては、このようなクオリティのサウンドバーは存在しないのではないか。

艶やかだが実にクリアーで、音の立体感がすばらしい。ヴォーカルは艶めかしく、サウンドバーの数十センチ上に定位する。

ここまでくると下手なミニコンポも真っ青なクオリティであり、AVシアター用というより、パソコンオーディオ用としてマジで使える。

実際私は、最初から大画面パソコンのブルーレイ視聴を狙っていたのだ。この点では全く私の期待通りといっていい。セリフもたいへん聴きとりやすい。

だだし、しかし、イコライザーをいじっても超低音の迫力というものは出てこない。ボリウムをMAXにしても凄い大音量にはならない。

ゲームなどには向かないかと思う。ミュージカルにはぴったりである。

そういう意味では、中高域が大味なものが多い通常のサウンドバーに飽き足らない人が、ひたすら純音楽的クオリティを追求したいというニーズには見事にこたえる製品ではあるが、視聴者を選ぶ気がする。

●DOSHISHA Marché 通販サイト

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2021年12月13日 (月)

Twitter,Facebook,note,メルカリとの関わり方についての私見

私は、Twitterで、安易にブロックを使う人を信頼していないところがある。なぜスルー、それも目にしたくなければ、フォロー外し→ミュートというあたりで留まれないのか? 多くのフォロアーがいる方はレスが多過ぎると大事な人からのレスを見失うというのであれば、ダイレクト・メーセージでのやりとりにすれば?

特に、有名でフォロアーの多い方がブロックする場合というのは、その人の自己愛がいかにもろいものかを示しているだけかと思う。批判も揶揄も挑戦もされるのは有名税。スルーするだけで耐えられないならTwitterではなくて、他の媒体でネット活動された方がいいと思う。

Twitterに限らず、一般の人はともかく(これ大事)、有名人や社会的な立場のある人がネットで傷ついたとか言われると、ホント、有名税でしょとしか思わない(#眞子さん とかも)。明らかに名誉毀損になる時は、ネットではなくて告訴やマスコミでの声明や主張の形を取ればいいだけのはずと思うのだが。

自分と価値観が違う人や、自分では持てなかった見識や情報を持つ人の見解に容易にアクセスできて、いろいろ勉強になるからというのが、私の現状でのTwitterへのモチベーションのベースラインだろうか。オピニオンを伝えたいという意識は普段ほとんどない。そういうのはブログやnoteが向いてると思う。

Facebookというのは、ある程度以上節度をわきまえていると判断できる人との関係に認証を限定し、しかも自分がコミットしたい特定のジャンル(複数あっても当然いいわけだが)の話題を対等に礼儀正しく取り交わす媒体というイメージ。

そういうこともあるから、恐らくフォローしてくださる方よりフォローする方のほうがずっと多いという状態は、仮にフォローできる数が現在の5000の上限突破する時が来ても、変わらないんじゃいかと思っている。とにかく、他のいろいろな立場にある方たちのツイートを読めているだけでも価値がある。

今度の本を出したら(いや、具体名と概要を公表した時点で)、私をフォローしてくれている方のある程度を失い、新たなフォロアーの方は増え、私が何かツイートしたりレスすればそれへのレスはぐっと増えてしまい、私も今より心の余裕を失うかもしれない。

でも、この数ヶ月で、どうすれば挑戦的だったり不快だったりするレス自体を減らせるか、仮にそういうレスが来ても、スルーではなく、礼儀正しく対応してやりとりを生産的に終えるコツは掴んできたかとは思う。時々私がまだ未熟だった頃のレスへのレスがついたりするが、そういうのはスルー。

自分が #note をはじめて、noteの世界をある程度覗く様になって気づいたのは、有名無名を問わず、noteは滅多にコメントがつく媒体ではないし、フォローした人が興味が持たないことを書いていても、お知らせがが届き、タイトルがわかるだけで、無理やり内容を目にさせられることもないということ。

そういうお知らせメール自体がうざくなったらフォローを外せばいいだけのことだし、個人ではなく、マガジン単位でのフォロー(フォローしてもらうこと)もできる。投げ銭システムもあるから、ささやかな著作に近い媒体という気がする。

前にも少し書いたが、#メルカリ で、新品に近い箱の残っている品で不要と思うものは、今、どんどん売りに出し、既に万単位で収益があるが、購入していただくまでのやりとりにSNS的センスがいる気もする。ヤフオク出品のように、時間に神経使って値引きする必要もなく、さりげなく値下げすればいいし。

#メルカリ は、まずは良心的な売り手になり、そこから得た収益で、今度は買い手になるという循環がいいのではないかと思う。私の印象では、ヤフオクのような殺伐とした感じがないのがいい。

Twitter上ではほとんど触れず、ブログとnoteのみにし、リンクも張りませんが、私はかなりのBluetoothイヤホン(TWS)の収集家です。でも現在メルカリでどんどん気にいらないものは売ってしまいつつあります。私の唯一の贅沢みたいのものでしたが、もう手元に残したい製品は厳選できた気がするので。

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2021年11月25日 (木)

虚構の性表現が、実際に性暴力「行動」を促進するという、行動主義的・実験的リサーチって、ありますか?

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●表現悪影響論・表現規制論に対抗するための『理論武装』~その科学的根拠~(手嶋海嶺 note) 

いずれにしても、ここで紹介されているのは、「アンケート」水準でのリサーチであり、行動主義的な実験心理学の手法を用いて、一般の被験者(投影法心理テストなど併用すれば、性衝動や攻撃性や行動化傾向についても被験者ごとに客観的に測定可能と思います)にポルノ媒体に触れさせ、現実の性衝動が性暴力的「行動」として亢進するかどうかの研究ではないようですね。

かの有名なシャクターの吊橋の実験などを参考にすれば、実験群・統制群を設定して、いくらでもリサーチできるはずです。

●吊り橋理論 - Wikipedia

ボルノ媒体に触れた群・触れない群それぞれに、サクラとなる人物を「実際に」誘惑するかどうかとか、あるいはバーチャル空間を設定して、性暴力「行動」に走るかどうかのデータをとればいいだけのことと思うのですが・・・どうしてそういうリサーチを誰かしないのでしょうか。

もしご存知でしたらそういう実験的リサーチも紹介していただければ幸いです。

いずれにしても、そういう「実験的」リサーチを経ないまま、性暴力の実際の増加についての論を張るのは、だだのイデオロギーだと思えます。

決して皮肉ではなくいいたいのですが、表現規制派は、そういう実証的実験を促進するように研究者を募り、資金提供すれば、いくらでも、自説に都合のいい結果が出る実験的研究は出て来ると思うのですが(それを支持する実験的リサーチが出れば、それを検証したり追試すればいいだけのことです)。

そこまで戦略的に踏み出すフェミニストはいないのでしょうか?😆

 もしそういう、実験群と統制群のある、「行動主義的」・実験的リサーチで、性表現に触れることが性暴力「行動」を促進することに有意性があるというリサーチが「あまた」あらわれ、それを反証できないとすれば、私も、一定の範囲での性表現規制には賛成にまわりたいと思います(約束します)。

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2021年11月11日 (木)

Victor HA-FW1000T レビュー

周波数別20段階におよぶ自作の純音の確認とピンクノイズ再生の時点で、あまりに美しい音がして、この音はすでに完成されていると思いましたので、エージングを経ない使用1日で敢えてレビューいたします。


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この製品を知っている方はご存知のように、コーン(振動板)が木製の製品ですが、そういう先入観なしでも一聴してわかる、まるで黒檀から削り出したようなソリッドな音がします。

ある意味では非常に硬い音なのですが、金属やプラスティックの音がまるでしないという感じでしょうか。

それにもかかわらず、何ともはや流麗な響きですね。デジタルのギザギザがまるでない。これも決してK2テクノロジーという先入観ではない自信があります。

音像がない空間が全く透明なのも特徴で、ノイズキャンセリングのことを別にしても、全く静寂な空間の中に音像が浮かんでいる感じ。空間に汚れが一切ない。

低域も非常に引き締まったものですが、まるで地面が揺れているような変な錯覚を起こさせるところがあります。

ジャンルは選ばないと思います。ハイレゾの「うまぴょい伝説」も「うっせぇわ」もくっきりとパーフェクト。全然濁らないでソリッドな「うっせぇわ」というのも何か凄いと思います。

私の持つロスレス音源で最もビットレートが高い相川七瀬もパーフェクト。全くたるみがない、引き締まった、ベースもしっかり声部として聴き取れるサウンド。


J-pop系も難なくクリア。

私のクラシックの基準盤であるワルターの「巨人」も、私がアナログLPで馴染んでいたのとはまるで別ワールドの音色の世界ですが、しっかりと音が立っています。ティンパニの打ち込みが見事。ただ、何か茶色の世界に染められている気はします。これはエージングによって変わってくるのか?


デジタルの、カラヤン/ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートも聴いてみましたが、ラデツキー行進曲の小太鼓の響きが結構ズドンとくるのは意外でした。


WindowsPCBluetooth標準のaptXコーデックはCD規格に準じると思いますが、このイヤホンが周波数別純音に唯一全く反応しなかったのは上限の20Khzの信号なので、実によくできていると思います。

裏を返せは、全然、音の「お化粧」というものはしてくれないとも言え、周波数特性が狭いかのように誤解する人も出てくるかも。

ハイレゾ音源になったら、ちゃんと上限突破していると感じる音になりますしね。

16Hzから19kHzまでは見事に、特定の純音のみ突出しないで、しかも純音自体が非常に美しく出ています。

ただ、私が聴いた範囲では、前述のカラヤンのニューイヤーコンサートの時だけ少しカサカサする音が入ったことは正直に報告しておきます。

このロスレスファイルはCDからiTunesで読み込ませたものなんですが、実は直にCDプレーヤーで再生しようとする時に音飛びか生じていたけど、iTunes読み込みでは補正が効いたのか一応大丈夫で、モバイル環境(JBL Bubbles)で聴く限りは何も聴き取れなくなっていました。

K2という圧縮→再拡張というテクニックとの相性でその補正の痕跡が表面化しただけかもしれません。

敢えて他の製品との比較は控えますが、いずれにしても、一つの道を極め切り、TWS(Bluetoothイヤホン)のあり方にたいへんな問題提起をしている商品ではあると思います。

●ビクターのこの商品の公式サイト


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2021年11月 7日 (日)

フォーカシング技法と、その背景にある体験過程理論の、5分で読める解説

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これから、私の拠って立つ流派、#フォーカシング 技法についての紹介をはじめます。

一番わかりやすい、しかも薄い本は、私自身のものだと思います。電子書籍版もありますので。


続いて、私自身のライブ映像。横浜で開業した20年ぐらい前のもので、恥ずかしくもありますが。


#フォーカシング は、#クライエント中心療法 の生みの親、#ロジャーズ の直弟子である #ジェンドリン (2,3年前亡くなったばかり。実際お話したのは一回だけですが)の開発した、心の中に生じる、言葉にならない漠然としたモヤモヤ(#フェルトセンス といいます)に少しずつ注意を向け、解明する技法。

#フェルトセンス とは、静かに注意を向けると身体に感じられてくる未分化で曖昧な「感じ」そのもののことで、身体症状や激しい情動とは少し違います。私たちは、フェルトセンスを「直接」対象化し、注意を向け、虚心に味わうことを、日常の中ではしないままのことが多いです。

私達は、生じてくる身体からの訴えに、性急に言葉を押し付けたり、振り払ったり、ごまかしたりしながら日常を送っているのが通例です。
そこに敢えて立ち止まって、少し間合いをおいてじっくり眺めてみるのが、#フォーカシング の基礎です(ここまで習慣化してできるようになれば、それだけで十分)。

私達は、自分の中から生じてくる訴えに対して、すぐに「お説教」をはじめることが多い。

「そんなの気のせいだ」
「そんなの、努力が足りないからだ」
「我慢しろ」
「そいういうのは他人に出してはいけない」


などと。

そういうのを #ジェンドリン は、「内なる批評家(inner critic)」と呼びます。


そうした声には、一定の役割があり、もっともなところもあるのかもしれませんが、いつもそうした訴えが自分の中から生じるたびに同じ反応をして、堂々巡りをしていることが多いものです。

こうした堂々巡りは、#認知行動療法 でいう、#スキーマ (信念体系)という概念と、大変似ています。しかし、認知行動療法では、これをより合理的な思考に置き換えようとするのに対して、#フォーカシング は、そうしたモヤモヤそのものから、心身の解放と共に、新鮮な洞察が生まれることをめざします。

ではジェンドリン自身の一般向けの本へのリンク。


私はこの本で「世界が変わって」しまいました。


でも、#ジェンドリン 自身の本より、私の海外の師である、アン・ワイザー・コーネル女史の本の方が、コミカルなイラスト入りで、わかりやすいかもしれない。

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アンさんのWebsite。

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#ジェンドリン の #フォーカシング 技法の背景にあるのは、「人はどういう時に変化するのか」「流派を問わず、カウンセリングがうまく進む時には何が生じているのか」についての「体験過程理論」という革命的な理論があります。その論文がこちら


「#体験過程 理論」もできる範囲で簡単に解説します。

従来の心理療法(フロイトとかユングとか)の心の図式には「#意識」と「#無意識」というものがあった。そして無意識下に #抑圧 されているものを「おもてに出す」ことができるようになり、「洞察」を得ることで心身の再統合がなされると考えていた。

しかしこれらの古典的 #力動心理学 のパラダイムにはひとつの前提があった。


それは、心のなかに、あたかも「もの(entity)」のように、心の「内容(content)」が存在していて、それを「無意識」から「意識」へと移動させれば解決する、という図式である(「内容モデル」「抑圧モデル」)。

これに対して #ジェンドリン は #ハイデガー や #デュルタイ の哲学、#現象学 を援用して、「過程モデル」を考案。
人がまず #体験 するのは、非言語的な曖昧な「感じ」そのもの。これを「暗黙の意味(implicit meaning)」と呼ぶ。
これに直接注意を向け、参照することをdirect referenceと名付ける。

この「暗黙の意味」は、複雑な分析不能な細部を無限に持ち、特定の「内容(content)」の還元できない、それを超えたものである。
この、感じられた「暗黙の意味」に直接「持続的に」注意を向ける(direct reference)ことをしていると、そこに、自然発生的に、「ひらけ(unfolding)」と呼ばれる現象が。

こうした「暗黙の意味」への直接的注意から生じる「ひらけ」→「明示的な意味」の表出→「感じ」そのものの変化→その「感じ」の「暗黙の意味」への再度の直接的注意、という循環運動のことを、「#体験過程(experiencing)」と #ジェンドリン は名付けた。

*****

以上です。

もっと早くこういうエントリー、あげとくべきでしたね。

 

ついにハイレゾ専用機導入!! Surfans F20 レポート 【この商品は返品しました】

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※末尾まで読んで下さい。この商品を結局は返品した理由を書いています。

携帯ハイレゾ専用機が欲しいという思いは早くからあったが、高値の花と思っていた。

ソニーのNW-A105への憧れは深かった。ネットにも接続でき、YouTubeなども高音質にアップサンプリングして聴ける。androidOSであり、通話できず、写真や動画を撮れず、文書等の作成ができないという点を除けば、スマホの機能に肉薄している。

音も、店頭で聴く限りは素晴らしい。天井知らずの超広域。ドラムスのハイハットの残響が美しい。異次元の音である。


ところが、この機種の評価は、Amazonではかなり悪かった。操作性の悪さ、電池の消耗の早さ、PCとの連携ソフトの出来の悪さ。散々である。

そして、時代はandroidスマホがBluetoothのLDACコーデックに対応、専用機はついに2019年を最後に新製品の登場がなくなった

私のスマホもLDAC対応のものとなり、イヤフォン・ヘッドフォンもLDAC、あるいはaptX HD ないしaptX LL対応のものを複数持つようになり、スマホでハイレゾを聴けるようになった。

ハイレゾ音源は値段が高いので、「うっせぇわ」と「ウマびょい伝説」と無料のテスト音源しかまだ所有していないのだが、実際これらの装置で聴いてみても何か釈然としないのである。

NW-A105の音にまるで届かない。

あの天井知らずの透明で冴えた音の世界ではない。

私のスマホはXperiaではないから、そのせいもあるのかもとは思ったが、やはり専用機は次元が違うのではないかと思うに至った。

それで、ソニー以外のハイレゾ専用機(正確には、mp3を含むたいていの音楽ファイルに対応する)はないかとAmazonで探していて見つかったのが今回紹介するSurfans F20である。

レビューの評価も結構いいい。そして実売が1万円と安い。デザインも、アルミダイキャストのかっこのいい、堅牢そうなものだ。

決めた。


実際に届いてみると、解説書の日本語の部分、機械翻訳調なのはご愛嬌としても、あまりにも素っ気なくてわからないことが多い。

手探りで設定していくしかなかったが、iPod Classicを思い出させるダイヤル式中心の操作は、試行錯誤を何回かしていけば活路は開ける程度のものである。

まず問題となったのは、音楽ファイルのPCからの転送をどうするかということだ。

付属のUSBケーブルを使ってのPCとの接続はあっさりできた。

あとは、エクスプローラーを開いてiTunes等のフォルダから音楽ファイルをコピーすればいいのだが、それでは手間がかかる。

ソニーのウォークマン用転送ソフトは流用できないようだった。

そこでフリーソフトを探したが、ファイル一つ一つをエクスプローラー的に表示してドラック&ドロップできるようなソフトはやすやすとは見つからなかった。PC全体のファイルをドカンと移動させるのにふさわしいようなのが多かった。

そうした中でやっと見つけたのが、TeraCopyというフリーソフトである(窓の杜へのリンク)。

このソフトは、エクスプローラーの機能が取り込まれている。いつ、どのファイルが転送され、選択したフォルダやファイルが現在どこまでコピー進捗しているかがひと目でわかる。まさにこういうソフトを探していたのだ。


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最初から36GBのSDカードは付属していた(512GBのでも認識するという)ので、相当な数のファイルを収容できる。

私は浜崎あゆみと相川七瀬の全コレクションとクラシックを少し(すべてmp4)、そしてハイレゾの「うまぴょい伝説」「うっせぇわ」をとりあえず送り込んだが、楽々であった。

さて、音を聴いてみたが、まさにソニーの機種を店頭で聴いた時そのものであった。スマホとは次元が違いすぎる。

ハイレゾでないファイルでも、非常に充実した、聴いたことがない響きがする。

アナログ結線でもいい音である。先日購入したばかりのゼンハイザーHD599は、別にハイレゾ対応を謳ってはいないが、柔らかい美しさが持ち味と思っていたこの機種が、見違える(聴き違える)ほどに鮮烈なヘッドフォンに化けてしまった。

たくさん持っているBluetoohヘッドフォン・イヤフォンも同様に効果が出たが、現段階で言わねばならないのは、いくつかの機種を認識してくれないことである。SONYBOSEのフラックシップ機である。

更に、Ankerの機種の音量が小さい。

実は「増幅設定」というところに強弱の切り替えがあり、デフォルトでは「弱」だったのを「強」に切り替えたのだが、それでもあと一歩欲しい。

これは、私のスマホでは全く観られなかった音量差である。

それは、この機種がすでに少し前の製品となったゆえの、Bluetoothの相性の問題があるのではないかと思う。

この点で星ひとつぶんの減点、★★★★としたい。不幸にして相性の悪いBluetoothヘッドフォン・イヤフォンしか持っていなかった人は悲惨だからである。

本機側のファームウエアのアップデートは期待できないだろうから。

もとより、有線ヘッドフォン・イヤフォンなら、全くそうした心配はないわけだが。

いずれにしても、本機は、ハイレゾ専用機の興亡の間に生まれた、あだ花のような存在かもしれない。

******

【重要な追伸】:

この商品、室内はともかく、室外ではBluetoothイヤホンとの接続切れまくりで、とても実用に耐えないことがわかりました。すでに述べたように、そもそも認識しないイヤホンが多すぎます。

そこで返品して、もっと高級な機種に買い換えることにしました。

サイバーリンクパソコン工房

2021年10月31日 (日)

選挙特番観たくない方は、機動警察パトレイバー2 the Movie お薦め。

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」今回の #選挙特番 は相当スリリングになりそうですが、それでも観たくないという方は、#BS12 19:00-の、劇場版 #パトレイバー 2が絶対オススメ。

#アニメーション でこういう硬派な内容もできるんだという驚きがある方も出てくるかと。


●BS12 紹介ページ

 

より以前の記事一覧

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トロントだより

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     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

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     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

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     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

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     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。