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2021年9月10日 (金)

鉄道系YouTuber、スーツさんの【中山道の旅】自転車で行く 東京→京都 12日間

スーツさんが、東海道編から時を置かずに、中山道編もやっていたとは気づかないでいた。

あとでじっくり観よう。

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2021年9月 3日 (金)

DTMで曲作りに挑戦する予定。

実は私は小学校低学年から私は小学校低学年から中学頃まで「作曲」を結構していました。

幼稚園時代にヤマハの音楽教室に通っていたので、基礎の基礎というか、素地はあります。

小学校1年生の時点で楽譜は書けました。

当時飼っていたネコを題材とした、「○○○の子守唄」が第1作(早くも伴奏付き)。

音楽は「楽器の演奏」だけ☓でしたが、単にクラシックに詳しいだけではなくて、楽典も十分理解していて、音楽の成績は常にAでした。

歌う方は◎。今は全然声が出なくなりましたが、中学3年までボーイソプラノで、ひとりだけ女子の中に並んでいました。

高校では完全にバリトンになり、実技試験で出たイタリア語の古典歌曲も歌いこなし、九州交響楽団の指揮もした先生に「もういい、君は合格!先は歌わなくていいから」と言われてしまうくらい。

作曲のクオリティは、学年一のピアノの名手よりよほど高く、中学校3年間の学級歌は全部私の作曲。

3年生の時は「混声合唱」に挑み、一部の和音だけ、ピアノを弾く生徒に、コード進行の決まりを守っていないと指摘され、修正を受けた程度です。

毎年生徒が新作を作詞作曲することになっている「卒業の歌」まで、メロディーが悪いと「添削」しました。

徐々にクラシック風のが増えていき、自分でもつまらなくなっていつの間にかやめてしまいましたが、結構ポップス風のものも作り、半音階進行も使い、コード進行に工夫したりましました。

(幾つかの楽器を想定した、伴奏付きのものもあります! 学級歌を入れても全15曲ぐらいですが、自作の「歌詞」は2曲しかありませんwww)。

それをカシオの簡単なキーボードに記憶させて人前で再生したりもしたのですが、これから、いわゆる"DTM(デスクトップミュージック)"で新たに再現して、Youtubeにアップしてしまうことを考えてもいます。

もちろん、当初は、恐らくモノラルのMIDI音源となり、アンビエンスとかはできませんがwww

******

購入したのはKORGの小さなキーボード、microKEY-25。2オクターブしかありませんが、どうせ私は両手弾きはできないのでこれで十分。

なお、DTMに使うキーボードは、PCに特にドライバはインストール不要もことが多いようですが、原則として単体では音が出ません。

あとは、PCにフリーソフト、例えば、Music Studio Producerを入れれば、演奏と楽器の音色の選択、五線譜上への作曲と自動再生はできるようです。

●作曲フリーソフトMSPの使い方:前編(Music Studio Producer)

まだキーボードをリアルタイムでたたいてみただけの段階ですが、少なくともKORGの前述の製品の場合は、キータッチも相当良く、ピアノからフォルテの音の強弱や、鋭さから柔らかさまで表現はデフォルト(piano 1)\でも十分可能なのには感動を覚えました。

果たして、何日後に、一曲めをYouTubeのアップできるかは、お楽しみということで。
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2021年8月30日 (月)

櫻坂46はどこへ行くwww

これは、王子のきつねさんの、

●櫻坂46「流れ弾」のアレンジはネクストレベルw

というエントリーへの私のコメントとして書いたものです。

今度発売される、櫻坂46の新曲、「流れ弾」についてなんですが。

これを聴いて、王子のきつねさんは、

>櫻坂46「流れ弾」をぱくゆう氏が絶賛していたので、
>どんな曲かと思って聴いてみたら、衝撃的なアレンジをしていて驚いた。
>何が衝撃的かというと、アレンジのサウンドが歌と重なって、
>歌詞がさっぱり聞き取れないのだ。

と驚愕されていました。

私も同感ですが、この原因について、私なりの拙い知識と経験から考察したいと思います。

******

もともと欅坂系の録音は、AKB/坂道グループ系の中でも音質面に問題を特に感じていました。音が汚いといいますか。

私の装置は、この前のエントリーで書きましたように、アップサンプリングという処理ができるので、大抵の人が聴いている環境より、音がまろやかになり、音の「空気感」とでもいうべき広がりが凄く出てきます。

これは音源ソースに人工的に音響を付加するのではなく、原録音にそうした広がり要素がないと生じません。いわゆる「サラウンド」というのとも全く異質なのですが、その説明は省きます。

欅坂の中では、「二人セゾン」はそこそこいい方の音ですし、アルバム「真っ白なものは汚したくなる」のDisk 2の方(「月曜の朝、スカートを切られた」とか「渋谷からPARCOが消えた日」収録の方)は、音の質と、広がりが一番いい方に入ります(私は欅坂のCDは全部自前で持っています)。

音の「空気感」の広がりは、リバーブと呼ばれる、音の遅延と、逆相成分を含むアンビエンス・コントロールで生じます。

アコースティックな録音ではないJ-Popの場合、この逆相成分と残響は、すべて人工的に付加したものです。

ロックの場合には、部屋の響き、特にドラムスの広がりを拾うために補助マイクを立てていることも少なくないのですが、日本の最近の「ロック」では全然ない場合もあります。

手元にある音源で言えば、おなじみのRADWIMPSの「前前前世」は、Youtubeにもアップされている「君の名は。」movieバージョンは、アルバムバージョンより音質が悪い(これはApple Musicに2つともありますので容易に比較できます)。

それでもYouTubeでは公式movieバージョンの音が一番聴きやすいのでリンク。

音の広がりをスピーカーの外に広がるように、楽器にヴォーカルが埋もれないようにして、ヴォーカル自体にも控えめにリバーブが、恐らくエフェクターで人工的に少しだけかけてあります。終盤のコーラスだけは盛大に広がりますが。

ただし、バックバンドは、スピーカーの外に音は広がる以上、逆相成分は含まれていて、アンビエンスコントロールはある程度なされてはいるかと思いますが、それでもかなり平面的というか、音を「並べた」感じです。

「前前前世」は、それでもYoutubeで聴くよりは、ストリーミング再生(アップコンバートで聴く)だと結構「艶のある」「透明な」録音の部類でしょうね。「良い」とまでは行きませんが、中+クラスでしょうか。

乃木坂は、「シンクロニシティ」とか、代表曲を幾つかダウンロードした程度ですが、「艶」こそ乏しいと思いますが、歌詞も、近接マイク気味で、口が大きく感じますが、聴きやすく、まずまずの平均的な音ではないでしょうか。

最近のメジャーなバンドやグループの場合、結構ひどい音が多いように思います。

Apple Musicではいくらでも定額の範囲で曲を聴けますし、「ダウンロード」までし放題ですので、マイナーなバンド(私が知らないだけ?)の新曲も気軽にパソコンに取り込んでいるのですが、予算が少ないバンドの方が、シンプルで素朴な録音をしているのが幸いしてか、響きも自然で、聴きやすいということはままある気がします。

困ったことに、それこそYouTubeのCMとかで流れるBGMの方が、アンビエンス処理がなされていて、高音質と感じられることはザラです。

櫻坂の「流れ弾」は、まだどこのストリーミング再生にも載っていませんので、Youtubeで(アップコンバートを通さずに)聴く限りですが、グループの歌唱ですから、音の広がりが左右にありますが、あくまでも「並べた」だけですね。

ひどいのは、確かに、ヴォーカルとバンドの音が全く分離しないことです。通常なら、ヴォーカルとバンドはある程度アンビエンスのかけ方を変えるのですが、それが皆無ですね。これでは歌詞が聴き取れなくて当然です。

私の感じているところでは、最近のメジャーどころの録音って、得てして、この水準で平気でいます。

殊にこの「流れ弾」は、音の帯域も狭くて、最悪に近い音質でしょうね。

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2021年8月27日 (金)

「ドライブ・マイ・カー」公開記念、濱口竜介監督へのインタビュー記事から連想すること。

――村上春樹さんの作品は原作の『ドライブ・マイ・カー』が収められた短編集『女のいない男たち』(文春文庫)はもちろん、大ヒット作である『ノルウェイの森』(講談社文庫)にしても、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)にしても、主人公の男性が「女性に去られる」という設定がとても多いです。男性が女性の不在をきっかけに自分と向き合うということが村上春樹作品の本質だと感じます。

濱口:僕もその点は、村上作品の面白さの一つだと思っています。今回の作品でもその設定をいただきつつ、「女性に去られた男性が自分と向き合う」までをきちんと描きたいと思いました。

「女性に去られる」というのは、未だに男性の根源的な恐怖でしょう。男性にとって自分が一番信頼していた他者である女性がいなくなってしまうのは、人生が土台から揺らいでしまうことです。もちろん、女性が男性に去られる場合もありますが、どこかニュアンスが異なる気がします。今回は男性が、そこからどう抜け出して人生を立て直すか。それがこの映画の基本的な運動になります。

――この作品は40代後半の家福が打ちひしがれ、涙する様子が臆面もなく描かれます。自らの弱さを認めてそれを乗り越えることが強さであると受け取りましたが、1978年生まれの濱口監督よりも上の世代の監督作品で、男性が泣くことはほとんどなかったように思います。

濱口:今、僕たちの世代は過渡期ではないでしょうか。映画の撮影現場ひとつにとっても、少し前の世代までは暴力が横行していた。下の世代には、明確にそれはおかしいという感覚がある。僕たちの世代は既にある上の世代の文化に飛び込んである程度順応しつつ、違和感のあるものは下に伝えないよう努めている世代だと思います。

とはいえ、暴力的な態度が資源や時間がない時に人をコントロールするために有効な方法であることも目にしましたし、その文化が内面化された部分も必ずあると思います。それに対しては意識して自分を更新する必要があります。男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。

(中略)

濱口:女性を描く時には社会の圧を跳ね返すようなある種の強さまで辿り着くよう、自分に課しているところがあります。一方で、男性を描いていても社会的な問題にたどり着かない。当人の内面の問題に終始しがちです。それは、男性が社会構造に保護されているからです。現時点で、男性を描く場合にリアリティを持ってできたのが、「弱さを認める」ということでした。

これからの時代、男女平等が進んでいくとすれば、男性は生まれた時から無自覚に得てきた特権をどんどん奪われていくことになります。それは個人の視点からすると単に抑圧され、奪われるようなつらい体験なのかもしれないけれど、自分にその特権が与えられた歴史を学びつつ、それはむしろ起こるべきこととして、その痛みを受容しなくてはいけない。

今回の作品は直接的にそういうことを描こうと思ったわけではないのですが、映画を作るうちに自然と、「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

――監督の過去作『ハッピーアワー』も本作も、「自分ときちんと向き合うことで相手を理解する」ということがテーマになっていると感じました。本作の原作者の村上春樹さんは『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(新潮文庫)の中で、「井戸を掘って掘って掘っていくと、そこでまったくつながるはずのない壁をこえてつながる」ことをコミットメント(人との関わり合い)の本質だとしていますが、そのことは濱口監督のテーマなのでしょうか。

濱口:その本は僕も好きで20代前半の頃読んでいました。特段そのことを意識して来たわけではないのですが、原作『ドライブ・マイ・カー』の中の「どれだけ理解し合っているはずの相手であれ、どれだけ愛している相手であれ、他人の心をそっくり覗き込むなんて、それはできない相談です。(中略)本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです」という岡田将生さん演じる俳優の高槻の言葉は、彼自身の深いところから発せられた言葉として家福に受け取られるし、村上さんが書かれたその高槻の言葉自体が、きっとそうなんだろうという説得力を持つものでした。

なので、そのシーンは映画の中で実現したいと思いましたし、結果的に映画の核となる部分にもなりました。

――本作では手話を使うろうの人も含めて、異なる言語を持つ人たちのコミュニケーションの豊かさが描かれていましたが、このような「多言語演劇」のスタイルを起用するきっかけはどのようなことだったのでしょうか。

濱口:ボストンで1年間暮らしていた頃、英語の語学学校に通って勉強していたのですが、自分より言語ができなくてもコミュニケーションできる人っていますよね。その時にコミュニケーションの本質は言語ではないと改めて思い知らされました。

言葉が流暢だからコミュニケーションできるのではなく、言葉を持っていなくても、コミュニケーションしたいという気持ちや相手に対する好意がある人は、多少英語が話せて言語によるコミュニケーションが可能な自分よりも、深いコミュニケーションをしているなと。そして、自分もそうできたらいいなと思っていました。

言葉によってコミュニケーションが阻害されているとまでは言いませんが、言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。それは映画の中で多言語演劇をやってみようと思ったきっかけの一つです。

――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。今回のキャストでは、たとえば演劇祭スタッフのユンスを演じたジン・デヨンさんはまさにそういう人だし、そのことが映画にもにじみ出ていると思います。

――脚本を担当した1940年代の日本と中国を舞台に国家機密を前にして揺れ動く夫婦を描いた『スパイの妻』もそうでしたが、今回も「悲しみを失った人同士がつながる」というテーマの下、多言語演劇を取り入れ、時空や空間を大きく跨ぐスケールの大きな物語を描いています。どのようにしてプロットは思い付いているのでしょうか。

濱口:大きいテーマを扱っている意識はないです。それよりは、ボストン在住や国際映画祭での体験など、自分の個人的な身体感覚をベースに作っています。スケールが大きいというより、パーソナルな感覚の映画を作っているという意識の方が強いですね。

確かに本作には、東京にいた主人公が地方へ行ったり、また他のキャストが海外から来たりするという地理的なスケールがあります。しかし、基本的には人と人とのコミュニケーションを描いた小さな話です。実感に基づいた感覚をベースにしないとディテールは描けないとも感じます。

例えば『スパイの妻』で言うと、家庭内のことが戦争にまでつながっているだけで、日本と中国、アメリカという距離は地理的な問題に過ぎません。誰しも自分たちでコントロールできる世界の範囲は小さいです。なので、映画の構想も自分が認識できる範囲から始めています。

一方で、「描かれる世界の大きさ」は認識能力を超えた時に感じるものだと思います。なので、見る人の認識能力を超える部分をキャスト・スタッフの人たちと共に考えながら、どのように見せるのかを考えながら映画を作っています。

――最後に、この映画で伝えたい濱口監督からのメッセージについてお聞かせください。

濱口:メッセージというものはない、とは言いませんが、あくまで映画を通じて感じていただけたら、と思っています。様々な要素が重なり合っている映画ですが、決して難しい話ではなく、むしろ単純に「面白い」映画だと思っています。どこかで必ず自分自身の経験につながるものがあり、受け取れるものがある作品だと思います。前知識も何も必要ありません。構えずにリラックスして見て欲しいですね。

『ドライブ・マイ・カー』は8月20日(金)より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
(C)2021 『ドライブ・マイ・カー』製作委員会

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このFRaUのインタビューは、なかなか含蓄のあるもののように思う。

  • 男性で、しかも年長者になりつつあるということは、気がつかないうちに強者の態度を取る罠にはまる可能性があって、その危険は常に感じています。 

これは、対女性にかかわらず言えることなのではなかろうか。自分は弱いところがあると認めている人だけが、相手の目線にも自然と立てる気がする。

・・・と思っていたら、

  •  「男性の弱さ」とそれを認めるという意味での「強さ」を描く必要を感じました。

続いて、

  • 本当に他人を見たいと望むなら、自分自身を深くまっすぐ見つめるしかないんです 

同感。自分に自分が見えている分だけしか、他人のことは見えてこない。

  • コミュニケーションの本質は言語ではない。 言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎてしまうと、本当に望んでいるような関係には辿り着けない。

これは、ネット空間では殊に忘れるべきではないでしょうね。

ネット上でいい信頼関係を築くためには、相手が「身体で」どう実感しているかに波長を合わせるようなつもりになる必要があると思います。

これは日頃からフォーカシングのリスナーをしている私の肝に銘じていることです。

  • ――過去の経験を振り返って、言語を使わずに豊かなコミュニケーションをできる人は、実際にはどのようなタイプの人なのでしょうか。

    濱口:人に率先して好意を伝えることのできる人だと思います。その人自身が「人を疑わない」から、「自分も疑われないであろう」という感覚を持っているのではないかと思います。

好意は具体的に表現し続けなければならないということは、すでのこのブログでも何回も繰り返して来ました。それは言葉の上だけではなく、身体から自然と湧き出るようなものでなければならないと思います。

・・・これ、スキンシッップが必要という意味ではないですので念のため。

相手が言うことをかなえているだけでは愛情表現ではない、と私は繰り返し書いてきました。これが私の苦い人生経験の帰結ということも。

そして、人の気持ちの「裏を読む」ということを、相手の悪意を仮定してかかるということばかりであってはならない。

相手の悪意を仮定することは、「お人好し」になり過ぎないための術かもしれませんが、それと同時に、相手の言うことを「額面通りに」受け止めてとりあえずは応対するほうが、結局はリーダーシップすらとれます。

*****

・・・・などと、監督の発言に自分の見解を強引に押し付けただけかもしれませんが、このへんで。

私は、村上春樹は、「羊をめぐる冒険」しか読んだことはないですが、映画「ドライブ・マイ・カー」も、チャンスがあれば、観てみたいですね。

この予告編で使用されているピアノ曲は、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番、「テンペスト」の第3楽章です。 楽天トラベル

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2021年8月26日 (木)

魔法という名のモラトリアム -魔法のスター・マジカルエミ-

困ったお題でしたが、45年アニメファンやってる人間にどう答えろというのか。

私にとっては、

ということになります。

「マジカルエミ」については私のもうひとつのブログ、「chitoseの部屋」のこのエントリーで詳しく解説しています。

そこで、私が、アニメ誌(というか、サブカルチャー誌)「OUT」に投稿者として初掲載された時の文章を載せていますが、こちらに転載します。なかなかの美文たと思う。:

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●魔法という名のモラトリアム

舞は、魔法を授かる時期限もつけられなかったし、使命も言い渡されなかった。ただ「立派なマジシャンになりたい」という夢の実現のためにのみ魔法を使っていたのである。

 だが、舞は自分から魔法を返した。マジックを、魔法でエミに変身してではなく、「舞(のまま)でやる方がおもしろい」ことに気づき、「もうエミにならなくてもいい」と思ったから。舞は、魔法の力で「水晶」として輝くのではなく、自分の力で 「ケイ石」に含まれているガラスの輝きをみがき上げていく道を選んだ。早咲きのスミレに過ぎないエミは今や舞台を去り、代わって「マジカル舞」が、花開くべき春を目の前に、つぼみをふくらませつつある。

 舞はなぜそうしたのか。自力で奨励賞を射止めたヤング・マジカラットの三人をみているうちに、魔法の力を借りている自分のことを「後ろめたく」思ったから? それもあろう。

 しかし、私には、舞が「罪意識」に目覚めて、つまり、「自分の努力で夢は実現すべきだ」と思うに至った結果として魔法を返したようにはみえない。

 彼女は、むしろ彼らのことが「うらやましく」なったのだ。自分の力のみを頼りにしてチャレンジしていった彼らの中に、自分の味わえていない喜びとやりがいがあり、「たのしそう」にすらみえたのではないか。

 試合を負けたのにむしろ「いい顔」している将に、舞は「どうして痛い思いしてまでボクシングするの」と尋ねている。しかし、彼女はその答えを、今や自分自身の問題として実感しつつある。「痛い思い」してもやらずにはいられなくなる「何か」がそこにあることに。

 魔法とは一種の「モラトリアム」であろう。それだけの社会的・経済的能力がないのに、まるで親のスネをかじって、欲しいものが手に入るのと同じようにして、やりたいことが実現できる。

 しかし、「時が来ました。あなたはもう『魔法』を返さねばなりません。これからは自分の力で生きて行きなさい」と言われたので仕方なしに魔法を返す....というのでいいのだろうか。

 むしろ、自分の夢の実現のために、許され得る限り、その『魔法』を使いまくり、その果てに、自分の力でやる方が「おもしろい」ということに気づける所まで行けてこそ、その人は真の意味でモラトリアムを卒業できるのではないだろうか。親に「のみこま」れ、妙に縮こまって、その『魔法』を生かしきれなかった人だけが、ずるずると「モラトリアム人間」になっていく気がする。

 ある意味で、舞はわずか10歳にして、肝心な点で「大人」になった。

 なぜ、「夢は自分でみるもので、人からもらうものではない」のか、そして「大人になる夢」こそ本当の夢なのかを、この作品は『モモ』に代わって十分描いてくれた。

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 「魔法のスター・マジカルエミ」は、4作連続して制作された、スタジオぴえろ制作の魔法少女アニメTVシリーズの第3作である。ちなみに他の3作は、最初から順に「クリィミーマミ」、「ペルシャ」、「パステルユーミ」である。

 これらぴえろ制作の4本に、スタジオライブ制作の「魔法のプリンセス・ミンキーモモ」……アニメファンの間で「モモ」といえばミヒャエル・エンデではなくてこの作品を差す……を加えた5つの作品を、東映動画制作の「魔法使いサリー」「魔法のマコちゃん」などの諸作品と区別して、「第2期魔法少女アニメ」と呼ばれることが多い。

 主人公の少女、香月舞は、マジック一座、「マジカラット」の家庭に生まれた小学生。舞もマジックがうまくなりたいのだが、まだ見よう見まねの水準である。ある日、モモンガのぬいぐるみ、トポに突然光の球が宿り、人の言葉を話すようになる。そして、自分の夢を体現する18歳の女性マジシャン、マジカル・エミに変身する魔法を授かる。

 この謎のマジシャンの加入により、マジカラットは一躍テレビでも大人気の一座となる。だが……

 ・・・・このようにあらすじを語っても、この作品独特の魅力を語ることにはならない。

 「マジカルエミ」は、ぴえろの4作の中で、一般に一番地味な作品とされているが、安濃高志チーフディレクターの繊細で日常性と幻想性が錯綜する様式が局限まで発揮された、ほとんど前衛的ファンタジーというべき作品である。

 放送当時地味だなとしか感じなかった人、「エヴァンゲリオン」について来れたのなら今この作品を見て下さい。今ならこの作品の、特に中盤以降の異様な味の濃さに気づかれると思います。 

 ともかくこの作品は状況説明が異様に少ない。

 主人公の少女がなぜ、誰から魔法を授かったのか、最後まではっきり説明されることはない。

 日常の狭間での幻想の世界とのさりげない出会い。舞は何でもないことのように二つの世界を往復する。

 言葉では語られない感情表現の微妙さ。

 このへんの描き方の独特の感性的世界は実際に映像を見てもらわないと分からない。

 ここで私の「魔法という名のモラトリアム」が対象にした物語大詰めの「4部作(35-38話)」を別にすると、第26話「枯葉のシャワー」という、前半全く台詞が出てこない、繊細きわまりないエピソードを特に推薦しておきたい。私がアニメにおける演出というものの意味に真に目覚めた、忘れられないエピソードである。

 さて、この「魔法という名のモラトリアム」という文章は、私がはじめて「OUT」のReader's Voiceに掲載された時のものである。最終回の一つ前の回、第37話「ためらいの季節」(演出:望月智充)における、舞が魔法を返す決心を固めるまでの非常に説得力ある描き方に共鳴して書かれたものである。(この回は望月氏の映像へのこだわりが異様に冴えているので、そうした興味からこの作品をご覧になるのもいいかもしれない)。

  「デビュー作にはその後の作風のすべてが現れている」とはよく言われるけれども、現在読み返しても、私がアニメについて書いた文章の中で最も完成度が高いものの一つという印象に変わりがない。まさにここで語られた論調こそが、その後の私のアニメ観のすべてを先取りしてすらいるのである。

 ちなみに私はこの文章を書いた翌日に心理学科の大学院に合格している。まさに、この「エミ」という作品、そしてこの「エミ」論から、今の私は出発しているのである。

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上記した、26話の「枯葉のシャワー」についての解説としてなかなかいいものは、

●アニメ様365日[小黒祐一郎]第248回 『魔法のスター マジカルエミ』26話(WEBアニメスタイル)

であろう。

小黒祐一郎氏は、こちらのエントリーで書いた、私と交流があった「アニメージュ」のライターその人である。その後仇敵(笑い)となって、いろいろパクられたと思うが、小黒氏は、その後のアニメジャーナリズムにおいて非常に重要な貢献をし続けている存在である。

最後に、「マジカルエミ」のBGM(奥慶一)の最高傑作と思っている曲がYoutubeにあったのでご紹介。

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2021年8月15日 (日)

鉄道系YouTuber、スーツ氏、タクシーによる九州ド真ん中縦断シリーズ、完結。

この、鉄道系Youtuber、スーツ氏の新シリーズ、九州出身、在住者で、英彦山、阿蘇や霧島に何度も行ったこともある私として堪能し、完結を待っていた人間ですので、とりあえず「わが闘争」は置いといて、ご紹介しようと思います。

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DaiGo氏のYouTubeチャンネルをフォローし、今後の彼の発言を見守ろう(監視しよう)

まず、彼のYoutubeチャンネルを(少なくとも現段階で)BANすべきではないことについては、昨日のエントリーで語り尽くしましたので省略します。

彼の過去に山のような差別発言をしていた(らしい)ことから、彼の性根は変わらないだろう、的なとらえ方もするつもりはありません。

私の主義として、「現在」、そして「今後」、どういう発言をしていくかだけがすべてと思いますから。

今回の件をきっかけとして、彼のこのチャンネルを登録して、リアルタイムで今後の彼の発言を監視する人も大勢出てくるだろうと思いますし(私もすでに登録しました)、彼がそのストレスにどう耐えて、どういう配信をしていくか見守るつもりです。

●メンタリスト DaiGo氏のYouTubeチャンネル

興味深かったのは、彼の「2回めの」謝罪動画に対して、当初は「いいね」が非常に多く、信者の「これからがんばってくださいね」式のキモチワルイコメントだらけで辟易していたのですが(この段階で、私は「みんなやさしいね」とだけコメントしました)、その後、批判コメントや嫌疑コメントが一気に盛り返し、「いいね」と「否」も拮抗して行ったことです(もちろん、そうなったのが私のコメントのせいと思うような誇大妄想はありません)。

「成功」できるかどうかは本人の努力と、恐らくほぼ無関係ですらあろうと常々思っています。

******

・・・それにしても、昨日あまりに彼の発言に振り回された結果(まあ、好き好んでこの話題に乗っかったのは私自身ですが)、「わが闘争」を読むことは後回しとなり、むしろそのためのエネルギーを十分確保するために、お盆休みで暇なのをいいことに、眠りたいだけ眠ることを優先した結果、さっき目覚めたばかりです。

いろいろ悪夢を観てしまいましたが、を見ることは生産的で、精神のバランスを取り戻し、気合を入れ、リアルワールドでの行動を変容する活力としか私は感じていませんから、これはこれでよし。夢ほどウソをつかないものはありませんから。

私の一週間は、火曜日に始まる構造になっていますので、月曜日中に帳尻をあわせるつもりです。

「わが闘争」は、私にとっては読みやすい部類の著作で、昨日のうちに、逐一メモを取りながら、ちょうど3分の1すでに読んだところですから、月曜日中に(上巻分)アップするのは楽勝でしょう。

【追記】:この問題についてのその後の経過と、更に述べたくなったことについては、後のエントリーで書いています。

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2021年8月14日 (土)

【メンタリストDaiGo】:「再度の」謝罪は一応評価します。しかしそれでもこういう現象に対しての一部の方の反応については問題提起し続けます。

一回目の謝罪では、「生活保護者でも頑張っている人がいる」などという余計なことを言い、「がんばって生きない権利」を否定している面があることなどを含めて更に批判されていたようです(この1回目の謝罪の動画自体は私は観ていないので二次情報です)。

(追記:上記に関しては、少し問題もあったと思いましたので、後のエントリーで補足します)

この「1回目の」謝罪に関して、詳しい逐語的情報を伝えたサイトがありました:

●メンタリストDaiGo氏のYouTubeにおけるヘイト発言を受けた緊急声明

一部引用します

  •  なお、批判を受けて、DaiGo氏は8月13日夜、今回の発言を「謝罪」する動画を配信しました。長年ホームレス支援をしているNPO抱樸の奥田知志氏と連絡をとり、近々、現地に赴いて支援者や当事者から話を聞いて学びたいとしつつも、しばしば笑顔を見せながら、「ホームレスの人とか生活保護を受けている人は働きたくても働けない人がいて、今は働けないけど、これから頑張って働くために、一生懸命、社会復帰を目指して生活保護受けながら頑張っている人、支援する人がいる。僕が猫を保護しているのとまったく同じ感覚で、助けたいと思っている人、そこから抜け出したいと思っている人に対して、さすがにあの言い方はちょっとよくなかった。差別的であるし、ちょっとこれは反省だなということで、今日はそれを謝罪させていただきます。大変申し訳ございませんでした」と謝罪の言葉を述べたのです。

    しかし、ここで示された考え方は、他者を評価する基準を「頑張っている」(と自分から見える)かどうかに変えただけであり、他者の生きる権利について自分が判定できると考える傲岸さは変わりません。しかも、貧困や生活困難を社会全体で支え、生存権を保障するために、権利としての生活保護制度があることについて、根本的な理解を欠いていることに変わりがありません。少なくとも現時点においては、DaiGo氏が、自らの発言の問題点を真に自覚していると評価することはできず、その反省と謝罪は単なるポーズの域を出ていないと言わざるを得ません。

・・・おいおい、ネコと同格にしていたのか。

1時間前にアップされた「再度の」謝罪は、限界はありますが改善されたと思います(「自分が」生活保護を受ける立場になったら・・・という言及がないのは気になりますが)。

この最新の動画を知らないまま議論するのは良くないので、まずは貼り付けます。

まずは、新たな謝罪を受けても、問題にしていいと思う点について。

(彼には過去にも差別発言が山のようにあるとのことですが、それを実際にYoutube上で観ていないので言及は避けます)

彼の発言に、「当事者や家族や支援団体の方の苦境と努力」という意味の文言がありますが、例えば、現行の生活保護制度は、申請しさえすれば受理されるという前提で法律は制定されていると思います。

極論すれば、生活保護のお金をギャンブルで使う「権利」もあると考えられます。

このこと自体を、憲法第25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」という条項との兼ね合いで、どう捉えるかは同然議論があるところでしょう。しかし現行の法規定では役所側は拒否できないという事実は尊重すべきだと思います。

ベーシックインカムや、現物給付などという意見は今後の問題として別に議論すべきです(私は色々疑問はありますが)。

私は、やまゆり園事件等における「生産性」議論の問題ともつながりますが、生活保護受給者や障害者、老齢者などは、何も「生産」しなくても、生活は保証されるべきという立場です。

さらに言えば、私は、資本主義社会においては、人は、「生産する義務」ではなく、「消費能力の一定水準の額の保証」の方が、本人のみならず、「経済効果」の上でも優先すべきことと確信しています。

これについては、中井久夫先生が、精神障害者の社会「復帰」において、「生産活動より消費活動をまずは優先すべき」と述べられていることに私の発想の原点はあります。

しかし、(コロナで加速しましたが、)日本の現在の社会・経済情勢において、「消費の冷え込み」が悪循環を生み出していることは、すでに論じ尽くされていると思います。

*******

次に、ここから述べることはTwitter上で余計なフレームに対応せなばならなくなるので、自分のブログでしか書きません:

Twitter上には、彼のTwitterとYoutubeのアカウント停止を求める声もうずまいていましたが、それは違うと思います。

二次情報のみが残ることになればむしろ不健全でしょう。

「表現の自由」などというお題目を唱える気もありませんが、オリジナルがどのようなものであったかを観て、主体的に判断できるような、あるいは色んな人の意見に耳を貸しながら討論して己れを貫けるような子供や若い人たちを育てる気概がないまま、「禁書目録」を作るのはやはり何かが違う気がします。

私自身は、ドイツが「わが闘争」をごく最近まで禁書にしていたらしいことも常々違和感があります。

このへんについては一応以下のサイトが情報源:

●ヒトラー『わが闘争』ドイツで70年ぶり再発売、注文殺到で増刷も

少なくとも、「わが闘争」について、中学生ぐらいの時点から原典を引用しながら、どこが問題かを教育する環境は、整備されるべきかと思います。

ちなみに、「わが闘争」は、上巻は若い頃に読んだことあります。

この次のエントリーは、「わが闘争」上巻の詳しい紹介とレビューにしますので、1日ぐらいはお待ち下さい。

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2021年6月29日 (火)

スマホからYoutube動画を直接アップロードする際に留意すべきこと 

さて、直前のエントリーで、私が「ウマ娘」の画面キャプチャー動画をスマホから直接アップロードする際に留意したことについて触れておきたいと思います。

まずは、ウマ娘の動画をYoutube等の動画サイトにアップする際の著作権の問題については、制作会社のCygamesが明確なガイドラインをネット上に公示しています:

「ウマ娘 プリティーダービー」をプレイする際の配信ガイドライン

これに従い、私の即興の実況入りのものにしました。これで著作権の問題はクリアーです。

実はゲーム実況の動画を録画し、Youtubeにアップするまでの作業自体は非常に単純です。

iPhone向けのアプリ、"RECGO"という、たったひとつの無料のソフトをスマホにインストールするだけで、マイクも何も使わずに、もし必要だったら、様々な編集や画像加工もして、音楽をつけ、Youtubeに配信するまでやれてしまう、という一度慣れてしまえばなんてことはない作業でした。

事前に撮った動画ばかりではなく、ライブ配信にも使えます。

最高画質のHD規格でしたから。画面がむやみと美しく、動きも実に滑らかなのはお気づきかと思います。

恐らくあの、鉄道マニアの神、スーツさんも、普段はこの程度のスタイルで配信しているのだと思います。マイクだけは「ささやき声」で済ませるために、ピンマイクだけ使っているらしいです。乗員や他の乗客に対して悪目立ちするのは極力避けているようです。

私のケースで、30分の動画をアップロードするのに2時間以上を要しました。

これだけ時間が異様にがかかるのは、

  1. 有線光通信ではなく、スマホのWi-Fi(といっても、親機の無線ルーターの方は室内にありますが、その無線ルーターそのものが、SoftBank Airという、持ち運び可能な、無線Wi-Fiを使っているので、二重の無線Wi-Fiなわけです)であること。

  2. スマホ(iPhone 6Plus)のCPUの演算速度性能がパソコンのCPUに比べれれば全然遅いこと。

  3. HDという高画質録音の規格の動画ファイルを、Youtube側が、Youtube固有の動画規格に「自動変換」して圧縮することを同時に進めていること(ですから、レース中という、情報量の多い動画の部分になると、私のスマホの源ファイルに比べれば、画質が劣化しています)。

    多くのYoutuberは、Youtubeに発信する時点で、画質の低下を犠牲にして、アップロード速度を速めるために、自分の方で低画質に変換作業をしています。

    私の今回のウマ娘の動画は、たいていのYouTuberのウマ娘動画に比べると、目に見えてハイクオリティなはずです。だって元ファイルがハイビジョン規格のようなもの(少なくともDVD以上)ですから。

    実はウマ娘のゲームをしていると、スマホは物凄い発熱をするのですね。電源の消耗も著しく、2時間でバッテリー切れします。

    スマホゲーマーは、スマホネットゲーム独特の、この発熱の凄まじさを緩和するために、専用の空冷式ファンを直接取りつけてゲームをしているくらいです。

    あれだけ流麗で細やかな動きをゲームがするのは、android製品ではよほど高級なものでしか不可能で、実際私のミドルクラスのandroidスマホでは、ウマ娘の画像はゲーム中コマ送り状態になります。

    Twitterで知り合った方によると、これはほぼ最近のiPhoneの高性能ではじめて真の画質を実現できるようです。「文書(macでいえばPages・・・Microsoft Wordに相当)やパワーポイントファイルをスマホで作ろうとすれば高級androidが有利。ただしウマ娘やネット対戦をするソシャゲはiPhoneが絶対優位」とはっきり言われました。

  4. Youtubeサイトに動画を送る人は同時に世界に多数存在し、トラフィックが膨大な量となっており、実質回線速度が遅いのと同様になること。

・・・以上が考えられます。

********

なお、地上波や衛星ハイビジョン、CSの動画を編集して、ブログやTwitterにアップしたい方もおられると思います。

この問題については、パソコンに地上波・衛星ハイビジョン・CSチューナーをUSB接続でとりつけてしまうという荒業が考えられます。

結構コンパクトで、安いですよ。

Google検索そのものをここに張っておきます。

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2021年6月26日 (土)

「うる星やつら」再考

以下の内容は、コスモスに君と、さんのブログ、

●アニメ音楽の物語

での、「うる星やつら」論へのコメントとして書いたものです。そのまま転載します:

******

 管理人さん、はじめまして。

私は、アニメ「うる星やつら」押井さん時代もやまさきさん時代も好きでした。

やまさきさんの方がTVシリーズで原作を尊重していたと思います。森山ゆうじさんの作画の回とかは、まさに男の願望としての美少女キャラ暴走でしたが。

ところがやまさきさん、劇場版2本で大コケしました。

劇場版3作目、「リメンバー・マイ・ラブ」では、何を間違ったか、気恥ずかしいくらいに乙女チックな物語を確信犯的に披露してしまいました。

劇場版4作目、「ラム・ザ・フォーエバー」では、押井さんの「ビューティフル・ドリーマー」へのリプライをしたかったのでしょうが、思わせぶりな展開で、伏線を全然回収できなくなってしまいました。

これについて、「アニメージュ」別冊付録で、「天使のたまご」公開時だったと思いますが、押井さんが対談の中で、「広げた風呂敷はたたまねばならない」と言っていたのが印象的でした。

それはそうと、どうも私のブログの「ビューティフル・ドリーマー」の音楽についての小論に、管理人さんかどなたかのコメントかはわかりませんが、リンクを張って下さっていたようで、時々訪問者があります。感謝しております。

URLは、そのエントリーへのダイレクト・リンクとなっております。

私は、そこで、「ビューティフル・ドリーマー」のBGMが、押井さんが確信犯的にエリック・サティの音楽を意識して作曲させたのではないかという推論をしておりますが、いかがでしょうか。

・・・いずれにしましても、私は、歳を重ねるにつれまして、ブログで長文が書けなくなっております。繰り返しになりますが、管理人さんの具体的で、できるだけ客観的であろうとするこの論考には敬服いたしております。

今となっては、昔の映画館が入れ替えなしなのをいいことに、18回も「ビューティフル・ドリーマー」を観たことはいい思い出です。

そういえば、実は私、「ビューティフル・ドリーマー」公開直前に、ファンクラブ主催で日本青年館で催された集いに行ってきて、そこでフィルムのラッシュを観たんです。その時点で興奮して、期待が膨らみました。ナマ平野文さんやナマメガネもみることができました・・・ああ、還暦のたわごとだなあ。

長文失礼いたしました。

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。