マックス・ウエーバー「職業としての政治」を読み解く
●リベラルは何故こんなにも絶望しているのか~「保守」にあって「リベラル」に無いもの(古谷経衡)
おっしゃる通り。リベラルの悪い癖は、すぐに「私達が間違っていたのではないか」と自虐に走る所です。現在の議席は政治状況によって作られているもので、リベラルな考え方自体は世に広がっていると思います。自らの志を堂々と掲げ、挫けず政治的努力を続けるべきだと思いますhttps://t.co/pMN81YFy3L
— 米山 隆一 (@RyuichiYoneyama) September 20, 2021
このツイートをきっかけに、実は積ん読にしていたし、薄い本なので、速攻で読んでみる気になりました。
何というklar und deutlich(カントの用語)で論理的な文を書く人かと思いました(カントの方が難しい。もっとも「純粋理性批判」は、一度わかってしまえばシンプルな要旨で、哲学書としては例外的)。
ホント、ドイツ語の原典購読とかにはたいへん向いているのではなかろうか。
あの有名な「伝統的支配」「カリスマ的支配」「合法性による支配」がたった半ページ強で説明されているのも驚き。
「合法的支配」について、
「これは『制定』法規に対する信念と、合理的につくられた規則に依拠した客観的(sachlich)な権限とに基づく支配で、逆にそれに基づく服従は法令の義務の履行という形で行われる」
とありますが、このsachlichという言葉は「即物的」と訳すことも可能で、ある意味では「実際的」「実用的」というのに近い含蓄があります。「客観的」という言葉を振り回す時ほど人間は主観的なわけですから(^^;)、ウエーバーは随分醒めた人だと思いました。実はこの著作には何回もこのsachlichという言葉が出てきますが、ただ「客観的」ととらえずに、ニュアンスに注意すべきでしょう。
この論文(というより、講演でしょうが)が、1918年という第1次大戦の敗北、当然ロシア革命の後、ドイツ革命の直後であることは、読む上で非常に重要でしょうね。ウェーバー自身はそれより古い時代に育ち、基盤を持ちつつも、新しい時代に希望と危機感を抱いていたようにも思います。
しかしその後のドイツがまさに「カリスマ的支配」の極限になってしまったのは歴史上の皮肉でしょう。
「近代国家は、領域の内部で(コレが大事)正当な暴力の物理的な行使を独占的に認められる唯一の装置」
などという言い方も、おそらく著名なのでしょうが、実はハフナーも、「ヒトラーとは何か」の中で、特に典拠はウエーバーだとことわりもいれずに近いことを言っています。ただハフナーの場合は「領域外に対して」という意味でも使っているわけで、このへんは抵抗がある人もあるでしょう。
「職業政治家」の登場とその歴史的必然性についての解説もわかりやすかったです。職業的政治家が一定の俸給を受けるようになる成り行きも。
官吏に高度な教育と訓練を受けたことへのプライドがなければ俗物根性に導く、というのもなるほどと思った。
ドイツが「官僚大臣」を必要とし、イギリスは議員の指導者としてのリーダーを頂点とする内閣を持つ、多数派政党の委員会のようなもの、アメリカは大統領という直接選挙に基づく、議会からは自立した権力者、というのも、あたりまえといえばあたりまえですが、実に明快に整理されている。
続いて政治が「経営」にまで発展すると「政治的」官僚と専門的官僚に分化すること。
続いて古今東西における官僚システムの比較論になるが、これも視野が広い。
続いて弁護士の持つ国家システムにおける固有の役割について。
「生粋の官吏は、非政治的に任務を遂行しなければならない」
「ジャーナリストの職分は、アウトサイダーでなければならず、学者に劣らない能力と責任感を必要とする」・・・という叙述なと、耳が痛いものだろう。
続いて「政党職員」というものが生じてきた背景について。それと「名望家」がパトロン(ウエーバーはそういう言葉をつかってはいないが)となる場合の比較について。
「選挙事務長」という、政治家とはちと違う存在の役割について。
アメリカにおける「ボス」の役割。「彼は社会的名誉を求めない。上流階級からは軽蔑される。彼は権力だけを求める。彼は闇の中でのみ仕事をする」・・・何か昔、日本にも児玉とかいうそういうのがいましたね。
続いて、ドイツにおける議会の無力さについて。社会民主党の不幸について。
ドイツの今後は、指導者(Fühler=総統!)民主政を選ぶか、カリスマ性を持たない「職業的政治家」による政治となるか。後者だろうとウェーバーは言う。比例選挙制でもあり、それは党派争いの道具となり、唯一直接選挙制による大統領だけが安全弁となる。
そういう中で、資産の背景がない、政治「によって」生きる「職業政治家」へのルートはどうなるか。ジャーナリスト上がりか、政党職員上がりか、利益代表かになる。しかしこれらは世間では「ならず者」との汚名が着せられている。これに対して精神的に無防備な人間は政治家にならない方がいい。
政治家という職業が与えるのは「権力感情(Macht Geflül)」である。歴史的事件の一本一本を握っているということによって昂揚感を得られる。ここからどのような人間がその権力に値するかの倫理的な問題が生じる。
職業政治家にとって必要なのは「情熱(Leibenshaft)」、「責任感(Verantfortungsgefül)」、「判断力(Augenmaß)」(Augenは目のことでありmaßとは測定の意)である。
・・・これらが並び立たねばならないことを強調している点に注意。
「判断力」・・・精神を集中して冷静さを失わず、現実をあるがままに受けとめる能力、つまり事物と人間に対して距離を置いて見ることが必要。
政治における大罪は虚栄心である。
「戦後になって愚痴っぽいことはせず、敵に向かってこう言うであろう。『我々は戦いに敗れ、君たちは勝った。さあ決着はついた。一方では戦争の原因といなった《実質的な》利害のことを考え、とりわけ戦勝者に負わされた将来に対する責任---これが肝心な点---にもかんがみ、ここでどういう結論を出すべきか一緒に考えようではないか』と。」
・・・・これは政治に関してに比喩として語られているのだが、ドイツの被ったヴェルサイユ体制への批判でもあろう。
「戦争責任はSachlichkait(「事実に即した態度」と訳されているが、絶妙)、騎士道精神、とりわけ『品位』によってのみ可能となる」
ハフナーも「ヒトラーとは何か」の中で、第1次世界大戦が、「戦争に対する罪」という概念のもとに、多額の賠償金という形になったことを批判している。
「政治家にとってたいせつなのは、将来と将来に対する責任である。ところが『倫理』は、過去の責任問題の追求のみに明け暮れる」
このあとの「心情倫理」と「責任倫理」の違いとその止揚についてのウェーバーの論調は、ひどく白熱したものだが、実際に読んでいただくこととしよう。
「『善い』目的を達しようとすれば、まずたいていは、道徳的にいかがわしい手段、少なくとも危険な手段を用いねばならず、悪い副作用の可能性や蓋然性まで覚悟せねばならないという事実を回避するわけにはいかない。」
「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為においては真実ではなく、しばしばその逆が真実であること」
「職業的政治家になろうとするものは、(中略)すべての暴力の中に身を潜めている悪魔の力と戦うのである」
・・・すでに触れたように、ウェーバーが、国家を「法に基づく唯一認められた暴力装置」と述べている点に注意。
「10年後には反動の時代が来て、ここで述べとようなことは、恐らく実現されてはいない」
******
ここで、古谷氏が引用した箇所が来る:
”政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なこの達成も覚束ないというのは、まったく正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。(中略)自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても、「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。”
・・・・これが実質的な結語である。
******
短いながらも、やはり稀代の名著ですね。
訳者あとがきによれば、敗戦でドイツ人が自虐モードでロマン主義に走っているのが我慢ならなかったとか。
私はこの「講演」がなされた背景については敢えて事前に読まないまま以上のまとめを書いたが、冷静さを失うまいとしつつも、ウエーバーの筆致は、結末に向けて物凄い情熱に満ちたものとなる。
まだ読んではいないが、これはウエーバーの著作においても異例なものではなかったろうか。
この短い本は、政治や社会学を学ぶ者にとっては、恐らく大学1年生で学ぶ必読文献だと想像するが、こんな時代だからこそ、与党野党問わず、すべての政治家に読み返して欲しいし、jジャーナリストにも教訓にして欲しいし、それどころか、政治を論じるネット民も、冷静さと、いい意味でのSachlichkaitを狡猾なまでに持つ上で、必読ではなかろうか。
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