常石敬一/「七三一部隊 生物兵器犯罪の真実」
すでに前のエントリーで書いた、映画「スパイの妻」で主人公、福原優作が満州から持ち帰った「関東軍の機密」とは、実は石井四郎のもとでの731部隊の細菌兵器開発と、その際の人体事件に関わる文書や証拠映像である。
これについての要を得た新書を王子のきつねさんにご紹介いただいたので読んでみた。
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「伝染病の研究は、見方を変えれば対人用の生物化学兵器開発の研究ともなる」
102ページに書かれた文言こそ、本書の命題であろう。
伝染病の原因が細菌であることは、1876年、コッホによる炭疽病の原因となる脾脱菌の発見に始まる。これは細菌の培養の技術の開発、病原体の特定を前提とする。
病原体の特定は、不衛生な環境の除去、媒介となる昆虫等の駆除、ワクチンや薬品の開発へと展開されることとなる。
これを逆用し、生物兵器として活用できないかという試みは早くからあったが、これを禁止するジュネーブ議定書が調印されたのは早くも1925年である(各国の批准はそれより遥かに遅れるが)。ところが各国の生物兵器研究は、ドイツの1920年前後を別とすると1930年代に始まっている。
石井は1920年の時点で京帝大医学部を卒業して軍医となっている。それから細菌学研究の道に進むが、研究者としての自分の技量に限界を感じ、むしろ研究者の統率者としての道を歩いていく。
1932年、満州国建国と前後して、731部隊の前身となる東郷部隊は発足する。
人体実験は、
- 手術の練習
- 未知の病気の発見のための感染実験
- 病原体の感染能力増強のための感染実験
- 新しい治療法開発のための実験
- ワクチンや薬品の開発のための実験
という展開をしていく(生物兵器をばらまく側が感染した場合の対策が不可欠だから)。
しかし、731部隊でなされていた人体実験は、狭い意味での細菌兵器の開発とそのための訓練という脈絡では説明しきれない、医者集団の人体に対する興味本位の実験も含まれていたようである。
こうした実験の実情は、
- 旧ソ連軍による捕虜となった者と研究資料の接収
- 同じく中国軍によるもの
- すでに本国に送られていた研究成果の報告書をアメリカが接収したもの
- 帰国した医師たちへの調査
といったルートで公にされた。
アメリカに接収されたデータは、朝鮮戦争で実戦に活用された可能性はあるが、その決定的な証拠はないという。
どのような残虐な実験が行われたかについての具体的な描写は本書を実際に読んでいただこう。
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本書の筆致は非常に明晰で冷静で簡潔なものであり、猟奇性や煽情性、政治性はほとんど全くない。
筆者は日本の大学研究と科学技術発展の歴史が、政府による官営主導に端を発しており、国家政策のための研究というお題目がたてばなんでも平気でやりかねない体質をもつことを指摘している。
いずれにしても、ほんの2時間でもあれば読み通せる新書であると思う。
特に歴史や医学に関する予備知識は不要なので、手に取られることをお勧めしたい。
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