「否定と肯定」 -ホロコースト否定論者との対決- 【完全ネタバレあり】
アメリカのホロコースト否定派の歴史家、デヴィット・アーヴィングが、「ホロコーストの真実」の著者、大学教授のデボラ・リップシュタット(名前から見てドイツ系ユダヤ人であろう)が自身の著作を論破したことをイギリスの法廷に訴えた裁判を、史実に即して描いた法廷劇である。
イギリスの裁判においては、被告のほうが原告の起訴が不当であることの立証ができねばならない。
リップシュタットは裁判を受けてたち、大人数の優秀な弁護団のもと、弁護士なしのアーヴィングに挑む。
弁護士は、アウシュヴィッツの生存者が証言台に立つ戦略をとらないことをデボラに告げる。
それは、裁判において、アーヴィングからの反対尋問によって、サバイバーたちが二次被害に遭うのを避けるためである。
セリフの英語を直訳すれば、「裁判はセラピーの場ではない」。
更にもうひとつ、弁護団からデボラは、裁判の際に一切発言しないことを要請される。アーヴィングにつけこまれるからである。
法廷弁護士はリチャード・ランプトンという人物。ドイツ語が全くわからない。
デボラと弁護団は、ポーランドのアウシュヴィッツ跡に向かう。リチャードは約束の時間に遅刻する。
焼却炉は1944年、更に戦争が終わる1945年5月に破壊されていて、その建物の構造はフランス人収容者による絵が残されているだけであった。
「シャワー室」は「チフスに感染させるシラミの除去」を目的とされていた。その際ガスが使われていたのだが、このガス室の青酸化合物の痕跡の濃度より、死体安置室の方がはるかに遥かの濃度が高いことを根拠に(アーヴィングの関係者が無断で壁の一部を削り取って持ち帰っていた)、アーヴィングは、「シャワー室」がガスによる殺傷の場所ではないと著作で書いていた。
デボラは言う:
「シラミの駆除のためには人間の殺傷の20倍の濃度が必要」
と。
弁護団は陪審員により審理ではなく、判事ひとりという審理を提案する。「あなたの長年の著作の内容が、短期間の裁判で一般の人にわかるように説明できるわけがない」と勧められて、アーヴィングもその条件を受け入れる。
裁判の第1日、アーヴィングは、
「リップシュタットの著作は『私の処刑』だった」
と切り出す。
これに対して、弁護士リチャードは、アーヴィングの著作の第1版と第2版では叙述が大幅に修正され、ホロコーストに関する記述が消えたことを指摘する。
更に「ロイヒター・レポート」という、後に捏造が発覚した文書の出版の序文を書いたことを問題にする。
後日の法廷。
デボラ側の弁護団は、ガス室の3Dシミュレーションを映写しながら論証しようとするが建物に4つの柱が立っていた、その中が空洞になり、網がめぐらされていて、上からガスが投入されたと主張したが、アーヴィングは、航空写真上の4つの「影」が、柱の経っていた「穴」であることを証明できるかと突っ込んでくる。
これに対して、リチャードは、この部屋には4つののぞき穴がドアにあった写真があるが、これは何の目的か、と問い質す。
アーヴィングは、「防空壕の敵機確認穴だ」とこたえるが、それにたいしてリチャードは、
「この建物が防空壕だとすると、将校の建物から4キロも離れていて、現実的ではない」と反駁する。
デボラは、この時、なぜリチャードがアウシュヴィッツでの待ち合わせに遅刻したのかを悟る。距離を測っていたのだということ。
また、アーヴィングは、すぐに焼却するのにその前に消毒するためにシアン化合物を使用したとしていたことの矛盾をつかれる。
更に後日。
匕ムラーの電信記録はすべて保存されていたが、「ベルリンからユダヤ人をアウシュヴィッツに移送のこと。ただし処刑はなし」となっていたのを、ヒトラーにアウスヴィッツ虐殺の意思なしとアーヴィングが書いていたのについて、弁護士リチャードは、できなかった筈のドイツ語を少しは勉強していて、ここでいう「ユダヤ人」が、複数形ではなく単数形であること、アーヴィングがそれを知りつつ著作の中で単数形に意図的に「改ざん」したのではないかと指摘。
これに対して、アーヴィングは、「うっかりミスは誰にでもある」と言いつつ狼狽する。
更に後日。
アーヴィングのホテルでの同調者パーディーのTV映像が法廷で放映され、そこでアーヴィングが男女差別主義者であることが露呈される。
そして、日記の中から、生まれて9ヶ月の娘に向かって、「混血でなくてよかった」という意味の子守唄聴を聴かせていたという記述を発掘し、アーヴィングが根っからの差別主義者であることの立証とされる。
更に後日、アーヴィングは、記述に25箇所の誤りがあることを指摘されると、「ミスは誰にでもある」と、これまた狼狽する。
これに対しリチャードは「おつりのミスが常にヒトラーに有利にはたらくはずがない」とこたえる。
ここで判事がはじめて介入し、「ある人が反ユダヤ主義的でありかつ急進主義的であった場合、心から反ユダヤ主義者になれるであろうか。人が見解を示すのは、それが自分の考えだからですよね? 彼の反ユダヤ主義は彼の信条ではなく、資料改ざんの行為とは関係ないのでは?」とリチャードに問う。
これに対してリチャードは、「いいえ、弁護側は2つの関連を証明しました。」と答え、それに対して判事は、「彼は信じ込んでいるだけでは?そこがとても重要な点です」と言う。
これに対してリチャードは、
「彼が反ユダヤ主義的であり、ホロコースト否定に正当性がなければ、2つをつなぐことは拡大解釈とは言えません」
と答弁する。
ここが一番急迫する場面なんだけど、訳の問題もあるのか、私の英語理解力の限界もあるのか、今ひとつピンとこなかった。
でも、デボラも「何があったの?」と振り向いていて、理解できない様子でしたが。
後にデボラがアメリカに戻って友人に語ることには、判事が、
「アーヴィング氏は、心から反ユダヤ主義を信奉している。信念に基づく発言なら、ウソと非難できない」
と述べたことになるという。
これで8週間におよぶ法廷は結審。
判決文は実に334ページに及ぶものであったが、結論だけが書かれていない。
判事の言葉:
「彼の著作は思想信条によって、事実と異なる形に『改ざん』されている」。
デボラは、記者会見で、やっと雄弁になることを許される。
「何でも述べる自由はあっても、ウソと説明責任の放棄だけは許されないのです」。
******
知的なアンドリュー・スコットは魅力的。
ただ、余計なサイドストーリーはなく、ましてや色恋沙汰は皆無、事実を忠実に追いかけることを何より心がけた映画。
映像美は十分あります。
Gyao!で8/26まで無料配信中。
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