ETV特集「ドキュメント 精神科病院×新型コロナ」【追伸つき】
すでに7月31日に放送され、Twitterでもいろいろ話題となったが、普段テレビを全く観ない私は本放送に気づかす、あわてて8月5日深夜の再放送を録画しておいたが、それを忘れていたので、遅ればせながら視聴記を書きたい。
【ETV特集】
— NHK広報局 (@NHK_PR) July 30, 2021
今週は『ドキュメント 精神科病院×新型コロナ』
東京都中から精神疾患のあるコロナ陽性患者を受け入れている、都立松沢病院のコロナ専門病棟。コロナがあぶり出した、日本の精神医療の姿をお伝えします。
31(土)夜11:00 #Eテレhttps://t.co/wrhK4ZwzzM
日本の精神科医医療の頂点に立つと言っていい、全国最大の都立松沢病院では、新型コロナ蔓延による都内の精神科病院の入院患者治療のひっ迫をうけて、20床の専門病床を昨年5月に開設し、他院のコロナ重症患者の入院受け入れをはじめた。それから1年間の密着ドキュメントである。
松沢では、精神科医とコロナ専門スタッフの合同チームを立ち上げ、一般病院では受け入れてもらえなかった、精神科入院コロナ重症患者を移送してもらって、コロナ治療と精神疾患治療を並行して行ってきている。
精神科病院において、重い精神疾患患者は、多くの場合狭い共同部屋に入院しており、治療・看護スタッフも密接なケアをせなばならない。これがコロナ感染の温床となり、患者ばかりか、治療・看護スタッフを含めたパンデミックを生じることが多いが、そのことについてはほとんど報道されていない。
精神科入院患者は、高齢で持病も重症化していることが多いが、一般病院に比較すると治療が劣ることがただでさえ少なくない。ましてやコロナに対しては十分な治療体制を持たないところが多い。
ところが、そういう精神科入院患者を一般病院は受け入れてくれないことが多いのである。
都内X病院では249人のクラスターが生じた。
松沢病院に移送されてきたコロナ重症患者は、そもそも基本的な身体のケアがなされておらず、壊死とが腎盂炎の治療がなされないままになっていることが映像でも示される。
古い病棟においては畳敷きの布団就寝のことも多く、個室は保護室のみであり、密な状況に置かれざるを得ず、通常であれば非常にストレスの多い環境であるが、入院歴が長い患者が多く、そういう過酷な環境にも慣らされている。
保健所の指導を仰ぐと、なるべく陽性患者と陰性患者を隔離するように指導されるが、一つの病棟全体をレッドゾーンとして隔離し、陰性患者も皆陽性患者となり、職員も3割感染していよいよ職員ひとりあたりが担当する患者数は増えるという悪循環が生じた。
精神科においては通常科の3分の1の医師、3分の2の看護師が担当するのでいいと法令では定められており、スタッフひとりあたりの担当患者は20を超えることもある。
こうした背景には日本の精神科医療の歴史があり、隔離医療政策のもとで、精神科特例として、少ない医療担当者で多くの患者を診るのが当たり前となっていたことがある。
世界の2割の精神科病床数が日本によって占められており、現在27万人が入院している。
退院促進が行われない状況には、日本社会の精神疾患患者への偏見の強さがある。
ある精神科団体の会長は、
「医療を提供しているだけで社会秩序の担保となっている。暴力を働く患者が社会に解き放たれ、警察や保健所が困るだけ」
とうそぶく。
患者と家族との関係はいろいろである。
家族のひとりたけに精神疾患者のケアが押し付けられていることも多く、外泊ですら徘徊などが生じて対応できないことも少なくない。
30年以上入院している患者も少なくなく、家庭にも地域にも受け入れらないまま、いわば「必要悪」として長期入院が機能している現状がある。
番組には、精神症状が落ち着いても30年以上入院を続けている患者が登場。退院して受け入れる環境もない。
ある精神科医は、
「社会には精神疾患患者のことを、自分の問題として引き受けたくない、患者を怖いものと見ている風潮が根強い」
と語る。
都内のY病院から移送されて来たコロナ患者は排泄物の処理すら長い間なされないまま放置されていた。
この病院では、大部屋に陽性患者のみを集め、突如南京錠を設置して閉じ込めた。
畳じきの30畳のへやに詰め詰めで、真ん中にトイレがひとつ設置されているのみ、ナースコールもなく、大声で「水をくれ」と叫んでもなかなか供給されない状況に諦めの状態にある。
保健所が訪問しても病室の中を見ることはしないまま廊下を歩き去ってしまう。そうした状況に対して保健所は取材拒否。
Y病院は、患者の証言によれば、保健所から視察に来た時だけは鍵を外し、視察が終われば再び鍵を閉めてしまう。
日本では、精神科のコロナ陽性入院患者の6割が一般病院に転院できず、拒否されている。
松沢病院院長は、
「世の中で何かが起こると歪みはまず弱い人に行く」
と語る。
現在、精神科145病院に4600人のコロナ重症患者がいるという。
******
コロナの蔓延は、日本の精神科医療の抱えた長年の問題をあぶり出したと言ってよいことがこのドキュメンタリーの結論であり、単なるコロナクラスターの病院入院患者における蔓延についてのレポートではない。
すでに述べたように、精神科入院患者の大病院における、場合によっては何十年にも及ぶ、しかも劣悪な環境での収容がままあるという現状は日本固有である。
番組でも語られていたが、現状では、精神科病院において患者の待遇改善のための施設や人員に投資をすると、病院自体の経営が行き詰まり、不十分なケアしか受けらない患者が社会に放り出されるという危ういバランスにある。
抗精神病薬が開発されて以降、他諸国では開放政策が進み、地域におけるケア・システムが高度に整備された国も少なくないが(例えばイギリスの状況をこのエントリーで紹介した)、日本ではこの社会的包摂の力がまだ弱いままである。
精神障害者への偏見と差別も根深く、早期に薬物療法を開始すれば、入院を継続しなくでも(あるいは入院をそもそもしないまま)、通院医療だけで、さして問題を起こさずに社会適応できることも多いことすら一般の人は知らないことが多い。
働けなくても、障害年金を受け、社会の目立たないところで、作業所やグループに通いながらも、静かに生きられることも多いのである。
それすら不可能な人が、症状の急性期に、一定期間入院しては退院できるというのが、今日において可能なはずの社会のあり方である。
しかし、日本においては、例えば保育園を新規に開設しようとするだけでも「騒々しくなる」と地域住民が反対運動を起こすぐらいに、「平穏な」生活を守ろうとする圧力が、むしろ以前より高まっている風潮があり、ましてや精神障害者の施設となればいわずもがなという現状がある。
こうした現状を打破するためには、国や地方自治体の、法律、条例改正を伴う精神障害者支援制度の改革が必要だが、現状では、民間の手に委ねられている傾向が強い。
ネットにおいても、何かというと精神障害者への差別と偏見は根を立たず、事件やトラブルがある度に不当な診断名でレッテル貼りがなされる傾向が強いままである。
我々専門家も、そうした傾向の是正のために、こまめに、地道に、発信し続けねばならないと思う。
*****
【追伸】:番組の本来の趣旨から若干外れ、私は医者ではないので遠慮してしていたことを追伸します:
統合失調症そのものが軽症化し、しかも非定型精神病薬(リスパダール、ジフレキサ、セロクエル等)の投与が主流となる中、予後が良好な患者が増えている傾向があります。
統合失調症は生涯治らない(だから「寛解」という言葉を用いる)と言われていたのが、「治る」患者さんも増えてきた。
ですから、長期入院が必要な患者自体が減少し、長期入院してきたいる患者の多くは、旧式の抗精神病薬を投与されていた時代の人の掃き溜めという傾向が強いわけです。
こうなった背景についてはいろいろ言われているようですが、発達障害の患者が増えることと反比例するかのようにして統合失調症の患者自体が減っているのではないかとも言われています。
発達障害の「増加」の背景には、見かけ上の増加、つまり昔は発達障害についての診断基準自体が未整備だっため発掘されていなかったということと、晩婚化の影響等が言われています。
ある意味では統合失調症の素因が発達障害の増加によって覆い隠されてしまったという可能性があることになります。
いずれにしても、旧態依然とした長期間の大病院収容から、適切な薬物投与での通院治療で済む層が増えているということにもなります。
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