「おおかみこどもの雨と雪」に対する優れた評論について(第3版)
先日地上波テレビで放映されたばかりだが、その翌日、河野真太郎氏による、長文の評論がネット上に掲載された。
これがひとつの「解釈」であるとしても、「評論」というものは、このくらい書ける必要があると思う。#おおかみこどもの雨と雪 https://t.co/bzYPecx6Ql
— chitose (@kasega1960) July 3, 2021
この批評そのものの要約的な紹介は、私の手に余るのでしないでおく。
すでに上のTwitter埋め込みで述べたように、「評論」とは、仮にひとつの「解釈」であり、「誤読」であったとしても、このような水準であるべきだと思う。
まず、この河野氏のレビューには、この作品を、守備一貫した思想性と構成を持つものとして読解させ、ひとつの完成された作品として理解「可能」であることを示してくれた点で、注目に値するものだった。
おそらく監督の細田守氏自身には、こうした意図を持って自覚的に作品を創造したわけではないであろうにしても。
ここでは私なりに論点を絞って、河野氏のレビューへの感想を述べたいと思う。
*****
河野氏は、おおかみ人間というのは、「差別」の対象であるということの象徴だと解釈する。
控えめに言って、主人公の花と、その彼氏で、二人の子供を設けることになるオオカミ男本人には、「本性を隠して生きないと、オオカミ人間は差別される」という意識が強くあったとは思える。
彼氏とその先達に、てっきりオオカミ人間であることを晒した時点で、ひどい目にあった経験があるのかもしれない。
私は、「差別」とは、本来同じ人格を有しているという点では全く対等な人間どうしが、民族・国家や肌の色、宗教、被差別部落のどの出自、経済的格差、政治的な立場、身体の構造や精神的障害、肉体的な力、があるかどうか、学力・学歴、性別、顔の容貌やファッションセンスなどによってものとされることであると考える。
「差別」とは、自分の許容できない「異物」に遭遇した時の、自分の方がフツーである、(あるいは「優秀]である)という認識の中から生じるものだと思う。
なるほど、「オオカミ人間」というのは、伝承やフィクションの世界の中で、人間に危害を加えてくる、恐ろしい存在であるという潜在的認識が人々の中に存在する。
ましてや、人間とオオカミが交わって生を受けたオオカミ人間など、「血的な純粋性」の点からしても、「けがわしい存在」ということになる。
一方、歴史上には、動物と交わって生まれた存在が、むしろひとつに「超人」的存在とした、崇めたて奉られることもある。チンギス・ハーンにおける、祖先はオオカミと交わって生まれた存在であるという伝承など典型であろう。しかし、人より能力のあるものも、差別の対象となり得る。
この物語の中で、実母に捨てられ、雪の両親と同様の「無縁社会」に放り出された転校生の草平が、雪を当初「獣臭い」と言い放つ。彼だけが見抜けたのだ。それが彼自身が疎外感と孤立の中に生きてきた存在であることから可能な「嗅覚」であろう。
(私は、この「獣臭い」という指摘は、思春期に入ろうとする女の子への、生理を始めとする事柄への、男の子の「嗅覚」であると解釈することも可能であろうと思う。)
雪は自分がおおかみ人間であることを最後にはカミングアウトすることによって、人間社会の中で生きていこうという決意を抱くことができた。
雨は、むしろ、人間共同体から疎外される、人間からみれば「影」の世界である、森と動物たちの世界で生きることを選ぶ。
このどちらかの「選択」を迫られるということは、ある意味で「残酷」ですらあある。
*******
私個人は、当初、この作品を見た時に、何か釈然としない思いをいだき、ラストシーンでも、さほど感動しなかった。
しかし、この河野氏の「解釈」によってやっと一本筋の通った理解ができるようになったと思う。
私は、これまでは、前作「サマーウォーズ」のほうが、ある意味で深みのない娯楽作品であるが、完成度は高いと考えていた。
「サマーウォーズ」は、ある意味で「深読み」をしなくとも、作品の自律性と完成度は高い。
興味深かったのは、他の登場人物の大半が、デジタルネット社会に順応して人との絆を結ぶ存在になっていたのに対して、一家を支えるおばあさんが、ネットを介してではなく、唯一、手紙とアナログ電話を通してコネを頼りに事態を打開しようとしている点への驚きであった。
「解釈」をしなくていい自立した完成度と言う点では、近年私が観たアニメーションの中で究極なのは、おととい紹介して手短な感想を述べた、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」くらいであろうか。
この「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」という作品は、私が観てきたアニメの中で、一番秀逸なものであるという評価すら与えたいと思っている。
新海誠監督の最大のヒット作、「君の名は。」ですら、少し難解なところがあり、解釈によって「補完」させなばならない気がする。
その意味では、個人的には、「言の葉の庭」の方が、すべてを映像と物語が描き出せていて、無条件に好きな作品である。
でも、「解釈」の多様性の余地のある作品というのも、すばらしいと思う。
******
なお、近日中に、新海誠監督の「天気の子」、細田守監督の「未来のミライ」についての感想も書く予定なので、お楽しみに。
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