NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(1) [第2版]
この番組には、ゲストとして、日本うつ病学会の理事長である野村総一郎医師以外に、自身が10年前に軽度のうつ状態を体験したという、政治学者の姜尚中(カン・サンジュン)氏、そして、欝体験(および、欝を家族として支えた体験)を持つ3名の一般市民の方をスタジオに招かれている。
この番組の特徴は、日本の精神医療における欝治療(特に薬物療法)の危なっかしい側面を、恐らくこの種のテレビ番組としてはこれまであまり描かれたことがなかったくらいにつっこんだ次元で、説得力ある形で、しかし、感情的な医師悪玉論や偏見に満ちた薬物療法批判にはならない形で、クールに描き出したことであろう。
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番組の最初には、欝の治療が何年にも及ぶまま成果が出ないような患者さんに、実は症状を悪化させすらする形でしか薬物の処方がなされていない場合がかなり含まれるのではないかということについて検証していく。
先述の野村氏が指摘するのは「薬を増やせば症状を抑えられる」という誤った認識が現場の医師の多くにあるのではないかということである(この番組では明言されていないことを補足すると、いわゆるSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)の場合、「用量依存性」は少ない、つまり、量を変えても効果の変化が少ないという性質を持ち、原則として単剤を、徐々に増やしたりせず、最初から一定量ドカンと処方するのが適切とのことである。徐々に増やすというやり方で、薬が身体になじんでいるために、増やした分だけの効果増強は実は出なくなる。それなら最初からまとめて出す方が効果があるということです)。
これは同じ薬の量だけではなくて薬の種類にも及ぶものであり、極端な場合、初診の段階から数種類以上の薬を出すことももあるというのでは、どの薬が効いていて、どの薬の副作用が生じているのかがわかりようもなくなるはずということが指摘されている。
野村氏は、「抗うつ剤の処方は単剤処方が原則.....少なくとも3種類以上同時に抗うつ薬を処方するのは回避すべき」と明言する。
(ここで、「抗うつ剤の」処方は、と書かれている点に注意。うつの人に出される薬全体のことではない。。双極性障害(躁うつ病)でないうつ病に関していえば、抗うつ剤、抗不安剤、(不眠があれば)睡眠導入剤の3種類が同時に処方されることはかなり一般だろう。これらの中の抗うつ剤ジャンルだけで3種類はまずあってはならない、ということである。私見では、抗うつ剤2種類以下、抗不安剤2種類以下、睡眠誘導剤1種類、しかもこれらトータルで4種類以内でまとまっている処方なら、そこそこ適切であることが少なくないかと思う)。
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私が臨床心理士として開業していて現段階で一番多く受けている相談は、実は「うつ状態で長年通院して薬物療法を受けているが、医師の処方に疑問を感じ始めた」という皆様である(実はこうして久留米に居を移してからいよいよ比率が高まった)。
もとより、精神医学的な診断を正式にできるのは医師のみであり、薬物の処方は医師にしかできない。しかし、カウンセラーが一定以上の水準の薬物療法についての認識を持っていることは、現場臨床において不可欠であると考えている。医者と患者さんのコミュニケーションが良好で効果的なものになるための実践的アドバイスをしていくスキルを、現場の(特に)開業カウンセラーは十分に身につけておく必要があるはずだ。
この件については以前にも書いたが、現段階での私の考え方は、それを書いた当時よりもかなり踏み込んだものになって来ている。つまり、前の記事では「薬についての知識がそんなになくとも」と書いていたが、今の私は「カウンセラーでも、かなりの程度の知識があったほうがいい」と考えるに至った(もとより、お医者さんを横槍を入れられたと怒らせたりしない形での伝え方のコーチというのも、そうしたコミュニケーション改善のためのアドバイスのスキルの重要な一部である ^ ^;)
鬱に関していえば、例えば、SSRIの中でよく処方される「抗鬱薬」に、ルボックス(=デプロメール)とパキシル、そして最近はジェイゾロフトがある。これらの薬は、基本的にはSSRIであるにもかかわらず、欝に対して共通の働きの面も大きいのだが、消化器関係の副作用がまるで正反対なのだ。
個人差はあるが、一般的に言って、ルボックスとジェイゾロフトは体重増加を招きにくいのに対して、パキシルは体重増加を生じやすい。パキシルは、便秘がちになりやすいばかりか、ストレス解消のための無茶食いを喚起しやすいようにも思う。これに対して、ジェイゾロフトの副作用としての展開中の典型は下痢と食欲低下ということになる(人によってはほんとうにひどい下痢が続くこともある)。
だからといって、これらの正反対の薬を一緒に飲めばお腹の調子がちょうど良くなるなどというふうには都合よくいかない。薬の効き目や副作用はは単なる足し算引き算では説明できないことが多い。同時に飲むと「相互作用」を起こし、思いもよらない副作用を引き起こす可能性も高い。直前の記事で紹介した笠陽一郎医師は「ルボックスとパキシルを同時処方するなどもっての他」と、ご自身のサイトで辛口コメントしている(前述の、今日日本でSSRI系の抗うつ薬として使われている3種類についての笠医師の比較がこのページにある)。
(もとより、効き目には個人差がありますから、併用処方で欝が改善し、消化器系もバランスが保てている患者さんを不安に陥れるつもりはありません!)。
かといって、例えばジェイゾロフトを処方されて下痢になった3日目にゾロフトの処方をいきなり中止して、更には別の抗うつ薬に切り替えてしまうお医者さんがいたとしたらこれまた疑問符だと思う。投薬最初期のみであっさりおさまる副作用もあるわけだし、まるで患者さんの「注文」のままに目先の苦痛除去をしていくことが治療であると勘違いしておられるのではないかと想像したくもなるお医者様もおられるからである。
ひどい場合には、患者さんと見解が対立すると、両者の考えに沿った薬物をどちらも同時に二重処方し、「好きにしたら」と様子をみる、患者さんに博打を打たせるお医者様も現実にある。「お持ち帰り用ケーキバイキングコース」あるいは「闇鍋」ではないのだから、仮に2つの診断仮説の薬を全部同時に飲む患者さんがいたらたいへん危険だと思うのだが。こうした場合と、「頓服」というはっきりした服用指示があるというのは全く異なることではないか。
一般論とすれば、副作用止めを同時に出すことは、できればなしで済ませられるに越したことはないとはいえる。しかし、殊にご本人が、主剤の抗うつ薬について、「欝の軽快には効果があるみたい」とすでに実感していた場合、薬理学的相互作用を起こしそうにない消化剤や止瀉薬を出したらバランスが取れたというのであれば、それはそれでそこそこ現実的というケースもあるはずである。この点は抗不安薬などの副作用止めを「安易に」幾つも出す場合ほど弊害はないと良心的な医師なら考えるだろう。<>/p>
2週間ぐらい経過を見てはじめてその患者さんの身体に安定した薬理作用が生じるよう薬も多いのである。ジェイゾロフトの場合、数週間単位で経過を見ると、欝の改善につれて、いつの間にか止瀉薬を飲まなくても下痢をしにくくなっていく患者さんも少なくないようだ。
(患者の皆様、こうした場合も、市販薬に自分勝手に頼らず、精神科や心療内科の医師に、通院予定日を繰り上げてでも診断を受けたうえで消化剤や止瀉薬を出してもらう方が、適切な薬を調合してもらえる可能性があるかと思います。保険適用で安価になるはずですし)。
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さて、抗うつ薬の併用や徐々に増加させていくことの弊害についてて、番組の中で、野村医師は、図版を示しながら、次のような説明をする。
「セロトニンが増えすぎても問題を起こすことが多いのです。今度はドーパミンが減り始める。そうなると、その人は無気力になる。それを医師が欝の悪化と誤解して更に抗うつ剤を処方するという悪循環に陥る」
こうして、単に無気力になるばかりか、記憶が抜け落ちたり、倒れたりなど、患者さん自身ははいよいよ苦しい心身の不調に苦しむことになるわけです。
(この点について補足しますと、以前にも書きましたが、重度の欝というのは、実は「無気力」な場合とは、程度の違いだけではなく、かなり異なった質の体験であることを患者さんは実感上識別できる場合も多いのです)
私は薬の専門家ではありませんが、SNRI(セロトニンおよびノルアドレナリン再取り込み阻害薬)や三環系・四環系抗うつ薬のいくつかにおいて、体内でにドーパミンを産出するために必要なノルアドレナリン再取り込み阻害という効果がある薬が少なくないのも、単なるセロトニン再取り込み阻害だけではドーパミンが減り出してしまうことを前もって計算に入れている面があるのかもしれないと個人的には感じました。
更にいえば、現在日本で認可された最新のSSRIであるジェイゾロフトに、実はこのドーパミンの減少を抑止する作用もあることは、ネット上の薬情報のサイトではあまり書かれていないことのように思えます。このことに言及しているのは私が見つけた範囲では、wikipediaでの記述のみです。
> セルトラリン(=ジェイゾロフト)の一つの性質は軽いドパミンの再吸収阻害効果である。
この記述を素直に読むと、効能の上で、ジェイゾロフトにはSNRIにも通じる隠れた作用があるようです(日本で認可された唯一のSNRIとしてのトレドミンは、次第に医者の間でも次第に評価が下がっているようですが、その一方、日本でもこの1年ぐらいの間にジェイゾロフトの評価が高まり、ネット上の記事も一気に増えたのは偶然でしょうか?)
私のお会いした人の中には、「パキシルからジェイゾロフトに薬が変わったことによって、寝覚めのすっきり度が目に見えて変化した。ただし以前に比べると、食べ物をおいしく感じられなくなったし、無理をして頑張ることもできなくなった」などと表現した人もあります。
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更に最新情報を書きますと、すでに時代はSSRIやSNRIの先に進みつつあります。NaSSA(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ剤)という新しいタイプの抗うつ薬が、日本でも2011年の商品化を目指して治験中のようです。
このことについて詳しく言及している日本語の記事は、今のところ
●新型抗うつ剤「NaSSA」販売で、明治製菓と日本オルガノンが契約(「うつ病ドリル」サイト)
●NaSSAの利用(教えて!goo)
.......この2つしかないようです。
(【注】.....日本語サイトで”NaSSA”を検索すると、現状ではしっかりした説明文はこのサイトにしかないので「紳士的に」サイト名を示し、リンクも張りましたが、この「うつ病ドリル」サイトは、うつ関連の多様な情報サイトのように見せかけつつ、実際には、すべてのページの一番目につく箇所に、ある特定業者からサプリを購入するように仕向ける強迫的なまでの仕掛けを持っており、この点で、うつ関連サイトの中では「問題サイト」であると私は判断しています。実は、この執拗な繰り返し構造そのものが、実はうつに悩む人を商品を買うように誘導するために受けさせる「ドリル」なのかもしれない(^^;)サプリそのものがうつ改善に役立つ人も少なくないことは確かなようですが、手法が悪辣です。ちなみに、私があるクライエントさんから聞いたことですが、このサイトの掲示板にまじめに批判的なことを書いたら即刻削除されたとのこと!!)。
前者によれば、
>NaSSA (ミルタザピン)とはセロトニン・ノルアドレナリン両対応の薬だが、SNRI とは違って再取り込みを阻害するものではない。センサーをだましてセロトニンとノルアドレナリンの備蓄を放出させる薬。
具体的には、セロトニンがどれだけでているかのセンサー(α2ヘテロ受容体)と、ノルアドレナリンの同様のセンサー(α2受容体)をふさぎ、セロトニンやノルアドレナリンが出ていないと錯覚させる。するとセロトニンやノルアドレナリンの備蓄が出てきて濃度を上げようとする。
また、セロトニンに関して言えば精神安定に作用する5-HT1という受容体にセロトニンが結びつきやすくするために、5-HT1以外のセロトニン受容体をふさぐことでセロトニンが5-HT1へ流れていく確率を上げる(セロトニン受容体は14種あることが分かっているが、5-HT1以外の13種全てをふさげる訳ではない)。
つまり、再吸収口をふさぐのではなく、うつ病に関係しない受容体をふさぐ。。
・・・・・つまり、この新薬は、セロトニン濃度を「実際に高める」のではなくて、出ていると「錯覚させる」。これにより、セロトニン過剰によるノルアドレナリンの減少という副作用をなくすことを狙っているわけですね。
夜先に述べた、番組内での野島医師の発言は、こうした今後の展開をご承知の上でなされているものかと推測します。
続きはこちら。
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