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2021年6月21日 (月)

サブスクリプション型ストリーミング配信サービス3社の比較

楽天ミュージックとAppleは競争心剥き出しという感じ。

楽天ミュージック、結構クラシックで予想外にがんばってます。クラシックが古めの録音でもハイクオリティなのに驚きました。

上に書いたように、音質的には、Apple Musicが「最良で」256bpsなのに対して、楽天ミュージックは320bpsで優位です。

ただし、この320bpsというのは、「設定」で切り替える必要がある点に注意しましょう。DVDとか、楽天の関連商品にリンクを貼っているの独特。

パソコンでの再生はできません。

ところが、 私のJVCのオーディオコンポにbluetoothで飛ばすと、ホントとてつもない音がします。

Apple  Musicは、前にも紹介したように、ブログとかにもリンク貼り付けできるのが独特です。

どういうわけかわからないけど、同じ曲の同じ演奏で、iPhoneでの楽天ミュージックのほうが、androidでのように音がダブつかず、反応もハイ・スピードのような気がする。音切れはandroidの方がiPhoneと違ってないに等しいんだけど。これは謎である。

 

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2021年6月19日 (土)

楽器やオーディオ装置は「薫習」される。

本日、

●JVC/ケンウッド コンパクトコンポーネントシステム ブラック EX-S5-B

のエントリー、ついに当ブログ、アクセスランキング一位に躍り出ました。

随分取り乱した(^^;)エントリーですのに、これだけお読みいただいていることに感謝申し上げます。

(他にもベスト10にいくつもオーディオ関連のエントリーが入っていて、まるで当ブログ、オーディオサイトですね。・・・まあ、現在の狙いどおりでもあるのですが)

上記のエントリー、改訂に改訂を続けてきたのですが、とりあえずの結論は以下の通り:

この製品、価格.comプロダクトアワード2015で金賞を受賞して

もう一つ受賞していてlife style vgp 2016です(URLはうまく探せませんでしたが)。

こっちの方が、完全にプロの選考なので、信頼性は高いと思います。

この製品がむやみに音がよく聴こえる原因について私のエントリーの最新版改訂でさらに分析・解説したのですが、私の後の私の聴き込みで、この製品がアコースティックなものに有利という一般の評判がまるでくつがえされ、元の録音に全く無関係で、実は「万能」ではないかという結論に達しました。

それは木製のスピーカーコーン(最終的な振動盤)における、自然材だけど複雑な材質のものが、「擬似的」にデジタル→アナログ変換以上の性能があるかのように音を「創成して」しまうということ。

紙のコーンのように均質ではないからこそ音がいいように感じさせるということ、つまりスピーカーが「バイオリン」そのものだということですね。

だからハイレゾですらなくても音が生々しくなってしまう。

バイオリンは倍音成分あまりに多く、遥か上まで延びているいから、CD規格ではまるでナマとは程遠い再生しかできない。ある意味ではアナログという、倍音成分を付加してくれる再生の方が有利ですらある。 

実はバイオリンぐらい、生の演奏(特にオーケストラ)とオーディオとが全くかけ離れてしまう楽器はないように、ライブとの経験比較でも感じています。

ライブで頭に「ヴーん」とくる感じがオーディオではほぼ再現不能であるという印象です。

バイオリン一丁ならまだしも、それらが数十丁同時に鳴る。奏者も奏法も違えば、楽器の材質も一丁一丁異なるものが渾然と鳴ってくるんだから、もうどうしようもなく再現不能ですね。

これが、ウイーン・フィルのように、奏者の奏法も同じ教育機関で伝統的に代々受け継がれ、楽器そのものも同一工房でのものが親子代々受け継がれていると、音がライブでも非常に美しく聴こえ、オーディオ再生でも有利になる原因のひとつにもなります。 

*******

話題がバイオリン再生の方に向かいましたので、そちらにこのエントリーのテーマを深めていきましょう。

なぜバイオリンの名器と安物のバイオリンの音に聴き比べでなかなか当てられないかという問題は実に複雑でして、

これは特にいったんデジタル処理としたらもう区別はつかないでしょうね。

生楽器のライブ比較だったらまだしも慣れればわかるとおもいますが。

・・・ひとつには古い名器の方が音がいいはずという思い込み。

そして、バイオリンの形状(F字の穴とか)やニスの塗り方の違いの問題もあります。

次は、骨董品と同じで、奥の人の手に実際に触れ、年が経てば経つほど材質が純化せれるということが素人の耳ではわかりにくいということ。

この「年月を経ての材質の純化」ということと、「新しく作られた」ということの聴き分けが難しい。

唯識仏教の用語だと、「薫習」と呼びます。多くの人に「鳴らし込まれる」と味が出るということですね。

ですから、これは「のだめ」でも描かれましたが、古い楽器を誰も演奏せずに保管しているととんでもないことになります。絶えす名奏者の手で演奏され続けなば駄目です。

これはオーディオにも言えることですが・・・いろんな録音のレコードやCDを聴き続けなければ装置はただ劣化するだけです。

そして、これは美術の方がわかりやすい現象でして、名画を「洗いだして」過去の状態に引き戻したら、明晰だけど味も素っ気もなくなると言うじゃないですか。それと同じです。

ただ、昔の名器をコンピューター画層解析して、名器と同じものを復活させようという試みがよくなされていて、これは一定の成果をあげていますが、これなんてどうだろう? 安物の楽器と聴き比べれば音質差ありありかもしれないと思います。

この聴き比べでは、1719年のが、倍音成分が多くて、好きかもしれません。

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2021年6月18日 (金)

「ミンキーモモ」の脚本家、故首藤剛志氏に、脚本の今後の展開について相談される夢。

朝になりましたが、さっきまで、また夢をみておりました。

*******

わたしは高校生です。しかし実際に通っていた高校とは違うようです。

私は、どういうわけか授業をサボって校内をうろついていました(私は現実にはサボったことはありません。皆勤で、ついでに言えば、生徒会副会長、成績優秀な模範生徒ということになっていましたから)。

ところが、いざ教室に戻ろうとすると、どうしても自分のクラスにたどり着けません。

正確には2年生で、校舎の2階に私のクラスはあるのですが、なぜか2階にたどり着けず、どれだけうろうろ探し回っても、上級生のいる3階と、最上階の4階にしかたどり着けないのです。

あるいは突如グラウンドを延々ランニングしている(・・・あ、これだけはすぐわかる。「ウマ娘」の影響だ)。

そうした経過を経て、自分のクラスにたどり着けたと思ったら、「今日のこの時間は、このクラスの生徒は全員校外実習に出ているよ」と、他の教師に言われる。

うちのクラスの生徒達は、しばらくして戻ってくるのだが、クラスメートは、「○○君、今度突然、ドイツに放浪の旅にでるらしいよ」とか、「△△さん、ホントは自殺だってさ」という噂ばなしをしている。

しばらくすると、なぜか廊下に、すでに亡くなった、アニメの名脚本家、首藤鋼志氏がいて、私に話しかけてくる。

(この首藤氏は、「魔法のプリンセス・ミンキーモモ」や「戦国魔神ゴーショーグン」、「幻夢戦記レダ」、晩年は「ポケモン」などのたくさんの作品で知られた、大脚本家である)

「今、『ミンキーモモ』の新シリーズ(3回目)を放送しているんだが、低視聴率で打ち切り寸前なんだ。とうしたらいいと思う?」

なぜか、クラスメートの多くも「ミンキーモモ」の新シリーズをテレビでみていて、「首藤さんの才能も、もう尽きたね」とか噂をしている。

ちなみに夢の中の私は、この新シリーズを観てはいない。

私は、首藤氏から作品の構想とその意図について尋ねる。

すると、

「人魚姫はね、○○の伝説によれば△△という流れで、そこには□□という象徴的な意味が込められているんだよ・・・」

と解説を始める。

私はそれを聴いていて、イライラしてくる。

「首藤先生、そんな頭でっかちな理屈で作品を作ろうとしても、難解なだけで、視聴者のハートには響きませんよ。昔の先生はどこに言ったんですか!」

******

・・・これで夢は終わる。

首藤さんは、本来、象徴主義と感性に訴えかける面のバランス感覚があり、ファンタジックな世界とリアルな現実社会のビターな相克というテーマに説得力があった。

ただし、OVA第一作「夢の中の輪舞」は非常にバランスのいい、感性に訴える作品でしたが、OVA2作目、「旅立ちの駅」は、ちょっと頭でっかちで、理解に苦しんだ思い出がある。

他に、「頭でっかちな象徴主義に陥り、不評で大コケしたアニメ作品」といえば、私にまず思い浮かぶのは、やまざきかずお監督が作った、劇場版「うる星やつら4 ラム・ザ・フォーエバー」が思い浮かぶ。

やまざき監督は、前任者の押井守監督が生み出した、アニメ史に残る傑作、「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」へのリプライとして、自分の劇場版を作ったらしいのだが、押井監督のような天才的才能には恵まれていなかったのだと思う。

押井監督なら、どれだけ象徴的でシュールな作品を作ろうと、観客にアピールするんだけどね。

最後は頭でっかちになって、思わせぶりばかりで、伏線を全然回収できず挫折し、さんざんな評価を浴びた作品といえば、あの庵野秀明監督の「エヴァンゲリオン」TVシリーズも思い浮かびます。・・・庵野さんは、むしろそのおかげで、最近まで「エヴァンゲリオン」で飯を食えたわけですが。

******

この夢、私が「頭でっかち」になっているということではないと思う。むしろ感性のおもむくまま、本能のおもむくままま(爆)となってきているというか。

昨日書いたように、私は一部のフェミニストの「頭でっかち」ぶりには悩まされてきたが。

そして、このグログで先日、「2001年宇宙の旅」について「この映画、思わせぶりな象徴主義のようでいて、実はシンプルなプロットの『娯楽作品』ではないか」と書いたばかりである。

この夢の前半の、「どうしても自分のクラスに帰り着けない」という展開は、私が今安心して所属できる集団を持たない、さすらえる放浪者のような状態になっていて、「本来の居場所に戻れない」という意味であろう。

あと、繰り返すが、私が最近「ウマ娘」にはまっていて、トレセン学園という、実質「高校生活」を懐かしく感じているということもあろう。

ちなみに私は男子校(夢の中では共学校・・・これは今でも残念。)、トレセン学園は当然女子校で、恋愛問題はタブーになっているという、これは逆の共通項はあるが。

まあ、今はこのあたりの自己解釈に留めておくとしよう。

下に、懐かしい「ミンキーモモ」のオープニングだけ貼っておきます:

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2021年6月17日 (木)

ツイフェミは「外国語」で話したがっている。

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カウンセラーの「無知の知」(第2版)

●村瀬嘉代子先生語録

私のブログの人気記事だが、ここで嘉代子先生は、「「活きたGenaral Art(一般教養)を活用できること。産業心理学のカウンセラーで、『日経』や『会社四季報』を読んだことがないのはいかがなものか。」

(続き)「ソニーとアイワの合併について、ソニーとアイワの社風の違いを知らないで、単に『大企業への吸収合併』という視点を持つだけで、アイワの社員の合併後の不適応を理解してあげられるだろうか?」とおっしゃっている。(続く)

(続き)・・・この論理でいけば、例えば競馬好きのクライエントさんでヲタクでもあるクライエントさんがいて、ゲーム「ウマ娘」をやったことがないのはいかがなものか、ということになる。#カウンセリング #競馬 #ウマ娘

  • 【追伸】:この部分、修正する必要があります。嘉代子先生は、「社風の違いを知らなねばならない」と言っておられるわけだから、実際に「ウマ娘」をやる必要はないんです。
  • ・・・恐らく、嘉代子先生の意図に対応する水準としては、ソシャゲとはどういうものか(ネットを通してのコミュニケーションツールであるということ)、育成シミュレーションとはどんなジャンルで、それぞれのジャンルの代表的な作品は何か、ぐらいは知っておかねばならないということぐらいでしょうね。

子供とかヲタクとか若者を相手にするカウンセラーは、ゲームとか「進撃の巨人」「鬼滅の刃」について、やったり読んだりしたなくてもいいから、かなり具体的に理解できないとヤバいと思う。#ゲーム #進撃の巨人 #鬼滅の刃

もちろん、理解でき過ぎるのもどうかと思う。「ふーん、そんなのがあるんだ」というあたりで、むしろクライエントさんに、カウンセラーにそれを「理解させよう」と頑張る機会を与え、自己主張、自己表現のスキルを磨かせることは、成熟へと結びつく。でも「そんなの知らないよ」と突き放してはならない。

  • 【追伸】: ここも補足。「知らねえよ、そんなの(爆)」と、ユーモアを込めて、冗談めかして言うぐらいはいいのだと思います。それに続けて、そのゲームやコミックについての話をクライエントさんがするかどうかは、クライエントさんの意志に任せるぐらいがちょどいいのかもしれません。ここで立ち止まり、ゲームやコミックの話題に執着するのはやめ、自分の主訴・・・例えば学校で孤立しているとか、自分が引きこもっているのをどうしたらいいのか悩んでいる、とかいう話題に立ち返るクライエントさんもいるでしょう。・・・このあたり、非言語的コミュニケーションも含めた次元の、デリケートな問題だと思います。

少なくとも、次回の面接の際に、「あれからゲームの方はどう?」ぐらいはさりげなくどこかで振ってあげてもいいのではないか。

  • 【追伸】:これもクライエントさんによっては避けた方がいい言葉かもしれません。クライエントさんは別にゲームの話をしたくてカウンセリングにきたのではないことを漠然とは「自覚」している場合もあるでしょう。

これは何でも同じことで、フェミニズムの用語を振り回すクライエントさんがいたら、大急ぎでフェミニズムの勉強を、ネットでできる範囲ででいいから、するべきだ。

  • 【追伸】:これはやるべきだと思います。クライエントさんは、いわば「外国語」を話すことに固執しているようなものですから。自分の「土俵」に引きずり込みたがっている。こちらも少しはクライエントさんの「土俵」にあがってあげるしかない。つまり、こちらも少しはその「外国語」を理解できなければならないでしょう。だいたい、フェミニズム固有の内輪の概念を振り回すことに固執しているクライエントさんは、「知性化」傾向が強く、自分の悩みについて生々しく語ることができないでいるのです。

実際Twitter上でツイフェミとの論争の時に私の学習テンポは速く、数日で用語を使いこなせた。しかも半可通のツイフェミより正確に。#フェミニズム

まあ、「カウンセラーなのにそれくらい知ってないのは怠惰だ」とまで上から目線で言われるとムカっとくるけどね。

矛盾することを言うようだが、カウンセラーにもわかるように「説明させる」機会を与えることこそ、クライエントさんを狭い世界に安住させず、「他者」と出会うスキルを磨いてもらうことになる。しかしそのためには、受け身に「受容」することを一歩踏み越えなばなるまい。

いずれにしても、私は私に論争をふっかける人から「カウンセラーなのに」といちいちいち枕詞をつけられるのは大嫌いだ。カウンセラーは神ではない。

でも(また矛盾することを言うが)、カウンセラーは人間としての自己の限界を自覚し、晒す必要はあると思う。

・・・何か、ソクラテスの「無知の知」の逆転した発想になってしまった。・・・今回はこれで一連のツイートは終わります。

*****

以上、Twitter上の連投を平そのまま平文にしました。

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2021年6月15日 (火)

♫ いい人って言われたって ドウデモイイヒトみたい ♫ (第2版)

いしかわ:

ご自身で「好感度」について意識していることはないですか?

てんちむさん:

むしろ、好感度下げたいんですよね(笑)。好感度って低いほうが生きやすいと思うんです。

いしかわ:

そうなんですか?

てんちむさん:

仮面を着けながらやって、みんなのイメージと自分がズレると、ちょっとでも素が出たときに、「えっ!?」って言われちゃう。世の中だいたいそうなんですよ。

てんちむさん:

だから私、好かれようと思って生きてないです。

てんちむさん:

好感度高い人って、絶対面倒くさいと思うんですよね。気にしなくちゃいけないことも多そうだし…

*****

♫ いい人って言われたって ドウデモイイヒトみたい ♫

By 浜崎あゆみ "Boys  & Girls"

・・・・私も、それなりに、波乱万丈の人生を送ってきたかと思いますが、どうも「過去の武勇伝」や業績に寄りかかりそうになって、新しい挑戦がなかなかできなくなっていた気もして、ちょっと反省。

****

【追伸】:インタビューの後半部分も興味深いですね。

てんちむさん::ちょっと極論ですけど…「100年後に自分のことを知ってる人なんて誰もいないだろうな」とよく考えるんですよ。

そう考えたら、ちょっとキャリアで失敗しても、また頑張ればいいやって思えるんです。

最終的に「楽しい人生だった!」って思って死ねればいいやって感じ。 

*****

・・・この発言は、むしろ中島みゆきさんの、「永久欠番」の歌詞を思い出させます。

ひょっとして、てんちむさん、無意識のうちに、みゆきお姉の発想に影響をうけたのかな?

 

>100年前も 100年後も

>私がいないことでは同じ

>同じことなのに

>生きていたことが帳消しになるかと思えば淋しい

>100億の人々が

>忘れても 見捨てても

>宇宙(そら)の掌の中

>人は永久欠番

 

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Twitter上での「脊髄反射」のフレーム応酬をいかに超えるか? -ブログ全盛時代とSNSの時代では何が違ってきているか-

この記事から連想したのは、ネット上には、明らかに短文のTwitter向きの人と、長文のブログやnoteが本格的活躍の場という人がいることだ。両方兼ね備えた人もいるけどね。

 私、完全なリベラル派のつもりですが、私のTLにここのところオリンピック中止を求める話題ばかりが流れてくるのに正直少し「ウンザリ」していました。

もういちいちリツイートするのにも疲れました。

しかも、例のツイフェミとの凄まじいフレーム事件もありましたから、敢えて、「醒めた」目でみた本音を何回も連投ツイートして、「悪者」になってやれと思ってたのです。

だけど、それに対する「いいね」もリツイートも反論もなかったので、私のブログの方でそれらの私の連投ツイートを平文でコピーして、ここで、一つのエントリーとすることにしました。

******

手っとり速く情報をあさるのにはTwitterを糸口とするのが便利だ。そして多様なものの見方を教えてくれる。購読している紙の読売か朝日か産経しか読まないのではどうしても偏向してしまう。SNSが普及するまでは、そうだったのだ。

もっとも、フォローする人を「選んで」いくうちに、実は流れて来るツイートが、似たりよったりの意見のものばかりになる傾向があるのではないか。

私は典型的なリベラル派のつもりです。しかし、リベラルな人にはリベラルなTLのみが集まり、ネトウヨ的な人にはネトウヨ系のTLばかりが流れて来るようになり、ツイフェミ系の人のTLにはツイフェミ系ばかりが並び、メンヘラ系の人のTLにはメンヘラ系のものばかりが流れてくる。そうした中で、「幻想的な一体感」に浸れるツールでもあるんだよね。そういう現象には少しウンザリしています。

そうした「一体感」が得られるから孤独から救われる人がいることは理解できる。

そうした「楽園」を飛び出して、意見の違う人の見解を敢えて批判することは結構勇気がいることだ。ところが、Twitterという媒体には、自分からの批判的意見を「展開する」余力はない。だから、上っ面だけで、「脊髄反射」的なフレーム化が簡単に生じる。

ブログ全盛時代にも、コメント欄での応酬でフレーム化することはあったが、それなりに自分の見解をまとめ上げるだけの考察力が必要だったのではなかろうか?

私は、この時勢にもかかわらずコロナやオリンピック問題や管政権への批判を書かない人にむしろ敬意を払いたいと思っているし、そういう人も結構フォローしているつもり。例えばウマ娘のイラストばかり書き続けている人とか。でもそういう人のツイートを良いと思っても、これでもリツイートは少し遠慮しているつもり。だってまじめに政治の話をしたいフォロワーの皆様が面食らうだけだからね。

******

・・・以上はTwitter上で連投した内容なのだが、敢えてブロクの埋め込みの連続にすることを避け、文章としてコピーすることにしました。

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2021年6月14日 (月)

うーん、もっと心理の専門家らしい記事を期待されているのなア・・・

なるほど私は臨床心理カウンセラーだ。

しかし最近は、もっぱら自分の趣味のことばかり書いている。

例外は、これはたったひとつのTwitterのツイートが原因なのだが、フェミニズム系の記事の時に、700ー800アクセスを2日連続と、やたらとアクセス数が延びた時ぐらいかな。

以前は一日多い日で500アクセス、少ない日で100アクセス近くあった。これは右側の総アクセス数の表示でまもなく44万アクセスとなっていることが証明しているだろう。

実は私は元気な生産性が高い時と自分に自信を失ってしまう時の落差が大きい。

その落ち込んだ時期にはブロクを1年とか放置してしまう期間が長いパターンを繰り返しており、今年3月までは、ブログをパスワード付きにして閉鎖状態にしていて、1年半ぶりに再開したのだが、そのせいかGoogleやYahoo!の検索からのアクセスが振り出しに戻ってしまい、以前は多かった心理系や精神医学系の記事への、検索経由のアクセスが激減している。

私は日頃はもっぱらSkypeでのカウンセリング中心で、個人事業主として、空き時間の自由度はある。そのうさば晴らしとしてブログを書くタイプである。

このブログのいちばん上の紹介欄にも記しているように、

「 このブログは専門的な事柄にとどまらす、私の個人的興味・関心のおもむくまま、いろいろ書きたいと思っています。」

 ・・・をポリシーとしているのだ。

私は別に自分の開業カウンセリングルーム、「久留米フォーカシング・カウンセリングルーム」については別サイトを当然持っており、こちらからそのサイトへのリンクを貼ってはいるが、開業サイトからこっちのサイトへのリンクは一箇所も貼っていない。最近の検索システムが洗練されていることもあるのだろうが、chitose=私の本名であることがわかる検索は、ひとつもヒットしていない。

それに、私がカウンセラーとしての自分のスタイルを確立することは45歳前後までにできてしまっており、それはもっぱら、「若きカウンセラーに向けて」のカテゴリーに放り込んである。

まあ、その後の勉強不足は否めず、新たに読んだ本のレビューとかも滅多に書かないのも悪いのだが。

現在でも、ことフォーカシングの記事に関しては、日本でももっとも充実したコンテンツであると自負している。

最近の新型コロナウイルスの流行についての問題や、そうした中での東京オリンピック開催の是非というテーマは、たしかにトレンドで重要な論点だと思うが、Twitterには、過剰なまでにその話題で持ち切りであり、そのテーマについて、私が新たに短文でユニークな記事を書く余地はない。

そして、実は齢い60を迎えて、これまでの実績によりかかって、新しい着想が思い浮かびにくくなっていることも許して欲しいと思う。

歳をとってくると、長文の文章を書くのが苦痛になるという面もあると思う(ここしばらくの間に、それはかなり改善されていると思うが)。

私の生産性が高かった時期のブログ記事にも、クソ記事が結構多くて、そういうエントリーは、ある一定の期間ごとに、恥ずかしい記事は削除して、洗練さを保とうと心がけている。まあ、面倒くさいので、いちいち強迫的に削除してはいないのだが。古いリンクは機能しなくなっているのが少なくないことはお許しください。

新規記事は、新たに観た映画や新旧のアニメの記事に偏るのも自然なことだと考えている。

もう一点追加すれば、十数年前には想像できなかったことだが、以下に今貼り付けたスーツさんをはじめとして、今や凄いクオリティのYoutube動画を貼り付け放題なので、「いい動画だから、皆さん観て下さい!」という思いが重なり、私のブログは非常ビジュアルなものに傾斜していることもあるだろう。

ひとつひとつの動画にもっと具体的で詳しいコメント書いてくれという要請も考えられることは自覚している。最近はその点を踏まえて、先日の「2001年」が典型だが、できるだけ何か文章なり手短な評論をつけようと心がけている。

もう少し旅行とかもしたくて、そういう話題についても触れたいのだが、現在の私、ぶっちゃけそんなに稼げているわけではないし、今よりよほど給料が高く、収入も今よりずっと多かった常勤の時代には、海外にも少し行き、日本全国津々浦々鉄道の旅もしていたのだが、この点では、私が行ったり乗ったりした地域に関する解説付きのYoutube動画を、スーツさんが、実に洗練されたコンテンツを毎日のようにアップしている。私はただ彼の動画を、昔を懐かしみながら見入ることで十分満足している。

彼が、私が地元の、西鉄電車についての、(まあ、重箱の角をつつけば誤りもあるが)西鉄天神大牟田線の全線走破の動画をアップした際には、その驚異の完成度に、魅入るだけだった。

 

↓ こっちなんて我が地元で頻繁に使っている西鉄久留米駅出発ではないか。

遠くへの旅行になかなか行けないのは、介護入院している99歳の母のことが気になって、うっかり遠出することができないこともあるが、現状での母は、「施設にいる限り」、だが、相当に安定しているので、スマホの緊急連絡先を当然病院は知っている以上、時には開き直るしかないかなとも思っている。

でも今年は行こうと思っていた学会が、コロナのせいでZOOM開催に変更されていたりする。旅をするいい機会だったのに残念だと思う。

そして、私はそれなりの小綺麗な服を着ているつもりだが、ファッションについての記事なんて全然書けないし、グルメでもない。

恋愛については、結婚歴もあるし、その後もオタクらしくない域の経験を持っていて、肉食系な方だと思うことは最近のエントリーで結構書いたが、恋愛論をブチあげるほどには経験豊富ではない。そして、以前その種の記事を書いたときには(まあ、私がこの'chitoseの雑記帳"の存在をバラしていたのも悪いのだが)、恋人にさんざん抗議されて取り下げた経緯もある。こういう、「ひょっとして自分とのことを下敷きにして書いたでしょ!!」ということに、女性の勘は当たるものだ。

それでも、ほぼ毎日のように、新たなエントリーをコツコツと書きつづけることができるのは、むしろ私が辛抱強くなり、精神的に安定していることの現れであると思う。

それに、私の仕事というのは、午前中にクライエントさんが面談を求めることはほとんどない。精神的に行き詰まっている人って、不眠や寝起きが悪かったりそれどころか昼夜逆転の人も少なくない。悩みや、医者にかかるような水準の心の病気になっていながも社会人として務めを果たせている人も仕事が忙しくて、平日に休みが取りづらく、夕方にならないとフリーになれないことも少なくないようだ。

それにあわせる形で、「久留米フォーカシング・カウンセリングルーム」は、土日は開業で、月・火を休業として、午後から深夜に営業時間を設定するというスタイルをとっている。

おかげで、私の生活時間そのものが、午前中はまだ寝ていて、深夜3時ぐらいまで起きていることが多く、せっかくTwitterやFacebookにリンクする形をとっても、そのリアルタイムに合わせて記事を読んでくださる機会を逸していると思う。

最近は、昔とったきねづかで、オーディオ系の記事も、マニアックな用語が多いとは思うが、中身の濃いものか書けていると思うし、最近どんどん一般化している、サブスクリプション型ストリーミング配信の記事など、充実させているつもりである。

いずれにしても、メゲずに、コツコツ新エントリーを配信してくつもりなので、どうかよろしくお願い申し上げます。

映画「2001年宇宙の旅」は、実は、超わかりやすい「娯楽大作」なのではないか?

こちらで、リヒャルト・シュトラウスの交響詩、「ツァラトゥストラはかく語りき」について書いたので、この曲の冒頭部分が三箇所で使われている、映画「2001年宇宙の旅」を30年ぶりぐらいに観た感想を書こう。

この映画では、ヨハン・シュトラウスⅡ世のワルツ、「美しき青きドナウ」も使われていることをご存知の方も多いだろう。

スタンリー・キューブリック監督による、世界映画史に残る不朽の名作とされるこの作品は、1968年に公開されている。

封切り直後は客の入りも少なく、批評家からも叩かれたこの作品、1ヶ月ぐらいで公開やめてしまおうとMGMは考えてしまったようだが、映画館主の方からは評価され「若者を中心に少しずつ観客が増えているから」との連絡が次々入るうちに、徐々に認められていったようだ。

本編148分の大作で、しかもナレーションがなく、展開が難解と言われながら、そのSF考証の凄まじさと、どのようにでも解釈できる深みという点で、その後の作品に大きな影響を与えた。

ブルーレイの画質は、もう、信じられないくらいに良い。まるで4Kハイビジョンの「ビデオ」で撮影されたかのようである。

今回み観なおして思ったのは、難解で高尚なような作品のようでいて、実は思ったよりシンプルな「娯楽大作」ではないかということだ。

Amazonレビューを見ると、評価は両極端。「長すぎて寝てしまった」「観るのに我慢を強いられた」・・・これは若い人に多い感想のように思う。

これで思い出したのは、Twitterで最近流れて来た次の記事のことである。

この記事の主張は、最近の映画やドラマは、セリフで何でも説明するようなのが若者に好かれ、言外の意味とか、セリフと気持ちが裏腹のような表現がピンと来ず、2倍速で再生するような人が増え、「鑑賞」ではなく、「消費」になっていることへの危惧である。

そりゃ、「2001年」なんてそういう作品の典型ではないかと私は感じた。

繰り返すが、私はむしろ、今回この映画を観なおして、むしろ非常に単純なプロットの作品だと感じた。

時間の長さなと、全然感じなかった。主観では、1時間半ぐらいの作品にすら感じられた。

登場人物も少ないもんね。

基本は、モノリスという黒い抽象的な四角い長方形の壁のようなものが、進んだ文明を持つ異星人が地球にもたらしたもので、地球人類は、そのモノリスのおかげで進化してきたし、これからも更に進化するであろうという物語である。

そこに、もはや凄い高等な知性を持とうとしているかに見えた、HAL3000というコンピューターの、乗務員への反乱というサイドストーリーとして進行する・・・それが物語の筋である。

あとは、ともかく未来の宇宙の科学技術についての、徹底的な考証と、宇宙の映像をディティールまで描き出した、時代を超えた壮大な映像美に、どっぷりと「浸る」作品・・・ということだ。

未来の予測として外れたのは、現在の宇宙ステーションが回転型ではなく、人工重力を発生させるテクノロジーには向かわなかったことと、木星の近くまで航行する技術にまだ到達していないこと、スーパーコンピューターが集積されて、もっと小型で済むようになったことぐらいだろう。

デサインセンスが、永遠に古びないであろう、洗練の極致であるとしか言いようがない。

もっとも、重箱の底を私なりにつつけば、女性のフライトアテンダントの服装デザインだけが古めかしいこと、もはや操作スイッチ大きなボタン型ではなく、タッチパネル化がもっと進んでいるのではないかということだ(後者は、現実の現在の飛行船や飛行機がそうなっているかどうかを私は知らない。タッチパネルって、実は打ち間違える危険が高いから、あまり使われていない可能性もある気がする)。

木星から異次元へトリップするサイケなシーン、これをCGのない時代にここまで表現できたのは凄まじいと評価するしかない。この部分の映像、アナログのビデオ技術では、相当荒れたシーンのように思われていたが(特に赤色の表現に一般人の使うビデオが、滲みやすい)、デジタル画面でみると、非常に透明感のある画質であるように見えてくる。

一番難解なのは、なぜボウマン艦長がたどり着いた空間が、ルイ王朝時代の様式の空間なのかという点だと私は思っていたが、これについては、おまけ映像として付いているドキュメンタリーのひとつの中で、制作当時の関係者のひとりが解説していた解釈(これはさすがにここでは伏せる)が説得力があると思う。

キューブリック監督自身や、熱心な崇拝者の間では、神の存在としてのひとつの理解というのがあるらしいが、一神教ではない日本人はそういうことにとらわれないであろう。そうした「高尚さ」や「深み」を読み込むより、すでに述べたように、徹底的に作り込まれた、娯楽超大作として楽しめばいいのだと思う。

これに続いて、映画と並行して書かれ、わざと映画公開より少し遅れて出版された(つまり決して「原作」ではないのだ)アーサー・C・クラーク版で、どのそうに言葉で描かれているかという楽しみが、私には残されていることになる。

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2021年6月13日 (日)

魔法戦士レイアース

異世界ものアニメーションといえば、これもあった。CRAMP原作の作品。

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トロントだより

  • 050601_0957
     The Focusing Instituteの第17回国際大会(2005/5/25-31)の開かれた、カナダ、トロントの北の郊外(といっても100キロはなれてます)、Simcoe湖畔のBarrieという街に隣接するKempenfelt Conference Centreと、帰りに立ち寄ったトロント市内の様子を撮影したものです。

神有月の出雲路2006

  • 20061122150014_1
     11月の勤労感謝の日の連休に、日本フォーカシング協会の「フォーカサーの集い」のために島根県の松江に旅した時の旅行記です。https://focusing.jp/  
    ご存じの方は多いでしょうが、出雲の国には日本全国の神様が11月に全員集合することになってまして、「神無月」と呼ばれるわけですが、島根でだけは、「神有月」ということになります。(後日記:「神無月」は10月でしたよね(^^;A ........旧暦なら11/23前後は10月でせう....ということでお許しを.....)  
    ちょうど紅葉の時期と見事に重なり、車窓も徒歩もひたすら紅葉の山づくしでした。このページの写真は、島根の足立美術館の紅葉の最盛期です。

淡路島縦断の旅

  • 050708_2036
     「フォーカシング国際会議」が、2009年5月12日(火)から5月16日(土)にかけて、5日間、日本で開催されます。
     このフォトアルバムは、その開催候補地の淡路島を、公式に「お忍び視察」した時の旅行記(だったの)です(^^)。
     フォーカシングの関係者の紹介で、会場予定地の淡路島Westinという外資系の超豪華ホテルに格安で泊まる機会が与えられました。しかし根が鉄ちゃんの私は、徳島側から北淡に向かうという、事情をご存知の方なら自家用車なしには絶対やらない過酷なルートをわざわざ選択したのであります。
     大地震でできた野島断層(天然記念物になっています)の震災記念公園(係りの人に敢えてお尋ねしたら、ここは写真撮影自由です)にも謹んで訪問させていただきました。
     震災記念公園からタクシーでわずか10分のところにある「淡路夢舞台」に、県立国際会議場と一体になった施設として、とても日本とは思えない、超ゴージャスな淡路島Westinはあります。

水戸漫遊記

  • 050723_1544
     友人と会うために水戸市を訪問しましたが、例によって鉄ちゃんの私は「スーパーひたち」と「フレッシュひたち」に乗れることそのものを楽しみにしてしまいました(^^;)。
     仕事中の友人と落ち合うまでに時間があったので、水戸市民の憩いの場所、周囲3キロの千破湖(せんばこ)を半周し、黄門様の銅像を仰ぎ見て見て偕楽園、常盤神社に向かい、最後の徳川将軍となる慶喜に至る水戸徳川家の歴史、そして水戸天狗党の反乱に至る歴史を展示した博物館も拝見しました。
     最後は、水戸駅前の「助さん、格さん付」の黄門様です。
     実は御印籠も買ってしまいました。

北海道への旅2005

  • 051012_1214
     日本フォーカシング協会の年に一度の「集い」のために小樽に向かい、戻ってくる過程で、他の参加者が想像だに及ばないルートで旅した時の写真のみです。かなり私の鉄ちゃん根性むき出しです。  表紙写真は、私が気に入った、弘前での夕暮れの岩木山にしました。