2008/09/24

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2008/09/17

NHKスペシャル「戦場 心の傷」を観て(第3版)

 2008年9月14日(日)、15日(祝)に二夜連続で放映された、

NHKスペシャル「戦場 心の傷

(1)兵士はどう戦わされてきたか
(2)ママはイラクへ行った

は、戦争がもたらす広範な社会的影響について、従来とは異なる、リアリスティックで、私たちの日常に隣接した問題提起をしたドキュメンタリーであったと思う。


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 このドキュメンタリーは、まずは、アメリカ海兵隊の新兵訓練(Boot Camp)において、イラクの派兵された対テロ市街戦を想定した、ハリウッドの協力を得た、映画撮影さながらの大規模セットを駆使しての、戦闘訓練の様子から始まり、続いて、イラク帰還兵のPTSDの深刻な現状をダイジェストで紹介する。

 そして、古い記録映像を駆使して、戦場での兵士が、当時「砲弾ショック(shell shock)」といわれた、精神的な傷を背負い、戦闘不能に陥り、心身に深刻な後遺症を残すという問題が、第1次世界大戦の頃から注目されるようになったことから解説をはじめ、それが、第2次世界大戦の頃には「戦争神経症」と呼ばれ、更に、ベトナム戦争後、ロバート・リフトンによる帰還兵士への大量の面接記録から、「心的外傷後ストレス症候群(PTSD)」としてDSM-3(アメリカ精神医学会診断基準第3版)に記載されるまでの歴史を、コンパクトに紹介していく。

 そうした際に、日本の陸軍病院に残された膨大な精神科診察記録を元に、第2次世界大戦当時の日本兵においても、今日で言うPTSDと全く共通の症状と患者の生々しい証言が記載されていたことを紹介してもいる。日本軍兵士ですら、「支那人」ひとりを殺すことに、これだけナイーブな反応をしていたのだ。


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 このドキュメンタリーを観ていると、PTSDというのが、摩訶不思議な症状ではなく、そのときの環境に適応するために、高等哺乳類なら成熟に達しでも発揮する「学習」の過程の「後遺症」であり、パブロフ的な、実にシンプルな「条件付け」の結果として成立することが理解できる。

 帰還しても、大きな音が突然すると、戦場での爆裂音と時と同じように恐怖体験になってしまう。もはやそれは「ここは戦場ではない」などと頭で納得しようとしても、身体が条件反射を起こしてしまうことなのである。

 一見平和に見える通りや公園で遭遇する通行人が、実はテロリストであるという不安と緊張が、何かの弾みで止めようもなく生じて来る。

 これが繰り返しのパニック障害的な反応になるだけでも本人には苦しいのであるが、最悪の場合、「テロリストに包囲されている」という幻覚妄想状態になり、手にしていた銃で、銃弾を発射してしまうといった事件もまた、こうした「戦場での恐怖体験の刻印づけ」によるものとみなすとわかりやすい。

 DSMの診断基準の「統合失調症」の項の鑑別基準において「PTSDの条件には当てはならないこと」ということが特記されているのはこうしたためである。


******


 特に、戦場で民間人を誤射して殺してしまったときの体験は、兵士の中で深刻に後を引く。

 多くの映画やドラマでは描かれていないが、人をひとり殺すということは、それだけで深刻なトラウマとなるのだ。

 第1時世界大戦初期の頃、兵士が戦闘場面でどのくらい実弾を発砲したかについての膨大な聞き取り調査がなされた。その結果、発砲経験がある兵士は、実際には2割いないという予想外の結果に軍は驚くこととなる。

 一般の兵士ですら、そのようにナイーブな存在なのだ

 そこで、その調査をした研究者は、軍に次のように提案する。

 兵士に実際に実弾を人に向けて発射することに慣れさせるためには、従来の、静止した的(まと)の真ん中を狙わせるような射撃訓練ではもはや意味がない。人型のシルエットを持った標的を、戦場を模した演習場に配置し、突如物陰から立ち上がり、命中したら倒れるという仕掛けにする。そうした標的を相手に反復練習させるなが望ましい....と。

 そうすれば、戦場で人影を観たら無意識のうちにも射撃するという「条件反射」が兵士の中に形成される.....とも。
 
 今日、映画やドラマで誰もがおなじみの射撃訓練のやり方である。


*****


 こうした訓練の改良の結果、朝鮮戦争時のアメリカ軍の前線の兵士の実弾射撃率は5割に達し、その研究者はアメリカ陸軍から勲章をもらうことになる。

 その後、ベトナム戦争において、一般民衆に紛れてゲリラ戦術を取るベトナム解放戦線相手の戦いの中で、いかに「戦争の大儀」を確信していた兵士でも、一般住民を誤認し、それこそ「条件反射的に」実弾発射、結果的に殺害したことで深刻な罪悪感に悩む兵士が続出する。相手の死ぬときの記憶映像や、近づいて一般住民と確認できたときの衝撃、その死体のむごたらしさの記憶などが、その兵士の脳裏に繰り返し繰り返し「頭に圧入されるように」よみがえることが止めようもなくなるのである。いわゆる「フラッシュバック」である。

 これもまた、高等ほ乳類なら、成熟した後でも、危機的な事態に体験したことだと、たとえ一回であっても身体に刻み込んでしまうという、生存本能に導かれた「刻印付け」なのだ。

 (飼い犬が、一度虐待して来た人間には、二度と決して愛想を向けなくなるのを思い出して欲しい)

 帰国後も、こうした罪悪感とフラッシュバック、突然の感情発作、抑うつなどに苦しむ中で、アルコールや薬物に手を出し、暴力や犯罪行為に走る帰還兵士が深刻な社会問題となる。良心的徴兵拒否者も増加する。

 こうしたベトナム帰還兵問題の深刻化の中で社会に高まる厭戦ムードと反戦運動の激化の中で 兵士の接近銃撃戦を回避し、上空からの爆弾投下などの戦術に切り替えないと、もはや兵士のなり手がなくなるという事態に直面しする。

 徴兵制も志願兵制に切り替えざるを得なくなり、当時独立した働き口に乏しかった女性の兵役志願、更には前線への派遣にも依存するようになる。

 更にアメリカは、トマホークなどのハイテクミサイル誘導兵器による攻撃に戦闘の主軸を移すことになる。

 ある意味で、帰還兵のPTSDが引き起こす社会問題が、アメリカの戦術そのものの変化を後押ししたのである。単なる科学技術の進歩の帰結などではないのだ。


*****


 ところが、9.11テロをきっかけに、戦争の様式が、再びベトナム戦争当時と同じようなゲリラ戦抜きには考えられなくなる。 

 そこで、アメリカ軍は、冒頭に紹介したような、一般人とゲリラ兵士を的確に識別するための、実戦さなからの訓練というところまで戦闘訓練を高度化するしかなくなったのである。

 こうして、母国での軍隊の訓練と現実の戦場との間で「条件付け」のいたちごっこが果てしなく続く。

 しかし、決して兵士による民間人の誤射がなくなるわけではない。むしろ、民間人とテロリストを識別せよということが絶対の軍規として兵士に教育される中で、誤射した兵士の罪悪感とPTSDの症状一層増幅するという悪循環が生じるのである。

 アメリカ軍はPTSDに陥った兵士の治療に力を入れるようになる。

 しかし、あくまでもそれは、そうした実戦経験のある兵士を再び戦場に送り出し、勇敢に戦ってもらうためなのである。

 兵士は、修理しては現場に戻される「ロボット」ななる。

 そうした動きに、精神療法や精神医療の一部も協力する。


 元々非人間的な状況に、あたかも健康人であるかのように適応できることそのものが、まさに歪みの蓄積に他ならないこと。


 ......これは、私が、自身の鬱体験と、鬱状態のクライエントさんとのカウンセリングの中で、深刻に直面した問題である。

 心理療法や精神療法の目的とは何なのか、深刻に考えさせられる。

 誤解なきように言えば、誠意ある治療者の行なう「行動療法」は、このようなものではない。単に自分を思ったとおりに「改造する」ものでもない、ましてや、他者を強制的に、自分たちの思う理想像に向けて改善するものでもない。私はそのことを山上敏子先生の行動療法から学んだ。


*****


 しかし、このドキュメンタリーを見る限り、兵士ではなくて、ひとりの一般市民としての日常の中での兵士のメンタルヘルス、夫婦や家族関係への影響という視点は、セラピー先進国であるアメリカですら、まだ現在手が行き届いていないように思えた。

 こうした帰還兵士の家族問題全体に積極的に介入する「家族療法的なアプローチ」が、ただの一例も、このドキュメンタリーでは描かれていなかったのである。

 現実には、帰還兵士自身やパートナー、子供、老いた親などの個人的な努力でこうした問題を切り抜けている例しか紹介されなかったのである。

(10歳の眼鏡っ娘の少女が、故郷へのお里帰りの際に、飛行機に乗ってパニックを起こしそうな予期不安を抱える母親を細かく気使うシーンを見ていると、私は、こうした「世代逆転」的な形で「娘が母親の母親役」を演じ続けなければならない家族関係は、この娘さんが将来アダルトチルドレンに育ってしまいかねないなと感じて、痛々しかった)

 しかし、そうした個人的な努力には限界がある。

 戦場から帰還して、一歳になる息子に愛情ある態度を取れなくなってしまったことに苦しんでいる母親の例が紹介されていた。公園での散歩の様子も描かれていたが、歩き始めたばかりの子供がちょっと石いじりをはじめるだけで、まるで新兵の行儀悪さをこまめに注意するような言葉をどうしても連発してしまう母親。

 彼女は、そのように振舞ってしまう自分に、本当は、涙ながらに深刻に自己嫌悪している。実際に子供を前にすると、理性ではとても統御できない振る舞いをしてしまうのである。

 しかし、彼女たちは、それを、あまりに不器用な次元での、「話し合いによる解決」で何とかしようとする泥沼に陥っている。彼女らの背後に、家族関係についてまで援助しようとする、専門的な援助的専門家がいる形跡が、全く感じられないのである。

 「愛している」と言葉では伝え、抱き上げる母親に対して、幼い息子の方は、決してアイコンタクトをしないようすが悲惨であった。


 この夫婦は、協議離婚の相談を始めている。

 恐らく、養育権は父親という形での。


*******

 
 日本において、PTSDが引き合いに出される場合、地震などの不慮の大規模災害の被害者や、 残虐な犯罪に巻き込まれた人の心の傷について論じるケースにのみ、ある意味で偏っているように思う。

 アメリカでのPTSD概念の確立の歴史は、第1次大戦、第2次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、9.11後のイラクヘの介入という、ほとんど途切れることなく続いた兵士の実戦への参加の中で、大量に生み出された帰還兵の精神状態の悪化が、犯罪や薬物汚染、DVを含む家族関係や子供の成長に大きな影を落とすという、「近所にいる誰か、友人の誰かそういう状態にある」という、一見平和な社会の日常に深く根を張った問題に結びついているからこそ、先進的な研究と対策の対象となりえたものである。

 どうもそうした背景については、日本の一般市民の常識のレヴェルには浸透していない。

 日本も、集団安全保障の観点から、自衛隊の海外派兵が更に広がったり、ましてや憲法第9条の改正がされたら、こうしたアメリカ社会の状況は、帰還した自衛官の社会復帰過程でそのまま日本社会でも現実化し、子供の成長から犯罪まで、深刻な社会不安を引き起こす可能性があるという視点など、今日、ほとんど論じられていないといっていいのではなかろうか。

 あえて言えば、海外派兵にほとんどの自衛官が関与しない現状においてですら、戦闘訓練の過程で、自衛隊員の心身にこうした問題が生じ、深刻な家族関係の危機をすでに引き起されている可能性など、あえて言えば、「闇に葬られている」問題のように思われてならない。

 その一端が、自衛隊員の自殺や、隊内でのいじめの問題としてのみ、今日語られているのではないか。

 例えば、駐留アメリカ軍兵士の婦女暴行等の問題を考える際に、もちろん、被害者の悲惨は言うまでもないが、単に「軍の規律を引き締める」ように要請するなどという次元を超えた、こうした深刻な問題が潜んでいる可能性について、論じられた記事を私は読んだことがない。

 ひとりひとりの生身の人間であり、親であり、パートナーの伴侶であり、家族の一員であるという視点から、兵士のメンタルヘルスをとらえ、社会問題として波及していく可能性というシミュレーションに目が届かないまま、戦争と平和について語られることの空しさを、このドキュメンタリーを通して感じた。


****


 昔、日本でも欧米でも、そうやって戦場でのトラウマで戦闘能力を失う兵士は、「根性なし」で「精神が弱い」人間であるとして蔑まれていた。

 実は今日においてもかなりの程度そのように思われおり、それは、子供や、企業で働く「戦士」としての、サラリーマンたちの不適応問題においても、無意識のうちに陥りがちな偏見であるように思われる。

 しかし、実は、そういう社会の中で一見適応的にやれて「生き残って」、見かけ上平穏な暮らしを送っている子供や親たちによって構成されている家族においても、隠れた形でそのひずみは蓄積して、さまざまな問題を引き起こしている可能性が高いだろう。


*****


 以下は、この番組を見た、アメリカへの留学経験がある知り合いから昨晩聞いたことである。

 その人は、ホームステイ先の近所に、同じように外国からの留学生(日本人ではない)のホームステイを受け入れている家庭があり、その留学生や、オーナーの家族ともつきあいがあったそうである。

 その友人の留学生のオーナーご夫婦は、二人とも退役した軍人であった。もっとも、戦場に出た経験はなかったという。

 夫妻は、たいへん親切でないい人たちではあったが、家に、十数丁ものライフルや銃が、人目に触れるところに陳列されていた、そして、当時まだ小学生低学年ぐらいだった男の子へのしつけの際の言動や教育方針が、何か「大人じゃあるまいし、そこまでこの年齢の子には理解し、やらせるのは無理では?」と、一抹の違和感を感じていたという。

 私の知り合いがアメリカから帰国して数年後、その留学生からのメールで、思春期になったその男の子が、自宅に並んでいたその拳銃で自殺したことを知らされたという。


*****
  

 これはひとつの例であるに過ぎない。引き付け過ぎかもしれないが、戦場とは無縁で、一見問題がない両親であったとしても、兵士の家庭に、こうした「PTSDにならないままサバイバルできた」がゆえの、さりげない歪みが蓄積され、子供の成長に大きく影響していることも少なくないのではないかとも想像させるのである。 


******


 なお、このNHKスペシャルの前に、2008年8月にBS-hiで放送していた「兵士たちの悪夢」というドキュメンタリー番組に関して、モラルハラスト問題のカウンセラーである惠美さんが、ご自身のブログで、モラハラの家族力動と兵士のおかれた状況を比較する形で、たいへんまとまりのいい考察をなされているので、ご紹介します。

●録画してあった「兵士たちの悪夢」というドキュメンタリー番組をやっと見た (カウンセラーママの日々つれづれ)

 私は、この惠美さんの記事に触発されて、今回のNHKスペシャルを観ました。

 ここに感謝申し上げます。


 更なる追記が、自己レスコメントとしてこちらにあります。


*******


※ なお、私の専門とするフォーカシング技法とトラウマ治療に関しての序論的な紹介が、

●フォーカシングとトラウマについて
(The Focusing institute日本語版公式サイト)
http://www.focusing.org/jp/jp_trauma.htm

で読めます。

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2008/01/18

こういちろう学習障害あるいはADHD、あるいは「星の王子様」説(第2版)

 「この人ADHD(注意欠陥障害)? それとも学習障害(LD)かしら?」


 恐らく、このサイトをご覧いただいているカウンセリングの専門家の中で、ほんとうに勉強されている方は、そういうことをお感じの方っていると思います。

 さすがにもはや「躁うつ病」しかでみないようなら、現代臨床心理学におけるアセスメント能力としては欠陥が多すぎる(爆)

 そして、ここまで書いてきたら、そして、写真まで公然と掲載しているから、体型も資料になるわけで、私のベースが、どう見ても、クレッチマーのいう「躁鬱気質」からほど遠い(全然社交的ではないものね、本来は)こともおわかりのはず。

Ann_weiser__and_koichiro

 でも、人間は大好きだし、冷たい人間ではない(むしろ無茶苦茶ホットでハートフルな)ことも伝わってると思うし、体型も根っからの細身ではない、むしろ肩幅が広い、ずんぐりむっくりであることもわかるでしょう?(私の師、村瀬孝雄先生は、立教の研究室に私を迎える直前、他の院生に「今度来る奴は柔道の選手みたいな体型をしている」と事前に伝えていた) 。そうなると、分裂気質説も不十分(30%は分裂気質でしょうけど)


++++++


 そうなると、残るのは、てんかん型、あるいは闘士型といわれる執着気質、ないし中心気質と呼ばれるものですね。これについては私の古くからの知り合いで、私の「エヴァ」本プロデュースをはじめとしていろいろ引き立ててくれ、著作も凄く多いどころか、近年はTV出演もなさる、同じ開業カンセラーの矢幡洋さんが、「『星の王子様』の心理学」で書いたことがあまりに私にもあてはまります。

 (ちなみに、私のもうひとつの古くからの大事な人脈が、「あの」NHKアナウンサーを奥様にした、テレビでもおなじみ、文化人類学者の上田紀行さんです)

 人と、むしろ開けっぴろげまでに胸襟をひらいてつきあいたい。そして、「星の王子様」に出てくる薔薇のような女性の側面は嫌悪してますしね。女性のそういう側面に媚を売ることは死んでもするかと思っている(このことを肝に銘じていたら、私とつきあいやすくなるよ、女性のみなさん)。

 そして、圧倒的なまでのひとつの対象への持続的集中力としぶとい職人性。気難しさ、「瞬間湯沸かし器」、一種恍惚とした超越的世界に一瞬にして突き抜ける側面(空海さん)、そして、好戦的なところ、とくれば、むしろいよいよ『闘士型』こそベースとわかる。

 時代が違えば、私は宮本武蔵か、それこそ、中世スペインの英雄「エル・シド」なんです。

 あるいは、現代なら、言うもはばかれるけど、イチロー中田!! 


 だから、「お通さん」や「ヒメナ(エル・シドの妻。映画のソフィア・ローレンですね。この人、ホントにエル・シドの死後、2年ぐらいはバレンシアの領主を務め上げたくらいに「できた」人だったみたい)のような女性を心の中でずっと求めている(「イカ天」の頃の、イチローの奥様、もう、最高に好みの女性でした!!)し、そういう女性たちをほんとうに苦しめかねない。

 すぐに旅立っちゃたり、人質に取らせたり、やりかねないので。自覚してます。この点で女性に負担が大きいのは。

 でも、今は政略結婚やお世継ぎのためにで妾を増やす「現実的必要」ないでしょ?
 ほんとうは、すごーーーーーく、一途ですよ!!!


******


 ......となると、まずADHD(注意欠損障害)仮説はちょっと似合わない。確かに話題は次々飛ぶけど、私って、実は何を「話題」にしいていても、実は、手を換え品を換え、同じテーマを追求しているということは、すでに常連の読者の方はお気づきかと思います。

 学習障害仮説は肯定します。テスト用紙に向かいさえすえば、業者テストの国語は学年一、社会科も、普通に勉強して業者テスト全国上位、共通一次試験第一期生で国語自己採点198点。

 一方、数学は、幾何など、空間認識が関われば、あるいは「集合論」(記号論理学って、実は「集合論」との親和性が高いのは、学んだ人は知ってますよね!)には、ついていけたばかりか、ある種のセンスがあったけど、要するに微分・積分・方程式の世界を全く理解できない永遠の学年最下位


******

 もっとも、ほんとうの学習障害の人って、この程度のものではないことは、先日の研修会で笹森理絵さんのお話に接して、よくわかりました、彼女の100倍希釈に過ぎませんね。私の学習障害度は。


*****


 いずれにしても、これで私の今年の恋愛の抱負、「とことん高望みしてみる」の真意が少しつたわりましたよね。

「その人を自分が苦しめ、傷を負わせないかとうか、十分に吟味し、少しずつ交際を深める中でお互いを理解していく。できるだけいきなりセックス(セルクス)しない(爆)」

ということ!!

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2008/01/06

みのもんた司会の、歴史番組「ローマ帝国」

  1/3に放送されたものですが、かなりよくできていた。基本的には塩野七生さんの「ローマ人の物語」を公式に参照し、BBCの歴史番組ともタイアップしてのもので、特にハンニバル戦記や、一般には「暴君」とされるネロの実像についてなど、なかなか魅せるものがあった。

 ただ、ひとつ思ったのは、どんなに良識的であっても、歴史とは、常に過去の人間からみての「物語化」というものを超えられない。カエサルがどれだけ緻密にビジョンをたてていたとしても、それらは、ほんとうに最初から見通していたのか、自分の直感を信じるままに、必死に生きていたら、結果的にそうなったのか、ほんとうのところはわからないのである。

 歴史の弁証法は、常に遡及的(retrospective)なものである。これは個人についてのカウンセリングもみなそうである。それを決して忘れたくないと肝に銘じた次第。


 実はこの記事、こちらで紹介する別の夢の伏線でもあるのだ。

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2007/12/07

「ユダによる福音書」的にみた、「ここはフォーカシングについて話をする場だから」

「ここはフォーカシングについて話をする場だから」

 前の記事の延長なんだけど、私はこのように言われることに、時々違和感があった。

 私もそれなりにTPOはわきまえているつもりで、関係あると感じたことしか話さないように私なりに気をつけてきた。それが通じないことにいつも苦しんできたとも言っていい。

 「フォーカシング、というものは存在しない」という言葉を、こういう場合にも使いたくなる。

 フォーカシングは、皆さんひとりひとりの中にすでにあるのです。


******


 msnでも一時期話題になった、ナショナル・ジオグラフィックの、「ユダによる福音書」の砂漠の洞窟での1980年頃の盗掘者による発見と、古物商に手に渡ってからのさまよえる軌跡、その修復作業のたいへんさ、それが本物であることについて、パピルスの炭素同位体の減少率から、化学的な証明がされるまでについてのドキュメンタリーの断章、興味深く感じていたが、知人が「AmazonでDVD売っているよ」と教えてくれた。1時間半の長さの割には格安だったので、早速購入して、昨晩観た。

 これから、そのドキュメンタリーにも出てきた学者たちが訳した「ユダによる福音書」の翻訳そのものを読むつもりだけど、実は初期キリスト教会の頃は30以上もの福音書があって、現在新約聖書に収められている、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの四福音書のみ聖典とされたのは西暦200年頃らしい。実際に、当時の神学者が、「ユダによる福音書」の内容の一部を紹介して、徹底的に批判している文書は以前から伝わっていた。

 内容的にもその神学者の著述と完全に符合して、この文書が、西暦200年代に成立した文献であることは、すでに現代のカトリックの学者たちも認めている。

 キリスト教の福音書は、マルコやマタイ自身が書いたものではないと今日ではみなされている。それと同様にして、この「ユダによる福音書」も、あの、12弟子のひとりで、イエスをローマに売り渡した「裏切り者、ユダ」自身が書いたものではないことはほぼ間違いない。

 しかし、その内容は、実はイエス自身が、一番信頼していたユダに、自分の肉体を天に昇らせるために、裏切って密告するように頼んだという、凄い内容。そして、二人は天国で再会することを誓い合うのである!!

 この発想の背景には、当時グノーシス主義と呼ばれた、神秘主義的なキリスト教の潮流がある、神は個人個人が自分の中で出会うもの、とされていて、いわゆる「万人の罪を背負って、救済のために十字架についた」という正統派の教えにも関心がない。 そして教会や聖職者が神との関係を仲介するヒエラルキー構造に無関心だった。

 そして、この「ユダによる福音書」の中で、形だけは敬虔な祈りをささげているかに見える弟子たちを、繰り返し笑っているのです。それに対してまともに応対できたのはユダだけだったと書かれている。

 このグノーシス主義は、その後も近代に至るまで、神秘主義的な宗教者の中で命脈を保ち、ユングが凄く影響されているばかりではなく、スイスの少し先輩のヒルティにも感化を与えていたことは、以前にも書きました。

 ヒルティもまた、「形式的な祈りなど、やめてしまえ」と『幸福論』ではっきり書いている人です。


***** 


 ある意味では、私はフォーカシングの世界で「カトリック」じゃない。

 「プロテスタント」ともいえるし、

 こうした神秘主義系の、

   「『神』との個人的な交わり」

を大事にしているともいえるかもしれない。


 だから、ユングとはすごく相性がいいのである。


*****
 

(今回は、エッセイの「序」「破」「急」をわきまえた、ジャンル越境的だけど、すっきりした内容に書けたと思うけど.....)

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2007/11/21

ステンカ・ラージンはなぜペルシャの姫を突然ヴォルガ川に投げ込んだのか?

 私が最近書いた記事で、一番ぶっ飛んでいたのは、msnと産経の連携が実際に始まった際に書いた、「ステンカ・ラージン!!」の雄叫びを上げた記事だろう(^^;)

 実は昨日、私が子供時代に、Don Kosaken Chor, Iwan Assur & Serge Jaroff - Meisterst?cke - Stenka Rasinロシア民謡「ステンカ・ラージン」ヴォルガ川にラージンがペルシャの姫を突如投げ込んだシーンになぜ異様な衝撃と興奮を覚えたのか?......という、35年越しぐらいの謎がある程度、しかし、かなり一気に解けた。

 その辺、ある男友達とやりとりをする中で、一見全然別の話題の脈絡で気がついて、この記事も読んでいたその人と話し合ったりもしたのだが。


***** 


 ステンカ・ラージンのこの姫投げ伝説は、史実ではないのかもしれない。ペルシャの宮廷を滅ぼしたのは事実で、ペルシャの姫を手に入れ、凱旋の際に同行させたのも十分あり得ることだろう。

しかし、このような姫投げを実際にもやっていたとして、この一部始終をを目撃したのは、当時の木造の手漕ぎ舟の船団の、せいぜい10数名ぐらいしか乗り込めない船の上にいた手下たち(ラージンの娘のひとりも同乗していたが)であろう。もちろん近くの船からもある程度見えたかも。

 次の絵画は、この時の情景(正確にはまだカスピ海のあたり、事件の前)について、後世Surikovによって描かれた絵画である(wikipediaより)。

Surikov1906

 私は結局、この時のラージンの行為に、ある狂気と戦慄を覚え、そこに同時にわけのわからない興奮を覚えたのだろう。何か合理的な理由を超越した、発作的なスパークである。

 それがてんかん気質の人の、発作的な爆発だったとしたら?

 英雄や宗教者の中には、こうした気質の持ち主は少なくない。クレッチマーの分類における「筋骨型」(闘士型)と呼ばれるように、すんぐりむっくりで肩幅が広く、分裂気質的痩せ型や躁鬱質的太り型とはかなり異なる。普段が地道でこつこつとした職人性と生真面目さ、見かけによらない人のよさをもつ。

 しかし何かのきっかけで突如頭の中にスパークが起こり(^^;)、ヒロイックなまでの勇猛果敢さや激しさを発揮したりもする。そういう時は一気に頭の中が回りすぎる。空海などもてんかん気質の典型と書かれることがある。彼の宗教的啓示の体験はそういう瞬間ということである。

 まわりはその急変についていけない。しかし、昔の武将や宗教家や芸術家のようなタイプだと、何かすごくカリスマチックに見えたかもしれない

*****

Hime 私は、自分の体型も性格も、かなりてんかん気質的な面がベースにあり、そこに分裂気質がまじり、実は躁鬱気質の人からは素質的には一番遠いと感じている。そういう私の生来の「何か」が、伝説上のステンカ・ラージンにシンクロしたのが、子供時代の鮮烈な体験なのではないかとも思える。

 

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2007/11/16

水天宮保育園様、二宮尊徳翁の言葉教えてますか?(第2版)

 私のサイトって、若い人からすると、やや難解な熟語を多用しているとお感じかもしれない。

 これは、私の小難しくて回りくどい言語表現が、もっと平易でわかりやすいで書いていいにもかかわらず、繰り出されている可能性もある。この点では常々反省もしています。

 熟語を使いすぎると、特に音声だけでは意味がすっと入らない場合が多い。

 私って、そういう、漢字がすぐに思い浮かばないと意味が通じない言葉を平気で使うことがある。その点では、ラブ・コールの際に相方に申し訳なく思ってます(^^)

 「会社始業時にはさ.....」

 「え? 企業????」


.......まあ、こんな調子。


会社始まる時にさ」.....と、なぜすらっと浮かばんのだ(^^;)

.....いつもののろけはこのくらいにして。


******


 私の書き言葉を含めたやや古風な言い回しの背景には、「幸福論」(もちろん椎名林檎ではない)で著名な、スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティを中学時代にむさぼり読み、そこからヨーロッパ文化や教養のエッセンスと、草間平作訳による、インテリ的な言葉遣いを肌になじませたことが一つにはある。

 そして、大学学部(哲学科です)を出たばかりの頃から、ジェンドリンの「人格変化の一理論」の旧村瀬訳をこれまたむさぼり読み、そして、その少し前から、魅力的な文体なのは知る人ぞ知る、中井久夫先生のさまざまな著作に傾倒してもいたことも重なったのだと思う。

 ちなみに、私が旧仮名遣いに子供の頃からなじんでいたのは、父が復刻版を買っていた、田河水泡の「のらくろ」シリーズをむさぼり読んでいたからである。

 私が一番繰り返して読んだのはこれ。すでに戦時色が強まり、当初のアナーキーさが薄れ、国策的になっていますが。「羊の国」とはどこのことでせうか?


 .....そういう先達を貶めるような文体になってしまったのは、ひとえに小生の品位のなさのせいである(^^;)


*****


 さて、こういう伏線を張った上で、産経サイトへの「是々非々シリーズ」、第2弾!!


●【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ
(msn=産経)


 ものすごーく産経的な記事だが、実は前回ほどの違和感はないであります。

 まして、水天宮保育園とは。

 私は久留米出身で、水天宮は、花火大会のみならず、自転車で近くを乗り回した、私の「庭」である。

 水天宮は、推古天皇の御代以来、と伝えられ、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇を主神とする形で、水の神様として、筑紫次郎、筑後川を擁する、水の都久留米で、原始信仰に遡る、いにしえからの由緒を誇る。

 最近は地下鉄の駅名にもなった東京の水天宮は、江戸時代にここから分霊されたものに他ならない。


 「子供たちは難しい言葉でもすぐに覚えます。ただ『がまんしなさい』と言うより、偉人の言葉で伝えるとよくわかってくれます」

 さらに驚いたのはほとんどの園児が30分間、背筋をぴんと伸ばして講話を聞き続けることができたことだ。今年4月の最初の講話には10分も集中力が続かなかったのにである。

 三林講師が題材に選んだのは、西郷隆盛の少年のころの逸話だ。西郷の評判に嫉妬(しっと)した少年たちが、大勢で待ち伏せして西郷を襲う。西郷は1人で戦い、腕にけがを負いながらも勝つ−。身ぶり手ぶりの授業に、子供たちの目もくぎ付けになる。


 私は、日本の偉人伝が、身振り手振りを含めた「語り」として保育所で語られることに決して眉をひそめるつもりはない。子供たちは、講師が熱演すればするほど、興味深く感じて身を乗り出して聴くのではないか。

 仮に、楠木正成(まさしげ)・正行(まさつら)親子の「桜井の訣別」のくだりでもいいと思う。助太刀するとあとを追いかけてきた息子まで道連れにはせず、説得して追い返してでも、自ら負けそうな戦に敢えて旅立つ向かう父。父とはかくあるべし。

 史実の正行は、この時すでに立派な大人だった可能性が高いとしても、そういうこともあとで歴史が好きになったら探求すべし。

 【質問】この時楠木正成が赴き、実際に討ち死にした戦いは一般に何と呼ばれるか。

 高校の日本史でさすがにこれは今も教えていると思うけど。
 
 この「桜井の訣別」を唱歌にした「青葉茂れる桜井の」という歌、戦前派の方ならどなたでもご存じの歌かと思いますが、「世は尊氏の(まま)ならん」などと件(くだり)には、決して足利尊氏は単なる悪者ではなかったともいいたくなるが、こうした点は高校生ぐらいになって、興味をもって南北朝史を調べてたくなって、気づけばいいと思う、「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」と昔は呼ばれた。戦前の学芸会でもよく演じられたという。いつも持ち歩く私のiPodに、子供時代に聴いたレコードと同じ編曲のをみつけて入れてますよ)ばかりか、日本の戦前の唱歌や軍歌のほとんどについて、何番かの歌詞までは、少なくともうろ覚えはしている、なのに昭和35年生まれのこういちろうは思うのであった。

 軍歌を避けて、日本の音楽史を語るのはどうみてもおかしいと思っているし。それは日本への西洋音楽の同化の過程でなくてはならない役割を果たしたし。

 (.....まあ、これは理屈です。ともかく私は子供時代から軍歌に親しんでいたけど、決して軍国少年にはならなかったわけで。.....更にいえば、なるちゃんこと浩宮様こと皇太子殿下のファンのあること、それどころか顔立ちが似ていると自他共に認めることを、このサイトのあちこちで公言している、いずれ殿下の御代に人生を歩めるだろうことを心から光栄に思う、同い年生まれの「浩」一郎である。)


******


 いずれにしても、私は、それが実は史実的には虚構であろうと、日本の昔の偉人伝や名文句が伝承されていくことはいいことだと思っている、しかし、それを学習指導要領に載せるか載せないかでもめる人たち全体に、「もっと大事なことがあるでしょう?」とため息をつくタイプである。

 確かにいえるのは、再度の徴兵制施行には反対するという点だろう。

 そして、世界史の流れの中で、日本が、都合よく利用されるばかりの形になっているのに、政治家がそのことに無自覚だったり、ごまかしの答弁しかしなかったり、国民洗脳のためのキャンペーンとかがさりげなく進まないことを強く祈っている。

 問題は、社会の一般の「大人が」、重要な何かを勘違いしたまま歴史が進むことだと。


*******


 さて、そういうわけで、難しい文語調であっても、子供たちに語り聞かせられる言葉として、私は、二宮尊徳の、以下のような言葉を推薦しますので、詳しくはこちらこちらのリンク参照のこと。

誠(まこと)の道は、学ばずしておのづから知り、習はずしておのづから覚え、書籍(しょうじゃく)もなく記録もなく、師匠もなく、而(しこう)して人々自得(じとく)して、忘れず。

 是(これ)ぞ誠の道の本体なる。

 渇(か)して飲み飢(うえ)て食(くら)ひ、労(つか)れていね(=寝て)さめて起く、皆此(これ)類(たぐい)なり。

 古歌に

 水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけり

といへるが如し。

 夫(それ)記録もなく、書籍(しょうじゃく)もなく、学ばす習はずして、明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり。

 故(ゆえ)に天地を以(もっ)て経文(きょうもん)とす。

 予が歌に、

音もなくかくもなく常に天地(あめつち)は書かざる経(きょう)をくりかへしつつ

とよめり。

 「夫(それ)世の中に道を説きたる書物、算ふるに暇(いとま)あらずといへども、一として癖なく全きはあらざるなり。

 如何(いかん)となれば(=なぜならば)、釈迦も孔子も皆人なるが故なり。

 経書(けいしょ=四書五経)といひ、経文(きょうもん=仏典)といふも、皆人の書きたる物なればなり」


......以上、ほとんどは「二宮翁夜話」より。

 BGMは浜崎あゆみ - talkin' 2 myself - EP浜崎あゆみの"takin' 2 myself"と"decision"

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2007/10/01

ステンカ・ラージンについて(第4版)

ヴォルガの流れは果てしなく続いていました。
ステンカ・ラージンは、手下たちと一緒の舟に乗っていました。
麗しいペルシャの姫に彼はご満悦。
でも、手下たちがそれを誹謗(ひぼう)していることに、ラージンは気づきました。

そこで早速、ラージンは、姫をヴォルガ河に放り投げました。


 「ヴォルガ、ヴォルガ、
 生みの母、
 ヴォルガ、
 ロシアの河よ。
 贈り物を受け取ってくれ。
 これがドン・コサックからの美しい贈り物だ」

Stenkara_2


* どうしてステンカ・ラージンはペルシャの姫をボルガ川に投げ込むのか
     (サイト「ロシア民謡の謎を追う!」)

そして、ラージンは、更に叫びます。

 「お前たちはなぜ沈んでいる?
 さあ、フィルカよ、
 踊ってくれ。
 皆で陽気に歌い、
 姫の冥福を祈ろう。」

(一般に日本で唄われている与田準一による訳詞とメロディはこちら。)

Don Kosaken Chor, Iwan Assur & Serge Jaroff - Meisterst?cke - Stenka Rasin

【注】ステンカ(ステファン)・ラージンは、ドン河を中心として活躍した「ドン」・コサックの首領。皇帝に対して反乱を起こし、最後に処刑されたた「ステンカ・ラージンの乱」(1858)を通して、民衆のヒーローとして様々な伝説を生む。補遺ーローとしてドン・コサックはヴォルガ河を経由してカスピ海を南下し、ペルシャを侵略した。この「姫投げ」のモチーフは、キリスト教以前のロシアの自然崇拝における母なる川への生け贄という異境的儀礼の名残りでもあると推測される。

 なお、歌詞中のフィルカとは、ステンカ・ラージンの娘のことを指すだろうとのこと。

 (........以上、伊藤一郎著「マーシャは川を渡れない -ロシア民謡の中の文化-」による。)


******


 私は、子供の頃に、このロシアの歌(ドミートリー・ニコラエヴィチ・サドフニコフ作詞)の日本語訳(直訳)をはじめて読んだ時の異様な感慨と同じ感じに襲われるたびに、

すてんか らーじん!!

と心の中で叫ぶようになりました。


 もっとも、私は、手下たちの「嫉妬」を察しての、ラージンの行為だとのみ、ずぅーーーーっと、勘違いしていました。でも、私の感じたわけのわからない衝撃は、生け贄儀礼の残照と理解する方がよほど実感とフィットします。

 これが私の太古的・元型的表象(???)の具現化、すてんか・らーじニズムの原点です。

 直前の記事参照。

 続編こちらにあります。

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