コネタマ参加中: 五月病、どうやって乗り切る?
私に限らず、今どきのカウンセラーの多くは、「5月病」などという言葉を耳にすると、何を今更、その言葉で説明して済ませるのかという思いにかられる人が多いかとは思う。
しかし、ゴールデン・ウィークを終えて、4月はじめに見定めた目標を喪失し、何となく意欲が落ちているのを感じる皆様は、新入生や新社会人の皆様に限らず、多い季節かと思いますので、あえて旬のネタということで・・・
●「ゆとり世代」成長意欲高いけど…受け身 どう接すべき?(msn=産経)
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今年の新入社員は職場にこまやかなフォローを望むゆとり世代-。人材育成サービスを展開するウィル・シード(東京都渋谷区)が、4月入社の新入社員を対象に実施したアンケートで、こうした傾向が浮かび上がった。
◆スキルアップ期待
この調査は、同社が顧客企業に提供している新入社員研修の受講者のうち1938人を対象に3月末から4月中旬にかけて実施した。
それによると、会社に期待することの質問では「自分の能力の向上機会」がダントツで57.5%(複数回答)の人がこの答えを選んだ。次いで多いのが「適正な評価」で30.1%だった。また、上司・先輩に望む指導スタイルを二者択一で聞いたところ、「細かい指導をしてくれる」が65%で、「任せてくれる」の35%を圧倒。「こまめに声かけしてくれる」も63%と、「話しかけたときに対応してくれる」の37%を大きく上回った。
◆人間関係に不安
仕事をしていく上で不安に感じていることは、「上司・先輩との人間関係」が53.1%(複数回答)と最多で、以下、「専門知識・スキルが足りない」(41.6%)、「求められる職務への適性があるか」(28.8%)、「失敗してしまわないか」(20.0%)と続いた。自分が一人前になれると思う期間は「1~3年以下」との答えが41.0%を占めた。
ウィル・シードはこの結果から、今年の新入社員の大きな傾向として、「成長意欲が高い一方で、“受け身”“様子見”の姿勢が強く表れると予測される」と分析。第2土曜日が休みとなった1992年前後に小学校に入り、「ゆとり教育」を受けてきた世代の特性と断言してしまうことはできないが、入社時に抱いたイメージと、現実の職場が乖離(かいり)していると不平・不満を抱くことが想定されるとしている。
□ 上司が接する時間作ろう ウィル・シード 池谷聡氏
成長意欲は高いものの、受け身の姿勢が目立つ「ゆとり世代」の新入社員。職場の上司・先輩はどう接すべきか、ウィル・シードで社員研修プログラムの開発を担当している池谷聡(ただし)・人財育成カンパニー副カンパニー長に聞いた。(原誠)
◆独自の発想伸ばす
――「ゆとり世代」とは
「昨年の新入社員が小学校に入った年に日本のゆとり教育に大きな転換が起きた。それまではスパルタ式も含めて何度も繰り返し訓練する反復学習で土台を作り、その上に応用をのせるという教育方針だったのが、個性を重視し、子供が興味を持つことや独自な発想をコーチング的に伸ばしてやる方向に変わった。私たちはその年の前後に小学生になった世代を『ゆとり世代』と定義している」
――「ゆとり世代」の特質は
「『主体的な受け身』と表現できる。ゆとり教育は結果的に、学校がテーマを与え、その中から選ばせる形になったので、自ら何かを手に入れるという経験がないままに育った。勉強でも何でも一生懸命に取り組むのだが、テーマを与えられないと動きだせない。ものが豊富にあり、一人部屋も与えられて育ったという社会的背景も影響。他人とコミュニケーションして人間関係を築きあげていくことが苦手だ」
「携帯電話の登場で、電話でも知っている人とだけ話をすればいいようになった。小学校から大学まで限られたコミュニティーの相手とだけコミュニケーションしてきたので、相手の立場を考えようとせず、自分の伝えたいことは他人に簡単に伝わると思っている」
◆仕事以外の話も
――上司はどう対応すべきか
「昔のように『背中を見てついて来い』というのは難しい。新入社員ときちんと接する時間を定期的に設けて信頼関係を築くことが大事だ。実際には企業の現場では、上司が忙しさにかまけて、新入社員との話し合いを後回しにしがちだ。ゆとり世代は、忙しそうにしている上司や先輩に異常に気を使うので相談することが苦手だ。ところが、上司は『なぜ相談しない』と思ってしまう。家族のことなど仕事以外の話もして、信頼関係を築いた上で、だめなことはだめとはっきり言うべきだ」
【会社概要】ウィル・シード
2000年7月に創業。企業向け人材開発・教育プログラムと学校向け体感型教育プログラムの開発・提供が2本柱。企業向けは大企業を中心に約350社に提供しており、毎年、延べ約2万人の新入社員を研修している。社長は船橋力氏。資本金は1000万円。
============引用おわリ===============
「ゆとり教育」というのは、本来、
1.ひとりひとりが主体的な問題意識を持ち、
2.自分から、様々な機会や人間関係のチャンネルを切り開いて、
3.焦りに振り回されすに、じっくりと多角的に、自分なりの見地を築き、多様な問題解決方法論やスキルを獲得する
ためのものだったと私は理解している。
しかし、現実には、ここで説かれているように、テーマを人から与えてもらえないと能動的には動けない人間を生み出してしまったとすれば、いささかさびしいというしかない。ほんとうは、自分で自分をコーチングできる人間が育たないとならないのである。
ただ、次のことは言いたい。
人間、「あなたの好きなようにやっていいんだよ」だとか、「やりたいことをやりなさい」とだけ言われてしまうと、むしろ「突き放された」、それどころか「放置された」「見捨てられた」と感じて不安になり、途方にくれてしまうものである。
特にこれは、まだ自分が社会でどのように通用するか見当もつかず、大人社会への参入が承認されるかどうかにビクビクしている若い世代においては、なお一層見られることだと思う。
先行世代に求められているのは、「関心を持ちつつも見守ってくれている」ということが具体的に伝わってくるような「聴き手」のあり方のように思う。
そうした聴き方においては、単に「うん、うん」とうなづくだけではなく、かなり具体的に話を引き出そうとするような積極的な関与が必要であろう。
ただし、そうやって積極的に「訊(き)き出そう」とする過程で、聴き手が当然すでに知っていると思っていることを先取りして具体的に問い質(ただ)されると、自分の無知に萎縮したり、プライドが傷つけられたと感じやすい。
たとえば、福祉の仕事に就きたいという高校生に、「介護福祉士」「精神保健福祉士」「社会福祉士(ソーシャルワーカー)」の中のどれになりたいの? などという質問を性急にかつ不用意に浴びせようものなら、まるでカタツムリの目玉をつついて、角を引っ込めるどころか、殻の中に胴体全体を引っ込める引き金になりかねない。
そのくらいに、若い人とは、それこそ、"fragile"なものである。
しかし、
♪引っ込めながらも考えた
♪何の負けるか今に見ろ
♪大きくなって皆のため
♪お役に立って 見せまする 見せまする
・・・・と、この「お山の杉の子」という歌が作られた、戦後の焼け跡時代と同じような「背伸びしてでも何かをやってやる」という、いい意味でのど根性は、先行世代が、単に「背中を見せる」にとどまらない形で、今の不況の世にあっても、決して保身にだけは走らない形で、「先輩」としての前向きな生き様をさらし、更に、後につつく世代を、「同志」として、前向きに真摯に扱う中で、はじめて伝えられていくとは信じたい私ではある。





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