SEASONS
♪今年もひとつ季節が巡って
♪思い出はまた遠くなった
鬱陶しくあるかにも感じられる、梅雨の雨の合間の曇り空の下で撮りました。
しかし、
この雨の恵みと気温の上昇の中で、
新たな生命が育まれつつあるのを実感する、
今日この頃でもあります。
浜崎あゆみ/Rock'n'Roll Circus(DVD付)Rock'n'Roll Circus(DVD付)
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♪今年もひとつ季節が巡って
♪思い出はまた遠くなった
鬱陶しくあるかにも感じられる、梅雨の雨の合間の曇り空の下で撮りました。
しかし、
この雨の恵みと気温の上昇の中で、
新たな生命が育まれつつあるのを実感する、
今日この頃でもあります。
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浜崎あゆみさんの詞って、驚くぐらいに具体的なシチュエーションが出てこない。
そして、そもそも「君」「あなた」が誰なのかが非常に曖昧で多義的で、どのようにでも受け取れ、再解釈できる。
・・・ちょっと年季が入ったayuファンなら、実は今私が箇条書きにした順序くらいでとりあえずいくつも当てはめていくのが無難であることに気がついているかと思う。
"teddy bear"
や"memorial address"
の「あなた」がもっぱら父親のことを指す、"ever free"
は亡くなった祖母のこと・・・などと、特定的に捉えていい・・・といったケースというのはむしろ例外的なのである。
要するに、ayuの詞というのは、非常に純粋な形で、「外的」および「内的」な「二者関係」に無限に「投影」させ、「転移」させることに開かれ切っている。
似たようなことは、他の歌手でもある程度は曲によって見られるが、ayuのように「首尾一貫した厳密な方法論」と言える域の人を、私は知らない。
ayuは、本当にこの経験則だけで詞を書き続けていられる。裏を返すとayuのような詞を他人が「模作」しても容易にメッキが剥げる筈と断言できるくらいである。
*****
この現象をうまく説明するのに役立つ、私の守備範囲に入っている精神療法家は、誰をおいてもサリヴァンである。
私はこのことを公然とネットで書いたことが実はないままなことに、直前の記事でサリヴァンに言及した際に気がついた。
サリヴァンが、 本書で、「パラタクシス的(parataxic 私なりの意訳をすれば「相互転移的=投影的二者関係の次元」)なもの」と呼ぶ対人的相互作用の次元での象徴化・言語化様式と、まさにぴったり符合するのだ。
=======以下引用(中井久夫訳。太字、および[ ]内はこういちろうによる)=======
(前略)この合理化とは、実は「個性とは一人一人独自なものである」という妄想の特殊な一側面である。それは、「概念としての『私』と「概念としての『あなた』(conceptual "me" and "you")がそれぞれ特異的な境界線をもっているためにどうしてもそのように考えられてしまうのであるが、実際には、「概念としての『私』や『あなた』とは、個人の知覚の舵取り役をつとめるもののその人の経験の意識可能な範囲を限定する参照枠[frame of reference]となるものに過ぎない(邦訳p.111)。
=======引用終わり=======
サリヴァンは凄まじい逆説を述べているので、一見難解だが、ちょっと解説してみよう。
サリヴァンは、本書の別の箇所で、「我々は、基本的には同じような人間である」という前提が大事ということを述べている。
これは、一見「個性」というものを否定しているかに見えかねないが、一見精神病状態になるかに見える人間でも、基本的には自分と同じような人間として捉える基盤が大事だということを強調していると受け取れるだろう。
そして、「個人」という自己完結的システムとして人間を捉えるのではなく、「対人関係的相互作用の場」の過程という次元でとらえることを基本スタンスとしていることこそがサリヴァンの本質なのだ。
この点はジェンドリンも「人格変化の一理論」の削除された草稿部分(TFI日本語サイトで村瀬孝雄訳を閲覧できます)で、サリヴァンとの比較論に紙数を割いて評価している。
「性格は、対人関係の関数である」
・・・・サリヴァンの、もっとも有名な言葉のひとつである。
ひとは、自我を持つ存在として他者と関わる限り、「共人間的有効妥当性確認(consensual validation)」ができる形での言語での意思疎通の能力を身につけねばならない。
この"consensual validation"という概念は、中井先生の「超訳」の典型として著名だけれども、わかりやすく言えば「お互いに話が『通じあう』水準での言語使用になじむ」必要がある、ということ以外の何者でもない。対義語は、端的に、「自閉的(autistic)な言語使用ということになる。
もとより、人はこの能力の獲得の過程で、「自己態勢(self dynamism)」から「私-では-ない-もの(not-me)」として解離しなければならない有機体的経験の膨大な領域を持つことになる。そのある部分は容易に他者に投影され、ある部分は端的に「否認」されることになるだろう。
しかしそれはサリヴァン的な見地からすれば、人がその所属する文化に適応(accultualization)していくための必要悪でこそあれ、さまざまな精神的失調・・・・正確に言えば、そのは単に「個人内」の現象ではなくて、「対人的相互作用」における齟齬ということになる・・・・の温床でもある。
そうした意味で、アイリッシュ系であるサリヴァンは、WASPを中心とする当時のアメリカの価値観がアメリカの青年、特に前思春期の男子の成長に与える悪影響についてむしろ非常に尖鋭な批判者であったことは是非とも述べておかねばならない。
*****
さて、こうした前提で、「パラタクシス的なもの」自体についてのサリヴァンの言葉を引用しよう:
=======以下引用(中井久夫訳。太字、および[ ]内はこういちろうによる)=======
パラタクシス的[paretaxic]な対人的関わり方とは、話し手の意識の枠内におさまるような内容規定を持った対人関係と並んで[="para-"=並行して] 、影が形に添うように、もう一個の対人関係が存在し、対人的なかかわり合い方の傾向が前者とは全く異なり、しかも話し手はその存在をまず完全に意識していない場合である。
パラタクシス的な場においては、精神科医と患者とから成る二人組と並んで、「ある特別な『あなた』パターンに迎合するように自己を歪めた精神科医」と「未解決の過去の対人的なかかわり合い追体験しながらそれに対応する特別な『私』パターンを現している患者」とから成る幻の二人組がある。コミュニケーションの過程がこの二つの形影相添うような対人的なかかわり合いの一方から他方へとめまぐるしく飛び移ることもあり、この移動が稀にしか起らないこともあるが、いすれにせよ、普通、話し手の気の配り方は、結構ちゃんとしていて、活用や語法、語順などまちがわないで文法に適った言明を作ることができる。そのため一見首尾一貫した議論の立て方となる。またかなりはっきりと聞き手を意識した語りかけ方となる。(邦訳pp.112-3)
=======引用終わり=======
・・・・この最後のパラグラフなんて、全くもってayuの歌詞のありかたそのものについて言及していると言えるだろう。
ayuって、びっくりするくらいに、はるか以前の対人関係のことを意識し続け、ひきずり、繰り返し歌い続けずにいられない人のようだ。
このあたりの具体的な解析と人物の同定については、王子のきつねさんのブログの随所で繰り広がられてきた情報収集力と慧眼と説得力に私はとてもかなわない。
念のために申し上げると、いわゆる「成熟した」対人関係を持つ人間同士でも、この「パラタクシス的」次元は容易に顔を出す。ベイトソンのいう「ダブル・バインド」も「パラタクシス的なもの」の特殊な形態のひとつといえる。
興味深いのは、高機能自閉症の人にとっては、まさにこうやって「影のように寄り添う別次元の対人関係様式」という、いわゆる「健常者」が全く無自覚に撒き散らす「含み」の成分というものを厳密に「理解」「識別」できないとパニックに陥る場合があるということだ(私は発達障害の専門家ではないが、当事者やご家族の話をうかがう限り、いわゆる「アスペルガー」タイプの皆さんの少なからず場合にあてはまりそうだ)。
******
ちなみに、先程の引用部分で、
>コミュニケーションの過程がこの二つの形影相添うような対人的なかかわり合いの一方から他方へとめまぐるしく飛び移ることもあり、
と述べたが、あゆの場合、同じ歌の内容が同じシチュエーション、同じ相手を指すと強迫的に捉えようとすると意味が全体として通じにくくなるケースが稀ではない。
これについては、先述のきつねさんが、"(miss)understood"(アルバム名ではなくて曲の方
)について、見事な分析をしている。
●甘いスイカに砂糖をかける(王子のきつねOnLine)
●Miss Understood Lyrics - 浜崎あゆみ (English and Hiragana)(YouTube)
私が大好きな歌です。
ここでいう「君」って、全部ayu自身のことを指すものとして理解しなおしてみるだけで、ぐっと深みが出ますよね(^^)
*****
もうひとつ、アルバム"(miss)understood"の「心臓」であり、もっとも深みある曲のひとつと私が感じている、"In the Corner"
。
●Ayumi Hamasaki - In the corner(YouTube)
ちなみに、この歌詞を聴いて、ayuのことを「ボーダーチック」だとか"as if personality"だとか言い出すのは、私は心理の学部生までしか許さないから(^^)。
自分のことを振り返ってみるとどうだろう?
「まずは罪なき者が石を投げよ」。
相手への愛情を一瞬たりとも疑ったことがない人がいるとすれば、そういう人のほうが無理のしすぎで心配である(^^)
ayuは、素直なだけなんだよ。
あるいは時々、聴衆を意識して、こういうことを敢えて歌にして「予防ワクチン」をファンに打っておかないと、自分も持たないし、ファンも危ういと感じているだけ。
そういう意味ではほんとに「ファンに気を使っている」からこそ、こんな、ファンを「脱錯覚(disillusion 幻滅)」させる危険がある「暗い曲」をアルバムに入れておく。
私が聴いた、アルバム発売時のツアーの、少なくとも長野2日めと代々木の楽日という、私が臨席した2つのライブでは歌わなかったけど、最近はライブでも歌っているらしい。
私なら、ayuをむしろ、若干分裂気質も合質しながらも、高エネルギー型執着気質をベースにした、適応水準の高い双極2型に分類する(・・・・って、それこそ私自身のパラタクシス的「投影」でもあるかもしれないけどね)
*****
最後に,YouTubeの「公式」動画より。
敢えて次の初期の曲で、私が最初に提示した「君」の読み替えを徹底的にやってみてください。
●浜崎あゆみ / TO BE(YouTube)
PVは![]()
春日武彦氏の書評についての感想記事について、改版を重ねて練り込むことにかなりの労力を注ぎ込んだために、最近の私としては記事更新のペースが少し緩みましたが、毎日カタカタと「その日できる最善のことをする」ことで一日が終わるパターンは相変わらずです。
日照りの夏が終わって秋が来ると、むしろ庭にいろいろと雑草がいつの間にか生い茂るものですが、台風接近の直前に一気に手入れをしました。とことん枯れるまで敢えて放置したひまわりの種もたくさん回収できましたので、来年は自前で、今年よりも密生したひまわり畑を庭に現出できそうです。
台風そのものは、九州山地の向こう側の海の上しか通過しなかったので、福岡県では風もほとんど吹かない曇り空に小雨程度で推移しました。
つばきの一種ではないかと思える花も庭に咲き始めました。
そういう季節なのですね、もう。
*****
「久留米でうつと働き方を語る会」立ち上げに関しては、参加ご希望の反応はまだこれからの段階ですが、会の発足をお知らせした福岡の諸先達の先生方から、暖かい励ましのお言葉を幾つもいただけましたことに、心から感謝申し上げております。
福岡・佐賀の関係諸機関へのお知らせも現在進めている段階です。しかしご当地久留米に関してのこの種の活動を進めるとなると、常々親父が言う、「足を使わんと!」こそ、地域に根をおろすということだと心得ています。そうなると簡潔で見やすいチラシも制作し、あちこち直接顔を出してご面会して話をする手間を惜しんではならない。今からその作業に取り掛かるところです。
*****
これも以前にお知らせしましたが、佐賀県教育センターの教育研修講座の一貫としての「フォーカシング」の講師をさせていただくまで、ちょうど一ヶ月となりました。
佐賀県教育センターは、てっきり佐賀市の市街地にあるものと思い込んでいたのですが、広域市町村合併というのは、あなどれないもので、「佐賀市大和町」というのは、北山ダムや川上峡温泉が現在では含まれていることに気がつきました。その川上峡温泉の温泉街のすぐそばに教育センターの敷地があるらしいのです。
川上峡温泉は、小学校低学年時代に親に連れられて親戚一堂の懇親会(「いとこ会」というものが、総勢何十名もの参加で、つい先年まで何十年も機能していたのです。まさに映画「サマーウォーズ」の世界そのもの!)で参加し、その後、小学校卒業時に、当時の親友と、別々の中学に進学するお別れ記念にサイクリング(久留米から峠を越えて往復80キロ!)で訪問して以来です。
川上峡温泉は、別名「九州の嵐山」とも呼ばれますが、この言葉には偽りがなく、貯水池も兼ねているためにゆったりと幅広く流れる嘉瀬川 の両岸には、木々が生い茂る、確かに嵐山と似た地形の土地になっているのは、サイクリングで地面を走ってたどり着いた、もう35年以上も前(!)の記憶に照合しても確かに言えることだと思います。
妙に懐かしさがこみ上げると同時に、恐らく秋の紅葉シーズン真っ盛りの頃になるので、ちょっと楽しみな小旅行の気分にもなって来ました。
もとより、平日に「公務出張」の形で佐賀県各地からおいでになる学校の先生方を対象とした研修会です。打ちあわせの際の、教育センターの職員の方の、実に細やかな心配りにも感激しました。
施設の装備もしっかりしているようですので、ここはひとつ張り込んで、これを機会に、これまで不精して作ったことがなかった「フォーカシング入門研修」用のパワーポイントファイルを新作するモチベーションが高まっています。一度作ってしまえば、それをテンプレートにして、今後、月例の「久留米でフォーカシングを学ぶ会」ばかりではなく、今後の学会発表や、もしまだいずれから講師としてお声がかかった時にバリエーションを制作すればいいことになりますので、この際作ろうと思います。
*****
こんな具合で、結構面接時間以外にやれることは次から次に生じてくる状態です。
私が中学校時代に心の支えとしたカール・ヒルティ曰く、
「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」
やっと、バランスよく、しかも常に1割の余力を意識的に維持して燃え尽きないように用心しながらも、カタカタと日々のtaskにいそしめるライフスタイルをつかめてきているのかなとも思う。
「だから、あすのことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である」
(マタイによる福音書 6:34)
このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。
おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、
・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m
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もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。
しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない。
このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・
つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います il||li _| ̄|○ il||li
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この問題を一気に解決し、
そういうページが、実はずっと以前から存在します!!
●阿世賀浩一郎のホームページ/index
開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。
かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・
そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。
恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。
同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。
そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。
しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。
しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。
今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。
最近の私が、こうやって30年ぶりのUターンをしてきた故郷、福岡県久留米市についての記事をたくさん書き出していることは、読者の皆様、お気づきかと思います(^^)
このブログでそうした記事を書くことは、今後も重視したいのですが、この際だから、ネットの世界におけるご当地コミュニティを、もっと大事にしたいと思って検索したら・・・・
ありました!!
●久留米の地域情報ポータルサイト 久留米タウン(by e-まちタウン)
このサイトそのものが「e-まちタウン」という全国的規模のサイトの一部なんですけど、システムがしっかりしているので早速登録。
ええい、こうなったらこのサイトでもブログ新設だ!!
・・・・・というわけで、突貫工事でとりあえず誕生させたのが、
でっす。
こういちろうは、いくつサテライトブログを立ち上げれば気が済むのかといわれそうですが(^^;)
この「久留米探訪記」サイトでは、
私が久留米に帰郷してこの半年間の間に撮り貯めた未公開の写真のみならず、今後、運動も兼ねて自転車で再訪するであろう、かって知ったる久留米の町並みや史跡や名所や自然、そして、私にとっては新しい、浦島太郎のようにして体験する、新しい久留米の姿について、このサイトとは別のコンセプトで、ボチボチと気軽に取り上げて行きたいと思っています(^^)

↑未公開写真のひとつ、櫛原天満宮境内。太宰府天満宮を知っている人だと、境内の配置や置いてあるもの(御神牛とか)が似ていることに気がつかれるかと思います(^^) でも、そのひとつひとつに、大宰府にですらない、「苔むした」魅力ってありますでしょ?
・・・・・こうして、運動へのモチベーションを無理やりにでも維持する、行動療法家としてのこういちろう(?)であった(^^)
●クワバタオハラ 結婚&破局報告会見(msn=産経)
●くわばたりえ 今、私たちのモテ期が熱い!(AmebaGG)
クワバタさんのダイエットの結果としての腰のくびれには、男性ながらショックと羨望を覚えたこういちろうでしたが(^^)
クワバタのくびれダイエット~コアリズムでこんなにやせた!キレイになった!~
この人のダイエットに関しても、色々陰口をいう人もあるみたいだけど、何か、私の用語でいう「知ったかぶり系」(=裏返しの「妄想系」)が多いみたいなので(^^;)
彼女の、今回結婚するお相手との秘めた交際は最低3年以上(^^)ということですが、ダイエットが成功したのは、彼への思い、そして彼の協力(・・・・ここでは皆様、少しだけ妄想に走っても、全然失礼ではないと思うゾ)あったればこそだろう。
****
どうも、私のような商売をしていると、摂食障害との兼ね合いもあって、ダイエットという現象に対して、つい批判的なことばかり書きたくなる。
しかし、ただダイエットするのではなくて、適切な形での筋肉の鍛え方と贅肉(内臓脂肪)の取り方となり、そのひとなりのいいバランスに向かうことが、その人の健康と長寿ばかりか、仕事やプライベートにおける活動全般の燃費の向上、疲労回復度の上昇、さらにはメンタルストレスの軽減と自信の向上という良循環となる場合が多いことについいては疑う余地がないだろう。
ここ何ヶ月かの私の場合には、抗うつ薬から気分スタビライザーへの投薬の変更に出発する、うつ状態からの劇的な回復過程(絶対に躁転もリバウンドもしないのである!! まるでカタカタと軽快な音を立てつつ全く平常心で原稿を打ち続けるタイピストのような、そういうささやかな日常性のなかでしみじみと生きている)がいったん確立してみると、まずはもっぱら脳を使う労働は、このネットでは全然現れていないところまで含めると、我ながらあきれるコンスタントなフル回転状態があたりまえになった。
実は、それこそが、驚異的に勤勉な、久留米を代表する経理と事務職の職人として、大病を一度も患わないまま、超頭脳明晰に生きて来た、私の父のライフスタイルの血をもろに継いだ、「十分に機能する人間(ロジャーズのいう意味での)」としてのあるがままのライフスタイルだったのだということに、成人して以降、やっとこの歳にしてたどり着けた思いである。
(やりたくない仕事をフルタイムでやらざるを得なかったら、今の私でも持たないかもしれないけど)
そうなると、自然と外出する気になることも多くなる。つつじを見物して回ったり、地元のコアなグルメを訪問してみたり、自転車を買いなおしてみたり・・・・・ということが自然と生じているのは、このブログで書いてきたとおり。
これだけで、人によっては、「以前よりずいぶん顔や体型がすっきりしてきたね」と言われ始める。
そうなると、更にいい気になった私は、もう少し出歩いて運動してみようかとか、マジにクワバタさんの本だけでも、安いから買ってみようかとか思い始める始末である。
靴も新調した。
いずれファッションの新調まで分相応にはじまるかも。
(なぜか、カバンから筆記具まで、身の回りのアイテムは、私が驚くほどの目利きで私にフィットするものを選んでくれる人がいるが)。
今度皆様にリアルでお会いする時のこういちろうが、一見正反対かと想定されかねない、貴族的なダンディさで知られるフォーカシングの池見陽先生ふうの「チョイ悪オヤジ」っぽく(この先生はジャズ喫茶でペットまでお吹きになる!!)いつの間にか変身しているように、10%でも感じさせれば、大成功なのだが(爆)
****
「内面から変わらねばならない」という強迫観念から、人は解放されねばならないだろう。
もちろん「行動が変化しなければ何も意味がない」というのも、同じくらいの虚構である。
そして、「ものごとを、マニュアルや教科書に沿って、きちんと積み上げて学ばねばならない」というのも虚構である。
自分の納得いくところから、納得いくだけ、自分のニーズに即して、つまみ食いしていく人のほうが、結局途中で挫折することなく、気がついてみると、生真面目すぎる勉強家よりも遥かに深いところまで上達しているばかりか、開発者の原典の読解においてですら、机上の学者たちより正確で緻密という境地にいいたることもある。南方熊楠がこのタイプの空前の天才であったことは一般によく知られている。
同様にして、「ものごとに完全かつ周到な準備が必要」というおもいこみは打破すべきだろう。
時には、しったかぶりやはったり、出たとこ勝負で切り抜けることも必要である。
さもないと、実践的な問題解決能力や、ネゴシエーションの能力はいつまでも育つまい。
*****
「化粧セラピー」という、矢野実千代さんが開発したジャンルがある。
これは狭い意味での「美人になるための」お化粧のしかただけではなくて、例えば生きる張りを失いかかったお年寄りや、やけどや傷などの跡についてのコンプレックスに苦しんでいる人のためのものでもある。
矢野 実千代/高齢者のコスメティックセラピー (介護福祉ハンドブック)
数年前、テレビでじっくりとドキュメンタリーを見た時、この人の発想とマインドは下手なカウンセラーすら超えていることを痛感した。
●瀧澤 祐希/お化粧セラピーが高齢者にもたらす影響について [医療法人耕仁会(札幌太田病院、介護老人保健施設セージュ山の手/新ことに) 学術研究論文集 第12 号]
そして、この人をカウンセラー関連の学会の研修会かセミナー、あるいは大学学生相談センター主宰の学生向け公開セミナーに講師としてお呼びしたら、すごく刺激的な事態になるはすと夢想した。それはいまだ実現できていない。
上記のウェブサイトの更新が止まっているので心配だが、このネタ、公開しますので、カウンセリング系の研修で研修講師のマンネリに困っている企画書の皆様、どうかご検討ください。
不況の世の中で、彼女の事業が発展的に展開した結果、ネット検索できなくなっているだけなら幸いだが。
(出資者が手を引いた、とか、一番ありそうなので)
久留米の旬のつつじシリーズ第3弾です(実は前の回の写真もすでに増えてますよ)。
今回は、今朝散歩してきた、久留米市寺町界隈です。私の家から徒歩5分ぐらい。
この土地には、江戸時代から、城下町のお寺さんが集められていました。そういう古くからの風情が比較的残っていて、この季節から秋にかけての週末には、結構ハイカーの人たちで賑わいます。
西鉄久留米駅西口から北上、蛍川通りとクロスする交差点から、今回の写真集を始めましょう(次第に私の家に近づく方向になります):
まずは、蛍川通りとの交差点から寺町通りにほんの少し入ったところにある、何ともさりげない、中華チマキと肉まんのお店、知味斉をご紹介。

ご覧のように、何ともささやかな間口と面積の店舗なんですが、土曜日の朝9時半の段階で、お客さんこそ私一人でしたが、お店の中では次々とせいろでチマキや豚まんを蒸していく活気が感じられ、昼ごろにはかなりのお客さんが立ち寄られるのだろうなというのが伝わりました。
「知味斉(ちみさい)」という名のお店は、実は中華家のお店としては全国に散在しています。ある意味では中華系ではありがちな名前に属するみたい。「知味斎」という字を書く大きなチェーンもありますが、ここでご紹介するのは、久留米ラーメンの老舗、西鉄花畑駅近くにあった同名の店に由来する、全国にも名前が知れ渡り、遠方からおいでの方も多い(ウェブサイトの掲示板をご覧になるとわかります)、知る人ぞ知る老舗です。
私は10年近く横浜近郊に住んでいましたので、中華街の肉まんの名店はいくつか知っていますが、そういう場所のに比べると、肉まんはややあっさりめ、そう、ベトナム料理の生春巻きをどこか連想させるあっさり感がある気がします。西鉄久留米駅から徒歩5分でたどり着けますが、時間がない方は十分に場所の下調べをしておいてください。東西を走る蛍川通りから来る人にも目に入りやすいのぼりを立てていますので、そののばり目印にするといいかもしれませんね。
ちなみに「売り切れ御免」のお店ですので、その点もご注意ください。
*****

↑この店の辺りから北に向けての、両側にお寺が軒を並べる、あまり広くはない通りが寺町です。

週末、土曜日の朝ということもあってか、通りにこうしたのぼりを次々に立てていく、町内会有志の皆様(?)がおられました。
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さて、そうやっていくつかのお寺を左右に見ながら北上していくと、徒歩2,3分で、久留米を代表する寺院のひとつ、庭園で有名な遍照院にたどり着きます。
●遍照院(㈱サンセレモ 寺社探索)
1622年の開山だから、筑後国久留米藩21万石の城下町でも、江戸時代初期、大坂の陣で戦功があった藩祖有馬豊氏が丹波国福知山から転封されて来て2年後に遡り得る古いお寺に属するが、このお寺を有名にしているのは、「寛政の三奇人」のひとりといわれた高山彦九郎の墓(国指定史跡)があるからである。
高山彦九郎といっても、かなりの日本史ファンでも今では思い浮かばないかもしれない。しかし、京都の京阪三条駅前=三条大橋のたもとで土下座のようなことをしている銅像」がその人、とまで説明すると、思い出してくださる人も結構あるかな?

↑この銅像を、京都観光の際に観た人は結構多いと思います(^^)
戦前の国定教科書では、吉田松陰の先駆者、つまり、ペリー来航よりかなり以前、外国船が日本沿海にそこそこ出没しはじめたばかりの頃の、尊王・謹王運動の初期、日本中を説いて回った「伝道者」のような存在として、この三条大橋からの皇居望拝のエピソードが描かれ、戦争終結までの数十年に関しては、日本でこの名前を知らない人は珍しかったくらいの「偉人」あつかいだったとのこと。
●頼山陽 高山彥九郎傳現代語訳(日本漢文の世界)
しかし、次第にそうした活動に、この段階では朝廷をあくまでも幕府の管理下に置こうとしていた、未だ強大な幕府からの締め付けが加わるようになり、久留米の地に生涯3回目に立ち寄った際に、自刃して果てた。

↑私が幼稚園の頃から、通園途中にその前を通り過ぎる際に、言い様のない怖さがふと兆す瞬間があった、市指定史跡「高山彦九郎終焉の地」(遍照院から北東400m)の写真。
彦九郎がその終焉の地を久留米に選んだのは、その頃の久留米には、少し時代を下ると、水天宮総本宮の神官にして、京都蛤御門の変の長州藩の実質的総大将になった真木和泉守など、その後の尊王の志士の重要な活動舞台となるだけの土壌があったことと関連することだけは間違いない。時の有馬家藩主が将軍から嫁を迎えるという事態がなかったならば、久留米は薩長土肥と並ぶ倒幕と明治維新の「5番目の」立役者になったことはほぼ間違いないと歴史家は語る。
彼は一種の扇動的デマゴーグだったともいえる。幼少時から周囲からのひどい扱いに耐え忍び、「太平記」を読んで感銘を受け、勤皇の遊説士となったいきさつには、周囲に流されずに孤高と保ち、彼なりの理想に生きる、強烈な分裂気質パーソナリティを感じさせる。
頼山陽が書き残したように、大名をはじめとする自分よりも身分が上の者にも、礼節を貫きつつも媚びへつらわず、一度心を許した知り合いには心を開き、深く交わる対人関係様式、更には、どうして突如自分の腹に刀を突き立てたのか、イマイチ理解不能な振る舞いなども、分裂気質パーソナリティの特性を見事に描き出している生々しさがある。
頼山陽の父は江戸や京都・大阪のあちこちで繰り返して彦九郎の遊説活動に接し、頼山陽は幼少時に繰り返し父からその時の体験談を聞かされていたということなので、彼の証言は、伝記としては、伝承に塗(まみ)れる以前の「リアル彦九郎」のプレゼンス(存在感)を、実に生き生きと伝えた、準一級史料といえると思われます。
さて、ここに付属している庭園は、実際には戦後に整備されたもの。
百年公園の品種よりも、少し渋めの花の色なのも、歴史のなせる技でしょう(^^)
*****

↑自宅近くまで帰り着いた時に見つけた、石垣の間に慎ましやかに咲いていた、いかにも野生のすみれの花。
何か、私のカウンセリングルームのポリシーを象徴してくれるようなので、公式サイトのトップページの下段にも掲示することにしました(^^)
昨日、行って来ました。
久留米のつつじは今こそ見頃でしょう。
人出も実に多く、交通渋滞も凄い。
こうした会場とショッピングモールが隣接していて、ハイカーもいれば、屋台をあてにした若いカップルもいるという賑わい。

↑このタイプのお好み焼きは関東で見たことがなかった。
「はし巻き」というらしい。1本200円。
単に形状の違いだけではなく、広島ふうよりも、白身を少し減らし、半熟ふうに薄く巻き上げるという、しっとり感のある仕上げのように思う。
無理に動員をかけなくても、地元の一ヶ月も続くイベントにこれだけ人が集まるという点では、久留米はいい形での市民の憩いが確立していると思う。
ちょうど、受付開始後真っ先に申し込んだ市民への定額給付金の実際の交付(口座入金)がはじまった直後というのも大きかったろう。

つつじは久留米の名物のひとつ。
私の住んでいるところから2キロほど東の、久留米百年公園では、ゴールデンウィークまでの一ヶ月間、「久留米つつじまつり」のシーズンです。
●久留米つつじまつりin百年公園(BLOGわん)
今日土曜日(4/18)と明日日曜日には、中央公園で、「第12回久留米つつじマーチ」が開かれます。
追記 : 4/18に私が行って撮ってきた写真はこちらにあります。
●第12回久留米つつじマーチ<(久留米市役所公式ページ)
現在鋭意ロビー活動と準備を進めている、カウンセラーこういちろうの故郷久留米での経済環境の抜本的安定のための改善計画における「最後の切り札」として、秘密裏に奨められている、「コロンブスの卵」的なアイデアに基づく、堅実な新業務計画に、このネーミングを冠することにした。
別に、フォーカシングを活用して、女子サッカー選手の心身のストレスと緊張をほぐし、集中力を高めることで、コーチとして副収入を得ようという計画ではない(^^;)
このコードネームに基づいてなされる機密プロジェクトには、2つの具体的な実行プログラムが含まれている。
指令1. 私が子供時代に住んでいた旧宅を活用した、現在の開業カウンセリングルームには、猫の額ほどの広さではあるが、住居南側に庭がある。
昨年帰郷してから冬を迎えるまでは、せいぜい雑草を抜く程度の手入れしかできず、おかげで、むき出しになった、結構肥沃な地面の土砂が雨が降るたびに流れ出し、溝を埋めてしまい、今度はそうやって埋まった溝から再び土砂を浚(さら)い出すといういたちごっこを繰り返すのみであった。
そこで、花屋さんと相談して、今年は、その庭の地面一面に、多年草であるなでしこを栽培し、雑草の繁茂を抑止し、私やクライエントさんの目を、わずかなりとも安らがせることを期待することにした。
指令2. 現段階ではまだ具体的な公表の段階ではないので守秘するが、なでしこの間に大麻草が植わっていたり、地中で人工衛星と偽って弾道ミサイルを栽培しているのではないことだけは保障できる(^^)
......しかし、これはやはり一種の「土壌改良を伴う栽培計画」であるとは思われる。.
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