俳優

2011/12/12

劇場版「とある飛空士への追憶」を全く白紙の状態から観ての感想 (第2版 原作読了後の感想つき)

私は1960年代生まれですが、1980年代前半頃の劇場版長編アニメに通じる、何か凄く懐かしい味わいの作品を見せていただいたという感じです。自分が20前後の頃どんなノリで劇場アニメを観ていたのかを思い出させてくれました。

「ナウシカ(1984)」とか「ウインダリア」(1986)・・・というあたりの連想がまずは浮かんだのですが、原作者ははっきり「ラピュタ」(1986)を念頭に置いたと明言されていますね。・・・同じ空が舞台なのに、私、なぜ、とっさには「ラピュタ」を連想しなかったんだろう?(Amazonの原作本の「著者メッセージ」覧参照)。

←(注:初版の文庫版。劇場版はこれに基づいて作られたとのこと。改訂新版については後述。)

SF的設定もあり、空中戦も見所とはいえ、物語の基本的な流れは、まるで童話のような騎士道ラブ・ロマンス。そういう意味では王道過ぎるくらい。でもそれが全然陳腐とは思いません。これだけ緻密にストーリーを組み立て、丁寧に作られていたら私は十分満足です。完成度が高ければ、物語が「見え透いて」いてもいいのです。

全く白紙でこの作品を観る機会に恵まれ、他の方のレビューも全然読まないままで敢えてこのレビュー載っけることにしたのですが、「原作本の」情報とレビューの方は、この劇場版観たあとでちょっぴり拝見しました。

・・・何だこの5つ星の数は。大ヒットしたライトノべルなんですね。何かこういうストーリーのものも、今も好まれるというのは、オジサンとしてはなぜか胸をなでおろしてしまいます(押井守さんの諸作品、例えば同じ空戦ものの「スカイ・クロラ」とかも、全然持ち味は違うビターさがあるものの、好きな人間ですが)。

同じマッドハウス制作の「時をかける少女」と「サマーウォーズ」も非常に好きな映画ですが、緻密な日常描写とキチンとしたまとめ方には相通じるものがある気がします。脚本はこの2作に続いて奥寺佐渡子さん。

キャラデサインもやはり同じ貞本義行さん?これでは主役の「飛空士」シャルルと王女様ファナが「エヴァ」のシンジとレイそのままみたいじゃないか!・・・と思ったら、松原秀典さんという方。調べてたら、劇場版「エヴァ」新劇場版のと破で作画監督のひとりをしていた方なんですね。このへん、原作のイラストやコミック版のイメージと全然違う・・・という方も恐らくありそうですが、以上の作品を皆好んでいる私はそれを「許し」ます。「貞本風」というのは、もはや宮崎アニメと同じで、ひとつの「スタイル」かと。

シャルル役の神木くんも「サマーウォーズ」からの続投ですが、もはや声優としても「安心の隆之介」の域かと思います。これに対してファナ役の人を「棒読み!下手!」というのはたやすい。しかし、王家の箱入り娘として無垢に育ったファナ役ぐらいは、「生硬(ぎこち)ない」くらいがいいのではないか。ここに「うまい」声優さんをあててしまうと、この作品、いよいよきれいにまとまり過ぎてしまう気がします。

「原作と比べて世界観や背景の説明、心理描写や戦闘シーン、「終章」などの各シーンの簡略化や変更が多く見られている」という情報も某所で確認しましたが、何の先入観もなしで観ても、映画として自立しているかどうかが大事なんじゃないかと個人的には思っています。

========以上、私のAmazonレビューよりそのまま転載==========

● ↓ ロングバージョンの予告トレーラー(終了後に、引き続き表示される「関連動画」で冒頭12分がまるまる観れます。これ、「承認済み」のものだろうと思いますが。

*****

私は、マジ、上記のアマソンレビューを、映画についての他の人のレビューに「目隠し」したまま書いたのです。人気ある原作付きアニメというものがいかに原作ファンに叩かれやすいか過去の経験から容易に想像が付くので、完全に予防線を貼った書き方を意識的にしています。

私にできるのは、自分が観てきた「他のアニメとの比較論」、これ一本勝負。そういう書き方も、全く先入観なくこの作品に興味を引きつけるのには意義があると思いましたし。

ライトノベルの元祖、新井素子の「扉を開けて」(劇場版1986)なんかも、劇場はもう無茶苦茶不入りで、打ち切りの悲哀を舐めています。この作品については原作も読んでいますが、原作よりも秀でた部分も相当ありました。マーク・ゴールデンバークの音楽が非常に素晴らしくて、当時の最先端だったと思います。

*****

レビューを少し補足すれば、私は「俳優さんの」声優演技というものに好意的な立場です。ファナ役の人はともかく、神木くんの方まで「棒読み」というのはどうなんだろう???? 神木くんは役者として非常な才能がある人と思っていますが、声優としてもすでに実力を伸ばしてきていると思います。

それに、今の若い世代の人たちって、80年代前半頃までの声優さんのかなりの部分が「舞台演劇」の俳優さんも兼業していたことを知らないまま、昨今の「声優声」の価値基準に染まっているのではないかという危惧もあります。

もっとも、今の若い声優さんが、昔とは違う意味で若くから卓越した技量やしっかりした考えも持っている人も少なくないのは認めますし(まどか☆マギカ」のオーディオコメンタリーを丁寧に聴いていて感じた)、私は、宮崎駿さんのような、過激な「今の声優排除」論者ではありませんが。

*****

さて、原作の方、新装版(改訂版)で文庫から通常書籍(単行本)に格上げになり、価格も値格上げ、表紙も大人びたものになっているようですね。

恐らく、もはや「ライトノベル」の域を超え、もっと年齢が上の幅広い読者層に訴えるだけのものがあるのだろうと思います。映画の完成後に刊行。他の方々のレビューを読む限り、ストーリーは、より練りこまれているとのこと。

・・・・読みたくなった。(追伸:注文済み)

*****

【追伸12/16】

読み上げました。

映画版の元になったのは「初版」の方とのことなので、敢えて「ガガガ文庫」版の方にして比較してみたのですが、これだけ原作を尊重した映像化は「珍しい」域かと思います。原作から想像できるであろうテイストも全く同じ。これ以上を求める原作読者というのは「強迫的」というか、私にはこのアニメ化で不満という人たちの気持ちが、「わけがわからないよ」(^^;)。文字で書かれた心情表現というのは画面の「行間から」読み取るものです。

興行的には打ち切りの悲哀を舐めたそうですが、それはむしろプロモーション等の問題ではないでしょうか。

*****

更に調べたら、「とある飛空士の・・・」はシリーズ化されているようですね。

 ↓ これ、「とある飛空士の恋歌」の「文庫本の」宣伝のためだけのアニメトレーラー? 何かむやみに凝ってますね。このクオリティでアニメ全編作れれば「凄い」でしょうが、原作は長い作品のようで、むしろクオリティ維持してのTVシリーズ制作が無難かも知れませんね。

 ↑ こっちの方はいかにも「ゼロ年世代の」画面作りでキャラデザですが、個人的には、このタイプのキャラデザって、私にはみんな同じように見えてしまうのです(^^;)

******

 私の観た、生粋の「ゼロ年世代」のアニメは、「まどか☆マギカ」と、「化物語」だけ、あと、一応、昔私が好きだった幾原監督の「輪るピングドラム」のみリアルタイムで観てます(「時かけ」「サマーウォーズ」という細田守作品は典型的「ゼロ年世代アニメ」の枠の外でしょうから)。

「ピングドラム」は、独特のセンスと、先が読めない展開満載で、結構面白いけど、視聴者を選ぶ作品かな?・・・私はどっちかっていうと、世代を超えて、誰が観ても引き込まれるタイプの作品が好きです。

「まどか☆マギカ」は世代を超えて唸らせるものがある「特異な到達点」と感じ、一気にはまったのはこのブログでも随分書きました(「まどか☆マギカ」カテゴリー参照)

「化物語」は、新房監督の様式美満載、西尾維新の原作そのものらしい独特のセリフ回しが一貫してて、なかなかセンスあるけど、やはり若い人向けの「ライトノベル」原作アニメだなあ、ホラーものと言うには物足りない描写だし・・・という感じ方止まりです。そして、ああいう「ハーレム状態」作品はちょっとねえ・・・戦場ヶ原ひたぎに人気があるのは、なるほどと感じましたが、私は一話での彼女のややボーダーチックとも言える「凄み」が2話以降なくなり、単なる「デレ」になったのが勿体ないかと。「ああいう」告白は、さすがの私でもベタだと感じる(^^;)

・・・・あ、新房監督つながりで、「さよなら糸色望先生」のTVシリーズも観ました。これはなかなかビターな優れものだと思いました。大槻ケンヂのOP・EDもナイス!!

******

まあ、そういう、「エヴァ」以降は「空白の15年」くらいのブランクを抱え込んでいた(押井・宮崎作品は別枠)、熟年アニメファンの感性で、この記事書いてると思ってください。

このあとは、とりあえず、新海誠監督の「ほしのこえ」「雲のむこう、約束の場所」「秒速5センチメートル」のあたりは、時代に追いつくために(?)観てみたいと感じています。

*****

●P.S.

このレビューの最初の部分で、「ウインダリア」を引き合いに出しましたが、実は、「ウインダリア」には、実は「-童話めいた戦史-」という副題がついていまして、「とある飛空士への追憶」を観た時に、思わずこの言葉が思い浮かんだのです。

ちょっと共通する雰囲気のところもある。過去なのか、未来なのかわからない異世界設定、国同士の対立、恋愛、ちょっと変わった飛行機械など。もちろん物語全体とすれば相当違いがありますが・・・あ、これ以上は口を滑らせないほうが両作に興味がある人にはいいかな(^^)

「ウインダリア」のDVD(数年前から所有してます)、ひょっとして、今も販売されている可能性に、一縷の望みをつないで探しましたが、以下のような相当な中古プレミアム価格になっています・・・・知る人ぞ知る名作なのですが。

脚本を書いた藤川桂介氏による小説版の中古市場は廉価です。小説版は私は未読ですが、これはこれで評価が高いもののようです。

最後は、いよいよ「とある・・・」から完全に外れてしまいますが、「ウインダリアの」挿入歌「約束」、エンディング、「美しい星」(新居昭乃さん)も名曲だと思います。ご紹介。

 ↓ 更に、「ウインダリア」の方のロングバージョン予告トレーラーも見つけたので。

*****

もうひとつ追伸:

最新情報入りました:

●細田守監督最新作は「おおかみこどもの雨と雪」 新スタジオ設立も(映画.com)

●細田守監督 :主人公は“聖母”のような母親 舞台は富山県 新作「おおかみこどもの雨と雪」(MANTAN WEB)

独立して、新スタジオ「スタジオ地図」設立とのこと。スタジオジブリとも連携。やるねえ~

やはり(細田氏自身との)共同脚本:奥寺佐渡子、キャラデザ貞本義行と続投。楽しみ。

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2011/10/17

ストックホルム症候群 -水樹奈々 自伝「深愛」について-

「ストックホルム症候群」という概念がある。誘拐や監禁の被害者が、極限状態の中で犯人に同情や連帯感を抱くようになることであり、1973年にスウェーデンのストックホルム市で起きた銀行強盗において、1週間に及ぶ立てこもりの末に人質が解放されたが、その後、元人質たちが犯人をかばう証言をしたり、警察を非難したりしたほか、元人質の一人が犯人と結婚するに至ったことで注目され、この名が付けられた。

「まるでストックホルム症候群みたいだね」・・・水樹奈々が自分と「先生」との関わりを知り合いに告白した時に言われた言葉だそうだ。

堀越高校芸能科は、所属事務所があることが入学の条件である。彼女の才能を認め、上京して面倒をみることを引き受けた「先生」との二人暮らしでの生活は、厳しいレッスンと同時に、彼女のためなら、会社が倒産しても「自分名義の事務所」を立ち上げてまで面倒を見る熱心さがあった。

その「絆」が同時に「しがらみ」であり、「束縛」でもあることの辛さを心から受け入れるまでに、彼女は数年の歳月を必要とした。そこには「第3者」との関わりが必要だった。

どういう領域でも、密接な「愛に満ちた」師弟関係と言うのは、常識人が一歩踏み込んで聞いたらびっくりするような歪んだ側面を抱え込んでいるものである。

そして、そもそも、そうした「先生」との関わりの様式は、彼女の実の父との関わりが「反復強迫」されたものに他ならないとも言える。

演歌三昧の父から、生まれながらにして「紅白に出場する演歌歌手になること」を期待され、日常生活を拘束されて練習漬けの日々の中で育った彼女の生育歴は、まるで「巨人の星」の一徹と飛雄馬との関係性をなぞるかのようである。

それに加えて、子供時代から歌がうまいと遥かに年上の地元の演歌好きたちに言われて育った「オトナ子供」の彼女は、小学生の頃、周囲から浮いた「変な子」であり、普通の子達から見れば、嫉妬も入り混じった形でいじめの対象ともなることはごく自然な成り行きだろう。思春期に入る前の普通の子供というのは、ある意味では残酷なリアリストである。決して彼女の被害妄想ではない。

ただ、そうした父や「先生」の溺愛と厳しさが、彼女に芯の強さを植えつけたことも、また事実だろう。

本書は、奈々さんが、語り得る範囲で、本音の自分をありのままに描き出した本だと思う。

声優を目指す人達への、先輩としての十分なメッセージにもなっている。

=======以上、私のAmazonレビューの転載========

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2011/05/11

九州新幹線初乗車道中記 (第2版)

 5月2日にやっと九州新幹線に乗りました。

 私は定期的に久留米から福岡市まで所用で通うのですが、西鉄久留米とJR久留米、天神と博多はかなり距離があるので機会を逸していました。(西鉄久留米から900メートルしか離れていないので、下りの特急や急行のアナウンスが、通過しないうちにはじめられるという「屈辱」を受けている、西鉄櫛原が最寄り駅m)

 この日に限り、いつもなら西鉄電車で帰りも済ませるところ、「出来心」が生じまして(^^;)

 短い道中記ですが。

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↑新しい博多駅の堂々たる威容。

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↑N700系

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↑新鳥栖駅

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↑久留米駅ホーム

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↑久留米駅コンコース

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↑田中麗奈が久留米弁ば話しょったら、凄う笑えそうやけんね。

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↑駅そばに新装開店したイタリアン・レストラン。「明善高校特割」なるものがある。(地元一公立進学校で、駅からもそんなに離れてはいない)。

*****

 新幹線の強みは、在来線および西鉄は、福岡平野と筑紫平野の間の標高わずが70メートルの地峡を通る形で、逆「くの字」のルートを取るのに対して、背振山地をもろにぶち抜く、「背振トンネル」という九州一の大トンネルで直進したことだが、新鳥栖停車の便に乗る限り、20分かかる。新鳥栖通過便なら12分だが。これで1550円。西鉄は特急券なしで600円!!

 こいつはほんとに西鉄特急のあの爆進ぶりより速いのか? てめえ本気出してないだろ?と。JR在来線に比べても、西鉄の福岡ー久留米間は、一箇所大曲りするだけで、ほほ直線コースだからこそできるのだが、27分で天神まで爆走する、私鉄における日本で2番めの高速鉄道である。西鉄の牙城は、少なくとも福岡ー大牟田間に関しては崩れようがないと思う。

K3400009

↑西鉄特急用車両、8000系  西鉄久留米駅にて。

 熊本まで脚を伸ばせば久留米からでも新幹線のありがたみが分かるかもしれないが、ともかく九州新幹線の新鳥栖から熊本までの駅数が密集していて、フル規格新幹線の常識を越えている(新鳥栖ー久留米ー筑後船小屋ー新大牟田ー新玉名ー熊本)。そりゃ、在来線の「有明」よりは速いでしょうが、熊本までの各駅停車の場合、思ったほどではないなと感じる少なくなくなかろう。

 でも、あの、名古屋駅ぐらいしが対抗馬がなさそうな新博多駅は、じっくり再訪してみたい。

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2010/10/22

「のだめカンタービレ 最終楽章 後編」評

すでに書いてきたように、「最終楽章 前編」も凄いと思いました。でも後編を見てしまうと、前編はもはや「前座」に過ぎなかった・・・・

●公式サイト

●予告編公式映像(Yahoo ID入力が必要です)

のだめカンタービレ 最終楽章 後編 スタンダード・エディション [DVD]

 音楽的成長という意味でも、のだめと千秋の男女関係の成熟という点から見ても、まさか、ここまで果てしない凄みと高みに向けて、これでもか、これでもかとばかりに、多段式ロケットのようにして物語を盛り上げ、そして、気がついてみると、TVシリーズと同じ光景、同じセリフが、全く違う次元で舞い戻る。

 人との出会いを真に育みあえる、永遠の別れと背中合わせの緊張のなかでの長いうねうねした道のり("The Long Winding Road"・・・なんつーて^^;) の厳しさと切なさと重さ。でも、だから人生は面白いんだ!

 ・・・千秋とのだめの深い内面的葛藤すらじっくり、鳥肌立つ域まで描きながら、飾らないユーモアと暖かさを織り交ぜつつ、すべて「包摂」できている、演出の圧倒的素晴らしさ。映像の美しさ。

 音楽の演奏それ自体の素晴らしさは、もはや言うまでもありません。後編はもはや、「世界のトップレヴェル」の演奏です。

 「のだめ」のTVシリーズから「in ヨーロッパ」を経て、この最終楽章前・後編に至る全体が、もはや日本が世界に誇るべき、奇跡のような「音楽映画」の超傑作シリーズのように思えてなりません。

*****

 なお、この「最終楽章 後編」で、たいへん重要な役割を果たしてる、ベートーヴェンの晩年の、ピアノソナタ第31番イ長調も、私が若い頃から溺愛してきた曲で、ケンプ盤、ゼルキン盤などへの愛着が高いのですが、「一枚もの」となると、アシュケナージの繊細で録音もいい演奏をセレクトしておきましょうか。

 ポリーニ盤よりはいいと思いますよ。さもなければ、ゼルキンの厳格さのある演奏を、お探しください。

 ・・・・うーん、今、聴き直したら、ゼルキン盤の優しさと孤独、厳しさのすべてを包括するスケール感の方が、映画でののだめの演奏に近いかも。

アシュケナージ/ベートーヴェン:ピアノソナタ第30-32番

ゼルキン./ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 他

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2010/10/20

「のだめカンタービレ」アニメ版(日本編)、丸一日で制覇!!(第3版)

 ・・・え? 前回の記事最後で書いたことと、スケジュールがまるで違うって?(^^;)

 仕方がありません。

 「最終楽章」後編のDVDレンタル開始は10/7でしたから、お店には「貸出中」の空しいケースが、ずらり並び続けていました(T T;)

 ところが、アニメ版日本編は、全8巻=全23話、置いてあるじゃないですか!!

のだめカンタービレ VOL.1 (初回限定生産) [DVD]

 こうなったら、私の、遅れてきた「のだめ」ワールド完全制覇に向けての大航海の寄港地の順序を一気に変更しよう!、という即決でした。

*****

 アニメのTVシリーズを全部の回を観るのは「天空のエスカフローネ」本放送(1996)以来何と14年ぶり(!)、ましてやDVDという形で一気に観るなんて、生まれてはじめて、しかも丸一日でぶっ通しで鑑賞完了!!・・・という、のだめの発揮する、あのピアノ練習の集中力並みの力技でした(^^)

 でも、すでに実写版は「最終楽章」後編を残して全部観て、全部ぶっ飛ぶべき傑作と感じたあとで、もうどっぷり首まで「のだめ中毒」にはまってますから、何とも気軽に、私にとっての休日の昨日(10/19)、飯と風呂だけは、のだめや千秋と異なり、きちんと中休みして遂行しながらですが(爆)、何ともさらーーーーっと、23話見通してしまいました。

*****

 裏を返すと、実写版とは少しテイストが異なる魅力があると十分に感じ、ひたすら引きこまれて行った。

 国産初のTVシリーズアニメ、「鉄腕アトム」本放送をライブで観て、高校で「ヤマト」ブーム世代=恐怖の「1960年生まれ組」アニメファンという、一番年季が入った層(しかも、かつて「アニメージュ」「OUT]の投稿常連だった超ディープ層)で、大人になって、エヴァ本、「エヴァンゲリオンの深層心理―自己という迷宮」まで出した私が、あっさり満足したということです(^^)

 もちろん、TVシリーズの予算の範囲内で作られた制約というのは勘定に入れてます。でも、それは、演奏シーンの動画がもっと流麗に「全部」動いて欲しい、という、超贅沢な不満点だけなんですね。

***** 

 演奏音源に関して、基本的には実写版の使い回し+αで確保できたという、リサイクルのメリットもあったでしょう。しかし、実写版TVシリーズの放映終了から僅か三週間も立たないうちにアニメ版第1話が本放送され始めていたと知って呆然。

 このスケジュールだと、アニメスタッフは、実際には実写ドラマを実際に見て参考にしていないことになる(茂木さんの「内幕本」で、ドラマ編の編集作業は、実際には、放送前日も、徹夜で進行していたと明言されていますので)。

 ・・・・ということは、私がこの段階で立てた仮説通り、原作そのものが実に完成度が高かった、そして、可能な限り原作のテイストをそのまま映像化するという高度な要求水準を満たしたという「だけ」のこと(でも、それは誰も予想し得ない水準の「そそり立つ壁」へのチャレンジだった)・・・というに尽きるでしょう。

 もとより、実写版の、あそこまで切れのある、当時画期的に斬新だった筈の演出のもとで、「生身の人間」(一瞬だけ人形^^;)である上野樹里さんや玉木宏の演技の才能溢れる役者魂、更に言えば、他の多くの俳優さんたちを含めて、本物の演奏家に混じって全く違和感のない「演奏シーン」を完璧に演じ「ドラマのフジテレビ」だからこそ可能な、トレンディでインパクトあるテイストで味付けられていた「凄み」のようなものは、アニメ案は比較しようもない。

 しかし、ドラマ版より結果的に長尺にでき、さらりと映像で描ける分、実写版では省略されたエピソードや登場人物まで描いてくれている(結果的に原作の演奏曲目のより忠実な再現に近づいている、実写版にはない長所もあることになります。

*****

 具体的に」原作へ忠実度がドラマ編を上回った例を幾つか上げれば:

  •  ちゃんと、ベートーヴェンの「英雄」交響曲が、Sオケの初演奏曲として出てきます。
  • シューマンおたくの私からすれば、モーツァルトのオーボエ協奏曲の前にちゃんと、我が溺愛の「マンフレッド」序曲を「演奏」してくれているだけで目の幅涙(T T)でありまする。

 「マンフレッド」序曲って、かなり通のクラシックファンでも聴いたことないままの人、少なくないかと思いますが、往年の、フルトヴェングラー/ベルリン・フィルによる、おどろおどろしいインパクトに満ちた、伝説の巨匠的「超演」ライヴ録音(1949年、ただしモノラル録音)があります。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/ベルリン・フィル/シューマン:交響曲第4番,マンフレッド序曲

 ちなみに、神格化されている名指揮者、ヴィルトヴェングラーの私生活の実態こそ、まさにミルヒー(シュトレーゼマン)そのもの。つまり、無類の女好きだったそうで、意外にも、フルトヴェングラーこそが、シュトレーゼマンのモデルとみて、ほぼ間違いがない筈です(^^;)

 アニメ版で「演奏」されていたのは、この序曲の冒頭から2分ぐらいだけでしたけど、冒頭の、シューマンが敢えて「切分音(小節をまたいで、シンコペーションで半拍れで延々音をつなぐ、一種の「後打ち」メロディ。シューマンの作曲において独壇場の、特異な緊張感を生み出す「得意技」である)」で開始した序奏部の意図をきちんと掴んだ、よい解釈の「演奏」ですね(^^)

 (・・・なお。この「切分音」の扱いの不徹底さという点では、上述のフルトヴェングラー盤の作品解釈は、「楽譜との対話不足の(・・・・おいおい、どこかで聴いたような物言い平気で私はしてるな・・・)」、古えの巨匠だから許される、気ままなまでに特異な「のだめ」的奔放性を持つ(?)即興型のスリリングな演奏スタイルです。少なくとも千秋の作品解釈のあり方からは遠いので念のため・・・・)

  •  そして、大マジ、私が演奏曲で所有しておらず、聴いたことなかったのは、「あの」、エルガーのバイオリンソナタだけです。

 つまり、千秋の母方の叔父さんと全く同じで、「威風堂々」と交響曲、チェロ協奏曲と「朝の挨拶」、「エニグマ(謎)変奏曲」「序奏とアレグロ」までしかリスナーとしてのレパートリーはなかった。

 ・・・待てよ、千秋の伯父さんは、序曲「コケイン」および序曲「南国にて」とバイオリン協奏曲の聴取歴がない(私はCD持ってる)分だけ、私の方が伯父さんより勝ち!!・・・・クラシックCD1000枚だけは、いくら引越ししても「財産」として所持し続けて来た私ですから。

 でも、確かに、作曲年代からすれば古風といえば古風ですが、実にエルガーらしい、美しい曲だと思います(^^) いい曲知ること、できました!

  •  のだめちゃん、コンクール本選で、シューマンのソナタ2番とベトルーシュカの前に、ちゃんとモーツァルトのピアノソナタ第8番イ短調を弾いていた実際の演奏(?)も聴けて、よかったです。いい演奏ですね(^^)

*****

 そうそう、OPの絵コンテ幾原邦彦さんがお描きになったものなのですね。

 懐かしいです。

 皆様、驚かれるかも知れませんが、私は、幾原さんが監督した、「劇場版セーラームーンR」(1993年。「エヴァンゲリオン」の先駆と断言していいい「超傑作」ですね!)について論文を書き、学会発表までしてます(つまり、学会発表で公然と映像を映写しました。「学術的な発表」なので、これは「著作権に抵触」しません)。

 それどころか、その時書いた論文を「東映動画気付」で幾原さんにお送りし、幾原さん直々のお返事を手紙で頂くという光栄を得ました(^^)。

 何か、「のだめ」関連記事では、私は完全に「千秋様」化し、「俺様」キャラになってますね・・・・お許しを。

*****

 但し、このアニメ版、オーディオ的観点から言わせていただくと、DVDで視聴した限り・・・ですが、アニメ版、明らかにドラマ版と同じ音源です。

 (ご存じないのだめファンのみなさまもあるかも知れませんが、演奏シーンに関しては、既発売CDなどの「既成音源の流用」はされていません。すべてこのドラマ化とアニメ化のために新たに収録されたものです)

 それにもかかわらず、このアニメ版、実写ドラマ版の地上波デジタルの音声より、音の生々しさがかなり落ちます

 これは、DVDの方が地上波デジタルより実は音質が劣る特性を規格上もともと持つが故なのか?

 それとも、アニメ版のイコライジングが実際に「かまぼこ状」になっているのか?

  1.  更に可能性を言えば、「敢えて生々しさをアニメ版では消す」ための意図的な「音響演出」としてのイコライジングなのか?
  2.  それとも、アニメの音響スタジオ機器そものが実写ドラマの音響スタジオ機器のクオリティを持たないのか?
  3.  最後には、音響スタッフの「耳の感度」のセンスの良さの違い?

・・・・まで疑えます。

 少なくとも私は先日「パリ・スペシャル」のDVDの音を「聴いて」いる。それは非常に上質な部類と思いました。

 つまり、Dolby5ch収録でない「テレビドラマ」としては、クラシックの実際のコンサートライブのBSハイビジョンでの放送と、音質面で全く引けを取らないと感じました。

 たとえ再放送でも、最初からハイビジョン規格でデジタル収録されたソースの画質や音質劣化は、原理的にあり得ないと想定できますので、いよいよ「アニメ版の方がイコライジングが平板になっている」と推定でき、確実な失点かと思います。

 つまり、実写ドラマのほうが、アニメ版より、のだめやオケの演奏の仕上がり具合の違いが、アニメより生々しく「聴き分け」られるわけで、アニメ版はその点で、「理屈抜きの、実感を通した説得力」という点で損をしている可能性を指摘したいのです。

【追記10/10/20】:

 敢えてドラマ編DVDを試しに一巻だけ借りてきて視聴しました。同じ録音ソースの筈なのに、音の豊穣さと間接音成分の広がりが、アニメ版とは全く異次元です。

 これで、DVDソースで同じDVDプレーヤで聴き比べた以上、アニメ版のイコライジングの「かまぼこ型」的平板さは残念ながら明らかですね。

****

・・・などと、「そこまで言うか?」の薀蓄(うんちく)を書かせていただいたあたりで、私の「のだめワールド」航海日誌、第7回の筆を置きたい思います。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(初回生産限定盤)(DVD付)

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2010/10/15

「ぎゃほーーん!!」 -のだめカンタービレ in ヨーロッパ 前編-

・・・と、今度は、のだめ風に、ますは感嘆の声を上げさせていただきます!

(当然、上野樹里さんの声の演技を想定して下さい ^^)

 劇場版「最終楽章 前編」の次に、今度は、TVシリーズの後に制作された、いわゆる「パリ・スペシャル」前編(Lesson 1)を観る(DVDレンタルです)というのは、順序的にみると行ったり来たりですけど、私のように、遅れて来た「のだめ」ファンにとっては、これでもまだ「作法にかなった」鑑賞順序(?)でしょう。

(追記10/10/22 : 最終楽章 後編の感想はこちら

のだめカンタービレ in ヨーロッパ [DVD]

※ ↑ どうもセル版は前後編2枚組のようですが、少なくとも私の借りたレンタル屋さんでは、「前編」と「後編」は別パッケージでした。当然、後編も同時に借りていますが、前編観た段階で、「千秋様」の投げる「人形のだめ」並みに「ぶっ飛ばされる」衝撃度だったので、後編を観るのは後回しで、以下の記事を書きます。

 【注】このTV版スペシャルも、2年半以上前(2008年1月)の放送ですので、ネタバレ全開モードで書きます。

*****

 まずは絡め手から。

 千秋くんが、プラティニ指揮者コンクール第2次予選でりヒャルト・シュトラウスの交響詩、「ティル(・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら)」を振った時に緊張し過ぎてオケぎくしゃくし、恐るべき「負」のオーラに取りつかれている時に、のだめが投げかけるセリフ。

のだめ:「ただ、オケの人に嫌われちゃっただけですよ。Sオケの時と同じで。音楽性より人間性」

千秋:「人間性・・・」

のだめ:「先輩って、誤解されやすいですよ。、粘着の、完全主義だから。でも、コンクールの先輩から言わせていただくと、ある意味で良かったんじゃないでしょうか。ポッキリ折れて、鼻が。人間は負けて大きくなっていくんですよオ!のだめのように」

千秋」:「(突如立ち上がり、のだめの首を締め上げながら)・・・お前ここにホントに何しに来たんだ?! 」

のだめ:「エール送ってるんですよオ!」

千秋:「どこがエール送ってるんだ? 人の傷口に塩を塗りやがって。お前だって、『負けた』と思ってるんだろ?」

のだめ:「のだめ、ジャン(注:コンクールでライバルの指揮者)に負けたと思ってないでしゅ!」

千秋:「俺だってジャンに負けたとは思ってねえよ。・・・(落ち着きを取り戻し)・・・負けたのは・・・・自分に・・・・」

のだめ:「・・・・・」

 ・・・・ここまでのセリフに、さりげなく「粘着」という言葉が入っているのが凄いです。

 のだめは、どういうわけか、クレッチマーの「粘着質」概念を知っている=原作者は、千秋の性格をそのように造形している?!

>このタイプは几帳面で礼儀正しく義理がたい。着実で手堅く非常識な面が無い。 忍耐強い性格であるがストレスを内側に溜め込み、我慢が一定のレベルを超してしまった時の怒り方は凄いものがある。 また、非常に頑固な面を持ち、自分の意志を曲げようとしないことも多々ある。まかり間違えば独裁者になりうる素質の持ち主。

>地道な努力で、一度手がけた仕事は最後まで粘り強くやり通すが、その反面手際が悪く感じられることもある。 対人関係では、信頼はおけるが面白みに欠けるタイプである。

 (以上、「アニメキャラクター分析(キャラ考)」サイト by 雪音 様 より引用。これは原典がしっかりしたものからの引用としか思えないレヴェルです)

 ・・・完全に、千秋くんそのものでしょ?

 (千秋君はマッチョ体型ではないけど)

 二ノ宮さんの考証って、半端じゃないことが、こういうさりげない所に出てます。

 やはり、以前から書いてるように、実は非常に「構築的な」クールな作家というイメージが更に強まりました。

*****

 次に、劇場版では始まって10分であっさりに「お断り」で妥協したのに、この「パリ・スベシャル前編」の中で、特に前半、のだめ(上野樹里さん)も千秋(玉木宏さん)もフランク(ウェンツ瑛士さん)もタチアーナ(ベッキーさん)も、フランス語をここまでしゃべくりまくるとは!!

 ひょっとして、ハーフのウェンツさんとベッキーさんにはフランスの血が流れていないかと調査したところ、特にそうではないらしい・・・(呆然)

 私は、大学(学部は法政)の第2外国語で、当時の日本で代表的なドイツ語の先生の講義を受けて全部「A」もらってます。哲学科でカントの原典購読していたし、クラシックファンでドイツリートも大好きですから、今でもドイツ語の文章なら、旅行会話水準の言葉("Wie geht es Ihrnen?"とか)ある程度口をついて出ますし、少なくともドイツ語の文章をいきなり読み上げて、単語の意味不明でも、やや古風かもしれない標準ドイツ語としておかしな発音は、ほぼしない自信あります("Ich-Laut"と"Ach-Laut"の使い分けまで)。

 辞書さえ引けば、今でもだどたどしくなら翻訳できる・・・今の私のドイツ語力は、単語の語彙数を別にすれば、英語力よりそんなに低くないとすら。

(英語力が立教クラスの大学院出(更にその後、「院研究生」として、不肖ながら、何を間違ったか東大です・・・)としては低すぎるだけだって?)

 恐らく、「米語」を聴く耳より「ドイツ語」を聴く耳のほうが今もいいはずです。

 ところが、全然学んでいないフランス語となると、読むこともできない(クラシックファンなのに、CD洋盤ショップで”Dutoit”って誰よ?・・・が大きな壁として立ちはだかった)。

 フランス映画を観ても、何かドイツ語に比べると「ふにゃふにゃ」した軟体動物のような声がするのを呆然と聴き、完全に字幕依存。「メルシー、ボク-」とか「コマンタレ・ブー」とかなんとかと聞こえる「音声」(「言語」以前の認識水準^^;)が頻発させるのは何だろう?ということになります。

 (閑話休題。実際に生身で遭遇すると、生粋のフランス女性(=アングロサクソン系の血が皆無と思える)の放つ「オーラ」って、ファッション以前にダイレクトに凄いですね・・・。これは、ちょっと慣れれば、アメリカ人と、「言葉を聞かずに、見た目だけで」容易に区別できるようになります)

 実は私、ドイツ語の場合なら、歌える「訳詞」でトイツリートの曲(「第9」はいうまでもなく、シューベルトの「魔王」や「流浪の民」、歌曲集「白鳥の歌」「冬の旅」「美しき水車屋の娘」の主要曲を覚えて歌い、更に原詩でもある程度歌おうとしていたくらいですが、フランス語は「超」別世界。

 ポップスやロックを聴く中で英語を覚えたという人は少なくないでしょうが、私がほんとうに熱中して聴いたのはビートルズぐらいですから、「イギリス英語」への耳はそこそこあっても、「米語」耳はほぼなしです。

 (でも、ビートルズで全曲歌い通せるのは”Yesterday”のみという情けない始末。逆に「魔王」や「白鳥の歌」からの何曲かならドイツ語で一応歌えます)。

 もとより、のだめたちが話しているフランス語は、ネイティヴよりは「日本語的発音」のものなので、聴いていてもカタカナで置き換えられそうですが、それにしても、セリフとして予想を遥かに超えるだけの量のフランス語。

 「のだめ」という作品の役者さんたちへの要求水準はかなり壮絶だったんだな・・・・と、つくづく。

 (突然ですが、来年の大河、「江」で時代劇初挑戦、しかもいきなり主役の上野樹里さん、役者として幅を広げる大チャレンジですが、「篤姫」の宮崎あおいさんに劣らぬ成果をおさめられますことを・・・)

 のだめならずとも、マジ、例えば「エヴァゲリオン」の英語版やフランス語版、ドイツ語版があれば、「スピードラーニング」私もできるかなと思った次第。

 エヴァ本、阿世賀浩一郎/「エヴァンゲリオンの深層心理―自己という迷宮」まで出させて頂いた私、今でもTVシリーズのセリフみんな覚えてますもんね(・・・そういう水準で書いた、「ガイナックス非公式黙認」を「公式に」ダイレクトに取った上での本でした^^;)。

でも、実際、海外の"OTAKU"の皆さんは、そうやって日本アニメに熱中する中で、ホントに日本語を、全く書けなくとも「耳から」覚えるらしいですから、この物語での「あの」描き方も、実は「リアル」の裏付けなしとは言えないでしょうね(^^)

*****

 さて、やっと、このブログ恒例、大真面目な「音楽(演奏)評」を書きます!

 「指揮者コンクール」とはこのようなものだということを、ここまで具体的にリアルに描いた「フィション」作品は「世界初」でしょう(=原作段階でもそうということ!)。

 私も、ピアノ・コンクールはいざ知らず、指揮者コンクールの「実像」について、ここまで勉強になるとは思えず。

 実は、このあたりは、このブログでは直前に記事として書いた、茂木大輔さんの、のだめ公式内幕本、「読んで楽しむ のだめカンタービレの音楽会」でネタ明かしされてます(ここだけ当書のネタバレお許しを)

 つまり、原作段階で、本格的な指揮者修行も経験した、茂木さん自身の監修が入っているのです。

 茂木さんご自身は、すでにオーボエ奏者として日本の第一人者を長年務められた上で、故・岩城宏之氏の門をたたき、更に外山雄三氏の指導をお受けになるなどの経験を重ねられた方で、何を今更指揮者コンクールそのものを経る必要はお持ちではなかったのですが。

 それでも、非常に謙虚な文章で、「一介のオーボエ吹き」が指揮をするに到るまでの壮絶な壁との格闘を本書でリアルにお書きになっています。

 そして、きっと、指揮者コンクールに、「オケの演奏者」の側で参加された経験はご豊富なのではないかと推察いたします)。

*****

 さて、この「スペシャル」でも、相変わらず、演奏が練り上げられるまでの音の変化や、指揮者ごとの「解釈の違い」まで、マジに実際の演奏として収録されて、使われているのですね。

 千秋の音は、ドイツのシュトレーゼマンに認められるだけのことはあって(?)、少なくともこの「パリ・スベシャル」では、正統派ドイツ風の、構築的で硬派な演奏=「黒」(^^)

 対抗馬であるフランスのジャンの音は、まさにエレガントで透明=「白」(^^)

 もうひとりの片平元の演奏も、確かに独創的! でも音楽が完全にその指揮ぶりと一致している。

 踏み込んだことを言えば(・・・以下のあたりのことは、何も参照しなくても、「湯水のように」書けるクラシックおたくです)、彼が演奏した、グリンカの「ルスランとリュドミーラ」序曲は、グリンカそのものがロシア最初の著名な作曲家ですが、「ルスランとリュドミーラ」は、実はロッシーニ系のイタリア(喜)歌劇の影響を大きく受けながら試行錯誤の中で作曲されている、ロシア初の「国民オペラ」なんですね。

 だから、実は「ロシア臭く」やると野卑に響きすぎるという自己矛盾を内包した曲であり、ここで「片平さん」が演奏しているような、軽快なスタイルだと、曲の持ち味が「本当に」出てます。名演です(^^)

*****

 次に、千秋君の本選曲のひとつである、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲

 私はこの曲には好みがはっきりしています。オケは軽快かつシンフォニック(・・・自己矛盾!!)に、ソリストも、力演だと感じさせずに、何の苦労もなく演奏しているような、クセのない演奏でないと嫌なんですね。

 そのせいで、本当は、往年の名盤であるハイフェッツ/ライナー/シカゴ交響楽団の演奏以外、本当にいいと思ったことがありません(実はハイフェッツ盤には、録音当時(1950年代末かと思う)慣例だった「曲の省略部分」があるのですが)。

メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

 ところが! 

 断片とは言え、コンマスをソリストとする[千秋君の」演奏は、私を十分に肯かせたのです!! 

 これには正直、驚きました。私の永遠の座標軸がハイフェッツですから!!

*****

 更に音楽面、別の観点から見てみます。

 コンクールの公演を聴いた直後の具体的感想のセリフを聞くと、のだめちゃんにしても、フランクくんやタチアーナにしても、若くして、オケ演奏の良し悪しへの「感度」が凄すぎる!!

 このへん、物語として「出来すぎ」なんですが、3人の感想そものは、実際に音になっている演奏に対して(!)、全くリアルなんですよ!

 本当に「恐ろしい水準」の「TVスペシャル」です。

*****

 おしまいに。

 敢えて細かく言及しませんが(それがこのブログの、「のだめ」関連記事の、正統派ではない、婉曲で意地悪なところ)、総合的に見ても、この「パリ・スペシャル」、ドラマとしても、コミカルなテンポ感、切れ味、TVシリーズを凌駕すらしていて、「映画」と言っても何の遜色もない。

 日本にいる登場人物たちとのコミュニケーションも、これ以上あり得ないくらいに絶妙にいい味出してますしね(^^)

 更にこの上を行く、「最終楽章」の劇場公開となっていることは「前編」だけで十分すぎるほど分かりましたので、本当に、この作品の実写映像化って、どんどん進化しかしなかった、「化け物」的奇跡だと思います!!

 まだ、「パリ・スペシャル」後編と、「最終楽章」後編観てないのに、キッバリ断言できます!!

(全部観るのは、もはや時間の問題。無理のないペスで記事化するのみです。・・・・ただし、原作の感想のみ、少し遅れる可能性があります。当サイトのAmazonアフィリエイトレポートの、最近のポイント累積傾向予測からすれば、予想では「11月下旬」です。もっとも、未着の10月分レポートで、クーポン引き換えまで「一気に」貯まってくれれば、「実質無料、全巻大人買い?」可能まで一気に累積完了!! 予想外に早まるかも)。

*****

 ・・・・・以上、「粘着質」かつ「執着気質」のあいの子で(爆)、時々「対他配慮」が行き過ぎて逆にコケるのが玉に傷の、こういちろうよりの、「のだめ」ワールド航海日誌、第5弾でした!!

 (「パリ・スぺシャル 後編」への感想はこちらをどうぞ!!

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2010/10/14

「のだめ本」の決定版はこれだ!!

 Amazonレビューとかでしっかり予備調査した上で、実は楽天のアフィリエイト・ポイントの方で入手しました。

茂木大輔/読んで楽しむ のだめカンタービレの音楽会

 茂木(もぎ)さんという方は、NHK交響楽団の主席オーボエ奏者を続けた後、指揮者の道も志され、著作活動も豊富、特に有名なのは、「拍手のルール―秘伝クラシック鑑賞術」という本でしょうか。

 先述ののだめ本、原作者の推薦文つきで、原作と同じ講談社から出ていますので、原作の画面も公然と引用できています。

  私は茂木さんが著作活動を本格化される頃と行き違いで、「レコード芸術」読者とかからも離れたので、この「拍手のルール」しか実は存じあげていないのですが、非常ににわかりやすく、軽快な文体でクラシック音楽の世界についてお書きになる。私が若い頃にはおられなかったタイプの著者です。

   オーボエ奏者というのは、一日中リードをナイフで削っている「気難しい」人・・・という固定観念があったのですが(音程の調整が一番難しい楽器。だから、オケの調弦のAの音は通例オーボエが最初に音をだすのです)、茂木さんって、不思議なおおらかさとユーモアの飄々とした文体ですね。

*****

 この方が「のだめカンタービレ」の原作と出会うまでのきっかけ自体が、偶発的な「運命の出会い」!!そこからの茂木さんの「行動力」がまた凄いんですが、そのあたりは本書を読んでのお楽しみということで・・・

 結果的に、茂木さんは「のだめ」原作のパリ編あたりから以降の音楽アドバイザーのひとり(あくまでも、ひ・と・り・。それ以前に原作者の二ノ宮さんは、ある、とんでもない「音楽学の大御所」を監修者として味方につけておられたのです・・・)」

 そして「のだめオーケストラ」の創設者、更に、ドラマ版の音楽監修者の一人として「全面協力」するに至ります。

 そういう、ディープな当事者の茂木さんご本人が、出し惜しみせずに、ドラマ化の裏側すら書いて下さっているので、私がこちらの記事で書いた疑問や予想の95%までは氷解ました。

 前の記事、一部私の勝手な誤解や思い込みもありましたが、敢えてその部分は茂木さんの本に基づいて修正はしないでおきます(^^)・・・マジ、茂木さんが同じ事を同じように書いておられる部分があるだけで、私の方がぎょっとしました(・・・これじゃ、自慢ですね、すみません)

 劇場版公開に合わせて刊行された本ですので、劇場版の裏話はありません。「パリ・スペシャル」までは先取りで裏話がわかってしまいましたけど、もうここまでくれば、どの程度先にネタバレ読んでから観ても、ドラマにしても原作にしても新鮮な驚きと心からの満悦しか待っていそうにないですね、私にとっては。

 ただ、ドラマの裏話はあくまでも本書のウエイトの3分の1も占めてはいません。本書2分の1はのだめオーケストラの裏話です。それはそれで、確かに「読むだけで楽しめ」ます(^^) 例によって「原作が透けて見え」ます!!

 あと、ドラマでの、モーツァルトのオーボエ協奏曲の代演は、茂木さんではないけど、茂木さんの後に入団した、超一流の後輩N響奏者だった・・・ということまではネタバレしておきますね。

 これ以上は、読んでのお楽しみということで・・・

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2010/10/11

"Bravo!" -のだめカンタービレ 最終楽章 前編-

 ・・・・というわけで、さっきまで、日本映画専門チャンネルで、のだめ役の上野樹里さんへのロングインタビュ-付き(内容は、すごくよかったけど、内緒^^)という形で、劇場版の前編を観ていました(^^)

 ・・・・時計の針の進みに驚きました。

 結果的にエンディングの数分前ぐらいの時に映画の中のシーン、ではなくて(爆)、私の目の前のHDDプレーヤが指し示していた時間に。

 つまり、およそ2時間の映画を見て、ここまであっという間、え! ウソ??? まだ1時間ぐらいじゃないの? ・・・・という経験はこれまで皆無でした(^^)

 実はそれだけ「密度が濃い」けど、同時に「軽やかに」映画を見た体験はなかった!! ということなんですね(^^)

 前編は、ある意味で暗い結末であるにもかかわらず・・・です。

 私は、数日前書いたように、つい先日までサガテレビでなされたTVドラマ再放送しか観ておらず、途中に当たる、「ドラマ編パリスペシャル」前後編、まだ観ていないわけですが、特にそれで不自由した感じはありません。

 色々と、原作圧縮や曲の置き換えすらあるみたいですが、やはり、まだ読んでいない「原作の凄さが透けて見える」という感慨。

 「のだめ」を追いかけてきた世代の読者と一緒に、作品の物語が描き出す次元そのものが前進したというべきなのか? それとも、原作者にそうやって物語展開をディープにするという「見通しを立てて」構築する力まであったのか? ・・・きっと両方でしょう。

 ちょっと驚きました。怖いくらいの作品です。

 のだめと千秋くんの恋模様のことじゃなくて(「敢えて」そう書きます!!)、「音楽」と「音楽家」というものへの、「等身大」の敬意みたいなものが遥かに「成熟して」描かれている気がしてならない。

 それは、色々なセリフにも現れていますが、今回はネタバレ回避します(^^)

*****

 舞台はパリの筈なのに、実際にはチェコのブルノ国立フィルハーモニー管弦楽団(そこそこ著名ですよ!)中心らしいですが、ちゃんとバスーンはフランス系のもの(バッソン)を使ってるみたいですし、実は旧ボヘミア系のオケって、もともと、「純正ドイツのオケ」より重厚ではなく、音がまろやかに溶けて丸いんです。ウィーンの響きとも違う。そこに更に、「フランス風にやってくれ」という意図的な要請まであったのではないかと想像しますが、(ちょっと色彩的に、とか要請すればいい)、見事に「化けさせる」ことができてると思いますよ。

 「完成された時の演奏」は、千秋の弾き振りでの、オーセンティック(古楽器)演奏全盛の今時珍しい「ピアノでの」バッハの協奏曲を含めて、重厚過ぎない、むしろすっきり目の、実にいい演奏ですね。

 そして、確かに、玉木宏さん演じる千秋の指揮「演技」は、恐らく「役者が演じた」過去の全世界の映画の中で、一番「本物」です。

 ・・・・などと、敢えて「音楽面」中心という、少しいじわるな(?)、手短な感想にさせていただきます。

 個人的には、あの、興行収入日本記録を持つという「踊る大捜査線 2 レインボー・フリッジを封鎖せよ」の遥かに上を行く、「TVシリーズ」の余勢を勝って作られた「映画」かと。

 この映画をいきなり予備知識なしに観た人も、十分満ち足りた時を過ごせたであろうと思います(^^)

のだめカンタービレ 最終楽章 前編 スタンダード・エディション [DVD]

【追記 10/10/22】: ついに「最終楽章 後編」の感想もUPしました!!

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2010/10/05

何を今さら!? 遅れに遅れてハマった、「のだめカンタービレ(ドラマ版)」について。

 このブログに書き込みをするのはかなり久しぶりである。

 実はここしばらくネットというもの自体から相当に距離を取っていて、そもそもパソコンそのものを開かないでいる日の方が多かった。

*****

 それにも関わらず、久々に記事でも書いてみようかという気にさせたのは、私の住んでいる地域で、「のだめカンタービレ」の最初のTVシリーズ実写「ドラマ版」が再放送されたからである。

のだめカンタービレ DVD-BOX (6枚組)

 このように言うと、福岡県在住の読者の方でも「そんなのいつやっていた?」と思われるかもしれない。・・・そう、フジ系列のTNC(テレビ西日本)でやったのではないから。

 実際には同じフジテレビ系列でも、「サガテレビ(STS)で」9/17から10/1にかけて再放送したのだ。

 UHF地上波の発信場所が、福岡県と佐賀県の県境の背振山系の九千部山に共にあるため、福岡県と佐賀県にまたがる筑紫平野ほぼ全体のTV視聴者は、同じアンテナの向きで福岡と佐賀の地方局も見れてしまう。こういうスピルオーバー(おこぼれ)現象を公然と容認するしかないのが福岡県と佐賀県の放送事情である。

 チャンネルを自動設定すればNHK佐賀(総合と教育)とSTSが、私の住む久留米でも自然と共有される。逆に言うと、佐賀県のかなりの部分の地域で、福岡県の民放を見れてしまうことになるわけで、これは日本唯一、民放局がひとつしかない県に佐賀県を留め続ける大きな要因の一つと思う。

 これを聞くと、千秋君の「どーして佐賀県に入るんだ? 大川は福岡県だろ!!」を思い出されるのだめファンの方があるかもしれない(^^)

(以下、すでに数年以上前の原作およびドラマですから、相当ネタバレして書きます)

 ドラマの最後まで見る前の時点でwikipediaだけで情報的にわかってしまったのだが、のだめの出身地は、佐賀県と、筑後川を挟んで共に境を接する久留米市の南西隣、大川市であることを鑑みると、単に人気ドラマというだけではなくて、「ご当地ドラマ」でもある。

 のだめの家族役の役者さんの何人かを福岡県出身の人にするところまでこだわってくれているそうですね。

 それだけでも、この意外な時期に平然と再放送を打つひとつの理由なのかもしれない。「あの」ドラマ版最終回の「あの展開」を再放送で観たい!! という情熱が私の住む地域一体には「特異なまでに」渦巻いていて、エリアの視聴者からの要望も多かったのではなかろうか(勝手な妄想^^;)。

 もっとも、TVシリーズの最終回が「ああいう」展開とは全然知りませんでした。ドラマ最終回は先入観や予備知識無しで見ましたけど、「あの」感動シーンは、すでに「伝説的」名場面であり原作そのままらしいというのは、幸い観た後ででしたが、情報的につかんでしまった・・・

 (余談ですが、ちょっと前の時期には、そっちは新劇場版タイアップの「おかげ」といえますが、TNCとサガテレビで違う時期の「踊る大捜査線」を再放送で並行的に観れてしまい、このドラマがなぜ人気ドラマだったのかを短期間で学習させていただきました(^^)。実はその後で、以前の劇場版のTV放映も観れたけど、・・・あ、あそこまでいくと、TVシリーズの方が感情移入しやすくて、劇場版は少しいろいろと詰め込み過ぎかなあと思いましたが、私の調べた限り、「のだめ」の劇場版って、クチコミはスゴクいいみたいですね)

*****

 このような、2006年10月に本放送が放映されてからちょうど4年も立つというのに、数年間遅れて勝手に一人で盛り上がっているからわかるでしょうが、本放送から4年立つというのに、私はこのドラマを実際には観たことがなかった。原作も全く現物をまだ目にしていません。

 ただ、このドラマと「遭遇した」瞬間はとうの昔にあった(^^;)

 wikipediaに基づく再放送データから想定すると、正確には、3年前のTVでの「パリ・スペシャル」前後編放送直前の正月頃の集中再放送の時だと思うが、チャンネルを切り替えていて、何かの弾みに、上野樹里演じる、のだめの頭の上にピンク色のハートマークheart01がアニメチックに浮かび上がり、のだめの部屋の中が物凄いゴミ溜め状態なのに千秋が呆然とするというあたりまでは何かの弾みに観た。

 ほう・・・最近の実写ドラマはこういうマンガチックな表現も画面でさりげなく実現できているんだ、デジタル合成もこんな使い道があるんだ・・・ということは印象に残った。

 どうもそれが、かの噂に高い「のだめ」のドラマらしいとはすぐに気がついた。

 ただ、恐らくこの時は、数時間かけて全話一気に集中連続再放送というイベントらしいことに気がつき(画面のどこかにそういう表示が出ていたのだと思う)、億劫になってほんの数分で観るのを中断してしまった。あるいは、そういう気力に欠けていた時なのかもしれない。

 今回見てわかったけど、それは第1話の冒頭に近い、マンションでの、のだめと千秋の出会いのシーンだったわけで、もし「この時」集中放送をHDDプレーヤーに録画してあとで観る形としてでも、ともかく観ていたら、その後の私の4年間の人生は随分と別のものになったかもしれないと思う次第である(大袈裟 ^^;)。

 何しろこの私のブログで「のだめ」という単語を使ったのはこの記事が最初なわけで(追記:検索するとこんな記事さりげなく書いてました・・・^^;)。運命の針がひとつ違っていたら、とっくにこのブログのかなりのウエイトを「のだめ」関連が支配していたかもしれない???

***** 

 ともかく、つい先日(2010/09/17)、の劇場版「最終楽章 後編」の上映が終了して数ヶ月などという思いもよらない時に、しかもこれまた全くテレビの前に座ってチャンネルいじっていて偶然に、いきなり第1話千秋の幼年時代の回想の独白からはじまるシーン(「たまごっち」のあたり)が突然始まって、直感的に「これって、まさか、『のだめ』?」と気がついて、千秋君の、大学キャンパスの建物外でいろんな学生が楽器を練習している間を歩きながら「下手くそめ!」「こいつもだ!!」と独白しているあたりにやっと間に合う形で、大慌てでHDレコーダーを起動、チャンネル合わせて録画をはじめた。

 全11話であるから、一度録画予約設定を済ませてしませば、月曜から金曜までの同一時間枠の再放送は2週間と1日で疾風のように終了した。

 正直に言って、テレビの実写ドラマでここまで「はまった」ことがあるだろうかというくらいにはまった。

 どれだけ気に入ったドラマでも、留守録だとか途中でトイレや所要で席を外す場合を除いて、「録画」したものをて保存し思わず何回も「繰り返し」通して見てしまうことなど、私の人生にこれまで果たしてあったろうか?

 昔、アニメファンしていた時、気にいった作品をビデオ録画で繰り返し観るということをしていた時以来ということになる。

 私は「エヴァンゲリオン」でTVアニメからは足を洗った。

 TV作品でこういう事態になったのは、その時以来ということになる。

******

 私は、別に「のだめ」を大したことない作品と見くびっていたわけではないつもりだ。2006年にドラマ化された当時から、多角的に一大ムーブメントを呼び起こした作品であり、嫌が上でも、別に調べたりしなくても情報は目に飛び込んできていたし。

 コミック原作の、天真爛漫変態天才ピアノ少女と、指揮者をめざす、艶(つや)つけた兄ちゃん(千秋)を主人公とした、かなりぶっ飛んでコミカルだけど、同時に、下手なツッコミを跳ね除けかねないくらいに本格的にクラシック音楽の世界を描いたラブコメで、原作段階で、この作品によってクラシックに関心をもつコミックファン層の開拓し、一方「のだめオーケストラ」なるものまで編成されてライブも重ねられるという、凄いブームになったことまでは知っていて、「ベト7」など、当時のiTunes Storeには「のだめ関連」であることを明記した音楽が上位ランキングに随分入っていることにも気がついていた。

 「のだめワールド」というべき、一度はまると読者や視聴者を虜にしてしまう性質が極めて強いらしいことも。

 むしろ、心のどこかで、実際にドラマを通して見てしまったら「はまる」ことを「恐怖して」、遠ざけていたというのに近い心境と言えるかもしれない。

 自分自身が、業の深い(?)クラシック音楽ファンであり(このブログでは、クラシック関係の記事の比率は少ないですが、かつて「ロベルトの部屋」という、シューマン専門ウェブサイトをやっていたりもしました)、「音楽マンガ」というジャンルで、コミックの世界を飛び出して映像化された場合に本当に成功した作品が限られているばかりか、例えば洋画とかの世界まで広げても、クラシック音楽をテーマとしたフィクション作品での本当の手応えのある成功作は必ずしも多くない(そんなに何でもかんでも見たきたわけではないですが)中で、それをひっくり返した作品というものこの世に存在するとすれば???

 私には、およそ、ものごとについて、そこそこということを知らず、一度はまると没入しやすい嗜癖体質・・・というより、むしろ職人肌の父の血をもろに受け継いだ「執着気質」みたいなものが強いと思う。一見ナルちゃん、場の空気を読んでない言動の時もあるかと思われるかも知れませんが、実は場の空気を読みすぎて潰れる事の方が多い。そうでない時の「軽躁的」とも見える私の姿はちょっと特別な時です。それが現実的バランスを危うくしかねない(?)自分の問題点であるとも自覚している。

 (およそ、そこそこということを知らずものごとを勝手に抱え込み過ぎて、現実の自分に不全感や自責感を抱き過ぎて潰れてしまうこともあるし。実際のリアルワールドでの身の振り方に関しては、このあたりで体質改善しないとどうにもならないと思っているが・・・)

*****

 前述のように、これを書いている現段階では原作をめくってもいないのだが、実写ドラマ版がしか見なくても、このドラマ化が、(ある程度内容を原作から「圧縮」はしているだろうけれども)、どこまで原作の味わいを実写ドラマに出来るか、原作ファンを失望させないかという点で稀有な水準のものであることは、ビンビンと「透けて見える」ように伝わってくる気がした。

 フジテレビ系列の多くのドラマに共通するある種の「ケレン味」はあるといえばあるのかもしれず、原作の描線のタッチ(これはネットをあされば、画像が見つかりますから、サンプル確認済み・・・・)の持つある種の「淡白な描線」(私のそんなには幅広くはない、ここ数年は全く無知になっていたコミック歴からすると、一昔前の柴門ふみさんの「描線」をもっと淡白にしてみたあたりというと、,当たらずとも遠からず?・・・・原作ファンの人、こういう表現が軽率でしたらお許し下さい)をやはりどうしても好むという人もあるかとは想像しますけど。

 コンパでコンミスの三木清良が「(マーラーの)一千人の交響曲(やらない?)!!」と、酔った勢いとは言え叫びだすに至っては、クラシック・ファンにとってはドン引きのギャグになる(^^) これがきっと、原作で「書き文字」か何かなのをそのまんまセリフとしてドラマになっても省かないで活かしているとしか思えない。そういう「こだわり」がありそうだと容易に推測できたのだ。

 シュトレーゼマン(ミルヒー)を竹中直人が怪演しているらしいことは知っていまして、(原作では髪は長くないんですね)、このあたりが一番好みを分けるかなと想像していましたけど、私は一度見始めたらあっさり気にならなくなりました。

 つまり、言葉本来の意味での「コミック」=「喜劇」の「お約束」なんだと納得してしまえるということかと。カット割りとかが存在しないにしても演劇舞台における「誇張」と似たものなのだと思えてしまえばそれで受け止められちゃうのですね(^^)

 外国人俳優にしたら、どれだけ日本語が堪能な人でも、実は配役の基本の「重心」が保てなくなると判断されたのではないかと。なぜなら、さもないと、物語が本当に若い人ばかりがおもてに出てくる話しになってしまう。

 「裏軒」の峰龍太郎の親父役に伊武雅刀さんを持ってきたのも同じことで、竹中さんと伊武さんという個性派の年長俳優が「重し」になっていてちょうどいいバランスだというキャスティング上の判断とかもあったのかと思います・・・・そうそう、出番は少ないとはいえ、秋吉久美子さんの大学理事長役というのも、私の世代にとっては何か嬉しいです(^^)

 玉木くんによる千秋の独白を含むハイテンションな長ゼリフの連発も、上野さんによるのだめの、あの異様にはまったぽわーんと演技や揺れる声回しも、むしろそういう「演劇舞台的」感覚で味わっていくとむしろはまってしまうもののように思います。「アニメ感覚」というだけではない。「役作り」の凄みとしかほんとにいいようがない。

 カット割りやテンポ感も冴えに冴えている。演出の人も只者ではないのではいかと思います。

(追記:・・・・アニメ版第1話はフジテレビオンデマンドで無料配信を公式にやっているのを見つけて後で見ましたが、ここまで「ほとんど同じ」とは思わなくて・・・ホント、単なる「制約」ではなく、いい意味でも多少「刈り込んで」はいるのでしょうが、驚くべき原作尊重主義で実写ドラマを作っていた結果、ある側面ではコミックを超える、奥行と深み(???)を獲得できていると評する人もいそうな、類稀れな成功例なんでしょうねえ・・・)。

*****

 俳優さんたちへの「演奏演技」指導もテレビドラマの制作水準としては非常に画期的な水準だろう。

 玉木宏さん演じる千秋君の指揮姿の徹底性は、何しろ指揮シーンを集めた独立したDVDまで出てしまったそうであるが(^^;)、少なくとも私は「演技として」指揮者を俳優にやらせた映画やドラマの類で、国の内外問わず、ここまで「演じ切れた」ものは観たことがないという水準(追記:もっとも、劇場版の方がずっと指揮姿が凄いそうですね)。

のだめカンタービレ 千秋真一 コンプリート・エディション[DVD]

 ピアノ演奏シーンは、まだしも、鍵盤の反対側からのショットでの俳優の「演奏演技」と代役の鍵盤上の手元を写すシーンをカット割りで切り替えることがやりやすい部類と一般的には言える。

 それでものだめ=上野樹里さんに課せられた演技指導の水準はかなり凄い。ほぼ完全に嘘くさくないのではないか。

 楽器は、幼稚園時代のヤマハ音楽教室止まりの私ですが、特にこのドラマでのシューベルトのイ短調ソナタの練習段階の時かな? 「上野さん、顔も手も同時に映るシーンで、実際にきちんと指使いと鍵盤一致しているのでは?」って。・・・

 ・・・・と思ってwikipedia等で調べたら、上野樹里さんって、ピアノの弾き語りができて作曲もできて、「みんなのうた」で自作の曲、「えがおのはな」が放映された水準の人なんですね。お姉さんがシンガーソングライターというあたりからしても、ある種の音楽的素養がもともと相当高くもあると知って得心(^^)

 映画初主演だった、女子高校生ジャズもの映画「スウィングガールズ」(私は何かで予告編だけは観た記憶が・・・)での製作過程や反響も共通の性質のもののようで、「のだめ役=上野樹里」は、かなり早期に決定されていたのではないかと想像します。

(追記:それどころか、ドラマ化の企画が実際に出る前から、業界内部でも「のだめ役なら上野樹里」という風評すら存在したとか)

 「おなら体操」(いわゆる「リアルのだめ」さん作曲とは存じています)は、ホントに上野さん、「楽々弾き語りで」実際に音源化しているのかもしれない?

 これじゃ、ショパンやシューマンやラフマニノフやストラヴィンスキーの難曲でない限り、演技+演奏指導を受ければ、「吹き替えなしで、とりあえず音符通りに鳴らしてみる」ことができとしまえるところまで、マジで特訓受けてたどり着いていたのかも・・・・・。

 多くの演奏シーンで、姿勢とか、手の交差とか、この曲のそのあたりではそのへんの「腕使い」してるはずでは?・・・という水準まで。音と体全体の動きのシンクロ度が高い。限られているはずの収録時間や準備期間の中で、どうしてここまで・・・と、私なりに思っていたのです。

 【追記】:この「上野さん自身はどれくらい弾ける人なのか」という点は、このページのQ&Aでほぼ妥当なんでしょう、ほんとうに。「悲愴」の少なくとも第2楽章が弾けるなら、後述のシューベルトのイ短調ソナタ第1楽章冒頭も冒頭のあたりなら問題なく一応弾けるかと思います。特にこの曲の時、顔も鍵盤上の手も同時に映っているシーンが特に多い気がして。

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 実は、「演奏演技」的に何より驚いたのは弦楽器合奏シーンなんですよね。これは、ピアノの吹き替えよりも更にハードルが凄く高い筈。「ギターなら少し弾いてました」が通用する次元ではないので。

 このドラマで実際セリフにも出て来ますが、オーケストラでは、弦楽器の「合奏」というものは、各人勝手にボウイングすることも許されない。コンマスなどの指示で、同じパートは全員旋律を同じ弦=指使いで引き、同じボウイングで統一されていないとならない。

  全くの初心者がバイオリンをきちっとした姿勢で抱えて、弓を弦に吸い付くように(弾まないで)絶えず動かすことができ、「取り敢えずボウイングして」ギコギコしない豊かな音が出せるまでですら通常大変なはずである。ましてや!!左手のヴィブラート(・・・私は結局できないままだ・・・)や「返し弓」がサマになって「見える」までですら。

 それを短期間に俳優さんたちに仕込んで、プロや公募した若い演奏者に混じって、オーケストラの旋律の中で、俳優さんが、そこではその音はG線で鳴らすよねという瞬間には確かにG線のあたりを右腕が一糸乱れず揃って、左手も同じ指使いでボウイングしているように見えてならないだけでも感動モノである。

 ほんと、弦楽器系の俳優さんのかなりの人、少なくともその部分の旋律「ともかく鳴らせる」域まで演奏指導特訓受けて来ているのでは? 指使い覚えちゃってるのでは?

 (画面に合計10人くらいしか映らないサイズのショットでの、同じパートの「演奏演技」吹き替えなしはザラに見られるので、それでボウイングや指使いが完璧に一致しているように見えるというのは・・・・)。

 バイオリン・ソロの場合も、瑛太さん演じる峰龍太郎や、水川あさみさん演じる三木清良の演奏演技、「左手の押さえまで」いい加減ではなさそうに私には見える。これはどういうこと?

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 そして、こうしたミュージシャンもののコミックや小説の最大の関門というべき「演奏それ自体」。これはプロの人達が大幅に関わってであり、オーディションして音大生学生奏者集め、短期間の練習でオケがここまで音を出せたら凄すぎる域すら、かなり含むかと思います・・・・

 かの有名なショパン・ピアノコンクールのドキュメンタリーを2回観たことがあります。でも、決勝に残る水準のピアニストですら、その中で2人か3人しか、魅力的な音を出していると感じる人はいません。緊張しているので当然といえばでしょうが。私はブーニンも好きではありませんし。ただし、2000年優勝のリ・ユンディさんは、確かにコンクール予選時から際立って才能あるピアニストぶりを発揮していましたが。

 ・・・・そういう物差しを当てて、「ドラマの演奏シーン」の「音楽それ」自体を、いつの間にか引き込まれるように大真面目に聴いてしまったのです・・・・

 この作品の場合、単に「名演・熱演であればいい」というわけでは「ない」というのが、収録上大変な筈なのである。

 オーケストラの練習段階シーンで「未熟なフリ」の演奏をして収録するのは、実はそんなに困難ではないだろう。それどころか、モーツァルトの「音楽の冗談」や、サン・サーンスの「動物の謝肉祭」の「ピアニスト」という曲、あるいは「ホフナング音楽祭」ライブのように、「敢えて下手に引く」、冗談音楽の伝統は列記として存在する。

 演奏演技ではなくて、演奏自体自体となると、ハードル高いのははむしろソロの方。すでに原作から曲を実際には聴かないままイメージを膨らませてきた読者ばかりか、もともとクラシックも実際よく聴いてきて、コミックを読みながら曲がたいてい即座に脳裏に浮かび、「(特に)のだめ流の演奏はこんなふうでは」?と妄想してきた読者たちの期待を裏切らないかという点が肝心だった筈。

 この「演奏自体の表現の調整」が、大健闘、どころか、尋常ではないのではないか。この点では、原作を現段階では知らないまま、先入観なく地上波デジタルの音で、一応デジタル出力してオンキョーのバスウーファー付き小型スピーカー通してのことなんですけど、クラシックの演奏会のライブ番組を試聴する場合と同じラインで(!)私の期待をほとんどの場合にまずは大きく超えてしまった。このあたりだけは私もこのドラマをなめていた。

 千秋君が「この演奏はああだこうだ」と解説している、まさにそのイメージと、そこれ流れている「のだめの」ピアノの音が、殆どの場合、すんなりとしっくりくるのである。

 私の聴いた印象では、のだめはのだめ専門の代役、千秋には千秋専門の代役、コンクールの他の演奏者ですら、更に別の代役が、ちゃんとおられるのでないかと思う(追記:のだめの代役は、三輪郁さんというピアニストが大半をお務め。ただし、更に別の演奏者という「例外」は「3曲」あります)。音の響きやタッチが役ごとに違うように思えてならない(!)のである。楽器や演奏場所を変えるだけでも音色は随分変わるものだが、その域ではない。

 そして、何より、

 「のだめ風、楽譜の指示に忠実ではないが、天真爛漫で、何か人を魅惑する演奏」

・・・・というのを、ちゃんと「現実の音」にできているように思う。もっと大げさにもオチャラケさせられるはずだけど、ある「品位」をギリギリのところで維持した、どこかチャーミングな「聴かせちゃう」演奏なのね、実際(^^)

そして、少なくとも、

 「のだめがまだ練習不足で、苦労しながら弾いている時の演奏」 

 「のだめが本調子ではなく、崩れた時の演奏」

 「のだめが、練習を重ねて完成度が上がった時の演奏」

というのがそれぞれちゃんと別テイクで録って、使い分けているのではないか?!

 第1話で最初の方の、のだめの演奏に千秋がそもそも耳を留めるきっかけとなったベートーヴェンの「悲愴」ソナタの第2楽章の段階で、私は千秋くんにに言われるまでもなく、確かに最初は「このテンポ、音の切り方、音の揺らしは何だ!!」だったけど、数秒後には「妙に魅力的なものを秘めた演奏ではないか!」。千秋君が「カプリチオーソ・カンタービレ!」とつぶやくのもわかる気がする・・・とマジに思ってしまった。

 私は私はピアノ曲といえばまずはベートーヴェン、シューマン(作曲されたぼぼ全曲制覇、聴き込んでる。ショパンの方が実は苦手)です。

 悲愴ソナタ自体が、比較的初期作品だけど、まずは一曲だけ気軽にベートーヴェンのピアノソナタ聴き直したいと望めば選ぶ、偏愛気味の曲です。

 もとより、第2楽章は、ビリー・ジョエルの"This Night"をはじめとして、CMまで含めて、皆様、結構知らず知らずに耳になじんだ曲かと思いますが、のドラマ編第1話はじめの方の、ドラマで「のだめの音」が初登場する時の演奏は、「若干ポピュラーチックに引き崩し」たら、こういう演奏もありだよな、という、まさにそういうラインなんですね。下手に面白おかしくしようとしようとし過ぎてもいない、さりげなーく演出した、絶妙な演奏ライン!!実は「悲惨」過ぎはしていない(^^;)

 峰龍太郎くんと、のだめのベートーヴェンのバイオリン・ソナタ「春」も、自己陶酔的でロックなつもりの演奏を「思い切って」やったら確かにこんな音になるでしょう(^^;)。ここまで来ると、クラシックファンの方が千秋くんに解説いただかなくても音を聞いた瞬間に音だけで爆笑ものなんだけど。

 そういう演奏を音にして演奏して頂いた演奏家と、「もうちょっとこんな感じでやって下さい」と、場合によっては原作持参で、その場所を演奏者に実際に読んでもらった上で、収録時にくり返し弾いて試してもらったであろう演出・監修のスタッフのこだわりには敬意を表するしかありません(^^)

 そして、千秋がピアノを弾いてのだめや龍太郎との伴奏や二重奏で、「今日は自由にやれ(俺は合わせて見せる!)」で弾き始めていくと、最初は自分勝手だったのだめや龍太郎の音が、徐々に、本当に徐々に美しく自然な方向に変化して、合奏としても音が溶け合っていく!!・・・・・代演の演奏者に、その水準まで実現してもらっているんですね(^^)

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 のだめがさわりだけでもベートーヴェンの第7交響曲のピアノ版を(これは美しいぞ!!)弾いてくれているのも嬉しかった。

 そして、特に、ラフマニノフの2番協奏曲の「のだめバージョン」(特に千秋くんがオケパートを弾いた2重奏版)というのは、よくもまあここまで常識破りの、でも何やら凄い演奏を「現実化」したものだと感心するしかなかった。

 そもそも、ピアノ協奏曲の練習のためにオケの伴奏部をピアノでやるという二重奏自体は、音大でコンサートピアニストを目指す域の学生さんの講習レヴェルでは日常の光景でしょうけど、それを、たとえ数分間の「さわり」だけにしても、この水準でこうして現実の音として「公表」してもらえただけでも、のだめファンのみならずクラシック・ファンには目の幅涙(TT)の人が少なからずいると思う。そういう「オケ伴奏をピアノで伴奏した二重奏での」CDなど、少なくとも私はクラシックのCDで観たことはありませんので。

 ・・・・そうそう、モーツァルトのオーボエ協奏曲・・・・オーボエ奏者、黒木の代演の人、でたらめにうまい!! ほんとに世界に通じる一流の人使ってるとしか・・・しかも、練習の時の「いぶし銀の武士」の響きと本番の「ピンク色」の響き、別バージョン録音ということを確かにやってると聞こえる。ただイコライジング操作したのではないと思う。

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 実は、この「のだめ」という作品、原作の曲のセレクトを可能な限りいじらないという、得てして一番妥協や変更がされやすい部分が非常に少ないのには感心した。演奏曲を「省略」しても、可能な限り「変更」してないんですね。

 wikipediaによれば、曲を「差し替えた」のは、Sオケの最初の曲がベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」から第7番に置き換えられていること(これはドラマ版のOPをはじめとして、このドラマの「テーマソング」がベト7ということで一貫させる上でむしろ潔い変更)、ティンパニの奥山真澄くんがいいとこみせようとしてしくじったのが、第9の第九の「第1楽章」ではなくて原作では「第2楽章」だったらしいことぐらいのようである(厳密にはもっと別のもあるのかも知れませんが)。

 この第9の第2楽章は、通常の調律とは別の、オクタープ調律の2つのティンパニが用意され、19世紀初めの初演の時、聴衆にその部分で思わず驚きの声を上げさせるくらいの、当時としてはラディカルな演奏効果を上げる部分が延々とあるので、そのリズミックさで「千秋様」の気を引こうとしたあまり「踊り出してしまう」というのは、ドラマ版より原作のほうが理にかなっている(^^;)。

 でも、ここまでぎりぎりまで切り詰めたテンポ感でテレビドラマを展開しようとすると、「曲全体の」演奏はじめの方ですぐにコケるという形でないと、自然で無駄の無い流れにならないので、いきなり第2楽章というわけにはいかず、やむを得ぬ、このTVシリーズドラマ版では例外的な差し替えかと思います。

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 これ以外、練習や演奏会やコンクールのシーンでも、第何次予選かとかは変わっても、曲の数だけ減らしただけ、曲そのものはドラマと原作共通という徹底性が貫かれているらしいことというのはwikipediaで確認済みです。

 そもそも、この作品、ピアノ曲の選曲というのは、必ずしも「いわゆるクラシック入門者向け」でもない。相当に「通好み」とも言えるし、むしろクラシック通だと、コンサート・プログラムの構成としては異例、あり得ない!とすら感じる超絶的な場合を含む興味深いラインの曲が含まれて並んでいる。

 結局はフランスに留学することになるお二人だが、日本編は、BGM込みで、広い意味でのドイツ・オーストリア・旧ボヘミア音楽が非常に贔屓されていると思う(チェコにしても、プラハとヴィーンの距離はかなり近い ^^;)。

 オケ演奏シーンの曲は「あの」ガーシュインとカルメン幻想曲、ラフマニノフの協奏曲2番を除いてはすべてドイツもの。特にピアノの演奏シーンの方は、ドビュッシー・ショパン・ストラヴィンスキー、各1を除いてはドラマの中で演奏されているのは全部ドイツものである(もちろん、「おなら体操」は別格)。これをドラマ編で一貫させたのはほんとうに「潔い」と思う。

 そもそも、ピアノ曲においてショパンの有名曲に「依存」しないのが潔い。練習曲10の4という、同じ作品10の中でも「革命」とか「黒鍵」といったあたりを使わないのが。 

 他方、シューマンで「ピアノソナタ第2番」という超渋い選曲がなされている。私なりに、一番ありがちなラインを想定すれば、「幻想曲」とかになりそうなのに、そうは来ないのが興味深い。

 ソナタ2番って、シューマンの3つのソナタの中では一番簡潔で演奏頻度は高いとは思いますが、技巧的にも、「演奏栄え」させるのは大変な難曲で、「幻想曲」や「謝肉祭」、「クライスレリアーナ」は弾いてもこの曲まではレパートリーにしていないピアニスト、多いと思います。この2番、天才肌の巨匠の演奏までいくと、ちょっと「ロックな」過激なフィーリングな曲になるんだけれども(リヒテルやアルヘリチ盤)。

リヒテル・イン・イタリー~シューマン:蝶々、ピアノ・ソナタ第2番、他

アルゲリッチ/リスト:ピアノソナタ/シューマン:ピアノソナタ第2番

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 他方、9話と最終話で出てくる、シューベルトの「イ短調」ソナタ(16番)なんていうのも、別の意味でかなり「通好み」かな?(特にピアノ学習者でないなら、クラシックファンのつもりの人でも「通」の方かと思います) 

 「即興曲集」や「さすらい人幻想曲」、そして一番入門曲としてはシューベルトのソナタでは向いていそうな「イ長調」'ソナタ(13番)だったら初心者には聴いても演奏しても馴染み易いし、最晩年の三大ソナタ(19-21番)の方が曲として安定した恰幅の良い完成度があるはずだけど、そこまでシューベルトが上り詰める直前の時期の「イ短調」ソナタ(すごく"fragile"=「脆い危うさ」と隣合わせの曲)だからこそ、のだめはものすごい格闘を要することになりはしないか?

 「シューベルトって、気難しい人なんですか?」とのだめが思わず千秋先輩に相談するのは、本当に自然だと思う。

 この曲で演奏映えさせるのは本当は非常に高度なことなのだと思う。いわゆる「ピアニスティック」な曲ではない。ショパンやリストのような見かけの押しの強さがない。ドビュッシーの緩やかな有名曲ほど容易には「ポエジー」にもならない。指が回れば取り敢えず自己満足的に盛り上がれるというのからこれほど遠い曲はない。

 繊細そのものの配慮と、シューベルトの器楽曲だけが持つ"wandern"(ドイツ語でいう、「さすらいの歩み」)の感覚を身になじませられないと! でも、私の勘ですが、地に足をつけた勉強をして行く限り、音大のピアノ科の学生さんは丁寧にレッスン受ける価値が確かに高い曲かと存じます。

でも、いくら断片とは言え、ひとつ間違うと「もっさりと」「野暮ったく」なりかねないこの曲の、すっきりとしたウェルバランスのいい演奏だと思いました。中期の「幻想」ソナタとかこの曲は、晩年の3大ソナタ以上に「聴かせる」のがたいへんともいえるかも知れず、私もほとんど納得した演奏にめぐり合っていません(私、シューベルトは基本的にはブレンデル党)。

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 現実のコンクールでそんな選曲をそういう順序ですることはあり得ないと思えるケースすらある。ドラマ版第10話で出てくる、マラドーナ・ピアノコンクール本選での、先述のシューマンの2番ソナタの後にストラヴィンスキーの「ペトルーシュカからの3章」なんていう超難曲連続プログラムは、若い頃のポリーニやアルヘリチですらひるんだであろう(^^;;;;)。

 後者については、古今のピアノ曲で最も高度な超絶的な技巧を要すると評する人もいる(^^;) 曲を献呈されたルービンシュタイン自身は弾くことがなく(!)、ポリーニ盤が出るまで、録音皆無ではないにせよ、時代に埋れていたともいえる曲だと思いますし。

ストラヴィンスキー:《ペトルーシュカ》からの三章、他

(上記リンクは最新の廉価版に張りましたが、レビューこちらの2001年発売盤をどうぞ。レビューの中に、「のだめ」ファン向けの他の推薦盤を掲げて下さっている方がおられますよ ^^)

 このストラヴィンスキーの曲を、バスの中だけで譜読みして、シューマンの2番に続けてコンクールに臨んで弾くというのは、2曲を知ってるクラシックファンなら、いよいよ、「絶対あり得ないです!」と、呆然とする展開なのだ。

 もっとも、(これは原作を読んでいない段階なので、「深読みし過ぎ」なのか原作ですでに仕組まれた「伏線」なのかどうか確信が持てないが)、「ペトルーシュカ」(ああ、原曲のバレエ曲自体が私が愛してやまないバレエなのだ!! 正直、同じストラヴィンスキーでも、「春の祭典」より断然引き離して「好物」である)というのは、本来のバレエとしてのストーリー自体「操り人形が楽屋裏では自らの命と心を持っている」という内容であり、まさにこの時のストーリー上の、のだめの置かれた葛藤や境遇とまで一致している。そして最後の「その曲で」のだめはとんでもない暴走をする・・・まさに操り人形の糸が切れたかのように・・・

 でも、ホントにドラマで劇中劇としてアニメ化されている「プリごろ太」が、単にドラえもんのパロディだと一見してわかり、のだめ変態ワールドの能天気さを表しているのではなく、ストーリー上直後の、千秋君の対人関係上の洞察(?)への伏線として見事に繋がる形で描いているくらいの、実はストーリーを「構築的に」進める実力が高い原作者のようですから、「ベトルーシュカ」を単に「テクニックで乗り切る難曲」故に選んだ訳ではないかとも思います。

 原作者が音楽面での協力スタッフや読者からのアイデア提供があっても、最後にストーリー固めるのは二ノ宮さんご自身だったはずですから。

 原作では、この2曲の前にコンクール本選、モーツアルトのソナタ8番イ短調まで演奏していることになっているらしいけど・・・この曲もテンションが凄く高い、ストイックな曲なので、この3曲連続となれば、重量級過ぎて、現実のプロの演奏会ではいよいよありそうにない。ましてコンクールで!!

 まさに、フィクション故に可能な「夢の」演奏プログラム!(これまた、物語上の意味付けがあるのだろうか?)

 敢えて言えば、ドラマ版での、このシューマンとストラヴィンスキーだけが、私が物足りなかった「のだめちゃんの」演奏である。これはさすがに代役の人(私の勘では女性)にとっても難題だったと思う。レッスンでも、ましてやステージではとてもとても「弾いたことない」というプロの方も少なくなかろうと思うので。

 前者はアルヘリチかリヒテル、後者は先述のかの有名なポリーニ盤というのがどうしても私の念頭に比較軸としてある(現在での名盤評価はどうなんだろう?)ので、やむを得ない。

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 もとより、ペトルーシュカの「あの」メロディーが、「某有名な古典的テーマソング」と似たところがあることを生かした物語展開というのは、私の想像を絶した、でもコロンブスの卵で、そのように感じているクラシックファンがちらほらいてもおかしくない、素晴らしいアイデアであった(^^)。

 スッペの序曲「詩人と農夫」の序奏のチェロ・ソロが、「♪線路は続くよ、どこまでも」にすり替わったり、ヴォーン・ウイリアムズの「イギリス民謡組曲」の冒頭が「♪カッパッパー、黄桜~」のCM連想させるのにかなり肉薄しているかと(^^)

 こういう時には連載が進むに連れて読者との間でいい相互作用が生じるから、ひょっとしたら、「のだめちゃんがもしコンクールに出たら弾いて欲しい曲」「この曲をこう料理すればギャグになるのでは?」みたいなアイデアとかが読者からどんどん来て、生かされていたりもし始めていたかもしれない。

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 先述の、ショパンの練習曲10の4番に至っては「え? その曲なら覚えてますよお」で、子供時代以来久しぶりに、数秒後にここまで弾ける無名の音大生がいたら確かに仰天するくらいの充実した完成度(この曲のだめの代演は、例外的に河野紘子さんという方の演奏)。「これ以上、何をお望みですか?」私の愛聴盤、ポリーニ盤のLP初発売時の有名なチャッチコピー)

 ドラマを先入観なく、この曲すら知らないで観ている人に「のだめは、好調なら、実はとんでもないテクニシャンとしての実力がある」ことを理屈抜きに驚愕させる力が、演奏に本当にある。

 そして、少なくともドラマでは、ここまで展開してきた後で、はじめてのだめの幼年期のフラッシュバックがドラマ上はじまるというのが「原作段階でも」仕込まれているとすれば・・・いくらいろいろアドバイザーがいたとしても、二ノ宮さんという作家は、やはり、「物語構成力」という点で非凡の域かと思う(「面白い」とか「考証が行き届いている」というだけではこの作品の凄みは語りつくせないのではないか)。

 いすれにしても、シューベルトのイ短調ソナタとショパンの練習曲という2曲は、先述のシューマンのソナタやペトルーシュカに比べると、遥かに「ピアノ演奏者にとっては」上級まで行くまでの学習過程でかなり定番でしょうから、しっかりとした代演の人が確保できて何もおかしくなく、この2曲は「ドラマの中でほんとうによくここまでの演奏収録して使ってくれましたね!!です。

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 千秋君ピアノのラフマニノフの協奏曲を含めて、オーケストラの演奏が、正攻法で硬派で本格派な、レヴェルかなり高いのにも感心。いい意味で恰幅が良いけど明晰な演奏で、正直にいって、ここまで練り上げられていなかったり、変なクセっぽさのある、現実の演奏会での演奏は現実にはいくらでもあるんじゃないかと思います。

 このドラマのためには半端な演奏はできない!! という、指揮者と演奏者(オケの「コンサートシーン」での音源は、クレジットに明記された東京都交響楽団の人たち中心で実際弾いてるんでしょうね)のプライドみたいなものを感じるのです。

 (ドラマではやってませんでしたが、ブラームスの交響曲第1番の第2楽章には、コンサートマスターによる美しくて長大なバイオリン・ソロの部分がある。ここなんて、コンミスの三木清良の見せ場として原作では描いてないか? その演奏で、コンクール2位の屈辱を晴らし、ベルリン・フィルの師匠を納得させてないかい?・・・などと、逆に未だ目にしていない原作について妄想状態にどんどん陥る私であった・・・)

 全体を通すと、ほんとうに、通常の演奏会の実演で、この水準ホント滅多にないくらいの掘り出し物は、モーツアルトの「魔笛」の「夜の女王のアリア」とオーボエ協奏曲・・・・そうそう、もうひとつ、コンクールでライバルの弾いていた、ブラームスの「パガニーニの主題による変奏曲」は五つ星!! 「のだめの」演奏ではショパンの練習曲5ツ星、シューベルトのイ短調ソナタに4つ星半差し上げましょうか。千秋のピアノはどの曲でも最低4ツ星以上は差し上げたいアベレージの高さでしょう。特にラフマニノフの2番協奏曲は、こういうタイプのどっしり型の演奏がマジに私の好みです。

 【追記】:結局、劇場版後編公開にあわせて、今年の4月にこれらの音源が、かなり断片的なものまで、曲によってはのだめの「状態別テイク」まで含めて、数枚組でCDとして販売されてしまったらしいですね。単に既成の名演のオムニバスを組んで発売する(そういうのも当然先に出ている)という商売っ気よりも微笑ましい。

のだめカンタービレ コンプリート BEST 100

 DVDで音も十分だろ?で止まらないで、最後になって「ドラマでの演奏音源」それ自体までCD化するあたりが・・・むしろ「ファンの期待にどこまでも応えます!!」みたいで。

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 BGMも恐らく95%ぐらいは既成のクラシックの曲ですが、「この曲」が「このシーン」で「こうくるか!」と、時には吹き出したくなるくらいに選曲が効果的。このへんももともとクラシック愛好者だった方がいろいろと笑えますね(^^) 

 ミルフィの「強制送還」の前触れがマーラーの交響曲第1版「巨人」の第4楽章の冒頭の轟き、「逮捕」の直後に突如ブラームスの交響曲第3番の第3楽章、そして飛行機が飛び始めると、「巨人」の第4楽章の、今度はラストのファンファーレに一気にもう一度転じるとか(^^)。

 第10話の終わりの寂しいシーンで、ゆっくりと静かに流れるピアノのメロディが、実はベートーヴェンの交響曲第7番の第1楽章第1主題をものすごくスローに弾いたものであることにふと気づいた瞬間(録画したのを再生した2回めでやっと気がついた)は、そのさりげなさが心憎い(^^)vと思いました(^^) 

 この曲が「寂しく」響くBGMにできるというアイデア自体への感服。しかもドラマのテーマソングみたいなメロディだから、絶妙な隠し味なわけで。これは服部隆之さんのアイデアかな?

 そして、あの「口笛」は・・・ここはネタバレしません!

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 ちなみに、この作品、千秋の子供時代がプラハという設定になっているので(原作もそうなのかな? 指揮者さんの名前、セヴァスチャーノ・ヴィエラというのは何となくイタリア系っぽい名前という気もするけど私の認識不足?・・・・(追記:wikipediaで再調査したところ、原作はViella=フランスと国境を接するスペインに地名としてあり。Vieira=フランス語、ポルトガル語での人名、Vieraだと、パンソニックのTVブランドの綴りでもあり、スペイン語圏の名前になるですね。・・・・ということは・・・・スペイン隣のフランス生まれ???・・・・どちらにしてもラテン系ですね・・・・あ、正解がちゃんと某所に書いてあるではないか。)BGMで、ドヴォルザークの音楽がえらい贔屓を受けている気がする。ドヴォルザークは交響曲全集で3番以降なら繰り返し聴くくらいで、シューマンと並んで妙に思い入れのある私です(^^)。私の好きなスラブ舞曲作品72の第2番を繰り返して使ってくれているのは目の幅涙(TT)

 ただ、その私ですら、「このメロディづくりは絶対にドヴォルザークなのに曲の見当がつかない、悔しいーーー!」 と思ったのは、私が名前すら知らなかった「チェコ組曲」からの2曲とのことだ(ドラマ1話冒頭での、千秋のプラハでの子供時代の回想シーンでのっけから出てきて、その後も結構繰り返し出てくる、あの曲です)。

 あと一曲だけ、TVシリーズドラマ編で、どの作曲家のどの曲かわからないままの、マンドリン(キターではなくて)みたいな響きが入った曲がありますけど、意外と、5%ほどしかない筈の、服部さんのオリジナルBGMのひとつだったりして・・・

 【追記】 10/10/22 : 服部さんの「のだめカンタービレ」オリジナル・サウンドトラックのCDまでレンタルして確認しました。予想通り、このマンドリン曲は、服部さんのオリジナルBGMでした。「我が母校」というタイトルです・・・・ということは、TVシリーズで出てきたクラシックの曲でBGMでも演奏でも私にとって未知な曲=「CD所有していない」曲は、上述のドヴォルザークの「チェコ組曲」のみと確定!!)

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 そして、そのビエラ役のスデニエク・マーツァルという人は、名前にはっきり記憶があります。うちのCDひっくり返したら、ドヴォルザークで、どの曲かで出てくるのではなかろうか? 少なくともドヴォルザークの交響曲第7番かピアノ協奏曲のどっちかを若い頃初めて聴いた時の指揮者だと思います。

 ここ10年、クラシック系の雑誌も読まなくなり、CDをほとんど全く買い足して来なかったので、マーツァルがチェコ・フィルの常任も務めた(まさにこのドラマ制作の頃を含む時期!)ことを知りませんでしたが、ドラマ版で千秋君が「ドヴォルザーク・ホールでビエラ先生の演奏を・・・」と語るのにはウソはないことになります。「プラハ芸術家の家・ドヴォルザーク・ホール」こそかチェコ・フィルの「ホーム・グラウンド」ですから!!(このあたりのことは、wikipedia頼らなくてもスラスラ出てきます)

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 敢えて、現実の演奏会ではあり得ない突っこみどころを上げれば、ひとつは、たとえコンクールであっても、独立した曲、一曲終われば一度立ち上がってちょっと会釈はして次の曲に入ることが通例だろうということ。もっとも、のだめのコンクールでの心理状態は異常なテンションになってますから、これは「確信犯」的演出表現かもしれない。

 あと、最初にSオケが第7をした時でしたが、あそこまで多くの聴衆が身体を揺らすこともあり得ない・・・・とか、終演後にあんなふうに雪崩を打ってドミノ倒し(正確には「倒し」じゃなくて「立ち上がり」ですが)式のスタンディングオベーション(拍手)はしないだろうあたりですけど、ドラマとして嫌味がない品位は維持している気がします。

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 いすれにしても、コミックに親しめる素養がすでにあって、クラシック音楽を日常的に聴いて来たという視聴者も下手なツッコミ入れる隙が全くに近くないどころか、クラシック・ファンの方が余計にピンと来るくすぐりギャグすらテレビドラマで全開モード、そして演奏シーンや演奏そのものが期待を裏切らない。

 もちろん、ほんとうの業界内部の人や音大生の中でどう見られるのかは、私はわかりかねますが、第1線の国内のプロにも、この作品の少なくとも「ファン」を多数生み出したらしいことや、Amazonでの原作についての音大生のレビューとかも「音大なんてこんなものです」と好意的というあたりからすると、「あくまでも漫画」、フィクションだけど、それをはみ出す、人の心の琴線にふれる「何か」を持った域に「突き抜けてる」んでしょうね。

 かなり突飛な比較かも知れないですけど、少し前、CSで「チーム・バチスタの栄光」の続編らしい「ジェネラル・ルージュの凱旋」を観たんですが、その時に感じたゾクソク感にすら通じると言うと言い過ぎでしょうか?(堺雅人という俳優さんは、何考えてるかわからない、本心がなかなか読めない人間を演じさせたら、何とも妖しい魅力がある、今後の日本の男性俳優の中で稀有な存在になるのではないかと。そうか、「篤姫」の徳川家定役だったし、先日まで放送されていた「ジョーカー 許されざる捜査官」でも感じたのですが、それについては何か別の機会に書きましょうか)。

 Amazonで、あるレビュアーの方が「子どもから大人まで、家族全員揃って安心して楽しめる」という書き方をされていましたけど、確かに話が「ドロドロしない」ので、子供に見せたくないと感じる堅苦しい親は少ないでしょうし、音楽を媒体とした「ラブコメ」ドラマとして観る人は観るし、いつの間にか真剣に「熱血青春ドラマ(!)」として見る人は見るだろうし、視聴者層への間口が広い。

 それを、「クラシック音楽もの」という、なかなか期待通りの内容にならない、克服すべき課題が多いジャンルで、むしろ「原作のコミックのイメージをどこまで損なわないか」に演技面と音楽面の両方でとことん妥協しないでチャレンジして成功した、稀有な「実写」ドラマだということは、何か凄い「のだめ」ムーブメントがあったのだなと、痛烈に実感しました。

 あの人と「のだめ」の話しをもっと早くできる私だったら良かったのに・・・という相手が、幾人か思い浮かんで、後悔してしまうくらいなんです!!!

 ある意味で、ハリウッド系の下手な3D合成SF映画より「進んだ」、コミック文化国、日本の誇るべき「実写」テレビドラマとして歴史に残る・・・かも(国によっては、千秋ののだめへのあまりにマンガチックな仕打ちは、女性への「過激な暴力シーン」みたいに見られるでしょうが^^;)

 公式サイトで、原作者の二ノ宮さん自身、「なるべく音楽に失礼のないようにすること(を大切にした)」とコメントされていますが、そこに「クラシックももともと好きな原作ファンを決して失望させない」「クラシックともコミックとも縁がなかった通常の21時台ドラマの視聴者も何の先入観なく楽しませる」という、更にワン・ステップ先の奇跡が生じたドラマ作品なんでしょうね。

******

 ・・・・などと、今頃になって興奮して書いている私の様子に、「何を今さら」と思われるのは承知です(^^;)

 個々の俳優さんは現在4歳分年齢を重ねていると思いますが、これが今年制作されたドラマだと言われても何も違和感がないくらいに思います。原作ものの場合、再放送のたびごとにそれ相応の著作権料を余計に放映局が払うのかどうかまでは存じ上げませんが、劇場版が終わってしまったたこれからも、非常に息が長く再放送されたりするのではないでしょうか。

 内容的に、古さを感じさせる可能性が当面なさそうに思えてならないし、後述するように、現在、いよいよこれからこそ「旬」に差し掛かったのでないかと思える第一線の(少なくとも「のだめ」ドラマ化段階では)20代の実力派人気俳優さんがたくさん出演しているみたいですからね。

 原作者の公式サイトで、原作は、実は不定期にせよ「アンコール編(オペラ編)」までつい最近〔8月!!)まで「連載されていた」・・・・と知って、驚いた私でもあります(^^)。

 現在、Googleで検索かけようとすると「のだめ」と入れるだけで「25巻」という言葉が選択肢にすぐに並ぶ。実は現在24巻までしか出ていないので、今か今かと、最終巻を待っている読者さんがたくさんいるということでしょうね。

*****

 原作は、アマゾンのアフィリエイト・ポイントがもう数百円貯まると出費なしの大人買いで一気に手に入れられそう。

 劇場版との間をつなく「パリ・スペシャル」前後編あたりはレンタル屋に置いてくれてると助かる。

 なお、劇場版「最終楽章」前編は、もうすぐ、10/10(日)、21:00にCSの日本映画専門チャンネル(恐らく大抵の地域のケーブルテレビでは特別料金なしでアナログ受信できるチャンネルでしょう)に登場します。

【追記10/11】実際に劇場版前編を観てからの感想はこちらです。

*****

 以下は余談:

 「コントラバスが歩いている」小柄でキュートな女の子、佐久桜役の子、サエコ・・・どこかで何か名前聞いたな・・・・と思ったら、このドラマの出演後、ダルビッシュと結婚した人なんですね(^^)

 そして、この「のだめ」の主要出演者のうち少なくとも3人が、来年のNHK大河ドラマ、「江〜姫たちの戦国〜」の主要登場人物と重なるというのは・・・今の若手俳優さんについて無知に近い私も、ほんと、実力者揃えていたんだな・・・と感心致します(^^) 

(のだめ=上野樹里=江、コンミスの三木清良=水川あさみ=初、プレイボーイのチェリスト、菊地(=先日まで水木しげる)=向井理=徳川秀忠。更にいえば、峰龍太郎=瑛太=「篤姫」の小松帯刀・・・NHK大河ドラマの重要な役をこの後つかんだ人、他にもいるのかな?)

*****

 今の段階でしたら、もう、少なくともドラマ版のTVシリーズについては、「ネタバレしてます」とかいうお断りも全く不要だろうというつもりで、勝手な憶測全開で、恥も外聞もなく書きました(^^)

 たいへん僭越かも知れませんが、劇場版までずっと観たという皆さんへも、改めてTVシリーズをDVDレンタルしてでも再度ご覧になるささやかなきっかけにもなれば幸いです。

*****

 「のだめ」ネタは、原作だとか劇場版だとか、私がこれから焦ることなく実際に触れていく中で、またブログでも言及することがあるかと思います(^^) 

 でも、これ以上の「ネタバレ」や細かすぎることまでは書かずに、さらっと書くでしょう。

 今回は、ともかく、多くの皆様より遅れてきた「のだめ」ショック状態に陥った私に免じてお許しを m(_ _)m

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2010/02/22

働いたに値する収入を得ていると感じられるかどうかは難しい。

 今の私のように、「家族を支えるために」働いているという意識がなくなる状態に回帰してみて、最近つくづく思うのは、自分には、働いた分に値する収入を得ていると感じられていた時期がほどんど全くないということである。

 前の記事でも登場した、私の中に住んでいる、情け容赦ない「内なる審判官」に言わせれば、私が大学で常勤職をしていた数年間までの間、私は私の要求水準からみて、受けるに値すると感じられる以上の賃金を受け取っていたとしか感じられていない。「それだけの仕事をできてはいなかった」としか思えない。

 そしてそういう真の「手応え」感のなさ=ある種の「空虚感」のために、そういう自分にまるで刑罰でも与えるかのように浪費を重ねた時期の方が長いように思われてならないのである(念のために言うが、常勤職を獲得する以前の私の年収は280万円前後であった)

 日本におけるフォーカシングの研究実践者としては、論文や著作の本数こそ足りないかもしれないが、ある意味で第一線を走ってきた自負はある。しかし、振り返ってみれば、半年前の自分の水準は問題だらけとしか感じられないことを繰り返してきたように感じている。

 最近でこそ、昔の文を読み返して、結構まともなことを積み上げてきたかなと振り返れるようにもなったが、それはあくまでも「文章として」読み返した場合である。その文章で書かれたことを「実体として」どれだけできていたかの水準は実際にはかなり劣るものだったと思う。

 文章としてだけなら、人間、結構立派なことを書けるものだと、我ながら感じ続けている。

 そして何より、フォーカシングの専門家であることと現場臨床の援助的専門家としてクライエントさんのお役に立っていることとシームレスにつながっていた場合に初めて意味があるというのが私の信念であり続けてきた。

 それこそ、時価6000円で、多少のばらつきはあっても100点満点の70点以上のお役に立てていることがコンスタントに多いかなとほんとうに感じられるようになってきたのは、この1年以内の出来事のように思う(それでも、時々大反省することがある)。・・・・・これですら私の思い込みかもしれない。

 その意味で、今の私の実力ならもう少し、現場臨床、および臨床教育の分野でそこそこ収入があってもいいのではないかという逆方向のギャップ観をあまりゆるぐことなく、かといって感情的にもならずに感じられるようになってきたのは、本当に、本当に、ごく最近のことという気がする。

 もっとも、面接数が増えたら一つ一つの面接が雑になりはしないかという自分への不信感は拭えない(勤務カウンセラーだった時代から今日まで、あるライン以上にクライエントさんが増えると「何らかの不注意」をやらかしてきたおかげで一定数のラインを容易には超えないということを繰り返してきたという思いがある。困ったことに、今でも、ちょっと前までの自分はこのことがどうしてできなかったんだろうという反省ばかりがしきりである)。

 だから、ある意味で、「分相応」との感じ方に限りなく近い点では、相対的に見て、我が生涯で現在が一番肉薄しているのかもしれない。

 自分は、クライエントさんのお役に立てる専門的な援助をした有効な分だけは、「食べさせて」いただいているというリアルな手応えである。

 そういう意味で、しばらく前・・・・少なくとも昨年の夏までにあった、ある種の屈折した「ルサンチマン」のようなものは、私の中からもはや抜け落ちてしまっている。

 それを実感できるために、一度「都落ち」まで追い詰められないと気づけなかった私も情けないものではあるが。

 関係者は関係者なりに自分の職場のことで手一杯なのであり、別に私は特に貶められてもいないし、わたしがいろんなことで「やり過ぎ」であるがゆえに遠ざけられているとまで思い込み過ぎるのも、もはや自意識過剰としか思えなくなってきているのである。私も、動くべきチャンスだった時に見逃したケースもあるし。

 この不況の下で、専門職キャリア30年近くて今年50歳の「ツブシが効かない」カウンセラーなるものを敢えて「雇おう」となると、同業種ばかりか他業種の人にとっても二の足を踏む存在となっていたことも十分に理解できる。

 いずれにして、やっと、等身大の自分を手に入れつつあるな・・・・と感じだしてはいるようなのである。

 しかし、そのことを実感するためには、切り立った山々の尾根歩きのような、あるいは冬季オリンピックのアスリートたちがともかく「完走」できるだけの「際どさ」のようなものをくぐり抜けるしかないとは。

 あの、失敗したら最後、雪か氷に叩きつけられるしかないアスリートの心境、今回のオリンピックぐらい、その瞬間の凍える寒さと孤独と「空虚」が身に染みて伝わる思いをしてテレビ観戦している年はない。

 もとより、今のところ全く矍鑠(かくしゃく)としているとはいえ、老いた両親に、恩返しまでは行かなくとも、少なくとも私が今後それなりに十分にやって 行ける様を十分に安心して見届けて欲しいという切なる願いは抱いている。

*****

 そういえば、容易に実体が伴わない映画制作進行過程を延々と描き続ける、フェリーニの映画、「8 1/2(はっかいにぶんのいち)」を今日たまたまBSで初めて観た。カーリングがドイツに負けてきてるなと感じたあたりで思わず切り替えてしまったら、どうやらはじまったばかりだった(^^;)

 その高度なメタフォクション性につきあうことと、マルチェロ・マストロヤンニ演じる主役の「映画監督」の心境がじりじりと伝わってきて、結構しんどいものがあったが、あのオチの付け方・・・・・ありがちという人もあろうが・・・・に、ちょっとだけ救われる思いをした私だった。

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