30歳前後までの若い世代が陥りやすいとされていた問題として、「摂食障害」と、「引きこもり」が代表的なものとされてきたことに異論を挟む人は少なくないだろう。
これら2つは、その時代の文化や社会、経済・雇用情勢や学校教育、マスコミの報道のあり方と密接に結びつき、ほとんど10年から12年という短期間のスパンで見ても、世代によって、その中心となる病態(私は「引きこもり」に対して「病気」という言葉を使うことに著しい抵抗感があるが)が、驚くほどのスピードで変化して来たことに特徴がある。
摂食障害は、まずは「拒食症」(神経性無食欲症 anorexia nervosa)が注目を集めた。
そのひとつのきっかけが,1983年、カーペンターズ

のカレン・カーペンターがこの病の末に心臓発作で亡くなったことがマスコミで大きく取り上げられたことがが大きかったことを覚えておられる世代の方は少なくないだろう。
なお、カーペンターズの伝記としては、
「カレン・カーペンター -栄光と悲劇の物語-」(レイ・コールマン著)
が、生育歴、音楽面、
私生活、カレンの病状を含めて、
たいへん秀逸である。
しかし、摂食障害は、病態の中心を次第に、いわゆる「過食症」、すなわち「神経性大食症 Bulimia nervosa」に病態を移して行く。
.....というか、「拒食症と過食症を往復する」形で、著しい体重の増減を繰り返す事例が多かった時代があるように思う。
そして更に、無茶食いと自発的嘔吐を衝動的に「一気に引き続いて」行う、「過食嘔吐」を中心とする時代へと移行して来たように思われる。なお、過食嘔吐をする人は、実際には拒食症と近い、脳や身体の生理学的状態にあるとされることが多いようである。
私は、20年弱におよぶ大学学生相談のカウンセラーとしての経験の中で、これらすべての病態のクライエントさんとお会いでき、その中心となる病態の変化をすべて体験できた世代である。
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さて、これと似た、比較的短期間における、主たる様式の変化があったのが、大学における、いわゆる「退却神経症」である。
大学生における退却神経症は、古典的な分類においては、「1.選択的退却」と「2.全面退却」とに分類されていた。私はこれらに加えて「3.進路選択延期型退却」という分類も考えてみたい。
1.「選択的退却」とは、
「学生における本分である(???)学業、すなわち、講義への出席と試験、レポートの提出をほとんどやれない状態になっているが、アルバイトやサークル活動などの形での集団や社会への参加には積極的であり、しかも卒業後のそなえての求職活動はほとんどしないまま、ずるずると卒業を延期するが、すっぱりと大学をやめてしまったり、他大学や他学科、専門学校などへの転学をするわけでもなく、今日で言う「フリーター」としての生き方や、少なくとも自分がほんとうに就きたい職業を目指しての積極的活動(大学院受験、小説家や漫画家や、インディーズであってもミュージシャンとして生計をたてることをめざしての活動、職人への弟子入りなど含む)を「積極的に」していくわけでもない学生たち」
といったあたりであろうか。
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2.これに対して大学学生相談における「全面退却」とは、
「学業のみならず、大学の対人関係そのものになじめず、友達もできず、サークルも、入ったとしても短期間のうちにやめてしまい、かといってアルバイトもほとんどしないまま、大学や社会に『居場所がない』と感じつつ、ずるずると進級→卒業を延期する学生。得てして自宅やアパートに引きこもり、近くのコンビニや買い物以外の活動はできず、主なる生活資金は親からの援助に依存している」
......こういった場合である。
私は、この「2.全面退却」型の中に、更に、
2-a.「特定の趣味などへの強烈な好奇心と、そのための『消費活動』(ネットブログや掲示板への書き込みにも積極的)という形で、限定された接点ではあるが、外の世界や対人関係への強烈な関心と『経済活動』『社会参加』はできるタイプ」
と、
2-b.「好きなものは何か? と尋ねられても答えに困惑するばかりで、毎日をテレビやネットの『閲覧』のみで『漫然と』過ごすタイプ」
が更に分類でき、これらのの二つのサブ・タイプはかなり異質だと、学生相談現場での経験から、感じ続けていた。
(最近は、それこそ
アフィリエイトのネットショップや
ネットオークション、中古市場取引で利ざやを稼ぐ人や、有料会員制のサイトの運営、ソフトの制作・販売などのインターネット活動は積極的に繰り広げる中で、生活資金は自前で見事に稼いでいるという人たちも増えて来た。このタイプの人は、この2つの「古典的な」退却神経症のイメージにはまらない、独特の社会「適応」・社会経済活動への「積極参加」の様式と考えられるが、そうしたケースはここではまだ詳しく論じず、別の機会に譲りたい)。
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3. さて、もう一つのケースとして私が提案する、「進路選択延期型退却」というのは、
「大学での学業には非常に積極的に関与し、成績も得てして優秀であり、講義やゼミへの出席率もきわめて高い。しかし、自分からのブライベートな対人関係の形成や、自分からの自発的なバイト探しはできず、大学内部を離れると友人関係は、高校や中学時代からの友人に限定される。かといって、大学院に進学するなどして研究者や専門家(司法資格や臨床心理士)への道を踏み出そうという、「積極的な努力」にはなかなか踏み切れない。そして、就職活動に対しては極めて消極的で、自分が「一般社会」で大人として生きて行けるかどうかに不安を抱えたまま、「卒業延期」したり、「卒業しても」、他大学や大学院、司法試験に向けての積極的な「受験勉強」にはなかなか「身が入らない」」
はっきりいいますが、すでにここで書いた通り、私は3.タイプの学部学生でした。A獲得率92%、いわゆる「落とした」単位ゼロ、講義やゼミへの無遅刻無欠席。就職課に入ったことなし。所属したサークルは「臨床心理自主ゼミ(この自主ゼミはその後、実際の臨床心理士や福祉専門職ばかりではなく、「意外な」業界の「意外な」人材を何名も輩出するのだが)」、心理療法やカウンセリングの本は山ほど読んでいるけれども、他大学の心理学大学院への「受験勉強」、特に「非・臨床系」の勉強には内的葛藤が激し過ぎて、現役合格似失敗。(心理学系の大学院は「その当時」その大学になかった)
でも、卒業はしてしまい、親に許しを得て、「専業大学院浪人」となり、幾つもの大学の心理系の聴講生となる。
私の場合には、そうやって実質「プータロー」になりたての年の5月、ジェンドリンの著書「フォーカシング」との運命の出会いがあり、フォーカシングの専門の先生のもとでフォーカシングを更に深く学ぶためなら、実験系や学習心理、社会心理、統計などの「非-臨床系」の心理学を独学で勉強することにも積極的になろう、と思えたところで、やっと人生の方向がとりあえず定まったことはすでに別の記事で書きました。
この時点では、「研究者」を目指すか、「現場臨床家」を目指すかは判断がつきませんでした。ただ、本音のところでは、優秀な「現場臨床家(psychotherapist)」の方が「臨床心理学者(clinical psychologist)」よりも偉い!!(^^;A .......となぜか感じていましたね。そちらになれる自信は「まるで」なかったのですが。
その後、非常勤12年、そして「常勤」の学生相談カウンセラーを5年務め、フォーカシングでは、「国際資格認定資格者」としてまで認めていただき、そして独立開業したわけですから、私は、職業面では、すでに自分の人生の最大の夢の実現者です。
あとは、職業人としては、
「現場臨床家としての腕を『生涯、絶えず、更に』磨き続けたい」
ということと、
「も少し生計安定したい」、
そして、
「自分が学んで、身につけて来たものを、きちんと後続の世代に遺産として残したい」
だけですね。
ま、3つめは、いつ私が死んでも、「このブログを遺著として編集して出版して欲しい」という遺言だけは、『すでに公然と』このブログ自体で繰り返して書いて来た通りです。
もちろん、生きられるなら100まで絶対生きたいし、許されるならば、身体が動くうちに、世界の私が本でしか知らない国々を、実際に旅してまわって、観てみたいのですが。優先順位は、イスラエル、ドイツ・オーストリア、スペイン・ボルトガル、スイス、ペルー・チリ、アイルランド、イギリス、オーストラリア、オランダというあたりかな。
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ちょと一息、私のフェルトセンスが「一息つきたい」と言い出しましたたので、未完のままでとりあえずアップします。
続き、すなわち、今後これまでの意味での「引きこもり」は、少なくとも「大学の学生相談の対象としては」確実に減少する、という、私の肝心な見解の部分は、また今度に。
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