ミュージカル

2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/04/26

完璧な天使であるか、燃えるゴミとみられるか  -「マイ・フェア・レディ」のダークサイドとしての「市民ケーン」-

 恋愛において、例えば女性は、男性に、すばらしい魅力的な愛情深い女性だと惚れ込まれ、尽くされ、愛おしまれるか、それともファム・ファタール(悪女。ドン・ホセにとってのカルメンのような、男を利用し、もてあそぶ「運命の女」)とけなされるかという両極端を行き来するジェットコースターの振幅にどこまでつきあえるか(=ひとつのスリルとして楽しめるか、あるいは耐え忍べるか)がその展開を決めることが多いのではないかと思う。

 男はといえば、女性から「白馬に乗って現れた王子様」とみられるか、それとも「私の身体(容貌、財産、主婦的機能etc.)だけが目当てだったのね!」とみられるかの振幅のシェットコースターの乗り心地をどこまで乗りこなせるかであろう。

 ところが、人は恋愛において、このような、自分にとって相手が「善」か「悪」かという振幅に耐える(乗りこなす)というモデルに基づく経験値だけでは、とても説明がつかない傷つきを、体験することがある。

 わかりやすいのは、「史上最高の映画」とまで呼ばれる、オーソン・ウェルズの、「市民ケーン」において、ウェルズ演じる新聞王・ケーンの2番目の妻となる、スーザンの陥った地獄である。

 彼女は、大統領の姪である先妻を差し置いての不倫という大スキャンダルを経て、ケーンに選ばれた。大邸宅ザナドゥで何不自由のない生活を与えられるばかりか、歌手志望だった彼女のために、ケーンは、頼まれてもいないのに大オペラ劇場を建設する。

 しかし、スーザンの大根ぶりは半端ではなかった。それでもただひとり彼女に拍手をし続けるケーンの異様な姿。

 しかもケーンは、スーザンがもう舞台に立つのをやめたいと少しでも言い出すと、突如、理解不能なまでに烈火のように怒り出す。

 それはまるで、ケーンの胸の中の巨大な水晶の玉が砕け散り、スーザンの体中に突き刺さる衝撃を、わけもわからないままひたすら耐え忍ぶしかないような衝撃となる。

 この衝撃が繰り返されるたびに、スーザンの身体には、少なくとも軽度のPTSD水準と言っていいトラウマが、降り積もるように蓄積される。

 このこと自体、今日の概念で言えば、「モラルハラストメント」そのものなのだ。

Q&A モラル・ハラスメント―弁護士とカウンセラーが答える見えないDVとの決別

 だが、それは、ケーンの「滑稽なものではあるが献身的な深い愛情」という形で、幾重にもオブラートに包まれてしか、周囲の人間には感知されない。

 でも、スーザンは内心思っていたはずだ。

 自分は、「完璧な天使」として彼の思うがままに改造されることに甘んじるか、さもなくは、全く無価値な、それこそ肉体交渉のあとのティッシュみたいな無価値・・・いや「無」そのものとして突如さらりとゴミ箱に入れられてしまうかの、二者択一を突きつけられている!!

 こんなザナドゥの地獄に幽閉されるくらいなら、夫に、財産目当てのファム・ファタールとして罵(ののし)られる方が、百倍幸せとすら、彼女は感じていたかも。

 人は、「相手にとっての善」か、「相手にとっての悪」かの振幅にはまだしも耐えられる。

 しかし、

 「相手にとってのすべて」か、それとも「相手にとっての無意味」か・・・・の振幅には耐えられない。

 後者のような対人関係様式しか相手に提示できない人のことを、真の意味での「ナルシスト」(自己愛人格障害)と呼ぶ。

 つまり、ケーンこそ、映画の中で描かれた、史上もっとも強烈な自己愛パーソナリティなのだ。

 そこには、「自分にとっての完璧な操り人形」か、雨の中に打ち廃(すて)られた、もはや省みることもない「廃棄物」という形でしか、パーソナルな人間関係を結べない人間の、ほんとうに底知れない孤独の世界が口を開けている。

ayumi hamasaki ASIA TOUR 2008 ~10th Anniversary~ [DVD]
(↑今の部分を書いていて、思わずayuの"marionette"のビジュアルを連想したので。)

 ケーンにとっての、唯一例外的な、この世における人との絆として信頼できる「移行対象」(ライナスの毛布)、それが、生みの親のもとでの少年時代の遥かな記憶を今につなぐ、「ばらのつぼみ」だった。

 しかし、その「ばらのつぼみ」という宝物は、誰にもそのパーソナルな価値を再発見されることなく、まさにただの燃えるゴミになってしまうのである。

 こうして、映画の物語をみる観衆(の中の、孤独なナルシシズムへの免疫を幸いにして形成でき、しかも、柔らかい皮膚と心の産ぶ毛を失わないまま「サバイバル」できた、幸いなる人たち)にのみ、亡きケーンの体感していた空しさの核心は共有され、癒されて、この映画は終わるのだ。


市民ケーン(1941) - goo 映画


*****


 ここまで書けば、「マイ・フェア・レディ」のコックニー訛りの花売り娘イライザをレディにしようとしたヒギンズ教授のダークサイドがケーンであることを、これ以上説明しなくてもいいでしょ?


市民ケーン [DVD] FRT-006

マイ・フェア・レディ [DVD]

マスターソン/自己愛と境界例

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2008/09/24

昨日からにほんブログ村に参加しています。どうかよろしく!!(第2版)

 すでにお気づきの方もあるかもしれませんが、やっと昨日午後から参加しています。

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 私のプロフィールはこちらです。


 《2008/9/25 19:08更新》

・メンタルヘルスランキング 573位 -5167サイト中
 └心理カウンセリングランキング 14位 -130サイト中
・音楽ランキング 1022位 -9033サイト中
 └女性ミュージシャン応援ランキング 8位 -60サイト中
・ニュースランキング 392位 -2540サイト中
 └ニュース批評ランキング 60位 -226サイト中
・総合ランキング 29793位 -218968サイト

です(^^)

今後は、以下のクリック、どうかよろしく!


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2007/04/06

中島みゆきの、夜会 Vol.8、「問う女」

 

 我ながら、自分の、いいものを「目利きで」選ぶセンスには、もっと自信を持ってもいいのかもしれないと思った(^^)

 「問う」
 「話す」
 「聞く」
 「聴く」
 「訊く」
 「通じる」
 

.......こうした事柄について、これだけいろいろな思いを招き寄せる作品を味わえることは、私にとって何とも幸せな体験である。

 言葉を「防壁」にして生きていた女性が、
 言葉の「通じない」女性に
 自分の気持ちを「通じさせたく」なった時、
 彼女は、人生の鍵と、人生の悲劇に真に直面する。

......これ以上は、no more words。

******

 細かい公演日時までは確認していないが、2000年発売ということは、最低で8年前。

 .....ということは、今の私と同い年あるいはそれ以下のみゆきさんということになる。


.......か、かわいい!!


 いいかね、ayu様、

 何をやって生きて行くにしても、40代後半になっても、こういう点ではみゆきお姉様という先達のことを忘れてはなりませぬぞ(^^)

 それを心して、香港公演も成功させなされ!!

 (ayuが「かわいい」というのを褒め言葉と感じるらしいと雑誌で読んだので、半分「わざと」書いてしまおう)

※なお、みゆきさんが放送局のシーンでつけているのは、90年代末期のパイオニアのヘッドフォンだと思います(^^).....持ってたことはないですが。

******

.......ということで、またもや恒例、記事にちなんだ、こういろう愛用の品、アフィリエイト。

 タイ国にちなみまして、

三角枕 マットレス一段つき

 行ったことないけど、タイのおみやげの定番のひとつらしいですね。

 写真から想像されるより、この3角形は大きい。30センチ近い高さになる

 つまり、真っ先に想像されるであろう、この三角形の「頂点に」首筋をのせるという使い方、可能だけど、写真だけから想像されるほど、実際には不自然な姿勢は求められません。

 綿がいっぱい詰まっているロールをつないだみたいな形なので、ウレタンやマットレス製でこうした形を作った場合を想像するよりはよほど「硬くてしっかりしていて変形もしない」ともいえるし、骨材になるものは何もないので、「思ったより柔らかくて肌になじみ、長時間肌が接していても程よく暖かいけど汗ばまない」とも言えます。

 写真のバージョンは、「座椅子」として使うのに最適なマットの長さ。

 さっきも言ったように、芯材とかないので、これを使って「雑魚寝」みたいな態勢をとっても、意外と段差は邪魔になりませんが、ほんとにゆったりしたい人は、マット2段組み、3段組みの製品が(値はその分張りますが)いいかも。

 使用時に長過ぎる分は、それこそ体育館のマットみたいに「折り畳んで」背もたれの一部にししてしまえばいいわけで。

 これ、「膝枕」くらいの形で、片肘ついて、横寝して、本やテレビやラップトップパソコンいじる、床やたたみの生活が実は一番心地いいのに.....というものぐさな人には、ベストの角度です!!

 世の中には「膝枕のための『膝だけまくら』」も売られていることは知ってます(持ってません!)が、こっちだと、よほど抵抗ないかと思います(^^)

2007/04/01

「夜会の軌跡 1989-2002」に途中停車

 久々にみゆきお姉の方です(^^)

 「夜会」については、少し前にやっと「Vol.13 24時着 0時発」をDVDで観た(その時の感想はこちら)のと、数年は前にNHKのBSで組まれた番組の中で出てきた分しか知らないままだったのですが、一種のオムニバス盤みたいのものなんでしょうが、「夜会の軌跡 1989-2002」を中古市場で入手いたしました。

 Vol.13を観てただけでも、こうやって特定の場面だけを切り出されても、何となくストーリーの展開やメッセージの質が予感できる気がして、何も違和感なく堪能できてしまいました(^^)

  それにしても、この人は最初から最初から演技の才にも恵まれていて、曲の持つイメージと一分の隙もなくステージ(というか、舞台というか)で表現できるという点では希有な才能の持ち主だとつくづく思わされた次第である。

 完全に自分の中でビジョンが見えているというか、自分がどのように客席から映っているのかを、幽体離脱して観客の中に憑依して観察もできてしまい、自分の期待した効果を瞬間瞬間に実際に上げていくことができているという感じなのではないかと思う。表情、仕草、声の出し方、すべて皆そういう感じ。ある意味では、「あざとさの極限」なんだけど、それが極限だからこそ、少なくともみゆきのファンにとっては、「はい、これが私の望んだとおりのみゆきお姉でごさいます」とばかりに歓喜のままに受け入れるしかなくなる。

 逆に言うと、みゆきのファンではない人には、それが鼻について仕方がなくなるだろうけど、そういう人は、すでにみゆきの曲や詞の醸し出す「体臭」そのものが苦手な人が多いだろうから、そういう意味では絶妙に「棲み分け」が成立するだろう(爆)

 ともかく、ここまで視聴覚総動員した表現者として「みゆきワールド」を提示できる才覚に彼女が恵まれていたことそのものが、お姉のファンになれた人にとっては、実はものすごい希有で贅沢な賜物として感謝するしかなかろう。

 これからも、個々の過去の夜会で映像が残っているものについては、焦らず、マイペースで収集して味わい、このブログでも感想を書いていくつもりである。

 今回に関しては、Vol.8「問う女」よりの「あなたの言葉がわからない」が、特にみゆきチックと感じて印象に残った。何か私好みのテーマ性がありそうなので、次はこれでいくか!!


 

2007/03/28

シリアスはギャグ、ギャグはシリアス

 シェイクスピアの「マクベス」に出て来る3人の魔女が、

 「きれいはきたない、きたないはきれい」

と呪文のように唱えるのをご存知の方は少なくないかと思います。


 ユングの「無意識の補償作用」を引き合いに出すまでもないかもしれませんが、人間、意識的に「まじめに」生きようとばかりすると、邪悪なものや退廃をいつのまにか引き寄せ、いつの間にかその当事者になることが多い。

 テレビでの映画放映やクレージー・キャッツの歌を中心に拝見することが中心でしたが、私が植木等さんのキャラクターのプレゼンスに感じるのは、ここにひとりの「誠実な」人がいるなあ、という思いでした(もちろん、「シャボン玉ホリデー」の本放送を子供心に見ていた世代でもありますが。確か、一年間、「8時だよ全員集合」のピンチヒッターもありましたよね)。

 最近、私が子供の頃からテレビで親しんだ俳優の方が何人かお亡くなりですが、植木等さんの死は、そうした中でも、ふと、さびしさを強く感じさせられました。

 僧侶の跡取りでもあったことは存じ上げていましたが、msn=毎日によれば、浄土真宗だったとは。お父様は、戦前の、真宗改革運動の闘士だったとお見受けしました。

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

2006/07/14

音抜けが圧倒的に良く、決して低域がダブつかない、究極のオールラウンド密閉型ヘッドフォン!!(第4版)

HEADPHONE(ヘッドフォン)STANTON(スタントン) DJPRO3000STANTON(スタントン)/ DJ PRO 3000

 さて、忘れた頃にやってくる「万国iPod用ヘッドフォン大博覧会」、続編です。

 しかも、この製品の紹介ぐらい、「意表を突きまくった」チョイスはないことだろうと思います。

(それより、あの、ディープなカウンセリングの記事を書く「こういちろう」のブログだよね......と、最近からの読者の皆様、愕然としないで下さいね。私のブログのあり方そのものが「意表を突きすぎて」いる???

 もっとも、以前すでに、ピカリングのOEM供給のVESTAXDM-01を紹介したくらいではありますから。

 昔、アナログカートリッジで著名だったメーカーのかなりの部分が、ヘッドフォンの制作に比重を移すことで生き延びたケースは、、日本では、オーディオテクニカ、外国ではSHURE(シェアー)が典型です。

   要するに、
   「針先の振動をコイルで電流に変換する技術」
   と、
   「電流をヘッドフォンの小型スピーカーという、
    実際の音の振動に変換する技術」

どちらもコイルが絡むわけで、しかもそこには、単なる音響工学を超えた、職人的な音のセンスの伝統が決定的です。何しろ、耳たぶの形や耳道は人によってまるで違う

 ...が、もともと、アナログDJ用の、要するに、ターンテーブルの「逆走に強い」「乱暴にビックアップを上げ下げされてもびくともしない」針の構造を持っていたスタントンピカリングが、現在もアナログカートリッジやプレーヤーを含む、現役バリバリのDJ用品総合メーカーであり続けている、というあたりになると、実は、DJに興味のある人(秋葉原でも、特別な大型店でない限り、「DJ用品専門ショップ」に通う人)か、アナログ再生に今でも関心を向けているオーディオファンしか、もはや視野に入っていないことが多いということになるかと思います。

 まして、スタントンピカリングアナログカートリッジ「クラシック向きではない」という評価が、少なくとも昔は高かったので、いよいよプロ・アマ問わず、DJの世界でのみ著名という構造が定着し、それを、こともあろうにiPodを聴くためのヘッドフォンとしての選択範囲に入れるなどという発想は、通常はないと思います。

****

 さて、今回ご紹介のSTANTON(スタントン)/ DJ PRO 3000に話を戻しますと、

   この機種、何と日本では
   11,000-13,000円
   の価格で売られています!!

 大抵の「高級」iPod用ヘッドフォンやイアフォンより安いわけですね!!

   ところがどっこいぎっちょんちょん、
   驚異の音です。

 クラシックからロック、トランス・ミュージック、浜崎あゆみを含むJ-POP、昔の歌謡曲やフォーク、古いアナログ録音から最新のデジタル録音まで何でもOK!!

 いわゆる、 アメリカの「ウェストコースト」サウンドそのものであり、ある意味では、湿度の低い「サラリとした」音です。

  この点では我が愛器、GRADO(グラド)/ SR325I(ただしそちらはものの見事な後面開放型)が持つ、音の移ろいに大変敏感な繊細な生々しさ緻密さと両立する、圧倒的なパワーと「熱さ」、とはかなり異質なのですが、

    両チャンネル間の音場空間の
    細やかな端正さ(位相特性の良さ)、

    低音が決してボンボンいわない、
    ハイスピードでタイトにゴリゴリと押してくる
    エネルギー感のすばらしさ

という点では、大抵の密閉型の常識を覆します

 クラシックですら、録音が古いものは古いなりの周波数帯域の狭さを実感させつつ、でも、ものすごい解像度で、独特の品格のある音の世界を作ります。

「ドンシャリ」に全然ならないんですよ!!

******

 ちなみに、音量にあわせて左右についた青色ダイオードがチカチカ発光する仕掛けがついています。しかしこれはスイッチでON/OFFできます。発光させても音が変わる感じがまるでしないのは見事です。

 インピーダンスを3段階に切り替えるスイッチもついていますが、これは中間の標準のままで、iPodでは耳が痛いくらいの音量が出ますので、いじらなくてもいいはずです。

 ちなみに、フライホイール部をベッドバンドの中に折り畳んで小さく収納できますけど、基本的にはかなり堅牢な構造の部類でしょう。ただ、「重く」はないけど「軽い」と言う部類にはいれられません。私のグラドの方が堅牢度は高いのに軽量で、頭への圧迫感は低いです。でも、耳を覆ってしまう密閉型大型ヘッドフォンの中では、これでも軽い部類でしょう。この辺はさすが、DJがかなり身体を動かしながら機械の操作をすることを考慮していますね。また、ヘッドフォン本体へのケーブルを根っこから着脱して別にできます


******

 欠点をいくつか上げます。

 1.標準装備の、ステレオ標準ジャックからミニジャックへの変換プラグがあまり上質ではない。ビニール系のペナぺナした音に私は感じます。

 この点については、以前ご紹介したように、テクニカやソニーやビクターから出ている、オール金属削りだしタイプの変換プラグに、、スーパーの台所・水廻り用品売り場や、TVアンテナケーブル売り場で「防水用テープ」として売っている程度の、あまりベトベトしない[UT-19] 融着テープ 19mm×1M「ブチル(自己融着)ゴム」テープを、

   「分厚く」
   「何重にも」
   「引き延ばしながら」

巻き、表面がべとつかないように、ティッシュか布で巻いて「鳴き止め」加工を自分でなさったものがお薦めです。

Henkanplug
 以前の記事ではその実物はお見せしなかったので、今回は私のを写真にとってお見せします。

 ちょっと写り具合の関係で、ブチルがむき出しすぎに見えるでしょうが、私が使ったブチルが柔らかめのものだったので、ティッシュを二枚重ねのまま、数日ごとに更に3、4重巻いてということを、最初の1ヶ月は続けました。黒いゴムは「ティッシュを透かして」見えてるだけで、実際には手も汚れません。

 でも、ブチルの中にティッシュは数ヶ月単位でいえば、長期間のうちに次第に「沈み込んで」いきます(^^;)し、これからは夏場の温度上昇で柔らかくなることも考えられますので、月に一度ぐらいはティッシュを更に上から巻く作業は必要かもしれないし、尖ったものがぶつかると、そこからブチルがしみ出して、他のものを黒く汚す危険はあります。

 まあ、そこまでするか? は、

     「マニアの世界」

と割り切ってくださいね(^^;)

 表面をこれ以上加工すると、今度は「その素材の」音が出る可能性があります。ビニールテープとかの方がよほどのりがはみ出して汚くなるんですよ。私の予感では、ブチルゴムの表面にとかを巻くと、仮に音が変わっても、少なくとも嫌な音には変化しないだろうと思います。

 ブチル巻かなくてもオール金属削り出しのブラグの方が音がすっきりするのはわかるかと思いますので(そんなら最初からそう書けって? でも、高域に輝きが出過ぎ、低域も引き締まらない可能性はあります)

*****

欠点その2:

  密閉型のはずなのに,
  外への音漏れかなり大きい

イヤパッドが少し堅めなんですよね。

少なくとも、例えば、

新幹線の中で、隣に座っている人に迷惑をかける可能性、

●夜行寝台の個室でないB寝台車で上下や向かい側の人寝るのに迷惑をかける可能性

はあるでしょう。通勤電車や、国内線の(....というか、乗客の多くが仮眠をとる「長距離国際線」では「ない」)飛行機の中や、街頭では、耳掛け型やオープンエアよりは「よほど」シャリシャリした音漏れ少ないので大丈夫とは思いますが。

*****

あとは、ヘッドバンドにデカデカと描かれた、

STANTON

の、ロゴマークを、

ファッションの一部だい!!」

開き直れる度胸

がすべてです。

ともかく、私の常用ヘッドフォンに一気にのし上がった逸品です。

2006/07/13

あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(第3版)


ispot ココロとカラダの癒しすぽっと検索ispot
会員の皆様、はじめまして。

 神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」を開業しております、臨床心理士(資格証明書↑)の資格を持つカウンセラーの、阿世賀(あせが)と申します。

(「臨床心理士」ですが、「医者」ではありません)

 20年近くにわたる、大学学生相談と、社会人の方を中心とするカウンセラーのキャリアを経て、2005年7月11日に独立開業いたしました(ちょうど1周年!)

 臨床心理士と共に、アメリカに本拠を置く、フォーカシングのNPO国際組織、"The Focusing Institute"から、

  ○フォーカシング・トレーナー
  ○フォーカシング指向心理療法(FOT)セラピスト

更に、

  ○コーディネーター
  (トレーナー、FOTセラピストの養成、資格認定資格者)   

としての国際資格を頂いております。

 フォーカシングを学べる場所は日本各地に数十箇所ありますが、土日、平日問わず、定休日以外、一日8時間開業しており、しかもその相談機関の公式名称そのものに「フォーカシング」を冠した常設相談機関は、不肖私が、「日本初」のようです(2006年7月13日現在)。

*****

 では、私に相談して下さる場合に、その「フォーカシング」という技法だけが使われるのか.....ですって?

 いえ、そんなことはありません!!

 私が開業をする際に心に決めたこと、それは、地域に溶け込む、

   「町医者」ならぬ、

   「町のカウンセラー」

になるぞ!! ということでした。

 「町医者」は、もちろん重たい疾患の場合でしたら、検査や入院・手術のの施設の整った「専門の病院」や「地域の中核となる総合医療施設」、「大学病院」などを紹介するでしょう。

 でも、「町医者」は、とりあえず「内科」の看板を抱えていても、傷の応急手当のような「外科」的な緊急処置もとらねばならないでしょう。「目や耳にゴミが入って取れない」という訴えにも応じなければならない。時には、時間の余裕があれば、孤独な老人の話し相手にもなるのが自然かもしれませんよね。

 実は、「現場カウンセリング」というのも、そのような「町医者」と、似たところがあると思っています。

 現実の医療現場では、特に緊急の場合、

「私は『内科医』だから、『外科』『脳神経外科』『婦人科』がふさわしい方は最初からお断りします」

.....なんてことないでしょ? 

 必要な基本的診察はした上で、患者や家族が必要以上の動揺しないようにいさめた上で、自分で対応できないと感じたら他院への紹介状を書いたり、連絡先は教えるでしょう? 一刻を争うようなら救急医療の手配までしてくれるでしょう。

 これと同じようなことがカウンセラーにも必要だと思います。 

 「ストーカーの被害に遭っているんです」
 「.....それじゃ警察に行きなさい」

 「キャッチセールスにひっかかったようです」
 「....それなら、消費者センターに電話しなさい」

 「リストラの後、仕事が見つからなくて、困っています」
 「....それなら、ハローワーク(職安)に行ったらどうですか?」

だけで終わらせているカウンセラーがいるとすれば、

  「そんなことは、とっくにわかっている」
   はずのその人が、
   なぜ「カウンセリングの」門をたたいたのか

という、「一番大事な」その人の「思い」を見落としていると思うんですよね。

 もちろん、私も、それが適切と考えれば、警察や医療、地域精神保健、消費者センターなどを速(すみ)やかにご紹介しますし、そういう外部機関との関わり方についての「コツ」も伝授いたします。

 でも、恐らくその人は、

  「誰にも相談できない」という、
  「孤立無援」の思い

を抱えて、行き詰まった果てに、まずはカウンセラーの門をたたいた、ということは、決して忘れてはならないと思っています。

******

 あと、もうひとつ、

    なかなかよそでは読めない、
    「ホンネの話」

を書きますね(^^)

 カウンセリングや心理療法、いろんな「流派」「手法」があります。

「精神分析」「分析心理学(ユング派)」「来談者中心療法(ロジャーズ派)」「認知行動療法」「行動療法」「論理療法」「森田療法」「内観療法」「催眠療法」「箱庭療法」「絵画療法」「プロセス指向心理療法」「解決指向(ソリューション・フォーカスド)心理療法」「EMDR」などなど。

 どの療法が「すぐれている」かですって?

 実は、特殊なケースを除くと、

  ある「療法」より、
  別な「流派」の別の「療法」の方が
  効き目がある

なんていうことは「ほとんど全くない」ですよ!!

 どの「流派」を看板に掲げていても、大抵のクライエントさん(相談においでになる方)にとって、

  いいカウンセラーはいいカウンセラー

なんです!!

 おもしろいもので、そういう、各流派の「達人」の域に達したカウンセラーの人同士は、

  「カウンセリングのエッセンス」

のところではお互いに予想外に理解し合えるし、他流派のカウンセラーの方々からも尊敬され、その他流派の「達人」の発言や著作に、感銘を受け、耳を傾け、謙虚に学ぼうとするものなのです。

 私も、まだとても「達人」の域には届きませんが、20年のキャリアの中で培われた「経験値」のすべてを動員して、皆様のお役に立てるように努めるつもりです。

*****

 実は、そういう「現場から学ぶ」経験値を高める上では、「私が」何より「自分個人のための」スキルとして、フォーカシングを学んできたことは、「私にとって」役に立ってきたという確信はあります。

 そして、皆様にとっても、フォーカシングを学び、身につけることは、例えば、

「経営者として」
「営業担当として」
「インディーズの街頭ミュージシャンとして」
「ファッションデザイナーとして」
「理系の研究者として」
「求職中のリクルーターとして」
「コンビュータのSEとして」
「役者として」
「地域の自治会役員として」
「専業主婦として」
「サーファーとして」
「イラストレーターとして」
「運動選手として」
「浜崎あゆみのコンサートツアーの『追っかけ』として」
「牧畜業者として」
「趣味のオーディオファンとして」
「新聞記者として」
「フリーターとして」
「テレビ局のディレクターとして」
「政治家として」

そして、

「カウンセラーとして」

のあなたの「経験値」を、分野に関係なく、

   「最大限に効率よく」

高めるものではないか.....とは、思っています。

(2006/7/12 23:38 記)

================

以上、
ispot ココロとカラダの癒しすぽっと検索
「支店」Websiteの、「メッセージ」という、私が自由に書き換え可能な部分に掲載した文章のタイトルまで、そのまんまの転載です。

*******

 7月11日に開業一周年を迎えました。
 
 その節目に当たり、

この文章ほど、私の経営理念を、現段階で「総括」した文章はない、

という確信が持てました。

 そして、

  なぜこのブログが、
「こういう」何でもありのブログなのか

についても、これ以上の解答はないとも自負いたします。

*******

 なお、私がこの「メッセージ」を書く時に、絶えず脳裏に浮かべていたのが、中島みゆきの中島みゆき/銀の龍の背に乗って銀の龍の背に乗ってであり
中島みゆき - 恋文 - 銀の龍の背に乗って

(アルバム【CD】中島みゆき / 恋文 <2003/11/19>「恋文」
および、スタジオライブDVD、ライヴ!〜Live at Sony Pictures Studios in L.A."Live at Sony Pictures Studios in L A."収録)

であり、しかも正確には、中島みゆき/歌姫 LIVE in L.A.収録のブロモーションビデオの方の映像が脳裏に浮かび続けていたことは、白状しておきます(^^;A

つまり、◆ただいまポイント2倍! Dr.コトー診療所 スペシャル・エディション 1 ◆20%OFF!「Dr.コトー診療所」っぽかったりして?(ちなみに、私はこのTVドラマ,全然観てませんので)

いかにも、過ぎる?
 iTunes Music Store(Japan)

2006/05/14

「ラ・マンチャの男」はメタフィクションのメタフィクション!!(第2版)

「ラ・マンチャの男」はじめて観ました。

ピーター・オトゥール, ソフィア・ローレンによる1972年版の方です。

Donquijote
原作、「ドン・キホ─テ」はまだ2巻目の途中を読んでいる段階ですが、原作の持ち味を全く損なわない、見事なミュージカルだと思います。

「騎士への叙任式」「風車への突撃」をはじめとする、人口に膾炙した有名なエピソードは岩波版第1巻に集中しているということもありますし、原作全体に親しんでいる人でも、絶対抜かして欲しくないだろう台詞や言い回しはそのまま出てきますし、「あ、これはあのエピソードにこれから入るな」というのがすぐにピンとくる。

(ただし、字幕の「悲しみの騎士」ではつまらないのだ。岩波版の「愁(うれ)い顔の騎士」でないとやはり)

私は、エル・シド〈デジタルニューマスター版〉 ◆20%OFF!映画「エル・シド」をきっかけに、
Elcidbookスペインの碩学ピダルによる
「エル・シッド・カンペアドル」

Fletcher_elcidイギリスの歴史学者、リチャード・フレッチャーによる「エル・シッド 〜中世スペインの英雄〜」

そしてそれこそスペインの騎士英雄武勲詩の初期の代表作のひとつ、
Elcidbunko「我らがシドの歌」を読んでますし、

Spanishnithehistoryビタルの「スペイン精神史序説」

Spainnnorinen_1ガニペー「スペインの理念」など、
その背景にあるスペインの中世についての本を立て続けに読んできてます。

更に、
Chuuseiknightブルフィンチの「中世騎士物語」でヨーロッパ中世の騎士物語のあらまし全体を押さえ、

そもそもフランスの中世初期シャルルマーニュ武勲詩の代表たるロランの歌「ローランの歌」は中学時代からの愛読書。

ですから、スペイン騎士物語の膨大な読書、ほとんど諳(そらん)じて自在に使いこなせる域にあったセルバンテスと、その作中人物たるドン・キホーテが、すぐに何かというと、

「エル・シド・ルイ・ディアスはこう言った」

「ローラン(スペイン語ではロルダン、ロトランドなど)はこういうことをしたことになっているの『だから』間違いはない」、

などと持ち出すことを繰り返すので、武勲詩や騎士物語の決まり文句やありがちの展開や文章のノリには親しんでいる私は、いきなり「ラ.マンチャ」や「ドン・キホーテ」に接した人より凝った楽しみ方を結果的にできていることにはなると思います。

(今のように次々本を並べだすこと自体が、何かしらドン・キホーテその人じみてくる)

*****

もっとも、原作のドン・キホーテそのものが、とても1605年に初版が出されたとは信じられないくらいに、予備知識ゼロで今いきなり読んでも多くの人に新鮮に楽しめるくらいに見事な「エンターティメント」として全く古びていません。

岩波版の翻訳者の牛島信明氏が、腹の底からドン・キホーテにのめり込んできた人で、ほとんどドン.キホーテかセルバンテスの霊が乗り移ったのでないかといいたいくらいに、すばらしい生き生きとしたわかりやすいし調子のいい「演劇的」文体で訳しておられる(2001年の新訳です)ことのすばらしさ。

「すべての小説はドン・キホーテにはじまる」

という言葉すらあるそうですが、映画や漫才から「うる星やつら」の高橋留美子に至るすべてのエンターティメント作家が、一度は「ドン・キホーテ」に目を通し、影響を受けてきたのではないか

と思わず妄想したくなるくらいに、近代的なスピート感ある、毒の固まりの辛辣なキャグセンスがあるのです。

トン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの異様なまでに饒舌なやりとりは、まさに漫才のボケ突っ込みの最も高度なライブに通じるものがあるかと思います。

恐らく、セルバンテスは、ほとんど推敲もしないまま、成り行き任せのもの凄い速筆で、興に乗ったら怒濤のように書き進めたのではないかと思います。

なにしろそうした結果として生じた物語の矛盾そのものが、物語の続きでサンチョの話の肴(さかな)にされ、ドン・キホーテはそれに確信犯的言い逃れを「印刷所の校正係」まで引きずり出してとうとうと物語るなど当たり前なので、

たとえば、足し算の間違いや、登場人物の名前の間違いは、果たして「誤植」か、セルバンテスのミスか、はたまた確信犯的ギャグなのかを、スペイン文学研究者は、真剣にかつ遊びながら(?)研究してきたという長い歴史があるようです(牛島氏の訳註のつけかたそのものが、半分遊んでおられる気配がある。

****

そう、高度なメタフィクション性こそが「ドン・キホーテ」の近代性でもあります。私が前々回にやった、「ここ以降は草稿が失われている」というのは、原作に出てくる展開でして、そこから物語は、「ドン・キホーテ」の物語そのものが、あるアラビア人によって書かれたアラビア語の物語をムーア人に翻訳させたものだということになってしまう。

どうもそれは内容の過激さに世をはばかってセルバンテスが別名にしたということではなくて、そういう「うさんくさい真の著者探し」そのものが、中世の武勲詩にありがちな現象のパロディのようである。

ついには、原作上巻の出版された後に雨後のタケノコのように現れた、「偽セルバンテス」による「偽ドン・キホーテ」そのものが下巻の登場人物として登場したり、上巻で熱狂的な作品のファンになった貴族すら登場するらしい(まだそこまで読んでないが)。

****

ちなみに、ミュージカル「ラ・マンチャの男」そのものがこれに輪をかけたメタ・フィクション性を持ち、異端として逮捕されたセルバンテスが、宗教裁判がはじまるまで止め置かれた未決囚の監獄の中で、囚人たちを巻き込んで始める劇中劇というスタイルをとっていることは、さすがに松本幸四郎さんによるミュージカルのロングランを通して、人口に膾炙(かいしゃ)しているのではないかと思う。

もっとも、セルバンテスは、同じ年(日付は2日違い)に死んだシェークスピアと違って、役者ではなくてあくまでも小説家であり、「ドン・キホーテ」そのものの、書き下ろしの小説であるはず(この件、間違っていたら、例によって後の版で修正します)。

小説家といっても、実際に下級貴族で、トルコとの「レパントの海戦」(1571)に兵士として参加し、敵にとらわれて囚人だった時期もあり、理想と現実の辛辣なまでの違いを、嫌というほど味わった、世俗の人のようである。そして、主要な作品は、すべて1605年から、1616年、69歳で死ぬまでに書かれている。

つまり60歳近くになって「ドン・キホーテ」は書き始められ、下巻が出版されたのは死の前年ということになる。セルバンテス自身が、ドン・キホーテと同じような精力的なパワフルじいさん(というには早いか)だったと思われます。

下巻の最後のドン・キホーテの死の章だけは既に先に読んでいるが、ドン・キホーテの遺言そのものが、ドン・キホーテという「作品」についての扱いのセルバンテスの後世への遺言そのものでもあるというあたり、老いて突如騎士道物語と現実の区別を失う作中人物のドン・キホーテとセルバンテス自身の区別がどんどん曖昧化してくることになる。

しかし、セルバンテス自身は、どこまでも醒めたまなざしで、ドン・キホーテの物語を対象化し、フォーカシングや、トランスパーソナル心理学でケン.ウィルバーのいう、"disidentification(脱同一化)"する力があったからこそ、ここまで多重のメタフィクション的構造という近代性を持ち込み得たのではないかと思う。

*****

ちなみに、ほんとうに些細な、どうでもいい短い幾つかの箇所について、言葉尻に関して、当時の宗教裁判所からの検閲で削除を明じられたようではあるが、「ラ・マンチャの男」で描かれたような逮捕のされ方まではしていないのではないかと思う(この件も更に調査して、必要あれば後の版で修正、加筆します)

それにしても、1972年版の映画でドゥルネシアを演じたソフィア・ローレンは、野性的な色気があって大変よろしいです(歌声は彼女だけ吹き替えですが)。「エル・シド」で妻のヒメーナ役を演じた後に観ると、いよいよはまりどころと感じられる。だって、エル・シッドにとって、ヒメーナが騎士エル・シドの現実の「想い姫」(=ドゥルネシア)そのものだったわけですし(^^)。

私が一番好きな女優さんはずっとナスターシャ・キンスキーでしたが、これをきっかけにソフィア・ローレンの出演映画も漁(あさ)り出すかもしれない?

少なくとも、ナスターシャ・キンスキーの出演映画については、今後どこかで言及していくであろうことは多いに期待(うんざり)してくださって結構です(^^)(〜〜+)

*****

ちなみに、エル・シドの死後、ヒメーナは、1年数ヶ月ですが、夫の跡を継いで実際にバレンシアの領主をしています。

結局、ヒメーナは、イスラム勢力の盛り返しの中で、バレンシアを捨て、エル.シドの遺骸と、娘たちと共に、ブルゴスにある王室のもとに落ち延びるしかなかったのですが、娘たちもヒメナも、エル・シド自身( ! )も、丁重に扱われ、ヒメナの娘たちの血は、確か今も続くスペイン王室に受け継がれているはずです。

この点も、映画の暗示している結末は「歴史的事実」なのです。

*****

ちなみに、ドン・キホーテやエル・シド関係のクラシック音楽の紹介は、それだけで長い記事になるので別の機会に。

*****

(おいおい、いつになったら、ポラニーの話になるのだ?)

一度タイミングを外すと体験過程の別な局面の方が先に推進していくのである(確信犯)

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