「ラ・マンチャの男」はじめて観ました。
ピーター・オトゥール, ソフィア・ローレンによる1972年版の方です。

原作、「ドン・キホ─テ」はまだ2巻目の途中を読んでいる段階ですが、原作の持ち味を全く損なわない、見事なミュージカルだと思います。
「騎士への叙任式」「風車への突撃」をはじめとする、人口に膾炙した有名なエピソードは岩波版第1巻に集中しているということもありますし、原作全体に親しんでいる人でも、絶対抜かして欲しくないだろう台詞や言い回しはそのまま出てきますし、「あ、これはあのエピソードにこれから入るな」というのがすぐにピンとくる。
(ただし、字幕の「悲しみの騎士」ではつまらないのだ。岩波版の「愁(うれ)い顔の騎士」でないとやはり)
私は、
映画「エル・シド」をきっかけに、
スペインの碩学ピダルによる
「エル・シッド・カンペアドル」、
イギリスの歴史学者、リチャード・フレッチャーによる「エル・シッド 〜中世スペインの英雄〜」、
そしてそれこそスペインの騎士英雄武勲詩の初期の代表作のひとつ、
「我らがシドの歌」を読んでますし、
ビタルの「スペイン精神史序説」や
ガニペー「スペインの理念」など、
その背景にあるスペインの中世についての本を立て続けに読んできてます。
更に、
ブルフィンチの「中世騎士物語」でヨーロッパ中世の騎士物語のあらまし全体を押さえ、
そもそもフランスの中世初期シャルルマーニュ武勲詩の代表たる
「ローランの歌」は中学時代からの愛読書。
ですから、スペイン騎士物語の膨大な読書、ほとんど諳(そらん)じて自在に使いこなせる域にあったセルバンテスと、その作中人物たるドン・キホーテが、すぐに何かというと、
「エル・シド・ルイ・ディアスはこう言った」
「ローラン(スペイン語ではロルダン、ロトランドなど)はこういうことをしたことになっているの『だから』間違いはない」、
などと持ち出すことを繰り返すので、武勲詩や騎士物語の決まり文句やありがちの展開や文章のノリには親しんでいる私は、いきなり「ラ.マンチャ」や「ドン・キホーテ」に接した人より凝った楽しみ方を結果的にできていることにはなると思います。
(今のように次々本を並べだすこと自体が、何かしらドン・キホーテその人じみてくる)
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もっとも、原作のドン・キホーテそのものが、とても1605年に初版が出されたとは信じられないくらいに、予備知識ゼロで今いきなり読んでも多くの人に新鮮に楽しめるくらいに見事な「エンターティメント」として全く古びていません。
岩波版の翻訳者の牛島信明氏が、腹の底からドン・キホーテにのめり込んできた人で、ほとんどドン.キホーテかセルバンテスの霊が乗り移ったのでないかといいたいくらいに、すばらしい生き生きとしたわかりやすいし調子のいい「演劇的」文体で訳しておられる(2001年の新訳です)ことのすばらしさ。
「すべての小説はドン・キホーテにはじまる」
という言葉すらあるそうですが、映画や漫才から「うる星やつら」の高橋留美子に至るすべてのエンターティメント作家が、一度は「ドン・キホーテ」に目を通し、影響を受けてきたのではないか
と思わず妄想したくなるくらいに、近代的なスピート感ある、毒の固まりの辛辣なキャグセンスがあるのです。
トン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの異様なまでに饒舌なやりとりは、まさに漫才のボケと突っ込みの最も高度なライブに通じるものがあるかと思います。
恐らく、セルバンテスは、ほとんど推敲もしないまま、成り行き任せのもの凄い速筆で、興に乗ったら怒濤のように書き進めたのではないかと思います。
なにしろそうした結果として生じた物語の矛盾そのものが、物語の続きでサンチョの話の肴(さかな)にされ、ドン・キホーテはそれに確信犯的言い逃れを「印刷所の校正係」まで引きずり出してとうとうと物語るなど当たり前なので、
たとえば、足し算の間違いや、登場人物の名前の間違いは、果たして「誤植」か、セルバンテスのミスか、はたまた確信犯的ギャグなのかを、スペイン文学研究者は、真剣にかつ遊びながら(?)研究してきたという長い歴史があるようです(牛島氏の訳註のつけかたそのものが、半分遊んでおられる気配がある。
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そう、高度なメタフィクション性こそが「ドン・キホーテ」の近代性でもあります。私が前々回にやった、「ここ以降は草稿が失われている」というのは、原作に出てくる展開でして、そこから物語は、「ドン・キホーテ」の物語そのものが、あるアラビア人によって書かれたアラビア語の物語をムーア人に翻訳させたものだということになってしまう。
どうもそれは内容の過激さに世をはばかってセルバンテスが別名にしたということではなくて、そういう「うさんくさい真の著者探し」そのものが、中世の武勲詩にありがちな現象のパロディのようである。
ついには、原作上巻の出版された後に雨後のタケノコのように現れた、「偽セルバンテス」による「偽ドン・キホーテ」そのものが下巻の登場人物として登場したり、上巻で熱狂的な作品のファンになった貴族すら登場するらしい(まだそこまで読んでないが)。
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ちなみに、ミュージカル「ラ・マンチャの男」そのものがこれに輪をかけたメタ・フィクション性を持ち、異端として逮捕されたセルバンテスが、宗教裁判がはじまるまで止め置かれた未決囚の監獄の中で、囚人たちを巻き込んで始める劇中劇というスタイルをとっていることは、さすがに松本幸四郎さんによるミュージカルのロングランを通して、人口に膾炙(かいしゃ)しているのではないかと思う。
もっとも、セルバンテスは、同じ年(日付は2日違い)に死んだシェークスピアと違って、役者ではなくてあくまでも小説家であり、「ドン・キホーテ」そのものの、書き下ろしの小説であるはず(この件、間違っていたら、例によって後の版で修正します)。
小説家といっても、実際に下級貴族で、トルコとの「レパントの海戦」(1571)に兵士として参加し、敵にとらわれて囚人だった時期もあり、理想と現実の辛辣なまでの違いを、嫌というほど味わった、世俗の人のようである。そして、主要な作品は、すべて1605年から、1616年、69歳で死ぬまでに書かれている。
つまり60歳近くになって「ドン・キホーテ」は書き始められ、下巻が出版されたのは死の前年ということになる。セルバンテス自身が、ドン・キホーテと同じような精力的なパワフルじいさん(というには早いか)だったと思われます。
下巻の最後のドン・キホーテの死の章だけは既に先に読んでいるが、ドン・キホーテの遺言そのものが、ドン・キホーテという「作品」についての扱いのセルバンテスの後世への遺言そのものでもあるというあたり、老いて突如騎士道物語と現実の区別を失う作中人物のドン・キホーテとセルバンテス自身の区別がどんどん曖昧化してくることになる。
しかし、セルバンテス自身は、どこまでも醒めたまなざしで、ドン・キホーテの物語を対象化し、フォーカシングや、トランスパーソナル心理学でケン.ウィルバーのいう、"disidentification(脱同一化)"する力があったからこそ、ここまで多重のメタフィクション的構造という近代性を持ち込み得たのではないかと思う。
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ちなみに、ほんとうに些細な、どうでもいい短い幾つかの箇所について、言葉尻に関して、当時の宗教裁判所からの検閲で削除を明じられたようではあるが、「ラ・マンチャの男」で描かれたような逮捕のされ方まではしていないのではないかと思う(この件も更に調査して、必要あれば後の版で修正、加筆します)
それにしても、1972年版の映画でドゥルネシアを演じたソフィア・ローレンは、野性的な色気があって大変よろしいです(歌声は彼女だけ吹き替えですが)。「エル・シド」で妻のヒメーナ役を演じた後に観ると、いよいよはまりどころと感じられる。だって、エル・シッドにとって、ヒメーナが騎士エル・シドの現実の「想い姫」(=ドゥルネシア)そのものだったわけですし(^^)。
私が一番好きな女優さんはずっとナスターシャ・キンスキーでしたが、これをきっかけにソフィア・ローレンの出演映画も漁(あさ)り出すかもしれない?
少なくとも、ナスターシャ・キンスキーの出演映画については、今後どこかで言及していくであろうことは多いに期待(うんざり)してくださって結構です(^^)(〜〜+)
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ちなみに、エル・シドの死後、ヒメーナは、1年数ヶ月ですが、夫の跡を継いで実際にバレンシアの領主をしています。
結局、ヒメーナは、イスラム勢力の盛り返しの中で、バレンシアを捨て、エル.シドの遺骸と、娘たちと共に、ブルゴスにある王室のもとに落ち延びるしかなかったのですが、娘たちもヒメナも、エル・シド自身( ! )も、丁重に扱われ、ヒメナの娘たちの血は、確か今も続くスペイン王室に受け継がれているはずです。
この点も、映画の暗示している結末は「歴史的事実」なのです。
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ちなみに、ドン・キホーテやエル・シド関係のクラシック音楽の紹介は、それだけで長い記事になるので別の機会に。
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(おいおい、いつになったら、ポラニーの話になるのだ?)
一度タイミングを外すと体験過程の別な局面の方が先に推進していくのである(確信犯)
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