ハンガリー

2010/10/16

"Durch Leiden Freude!! -のだめカンタービレ in ヨーロッパ 後編-

 いきなりドイツ語でスミマセン(^^)

 クラシックファンの方でしたらおなじみでしょう。

 

 「苦悩を経て歓喜へ」・・・ベートーヴェンのモットー。

 「ドゥルヒ・ライデン・フロイデ」と読めば、日本語発音のカタカナ標準ドイツ語としてはほぼ十分でしょう。

のだめカンタービレ in ヨーロッパ [DVD]

※ ↑ 【要注意】 すでに述べましたが、セル版は「前後編」二枚組のようです。お間違いなく!! 二重に買わないで下さいね!!

 「パリ編スペシャル」後編は、前編とは打って変わった、ウェットなストーリー。

 ここまで千秋とのだめのロマンスが「全面に」押し出されることは、ここまでのドラマ化部分では皆無
でしたね。

 しかもそれが、パリ留学後、のだめの前に立ちはだかることになる、演奏家として成長する上での最大のスランプの問題と完全にシンクロさせて描かれている。

 原作の圧縮もかなりあろうかとは思いますが、これは、驚くほど高度なドラマ作りです。

 うーん、パリ編でつまづいたと感じる人たちもいるらしいですけど、ここで描かれている男女の機微は相当踏み込んだものがありますよ。これは視聴者が十代のうちは、ちょっとまどろっこしくって、イライラするかもしれませんね。

 ・・・・まあ、そのあたりは、これ以上具体的には触れずにサラリとかわすのが、今年50歳にもなった、人生いろいろのおじさんの節度ということにしておきましょう(^^)

*****

 さて、恒例、音楽(演奏)を大真面目に評論する、当ブログのポリシー、続けさせていただきます(^^)

 やっとのだめ作曲、「もじゃもじゃ組曲」の実物が「聴け」ました(^^)

 敢えて言うと、エリック・サティ(ドビュッシーと同じ頃にパリで活躍)の「官僚的なソナチネ」あたりを思わせる気まぐれさがある、実はマジに遊び心満載の、単純なようで実は凝ってる曲です。

 パリ・コンセルヴァトワールのオクレール先生が関心を示すのも、全く自然ですし、ここで先生のダメ出しが忽然として止まる・・・という物語設計は卓抜です。

 サティの、「官僚的なソナチネ」という珍曲(?)を聴いてみたい方は、以下のアルバムに含まれています:

高橋悠治/サティ:ピアノ作品集(2)

↑ 高橋盤、昔は、誰もこの世に知らない人はいないであろうくらいにメロディは有名な、サティのスマッシュ・ヒット、「ジムノペディ」第1番、および、これまた絶対誰でも耳にしている、ワルツ「ジュ・トゥ・ヴゥ」と抱き合わせだったのに、今は分割されてる・・・少しその意味では、お勧めを遠慮気味にするしかなくなったか(^^;)。

******

 それにしても、いくら孫・Ruiの演奏への「屈折しまくった嫉妬」があったとしても、この「後編」前半でののだめの演奏は、本当に生彩がない演奏で、聴いているだけでかわいそうにマジになります。・・・でも、そう演出すること自体が、絶対にこのドラマには必要だったのです。

 ・・・・う、このように書いてしまうと気づきました。のだめの演奏の個々の曲の演奏評を、今回は全面的に控えてしまう方が、まだご覧になったことがない皆様への心配りでしょうね(^^)

*****

 ただ一点。この点だけは重要な物語理解上の解説。

 特にヨーロッパ人の場合、クラシック音楽の背景として、「教会音楽」に日常的に馴染んでいることは圧倒的な裾野を生み出しているのであり、これは日本人がクラシック音楽を学ぶ際のひとつの大きなギャップになること。その点で、モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」の使いどころが見事!!

(これは、茂木さんのアドバイスで、原作を「敢えて」意識的に変えている部分だそうですね)

 指揮者ならずとも、ピアニストにですら、アナリーゼ(曲の分析)や音楽史の勉強がどれだけ大事かという点について、日本とヨーロッパの音楽教育に、確かに圧倒的な落差があるらしいこと。

 マジに、コンセルヴァトワールの教育スタイルの再現に近いのだと思います。

*****

 さて、物語の最後に、またもや千秋君による、ブラームスの「交響曲第1番」が、「パリでの」演奏として登場します。

 このオーケストラの実態は、実は「プラハ放送交響楽団」という、チェコの首都プラハで、チェコ・フィルの次の格式があるオケです。

 一般に、ヨーロッパの「放送交響楽団」というのは、オペラ座のオーケストラとか、コンサート専門のオケに比べると、独自の「色」を強く出さないようにする伝統があるかと思います。

 (それでも、ドイツの放送交響楽団の頂点というべき、バイエルン放送交響楽団まで上り詰めると、特にクーベリック時代は独自の音色が濃厚にあり、いかにも南ドイツの音色+チェコ出身のクーベリックの音でしたが)

 でも、劇場版「最終楽章」前編の記事でも書きましたが、チェコのオーケストラの音色は独特の柔らかく融け合う伝統があります。

 ただ、それを、ドヴォルザークのスラブ舞曲とか、本当に民族色が強い曲をやる時だけ、独特のすすり泣くような弦の音色を意識的に出して、「扇情的」にもできるんですが。

 あくまでもそれはスメタナやドヴォルザークの一部の曲で意識的に打ち出すだけのこと。その「お国もの」での「泣き節」を控えると、まろやかさが全面に出る

 (この点では、プラハと目の鼻の先のあるはずのヴィーン・フィルの音色の方が、実はドイツ・オーストリアの楽団全体の中でも「異端児」・・・ある意味で「19世紀最後の頃のウィーンのままの重要無形文化財」的音色といえます)

 さて、チェコのオケの音色は、今述べたように、本来くすんだ音色でもありますが、バリバリの北部ドイツのオケ(例えばベルリンやハンブルク)、いや、中ライン地域(ボンとかハノーファー)の硬質さだったら、とても「のだめ」のための「パリでの演奏」の吹き替えには使えません。かつてインバルが常任をしていたフランクフルト放送交響楽団でも何かやりにくそうですね。バンガリーのオケとなると、また別の独特の歌いまわしと鋭さが混じる。

 その意味で、この、ラストのブラームス一番の演奏、またもや「やらかし」ましたね。

チェコのオケフランス風の音色で、ドイツのブラームスを弾かせる」という芸当。

 TVシリーズの時の演奏が、どっしりとしたドイツ風の演奏だったのに、この演奏での「千秋君」は、流麗で、フランス風の演奏へと、すでに随分変化(?)しています。

 千秋くんも、プラティニ・コンクールのあとで、シュトレーゼマンに世界中を引っ張り回されるだけではなくて(爆)、どんどんフランスになじんでいるのでしょうか?

 このパリ・スぺシャルでの指揮者までは私の調査ではまだ不明です。

 TVシリーズ版は、東京都交響楽団の当時の常任指揮者、デプリースト自身と判明。あの世代の「重鎮」指揮者なら、アメリカ人でも、ハンガリー亡命者のショルティに近い音色の、重厚なドイツ的音の指揮者、少なくなかったかと。

*****

 今回のおしまいに。

 繰り返して書いて来きましたが、ともかく演奏の隅々まで、確信犯で曲の解釈まで「原作通り」をナマの音にするという奇跡を、果てしなく追求している点では相変わらず、化け物じみた奇跡の実写フィクション映像作品としか申し上げられません。

 それどころか、「のだめ」実写シリーズを、小さな外部スピーカーでいいでうから、全部通して鑑賞すると、非常に「正統的」なクラシックの演奏とはどういうものかの「座標軸」になる「耳」自体が育ちます。間違いなく!!

****

 さーて、残るは「最終楽章」後編!!(・・・・と原作アニメ版は更に余力があれば・・・という遠い射程で)

 実は、これはまだ新作DVD扱いで、私がレンタルョップに出向いた時は、「全部貸し出し中」でした!!

 ・・・・・だから、何日後になるかの保証はできません(^^;)

****

 ・・・以上、「のだめ」ワールド大航海シリーズ、6回めでした!!

 (エンディングBGMとして、お好きな「ラプソディ・イン・ブルー」をお流し下さい)

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2009/11/27

通算2000番目の記事 : バリント著「治療論からみた退行(Basic Fault)」

 ハンガリーに生まれ、フィレンツィに師事し、その後ドイツに渡り、更にイギリスに移住した、精神分析的対象関係論の大家、マイクル・バリント(ハンガリー読みにすると、姓と名が日本と同じで逆転するので「バーリント・ミハイー」)は、日本ではもっぱら故・土井健郎先生の「甘え」理論を国際的に紹介し、「甘え」理論との類似性で「一次的対象愛」という概念が精神分析系の専門家の間で人口に膾炙しているに留まる。

 しかし、バリントの真の集大成、主著というべき著作は、中井久夫先生の、もはや「原著を越えた超訳」とまで呼ばれる邦訳で、知る人ぞ知る、「治療論からみた退行」(原題:"Basic Fault")である。

マイクル・バリント/治療論からみた退行

 今、「超訳」と申し上げて置きながら、いきなりこのことに言及するのは気が引けるが、中井先生と縁が深い山中康裕先生が、たしか雑誌「こころの科学」で本書を紹介するにあたって、中井先生が、"Basic Fault"を「基底欠損」と訳し、その訳語が日本で普及してしまったことに対してだけは、敢えて唯一注文をつけておられる。

 山中先生曰く、「"fault"というのは地学でいう『断層』のことであり、何かが『欠けて』いるというのとは随分ニュアンスが異なるのではないか」。

・・・・ ごもっともな指摘である。

 「基底欠損(Basic Fault)」という概念を一言で説明するのはたいへん難しい。日本ではそれをまるでボーダーライン的心性と同一視するかのような理解がされがちだったように思う。

 確かに、バリントは本書の中で、「基底欠損」を、プレ・エディプス期の問題として位置づけてはいる。しかし、その切り込み方が、メラニー・クラインとも、マーラーの分離個体化理論を援用したマスターソン(「青年期境界例の治療」)とも異なる、独自の視点を持っている。

 私のみたところ、「基底欠損」の理論は、単なるボーダーライン性よりも幅広い現象を内包しているように思える。控えめにみても共通部分を持った、すっかりとは重なり合わないベン図のような構造になるのではなかろうか?

 バリントは、ウィニコットと共に、アンナ・フロイトの創始した「自我心理学」とも、「クライン正統派」とも一定の距離を維持する「独立学派」のひとりと呼ばれる。

 確かにウィニコットとの接点はたいへん大きい(それどころかビオンとの接点ですらバリントは本書で明言している!)。そして本書の「仮想敵」は、後述するように明確にメラニー・クラインであり、クラインへの批判に紙数を割きすぎたのが、少なくとも日本人の読者にはまどろっこしいのではないかと、訳者の中井先生ご自身が解説で感想を漏らしておられる。

 だが、ウィニコットの諸著作が日本でも熱心に読まれるのに比べると、バリントが本書で展開した独自の理論と治療的示唆に関心を持つ人は少数派であろう。

 そうなった最大の原因は、バリントがすでに先行する著作、「スリルと退行」の中で確立していた独自の新造語、オクノフィリアフィロバティズムという概念が、本書においても、更に発展された形で鍵概念とされていることが一見難解だと感じさせられることが大きいかと思う。

マイクル・バリント/スリルと退行

*****

 この2つの鍵概念についての概説に入る前に、バリントがなぜクライン理論にあそこまで反発したかという、本書の前半で展開される内容について私なりに概説したい。

 クラインやウィニコット、バリントは、神経症より重篤な事例に関連して、フロイト以降に展開され、プレ・エディプス期の早期対象関係を重視した、広い意味での「精神分析的対象関係論」に属することには変わりがない。

 広義の「対象関係論」とは、噛み砕いていえば、現実の「外的」他者の態度の摂り入れ(introjection)としてのみ人の自我形成過程をとらえるのではなく、個人内部での、一種の内的ファンタジーとしての「内的な」他者=「内的対象」との関係形成過程を重視する立場である。

 こうした観点は、実はフロイト自身もある程度予見し、示唆していたことでもある。そして何よりユングが「内なる他者」としてのアニマ・アニムス・影などとの交流過程を重視した先達なのだが、どうも対象関係論の人たちは、ユングを先達とみなすことは回避する傾向があるようだ。

 しかし、クライン正統派の場合、現実世界に存在する「外的対象」としての養育者の持つ意味が明確化されない「独我論」ではないかという批判は早くから生じた。

 そこで、ウィニコットは「内なる養育者」との関係と、「外的な他者」との関係を統合的に説明しようといいう方向性を強く打ち出し「錯覚(illusion)」「脱錯覚(disillusion)」という概念を巧妙に媒介とし、幼児の外界との一体化という「錯覚」に巧妙に応える時期から、次第にそれを遅延化させ、「脱錯覚」へと導き、信頼できる他者との成熟した関係性を確立する上での"good enough mothering"=「そこそこいい養育者」、あるいは「環境としての養育者」についての理論、あるいは養育者自身の代理、他者との継続的な関係性の媒介物ともいえる「移行対象」の理論、あるいは、親密な他者と共にいながら、それぞれが自分の世界に没頭できる能力形成が果たす役割を表現するための逆説的概念、「ひとりでいられる能力(ability to be alone)」、そして、ここでは概説しないが、「遊ぶこと(playing)」が治療関係で持つ意味などを次々に考察した。

 ウィニコットのこれらの最重要理論のほとんどは、

情緒発達の精神分析理論―自我の芽ばえと母なるもの (現代精神分析双書 第 2期第2巻)

遊ぶことと現実 (現代精神分析双書 第 2期第4巻)

・・・・この2冊だけで掌握可能である。

 バリントは、ウィニコットとは別の切り口から、プレ・エディプス段階における「内的対象関係」と「外的な他者との関係性」が果たす役割について統合的に考察しようとしたのである。

 このようにして、正統クライン派とも一線を画することをはっきり表明した分析家の一群を、フロイト以降の精神分析の領域で、狭義の「対象関係学派」あるいは「独立学派」と呼ぶ。

*****

 さて、前置きが非常に長くなったが、いよいよバリントの中核概念である「フィロバティズム」と「オクノフィリア」について概説しよう。

 バリントがクラインを批判する最大の立脚点は、「対象(object)」という概念それ自体にある。クライン理論は、対象関係=他者との関係を、まるで真空の中に浮かんでいる完全に自主独立した二つの固形的「物体」との間の相互作用のようにとらえているのではないか? 「対象(object)という概念それ自体の中に"objection"=「反発性がある」、輪郭が鮮明な「固体」的なものという含意があることにバリントは注目する。

 我々は、成熟してから後ですらも、ある意味で「前-対象(pre-object)」的な係わり合いの中にしか生きていないのではないか。ここでいう「前-対象」とは、バリントにおいては、もはや人間以外のすべての諸事象との関わり全般にまで拡張される。

 つまり、世界の諸事象と「調和的=相互浸透的渾然体」として融合されたあり方でしか存在していないという側面を背景として、現実の他者との関わりも考えるべきであるというのがバリントの視点である。

 そもそも「空気」がなければ人間は窒息することなど、普段は忘れているではないか?

 「魚とって、エラの中に存在する水が果たして『環界』なのか、魚の『内部環境』なのかを問うことに何の意味があるのだ?」と。

 これは「独立した自我を持つ主体」同士の交流を成熟した対人関係様式としてとらえる、欧米的な個人主義的な自我観を自明の前提としている人たちにとっては、何とも難解でぶっ飛んだ論の進め方に感じられたであろう。欧米で、正確に理解できた精神分析流域の専門家は稀れではなかったと推測できる。

 しかし、バリントには、東洋的な色合いも強く残した故国ハンガリーの血への基本的な共感が失われてはいなかったのだろう。

 人も万物もすべて同じ地平で眺めるという、非キリスト教的(いや、ユダヤ教やイスラム教にもそうした視点はない)=異教的な感性が脈々と受け継がれていたのであろう。

 ところが、数学・物理学・経済学の分野で名高いフォン・ノイマンをはじめとする数々のノーベル賞級科学者、科学哲学者ポランニから、指揮者(ライナー、セル、ショルティ、ドラティ)・作曲家(バルトーク)・音楽家(ブダペスト弦楽四重奏団)まで、非常に優秀な人材を一気に輩出した、第1次世界大戦後の長期にわたる度重なるハンガリー動乱の連続(1918-1956)の下での亡命ハンガリー人の知的階級の多くは、異国のでサバイバルのために、非常にタイトで厳格な方向のにのみ自分の技能を研ぎ澄ますところがあった気がする。クラインもその一人であろう。

 バリントがその道を歩まなかったのは、師、フィレンツィが、フロイトの時間厳守、中立性の原則を打ち破り、ついには心労で命を縮めた治療法の潜在的可能性を引き継いで完成させることを生涯の使命としたことが大きいようである。

*****

 さて、プレ・エディプス期において問題があった人="Basic Fault"を潜在的に抱えた人は、治療的面接場面が進むと、独特の退行様式を取り始める。

 それが「オクノフィリア」と呼ばれる現象である。

 オクノフォリアは、対象との全き融合の幻想が維持されることを求める。しかもその際に、対象と自分の間に「空隙」があることを「恐怖」する(「オクノフィリア」というギリシャ語をバリントが創出した背景)。

 その結果、対象が、自分の欲求を絶えず気遣い、先回り的に配慮してくれて「あたかも鍵穴に鍵をぴったり合わせてくれるように」対応してくれないと我慢がならないという状態になり、治療者を徹底的に翻弄する。そこにはすでに「通常の成人言語水準でのやりとり」は無力化する。

 治療場面のみならず、家族など親密な関係を持つ人物相手に、こうしたオクノフィリア的心性を顕わにする人たちは決して稀れではない。子供が少しでも「気が利かない」と逆上し、子供をいつまでたっても自分を補完する存在としてしか取り扱わない親など典型であろう。こうした親は、実は子供の方に際限なく「甘えて」いる現実に無自覚なままなのである。

*****

 ところが、この世には、「世界との完全な調和的一体感」を指向する点ではオクノフィリアと同じだが、全く正反対のアプローチを身につけた一群の人たちがいる。

 その人たちは、自らの持てる身体的技能(skill)を極限まで磨き上げ、古代ギリシャ以来「四大元素」と呼ばれたもの、すなわち「地(土)・水・火・風(空気)」をすべて自分の味方につけたかのような錯覚と万能感の中に生きている。

 これら4つの対象は、輪郭がはっきりせず、自由に形状を変容させ、対象を「包み込む」ことができるという点に特徴がある。

 典型的なのは、飛行機乗りやレーサーを一方の極とするスポーツ選手、演奏家、曲芸師などであろう。

 私流に言えば、「キャプテン翼」の「ボールは友だち」の世界である。「自分が」ボールを巧みに操っているのではない。「ボールの方が(そしてそれを包む空気やクラウンドの土の状態が)、まるで自分に『協力してくれている』かのような錯覚の世界にある。

 彼らにとっては、世界とは自分にとって「友好的な拡がり(frendly expanses)」として通常は機能してくれる。

 一般の人からすると危険でスリリングすぎる活動に身を投じることこそ、彼らの生の充実感、世界との一体感を支えている。中途半端なややこしい「社交的な」関係なんてほんとうはできるだけ回避したいくらいなのだ。

 (もっとも、フィロバティックな心性を持つ人の中にもオクノフィリア的心性は存在することをバリントは言い忘れてはいない。安心して深い絆を形成できる人物に「見守って」いてもらえていることが支えとなっていることが多いというのだ)

 一芸に秀でたスキルで世を渡っていくという点からすれば、非常に幅広い職種の人が含まれることだろう。アニメーターだって、ある意味ではカウンセラーだってその種の人間であろう。

 このような存在のあり方を「フィロバティズム」と呼ぶ。

 フィロバティズムを生きる人にも弱みはある。自分のスキルに故障が出た時。心身が燃え尽きた時。あるいは突然の気象の変化や機器の故障が生じた時、彼らは失調するばかりか「事故死」の危険と隣りあわせということにもなるのだ。

 自らが死や破滅と隣り合わせの生き方をしていることに、誰よりもフィロバティズムを生きる人たち自身が気がついている。それゆえに、安心してくつろげる、気の置けない対人関係も、限られた人たちとでいいいから大事にしようとするはずだと、私は思う。

*****

さて、バリントが、治療関係において必要なのはどういう関係であるかについて述べた部分を引用して終わりとしたい:

========引用はじめ========

 分析の場における沈黙の意味には二つあるだろうということには皆同意していただけると思う。ひとつは恐ろしい空虚という戦慄的な体験をしている場合である。空虚は疑惑に満ち、敵意に満ち、拒絶に満ち、攻撃性に満ちている。前進を阻む沈黙であり、結局不毛に終わる沈黙である。しかしまた、沈黙がおだやかな静かな調和体験の場合もある。平和と信頼と受容という雰囲気である。つまりおだやかな成長の時期、統合の時期でもありうるのだ。分析家にもっとも必要なのは、今向かいあっている沈黙がどちらの型なのかを識別することである。

 フィロバティズム的偏向をもつ技法においては、おそらく、解釈をわずかしか用いないだろう。特に退行した患者に対する時はそうなるだろう。分析者はたえず患者を見て、[次の]どちらの態度をとるべきか考えるだろう。すなわち、個別的な対象の役割をとり、退行した患者を安全な距離が見守り、この冷静で客観的な視座からことばで綴った解釈を与えて理解を求めるのがよいのか、あるいは自分も「友好的広がり」の一部と化して、何一つ要求せず、ただ息をしているだけの存在としてあり、患者に欲求が起こればさっそく役に立とうとする構えだけは持ちつづけるのがよいのかを考えるのである。(中略) 最大の危険は、この技法が患者にあまりに多くをゆだね、早すぎる時期に大きすぎる独立性を押しつけることであろう。 (中略)

 [もう]ひとつはオクノフォリックな方法であって「患者の手をとって」ゆく方法である。どうしてこの動きをしてあの動きをしなかったのかを一貫性を以て解釈してゆくことである。ここに内在する危機としては、患者が分析家を理想化してこれを寛大で慈愛こもった人物として取り入れるように誘導する恐れがある。こうなると患者の自由が制限されて、理想化された対象が処方し許容してくれる範囲から出られなくなってしまう。

 自由とは、私の考えでは「友好的広がり」の再発見のことである。それはフィロバティックな世界の中にあって、成人的なスキルを身に付けることを要求するものであるが、その背後には、何も要求せずに抱きかかえてくれる一次愛の世界が控えている。誤解されると困るので、「友好的広がり」の再発見があらゆる対象を完全にあきらめることを意味するものではないことを言っておかねばならない。

 そうではなくて、それはただ、[オクノフォリックな]絶望的なしがみつきをやめて対象から一定の距離を置いて独りで立つ能力すなわちスキルを身につけるだけのことであり、そしてそうすることは対象を「正しい釣り合いにおいて」眺め、「真のパースペクティヴ」の中で対象を獲得するために必要なのである。

 新規蒔き直し(new beginning)時期における分析者の役割は、多くの点で一次物質あるいは一次対象の役割に似ている。分析者は存在していなければならない。分析者は高度に可塑的でなければならない。あまり抵抗してはならない。破壊不能性を示さねばならない。これは確かなことだ。また一種の相互滲透的調和渾然体の中で分析者と共に生きることを患者に許容しなければならない。(中略) おおよそ、友好的物質という、一点の曇りない調和体だけがあり、その中から対象が成立する以前の体験である。

 [退行の]良性形では、患者はさほど外的行動[を治療者に「してもらう」こと]による満足を求めず、それよりも外的世界を活用して自己の内面の問題に前途の途がひらけること、私の患者のことばを借りれば”自分自身に到達できるようになること”をそっと認めていてほしいと希う。(中略)

 認識されるための退行(中略)では、あたかも大地や水が己れの体重を安んじてあずける者を支え返してくれるように、患者を受容し支え荷うことを引き受ける周囲の人々のいることが前提である。物質としての治療者は抵抗してはならない。引き受けねばならない。あまり摩擦を起こしてはならない。患者をある期間受容し荷い、自分は潰れないことを示さねばならぬ。境界線を越えないぞとつれなく言い通してはならない。患者と自分との一種の渾然体の発生展開をゆるさねばならない。

 以上はすべて、患者に同意し、関与し、巻き込まれることを意味するが、必ずしも具体的働きかけをする意味ではない。ただ理解と寛容だけでよい。ほんとうに大事なのは患者の内面つまりその心の中でさまざまの出来事が生じうる条件を維持し創造することだ。[分析者は患者を積極的に荷おうとはせずに、水が泳ぐ人を支え、大地が歩む人を支える具合に荷い支えるべきであるということ。すなわち患者のために存在し、またそうされることにあまり抵抗を感じないで患者に使用されることである。

 我々は立居振舞(behavior)、空気(climate)、雰囲気(atmosphere)などのことばを使うが、これらは皆、漠然としたカスミのかかったような、画然たる境界を欠くものを指すことばで、(中略)にもかかわらず”雰囲気””空気”というものは存在し、感じ取られ、しばしばことばでの表現を要しない。(中略)

 ”洞察”とは的を得た解釈の結果生まれるものだが、洞察が生まれるにふさわしい対象関係が創出されたならば、その結果は一種の”感じ(feeling)”である。

”洞察(insight)”が視覚と対応するとすれば”感じ(feeling)”は触覚と対応する。すなわち一次関係かさもなくばオクノフィリアである。

 ある一種類の対象関係に硬直的に固執すべきではなく、いつでも患者とともにオクノフィリア的とフィロバティズム的の両原始世界を往復する心構えが必要であり、時には両世界の彼方の一次関係まで行く心構えがなければならない。(中略)

 解釈は、分析者が「患者は確かに解釈を求めている」と確信できる時に限り与えるべきものである。こういう時に解釈を与えないことを不当な要求あるいは刺激と感じるだろうからである。(中略)

 仮に分析者が以上の条件の大部分を留保ぬきで誠実に満たすことができれば、ここに新しい関係が生まれ、それによって、患者は、自己の精神構造の欠損あるいは瘢痕形成の原因となったそもそもの欠陥と喪失の悔みと悼みをある形で体験できるようになる。その悼みは、現実に愛する人の喪失や、内的対象への打撃あるいはその破壊という、メランコリー[抑うつポジション]特有の事態が原因で生じる悼みとは全然別物である。

 私がいま頭に抱いている悔み悼みとは、自分自身の中に欠陥・欠損があるという動かしえない事実に対する悔みであり悼みである。(原注:この悼みは、元来基底欠損に対する過剰代償として生じたらしいナルシシズム的自己像を断念すること[こういちろう注:世界との、他者との全き調和の断念。自己のスキルに対する万能感の断念…とも読解できよう]と関連した悼みである。(中略)

  分析者がこの悼みのための時間を焦らずに十分長くとり、またその間、必須の原初的雰囲気を寛容と干渉的でない解釈によって維持できるならば、患者と分析者の共同作業の仕方は以前とは少しずつ変わってくる。それは、まるで、患者が対象との関係における自己の位置付けを進んでやり直し、自己の周囲の、魅力を欠き冷淡なことの少なくない世界を受容できないかと考え直そうとし、またその力が出てきた気がしはじめたことを思わせるような変化である。

========引用おわり========

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2009/10/21

やさしさに包まれたなら -「魔女の宅急便」とバリントのフィロバティズム-

 キキは突然飛べなくなった。

 最大の引き金は、依頼人のおばあさんがせっかく孫娘のために心を込めて焼いた包み焼き・・・しかもその完成のためにキキも古い薪オーブンを稼動させるお手伝いをしている・・・を、突然の雨にずぶ濡れになりながら届けた先の孫娘の反応、

「だから、いらないって言ったよ。あたし、このパイ嫌いなの」

との言葉と共に扉が冷たく閉ざされたことだった。

 キキは下宿先のオソノさんの心配りもあって一度は立ち直る。しかし、せっかく初デートに出かけたトンボの友達に「あの孫娘」が含まれていると気がついた時、突如豹変して家にひとりで帰ってしまう。

「ジジ、私、どうかしてる? 素直で明るいキキはどこかに行っちゃったみたい」

 ところが、ジジはただの普通のネコのようニャーと応えるのみ。ジジはすでに恋人のメス猫ができてから、関心がそちらに向かい始めて以来、「普通のネコ化」が徐々に進行していたようだが。

 しかし、ジジの言葉が解せさなくなったことに気がついた瞬間、キキは嫌な予感に襲われ、箒(ほうき)にまたがってみる。

 魔法の力が、ほんとうに弱くなっている。

 それでも飛ぼうと繰り返し試みるうちに、旅立ちの際に母から譲り受けた箒そのものが折れてしまう。

 こうして、キキは完全に、故郷との「つながり」の証し、(人語を解するジジと母の箒)、すなわち、精神分析的対象関係論のウィニコットが言う「移行対象」を喪失する。

ウィニコット/遊ぶことと現実 (現代精神分析双書 第 2期第4巻)

(楽天ブックスはこちら

 生まれ故郷から大都会に舞い降りた段階から、何か人との間に、独特のよそよそしい「隙間」を感じることが時たまあることに当惑し続けていたキキの慢性的なストレスは、ついに限界に達したのだ。

 キキの生まれ育った故郷とは、我々の少なからぬ部分が、遥か彼方の幼児期に体験していた、世界との幸福な一体感、まさに「やさしさに包まれた」頃の体験世界の理想化された象徴である。

 (・・・・それにしても、宮崎駿さんの、キキのくるくる変わる感情の移り変わりを画面上だけで表現し切れてしまう力は、今観直しても、とてつもない域ですね)

****

 キキに救いの手を差し伸べてくれたのは、すでに偶然の縁があった、夏の間は森に住む、絵描きのウルスラだった。

 ウルスラは、前にキキに会った時の印象に触発されて、一枚の絵を描きつつあった。しかしキキに当たる少女の顔の部分の表情がどうしても決まらないで、その絵をやめてしまおうかとすら思い悩んでいた。キキ自身をモデルに写生することから立て直しを図りたくてしかたなくて、なかなか再来しないキキに会いに行ったというのがほんとうのところだろう。

 ウルスラはキキを写生しながら思わず口にする:

「あんたの顔いいよ。この前よりずっといい顔してる」

 落ち込んでいたキキは、恐らくこの言葉に内心きょとんとしたことだろう。

「魔法も絵も似てるんだね。私もよく描けなくなる」

 寝る前の語らいの中で、ウルスラは口にする。

「そういう時、どうするの? ・・・・私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのかわからなくなっちゃった」

と、思わず尋ねるキキ。

「そういう時にはじたばたするしかないよ。画いて画いて画きまくる」

「それでもうまく行かなかったら?」

「画くのを止(や)める。散歩をしたり、景色を観たり、昼寝をしたり、何もしない。・・・・そのうちに、急に画きたくなるんだよ」

「なるかしら?」

「なるさ。・・・・私も絵を画くのが面白くって仕方がなくて始めたんだけど、ある時、画いた絵が気に入らなくなった。誰かの真似に過ぎないって気がついたんだよ。どこかで見たことあるってね。自分の絵を描かなくっちゃ!ってね。・・・・でも、その後、少し前より、絵を描くってこと、わかったみたい」

 ・・・・このウルスラのセリフ全体が、宮崎さんの経験談それ自体であり、肉声そのものであることはつとに知られているだろう。

 「魔法って、呪文を唱えるんじゃないんだね」

 「うん、血で飛ぶんだって」

 「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血、神様かだれかが与えてくれたんだよね・・・・おかげで苦労もするけどさ」

 ウルスラが、夏場は森の中でひとりで生活し、冬場は都会ではなくても、すでに開拓された田園地帯か何かで生活するという、森と平地との間「辺境人」的性質を持つ存在であることは興味深い。

 精神科医の中井久夫先生が、壮年期の二大名著、姉妹作というべき「分裂病と人類」「治療文化論―精神医学的再構築の試み」で強調するところによれば、洋の東西を問わず、古来、森の中とは人間界から切り離された「異界」であり、森の中に独居する、「薬草を栽培する老婆の文化」は、地域共同体の辺縁に置かれつつも、地域治療文化の大事な一部として暗々裏に統合されていた。

 それがいわゆる「魔女狩り」の対象とされるのは、実は中世のことではなく、宗教改革以降の近世初頭以降の出来事であることは、実は誤解されがちなことである。

 ところが、ヨーロッパにおいて、多くの宗教者や社会改革家(急進的な「世直し」をしようとする人たち)、そして近代の「力動的」精神医学の基礎を築いた大家たちの故郷は、非常に多くの場合、こうした「すでに切り開かれた平地」と「森」の辺縁地域の出身者が多いことを中井先生は指摘する。

 フロイトの出身地然(しか)り。ユングの出身地然り。精神分析が発展を遂げたヴィーンそのものが森の都に他ならない。

 ウルスラが、この物語の中で、図らずも魔女であるキキの癒し手として機能できたのは、ウルスラ自身が、そのような俗世間と森の世界の「境界人」的側面を強く持っていたからではないかと思われる。

 これはこじつけでもなんでもないと思う。

 宮崎さんだって、思っているはずだ。アニメーターなんて、世間の桧舞台に立つのは実はおかしくて、もっと「ひっそりとした」「地味な」商売だったはずなのに・・・・と。

*****

 さて、この作品に限らず、宮崎作品の飛行シーンは、他の誰も真似ができない域のものであることはよく言われるとおりである。

 そのことの最大の秘密は、実は宮崎さんが、飛行を支えているのは空気に他ならないということに徹底的にこだわっているためだと思う。

 日本のアニメは、「宇宙戦艦ヤマト」の時代から、宇宙空間を中心に飛行シーンを描くことに特異的に発展したために、この「空気があっての飛行」ということに対する感性がアニメーターの間でほんとうには熟成されないままになりがちだった。

 振り返ってみれば、これまで宮崎さんが関与した作品の中で、宇宙空間を舞台にしたものが、果たして一本でもあったろうか???

 飛行機乗りは、そうやって「大気を味方につけ」ないと飛行機を操れないことを嫌というほど知っている。

 そして、更にはその大気との関係と共に重要なのは、飛行するための道具としての「機体」と操縦者が、自分の体の延長であると感じられるところまで「一体化」できるかどうかである。

 この「魔女宅」のクライマックスシーンにおいて、故障し、大破した飛行船にぶら下がったトンボを助けんがためにキキが活用したのは、たまたま通りがかりの清掃夫のおじさんが持っていた、ありきたりのデッキブラシだった。

 キキがこのデッキブラシの操縦に手こずったのは、スランプ脱出直後の初飛行のためばかりではなかろう。更に、単に箒の場合とは勝手が違うというだけですらなく、心を込めて魔女が手作りしたハンドメイドではなくて、量産型の既製品だったからに他ならないだろう。

 おかげでその「機器」との「対話」が成立しにくいのだ。「人馬一体」にはほど遠い。

「こら! いい子だから言うこと聞いて!」

「まっすぐ飛びなさい! 燃やしちゃうわよ!」

 このような、「モノ」に過ぎない筈の対象に身体ごと「潜入(dwell in)」して、試行錯誤の身体的「対話」を重ねて、はじめて高度な習熟スキルとして自在に操れるという点が、単なるマニュアル的な「技術(technique)」と習熟的な「技能(skill)」の違いであることは、ハンガリー出身の科学哲学者、マイケル・ポランニ(ポランニュイ・ミハイー)の「暗黙知の次元」 で詳しく述べられている。

 そして、このような、多くの人にとっては身の危険を犯すスリリング過ぎる活動(曲芸や楽器の演奏やスポーツなども含まれよう)に没頭する人たちのことを、ハンガリー出身のイギリスのもうひとりの精神分析の大家、マイケル・バリント(バーリント・ミハイー)は、「フィロバット」と呼んでいる。

バリント/スリルと退行

バリント/治療論からみた退行―基底欠損の精神分析

 (このバリントの2大名著はまたもや再販されない状態に入ったみたいなので、この件については、私の学会発表時の添付資料としての2冊の抜粋がPDFとしてサイトに載せ続けているので、興味のある方はこちらからご覧いただきたい)

 「フィロバット」的人物=「フィロバティズム」が優勢な人物においては、はっきりとした輪郭と「固形の」性質を持った、「反発(objection)性」がある、自分からは独立した「対象(object)」との関わりに生きているのではない。

 古代ギリシャから言われてきた四大元素、すなわち、「土」「水」「火」「風=空気」という、自由に形状を変え、流動的で、対象を「包み込む」こともできる「前-対象」との友好的(frendly)な関係の中に生きている。

 バリント自身の言葉を借りれば、「魚にとっての水のごとき」環界との友好関係信頼していられないと、自由闊達にそのスリリングな能力を発揮できないのがフィロバットなのだ。

 突如別のアニメ・コミックを引き合いに出せば、「キャプテン翼」の名言、「ボールは友だち」の世界である。

 観ている人は、サッカー選手がいとも鮮やかにボールを「操って」いるかに見えるかもしれない。しかし、選手の主観は正反対のはずだ。まるでボールの方が自分のために最大限の協力を惜しまないかのようにして自発的に協調してくれているという感覚のはずである。

*****

 ところが、このフィロバディズムを生きる人たちは、自分をつつむ外界との圧倒的な信頼感・一体感に亀裂隙間が生じると、たいへんな危機を迎える場合がある。

 キキが陥った「飛べなくなる」状況は、まさにその典型だろう。あの孫娘が冷たく扉を閉じた瞬間、キキとキキを包む「世界」全体の間に深刻な「壁」と「亀裂」「隙(す)き間」が立ちはだかったのである。

 キキはもはや心から自由に「呼吸」することができない状態に陥った(風邪を引いた)。そして、せっかく心が通い合ったかに見えたトンボが、「あの孫娘」とも友達であると知った瞬間、トンボも「向こう側の世界」=「同じ空気を吸ってはいない存在」ではないかという疎外感に一気に引き込まれ、キキは自ら心を閉ざしたのであろう。

 (確かにそれはキキのひとつの思い込み・・・いかにも思春期的な・・・に過ぎず、エンディングではこの孫娘と二人が親しく会話しているシーンが挿入されてすらいる! これは単にキキが有名人になったからだけではなくて、その後交流するうちに孫娘の人間の全体像が見えていなかったことにキキも気づいたのではなかろうか)

*****

 不幸にしてそうでない人もいるが、多くの人は、全く天真爛漫に、世界との一体感に浸り、心安らかに浸っていられたかすかな記憶のようなものを抱えて生きている。

 そのさりげない記憶の世界でその人を「包んで」いる「やさしさ」とは、必ずしも人からのやさしさではないはすだ。

 陽の光、何げない風景の一つ一つ、それどころか室内の家具調度のひとつひとつ、つまり、自分を包む「世界」全体が、自分をやさしく見守ってくれているかのような体験だったのではないかと思う。

 (私がそのことをはっきり思い出した時の記録は、先述の学会発表時の論文集の本文の方にエピソードとして記載している。そちらもPDF化してあるので、興味のある方はこちらをご覧いただきたい)。

****

 さて、「魔女宅」のエンディング・テーマは、ユーミンこと荒井由実(松任谷由実)の初期の名曲、荒井由実 - ミスリム - やさしさに包まれたなら「やさしさに包まれたなら」である。

 こちらからリンクをたどっていただいて、歌詞をもう一度丁寧に読みなおしていただくと、ある事実にお気づきになるかも。

 ここに登場する「やさしさ」で包んでくれる存在の「正体」(?)とは、実は恋人ですらなく、生身の人間ですらなく、世界そのものだということ。

*****

 そして、きっと、

> 大人になっても、奇跡は起こる

のである。

*****

 ところで、エンディングをよく観ると、キキの乗っている箒は、掃除夫のおじさんに「必ず返します」と言った筈のデッキブラシのままなのである。

 トンボが作りつけてくれた鋳物の看板ですら、デッキブラシ姿ですよね。

 これは単に「事件」を解決した象徴だからとか、縁起かつぎ(?)などではなくて、ひょっとしたら、キキ自らが「選択した」行動だとも思えるのですが。

 このあたりの意味、考えてみるに値すると私は思えてきました。

*****

 この記事への「あと書き」がこちらにあります。

 【追記】:この記事の姉妹作(?)となった、「崖の上のポニョ」論はこちらです。

 バリントの「治療論からみた退行」についての総論を、こちらで書きました。

魔女の宅急便 [DVD]

MISSLIM(「魔女宅」で使用されたのと同じ、テンポの速いバージョンが収録)

●王子のきつねさんサイトでユーミンの代表曲のYouTubeをまとめたエントリーへのリンク

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2007/02/14

「大人」自身が自分の価値観を崩し続ける「冒険者」でいられるには?(第2版)

> 「昔の子どもは家事を手伝うことで、働く者として家族から認められた。 今、日本の子どもたちは家事を手伝う必要がない。そのかわり、消費者として自分を確立する。(略)今の子どもはしばしば『これを勉強すると何の役に立つんですか』と聞く。消費者として自分を確立した子どもには当然の問いである。消費者にとって、自分がその有用性を理解できない商品は意味をもたないからだ。
 だが『何の役に立つか』と問う人間は、ことの有用無用について自分の価値観が正しいと思っている。勉強によって自分の価値観そのものがゆらぐことを知らない

『下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち』内田 樹 著

「勉強とは、自分の価値観を揺らがせる可能性に敢えて身を委ねる『冒険』である」

というのは、真実という気がします。

 少なくとも、自分からやっていく勉強というのは、そういう面がないのなら、実はなんの張り合いもないものだと。

 歴史の勉強なんて、自分の「歴史観」「人間観」を揺るがす「冒険」そのものになってこそ、おもしろい。私の場合、ほとんど「趣味」化していて、ひとつのテーマが気になり出すと、どんなジャンルの本より興味の赴くままに広げまくり、渉猟し続けまけど。

 同じ歴史歴事実について、数冊の本を読むと、ほんとに自分の価値観がぐちゃぐちゃにされる危険があるんだけど、「それこそが」おもしろい!! 

 .....ということで、マリー・アントワネット関係のもう一冊のお薦め本、これです。

「ルイ十七世の謎と母マリー・アントワネット―革命、復讐、DNAの真実」 (デボラ キャドベリー著/櫻井 郁恵 訳)

 「ルイ17世」って誰? という人も多いでしょう。もちろん、ルイ16世とアントワネットの息子です。ルイ16世やアントワネットと一緒にダンプル塔に幽閉されました。国外亡命した後のルイ18世やシャルル10世、亡命貴族(エミグレ)のみならず、革命政府を承認していなかった国(ある段階ではアメリカですら!!)は、ルイ16世の処刑の後、フランスの国家元首は「ルイ17世」である、という立場を公式に表明していたわけです。

 彼は、父ルイ16世の処刑の後、ひとりだけ引き離され、「共和主義者」への手荒い洗脳を受けます。そして独房に食事を差し入れられるだけの状態で拘禁されて1年、テルミドールの反動が終わってやっと医療の援助と人間的な扱いが回復し始めますが、時既に遅し。彼の身体は衰弱し、病魔に蝕まれ、10歳で死んでしまう。

(そうなる前も,勝手に「実は父親はルイ16世ではない。あのふしだらな、オーストリアの雌犬、アントワネットの不倫相手だ」という憶測パンフレットは当時のマスコミで山のようにばらまかれていた。当然、フェルセンが父親説もありました。でも,歴史的には、フェルセンだけが王以外の男性というのは結構定説化してました。ちなみに、意外と知られてないでしょうが、ルイ「15世」時代に、すでに、「現在日本で一番普及している避妊器具」は,実用段階のものとして、ありました。女ったらしのイギリスのチャールズ2世が王位継承をややこしくし過ぎないために、侍医が1651年発明とのこと(wikipediaによる)。牛の腸幕で作っていたそうなので、ほんとに上流階級の人だけだったでしょう。ルイ15世も、愛妾に「鹿の園」で徹底管理されていましたが、ハーレム状態でした。ちなみに、ルイ16世は、愛人を持つことを宮廷内で勧められても拒否し続けたくらいに、20代にして、性生活は「王としての公的義務」であっても「楽しみ」ではなかった人らしいです)。

 ところが、ダンペル塔に幽閉されていた「ルイ・カペー(16世の、王権を取り上げられてから処刑までの革命政府の公式呼称)の息子」は、実は他の子供にすり替えられ、監獄から救出され、実は生き延びているという伝説が生まれ、世界各地に「自分こそ生き延びたルイ17世」を名乗る人間が次々あらわれる。そのあまりのホンモノらしさに、革命後生き延びた、生前のルイを知る関係者すら翻弄される。

 この問題に、最終的な決着を与えたのが、DNA鑑定だったわけです。今から数年前のことに過ぎない。アントワネットの遺体も息子の遺体もまともな埋葬をされていませんでしたから、この鑑定に用いられた「サンプル」が現代にまで伝えられるプロセスそのものが、「小説より奇なり」の歴史の流転のドラマです。どこで出て来るかはお明かししませんが、「ロベスピエールが隠し持っていた時期がある」「イギリスのチャールズ皇太子もDNAを提供した」というくらいの広がりがあるのですね。

 そして,変化する政治情勢の中で、憶測とフィクションがいかに人間を翻弄するかについて、切ない思いにかられます。「生き延びたルイ17世」という存在そのものが、虚言癖がある人物や詐欺師というだけでは説明がつかない。「ルイ17世生き残り伝説」を信じたい人々が、よってたかってそれにおあつらえの人間を無意識のうちのも選び出し、いわば心理=社会的アイデンティティの上での「クローン」を生み出してしまう歴史共謀者であり、自称「ルイ17世」たちに対する扱いの変転そのものが政治的利害関係に翻弄され、彼らは本気で自分を「ルイ17世」と確信するとことまで周囲に追い込まれた挙げ句に見捨てられた人間なのではないかと思えて来ます。

 児童虐待や政治的洗脳の問題みならず、人のアイデンティティとは何か?人の善意とは何かということにすら,根源的な問いをつきつける素材と思います。

******

 ちなみに、アントワネットやフアナと対照的に、「婚姻政策」の道具にされることを断固として拒否し、むしろその自らの道具性を「ちらつかせ,活用する主体」となる生き方を選択することで、家臣や外国の王族を翻弄して、自らは結婚しないまま政治力をふるった女王といえば、この人ですね(^^)

「エリザベス」(主演:ケイト・ブランケット)

 この映画は既に以前に見ていました。

 あと、比較論の対象として面白いのは、それこそオーストリア=ハンガリー「二重帝国」(今度は正確な用語法だ!!)成立の立て役者、悲劇的最期を遂げたハプスブルグ家の美貌の流浪の王妃として名高い、皇妃エリーザベトでしょうか。名香智子さんのコミック版は、なぜか以前の職場に置いてあって、すでに読んだことがあります。私がこれまで本でエリーザベトのことをまとめて読んだのは「ハプスブルク家の女たち」だけです。もちろん、宝塚でヒットしたことは知っていますが、現段階でそこまで観てみようとは思わない。あとは私のヨーロッパの城への関心がらみで蘊蓄があるけど、今はまだ先送り。


******


 いずれにしても、ある特定のテーマだけを切り口にして、歴史の本を「複数」実際に読んでみることがそれがどれだけ人間と社会というものについての開かれた視野を生み出すか。下手にカウンセリングの本を一冊読むよりはよほど勉強になっているとすら思います。

 でも、これは、例えば物理学についてですら、生物学についてですら、基本的にはそのはずなのだと思います。

この記事なんておもしろいかな)

 ただ、私はここで「今の子供たちは」にしてしまうことに、違和があるんですよね。

 戦後世代の今の親たち自身が、とっくに、できあいのものの「消費」を生き甲斐とし、「消費」的な物事の学び方になじんでいる気はするので。

 いや、フランス革命の昔から、いかに「マスコミの扇動」で大衆が動くばかりかというのは、何も変わっていないとも言える。

 それこそ、この本を読んで(それどころか、この本「についての」新聞の社説だけを読んで!!)「そうだそうだ!!」でいることを、読み手の大人たちが日々の生活の中で超えていけるかどうかこそが大事と思います。さもなければそれそのものが、ただの、大人たちの

> 誰が悪いのかを言い当てて
> どうすればいいかを書き立てて

「一部の」評論家やカウンセラーが「米を買う」プロセス、

一時的な気休めのための「消費」です。(^^;)

(恒例、中島みゆきの中島みゆき - 寒水魚 - 時刻表"時刻表")

 自分の価値観を自分で揺るがして、統合し直すことそのものをおもしろがる主体としての「冒険者」を生きる「大人たち」がいないことには。さもなければ、それを受け身にやらされるだけだと、子供たちが「呑み込まれ不安」に留まるのも自然かと。

 フォーカシングは、まさに、多用な価値観に翻弄されるだけではなく、その中で「自分自身」であり続けるための援助であることこそ、ジェンドリンが「フォーカシング」の中で高らかに歌い上げた理念だと思います。

*****

 今日、たいていの人は、まだ、一連の新しい形式がいずれは賛成されるものと思い込んでいます。つまりこのことは、以前と同じように、わたしたちが、自分自身と他人に、新しい形式を押しつけねばならないことを意味しています。

 こうした古いスタイルの形式の押しつけが未だにつづいていることも事実です。例えば、今や人びとは新しい役割のパターンとして、嫉妬したり、所有的であってはいけないと考えています。もし恋人ないしつれあいが、他の人と性関係を持った場合、それを受け入れねばならないと感じています。しかし実際にはそれを受け入れることはできないのです。そこで人びとは、自分たちを新しい役割・パターンに一生懸命はめ込もうと苦労しているのです。フリーセックスは新しい形式です。だから人びとが古い形式を変えようと準備している間に、新しい形式を押しつけられてもピッタリしないわけです。そこで新しい形式がピッタリしないためにために、罪責感と自責の念が生まれ、とめどなく心が傷ついてしまいます。「いったい私のどこが悪いんだろう」と自分への問いかけがどんどん進みます。「もしこの形式が他の勇気ある人たちにふさわしいならば、なぜ私にふさわしいことにならないのだろうか」という疑問が湧いてきます。形式だけが新しいのです。これが古いあるいは新しい形式に同調していく普通の様式なのです。

 フォーカシングを知っているある夫婦は、彼らの関係を開かれたものにしていくユニークで複雑な方法を発展させていきます。またある人たちは、嫉妬を自分のからだに感ずるのだから、また改めてそれを大切にすることにしたといっています。ここで明確なことは、新しいものであれ古いものであれ、一般的なパターンを取り入れることがのぞましい方法ではないことです。私たちのからだは絶えず新しい学習を吸収していて、すでに持っている巨大な智恵の貯蔵庫に新しく何かを加えているのです。

 本当の学習は、自分自身のからだとの対話の中でのみ起こるのです。感受性に富んだフォーカシングのアプローチだけが、私たちひとりひとりにと親しい人びとの中に、ユニークでピッタリするような、本当に生きたパターンを生み出していくことになるでしょう。パターン創造をやってみようではありませんか。

Focusing_hyoushi_1ジェンドリン/『フォーカシング』訳書pp.211-2より。

2006/09/01

フォーカシングは「転移/逆転移」すら一気に超え得るはずである。(第2版)

 直前の書き込みを読み返してあっさり気がついたのですが、

 たった2回のカウンセリング(その2回めの1時間だけ)で、


 「実は、前回のフォーカシング・セッションの、終わりの方で言わすに済ませたのは、自分の中に『せっかち』という言葉が浮かび、それがいろんな連想に結びつきはじめた、その中身だ」

 「子供の頃母親が『せっかち』な人で、食事の時もそわそわしていて、落ち着いて飯食べられなかった」

 「自分の彼女が、デートの度に『ふくれる』のは、実は自分が『せっかち』で、観光したり一緒に展覧会に行く時も、さあ、次はこれ、次はこれ、と、彼女のペースにあわせてじっくり『味わう』ことをしていなかったからだなあ。だから別れ際が「じゃあね!!」とさっさと歩き去られてしまい、後のフォローがたいへんだったのだとしみじみ思った」

 「職場でも、上司に、『お前は先を焦るあまり、数は『こなす』が、一つ一つの仕事の仕上げが雑になってる』と先日叱られた」

 「実は、前々回までのセッションの中で、先生(ガイド、トレーナー)が『せっかち』なものだから、[私=クライエントさん.......は]『消化不良』に陥っていた」


 ........これだけのことを、クライエントさんが一気に自発的に語り出すということは,通常のカウンセリング場面では滅多にあり得ないことでしょう。

 『せっかち』というキー・ワード以外の『』内の言葉の多くが、「消化(「こなす」こと)(digest)」に関わる、しかも「日本的な」言葉であることにお気づきでしょうか。要するにこの人は、およそ何に関しても「『せっかち』な早食いで、いつも胃が『もたれて』いた」人だったんでしょう。

 しかも,ガイド(カウンセラー)側にもどこか実際に(つまりフォーカサーの「投影同一視」[(c)メラニー・クライン]ばかりではなく)『せっかち』なところがあるので、「場の雰囲気」を通して、お互いを「環界」((c)バリント ウィニコット)の一部とする中で「共振れ」((c)土井建郎)を起こし、フォーカサーの「身体」という"container"(容れ物)」((c)ビオン 田嶌誠一)を通して生じた「ファントム」((c)安永浩、神田橋條治)としてのフェルトセンスとして現れたのだと思います。

(フォーカサーは、リスナー側個人の体験過程を促進する"container"でもある、ということ、以前どこかで書きましたよね。少なくともこちらこちらを参照)

 「せっかち」というキー・ワード自発的に見いだしたフォーカサーの「気づき」は、

「子供の頃の親子関係」
「異性関係」
「職場の人間関係」
「治療者との面接の場での関係性」

へと自然に拡張する場合が、フォーカシングのセッションでは、かなりありふれた形で生じ得る得るわけです。

(改めて読み返してみて、我ながらぎょっとしました)

 このような、同じような「布置(constellation)」((c)ユング ジェンドリンも使います)にある対人関係についての気づきの連鎖反応のことを、ジェンドリンは、「人格変化の一理論」

ジェンドリン著、池見陽著/編訳、/村瀬孝雄・日笠摩子他 訳 所収)

で、「全面的な適用(grand application)」と呼び、ロジャーズやジェンドリンが開発した「体験過程尺度」(experiencing scale)」という、治療的面接においてクライエントさんが自分の内面に「どのように(how)」関わるかの深さを計る尺度においては、stage 7ピーク値となります。

 (体験過程尺度については、沢山の方々の研究や論文等がありますが、池見陽先生の「心のメッセージに聴く」でのやさしい解説が一番入手しやすいかと思います)

.......このような連鎖反応が生じた場合、「転移」についての洞察を、クライエントさん自らが一気にしてしまっていることになりませんか?

 実は、フォーカシング・セッションにおいては、フォーカサー(クライエントさん)の中のフェルトセンスは、そこでのガイド/リスナーの共にいる「場の雰囲気」「関係性」が反映されたものとしてしか形成されていません。

 ガイドの人の教示のみならず、すべての言語的、非言語的応答も、実は、その場の「関係性」の枠の中でしか生じていないはずです。

 ガイドの人のガイディングや言語的.非言語的応答が、ガイドの人自身の体験過程に開かれたもので、単なるマニュアル的手順ではなく、全くライヴに「自己一致」し続けた「活(い)きた」応答である限りフォーカサーもまた、、フォーカシングの場のただ中で、目の前のガイド役の人との「関係性についての気づき」をライヴで自発的に語り、.親をはじめとする、面接室外での対人関係と二重写しして「まさに体験しつつある自分を体験する」という、転移についての「真の」洞察が一気に自発的に生じる可能性があることになります。

 これが、どういう範囲の人に、どのくらい「安全な形で」生じるかは、まさに、治療者自身の「個人としての」フォーカシング能力がどこまで日常活用され、スキルアップしているかにかかっている、といえると思います。

 ****

「論文で書けばいいのに、いいのか?」(←内なる批評家)

「いいよ。他流派の心理臨床家の顧客さんが増えることに結びつけば。私だけではなく、フォーカシング「業界」全体に


 

2006/05/20

私がポラニーの哲学とフォーカシングを関連づけたきっかけ

やっと,ハンガリーのポランニ(ポラニー、ポランニーと表記することもあり)の著書、暗黙知の次元「暗黙知の次元」への私の関心について、1からもう一度書く気持になりました。

実はこの関心は私の中でたいへん古くからあるもので、今を去ること15年前、1992年に刊行された「人間性心理学研究」第9号に掲載された、

「フォーカシングにおけるセラピストとクライエントの弁証法的相互作用について:技法論を越えた視点から」 

という、私のたった2つしかない「学会誌原著論文」のうち、最初のもので、ポランニを引用して論じたものが、唯一公式に発表したものです。

業績目録を参照下さい)

私がフォーカシングと運命的な出会いをしたのは1982年5月ですから、もう25年、ちょうど四半世紀のつきあいになります(法政大学の学部を卒業した年の卒業直後の5月、市ヶ谷の法政の生協で、ということは、生涯忘れまいとずっと思っていたので、簡単に正確な年月が出てくるのです)。

ポランニとの出会いは、すでにフォーカシングと出会ったしばらく後、恐らく1985-86年頃、本屋でたまたま偶然に、上述の「暗黙知の次元」というタイトルが目に止まり、これはジェンドリンの体験過程理論と関係あるのではないかという直感で手に取った結果でした。

今はついていませんが、当時刊行の紀伊國屋書店の発行の訳本(訳者も違います)

(これ↓)

には「~言語から非言語へ~」というサブタイトルもついていましたし、

ジェンドリンの体験過程理論において、「暗黙の意味(implicit meaning)」「明示的な意味(explicit meaning)」相互作用というのが重要な鍵概念であることはすでに熟知していましたから、

「暗黙知」という言葉だけで思わず私のアンテナが反応して、それこそたまたま当時の紀伊國屋書店の新宿本店で、中身もめくらずにタイトル買いしたのをよく覚えています。

ちなみに、ジェンドリンの体験過程理論についての必読文献が、「人格変化の一理論(A Teory of Personality Change,原書1964)」であることはすでに何回かこのブログでも書いてきました。

この英語原典(後日その表紙をこで、例によってスキャナでご紹介します)の書籍としての入手はもはや困難になっていますが、幸いThe Focusing Instituteのwebsiteで、今もhtmlとpdfファイルの形で全文入手できます。

恩師村瀬孝雄による日本語旧訳も、websiteで入手できます。この旧訳の今も捨てがたいところは、ジェンドリンが「最終的には削除」した、フロイト、サリヴァン、ロジャーズの理論との比較論の長大な部分を、村瀬先生が敢えてお訳しになっていることです。website版にもそのまま収録されています。

話がわき道にそれますが、実はこの「最終的には削除された草稿部分」があるないのとでは、ジェンドリンの体験過程理論そのものの「臨床的理解」に「雲泥の差」がでるはずの部分です。

ところが先に述べたinstitute公開のジェンドリンの原文でもこの部分はカットしたままなので、何と、この「草稿」部分に接することができるのは,現在でも、村瀬旧訳=日本語がわかる人だけなのです!!

(その草稿の部分を村瀬先生がジェンドリンにお返ししたのか、それとも日本のどこかにまだあるのかは、さすがに私も生前の先生にお伺いしないままでした。私もその現物は見せていただいたことはないままです)

ジェンドリンの英語は「ドイツ語で考えた英語」ですから、関係代名詞や、動名詞を正確にどう読み解くかにはかなり困難な個所も多いのですが、私は、研究対象としてフォーカシングにに関心を持つ臨床家は、「人格変化の一理論」の原文を、日本語訳と比較しながらでいいので、目を通すべきと考えています。

ちなみに、この村瀬旧訳が今日本で新たに中古書籍として入手可能かを改めて調べてみましたが、検索不能でした。

この村瀬訳は、若干の改訂の上で、
Ippo
池見陽先生編・解説のジェンドリン論文集、「セラピープロセスの小さな一歩」に収録されていますが、前述のフロイト、サリヴァン、ロジャースとの比較論の部分は掲載されていないことが、私には残念です。

******

話がポランニから離れてしまいましたが、

ポランニにおける、


「暗黙知」

と日本語で訳されている言葉は、英語版では、実は

"tacit knowing"

なんですね。

ジェンドリンの体験過程理論における、

"implicit meaning"

とは全く異なります。

しかし、やはり、理論的にcrossingさせると、興味深い共通項がやはり浮かび上がります。

このあたりについては次回、解説することにします。

*****

なお、なぜ私とポランニ哲学の出会いが1985-6年と「推定」したかと言いますと、

ジェンドリンの2回目の来日の際の東京・中野サンプラザにおけるワークショップが、1987年9月であり、その時、私はジェンリンに直接ポランニの哲学についての見解をお尋ねしたかったのですが、

当時の私は小心者過ぎて

結局、この数日間のワークショップで彼と出来た会話は


「エレベーターはどっちだ?」

「この階の向こう側のロビーです」


だったことを何年も後悔していたからです。


(え? 今の私からは想像できない?

ただの大学院マスター1年目でしたから)

****

ちなみにこの時のワークショップ全体の記録

Fseminor
村山正治編「フォーカシング・セミナー」

として出版されています。

巻末に掲載された、ジェンドリンの奥様、メアリー・ヘンドリックス先生による、

「治療変数としての体験過程レベル」(大田民雄訳)

は、カウンセラーの皆様におすすめの論文です。

2006/05/13

カウンセラー自身の体験過程の推進!!

前回、

今ほんとうに、

Donquijote
「ドン・キホ─テ」を愛読しつつあること、

そして、ほぼ書き上げた、

科学哲学者、マイケル・ポラニーポラニー、ポランニーと表記することもあり。元の綴りは"Michael Polanyi"という難解な綴りなので、検索かけられる時はこの3通りをお試しになることをマジに推奨します)の暗黙知の次元「暗黙知の次元」とフォーカシングを関連づける記事をほんとに操作ミスで消してしまったことに徒労空しさを感じるあまり、「予告編」だけ掲載させていただいたのですが、それをきっかけに当ブログのアクセス数がぐっと落ちましたので、今回はまじめに書きます(^^;)

*****

ただ、私の中には、トレーナーを養成する立場の人間であるにもかかわらず、

「フォーカシングってこんなにいいんですよ」

と、できるだけ多くの人に、わかりやすく、懇切丁寧に広めていくことへの、たいへん天邪鬼(あまのじゃく)な思いが根を張ってしまっています。

私の中には、

「あなたは、『私』に癒されたい(癒されている)のですか?」

あるいは、

「あなたは、フォーカシングのグループの『人間関係に』癒されたい(癒されている)のですか?」

それとも、

「あなたの身につけた、フォーカシングのスキルそのものに癒されていると言い切る自負はありますか?」

という問いかけをしたくて仕方がない私がいるのです。

****

これは、

「あなたは神様イエス様に確かに救われたという実感確信をお持ちですか」

「それとも、あなたは教会で人間関係が得られたから救われたに過ぎないのですか」

という問いかけと似た性質のものです。

*****

いくらでもバリエーションはできます。

「あなたはたまたま自分の大学の指導教授がフォーカシングを教えていたからフォーカシングを専攻したに過ぎないのですか」

「あなたは、フォーカシングを研究して、それについての論文が業績になって、大学の先生としての職を得て、それで生計を支え学界『フォーカシングの著名な先生』として待遇されていることと、日常のなかで、一個人としての現実の人生のためにフォーカシングを役立てられることの、どちらに自分が支えられていると感じていますか」

*****

Muishikinohakkenフロイトも、生計の必要から開業医を選んだに過ぎず、精神分析が同時代に「学問」として認められていないというのは、フロイト自身のエディプス・コンプレックスの裏返し(?)としての、やや被害妄想的な思い込みであることは、エレンベルガー(エランベルジュ)の「無意識の発見」(下巻はこちら)が、フロイトと同時代の実際の歴史資料(!)により明らかにしたところです。

カウンセラーや心理臨床を学ぶ学生の必読文献のひとつでしょう。この本は幸いにして現役ですね。でも中古でも値引きがないということは、それだけ今も多くの人に読まれているということで、ほっとします)

しかし、フロイトにとって、精神分析が、何より自分自身の神経症の自己治癒の過程そのものとして存在したのは確です。その意味では、フロイトの編み出した用語や理論が、まさに一人の人間としてのフロイトが「生きるために」探し求め、やっとのことで見つけ出した、フロイト自身にとって「ピッタリな言葉」であり、自己洞察であったことは確なのだろうと思います。

当然、フロイトはそうした中で、更に新たな課題に直面したでしょう。そして、自分の体験過程を前に進める(!)ためには、過去の自分の立てた理論や公式に拘泥することなく、自分に新たな「気づき」をもたらす新概念を産み出すというプロセスを、「終わりなき分析」として続けるしかなかったのだと思います。

そういう、生身の人間フロイト、「自分自身を癒すため」に精神分析を「必要とした」フロイトと、同じ地平に、絶えず回帰し続けることは、フロイトの後裔たる、ひとりひとりのカウンセラーにとって、立ち返るべき基本姿勢であるように、私には思えるのです。

*****

「無意識の発見」をご紹介しただけで、一回分の記事としては丁度いい長さになりましたので、ポラニーとバリントとフォーカシングを関連づけるという当初の予定は、更に次回に回します(^ ^ ; )

あと、心理臨床の大学院生の皆様へ:

博士前期過程の2年間は短いですが、どうか、臨床心理学や精神医学、心理療法や心理検査の本ばかりではなくて、歴史でも、映画でも、音楽でも、興味の向くままに渉猟(しょうりょう。狩りをするかのようにして探しまわる)する心の余裕を大事にしてください。

しかもその際に、いちいちそれらの対象を「心理分析的観点から」理解しようとするのではなく、単純素朴に感動するとか、おもしろいと感じるかとうかを大事にして下さい。

結果的には、その方が、専門書も、いつの間にか、奥の深いところまで実感をもって味わえるようになります。

*****

【一口知識】
ハンガリー語では、日本と同じように、姓が先、名が後で表記します。だから、例えば英語なら「マイケル・バリント」、ドイツ語なら「ミハエル・バリント」と呼ばれる人物が、母国語だと、「バーリント・ミハイー」になるわけです。

有名な作曲家、バルトークも、「バルトーク・ベーラ」なわけですね。

****

ということで、無理やりこじつけて、推薦BGMは、

ハンガリー出身の往年の名指揮者、フリッツ・ライナーとシカゴ交響楽団による名演として誉れ高い、
バルトーク:管弦楽のための協奏曲/弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽/ハンガリー・ス...バルトーク:管弦楽のための協奏曲/弦楽器,打楽器とチェレスタのための音楽

にしましょう。ライナー時代のシカゴ交響楽団の演奏の厳しさを、若い世代の方にも知っていただきたいので。特に「弦・チェレ」のtightな緊張感!!

2006/05/12

熟練者による指導の元で、極めて能動的・主体的に技を磨こうという好奇心と探求心のあふれる人間にしか技能は伝え得ないという前代未聞の事態について、こういちろうによって語られる

フォーカシングのトレーナの国際資格「認定資格者」としては、誠に不謹慎とも思える発言からはじめたいと思います。

時々、フォーカシングを学ぶことによって、自分の人生を変えることを、一代決心と覚悟の元に、私の元に現れる方があります。

全く正直に言いますと、私はそういう方に対しては「引いて」しまうことが多いのです(^^;)

そして、

「あ、このタイプの人は長続きしないことが多いもんな」

などと思ってしまいます。

単なる熱心さだけではだめなのです。

この人、フォーカシングを自分で「面白がって」

いずれ私を見捨てて、自分で勝手に、ひとりよがりなまでに探求を果てしなく、懲りることなく続けていき、

私にとってのフォーカシングの理想への道はまだ険しい!!」

と絶えず歯噛みしながらも諦めずに、自分の信ずる方向に技を深め、私を「過去の人」として歴史の彼方に葬り去り、自分こそフォーカシングの歴史を前に進めた者であると自負し、心理臨床に限らずに自分の分野で大立者として活躍し、私を一回ぐらい講演会の講師に呼んで、乏しい家計にささやかな手助けをすることもないまま、私の死を偶然北海道新聞紙上で知り、私の恩も忘れ、往復3万ほどの航空料金を出し惜しみ、葬儀の焼香に訪れることも、中井久夫先生が、我が恩師、故・村瀬孝雄先生に長文の弔辞を持って報いたようなこともせずに、香典を1万円ポッキリしか寄越さないぐらいにならないと、私の立派な不肖の弟子、後継者として、草葉の陰で見守ってはおれず、さもなくば毎晩夢枕に立ってうなしてやって、Dreamfocusing
夢フォーカシングの技を磨かないと生きていられない状況に追い込んで呪ってやるぞ、と半分まじめに思っていま.....

Donquijote
(実は、スペインものの延長として、セルバンテスの「ドン・キホ─テ」を岩波の全巻(6巻組)セットで買って読み出して、半日で第1巻を読破、小説嫌いの彼に珍しく、こんなに読んでいて痛快でおもしろい本に巡り合ったことはないという感動にうち震えていたもので、あの作品のすさまじいマゾヒズムと過剰な饒舌さが、もともとその気(け)があるこの時のこういちろうに乗り移っていたというふうに、拙(せつ)は愚考する)。

(ただ、残念なことに、私はこの続きを続けることができない。なぜなら、ここで写本の続きが散逸しているからである。.....もとい、こういちろうがせっかく書いた原稿を、パソコンのブラウザのタブの操作ミスで、ネット空間の果てしない闇の中に散逸させてしまい(マジ)、すぐにもう一度同じことを一から感興のままに書きはじめる意欲を喪失したためのようである。)

(私がネット空間を通してブルゴスの古書市場から偶然に発見でき、ムーア人に翻訳させた写本の続きに関しては、次の回をお待ちいただきたい)

次の章では、こういちろうによって、テクニ─クスキルの違いについて、ハンガリー人(びと)たる、暗黙知の次元ポランニュイ・ミハイ─なる者と、バーリント・ミハイ─なる、二人のミハイ─の学説を強引に重ね合わせる,新たなる大胆な冒険が語られる)

***

推薦BGM:
サラ・バラス舞踊団「フアナ・ラ・ロカ(愛に生きる)」”Juana La Loca"(VIVIR POR AMOR)/BALLET SARA BARAS

*****

更に広告:

今絶版中の1972年版「ラ・マンチャの男」に加えてこの名作ミュージカルのラインナップなら、この値段は、まだ買ってない人にはお手頃かも知れない。

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