中世

2009/09/20

チャールトン・へストンの真の代表作というべき映画「エル・シド」とその歴史的背景

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

 この映画、感動のラストシーンで、知る人ぞ知る、歴史スペクタクルの傑作です。

 なのに、「十戒」「ベン・ハー」ほどに人気がない最大の理由は、この映画で描かれている11世紀の頃の段階での、スペインにおけるイスラームからのレコンキスタ(いわゆる「国土回復運動」「再征服運動」)について、日本人の関心がそもそも低いこと (少なくとも、アルハンブラ宮殿が絡む、イザベラ女王時代の、グラダナ陥落(1492)による、レコンキスタ完全達成の頃に比べれば)が大きいのでしょう。

 かつてのスペインの独裁者、フランコですら、「エル・シドの再来」と呼ばれながら歴史の表舞台に躍り出た。そのくらい「エル・シド」という名前のネームバリューが日本と欧米では違うのだと思います。

 クレジットには明記されていなかったと思いますけど、この映画の歴史考証をしているのはスペインを代表する歴史学者で、「エル・シッド・カンペアドル」で知られる、ラモン・メネンデス・ピダルという人。この人のエル・シド観はすでに古いと学術的には言われているけど、少なくともこの映画が製作された時点ではまだまだ最高権威でした。

 一見わかりにくい錯綜した人物関係も、恐らくエル・シッド伝説を基本教養としているヨーロッパ人なら、このくらいで十分に理解できるという水準なのだろうと思います。

 むしろ、映画制作当時としては歴史考証の細部にリアリズムのこだわりがあるとすら言えます。

 例えば、海の向こうから押し寄せるイスラム勢力が、なぜ、アフリカ的な装束しかしていないのか?

 後代のオスマン・トルコの軍楽隊と全く異質であることに我々は衝撃を受けるのか? 

 何とも狂信的な指導者なのか?

 全部、この映画が作られた「当時最新の」歴史考証の結果なんですよね。あの衝撃のラストシーンにも、ちゃんとそれなりの歴史文献的根拠がある。

 以上、イギリスの歴史学者フレッチャーによる「エル・シッド―中世スペインの英雄 (叢書・ウニベルシタス)」 という本で、ピダルの学説への丁寧な批判と、何と、チャールトン・へストン自身にすら取材して、映画のワン・シーンも写真で掲載して書かれていることなん です。映画「エル・シド」を実際に観た人が、その虚構性がどのあたりかまで歴史背景をお知りになりたくなったら、この本に止めを刺します。

 理想化された騎士道の物語として観ても、これほどすばらしい映画は滅多にない。この「泥臭さ」があってこその騎士道。 

 馬上槍試合の描写、エル・シド在世当時と厳密には一致しないとしても、少なくともある時代の中世騎士道で理想化された作法の、実に忠実な再現です。アメリカで幅広く読まれていたという、ブルフィンチの「中世騎士物語 (岩波文庫)」を直接参考にしているのではないかと憶測します。

*****

 「エル・シド」関連の記事というと、当ブログで一時期、探求の紆余曲折を重ねつつ、延々と取り組みましたけど(この記事がその集大成です)、今回、goo映画レビューにすでに書いていたものを更に推敲して「カウンセラーこういちろうの書評・DVD・CD評ブログ」向けに掲載したものを、改めてこちらにも転載させていただきます。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/03/29

「天地人」の直江兼続とエル・シッド伝説の類似性

 今日は日曜日なので、まさに日曜日向けネタを少し。

 今、NHK大河ドラマ「天地人」で話題の直江兼続

 ドラマの最初の頃は、

 「てめー、ポチか?(^^;)」

といいたくなるくらいに頼りない純情ぶりを発揮していましたが、ストーリーが上杉謙信亡き後の跡目争い、「御館の乱」に突入したあたりから、やっと少しずつですが、逞しくなってきましたね(^^)。

 実は、ここで描かれつつある、兼続と主君上杉景勝との関係というのは、実はいろんなな意味で、中世スペインが徐々に統一される過程で伝説的なヒーローとなった、「エル・シッド」伝説における、エル・シドこと、ロドリゴ・ディアス・デ・ビバールと、主君アルフォンソ6世の関係と(史実はともあれ、伝説上は)、びっくりするほどに類似している。

 伝説上の「エル・シッド」像については、チャールトン・ヘストン主演の映画「エル・シド」において、スペインを代表する歴史学者、ラモン・メネンデス・ピダル直々の綿密な歴史考証(今では古い説なのだがか、前の年に同じへストン主演で「ベン・ハー」が公開された当時としては、よくぞここまでやったといいたくなる。ぜひ衣装の「着せ分け」に注目!!)のもと、映画音楽の巨匠ミクロス・ローザによる「エル・シドのマーチ」高らかに、中世の騎士道物語を、実に華麗なスペクタクルとして描き出している。

 私の最愛の映画のひとつということはこのブログで何回繰り返してきたことだろう。

エル・シド(1961) - goo 映画

Elcidcd
  「エル・シド」のサントラは、今やCDでは海外でも絶盤です。

 しかし、日米の好みの差なんでしょうね。「序曲」と「入場行進曲」だけなら、iTunes storeでなら、いろいろな演奏で入手できます。"el cid"で検索してください(^^) 

 私のお勧めは「入場行進曲」の方です。


*****


 詳しいことを書きすぎると、直江兼続とエル・シッドそれぞれの伝説上の人物像をまだよく知らず、これから「天・地・人」や映画「エル・シド」に接する人のお楽しみを奪うので遠慮いたします(^^)

 ただひとつ大きな違いを言えば、直江兼続が、もし御館の乱で勝利したのが史実と反対になり、越後の国から追放されたりしたら、その時どういう生き方をしたかな? という物語が「エル・シド」伝説の後半部分だといえば、ほぼ十分かもしれませんね(^^)

 主役の武人のパートナーとの関係を含めて、比較すればするほど楽しめます(^^)


 .......私は二人と同じように、決して○○を身に戴かないで生きると思う。


●エル・シド(1961) - goo 映画


*****


 なお、日本には、エル・シドについてのバランスのいい歴史解説書はほとんどないのが現状です。

 ....というか、次の本以外を読むと余計な回り道にしかなりません。
 史実と厳密に比較しからの、映画自体の解説書としても完璧です。

○エル・シッド―中世スペインの英雄 (リチャード・フレッチャー著/林邦夫訳 法政大学出版会 叢書・ウニベルシタス)


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2008/09/24

昨日からにほんブログ村に参加しています。どうかよろしく!!(第2版)

 すでにお気づきの方もあるかもしれませんが、やっと昨日午後から参加しています。

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 私のプロフィールはこちらです。


 《2008/9/25 19:08更新》

・メンタルヘルスランキング 573位 -5167サイト中
 └心理カウンセリングランキング 14位 -130サイト中
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です(^^)

今後は、以下のクリック、どうかよろしく!


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2008/09/20

「成仏」してもらうためには、「悪霊退散!!」だけではうまくいかない。

 これは、フォーカシングについてのこわーいお話です(^^)


******


 ある位の高い貴族がいました。源の某(なにがし)としましょう。

 彼は以前、出世のために、それまでつきあっていた幼なじみの女性を見捨て、別の女性と政略結婚するばかりか、今後の出世に響きかねない、政治上の秘密をいろいろと打ち開けて来たその女性の存在そのものが厄介と感じましたが、殺すには忍びなかった。

 そこで、その女性の実家そのものにいわれなき大罪を着せ、父母を死罪、一族を、その女性もろとも島流しにしてしまいました。

 女性は、若くして流刑先で寂しく生涯を閉じました。


*****


 ちょうどその頃、源某がついに右大臣に登り詰めたその晩から、怪異な現象が頻発するようになったのでした。

 まず、幾人かいた某の子供が次々と病気になりました。都の彼の屋敷の近辺では、狐火を見たという噂が絶えなくなりました。更に、天候不順で日本中が不作に陥りました。

 こうした中、某自らも塞ぎの虫に取り憑かれ、政務にも出ず、自宅に籠る日々が増えました。

 彼は国内安堵の加持祈祷をたくさんの僧侶に求めました。
 しかし効果は全くありません。

ついには、政(まつりごと)にさし触るという理由で、帝(みかど)から若くして引退し、出家することを勧められるまでになりました。

 そうした晩、枕辺に、おどろおどろしい九尾の狐(王子のきつねではありません.....といっても落語のタイトルにもあらず......)の霊があらわれました。

 彼は恐れおののき、稲荷大権現に参拝し、献金し、更にさまざまな祈祷師に頼みますが、夜な夜なきつねの霊は彼の枕辺に現れ、彼の眠りを妨げるに至りました。


*****


 そうした中、小康を得て、久々に某は少数の家来を伴い外出しました。

 ある他家の屋敷の門前で、門番に厄介払いされ、傷ついたぼろぼろな装束の旅の僧侶を不憫に思った某は、その僧のそばに行き、食べ物と若干のお金を施しました。

 その僧から、

  「凶相が出ておいでです」

と云われた某は、更に彼を屋敷に招き、新しい衣服を与えました。


 僧は云います。 


「その九尾のきつねは恐らく仮の姿に過ぎませぬ。狐の霊が何を伝えようとしているのか、虚心に向き合おうとされましたら、何か答えてくれるかもしれませぬ」 


 某は、その僧にわずかばかりの領地を与え、近隣に住まわせるようかと思いました。

 最初、その僧に大きな寺を寄進しようかと持ちかけますが、僧いわく。


 「小さな庵(いおり)で結構でございます。あとは日々の衣食足りれば」


 某は云われた通りにして、時々僧の庵にお忍びで足を運ぶようになりました。


******


 某は、毎晩、狐の霊が現れる度に、恐れることなく、その霊と対峙しようと試み始めました。

 最初は、狐のおどろおどろしい姿に身の毛が振るえ、布団から顔を出すこともできませんでした。


 「我ながら情けない。どうしたものかのう?」


 と翌朝僧に尋ねますと、


 「しかたありませぬな。最初は布団をかぶったままでもいいでしょう。
 
  ただ、


 『そのへんに狐様がお見えなのは気づいております。

 お姿を拝謁する勇気が出ない私を、どうかお許しください』


 と念じて,そのまま眠りにつくだけでもよろしいでしょう」


 と僧は申します。


 その晩、枕辺に狐が現れた時に、某は僧の言われた通りにしました。

 すると、狐の霊がそばにたたずんでいることに気づきながらも、そのまま安眠することができました。

****


 毎晩のようにきつねの霊は某の枕辺に現れました。

 そのうち、狐の霊を見つめることが怖くなくなってきました。

 最初は怖いばかりと思っていた狐の姿が、実は自分を脅かそうとする様子はなく、静かに、ただ、こちらを見つめているだけであることにも気がつきました。

 「狐様は何を私におっしゃりたいのですか?」

と声をかけてみましたが、返事はありません。

 そのまま沈黙の長い時を、狐の霊と向かい合ったまま、意外なまでに怖さを感じずに過ごすうちに、いつの間にか寝入ってしまう。

 そういう晩が幾晩か続きました。


****

 某は、再び僧の元に出向き、

 「狐様から何の答えも返してもらえないのです。

 そのまま寝入ってしまうことを繰り返しているようでは、

 何か狐様が新たな罰を加えて来られるのではないかと心配になってきました


 僧は答えます。


 「そういう殿の思いをそのまま狐に実際に返してあげてはいかがかのう?」


******


 その晩も狐の霊は現れました。

 そこで、某は、僧の助言通り、

 「狐様のご返事が得られないままであることを、
 まだお許しが得られないのかとも感じ、
 それがしは焦りを感じております」

 と伝えます。

 すると、どこからか女性の声で、

 「きつねは獣じゃ。口をきくわけがございますまい。
  『気配』で伝え、『気』で察するしかありませぬ」

 と。

 それはそうかと得心して、再び狐の霊の方を見ますと、

 そこには、もはや、九尾のきつねではなく、一匹の野ギツネが、じっと座っているだけのように見えました。

 その毛の色は、金色に輝いてはおりましたが。


*****


 某は、そうやって野ギツネに変化(へんげ)した狐の霊と、毎晩出会い、沈黙のまま共に過ごすようになりました。

 もう、怖いという気持ちが薄れ、毎晩キツネが「会いにくる」ことを孤独の中の心の癒しとすら感じ始めました。


 ある晩、思わずキツネに語りかけました。

 「キツネ様は、まるで私を守るために毎晩現れて下さっているようにすら感じるようになりました。私を警護して下さる、番犬のようですらある、こんな番犬なら、現実に飼ってみたいものだ、などという不謹慎な連想すらしてしまいましたが」


 キツネの目が一瞬更に細くなり、満月に照らされて、背中の金色の毛並みが一層輝くかに見えたのは、某の気のせいだったのかどうか?


*****


 その晩、某の夢の中に、あのなつかしい女性の若い日の姿が現れました。


 思わず飛び起きた某は、涙を流しながら、すべてを察しました。


 「お前こそ、そばにずっといて欲しかった人。

  そして、私を守って、魂を癒してくれた、その人であったのに......」 


******


 昔話ではありませんので、この後、源の某がどのように生きたかは、皆様のご想像にお任せしましょう。


 ただ、ひとつだけ言えるのは、僧は、某が再び訪問した時、


 「当面の旅のための蓄えの分だけを謹んでいただきます」


 という置き手紙を残したまま、何処かへと旅立っていたということです。


*****


 これは,フォーカシングを学ぶ人のための、私の創作童話です(^^)


 狐の霊=あなたの中の正体不明のモヤモヤ、フェルトセンス


 ........これだけの説明で、フォーカシング学習者には、更に付け加える言葉は不要かと。


 更に言えば、アン・ワイザーさんの「こころの宝探し(Treasure Map)」ふうかもしれませんね(^^)


●アン・ワイザー・コーネル/フォーカシング ニュー・マニュアル


※関連記事:

●対話で解決しようとばかりする前に(久留米フォーカシング・カウンセリングルーム)


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2008/07/11

「謝罪させ」ブームへの違和感

●フィレンツェ落書き学生らが平和大使に 現地で号泣謝罪(msn=産経)

 世界遺産に登録されているイタリア・フィレンツェの「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の壁に落書きした岐阜市立女子短大生らが9日、フィレンツェ市役所に謝罪した。謝罪を受け止め、姉妹都市関係にある同市は、女子学生らを平和大使に任命した。


●【外信コラム】イタリア便り 大聖堂落書き事件(msn=産経)

先週初め、フィレンツェの民間放送局から電話インタビューを受けた。もちろん、話題は当日のイタリアの各新聞も大きく取り上げた「日本人観光客による大聖堂の壁面への落書き」である。各紙は岐阜の女子短大生と京都産業大生の落書き、高校野球部監督の新婚旅行中の落書きが日本で大反響を巻き起こし、彼らが厳重に処分されたことから、大聖堂側が謝罪で十分だとして修復費用の申し出を断ったことまで詳細に報じた。

 ただし、この事件に関するイタリア側の驚きは「日本人観光客の不届きな行為」への怒りからではない。自国民による落書きを恥じて証拠写真を学校側に送り付けた日本人観光客の潔癖さと、直ちに落書きの犯人に厳重処分を下し謝罪した学校側の対応に驚いたのである。

 実際、私もインタビューの冒頭で「普通の日本人観光客なら誰でもローマやナポリのバス、電車の側面、町の建物の壁に書かれている落書きの多さとひどさに驚いてしまう」と述べたが、これまでイタリア各都市当局の落書きへの対応はあまりにも寛大過ぎた。

 幸い新しく選出されたローマ市長は、落書きに対し厳しい罰則条例を用意することに意欲を示している。日本人落書き事件が一部イタリア人青少年の慢性的な悪癖を退治するきっかけとなるよう祈る。(坂本鉄男)


*****


 この事件、

1.ネットに短大生の落書きの写真が何者かによりアップされたことに始まり、
2.「壁にサインを残すと幸せになります」というマジックペン売りが当たり前のようにいる事実が明らかとなり、
3.英語やイタリア語の落書きがずっとたくさんあることが報道される

この時点で、倖田來未の「羊水腐る」発言の頃から顕著になった、日本の「謝罪させ」ブームはここまで来たかとiいう違和感があった。

 倖田來未の発言問題は、何よりラジオ局側の責任だろう。ラジオ局が「倖田來未に不適切な発言がありました」と、番組の中でなくてもよくて少し遅れた時間にでもいいから謝罪があれば、ここまで問題は大きくならなかったことは目に見えていた。

 私の行きつけの近所の「八百屋さん」でよく流れているので気づいているのだが、みのもんたさんのラジオ番組は、この「不適切な発言がありました」を、すぐに番組内で繰り出すからこそ許されているようなものであることから鑑(かんが)みても。

******

 今、「謝罪させブーム」と皮肉ったけれども、これは政府や公務員や企業の汚職や脱税や食材使い回しや不当表示についてまで一緒くたに皮肉るつもりはまるでない。

 「非常に表層的な事柄」についての責任追求と、日本の内部に巣食う深刻な問題をえぐり出すことが、今の日本で一緒くたにされていることへの危惧を私は言いたいのだ。


 表層的な事柄で「清く正しく」あることなんて簡単ではないか。
 
 そのぶん、深層の問題は目隠しされるのである。


*****


 戦後日本において、人々が自分たちの現在と未来に危機感を感じ、不安と「先すぼみ」を予感している時代はかつてなかったと思う。

 フィレンツェ市が、彼女たちを「平和大使」に認定してくれたことを、彼女たちを救い、かつ、彼女たち自身を超えた意味で、「未来に開かれた」、オトナの対応だと感じる私がいる。

ここで「イタリアの落書きが減るきっかけになれば」ということを、日本のマスコミの人間が口にすること自体が、恥知らずだと私は思う。

逃げ回っていた犯罪容疑者が、逮捕されたあとで、「これをきっかけに犯罪捜査能力が更に高まることを祈る」と発言するようなものであるということ。

そんな歪んだ愛国心なんていらないよ。


*参考記事*

●「思い込みが過ぎる」ことを、実社会を生きるしたたかなシミュレーション能力に「変換」させよう!!

2008/06/20

「見せしめ」死刑執行は20-40前後の人間の自殺者を増やしかねない(第4版)

宮崎の死刑の是非は置く。

死刑論議にも関与すまい。

ただ、このタイミングでの「死刑執行」が(すでに言われていることらしいけど)秋葉原の事件を受けての、早速の「見せしめ」効果を狙ったと受け取られてもおかしくない(少なくともそう受け取られる可能性が高いことを承知で出さないとすればおかしい)あたりを「うさん臭い」と思うのは全く自然なことと思います。

はっきりいって、それを狙ったとすれば、現代日本とは、何とも「野蛮な」仕方で治安を守る、中世前期ヨーロッパの異民族との戦争クラスの前近代的な社会でしかない。

今は「モーロ人」と戦ったシャルルマーニュやエル・シドの時代ではないのである。

「異民族」に新たに虐殺された見せしめに、ずーーーっとロンドン塔かバスティーユに監禁していた「その異民族」の「有名人」を公開処刑したようなもので。

何か、最近の「正論」って、ものごと割り切り過ぎて自分もその正論の犠牲者になる可能性を考えてもいない気がする。

そこで政府の政策(あるいはポピュリズム的世論)の支持をしても誰もそのぶん自分たちを助けても援護してもくれないよ.....といいますか。


ユングの「影」や「相補性」の概念を持ち出すまでもなく、


「私は『あいつ』のような人間ではない」


という論理よりも、


「自分の中にも『あいつ』と同じようなところがある」


という感覚がある人間の方が,結局は強い
気がしてね。

*****


かつて、東京埼玉幼女連続誘拐殺人事件で宮崎が逮捕された日の報道が「おたく差別」になる危険を、逮捕の当日の夕刊を各紙買い占めて読んで、その晩のうちに朝日新聞「声」欄に投書し、数日後掲載された人間として。

私は、あの投稿をしたその日から、自分はカウンセラーだから彼とは異次元だ、なんてただの一度も感じたことはない。

もっとも、宮崎のことを「多重人格」という方向で鑑定しようとした人たちは、精神医学の中で蓄積された「多重人格」という診断の価値を「安く」してしまった張本人だと思う。

ちょっとした臨床家なら、あそこで「多重人格」の診断を持ち出すことが「あまりに素人臭いアマチュアリスム」の次元だと気がついた筈だ。

精神医学の世界ですら、明らかに診断に「流行」がある。

鬱病は古代ギリシャから普遍的に観察された病だが。


いや、およそ社会に置ける新しい概念は「過剰使用」されたあげくバブル崩壊して見事な値崩れを起こす。

何でもかんでもその概念を当てはめるうちに、別のものに化けるのだ。

「地球温暖化」や「グローバリスム」ですら、20年後には陳腐な概念として振り返られるかもしれない。

いつの間に「アダルトチルドレン」は差別語になったの?

*****

すでに公開されている情報から見る限り、彼には責任能力はあったと思う。ただ、拘置の過程で抗禁性精神病状態に入っていた、あるいは、いろいろな人が勝手にいろんな診断をする中で、彼自身がそれに振り回されていよいよ混乱していった(あるいは彼の中のよこしまな心を更にかき立て、更に邪悪にした)可能性は否定できないだろう。

敢えていうが、彼がこのタイミングで見せしめ的に死刑執行されたことで、実は、45歳前後以下の世代のマジョリティすら持っている危機的な「何か」が一緒くたに「葬り去られた」気がする。

法務大臣は、今後仮に無差別殺人は減ったとしても、20代から40代の自殺者はぐっと増えかねないことをやらかしている気がしてならないのね。

オイルショックの頃、石油に限らず、世界中の資源がまるで21世紀初頭にすべて枯渇してしまうみたいな「政府公報」が繰り返し流されていたことを忘れない世代として。

「それが世界の潮流である」

ということは、その潮流に乗っていたら社会がうまく行くこと、自分も生き残れることはみじんも意味しない。

30年スパンで見たら、笑いたくなるくらいに「世間の常識」は変動しているということ。


******


宮台さんが自分のブログで、


●公共機関のために準備中の文章です。誤りのご指摘やご意見をお待ちします。(MIYADAI.com Blog)
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=652

として載せている原案、「社会包摂性」ということがキーワードとされています。

宮台さんなりに、最近の状況について、単に「評論」するのではなく、社会的に「コミットメント」しようというスタンスを感じます。

「フリーター」という言葉に変わって「ワーキングプア」という言葉が一般化するまでに、実は2年もかかっていないということ。

少なくとも20代後半から40代前半ぐらいの世代って、誰からも具体的な処方箋を政治水準では提案してもらえないまま、責められるばかりになっている気がします。

それを超えていくパラダイムを日本社会に提示しようとしているだけで、その心意気は買いたいですね。


******


恐らく、私の世代は、実の親が、単に「銃後」ではない、大陸での戦争の現実を体験し、背負いながら戦後を行きてきたことを肌で感じている最後の世代かもしれない。

団塊世代よりも前の世代の「戦争体験者」感覚が、自分の中に濃厚に生きているのを感じる。


私の祖父は、関東軍の軍属で、ソ連の戦車におわれて引き上げる中で、何か非常に不透明な状況下で「殺されて」いる。父も銃で死んだ死体しか観ていない。

父親の兄のひとりは、現地で徴兵され、阿片窟で死んだことは歴史資料からほぼ確実らしい。(父親が長年かけて史料を読みあさり、執念で突き止めたようだ)

「阿片窟」で連想する映画といえば「ラ・マン(愛人)」ですが。

生き残った父と祖母は、昭和21年まで1年間大陸で生き延びた。

その優しくも気骨があった祖母こそが、私の中にある親より上の世代の「原像」であり、私の高校時代までの人格形成に大きく影響していると思う。

引き上げた先の福岡の実家は、東京生まれですぐ大陸に渡った父にとっては「故郷」ではなく、「異郷」だった。

私は,私なりに父親の身体に染み付いた「闇の部分」を引き継ぐだろう。


******


昨日、「愛と哀しみのボレロ」(Les Uns et les Autres)を実に久しぶり(恐らく20何年ぶり)に、しかも完全版で観た。

私の大学学部生時代の映画。

原題と邦題が全然ニュアンスが違う映画としてマニアには知られているかと思う。

"Les Uns et les Autres"って、英語でいえば「"THE WE"and"THE OTHERS"」というあたりか。 直訳だと「私たちと他人」あるいは「俺たちとあいつら」ってとこ? 

実は作品の中で繰り返して出てくる歌のタイトルでもある。


 自分たちと他人
 自分たちと他人

 お互いが他人なのに
 尽くす人は少ない

 理屈ではわかっていても
 救いを求める声を聞き流す
 他人のことを聞き流す

 人は皆平等だけど
 特別大事な人もいる

 ジョージ・オーウェル言うとおり
 他人は他人
 他人は他人
 


 私が学部学生時代に読んだ、反精神医学の旗手、イギリスのR.D.レイン「自己と他者」っていう本(私がレインの本の中で一番親しめた本)のタイトルも連想するけど、これはあながち思い込みではない気がする。


DVDは完全版ではない3時間10分ほどのもの。現段階でVHSビデオ2巻組の中古でしか観れない完全版は4時間です。ビデオの画質は「凄く良好な」部類と思いますよ。DVDにダビングしても良好な画質保てます。ブルーレイ時代の本格突入待つしかないか? 入手難の作品です。

参考までに。確かPart1のビデオが冒頭の予告編付きで2時間25分くらいでヌレエフ(がモデル)のソ連ダンサーのパリ空港での亡命シーンまで。Part2のビデオが2時間6分です。

これ、カラヤンとヌレエフとピアフとグレン・ミラーをモデル(といっても史実とはいろいろ違うが)にした4家族の歴史が交錯する大河ドラマ、というくくりかたが紹介でよく使われるけど、実は完全版まで観ると、ベタン政権とナチ占領軍にゴマをすって戦後一転して転向して大物になった人物とその娘やら、アルジェリア戦争帰還兵という無名の男性4人とそれに絡む男女関係やら、実は「有名人」ではない人々を含む、合計8家族が緻密に織りなす(ひょっとしたらフランス人だとモデルとなる人物がもっといろいろ思い当たるのかも)からこそ面白い、よくこれだけの人数の登場人物の関係を緻密に統合できたと感じる、実に厚みのある大河ドラマなのだ。それが本来のこの映画の持ち味。

少なくともカラヤンのナチとの関係やヌレエフの亡命事件ぐらいは自明の教養水準として要求されるけど、あとはフランスのベタン政権(ヴィシー政権)アルジェリア独立戦争ノルマンディ上陸作戦についての世界史の教科書クラスの知識があれば、この作品を味わうのに何も困らないと思う。

これは完全版で2回ぐらい通して観ると、どんどん味わい深くなる映画だと思います。一回観ただけでは登場人物の互いの絡み、とらえきらないし。

クライマックスの、ベジャール振り付けの、今は亡きジョルジュ・ドンのカリスマ的な「ボレロ」シーンだけがひとり歩きしているけど、このシーンにすべてが結実するこうした数多くの登場人物の歴史こそが本題。いわばその収束的救済のための「虚構の祝祭」がクライマックスということにあるわけで。


*****


この映画に「我がことのように」共感する感性を、現代はもはや失いつつあるのだろうと感じる。


すっと以前の映画だが、私は、「日本の一番長い日」も「白い巨塔」も子供時代に鮮烈な印象で同時代的に観た世代である。


******


何か脈絡が散文的になってしまったが、

ここで書いたことの中に、恐らく今後の私の人生を決める、何かが含まれている気がする。


続きはこちら

2008/01/18

こういちろう学習障害あるいはADHD、あるいは「星の王子様」説(第2版)

 「この人ADHD(注意欠陥障害)? それとも学習障害(LD)かしら?」


 恐らく、このサイトをご覧いただいているカウンセリングの専門家の中で、ほんとうに勉強されている方は、そういうことをお感じの方っていると思います。

 さすがにもはや「躁うつ病」しかでみないようなら、現代臨床心理学におけるアセスメント能力としては欠陥が多すぎる(爆)

 そして、ここまで書いてきたら、そして、写真まで公然と掲載しているから、体型も資料になるわけで、私のベースが、どう見ても、クレッチマーのいう「躁鬱気質」からほど遠い(全然社交的ではないものね、本来は)こともおわかりのはず。

Ann_weiser__and_koichiro

 でも、人間は大好きだし、冷たい人間ではない(むしろ無茶苦茶ホットでハートフルな)ことも伝わってると思うし、体型も根っからの細身ではない、むしろ肩幅が広い、ずんぐりむっくりであることもわかるでしょう?(私の師、村瀬孝雄先生は、立教の研究室に私を迎える直前、他の院生に「今度来る奴は柔道の選手みたいな体型をしている」と事前に伝えていた) 。そうなると、分裂気質説も不十分(30%は分裂気質でしょうけど)


++++++


 そうなると、残るのは、てんかん型、あるいは闘士型といわれる執着気質、ないし中心気質と呼ばれるものですね。これについては私の古くからの知り合いで、私の「エヴァ」本プロデュースをはじめとしていろいろ引き立ててくれ、著作も凄く多いどころか、近年はTV出演もなさる、同じ開業カンセラーの矢幡洋さんが、「『星の王子様』の心理学」で書いたことがあまりに私にもあてはまります。

 (ちなみに、私のもうひとつの古くからの大事な人脈が、「あの」NHKアナウンサーを奥様にした、テレビでもおなじみ、文化人類学者の上田紀行さんです)

 人と、むしろ開けっぴろげまでに胸襟をひらいてつきあいたい。そして、「星の王子様」に出てくる薔薇のような女性の側面は嫌悪してますしね。女性のそういう側面に媚を売ることは死んでもするかと思っている(このことを肝に銘じていたら、私とつきあいやすくなるよ、女性のみなさん)。

 そして、圧倒的なまでのひとつの対象への持続的集中力としぶとい職人性。気難しさ、「瞬間湯沸かし器」、一種恍惚とした超越的世界に一瞬にして突き抜ける側面(空海さん)、そして、好戦的なところ、とくれば、むしろいよいよ『闘士型』こそベースとわかる。

 時代が違えば、私は宮本武蔵か、それこそ、中世スペインの英雄「エル・シド」なんです。

 あるいは、現代なら、言うもはばかれるけど、イチロー中田!! 


 だから、「お通さん」や「ヒメナ(エル・シドの妻。映画のソフィア・ローレンですね。この人、ホントにエル・シドの死後、2年ぐらいはバレンシアの領主を務め上げたくらいに「できた」人だったみたい)のような女性を心の中でずっと求めている(「イカ天」の頃の、イチローの奥様、もう、最高に好みの女性でした!!)し、そういう女性たちをほんとうに苦しめかねない。

 すぐに旅立っちゃたり、人質に取らせたり、やりかねないので。自覚してます。この点で女性に負担が大きいのは。

 でも、今は政略結婚やお世継ぎのためにで妾を増やす「現実的必要」ないでしょ?
 ほんとうは、すごーーーーーく、一途ですよ!!!


******


 ......となると、まずADHD(注意欠損障害)仮説はちょっと似合わない。確かに話題は次々飛ぶけど、私って、実は何を「話題」にしいていても、実は、手を換え品を換え、同じテーマを追求しているということは、すでに常連の読者の方はお気づきかと思います。

 学習障害仮説は肯定します。テスト用紙に向かいさえすえば、業者テストの国語は学年一、社会科も、普通に勉強して業者テスト全国上位、共通一次試験第一期生で国語自己採点198点。

 一方、数学は、幾何など、空間認識が関われば、あるいは「集合論」(記号論理学って、実は「集合論」との親和性が高いのは、学んだ人は知ってますよね!)には、ついていけたばかりか、ある種のセンスがあったけど、要するに微分・積分・方程式の世界を全く理解できない永遠の学年最下位


******

 もっとも、ほんとうの学習障害の人って、この程度のものではないことは、先日の研修会で笹森理絵さんのお話に接して、よくわかりました、彼女の100倍希釈に過ぎませんね。私の学習障害度は。


*****


 いずれにしても、これで私の今年の恋愛の抱負、「とことん高望みしてみる」の真意が少しつたわりましたよね。

「その人を自分が苦しめ、傷を負わせないかとうか、十分に吟味し、少しずつ交際を深める中でお互いを理解していく。できるだけいきなりセックス(セルクス)しない(爆)」

ということ!!

2007/11/16

水天宮保育園様、二宮尊徳翁の言葉教えてますか?(第2版)

 私のサイトって、若い人からすると、やや難解な熟語を多用しているとお感じかもしれない。

 これは、私の小難しくて回りくどい言語表現が、もっと平易でわかりやすいで書いていいにもかかわらず、繰り出されている可能性もある。この点では常々反省もしています。

 熟語を使いすぎると、特に音声だけでは意味がすっと入らない場合が多い。

 私って、そういう、漢字がすぐに思い浮かばないと意味が通じない言葉を平気で使うことがある。その点では、ラブ・コールの際に相方に申し訳なく思ってます(^^)

 「会社始業時にはさ.....」

 「え? 企業????」


.......まあ、こんな調子。


会社始まる時にさ」.....と、なぜすらっと浮かばんのだ(^^;)

.....いつもののろけはこのくらいにして。


******


 私の書き言葉を含めたやや古風な言い回しの背景には、「幸福論」(もちろん椎名林檎ではない)で著名な、スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティを中学時代にむさぼり読み、そこからヨーロッパ文化や教養のエッセンスと、草間平作訳による、インテリ的な言葉遣いを肌になじませたことが一つにはある。

 そして、大学学部(哲学科です)を出たばかりの頃から、ジェンドリンの「人格変化の一理論」の旧村瀬訳をこれまたむさぼり読み、そして、その少し前から、魅力的な文体なのは知る人ぞ知る、中井久夫先生のさまざまな著作に傾倒してもいたことも重なったのだと思う。

 ちなみに、私が旧仮名遣いに子供の頃からなじんでいたのは、父が復刻版を買っていた、田河水泡の「のらくろ」シリーズをむさぼり読んでいたからである。

 私が一番繰り返して読んだのはこれ。すでに戦時色が強まり、当初のアナーキーさが薄れ、国策的になっていますが。「羊の国」とはどこのことでせうか?


 .....そういう先達を貶めるような文体になってしまったのは、ひとえに小生の品位のなさのせいである(^^;)


*****


 さて、こういう伏線を張った上で、産経サイトへの「是々非々シリーズ」、第2弾!!


●【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ
(msn=産経)


 ものすごーく産経的な記事だが、実は前回ほどの違和感はないであります。

 まして、水天宮保育園とは。

 私は久留米出身で、水天宮は、花火大会のみならず、自転車で近くを乗り回した、私の「庭」である。

 水天宮は、推古天皇の御代以来、と伝えられ、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇を主神とする形で、水の神様として、筑紫次郎、筑後川を擁する、水の都久留米で、原始信仰に遡る、いにしえからの由緒を誇る。

 最近は地下鉄の駅名にもなった東京の水天宮は、江戸時代にここから分霊されたものに他ならない。


 「子供たちは難しい言葉でもすぐに覚えます。ただ『がまんしなさい』と言うより、偉人の言葉で伝えるとよくわかってくれます」

 さらに驚いたのはほとんどの園児が30分間、背筋をぴんと伸ばして講話を聞き続けることができたことだ。今年4月の最初の講話には10分も集中力が続かなかったのにである。

 三林講師が題材に選んだのは、西郷隆盛の少年のころの逸話だ。西郷の評判に嫉妬(しっと)した少年たちが、大勢で待ち伏せして西郷を襲う。西郷は1人で戦い、腕にけがを負いながらも勝つ−。身ぶり手ぶりの授業に、子供たちの目もくぎ付けになる。


 私は、日本の偉人伝が、身振り手振りを含めた「語り」として保育所で語られることに決して眉をひそめるつもりはない。子供たちは、講師が熱演すればするほど、興味深く感じて身を乗り出して聴くのではないか。

 仮に、楠木正成(まさしげ)・正行(まさつら)親子の「桜井の訣別」のくだりでもいいと思う。助太刀するとあとを追いかけてきた息子まで道連れにはせず、説得して追い返してでも、自ら負けそうな戦に敢えて旅立つ向かう父。父とはかくあるべし。

 史実の正行は、この時すでに立派な大人だった可能性が高いとしても、そういうこともあとで歴史が好きになったら探求すべし。

 【質問】この時楠木正成が赴き、実際に討ち死にした戦いは一般に何と呼ばれるか。

 高校の日本史でさすがにこれは今も教えていると思うけど。
 
 この「桜井の訣別」を唱歌にした「青葉茂れる桜井の」という歌、戦前派の方ならどなたでもご存じの歌かと思いますが、「世は尊氏の(まま)ならん」などと件(くだり)には、決して足利尊氏は単なる悪者ではなかったともいいたくなるが、こうした点は高校生ぐらいになって、興味をもって南北朝史を調べてたくなって、気づけばいいと思う、「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」と昔は呼ばれた。戦前の学芸会でもよく演じられたという。いつも持ち歩く私のiPodに、子供時代に聴いたレコードと同じ編曲のをみつけて入れてますよ)ばかりか、日本の戦前の唱歌や軍歌のほとんどについて、何番かの歌詞までは、少なくともうろ覚えはしている、なのに昭和35年生まれのこういちろうは思うのであった。

 軍歌を避けて、日本の音楽史を語るのはどうみてもおかしいと思っているし。それは日本への西洋音楽の同化の過程でなくてはならない役割を果たしたし。

 (.....まあ、これは理屈です。ともかく私は子供時代から軍歌に親しんでいたけど、決して軍国少年にはならなかったわけで。.....更にいえば、なるちゃんこと浩宮様こと皇太子殿下のファンのあること、それどころか顔立ちが似ていると自他共に認めることを、このサイトのあちこちで公言している、いずれ殿下の御代に人生を歩めるだろうことを心から光栄に思う、同い年生まれの「浩」一郎である。)


******


 いずれにしても、私は、それが実は史実的には虚構であろうと、日本の昔の偉人伝や名文句が伝承されていくことはいいことだと思っている、しかし、それを学習指導要領に載せるか載せないかでもめる人たち全体に、「もっと大事なことがあるでしょう?」とため息をつくタイプである。

 確かにいえるのは、再度の徴兵制施行には反対するという点だろう。

 そして、世界史の流れの中で、日本が、都合よく利用されるばかりの形になっているのに、政治家がそのことに無自覚だったり、ごまかしの答弁しかしなかったり、国民洗脳のためのキャンペーンとかがさりげなく進まないことを強く祈っている。

 問題は、社会の一般の「大人が」、重要な何かを勘違いしたまま歴史が進むことだと。


*******


 さて、そういうわけで、難しい文語調であっても、子供たちに語り聞かせられる言葉として、私は、二宮尊徳の、以下のような言葉を推薦しますので、詳しくはこちらこちらのリンク参照のこと。

誠(まこと)の道は、学ばずしておのづから知り、習はずしておのづから覚え、書籍(しょうじゃく)もなく記録もなく、師匠もなく、而(しこう)して人々自得(じとく)して、忘れず。

 是(これ)ぞ誠の道の本体なる。

 渇(か)して飲み飢(うえ)て食(くら)ひ、労(つか)れていね(=寝て)さめて起く、皆此(これ)類(たぐい)なり。

 古歌に

 水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけり

といへるが如し。

 夫(それ)記録もなく、書籍(しょうじゃく)もなく、学ばす習はずして、明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり。

 故(ゆえ)に天地を以(もっ)て経文(きょうもん)とす。

 予が歌に、

音もなくかくもなく常に天地(あめつち)は書かざる経(きょう)をくりかへしつつ

とよめり。

 「夫(それ)世の中に道を説きたる書物、算ふるに暇(いとま)あらずといへども、一として癖なく全きはあらざるなり。

 如何(いかん)となれば(=なぜならば)、釈迦も孔子も皆人なるが故なり。

 経書(けいしょ=四書五経)といひ、経文(きょうもん=仏典)といふも、皆人の書きたる物なればなり」


......以上、ほとんどは「二宮翁夜話」より。

 BGMは浜崎あゆみ - talkin' 2 myself - EP浜崎あゆみの"takin' 2 myself"と"decision"

2007/10/01

ステンカ・ラージンについて(第4版)

ヴォルガの流れは果てしなく続いていました。
ステンカ・ラージンは、手下たちと一緒の舟に乗っていました。
麗しいペルシャの姫に彼はご満悦。
でも、手下たちがそれを誹謗(ひぼう)していることに、ラージンは気づきました。

そこで早速、ラージンは、姫をヴォルガ河に放り投げました。


 「ヴォルガ、ヴォルガ、
 生みの母、
 ヴォルガ、
 ロシアの河よ。
 贈り物を受け取ってくれ。
 これがドン・コサックからの美しい贈り物だ」

Stenkara_2


* どうしてステンカ・ラージンはペルシャの姫をボルガ川に投げ込むのか
     (サイト「ロシア民謡の謎を追う!」)

そして、ラージンは、更に叫びます。

 「お前たちはなぜ沈んでいる?
 さあ、フィルカよ、
 踊ってくれ。
 皆で陽気に歌い、
 姫の冥福を祈ろう。」

(一般に日本で唄われている与田準一による訳詞とメロディはこちら。)

Don Kosaken Chor, Iwan Assur & Serge Jaroff - Meisterst?cke - Stenka Rasin

【注】ステンカ(ステファン)・ラージンは、ドン河を中心として活躍した「ドン」・コサックの首領。皇帝に対して反乱を起こし、最後に処刑されたた「ステンカ・ラージンの乱」(1858)を通して、民衆のヒーローとして様々な伝説を生む。補遺ーローとしてドン・コサックはヴォルガ河を経由してカスピ海を南下し、ペルシャを侵略した。この「姫投げ」のモチーフは、キリスト教以前のロシアの自然崇拝における母なる川への生け贄という異境的儀礼の名残りでもあると推測される。

 なお、歌詞中のフィルカとは、ステンカ・ラージンの娘のことを指すだろうとのこと。

 (........以上、伊藤一郎著「マーシャは川を渡れない -ロシア民謡の中の文化-」による。)


******


 私は、子供の頃に、このロシアの歌(ドミートリー・ニコラエヴィチ・サドフニコフ作詞)の日本語訳(直訳)をはじめて読んだ時の異様な感慨と同じ感じに襲われるたびに、

すてんか らーじん!!

と心の中で叫ぶようになりました。


 もっとも、私は、手下たちの「嫉妬」を察しての、ラージンの行為だとのみ、ずぅーーーーっと、勘違いしていました。でも、私の感じたわけのわからない衝撃は、生け贄儀礼の残照と理解する方がよほど実感とフィットします。

 これが私の太古的・元型的表象(???)の具現化、すてんか・らーじニズムの原点です。

 直前の記事参照。

 続編こちらにあります。

より以前の記事一覧

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