レコンキスタ

2009/09/20

チャールトン・へストンの真の代表作というべき映画「エル・シド」とその歴史的背景

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

 この映画、感動のラストシーンで、知る人ぞ知る、歴史スペクタクルの傑作です。

 なのに、「十戒」「ベン・ハー」ほどに人気がない最大の理由は、この映画で描かれている11世紀の頃の段階での、スペインにおけるイスラームからのレコンキスタ(いわゆる「国土回復運動」「再征服運動」)について、日本人の関心がそもそも低いこと (少なくとも、アルハンブラ宮殿が絡む、イザベラ女王時代の、グラダナ陥落(1492)による、レコンキスタ完全達成の頃に比べれば)が大きいのでしょう。

 かつてのスペインの独裁者、フランコですら、「エル・シドの再来」と呼ばれながら歴史の表舞台に躍り出た。そのくらい「エル・シド」という名前のネームバリューが日本と欧米では違うのだと思います。

 クレジットには明記されていなかったと思いますけど、この映画の歴史考証をしているのはスペインを代表する歴史学者で、「エル・シッド・カンペアドル」で知られる、ラモン・メネンデス・ピダルという人。この人のエル・シド観はすでに古いと学術的には言われているけど、少なくともこの映画が製作された時点ではまだまだ最高権威でした。

 一見わかりにくい錯綜した人物関係も、恐らくエル・シッド伝説を基本教養としているヨーロッパ人なら、このくらいで十分に理解できるという水準なのだろうと思います。

 むしろ、映画制作当時としては歴史考証の細部にリアリズムのこだわりがあるとすら言えます。

 例えば、海の向こうから押し寄せるイスラム勢力が、なぜ、アフリカ的な装束しかしていないのか?

 後代のオスマン・トルコの軍楽隊と全く異質であることに我々は衝撃を受けるのか? 

 何とも狂信的な指導者なのか?

 全部、この映画が作られた「当時最新の」歴史考証の結果なんですよね。あの衝撃のラストシーンにも、ちゃんとそれなりの歴史文献的根拠がある。

 以上、イギリスの歴史学者フレッチャーによる「エル・シッド―中世スペインの英雄 (叢書・ウニベルシタス)」 という本で、ピダルの学説への丁寧な批判と、何と、チャールトン・へストン自身にすら取材して、映画のワン・シーンも写真で掲載して書かれていることなん です。映画「エル・シド」を実際に観た人が、その虚構性がどのあたりかまで歴史背景をお知りになりたくなったら、この本に止めを刺します。

 理想化された騎士道の物語として観ても、これほどすばらしい映画は滅多にない。この「泥臭さ」があってこその騎士道。 

 馬上槍試合の描写、エル・シド在世当時と厳密には一致しないとしても、少なくともある時代の中世騎士道で理想化された作法の、実に忠実な再現です。アメリカで幅広く読まれていたという、ブルフィンチの「中世騎士物語 (岩波文庫)」を直接参考にしているのではないかと憶測します。

*****

 「エル・シド」関連の記事というと、当ブログで一時期、探求の紆余曲折を重ねつつ、延々と取り組みましたけど(この記事がその集大成です)、今回、goo映画レビューにすでに書いていたものを更に推敲して「カウンセラーこういちろうの書評・DVD・CD評ブログ」向けに掲載したものを、改めてこちらにも転載させていただきます。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/03/29

「天地人」の直江兼続とエル・シッド伝説の類似性

 今日は日曜日なので、まさに日曜日向けネタを少し。

 今、NHK大河ドラマ「天地人」で話題の直江兼続

 ドラマの最初の頃は、

 「てめー、ポチか?(^^;)」

といいたくなるくらいに頼りない純情ぶりを発揮していましたが、ストーリーが上杉謙信亡き後の跡目争い、「御館の乱」に突入したあたりから、やっと少しずつですが、逞しくなってきましたね(^^)。

 実は、ここで描かれつつある、兼続と主君上杉景勝との関係というのは、実はいろんなな意味で、中世スペインが徐々に統一される過程で伝説的なヒーローとなった、「エル・シッド」伝説における、エル・シドこと、ロドリゴ・ディアス・デ・ビバールと、主君アルフォンソ6世の関係と(史実はともあれ、伝説上は)、びっくりするほどに類似している。

 伝説上の「エル・シッド」像については、チャールトン・ヘストン主演の映画「エル・シド」において、スペインを代表する歴史学者、ラモン・メネンデス・ピダル直々の綿密な歴史考証(今では古い説なのだがか、前の年に同じへストン主演で「ベン・ハー」が公開された当時としては、よくぞここまでやったといいたくなる。ぜひ衣装の「着せ分け」に注目!!)のもと、映画音楽の巨匠ミクロス・ローザによる「エル・シドのマーチ」高らかに、中世の騎士道物語を、実に華麗なスペクタクルとして描き出している。

 私の最愛の映画のひとつということはこのブログで何回繰り返してきたことだろう。

エル・シド(1961) - goo 映画

Elcidcd
  「エル・シド」のサントラは、今やCDでは海外でも絶盤です。

 しかし、日米の好みの差なんでしょうね。「序曲」と「入場行進曲」だけなら、iTunes storeでなら、いろいろな演奏で入手できます。"el cid"で検索してください(^^) 

 私のお勧めは「入場行進曲」の方です。


*****


 詳しいことを書きすぎると、直江兼続とエル・シッドそれぞれの伝説上の人物像をまだよく知らず、これから「天・地・人」や映画「エル・シド」に接する人のお楽しみを奪うので遠慮いたします(^^)

 ただひとつ大きな違いを言えば、直江兼続が、もし御館の乱で勝利したのが史実と反対になり、越後の国から追放されたりしたら、その時どういう生き方をしたかな? という物語が「エル・シド」伝説の後半部分だといえば、ほぼ十分かもしれませんね(^^)

 主役の武人のパートナーとの関係を含めて、比較すればするほど楽しめます(^^)


 .......私は二人と同じように、決して○○を身に戴かないで生きると思う。


●エル・シド(1961) - goo 映画


*****


 なお、日本には、エル・シドについてのバランスのいい歴史解説書はほとんどないのが現状です。

 ....というか、次の本以外を読むと余計な回り道にしかなりません。
 史実と厳密に比較しからの、映画自体の解説書としても完璧です。

○エル・シッド―中世スペインの英雄 (リチャード・フレッチャー著/林邦夫訳 法政大学出版会 叢書・ウニベルシタス)


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2008/06/20

「見せしめ」死刑執行は20-40前後の人間の自殺者を増やしかねない(第4版)

宮崎の死刑の是非は置く。

死刑論議にも関与すまい。

ただ、このタイミングでの「死刑執行」が(すでに言われていることらしいけど)秋葉原の事件を受けての、早速の「見せしめ」効果を狙ったと受け取られてもおかしくない(少なくともそう受け取られる可能性が高いことを承知で出さないとすればおかしい)あたりを「うさん臭い」と思うのは全く自然なことと思います。

はっきりいって、それを狙ったとすれば、現代日本とは、何とも「野蛮な」仕方で治安を守る、中世前期ヨーロッパの異民族との戦争クラスの前近代的な社会でしかない。

今は「モーロ人」と戦ったシャルルマーニュやエル・シドの時代ではないのである。

「異民族」に新たに虐殺された見せしめに、ずーーーっとロンドン塔かバスティーユに監禁していた「その異民族」の「有名人」を公開処刑したようなもので。

何か、最近の「正論」って、ものごと割り切り過ぎて自分もその正論の犠牲者になる可能性を考えてもいない気がする。

そこで政府の政策(あるいはポピュリズム的世論)の支持をしても誰もそのぶん自分たちを助けても援護してもくれないよ.....といいますか。


ユングの「影」や「相補性」の概念を持ち出すまでもなく、


「私は『あいつ』のような人間ではない」


という論理よりも、


「自分の中にも『あいつ』と同じようなところがある」


という感覚がある人間の方が,結局は強い
気がしてね。

*****


かつて、東京埼玉幼女連続誘拐殺人事件で宮崎が逮捕された日の報道が「おたく差別」になる危険を、逮捕の当日の夕刊を各紙買い占めて読んで、その晩のうちに朝日新聞「声」欄に投書し、数日後掲載された人間として。

私は、あの投稿をしたその日から、自分はカウンセラーだから彼とは異次元だ、なんてただの一度も感じたことはない。

もっとも、宮崎のことを「多重人格」という方向で鑑定しようとした人たちは、精神医学の中で蓄積された「多重人格」という診断の価値を「安く」してしまった張本人だと思う。

ちょっとした臨床家なら、あそこで「多重人格」の診断を持ち出すことが「あまりに素人臭いアマチュアリスム」の次元だと気がついた筈だ。

精神医学の世界ですら、明らかに診断に「流行」がある。

鬱病は古代ギリシャから普遍的に観察された病だが。


いや、およそ社会に置ける新しい概念は「過剰使用」されたあげくバブル崩壊して見事な値崩れを起こす。

何でもかんでもその概念を当てはめるうちに、別のものに化けるのだ。

「地球温暖化」や「グローバリスム」ですら、20年後には陳腐な概念として振り返られるかもしれない。

いつの間に「アダルトチルドレン」は差別語になったの?

*****

すでに公開されている情報から見る限り、彼には責任能力はあったと思う。ただ、拘置の過程で抗禁性精神病状態に入っていた、あるいは、いろいろな人が勝手にいろんな診断をする中で、彼自身がそれに振り回されていよいよ混乱していった(あるいは彼の中のよこしまな心を更にかき立て、更に邪悪にした)可能性は否定できないだろう。

敢えていうが、彼がこのタイミングで見せしめ的に死刑執行されたことで、実は、45歳前後以下の世代のマジョリティすら持っている危機的な「何か」が一緒くたに「葬り去られた」気がする。

法務大臣は、今後仮に無差別殺人は減ったとしても、20代から40代の自殺者はぐっと増えかねないことをやらかしている気がしてならないのね。

オイルショックの頃、石油に限らず、世界中の資源がまるで21世紀初頭にすべて枯渇してしまうみたいな「政府公報」が繰り返し流されていたことを忘れない世代として。

「それが世界の潮流である」

ということは、その潮流に乗っていたら社会がうまく行くこと、自分も生き残れることはみじんも意味しない。

30年スパンで見たら、笑いたくなるくらいに「世間の常識」は変動しているということ。


******


宮台さんが自分のブログで、


●公共機関のために準備中の文章です。誤りのご指摘やご意見をお待ちします。(MIYADAI.com Blog)
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=652

として載せている原案、「社会包摂性」ということがキーワードとされています。

宮台さんなりに、最近の状況について、単に「評論」するのではなく、社会的に「コミットメント」しようというスタンスを感じます。

「フリーター」という言葉に変わって「ワーキングプア」という言葉が一般化するまでに、実は2年もかかっていないということ。

少なくとも20代後半から40代前半ぐらいの世代って、誰からも具体的な処方箋を政治水準では提案してもらえないまま、責められるばかりになっている気がします。

それを超えていくパラダイムを日本社会に提示しようとしているだけで、その心意気は買いたいですね。


******


恐らく、私の世代は、実の親が、単に「銃後」ではない、大陸での戦争の現実を体験し、背負いながら戦後を行きてきたことを肌で感じている最後の世代かもしれない。

団塊世代よりも前の世代の「戦争体験者」感覚が、自分の中に濃厚に生きているのを感じる。


私の祖父は、関東軍の軍属で、ソ連の戦車におわれて引き上げる中で、何か非常に不透明な状況下で「殺されて」いる。父も銃で死んだ死体しか観ていない。

父親の兄のひとりは、現地で徴兵され、阿片窟で死んだことは歴史資料からほぼ確実らしい。(父親が長年かけて史料を読みあさり、執念で突き止めたようだ)

「阿片窟」で連想する映画といえば「ラ・マン(愛人)」ですが。

生き残った父と祖母は、昭和21年まで1年間大陸で生き延びた。

その優しくも気骨があった祖母こそが、私の中にある親より上の世代の「原像」であり、私の高校時代までの人格形成に大きく影響していると思う。

引き上げた先の福岡の実家は、東京生まれですぐ大陸に渡った父にとっては「故郷」ではなく、「異郷」だった。

私は,私なりに父親の身体に染み付いた「闇の部分」を引き継ぐだろう。


******


昨日、「愛と哀しみのボレロ」(Les Uns et les Autres)を実に久しぶり(恐らく20何年ぶり)に、しかも完全版で観た。

私の大学学部生時代の映画。

原題と邦題が全然ニュアンスが違う映画としてマニアには知られているかと思う。

"Les Uns et les Autres"って、英語でいえば「"THE WE"and"THE OTHERS"」というあたりか。 直訳だと「私たちと他人」あるいは「俺たちとあいつら」ってとこ? 

実は作品の中で繰り返して出てくる歌のタイトルでもある。


 自分たちと他人
 自分たちと他人

 お互いが他人なのに
 尽くす人は少ない

 理屈ではわかっていても
 救いを求める声を聞き流す
 他人のことを聞き流す

 人は皆平等だけど
 特別大事な人もいる

 ジョージ・オーウェル言うとおり
 他人は他人
 他人は他人
 


 私が学部学生時代に読んだ、反精神医学の旗手、イギリスのR.D.レイン「自己と他者」っていう本(私がレインの本の中で一番親しめた本)のタイトルも連想するけど、これはあながち思い込みではない気がする。


DVDは完全版ではない3時間10分ほどのもの。現段階でVHSビデオ2巻組の中古でしか観れない完全版は4時間です。ビデオの画質は「凄く良好な」部類と思いますよ。DVDにダビングしても良好な画質保てます。ブルーレイ時代の本格突入待つしかないか? 入手難の作品です。

参考までに。確かPart1のビデオが冒頭の予告編付きで2時間25分くらいでヌレエフ(がモデル)のソ連ダンサーのパリ空港での亡命シーンまで。Part2のビデオが2時間6分です。

これ、カラヤンとヌレエフとピアフとグレン・ミラーをモデル(といっても史実とはいろいろ違うが)にした4家族の歴史が交錯する大河ドラマ、というくくりかたが紹介でよく使われるけど、実は完全版まで観ると、ベタン政権とナチ占領軍にゴマをすって戦後一転して転向して大物になった人物とその娘やら、アルジェリア戦争帰還兵という無名の男性4人とそれに絡む男女関係やら、実は「有名人」ではない人々を含む、合計8家族が緻密に織りなす(ひょっとしたらフランス人だとモデルとなる人物がもっといろいろ思い当たるのかも)からこそ面白い、よくこれだけの人数の登場人物の関係を緻密に統合できたと感じる、実に厚みのある大河ドラマなのだ。それが本来のこの映画の持ち味。

少なくともカラヤンのナチとの関係やヌレエフの亡命事件ぐらいは自明の教養水準として要求されるけど、あとはフランスのベタン政権(ヴィシー政権)アルジェリア独立戦争ノルマンディ上陸作戦についての世界史の教科書クラスの知識があれば、この作品を味わうのに何も困らないと思う。

これは完全版で2回ぐらい通して観ると、どんどん味わい深くなる映画だと思います。一回観ただけでは登場人物の互いの絡み、とらえきらないし。

クライマックスの、ベジャール振り付けの、今は亡きジョルジュ・ドンのカリスマ的な「ボレロ」シーンだけがひとり歩きしているけど、このシーンにすべてが結実するこうした数多くの登場人物の歴史こそが本題。いわばその収束的救済のための「虚構の祝祭」がクライマックスということにあるわけで。


*****


この映画に「我がことのように」共感する感性を、現代はもはや失いつつあるのだろうと感じる。


すっと以前の映画だが、私は、「日本の一番長い日」も「白い巨塔」も子供時代に鮮烈な印象で同時代的に観た世代である。


******


何か脈絡が散文的になってしまったが、

ここで書いたことの中に、恐らく今後の私の人生を決める、何かが含まれている気がする。


続きはこちら

2008/01/18

こういちろう学習障害あるいはADHD、あるいは「星の王子様」説(第2版)

 「この人ADHD(注意欠陥障害)? それとも学習障害(LD)かしら?」


 恐らく、このサイトをご覧いただいているカウンセリングの専門家の中で、ほんとうに勉強されている方は、そういうことをお感じの方っていると思います。

 さすがにもはや「躁うつ病」しかでみないようなら、現代臨床心理学におけるアセスメント能力としては欠陥が多すぎる(爆)

 そして、ここまで書いてきたら、そして、写真まで公然と掲載しているから、体型も資料になるわけで、私のベースが、どう見ても、クレッチマーのいう「躁鬱気質」からほど遠い(全然社交的ではないものね、本来は)こともおわかりのはず。

Ann_weiser__and_koichiro

 でも、人間は大好きだし、冷たい人間ではない(むしろ無茶苦茶ホットでハートフルな)ことも伝わってると思うし、体型も根っからの細身ではない、むしろ肩幅が広い、ずんぐりむっくりであることもわかるでしょう?(私の師、村瀬孝雄先生は、立教の研究室に私を迎える直前、他の院生に「今度来る奴は柔道の選手みたいな体型をしている」と事前に伝えていた) 。そうなると、分裂気質説も不十分(30%は分裂気質でしょうけど)


++++++


 そうなると、残るのは、てんかん型、あるいは闘士型といわれる執着気質、ないし中心気質と呼ばれるものですね。これについては私の古くからの知り合いで、私の「エヴァ」本プロデュースをはじめとしていろいろ引き立ててくれ、著作も凄く多いどころか、近年はTV出演もなさる、同じ開業カンセラーの矢幡洋さんが、「『星の王子様』の心理学」で書いたことがあまりに私にもあてはまります。

 (ちなみに、私のもうひとつの古くからの大事な人脈が、「あの」NHKアナウンサーを奥様にした、テレビでもおなじみ、文化人類学者の上田紀行さんです)

 人と、むしろ開けっぴろげまでに胸襟をひらいてつきあいたい。そして、「星の王子様」に出てくる薔薇のような女性の側面は嫌悪してますしね。女性のそういう側面に媚を売ることは死んでもするかと思っている(このことを肝に銘じていたら、私とつきあいやすくなるよ、女性のみなさん)。

 そして、圧倒的なまでのひとつの対象への持続的集中力としぶとい職人性。気難しさ、「瞬間湯沸かし器」、一種恍惚とした超越的世界に一瞬にして突き抜ける側面(空海さん)、そして、好戦的なところ、とくれば、むしろいよいよ『闘士型』こそベースとわかる。

 時代が違えば、私は宮本武蔵か、それこそ、中世スペインの英雄「エル・シド」なんです。

 あるいは、現代なら、言うもはばかれるけど、イチロー中田!! 


 だから、「お通さん」や「ヒメナ(エル・シドの妻。映画のソフィア・ローレンですね。この人、ホントにエル・シドの死後、2年ぐらいはバレンシアの領主を務め上げたくらいに「できた」人だったみたい)のような女性を心の中でずっと求めている(「イカ天」の頃の、イチローの奥様、もう、最高に好みの女性でした!!)し、そういう女性たちをほんとうに苦しめかねない。

 すぐに旅立っちゃたり、人質に取らせたり、やりかねないので。自覚してます。この点で女性に負担が大きいのは。

 でも、今は政略結婚やお世継ぎのためにで妾を増やす「現実的必要」ないでしょ?
 ほんとうは、すごーーーーーく、一途ですよ!!!


******


 ......となると、まずADHD(注意欠損障害)仮説はちょっと似合わない。確かに話題は次々飛ぶけど、私って、実は何を「話題」にしいていても、実は、手を換え品を換え、同じテーマを追求しているということは、すでに常連の読者の方はお気づきかと思います。

 学習障害仮説は肯定します。テスト用紙に向かいさえすえば、業者テストの国語は学年一、社会科も、普通に勉強して業者テスト全国上位、共通一次試験第一期生で国語自己採点198点。

 一方、数学は、幾何など、空間認識が関われば、あるいは「集合論」(記号論理学って、実は「集合論」との親和性が高いのは、学んだ人は知ってますよね!)には、ついていけたばかりか、ある種のセンスがあったけど、要するに微分・積分・方程式の世界を全く理解できない永遠の学年最下位


******

 もっとも、ほんとうの学習障害の人って、この程度のものではないことは、先日の研修会で笹森理絵さんのお話に接して、よくわかりました、彼女の100倍希釈に過ぎませんね。私の学習障害度は。


*****


 いずれにしても、これで私の今年の恋愛の抱負、「とことん高望みしてみる」の真意が少しつたわりましたよね。

「その人を自分が苦しめ、傷を負わせないかとうか、十分に吟味し、少しずつ交際を深める中でお互いを理解していく。できるだけいきなりセックス(セルクス)しない(爆)」

ということ!!

2007/02/07

映画「マリー・アントワネット」「女王フアナ」、あるいは浜崎あゆみの「成熟」について(第2版)

 この映画と比較してみるとおもしろいのが、ヴィセンテ・アランダ監督のスペイン・ポルトガル・イタリア合作映画「女王フアナ」(2001年制作)である(解説サイトはこちらなど)。

原作本。フアナについては、かなり前にこれこれも読みました。


 フアナは、カスティーリア(スペイン)女王、イザベルの娘。イサベル女王は、あの、イベリア半島最後のグラナダ王国を陥落させてレコンキスタ(キリスト教徒の失地回復運動)を完成させ、コロンブスを新大陸に送り、大航海時代のスペイン繁栄の礎を築いた女王である。
 フアナは、イザベルのしくんだ政略結婚で、ハプスブルグ家のブルゴーニュ(現在のティジョンを中心とする、フランス北西部の狭義のブルゴーニュ地域のみならず、今のオランダ・ベルギー、ルクセンブルグなどのフランドル地域から、アルザス・ロレーヌなど、フランスとドイツの辺境地域を含んでいたと思ってください)公、フェリペ王子のもとに嫁ぐ。
 情熱的で美男子のフェりペにフアナはすぐに惚れ込み、二人は最初仲むつまじく暮らし、子供にも恵まれるが、フェりぺに愛人がいることが発覚、フアナは、フェリペと愛人に異様なまでの嫉妬心を向け始める。王や王子が愛妾をもつことは当然とみられていた時代、フアナのヒステリックなふるまいは宮廷では異様なものと映り、「王女は狂っている」という噂が、実際よりも誇張されて貴族社会に広がる。
 皇太子だったフアナの兄、フアンの急死。更に次の皇位継承者の姉の死が生じ、カスティーリアのしきたりに則り、母、イザベル女王の死後、皇位継承権は、思いもよらず、フアナのものになる(フェリペは「共同統治者」を名乗りたかったが、「王の配偶者」(王配)としてしか認められなかった。
 スペインには、ハプスブルグ家の血をひく男子が王室の血を継いでいくことに対して内部抗争があり、ハプスブルグ家と結んだスペイン勢力は、フアナの情緒不安定を理由にフェリペを摂政にしようと企む。
 ところがそのフェリペも、伝染病で若くして急死してしまう。フアナはその衝撃で精神状態を更に悪化させ、やっと「自分のもの」になったフェリペの棺を家来たちに引かせて、スペインの荒れ野をさまようという奇な行動を取り、その後40年、修道院に幽閉される。その後も、時々フェリペの棺を訪問することを許され、ミイラ化した亡骸に接吻するという行動を繰り返したという。
 フアナの女王としての身分は保たれたが、その間に、息子のカルロス5世が摂政として実質的な権力を握り、神聖ローマ帝国とスペインを併せた巨大国家の長として君臨することとなる。

 ...このように歴史を紐解くと、「十代での政略結婚」「尾ひれのついた噂の中で政治的に利用される」「若くして幽閉生活へ」という点で、マリー・アントワネットの生涯と妙に重なるところがある。夫がプレーボーイだったという点ではフアナは対照的だが。

 そして、共に時代に翻弄され、スキャンダルまみれになった「悲劇の王妃」「悲劇の女王」は、実は、王族というには「あまりに普通の若い女の子」だっただけではないのか、という視点から描き出している点でも、この2つの映画には共通項がある。

 更に言えば、フアナは、修道院に幽閉された後も、ヨーロッパ制覇の野望に燃えて新大陸から得られた富をひたすら戦争につぎ込むだけのカルロス5世の支配に反対するスペイン貴族たちの反乱にも巻き込まれるなど、後半生にも波乱があるのだが、映画「女王フアナ」は映画「マリー・アントワネット」同様に、「ドラマチックな晩年」をクライマックスとして描くことへの、観衆への期待を見事に裏切るかのような時点で、突如エンディングを迎えてしまうのである。

*****

 ソフィア・コッポラ(もちろん大監督フランシス・コッポラ」の娘)の「マリー・アントワネット」、「期待はずれ」という感想に接することが私は今のところ多い。それでも自分の目で見て納得しないと気が済まないのが私であった。

 なるほど、いくらソフィア・コッポラとの数年前の映画では評判だったとしても、主役のキルティン・ダンストは、いくら14歳で結婚するアントワネットを演じるには今や少し苦しいかもしれない。どうしても少しカマトトっぽく見えてしまうのね。「数年前には」ハイティーン向けのテレビドラマで人気があったにしても。
 同じようにスペインのハイティーン向けのテレビドラマで人気絶頂だったフアナ役、ピラール・ロペス・デ・アジの「映画初挑戦」と比較してしまうと、分が悪い。

****

 余談ですが、今の浜崎あゆみだと、うまくすれば「十代の高校生でっす!!」という演技をさせようとしても無理がないのだ。この人の場合、特に"I am..."から"Rainbow"の頃は、実際以上に背伸びしていたと思うし、メイクも嫌に大人びていた。でも、ほんとうは今でも156cmで、思春期体型に近いことは、ナマのayuを間近で観れた人(あるいは私のように双眼鏡で視野いっぱいに拡大してayuの3Dでのプレゼンスを味わったことがある人)ならご存じのはず。

 そして、何かおととしの「人間臭くいたい」発言のちょっと前の頃から、ほんとうに見かけ年齢が逆に若帰ったようにも思える。これはメイクのせいだけではなくて、本人の精神的変化が自然と現れているのだと私は感じている。ホントに「等身大」になってきたし、そうやって「等身大」になることこそがayuの「更なる成熟」だったという逆説を私は感じてます。
 だから、シークレットインソール気味の、ヒールの高いロングブーツさえ脱いでしまい、等身を本来の形に戻してしまえば、メイクと演出と演技次第で、10歳はサバを読むことが今でも全く不可能ではない(褒めてるんです。念のため)。

 そのあたりの効果が絶妙に発揮されているのが、"momentum"のPVにおける、ティーンの女の子とも妖精とも受け取れてしまう、「雪の中ayu」の名演技である(明らかに、意識的に底の薄いブーツ履いてると思う)

 ......"momentum"のPVについては、も一回書きます。

*****

 話を元に戻すと、映画「マリー・アントワネット」は、意識的に現代的なものを織り込んだ、音楽と靴とケーキを別にすると、実は歴史考証の上ではほとんど「何も」おかしなことは描いていないのです。この映画を観た時点では、映画の原作のフレイザーの方の伝記はまだ全く読んでませんでしたが、ツヴァイクの伝記だけによってすら、この映画にはほとんど矛盾する描写は出てこないのですね。この段階で、フレイザーの伝記が、ツヴァイクの伝記に敢えて挑戦するような内容ではなく、一致点の方が多いだろうことは、想像がつきました。

(今、フレイザーの方を半分ほど読みかけてますけど、基本的には、思ったよりずーっと「同じ路線」なのです。歴史の予備知識に自信がない人には、そのあたりまでやさしく解説するフレイザー、文章の「濃さ」と迫真性と辛口度という点では、ツヴァイクというところでしょうか)。

 結婚宣誓の文書のアントワネットのサインが「あんなふうになってしまった」のも、史実ですし(^^)、あの、贅沢三昧の時期のアントワネットの頭の上の、もの凄く盛り上り、いろんな模型が刺さっているファッションは、同時代に書かれた肖像画やツヴァイクの伝記の描写そのもの。

 プチ・トリアノンに映ってからの「ナチュラル &スローライフ」志向への切り替えが、当時のルソーの「自然に帰れ」の「最新流行」にそのまんま乗った「だけ」の「贅沢の一種」なのも、ツヴァイク描かれている通り。宮廷の中では、アントワネットのこの段階での「ナチュラル指向」ファッションは明らかに「浮いて」いて、旧弊な宮廷人からは眉をひそめられたそうです。でも、そもそもああやってお金をかけて「農民ごっこ」をしていた夫人は、他の貴族にもいっぱいいたのですね。なのにアントワネットだけそのことを取りざたされるのは、彼女がファースト・レディだったからに他なりません。

 史実と異なるのは、

.1..パリの「女たちのヴェルサイユ行進」の結果、国王一家がヴェルサイユからテュイリー宮殿に移動するまでのいきさつ(1789年10月5日)で、宮殿のバルコニーの下で待つ群衆の前に最初に姿を現わしたのは、夫のルイ16世の方で、実はその時点ではルイは文句なくそのことで喝采を浴びた。
 まだ革命のこの段階では、市民の大半は、ルイ16世の廃位とか殺害なんて思ってもいない。確かロベスピエールすらまだ王党派だった。政治的扇動の上でも、そこまでねらうほどの急進共和主義者ははまだ多くなかった。「王が公平な議会制立憲君主制に同意してくれれば十分」「悪いのはみんな『浪費の女王』アントワネット」というのが大勢だった。ルイ16世に「期待」してもいたのである。
 だから、ルイ16世がバルコニーに立つだけでは民衆はおさまらない。次に、あの「諸悪の根源」「世紀の悪女」アントワネットを出せー!! というムードだった。ツヴァイクの評伝を読む限り、むしろ、アントワネットがバルコニーに立つことの方が、投石や、狙撃による暗殺などの危険がよほど高い中で、彼女は敢えて決断してバルコニーに出たのである。しかも、映画でのように民衆に頭を下げることすらせず、黙って立ちつくすだけで、怒号の民衆を「気で圧して」沈黙させたらしい(アメリカ独立戦争に義勇軍を率いて参加した民衆の英雄、ラファイエットがすぐに王妃の隣に立つという機転を利かせたことで、「王妃万歳!!」の歓声が沸き起こるのだが)

(後日記:この部分、これは、映画の中で全く出てこない、後の事件、つまり、テュイリー宮殿に移った後の、1791年6月の国王一家の国外逃亡の失敗(ヴァレンヌ事件)、その更に後の、1792年8月10日、今度はテュイリー宮殿が再び大群衆と義勇兵に取り囲まれて、国王一家が議会に避難した後、宮殿で生じた、近衛兵の発砲を引き金とした義勇兵と民衆による、宮殿に残っていた人たちの大虐殺(「8月10日事件」)を経て、王権停止の議決、ダンプル塔に国王一家が幽閉されるまでのいきさつと、私の頭の中でごっちゃになっていたようです。m(_ _)m )

 ちなみに、ルイ16世は、ルイ15世より王として頼りないと言ってしまうのは不公平みたいです。元をたどれば、先代のルイ15世が統治数十年の長きにわたりる治世において、愛妾との生活にうつつを抜かして政治にあまり関与しなかった間に、パリの貴族階級全体の爛熟と社会経済の困窮はゆっくりと準備されていたのだし、ルイ16世も、ルイ15世が溺愛し、帝王学をみっちり仕込まれた王太子が急死したものだから、皇位継承権が「繰り上がって」しまっただけ。しかもルイ15世そのものが病気で急死したもので、予想以上に早く18歳で王位に就いた。
 つまり、帝王学を学ぶ余裕もないままに、あまりにも早くフランス王国の「負の遺産」を背負い込んだ不運な人であり、そんなに迷妄ではない、真面目でそこそこ善良な人間だったのである。
 庶民の暮らしの現実をあまりにも知らなかったとも言えるが、この点は大抵の貴族と五十歩百歩である。プレイボーイと正反対であったが、女性に宮廷を牛耳られる構造はすでに先代のルイ15世の時代に確立していたとも言える。ちなみに、錠前作りは、ブルボン家代々の修行だったらしいし。狩りが何より好きというあたりは、劣等感の裏返しとはいえ、男らしくもあったといえる。「国王の狩りの勇姿は観に行く価値がある」という証言が残っているそうだが、おべっかばかりではないようだ。.....性格は、確かに、少しアスペルガー的ですらあるとは思いますが。
 アントワネットの濫費についても、アントワネット自身の出費ではなくて、アントワネットの取り巻きたちがピンハネした利益、貴族や僧侶身分の裕福な層の濫費の問題が、ひとりのよそもののオーストリア女に押しつけられ、スケープゴートにされたという側面を考えれば、傾国の原因の氷山の一角。
 ちなみに、アントワネットの母親のマリア・テレジア女王にしても、まさに「かかあ天下」そのものの存在だったし、若い頃は賭博好きだったらしい。自分のそういう「負の側面」がアントワネットに受け継がれている兆候があったればこそ、あれだけ手紙で口やかましく説教したのである。
 アントワネットも、上の姉が死んだので、大国への王妃候補として繰り上がってしまったという点では、ルイ16世と同じ状態で、甘やかされていた末娘として、王妃にふさわしい修行は、フランスへの縁談が具体化した時点で「ドロ縄式」になされはじめたものだった。「この子の欠点は、集中力がなくてその時の気分だけでパッと反応すること」ということを母親(マリア・テレジア)ははっきり見抜いていた。
 アントワネットの知能そのものは高くて、目の前にいる人間への直感的判断応力と決断力には秀でていたことは間違いないし、ほんとうに革命の進行の中で追い込まれていくと、公的な発言の場での機転と隙のない切れ味の良さが出てくることは確かである。
 処刑される前の裁判での弁論など、すでに相当やつれていた筈(子宮がんが疑われるらしい)なのに、2日間、一日10時間以上の法廷の緊張に耐え抜き、自制心を失わず、自分を陥れようとするエベールや証人たちを完膚無きまでに隙なく論破していることは公判記録に明白に残っている。要するに「はじめに死刑ありき」だから通じなかっただけで、アメリカあたりへの第3国への国外追放処分というあたりが妥当な判決だったと、数年前にフランスで行われた「模擬裁判」の結果、90パーセント以上の陪審員が判断したらしい(以上、フレイザーの伝記より)。
 ユング風性格類型論的に言えば、主機能外向的感情型(物事を好き・嫌いで判断する)副次機能は感覚型(つまり、目の前にある対象への審美眼はあるが、背後に隠された可能性は見抜けない=事態の「直観」的洞察力には欠ける)、エゴグラムで言えば、FC(自由な子供)優位だが、CP(批評的な親)やAC(順応的な子供=いい子)の低さに比べれば、A(成人的な現実性)は平均水準以上、というところか。世間の現実は知らない分経験値が低いのでAの潜在的高さが生きないだけである。
 まあ、二人とも「あなたら国一番のVIPなんだから、よほど用心しないと、ていのいいスケープゴートにされちゃうよ」という先読み的政治的現実感覚という点では、全くもって無防備だったとは言えると思います。
 映画で描かれているように、最後のパリ外出時のオペラ座見物での聴衆の反応が以前とまるで違っていたことに危機感を覚えつつも、「気がついたら宮廷に出入りする人が減っていて」、バスチーユが陥落しても危機感なし、前述の、パリから女たち中心の大群衆が行進して来るその日まで、ルイ16世は「いつも通り」狩りにでかけ、アントワネットもプチ・トリアノンで、農夫の姿で物思いにふけっていたというのは確かですが、そのくらいに、ベルサイユはパリの現実から実感的にも離れていたわけです。あのへんは、ほとんど「ツヴァイクの」伝記での語り口が、映像でそのままダイレクトに見事に表現されているといってもいいでしょう。
 でも、それは、世界中に、家のドアを一歩外に出れば、いつ犯罪に巻き込まれてもおかしくない現実が生々しく待っている地域がたくさんあるということなど実感できない、たいていの日本人の「無防備さ」と何も変わらないとも言えるかと思います。

2.どうして、ルイ16世の不能の原因が「○○○○」だったからに過ぎないこと、アントワネットの兄のフランツ2世がわざわざフランスまでやってきたのが、男と男の仲で、その「治療」を勧める目的だったからということを描いていないのかはちょっとわかんない。
 むしろ、映画を観る人が「誤解」するのは、お母様のマリア・テレジアから手紙で「もっと積極的に迫れ」と要請されたのに、「あのくらいしか」ベッドで誘惑しないアントワネットの描写が「物足りない」と感じてしまうだろうこと。アントワネットは「耳年増」で、女友達には話を合わせていたかもしれないけど、実はすごい「オクテ」だったのは歴史的事実のようです。ほんとうに夫とフェルセン「しか」男性経験がない可能性が高い。
 「レズビアン」という噂が立ったのは、まさにアントワネットがまだサリヴァンのいう「前思春期段階」的な同性との親密さの域に留まったまま、みかけだけ背伸びしていたから。そして、この映画、映像文法の上では、満たされぬ性欲そのものというより、昨今日本で話題の(--;)「子供を産む機械」としての期待のプレッシャーに加えて、問題に「私の友達やおじいさま(ルイ15世)は今頃えっちしてるのにぃ!!」という、周囲からの疎外感のフラストレーションがアントワネットを追い詰めていくさまを、正攻法で表現している。
 これがそのように見えないのは、ひとえにキルティン・ダンストのプレゼンスのせいであろう。てめー、演技やメイクや演出によっては「初々しく」見えない点ではayu様にまるで及ばぬ。こういうのは、中井久夫先生ふうに言えば「こころの産ぶ毛」を保ったまま成熟できるかどうかという、半ば天性の問題だから.....
 この点で、『女王フアナ』を観ると、フアナが、まだ精神的には幼ないままの状態で、手練れの「プレイボーイ」のフェリペ君に、会った早々「初夜を迎える宮廷儀式」すらすっ飛ばして30分もかからずに陥落されてしまったおかげで、アントワネットとは逆に、むしろ、宮廷でのすべての社会的ストレスが性的ストレスの悶々に「置き換わる」方向で尖鋭化したんじゃないのか? というあたりを、フアナ役のピラール・ロペス・デ・アジは、うまく演じきっている気がする。こういうあたりは、もうおじいさんに近い老練な監督さんの方が演技指導もうまくいくのだろうと思う。

 あと、「せっかくベルサイユでロケしたのに」という言い方は、かつて「ベルサイユの薔薇」実写映画版(私は観ていません。でも、雑誌の記事のグラビアとかの記憶はあり。俳優は皆西洋人です)も、ベルサイユでロケされたのに、そういう映画があること、たいていの人、記憶すらしてないということを念頭に置かないと、「返す刀でバッサリ!!」ということになるわけでして。
 私は、ベルサイユでロケしているのに、それがまるであたりまえのことであるかのように描かれてしまうからこそ、この映画は意味があるのだと思います(^^)。ルイとアントワネットにとって、それは「あたりまえの日常」だったのだから。幻想と追憶の彼方にある世界、みたいな変なオーラがないことにこそ、この映画の意義なのです。

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 でも。私の結論としては、問題をキルティン・ダンストの限界に還元したくはない。あるいは、ソフィア・コッポラの監督としての技量の限界故の不徹底さにも(それもあるかもしれない気がするが)。

 ひとつには、実は、予告編のイメージとのギャップで損してないかな、とも思うのだ。

 あの予告編だと、まるでこの作品の基調が、

「ちょっとキッチュな、コメディタッチの作品」

を期待させてしまう気がするのだ。

(予告編は、映画スタッフとは別の人が作るのが通例とのことですが)

 実際には、むしろ叙情的で、淡彩で静かで透明な、パーソナルなトーンが中心の作品という気がする。むしろ、多くの衣装だけが古めかしいことにミスマッチ感覚が出てしまうくらいでいいのだ。

監督は「マリー・アントワネットは、実は、なぜかセレブな家に生まれちゃっただけの、中身は現代の普通の女の子と何も変わりがないティーンの女の子なの」ということこそ、描きたかったことなのだろうし、彼女の実像はホントにそうみたいなのである。
 ブレイザーではなくて、すでに75年前に書かれたツヴァイクの伝記のサブタイトルそのものが「一平凡人の肖像」というのだけれども、彼女が全く「中庸の女性」であり、歴史があのような悲劇的運命に追い込まなければ全く平凡で無名な王妃に終わったろうということこそ描こうとしていることなのである。

 ルイ16世が「家庭の父」としては十分に愛情あふれる存在であり、そういう「家族人としての夫」との関係においては、アントワネットも十分に満たされているばかりか、ベルサイユを離れてから、テュイリー宮、更にタンプル宮と、より自由度のない、狭い空間に幽閉され、ルイの王権が制限されればされるほど、ルイとアントワネットの一家は、ささやかではあるが親密で暖かい家族関係という点では、ベルサイユ時代よりも幸せですらあり、実際にこのファミリーに接した看守をはじめとする周囲の人間は、「フランス人民を苦しめた諸悪の根源」というマスコミや政治家のまき散らしたイメージと、そのあまりの「普通の幸せな家族っぽさ」のギャップに当惑し、巻き込まれれ、いわゆる「王党派」ではなくても、思わずこの一家に善意に同情的に振る舞ってしまうところがあったことも確かなようである。
 このあたりは、(映画では出てこないけど)逃亡がヴァレンヌで発覚して、パリに帰還する際の、監視役として馬車に同乗した国民公会の特使2人(ひとりはバリバリのジャコバン派闘士の筈)が王室一家のアット・ホームぶりに巻き込まれていくあたりの、ツヴァイクの語り口は、そのまま映画にできそうなくらいのコメディーである。ジャコバン派闘士さんは、何と回想録で、ルイ16世の妹のエリザべートに愛を向けられたという思いこみを綿々とロマンチックに書き連ねたことで死後も恥をさらし続けている。
 逃亡の行きがけなんて、実際に馬車が走り出せばほんとうに家族的なピクニックのようなノリだったらしい(本人たちの意識にそうやって危機感がなさ過ぎたことも、失敗の一因なのだが。計画をあそこまで準備した、フェルゼンさんはさぞ空しかったことだろう.....この人、行く国ごとに愛人を増やしていく、当時の社交界空前のプレイボーイだったけど、監獄の中のアントワネットとも文通を続け、救出作戦を練るくらいの、アントワネットになくてはならない相談相手、心の友であり、ほんとうにアントワネットのためとなると東奔西走、尽くしに尽くし、アントワネットの理想の「白馬の騎士」そのものとして生きたことは史実である。

 このへんまで映画のノリのままで描くこともできただろう。もっとも、そうなると3時間の超大作にする必要があったろうし、それは今の時代には不可能だろう。

*****

 しかし、この映画は、それを遡る、ベルサイユからチュイリー宮殿への移動、夕日のベルサイユを観ながら馬車が走り出すシーンでエンドとなる。

 でも、まさにその、夕日をのベルサイユを観ながら、ルイとアントワネットが「あの会話」を交わせたところで、この映画のメッセージはすでに十分完結していたとも言えるだろう。

 この映画では、二人の宮中での食事の場面が、同じアングルで繰り返し出てくるが、その執拗な繰り返しが、このラストの二人の会話に収束した時点で。

 この瞬間、やっと、ルイとマリーは、ほんとうに「出逢えた」。

 フェルセンは、「マリー」にはじめて恋の炎をともした、ひとときの夢のようなできごと、白馬の王子様、という薄っぺらい存在感だけで作品舞台から退く。この映画では、それでかまなわないのだ。

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 ちなみに、『女王フアナ』が、フェリペの死の後、先に述べた、フアナ伝説のクライマックスと言うべき、「亡き夫の遺骸の棺桶を引かせての荒野の放浪」(それについてのもっとも有名な絵がこれです。凄み、ありますよ。wikipediaの画像ファイルへのリンクがスペイン本国版からはたどれて良かった)すらさらりと暗示するだけで、THE ENDに向かうのも、全く同じ理由かと思う。


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 BGMは、ayuの浜崎あゆみ - Startin'/Born To Be... EP - teens (acoustic version)"teens"にしておきます(^^)

 それこそayuのアルバム”My story"のアルバムオリジナル曲、"(miss)understoood"
"Secret"の時期のたいていの曲がそのままOKと感じますが。

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 なお、この2005年のライヴの冒頭で、ayuは明らかに自分をアントワネットになぞらえています。.

 私が実際に2回も体験している、"teens"のライヴでのayuの、CD版を超越した名演は、こちらです。

最新映画、話題作を観るならワーナー・マイカルで!

2006/09/02

500番目の記事:大いなる幻影とただの日常(第2版)

 文字の世界がファントム(幻影)界です。そしてこの本はファントムであるわたくしのこころが文字を介して、ファントムであるあなたのこころに語りかけているのです。いえ「語りかける」とは音声言語の領域なのですから、語りかけるふりをしているのです。

 つまり事実としては、文字言語でのコミュニケーションであるものを、音声言語でのコミュニケーションに似せようとしているのです。

 そのためには、

1.語り言葉風の文章にする

2.同じ内容をくり返すことで、
  各章の間で内容が少しずつ重なり合うようにする。
  そうすることで、文章の区分けを乗り越えて、
  濃淡のような一連の語りのような雰囲気を作る。

3.日常体験を例にあげる、などの工夫をしています。

Genbakaranochiryouron_1_1 事実としては文字言語でありながら、
読んでいるあなたの内側で音声言語として再イメージ化されて、
事実としての語りへ内部変換され、
からだの世界まで伝わるようにと願っているのです。


...............神田橋條治 "「現場からの治療論」という物語" 第3章冒頭 p.39より

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 2,3日前から、特に夕方から明け方にかけては,関東地方はめっきり秋めいてきましたね。

 この記事が、当ブログ、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」通算500番目の書き込みです。

 かなり長文の、毎回完結型の,ブログとしてはある程度かっちりしたスタイルの記事が多かった私の場合、結構(相当?)多めのアップ数かと思います。

 私の場合、既成の情報を整理して紹介したり、時事ネタで書くことが少ない人間。カウンセリング系にしても音楽系にしても、何より私の「感じ方」「考え方」を、いかに私なりに表現するかの、いわば「構想ノート」みたいなものをそのまま現在進行形で公開しているようなもので、その意味では「雑記帳」というタイトルそのもの。

 記事を順番に続けて読んでいただくと、仮にテーマが別の内容に飛んだかに見える場合ですら、そこに「暗黙の思考の連鎖」があり、あたかもすべてが仕組まれた「伏線」であるかのようにすら感じられてしまうことが、手に取るように伝わる「ような気がする」ところがあるんではないかと思います。

 もっとも、内容が専門的過ぎ、越境ジャンル性が高いので、ついていくだけでたいへんで、そこまで感じ取っていただけない皆様も少なくないであろうことは想像に難くありませんが。

 その一方、恐らく、私の文章に「はまってしまう」ひとにぎりの読者層を生み出してしまったはず、とは感じています。

 恐らく、心理臨床系の大学の研究室によっては、「若い学生への刺激が強過ぎる」と、「禁書」扱いになったのではないかとマジに想像します(^^)......あの、インターネットはどこでも観れるし、それなしでは研究も成り立たない時代になっているはずなんですけどね。

*****

 マジに、一件だけ、「内容証明つき」で抗議してきて下さった、結構著名な先生がおられました。

 この先生、何をここまで力んでおられるのかな?
 いや、何に「怯えて」おられるのかな? 

 たかだか一日平均アクセス数300のささやかなブログです。

 私はちょうど11年前に個人ホームページをはじめました。あのwindows95による、インターネット大衆化の黎明期にです。当時のインターネット環境で、パソコンにど素人の私が、パソコン買って2ヶ月めに、ホームページなるものを、我もしてみむとてするなり、というわけですが(^ ^)

 それから、パソコン通信、メーリングリストなど、様々な媒体を活用してみる中で、この媒体の「怖さ」と同時に、「裏事情」も、私なりにささやかに、ですが、見えて来てしまったところがあります。

 つまり、インターネットには現状では「実際の社会的影響力」はまだまだ乏しいのに、、どうもそこに「巨大なファントム」がそびえたって見えるものらしいということ。まるでそこにものすごい力があるかのように。

 でも、これはネットに限らず、およそ「現場」の最前線に出て長期間接してみれば、多くの領域でそんなものでしょう。小泉首相だって、ブッシュ大統領だって、そして浜崎あゆみさんたって、「ただの人」なんだなあという感慨を感じるかもしれませんね。

 そうやって、ある意味で、人やものごとが、すべてささやかで平凡な日常の積み上げに過ぎないと気がついて行くこと、それが、ある意味で「癒し」であり、「成熟」なのではないか、と,私なりに感じています。

 ユングも、フロイトも,確かそんなふうなことを言ってましたよね。
 
 言ってた通りにご本人が生きていたかどうかは,わかりませんが、「気づいて」はいた筈だと思います。

 そして、自分という「ファントム」を目の前にして、弟子たちがわけもわからぬ感情的闘争や、派閥争いをはじめるのを、さみしそうな目で見ていたのではないかと思います。

 「でも、これって、私が蒔いた種なんだよね」

と思いながら。


 こころという「ファントム」は、自由を、束縛と逆境の中でしか体験できない。

 しかし、人は時々、"A=A"である世界に回帰するという、往復運動を繰り返す人生を、最後まで送り続ける。

Henyonoshocho

ユングの「変容の象徴」という、私が心理の世界に入って一番感動して読んだ本のメッセージを,私なりに、今、言葉にしたら、そうなります。

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タイトルは、

「大いなる幻影とただの日常」

としましたが、

「大いなる日常とただの幻影」

と入れ替えてみて、

どちらも味わうあたりが「バランス点」かなと思います。

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推薦BGMは、


【Aポイント付】中島みゆき / 臨月 (CD)みゆきの「夜曲」
中島みゆき - 臨月 - 夜曲
(アルバム 「臨月」所収)

浜崎あゆみ/Memorial address [CD+DVD]ayuの"forgiveness"
浜崎あゆみ - Memorial address - Forgiveness
(アルバム"Memorial address"収録)

にしたいと思います。

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それでも,

次章においては、ドン・キホーテの、荒唐にして無稽なる、新たなる旅立ちの物語が語られる......

......かもしれない(^^)

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大いなる幻影(DVD)LA GRANDW ILLUSION(1937)「大いなる幻影」←※私,この映画について,タイトル以外何も知らないまま、上記の記事,書きましたので念のため。 

2006/05/24

今後の掲載予定 5月24日版

ハンガリーのポランニーの著書、暗黙知の次元「暗黙知の次元」とフォーカシングの接点については、

せっかくだから、上掲の「新しい訳」を読み返してからにしようと心に決めました。

お待たせしている皆様、ごめんなさい。

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書くネタは相当たまってます。

Fana
★送料無料! 女王フアナ【PCBE-51049】=>15%OFF!★送料無料! 女王フアナ「女王フアナ」(映画公式サイトはこちら)については、すでに4冊読破、今読んでる本を読み終わったら書ける態勢に入ります。

「エル・シド」の時のように、一冊読むたびに修正するのではなくて、今回はいろんな見解を読破した上で一回で済ませたいので。

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あと、音楽における「ドン・キホーテ」については、引っ越し荷物をあさらなくてもいいはすの、シルヴィー・ギエムキトリを演じたのDVDが出てきて見直したらいつでも書ける。

409186005209_pe00_ou09_scmzzzzzzz_
その際に、曽田正人のコミック「昴(すばる)」についても言及することになるはず。

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更に、私が唯一昔から繰り返し聴いてきたジャズ・アルバムの演奏家のジャズ観についての古いインタビューフィルムに基づき、フォーカシングの習得を論じるという大胆企画!!

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そして私はこれまで何と、ネット以外に配布可能な職場紹介の紙のパンフを作っていなかった!! この課題にそろそろ取り組み、PDFでも落とせるようにするつもりです。

*****

このへんまで全部終わったら、とっくにayuの今のツアーの代々木での千秋楽も終わっていて、長野公演2日めと比較しての感想書けるでしょうね。

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などと、clearing a spaceして、ここで宣言して、自分を追い込まないと、ことが進まない。

2006/05/03

ピダルは映画「エル・シド」の時代考証助言者その人だった!!(第6版)

まだまだ続く「エル・シド」へのこだわりです(^^)

(wikipediaはこちら

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

ひょっとしたら......という思いもなくはなかったのですが、

Elcidbook「エル・シッド・カンペアドル」の著者、
スペイン最高の歴史学者の一人、
ラモン・メネンデス・ビタルその人が、
映画「エル・シド」の
「歴史考証助言者」その人
であることがやっと判明しました!!

Fletcher_elcid
イギリスの歴史学者、リチャード・フレッチャーによる「エル・シッド 〜中世スペインの英雄〜」(原著1989, 林 邦夫訳 法政大学出版局)で判明した事実。

ちなみに、このことは映画のクレジットには明記されていないようだ(当時は、ハリウッドの赤狩り旋風の影響で、実際の脚本家が別人ということはザラで、この作品もその点では多いに怪しいらしい)。

これじゃ、映画を観た際に「ベン・ハー」や「十戒」の比ではない透徹した歴史観がそこに隠れていることに私が感銘し、ピダル以外のスペイン中世史の本に出てくるエル・シド(エル・シー{ド}あるいはエル・シッド)観が食い足りなくて当然ということになる。

フレッチャーの著作は、探しまわって確かこれで7,8冊めでやっとたどり着いた、ビタル以降の代表的なエル・シドをめぐる著作である。

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私がこれらの著作を読む以前、子供時代以来久々に映画を観ていきなり直感したのは、

「彼を単に、王に冷遇されようと、スペインのレコンキスタに、キリスト教スペインの再生に貢献した英雄」

ととらえるのは実は狭い理解であり、むしろ、

「すでに現実のもの」として積み上げられた、イベリア半島におけるキリスト教徒とイスラム教徒の「混在」を、単に一方を排除するのではなく、両者を融合する形での「スペイン」という独自のアイデンティティを持った「国家理念のビジョン」という、当時まだ両陣営のイベリア半島の君主や政治家の多くが考えることもできなかった高次の解決のために、現実に政治的・軍事的生涯を捧げ尽くした人物」

として「とらえなおして」いるという点だった。

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モロッコの動乱を鎮圧する中で、「エル・シドの再来」と呼ばれたリベラ(フランコはその後継者)により、1927年に成立していた第2共和政を転覆し、外国からの義勇軍にも多くの血を流す、悲惨な内戦(1936-39)を経て、第2次世界大戦後も30年続く独裁体制の中で、エル・シドは、日本でいえば元寇や南北朝の歴史の有名人(楠木正成とか)と同様に、スペインの民主派やヨーロッパの自由主義者からは、スペイン民族主義の生み出した「胡散臭い虚像の英雄」であるかのように過小評価される傾向にあったようだ。

すでにスペインには、19世紀後半、「エル・シドの墓に二重に鍵をかけろ」という言葉を残したコスタに代表される、伝統スペインを否定し、西ヨーロッパ的発展を求める思潮と、ガニペーに代表される「伝統主義者」ではあるが「国粋主義者」ではない、ヨーロッパとは別のスペイン独自の道を模索すべきという潮流があり、ピダルも後者の「伝統主義者」流れに立つと「一応は」位置づけられる。

Ganivetbook_1
(この節 ガニペーの「スペインの理念」
橋本一郎氏によるスペイン語と対訳の教科書(!)

の、

橋本氏による、語学教科書としてはかなり長大な解説より第5版で補足)

第2共和制に先立つ1925年、「エル・シッドのスペイン」刊行当時には、ヨーロッパ全体で絶賛されるベストセラーになる一方で、公文書や地方の年代記の断片的叙述、イスラム諸国の歴史家の叙述におよぶ山のような文献を整理して「詩」と「真実」を選り分ける、その文献学上の徹底的「実証主義性」を国内では批判する勢力が「伝統主義者」の中にすら少なくなかったピダルも、スペイン内戦終結(1939年)後は、一転して、フランコ独裁政権のイデオロギーに結果的に貢献した保守的歴史観にとどまる、時代遅れの過去の歴史家という偏見にさらされたようである。

****

ちなみに、

ソ連を背景とするコミンテルンの指導のもとに人民戦線内閣成立が1936年
その直後にフランコのモロッコでの蜂起、
ピカソの絵で著名になるドイツによるゲルニカ無差別空爆(当時人民戦線側の勢力範囲)が1937年
フランコ内閣成立が1938年
ナチ宥和政策をとっていたイギリス、フランスによるフランコ政権承認が1939年2月
続く3月にフランコ政権は日独伊防共協定に参加(!!)
4月にフランコによる「内戦終結宣言」
5月にアメリカによるフランコ政権承認、
そして、9月に、ヒトラー政権によるポーランド侵攻により第2次世界大戦が始まる

スペインは、なんともや、政治の利害にいいように翻弄される、痛ましいまでの展開の舞台である。

しかし、ピダル本人は政治的には中立を貫こうとし、スペインアカデミー会長職を追われ、銀行口座の凍結、「反体制主義者」の疑いで独裁政権の法廷に繰り返し呼び出され尋問されるという屈辱にも耐えた。

Spanishnithehistory

そして、1951年、「歴史の中のスペイン人」

(=邦訳、既に紹介した「スペイン精神史序説」

で、

「単独政権として優位を占めるのが、2つのうちの一方であってはならないのだ」(訳書p.187)

と、国民的な和解と、新たな形でのスペインの再興に国民が心を合わせていくことを祈念している。

****

ここまではフレッチャーと橋本氏の著述をもとにウィキペディアで肉付けしたものだが、

私なりの推測を述べれば、

こうしたピダルの戦後の思いの延長に、1961年公開の映画「エル・シド」の制作へのピダルの協力をとらえ、

その映像と物語に、「語られざる」ピダルのメッセージのかなり直裁な反映をみてもいいのではないかと私は推測する。

すでにイスラエルとイスラム諸国の間の中東戦争は勃発していた。

そういうさ中で、いわゆる「レコンキスタ」終結以前のアラブ人とベルベル人のイスラム勢力の間に、すでに軋轢があり、

『イスラム 対 キリスト教国家』、

というより、

『イベリア半島連合 対 急進的・拡張的アフリカ勢力』

の戦いだったこと

(当時のムラービト朝は、こ~んなとんでもない版図を持つ「アフリカ帝国」でした!!

Elchidafrcamap_3

(この地図のイベリア半島の地中海側の都市、バレンシアが、1094年にエル・シドが奪回した都市です。先述の、フレッチャ─の著作,1989の日本語訳、p,252より転載)

そして、

「レコンキスタ達成以前のスペインは単なる争乱と混沌のるつぼではなく、イスラム教徒とキリスト教徒の政治的・文化的融合のための独特のバランス感覚が長い時間をかけてすでに熟成されていた」

こと、

「単なる人種・宗教を超えた形で国家アイデンティティを形成を模索するために現実と戦う政治家」像

を描き切れたこと自体、たとえそこにかなりのフィクションが含まれているにせよ、決して古びることないメッセージが込められていたのではないか。

****

すでに、この映画からすでに半世紀が過ぎようとしている現在、それこそ「イスラム原理主義」とイスラム教諸国そのものが「自由主義諸国と」の対立する勢力として「一緒くたに」語られかねず、ヨーロッパ諸国の中でも、異民族排除的な傾向が高まる現代において、あらたな意味を獲得したのではないかと思える。

*****

フレッチャーの本は、まだ読み始めたばかり。エル・シドが当時のスペインで最強の武将、王と自分を対等と自認し、かつ周りにもみられていことは認めているし、希代の碩学ピダルに敬意を表しつつも、ピダルの著作より、更にクールな目で、彼がスペイン教会史研究から得た新資料や過去の歴史史料を読み直し、しかもより長いスパンでの歴史的背景にさかのぼり、スペイン人にはいわずもがなの歴史的背景(ピダルの本は、いわば日本人が信長や秀吉について書くのに自明の前提にするのと同じ水準の、ヨーロッパ史の中でのスペインや、大航海時代以前のアフリカ史についての歴史教養がないと「ここはどこ?」「あなたは誰?」になってしまう。)にまでわかりやすく目配りし、より「リアルな」エル・シドを浮き彫りにしようとしているようである。

映画で主役をやった、チャールトン・ヘストンにすらインタビューしている。という、その内容についてはまだ更に書きます。

*****

ちなみに、映画の「あの」ラストシーンすら、史実の客観的裏付けがあることは、フレッチャーの著作ではじめてわかりました。

つまり、エル・シドの遺骸は、実際に........

*****

でも、これで、私が映画「エル・シド」を子供時代以来、久々にDVDで観た時に直感した、

同時代の歴史ものスペクタクルを超えた、重たい「何か」を解き明かす旅路

は、ほぼ、終わらせられる気はしています。

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2006/04/19

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「善良なる者或いは凡庸なる人の前方へ、より優れた人に道を開けてやるだけの見識や自己犠牲の気持ちを持たない者は誰でも『悪しき目で見る者』即ち妬む者である」

ラモン・メネンデス・ピダル

Elcidbook「エル・シッド・カンペアドル」安達丈夫訳 p.329より

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