騎士

2009/10/28

BOY MEETS GIRL -「崖の上のポニョ」とバリントのオクノフィリア- (第2.10版)

 これは高校時代に留学した経験がある若い友人にうかがったのだが、

「アメリカではティーンである自分たちのことをいつも大人扱いしてくれたから、すごく気持ちがよかった」

とのことである。

 なるほど、欧米では、思春期に入ると、「大人予備軍」としてティーンエージャーを扱う文化があるのだと思う。

 ところが日本はどうか? 子供が徐々に大きくなり、「純粋無垢さ」を失い始めると、むしろそのことに苛立ち、どのように取り扱うかに困惑する親世代が今でも多いのではないか?

*****

 この映画の中にも、そういう「父親」が登場する。

 (・・・・・以下、完全にネタバレに突入します・・・・・)

 名前をフジモトという。彼は、汚濁に満ちた人間界が嫌になり、今や、海中に珊瑚の邸宅を持つ、魔法使いのような存在として生きている。

 彼は壮大な「人類補完計画」、もとい、「地球再生計画」を持っている。

 「命の水」と呼ばれる精製された海のエッセンスのようなものを抽出し、それを井戸の中である臨界量に達させた時に、一気に「生命の大爆発」が生じ、古生代カンブリア紀の海洋生物の楽園が復活することを夢見ているのだ。

 すでにそれを実現するためのプランテーションとしての、結界で守られた「牧場」をもっており、そうした古生代の生物たちに囲まれて、大事に育てられているのが、彼と、海の女神、グラン・マンマーエの間に生まれた娘たちなのだ。

*****

 ふとしたきっかけから、その中の一番お姉さん格の一匹(ひとり?)が、普通の海辺に迷い出ることになり、海辺の崖の上に住む少年、宗介に助けられる。

 彼女が閉じ込められたガラス瓶を宗介が割る際にできた小さな傷を彼女がなめて癒した時、彼女の中で「人間の血で劣等遺伝子が覚醒(以上、父フジモト談)」してしまい、急激な人間化の兆候が見られはじめる。

 宗介は彼女にポニョという名前をつけ、彼女もそれを気に入る。

*****

 しかし、ポニョは結局フジモトの差し向けた波の使い魔によって再び父の「竜宮城」に連れ戻される。

 彼は人間になりたがって言うことを聞かなくなった「ブリュンヒルデ(=ポニョ)」が気に入れない。

 「命の水」の力で、彼女を再びもとの「無垢な」姿に引き戻してしまう。

 彼は、一見エコロジー主義者に見えるが、実のところ、自分と関わる対象すべてが自分を快適にしてくれるように操縦しようとする、裏返しの支配欲の塊なのである。

 まるで、自分が鍵穴で、の方が自分にしっくりとあわせてくれる形にならないと気がすまない。

 彼は自分以外の対象が自分に「膚接」してくれることを求めている。相手との関係の間に「隙間」を感じると、まずは相手の方を自分に合わせてくれるように振り回す。

 相手が、自分の気持ちを完全に「察して」先回りして行動してくれないと、もうそれだけで耐え難いわけであり、相手が自分からは独立した自我を行使し始めたら、片っ端からその目を摘み、自分のためだけの存在にしようと操作するである。

 もとより、これは実はそれだけ相手の存在に自分が依存して、はじめて自分を支えているということであり、故・土井健郎先生が使った本来の意味での「甘え」の状態のバリエーションであるとも言える。

 実は親の方が子供に「甘える」という世代間逆転状態が背後では進行しているのだ。

 このような形で退行する人たちのことを、この前の「魔女の宅急便」の記事でもご登場いただいたハンガリー出身のイギリスの精神分析家、バリントは「オクノフォリア」と呼ぶ。

バリント/スリルと退行

バリント/治療論からみた退行―基底欠損の精神分析

 (この前の「魔女宅」記事でもご紹介しましたが、この「ポニョ」記事を、当ブログにおいでになり、最初にお読みの方があるかもしれませんので、改めて、私の学会発表時の添付資料としての2冊の抜粋がPDFへのリンクを呈示させていただいておきます。興味のある方はこちらからご覧下さい。更に、バリントの「治療論からみた退行」についての総論を、こちらで書きました。)

 前回ご紹介したフィロバティズムにしても、オクノフォリアにしても、成熟した個と個の対象関係という観点からすると「退行的な」状態である点では共通している。

 ただ、フィロバットは、人間以前に、自分を包む空間全体を「お友だち」にしてしまえるまで自分のスキルを磨き上げる孤高な存在なのに対して、オクノフィリアは、空隙そのものを恐怖する。そして、自分が技を磨くのではなくて、周囲の人間の方をコントロールして従わせようとするのだ。

 フジモトは、決して、自然の海水に身を委ねてのびのびと安心していられる存在ではない(だからフィロバットではない)。むしろ自然のままの海を穢れたものだとしか感じていない。

 しかし、ポニョの成長は、自然の海水に触れたからこそはじまったのが現実なのである。

 そして、フジモト自身は、魔力で結界を生み出した中での純化された人工的な「命の水」領域を、海の中でもヘルメットのようにかぶりながらしか存在し得ない。

 それはまるで・・・・・人工的な「羊水」で満たされた「子宮空間」を持ち歩いているかにも見える(もとより、それはいい意味で人に若さを取り戻させる魔法でもあるようだが)。

*****

 ポニョは再び脱出を敢行する。魔法が使える彼女の血は、海に大嵐を巻き起こす。そして今度は、彼女は、ほんとうの人間の少女の姿になっていた。

 宗助の家庭が、お互いを対等に名前で呼び合う、近代的核家族の理想の姿であるかのように描かれているのも興味深い。母親リサは、勤勉で機転が利く職業人であり、同時に十代の娘のような感情の奔放さももっているが、宗介をいい意味で早くから大人扱いし、厳しい時は厳しいが、権力的でない諭し方を心得ており・・・・・同時に、まだ5才の息子の寂しさへの思いやりも失わない。

 勤務先の老人介護施設に、天候がおさまった一瞬の隙を突いて、海沿いの道を車で救援に向かう際に、母親のリサは、宗介とポニョを同乗させることを選ばなかった。町中が水没し、停電する中で、どれだけ潮が満ちても水没しない丘の上の家に、今も明かりがともる家(自家発電できるのだ)があることがどれだけ大事かを言って聞かせる。

 「遠くに行ってしまう母親」との間に大きな「距離(間隙)」が横たわる・・・・宗介にとってのオクノフィリア誘発的試練である。しかし、リサはそうした宗介の不安を十分に汲んだ上で、「きっと帰ってくる」と、離れても失われない信頼の絆を結ぶのである。(リサ自身は、あのドリフト運転、ものの見事にフィロバット的ですが)

*****

 ・・・・・・・これ以降のストーリーについては言及しないでおこう。

 (それでも、この映画を見て「わかりにくかった」皆様にとっては、随分とすっきりとさせる整理を試みたつもりですが、いかがでしょう?)

 だだ、これだけは言い添えたい。

 この作品、一見、5歳の幼児を主人公にしているかに見えるけれども、実際には、もう少し年上の"boy meets girl"の物語に他ならないように、私にはどうしても映る。

 だから、BGMは、敢えてひねって、TRF - WORKS -THE BEST OF TRF- - BOY MEETS GIRLTRFとしましょう。

 歌詞はこちら

 (ほんとうにアニメ作品でこの曲をエンディングとして使ったのは、「赤すきんチャチャ」ですが^^)

*****

 そして、「魔法を失う」という問題については、私自身のアニメ評論のデビュー作(心理臨床系大学院への合格を面接時に確信した日に書き、2ヵ月後月刊"OUT"誌上に掲載された、

●魔法という名のモラトリアム(1986年2月29日執筆)

をご参照ください。

崖の上のポニョ [DVD]「崖の上のポニョ」 特別保存版 [Blu-ray]

******

【第2版での追加】

 ポニョに本来父親フジモトが与えていた名前、「ブリュンヒルデ」といえば、ワーグナーの楽劇「ニーベルングの指輪」で、主神ヴォータンの娘、ワルキューレ(女戦士)の一人(物語全体の実質的ヒロインです)であることを、クラシックファンなら否応なしに連想する。

 フジモトが「ブリュンヒルデ!」とポニョに呼びかけた瞬間に、「ああ、もうこのオジサン、勝手に自分の夢想の世界に酔ってるな・・・・」と苦笑できる仕掛けになっているわけです。

 ブリュンヒルデは永い眠りから王子ジークフリートによって目覚めることになっているわけで、宮崎さんはやはりストーリー的にも影響受けていますよね。

 この映画の一番有名な「あるシーン」が、もろに「ワルキューレの騎行」張りのBGMですよね(wikipediaが「ワルキューレの騎行」そのものであるかのように記述しているのは誤り・・・・BGMの久石譲さんが「ワークナー風に」作曲したのではないか? ・・・・・でも、ううう、私、歌劇には比較的弱くて、とても上演に4晩かかる「指輪」の音楽の全体なんて思い出せないから、ワーグナーの「指輪」の中にある、他の部分の音楽をそのまま引用した可能性も否定できない・・・・)

 まずは、オーソドックスに、映画「地獄の黙示録」でも使われた、ハンガリー出身の名指揮者、Berit Lindholm, Birgit Nilsson, Brigitte Fassbaender, Claudia Hellmann, Helen Watts, Helga Dernesch, Marilyn Tyler, Sir Georg Solti, Vera Schlosser & Wiener Philharmoniker - Wagner: The Ring (Great Scenes)故・ゲオルク・ショルティ指揮、ヴィーン・フィルの抜粋盤をご紹介しておきます。

ワーグナー:楽劇「ニーベルングの指環」~オーケストラル・ハイライツ

 あと、個人的には、「指輪」の管弦楽のみによる抜粋としては、全然「歌劇的」ではなくて、とことん「純音楽」としてのタイトな仕上がりを重視した、無茶苦茶にオーケストラの性能が高いのがわかる、これまたハンガリー出身の往年の名指揮者、ジョージ・セル指揮/クリーヴランド管弦楽団のが、隠れた名盤としてお勧め。

 もちろん「ワルキューレの騎行」入ってますけど、何よりKlaus Tennstedt & ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 - Wagner: Orchestral Excerpts from Operas - Gotterdammerung (Twilight of the Gods) : Dawn and Siegfried's Journey to the Rhine「 夜明けとジークフリートのラインへの旅」(リンク先はテンシュテット盤)が、こんなに「スポーティー」で「爽快な」演奏はセル盤の他にはありません!!

【追記】:このセル盤、何とBlu-spec CDでリマスターされて再発されているではないですか!!(限定盤です。普通のCDプレーヤーでも聴ける筈です)

Blu-spec CD ワーグナー:ニーベルングの指環(ハイライト)

(楽天はこちら)

 ワーグナー、特に「指輪」が苦手だった私の印象を根底から覆した、「ワーグナー嫌い」にお勧めの名演奏です。ほんとうにお勧め!!

 YouTubeは、本家、バイロイト祝祭歌劇場での、ピエール・ブーレーズ指揮、パトリック・シェローによる歴史的名演奏を貼り付けておきます(^^)

●Wagner - Die Walküre: "The Ride of the Valkyries" (Boulez)(YouTube)

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2009/09/20

チャールトン・へストンの真の代表作というべき映画「エル・シド」とその歴史的背景

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

 この映画、感動のラストシーンで、知る人ぞ知る、歴史スペクタクルの傑作です。

 なのに、「十戒」「ベン・ハー」ほどに人気がない最大の理由は、この映画で描かれている11世紀の頃の段階での、スペインにおけるイスラームからのレコンキスタ(いわゆる「国土回復運動」「再征服運動」)について、日本人の関心がそもそも低いこと (少なくとも、アルハンブラ宮殿が絡む、イザベラ女王時代の、グラダナ陥落(1492)による、レコンキスタ完全達成の頃に比べれば)が大きいのでしょう。

 かつてのスペインの独裁者、フランコですら、「エル・シドの再来」と呼ばれながら歴史の表舞台に躍り出た。そのくらい「エル・シド」という名前のネームバリューが日本と欧米では違うのだと思います。

 クレジットには明記されていなかったと思いますけど、この映画の歴史考証をしているのはスペインを代表する歴史学者で、「エル・シッド・カンペアドル」で知られる、ラモン・メネンデス・ピダルという人。この人のエル・シド観はすでに古いと学術的には言われているけど、少なくともこの映画が製作された時点ではまだまだ最高権威でした。

 一見わかりにくい錯綜した人物関係も、恐らくエル・シッド伝説を基本教養としているヨーロッパ人なら、このくらいで十分に理解できるという水準なのだろうと思います。

 むしろ、映画制作当時としては歴史考証の細部にリアリズムのこだわりがあるとすら言えます。

 例えば、海の向こうから押し寄せるイスラム勢力が、なぜ、アフリカ的な装束しかしていないのか?

 後代のオスマン・トルコの軍楽隊と全く異質であることに我々は衝撃を受けるのか? 

 何とも狂信的な指導者なのか?

 全部、この映画が作られた「当時最新の」歴史考証の結果なんですよね。あの衝撃のラストシーンにも、ちゃんとそれなりの歴史文献的根拠がある。

 以上、イギリスの歴史学者フレッチャーによる「エル・シッド―中世スペインの英雄 (叢書・ウニベルシタス)」 という本で、ピダルの学説への丁寧な批判と、何と、チャールトン・へストン自身にすら取材して、映画のワン・シーンも写真で掲載して書かれていることなん です。映画「エル・シド」を実際に観た人が、その虚構性がどのあたりかまで歴史背景をお知りになりたくなったら、この本に止めを刺します。

 理想化された騎士道の物語として観ても、これほどすばらしい映画は滅多にない。この「泥臭さ」があってこその騎士道。 

 馬上槍試合の描写、エル・シド在世当時と厳密には一致しないとしても、少なくともある時代の中世騎士道で理想化された作法の、実に忠実な再現です。アメリカで幅広く読まれていたという、ブルフィンチの「中世騎士物語 (岩波文庫)」を直接参考にしているのではないかと憶測します。

*****

 「エル・シド」関連の記事というと、当ブログで一時期、探求の紆余曲折を重ねつつ、延々と取り組みましたけど(この記事がその集大成です)、今回、goo映画レビューにすでに書いていたものを更に推敲して「カウンセラーこういちろうの書評・DVD・CD評ブログ」向けに掲載したものを、改めてこちらにも転載させていただきます。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/04/30

イチローとフォーカシング

 フォーカシングにおいて、フェルトセンスを大事にしていくとは?

 フォーカシングを学んだ人たちが、フォーカシングを活用しながら日常を生きるとは?

 恐らくそれは、ある特定のフォーカシング・セッションやひとりフォーカシングの「場の中で」生じたシフトや気づきの内容に基づいて、その後の行動を判断していくことではない。

 そのときそのときのフェルトセンスを刻々と感じながら、自分が何を言葉にし、決断し、行動していくのか(あるいは、しないのか)を決めていくことである。

今「決めていく」と言ったが、

1.それは自我の決断で決めるというのがふさわしい場合もなるだろう。
2.むしろ「私の中の『何か』の導きに従う」というのに近いこともあるだろう。
3.いや、それどころか、「感じながらの反射運動」というか、まるで「脊髄に注意を向けるだけで反応していく」のに近いこともあるだろう。

4.そして、そうやって少しだけ言葉にしたり、行動したりしたがら、新たに自分の中生じてくるフェルトセンスから生じて来る反応(微妙な質的変化)を受け止める。

 そこには一種の、心身感覚=認知的フィードバック回路が形成されることになる。

 これを、フォーカシングの領域では、「アクション・ステップ」と呼んでいます。

 (上記の説明そのものには、ジェンドリンのオリジナルに、少しだけ、私のアレンジも入っていますが)


******


 さて、フォーカシングをご存じない読者の皆様も、これを読んでいるうちに、

「それってまるで、 
 例えばイチローが、 
 試合の中で、 
 バッターボックスに立つたびに、 
 塁に出るたびに、 
 守備をしている最中に、 
 いや、 
 ベンチで試合の流れの大局を俯瞰(ふかん)しようとしていく中で、 
 いつもいつも、 
 当たり前のようにセンサーをめぐらして、 
 発揮し続けている、 
 センスのようなもの、 
 そのものではないか?」 

とお感じかもしれません。

●Amazonのイチロー関連商品

・・・・・・そう、それは、スポーツ選手におけるような身体に染み付いたスキル(技能)と一体になったセンスそのものだと思います(^^)

 皆さんも、よく知っている事柄なんです。

 人によっては、野球よりも、相撲を含めた格闘技の選手を連想する方が、比喩としてわかりやすいと言う人もあるでしょうね(^^) ・・・・少なくとも、昔のプロレスのように、マッチメイクが計算され過ぎた格闘技(今の総合格闘技となると、時々TV観戦する私にもまだ何ともいえない)でない限り、当てはまるかもしれません。

 ほんとうは、文字通りの「真剣」勝負でこそ、生々しく発揮されているのかもしれないけど、そうしたものは生じないで済むに越したことはないので(^^)


 「いやいや、ネットを媒介としていても、対戦型ゲームでは、まさにそういう感覚とセンスこそ必要だ」


と、ゲーマーの皆さんが言われるとしたら、私も、なるほど、ごもっとも!! とお答えします。

 つまり、フォーカシングを学ぶと、ゲーマーとしての実力も確実に伸びると思います(きっぱり)


******


 最近、フォーカシングのトレーナーとしての記事は書かず、我ながら、幅広い読者向けの記事を書く資質が、ずいぶんと伸びやかに余裕を持って開花して来たなあと感じてました。

 その流れに、自分でちょっと水を差す記事になるのは覚悟で、このことを書いてみました(^^)

 なぜなら、私は、こうした記事全部を、まさに、自分の身体に染み付いた経験値をフル稼働させることを可能にした上で、こうした「反射神経のセンス」だけで書いているといっても過言ではないからです(^^)


******



↑こちらは比較的ベーシックなお勧め本ですが、こういちろう的にはフォーカシングの核心に迫るのに必要な「何か」を秘めた本たちを選んだつもり。


↑こちらは、フォーカシングについてすでにご存知の皆様向けものも含んでいます。

(とりあえず12冊選びました。もっとも、Amazonのくるくるリンクって、6冊が1セットという上限があるし、本の表紙の映像が表示できるという制約が選択上あるんです。選外になった著作が悪いと感じているわけでは決してありせんのであしからず!!)


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2009/03/30

ウィットというものが関係の場に成立しない国、日本


●【正論】京都大学教授・佐伯啓思 「民意を問え」という政治暴論
(msn=産経)

「いまの国会に足りないものは率直な議論とユーモアであり、多過ぎるものは野卑な言動である」と。その原因は何か。それは、指導者や政治家が、市民や消費者、労働者、国民、といった目に見えない集団の力におもねり、その力の前に平身低頭しているからだ、というのである。

 私なら、「ユーモア」ではなくて、イギリス風の「ウィット」と置き換えるだろう。

 日本の国会の論戦はこの点をなんともはやはき違えている。

 麻生首相の熟語の読みの力の低さを、パネルまで持ち出して、国会の場で「テスト」しようとすることなど、これこそ大人が子供に「いじめの手本」をして見せているようなものでしかない。

 日本人は、ウィットの言い方も受け止め方も知らない。そもそもウィットとは、ウィットをウィットとして受け止めてくれる相手があってはじめて成り立つものである。つまり「関係の場」があって始めて成立する。

 もし、ウィットを「仕掛ける」人が、周囲にそれがウィットだと気がつかせ、相手に傷ついたとばかり感じさせずに、「こりゃ一本とられた」と感じさせ、場を和ませ、良質の「ウィット返し」を引き出すことをきっかけに、双方に真剣かつ建設的な共同作業としての議論を活性化するきっかけを作れるとすれば、そういう人物こそが、まさに真の意味での大政治家の器であろう。

 そういうウィットを、単なる陰険な応酬ではなく、場の安全に守るための一種の騎士道精神に基づく交渉術、つまり、平和外交のための成熟したスキルのようなものとして受け止められるようになることこそ、真の意味でのグローバル化であることはいうまでもなるまい。


**** 


 「北朝鮮の金正日が自らの健康状態に言及した」という公式報道がなされたこと(いうまでもなく、それがほんとうにご本人が主体的に口にしたかどうかなど問題ではない。北朝鮮首脳部が国策としてそういう国内・国外へのアピールを選択したことが大事なのだ)は、暗に、北朝鮮が、今後ドイツ統合の際と同じようにして問題解決する可能性を視野の選択肢に入れたことを示唆すると私は理解している。

 (今後10年の展望としても、後継者を指名するのではなくて、当面金正日が指導者であるという体制を堅持するという意思表明でもあるはずだ)

 そうした際に重要なのは、韓国は言うに及ばず、中国・日本・アメリカが、この問題の解決の上で堅く連携して、「できれば平和的かつ緩やかに社会システムを変化させ、鎖国的でなくなって行こうと模索する北朝鮮への、ロシアの軍事進入による、北部朝鮮地域のグルジア化」を断固阻止することであることはいうまでもあるまい。

 幸いにして、現在北朝鮮となっている地域は、正式に「ソビエト連邦」に組み込まれた歴史が存在せず、過去の長い歴史において、実は中国や日本に屈すること以上に、北部・中央アジアやロシア側の覇権下に「直接」置かれることに対して、圧倒的な拒絶反応をしてきた長い歴史を持つ(高句麗時代を含めて、沿海州に近い辺境地域は微妙だろうが、この点では専門ではないので留保する)。

****

 これから10年の北東アジア地域とロシアとのかかわりにおいて日本の政治家に必要な真の意味でのしたたかな外交能力を思う時、絶対に今後首相になるべきではない人物は、恐らく石原慎太郎であろう。彼は、東京オリンピック開催まで「東京都知事」でい続けてもらい、国政に乗り出さないでもらわないと日本ばかりかアジアの大衆にとっても大迷惑である。
 
 よって、日本は、どんな根回しをしてでもいいから、東京オリンピックを誘致すべきである!! そのことと引き換えに、石原氏は政権への野望を未来永劫捨てるべきなのである。

 なぜなら、石原氏に存在するのは、ウィットからは程遠い、ただの独裁者気取りの無神経さだからである。そこには何の「精妙さ」はない。よきにつけ悪しきにつけ、ここ四半世紀の世界に躍り出た最大の政治的才能である、プーチンと渡り合えるわけがない。


参考:●没落…新興寡占資本家 進むロシアの国家支配 (msn=産経)

 金融危機の打撃を受けているロシアで、ソ連崩壊後に台頭したオリガルヒ(新興寡占資本家)と呼ばれる大富豪たちの没落が決定的になった。かつて優雅な生活や浪費ぶりで話題をさらったオリガルヒは一転、公的資金による救済を国に仰ぐ身だ。政権がこれを機に新興財閥への国家統制を推し進め、経済の主導権をオリガルヒから奪還するとの見方が強まっている。


 敢えて言うが、石原政権ができるくらいならば、橋下政権が今後の日本の内政を数年支えるくらいの方が望ましい。

 そうしたうちに、10年後には、新しい世代の中からこそ、ウィットに富んだ、真の政治的指導者は現れるだろう。

 現在はまだ30代だったりするかも(^^)
 
 
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2009/03/29

「天地人」の直江兼続とエル・シッド伝説の類似性

 今日は日曜日なので、まさに日曜日向けネタを少し。

 今、NHK大河ドラマ「天地人」で話題の直江兼続

 ドラマの最初の頃は、

 「てめー、ポチか?(^^;)」

といいたくなるくらいに頼りない純情ぶりを発揮していましたが、ストーリーが上杉謙信亡き後の跡目争い、「御館の乱」に突入したあたりから、やっと少しずつですが、逞しくなってきましたね(^^)。

 実は、ここで描かれつつある、兼続と主君上杉景勝との関係というのは、実はいろんなな意味で、中世スペインが徐々に統一される過程で伝説的なヒーローとなった、「エル・シッド」伝説における、エル・シドこと、ロドリゴ・ディアス・デ・ビバールと、主君アルフォンソ6世の関係と(史実はともあれ、伝説上は)、びっくりするほどに類似している。

 伝説上の「エル・シッド」像については、チャールトン・ヘストン主演の映画「エル・シド」において、スペインを代表する歴史学者、ラモン・メネンデス・ピダル直々の綿密な歴史考証(今では古い説なのだがか、前の年に同じへストン主演で「ベン・ハー」が公開された当時としては、よくぞここまでやったといいたくなる。ぜひ衣装の「着せ分け」に注目!!)のもと、映画音楽の巨匠ミクロス・ローザによる「エル・シドのマーチ」高らかに、中世の騎士道物語を、実に華麗なスペクタクルとして描き出している。

 私の最愛の映画のひとつということはこのブログで何回繰り返してきたことだろう。

エル・シド(1961) - goo 映画

Elcidcd
  「エル・シド」のサントラは、今やCDでは海外でも絶盤です。

 しかし、日米の好みの差なんでしょうね。「序曲」と「入場行進曲」だけなら、iTunes storeでなら、いろいろな演奏で入手できます。"el cid"で検索してください(^^) 

 私のお勧めは「入場行進曲」の方です。


*****


 詳しいことを書きすぎると、直江兼続とエル・シッドそれぞれの伝説上の人物像をまだよく知らず、これから「天・地・人」や映画「エル・シド」に接する人のお楽しみを奪うので遠慮いたします(^^)

 ただひとつ大きな違いを言えば、直江兼続が、もし御館の乱で勝利したのが史実と反対になり、越後の国から追放されたりしたら、その時どういう生き方をしたかな? という物語が「エル・シド」伝説の後半部分だといえば、ほぼ十分かもしれませんね(^^)

 主役の武人のパートナーとの関係を含めて、比較すればするほど楽しめます(^^)


 .......私は二人と同じように、決して○○を身に戴かないで生きると思う。


●エル・シド(1961) - goo 映画


*****


 なお、日本には、エル・シドについてのバランスのいい歴史解説書はほとんどないのが現状です。

 ....というか、次の本以外を読むと余計な回り道にしかなりません。
 史実と厳密に比較しからの、映画自体の解説書としても完璧です。

○エル・シッド―中世スペインの英雄 (リチャード・フレッチャー著/林邦夫訳 法政大学出版会 叢書・ウニベルシタス)


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2008/08/31

新・先週の人気記事ベスト20 リニューアル!!

 「カウンセラーこういちろうの雑記帳」週に一度の恒例だった、先週の記事アクセス「ベスト20」の発表、再開します!!

 ただし、ランキング集計方法を大幅に改め、今回以降、@niftyココログにある私のすべてのブログの総合ランキング20位までを、PCサイト携帯サイトに分けて、独立した記事として掲載することとします。

*****

 このようにするのは、ブログ形式で全体を構築していくことにした「久留米フォーカシング・カウンセリングルーム」サイトのアクセス数が徐々に伸びていて、しかも、そちらのサイトに改訂の上アップした、この「雑記帳」サイトの記事に基づく記事が、すでにかなりのアクセス数を見せ始めたからでもあります。

 今後、徐々にこのサイトの往年の(?)人気記事が、新サイトの改訂版記事〈そちらの方が余計なリンクもなく、文章も練りこんでいますし)にアクセス数を徐々に奪われていく可能性もあり、そうなった時、「雑記帳」サイトのアクセス数やランキングそのものを変容させていく可能性も高いでしょう。


******


 ひとつ宣言しますと、カウンセリングルームサイトの方には、余計な裏話などを掲載することはありません

「カウンセリングルーム公式サイト」として、常時読んでいただけるのに値する内容を徹底的に選抜・吟味します。

 「雑記帳」ブログで書いた記事が、新サイトに掲載する予定の記事の草稿という場合もありますし、一気に同時掲載の場合もあるでしょう。

 しかし、「雑記帳」ブログでの記事にオリジナルを残し、原則として版の更新や修正は新サイト側だけで進めることになるかもしれません。

 カウンセリングルームサイトで新記事を出す時には、この「雑記帳」ブログで、その記事のURLだけでもリンクして紹介し、新サイトからのトラックバックを「雑記帳」ブログに飛ばします。

 そうした際に、新サイトでは書かなかった裏話も紹介するかもしれません(^^)

 つまり、この「雑記帳」サイトは、まさに私のプライベート・サイトとして使い分けることwを始めることになります。

 それでも、カウンセリングや心理療法、いうまでもなくフォーカシングについての、かなり思い切った「実験的」な記事や、浜崎あゆみをはじめとする音楽関係やiPodをはじめとするモバイルオーディオ、社会問題の記事などの領域越境的なコンテンツ、日記的な内容は、この「雑記帳」で今後も量産していくつもりです。

 このサイトがカウンセリング一辺倒になるのではないかと「ご心配の」(「安心しておられた??」)皆様、雑記帳は永遠に雑記帳の奔放さを維持します!!

 今は新しいカウンセリングルームを立ち上げたばかりなので、カウンセリング系の記事を集中的に書いているのですね。

*****


 なお、今後、

この雑記帳の記事については【雑記帳】

「久留米フォーカシング・カウンセリングルーム」サイトの記事については【開業サイト】

と略記することにします。


どうかよろしく!!

2008/01/30

「ゆずれない願い」


●田村直美/ゆずれない願い(YouTube)


全国の、DVを振るってしまった人、
親権を失って、今は子供と共に生活できない人、
相手への純粋な好意のつもりのものが、ストーカー、セクハラとして訴えられた人、
がんばれ!!


これが、皮肉でもあてつけでもないことは、十分伝わるかと思います。


そして、こうした人は、男性ばかりではなく、女性にもたくさんいるであろうかと。


*****


 ひとつが新たな正義とされた時、他方に、思いもよらず、それ以降悪とされ、法律に従うしかないばかりか、内面の改心すら、社会から強要される人々が新たに生まれること。

でも、それにもかかわらず、そうした「被害者」と「加害者」が連帯できる日が来ることを!!

それが、とてつもない夢であると知りつつも、私が死ぬ頃までには、多少なりとも社会に実現されますことを!!


「あなたは悪くない」

を超えて、

中島みゆき - I Love You, 答えてくれ - Nobody Is Right"Nobody is Right"


でも、あなたはありのままでいい」

へと。


懐かしい、ジャケットだけ掲載。

Layearth1
「騎士レイアース」音楽集1<ゆずれない願い>CD(ポリドール PCOH-1490)ジャケット 人物左より、龍咲 海、鳳凰寺 風、獅堂 光

結果的に「レイアース」の、あの、懐かしい曲のタイトルになったことも、きっと大事な意味があるのです。


 気がついてしまいました。

私の、恐らくこれからの半生に、身を捧げるであろう、まだ未開のテーマと領域に。


 そして、それは何と、当面「男のジェンダー」権利保護を女性に理解していただくための活動と結びつくだろうこと。


 あえて言いますね。

 このままでは、

男性からの求愛がすべて犯罪行為とされ、
男性のオナニーすら女性への権利侵害とされる時代が来る。

 女性だって、オナニーするだけで「男に飢えてる恥ずかしいことしてる」と見られる「差別」から自由であるべきでしょ?


それは懐古的な男権回復の、実は正反対

真の意味での男女の連帯と共生の道への、絶望的な模索となるであろうこと。


それは、生涯の道半ばで、現実に暗殺される覚悟がないとできない道ということ。


やっと、すべてが、見えました!!!


****


関連記事:

●我が内なるファシズムを見据えよ

●異世界へと召命された戦士たち(こういちろうアニメ論アンソロジー)


かつて、アニメ演出家、望月智充さんと「ほんとうに」お会いできたきっかけとなった、私の「記念碑」

2008/01/18

こういちろう学習障害あるいはADHD、あるいは「星の王子様」説(第2版)

 「この人ADHD(注意欠陥障害)? それとも学習障害(LD)かしら?」


 恐らく、このサイトをご覧いただいているカウンセリングの専門家の中で、ほんとうに勉強されている方は、そういうことをお感じの方っていると思います。

 さすがにもはや「躁うつ病」しかでみないようなら、現代臨床心理学におけるアセスメント能力としては欠陥が多すぎる(爆)

 そして、ここまで書いてきたら、そして、写真まで公然と掲載しているから、体型も資料になるわけで、私のベースが、どう見ても、クレッチマーのいう「躁鬱気質」からほど遠い(全然社交的ではないものね、本来は)こともおわかりのはず。

Ann_weiser__and_koichiro

 でも、人間は大好きだし、冷たい人間ではない(むしろ無茶苦茶ホットでハートフルな)ことも伝わってると思うし、体型も根っからの細身ではない、むしろ肩幅が広い、ずんぐりむっくりであることもわかるでしょう?(私の師、村瀬孝雄先生は、立教の研究室に私を迎える直前、他の院生に「今度来る奴は柔道の選手みたいな体型をしている」と事前に伝えていた) 。そうなると、分裂気質説も不十分(30%は分裂気質でしょうけど)


++++++


 そうなると、残るのは、てんかん型、あるいは闘士型といわれる執着気質、ないし中心気質と呼ばれるものですね。これについては私の古くからの知り合いで、私の「エヴァ」本プロデュースをはじめとしていろいろ引き立ててくれ、著作も凄く多いどころか、近年はTV出演もなさる、同じ開業カンセラーの矢幡洋さんが、「『星の王子様』の心理学」で書いたことがあまりに私にもあてはまります。

 (ちなみに、私のもうひとつの古くからの大事な人脈が、「あの」NHKアナウンサーを奥様にした、テレビでもおなじみ、文化人類学者の上田紀行さんです)

 人と、むしろ開けっぴろげまでに胸襟をひらいてつきあいたい。そして、「星の王子様」に出てくる薔薇のような女性の側面は嫌悪してますしね。女性のそういう側面に媚を売ることは死んでもするかと思っている(このことを肝に銘じていたら、私とつきあいやすくなるよ、女性のみなさん)。

 そして、圧倒的なまでのひとつの対象への持続的集中力としぶとい職人性。気難しさ、「瞬間湯沸かし器」、一種恍惚とした超越的世界に一瞬にして突き抜ける側面(空海さん)、そして、好戦的なところ、とくれば、むしろいよいよ『闘士型』こそベースとわかる。

 時代が違えば、私は宮本武蔵か、それこそ、中世スペインの英雄「エル・シド」なんです。

 あるいは、現代なら、言うもはばかれるけど、イチロー中田!! 


 だから、「お通さん」や「ヒメナ(エル・シドの妻。映画のソフィア・ローレンですね。この人、ホントにエル・シドの死後、2年ぐらいはバレンシアの領主を務め上げたくらいに「できた」人だったみたい)のような女性を心の中でずっと求めている(「イカ天」の頃の、イチローの奥様、もう、最高に好みの女性でした!!)し、そういう女性たちをほんとうに苦しめかねない。

 すぐに旅立っちゃたり、人質に取らせたり、やりかねないので。自覚してます。この点で女性に負担が大きいのは。

 でも、今は政略結婚やお世継ぎのためにで妾を増やす「現実的必要」ないでしょ?
 ほんとうは、すごーーーーーく、一途ですよ!!!


******


 ......となると、まずADHD(注意欠損障害)仮説はちょっと似合わない。確かに話題は次々飛ぶけど、私って、実は何を「話題」にしいていても、実は、手を換え品を換え、同じテーマを追求しているということは、すでに常連の読者の方はお気づきかと思います。

 学習障害仮説は肯定します。テスト用紙に向かいさえすえば、業者テストの国語は学年一、社会科も、普通に勉強して業者テスト全国上位、共通一次試験第一期生で国語自己採点198点。

 一方、数学は、幾何など、空間認識が関われば、あるいは「集合論」(記号論理学って、実は「集合論」との親和性が高いのは、学んだ人は知ってますよね!)には、ついていけたばかりか、ある種のセンスがあったけど、要するに微分・積分・方程式の世界を全く理解できない永遠の学年最下位


******

 もっとも、ほんとうの学習障害の人って、この程度のものではないことは、先日の研修会で笹森理絵さんのお話に接して、よくわかりました、彼女の100倍希釈に過ぎませんね。私の学習障害度は。


*****


 いずれにしても、これで私の今年の恋愛の抱負、「とことん高望みしてみる」の真意が少しつたわりましたよね。

「その人を自分が苦しめ、傷を負わせないかとうか、十分に吟味し、少しずつ交際を深める中でお互いを理解していく。できるだけいきなりセックス(セルクス)しない(爆)」

ということ!!

2007/02/19

"Focuser as Teacher"論 続編(2) -セッション実例編 下の巻- (第2版)

 さて、前回は"Focuser as teacher"のセッションの実例編の続き

 前回(上の巻)は、

背中の背骨の上半分の感じ

しゃちほこ

→その「反り返っている」感覚

→濡れたタオルの端を両手でつまんで、一気に引き下ろす時、反対側の端が跳ね上がる時の感覚を繰り返して楽しんでいる。

→体育館で床に横たえられた太い縄の端を持ち上げて、一気に引き下ろすと、その反動が伝わっていって、反対側の端が、ピン!! と持ち上がる瞬間の感覚。

→地面にまっすぐに横たわっている大蛇のしっぽを持ち上げて、一気に引き下ろすと、その振動が伝わって、蛇の頭が カクン!! と持ち上がり、蛇が失神しそうになるのを繰り返して楽しんでいる。

「吐くんだ!! 吐け~!!」

「いたぶる」

あかずきんちゃんとおばあさんを呑み込んで満腹して(うつぶせに)寝ている狼のしっぽを持ち上げて、一気に引き下ろすと、その振動が伝わって、狼の頭が カクン!! と持ち上がり、狼が失神しそうになるのを繰り返しているうちに、狼の口から、パハッ!! ペロン!!と、あかずきんちゃんとおばあさんが吐き出される。狼は「ごめんあさい、もうしません」とあやまって、これにて一件落着。

→これって、狼を撃ち殺したり、狼の腹を割いてふたりを救出し、石を詰め込んで縫い合わせて「くたばらせる」、童話本来のオチよりも、「誰も傷つけない」という点で、いい解決法ではないのか? という連想が浮かぶ。

.......というところまででした(^^)

*****

 "Focuser as teacher"こういちろうの語り口はこのあたりから多弁になる。

これは、こういちろうに限らない(^^;)。 

 実はこのフォーカシングのセッション最大のシフト(ひらけ unfolding)は、実は「いたぶる」という言葉を見つけた時点で一気に達成されている。

 あとはその瞬間にすでに全面的に質的に変容していた曖昧なフェルトセンスの「感じ」そのものの中から、新たな言葉やイメージが、新鮮な観点から、具体的な洞察の形でいくらでも、紡ぎ出され、フォーカサーである私自身の具体的状況と関わる気づきとして統合されるプロセスが進むのである。だから、ここまで来ると、フォーカサーは、その気づきについて具体的にリスナーに物語りたい気持ちがある限り(話さない自由はある)、一気に多弁になる。

 これをジェンドリンは、「人格変化の一理論」(「セラピープロセスの小さな一歩」(池見陽 編・共訳・著) 所収)の中で、「全面的な適用(grand application)」と呼ぶが、それが、すでに肝心な変化(シフトそのもの)が生じた後の、「過程の『副産物』であるに過ぎない」ことを強調している。

 この部分に入ったら、リスナー・ガイドは、それこそ「うん、うん」とうなづくだけの聴き手でもいいし、要所要所で伝え返しをする際に、フォーカサーのプロセスを妨げないかと神経を研ぎ澄ます必要はほとんどなくなる(どのように終わらせるか、は別として)。

*****

 「......『赤頭巾ちゃん』は、そもそも、狼が二人を『丸呑み』にでき、腹を割いても生きていて救出できるという時点で、できすぎた、都合のいい物語なわけですけど、でも「銃で撃つ」とか、「腹を割く」「石を詰める」というあたりは何とも残酷なわけですよね。童話ですらこういうオチをつける。

 もとより、このストーリーをリアルに脚色すれば、「残虐ホラームーピー」にもできてしまうわけだし、

「殺されたあかずきんちゃんとおばあさんの幽霊が、その狼の目の前に繰り返し現れて、狼が責めさいなまれる」となれば、四谷怪談みたいな「怪談話」になる。

 でも、これらはみーんな「残虐シーン」がいっぱいではないか!! リアルではあるけど、誰かが取り返しのつかないひどいことをしたりひどいめにあったりすることには変わりない

 私が今編み出した、「赤ずきんちゃん」新バージョンこそが、いちばん心優しい世界ではないかと思えてきて」

「......(沈黙十数秒)......そうそう思い出した、まさに『このパターンの』展開しか存在しないアニメ!!

そうか、『これ』のことだったんだ!!

[注:この瞬間に、更なるシフトがこういちろうの中に自然に生じているのである]

「トムとジェリー」じゃないか!!

この物語世界は!!

(wikipediaはこちら

  ......例えば、ジェリーの友達の子供アヒルがトムの口に呑み込まれる。すると、ジェリーはトムのしっぽの上にドカンと重たい家具とかを押し倒す。するとしっぽから痙攣が伝わって、トムの

"Ahhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!"

という叫びと共に、口から、アヒルの子がひょいと吐き出される

 たいていこの後、トムは重い家具の下からしっぽをむりやりひきずり出す。するとトムのしっぽは金床で伸ばされたみたいに広がって大きく平たくなってる......でも、トムのしっぽは次のシーンでは見事に復活。再生している。

 あと、上から金庫を落とされたら、金庫の扉を駆けて、真四角の身体になったトムかトコトコ歩き出す、というのもこのアニメの定番ギャグでしょ? 凄いのになると、トムは、ジェリーの倒したまさかりで、トムは脳天から真っ二つになっても次のシーンでは蘇る(注:確か、「花咲ける騎士道」、という話)。

 トムとジェリーが、お互いから受けた「虐待」を根に持って呪いに呪う話なんてほとんどないし、あったとしても、いざとなると相手がかわいそうになって助けたりする。[注:ジェリーが幽霊を「演じて」トムを懲らしめようとする話はありますね]

 トムにしてもジェリーにしても、ブルさんにしても、喧嘩ばかりしているようで、実はそういうことをすぐに忘れて和気藹々ともしてしまえる。

(リスナー:「♪なかよく喧嘩しな」ですね)

 「そう、それそれ!! 言ってくれてありがとう。

......あれ、もちろん日本でだけのテーマソングだけど、あの歌詞の一言こそ、この作品の本質を言い当てていると思う

 実は、このアニメについて、以前、アニメの歴史を書いた本[注:創刊直後の頃の「アニメージュ」]で

「暴力的で残虐なアニメ」

で一蹴されている専門家の叙述にぶつかって、

へえ、そんな見方もあるわけ? でもそれだけで済ませるのはないだろ?....と憤慨したことがある。

 それをいうなら、いわゆるシリアスでリアルなストーリーのアニメで、敵役が実は単なる悪人ではなかった、という展開にするために、いろいろと理屈をつけたりなんたりすることで説得力を増そうとすることの方が、よほどうさんくさくて、教育上もよろしくないんじないかと。

 自分の国は他の国に兵隊を送って戦争しておいて、自分の国の子供たちには「暴力に走らせる」といって、暴力描写のある作品を見せない方がよほど偽善だ。しかも、別段暴力を「正義」として描いてもいないのに、「悪」を滅ぼしてもいないのに、「トムとジェリー」まで「暴力的」と非難したり、「まねしたら困る」というのでは、何かがはき違えられている。

......私の心の中に、いわば、相手への愛情のこもった悪戯心のこもった「大人のウィット」として、少しキツイジョークを言っても、その意図を察して、「わかったわかった」で紳士的に受け止めて、今度はまた、悪戯心のある「大人のウィット」を投げ返してもらって、そこに込められた「善意の忠告」みたいのものをそのまま「信頼できる」みたいな関係への、すごい憧れがあるのかもしれない」

(後略)

※「トムとジェリー」のYoutube動画をこちらにまとめてみました(^^)

******

 実は、今の最後の部分もまた、自分の状況と重ね合わせての、統括的な、かなり大きなシフトであり、ここで完全に「体験過程尺度 Stage 7」に到達したことになります。

(.......ということまで、振り返りの際に、訓練生のリスナーには解説しています

******

 更に、振り返りの時に、私は、私の方から、訓練生に次のように尋ねてみました。

「実は、タオルをパシンといわせることを繰り返している時の感じがぴったりだとか、『いたぶる』という言葉を口にしようとした時、私は、あなたに、何か攻撃的だとか、残酷だという印象を与えるのではないかと一瞬躊躇していたんです。でも、その言い方以上に実感にぴったりな言葉がなかったから、結局口にしたんですけど、どう感じていましたか?

 訓練生は答えてくれました。

「いえ、そういう感じは全然していなくて。
タオルの話の時も、
先生は、

『これでは端っこの毛先が痛んでしまうな』

という気遣いを口にしてました。

『これじゃ蛇とか狼も、たまらないだろうな』

とかも。

それが、先生の、やさしさいたわりみたいなものに思えていましたから」

 私は、

「聞いてみてよかった。
そういってもらえたことを心からありがたく思うよ」

と答えました。

 そして更に、今やってみたやりとりは、意図したわけではないけど結果的に、リスナー側がどんな感じでいるのか、リスナーへの感情移入的な言語化をフォーカサーの側から提示し、リスナーにそれを修正して、感想を述べてもらうというふうにして、交互に進めるプロセスの中で、自己理解、相互理解を深める、"Interactive Focusing"的にもなっていることを紹介し、いずれその技法も実地のセッションとして紹介するつもりだと伝えました。

******

 まあ、こんなふうにして私は、フォーカシング個別指導をしているわけです。

 なお、私は、「トムとジェリー」が、結果的に第2次世界大戦の空気や当時の欧米の社会問題をいろいろと反映していて、見る人が見れば、そのことの「暗号」はいろいろ解き明かせるということも、私なりに了解します。

*****

 更に、さすがにフォーカシングのセッションでは話してませんし(そこまで訓練生を自分の世界に引き込むことはしない)、半分は後知恵ですが、

1.おばあさんの姿をした狼が「(口が大きいのは)お前を食べるためなのさ」、と言ったところで、「私、トイレに行きたくなっちゃった」と赤ずきんちゃんが言って[ここまではおとぎ話にそういうバージョンがあるそうです]、トイレに行かせたら、窓から逃げていた。

2.おばあさんの姿をした狼の正体がバレた瞬間、赤ずきんは「キャー、男〜!!!」と突然叫び、怪力になり、狼を放り投げ、おばあさんの家全体が破壊されたら、それこそ、「うる星やつら」、水乃小路飛鳥バージョンですね(^^;)

[面堂了子ではなくて!!.....同じ間違いをこのブログで2度犯した私をお許しください]

3.実は、おばあさんは悔しくも悲しいことに食べられた、でも、赤ずきんちゃんは深傷を追いつつも、すんでのところで助かった。狼はその抵抗を受けた際に片目を傷つき失う。そして赤ずきんちゃんは、その後美しい女性として成長する過程で武芸を身につけ、赤い柔道着あるいは赤いチャイナ服に身を包んで、世界中の武道家の中に、「片目のオオカミ男」を探しまわる復讐のさすらいの旅に出たら.....(2つの作品が考えられますね)

(映画もゲームも、「2」全盛の時に体験している世代です。下手でしたけど)

 ......まあ、こういうバリエーションは、すでにアニメ作品として、小説として、ゲームとして、果てしなく作られており、「赤ずきんちゃん」は、物語の世界の黄金の源泉のひとつとして君臨しているわけです。

「人狼」(この、押井守さんの作品は、早くからDVD持っていたのに、これを書いて3年は経て、やっと観ました

「赤ずきんチャチャ」(特に初期のギャグの切れ味が好きだった作品)

......他にも山のようにあるらしいですけど、私の守備範囲を超えるので略します(^^)

*****

 推薦BGMは、浜崎あゆみの  浜崎あゆみ - Secret - Beautiful Fighters"Beautiful Fighters"(アルバム"Secret"収録)とさせていただきます。この曲のPVも、シリアスなメッセージがこもった名作と思いますので、推薦。

 この記事でこの曲を推薦した意図は、真剣なファンの中に、通じる方々が、少なからずいらっしゃるとおもいますので(^^)

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