スイス

2010/01/15

不滅の名指揮者、トスカニーニ

 イタリア出身のこの往年の名指揮者は、圧倒的な要求水準でオーケストラを鍛え上げ、今日に至るまで誰も達成しえなかった全く贅肉のない演奏スタイルを誇った。

 まるでひとりの人間がすべてを演奏しているかのような、一糸乱れぬ演奏の凄まじさを堪能するためには、ますはヴェルディの歌劇「運命の力」序曲の鬼気迫る磨き上げの数分間がふさわしいだろう。

(↓以下の映像、多少ナレーションがだぶる箇所があるが、曲の勘所をうまくかわしているのが幸いである)

●Toscanini FORZA Overture

 ↓おそらくこの曲のリハーサルの時の圧倒的熱弁が以下の録音。

●TOSCANINI EN COLERE

*****

 次は、本来ラジオ放送専門のオーケストラだったNBC交響楽団が、カーネギーホールでライブを行うようになった時の貴重な映像記録の中でも最も有名な、ベートーヴェンの第5ハ短調交響曲、すなわち「運命」の第1楽章。

 この曲は、主観を排してひたすら客観的に演奏した場合に真の迫力が出るのだが、その典型のような名演である。

●Beethoven Symphony No. 5, 1st mvt--Arturo Toscanini/NBC Symp

*****

 続いて、またもやウェルディだが、「レクイエム」より「怒りの日」の前半。

●Verdi Requiem - Toscanini: Dies irae (part1)

 おしまいに、これまた永遠の名盤の誉れ高い、ウラディミール・ホロヴィッツのピアノと共演した、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第1楽章。

●Horowitz: Tchaikovsky Piano Concerto No. 1 i. (1943)

運命の力~オペラ序曲集

ベートーヴェン : 交響曲第5番 「運命」・第6番 「田園」・第7番・第8番

ヴェルディ:レクイエム&テ・デウム

*****

 ところで、実は今の私がやる気がないなどと勘違いしている読者がおありのようだが、今の私は起きている間、一分一秒たりとも無駄に過こしていない(^^;)

 時々イレギュラーに記事を書くこともある(この記事もイレギュラーのひとつ)けど、実は一ヶ月先まで、いつ、どういう内容の記事を書き、いつ沈黙するのかについて、ほぼスケジュールはできています(^^)

 そうした一方、父親に、確定申告のための帳簿の完成をせっつかれているので、そっち進めている。

 ついに自力で(!)複式簿記のつけ方を会得した。

 経理の超専門家の父も、そういうことに関しては何も教えず、全部私が自力で身につけることを要求してくるのである。私も何一つ質問はしない。

 以前も書いたが、カール・ヒルティいわく、

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

 また1月になって新規の相談お申し込みの方が増えていることにも感謝申し上げます。

 要するに、遊ぶときは遊ぶ、仕事の時は仕事というのを10分単位で切り替えるのが私のライフスタイル。自営業だからできることですが。

 そして、夜はしっかりぐっすり寝ます(^^)

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2009/10/21

やさしさに包まれたなら -「魔女の宅急便」とバリントのフィロバティズム-

 キキは突然飛べなくなった。

 最大の引き金は、依頼人のおばあさんがせっかく孫娘のために心を込めて焼いた包み焼き・・・しかもその完成のためにキキも古い薪オーブンを稼動させるお手伝いをしている・・・を、突然の雨にずぶ濡れになりながら届けた先の孫娘の反応、

「だから、いらないって言ったよ。あたし、このパイ嫌いなの」

との言葉と共に扉が冷たく閉ざされたことだった。

 キキは下宿先のオソノさんの心配りもあって一度は立ち直る。しかし、せっかく初デートに出かけたトンボの友達に「あの孫娘」が含まれていると気がついた時、突如豹変して家にひとりで帰ってしまう。

「ジジ、私、どうかしてる? 素直で明るいキキはどこかに行っちゃったみたい」

 ところが、ジジはただの普通のネコのようニャーと応えるのみ。ジジはすでに恋人のメス猫ができてから、関心がそちらに向かい始めて以来、「普通のネコ化」が徐々に進行していたようだが。

 しかし、ジジの言葉が解せさなくなったことに気がついた瞬間、キキは嫌な予感に襲われ、箒(ほうき)にまたがってみる。

 魔法の力が、ほんとうに弱くなっている。

 それでも飛ぼうと繰り返し試みるうちに、旅立ちの際に母から譲り受けた箒そのものが折れてしまう。

 こうして、キキは完全に、故郷との「つながり」の証し、(人語を解するジジと母の箒)、すなわち、精神分析的対象関係論のウィニコットが言う「移行対象」を喪失する。

ウィニコット/遊ぶことと現実 (現代精神分析双書 第 2期第4巻)

(楽天ブックスはこちら

 生まれ故郷から大都会に舞い降りた段階から、何か人との間に、独特のよそよそしい「隙間」を感じることが時たまあることに当惑し続けていたキキの慢性的なストレスは、ついに限界に達したのだ。

 キキの生まれ育った故郷とは、我々の少なからぬ部分が、遥か彼方の幼児期に体験していた、世界との幸福な一体感、まさに「やさしさに包まれた」頃の体験世界の理想化された象徴である。

 (・・・・それにしても、宮崎駿さんの、キキのくるくる変わる感情の移り変わりを画面上だけで表現し切れてしまう力は、今観直しても、とてつもない域ですね)

****

 キキに救いの手を差し伸べてくれたのは、すでに偶然の縁があった、夏の間は森に住む、絵描きのウルスラだった。

 ウルスラは、前にキキに会った時の印象に触発されて、一枚の絵を描きつつあった。しかしキキに当たる少女の顔の部分の表情がどうしても決まらないで、その絵をやめてしまおうかとすら思い悩んでいた。キキ自身をモデルに写生することから立て直しを図りたくてしかたなくて、なかなか再来しないキキに会いに行ったというのがほんとうのところだろう。

 ウルスラはキキを写生しながら思わず口にする:

「あんたの顔いいよ。この前よりずっといい顔してる」

 落ち込んでいたキキは、恐らくこの言葉に内心きょとんとしたことだろう。

「魔法も絵も似てるんだね。私もよく描けなくなる」

 寝る前の語らいの中で、ウルスラは口にする。

「そういう時、どうするの? ・・・・私、前は何も考えなくても飛べたの。でも、今はどうやって飛べたのかわからなくなっちゃった」

と、思わず尋ねるキキ。

「そういう時にはじたばたするしかないよ。画いて画いて画きまくる」

「それでもうまく行かなかったら?」

「画くのを止(や)める。散歩をしたり、景色を観たり、昼寝をしたり、何もしない。・・・・そのうちに、急に画きたくなるんだよ」

「なるかしら?」

「なるさ。・・・・私も絵を画くのが面白くって仕方がなくて始めたんだけど、ある時、画いた絵が気に入らなくなった。誰かの真似に過ぎないって気がついたんだよ。どこかで見たことあるってね。自分の絵を描かなくっちゃ!ってね。・・・・でも、その後、少し前より、絵を描くってこと、わかったみたい」

 ・・・・このウルスラのセリフ全体が、宮崎さんの経験談それ自体であり、肉声そのものであることはつとに知られているだろう。

 「魔法って、呪文を唱えるんじゃないんだね」

 「うん、血で飛ぶんだって」

 「魔女の血、絵描きの血、パン職人の血、神様かだれかが与えてくれたんだよね・・・・おかげで苦労もするけどさ」

 ウルスラが、夏場は森の中でひとりで生活し、冬場は都会ではなくても、すでに開拓された田園地帯か何かで生活するという、森と平地との間「辺境人」的性質を持つ存在であることは興味深い。

 精神科医の中井久夫先生が、壮年期の二大名著、姉妹作というべき「分裂病と人類」「治療文化論―精神医学的再構築の試み」で強調するところによれば、洋の東西を問わず、古来、森の中とは人間界から切り離された「異界」であり、森の中に独居する、「薬草を栽培する老婆の文化」は、地域共同体の辺縁に置かれつつも、地域治療文化の大事な一部として暗々裏に統合されていた。

 それがいわゆる「魔女狩り」の対象とされるのは、実は中世のことではなく、宗教改革以降の近世初頭以降の出来事であることは、実は誤解されがちなことである。

 ところが、ヨーロッパにおいて、多くの宗教者や社会改革家(急進的な「世直し」をしようとする人たち)、そして近代の「力動的」精神医学の基礎を築いた大家たちの故郷は、非常に多くの場合、こうした「すでに切り開かれた平地」と「森」の辺縁地域の出身者が多いことを中井先生は指摘する。

 フロイトの出身地然(しか)り。ユングの出身地然り。精神分析が発展を遂げたヴィーンそのものが森の都に他ならない。

 ウルスラが、この物語の中で、図らずも魔女であるキキの癒し手として機能できたのは、ウルスラ自身が、そのような俗世間と森の世界の「境界人」的側面を強く持っていたからではないかと思われる。

 これはこじつけでもなんでもないと思う。

 宮崎さんだって、思っているはずだ。アニメーターなんて、世間の桧舞台に立つのは実はおかしくて、もっと「ひっそりとした」「地味な」商売だったはずなのに・・・・と。

*****

 さて、この作品に限らず、宮崎作品の飛行シーンは、他の誰も真似ができない域のものであることはよく言われるとおりである。

 そのことの最大の秘密は、実は宮崎さんが、飛行を支えているのは空気に他ならないということに徹底的にこだわっているためだと思う。

 日本のアニメは、「宇宙戦艦ヤマト」の時代から、宇宙空間を中心に飛行シーンを描くことに特異的に発展したために、この「空気があっての飛行」ということに対する感性がアニメーターの間でほんとうには熟成されないままになりがちだった。

 振り返ってみれば、これまで宮崎さんが関与した作品の中で、宇宙空間を舞台にしたものが、果たして一本でもあったろうか???

 飛行機乗りは、そうやって「大気を味方につけ」ないと飛行機を操れないことを嫌というほど知っている。

 そして、更にはその大気との関係と共に重要なのは、飛行するための道具としての「機体」と操縦者が、自分の体の延長であると感じられるところまで「一体化」できるかどうかである。

 この「魔女宅」のクライマックスシーンにおいて、故障し、大破した飛行船にぶら下がったトンボを助けんがためにキキが活用したのは、たまたま通りがかりの清掃夫のおじさんが持っていた、ありきたりのデッキブラシだった。

 キキがこのデッキブラシの操縦に手こずったのは、スランプ脱出直後の初飛行のためばかりではなかろう。更に、単に箒の場合とは勝手が違うというだけですらなく、心を込めて魔女が手作りしたハンドメイドではなくて、量産型の既製品だったからに他ならないだろう。

 おかげでその「機器」との「対話」が成立しにくいのだ。「人馬一体」にはほど遠い。

「こら! いい子だから言うこと聞いて!」

「まっすぐ飛びなさい! 燃やしちゃうわよ!」

 このような、「モノ」に過ぎない筈の対象に身体ごと「潜入(dwell in)」して、試行錯誤の身体的「対話」を重ねて、はじめて高度な習熟スキルとして自在に操れるという点が、単なるマニュアル的な「技術(technique)」と習熟的な「技能(skill)」の違いであることは、ハンガリー出身の科学哲学者、マイケル・ポランニ(ポランニュイ・ミハイー)の「暗黙知の次元」 で詳しく述べられている。

 そして、このような、多くの人にとっては身の危険を犯すスリリング過ぎる活動(曲芸や楽器の演奏やスポーツなども含まれよう)に没頭する人たちのことを、ハンガリー出身のイギリスのもうひとりの精神分析の大家、マイケル・バリント(バーリント・ミハイー)は、「フィロバット」と呼んでいる。

バリント/スリルと退行

バリント/治療論からみた退行―基底欠損の精神分析

 (このバリントの2大名著はまたもや再販されない状態に入ったみたいなので、この件については、私の学会発表時の添付資料としての2冊の抜粋がPDFとしてサイトに載せ続けているので、興味のある方はこちらからご覧いただきたい)

 「フィロバット」的人物=「フィロバティズム」が優勢な人物においては、はっきりとした輪郭と「固形の」性質を持った、「反発(objection)性」がある、自分からは独立した「対象(object)」との関わりに生きているのではない。

 古代ギリシャから言われてきた四大元素、すなわち、「土」「水」「火」「風=空気」という、自由に形状を変え、流動的で、対象を「包み込む」こともできる「前-対象」との友好的(frendly)な関係の中に生きている。

 バリント自身の言葉を借りれば、「魚にとっての水のごとき」環界との友好関係信頼していられないと、自由闊達にそのスリリングな能力を発揮できないのがフィロバットなのだ。

 突如別のアニメ・コミックを引き合いに出せば、「キャプテン翼」の名言、「ボールは友だち」の世界である。

 観ている人は、サッカー選手がいとも鮮やかにボールを「操って」いるかに見えるかもしれない。しかし、選手の主観は正反対のはずだ。まるでボールの方が自分のために最大限の協力を惜しまないかのようにして自発的に協調してくれているという感覚のはずである。

*****

 ところが、このフィロバディズムを生きる人たちは、自分をつつむ外界との圧倒的な信頼感・一体感に亀裂隙間が生じると、たいへんな危機を迎える場合がある。

 キキが陥った「飛べなくなる」状況は、まさにその典型だろう。あの孫娘が冷たく扉を閉じた瞬間、キキとキキを包む「世界」全体の間に深刻な「壁」と「亀裂」「隙(す)き間」が立ちはだかったのである。

 キキはもはや心から自由に「呼吸」することができない状態に陥った(風邪を引いた)。そして、せっかく心が通い合ったかに見えたトンボが、「あの孫娘」とも友達であると知った瞬間、トンボも「向こう側の世界」=「同じ空気を吸ってはいない存在」ではないかという疎外感に一気に引き込まれ、キキは自ら心を閉ざしたのであろう。

 (確かにそれはキキのひとつの思い込み・・・いかにも思春期的な・・・に過ぎず、エンディングではこの孫娘と二人が親しく会話しているシーンが挿入されてすらいる! これは単にキキが有名人になったからだけではなくて、その後交流するうちに孫娘の人間の全体像が見えていなかったことにキキも気づいたのではなかろうか)

*****

 不幸にしてそうでない人もいるが、多くの人は、全く天真爛漫に、世界との一体感に浸り、心安らかに浸っていられたかすかな記憶のようなものを抱えて生きている。

 そのさりげない記憶の世界でその人を「包んで」いる「やさしさ」とは、必ずしも人からのやさしさではないはすだ。

 陽の光、何げない風景の一つ一つ、それどころか室内の家具調度のひとつひとつ、つまり、自分を包む「世界」全体が、自分をやさしく見守ってくれているかのような体験だったのではないかと思う。

 (私がそのことをはっきり思い出した時の記録は、先述の学会発表時の論文集の本文の方にエピソードとして記載している。そちらもPDF化してあるので、興味のある方はこちらをご覧いただきたい)。

****

 さて、「魔女宅」のエンディング・テーマは、ユーミンこと荒井由実(松任谷由実)の初期の名曲、荒井由実 - ミスリム - やさしさに包まれたなら「やさしさに包まれたなら」である。

 こちらからリンクをたどっていただいて、歌詞をもう一度丁寧に読みなおしていただくと、ある事実にお気づきになるかも。

 ここに登場する「やさしさ」で包んでくれる存在の「正体」(?)とは、実は恋人ですらなく、生身の人間ですらなく、世界そのものだということ。

*****

 そして、きっと、

> 大人になっても、奇跡は起こる

のである。

*****

 ところで、エンディングをよく観ると、キキの乗っている箒は、掃除夫のおじさんに「必ず返します」と言った筈のデッキブラシのままなのである。

 トンボが作りつけてくれた鋳物の看板ですら、デッキブラシ姿ですよね。

 これは単に「事件」を解決した象徴だからとか、縁起かつぎ(?)などではなくて、ひょっとしたら、キキ自らが「選択した」行動だとも思えるのですが。

 このあたりの意味、考えてみるに値すると私は思えてきました。

*****

 この記事への「あと書き」がこちらにあります。

 【追記】:この記事の姉妹作(?)となった、「崖の上のポニョ」論はこちらです。

 バリントの「治療論からみた退行」についての総論を、こちらで書きました。

魔女の宅急便 [DVD]

MISSLIM(「魔女宅」で使用されたのと同じ、テンポの速いバージョンが収録)

●王子のきつねさんサイトでユーミンの代表曲のYouTubeをまとめたエントリーへのリンク

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2009/10/09

秋の近況報告

 春日武彦氏の書評についての感想記事について、改版を重ねて練り込むことにかなりの労力を注ぎ込んだために、最近の私としては記事更新のペースが少し緩みましたが、毎日カタカタと「その日できる最善のことをする」ことで一日が終わるパターンは相変わらずです。

 日照りの夏が終わって秋が来ると、むしろ庭にいろいろと雑草がいつの間にか生い茂るものですが、台風接近の直前に一気に手入れをしました。とことん枯れるまで敢えて放置したひまわりの種もたくさん回収できましたので、来年は自前で、今年よりも密生したひまわり畑を庭に現出できそうです。

 台風そのものは、九州山地の向こう側の海の上しか通過しなかったので、福岡県では風もほとんど吹かない曇り空に小雨程度で推移しました。

091009_1025001_2  つばきの一種ではないかと思える花も庭に咲き始めました。

 そういう季節なのですね、もう。

*****

 「久留米でうつと働き方を語る会」立ち上げに関しては、参加ご希望の反応はまだこれからの段階ですが、会の発足をお知らせした福岡の諸先達の先生方から、暖かい励ましのお言葉を幾つもいただけましたことに、心から感謝申し上げております。

 福岡・佐賀の関係諸機関へのお知らせも現在進めている段階です。しかしご当地久留米に関してのこの種の活動を進めるとなると、常々親父が言う、「足を使わんと!」こそ、地域に根をおろすということだと心得ています。そうなると簡潔で見やすいチラシも制作し、あちこち直接顔を出してご面会して話をする手間を惜しんではならない。今からその作業に取り掛かるところです。

*****

 これも以前にお知らせしましたが、佐賀県教育センターの教育研修講座の一貫としての「フォーカシング」の講師をさせていただくまで、ちょうど一ヶ月となりました。

 佐賀県教育センターは、てっきり佐賀市の市街地にあるものと思い込んでいたのですが、広域市町村合併というのは、あなどれないもので、「佐賀市大和町」というのは、北山ダム川上峡温泉が現在では含まれていることに気がつきました。その川上峡温泉の温泉街のすぐそばに教育センターの敷地があるらしいのです。

 川上峡温泉は、小学校低学年時代に親に連れられて親戚一堂の懇親会(「いとこ会」というものが、総勢何十名もの参加で、つい先年まで何十年も機能していたのです。まさに映画「サマーウォーズ」の世界そのもの!)で参加し、その後、小学校卒業時に、当時の親友と、別々の中学に進学するお別れ記念にサイクリング(久留米から峠を越えて往復80キロ!)で訪問して以来です。

 川上峡温泉は、別名「九州の嵐山」とも呼ばれますが、この言葉には偽りがなく、貯水池も兼ねているためにゆったりと幅広く流れる嘉瀬川 の両岸には、木々が生い茂る、確かに嵐山と似た地形の土地になっているのは、サイクリングで地面を走ってたどり着いた、もう35年以上も前(!)の記憶に照合しても確かに言えることだと思います。

 妙に懐かしさがこみ上げると同時に、恐らく秋の紅葉シーズン真っ盛りの頃になるので、ちょっと楽しみな小旅行の気分にもなって来ました。

 もとより、平日に「公務出張」の形で佐賀県各地からおいでになる学校の先生方を対象とした研修会です。打ちあわせの際の、教育センターの職員の方の、実に細やかな心配りにも感激しました。

 施設の装備もしっかりしているようですので、ここはひとつ張り込んで、これを機会に、これまで不精して作ったことがなかった「フォーカシング入門研修」用のパワーポイントファイルを新作するモチベーションが高まっています。一度作ってしまえば、それをテンプレートにして、今後、月例の「久留米でフォーカシングを学ぶ会」ばかりではなく、今後の学会発表や、もしまだいずれから講師としてお声がかかった時にバリエーションを制作すればいいことになりますので、この際作ろうと思います。

*****

 こんな具合で、結構面接時間以外にやれることは次から次に生じてくる状態です。

 私が中学校時代に心の支えとしたカール・ヒルティ曰く、

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

 やっと、バランスよく、しかも常に1割の余力を意識的に維持して燃え尽きないように用心しながらも、カタカタと日々のtaskにいそしめるライフスタイルをつかめてきているのかなとも思う。

「だから、あすのことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である」

(マタイによる福音書 6:34)

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2009/09/17

周囲の人は双極性障害2型の人の「気遣い」にどれだけ助けられているかに気がつかない・・・・内海健 著「うつ病新時代 -双極性II型障害という病-」 書評 (第2回)

 さて、内海健先生の「うつ病新時代」への書評、前回に続く第2弾ですが・・・

 今回の内容は、もっぱら、本書の第6章、「同調性の苦悩」の内容からのご紹介です。

****

 スイスのオイゲン・ブロイラーという精神病理学者(精神分裂病=統合失調症という疾病概念の提唱者。フロイトの初期の擁護者としても著名)が、統合失調症の人と躁うつ病(単なるううつ病ではありません)の人の病前性格を比較するために、前者を「分裂性性格」、後者を「同調性格」としてとらえることを提唱しました。

 ここでいう躁うつ病の病前性格としての「同調性」というのは、世間一般で言う「協調性」ということと一見似ていますが、実はもう少し厳密な定義がなされています(このへんがあいまいなまま人口に膾炙し、一般的な解説がネット上でも流布しているようですので用心してください)。

 ここでいう「同調性」というのは、単に周囲に溶け込むだとか、「場の空気を壊さない」(今風に言えば"KY"ではない)ということではないようです。

 「協調性」という言い方をする場合、暗に、社会性を確立するための、単なる「処世術」として、あるいは対人スキルとして「身につけて」しまえる筈のもの・・・・という含蓄がある気がします。

 (これに対して、特に「コミュニケーション障害」という言い方は、暗に発達障害を含意するので、言葉の扱いは慎重にすべきですが、ここではこの問題に深入りしないでおきます)

 しかし、ブロイラーの発想を更に深化・発展させた、フランスのミンコフスキーという精神病理学者は、この、鬱病者における「同調性」について、著書「精神分裂病―分裂性性格者及び精神分裂病者の精神病理学」の中で、次のように述べていることを内海先生は紹介しています。

 「ミンコフスキーによれば、分裂性と同調性は単なる性格標識ではなく、むしろ個々の特徴の間隙に位置して、それぞれの特徴に独特の色彩を与え、環界に対する個々の態度を規定するものである」(p.130)

 ・・・・・さすがにこれだけでは読者には何がなんだか?でしょうから、私なりに内海先生の本から理解したことを元に平易に解説してみましょう。

 ここでいう「環界に対する個々の態度を規定する」というのは、自分という存在が、外の「世界」との関わりにおいて、どういう様式で存在するかという、非常に実存的な次元での根底的な存在様式の違いということです。

 統合失調症の人は、発症すると「世界との生き生きとした接触」の感覚を喪失します。これを更にドイツのブランケンブルクという人が「自明性の喪失」という概念で発展させました。

自明性の喪失―分裂病の現象学

 「自明性の喪失」とは、わかりやすくいえば、般の人が日常を生きていくうえでは「当たり前すぎる」ことの「当たり前さ」加減が全然ピンと来なくなるということです。

 具体的な例として、このブランケンブルクの著作の中でつとに著名な、アンネ・ラウの症例での患者自身の発言から引用しよう:

 (以下の引用は、ま@しーまんさんのサイト、「神経生物学的脳機能障害の研究My 統合失調症研究 統合失調症とは 認知脳科学的、神経情報科学的アプローチ」の中の、「寡症状分裂病(単純分裂病)の事例」というページから引用させていただきました

 「…誰でも、どう振る舞うかを知っているはずです。誰もが道筋を、考え方を持っています。 動作とか人間らしさとか対人関係とか、そこにはすべてルールがあって、誰もがそれを守っているのです。でも私にはそのルールがまだはっきりとわからないのです。私には基本が欠けていたのです。・・・(中略)・・・ 他の人たちはそういうことで行動しているんです。そして誰もがともかくもそんなふうに大人になってきたのです。考えたり行動の仕方を決めたり、態度を決めたりするのもそれによってやっているんです…。」

****

 さて、このような意味で、周囲とのかかわり方がまるでわからなくて困惑するといった存在様式は、実は、うつ病圏の患者さんの周囲との関わりのあり方から、一番遠いものなのである。

 うつ病になりやすい人は、周囲の人が何を感じていて、何を求めているのかを「察する」共感的センサーが敏感であり、しかもそのセンサーの精度は、その人が健康度が高いうちには驚くほど的確で、分裂質の人のような「思い込みの暴走」「関係念慮」には容易には陥らない。自分と関わる相手との適切な距離感を保ちながらも、その場その場にふさわしい「気配り」を実際に行動として取って行くことが実に上手である(内海氏の著作のp.139参照)。

 この「気配り上手」のことを、この内海氏の著作では「他者配慮」ないし「対他配慮」という言葉で表現していることが実に多いことは、この本をお読みの読者の参考になるかもしれない。

 鬱になりやすい人持つ「同調性」とは、単に周囲に迎合するなどという浅薄な次元で「協調性」のことではなく、このような、敏感なセンサーに基づく細やかな対人配慮のことを指すことを改めて強調しておきたい。

 こうした前提で、再び内海氏の著作からの引用に戻ろう:

 「端的に言うなら、[鬱病になりやすい人の]同調性とは、環界と共振・共鳴する原理である。それ自体において、病理性が希薄である。分裂性が、のちにミンコフスキーによって引き継がれ、『現実との生ける接触の障害』という形で、統合失調症(分裂病)の基本障害として結実したのに来比べれば、はるかに健全な原理であるようにみえる。

 しかし、同調性も、行き過ぎれば病的なものになりうる。そのことについて、ミンコフスキーは、同調性格者は『[躁状態とうつ状態の]波にさらわれる結果、自我を確立し、進歩するための地歩を固めることができない』と指摘している。(中略)

 同調性とは、自己が世界と関わりを持つための不可欠の原理であるが、その一方で、自己を押し流し拡散する危険を孕(はら)んでいるのである」(pp.139-40)

****

 さて、いよいよやっと、双極「2型」の人固有の対人関係特性とその失調の話に入れる。

 連載の今回は、その中の、今述べてきた「同調性」に関する側面のみを取り上げよう。

 「双極II型性障害、とりわけ若い事例では、相手が何を考えているのか、大抵のことはわかるという。余裕のあるときには、先を見越して対応ができる。二手三手先まで読む。[ところが、]具合が悪くなると、今度はそれが裏目に出る。読みすぎ、気を使いすぎ、疲れてしまう。相手も自分と同じくらいに[こちらの気持ちを]読めるのではないかとと思い、合わせ鏡のような一人相撲になる。

 また、皆がうまくいっているのか、どこかで諍(いさか)いが起きていないか、ということも、重要な関心事である。そして大抵、彼女らの勘はあたっている。おそしてみるまに、対人関係の相関図が、頭の中に描かれる。

 こうした特性は、彼女らが生まれ育った家族での関係が反映されている。彼女らは、おしなべて甘えべたである。親に甘えるというよりは、むしろ親が彼女らに甘えてきた、と言った方が適切である。

 この関係は、家の外でも再現される。彼女らの多くは頼られる。明白な場合もあれば、目立たぬ形を取る場合もあり、あるいはスケープゴートとして機能を果たしているときもある。(中略)

 この頼られることは、彼女らの生きがいでもあるのだが、抑うつの時には大きな負担となる。(中略)

 双極性II型障害の事例がきまって言うことは、「悩みを持ちかけられる」ということである。そして最も苦手なことが、「他人の悪口を聞かせれること」である。(中略)ある患者はこのことについて、「影で他人の悪口を言うことは、私の悪口もどこかで言っているということになります」と説明した。論理的に聞こえるが、むしろ相手に対する直感的な洞察なのだろう」(p.151)

****

 今回の最後に、では、こうした、双極性II型の人たちへの精神療法において何を大事にすべきかについて、特にこの「同調性」関連で内海氏が述べている部分から引用したい:

 「どのような精神療法にも共通することであるが、患者が自分の問題に気づき、そしてそれに対応するためには、その問題を単に欠点として自覚するだけでは十分とはいえない。

 ・・・というより、それでは患者は浮かばれない。症状であれ、性格の特性であれ、それらは両義的であり、[=環境への不適応の要因になるともいえるが、同時に、その人なりにうまくやっていく上での『強み』でもあり]、かならず評価すべきところがある。

 ましてや、双極性II型障害[の人]が持つ他者配慮は、肯定されてしかるべきでものである。
 この利他的なあり方の中に、ただちに偽善、おせっかい、支配、自分本位などを読み込むべきではない。それは通常人が自らを投影しているものである。
 
同様に、他人の顔色をうかがう小心さ、過度の傷つきやすさ、拒絶への弱さなどになどの脆弱性に還元してすませるべきでもない。

 仔細に日常のあり方、そしてそこにいたる生き方を見てみれば、彼ら彼女らの「けなげさ」「かいがいしさ」を感じ取ることができるはずである。

 他人への配慮や気遣いをしつつ、彼らが奮闘してきたこと、
 彼らによって支えられた人たちがいること、
 そして
 誰もそれを評価しておらず、にもかかわらず、患者に依存し、患者の気遣いを湯水のように消費してきたこと、


そうしたことにに共感が示されるべきである。

 少なくとも、他者への尽力に役に立ったのであり、意味があったのだということを、治療者は繰り返し与えて返してしかるべきである。

 このあたりのへの共感性が持てないと、この疾病に対する治療は、ちょっと難しいかもしれない
(p.161)

(第3回につづく)

内海健/うつ病新時代 -双極2型障害という病-

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2008/01/17

自分探しと恋人探し

 もう一本追加です(^^)

 どうして、対人恐怖のかたまりで、自分は一生女性とセックス(セルクス)なんてできないと感じていた私が、そこそこ女性との無理のない距離感作りに、ある水準の自信を持つまでに到ったのかなあ?

 (忘れないでね。私は、モチ、プレーボーイとは程遠い。恐らく、男女関係に積極的で、同時に冷静に経験値を積んでもいる、普通の高校生や大学生の水準に追いついたに過ぎないことを書いてるだけと思う。.....と、少し謙遜

 これ、あるクライエントさんと話していて、自然に思い浮かんだことなんだけど。


 私は、少なくとも当面、自分が社会人として進む道を、深い次元で納得しながら受け入れられる。

 大学教授になるのは、私の予定では、55歳ごろ。
 しかも、どこかからお呼びがあった時です(爆)

 それはあくまでも、

研究費と老後の生計の基盤が欲しいのと、
サバティカル世界鉄道旅行したいのと(カナダ横断鉄道が、アメリカ大陸横断鉄道が、オーストラリア横断鉄道が、シベリア鉄道が、TGVが、オリエント急行が、私を呼んでいる......爆)、

その頃になったら、
日本の心理臨床学の大学における学問的発展と、大学における研究者・臨床実践家の養成に関与することから逃げない責務があると思うから。  


*****


 でも、若い人の恋愛って、そういう心理=社会的なアイデンティティの形成課題と、伴侶の獲得っていう、二兎を追う時期って、遅かれ早かれ、どうしてもあるではないですか!!

 たいへんだよね!!


*****


 私は、その苦悩は感じないまま、結婚暦、育児暦まで経験させていただきました。

(今にして思えば、「キヨブタ」=「清水の舞台から飛び降りる」そのものだったな。恋愛結婚だったし)

 そういう意味では、いわゆる「自我同一性尺度」でいう、「早期完了型」のバリエーションそのもの。

 .....ま、多くの大学のセンセ、多かれ少なかれそうだけどね(^^)


*****


 更に、もうひとつ『贈る言葉』。


   経験を重ねることより、ひとつひとつの経験を消化していくこと。

2007/12/07

「ユダによる福音書」的にみた、「ここはフォーカシングについて話をする場だから」

「ここはフォーカシングについて話をする場だから」

 前の記事の延長なんだけど、私はこのように言われることに、時々違和感があった。

 私もそれなりにTPOはわきまえているつもりで、関係あると感じたことしか話さないように私なりに気をつけてきた。それが通じないことにいつも苦しんできたとも言っていい。

 「フォーカシング、というものは存在しない」という言葉を、こういう場合にも使いたくなる。

 フォーカシングは、皆さんひとりひとりの中にすでにあるのです。


******


 msnでも一時期話題になった、ナショナル・ジオグラフィックの、「ユダによる福音書」の砂漠の洞窟での1980年頃の盗掘者による発見と、古物商に手に渡ってからのさまよえる軌跡、その修復作業のたいへんさ、それが本物であることについて、パピルスの炭素同位体の減少率から、化学的な証明がされるまでについてのドキュメンタリーの断章、興味深く感じていたが、知人が「AmazonでDVD売っているよ」と教えてくれた。1時間半の長さの割には格安だったので、早速購入して、昨晩観た。

 これから、そのドキュメンタリーにも出てきた学者たちが訳した「ユダによる福音書」の翻訳そのものを読むつもりだけど、実は初期キリスト教会の頃は30以上もの福音書があって、現在新約聖書に収められている、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの四福音書のみ聖典とされたのは西暦200年頃らしい。実際に、当時の神学者が、「ユダによる福音書」の内容の一部を紹介して、徹底的に批判している文書は以前から伝わっていた。

 内容的にもその神学者の著述と完全に符合して、この文書が、西暦200年代に成立した文献であることは、すでに現代のカトリックの学者たちも認めている。

 キリスト教の福音書は、マルコやマタイ自身が書いたものではないと今日ではみなされている。それと同様にして、この「ユダによる福音書」も、あの、12弟子のひとりで、イエスをローマに売り渡した「裏切り者、ユダ」自身が書いたものではないことはほぼ間違いない。

 しかし、その内容は、実はイエス自身が、一番信頼していたユダに、自分の肉体を天に昇らせるために、裏切って密告するように頼んだという、凄い内容。そして、二人は天国で再会することを誓い合うのである!!

 この発想の背景には、当時グノーシス主義と呼ばれた、神秘主義的なキリスト教の潮流がある、神は個人個人が自分の中で出会うもの、とされていて、いわゆる「万人の罪を背負って、救済のために十字架についた」という正統派の教えにも関心がない。 そして教会や聖職者が神との関係を仲介するヒエラルキー構造に無関心だった。

 そして、この「ユダによる福音書」の中で、形だけは敬虔な祈りをささげているかに見える弟子たちを、繰り返し笑っているのです。それに対してまともに応対できたのはユダだけだったと書かれている。

 このグノーシス主義は、その後も近代に至るまで、神秘主義的な宗教者の中で命脈を保ち、ユングが凄く影響されているばかりではなく、スイスの少し先輩のヒルティにも感化を与えていたことは、以前にも書きました。

 ヒルティもまた、「形式的な祈りなど、やめてしまえ」と『幸福論』ではっきり書いている人です。


***** 


 ある意味では、私はフォーカシングの世界で「カトリック」じゃない。

 「プロテスタント」ともいえるし、

 こうした神秘主義系の、

   「『神』との個人的な交わり」

を大事にしているともいえるかもしれない。


 だから、ユングとはすごく相性がいいのである。


*****
 

(今回は、エッセイの「序」「破」「急」をわきまえた、ジャンル越境的だけど、すっきりした内容に書けたと思うけど.....)

National Geographic 定期購読

2007/12/01

仕事の上手な仕方

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

かなり以前にご紹介しましたが、「幸福論」や「眠られる夜のために」で著名な、スイスの超一流の弁護士にして宗教的著述家だった、カール・ヒルティの言葉です。

 「幸福論」第1巻、冒頭の、そのものズバリ、「仕事の上手な仕方」という文章に出てきます。

 以前は、ドイツ語の教科書としてよく使われたようで、私が大学生時代には、このエッセイだけ単独で、神田の三省堂でも売っていました。

 引き籠もりすれすれ(学校には通い続けたけど、成績は落ち放題、宿題は放棄していた)だった中学時代後半に、ジェンドリン以前の私にとっての最大の心の師だった人の教え通りのライフスタイルに、やっと40半ばでなってきた気がします。

 だから、増井先生とフォーカシングについての論考は一気に書かないのです。少しずつ時間を置いて書き進めると、その間に発想が熟して、内容が一層密度が上がるのです。

 おかげで、最終回が延々伸びていますけど、でも、頭の中に完結までのビジョンは、それこそ「ひとつの全体的なフェルトセンス」という見取り図として、しっかりと保持されています。


*****


 あと5つこれも以前に引用した、確かこの「仕事の上手な仕方」の章にヒルティの言葉で、おやすみなさいにします:


「働きの喜びは、自分でよく考え、実際に経験することからしか生まれない」

「わがスイスの美しい谷々は病院ばかりになったが、この病院もやがては、この安らぎを知らぬ多数の人々のために一年中開業することになるであろう。彼らはここかしこに休息を求めて動き回るが、どこにもそれを見出さない……なぜなら、仕事の中に休息を求めないからだ」

「よく働くには、元気と感興がなくなったら、それ以上強いて働き続けないことが大切である」

「あすはひとりでにやってくる。そして、それと共に明日の力もまた来るのである」

「本当の勤勉は、ただ休む暇もなく働き続けることではなくて、頭の中の原型を目に見える形に完全に表現しようという熱望をもって仕事に没頭することである」

2007/11/16

水天宮保育園様、二宮尊徳翁の言葉教えてますか?(第2版)

 私のサイトって、若い人からすると、やや難解な熟語を多用しているとお感じかもしれない。

 これは、私の小難しくて回りくどい言語表現が、もっと平易でわかりやすいで書いていいにもかかわらず、繰り出されている可能性もある。この点では常々反省もしています。

 熟語を使いすぎると、特に音声だけでは意味がすっと入らない場合が多い。

 私って、そういう、漢字がすぐに思い浮かばないと意味が通じない言葉を平気で使うことがある。その点では、ラブ・コールの際に相方に申し訳なく思ってます(^^)

 「会社始業時にはさ.....」

 「え? 企業????」


.......まあ、こんな調子。


会社始まる時にさ」.....と、なぜすらっと浮かばんのだ(^^;)

.....いつもののろけはこのくらいにして。


******


 私の書き言葉を含めたやや古風な言い回しの背景には、「幸福論」(もちろん椎名林檎ではない)で著名な、スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティを中学時代にむさぼり読み、そこからヨーロッパ文化や教養のエッセンスと、草間平作訳による、インテリ的な言葉遣いを肌になじませたことが一つにはある。

 そして、大学学部(哲学科です)を出たばかりの頃から、ジェンドリンの「人格変化の一理論」の旧村瀬訳をこれまたむさぼり読み、そして、その少し前から、魅力的な文体なのは知る人ぞ知る、中井久夫先生のさまざまな著作に傾倒してもいたことも重なったのだと思う。

 ちなみに、私が旧仮名遣いに子供の頃からなじんでいたのは、父が復刻版を買っていた、田河水泡の「のらくろ」シリーズをむさぼり読んでいたからである。

 私が一番繰り返して読んだのはこれ。すでに戦時色が強まり、当初のアナーキーさが薄れ、国策的になっていますが。「羊の国」とはどこのことでせうか?


 .....そういう先達を貶めるような文体になってしまったのは、ひとえに小生の品位のなさのせいである(^^;)


*****


 さて、こういう伏線を張った上で、産経サイトへの「是々非々シリーズ」、第2弾!!


●【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ
(msn=産経)


 ものすごーく産経的な記事だが、実は前回ほどの違和感はないであります。

 まして、水天宮保育園とは。

 私は久留米出身で、水天宮は、花火大会のみならず、自転車で近くを乗り回した、私の「庭」である。

 水天宮は、推古天皇の御代以来、と伝えられ、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇を主神とする形で、水の神様として、筑紫次郎、筑後川を擁する、水の都久留米で、原始信仰に遡る、いにしえからの由緒を誇る。

 最近は地下鉄の駅名にもなった東京の水天宮は、江戸時代にここから分霊されたものに他ならない。


 「子供たちは難しい言葉でもすぐに覚えます。ただ『がまんしなさい』と言うより、偉人の言葉で伝えるとよくわかってくれます」

 さらに驚いたのはほとんどの園児が30分間、背筋をぴんと伸ばして講話を聞き続けることができたことだ。今年4月の最初の講話には10分も集中力が続かなかったのにである。

 三林講師が題材に選んだのは、西郷隆盛の少年のころの逸話だ。西郷の評判に嫉妬(しっと)した少年たちが、大勢で待ち伏せして西郷を襲う。西郷は1人で戦い、腕にけがを負いながらも勝つ−。身ぶり手ぶりの授業に、子供たちの目もくぎ付けになる。


 私は、日本の偉人伝が、身振り手振りを含めた「語り」として保育所で語られることに決して眉をひそめるつもりはない。子供たちは、講師が熱演すればするほど、興味深く感じて身を乗り出して聴くのではないか。

 仮に、楠木正成(まさしげ)・正行(まさつら)親子の「桜井の訣別」のくだりでもいいと思う。助太刀するとあとを追いかけてきた息子まで道連れにはせず、説得して追い返してでも、自ら負けそうな戦に敢えて旅立つ向かう父。父とはかくあるべし。

 史実の正行は、この時すでに立派な大人だった可能性が高いとしても、そういうこともあとで歴史が好きになったら探求すべし。

 【質問】この時楠木正成が赴き、実際に討ち死にした戦いは一般に何と呼ばれるか。

 高校の日本史でさすがにこれは今も教えていると思うけど。
 
 この「桜井の訣別」を唱歌にした「青葉茂れる桜井の」という歌、戦前派の方ならどなたでもご存じの歌かと思いますが、「世は尊氏の(まま)ならん」などと件(くだり)には、決して足利尊氏は単なる悪者ではなかったともいいたくなるが、こうした点は高校生ぐらいになって、興味をもって南北朝史を調べてたくなって、気づけばいいと思う、「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」と昔は呼ばれた。戦前の学芸会でもよく演じられたという。いつも持ち歩く私のiPodに、子供時代に聴いたレコードと同じ編曲のをみつけて入れてますよ)ばかりか、日本の戦前の唱歌や軍歌のほとんどについて、何番かの歌詞までは、少なくともうろ覚えはしている、なのに昭和35年生まれのこういちろうは思うのであった。

 軍歌を避けて、日本の音楽史を語るのはどうみてもおかしいと思っているし。それは日本への西洋音楽の同化の過程でなくてはならない役割を果たしたし。

 (.....まあ、これは理屈です。ともかく私は子供時代から軍歌に親しんでいたけど、決して軍国少年にはならなかったわけで。.....更にいえば、なるちゃんこと浩宮様こと皇太子殿下のファンのあること、それどころか顔立ちが似ていると自他共に認めることを、このサイトのあちこちで公言している、いずれ殿下の御代に人生を歩めるだろうことを心から光栄に思う、同い年生まれの「浩」一郎である。)


******


 いずれにしても、私は、それが実は史実的には虚構であろうと、日本の昔の偉人伝や名文句が伝承されていくことはいいことだと思っている、しかし、それを学習指導要領に載せるか載せないかでもめる人たち全体に、「もっと大事なことがあるでしょう?」とため息をつくタイプである。

 確かにいえるのは、再度の徴兵制施行には反対するという点だろう。

 そして、世界史の流れの中で、日本が、都合よく利用されるばかりの形になっているのに、政治家がそのことに無自覚だったり、ごまかしの答弁しかしなかったり、国民洗脳のためのキャンペーンとかがさりげなく進まないことを強く祈っている。

 問題は、社会の一般の「大人が」、重要な何かを勘違いしたまま歴史が進むことだと。


*******


 さて、そういうわけで、難しい文語調であっても、子供たちに語り聞かせられる言葉として、私は、二宮尊徳の、以下のような言葉を推薦しますので、詳しくはこちらこちらのリンク参照のこと。

誠(まこと)の道は、学ばずしておのづから知り、習はずしておのづから覚え、書籍(しょうじゃく)もなく記録もなく、師匠もなく、而(しこう)して人々自得(じとく)して、忘れず。

 是(これ)ぞ誠の道の本体なる。

 渇(か)して飲み飢(うえ)て食(くら)ひ、労(つか)れていね(=寝て)さめて起く、皆此(これ)類(たぐい)なり。

 古歌に

 水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけり

といへるが如し。

 夫(それ)記録もなく、書籍(しょうじゃく)もなく、学ばす習はずして、明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり。

 故(ゆえ)に天地を以(もっ)て経文(きょうもん)とす。

 予が歌に、

音もなくかくもなく常に天地(あめつち)は書かざる経(きょう)をくりかへしつつ

とよめり。

 「夫(それ)世の中に道を説きたる書物、算ふるに暇(いとま)あらずといへども、一として癖なく全きはあらざるなり。

 如何(いかん)となれば(=なぜならば)、釈迦も孔子も皆人なるが故なり。

 経書(けいしょ=四書五経)といひ、経文(きょうもん=仏典)といふも、皆人の書きたる物なればなり」


......以上、ほとんどは「二宮翁夜話」より。

 BGMは浜崎あゆみ - talkin' 2 myself - EP浜崎あゆみの"takin' 2 myself"と"decision"

2006/09/11

短絡的!!(第2版)

 私が昭和天皇に「陛下」とつけたり、映画「エル・シド」を好きだったり、「傭兵」の歴史書に感銘を受けた、ただそれだけで「右」と受け取る人がもしあれば、その人こそ、「ステロタイプ」な思考しかできない、型にはまった、「できあいの思考スタイル」をひょいと借りて来る形でしかものを考えれない「浅薄な」人たちである。

 私にとって、昭和天皇は、25歳頃まで「今上天皇」(今ご在位の天皇)だったわけですから、昭和天皇に独特の親近感はあります。だから「陛下」とお呼びするのは全く自然です。更に言えば、「陛下」という尊称をお付けすることで、右翼の皆様に、私が昭和天皇をおとしめるつもりで前の記事を書いたわけでないことを理解していただけるという思いもありました。

 平家ガニの甲羅が、壇ノ浦の合戦で死んで海に没した平家の武士の怨霊がとりついて顔になったもの、という伝説があるのはご存知の方、多いでしょう。そのことをロシア人の監督が知っていた、というあたりが凄い歴史考証といいたいわけです。

 ちなみにあの私の作品理解を読んだ途端に、あの映画「太陽」を実際に見て感じた「違和感」が「一気に氷解」した方は少なからず居るはず。

*****

 「傭兵」についてですが、傭兵の二千年史菊池義夫「傭兵の二千年史」によれば、精密機械工業が盛んになるまで、スイスは、中世・近世までの最大の「産業」が「傭兵の輸出」であったという事実。スイス兵と言えば、金で雇われればどこでも傭兵として働き、ひどい時には、兄弟が敵味方に別れて戦い、一方が一方を殺さざるを得なくなるという歴史すらあり、「スイス傭兵」=「山の中から大挙してやってくる荒くれ者集団」として、確か17.8世紀まではヨーロッパ諸国の大衆に恐れられていたこと。

 スイスの「州政府」がまさにそういう「傭兵売買」の勧進元という歴史があって、それがスイスの「闇の」金融の世界での特殊な世界史的役割の発端の一つとなったわけで、今日の牧歌的な観光地としてのスイスのイメージとは全く異なっていたことまでご存知の方がどのどれくらいおられるか。バチカン(ローマ法王庁)のスイス傭兵はその時代の名残なんですね。今でこそイギリスの近衛兵なみに、半分観光名物になってますけど。

 あと,私は自信家でややナルちゃんなのは自覚してますけど、「自分にある種の特異な才能と実力があること」を自己受容できないことこそが、私の長年の苦しみだったのだ、と,今では感じています。

 よく言われるたとえでですけど、「自分が天皇の子孫である」、といっても「詐欺師」ないし「妄想」扱いされない人たちが「この世に」何十名かおられるわけです(^^) 。

 そして、自分が天孫だと確信せざるを得ない人の中には、「世界」と自分との関わりに対する、根源的な揺らぎを、そう確信することでやっとつなぎ止めている「体験世界」があることも確かでしょう。

 謙虚が美徳とされる日本人的でないのはわかってますけど、私は、

 「フフフ、私はホントは一番実力があるんだけど、そのことは隠したまま周囲と友好的に、腰が低くふるまって、一定の政治的立場を固めているのよ。だからおとなしく私の子分になってなさい」

 というような人の方が、私は、うざったい、自分に酔ってる,自己満足の塊の、「小山の大将」止まりの「野心家」の人だと思ってますので。

 私は、戦場で先頭に立って戦う、古い戦国武将タイプですね(^^)

*****

 私が忘れられないのは、ある外国人の先生を講師としている数日間のワークショップで、その場の流れで同時通訳のひとりを買って出た、ある著名な先生が、プログラムの後半で、参加者全員の前で、

 「ここでみなさんにお話ししておきたいことがあります。私に英会話の高い能力があるのは事実です。私もできる範囲でお手伝いいたします。しかし,このままでは、一参加者に過ぎなかったはずの私自身がくたびれてしまい、自分の学びたかったことを学べなくなることへのご配慮、よろしくお願い申し上げます」

 と、冷静に、しかし毅然とおっしゃったことです。

「遠慮なく甘えるなよな~」

という意味のことを、全く感情的にならないアサーションでもって、率直に言われた、この、普段はもの柔らかな先生の態度に、私は感動いたしました。

 この先生の教えておられる技法そのままの、「日常での」実践だったから(平木典子先生ではないですよ)。

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