危機介入

2011/06/18

「格差社会と新自由主義」結語

 「格差社会と新自由主義」 は、少しずつ読み進めたが、非常に読みがいのある「教科書」だった。読む前と後で日本の現代史と現状と今後についての見え方が変わる。

 単に危機感をあおるのではなく、読者ひとりひとりに考えさせる指標となる好著である。

*****

「これまでの諸制度のように、高齢者、障害者、女性、若者、子どもなどに区分した対象や、介護、福祉、医療、就労支援などの制度別に構築した支援体制では、どこでも複雑に絡み合った問題の全体的構造を把握し、受け止めることは難しい。

人間をまるごと掌握し、そのニーズに丸ごと応えるようなパーソナル・サポート・サービスの営みが地域社会で豊富になれば、新たなリスクに対する早い段階での予防的施策がとられ、本来の意味でのセフティ・ネットの構築につながることとなる。

事後的施策から予防的施策への転換である。

さらに、現役稼働年齢層が急激に減少する中で、この世代と将来の担い手である若年世代に投資する意義は大きい。

特に、困難を抱える人々が社会の死角に落ち込むことを防ぎ、市場や社会への参画を促進して、一人ひとりのもつ潜在的な能力を引き出し、全員参加型の社会を構築するために、そのような新しい社会サービスの機能が求められている。」

 ・・・・以上、「格差社会と新自由主義」、最終章、「新たな連帯と共生の創造」、宮本みち子氏による結語。


 ・・・・もう、昔には戻れない。多面的に人々の絆をつなく総合的な「社会サービス」を創造する必要があるのだ。

*****

 本書を読み終えて感じたのは、雇用不安定で結婚すら躊躇する低所得層の若い世代の生活の安定と雇用機会をサポートしないと、今後日本はとんでもないことになるということ。

 ところが選挙に出向くのは老人ばかりだから、このことの重要性がなかなか浸透しない危険が大ありだというのが私なりの感想です。

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2011/05/11

カウンセラーに何ができるか(togetter)

震災へのカウンセラーの緊急支援をめぐる、他の皆様方の発言に触発されたものですが、カウンセリングにおけるカウンセラーの立ち位置全般についての持論にかこつける流れになってしまいました。

こちらからどうぞ。

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2010/02/10

「病気になる前も、病気になってからも、病気が回復してきても、どういうわけかやってしまえないままでいること、何かありませんか?」

 この問いかけを、私は、医療に通院中でもあるクライエントさんに、最近時々思いついたようにしてみるように、いつの間にかなっていた(^^)

 この問いへのクライエントさんの答えっていうのは、クライエントさんの人生にそそり立つ大きな壁・・・・・などにはならず、クライエントさん自身、改めて思い返してみて、今さらのように気がつくような、一見ささやかなエピソードが多い(こちらとしては、別に、そのように仕向けたつもりもないのだが)。

 例えば・・・・(これは架空の例である)

 「実は、一人きりで飲み屋とか居酒屋やバーとかで飲んだことって、ないままですね」

 だからと言って、実際に一人きりで飲みに行けば人生全体の活路が広がる筈だ、などと私は勧め過ぎないように用心している。

 ただ、まさにその程度のことを思いつきでやってみる気になるかならないかぐらいのところに、人生が堂々巡りするか、少しずつ螺旋状に前進している手応えが出てくるかの違いがあるのかもしれないですよ・・・・などという示唆はしてみる。

*****

 すると、「実は、別のこのこともできないままで・・・」という、これまた一見全然別の、それまでの面接場面で一度も語られたことがなかった脈絡に、クライエントさんの方から話題が飛ぶことが多い。

 しかも、もしそれを聞かせていただけないままだったら、クライエントさんについて、何か基本的なところで「ひとり合点」したままになって、たいへん申し訳ないことになりかねなかったことに感謝せずにいられないくらいの事柄へと「飛ぶ」ことが多いのである。

*****

 ・・・・・これは、私なりに思いついた、「ミラクル・クエスチョン」である。

 いわゆるブリーフセラピーや解決志向心理療法の本に載っているかとうかは不勉強にして確認しないままですが、これらの流派のカウンセラーの先生方も、タイミングを外さなければ「効きそう」だと納得してくださることかと存じます。

*****

 なぜこの問い掛けが意味を持つのか?

 説明不要で直感でき、納得された一般読者の皆様も少なくないかとは思いますが、野暮を承知で(^^;)、理屈をつけてみましょう。

  1.  「病気がなかなか回復しないので」自分の活路が開けないでいるのだという、クライエントさんの認知スタイルに、全く自然に、新たな開かれた視点を提供する機会になるため?
  2.  その人を病気に「至らせた」それまでの生育歴上の問題点、病気を「長引かせた」要因、病気からの回復過程に入ってもなかなか活路が開けないできた要因を、その人なりの統合的な視点から、実感をくぐらせて、共通の布置 (constellation)のもとに理解できる洞察をもたらす?
  3.  しかもそれが即、今後の具体的な無理のない、スモール・ステップでの行動指針の獲得にも繋がるため?

 ・・・・・まあ、こういったところであろうか。

*****

●BGM:ベートーヴェン・ピアノ協奏曲第5番 第2楽章 エミール・ギレリス(p.) クルト・マズア/ソビエト国立交響楽団(Live) beethovenpianiconcertono5.mp3 (10036.0K)

 ↑ ベートーヴェン ビアノ協奏曲第5番「皇帝」 第2楽章 エミール・ギレリス(ピアノ)/クルト・マズア/ソビエト国立交響楽団(ライブ)

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2010/01/21

NHK クローズアップ現代、「 “助けて”と言えない ~共鳴する30代~」

 正確にはこの番組はホームレス問題についての「続編」である。

 前回登場した入江さん(仮名 32歳)の姿が見られなくなった。どうしていたかというと、結局生活保護受給申請にに踏み切り、月に79.940円を受け取るようになって、やっと路上生活ではなく、ネットカフェで寝泊まりできるようにはなっていたのである。

 それ以前は、2日に一個、100円のおにぎりに切り詰めつつも、食費を切り詰めた分、洗濯をはじめとした身奇麗さには気を配っていた、二枚目といっていい方で、確かに当時のたたずまいでも誰もホームレスとは思わないだろう。

 現在も求職活動は続けているが、「住所がない」ことのために容易に働き口が見つからない。

 この、彼が前回の番組で発した、「(結局は)自分が悪いんです」という言葉がネット界では大反響を呼んだ。共感のメッセージが満ち溢れたのである。

 現在30代になった人たちは、就職戦線が大変厳しい中、「自己責任」と「成果主義」を刷り込まれて社会に巣立った人たちである。

 「助けて」と言えないのだ。心を開けないのだ。言ったらおしまいだと思っている。

 経済情勢の中でそうやすやすとは業績が上がらなくても、全部「自分のせい」と思い込む。中には、親に介護が必要になったのに、介護休暇の申請ができないまま無理をするうちに退職したり、うつ病になった人の例も紹介されていた。

*****

 

しかし、ホームレスの人の大半は、別に天涯孤独な身の上ではない。実家があり、親もいるのだ。

 ゲストの、作家、平野啓一郎氏は語る:

「別に親子関係が希薄になったとばかりはいえないのではないか。むしろ、幼児期から築きあげた親の前でのイメージを崩したくないのだ」

 だから、再び社会人として稼げるようにならないと、実家には本当のことは話せない・・・・

 北九州でホームレスの人たちのためのNPOを運営している奥田知生(ともや)さんは語る:

「自己責任は大事だが、それはあくまでも社会が個人への責任を果たしてから、はじめて強調すべきことのはず。今の時代、「絶望」や「希望」が、自己完結した世界の中で語られ過ぎている。希望とは社会的なものであり、人との関係の中で初めて抱けるものであることに気づいて欲しい」

 私も、多くのクライエントさんとの関わりの中で痛感するのは、

自信がない
→自信がない自分が悪い
→自分で自信をつけねばならない
→自分で自分に自信をつけられない自分が悪い
→・・・・

・・・・という果てしない悪循環の上で、やっとカウンセリングを受ける気になった人のあまりの多さである。

 中には、「どうしてそこまで自分に自信がないんだ?自信を持てよ」などと親しい人や恋人から繰り返し言われて、更に自己嫌悪して、「私は相手のお荷物になっているのに、情けをかけられているだけの存在ではないか?」と思い詰めて行き、ひとつ間違うと、それまでの人との絆ですら切れるに任せかねない人すらいる。

 確かに、他人が自分に自信をつけてくれるとか、地位や身分や何かの成功が自分に自信をつけさせてくれると単純に言っていいかというと、決してそういうものではない。

 自分のいだいている自己イメージと、具体的な他者がいだいている自分へのイメージが、かなり深い次元でまで一致している、しかもそこに継続的な連関性があるという確信が得られた時に、人はある安定を獲得する。エリクソンがアイデンティティということを言い出した際の、本来の意味はそういうことである。

 しかし、それは、孤立した人間どおしの「思い込み」の次元での表層的なものにとどまっていては、その人を結局のところ追い詰めるだけなのだ。

 我々は真空の宇宙を漂う孤立した惑星のような自我を築くにとどまるべきではない。バリントふうに言えば、地水火風といった「形のない、自分を包み込んでくれるもの」を介して、互いに「息=ギリシャ語でいう「プネウマ」=たましい」の交流をして、相互に浸透しあっている時、はじめて「やさしさにつつまれた」社会に生きていると感じるのである。

 平野氏はこうも付け加えた:

 「法律で制定された国からの給付となると、税金をいやいや取り立てられた人のお金を分けてもらっているという後ろめたさを感じるのだと思う。むしろNPO団体への寄付などを通して、『お互い同士で融通しあう』感覚になれば多少は気が軽くなるのではないか。寄付の形であれば所得税控除にもなるし」

*****

 なお、NPOに寄付して大丈夫かという思われる方もあるかもしれないが、NPOに対する会計監査は大変に厳しく、問題があれば実に厳格に解散命令が出る。収益は上げていい。しかし、NPOをやめる時にはNPOの収益や備品はすべて寄付することでしか処分できない。

 私の居住する地域近郊でも、最近4つものNPOがそうやって解散処分を受けているくらいである(地域のNPO研修会で学んだことである)

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2010/01/13

こういちろうの環境問題についての政見

●揺れ動く「善意」のプルタブ回収 協会は引き取りを拒否(msn=産経)

 正確な情報提供の一方、善意が報われる方向性は取れないものか?

 「せっかく集めたのに」「回収できません」でぶつかることは不毛なメンツの張り合いになりかねない。

 「古いやり方だ」と突き放すだけというのも違和感ある。

 こういう時こそ「三方一両損」の「大岡裁き」をむしろ公(おおやけ)が買って出るべきだ。

  福祉にしても、環境運動にしても、お金や労力では割り切れない部分がある。

 もとより、少なくとも人間が大気中に二酸化炭素を大量に放出したことを原因とする地球温暖化学説は、パキシルの製薬会社のような不利な研究情報隠匿があることはすでに知られている(もとより、そのことと、適切な処方であれば効果をあげることは切り離してとらえるべきである)のと同じようにかなり怪しいと思っているひとりである(太陽黒点量の影響説もある)。

 これについては、たとえば、

●科学史上最悪のスキャンダル?! "Climategate"(化学者のつぶやき by Chem-Station代表ブレビコミンおよびそのスタッフ)

を参照ください。

 もとより、何が原因にせよ、二酸化炭素増加は単に温暖化に影響するのみではない点にはもっと注意が払われるべきだろう。

 また、私は、エコカーブームで自動車産業を支えることは即否定はしない。

 かといって、原子力依存の問題は重大テーマで見過ごすべきではないし、高速道路の無料化が道路渋滞・周辺道路整備や排気ガス、高齢者の運転安全確保問題より突出して進んでいるギクシャクもある。

 しかし、物事に「手をつける」時は、そういう 、「とりあえずのアンバランス」を「後から」是正していかないと何も始まらないと思う。

 いずれにしても、もっと省エネになれないと人類は生き残れないのは確かだろう。

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2009/12/16

田嶌誠一 著 「現実に介入しつつ心に関わる」

 私の臨床心理学上の恩師は、言うまでもなく、ジェンドリンの「フォーカシング」「体験過程と心理療法」の一介の一読者に過ぎなかった私を「拾ってくださった」、故・村瀬孝雄その人である。

 そして、精神医学を含めた意味での治療者のあり方において、私の「神」なのは、未だにお姿すら拝見したことがない中井久夫先生である。

 フォーカシング・トレーナーとしての偉大な先達にして、敢えて"fellow"とお呼びしたいのが、初対面の時から異様な意気投合に到達したアン・ワイザー・コーネル女史である。

 最後に、私が若い頃から声をかけてくださり、一緒に飲ませていただき、九州に戻ってからも色々相談に乗ってくださった、私にとっての、あまりにも頼もしい、「現場心理臨床の兄貴」、それが、現九州大学大学院教授の田嶌誠一先生である。

****

 福岡県大牟田市生まれ。十代はそこそこ不良でした(^^)。しかし、高校時代のある時、突如心機一転して猛勉強、九大を目指します。

 そして、催眠療法や臨床動作法であまりにも著名な、日本を代表する心理療法家、成瀬悟策先生門下の逸材(認められるまでが大変だったそうですが)として、最初は病院心理臨床で、重篤な患者さんとの面接のキャリアを積む中で、深い変化を静かに引きおこししつつも、患者さんの自我を危機に至らせない「安全弁」を持つ、独創的な心理療法、「壷イメージ療法」を開発。

 続いて、広島修道大学、更には九大で大学学生相談を担当、深刻な精神疾患、暴力や引き籠もりの学生との関係作りに、他の誰にもまねができない独創的かつ積極的なアプローチで成果を重ねます。

 引き続き、文部省のスクールカウンセラー事業の草創期に、もっとも荒れた中学校を担当、教師、家族、生徒たち全体を巻き込む「ネットワーク型アプローチ」を導入して、学校の空気そのものを一変させ、少年院送りを繰り返す水準の不良生徒たちからも卒業時には崇敬を集めるという、神がかりな活躍をなさいました。

 そして、現在取り込んでおられるのが、多くの場合、家族からの虐待から保護された子供たちが収容される、児童養護施設内部で陰惨に繰り広げられてきた、「施設内暴力」を一掃するシステムをコーディネートすることなのです。

 日本の心理臨床の生んだ、空前の「現場で行動する臨床心理士」、それが田嶌誠一先生です。

*****

 田嶌先生の新著について、かなり前からこのブログで記事を書くとお約束しながら、私自身が急激に多忙化する中でなかなか果たせないで来ました。 

●田嶌誠一:「現実に介入しつつ心に関わる -」(金剛出版)
ISBN:978-4-7724-1103-5

 

現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

(楽天ブックス)

 講演記録を元に、新たに書き下ろされた、児童施設内の暴力問題への対応についてを中心主題とする、本書冒頭の「総論に代えて 現実に介入しつつ、心に関わる」以外の論考は、その大半について、先生が最初に学会発表されたその場に臨席もしたし、学会誌でお読みしている。

 冒頭の章の概要そのものも、先述の記事で書いたように、先生に直接お会いする機会を持たせていただいた時にうかがっている。

 今回、実際の著作の内容と照合しても、その内容の最低限のイントロダクションの意味は、すでにあると思えたので、ご参照下されば幸いである。

*****

 そういう意味で、「ライブ田嶌」先生からすでにうかがった内容のほうが私の中で大きなインパクトを占め過ぎているために、どうもこのご著書の内容を改めて客観的に概説するとなると、私は心境的にちょっと重荷になりすぎる。

 ただ、申し上げたいのは、先述の、今回書き下ろされた、冒頭の「総論に代えて」の持つ、凄まじいまでのインパクトと、そこに示された先生の決然たる問題提起だけは、是非、多くのカウンセラーの皆様に、実際に目を通していただきたい。

*****

 いくつか、この「はし書き」と最初の章から、田嶌先生の言葉を、アフォリズム的に拾い上げてご紹介することとします:

=======以下引用========

 「私は、当事者のニーズの応えること、そしてできればもっとも切実なニーズに応えることを心がけてきたつもりである」(p.5)

 「現場のニーズを、『汲み取る、引き出す、応える』ためには、心理臨床家が従来のようにもっぱら心の内面や深層に関わるという姿勢(それも必要ですが)のみでは不十分で、『現実に介入しつつ心に関わる』とそれに基づく多面的アプローチが必要となります。これは、心理臨床が生き残れるかどうか、換言すれば心理臨床が社会に貢献できるかどうかに関わる重要なことだと私は考えています」(p.12)

 「しばしば間違えるのは、学校の先生と保護者とが『原因は何でしょう』と話し合うことです(中略)。すると、お互い内心は『こいつだな』と思っているわけです。そうすると、連携がちっともうまくいきません。
 それよりも、この子が元気になるために学校に何ができるか、保護者に何ができるか、それを一緒に話し合うというスタンスでいきますと、割合、無難な対応ができます。(中略)
 保護者の力、担任の先生の力、生徒たちの力、そして相談に乗った私と、いろいろな人がネットワークを活用してその子の援助をしていくという形になります。これが『ネットワーク活用型援助』です。心の内面だけではなく、現実に介入していくわけですね」(pp.18-9)

 「[まずは]いじめという現実がなくならないといけない。その解決は、いじめが沈静化する必要がある。完全な解決かどうかはともかく、とりあえずいじめがなくなる[ように、その学校内のネットワーク・システムに介入する]。その後、本人の心を扱うという形をとる。これが『現実に介入しつつ、心に関わる』ということの例のひとつですね」(p.19)

 「このように、いじめなどがそうですが、必ずしも本人が変わるべきではなく、周囲が変わるべきである場合もあると考えるようになりました(中略)。今では問題は、『主体と環境の関係』だというふうに言っています。主体と環境、つまり、内的環境と外的環境があって、その心、内面の問題は内的環境との関わりの問題なのだろうと考えるようになりました」(pp.19-20)

 「大事なのは、『個人の心理や病理』だけではなく[学校や地域の]『ネットワークの見立て』どということを強調しているわけです」(p.20)

 「[施設内暴力]に加担した加害児のうちのひとりは、1,2年前まではそのボスからおしっこを飲まされたり、散々いたぶられています。つまり、かつての被害児が加害児童になっているわけです」(p.25)

 「施設では多くの場合、[マズローの言う]『安全欲求』が満たされていないわけです。これは成長の基盤です。だから[まずは、施設内での]暴力をなくさないといけない。しかしこの理屈が意外と臨床心理の人に通りが悪かったんです。つまり、こどもたちが暴力を振るうのは、心の傷があって、それをケアすることが大事なんだという発想が強すぎて、理解が進まないんですね。心のケアは大事だけど、その前に、暴力を使わないで暴力をきちんと抑えるということが必要です」(p.27)

 「それらの問題行動は、過去の虐待や苛酷な教育環境への反応として、反応性愛着障害や発達障害の兆候として理解されてきたように思います。(中略)
 しかし、それらの問題行動は、子供間暴力(児童間暴力)や職員からの暴力等の、その子が現在[施設内で]置かれている状況への反応である可能性があるということになります。(中略)入所前に受けた虐待が主なる原因ではない」(p.27)

 「『愛着』や『トラウマ』関係のどの本でも、安心・安全が重要であると述べられていますが、その安心・安全を施設で実現していくことがいかに大変なことか、どうやって実現していったらいいかということが、まったくといっていいいほど言及されていないのです」(p.37)

 「[施設内暴力という問題それ自体に対する]専門家によるネグレクト、大人によるネグレクト、そして社会によるネグレクト」(p.38)

 「私は臨床家ですから、『告発者』としてではなく、外部から援助者として現場にうまく入らないとならない。そのためには、大変なエネルギーと技術が必要です。しばしば、「志は高く、腰は低く」という姿勢が必要です。そして問題を発見して、解決システムを模索して考案していくという順序になります(p.39)

======引用終わり=====

 田嶌先生が全国の児童養護施設に提案し続けている「安全委員会」システムとはどのようなものかについては、ネットでの情報などでは済ませずに、是非、実際に本書をお読み下さい!!

 なお、こうした被虐待児を一箇所に百名以上収容する施設など、欧米には存在しないとのこと。だから、解決策には輸入できるモデルなんてないそうです。

 「里親制度」・・・・欧米は基本的にそっちなんですね。

 日本にも里親制度はありますが、時折、里親自体からの子供への陰惨な暴力がマスコミ記事になることはたいへん痛ましいことです。里親と子供への、地域の個別の公的サポート(監視)体制が不十分すぎるんですよね。

*****

【追記】:  この著作についてのご紹介シリーズ、追補して書かせていただくことにしました。こちらからどうぞ。

******

【更に追記】:

この本の続編、「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」が刊行されました。

その本のご紹介は、こちらでしています。

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2009/12/10

派遣労働者は企業メンタルヘルスや産業カウンセリングの蚊帳の外? -福岡県精神保健福祉冬期講座に参加して(1)-

 やっはり記事の順序をもう一度再入れ替えしましょう(^^)

 一昨日参加させていただいた、福岡県精神福祉冬期講座「不況を生き抜く -多様化するうつ病と休職・失業からの再出発-」の報告記、第1弾。まずは午前の部についてご紹介します。

 講演午前の部に招聘された先生は、大正大学の廣川進先生。「休職・失業のキャリアカウンセリング -人生の危機・転機を越えていくために」という演題でした。

 ベネッセで18年間勤務され、雑誌「ひよこクラブ」などの編集に携われた後、衛生管理者としてヘルスケア部門を担当され、採用・教育研修など、人事の業務も経験されたとのことです。

 40歳を迎えるにあたり、臨床心理士になることを決意されて大正大学大学院に社会人入学。病院臨床の経験も積まれ、現在も大正大学の准教授をお勤めの傍ら海上保安庁にも勤務され、先日の佐世保での事故の際にも危機介入のため活躍されたとのことでした。

*****

 企業人から産業カウンセラー・キャリアカウンセラーに転じられた経歴をお持ちというだけのことはあり、企業の内部事情にも精通された上で、個別処遇を重視する、会社内のさまざまな関係者を「チーム」としてフル活用した、うつ状態に陥った中間管理職の社員への細やかな復職支援の統合的アプローチの実践例を例示いただき、たいへん参考になりました。

 少なからぬ場合、配置転換されてきた、業績至上主義の新上司からのパワハラの問題が関わること、今の日本企業は競争社会になったために、「かわいがった部下に先に昇進される」リスクがあるため、社内の空気そのものがギスギスしているため対話が少なくなっていること。会社再建のために銀行から派遣された役員によって、実力ある管理職がスケープゴート的に詰め腹を切らされ、リストラされることが引き金となるうつの発症などがあるというお話は興味深かったです。

 また、うつによる休職と並行して、家族構成員に様々な問題が「同時多発」することが多いということ。子供の引きこもりや行動化、配偶者の抑うつ、親の介護などの問題が、一気に表面化=「同時多発化」しやすいようです。それまで、「ともかくも働いてしっかり稼いできてくれる」ということによってかろうじて見かけ上の平衡を維持していた家族力動の、潜在的な歪みが一気にあふれ出すということのようです。

*****

 廣川先生のお話は更に、失業者のメンタルヘルスの問題について、ハローワークを訪れる求人者の意識の実態調査に基づいて踏み込んだ問題提起へと展開しました。

 多くの退職者は、見かけ上は、キャリアアップや「今の会社があわない」などの理由を真っ先に挙げますが、実際には社内(特に上司)との人間関係に悩んだ末であることが少なくないそうです(これは私見ですが、いわゆるリストラの場合ですら、その対象として選ばれるかどうかには、この人間関係上の問題が少なからず影を落としていることがあると思います)。

 そして、求職者は、もはや仕事が見つからない「恐怖」に脅かされており、それまでのキャリアが通用しないことによるアイデンティティの喪失、求職活動しては不採用になることを繰り返す中で、精神的消耗やうつ状態、身体症状の悪化、場合によってはアルコールやギャンブル嗜癖に向かうなど、潜在的に「自殺者予備軍」となる危機にさらされている。

 しかし、ハローワークの現段階でのメンタルヘルス相談の体制は、まだ専門的訓練を受けた相談員が少なく、場合によっては「説教され、発破をかけられる」に留まる状況は何とか改善されていかねばならないことを先生は示唆されました。 

*****

 しかし、こうしたお話をうかがう中で、私の中に、何か大事な問題が抜け落ちているという思いが生じてきました。

 質問タイムが最後に取られたので、私は口火を切ってフロアから感想をお伝えいたしました。

 「大企業の管理職の方々の復職支援における統合的アプローチ、そしてハローワークを訪れる求職者のメンタル状況のついてのお話はたいへん示唆に富むお話でした。しかし、今日のうつ病患者の増加は、20代後半から30代において顕著であり、私がお会いしてきた通院中のクライエントさんの非常に多くが正社員ではなくて、その世代の派遣勤務です。

 リストラされなかった正社員のバーンアウト症候群の問題は確かに深刻ですが、それと平行する形で、それまで派遣社員を統括していた正社員自体が配置転換され、「ベテランの派遣社員」に、その正社員の業務が「丸投げ」される現象が生じてきているようです。

 その結果、一番優秀な派遣社員がオーバーワークになり、深刻なうつの危険に直面している気がします。

 しかし、多くのケースにおいて、派遣社員は産業カウンセリングや企業メンタルヘルスのシステムの蚊帳の外に置かれたままという気がしてなりません」

*****

(以下、第2回、午後の部についての記事に続く。午後の部は、「未熟型うつ病」概念についての非常に詳細な解説と問題提起を含みます。こういちろう畢生の超大作になりますので、明日になってから書きます)

(【追記】・・・といいつつ、その序曲だけをまずは書きました)

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2009/12/07

帆船のように航海するか? スクリュー船のように航海できるのか?

 大航海時代に航海術がひとつの完成に到達した当時、長距離航海に使われていたのは、実質的に帆船だけだったようなものだろう。

 ヨットのことを知っている人ならご存知のように、複数の帆を巧みに使った航海術においては、「風上に向かって」帆走することすら実は可能である。もっとも、一見進行方向とはあさっての方角に向かって航行してはターンすることを繰り返す、一種のジグザグ航法を取らねばならなくなるが。

 更に、潮流などをいかに活用するかという事柄も関わる。結局一番大事なのは、次の寄港地の緯度経度を正確に掌握できていて、なおかつ、今、船が到達している緯度経度の正確な掌握できているかどうかであり、その途中の航海のプロセスは全然直線的ではなくてよかったのである。

 その後、蒸気機関が発達し、外輪船→スクリュー船による航海が中心になるにつれて、船ですら、目的地(寄港地)に向けて最短ルートで向かうものであるかのように思い込まれるようになったのではなかろうか(少なくとも海運や漁業に縁遠い多くの一般民衆にとっては)。

*****

 果たして人生はどちらに似ているであろう?

 目的地に向かってひとり必死でオールを漕げるのは、ほんとうにそれが必要な限られたひと時だけだろう。

 河口湖の手漕ぎボートですら、自分が順風下で漕いでいることを忘れていると、引き返す時に、逆風下では2倍以上のエネルギーを投資しても一向に岸辺に戻れないという事態になる。

 ・・・・・これは、実は私の大学時代の経験である(^^;)

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2009/12/01

NHKクローズアップ現代「自殺と“闘う”~イギリスの国家戦略~」

 日本における自殺者は、1998年以降、11年連続3万人以上が続いている。

 しかし、日本の精神医療は、医者は昼間は数十人の患者さんの診察を抱え、夜間に大病院で待機する看護士も、入院患者の急変等の事態が想定できるため、電話で話をきく以上の対応は難しいところが多いという。

 鳩山政権は、先月、自殺対策緊急戦略チームを結成、年の瀬から3月までの短期的な対策として、失業者や多重債務者に向けての相談窓口については対策をとることにしたが、実際に自殺に至る人の3分の1以上は精神疾患をを背景としているのに、それに対する対策はそこには含まれてはいない。

 ある統計によると、実際に自殺した人が、それまでに何らかの相談機関を訪れている率は(精神科以外の医療を含めて)72%にも及ぶという。

*****

 イギリスでは、ブレア政権当時、精神疾患や自殺による国益の損失が実に280億ポンド(約4兆5千億円)にのぼるという試算が出され、心臓病・がんとならぶ3大疾患として位置づけ、精神医療に関わる予算を一気に1.5倍にまで引き上げた。

 一方、統合失調症等で入院させたものの、症状がむしろ悪化する現実に憤った家族たちが、「精神疾患者も、地域で治療や教育・支援を受ける権利がある」という運動を起こしていく。

 そうした中で国家的な取り組みとして確立して行ったのが、全国300もの拠点に、医師、看護士、ケースワーカー、キャリアカウンセラーなどが24時間体制で配置され、ひとりひとりの患者さんに、それら複数の職域のスタッフが関わる「早期介入チーム」を置くセンターを作っていくことであった。そこにはかかりつけの家庭医や、警察すら含む緊密な連携が形成されている。

 そこでは、「アウトリーチ(積極的介入)」と呼ばれる手法が重視される。すなわち、チームを組んだ医師や看護士の方から家庭を訪問して対応するのである。住んでいる家や建物(例えば何階に住んでいるか)がわかれば、どういう形で自殺する危険があるかも掌握できる。

 自殺企図が強まった患者さんからの電話で、訓練を受けた看護士が、他の住民に本人の疾患を悟られないように、「私服で」訪問し、しばらく話を聴くうちに本人は落ち着いた例などが紹介されていた。

 統合失調症者の社会復帰においても、散歩するとか買い物に行くなど、小さな行動ステップを積み上げ、徐々に外出できるように援助するなどをするのであるが、何とその際にソーシャルワーカーが「付き添う」ところからはじめる場合もあるらしいのである。

 こうして、イギリスでは自殺率の増加に歯止めがかかったという。

 ここからは私の感想だが、こうしたアプローチは、個人のプライバシーの世界に公的機関が非常に細やかに積極介入するスタイルである。担当者と当事者の間の信頼関係の樹立に細やかな配慮が行き届いた場合に、はじめて社会的に受け入れられるものになるのではなかろうか。

******

 いずれにしても、それぞれの資格を持った専門家が妙なメンツにこだわっている段階は、日本もそろそろ卒業して、連携チームを組んで協働できるステップへと早く進めねばならないだろう。

 そのためには、制度が上から変わってくれるのを待っていても仕方がない。

 臨床心理士もまた、進んで越境的な「行動する臨床心理士」へと、ゲリラ的に、草の根レヴェルから変容していける底力を見せないと、それこそ何らかの法制化の際にお高くとまった使い物にならない人種と見られるのがオチであろう。

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2009/11/25

書評 : 鎌田實 著 「言葉で治療する」

 精神科医の中井久夫氏によると、精神分析医のバリントが、「医者という名の薬」ということを言っているという。

 中井氏ご自身、著作集第5巻「病者と社会」収録の、「心に働くくすりは信頼関係あってこそ効く」という短い論考(pp.163-8)で、

「医師への信頼関係があれば少量で効くし、量が増えない。不安を抑えるくすりを不安な状況で飲むのが得策でないのはわかっていただけよう。薬への信頼は、究極には医師への信頼である」

「私は、患者が苦情をいうことが医師に対する最大の協力であると思っている」

「(患者に)苦情を言ってもらうことで次第に正しい処方に到達するものである」

と書いておられる。

病者と社会 (中井久夫著作集―精神医学の経験 第5巻)

 これは精神科の薬の処方に限るまい。医師の前では「優等生」にしかなれなくなり、実際にはたいへんだったり不安があってもそれを語れない患者さんは実に多い。

 医者の側に、苦情をいわれても嫌な顔ひとつしないだけの応対の力があっても、医師と患者というのは、自分の命や身体症状を公式に預け得る唯一の「絶対的権威」であり、「対等」ではあり得ない構造的な関係性が布置されているのだ。

 そしてそれは、精神科の薬物療法ばかりではなく、例えば救急医療やがん医療において、外科的処置が必要な場合ですら共通の問題といえるはずである。

*****

 ここで紹介する、「言葉で治療する」という本の著者、鎌田實氏は、救急医療の現場に始まり、がん病棟、救急医療、小児科をはじめとするさまざまな現場 で、医師と患者の間のコミュニケーション不全がどれだけ大きな問題を引き起こしているかに現実に関与し続けて来られたお医者様である。

鎌田實/言葉で治療する

(楽天ブックス)

 がん患者ご本人やそのご家族の実に30-40%近くがうつ状態、ないし、本格的なうつ病に陥っていることを著者は指摘する(統計によってはもっと高い数値を指摘するリサーチもあるという)。

 がん医療に力を入れているといわれる病院、ホスピスなど終末期医療に力を入れていると喧伝している病院ですら、医者の不用意な言葉が単に患者さんを傷つけるのみならず、両者のディスコミュニケーションが、症状の変化に気づくタイミングを逸してしまうことになり、早過ぎる死に至らしめていることが疑念されるケースすら稀れではないらしい。

 その一方、万策を尽くしても患者を救い得なかった医者に対して、患者が感謝の言葉を捧げるような関係性が成立している場合も確かにあるのである。

 まだ、医療チーム内部でのコミュニケーション不足が、患者さんとの信頼関係をいかに損なうのかについてもとりあげられている。

******

 こうした状況が生じたひとつの背景には、医師不足の問題に加え、小泉政権が推し進めた社会保障費の抑制の中で、医師に限らずコメディカルなスタッフ全体が疲弊し、患者さんに丁寧な応対をする余裕を喪失させたことも大きいと著者は論じる。

 「インフォームド・コンセント」の重要性は、歯科医すら含む形で医療全体に浸透してきたはずではないかといわれるかもしれない。だが、インフォームド・ コンセントの広まりを支えて来たのは、リアリスティックにいえば、医療訴訟に対する医療側の自己防衛という側面があり、(これは私の考えだが)開業医が多い地域では、経営的「生き残り」のために悪評を立てられたくないという側面も後押ししたのではなかろうか。

 いわゆるクレイマーやモンスターペイシェント(ペアレント、ファミリー)の問題については、鎌田氏は、

「医療現場を萎縮させ、今日の医療危機を招く一因になっていることもたしかだ。いまだにモンスターペイシェントはいることはいるが、潮の目が変わったように思う」(p.36)

と書いておられる。

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 実はまで読み始めて3分の1だが、すでに日本人の死亡率第1位になったがん医療、そして高齢化社会で更に必要性が高まるであろう終末期医療の現場が、現実にはこれほどまでにコミュニケーション上の課題山積であることについては、次々と登場する実例を読んでいると呆然とした思いに駆られる。

 1998年に自殺者が3万人を越えた段階で、がんの次は自殺予防対策だという声があがりはじめて久しい。

 しかし、うつ状態(ないし気分障害)になって入院したり通院歴があるクライエントさんがほとんどを占める私の開業カウンセリングの現場で痛感するのは、 単純にお医者様を悪者にしてしまうつもりは毛頭ない(一日に50人もの患者さんの診察をするなど、欧米では考えられない状況らしい)が、患者さんとお医者様の間でのコミュニケーションの行き違いが、症状の遷延化と、そして、「こころの支えとしての医者への信頼」を持てないまま、あちこちの病院を何年も転々としてきた軌跡である。

 この本は、「精神科医療」についての本でも「カウンセリング」についての本でもない。しかし、底に流れるマインドは、お医者様やカウンセラーに限らず、すべての援助的専門家が自分の「現場」を振り返る上で、直面するしかない課題に気づかせてくれそうだ。

 

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