両親

2011/10/18

1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?

ブログネタ: 1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?参加数

おいおい、ローソンばかりか、ココログのブログネタまで「まどか☆マギカ」に便乗するとは、わけがわからないよ。

「僕と契約して、ニフティコロログの有料会員になってよ」・・・てか?

その意味では、すでに設立して7年め(・・・かな?)、プログを乗り換えることなく、同じ場所に居座ってる私は、とっくにソウルジェムを抜き取られているのでごさいます(^^)

******

答えは、(用意された選択肢にあったのだけれど)、「病気や怪我を治癒する力」でしょうね。

つまり「安定のさやか」系なわけだが。

それは、臨床家としての職業柄・立場上でもあるが、もう50になった自分の健康、そして、78歳と88歳で今のところ矍鑠(かくしゃく)としている両親への思いを込めて。

まだ

 ・していただいたこと

ばかりで、

 ・して返したこと

はなくて、
   

 ・迷惑をかけたこと

ばかりで、何の恩返しもできていない不肖の息子である(以上、内観法)。

*****

・・・というわけで、もうひとつ、私のお気に入りの、非常に凝った「まどマギMAD」をYouTubeから貼りつけておこう。

・・・これ、元ネタの歌が何という誰の曲か、調べてもわからない。

誰か教えてくれませんか?

【追伸】Twitterでご教授いただきました。曲名 ”fortissimo-the ultimate crisis-”、歌っているのは、”fripSid”というグループ(?)、「fortissimo//Akkord:Bsusvier」という18禁PCゲームのための曲のようです。

(実は、18禁ゲームのための曲というのが、いわゆるアニソンの世界で、一番制約がなく、最先端を行く曲が作られる傾向があります。水樹奈々の「深愛」も、「WHITE ALBUM」という、その筋では大変有名な18禁ゲームのための曲なのです)

*****

↑この本への私のAMAZON書評も引用:

============

私は「まどマギ」の公式ガイドブックも読んでいない人間だが、本書はその公式本も資料として取り扱いながらも、作品に盛り込まれた設定や、海外での反響、二次創作の世界すら含む「まどマギ現象」について様々な視点からうまくまとめていると思う。

こ の種の本は、自分なりの作品見解に引きつけた、我田引水の「評論」になりがちで、まどマギファンからすれば「偉い人が、難解な、もっともそうなこと言ってるけど、それって思い込みでしょ? 何かズレてるよな」と首をかしげたくなる場合がある。しかし、本書は敢えて「独自の考察」を盛り込もうとほとんどしておらず、「情報整理」に徹していて、わかりやすい図表も使われている。

そうした中、従来の「魔法少女もの」「ループもの」「虚淵作品」と比較してどういう位置に「まどマギ」があるのかについて丁寧に整理しているのは見逃せない。SFやゲームや古いアニメを知らない人にも大変親切な構成となっている。

終わりの方の色ずりページの魔女図鑑だけは、魔女たちが魔女にある前はどんな女性(?)だったかについて、イラストを含めて想像を膨らませた内容だが、これはこれで愉しめた。

全体として、ネットとかで、まどマギ関係の情報をしらみつぶしに読んできた人にとっては必ずしも新味はないかもしれないが、多角的に情報を吟味している(今年の夏までの情報を含む)という意味で良書だと思う。

========引用終わり========

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2011/05/25

故郷を求めて -NHKスペシャル:「虐待カウンセリング 柳美里 500日の記録」-

 作家、柳美里さんの息子さんへの虐待問題は、彼女がそうせずにいられなくなる心情を自身のTwitterで赤裸々に発信していることにネット上ではとっくに毀誉褒貶の嵐が吹き荒れていたことは私は知らなかった。

 子供に虐待をする親は、得てして、親自身が子供時代に虐待を受け、更に親の親もまた・・・という不幸の連鎖があることは結構知られていることかと思う。

 彼女がそのカウンセリングの過程の「一部」(録音のみの公開となった部分もある)をこうして映像で公開したのは、彼女が私小説的な作風の作家だからこそ許されたことだろう。

 ただ、先取り的に書いてしまうと、そういう「有名作家の被虐待児」として育った、ドキュメンタリーにもなったことを「今後」背負って生きていかねばならない、これから思春期に入る息子さんのことを思えば、彼は同じ過ちを繰り返さないとしても、それだけでたいへんだろうなあとは思う。

*****

 彼女は、15歳で家出、31歳でシングルマザーとなる。彼女は完璧な母親を目指した。そうこうするうちに、息子が食べ残しをするだけでも激しい怒りを感じるようになる。

 歯磨きに一日5回、計3時間費やさせないと気が済まない。さもないと歯ブラシで喉を突いたという。

 息子と適切な距離を取らないとやっていけないのはわかっていた。そういう中で、虐待専門のカウンセラーのカウンセリングを受けるようになる。

 (敢えてカウンセラーの先生の名前はここでは伏せる。ただでさえNHKスペシャルが放映されてその名が知れ渡り、翌日からは相談が殺到したことが想像できるからである、カウンセラーでも、精神科医でも、その名が知れ渡り過ぎると、どうしてもキャパを超えはじめる。クチコミで久留米一人気が集まった精神科クリニックが3分診療に追い込まれた現実がある。ほんとうの名医は宣伝されることを避け、精神科クリニックとは思えない佇まいのひっそりとした外観の建物で、精神科ということを表記しないままで営まれている場合もある)

*****

 まずテーマとなったのは、父親との関係である。パチンコ屋の釘師であり、しつけと称して彼女に暴力をふるった。彼女の母は教育熱心だったが、彼女はそれに反抗し、家出や自殺未遂を繰り返した。

 母に繰り返された暴言は「産まなきゃよかった」であり、「殺して責任を取る」と包丁を持ち出されたこともあったという。

 カウンセラーは問いかける:

 「お父さんからなされていたのは、『虐待』ではないですかね?」

 ここで「虐待」という言葉をもらって、彼女ははじめてそれを受け止めることができた。

 「私が悪いことをしている時に殴られるのだと思っていた」

 カウンセラーは答える。

 「かなり洗脳されてますね」

******

 番組はここで一度柳さんのことを描くことから離れ、カウンセラーの所属組織が主催する「親子連鎖を断つ会」よいう、集団カウンセリングの参加者のひとりのことを取り上げる。

 「親はやさしかった」

 だが、Aさんは、

 「『やさしい』って、どんな感じですか?」

・・・と問いかけられる、沈黙し、当惑する。「やさしい」という言葉にフィットする「実感」の方は探しても見つからないのだ。

(当ブログの読者の皆様は、ふと、フォーカシングのことを連想してしまうだろう)

 カウンセラーは更に言葉を吟味する。

 「お母さんのこと、『好き』だった?」

 こうして彼女は、「親に対しては『気持ちが動かない』ことに気がつく。

 カウンセラーは解説する。

 「『悲しい』、『寂しい』を抱く場面で何も感じていないということなんです。そして、そういう、『葬られた』感情が今度は子どもに向けられることになる」

 Aさんは、継母から躾と称する虐待を受けていた。

 父からは、

 「家の雰囲気が悪いのはお前のせいだ」と、よく、突然叩かれた。こうなると、もう、何が悪いのかわからない。

 どこまで気を使い、どこまで尽くせばいいのかわからない。

 Aさんの子供は不登校になったが、そういう息子に、彼女は暴力を振るうようになり、時々寺で気持ちを落ち着かせるしかなくなった(番組では、その寺の住職に再会する場面が描かれている)。

 集団カウンセリングの中で、虐待の記憶が蘇るにつれ、彼女は、幸せそうな家族を見ると吐き気を感じるようになる。会に参加しようとすると、死ぬしかないという思いが生じ、自傷行為に走る。足の裏の指の皮を、歩けないくらいにひりひりするまでめくっていったという。自己処罰行為である。

 なぜ自分は虐待されたのか? 親戚を回って調べ始めたという。

(こういう展開を知ると、カウンセリングが単に密室の中で進行するものではなく、現実世界の中での他者との無理のないところとからの新たな関係形成が両輪になる必要があることが示唆できる。自分探しは、具体的に過去の現実と、勇気をふるって、白紙で向かい合おうとするなかでしか進行しない)

 継母は、実は子を産めずに離婚された経歴を持っていた。

 父は、大病を患い生活が苦しかった。そのため子供を望んではいなかった・・・そうしたことがわかってきた。

 それを知らされると、「自分が悪い」という感情がなくなっていったという。

 「ずっと操られていた。全く『自分』を生きていなかった」

 そのことが、Aさん自身が子供の成長を見守れないことにもつながったのだと。

 「親からの『卒業』」。

 それ以来、子供と適切な距離を取り、感情を抑え、大目に見ることができるようになっていったという。

 結局、息子さんは、不登校から抜け出し、大学を卒業、プログタマーとして働いているという。

 Aさん曰く、「4年がかりでした。ペット感覚だったんですね」

*****

 さて、柳さんのカウンセリングのその後の展開を見よう。

  カウンセリングを始めて1年が経過していた。

 柳さんは、両親と久しぶりに会って対話してみようと思うように徐々になっていた。

 しかし、実際の母との対話には動き出せなかった。

 「お母さんとの対話に動き出すことはリスクは伴うかも」

・・・とカウンセラーが示唆すると、柳さんは、

 「壁を壊したら母も私も決壊してしまうのではないかと怖い」

 この頃から、柳さんの精神状態は不安定になる。それを思わすTwitterで発信した。

 フラリと家を出て、帰ってこないこともあった。

 以前は忠実だった息子は反抗的になり、他方、お手伝いさんには退行して甘えるようになった。

 「私には、母を『お母さん』とつぶやいたことはありません」

*****

 カウンセラーは、まずは父の過去を直接聴いてみることを柳さんに勧める。

 「娘であるあなたには知る権利があるんじゃないでしょうか?」

 柳さんは、父と久々に面会するのが怖かった。

 父はすでに72歳であった。

 面会の場に現れたのは、飄々とした学者風の好人物そうですある父の姿。

 だが・・・・

 父は、

 「娘(柳さん)を『虐待』したことはない」

・・・・とばかり。

 (画面のその様子は、言い訳をしているというより、ほんとうに記憶がない、乖離しているかのように私にはみえた)

 3回目に会った時、柳さんは、迷った挙句に、言葉を紡ぎ出すようにして、次の質問を父に向ける。

 「人生に何か悔いはありませんか」

 父は答える。

 「僕は出世したかった。学問を学んで。知らない人がいないくらいに有名になりたかった」

 柳さんは問い返す:

 「そうなれなかったのが一番の悔い?」

 父は、やっと、多少の感慨を込めて返事をする:

 「悔いは、そういう僕のせいで家庭が壊れたのだとすれば・・・・柳もたいへんみたいだね。それも僕の責任じゃないかと思う」

*****

 折も折、父の姉の十三回忌が営まれた。柳さんは敢えて法事に参列した。父のことを更に知りたい思いがあったから。

 「私は、父の娘というタガにはめられているんです。42歳ではなくて。まるでお地蔵さんになって立ってるみたいに、『怖い』になる」

 その法事の中で伝聞したんのは、以下のようなこと。

 柳さんの父はギャンブルにのめり込み、それに愛想を尽かして母は家を出た」。ところか今度は母自身が虐待を振るう側に回った。

 (ここで柳さんの15歳の頃の写真が画面に映る。私が驚いたのは、現在の柳さんとほとんど変化のない顔立ちだったことだ。実際彼女はまだ子供のままなのである!)

*****

 そして、ついに、老いた母が面接室に現れる時が来た。

 母が「大丈夫」という言葉を面接室に入って思わず繰り返すことにカウンセラーは気づく。

 「本当は大丈夫ではなかったのでは?」と問いかけるカウンセラー。

 母の母は継母だった。

 「一番肝心なことは口にしたこともありませんよ」

 「過酷・・・としかいいようがない」

 母は、2回だけでカウンセリングを拒むようになる。

*****

 柳さんは、自分の親の生い立ちを知らないことに気がつく。そして、父の生い立ちを知るために、父と一緒に、父の生まれた韓国の故郷に行ってみたいと思うようになる。

 カウンセラーもその旅に同行する。

 この条件で、その気になれたのだ。

*****

 父の故郷、山清(サンチョン)。

 父の語る思い出話は、小学校時代のこと。

 薪(まき)を打っていた。それで生計を立てていた。

 実は、父の父は資産家だった!!

 日本でも成功した、

 だが、韓国に戻り、一気に転落した。梁の中の竹林に掘っ立て小屋を立てて、薪を売った。家族総出で田畑を耕した。

 兄嫁に会いに行く。

 兄嫁は、日本で生まれ、父4歳の時に結婚した。以下、彼女の話:

 父の父は怖い人で、すぐに叩く人だった。兄嫁の夫も叩かれた。それどころか尻に刃物を刺されたこともある。

 「自分より子は優れていないとならないのに、、息子は自分より落ちる。そんな息子は竹槍で殺す」

 そういう父(父の父、兄嫁の義父)の言うとおりにしないと怖かった・・・という。

*****

  こうした中で、柳さんの中に、次のような感慨が生じる:

 「今まで父に対する時は子供のままでいる気がしていた。でも、子供だった父の姿が見えてくると、そういう子供の父がかわいそうだと思えるようになってきた

 カウンセラーは付言する:

 「それは、柳さん自身の中の子供の部分への『かわいそう』という感情にはつながらない?」

 柳は応える:

 「・・・・かなしい」

カウンセラー;「柳さんの中で、初めてお父さんに関することで感情が動いたみたいですね」

柳:「自分と父の土壌は、地続きのようでいて地続きではないんだ」

*****

 この後、柳さんの子供への接し方に徐々に変化が現れる。

 息子が塾の入試で不合格になっても、柳さんは落ち着いていられた。

*****

 このあとは、このエントリーの冒頭で「先取り」して書いたように、柳さんと息子さんのかかわりの変化は、まだはじまったばかりであり、これから、ひと山もふた山もあるであろうことを示唆して、番組は終わる。

*****

 ・・・すでに放送されて一週間以上立っているが、私は録画したものを見返して書いているんではない。番組を見ながらの速記録を再現しているだけである。多少の言葉の相違があってもお許し頂きたい。

 だが、これはそのまま私の面接記録のとり方のスタイルである。彷彿とさせる再現力に一目置いていただければ幸いである。

 単に面接を終えてからの記録なんて、肝心なことはほとんどそぎ落としているものだ。

*****

 NHKスペシャルの詳しい紹介は、私のブログの定番であり、きっと多くの読者に読んでいただけるであろうと思う。私は画面込みでの「再現」に専心し、あまり主観的な感想はのべないままでいようと思う。

 ただ、それでも付言したいのは、単に「虐待の連鎖」などというふうに図式的にのみ教科書的に習い覚えるだけでは、とてもとてもこういうカウンセリングは進められないだろうということだ。

 彼ら、彼女らは、薄皮一枚剥がせば深い人間不信をかかえて生きてきている。表面的な受容や、さりげない仕草だけで容易に安定した関係は崩れるであろう。

 それどころか、こうした人達と面接する中で、そうした「負の連鎖」がカウンセラーをはじめとする援助者の日常にまで影響する可能性は大変高いことを肝に銘じるべきと思う。援助者自身の家庭で、思いも寄らない件で少し諍(いさか)いが出るとか、施設内でいつの間にか、利用者に暴君的に振舞ってしまうなど、大いにあり得ることを覚悟すべきである。

*****

 私は、やや子煩悩過ぎる父母のもとに生まれたが、不思議と父に「褒められた」記憶がない。それは、多感な頃に中国大陸で終戦を迎え、一家没落に耐えて経理の超人となった父の生育歴と大いに関わると思う。

 おのれのことをあまり話さない寡黙な父だが、それでもいくつか、私の子供時代に、辛辣な大陸時代から引き上げ(父の父は馬賊に銃殺されている)、戦後初期のエピソードは伝えてくれていた。故郷久留米に帰った今も、ポツリポツリとそうした言葉を聞けている。

 まさに、父と土壌は繋がっているようでいて、違う時代を違う土地、関東で30年生きた。

 父と共有する「土臭さ」、祖父の代までの教養の高さの「血」を受け継いでいるlことそのもの(ただし学歴とは無関係に父の広範な読書パワーは驚異の域)を、誇りに思う一方で、父とは違う、でも父にも「よくやったな」と言ってもらえる人生を、私なりに故郷久留米でこれから創りあげたいと思っている。

 そうそう、最近、大工の娘にして女学校を出た、大正生まれの母が笑いながら電話口でこぼした言葉。

 「私は女学校時代、国語だけは成績優秀やったけんね」

・・・・はじめて聞いた話。

 ここに、漢字の書き取りと古文の品詞分解以外は、何の努力もせずに、共通一次テスト200点満点だった息子がいるのだが。  

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2010/10/31

究極の選択! 映画館でどっちなら耐えられる?

 ●ブログネタ: 究極の選択! 映画館でどっちなら耐えられる?参加数拍手

 ポップコーンは好きですし、むしろ、映画館の名物!!

 映画館にいる!! という雰囲気の大事な構成要素の一つ、「場の空気」そのものかと。

 福岡で言えば、豚骨ラーメンの店が無臭だったら興をそがれるのと似たようなものと思いますだと思います(きっぱり)

 でも、クラシックのコンサート並みに、基本は静かに観て、笑えるシーンでは大爆笑、感嘆したシーンで小さな声を上げる程度に留めて欲しいですね。

 ただ、子供向けの映画はこの基準に当てはまらない。何かと言うと「静かにしなさい!」を連発するご家族の態度の方が嫌な気分になることがありますね。

 子供はしゃべくってていいんですよ。私も、子供の頃は、「久留米大映」で「大魔神」シリーズや「ガメラ」シリーズを、側にいる父にいろいろ知ったかぶりの講釈を延々と垂れながら、興奮してみていました。「大魔神」は、観た後、しばらく夜暗くなるのが怖くなるくらいに怖かったし。

大魔神  デジタル・リマスター版 [DVD]

 一番よく覚えているのは「ガメラ対ギャオス」・・・・「ガメラ」シリーズに対する後世の評価とも一致してますよね(^^)

大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス デジタル・リマスター版 [DVD]

 そういえば、「サンダ対ガイラ」もよく覚えていますねえ・・・

フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ [DVD]

 シネコンプレックス全盛になり、同じ映画を繰り返し観られた時代を懐かしいとも思いますが、軽食を取りながら観ることを前提とした作りに完全になっているのはむしろいいことかと思います。

 昔は飲み物のホルダーすらなかったわけですから。

*****

 【追記】:これを書いて、思い至って、

小野俊太郎/大魔神の精神史 (角川oneテーマ21)

を読んでみましたけど、ここまで「ずっしりとした」論考を書けてしまう映画だったんだなあと再認識。ここまで徹底すれば、仮に多少の深読みし過ぎがあったとしても敬服するしかない。

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2010/06/20

ドナ・ウィリアムズ著「自閉症だったわたしへ」を読み始めて。

 人は、ある意味で、外界からの刺激に対して、選択的に「心を閉ざす」能力を身につける中で、はじめて自我を形成し始めることができるのではないかと思う。

 特に、「生身の人間」という、得体のしれない他者から不用意に発信されてくる「意味不明の」働きかけに対して、選択的に「こころを閉ざす」能力である。

 今、これを書きながら思い出したのだが、「選択的不注意」という概念そのものは、サリヴァンが「現代精神医学の概念」の中で鍵概念として用いているものであるから、何ら目新しいものではない。

サリヴァン/現代精神医学の概念

 そして、人は自分の思う通り、感じるとおりではなくて、周囲の「重要な他者」(必ずしも養育者でなくてもいい、たった1回の出会いの同世代の子供の場合すらあるかもしれない!!)の言動の「まねをする」ことが「うまくなる」ことで、とりあえず、「仮の社会的自我」というものを形成して行くとも言えるのかもしれない。

 もとより、大抵の場合、思春期に到るまでのどこかで、そうした周囲への「順応」と、「自分だけの世界」と「他者にさらす世界」の使い分けだけでは生きづらくなる葛藤に直面するものだとは思うが。

*****

 どうも、私は周囲の子供たちとは「別の世界」に生きているようだという感覚を、私は、小学校に入学した頃からはっきりと感じ始めていた。

 幼稚園時代には、なかった感覚という気がする。

 ・・・・このように言うと、読者の皆様の中に、「いや、自分は、幼稚園に入る前から、周りの子とは違うという感覚に圧倒されていた」とおっしゃる方々がたくさんおられるであろうことは百も承知である。

 私の場合、環境因も大きかったと思う。私が入学したのは、いわゆる「教員養成大学の附属小学校」だったから。

 ところが、私には、こうした場合にありがちな「お受験」対策を受けた経験がない。そもそも、ある日親にある場所に連れて行かれたら、「附小の入試会場」だったので、ともかく問題を解いてみた・・・そういう成り行きである。

 正確には、学力選考のみではなくて、その後に「くじによる抽選」というプロセスも経ているので、お受験対策の加熱によって、最初から地域の優等生ばかりが集まりすぎることへのセーブは掛かっていたのかもしれない。

 だが、確実に言えるのは、入学した80名の新1年生の中で、地域の「お受験」対策幼稚園とされる2つの幼稚園の出身者ではない合格者は、私以外にもう一人だったということである。

 私以外の新入生たちは、みんなどちらかの幼稚園時代からの「友だち」がいる。そして、「どちらの幼稚園の出身者なの?」というのが、クラスメートからの最初の挨拶代わりだったのをよく覚えている。そして、「どちらでもない」こと自体に、怪訝な顔をされた。

 こうして、友達作りと集団への溶け込みという点で、私は入学当初から負荷要因を背負っていたことになる。そして、このことの特殊性とカルチャーショック抜きにして、私の「周囲の子供たちとは何か、基本的なところが違う」というギャップ感の背景を語ることはできまい。

 幼稚園時代にはできたはずの、鉄棒の「逆上がり」ができなくなった。これも何かストレス要因があったためだろう。

*****

 では、私の親が、何の「受験対策」も私にしていなかったかというと、そういうことではいない。

 もの心ついた頃から、私のまわりには、小学校上学年向けと思える図鑑や学習事典の類がたくさん準備されていた。私は、そうした図鑑や事典をむさぼり読む中で幼稚園時代を過ごした。

 だから、漢字力や、知識力だけなら、小学校2年生ぐらいまでは、なぜ周囲がそこまで「知らない」のかが、わけがわからなかった。

 ある意味で、「努力して勉強する」ということを知らない子だった。授業中も、先生の授業に上の空になり、鉛筆の先っぽを遠近法で見えるか見えないかの角度で目の斜め横にかざして遊ぶ一人遊び(↓)に没頭して、何度低学年の担任の先生に注意を受けたことだろう。

Enpitsu

(↑ピンぼけですが、まあ、だいたいこんなアングルで鉛筆の先端を見え隠れさせるひとり遊びだと思って下さい) 

 結構勘のきつい子で、すぐに大声で泣き出したりした。

 そうしたことも、幼稚園時代や家庭ではなかったことだった。運動は苦手で、小学校中学年頃には、典型的ないじめの標的にされた。

 「附小」から「附中」への進学はエスカレーターではない。附中には外部から純粋に受験で勝ち抜いてきた公立小出身の生徒が数十名加わる。

 放っておくと、そういう「外部からの受験組」の学力に「内部進学組」は圧倒されるので(実際、その傾向は防ぎ難かった)、全児童に対して、「小学6年生になったら附中合格のための受験勉強をすること最優先」というのが当然のこととされ、業者テストも繰り返し実施された。

(もちろん、中には、久大「付設」高校やラ・サールへの進学のための勉強をするものもいたが、それらを受験すると「内部進学」の道は閉ざされるという「二者択一」の「掟」があった。一方、附中に進学しても学力的に適応できないと判断された児童・・・それほどの人数ではない・・・・には穏便に前もって「肩たたき」をされることにもなっていた)

 この、業者テスト(8科目)の2回めで私は、何の弾みか学年で2番になってしまう。それまで、ほとんど成績が学内で中の中を上下していたに過ぎない私が、突然のこの結果に、周囲からも唖然とされた(社会科だけは、教師に、「私に君に教えることは何もない」と言わしめる圧倒的な高学力を小2から維持していたが)。

 しかし、第3回目(1学期の終わり)では再び中の中に逆戻り。「やっぱりあれは、たまたまだったんだ」というよう冷笑した目で周囲のクラスメートたちは私を見た(ような気がした)。

 私はこの時始めて、「自分から意識的に学力を上げることにチャレンジしてみること」に関心を向けた。

 いじめられっ子だった自分を一発逆転で周囲に見返す、これ以上良いチャンスはないではないか! あの「学年2位」は偶然ではなかった事を証明したい・・・・ただそれだけだった。

 目標は、「もう一度でいいいから、業者テストで2番になること」だった。

 そのために、自分から問題集をバリバリと解いて行った(親は何の口出しもしなかった。成績が悪くても決して叱らず、よくても決して褒めない親だった) 。

 そして、秋の5回目の業者テストで、私は再び「学年2番」を取ることで面目をほどこした。

 ただ、親が私の勉強にとことん不干渉だったために、私は「なぜ勉強するのか」というテーマに、中学に入ってからひたすら悩むこととなる。勉強に対する「外圧がない」というのも、それはそれで葛藤のぶつけ場所がないということになるので。

*****

 「附中」に進学してからは、そうやって「なぜ勉強するのか」を時には徹夜して日記を書きながら考えてしまう哲学少年になっていた。

 だから、「全力を尽くしていた」などとはいえないかもしれない。努力できた部分はあったに違いない。

 しかし・・・・

 数学が・・・・中1の途中から、私にとって、「圧倒的な壁」として立ちはだかり始める。

 これだけは、果たして「努力」の問題だったのかどうか? 半端ではなく、どう仕様もなくなっていたのである。

 私は、数学的な抽象性というものを、すべて「具体的な実感」として理解できる形に「還元」しないと全く理解できないタイプの人間だったようである。小学校時代も、他の科目より算数は最良でも10点は低かったのだが。いわゆる「幾何系」より「代数系」の方が小学校時点でも苦手だったのはよく覚えている。

 しかし、「公式のまる覚え」をすることは私の良心が許さなかった。悪戦苦闘した。・・・そのうち、学年で数学は下から2番というのが完全な定位置になってしまった。

 ところが!! 国語の業者テストに関しては、特に何の準備勉強もせずに、答案用紙に向かいさえすれば「学年1位」を何回も取れたのである。

 これは小学校時代にもなかったことだった。もともと得意の社会科の学力を維持するためには、かなりの努力が必要だったのに・・・である。

 こうして、国語と社会科「だけ」は得意なこういちろうと揶揄される中で、地域一番の公立進学校(はっきりいいって、「明善高校」ですね)には不合格となる。

******

 こうした次元のことを、「学習障害」などと呼んだら、実際にそういう診断を受けておられるみなさんにお叱りを受けることは承知している。

 しかし、もし、今の都市部での特別支援教育と同じ判断基準があったら??? 私は、いくら附属とはいえ、「何らかの」検討の対象になりはしなかったかと思う。

 ・・・こう感じる私は、まだまだ学習障害について不勉強なだけなのだろうか?

*****

 滑り止めで入った、当時は不良も結構いた高校(今では男女共学になり、大学には医学部はないのに、他大への医学部入学者も輩出する福岡市有数の進学校である)でも、私は数学では試験は「0点」のことすら稀ではなかった。つまり、レポート提出とかで「下駄を履かせて」もらえなかったら、私は永遠に高校で進級できなかったのである。

 国語の方は、古典は努力で勉強したが、現代国語は、「ともかく点数をぎりぎりまで上げるために」漢字の書き取りだけは熱心にやった。おかげで全国共通一次試験一期生として、国語198点、他方、数学は71点(数学の全国平均点140点台だったその年に!!)という極端な数字を取ることとなる。

 これで、地方大学の補欠合格には潜り込めたのだが、私は敢えて、東京の私大へと向かう道をとることになる。

 いとこが東京の大学に進学した時の、駅での見送りの光景が、私を東京への憧れへとかきたてたのである。

*****

 こうやって書いているうちに、読み始めたばかりの、ドナの「自閉症だった私へ」から、随分隔たったところに話題が来てしまった気がする。

自閉症だったわたしへ (新潮文庫)

(楽天ブックス)

 ただ、冒頭に書いた十数行こそが、私がこの本から受け止めた、まず最初の、私なりの新鮮な言葉としてお伝えしたかったことであることには代わりがない。

 ともかく、この「古典」を先入観なしに読むことから、私の発達障害について自己流の勉強は「一から出直し」のつもりである。

 ドナの文体のみずみずしさ(訳もいいのだと思う)には、心から魅惑されながら読み進めている。

*****

【追記】

 ドナは、良い治療者との出会いもあり、大変な努力を払って、自らの自閉症と「折り合いをつけた」稀有な人であることが読み通して伝わってきた。

 今日、精神医学の世界で、「発達障害」は市民権を得た一方で、ほんの2,3年前まで、なんでもかんでも「気分障害(特にうつ病)」の枠で捉えようとしていた「汎-気分障害」の時代から、やや過剰な「汎-発達障害」の時代にいつの間にかあっさりと移行してしまったことへの危惧も、不勉強なりに感じている。

 そこに「<コミュニケーション>ができること」に対する時代的な規範の独特の強化の反映も否定できない気がする。

 安易に「コミュ障」という言葉が独り歩きして、重度の発達障害や「高機能自閉症」の人はむしろ迷惑している状態だろう。

*****

 ちなみに、私自身の自己診断は、基本的には父の血を受け継いた、気分の持続性の強い職人肌の「執着気質」と思っている。

(強度の「執着気質」が、「高機能自閉症」とどこかで重複する可能性がないとは言えない気もするが)

 父は対人関係が本当は不器用なのを戦後日本の貧しい時代からの努力の過程で乗り越えた「経理の職人」。数字のこととなると私からするととてもかなわないくらいに頭が回る。

 ただ、一見「礼儀をわきまえた」、そつない人との関わりに、何か「人工的に身につけた」ものを感じる。父にあるのは「職業的な」対人関係のみで、「友人」というものがいた試しがない。

 これに対して、母は明らかに、ひと好きのする「循環気質」圏(鬱状態にはほとんど振れない)の人である。私の人間好きな側面は母の血だ。

 ただ、かなりの高齢出産でもあったので、かすかに父の血にまじった発達障害因子が、遺伝子の微妙な傷として発現したかもしれない。

 私の場合はそこに更に、すでに10年前になってしまったが(2004年12月にこのブログを始める2年程前、2002年のことである)、はっきりとした新たな過酷なストレス状況(それについては私以外の人のプライバシーのも関わることなので、ブログ上では一切触れないことにしている)に対する「適応障害」の抑うつ状態となり、その際に、SSRIを不適切に投与されとことによる、かなり医原性の「双極性II型」の余波が残っている状態かと思う。

 ただ、そういう「軽躁性」が私の中から「重心が低い」形に安定しつつあることは、ここ数ヶ月の私の記事をお読みの方は、感じていただけるかと思う。

 職人的なこだわりのある、ねちっこい、完全主義で(「柔軟であろうとすること」もむしろ完全主義の一部である)、しかも精力的な「粘着」だとお感じかもしれない。(12/1/11記)

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2010/02/22

働いたに値する収入を得ていると感じられるかどうかは難しい。

 今の私のように、「家族を支えるために」働いているという意識がなくなる状態に回帰してみて、最近つくづく思うのは、自分には、働いた分に値する収入を得ていると感じられていた時期がほどんど全くないということである。

 前の記事でも登場した、私の中に住んでいる、情け容赦ない「内なる審判官」に言わせれば、私が大学で常勤職をしていた数年間までの間、私は私の要求水準からみて、受けるに値すると感じられる以上の賃金を受け取っていたとしか感じられていない。「それだけの仕事をできてはいなかった」としか思えない。

 そしてそういう真の「手応え」感のなさ=ある種の「空虚感」のために、そういう自分にまるで刑罰でも与えるかのように浪費を重ねた時期の方が長いように思われてならないのである(念のために言うが、常勤職を獲得する以前の私の年収は280万円前後であった)

 日本におけるフォーカシングの研究実践者としては、論文や著作の本数こそ足りないかもしれないが、ある意味で第一線を走ってきた自負はある。しかし、振り返ってみれば、半年前の自分の水準は問題だらけとしか感じられないことを繰り返してきたように感じている。

 最近でこそ、昔の文を読み返して、結構まともなことを積み上げてきたかなと振り返れるようにもなったが、それはあくまでも「文章として」読み返した場合である。その文章で書かれたことを「実体として」どれだけできていたかの水準は実際にはかなり劣るものだったと思う。

 文章としてだけなら、人間、結構立派なことを書けるものだと、我ながら感じ続けている。

 そして何より、フォーカシングの専門家であることと現場臨床の援助的専門家としてクライエントさんのお役に立っていることとシームレスにつながっていた場合に初めて意味があるというのが私の信念であり続けてきた。

 それこそ、時価6000円で、多少のばらつきはあっても100点満点の70点以上のお役に立てていることがコンスタントに多いかなとほんとうに感じられるようになってきたのは、この1年以内の出来事のように思う(それでも、時々大反省することがある)。・・・・・これですら私の思い込みかもしれない。

 その意味で、今の私の実力ならもう少し、現場臨床、および臨床教育の分野でそこそこ収入があってもいいのではないかという逆方向のギャップ観をあまりゆるぐことなく、かといって感情的にもならずに感じられるようになってきたのは、本当に、本当に、ごく最近のことという気がする。

 もっとも、面接数が増えたら一つ一つの面接が雑になりはしないかという自分への不信感は拭えない(勤務カウンセラーだった時代から今日まで、あるライン以上にクライエントさんが増えると「何らかの不注意」をやらかしてきたおかげで一定数のラインを容易には超えないということを繰り返してきたという思いがある。困ったことに、今でも、ちょっと前までの自分はこのことがどうしてできなかったんだろうという反省ばかりがしきりである)。

 だから、ある意味で、「分相応」との感じ方に限りなく近い点では、相対的に見て、我が生涯で現在が一番肉薄しているのかもしれない。

 自分は、クライエントさんのお役に立てる専門的な援助をした有効な分だけは、「食べさせて」いただいているというリアルな手応えである。

 そういう意味で、しばらく前・・・・少なくとも昨年の夏までにあった、ある種の屈折した「ルサンチマン」のようなものは、私の中からもはや抜け落ちてしまっている。

 それを実感できるために、一度「都落ち」まで追い詰められないと気づけなかった私も情けないものではあるが。

 関係者は関係者なりに自分の職場のことで手一杯なのであり、別に私は特に貶められてもいないし、わたしがいろんなことで「やり過ぎ」であるがゆえに遠ざけられているとまで思い込み過ぎるのも、もはや自意識過剰としか思えなくなってきているのである。私も、動くべきチャンスだった時に見逃したケースもあるし。

 この不況の下で、専門職キャリア30年近くて今年50歳の「ツブシが効かない」カウンセラーなるものを敢えて「雇おう」となると、同業種ばかりか他業種の人にとっても二の足を踏む存在となっていたことも十分に理解できる。

 いずれにして、やっと、等身大の自分を手に入れつつあるな・・・・と感じだしてはいるようなのである。

 しかし、そのことを実感するためには、切り立った山々の尾根歩きのような、あるいは冬季オリンピックのアスリートたちがともかく「完走」できるだけの「際どさ」のようなものをくぐり抜けるしかないとは。

 あの、失敗したら最後、雪か氷に叩きつけられるしかないアスリートの心境、今回のオリンピックぐらい、その瞬間の凍える寒さと孤独と「空虚」が身に染みて伝わる思いをしてテレビ観戦している年はない。

 もとより、今のところ全く矍鑠(かくしゃく)としているとはいえ、老いた両親に、恩返しまでは行かなくとも、少なくとも私が今後それなりに十分にやって 行ける様を十分に安心して見届けて欲しいという切なる願いは抱いている。

*****

 そういえば、容易に実体が伴わない映画制作進行過程を延々と描き続ける、フェリーニの映画、「8 1/2(はっかいにぶんのいち)」を今日たまたまBSで初めて観た。カーリングがドイツに負けてきてるなと感じたあたりで思わず切り替えてしまったら、どうやらはじまったばかりだった(^^;)

 その高度なメタフォクション性につきあうことと、マルチェロ・マストロヤンニ演じる主役の「映画監督」の心境がじりじりと伝わってきて、結構しんどいものがあったが、あのオチの付け方・・・・・ありがちという人もあろうが・・・・に、ちょっとだけ救われる思いをした私だった。

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2010/01/15

不滅の名指揮者、トスカニーニ

 イタリア出身のこの往年の名指揮者は、圧倒的な要求水準でオーケストラを鍛え上げ、今日に至るまで誰も達成しえなかった全く贅肉のない演奏スタイルを誇った。

 まるでひとりの人間がすべてを演奏しているかのような、一糸乱れぬ演奏の凄まじさを堪能するためには、ますはヴェルディの歌劇「運命の力」序曲の鬼気迫る磨き上げの数分間がふさわしいだろう。

(↓以下の映像、多少ナレーションがだぶる箇所があるが、曲の勘所をうまくかわしているのが幸いである)

●Toscanini FORZA Overture

 ↓おそらくこの曲のリハーサルの時の圧倒的熱弁が以下の録音。

●TOSCANINI EN COLERE

*****

 次は、本来ラジオ放送専門のオーケストラだったNBC交響楽団が、カーネギーホールでライブを行うようになった時の貴重な映像記録の中でも最も有名な、ベートーヴェンの第5ハ短調交響曲、すなわち「運命」の第1楽章。

 この曲は、主観を排してひたすら客観的に演奏した場合に真の迫力が出るのだが、その典型のような名演である。

●Beethoven Symphony No. 5, 1st mvt--Arturo Toscanini/NBC Symp

*****

 続いて、またもやウェルディだが、「レクイエム」より「怒りの日」の前半。

●Verdi Requiem - Toscanini: Dies irae (part1)

 おしまいに、これまた永遠の名盤の誉れ高い、ウラディミール・ホロヴィッツのピアノと共演した、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第1楽章。

●Horowitz: Tchaikovsky Piano Concerto No. 1 i. (1943)

運命の力~オペラ序曲集

ベートーヴェン : 交響曲第5番 「運命」・第6番 「田園」・第7番・第8番

ヴェルディ:レクイエム&テ・デウム

*****

 ところで、実は今の私がやる気がないなどと勘違いしている読者がおありのようだが、今の私は起きている間、一分一秒たりとも無駄に過こしていない(^^;)

 時々イレギュラーに記事を書くこともある(この記事もイレギュラーのひとつ)けど、実は一ヶ月先まで、いつ、どういう内容の記事を書き、いつ沈黙するのかについて、ほぼスケジュールはできています(^^)

 そうした一方、父親に、確定申告のための帳簿の完成をせっつかれているので、そっち進めている。

 ついに自力で(!)複式簿記のつけ方を会得した。

 経理の超専門家の父も、そういうことに関しては何も教えず、全部私が自力で身につけることを要求してくるのである。私も何一つ質問はしない。

 以前も書いたが、カール・ヒルティいわく、

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

 また1月になって新規の相談お申し込みの方が増えていることにも感謝申し上げます。

 要するに、遊ぶときは遊ぶ、仕事の時は仕事というのを10分単位で切り替えるのが私のライフスタイル。自営業だからできることですが。

 そして、夜はしっかりぐっすり寝ます(^^)

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2009/12/24

両親と「第九」を聴く

 昨晩は、両親と、久留米のとなりの佐賀県鳥栖市郊外、田代近辺にあるライブステーキハウス、「花やしき」 本店で、「第九」のディナー・ショーを堪能して来ました(^^)

 「第九」に行くのだとは父に聞かせれていたのに、なぜかJR鳥栖駅までしか辿り着きようもない切符を、待ち合わせた駅で渡され、鳥栖駅からどんどん人里離れた山里に向かうではないか!

 私の父は物事を普段はひどく「婉曲に」「思わせぶりに」言うところがある(この点ではひどく保守政治家的である^^;)ので、まさか父自身が別の日の「第9を歌う会」に参加しているとかいった、とんでもない仕掛けになっていて、昨晩は普通にちょっとしゃれた郊外での飲み会なのかと途中で妄想に走りましたが、・・・・・まさかこんな隠れ里のようなところで、ディナー・ショーの第九があるとは。

 関東だと、軽井沢辺りにありそうな、センスのいい瀟洒なお店でした。

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 ベートーヴェンのシカゴ交響合唱団, Chicago Symphony Orchestra, Hans Sotin, Jessye Norman, Reinhild Runkel, Robert Schunk & Sir Georg Solti - 決定版!ベートーヴェン - ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125《合唱》:第4楽章:プレスト-アレグロ・アッサイ 「第九」(もちろんピアノ伴奏、しかも第4楽章から管弦楽前奏を省き、それ以降もやや短縮したバージョンですが)の前に、クリスマス・キャロルや、フォーレの歌曲(「夢の後に」や「ラシーヌ賛歌」)、ドイツ・リート(私の定番だったシューベルトのDietrich Fischer-Dieskau & Gerald Moore - Schubert: Lieder - Erlk?nig, D. 328 (Op. 1): Wer Reitet so sp?t「魔王」も含みます)、イタリア・オペラのアリアが続き、知ってる曲しか出てきませんでしたので、こういちろうはたいへんご満悦だったのだ(^^)

 特に、私がキリ・テ・カナワの名唱のライブLDで溺愛してきた、プッチーニの歌劇「つばめ」Kiri Te Kanawa - Kiri Te Kanawa - Artist Portrait 2007 - Puccini : La Rondine : Act 1 "Chi Il Bel Sogno Di Doretta" [Magda]ドレッタの美しい夢という、(CMでも使われたことありますけど)ちょっと「通」向けのアンコール・ピースを第9の前に聴けたのが嬉しくてたまらなかった。

 この曲、ピアノによる前奏からして、もう、ここまでしゃれたタッチの、しかし円熟した無駄の全くない完成度の、イタリア・オペラのアリアはないと、ずっと思っていたので。

●Kiri Te Kanawa-Chi il bel sogno di Doretta

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2009/12/23

「肉食系」的なやさしさ (第2版)

・・・・・というものがある気がしてきた。

 それは、いわゆる「草食系」のやさしさとは何か次元が違うのだけれども、今の日本(の特に若い男性)に、再度賦活されていく必要があり、それが今後の日本の舵取りの鍵を握ると思えるのである。

 Wikipediaによれば、「草食系男子」というのは、200610月に深澤真紀が『日経ビジネス オンライン』で連載している「U35男子マーケティング図鑑」(2007年に『平成男子図鑑』として単行本化)で「草食男子」として命名されたのがことのはじまりであるとのことだが、私はその原典やその後に続いた著作を読んでいるわけではない。

 しかし、広い意味で女性一般の方は何らかの意味で「肉食系」の側面を発現し続けて来た人が多い(これは見かけ上大人しめであるかどうかとは無関係。そのことに気づかないでいる男性がいるとすればちと御目出度すぎる)ものだから、余計に浮かび上がってきた現象ではないかと考えている。

 そして、私なりのネットフィールドワークの結果到達したのは、(数年前の小林よしのり信者がたくさんいた頃はまた別かもしれないが)、少なくともここ2,3年のネットのプチ〇翼の若者は、実は揃いも揃って「草食系」である、いや、「草食系男子」の心性と非常に親和的なものとしてプチ〇翼というスタンスが、非常に広範な若者に、ネットでこの種の発言をする匿名ピープルよりも相当に裾野が広い形で浸透しているというのが私の結論である。

 彼らはもはや、例えば小林よしのりや石原慎太郎に当たるような特定の「頭目」を押し立てることすらしない。フラットランド化したネットの2次情報,3次情報をシェアするだけで群れている、徹底的に「顔のない」集団である。

 ・・・・ちなみに私は"SPA!"を離れる以前の「ゴーマニズム宣言」の愛読者で、感想をしきりと送っていた人間であり、その頃のよしりん氏に「八王子の阿世賀浩一郎は凄い! 参考になる」と、コマの欄外でコメントされ(今刊行されている単行本のバージョンにも載っているかどうかは確認していない)、公式「ゴー宣」本にかなり長い感想文が実名で載っている人間である。

 "SPA!"との関係を辛抱し切れなくなったところで、小林氏はあるバランス感覚を喪失したというのが私の意見だが、それでも、「新しい歴史教科書をつくる会」との関係を絶つ時でしたか、「日本のこの種の人たちがアメリカとの関係ということになると急に態度を変えるのが納得がいかない」という趣旨の発言をしたことに関してはある共感を覚えた。

 ちなみに、よりのり氏も私と同じ福岡県出身である。最近の私のネット上での物言いに、思想それ自体というより、発言スタイルの点で、時々「ゴー宣」調のノリが無意識のうちにも出てしまってるあたりに我ながら苦笑している。福岡県人独特の、いざとなると嵩(かさ)にかかって斬り込む、直裁な「喧嘩節」の伝統という点では共通のルーツなのかなと(^^)

 宮崎哲弥さんが久留米出身で、今年初めて久留米で講演会を開いた時のことはこちらの記事で書きましたが、そういえば、今、自民党内部を引っ掻き回す発言をしている舛添要一さんも、(その政治姿勢にすべて賛同するわけではないが)北九州(八幡)出身の苦労人だものな・・・

*****

 実は、そういう、「いざとなると嵩(かさ)にかかって攻め込む」気概をむき出しにできる人間にしか発現しない、「肉食系のやさしさ」というものがどうもあるようだ、という気がしてきたのだ。

 少なくとも私の中で、明らかに、そういう意味での、潤いある「やさしさ」と「包含力」、むしろ「献身性」ですらあるものが、ここしばらくの間に、特にリアルワールドにおけるクライエントさんやオフィシャル・プライベートを含む人間関係の中で発現してきている気がする。

 それは決して「暑苦しくて」「脂肪分が多い」、「押し付けがましい」ものではないようなのだ。それは、狩人をしていない時の豹の母親が子供たちに対して示すような、何かそういう質の、静かな「母性」に近いもののようにすら思う。

*****

 それとどこまで関係あるかどうかわからないのだけれども、昨日東京に日帰り出張した時に、ANAの機内誌、「翼の王国」12月号を読んでいたら、「日本"山水”探訪記」というグラフィック特集で、「熊本・鹿児島編」として、「南九州の空と土」という記事に大部が割かれていた(pp.40-63。文・絵:堀越千秋 写真:阿部雄介)。

 装飾古墳として著名な熊本県山鹿市のチブサン・オブサン古墳、延々と続く謎の地下トンネル遺跡として著名な玉名郡菊水町の「トンカラリン」、鹿児島県南九州市川辺町の「清水(きよみず)磨崖仏群」、熊本県人吉市の青井阿蘇神社、熊本県上益城群山都町の、江戸時代を代表する潅漑用水道路の要というべき、古代ローマの水道橋を思わせる、時々の放水で著名な「通潤橋」などが取り上げられていた。

 それらの記事を眺めている時に、私は何ともいいようがない次元での、ほとんど元型的な次元での「血の共感」を覚えずにはいられなかったのである。

 すでに何回も書いてきましたが、福岡市から南に向かい、大野城市のあたりの地峡を越えて筑紫平野に入り、筑前の国から筑後の国に入り、更に筑後川を渡ってしまった久留米に入った途端に、同じ福岡県でも、古代からの文化の質は一変して、むしろ熊本県とも通底する「中九州」文化圏の北限に位置した土地ととらえる方が自然である。

 厳密には博多弁と久留米弁はかなり異なり、久留米弁はアクセントが明瞭ではないという点では日本の方言の中でも特異な位置を示す。(わかりやすくいえば「橋」と「箸」の音韻上の区別というのは、久留米人は学校教育を経ないとできるようにならない)。

 その「異様に平坦に」流れるような早口は、我が郷土の生んだ、本名「蒲池法子」さんに、実例をお示しいただこう(^^)(この番組、放送された時に観た記憶があります)

●松田聖子の久留米弁 その1(YouTube)

●松田聖子の久留米弁 その2(YouTube)

 ・・・・・私は父親が「大陸育ち(標準語圏)」だし(かなり久留米弁を戦後身につけましたが、母親の「ネイティブな」古式ゆかしき久留米弁ほどではない)、私自身は「久留米附属」(「久留米大付設」ではありません。聖子さんの確かお兄さんが「付設」出ですよね)という、教員養成大附属小中学校という、地域社会とは切り離された中で成育し、更に30年も関東暮らしをしたので、とてもとても聖子さんのように鮮やかなギアチェンジができる人間ではありません(^^)

 でも、私が「異様に早口でのっぺりした標準語」で延々と話す時があることは、ライブこういちろうをご存知の、特に同業者の皆様は、時々、ついて行けなくお困りのことがあろうかと思います(^^)

*****

 ・・・・話を本題に戻すと、久留米南部地域というのは、大和時代の豪族、磐井の乱(525年)でも日本史に名を残すように、ヤマト政権からは独立性が高い、ダイレクトに大陸側(新羅と書かれていますが)との交渉を維持した勢力が、かなり後の時代まで維持された土地柄です。

 記紀の世界で「熊襲(くまそ)」とされた民(ヤマトタケルの征伐神話からすれは一応2世紀頃に相当するが、これはどうみても「前倒し」の可能性が高いが)は熊本県球磨地域に一応同定されている。一応、「熊襲」よりも、その勢力はしぶとく残ったことになるとも言えるわけである。

 いくら当時までのヤマト王権の正当化のための歪曲ありとはいえ、「磐井の乱」を伝えた日本書紀は、物語的な古事記と異なりまだしも歴史書としての体裁がしっかりしており、編纂時から遡っても「200年未満」の時点で起きた事件についての著述には、何らかの史実の裏づけは濃厚と思える。

 私自身は、邪馬台国九州説は根拠薄弱という立場です(オーソドックスに、奈良県桜井市の纏向遺跡(まきむくいせき)を卑弥呼の墳墓とみなしたい)が、大和地域よりは、黒潮に乗った東南アジア、南洋地域、中国南部、そして朝鮮半島寄りの経路で中国北部との頻繁な交渉がダイレクトに早期から形成されていたであろう九州の持つ政治的独立性は、実際には九州北部沿岸のごくごく一部の地域を点と線でつなぐ形でしかヤマト政権の安定した覇権を置き得ない状況に、少なくとも663年の白村江の戦いの直前の頃まではあったのではないかと思います。

 なぜ天岩戸伝説を日向の高千穂峡天孫降臨の神話を同じく日向の高千穂峰(もっとも、前者には異説がある)に同定しなければならなかったのか? これもそれだけ南九州にもともと強大な勢力があり、それを実際の歴史上は大化の改新(646)以降、天智・天武朝の頃にやっと臣従させた上で、その地域の神話(むしろ朝鮮か南方由来)と中国神話を加味して歴史を「数百年遡って塗り直す」だけの必然性があったればこそでしょう。

*****

 いずれにしても、久留米以南の中九州・南九州文化圏には、ちょうどヨーロッパ諸国が、ローマ帝国以前の原住民やゲルマン民族の歴史をキリスト教で塗り消し、地下に潜伏させたのと同じように、後のヤマト政権が上塗りして完成された「ヤマト民族主義」を一皮向けば、より古い層の元型的な無意識の世界が容易に溢れ出す地域性というものが潜伏しているのではないかと思います。

 それが、幕末における薩摩や佐賀を中心とする倒幕・維新勢力、あるいは真木和泉守ら、久留米の勤皇の志士に活躍の舞台を与える原動力にもなり、筑豊炭田で鉱夫たちが使う地下足袋の大量生産に起源を発する、ブリジストンの創業者、石橋正二郎(鳩山金脈の元はここにある!)をはじめとする日本の主要ゴム3社の発祥の地を久留米とし、そして、今日に至るまで、井上陽水、武田鉄矢、チェッカーズ、松田聖子や浜崎あゆみをはじめとする芸能界から、政治に至る様々な人材を関東に送り続ける、過激なまでの「上京指向」の人材バンクとして福岡が機能し続ける原点にあるのだと思います。

 私も、そのような福岡の久留米が生んだ「異能者」(?)として、関東での30年をむしろ「踏み台にして」、今後、地元久留米に根を張って、はじめて「地に足が着いた」形で、50代という一番脂が乗り切ったこれからの10年、身体が衰えを感じないうちに、本来のパワーを発揮し尽くせることを祈っています。

 BGMは、「エヴァンゲリオン」の、高橋洋子による、高橋洋子 - 魂のルフラン/心よ原始に戻れ - EP「魂のルフラン/心よ原始に戻れ」 以上にぴったりなの、ないでしょ?

そして、高橋洋子 - 残酷な天使のテーゼ 2009VERSION - EP「残酷な天使のテーゼ」もまた、久々に「封印を解いて」聴き返して、「肉食系の母親」の歌なんだとつくづく感じて、ふと目頭が熱くなったこういちろうである・・・・

 私がこのブログで、ずっと封印してきた、過去の軌跡、「エヴァ」。

・・・・・というわけで、もはや私には1円の稼ぎにもならない(・・・・あ、アフィリエイトで中古買ってもらうと少しはポイントになるのか・・・・)本の宣伝も久々に(^^;)

阿世賀浩一郎/エヴァンゲリオンの深層心理―「自己という迷宮」

*****

 更に、まさに我が母校に教育実習においでの際に、リアルのお姿を拝見した、「武田先生」に捧げる(?)、海援隊 - Acoustic Live ~君の住む町へ~ - 母に捧げるバラード「母に捧げるバラード」(Live)

ブログネタ: ○○系男子・女子。あなたを例えるとしたら?参加数

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2009/12/21

明日は4ヶ月ぶりの東京です。

 明日は、東京に、一種の「公務」で日帰り出張です。

 思えば、明日という日を「次の寄港地」として座標軸を据えて、いろいろ風と波にもまれながらも舵を切り、帆の向きを変えて、ひたすらセイリングしてきた4ヶ月でした。

 8月末の町田の法政大学での人間性心理学会大会の時(正確には、その少し前のこの時がターニングポイントだとすでに書きましたが)から、4ヶ月の間に、すでにいろんなことをリアルワールドでじわりじわりと別の情勢に変化させてきてしまって来た、よくぞここまで「負荷試験」に耐えて、「基礎体力」そのものを別次元のものにできてきたとはしみじみ思います。ほんとうに「短いようで長い」、密度の濃い4ヶ月でした。

 でも、来年に入ってからの3ヶ月は、来年「度」に向けて、それこそ「残り5%」にこだわることになりそうに思います(^^)

 皆様や(田嶌先生以外の)先輩方をポカーンとさせる可能性がある「仕掛け花火」がすでにいろいろと仕込まれているのですが(^^;)、すべて不発に終わることはないと思いますよ(^^)

*****

 今日、「ある書類」に目を通した後の鬼コーチの父の背中がはじめて小さく見えました。少し支えてあげたくすらなった。

 星飛雄馬はほんとうに筋肉を断裂させることがないまま、復帰してしまえたのです。

 ありがとう。ほんとうにこれまで。

 これからも、末永く、見守って欲しい。

 私こそが、父の「後継者」になっていく様を。

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2009/12/19

「減価償却」できればよし!!

 これまた、特に久留米に私が帰ってからは、星飛雄馬に対する、中日コーチ移籍後の星一徹の如き、経営の「鬼軍曹」と化しつつも、実は私への精神的溺愛が全然止まっていない、久留米一のスーパー経理職人とうたわれた我が父から、子供の頃から聞かされ続けた定番の台詞である。

 ・・・・ほんと、幼稚園時代から「げんかしょうきゃく(原火焼却?)」とか「すいとうちょう(水筒長???)」、「げんせんちょうしゅう(源泉超臭?)」という魔法の呪文を日々浴びせられながら育ったのだが。

 ここでいう、父が時々比喩として連発してきた「減価償却」とは、本来の意味よりもかなり幅広くとらえて欲しい。

 「一端購入した物品は、そこへの投資のもとを取るまでじっくりとしつこく使い切ればそれでよし

 という、ある種の堅実なプラス思考の実践哲学である。

*****

 「乗りかかった船」という言葉があるが、特にうつ病をはじめとする気分障害圏の人は、自分の自発的衝動からものごとをやった(買った)結果、それを周囲に承認されなかったり、思うように行かなくなると、一転してすごく自責的になり、「自分の内発的な欲求」に基づく行動全般に否定的になりやすい。

 そうしたことを繰り返すうちに、「周囲にうけいれられているかどうか」の方が圧倒的な行動規範になり、自分の内発的欲求(Want)とは何かということ自体つかめなくなる。

 その後遺症として、回復期に至っても、自分から何かを始めて、少しでも周囲と摩擦を起こすと、突如それを白紙撤回してあっさりとやめてしまう傾向にとりつかれやすい。

 それは、端から見ると「のんきで気まぐれで無責任な気分屋」のようにすら見えかねないが、実は本人の中では、内発的な欲求の芽生えを感じると、それが容易に「周囲からの拒絶や無関心」を内在化した超自我と結合してしまい、むしろ「不快な、振り払いたい、自分の中から除去したい感覚」としてしか体験できないという、不幸な条件反射が成立している、非常に苦しい堂々巡りなのである。

 なのに、家族からは「どうせまた長くは続かないよ」「また余計なものを買って」などと、冷ややかな目で、はじめからみられる。・・・・もう、悪循環である。 

 こうした人に対して、私は、この父からの言葉、「いっそのこと、減価償却するつもりでやり続けてみたらどうだろう?」をプレゼントすることがある。

 これは、「一度始めたことはやり通せ」などという、ありふれた道徳規範とは似て非なるものである。

 これは架空の例ですが、買うつもりのなかった服を衝動買いした女性が、買った後、急に自責的になり、それを返却しようかと悩んでいたとします。

 私は、

「その服は今でも気に入っているのですか?」

と尋ねます。

 それに対して、女性が、「ほんとうに欲しくてたまらないくらいに好きだったし、今も気に入っていることには変わりがない」との気持ちをはっきり語ったら、

 「それなら、その好きな服を着て、自信を持って外を出歩くと、思いもよらない新しい出会いを引き寄せるきっかけとなるかもしれない。それともあなたはそれを清算して、前の自分のままに戻ることを選ぶのですか? 前向きに減価償却してみようとしてもいいと思いますよ」

などと提案してみるわけですね。

*****

 こうした人たちは、いわば精神的な「過食嘔吐」状態にはまり込んでいるわけです。摂食障害についてご存知の方には知れ渡っているかもしれませんが、単なる「過食」よりも「過食嘔吐」の方がよほど厄介な事態にはまり込んでいます。

 ほんとうにかなえられたいのは、自分の内発的衝動への、親や交際相手からの、静かな、節度ある共感的承認と受容なのだと思います。しかし親の態度そのものは容易に変え難いわけですね。

 こうした時、仮に最初は代理満足でも何でもいいから、まずは(精神的)「過食」状態を受容してしまうというアプローチ、ありだと思うのです。もとより、そのことで本人がほんとうに「満たされて」いるのか、「味わえて」いるのかについての共感能力を治療者はセンサーとして失ってはなりませんが。

 

そうやって治療者が親の代わりに「見守って」いたら、あら不思議、いつの間にか、ほんとうに欲しいものだけを、直感的に選び抜いて買う方向に本人は自然と軌道修正し始めるんですよ。

 本人自身が、自分なりの試行錯誤の中で「経験から学ぶ」能力が賦活されるのです。

 

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