高橋祥友

2009/11/16

NHKスペシャル「魔性の難問 -リーマン予想 天才たちの戦い-」

 実は最近の私は、「天地人」をたいてい予約録画で観る以外、テレビ番組を殆ど全く観ない生活を送っている。ところが昨晩、事前の予告とかをまるで知らないままに、このNHKスペシャルに遭遇できた。

●この番組のNHK公式サイト

 番組がはじまった段階で、映画「ビューティフル・マインド」を観ていた私は「ひょっとして在世中のナッシュへのインタビュー出てくるのでは?」と期待したが、その期待はかなえられた。

(楽天ブックス)

 「リーマン予想」とは、数学上の最大の未解決の難問のひとつとされる。wikipediaの記述だけでは、私を含めた数学の素人には何がなんだか?になっちゃうけど、ひとことでいえば、素数(割り切れない数)の配列というのには、一見全然規則性がないんだけど(1,2,3,5,7,11,13,17,19,23,29,31,37,41,43,47,53,59,61,67,71,73.....でよかったかな?)、そこに一定の法則がある可能性について、19世紀半ばに、ドイツの数学者、ベルンハルト・リーマンが立てた予測とのこと。

 このリーマン予想については、イギリスのハーディとリトルウッドのコンビをはじめとする当代髄一クラスの数学者が長年たいへんな情熱を注いで証明に取り組んだけど、この2人に関しても、結局部分的な傍証に当たる証明しかできないまま、最後にはリーマン予想そのものが間違っている可能性まで示唆するところまで諦めてしまった。

 その次にリーマン予想の証明に多大な情熱を注ぎ込んだのが、プリンストン大学で、すでに「非協力ゲーム理論」をはじめとする分野で多大な功績があった、ナッシュである。

 しかし、彼がこの難問と格闘し、リーマン予想についての講演会を開いた時のナッシュの姿は、ラッセル・クロウがナッシュ役を演じた上述の映画でも描かれたとおり、以前とは異なる惨憺たる様子だった。

 この段階で、すでに統合失調症の本格的発症の兆しがあったのである。ただし、映画でも描かれたとおり、実はそれ以前からも、多くの人には気づかれないし、本人にも自覚できない形で火種はあったので、リーマン予想についての研究への没頭し過ぎが「原因」であるとまでは誤解しないで欲しい。単なるストレスだけでは統合失調症に至ることはありません。

 仮にストレス要因が「トリガー(引き金)」になる可能性を認めるとしても、番組では紹介されていませんでしたが、アマゾンの書評欄によれば、ナッシュはこの時妻との間に子供ができるというタイミングでもあったようです。

 ここからは私の推測なんですが、実はこうした一見さりげない、ごく普通の事柄の方が、統合失調症の人の発病トリガーとして意外と大きな意味があることが少なくないことを、私は中井久夫先生の著作で学んできました。

 それでも、すでに統合失調症から回復して幸せな余生を送っている(明らかに頭脳にある種の明晰さが十分に回復しているのは表情からも見て取れる)81歳のナッシュが、

「数学的探求というのは、合理的思考を突き詰める側面と、そこから跳躍して、非合理の領域に身と投じることを繰り返す必要があるのです。そのことが自分を追い詰めた側面はあったのかもしれませんね」

といった感慨を漏らしているのは興味深かった。

*****

 なお、映画では幻覚として描かれているナッシュの症状は、ほんとうは幻聴だったと、何かの機会に伝え聞いた気がする。恐らくそれは、映画の原作である、以下の本に書いてあることなのだろう:

ビューティフル・マインド 天才数学者の絶望と奇跡(邦訳すでに絶版)

 この本、訳に相当問題があるとのことなので、原書も紹介します。

A Beautiful Mind: The Life of Mathematical Genius and Nobel Laureate John Nash

(Googleブックスで一部が読めます)

 なお、映画「ビューティフル・マインド」については、自殺学の権威である、精神科医の高橋祥友先生がお書きの、「シネマ処方箋」という本でも1つの章を割いて言及されています。

*****

  なお、「幻覚とはあそこまで鮮明に見えるものなのか?」という疑問をお感じの方は、一般の方ばかりではなくて実際の患者さんにもあるようですが、ああやって幻覚と日常的に対話するという次元まで行くと確かにフィクションめいてくるかと思いますが、患者さんによっては、幻覚とは、多くの方がイメージするような、「ぼんやり浮かんで見える」なとという次元ではなく、まさに「3D実体」としてくっきりと生々しく「そこにある」ように感じられる例も少なくないことを、私は過去の臨床体験の中で、何人かの方からうかがって来ました。

*****

 ナッシュの件ばかりではなく、多くの数学者が証明に失敗し続ける中、リーマン予想に関わることは、数学界で次第に回避される時期に入ったという。

 しかし、それでもリーマン予想の証明に情熱を注ぎ続け、2回の失敗にもめげずに、70代になった今も挑戦し続けているのが、フランスのルイ・ド・ブランジュである。

 彼は、リーマン予想が、単に数学上の問題だけではなく、様々な科学法則の解明に役立つと確信していたが、時代はいつの間にか彼に追いつき、ある数学者と物理学者の茶話会でのさりげない対話をきっかけとして、学際的な形で、「リーマン予想」を、現在最大の学問的テーマとして掲げる国際的な取り組みが大がかりに始まっているという。

 ところが、そうした国際学会とは距離を置き、孤高を保ったまま、ド・ブランジュは、ついに3度目のチャレンジとなる論文を完成させるまでを、このドキュメンタリーでは追っている。

 論文を封筒に入れて、家を出て鼻歌を歌いながら歩き出した彼は、それでもなお言葉にする。

 「仮に今回の証明がまた失敗に終わっても、私は諦めない。再挑戦し続けるよ」

 そして、番組の最後のテロップでは流されるのだ。

 「数学的証明が認められるまでには、論文発表から2年間、世界中の数学者からの厳しい検証に耐えられるものとならねばならない」

*****

 この番組では、インターネット界の暗号化証明書の分野で名高い、VeriSign社の一番厳重な管理をくぐった金庫の下にある「宝物」が、スーパーコンピューターを駆使して見出された、物凄い桁数の素数のデータベースであることも紹介され、クレジットカードの電子決済など、私たちの身近なところで素数が大きな意味を持つことも紹介している。

 その一方では、学者たちの中に、リーマンの予測の証明が、宇宙法則全体を説明する「万物の理論」の成立につながることへの壮大な期待もあることが語られている。

 古くはギリシャの哲学者に始まり、ニュートン(彼も統合失調症だった可能性が高いことを中井久夫氏と飯田真氏は「天才の精神病理」の中で述べている)、多くの数学者や物理学者が、この「万物の理論」を求めての魔性の探求にエネルギーを注ぎ込む生涯を送った。

 しかし、この番組を観ていて、数学の門外漢である私(難しい理屈は可能な限り噛み砕いて、3D画像を駆使して直感的に何となくわかるような番組になっています)にとっても、学問を極めようとする挑戦者たちの、何度失敗しようと、夢と情熱を失わず、しつこいまでに粘り強く、同時に自由奔放ですらある人間くさい生き様に触れる機会となり、また、専門が違う意外な人との偶然の出会いが学問の大展開のきかっけになることへの感慨等、不思議と「元気がもらえる」後味を残したのである。

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2009/09/24

「生きる」

 言うまでもなく、黒澤明監督、1952年の名作である。

(Blu-ray) (DVD)

 先日、「死ぬまでにしたい10のこと」について書いた時(こちらを参照)、やはりこの種のテーマについての古典中の古典だし、BS等で放映された黒澤作品は結構観て来たはずなのに、この作品だけはなぜか見る機会に恵まれていなかったこともあるので、一緒に借りてきていた。

 有名なブランコのシーン以外にも、個々のシーンのいくつかに見覚えはあるが、恐らく黒澤作品についてのドキュメンタリーなどで断片的に紹介されていたのを観ただけだろう。実際にテレビ等で見たことがあれば、全編を見ていくうちに容易にデ・ジャ・ビュー感が蘇ることが多いし。

****

 この映画の一番凄いのは、志村喬演ずる市民課長の主人公が癌で死んだ後で、残された人々・・・・上は市の助役から、他課のトップ、部下たち、そして直接の遺族、更には・・・あ、コレはさすがにネタバレ避けます・・・との間で延々交わされる、故人を偲んでのやりとりと、それら個々の人が思い出していく、生前の主人公の振る舞いについての回想をクロスカッティング的に差し挟みながら(厳密には「クロスカッティング」とは、同時進行の別のシーンを行き来する場合らしいが)進んでいく「最後の40分」(全体では2時間半の映画である)に尽きると思う。

 このことは映画通には知れ渡ったことで、映画の作劇術の鮮やかさについては語り尽くされてもいるようだけれども、私なりの言葉で書いてみたい。

 ここでなされる対話の辛辣なリアリズムにはほんとうに舌を巻くしかない。これだけ大人数の役者が重ねる議論、ちゃんとひとりひとりの立場と性格の違いまで完璧に計算され尽くしている。脚本術の高さという点では想像を絶すると思う。

 話がひとつの方向に収束してみんな納得するという流れにはなかなかならないのだ。繰り返し繰り返し、そこに集う「お役所公務員」の骨の髄まで食いいった、「職場で勤め上げようとすれは、何もしちゃいけない」という適応スタイル、他部署との縄張り意識、選挙対策まで持ち出す「一見もっともらしい状況分析」が、いやらしいまで議論を元の木阿弥にしてしまおうとする。

 ほんとうにお通夜の席で、このような、ほんとうにうねうねとしたやり取りが延々と続いていても何もおかしくはないというくらいにリアルである。

 この、集団での対話の異様な生々しさの背景には、この映画製作直前の時期まで続いた東宝の労働争議を目の当たりにした中で、黒澤をはじめとした製作スタッフが肌身に染みて感じた事柄も、ダイレクトに反映しているのかもしれない。

 もとより、こうした寄せては返すような膠着スレスレの対話を重ねる中で、それぞれの周囲の人物の中に残っていた、忘れかけていた記憶の断片が蘇り、皆の中でシェアされていくうちに、ジグソーパズルは徐々に完成され、故人の生き様とその動機が何だったのかについて、やっとひとつの立体的な像を結び始める。

 遺された人々の記憶を寄せ集めて、共有する中で、はじめて故人の「生きる」姿が再建されるのである。

 故人はもちろん自殺ではない。しかし、それはまるで自殺者の周囲に残された人々のケアのためのpostvention(詳しくは高橋祥友先生の著作参照)の一環としてのブリーフィングの集いが理想的に機能したときに生じる現象のようでもある。

 あるいは、ロジャーズにはじまる「非構成的エンカウンターグループ」において「クループの力」が徐々に生産的な展開を導き出すことも連想させる。

 もとより、それすら、その後に続くあのようなエンディングという形でしか描かないあたりにこそ、それは観客ひとりひとりの「生きる」あり方の問題ということを最後に突きつけているのだと思う。

*****

 それにしても思う。

 人は、自分のできる領域の中でこそ、何かを成さねばならない。

 もとより、たったひとりの人間の意志だけでは世の中は動かない。

 でも、誰かが強い意志を持って他者に働きかけ続けないことには、周囲の人間も動き出さないということ、それは信じていたい。


*****

※引き続いて、「おくりびと」の感想がこちらにあります。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2008/06/20

秋葉原通り魔殺人の彼が贖罪できるだけの「環境」があることを!!(第6版)

秋葉原通り魔殺人事件と、宮崎勤の死刑「執行」のタイミング関連の、前の記事の続きです。

現段階での私が知る情報の範囲内で観ると、恐らく「精神病的な」面はほとんどなくて、「精神病質」でもない。「分裂型人格障害(schizotypal)」あるいは「分裂病質(統合失調症質)」(schizoid)というDSM的診断は最大公約数としてできるだろうけど、その診断に当てはまる層の多くは社会的にごく真っ当に生きている人たちの10数パーセントは当てはまると思う。

 要するに,クレッチマーの性格分類でいう「分裂気質」のやや濃い人たちのある部分、あるいは中井久夫が「分裂病と人類」でいう「S親和者」=それを典拠を示しつつ拝借した浅田彰が、「逃走論」で「スキゾ」とポップに名前を付け替えた、「病理」というには過ぎ、社会の最前線で適応的に行けている人は、有名・無名を含めて五万(じゃなくて日本に500万?)といて、「人も歩けば棒に当たる」水準の範疇化(カテゴリー分け)しかできそうにない。

 こう分類できる人を排除したら、文化や政治に貢献したかなりの人は抹殺されることになるし、ただの「パラノ」だけでは社会そのものが機能停止し、全人類が窒息する(浜崎あゆみだって、後述の夜回り先生、水谷氏だって楽々このカテゴリーに入る。

 未熟な私だって堂々とその末席を穢(けが)せる(^^)

 宮台さんだって、ある意味では浅田彰よりはかしこく大人になって、しかもしたたかに社会にコミットする戦略を続けている「熱い」人物だろう。

 もっとも、あそこまで博学な、衒学的(ペダンチック)な饒舌さと感じさせてしまう多弁を押し付けると、「鼻持ちならなさ」とだけ感じられてしまいかねない限界はあるとして。

 安易に「大衆を啓蒙する」ノリにはまらないのはひとつの挟持だと思うが、まだまだ「身を守っている」気もする。

 宮台さんもあと一歩「突き抜ける」必要はある。

 いうまでもなく、私も。

****

 今回の事件の犯人については、学習障害などの広汎性発達障害の可能性もそんなに高くないだろう。

いずれにしても、犯行時の「責任能力」は十分にあったと思う。

もし今後、彼についてまたぞろ「多重人格障害」とか出てきたら、それは弁護士と精神鑑定医の「ひいきの引き倒し」となるだろう。少なくとも故宮崎や故宅間よりは健康性が高かったまま凶行に及んでいると思う。

ちゃんと贖罪できるパーソナリティの筈。

そうならないなら法曹界や司法精神医学やマスコミがよってたかってこじらせたといわれてもしかたない。


人がきちんと贖罪できるためには、それを可能にする「環境」におかれていること!!

これは今後の展開のためにほぼ断言しておいていいと思う。

******

もとより、現行法制のもとでは死刑以外になる可能性は全くに近くないと思いますが。

私はこの問題が「死刑の是非」論になった瞬間に本質を置き去りにした議論に過ぎなくなると確信しています。

******

●【秋葉原通り魔事件】加藤容疑者のメル友女性告白「悩んでいるようには見えなかった」(msn=産経)

(前略)

 彼女がトモと初めて会ったのは昨年7月末だった。

 携帯電話の出会い系サイトで知り合い、メールを何通かやりとりした。送られてくるメールは笑顔や悲しい顔などのカラフルな絵文字入りで、2、3行の短いものがほとんどだったが、一度始まると何往復もした。

 お互いに青森市に住んでいることが分かり、トモは「会いたい」と言ってきた。

 市内の駐車場で待ち合わせをした。ありふれたチノパンとシャツを着て、髪形には気を使っていないような印象を受けた。

 「きっと彼女はいないんだろうな」

 そう思った。

 名前を「ともひろ」と読み当てると、トモは「珍しいな。1回で読めた人」と笑顔をみせた。彼女はトモと呼ぶことに決めた。

 トモの軽乗用車に何度か乗せてもらった。車内は整頓され、後部座席にはUFOキャッチャーで得たらしいディズニーなどのキャラクターもののぬいぐるみが4、5個並んでいた。会話はあまり弾まなかった。ラジオやCDはかけず、車内はシーンとしていた。

 「この車、ずっと乗っているの?」

 「前はスポーツカーに乗ってたんだけど、事故起こした。今度、GT−R買いたいんだ」

 2人ともゲームが好きで、よくゲームセンターでUFOキャッチャーをやった。一度だけカラオケにも行った。歌を歌うのは好きらしく、一般の人は知らないようなアニメ系の歌を次々と入れていた。

 8月1日には2人で「浅虫温泉花火大会」に遊びに行った。屋台で食べ物を買ったり、花火を携帯電話の動画に撮ったりして半日過ごした。2人でいる間、トモは携帯電話の着信などを気にする様子はなく、親しい友人はいないようだった。
     
 花火大会の翌日。「親に家を追い出された。アパートに引っ越したから来ないか」と自宅に誘われた。

 部屋はアパート1階の1LDK。電気はまだ通っておらず、中は真っ暗だった。壁紙は張り替えたばかりらしく、清潔な感じがした。玄関にはスリッパが2足並んでいた。向かって右側にトイレと風呂、その奥にキッチン。左側奥には居間、その手前に小さな寝室があった。

 居間は10畳以上あり、フローリング床でテレビと大きなクリーム色のL字型ソファが占拠していた。「お金には困っていないのかな」と思う一方でこうも思った。

 「こんな大きなソファに1人でいたら寂しいだろうな」

 寝室には青っぽい絨毯が敷かれ、しわひとつない黄緑色のカバーがかかったベッドがあった。自炊をしている様子はなく、冷蔵庫にはその日の分のコンビニで買ってきた食べ物やプリンなどしか入っていなかった。

 一度、コンビニで買ってきた缶入りのカクテルを部屋で飲んだことがあった。トモは何本か飲んでも変わらず、酒は強そうだった。
   
 部屋では2人でもっぱらテレビを見て過ごした。夕方にはニュース番組をみることが多かった。バラエティー番組を見ているときなどは、トモは口元に手を当ててクスッと笑うこともあった。

 「オレと一緒になればいいのに」

 本気かウソか分からないが、トモがそんなふうに言ってきたことがあった。彼女は「それはないから」と、それとなく交際を断った。

 帰り際には必ず、「また来ていいから」と言われた。何度目かに自宅を訪れたとき、突然、合鍵を手渡された。

 戸惑いながら「いや」と言うと、トモは「いつでも来ていいから」と鍵を手のひらに押し込んできた。

 「誰かに頼られたいのと、自分も誰かに頼りたいのかな」

 そう思って鍵を受け取ったが、彼女がその鍵を使うことはなかった。

 8月も終わりに近づき、気がつくとメールのやりとりは途絶えていた。

 彼女が連絡先を変えたこともあり、それ以降連絡は一切取っていない。

「生きていれば何とかなる」と言っていたのに…
     

 加藤容疑者は彼女にとって「お兄さん」のような存在だったという。口数は少なく、自分の家族や悩みについて話すことはなかった。

 その代わり、彼女の話はよく聞いてくれた。

 当時、人間関係に悩んでいた彼女に対し、加藤容疑者は「生きていれば何とかなる。何かあってもオレがいるから」と優しく励ましてくれたという。

 当時を振り返り、彼女は「あんなふうに言っていたのに、自分がそうなったら(事件を起こしたりしたら)ダメだよ」と語る。

 彼女は加藤容疑者について「病んでいたり、悩みがあるようには思えなかった。もし悩みがあったのなら、私が聞いてあげていれば、あんなにたくさんの人を殺さずにすんだかもしれない」と唇をかむ。

 わずか1カ月間のつきあいだったが、今回の事件で、彼女自身もショックから立ち直れないでいる

*******

 
.......この記事は、あまりにもリアリティがある気がする。

 もちろん、彼女の力ではどうしようもなかったと思う。

 彼女の深い後悔と傷つきは、まさに知り合いに「自殺された人」が誰でも陥る「あの日にこうしてあげたら」心理状態とかなりの程度同質のものとすら思うが。

 私が大学学生相談カウンセラー時代に何度も研修を受けた、自殺学の権威、高橋祥友氏が"postvention"(「自殺された」人のケア)の問題として、語っているものを熟読のこと。

一冊なら「青少年のための自殺予防マニュアル」がおすすめ。

これは「犯罪防止マニュアル」でもあるのかもしれないという思いから。
 

以上、トラックバックうまく張れないでいるけど、

●公共機関のために準備中の文章です。誤りのご指摘などお待ちします。第2部【上の第1部に続きます】(MIYADAI.com Blog)

に寄せて。

臨床心理士にできるのは「診断」ではなく「見立て(assesment)」であり、直接あっても居ないクライエントについてのこうした推論は慎むべきとされているのを承知の上で、精神科医や臨床心理士など現場臨床家の多くが首肯し得る非常に無難かつ最大公約数的なラインとして申し上げました。

マスコミや弁護士や留置のありかたが,彼の症状を今後こじらせ得る「原因」として機能し得るため、犯行時の真相究明をむしろ混乱させ、類似の状態にある人たちにも悪影響としてしか機能しなくなるということを示唆することこそ私の狙いです。「自己成就的予言」への危惧ですね。

●【人、瞬間(ひととき)】あの先生 夜回り先生、水谷修さん(52)(中)(msn=産経)

この記事、何か、自分を見るようです。

私自身は学生運動まっただ中の団塊世代ではないし、いわゆる「ノンポリ」だった。しかし、ロックアウトや学内で発煙筒が炊かれるを学内で体験できた「団塊余韻世代」、水谷氏の数年後輩を、東京千代田区のお隣の私立大学で「哲学科生」として体験した。

体験した哲学科生としての違和感は、水谷氏と接点が相当あると思う。

水谷氏自身は「遅れてきた」「時代遅れの」学生運動家みたいな世代的マージナル(辺縁)性を持っていたと思うので。

2007/06/25

鬱的になった人はまず精神科以外の医療機関を受診する傾向がある

msn=毎日の記事より。

●自殺防止:NPO、精神科医など連携 静岡・富士で


静岡県は不眠などの身体的症状を見逃さずに自殺防止につなげようと、NPO法人を含む全医療窓口が精神科医と連携する独自の取り組みを同県富士市で7月から始める。県は厚生労働省に地域自殺対策推進事業として採択を申請中。人口約24万人の産業都市ぐるみでの自殺防止の仕組みは、全国の先駆的取り組みとして注目されそうだ。

 静岡県精神保健福祉センターによると、自殺者の大半が自殺1カ月前以内に不眠や疲労感などを訴え、精神科以外の医師を受診していた。このため同市では、一般的に自殺率が高い年代の35~69歳の市民に、「眠れない」「食欲がない」「だるくて意欲がわかない」の3項目を自己点検できるリーフレットを配布。問題を訴えた市民にまず、かかりつけの医師などに相談を促す。

 市では今年1月から、県と市医師会の協力で一般の医師と精神科医が連携し不眠や食欲低下の症状のテストや専用紹介状も用意しており、取り組みの下地ができていた。

 県では05年の自殺者814人のうち40~50歳代の男性が3割強。精神科の受診に抵抗感が強いことや、この年代の男性の中には医師の指摘に「おれはそんなに弱くない」と反発する人もいるという。同センターの松本晃明所長は「抗うつ剤を飲むだけで自殺を免れることができる。将来は睡眠薬を扱う薬局にも協力してほしい」と話す。

 自殺予防について多数の著書がある高橋祥友・防衛医大防衛医学研究センター教授(精神医学)は「自殺防止のために自治体ぐるみで一般医と精神科医が連携することは珍しく、特に企業城下町の富士市のようなところでは、全国のモデルになるかもしれない」と話している。【稲生陽】


> 自殺者の大半が自殺1カ月前以内に不眠や疲労感などを訴え、
> 精神科以外の医師を受診していた。

 これは恐らくそうだろうと思います。

 自殺者=重度の鬱の人というわけではなく、例えば統合失調症になりはじめた人も、自殺の危険が生じる場合があるわけですが、私のカウンセリングングルームにおいでの方でも、自分の直接の相談ごとのメインには必ずしも語られなくても、「眠れない」「食欲がない」「だるくて意欲がわかない」などといった状態に実はすでにある方が少なくないわけです。

 そういう来談者の方に、「お医者さんに行かれましたか?」というと、恐らく5割以上の頻度で、内科をはじめとする、精神神経科・心療内科以外のお医者さんに行かれたということは言われます。

 以前もお書きしましたけど、「鬱」というのは、知識としてそこそこ知っているつもりの人でも、自分の、この、「眠れなさ」「食欲のなさ」「だるさや意欲のわかなさ」が、「鬱」というものなのだということを、全く自発的に自覚できたり、認めることができるわけではないことが少なくありません。

「こ、これで、十分『鬱』というものにあたるわけ?」

.....それこそ、カウンセラーのような専門家でも、「自分が」鬱になったと、冷静に自分だけで判断できることは必ずしも多くはないでしょう。

 特に、自分が、例えば一ヶ月前に比べると、目に見えてだるい日が続くようになったとか、意欲が衰えた、それが1日や2日の休息ではほとんど回復しないとなれば、十分に鬱の可能性を考慮に入れてもいいのですが。

 私は、そうしたケースについては、クライエントさんの受け止められる形で、「鬱状態」の可能性もあることを理解していただきます。そうしたお話し合いの上で、やっと、自然な流れで、

「.....やっぱり、『鬱』ですかね?」
「......そうですね。確言できませんが、お医者さんの判断を仰いでもいいような気がします」

という自然なやりとりになることは少なくありません。

 そして、念のために心療内科か精神神経科の医療も受診して診断を受けてみることをお薦めし、その地域の信頼できそうな病院も紹介し、その診断の結果を受けて、カウンセリングのあり方を考えることをお薦めします。

****

 私は、カウンセリングや心理療法が、薬物療法の「代わりになる」ということはないと思っています。

1.適切な薬物療法と、お医者さんとのいい関係(医者という名の薬)がベースにあり
2.以前よりも無理をしすぎずに済む、「徐行運転」や「臨時の休息」が可能な生活状況を確保していただき、
3.カウンセリングに通うことが、ご本人の心身の休息を妨げる形にならない場合に

はじめてカウンセリングや心理療法は効果を発揮するものと思っています。

 中には「薬が効かない」という方もありますけど、そういうケースのかなりの部分は、お医者さんとのコミュニケーションがうまく取れていない場合が多いという気がします。以前も書きましたが、私のような開業カウンセラーの仕事のひとつは、クライエントさんが、診察の限られた時間内で、お医者さんとうまくコミュニケーションを取る「コツ」をその都度伝授していくことでもあると思っています。

 「精神神経科」に抵抗があるならば、「心療内科」の看板も掲げた「内科」の開業医で、最初は十分だと思います。もちろん、何らかの身体疾患や、更年期障害などが、「元気がなくなる」原因と言うこともありますけど、心療内科では(精神神経科もですが)、当然、そういう身体因の可能性について、検査なども含めて鑑別診断もした上で治療方針を決めていくものですので、精神科や心療内科に行ってしまったら、安易に「鬱」と決めつけられるなどというご心配には及びませんが。

*****

 上記の記事では、精神神経科医以外の医用窓口ばかりではなく、今後は睡眠薬を扱う薬局などとも連携する方向を考える方向のようですが、こうしたネットワークは、例えば育児相談、法律相談、消費者問題相談、ハローワークなどの組織や機関とも連携されていくのが望ましいでしょう。最近はハローワークに臨床心理士が置かれている地域も増えてきたようですけども。

2006/11/17

結局何もできなかった彼らが「英雄」なのはなぜか

 昨日、やっと「ワールド・トレード・センター」を藤沢で観て来ました。(msnの特集はこちら

ワールド・トレード・センター スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

 すでに、今週金曜までの早朝上映だけ、という、藤沢で観るにはぎりぎりセーフでしたが。都心の有楽町の日劇で観ればもう少しロングランしそうでしたし、大スクリーンかつ音響効果の素晴らしさも体験できたろうし、実際、土曜日に都心での仕事もあったのでそれは可能でした。
 
 しかし、自宅のある大船からとなりの藤沢まで130円、(大船、いや、鎌倉には映画館はなぜかありません)映画館までの徒歩を含めても行程皇実質30分だったし、まだ藤沢の映画館は行ったことがなかったので、新鮮な散策を兼ねて丁いいかと。いい加減で早起きに慣れたいというのもありました。

*****

 私は、何とオリバー・ストーン監督の作品を見るのはこれがはじめてです。

(結局、私って、ちょっとした映画好きの方に比べればかなり貧しい量しか実写映画は見てません。ただ、実写映画体験が分厚い監督さんのアニメで鍛えた「映画の文法」というものには凄く敏感です。あと,世界屈指といわれる声優さんたちの声の演技力で鍛えられた、「役者」の人物表現のセンスを観る目はそこそこあるつもりです。それに、アニメは、「意識的に」描こうとしないとそこには何も映らないわけで、伏線的・象徴的映像表現には敏感になります)。

 でも、私が他の作品について伝え聞くことを総合しても、「オリバー・ストーンとしては、職人的で、抑えたタッチの淡々とした映画だね」という感想を覚えた人も多いかもしれない。

 「タイタニック」の方がよほどスペクタクルで悲壮な悲劇性があったし、とか。

(『タイタニック』は、「銀河鉄道の夜」の原作の物語を重ねてみると深みが増すわけですが。特に賛美歌になじんでいれば....というのは蛇足)

*****

 そして極めつけ、

 結局、あの警察官二人は、「誰も人助けをできないうちに」生き埋めになり、身動きできなかったまま助けを求めるしかなかっただけではないか。

 実際に非常階段を駆け上り、降りてくる人たちを誘導した挙げ句に死んだ人たちの方がよほど英雄ではないか、と。

*****

 でも、私は、だ・か・ら、あの二人は「英雄」なのだ、とも感じます。本来人を助ける側の人間が、情けないまでに「受苦(passion)」に耐え忍ぶしかなかった存在だからこそ。

 徹底的に、「他力本願」になることの苦悩と葛藤を味わい尽くしたからこそ。

 「他力本願」については、あれから「歎異抄」原文を実際に文庫版で読みましたので、また別の記事で、もう少し突っ込んだ私なりの理解を述べていますので、興味のある方はお読みください。

*****

 そして、この物語の中で、実は一番その英雄性に驚かされるのは、遥か離れた土地から、救済に向かうことを神の意志と感じ、家族や仕事を放り出して、全くの単独行動で現地に「潜り込んだ」海兵隊の予備役の男性ということは、多くの人の意見が一致するとことでしょう。

 二次災害の危険があると捜索活動が中止された中に、わざわざ久しぶりに海兵隊員らしく床屋で髪を借り上げ、自前の海兵隊員の服装でまんまともぐり込んで、勝手にひとりで捜索活動をし続けた彼。実は瓦礫の山でめぐりあった、もうひとりの「違法単独捜索」者もまた、海兵隊員でした。

 「誰かに声をかけられても無視し(して捜索活動を続け)よう」

 彼は、瓦礫の下数メートルに生き埋めになった警察官二人を発見し,連絡し、レスキュー隊員たちを呼び寄せると、あっさりその場を離れます。

 「これからは,私のような経験豊富な兵士が必要になるから」

と。

 彼はその後実際にイラクに派兵されました。実際の人物を俳優が演じているわけですから、ひょっとしたらこの海兵隊予備役の会計士の(!)男性は、多くの「敵」を殺戮する側に廻ったかもしれない。今もイラクにいるのかもしれない。

 そういう連想が生じるにもかかわらず、彼の存在感の凄さは、この映画の中で異彩を放っています。私の観た映画の中でいえば、「タクシー・ドライバー」
の主人公にも「どこか」通じる「何か」です。

 私は「プラトーン」すら観ていません。でも、

 「本当の英雄は、広い意味での『現場』の最前縁にある、名もなき人たちなのだ」

 という思いがストーン監督の中に重くあることは確かなのだと思います。

 実は免許剥奪中の看護士が,敢えて危険な瓦礫の中に実際に潜って応急手当をした人物だという「現実」。

 彼らは、この物語の中で、さりげなく登場し、さりげなく立ち去ります。

 パンフによれば、警察署員、消防士など、実際に現場でこの2人の救出に立ち会った50名がエキストラとして、実際に果たしたそのままの役割として参加しているとのこと。細かい台詞にまで「そんなことは消防署員はいわない」などと、即興でどんどん台本は手直しされたとのこと。

 実物そっくりに再現された瓦礫の山のセットを前にして、俳優が本人の代わりに出たシーンの「本人」も含めて、これだけ多くの関係者の再会ははじめてで、当初は何とも複雑な重い空気をもたらすものだったらしい。

 でもすでにその晩は、まるで「同窓会」のようでもあり、いわゆる、"postvension"におけるブリーフィング(悲劇を共にした関係者の「事後ケア」の癒しのための集い。詳しくは高橋祥友先生の著作参照)としての意味を持ったとのことでした。

最新映画、話題作を観るならワーナー・マイカルで!
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2006/10/15

こころからの敬意とともに。

 私って、このブログでは、「カウンセラーらしからぬ」あけすけな言い方をすることが少なくない人間です。

でも、それでもたいへん気をつけて、使わないようにしているつもりの、二つの表現があるんです。


「死にたいほどに..........だ」

「話が脱線して」


****

 毎日新聞が、ウェブ版で(恐らく実際の紙面でも)、この記事を、記者・カメラマンの署名入りで掲載したことへの、こころからの敬意とともに。

その掲載を受理したであろう関係者の皆様へのこころからの敬意とともに。

.............そして、何より、この中学生自身への、こころからの敬意とともに。

2006/10/06

私、ホントに「これ」で英会話を身につけ始めています。(第4版)

 フォーカシングの「国際認定資格保持者」なら、アメリカに留学、ないし、繰り返して渡って資格研修を受け、英語力堪能なのではないか?

 これは全く自然な読者の想像です。

 でも、現実はどうかというと、こちらの少し古い記事をご参照下さい(^^;)

 実際には、北アメリカ大陸に渡ったのは去年のカナダのトロントでの国際会議がはじめてなんですね(^^;)

 なんでそういうことがあり得るのか??

 私は、現実に、村山正治・池見陽両先生、そして恩師、故・村瀬孝雄という諸先生、更には、私が生まれてはじめてお会いした「生身のフォーカシングの先生」であり、孝雄先生が亡くなったあと、まるで引き継ぐかのように、私を孫のようなまなざしで見守ってくださった、都留春夫先生(そののち昇天)を別格とすると、国際資格「認定資格」(コーディネータ)資格を数年前に既にいただいている、「日本で最初の数名」の中のひとりだったりします(^^)

 私以外は、その際に選ばれた数名は、確か、私を含めた2人を除きバイリンガルに近い語学力の持ち主でした。去年カナダに渡ったなんて、一番「最後に」実際に北アメリカ大陸に渡ってフォーカシング・インスティトュートの催しに出たひとりだったりします。

 なぜか? 

 語学力「さえ」別にすれば、来日されるフォーカシングの有名トレーナー(正確には、今の私と同じ身分、つまりトレーナー認定資格をお持ちの皆様)のワークショップの実体験と、著作での学習と自分の臨床体験「だけ」で、ここまでフォーカシングを「身につけた」日本人はいないことを、前述の日本の4名の、すでにコーディネータであられた先生が認めざるを得なかったし、来日時に交流があった、メアリー・ヘンドリックスさんも、アン・ワイザーさんも、恐らくそれに異を唱えなかったから、としか説明しようがないのです(^^)

 個人的にも海外体験皆無のまま、トレーナーだけではなくてコーディネータの資格をはじめていただいた、恐らく最初の(ひょっとしたら最後の)人間です。

******

 それに、昨年カナダのトロントのそのまた百数十キロの、どの観光ガイドにも一言も言及されていない田舎町のそのまた郊外にある国際会議場への、公共交通機関だけを利用した「往路のひとり旅」を断行した(飛行機の関係で、他の人より、往路が一日早く「前泊組」になった唯一の日本人参加者でした)だけで、「度胸」だけはついてしまったでしょう。

 今年の日心臨大会の懇親会で、初対面のフォーカシングのヨーロッパからの外国人招聘講師と、「通訳なし」で、使える単語繰り出して話し出す私がいることに気づいたのです(^^)。相手の先生も母国語ではないというのも、プレッシャーを感じずに済んだ要因でしょう。

 「俺って、英語『話そう』と思えば結構『話す』ではないか?」

というのは自分でも驚いたことです。

 英語を「学ば」なくても英会話は「話せる」

ということにやっと気づいたのです。

 考えてみれば、アメリカに渡った英語圏以外の住民の多くは、別に英会話のレッスンに通ったわけでもなく、移り住んだ土地で英語が「必要だから」自然と身についたはず。

*****

 このことに気づいた時、私の中にとんでもない発想の転換が起こりました。

「今の私に、日常英会話程度の『会話力』さえ身につけば、フォーカシング技法や体験過程理論の特異な用語はみんな英語で覚えて的確に理解しているという点では、とっくに抜きんでている私の「世界」がどれだけ今後更に開けてくるか?」......... と。

 でも、英会話スクールまで通う時間とお金はない。

******

 ところが、そういう思いにとらわれた時に限って、偶然、ネットで次の商品を見つけました:



 実際にこのESPRITLINE社スピードラーニングという教材とサンプルCDを、取り寄せて聴いてました。

 この教材の凄いのは、「テキスト」というものが存在しないことです。

 ただ、会話の1センテンス「ごと」に、日本人による似た声の声優さんでの「日本語で」続けて吹き込まれるということを延々と繰り返しているだけなんです。

それこそ、

   「何かを頼んだり、ものを尋ねる時は、

   ”May I have........?"

   という言い方を覚えておくと重宝します。

    例えば、お店でコーヒーを頼むときは、

   ”May I have a cup of coffe?"

   ホテルで領収書を欲しい時にも、

   ”May I have a receipt for me?"

   「『切符はここで買うのか?」

   と尋ねる時も、

   ”May I have a ticket here?"

   で通じるわけですね」


.............なーんてこと、
全然音声でも「説明」していない
わけです!!

(ここが、通常の、ラジオやテレビの英会話番組や、学習用音声教材の「常識」を覆しているところ!!)

*****

「仮想」脚本化すれば(^^)、

[SEなし。BGMはなんとはなしに、とこかできいたことがある曲が背景に流れている。若い女性の声]


”May I have a ticket here?"........「切符はここで買うの?」.......


[若い男の声]

"No Problem. We have some token".....「大丈夫。君のぶんも持ってるから」......

.......ぐらいの感じで、

延々と、ひとつのシチュエーションで数分以上続いて、次のトラックにそのまま進むのです。

「こんなふうなの」が、無料サンプルにすでに録音されています。

*****

 ですから、


「北アメリカ、例えばニューヨークや、カナダのトロントでは、地下鉄に乗る時、日本のように紙の切符を買う必要ははありません。

 トークン("token")と呼ばれるコイン(代用貨幣)みたいなものを乗車券代わりに買う地域が多いです。

 日本でも、ゲームセンターとかではこの方式ですね」


..........なーんていう、蘊蓄(うんちく)は、教材セットのどこにも「載ってない」し、ナレーションとして解説されているわけでもないのですね!! もちろんパソコンとも関係ないソフトです。

 つまり、「英会話」を頭で理解して」学ぶもの、あるいは、「外人の先生との対話の中で」学ぶもの、という「既成概念」を完全にくつがえしているのです。


意識的なヒアリングの勉強は学習効果が低いって、ご存じでしたか?」


 これは、サンプルのCDの中の冒頭トラックで、日本語で「解説(ナレーション)」されている内容の一部だけど、著作権侵害には当たらないでしょうから(^^;)、この一節のみご紹介します。


*****


なお、


「要するに、催眠学習ね」

サブリミナル(subliminal=閾下知覚)でしょ?」


と「とっさに理解」する人は、実はこの教材の本質をなーんにもわかってない、と断言します!!


*****


 ちなみに、上記の英会話の例は、私自身がほんもののサンプルとそっくりなのを「創作」したものです(^^;;;)


「ほんとうの『サンプル』」を聴きたい方は、上のバナーから「ほんとうに」に申し込んで取り寄せましょう!!(^^)

 無料サンプル以外に、10日間クーリングオフの効く教材本体と初回と振り込み用紙が送られてきます。

(声なき声:「教材本体に、返品しても無料で手元に残していいサンプルがついている、というべきでしょ?」)

 あの........square....[sigh]......(以下略)

*****

(.....皆様が呆然としているであろうことを見計らいながら、)

******

 最初に述べたように、昨年、中学生程度の「英会話」力で、はじめて北アメリカ大陸に渡る前に意識的に覚えたのは、「たまたま本屋で拾い読み」した、まさに、”May I have........?"だけなんですね。

 ”May I have........?"「だけ」護身道具にして、カナダのトロント市内を、カイドもなしでひとりで市内観光する時間を半日取って実体験した人間だから、たまたますぐに「創作できる」だけです........

(なお、トロントの治安は全般的に北アメリカ有数の安全さがある「らしい」です。新宿歌舞伎町よりすら安全か???)。

*****

 ,,,,,,,,いずれにしても、

このメソッドをネットで見つけた時、アッサリひらめきました。


(ここからは大声では言えないのですが)

 iPodに、この教材CDをコピーすれば、私はいとも簡単に、毎日数分以上(恐らく、日によってはそんなどころじゃない時間、自分をさりげなく「英語漬け」に追い込めるではないか!!


 この会話教材は、1回目の代金を払い、更に、こちらから次のステップの納品を請求しない限り、「先の」ステップの料金を払わなくてもいいという意味で、リーズナブルにもできている。

(この点は、ちゃんと「電話で」この会社に確認済み!!もちろん、「日本にある、日本人の、日本語を話す」営業さん相手です(^ ^;)


******


 そして、現実世界の中で「ホントにバイリンガル」の人なら、私の言うことにピンとくるはずです。

 「バイリンガルに「なりたくて」「がんばって勉強している」人には、


「許すまじ!! もしそれが可能であっても」


の域の発言
........でしょうか?(^^;)。


******


「努力しないと夢がかなってはならない


というのは、それこそただの「思いこみ」、あるいは「ファントム(幻影)」なのかも........(^^)v


 この結果がどうなっていくかは、今後ご報告して行きます!!


*****

 そういえば、高橋祥友先生の意外なジャンルの名著である英語力を身につけるこの本にも、まさに私のアプローチを示唆する「実体験」が書かれていました(^^;)。

 特に、「なぜ、自分が外国人教授の講演の『通訳』を学会でできたか」の部分を参照。もちろん事前に英文のスピーチ原稿もらったりしてなくて.....です!!

*****

 人は、自分で実感しないと、なかなか動き出さないものですね(^^;)

Apple Store(Japan) ANA 国際線航空券

2006/07/16

先週の人気記事ベスト20!!(最終確定版)

 @NIFTYココログの、月曜日-日曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使って、客観的データとしてはじき出してみました。

 ただし、トップぺージへのアクセスではなくて、固定リンクでのアクセス率のみから集計しています。

第2版の数値は16日(日)24:00での確定値です。

 今後、毎週月曜にはこの週ごとのランキングを定期連載にしたいと思います。

 このランキングの掲載の結果、まあ、ワールドカップの終了後の連休2日めで皆さんにネットをじっくりと読んでもらう余裕があったのでしょうが(新規記事がないにも関わらず、17日の延べアクセス287)、明らかに、過去の古い記事を含めて、どの記事が読まれるかに、すでに明白に「異変」が生じました。

 もっとも今回は、この記事「初版」を日曜19時頃載せてから5時間の間に生じた影響バンドワゴン効果?)も含まれていることになりますが。

 次回からは、「完全に」日曜24時締めの「先週」ランキングが、1週間、アクセス解析記録として表示されたままですので、忙しければ、月曜でなくとも、翌週の暇な時にいつでも作れます。

 もちろんそれでも「バンドワゴン効果」は残るのですが、いい意味で古い記事を掘り起こして読者の皆様に読んでいただけるのは、私にとっては「過去の遺産」を埋もれさせずに読んでいただき、「新たな読者の皆様の当ブログへの勧誘」を検索エンジンやSEO対策にのみ頼らなくていいので、生産的意味があると思います。( )内は7/16の19:00からの5時間の間に生じた変動です。

********

1.あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(→)

2.フォーカシングは、分野に関係なく、その人が「現場経験」から学び取る力を圧倒的に高める(→)

3.子供との関わりのためのフォーカシングの本、新刊(↑)

4.音抜けが圧倒的に良く、決して低域がダブつかない、究極のオールラウンド密閉型ヘッドフォン!(↓)

5.「死にたい」と言ってもらえること(↓)

6.クライエントさんに「共感できない」気持ちを糸口に、クライエントさんへの深い「共感」への道を開くこと (↑↑)

7 . 夢フォーカシングについてNEW!

8.「共感的に」人の話を聴くとは?(入門編)(↑↑)

9.「『信』なき理解」(↑)

10.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↑↑)

11.続・『信』なき理解 -援助職の人自身の人間関係の光と影-(↓)

12.目覚めれば午後3時半(↓)

13.プロ・カウンセラーの6つの条件("7.11 Asega Doctrine")(↓)

14.ヘッドフォンと共に過ごした「安息日」(↓)

15.インシュレーターは使わないに越したことはない(↓)

16.単なる「ロールプレイ」より効果的なカウンセラー訓練(↓)

17.真っ白な灰には決してならないうちに、(予告付)(↓)

18 .今週の人気記事ベスト20!!(初版)NEW!

19.あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(への「コメント」(↓)

20.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↓)

********

こうしてみると、私のページが、現状では、

カウンセラー(およびカウンセラーを目指して勉強中)の方々と、

iPod用のヘッドフォンを探している人、

ピュア・オーディオ・ファン、

向けのサイトであり、

浜崎あゆみ中島みゆきサイトではない!!

というリアルな現実やはり私は直面せざるを得ないのであった(^^;A

 .....まあ、ある意味では、特にこの3週間ぐらい、若いカウンセラーの方に読んでもらうことに、実際私も「一番」力を注いで来ましたので、本望といえば本望そのものの結果です。

 これからも、どうかよろしく!!

2006/02/04

「医療心理士」と「臨床心理士」と「医師」についての資格問題の記事、重要な増補改訂

前回の、上述の問題についての記事本日改訂の「第3版」で、重要な増補改訂をしましたので、是非お読みください。

これは狭い意味での「資格相互間の問題」ではなく、

「資格を所持すること」、

そして、

およそ「法的にみて」人を指導する立つ権限を持つこと

全体についての、

私なりの「倫理観」と「実践」具体的に述べた、重要な書き込みのつもりです。

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