日本フォーカシング協会

2012/01/01

初夢

読者の皆様、明けましておめでとうごさいます。

初詣は近所の、由緒ある、櫛原天満宮(福岡県久留米市)に行って参りました。久留米城(篠山城)の東の守りの方角にあります。

K3400041

 ↑ 本殿右側の赤いのぼりが立っているところに富くじ(300円)があったのですが、一等、豪華野菜盛り合わせセット(5kgぐらいはある)を引き当ててしまいました。

これで今年の運を使い果たしては困るのですが「オーソドック版」おみくじの方は「中吉」。

「なに急ぎ 花咲きはなの 散るならむ 心しずけく 見むと思ふに」

「金運出世に兆しあり。諸事叶う。信心しなさい」

*****

さて、今朝みた「初夢」の話。

すでにこのブログでも何回か取り上げましたが、「夢フォーカシング」というのがあります。 http://bit.ly/kZo3kg 

これに従い、今朝覚えていた3つの夢のうち、ひとつのフォーカシングの内容を公開します。

「相撲部屋」に在籍している夢。去年はメタボが少し前進する不幸な年であったが(運動そこそこしているのにまだ効かない)、それは置いといて。

夢フォーカシング、【質問4】「場所」の方略。

「夢に出てきたような(居心地がする)「場所」について何か連想するか?

・・・そこは、江戸時代の牢屋のような、太い木材で柵(格子)も作られた、養鶏場のケージを巨大化したような迷路のような空間。

迷路の途中に、管理人のおばさんのような人がフロントみたいなのに立ってていて、もう忘れてしまっていた戻り先を尋ねると、

「あなた数ヶ月部屋代(?)滞納していたでしょ?」

とまくし立てられた。

「部屋代=(会費)の滞納」・・・すでに耳をそろって支払ったが。先日までそうだったものな。

さて、辿りついた自分個人用スペース。二畳ほどの寝起きをする柵部屋の格子が太い柱で組まれている。隣の部屋の間も柵を隔てて素通し。

そこに一枚の印刷した紙が床に落ちている。

「部屋」(相撲部屋)内部での番付表と言うか、「勤務評定」のような内容。

身体が思うように動かないで来たので、「最下位集団」と思っていたが、そんなにいい数字評定ではないものの、「全体のちょうど真ん中の」順位であり、それは夢の中でも少し意外でほっとしていた。

更に、その部屋は、目の前に、壁も窓も格子もなく、解放されていて、外の空間につながっている。

なかなかその自分の「居場所」にすら身を置けるところにすら「迷路」の中でたどりつけなかったのだが、その牢獄のような居場所から、今や、目の前の空間に「飛び立とう」とすれば飛び立てる・・・というのは意外と悪くないひとつの理解。

(以上、【質問5夢のあらすじは?の方略)

「自分には『お相撲さん』のような所があるか?【質問7】

・・・・いろいろな意味であると思う。自分で言うのも何ですが、いろんな意味で、地元の「琴奨菊」を重ねたくなる気もする。昨日の紅白の審査委員もしていたわけですが(【質問3】きのうのことは?)

*****

今までの自分の状況と、これからへの「展望」を示唆するという意味で、最初苦しいかに感じたいたが、実は結構いい夢ではないか・・・という方向にシフトしたように思います(^^)。

※夢フォーカシングの更に具体的なマニュアルについてはこちらをどうぞ。

*****

今年も、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」、どうかご愛読の程を。

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2011/12/26

フォーカシングはどこで学べますか?(転載)

 2009年10月31日現在、日本には、The Focusing Institute認定のトレーナー、およびトレーナー訓練生(TNT)が156名います。

 そうした人たちの中で、個人開業されている方は、私を含めてごく一部、個別指導を予約に日時さえあえば受け付けているカウンセリング機関も必ずしも多くないのが現状です。

 一方、カウンセリング現場や教育現場でフォーカシングを柔軟に活用されているトレーナーは、かなりの数におよび、多くのトレーナーの方はそうした場で、いわば「フォーカシング指向心理療法」的に柔軟に活用されているものと思われます。

 また、「子供のためのフォーカシング」という領域がありまして、日本にはこのジャンルで情熱を注ぐ人たちがたくさんいます。教育や保育の現場で活用されています。

 一方、ボランティアに近い形で、フォーカシングのセッションを引き受けてくださる人、地域でのフォーカシングや体験過程理論の勉強会(これはかなり大規模のものあれば、少人数でささやかに地道になさっている方々もおられます)はかなりの数に及びます。

 認定トレーナーないし訓練生の人たち同士に限定した実習、大学院研究室での実習、トレーナーではないけれども、お互いに学びあう場として集まりを持たれているケースなど、多様なスタイルでなされています。

 大きな機関になると、ほとんど毎月のようにワークショップが開催されている場合もあります。

 そうした中には、新規参加者歓迎のところもあれば、むしろクローズドなメンバーで研鑽を積むことを重視している場合もあります。

 私の掌握している範囲では、北は北海道から南は鹿児島までの広がりがあります。推定では、少なく見積もっても50-60団体(あるいは個別セッショントレーナー)が機能していると思います。

 (NLPなど、他流派の研修課程においても、フォーカシングを重視しておられるケースがあるようですが、ここまで述べてきたのはThe Focusing Instituteないし日本フォーカシング協会系の団体・個人に限定しての情報です)。

*****

 今ご紹介した、「日本フォーカシング協会」は、The Focusing Instituteと連携しつつも、日本独自の組織であり、資格認定(私の資格研修プログラムはこちら)は直接関与していません。フォーカシングを「愛好する」皆様(もちろん、これから学ぼうという皆様を含めて)であれば、大学の研究者からカウンセラー、教育関係者ばかりではなく、一般の皆様にまで開かれたネットワークです。

 年会費3,000円をお払いになると、協会「メンバー」として登録され、年4回ニュースレターが送付されるばかりではなく、認定トレーナーが主催する研修会やワークショップの多くにおいて割引料金が適用されます。

 また、年に一度開催される、泊まりがけの「フォーカサーの集い」(日本各地を巡回しています)に参加できます(別途参加料はいただきますし、原則的に滞在地の宿はご自身で確保していただく必要があります)。

 フォーカシングの関心を持つ、日本全国の人たち(時には海外から著名トレーナーが参加されたこともあります)と、交流を深められるばかりか、 フォーカシングのパートナーシップ(個別セッション)を体験するための小部屋も設けられ、それと並行して、「出店方式」と呼ばれる、その場で自由に選択で きる分科会に参加し、日本のフォーカシングの主なるトレーナーによるミニ・ワークショップをオールスターキャスト(?)で幾つも体験できます。

 ニュースレターには、各地でのワークショップ情報や、勉強会のレポートも満載されています。

 ただし、日本フォーカシング協会事務局は、トレーナー紹介についての直接の個別のお問い合わせにはお応えできないという原則を貫かせていただいております。この点はご了承下さい。

*****

 以下、私が調べた範囲で掌握している、ネット上のフォーカシング関連サイトを一覧にしてご紹介します。

 なお、以下にご紹介しているサイトは、そこのオーナーに打診すればフォーカシングについての質問に答えて下さるとか、学びの機会を具体的に提供してくださることを必ずしも意味しません。

 各サイトの趣旨・ポリシーを尊重し、くれぐれも個々のサイトのご迷惑にならないようにご配慮願います。

※個々のサイトにリンクの許可をいただいている場合とそうでない場合があります。サイトの管理者の皆様、ここでのご紹介を抹消依頼の必要をお感じでしたら、快くお引き受けいたしますので、どうかご遠慮なくご一報ください。

以下、私のインターネット上の情報源:

*****

・・・以上、これまで継続していたブログ、「フォーカシングQ&A」をこの機会にたたませていただき、「ふくおかフォーカシング・セミナー」公式サイトへと再構築いたしましたので、これを機会にそちらの記事の中で重要記事であったこの記事を、修正の上で転載させて頂きました。

もし、新たにフォーカシング関連のサイトをお始めになった方、あるいは発見された方からのご連絡を歓迎いいたします。

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2011/12/18

Skype(インターネット音声動画通信)を通してのフォーカシングへの誘い

・・・・以下、インターネットにまだあまり詳しくない、初心者向けの内容です。

*****

 皆さんは、Skype(スカイプ)をご存知でしょうか?

 インターネット上で、ライブで音声動画通信を行うソフト、要するにTV電話のようなもので、しかも使用料金は無料です。
 ヘッドセットと呼ばれるマイク付きヘッドフォンさえ購入すれば、簡単な設定で、日本全国、いや、世界中のフォーカシング・ピープルとの間で、パートナーシップを持ったり、トレーニングを受けたりすることができる可能性がひらけます。

 電話、ないし電子メールによるフォーカシングは、かなり前から欧米では行われていましたが、日本でもすでにSkype経由でフォーカシングを共有・提供しておられる方もすでに少なくないかと思います。

 ここで改めて、まだご存知でない方のために、Skypeの活用が秘めた大きな可能性について、私なりにご紹介したいと思います。

  1. 好きな時に、フォーカシングのパートナーシップを共有できる。どこかに足を運ぶ必要もない(交通費も要らない)。身近な地域にフォーカシングのグループ等がない場合でもセッションを共有できる。
  2. ワークショップやグループの場は、日常から切り離された、フォーカシングを共有する仲間がいる「特別な場所」からこそ安心してフォーカシングできる長所もあるでしょうが、Skypeによるセッションだと、家の自室にいる「日常的な自分」をそのまま持ちこんでセッションを持つことができる。
  3. 家の外に出ると、もともと非常に傷つきやすい方の中には、フォーカシングの集いの場に出ても、それだけで「素の自分」で全然いられなくなり、セッションの中で、いつまでたっても自分の中の肝心な「何か」に触れらない、あるいは、仮に集いの場でいい体験をしても、その効用が日常に全然反映しないままというディレンマを抱えている方も少なくないかと思います。
     そういう皆様にとっては、Skype経由のほうが、別の意味で「安全な」「安心できる」場を提供することになる場合もあるのではないか? 殊にインターネットに普段からなじんでいる方の場合はそうでしょう。
  4. インターネットのブロードバンド化が進む中で、一定のスペックのあるパソコンであれば、スカイプの動画は、驚くほど滑らかに動き、本当に「面前に」相手がいるかのようなpresence体験になることも少なくない。
     その一方、「面と向かってセッションを持っていたとしたら、恐らく、《自意識》が働いてしまい、うまく行かなかったろう」という感想も耳にしたことがあります。つまり、むしろ「体験的距離」が取りやすいことが少なからずあるというということでしょう。

私は、こうした意味で、Skypeを通して、フォーカシングのパートナーシップを共有される皆さんが、全国で更に増えることを祈っています。
========

Skypeで私が有料でお引き受けしている内容(全くの初心者の方歓迎)。

●私を担当者とする場合の、有料個別指導のやり方、料金体系等、詳しくはこちらを御覧ください。

●skype公式サイト

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2011/05/03

Skypeを使ってのフォーカシング個別指導。再開します。

 開業は店をたたんでいますが、ネット上でのSkypeによるフォーカシング個別指導(有料)に限定して再開することにしました。

 お申し込みは、Twitterの"kasega1960"へのDMでも結構です。

 詳しくは旧開業ブログ(表看板だけ閉鎖しただけで、実は個々のページは今でも閲覧可能、Googleでも検索できます)の、このページをご覧下さい。

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2009/12/27

フォーカシングとスピリチュアリティ -12年前のワークショップでの体験-

 前々から考えていたのですが、かつて日本フォーカシング協会ウェブサイトに掲載させていただいていた拙文を、これを機会に、再度そのまま全文ご紹介しようかと思います。

 実質、もうすぐ12周年にもなるのですね。

 しかし、この時得られた気づきが、その後の私を、ひとつの宿命のように支配し続けてきたのではないか・・・という深い感慨を抱きつつ、私はこの数年を生きてきました。

===========以下再掲===========

エルフィ・ヒンターコプフ 東京ワークショップ体験記

フォーカシング・ネットワーク in 東京 第4回ミーティング
1998年1月25日 於:立教大学

阿世賀 浩一郎  

 アメリカからフォーカシングの有力なトレーナー、エルフィ・ヒンターコフ(ヒンターコプフ)が来日して東京でもワークショップを開いた。そのワークシップが非常に面白かったので、そのことを書こうと思う。

 このヒンターコフという人は、アメリカ生まれだが、ヴイーン大学で、先年(1997)亡くなった、ナチの収容所体験とその極限状況下において生の意味を見いだせる人たちについて考察した『夜と霧』(みすず書房)で有名な、実存分析の大家、フランクルのもとで学んだ後、文化人類学に専攻を変え、ネイティヴ・アメ リカンについてのフィールドワークに打ち込み、更にシカゴ大学のフォーカシングの祖、ジェンドリンのもとでフォーカシングを学び、今や心理療法家、フォーカシングの代表的トレーナーとして活躍中の方である。

 ヒンターコフ自身の著書、"Integrating Spirituality in Counseling: A Manual for Using the Experiential Focusing Method"(邦訳「いのちとこころのカウンセリング―体験的フォーカシング法」 日笠摩子・伊藤義美訳 金剛出版)によれば、厳格なファンダメンタリズム(聖書を字義通りに理解し、進化論も否定する)の家庭で育ったが、13歳の時、やりたかったダンスを取るか宗教を取るかを決断せざるを得なくなり、彼女はダンスを選んだ。何事も「すべき」か「すべきでない」かでとらえようとするキリスト教の風土は彼女にとって無意味に思われた。それ以来彼女は宗教を拒絶したが、日常の中で、ある「無意味感」を抱え続け、彼女が「意味の探求」と呼ぶものをはじめたという。

 前述のフランクルは、生の意味は自分の内側からくみ取るしかないと諭したが、それがどういう意味なのか、この時点での彼女には実感としてはわからなかったという。「わたしは、内側から意味を見出すには何をすればいいのかわかっていなかった」。平和部隊に参加して訪れたインドではヨガの導師に教えを請い、瞑想を学んだが、瞑想をしている最中は安らぎが得られるものの、日常に帰ると、また再び、以前からの葛藤に翻弄されてしまったという。
 
 ジェンドリンとフォーカシングに出会って後、フォーカシング体験を積む中で、はじめて彼女は、以前フランクルが諭した「自分の内側から生の意味をくみ取る」ということ、すなわち、「内側からの、静かな、かそけき声」を聴くということ体験的に理解できるようになった。そして、更に、フォーカシングを深く進める中で、「神、人間、森羅万象と自分が共にある」という体験に至り、仕事や他者との関わりや余暇の過ごし方において、自分の実感を大切にしながら生活することができるようになったとのことである。

***

 さて、今回のヒンターコフの来日セミナーのテーマは「スピリチュアリテイとフォーカシング」というものだった。このテーマは、ひとつには、今述べてきたような、彼女の精神的遍歴と強く結びついたものなのであるが、それにとどまらず、およそ欧米で心理療法やカウンセリングに関わる限り、避けて通れない重大な問題と結びついている。

 ご存じの方も少なくないかも知れないが、欧米では、クライエントに、セックスに関する質問を面接の中でしても、日本でに較べれば遙かにフランクに話してくれることが少なくない。だが、相手の信じる宗教は何かについて訊ねることは、日本人からは想像がつかないくらいにタブー視されがちとのことである。

 ところが、それにも関わらず、広い意味での宗教的なことに関わるテーマが、多くの面接の中で不可避に登場する。違う宗派の人間同士の結婚にとどまらず、同じ家族の中で、それぞれ信じる宗教が異なり、3つも4つもの宗派に分かれてしまうことも稀ではない。

 しかも、そのような家族や周囲との宗教の違いが互いの葛藤に影を落とすことがあるばかりではない。クライエント個人が語る悩みのあり方そのものに、日本人ではあまりみられないものが頻繁に登場する。例えば、

「重要なのは、イエス・キリストと私がどんな関係にあるかということなんです」
「私は神に対して否定的な感情しか持てないでいます」
「私はこれまでの生涯でずっと信心深い人間だったつもりですが、実は一度も神を体験したことがないんです」
「私が前世で体験したことが今の私を支配しているんです」

などということが、カウンセラー相手の悩み相談のテーマとしても、かなり頻繁に登場するらしいのである。

 それに輪をかけて事態を厄介にするのは、カウンセラー個人が抱いている宗教的な信念と全く受け入れがたいクライエントの発言をいかに受け止めるかという葛藤も生じることだ。だが、このようなクライエントの発言を避けて通ることは、クライエントとの関係を基本的なところで傷つけるものになりかねない。

 人間の移動が激しくなり、家族関係の枠がゆるみ、神秘思想や従来の欧米以外に由来する宗教に関心を持つ人も増え、違う価値観の人が密接に交渉を持たざるを得ない状況が進む中で、もはや欧米でも、宗教的な問題を心理療法の現場で扱いづらいものとしてタブー視するだけでは済まされない状況がいよいよ進展し、臨床心理関係の学会でも重要なテーマとして取りあげられることが少なくないとのことである。

 最近はやりの言葉で言えば、心理療法の現場も、マルチカ ルチュラリズム(多文化主義)的な発想を必要とするようになって来ているのが時代の要請なのである。

***

 こうした中で、ヒンターコフは、まず、"religiousness(宗教性)""spirituality"(霊性。以下の文中では特に断りがない限りカタカナで「スピリチュアリティ」と表記する)を区別することを提案する。

 "religiousness"とは、「ある特定の、組織的な宗教団体や教会などの信念と実践を守ること」である。それに対して、"spirituality"とは、「超越的(transcendent 常識的・合理的な判断を越えた)」次元での、独特の、個人的に意味深い体験」全般のことを指す。

 このようにとらえると、個々の具体的な神秘思想や宗派を信じると言うより、遙かに広範な経験が「スピリチュアリテイ」の名のもとに包括されることになる。例えば、自然や芸術作品を味わう中で生じた深い感動なども含まれてくる。

 だが、これは後者が前者よりも幅広い、包括的な概念であり、"religiousness"が"spirituality"の部分集合として含まれてしまうことを意味するわけではない。つまり、"religiousness"であっても"spirituality"ではないという次元も存在する。 これは、すでに掲げた、

「私はこれまでの生涯でずっと信心深い人間だったつもりですが、実は一度も神を体験したことがないんです」

という例にも示されているように、形の上では熱心に宗教儀礼をしているつもりでも、「常識的・合理的な判断を越えた次元での、独特の、個人的に意味深い体験」の方はその人に得られていない場合などに典型的にあらわれている。

 では、ヒンターコフは、「スピリチュアルな」体験をどのように定義するのか。

  1. 漠然とした意味を含んだ、(何か意味ありげだが、何なのか当人はすぐにはうまく言葉が思い浮かばない)微妙な、身体で感じられる感じがあり、
  2. その感じの中から、新たな、はっきりとした意味が啓示される体験があり、
  3. 超越的(transcendent)な次元での成長過程を伴う

この3つの条件を満たす必要があるとのことである。

 実は、この中の1.と2.は、フォーカシングで言う、

  1. 身体で漠然と感じられたフェルトセンス(felt sense)に注意が向き、
  2. その感じの中から、身体の感じの変化と共に新たな気づきをもたらすfelt shiftが生じる

ということに他ならず、通常のフォーカシング体験や、生産的なカウンセリング場面、あるいは創造的な表現や発見の現場ではごく普通に生じている現象である。

 だが、このような「身体で感じられた曖昧なモヤモヤした何かの中から、身体の感じの解放と共にその個人固有の意味が啓示される」という実感ある体 験が、いくら信心しても得られていない人は少なくないらしい。仏教的に言えば「悟り」の経験が得られたという実感がないということにあたるかも知れない。

 しかも、それが通常のフォーカシング的体験ではなくて「スピリチュアルな」体験と言えるためには、

  3..超越的(transcendent)な次元での成長過程を伴う

が加わることとなる。

 ヒンターコフはこの「超越的」体験のことを、

「今までの自分の準拠枠(frame of reference)を越えて新しい次元に進んでいくこと」

「深いところから命を前に進めるエネルギー(life forward energy)があふれ出し、自分の中の何かが動き出すこと」

などとも説明している。いわば「世界」の体験の仕方そのものが全体としていきいきと変容していくような経験であるとも言えるかも知れない。

***

 ヒンターコフは、このようにスピリチュアルな体験をフォーカシング的に定義する上で、体験の「内容(content)」ではなくて体験の「過程(process)」という観点を重視した。

 つまり、「スピリチュアルな」体験の中で、具体的に「何を」体験し、それをどのように意味づけるかは人それぞれである。ある人はそれを「悟り」と 呼び、ある人は「神の臨在を体験した」と呼ぶだろう。ある人は「前世の自分の記憶を思い出した」といい、ある人は「宇宙と自分との合一を体験した」といい、あるひとは「イエスが神でありなおかつ人であり、いつも自分と共にあることが実感できた」というかもしれないし、ある人は「全てが<無>であることがはじめてほんとうにわかった」というかも知れない。

 それらを聞いていて、「内容」や「具体的な意味づけ」に感情移入できないどころか、抵抗や嫌悪すら感じる場合もあるだろう。

 しかし、「それは『あなたにとって』どういう意味があるのですか」などと、更に具体的に、そこに到る個人的な心情のひだの動きを更に傾聴していけ ば、かなりの程度まで、その人個人の中でどういう「感じ」が生じ、それがどのように変容していったのかが実感を持って共有できる可能性が開けてくるのである。つまり、はっきりしない漠然とした感じの中から生起した何かが、身体感覚のシフトを伴う気づきを生み出したプロセスそのものにシンクロし、共有することはかなりの程度可能になる場合がある。

 ヒンターコフは、このようなスピリチュアルな体験の「プロセス」の次元でならば、特定の宗教や神秘思想の用語への違和感などに振り回されずに共有可能と考えたのである。この人は「こんな」感じの中から「こんな」感じが生起してきた体験を、例えば「神の実在を体験した」と名付けているのだ、その名付け方には自分はなじめないが、その人にとっては、「その」体験をつなぎ止めるためのhandleとして、それを「神の実在体験」と呼ぶのがどうもぴったりらしいことは受容しよう……という形で接点を作るわけである。

 その体験をどのような「名前」で呼ぶかは、その個人固有の領域なのである。

 大事なのは、そこに身体感覚の変化と、その人にとって漠然と意味ありげに感じられていたものの中から何かがはっきりとした意味として実感できるようになる過程そのものを、相互作用の中で共有できることそのものなのだ。

***

 

「果たして、スピリチュアリティというテーマで人が集まるかのか?」

 このような疑問を抱いていた人は少なからずいたようである。私もその一人である。多くの日本人の宗教との関わりが形骸化している中で、果たしてピンと来てもらえる人がどのくらいいるのか?

 今回の東京セミナーは、幸いにして定員いっぱいの50名近い参加者に恵まれた。インターネットでのこのホームページ経由の宣伝によって関心を持って参加して下さった方も数名おられた。

 当初、やはり「スピリチュアリテイ」の定義について若干の質疑応答があった。 ヒンターコフ自身、欧米では「スピリチュアリティ」とさえ言えば多 くの場合自然と共通理解が得られる問題に、日本人が必ずしも易々とは反応してくれない可能性を感じた瞬間があったようである。

 ・・・が、前述したような、「例えば自然や、詩や、音楽への感動体験の場合にもスピリチュアルな体験と言える場合がある」というような説明の中で、「ス ビリチュアルな体験」とは、予想していたより幅広い範囲の体験を包含していいのだという共通理解が生まれてはじめて、ワークショップは順調に進みはじめたように私には思われた。

***

 さて、以上のような、ひとわたりのレクチャーが終わったところで、休憩をはさんで、全員一緒のワークがはじまる。

 最初はヒンターコフの教示に従い、全員一緒に行い、その後で数名の小集団に別れて互いの感想を共有、最後に、再び全体会で、自分の体験を全体で共有していいという人の自発的発言を求める。

 最初のワークは、英語版のパンフには

「聖なる言葉についてのフォーカシング」

と書かれ、

「まずは、あなたにとって聖なる意味を持つ言葉(sacred text)をまずはひとつ選んで下さい」

と書いてある!

 これだけでは大半の日本人は乗れそうにないところだが、ヒンターコフはすぐに付け加えた。

「これは、あなたに感銘を与えた詩の一節や、ことわざ、あるいは自然の風景などでもいいのです。『まだはっきりとした意味はわからないけれども、そこには<何か>がある』という印象を残したようなものがいいと思います」

 私にはこの、ヒンターコフが最後に付け加えた、

「『まだはっきりとした意味はわからないけれども、そこには<何か>がある』という印象を残したようなものがいいと思います」

という示唆にピンと来るものがあった。

 そんなに内面をまさぐらなくても、そのヒンターコフの言葉にインスパイアーされるようにして、ここ2,3年、しばしば私の脳裏に甦り、時々反芻してきた、ある光景と、その時の「説明しがたい身体の実感」がいきいきと浮かび上がってきてくれたのである。

***

 私の体験について語る前に、ヒンターコフがワークショップで、せいぜい15分前後のワークとして用いる際のワークの手順のひとつをここで示してみよう。

 以下の教示をひとつずつ、じっくりと間合いを置いて、相手の応答に即して提示していく。ひとりがこれを読み上げる形で集団で行うこともできる。

  1. 自分が選んだ言葉やイメージを思い出して下さい。
  2. 自分自身にその言葉やイメージをゆっくりと繰り返しましょう。自分の中に生じてくる「感じ」や「気持ち」に気づいて下さい。
  3. その言葉やイメージを繰り返し想起し、味わいながら、そこで生じてくる「気持ち」をしっくりと表現するちょうどいい言葉を探してみましょう。
  4. あなたの中に生じてきた、その「気持ち」や「感じ」とじっくりと一緒にいてあげてみて下さい。そこに、もっと「何か」がそこにあるという感じが感じられないかどうかに注意を向けてみて下さい。
  5. その「感じ」と一緒にいながら、その「感じ」に向かって次のように問い掛けてあげることもできるかもしれません:

     「この言葉やイメージの何が、私に<こんなふう>に感じさせるのだろう?」
     「この言葉やイメージの何が、私にとって最高なんだろう。あるいは、凄く意味深く感じさせるんだろう」

    こんな質問をして、「感じ」の方から「あなた」の方に、何か応答のようなものがやってくるのを待っていましょう。
     そのような応答が返ってきたら、それを繰り返し自分の中で味わい、その応答が自分の実感にしっくりくるものかどうか確認して下さい。
  6. そして、最初の言葉やイメージに戻ってみて、今の自分がそれをどう感じているか感じなおしてみて下さい。新しい自分の「感じ」や「気持ち」があれば、それを表現してみて下さい。

 ここでは詳しくは説明しないが、これらは、通常のフォーカシングのプロセスとそれぞれ対応している。つまり、

2.フェルトセンスを掴む
3.フェルトセンスにとりあえず実感の上でぴったりな付箋となるような言葉を見
  つける(get a handle)
4.フェルトセンスと一緒にいる(being with)
5.フェルトセンスに問い掛けて応答を待つ(asking)
  →生じてきたものを受け止める(receiving)

となる(詳しくはジェンドリン「フォーカシング」 福村出版 参照)。

***

 さて、私がこのワークで選んだのは、3年前の夏の終わり、蔵王に行った時の体験である。

 当時の私には、終末の仕事の帰りに、思いついたように一人旅に出たことが時々あった。帰り道の駅からビジネスホテルに電話して予約して、新幹線でその日のうちに移動できるところまで移動してしまう。あとは出たとこ勝負である。

 その時はその日のうちに新潟に出て、翌日米坂線まわりで山形に移動、山形の宿を確保した上で、蔵王に日帰りで向かうことにした。季節運行の山頂まで登れるバスがまだ出ていると知ったからである。

 8月29日、バスとリフトを乗り継いでたどりついた蔵王の山頂は、かなり風が強く、やや肌寒くすらあった。夏の山によくあるように、日は射しているけれども、雲が速いスピードで流れていき、いつ天候が崩れて雨になってもおかしくない感じだった。観光客はまばら。

 行かれた方はご存じのように、山頂の近くの展望台から、火口湖、お釜が見渡せる。見渡せると言っても眼下に間近にあるわけではない。1キロ近くは 彼方のやや斜め下に見下ろせる。その間には荒涼とした稜線が次第に落ちていき、お釜の右手の方は硫黄が吹き出す緩やかな谷となっていたと思う。

 日は射しているにもかかわらず、上空の雲を映して、「お釜」の水面はむしろ鉛色というのに近く、そのまま灰色の稜線と溶け込んでいた。

 なぜか私は、その時、遠くに見えるそのお釜の鉛色の水面と、右手に見える白っぽい谷が次第に地平線に向けて高度を下げている光景に「不気味な怖さ」のようなものを感じたのである。

 私は、海か山かと言われれば、山派だろう。九州に住んでいたから、霧島や阿蘇・九重・雲仙などには何回も行っているし、火口湖や噴火口の光景にも小さい頃から馴染んでいる。その私が感じたことがない、奇妙な「怖さ」だったのである。

 おかげで、それ以来、その時の光景が、この3年間の間、何回も自分の脳裏に自然と蘇り、反芻されていたのである。

 すでに述べたように、言葉やイメージを選ぶ際、ヒンターコフは、「『まだはっきりとした意味はわからないけれども、そこには<何か> がある』という印象を残したようなものがいいと思います」という示唆を付け加えた。この示唆の言葉に触発されて、全く自然に脳裏に喚起されたのは、この三年前の、蔵王のお釜を見下ろした時のイメージと「体感」だったのである。

***

 その、目に焼き付いた光景とその時の「体感」を自分の中に繰り返し反芻しながら味わった。(2.)

 すると、最初それは「不気味」あるいは「こわい」という言葉が、とりあえずふさわしいように思われた。(3.)

 だが、それだけでは言い尽くせないsomething moreが、その言葉にならない実感の中にはあると思えた。

 しばらく「その」実感と一緒にいてあげる(4.)うちに、身体に感じられている感じの質が少し別のものに変容してきた。

「不気味」あるいは「恐い」……というより、

……「厳しい」

そう、何か一種の「厳しさ」「畏怖」のようなもの。

その方が実感には近い。

 私は「厳しさ……のようなもの」という言葉を自分の中の記憶の光景と実感に重ねあわせながら、この言葉だけで実感にしっくりかどうか再度確認していく。

 ……これでもまだ不十分だ。まだ「先」がある。説明され尽くしていないエッセンスの核心、「何か」がそこにはある。

 そのうち、その心の中の蔵王の風景を眺めている私の身体の前面の方が、何かある独特の緊張感で満たされてくるのがわかる。身体前半分の皮膚がピリピリしてくる。まるで蔵王の風景に圧迫されるかのように。

そして、なぜか、目頭だけが熱くなる。

「絶対的に、そこにある」

「どうしようもなく、そこにある」

という言葉が浮かぶ。

 なぜか、この蔵王でお釜を見下ろした時だけ、「もし、仮にこの風景をハイビジョンの映像として眺めても、ここまでありありと<そこに-ある>という感じはしないだろうな」などということを連想していた自分がいたことを、この時やっと思い出しした。

 これは「映像」ではない

 湖は、<そこに-ある>

 谷は、<そこに-ある>

 どうしようもなく、<そこに-ある>

 私の中に、その、確かに<そこに-ある>光景に圧倒されつつ、ほとんどそれに涙を流しながら「ひれ伏したい」というのに近い思いがあることに気が付く。

 (後で、全体でshareする際に、拙い英語力でヒンターコフにこの時の感じを伝えるのに私が選んだ言葉は、

”surrender(降伏する)”

だった)。

 しばらくその感じと共にいた。

「こうふうふうな感じにさせるのは何なんだろう?」と内側に問い掛け、返事を待つ(5.)。

 しばらくして浮かび上がった言葉は、自分でも意外なものだった。

 「……絶対的父性……

  ……絶対的父性 ???」

この私の中に、絶対的な父性にひれ伏したいという感情のようなものがあるのだろうか?

 これは意外だった。というのは、私は、むしろ「絶対的父権」のようなものを心の中で軽蔑してきたとずっと思っていたからである。

 私は更に、6.の教示、つまり、

> 6.そして、最初の言葉やイメージに戻ってみて、今の自分がそれをどう感じているか感じなおしてみて下さい。新しい自分の「感じ」や「気持ち」があれば、それを表現してみて下さい。

に進むことになる。再びお釜を前にしたときの私のイメージと体感に戻ってみる。

 すると、これまた予想外なことに、私の身体にしみ通るように感じられてくるのは、先ほどまでの、あの、「恐い」「不気味」「厳しい」などという感覚とは打って変わって、ある柔らかくて、潤いと親しみに満ちた感覚だった。

  「その」感覚にぴったりの言葉を敢えて探し求めるならば、……そう、

「愛おしい」

というのがかなり近いという感じだろうか。愛する人やペットへの何とも切ない感覚に近い何か。

***

 恐らく、この私のフォーカシング体験の中で問題になるのは、ありふれた「父性復権」についての議論などではない。

 私が「絶対的父性」という言葉でとりあえずつなぎ止めている私の中の「体感」が含蓄するもののみが、私にとって重要なのである。 

 おそらく、

「どうしようもなく、そこにある」

という言い方の方こそが、肝心な本質に肉薄するものだろう。

 そこには、確かにあるひとつの布置(constellation)がある。つまり、私のおかれた状況が、非常に多重的な意味で、ある共通の構造を持って、その言葉と響きあっている。

 現在の私には、いくつもの意味で、以前よりも責任を負わされつつある。 様々な役職。結婚に際しての、実家との関係の変化。いずれ自分が父になるかもしれないこと。

 だが、何より、私自身が、私自身の「存在感(presence)」に、何か基本的なところで不満なのだ。

 あるいは、もっと、既成の経験ある先達に素直に心を開き、学びたい気持ちを押し殺して強がっていたのかもしれない。

 もちろん、こうした言い方は「ひとつの解釈」にすぎない。蔵王の光景とその時の理屈抜きの体感についてフォーカシングする中から私の中に生じてき た身体感覚そのものの変容は、このような特定の「意味づけ」だけに押し込めるわけには行かない、something more としてまるごと味わい続けるべきものなのだと思う。

 「そこ」から、無限に、果てしなく、意味が交差(crossing)し、あふれ出してくるのだ。その全てが、何らかの意味で、その時の私にとっては「的確な」象徴化のステップである。

 だが、その時その時の言葉の意味内容にしがみつくことはむしろ避けた方がいい。このことはジェンドリンも「夢とフォーカシング―からだによる夢解釈」などで繰り返し述べるとおりである。

Okama

 ご存じのように、蔵王は山岳信仰の地でもある。もとより、私の場合、ほとんど思いつきで、バスとリフトで背広姿のままでお気楽に昇ってきた人間の印象にすぎないわけだが、やはり、昔の人も、あの目の前の光景から何らかのその人なりの啓示を受けたのかも知れないとは思う。写真もない時代に、遠方からやって来て、苦労して自分の足で登った昔の人に与えたインパクトは遙かに大きなものだったのではなかろうか。

 ただ、私の場合、その時の光景から体感された「言葉にならないもの」を自分なりに消化することをはじめられるまでには、こうして3年間も反芻するしかなかったのである。

 ヒンターコフのワークを体験させていただいたことは、その停滞していたプロセスが再び化学反応をはじめる触媒として、私にとって、 確かに役に立っている。

***

 ヒンターコフは、ワークショップの後半で、もうひとつのワークを示した。彼女が持参した、世界各地の美術館の名画の絵はがきの中から、自分の中の何かを触発するものを選び、それを手元でじっくり観た上で、その中から生じてくる曖昧な実感そのものにフォーカシングするというものである(「ポストカード・セッション」と呼ばれる)。

 これは、心理療法の現場にも応用し易いだろう。既成の絵でもいいが、絵画療法や箱庭療法の中でクライエントが作った作品についてこの様なことをクライエント自身にやってもらうのも面白いかも知れない。

 あるいは、俳句や短歌の鑑賞にも応用できないだろうか。自分がなぜその句が気に入ったのかを、虚心に振り返り、ことばにしていくための。

 ちなみに、こちらのワークで私が選んだのは、北斎の富嶽三十六景の一枚と思われる武蔵野の光景だった。一面のススキの原の彼方に小さく富士が見える、青が基調のもの。

 絵そのものをみるとそんなでもなく見えるのだが、私の瞼の内側でのその光景は、強風で煽られてススキが激しくざわざわと音を立てている様になっていた。その激しさには、暗さというより、あるエネルギー感のようなものが伴っていたように思う。

 「何か」が、激しく、騒いでいる。

 残念ながら、このワークショップの中では、その意味まで開示できなかったが、その絵を見たときの感じは今も残っている。蔵王に代わる、私の新たな「宿題」かもしれない。

***

 最後に、この意義深いワークショップを開催して下さった、講師のヒンターコフ博士、そして主宰した「フォーカシング・ ネットワーク in 東京」の、近田輝行さん、日笠摩子さん、片山睦枝さんをはじめとするスタッフの方々に御礼申し上げたいと思います。ありがとうございました。

 そして、参加された皆様、楽しい一時を共にして下さってありがとうございました。この日は多忙のため、残念ながら懇親会までは参加できませんでしたが、皆様のご感想もうかがう機会を持てたらと思っております。

 

参考文献:

Hinterkopf,Ph.D.,
Integrating Spirituality in Counseling: A Manual for Using the Experiential Focusing Method,Amarican Counseling Association,1998.

邦訳
エルフィー・ヒンターコフ著
「いのちとこころのフォーカシング ~体験的フォーカシング~」
(日笠摩子・伊藤義美訳 金剛出版)

 なお、本文中で紹介したエルフィのワークのマニュアルの日本語訳については、当日配布された日英対訳のブックレットの、日笠摩子さんによる訳を参考にさせていただきました。

エルフィー・ヒンターコフ/いのちとこころのカウンセリング―体験的フォーカシング法

Integrating Spirituality in Counseling: A Manual for Using the Experiential Focusing Method

===========再掲終わり===========

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2009/11/26

「フォーカシング事始め」(村瀬孝雄・日笠摩子・近田輝行・阿世賀浩一郎 共著)

 私自身が共著者の一人として名前を連ねて1章だけ書いているので、ご紹介するのは少し恥ずかしいのですけれども、それでもやはり、日本(特に関東地区)におけるフォーカシングの普及において、ひとつのターニング・ポイントになった本だと思いますので。

 それはどういうことかといいますと、本書が刊行(1995年)された少し前、フォーカシングの有力なトレーナーであるアン・ワイザー・コーネル女史が初来日され、ワークショップを開催しました。その時の実習と、当時ワークショップ参加者だけが購入できたアンさん独自の技法マニュアル(それが後に刊行されたものが、あの「入門マニュアル」「ガイド・マニュアル」です)を元に、東京の日精研などを舞台として、恩師、故・村瀬孝雄先生や日笠摩子さん、近田輝行さんたちと共に、そのアンさんの技法を自己掌中のものにするべく勉強会を重ねました。

 そうした中で、村瀬先生の立案で、アン・ワイザー法を詳しく具体的に紹介することに大部を割いた本を4人で1冊書くことになったのです。

 つまり、本書は、日本における、公刊された、アン・ワイザー法フォーカシング「事始め」でもあるのですね。

 日本フォーカシング協会設立の、少し前の時期のことです。

フォーカシング事始め―こころとからだにきく方法

●神田橋條治先生による本書の書評(「精神療法」誌 第22巻 3号掲載)

******

 次に、本書の目次をご紹介します。

  1. フォーカシングとは?(村瀬孝雄)
  2. フォーカシングの不思議な力(村瀬孝雄)
  3. 熟練した2人のガイドとのフォーカシング経験(日笠摩子)
  4. あるワークショップの記録(村瀬孝雄)
  5. フォーカシングを実際にやってみるために(日笠摩子)
  6. フォーカシングQ & A(村瀬孝雄・日笠摩子)
  7. フォーカシングの歴史と理論(村瀬孝雄)
  8. フォーカシングの諸相と日本・世界の現況(村瀬孝雄)
  9. カウンセラーがフォーカシングを学ぶことの意味(近田輝行)
  10. フォーカシングの「臨床適用」について(阿世賀浩一郎)
  11. 補章:谷川俊太郎の詩 「きもち」を借りてフォーカシングを解説する(村瀬孝雄)
  12. フォーカシングについてもう少し知りたい人のために(村瀬孝雄)

*****

 その後、私たちは、後続するジェンドリンや奥様のメアリー・ヘンドリックス(The Focusing Institute 現CEO)、アン・ワイザー、エルフィー・ヒンターコフ、ジャネット・クライン、ケビン・マケベニュ、バラ・ジェイソンらの著書や論文、ワークショップ(邦訳はありませんが、メアリー・マクガイア、ドラリー・グリンドラーをはじめとする人たちによる、重篤事例についての重要な論文があります)からさらに多くのことを学び、日本国内でワークショップ・セミナー・研究会を仲間たちと実施したり、それぞれの臨床・教育現場の中での適用を模索する中で、更に研鑽を積んで行きました。

 しかし、今回、本書を久しぶりに読み返してみたのですが、(自画自賛じみて申し訳ありませんが)、よくもまあ、この段階で、ここまでフォーカシングの当時最先端の潮流を咀嚼し、広範囲の視点から総合的にご紹介できていたなと、ほっと胸をなでおろした次第です。

 私たちの「フォーカシングの青春時代」は無駄ではなかった(^^)・・・・まだ、古くなってないです。

*****

 本書の中の白眉のひとつは、日笠さんが苦心の末に編み出した、当時のアン・ワイザー法に基づく「フォーカシング・フローチャート」(p.pp.124-6)でしょう。このフローチャートを観てみるだけのためですら、本書を借り出したり、購入する価値があるかもしれません。

 ジェンドリン自身のオリジナルのフォーカシング技法が、単純に要約された、せいぜい1,2ページのマニュアルとして配布され、「それがフォーカシングというもの」と学習者に思い込まれてしまって伝播したことの最大の弊害は、フォーカシングの手順というものを、「空間づくり」にはじまり、「フェルトセンスをつかむ」→「手がかりとなる言葉やイメージを見つける」→「見出した言葉やイメージが実感にぴったりかどうか共鳴させる」→「フェルトセンスに問いかける」→「受け止める」という段取りを、順序だてて進めたときにはじめてフォーカシングしていたことになる・・・かのような誤解を広め、それでは思うように成果が上がらないと諦められてしまう事態を招いたことでした。

 (このことが、ジェンドリンも望まない事態で、もっと柔軟な適用が肝心であることについては、ジェンドリン自身の著作、「フォーカシング」を丁寧に読み解けば、繰り返し説かれていることなのですが)

 アンさんは、ジェンドリンの技法をベースにしながらも、それをわかりやすくて「勘所」を明確にした「5つのステップと5つのスキル」に再構成しました。

 その結果、気がかりな「事柄」からであろうと、その時の漠然とした「身体の感じ」からであろうと、柔軟にフォーカシングを始められるばかりか、内側から生じてきたものは取りあえずなんでも「認めてあげる(acknowledging)」ことと、フェルトセンスから性急な言語化を引き出さないまま「共にいる」ことを重視する丁寧でかゆいところに手が届くものとなりました。

 この「認めてあげる」や「共にいる」は、実はセッションの最中のいたるところで提案される教示なので、実は番号を振って直線的に順序だてて説明することになじみにくいところがあります。

 更に、フェルトセンスから「遠すぎる(too distance)」状態になった人と、「近すぎる(too closed)」状態になった人(アンさんのいうフェルトセンスを「脱同一化(disidentification)」して感じられる状態が程よく維持できないという点では、どちらの事態も共通です)への臨機応変な介入も必要です。

 これらをすべて表現しようとすれば、もはやフローチャート形式をとって空間的な表現にして、必要あればあっちに行ったりこっちに戻ったりということを一望できる図版にするしかない。

 日笠さんを中心とした人たちが取り組んだこの「図版化」は、アンさんの技法書のどこにも出てこないオリジナリティあふれるもので、これがアンさん来日2年目で達成されたことは、再評価されてしかるべきと思っています。

 (アンさんの技法体系そのものも、その後進化を続けていますが、この段階でのアン・ワイザー法の、几帳面な丁寧さのプラス面は、フォーカシングを「意図的なスキル」として緻密にトレーニングする場においては、決して過去のものにされてはならないというのが私の信念です。このフローチャートは、私の主催するささやかなグループでの恒例の配布資料で、現在もあり続けています(^^)) 

*****

 さて、私が執筆した第10章ですが、のっけから「臨床家自身がフォーカシングを身につけ、日常の中で役立てられていないうちは、臨床現場での適用なんていうことは考えない方がいいのでは?」という、不遜なまでに挑発的なメッセージからはじまっています。

 さすがに若気の至りではなかったかなと、その後多少自己嫌悪に襲われ、長らく読み返さないでいたのですが(^^;)、本書刊行から14年を経て、一読者の心境で客観的に読み返してみたところ・・・・ほっとしました。私なりに十分にジェントルで丁寧な語り口で書けている。

 (つい最近、認知行動療法の大家、伊藤絵美先生が、これからCBTを学ぶ専門家への心構えとして、実にそっくりの表現を、著作でなさっているのに気がつき、安堵したというのあります)

 そして、当時はジェンドリンが書きつつある「フォーカシング指向心理療法」のdraftを村瀬先生によって手渡されて、その一部を読み解くぐらいの段階でしたが、私がその時点で言葉にできた「臨床現場でフォーカシングをどのように生かすか」という方向性に、その後ブレはなかった、完全に今日の私のスタイルへと繋がっていると確信できました。

*****

 更に、この私の書いた章、さすがアニメおたくカウンセラーこういちろうですね(^^;)、私自身すっかり忘れていたのですが、次のような部分がありました(pp.241-2):

========引用はじめ=========

 このようなクライエントさんたちにとっては、自分が「どんな」感じでいるのかについて語ることは、まだサナギの状態でしかいられない昆虫が、性急に脱皮を急がされたような外傷体験に容易に結びついてしまう危険があるのです。・・・最近(95年7月)、「風の谷のナウシカ」等で有名な宮崎駿氏らスタジオジブリ制作による長編アニメ、「耳をすませば」が封切られ、映画館でご覧になった方も少なくないかと思いますが、この映画の中で、主人公の月島雫(しずく)という中学生の少女が、留学した恋人が日本に戻るまでに、自分もなにかをやり遂げようと一大決心をして、受験勉強を投げ出して、寝食を忘れてファンタジー小説の執筆に打ち込む展開があります。

 憔悴して眠り込んだ雫は、ある悪夢にうなされます。鉱脈の中の壁一面が原石でできた洞窟の中で、ほんとうに輝くただひとつの純粋なエメラルドを見つけ出そうと焦って探し回るけれども、なかなか見つからない。これぞと思って壁から抜き取った石は最初は光り輝くかに見えました。しかし次の瞬間にその石は、雫の手のひらの中で、まだ卵からかえっていないヒナの死体へと変容するのです。

 悲鳴と共に飛び起きる雫。目の前には一向に進まない、破り捨てた書きかけの原稿用紙の山があります。

 映画の中の雫の場合には、物語をともかくも書き上げるだけの自我の強さと、そうした彼女を理解して見守る幾人かの周囲の人たちのまなざしがあったから救われたのですが、私たちが現実の臨床現場の中で出会うクライエントの中には、まさに賽の河原で石を積んでは壊されるかのようにして、自分の中の「卵」や「サナギ」を性急に孵化させようとしては流産させることを繰り返す中で傷つき、内面をすり減らし、蟻地獄のような絶望と無力感に次第次第に沈んで行く人たちも少なくない思えます。

 むしろそうしたクライエントさんたちにまず必要なのは、自分なりにさなぎ(繭)をつくって、その内部で成長と分化が暗黙のうちに進展するのを見守ることが許されるような治療的な場の保障と関係性ではないでしょうか。

 すなわち、彼ら/彼女らは、まずは、自分たちの中にうごめく形(言葉)にならない混沌が、自分を破壊する可能性がある脅威ではないという安心感を抱けるように徐々になれる治療的な場を保障してもらえる必要があるように思います。

 そして、その言葉にならない混沌を、いとおしみながら育み育てるための子宮的な空間を、自分の身体の内部や外部に安定した形で確保できる自分なりの工夫を見出せるようにサポートされるべきです。

 (これが、本書でもすでに第5章で示した、アン・ワイザー女史の言う、フェルトセンスと「一緒にいる」ということにあたります)

========引用おわり=========

耳をすませば [DVD]

(楽天ブックス)

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2009/11/14

日本におけるフォーカシング関連ウェブサイト・リンク集

 右サイドのリンク集でも増補してご紹介してまいりましたが、最近また増えているのが確認できましたので、この際まとめてご紹介します。

 なお、フォーカシングを専攻する大学の先生方の研究室サイト、フォーカシングを体験された一般の方の体験記等は省略しています。

 また、ワークショップ情報サイトで、非常にコンスタントにフォーカシング関連の催しが紹介されているわけではないサイトも省略いたしました。

 もちろん、私がその存在に気づいていないサイトもまだまだあるかと思います。自薦・他薦どちらでも結構ですので、お知らせ頂ければ幸いです。

(恐らく、現段階で、日本で一番充実した、フォーカシング関連サイトのリンク集を作れたはずですが)

*****

 なお、以下にご紹介しているサイトは、そこのオーナーに打診すればフォーカシングについての質問に答えて下さるとか、学びの機会を具体的に提供してくださることを必ずしも意味しません。

 各サイトの趣旨・ポリシーを尊重し、くれぐれも個々のサイトのご迷惑にならないようにご配慮願います。

※個々のサイトにリンクの許可をいただいている場合とそうでない場合があります。サイトの管理者の皆様、ここでのご紹介を抹消依頼の必要をお感じでしたら、快くお引き受けいたしますので、どうかご遠慮なくご一報ください。

 そして、私自身の運営する、フォーカシング関連サイト。

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2009/09/21

ブログ内のウェブページにも「サイトマップ」「研究業績」「経歴」等を移植しました。

 これまでは、同じ@niftyのウェブサイト側に掲載していたこれらの情報を、当ブログ内にもウェブページ(他のブログでいう「フリースペース」に近いもの)として移植しましたので、どうかご活用ください。

 入口は、右フレーム(ひょろ長さではすでにご迷惑をおかけしていますが)の比較的上の方にあります。

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セブンアンドワイ

2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/07/11

インターネット音声動画通信(Skype,Windows live messenger)によるフォーカシング有料個別指導コース、正式に開設 (第2版)。

 「久留米フォーカシング・カウンセリングルーム」で、これまで試行的に幾名かの皆様と試みておりました、インターネット音声動画通信(テレビ電話)によるフォーカシングのセッションの試みに順調な成果があると判断いたしましたので、「有料個別指導コース」として、正式にスタートしたいと思います。

フォーカシングのセッションをする際に、電話や電子メール、映像やチャットを用いる試みは、特に欧米では、かなり以前から試みられ、地理的に散在しているフォーカシング・ピープルを結ぶ架け橋として重要な機能を果たしているようです。

 近年、インターネットのブロードバンド化が進み、無料のソフトを使って、世界中の特定の相手と、1対1で、テレビ電話のように使える音声動画通信と呼ばれるコミュニケーション手段が、幅広く行われるようになりました。

 この音声動画通信を活用し、有料契約によるフォーカシング・ライブ・セッションの機会を提供いたします。


【個別指導内容 】

* 全くのフォーカシング初心者の方が、ともかく「フォーカシングとはどのようなものか」、フォーカサーとして体験してみあるためのセッションをお引き受けします。その後のフォーカシングの学習のお手伝いも致します。

* フォーカシングをすでにどこかで学ばれた方に、更に体験を深めるための個別セッションの機会を提供いたします。

* すでにフォーカシングに習熟された方からの「ガイディングは要らないから、もっぱらリスナーをして欲しい」というご要望にもお応えします。

* 原則として実際の1対1のセッションを重視致しますが、フォーカシングについての質問やアドバイスを求める場としてもご活用下さい。

* リスニング(傾聴)やガイディング(教示のしかた)の練習をしたいという方には、私がフォーカサーとなる形で、その場を提供いたします(Focuser As Teacher)

* 夢フォーカシング、インタラクティブ・フォーカシング、壷イメージ療法のセッションにもお答えします。



【始めるために必要なこと】

 パソコンの常時接続環境をお持ちの方でしたら、別途通信料一切無料で「画像つきの」コミュニケーションが可能です。

 (別途通信料金が発生するのは一般電話回線や携帯電話回線との間で会話する場合のみです)。

 お互いにID(ハンドル名)をやり取りし、通信を受諾した相手としかやり取りしない設定ができますし、当然ながら画像や音声伝達過程は暗号化され、セキュリティは十分に守られた通信手段です。

 具体的には、"Skype""Windows Liveメッセンジャー"というフリーソフトを使います。


■Skype 公式サイト(mac/windows 両方式対応)
http://www.skype.com/intl/ja/welcomeback/

■Windows Liveメッセンジャー 公式サイト(windowsのみ)
http://messenger.live.jp/whatis.htm

 この通信手段を活用するには、ウェブカムと通称される小型映像カメラと、ヘッドセット(マイクつきヘッドフォン)にあたる装備が必要ですが、最近のラップトップパソコンには、これらのすべて、少なくとも内蔵マイクと内蔵スピーカーが最初から装填されているものも少なくないはずです。

 仮にこれらの装備を別途購入するとしても、セットで実売2,000円前後という、たいへん安い価格で、実用上十分な性能のものが購入できます。購入した後の初期設定においても、多くの機種の場合、USB端子に差し込むだけで最低限の設定が自動的になされます。

 SkypeやWindows Liveメッセンジャーの音声動画通信の性能は、ここ1,2年の間にも急激に向上しています。画質や音質の向上も著しく、以前に試しに使ったことがあって も、しばらく実用から離れておられた方にとっては、ソフトを最新のバージョンにアップデートしてみると、ここまで画質がなめらかで、音声も美しくなったの か!! と驚かれる方が少なくないかと思います。

 これをフォーカシングのセッションに使わないままというのは、あまりにももったいないではありませんか?


【音声動画通信利用のメリット】

さて、私は、福岡県の久留米市で、「久留米フォーカシング・カウンセリングルーム」という開業カウンセリングルームを経営し、一般の皆様に向けて のカウンセリングとフォーカシングのトレーニングコース、更に、「久留米でフォーカシングを学ぶ会」という、ささやかなフォーカシング・コミュニティーを 主宰しています。

 そうした中で、この1年ほど、こうした音声動画通信を用いて、ネットカウンセリング行なうことや、フォーカシングのセッションを行なうこと、そしてそれを有料の、構造化された契約関係の中でどう実施していくかについて幾人かの方と試みてきました。

 私のたどり着いた当面の結論は、メール・カウンセリングや通常の電話カウンセリングに比べても、音声動画通信を用いた面接やフォーカシング・ セッションの方が、直接来談しての場合に遥かに近い形で行なうことができ、相互信頼的な安定した関係性の樹立にも困難が少なく、ユーザーの方の満足度も高 いのではないかということでした。

 その結果に基づき、今回、音声動画通信による有料の「フォーカシング個別指導」プログラムを、正式に皆様に提供することにいたしました。

ネットでこのようなセッションを行うことに不安をお持ちの方がいらっしゃいましたら、後続の節でで、メリット・デメリットを検討致しましたので、熟読の上、ご利用ください。


【時間・料金】

■指定口座への前納制を取らせていただきます。

■事前にセッション時間を取り決めて行ないます(予約制。 毎週木曜日をの除く10:30-21:00のいずれかの時間帯)

■ご面倒をおかけいたしますが、セッション開始時間になったら、「これからはじめます」という電話でのご一報を、ネットを通さずにお願いいたします。

■音声動画通信の開通までのサポート、通信状態の改善のための助言は無料でいたします。どんなことでもご質問ください。


1.60分コース 1回 4,000円

(初回は皆様60分コースでお願いいたします)

     ※割引(併用可 60分コースのみ)
    * 日本フォーカシング協会メンバー割引 1回 -500円
    * 大学院生以下割引(心理関係の学生に限定しません)  1回 -500円


2.30分コース(ある程度の経験者向け?) 1回 2,500円


3.3回セット割引60分コース 3回で-1,000円

 (例) 日本フォーカシング協会メンバーの方で、大学院生、3回ワン・セットで前納いただくと、3回で8,000円となります。

4.3回セット割引30分コース 3回で-1,000円
  
  ※ただし、他割引との併用不可。
   3回で30分コースの3回セット料金は、どなたの場合も6,500円となります。


■ 入金からセッション施行有効期限

  口座振込日から1ヵ月後の同一日まで
 (3回セットの場合には、口座振込日から3ヵ月後の同一日まで。3回セットの途中回での中断の場合には返金いたしかねますことをご了承ください)


※予定日前日までにご連絡頂ければ日程変更に応じさせていただきます。当日キャンセルの場合は、申し訳ございませんが、キャンセル料としていただきます(3回セットの場合には1回分消化したものとみなさせていただきます)

※実際に料金を振り込まれた後、テスト段階で音質や画質にご満足いただけなかった場合や、当日、万一のネット通信状態の不測の悪化が生じて、再接 続を試みてもセッション続行不能と判断できた場合、私側の事情でスカイプやメッセンジャーでの通信が当日不可能になった場合には、ご指定口座への料金ご返 還(あるいは次回セッション料金への振り替え)に応じさせていただきます。


【お申し込み 】
■ 実名、ご住所、お電話とメールでの連絡先、セッション希望日時、(すでに設定済みでしたら)skypeネームないしWindows liveのハンドルをよろしくお願いいたします。

■ 日本フォーカシング協会メンバー割引を希望される方は、お申し込みの際に、会員証ないしニュースレターを送付してきた封筒の宛名書きの部分を、FAXあるいはスキャナ取り込みの添付ファイルメールの形でご送信下さい。

【連絡先・担当講師】

電話&Fax:0942-48-8797

Email:kurumefocusing@live.jp
担当者:阿世賀 浩一郎(あせが こういちろう)  臨床心理士

The Focusing Institute認定コーディネーター、フォーカシング・トレーナー、フォーカシング指向心理療法セラピスト

詳しい情報はこちらをご覧下さい。

******

 次に、この、「テレビ電話形式によるフォーカシングのセッション」の長所と短所について、実際にそれを体験したユーザーからのご意見を参考にしてまとめておきます。

* 短所

同じ空間、同じ場の空気を共有して、お互いの非言語的なメッセージすら細やかに共有しながらセッションを進めるという点では、やはり目の前に人がいるライブよりは生々しさが薄いともいえる。


* 長所

1. フォーカシングの実体験がより身近で手軽なものとなり、反復して練習する機会も増える。

2. 自分の住む地域にはフォーカシングを体験的に学べる場そのものがかなり遠出しなければ存在せず、しかも年間に限られた回数しか開かれない。そうした制約がなくなる。

3. これまでフォーカシングを学んできたトレーナーや仲間たちとは別の人ともセッションの体験を持ちたいと思っていた。そうした機会を気軽に提供してもらえる。

・・・・・ここまでは「ネットは地理的な制約を越える」「フォーカシング・パートナーへのアクセス性を高める」という方向で共通点があるでしょう。

4. より自分の生活や日常に近いシチュエーションで、生活や日常の実感と身近な状態でセッションを重ねることができるため、フォーカシング体験が日常との連続性があるものとして定着し、自分個人のためにほんとうに「身についていく」「役立っていく」実感が着実に味わえる。

5. 最初はネットでの画像つきのやり取りに戸惑ったが、少し慣れてくると、目の前にリスナー/ガイドがいるという生々しさが減じることで、むしろ恥ずかしさや緊張を感じずに、自分の内側の実感とじっくりと向き合い対話できるというメリットの方を強く感じるようになった。リアル世界での対面セッションよりもストレスが低い気すらする。 「普段着の自分のままでフォーカシング体験をしている」と感じられる。

6. メールや電話を通してのフォーカシング・セッションの経験はあったが、やはり画像を通してのライブのコミュニケーションも進めているというだけで大きく印象は異なる。上半身だけであっても、相手の表情やたたずまいが見えているというだけで、安心もするし、相手の気配を察しながらの細やかなやりとりができる気がする。

7. セッションそのものや、フォーカシングについての質問などについてのやりとりに集中できる場を作りやすく、それ以外の余計な無駄話もなく、フォーカシングを学ぶ場での「社交」などを気にしなくていい、構造化の度が高い、割り切ったシンプルな関係性の場だと感じる。

*****


【附録:必要な周辺機器や設定に関して】

●ロジクール キューカム コネクト ウィズ ヘッドセット ワイルドシルバー QVP-61HSSV

↑例えばこの製品で、スカイプやメッセンジャーの使用に全く不満はないはすです。

 もっとも最近のラップトップ型パソコンの場合、パソコン本体にマイクとスピーカーが最初からついていることがほとんどかと思いますし、ウェブカメラも内蔵機種が少なくないでしょう(スピーカーだけではなく、内蔵マイクも実は見えないところに装備されていることに気がついていない皆様も結構あるかと思いますcoldsweats01)。そうした場合には、とりあえず初期投資ゼロ円で済むということになります。ヘッドセットを頭につけなくても、手ぶら(ハンズフリー)で音声動画通信を楽しめるわけですね。

 しかし、私の考えでは、そうした「ハンズフリー」環境をすでにお持ちの方の場合でも、ヘッドセットの購入はお勧めいたします。それは、音質のよさを求めるという意味ばかりではありません、パソコン本体の内蔵マイクは、パソコンそのものや、部屋中の騒音を拾う性質を持っています。ネットを通して伝送する際に、そうした雑音までデジタル情報に変換することになります。それが映像通信の質に、思いもよらないくらいの負荷を与え、画像の滑らかさを損なうばかりか、回線の中断というアクシデントも増やすことはあまり知られていません。

 もっとも、ご使用のパソコンが最近購入の、十分にメモリー搭載したハイ・スペックのものでしたら、あまり影響はないかもしれませんが、ADSL通信の比較的低速回線で契約されている皆さんや、XP時代からの機種を今もお使いで、メモリーが1GB以下の場合には、思いもよらないくらいの通信性能の違いとして実感できる方も少なくないかと思います。

 ヘッドセットだけの購入でしたら、

【16時までのご注文完了で当日出荷可能!】【62%OFF】パソコン用マルチメディアマイク付イヤフォン エレコム MS-HS59SC

 例えば、この製品で十分かと思います。製造元が同じで、全く同じデザインと性能としか思えない商品がLogitecからも発売されています。全国のパソコン関係の商品が多い家電量販店で、実売500円台で売られています。

 この機種は、片耳に引っ掛けるのタイプの中では、左右の耳どちらにも対応、柔軟に形を変形でき、耳へのなじみがいい方でしょう。耳に「きちんと差し込む」ことにとらわれず、「引っ掛けておく」ぐらいの感覚でいいかと思います。もっとも、耳たぶや耳道に炎症を起こしやすい人の場合、両耳タイプの方がいい場合もあるかと思いますが)。

 なお、Skypeとliveメッセンジャーの画質を比較した場合、一枚の画面としてみた時のくっきりとした美しさ(解像度)ではLiveメッセンジャーがかなり優勢、動画の「滑らかさ」ではSkypeが優勢という違いがあるかと思います。

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