九州大学

2011/11/19

児童福祉施設内での暴力に対する「安全委員会」方式についてのとりあえずのまとめ(togetter)

児童福祉施設内での暴力問題というと、施設職員から入所児童に対する暴力がまずは問題として表面化した。

しかし、近年、児童間の暴力、児童から職員への暴力も問題であることが言われ始めている。この問題についてこの10年ほど臨床心理士とし関わってきた九州 大学教授の田嶌誠一先生が提唱する「安全委員会」方式については、著書「現実に介入しつつ心に関わる」「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」に詳 しい。

以下のまとめは、そこで述べられた内容をネット上でどう紹介するのか、とりあえずの大雑把な備忘録に過ぎず、未だ言葉足らずで説明不足ですが、まとめてみました。

こちらからどうぞ。

これに関しては拙ブログの、

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2009/12/post-0b71.html

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2011/11/post-3b4f.html

を、まずはお読みいただければ幸いです。

*****

このtogetterはまだ私の備忘録的なものであるの過ぎません。「安全委員会方式」は、半可通でわかったつもりになると相当な誤解を招く可能性があります。

今後、前掲書と丁寧に付きあわせて間違いのないように更に推敲し、拡充して当ブログでまとめてご紹介する機会を作りたいと思います。

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2010/11/25

「1カ所限定『どこでもドア』、行き先はどこにする?」

ブログネタ: 1カ所限定「どこでもドア」、行き先はどこにする?参加数拍手

 今回のお題への私の答えは、「東京駅丸の内口」でしょうかね。

 30年も関東に住みましたが、ひとつ思い入れのある場所を思い浮かべようとすると、こうなってしまう。八王子と横浜と鎌倉に住んでいたんですけど、ひとつには、月一度ぐらいの非常勤の勤務先が九段下でして、神奈川県在住時代に、横須賀線か東海道線で東京駅に出て、東西線の大手町駅まで丸の内口から地上を数百メートル歩いていた印象が強いからかもしれない。

 あと、有楽町駅との間にある「東京国際フォーラム」が、学会とかの行事が頻繁にある場所だったことも大きいかもしれない。

 八王子時代は新宿に出向くこと多かったですけど、鎌倉・大船時代は新宿とは縁遠くなって滅多に行かなくなっていたし。

 今は、倹約して生活すれば時間だけは有り余っている。

 ですから、関東への「恋しさ」の象徴は「東京駅」ということで。

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2009/12/18

カウンセラーは勉強すればするほどダメになる? -田嶌誠一 著 「現実に介入しつつ心に関わる」への感想 追補-

  田嶌先生の新著についてご紹介させていただいた、この記事追補です。

現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

(楽天ブックス)

=========引用はじめ=======

 「勉強すればするほどダメになる」・・・・臨床の領域ではこういうことはしばしばあります。学界の動向や専門用語には詳しくなっているものの、フレッシュでまだあまり勉強していなかった時代のほうがいい臨床家であった、あるいはまだマシだったというようなことが結構あります。学会に参加しますと、それとおぼしき人がたくさん目につくので困ったものです。本人はいっぱいエネルギーを使って勉強しているだけに気の毒です。それでも本人はまだしも、それにつき合わされる患者さんこそいい迷惑です」(p.133)

 「患者さんの生活を生き生きとイメージできる共感的理解(中略)、それさえあれば、いくら勉強してもダメになることはないはずです」(p.136)

 「そのこととも深く関係していると思われるのは、しばしば専門家としての自分と素人としての自分が遊離してしまうことです。その人の持つ本来のよさが、専門家としての自分という鎧の下に隠されてしまい、十分にそのよさが発揮できなくなってしまうのです。これも「勉強すればするほどダメになる」パターンのひとつです」(p.137)

 「私たち臨床心理士や精神科医はもっと看護師さんやケースワーカーの人たちから(さらにいえば、学校教師や養護教諭等から)もっともっと学ぶべきだろうと思います。看護師さんやケースワーカーの人たちは面接室以外のさまざまな場面での患者さんの姿を知っているからです。なるべくいろんな場面での患者さんの姿に触れておくことが、生き生きとイメージしたものが、そう、的はずれなものになるのを防ぐのに役立つようです」(p.137)

 「なお、うちの研究室のスローガンは以下の通りです。

  こころはアマチュア 腕はプロ
  おぎなおう 腕の不足は体力で
」(p.137)

=========引用おわり=======

 ・・・・もっとも、この本全体をお読みになると、田嶌先生ご自身の、既成のさまざまな流派の治療理論についての理解と洞察力の凄さにもお気づきになれるはずですので、皆様、誤解なきように。

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2009/12/16

田嶌誠一 著 「現実に介入しつつ心に関わる」

 私の臨床心理学上の恩師は、言うまでもなく、ジェンドリンの「フォーカシング」「体験過程と心理療法」の一介の一読者に過ぎなかった私を「拾ってくださった」、故・村瀬孝雄その人である。

 そして、精神医学を含めた意味での治療者のあり方において、私の「神」なのは、未だにお姿すら拝見したことがない中井久夫先生である。

 フォーカシング・トレーナーとしての偉大な先達にして、敢えて"fellow"とお呼びしたいのが、初対面の時から異様な意気投合に到達したアン・ワイザー・コーネル女史である。

 最後に、私が若い頃から声をかけてくださり、一緒に飲ませていただき、九州に戻ってからも色々相談に乗ってくださった、私にとっての、あまりにも頼もしい、「現場心理臨床の兄貴」、それが、現九州大学大学院教授の田嶌誠一先生である。

****

 福岡県大牟田市生まれ。十代はそこそこ不良でした(^^)。しかし、高校時代のある時、突如心機一転して猛勉強、九大を目指します。

 そして、催眠療法や臨床動作法であまりにも著名な、日本を代表する心理療法家、成瀬悟策先生門下の逸材(認められるまでが大変だったそうですが)として、最初は病院心理臨床で、重篤な患者さんとの面接のキャリアを積む中で、深い変化を静かに引きおこししつつも、患者さんの自我を危機に至らせない「安全弁」を持つ、独創的な心理療法、「壷イメージ療法」を開発。

 続いて、広島修道大学、更には九大で大学学生相談を担当、深刻な精神疾患、暴力や引き籠もりの学生との関係作りに、他の誰にもまねができない独創的かつ積極的なアプローチで成果を重ねます。

 引き続き、文部省のスクールカウンセラー事業の草創期に、もっとも荒れた中学校を担当、教師、家族、生徒たち全体を巻き込む「ネットワーク型アプローチ」を導入して、学校の空気そのものを一変させ、少年院送りを繰り返す水準の不良生徒たちからも卒業時には崇敬を集めるという、神がかりな活躍をなさいました。

 そして、現在取り込んでおられるのが、多くの場合、家族からの虐待から保護された子供たちが収容される、児童養護施設内部で陰惨に繰り広げられてきた、「施設内暴力」を一掃するシステムをコーディネートすることなのです。

 日本の心理臨床の生んだ、空前の「現場で行動する臨床心理士」、それが田嶌誠一先生です。

*****

 田嶌先生の新著について、かなり前からこのブログで記事を書くとお約束しながら、私自身が急激に多忙化する中でなかなか果たせないで来ました。 

●田嶌誠一:「現実に介入しつつ心に関わる -」(金剛出版)
ISBN:978-4-7724-1103-5

 

現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

(楽天ブックス)

 講演記録を元に、新たに書き下ろされた、児童施設内の暴力問題への対応についてを中心主題とする、本書冒頭の「総論に代えて 現実に介入しつつ、心に関わる」以外の論考は、その大半について、先生が最初に学会発表されたその場に臨席もしたし、学会誌でお読みしている。

 冒頭の章の概要そのものも、先述の記事で書いたように、先生に直接お会いする機会を持たせていただいた時にうかがっている。

 今回、実際の著作の内容と照合しても、その内容の最低限のイントロダクションの意味は、すでにあると思えたので、ご参照下されば幸いである。

*****

 そういう意味で、「ライブ田嶌」先生からすでにうかがった内容のほうが私の中で大きなインパクトを占め過ぎているために、どうもこのご著書の内容を改めて客観的に概説するとなると、私は心境的にちょっと重荷になりすぎる。

 ただ、申し上げたいのは、先述の、今回書き下ろされた、冒頭の「総論に代えて」の持つ、凄まじいまでのインパクトと、そこに示された先生の決然たる問題提起だけは、是非、多くのカウンセラーの皆様に、実際に目を通していただきたい。

*****

 いくつか、この「はし書き」と最初の章から、田嶌先生の言葉を、アフォリズム的に拾い上げてご紹介することとします:

=======以下引用========

 「私は、当事者のニーズの応えること、そしてできればもっとも切実なニーズに応えることを心がけてきたつもりである」(p.5)

 「現場のニーズを、『汲み取る、引き出す、応える』ためには、心理臨床家が従来のようにもっぱら心の内面や深層に関わるという姿勢(それも必要ですが)のみでは不十分で、『現実に介入しつつ心に関わる』とそれに基づく多面的アプローチが必要となります。これは、心理臨床が生き残れるかどうか、換言すれば心理臨床が社会に貢献できるかどうかに関わる重要なことだと私は考えています」(p.12)

 「しばしば間違えるのは、学校の先生と保護者とが『原因は何でしょう』と話し合うことです(中略)。すると、お互い内心は『こいつだな』と思っているわけです。そうすると、連携がちっともうまくいきません。
 それよりも、この子が元気になるために学校に何ができるか、保護者に何ができるか、それを一緒に話し合うというスタンスでいきますと、割合、無難な対応ができます。(中略)
 保護者の力、担任の先生の力、生徒たちの力、そして相談に乗った私と、いろいろな人がネットワークを活用してその子の援助をしていくという形になります。これが『ネットワーク活用型援助』です。心の内面だけではなく、現実に介入していくわけですね」(pp.18-9)

 「[まずは]いじめという現実がなくならないといけない。その解決は、いじめが沈静化する必要がある。完全な解決かどうかはともかく、とりあえずいじめがなくなる[ように、その学校内のネットワーク・システムに介入する]。その後、本人の心を扱うという形をとる。これが『現実に介入しつつ、心に関わる』ということの例のひとつですね」(p.19)

 「このように、いじめなどがそうですが、必ずしも本人が変わるべきではなく、周囲が変わるべきである場合もあると考えるようになりました(中略)。今では問題は、『主体と環境の関係』だというふうに言っています。主体と環境、つまり、内的環境と外的環境があって、その心、内面の問題は内的環境との関わりの問題なのだろうと考えるようになりました」(pp.19-20)

 「大事なのは、『個人の心理や病理』だけではなく[学校や地域の]『ネットワークの見立て』どということを強調しているわけです」(p.20)

 「[施設内暴力]に加担した加害児のうちのひとりは、1,2年前まではそのボスからおしっこを飲まされたり、散々いたぶられています。つまり、かつての被害児が加害児童になっているわけです」(p.25)

 「施設では多くの場合、[マズローの言う]『安全欲求』が満たされていないわけです。これは成長の基盤です。だから[まずは、施設内での]暴力をなくさないといけない。しかしこの理屈が意外と臨床心理の人に通りが悪かったんです。つまり、こどもたちが暴力を振るうのは、心の傷があって、それをケアすることが大事なんだという発想が強すぎて、理解が進まないんですね。心のケアは大事だけど、その前に、暴力を使わないで暴力をきちんと抑えるということが必要です」(p.27)

 「それらの問題行動は、過去の虐待や苛酷な教育環境への反応として、反応性愛着障害や発達障害の兆候として理解されてきたように思います。(中略)
 しかし、それらの問題行動は、子供間暴力(児童間暴力)や職員からの暴力等の、その子が現在[施設内で]置かれている状況への反応である可能性があるということになります。(中略)入所前に受けた虐待が主なる原因ではない」(p.27)

 「『愛着』や『トラウマ』関係のどの本でも、安心・安全が重要であると述べられていますが、その安心・安全を施設で実現していくことがいかに大変なことか、どうやって実現していったらいいかということが、まったくといっていいいほど言及されていないのです」(p.37)

 「[施設内暴力という問題それ自体に対する]専門家によるネグレクト、大人によるネグレクト、そして社会によるネグレクト」(p.38)

 「私は臨床家ですから、『告発者』としてではなく、外部から援助者として現場にうまく入らないとならない。そのためには、大変なエネルギーと技術が必要です。しばしば、「志は高く、腰は低く」という姿勢が必要です。そして問題を発見して、解決システムを模索して考案していくという順序になります(p.39)

======引用終わり=====

 田嶌先生が全国の児童養護施設に提案し続けている「安全委員会」システムとはどのようなものかについては、ネットでの情報などでは済ませずに、是非、実際に本書をお読み下さい!!

 なお、こうした被虐待児を一箇所に百名以上収容する施設など、欧米には存在しないとのこと。だから、解決策には輸入できるモデルなんてないそうです。

 「里親制度」・・・・欧米は基本的にそっちなんですね。

 日本にも里親制度はありますが、時折、里親自体からの子供への陰惨な暴力がマスコミ記事になることはたいへん痛ましいことです。里親と子供への、地域の個別の公的サポート(監視)体制が不十分すぎるんですよね。

*****

【追記】:  この著作についてのご紹介シリーズ、追補して書かせていただくことにしました。こちらからどうぞ。

******

【更に追記】:

この本の続編、「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」が刊行されました。

その本のご紹介は、こちらでしています。

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2009/10/30

今後の予定:田嶌誠一先生の「現実に介入しつつ心に関わる」と、あの「乱造される心の病」、そして・・・・

 田嶌先生のご著書は、この前の、施設内暴力の記事でも、その一端をご紹介させていただきました。

現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

(楽天ブックス)

 このたび、光栄なことに、田嶌先生ご自身にこの本を贈呈いただきました。感謝いたしております。近日中に、僭越ながら、謹んで、感想をこのブログで書かせていただくつもりです。

 例のレーン氏の「乱造される心の病」も1週間後ぐらいに入手可能な見込み。(追記09/11/04 : 感想書きました。

*****

 明日は仕事で忙しめなのですが、ひょっとすると、パソコンの使い方絡みの記事を、遅くとも日曜ぐらいまでには1本アップするかもしれません。

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2009/10/28

カウンセリングの中で、自分の内面に気づけるようになってからが実は大変なのに・・・・

 以下は、裕’s Object Relational Worldの裕さんのエントリー、

単純な関係にしか耐えられないカウンセラー

へのコメントとして私が書かせていただいた内容の転載です。

*****

 田嶌誠一先生の言葉をお借りすれば、「カウンセラー」がただ自分の縄張りの中に待機していて、話を聴くだけの「密室カウンセリング」の打破は、これからの臨床心理士が否応なしに突きつけられるテーマだと思います。

田嶌誠一/現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

 早い話、「カウンセラーだけが」、クライエントさんのかかえた課題に応えていく「すべてを握っている」かのような思い込みは有害でしかない。

 カウンセラー(いや、援助的専門家全般)は、クライエントさんの置かれた「状況・環境全体との」相互作用を良循環に持ち込むためのアシストをする「ひとつの触媒」であるに過ぎない。しかし「たかがひとつの触媒、されどひとつの触媒」として尽力すべきなのである。

 仮に直接お会いしたり連絡を取らなくても、クライエントさんの家族だとか、主治医、担当教師、同僚、上司、治療クループの他のメンバー、いきつけのお店の人、近郊の住民(!)との相互作用の「良循環化」が生じる端緒がどこにあり、それが現実にどれくらい生じつつあるのかという「巨視的な」視点から状況全体を見守り、ここぞというタイミングで、クライエントさんにとって最小の努力と決断できる可能性がある「ささやかなこと」をアドバイス・提案できる「超プチ・危機介入」(クライエントさんがこちらの提案したとおりのことをする必要などない。ささやかな刺激剤になれば、あとは、無理のない範囲で、適切なタイミングで、こちらが思いもよらない切り口と方略で、クライエントさん自身が「勝手に動き出す」のを見守れればいいのだ)のセンスが臨床家には必要だと思う。

 さもないと、洞察的なセラピーを受け、下手に自分の内面に気づき、漠然とした違和感に敏感になり、「自分に嘘がつけなく」なる方向に「目覚めてしまった」クライエントさんは、場合によっては、以前よりも、苦しくて傷つきやすい形での現実との直面を強いられ、なのにカウンセラー側はそれに気づかず、勝手に舞い上がっているなどという事態は生じ得る。実は「気づける」ようになってからがクライエントさんは大変なのだ(・・・以上、自戒と過去の反省を込めて)。

 ・・・・書いているうちに思い出しましたが、こうした「患者さんを支えている隠れた対人ネットワークを細やかに観察する」発想法のひとつの古典として、中井久夫先生の「世に棲む患者」(1980年に書かれ、著作集第5巻「病者と社会」所収)は、やはり凄い論文だったと思う次第です。

*****

 「ポニョ」についての記事はこの次です(^^)

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2009/09/30

最近このブログの内容の性格がずいぶん変わってきた

・・・・と、自分でも感じています。

 特にこの9月になってからの1ヶ月

 文字通り、「カウンセラー」こういちろうの雑記帳という、ブログのタイトルそのものになってきて、次から次へと、新たに接した素材(それが映画であろうと)について、ハードに煮詰めた形で書くようになって来た気がする。

 文体も、硬質でタイトなものになって来たように思うし。

 読者によっては、遊びがなさ過ぎるというか、要求水準が上がりすぎているとお感じの方もあるかもしれない。

 アクセス解析を観ても、読者層の皆さんの入れ替わり現象みたいなものがかなり顕著になって来たようですね。

*****

 そうなったひとつの刺激剤は、8月末の、1年1ヶ月ぶりの東京上京と、日本人間性心理学会第28会大会への参加だと思う。

 それが私にとって、久留米で生きることについて、やっと本格的に腹が据わる契機となったことはこちらの記事でも書いた。

 そして、東京からの帰途の飛行機の中で発想し、構想を煮詰めていったのが、昨日突如公式ウェブサイトを、秀吉の「墨俣一夜城」のごとく公然化させた「久留米でうつと働き方を語る会」発足に向けての動きである。

 私としては珍しいことだが、この構想を、幾人もの先達の諸先生方、何人ものグループ体験のあるクライエントさん、元クライエントさんに打ち明け、ご意見やご感想を頂き、もちろん既成のこの種の団体のウェブサイトをあちこち検索して参考にさせていただきながら、慎重に構想を煮詰めて行った。

*****

 もっとも、あのサイトそのものの「ウェブデザイン」は、マジに28日に半日で仕上げました(^^;)。私の作ったウェブサイトではこれまででもっとも美しいですね。どうしてこれまではこうはいかなかったのかと自分でも苦笑しています。cssまで使いこなしたのは今回が初めてです。

(追記:画面右端が空白だった問題は、すでにどのブラウザで見ても解決されているはずです)

***** 

 もうひとつ、東京での学会参加が、私を思いの他刺激したのは、一方でこれから地域に根を張る現場臨床にいよいよ踏み込むというのと同時に、アカデミズムというか、臨床心理「学」の領域で、まだ私にもできる、残された仕事がありそうだという思いだった。

 体調回復まで、思ったようにまとめられなかったため、このブログで再三「今年は個人発表する」と繰り返しながら、ここ4年ほどブランクが空いている。

 私の現場臨床における関心がうつのクライエントさんをいかに支援するかに重点が置かれ、フォーカシング指向心理療法に関しても「そのために」いかに役立てられるかという観点から探求の試みをしている最中である。

 それを構築するためには、まだまだうつ医療や認知行動療法をはじめとする様々なアプローチについての膨大な文献を読むことになるだろう。

****

 だから、今回は控えめにお伝えしておくと、来年の人間性心理学会第29回大会は、何しろ久留米から特急で1時間弱の熊本大学であることは確定しているので、そこで「何かについての」個人発表はします。これはうつに関するテーマをおもてに押し立てるかどうかは未定くらいに考えておきたい。

 ところが、更に翌年、2011年の日本心理臨床学会第30回秋季大会は、どうも九州大学が当番校になる可能性が高いそうですね。

 少なくともこの段階までには、「うつ」というテーマに関する私なりの現場臨床での実践のとりあえずの「総まとめ」を「学界で公表できること」を目指そうと思います。

*****

 ともかく、「うつと働き方を語る会」立ち上げ準備までのプレッシャーからは解放されました。

 私の、このブログでの立ち振る舞いも、10月は、別の意味で"Next level"に変容するかもしれません(^^;)

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2009/09/28

児童福祉施設での施設内暴力

 この言葉を聴いて、皆様は何を連想されるだろうか?

1. 「施設側の職員が入所した子供たちに暴力を振るう」

・・・・・これはこれで由々しき問題であり、現実に存在し、あってはならないことである。

2. 「入所した子供が、他の子供に対して、職員の目の届かないところで、陰湿な形で暴力をふるう」

・・・・・これも歴然と存在する。その中身は、とてもこのブログで具体的にご紹介できないくらいに陰惨な性質のものである。

 しかし、もうひとつ、現状ではあまり問題にされていない、凄まじい次元のものがあるのだ。

3. 「入所した子供たちが、集団で職員を袋叩きにする」

 こうしたことは、例えば少年院などの、法的に厳重なシステムがある空間では、まだしもそれを制御するシステムが機能する。

 ところが児童施設という「福祉」の領域に突入してしまうと、この問題について、誰が、どういう形で介入し、単に個々の入所した子供への対応を超えて、施設の態勢そのものの改善に向けてのチームワークを生み出すのか、そのための方法論はまだまだ未整備らしい。

 この領域に、敢えて臨床心理士の立場で取り組み、「安全委員会」方式という手法を編み出し、更に、こうした問題意識を持つ施設間の全国的ネットワーク作りに現在力を入れておられるのが、私の敬愛する、九州大学の田嶌誠一先生である。

 田嶌先生の、この、施設内暴力問題への取り組みは、福祉の領域にも様々な波紋を巻き起こし、毀誉褒貶著しい状況にあるという。

 しかし、先生は言われる:

 「まずはこの問題について賽を投げることが私の役割。それに対して様々な立場から色々な意見が出るのは当然のこと。そうやってこの問題についての事態が動き出し、いろいろな人が知恵を絞り、相互のネットワークが全国的に機能すようになれば、私のとりあえずの役割は果たしたことになると思っている」

*****

 更に次のようなお話もうかがった:

 「今の時代、臨床家の養成は、だんだん『専門学校化』している気がしてならない。それでは、単にすでにフォーマットがあるスキルを身につけた一団が生み出されるだけだ。

 しかし、そもそも、<臨床>とは、草創期においてはそうしたものではなかったはずだ。フロイトをはじめとして、まずは「<現場>での現実に具体的問題ありきであり、それを何とかしようという試行錯誤を重ねる。その取り組みは同時代の既成の専門家からは胡散臭い目で観られる。

 そういう「新たな問題意識そのものの開拓者精神」を育み、それまでに存在しなかったフィールドを掘り起こすことが、本来、大学という場でこそ成されるべきことなのだが」

*****

1103_2  すでに日本心理臨床学会第28回大会の会場の図書コーナーでご覧になった会員の皆様もあろうかと思いますが、田嶌先生が、この「施設内暴力」の問題を冒頭で取り上げる形で、この10年ほどの、不登校・引きこもり・大学学生相談・スクールカウンセリング・強迫症・など、様々な領域での具体的な実践の軌跡をまとめた新著が刊行されました。

 Amasonにも入荷 しました!!

●田嶌誠一:「現実に介入しつつ心に関わる -」(金剛出版)
ISBN:978-4-7724-1103-5

 目次だけ拝見しましたが、近年の「心理臨床学研究」の田嶌先生のご発表や論文でおなじみの、あの、「節度ある押し付けがましさ」をはじめとする、田嶌先生の生み出した用語も満載の本のようですね。

【追記】:その後、光栄なことに、田嶌先生ご自身にこの本を贈呈いただきました。感謝いたしております。近日中に、僭越ながら感想をこのブログで書かせていただくつもりです(09/10/30)

*****

 以上、昨晩、田嶌先生と福岡で直接お会いしてうかがったお話でした。

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2009/09/27

なぜイギリスで認知行動療法が「国定」心理療法になれたのか。

 以前、NHKスペシャル「うつ病治療 常識が変わる」についての特集連載をした時にも言及しましたが、イギリスでは2002年に国会審議を経て法案が通過したことを期に、認知行動療法のみが、公的保険の適用対象になる医療制度が始まりました。

 これに関して、私が開業サイトこの記事でコメントとして掲載した内容が、今でも開業サイトのアクセスNo.1を継続的に維持しているにもかかわらず、こちらのサイトでは同じ内容は掲載しないままであることに気がつきましたので、これを機会に若干それに手を入れて、転載しておきたいと思います。

------以下引用------- 

 その後調べましたが、イギリスの場合、サッチャー政権以降、医療は、民間病院で全額自己負担で受けるか、地域の定めあられた公的な病院(イングランド地域ではNational Health Centerという名称)で無料の公的保険適用で受けるのかという、徹底した二者択一システムになりました。

 この結果、身体病に関しても、庶民が、高度な医療サービスを、公的保険が認めていないために、容易に受けられなくなる弊害すら生じているようです(この記事参照)。

 うつ病を含む薬物療法についても、公的保健医療において、SSRIなどの高額な薬を使わずに済ませたいという動向が、特定の、統計的に効果が高いとされるセラピー「にのみ」予算を投下したいという思惑を生んだ側面があるようです。でもそうした側面は日本では全く報道されていません。

 そうした中で、セラピスト養成システムそのものもシンプルに規格化しやすい認知行動療法セラピストの国家的養成という大胆な試みに進んだところがあると思います。

 つまり、医療保険制度の、イギリスと日本の基本的な違い(更にはイギリスが相変わらずの「階級社会」であること)という問題に踏み込まないまま、このことを議論できないという当面の結論に至りました。

*****

 記事でも書きましたけど、リサーチ上のデータのことを問題にする際に、「他の」心理療法(精神分析やクライエント中心療法)を行なった場合との「比較検討」という統計資料をまだ目にすることができていないのです。これは、もし存在するのなら是非目にしたいのです(この点については、何の皮肉も込めることなく、そう思っています)。

 私自身、認知行動療法的アプローチに関心を抱き、現場臨床に生かすことについてはむしろ積極的な立場ですらありますが(こちらからの連載記事も参照下さい)、この点だけはどうしても申し上げたくなりました。

*****

 今の時代、薬物療法なしで鬱の治療ができあるという触れ込みをする機関の大半には眉にツバをつけるべきかと思います。適切な薬物療法がなされれば、確かにうつ病の改善を支援する重要な効果があるのです。

 ただし、SSRI等の狭義の抗うつ剤「それ自体」によって鬱の治療が改善するのは統計的には30%ぶんの効果にしか相当しないそうです。狭義の「抗うつ剤」以外の薬、すなわち、リーマスやデパケン等の気分スタビライザー、睡眠誘導剤、抗不安薬(旧来「マイナー・トランキライザー」と呼ばれてきたもの)、場合によっては非定型精神病薬などを含めた絶妙なカクテルを、その時の状況に応じて適切処方するお医者様の技量、生活や睡眠リズムのコントロール、休息とお医者様との診察時の話し合いという「医師という名の薬」の果たす役割が大きいことは言うまでもありません。

 極論すれば、流派に関係なく、どんな流派の心理療法やカウンセリングであろうと、ある一定水準の技量に達しているカウンセラーが、治療段階の適切なステージで実施する限り、薬物療法との併用で改善効果を「促進する」ことは、ほぼ間違いなかろうと思います。

 (認知行動療法ですら、まだ重度の段階にあるうつ状態の患者さんや、不安障害、パニック障害なども併発している患者さんに性急に適用すると病状を悪化させる危険があることが知られています)

 つまり、認知行動療法の研究者だけが、統計データを取ることに熱心である・・・・ただそれだけの違いであるに過ぎないのではないかという疑いが私の脳裏を去りません。

*****

 もっとも、私は、同じ心理療法流派の中でも、いいカウンセラーとそうでないカウンセラーの落差の方がよほど大きいと思っていますし、いい現場セラピストは、ある特定の流派の療法だけでカウンセリングを進めているなど、実はあり得ないわけですが。

 更に言えば、カウンセラー自身が、薬物療法についてのきちんとした認識を持っているかいないか、患者さんと医師との関係つくりをサポートする能力の違いという因子が絶対に大きいはずと考えています。

 こうした点で、医師とカウンセラーの連携についてのシステム作りおよび研修のあり方、更に言えば、カウンセラーに対する精神医学の教育のあり方、日本ではまだ非常に未成熟な段階にあるとも感じられています。

 今、やっと、日本医師会と日本臨床心理士会がいい意味での協調体制を取れる時代が訪れたようです。専門職大学院教育で、医療系大学院と臨床心理系大学院のクロスオーバーな連携は、やっと九州大学をモデルケースとして開始されたばかりです。

 そうした中から、医療と心理療法の好ましい連携スタイルが生まれてくることを信じたいと思っています。

*****

●参考資料:

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2009/09/22

「あと3年」と宣告されたら、あなたは何をするのをやめますか? (第2版)

 物騒なタイトルをお許しくださいcoldsweats01

 これは、日本人間性心理学会第28回大会の最終日、8/30に私が参加した、九州大学留学生センターの高松里先生と、九州産業大学の平井達也先生によるワークショップ、「”私”の働き方研究」の中で、お題として出されたワークのひとつなのです。

 高松先生は、数年前に、一度末期がん、余命数ヶ月という診断を受け、検査入院をします。

 検査の結果、それは結局杞憂に終わるのですが、それをきっかけに、人生観がまるで変わってしまい、それまでいろいろと引き受けてきた仕事を思い切って整理し、自分がほんとうにやりたいこととは何か? 日本人の働き方には、アジアを含む諸外国と比べても何かおかしなところはないか?・・・という問題意識が深まったとのこと。

 確かに、「今」という時を、常に未来のための投資・準備として位置づける日本人の生き方は、こうして、単に不況であるばかりではなく、雇用構造そのものが大転換しつつある昨今の社会情勢の下で、大きく揺るがされていると思います。

*****

 そうした中で高松先生たちが発想したのが、「捨てるワーク」と名づけたもの。

「あなたが余命あと3年と宣告されたとします。あなたは今、何をするのをやめてしまいますか? 何を捨てますか?」

 これを、紙に10項目、実際に具体的に箇条書きにしていくのです。

****

 ただ、ここで肝心なのは、「残りの3年で何をするか?」ではないということかと思います。

 何をするかのリストアップに過ぎなければ、映画の原題"Backet List"こと「最高の人生の見つけ方」になってしまいます。

 「何をやめるか」「何を捨てるか」と自問することは、単なる我執に過ぎないものをチョイスするというより、自分の今やっていることの中で実はそんなにこだわりはないはずのことに深い次元で気がついていくことになるのだと思います。

 ですから、実際にこのリストを書き連ねようとすると、「〇〇するのをやめる」という表現を言葉の上で取ろうとするのと裏腹に、「ほんとうは△△を自由にのびのびとやりたかったんだ!」という、生活の中で実行可能な、ささやかな気づきが浮かび上がるという、逆説性があるのですね。

*****

 私もいくつかリストアップしましたが、昨年、関東から九州に引き上げる段階で、実際、マジにいろいろ諦めたり、処分しまくった人間なので、思い浮かべるのが大変でした。

 いくつかひねり出した挙句、少し合間を置いて、最後に書き加えたのが、

「年齢を気にするのをやめる」

ということでした(^^)

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 実は、高松先生たちのこのワークのアイデアの発想の源のひとつには、映画「死ぬまでにしたい10のこと」があるそうです。

【以下、第2版で追加】

 学会ワークショップの後で、知り合いから多少は流れを訊いた上で、本日やっとDVDレンタルして観ましたが、なるほど、原題"My life without me"がいかにふさわしいものかに気がつきました。

 「愛と哀しみのボレロ」の原題("Les Uns et les Autres")は、英語に直訳すると「"THE WE"and"THE OTHERS"」というような感じでしょうが、その本来のタイトルと内容が切っても切れない関係にあるのとも似ていた気がします。

 こういうタイトルのつけ方は、何らかの意味で文学性も高い、ヨーロッパ映画(合作を含む)に少なくない気もします。

【第2版での追加部分、終わり】

*****

 これを書いている最中に、情報収集のためのネットサーフィン中に気がついたのですが、もうすぐ「2012」という「あと3年後」映画も公開されるそうですね(^^)

●「2012」公式サイト

 なお、この映画と引き付けることを「狙って」この記事を書いたわけではないことを、ここに宣誓させていただきます(きっぱり)

 要は「最高の人生の見つけ方」「死ぬまでにしたい10のこと」について再確認することを目的でググっただけでございます。

*****

●更なる追記:

 この記事との関連で、黒澤明監督の映画「生きる」の感想も、こちらにアップしました。

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