秋葉原

2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

blogram投票ボタン
ブログランキング・にほんブログ村へ
人気ブログランキングへ
携帯アクセス<br /><a href=ビジネスブログランキング
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 心理カウンセリングへ
にほんブログ村 音楽ブログ 女性ミュージシャン応援へ
にほんブログ村 ニュースブログ ニュース批評へ

 

2008/06/20

秋葉原通り魔殺人の彼が贖罪できるだけの「環境」があることを!!(第6版)

秋葉原通り魔殺人事件と、宮崎勤の死刑「執行」のタイミング関連の、前の記事の続きです。

現段階での私が知る情報の範囲内で観ると、恐らく「精神病的な」面はほとんどなくて、「精神病質」でもない。「分裂型人格障害(schizotypal)」あるいは「分裂病質(統合失調症質)」(schizoid)というDSM的診断は最大公約数としてできるだろうけど、その診断に当てはまる層の多くは社会的にごく真っ当に生きている人たちの10数パーセントは当てはまると思う。

 要するに,クレッチマーの性格分類でいう「分裂気質」のやや濃い人たちのある部分、あるいは中井久夫が「分裂病と人類」でいう「S親和者」=それを典拠を示しつつ拝借した浅田彰が、「逃走論」で「スキゾ」とポップに名前を付け替えた、「病理」というには過ぎ、社会の最前線で適応的に行けている人は、有名・無名を含めて五万(じゃなくて日本に500万?)といて、「人も歩けば棒に当たる」水準の範疇化(カテゴリー分け)しかできそうにない。

 こう分類できる人を排除したら、文化や政治に貢献したかなりの人は抹殺されることになるし、ただの「パラノ」だけでは社会そのものが機能停止し、全人類が窒息する(浜崎あゆみだって、後述の夜回り先生、水谷氏だって楽々このカテゴリーに入る。

 未熟な私だって堂々とその末席を穢(けが)せる(^^)

 宮台さんだって、ある意味では浅田彰よりはかしこく大人になって、しかもしたたかに社会にコミットする戦略を続けている「熱い」人物だろう。

 もっとも、あそこまで博学な、衒学的(ペダンチック)な饒舌さと感じさせてしまう多弁を押し付けると、「鼻持ちならなさ」とだけ感じられてしまいかねない限界はあるとして。

 安易に「大衆を啓蒙する」ノリにはまらないのはひとつの挟持だと思うが、まだまだ「身を守っている」気もする。

 宮台さんもあと一歩「突き抜ける」必要はある。

 いうまでもなく、私も。

****

 今回の事件の犯人については、学習障害などの広汎性発達障害の可能性もそんなに高くないだろう。

いずれにしても、犯行時の「責任能力」は十分にあったと思う。

もし今後、彼についてまたぞろ「多重人格障害」とか出てきたら、それは弁護士と精神鑑定医の「ひいきの引き倒し」となるだろう。少なくとも故宮崎や故宅間よりは健康性が高かったまま凶行に及んでいると思う。

ちゃんと贖罪できるパーソナリティの筈。

そうならないなら法曹界や司法精神医学やマスコミがよってたかってこじらせたといわれてもしかたない。


人がきちんと贖罪できるためには、それを可能にする「環境」におかれていること!!

これは今後の展開のためにほぼ断言しておいていいと思う。

******

もとより、現行法制のもとでは死刑以外になる可能性は全くに近くないと思いますが。

私はこの問題が「死刑の是非」論になった瞬間に本質を置き去りにした議論に過ぎなくなると確信しています。

******

●【秋葉原通り魔事件】加藤容疑者のメル友女性告白「悩んでいるようには見えなかった」(msn=産経)

(前略)

 彼女がトモと初めて会ったのは昨年7月末だった。

 携帯電話の出会い系サイトで知り合い、メールを何通かやりとりした。送られてくるメールは笑顔や悲しい顔などのカラフルな絵文字入りで、2、3行の短いものがほとんどだったが、一度始まると何往復もした。

 お互いに青森市に住んでいることが分かり、トモは「会いたい」と言ってきた。

 市内の駐車場で待ち合わせをした。ありふれたチノパンとシャツを着て、髪形には気を使っていないような印象を受けた。

 「きっと彼女はいないんだろうな」

 そう思った。

 名前を「ともひろ」と読み当てると、トモは「珍しいな。1回で読めた人」と笑顔をみせた。彼女はトモと呼ぶことに決めた。

 トモの軽乗用車に何度か乗せてもらった。車内は整頓され、後部座席にはUFOキャッチャーで得たらしいディズニーなどのキャラクターもののぬいぐるみが4、5個並んでいた。会話はあまり弾まなかった。ラジオやCDはかけず、車内はシーンとしていた。

 「この車、ずっと乗っているの?」

 「前はスポーツカーに乗ってたんだけど、事故起こした。今度、GT−R買いたいんだ」

 2人ともゲームが好きで、よくゲームセンターでUFOキャッチャーをやった。一度だけカラオケにも行った。歌を歌うのは好きらしく、一般の人は知らないようなアニメ系の歌を次々と入れていた。

 8月1日には2人で「浅虫温泉花火大会」に遊びに行った。屋台で食べ物を買ったり、花火を携帯電話の動画に撮ったりして半日過ごした。2人でいる間、トモは携帯電話の着信などを気にする様子はなく、親しい友人はいないようだった。
     
 花火大会の翌日。「親に家を追い出された。アパートに引っ越したから来ないか」と自宅に誘われた。

 部屋はアパート1階の1LDK。電気はまだ通っておらず、中は真っ暗だった。壁紙は張り替えたばかりらしく、清潔な感じがした。玄関にはスリッパが2足並んでいた。向かって右側にトイレと風呂、その奥にキッチン。左側奥には居間、その手前に小さな寝室があった。

 居間は10畳以上あり、フローリング床でテレビと大きなクリーム色のL字型ソファが占拠していた。「お金には困っていないのかな」と思う一方でこうも思った。

 「こんな大きなソファに1人でいたら寂しいだろうな」

 寝室には青っぽい絨毯が敷かれ、しわひとつない黄緑色のカバーがかかったベッドがあった。自炊をしている様子はなく、冷蔵庫にはその日の分のコンビニで買ってきた食べ物やプリンなどしか入っていなかった。

 一度、コンビニで買ってきた缶入りのカクテルを部屋で飲んだことがあった。トモは何本か飲んでも変わらず、酒は強そうだった。
   
 部屋では2人でもっぱらテレビを見て過ごした。夕方にはニュース番組をみることが多かった。バラエティー番組を見ているときなどは、トモは口元に手を当ててクスッと笑うこともあった。

 「オレと一緒になればいいのに」

 本気かウソか分からないが、トモがそんなふうに言ってきたことがあった。彼女は「それはないから」と、それとなく交際を断った。

 帰り際には必ず、「また来ていいから」と言われた。何度目かに自宅を訪れたとき、突然、合鍵を手渡された。

 戸惑いながら「いや」と言うと、トモは「いつでも来ていいから」と鍵を手のひらに押し込んできた。

 「誰かに頼られたいのと、自分も誰かに頼りたいのかな」

 そう思って鍵を受け取ったが、彼女がその鍵を使うことはなかった。

 8月も終わりに近づき、気がつくとメールのやりとりは途絶えていた。

 彼女が連絡先を変えたこともあり、それ以降連絡は一切取っていない。

「生きていれば何とかなる」と言っていたのに…
     

 加藤容疑者は彼女にとって「お兄さん」のような存在だったという。口数は少なく、自分の家族や悩みについて話すことはなかった。

 その代わり、彼女の話はよく聞いてくれた。

 当時、人間関係に悩んでいた彼女に対し、加藤容疑者は「生きていれば何とかなる。何かあってもオレがいるから」と優しく励ましてくれたという。

 当時を振り返り、彼女は「あんなふうに言っていたのに、自分がそうなったら(事件を起こしたりしたら)ダメだよ」と語る。

 彼女は加藤容疑者について「病んでいたり、悩みがあるようには思えなかった。もし悩みがあったのなら、私が聞いてあげていれば、あんなにたくさんの人を殺さずにすんだかもしれない」と唇をかむ。

 わずか1カ月間のつきあいだったが、今回の事件で、彼女自身もショックから立ち直れないでいる

*******

 
.......この記事は、あまりにもリアリティがある気がする。

 もちろん、彼女の力ではどうしようもなかったと思う。

 彼女の深い後悔と傷つきは、まさに知り合いに「自殺された人」が誰でも陥る「あの日にこうしてあげたら」心理状態とかなりの程度同質のものとすら思うが。

 私が大学学生相談カウンセラー時代に何度も研修を受けた、自殺学の権威、高橋祥友氏が"postvention"(「自殺された」人のケア)の問題として、語っているものを熟読のこと。

一冊なら「青少年のための自殺予防マニュアル」がおすすめ。

これは「犯罪防止マニュアル」でもあるのかもしれないという思いから。
 

以上、トラックバックうまく張れないでいるけど、

●公共機関のために準備中の文章です。誤りのご指摘などお待ちします。第2部【上の第1部に続きます】(MIYADAI.com Blog)

に寄せて。

臨床心理士にできるのは「診断」ではなく「見立て(assesment)」であり、直接あっても居ないクライエントについてのこうした推論は慎むべきとされているのを承知の上で、精神科医や臨床心理士など現場臨床家の多くが首肯し得る非常に無難かつ最大公約数的なラインとして申し上げました。

マスコミや弁護士や留置のありかたが,彼の症状を今後こじらせ得る「原因」として機能し得るため、犯行時の真相究明をむしろ混乱させ、類似の状態にある人たちにも悪影響としてしか機能しなくなるということを示唆することこそ私の狙いです。「自己成就的予言」への危惧ですね。

●【人、瞬間(ひととき)】あの先生 夜回り先生、水谷修さん(52)(中)(msn=産経)

この記事、何か、自分を見るようです。

私自身は学生運動まっただ中の団塊世代ではないし、いわゆる「ノンポリ」だった。しかし、ロックアウトや学内で発煙筒が炊かれるを学内で体験できた「団塊余韻世代」、水谷氏の数年後輩を、東京千代田区のお隣の私立大学で「哲学科生」として体験した。

体験した哲学科生としての違和感は、水谷氏と接点が相当あると思う。

水谷氏自身は「遅れてきた」「時代遅れの」学生運動家みたいな世代的マージナル(辺縁)性を持っていたと思うので。

「見せしめ」死刑執行は20-40前後の人間の自殺者を増やしかねない(第4版)

宮崎の死刑の是非は置く。

死刑論議にも関与すまい。

ただ、このタイミングでの「死刑執行」が(すでに言われていることらしいけど)秋葉原の事件を受けての、早速の「見せしめ」効果を狙ったと受け取られてもおかしくない(少なくともそう受け取られる可能性が高いことを承知で出さないとすればおかしい)あたりを「うさん臭い」と思うのは全く自然なことと思います。

はっきりいって、それを狙ったとすれば、現代日本とは、何とも「野蛮な」仕方で治安を守る、中世前期ヨーロッパの異民族との戦争クラスの前近代的な社会でしかない。

今は「モーロ人」と戦ったシャルルマーニュやエル・シドの時代ではないのである。

「異民族」に新たに虐殺された見せしめに、ずーーーっとロンドン塔かバスティーユに監禁していた「その異民族」の「有名人」を公開処刑したようなもので。

何か、最近の「正論」って、ものごと割り切り過ぎて自分もその正論の犠牲者になる可能性を考えてもいない気がする。

そこで政府の政策(あるいはポピュリズム的世論)の支持をしても誰もそのぶん自分たちを助けても援護してもくれないよ.....といいますか。


ユングの「影」や「相補性」の概念を持ち出すまでもなく、


「私は『あいつ』のような人間ではない」


という論理よりも、


「自分の中にも『あいつ』と同じようなところがある」


という感覚がある人間の方が,結局は強い
気がしてね。

*****


かつて、東京埼玉幼女連続誘拐殺人事件で宮崎が逮捕された日の報道が「おたく差別」になる危険を、逮捕の当日の夕刊を各紙買い占めて読んで、その晩のうちに朝日新聞「声」欄に投書し、数日後掲載された人間として。

私は、あの投稿をしたその日から、自分はカウンセラーだから彼とは異次元だ、なんてただの一度も感じたことはない。

もっとも、宮崎のことを「多重人格」という方向で鑑定しようとした人たちは、精神医学の中で蓄積された「多重人格」という診断の価値を「安く」してしまった張本人だと思う。

ちょっとした臨床家なら、あそこで「多重人格」の診断を持ち出すことが「あまりに素人臭いアマチュアリスム」の次元だと気がついた筈だ。

精神医学の世界ですら、明らかに診断に「流行」がある。

鬱病は古代ギリシャから普遍的に観察された病だが。


いや、およそ社会に置ける新しい概念は「過剰使用」されたあげくバブル崩壊して見事な値崩れを起こす。

何でもかんでもその概念を当てはめるうちに、別のものに化けるのだ。

「地球温暖化」や「グローバリスム」ですら、20年後には陳腐な概念として振り返られるかもしれない。

いつの間に「アダルトチルドレン」は差別語になったの?

*****

すでに公開されている情報から見る限り、彼には責任能力はあったと思う。ただ、拘置の過程で抗禁性精神病状態に入っていた、あるいは、いろいろな人が勝手にいろんな診断をする中で、彼自身がそれに振り回されていよいよ混乱していった(あるいは彼の中のよこしまな心を更にかき立て、更に邪悪にした)可能性は否定できないだろう。

敢えていうが、彼がこのタイミングで見せしめ的に死刑執行されたことで、実は、45歳前後以下の世代のマジョリティすら持っている危機的な「何か」が一緒くたに「葬り去られた」気がする。

法務大臣は、今後仮に無差別殺人は減ったとしても、20代から40代の自殺者はぐっと増えかねないことをやらかしている気がしてならないのね。

オイルショックの頃、石油に限らず、世界中の資源がまるで21世紀初頭にすべて枯渇してしまうみたいな「政府公報」が繰り返し流されていたことを忘れない世代として。

「それが世界の潮流である」

ということは、その潮流に乗っていたら社会がうまく行くこと、自分も生き残れることはみじんも意味しない。

30年スパンで見たら、笑いたくなるくらいに「世間の常識」は変動しているということ。


******


宮台さんが自分のブログで、


●公共機関のために準備中の文章です。誤りのご指摘やご意見をお待ちします。(MIYADAI.com Blog)
http://www.miyadai.com/index.php?itemid=652

として載せている原案、「社会包摂性」ということがキーワードとされています。

宮台さんなりに、最近の状況について、単に「評論」するのではなく、社会的に「コミットメント」しようというスタンスを感じます。

「フリーター」という言葉に変わって「ワーキングプア」という言葉が一般化するまでに、実は2年もかかっていないということ。

少なくとも20代後半から40代前半ぐらいの世代って、誰からも具体的な処方箋を政治水準では提案してもらえないまま、責められるばかりになっている気がします。

それを超えていくパラダイムを日本社会に提示しようとしているだけで、その心意気は買いたいですね。


******


恐らく、私の世代は、実の親が、単に「銃後」ではない、大陸での戦争の現実を体験し、背負いながら戦後を行きてきたことを肌で感じている最後の世代かもしれない。

団塊世代よりも前の世代の「戦争体験者」感覚が、自分の中に濃厚に生きているのを感じる。


私の祖父は、関東軍の軍属で、ソ連の戦車におわれて引き上げる中で、何か非常に不透明な状況下で「殺されて」いる。父も銃で死んだ死体しか観ていない。

父親の兄のひとりは、現地で徴兵され、阿片窟で死んだことは歴史資料からほぼ確実らしい。(父親が長年かけて史料を読みあさり、執念で突き止めたようだ)

「阿片窟」で連想する映画といえば「ラ・マン(愛人)」ですが。

生き残った父と祖母は、昭和21年まで1年間大陸で生き延びた。

その優しくも気骨があった祖母こそが、私の中にある親より上の世代の「原像」であり、私の高校時代までの人格形成に大きく影響していると思う。

引き上げた先の福岡の実家は、東京生まれですぐ大陸に渡った父にとっては「故郷」ではなく、「異郷」だった。

私は,私なりに父親の身体に染み付いた「闇の部分」を引き継ぐだろう。


******


昨日、「愛と哀しみのボレロ」(Les Uns et les Autres)を実に久しぶり(恐らく20何年ぶり)に、しかも完全版で観た。

私の大学学部生時代の映画。

原題と邦題が全然ニュアンスが違う映画としてマニアには知られているかと思う。

"Les Uns et les Autres"って、英語でいえば「"THE WE"and"THE OTHERS"」というあたりか。 直訳だと「私たちと他人」あるいは「俺たちとあいつら」ってとこ? 

実は作品の中で繰り返して出てくる歌のタイトルでもある。


 自分たちと他人
 自分たちと他人

 お互いが他人なのに
 尽くす人は少ない

 理屈ではわかっていても
 救いを求める声を聞き流す
 他人のことを聞き流す

 人は皆平等だけど
 特別大事な人もいる

 ジョージ・オーウェル言うとおり
 他人は他人
 他人は他人
 


 私が学部学生時代に読んだ、反精神医学の旗手、イギリスのR.D.レイン「自己と他者」っていう本(私がレインの本の中で一番親しめた本)のタイトルも連想するけど、これはあながち思い込みではない気がする。


DVDは完全版ではない3時間10分ほどのもの。現段階でVHSビデオ2巻組の中古でしか観れない完全版は4時間です。ビデオの画質は「凄く良好な」部類と思いますよ。DVDにダビングしても良好な画質保てます。ブルーレイ時代の本格突入待つしかないか? 入手難の作品です。

参考までに。確かPart1のビデオが冒頭の予告編付きで2時間25分くらいでヌレエフ(がモデル)のソ連ダンサーのパリ空港での亡命シーンまで。Part2のビデオが2時間6分です。

これ、カラヤンとヌレエフとピアフとグレン・ミラーをモデル(といっても史実とはいろいろ違うが)にした4家族の歴史が交錯する大河ドラマ、というくくりかたが紹介でよく使われるけど、実は完全版まで観ると、ベタン政権とナチ占領軍にゴマをすって戦後一転して転向して大物になった人物とその娘やら、アルジェリア戦争帰還兵という無名の男性4人とそれに絡む男女関係やら、実は「有名人」ではない人々を含む、合計8家族が緻密に織りなす(ひょっとしたらフランス人だとモデルとなる人物がもっといろいろ思い当たるのかも)からこそ面白い、よくこれだけの人数の登場人物の関係を緻密に統合できたと感じる、実に厚みのある大河ドラマなのだ。それが本来のこの映画の持ち味。

少なくともカラヤンのナチとの関係やヌレエフの亡命事件ぐらいは自明の教養水準として要求されるけど、あとはフランスのベタン政権(ヴィシー政権)アルジェリア独立戦争ノルマンディ上陸作戦についての世界史の教科書クラスの知識があれば、この作品を味わうのに何も困らないと思う。

これは完全版で2回ぐらい通して観ると、どんどん味わい深くなる映画だと思います。一回観ただけでは登場人物の互いの絡み、とらえきらないし。

クライマックスの、ベジャール振り付けの、今は亡きジョルジュ・ドンのカリスマ的な「ボレロ」シーンだけがひとり歩きしているけど、このシーンにすべてが結実するこうした数多くの登場人物の歴史こそが本題。いわばその収束的救済のための「虚構の祝祭」がクライマックスということにあるわけで。


*****


この映画に「我がことのように」共感する感性を、現代はもはや失いつつあるのだろうと感じる。


すっと以前の映画だが、私は、「日本の一番長い日」も「白い巨塔」も子供時代に鮮烈な印象で同時代的に観た世代である。


******


何か脈絡が散文的になってしまったが、

ここで書いたことの中に、恐らく今後の私の人生を決める、何かが含まれている気がする。


続きはこちら

2007/03/31

iPod向け「超」高級ヘッドフォンの世界!!(+α増補)

 わたしにとってもまだ手が届かない、コンデンサー型「でない」ヘッドフォン、オープン型と密閉型の「頂点の世界」の音を、知人の協力で体験できたので紹介したい。

 

ALESSANDRO MUSIC SERIES PRO(後面解放型)

(こちらも参照)


 わかりやすく言うと、私の愛機、GRADO SR325Iのハウジングを、アルミ削り出しから、マガボニー材を削り出したものに置き換え、更にヘッドバンドとつなぐ金属のスライド式調整棒を丸から四角の棒にして堅牢化するなどのマイナーアップデートをしたものと思って下さるといいでしょう。

 同社の同じようなマガボニーのフライホイールの高級機、RS-2などとはフライホイールのサイズ等、若干異なり,大きめで,ダイナミックレンジ、周波数レンジも広い、より新しい製品のようです。

 ALESSANDRO(アレッサンドロ)というのは、人の名前(George Alessandro)で、エリック・クラプトンをはじめとするハイエンドのギタリストの楽器や周辺機器のオーダーメイドを請け負ってきた人らしい。この人の楽器製作で培われたセンスと,グラドの技術が結合した製品なのですね。GRADO SR325Iですら4万円なのに,更に2万高いです(^^;)

 SR325I信者の私からすると、もうここまで来ると○△□☆※!!な領域の音!!

 ある意味で音のスコーンとした「抜けのよさ」はSR325Iより落ちます。SR325Iも、きちんとした装置と電源管理で聴く限りは,決してキンキンの音にならない筈なのだが、こちらは微妙にくすんだ,更に「艶(なまめ)かしい」音調になる。

 それは、まさに木のスピーカーの、あのくすんだ暖かみと陰影なのだ。タンノイスピーカーの愛好者である私からすると、ヘッドフォンでこういう音調が聴けるということ自体驚き。ある意味では、たしかにこれは「楽器の音」である。ただ、時としてこういう木製ハウジングの高級ヘッドフォンにある、穏やかになり過ぎて、音のレンジ感が狭くなり、透明感が失われる印象が非常に少ない。

 つまり、ロックやトランス・ミュージックやayuのようなパルシブなソースでも「おとなしくなる」印象がなくて、分解能が高くて瞬発力を持ちながら、ひとく貴族的に、しかしめいっぱいバリバリ鳴らすという、ギリギリのバランスがとれている。

 なのに、「艶かしい」。何度もいいたくなるけど。この、絶対矛盾の自己同一の上にある(?)製品。

 そして、SR325Iの欠点である、低域がやや野放し的でボテっとしてしまう面が見事にコントロールされ、変わって、上質の楽器の「胴鳴り」のような、上質の引き締まった響きに置き換わる。クラシックとか、もう、言語を絶する生々しさになる。

 これ、ひとつあれば、「私の」理想に限りなく近いと思う。


うううううう。.....稼ごう。


******



ULTRASONE Proline 750(密閉型)

(こちらも参照)


 トランスミュージックのお膝元のドイツのメーカーでっす。だからカタカナ読みなら「ウルトラゾーネ」でごさいます。

 この製品の上位に、更に"EDITION 9" という、25万円する化け物機種(>* o, *<)があるらしくて、そっちは冗談みたいな「雲上界」だけど、こっちはSR325Iより安めで実売3万強くらい。

 しかも、この機種にはオーディオチェックとエージング用の、広帯域収録の音楽+生録CDが付録でついてます。「スペースインベーダー襲来の砂漠の嵐」を無機的に延々聞かせれるくらいなら(これだけで意図がわかる人にはワカル)、大波ドドーン!! の遙か彼方に「霧笛」が微かに聞こえるのに浸って瞑想するのも一興かもしれない(^^;)。この付録CDだけでも売りに出せる水準かも。

 これはALESSANDRO MUSIC SERIES PROとは文字通り正反対の路線の音。ある意味で何ともサラサラとした「超ネアカな」」音。細やかな陰影で聴かせるタイプではない。音に「陰影」と「深み」と「コク」を求める人にはまるでピンとこない音だろう。

 作りもそうなのだが、何かすごーく「プラスチック臭い」音なのだ。ゴリゴリしたリアルさからはほど遠い。

 でも、だからといって、日本で言えばテクニカ的なストレート・サウンドを想像すると、またピント外れになる。

 全然音が硬くない!!

 ではソフトで「眠い」音質なのか?
 
 いや、これほどレンジが特に上の方に伸び、細やかな分解能で、音の粒子が細かく鮮明に飛び散り、ハイスピードで、広大なステレオ空間が定位する製品は珍しいだろう。

 S-LOGICという技術が、この広大なステレオ音場に関係するらしい。誤解なきように言うが、これは電子的なサラウンド回路とかではなくて、あくまでも構造的なメカニズムである。

 ある意味では、ayuのアルバムのサウンドがここまで細かく分解して細部まですっきり見通せる製品は聴いたことがない。

 しかし、低域は、ソフトで、ややボタっとしているし、暴れまくる。

 何より音色の深みが感じにくいのだが、この製品のケーブルのブラグは両端ともミニステレオジャックで、ヘッドフォン本体側はねじ式の着脱できるタイプなので、それを差し込む部分のかなり小さい口径と一致する、短くて高品質のステレオミニ×ステレオミニのケーブルとかが見つかれば(自作すれば)、この独特の「能天気過ぎる」「浅い」音色を改善できるのではないかとも思う。

追記:80センチのステレオミニジャック仕様ショートケーブルが1800円で別売りとのこと。ネットでのショートケーブルのみの単独注文はここでできます)


******


 なお、どちらの機種も基本はステレオ標準プラグです。

 ALESSANDRO MUSIC SERIES PROには、本体直つけのケーブルの末端につなぐ、15センチぐらいの、ミニプラグへの、同じ材質の「変換ケーブル」が標準装備。でも、アルミ削り出しの変換ブラグをブチルで縛り上げて泣き止めした私の「自作改良型変換プラグ」に比べると、皮膜材質がビニール系なので響きの反応の瞬発性と低域のレスポンスのインパクトが微妙にのろく、甘くなります。

 ところが、GRADO=ALESSANDROのヘッドフォンのケーブルって、UHPLC銅線という上質のものを使っている(これが音質にかなり決定的な筈)。だから、この短い変換ケーブルをULTRASONEのステレオ標準ブラグの先につないで、聴いてみる、という、天をも恐れぬ(?)アイデアを思いついた。

 ケーブルとは、直列につなぐと、接点での劣化はあるにしても、短くても、より高品質のものの方の材質の音色が支配的になるという法則があります(スピーカーケーブルも)。

 予想通り、ある程度、ですけど、ULTRASONEの響きが、「ネアカな性根はどうにもならないけど、少しだけ端正でまじめ」な方向に変化しました(爆)


※なお、URTRASONEには、iCANという、まさにiPod向けを意識したネーミングの小型軽量機もあるようです。私は未聴ですが、上記で紹介した機種の、圧倒的にたっぷりとした音の広がり感までは,価格相応にないらしいです。石丸電気(アキバだけ?)では試聴態勢があるとのこと

 更に、。このiCanシリーズには、上位機種として、下から順に"Okta""Naos""Aurum"とあるそうです。詳しくはこちらをどうぞ。


※この記事を書く上で、「ためごろうのヘッドフォン日記」を参考にしています。このサイト、ヘッドフォン情報にほんとにディープにお詳しいので、皆様にも参考になるかと思います。


●おまけ:
少しソニーを弁護したくなった
(そんなに悪いか? この機種)

ソニーMDR-D777SL-S  今、楽天で個数限定で安いので、それだけで思わずご紹介してしまう。

 はっきり書きますが、評判は良くなかったみたいで、現在あちこちで安売りされています。

 ただ、あれからもう一度自分のiPodつないで試聴しなおして、何か複雑な思いに駆られたので、敢えて珍しくソニー弁護の論陣を張るぞ。

 確かに一見地味な音かもしれないし、安い製品と見かけが変わらないし(^^;)、ケーブルが頼りなく見える。

 高域がすごく「上品」なので(帯域的に出ていないのではなく、ある意味では「実に素直に」伸びているのは宣伝通り)、アウトドアでの使用だと「エッジが立たない」ことが音を物足りなく感じさせる可能性はある。

 しかし、それは,以前にも書いたように、「高域」というものへのありがちな誤解によるものが大きいだろう。5KHzから12KHzのあたりにどこかピークを持たせさえすれば、シャリシャリと「高域が伸びている」印象を持たせるのは容易なのだ。

 低域は「実は」随分伸びていて、なのに引き締まっていてドロンドロンせず、すっきりしたスピード感があるののは密閉型としてはむしろ「上質」で、なかなかないだろう。この点では既に紹介したテクニカのATH-ES7よりもかなりいい。(逆にいうと、あれだけ薄型でこっちより定価で1万安いのに、低域以外はこちらを凌駕する、私の好みの「実直さ」に徹しているES7はたいしたものだ)

 見かけ上(聴きかけ上?)の高域に、「外国語の子音に鈍感そうな」、伝統の「勘違いした聴きやすさ」のソニー臭さ(^^;)がまだやはりあるが、全体として、間接音成分がすごく上質。

 ある意味では、周波数特性的にはフラットな振動版を「強迫的に」開発し、コンパクトなプラスティックのハウジングとフライホイールで可能な範囲で、不快な音が出る要素をとことん「制御」してしまい、「鳴き」が出ないようにしたことが不評につながるという、不幸なボタンの掛け違いがユーザとの間に生じた製品。
 
 ちなみに、「外の音を聴くための」スライド式のポートというのは余計な仕掛けと思う。音楽が流れていない時にすら、このポートを開けても閉めても「ほとんど」外の音の聴こえ方が変わらない(爆)。これのために少し音質的にマイナスになる構造を呼び込まなかったか?

 テクニカES7はステンレス製ハウジングによる「構造のシンプルな堅牢さ」というところにベースを置いたのでこうならずに済んだのだと思う。

 ヘッドフォンの好き嫌いが凄く激しい私が敢えて言うが、「7000円のヘッドフォン」としてみたら、日本製ではかなり上質、こういうのを「フラットな,超カマボコ型特性」というのだと思う。


 もっとも、イアパッドが上質であることが、逆にかけ心地の上で「うっとおしく」感じさせるという矛盾に陥っているかも。装着感が良すぎることで逆に「耳が」一瞬「閉所恐怖症」に襲われて「こわい考えになってしまう」のがむしろ嫌われるか? 夏場は耳がムレそう(^^;)

 エージングすると思ったより音は「伸びて」聴こえ出すタイプかと。

 全般に、ソニーのヘッドフォンって、ある意味で、通俗的な意味で「オーディオチック」というより、耳にやさしい,繊細な聴きやすさはあると思います。パッと聴くといい音なのに、何か飽きやすい音(^^;) でもこの「平凡さ」は、実は「偉大な平凡さ」かも?。聴いているうちに、耳が痛くなって不快になるよりはいい。いい意味での「日本的な」ヘッドフォンらしさがある。ちょっと線が細い、「蒸留水性」があるんだけど。

 下手にインナーイヤーにこだわるよりは、よほど、余裕感はあるし。

 もっとも、ayuを「極める」とか、細かい音までどんどん訴えてこないと、という人には"?"かもしれない。音のバランスはすごくいいけど、すごく「優等生」のayuになってしまう(^^;)

 ただ、こういうヘッドフォンの音を聴くと、ayu自身が、ライブの際には、パナソニックではなくて(爆)、ずーっとSONY愛用者で通しているのも悪くはないかなと思う。耳に負担にはならないし、パートがごとの音が自然と聴き分けやすいのはソニーの伝統。

 それに、ヘッドフォン(イヤフォン)は、一度好きなのが決まったら、むやみと変えない方が、自分なりのモニター的音の聴き分けの勘は狂いません。いくら倖田やマドンナ(マドンナのはコードのみかけとその後ろ向きの引き出し方と跳ね上がりぐあいはどうみてもE5cのシルバー色ケーブルなのに、装着部は、肌色の耳をきれいにふさぐデザインなのでオーダーメードと思う)がシェアー系でも、我が道を行くべきです(きっぱり)

 ayuをひたすらネアカでもいいから(爆)そのサウンドの細部まで「3万円前後出して」堪能して聴くなら、URTRASONEのPROline750にショートケーブル追加投資の方が、いくら低域がボテボテ暴れようと、「遥かに凄い」、滅多には味わえない領域とは断言しますが(^^)、「7000円払うヘッドフォン」なら、このソニーも、かなりいい方です。


 でも、これが「売れなかった」と知って、何か変だよと言いたくなった私。


マウスコンピューター/G-TuneApple Store(Japan) Apple Store(Japan) e-onkyo オンキヨー公式ショッピングサイト

2006/09/28

ひとつの「概念」を広めることから「流行」は始まる

 ちょっとこの「オタク狩り」報道には胸が痛みました(すでにリンク切れしています)。

 ある意味では、以前、渋谷でしたっけ、「オヤジ狩り」という現象が「流行った」ときのことを思い出しました。

 ただ、ひとつ気になったのは、もちろんマスコミの皆様は、警察での供述に基づいてただ報道しているだけでしょうが、

 これによってここでいう「..........狩り」の報道により、

むしろ、

「そうか、その手があったか!!!」

と「気がつく」連中が更に増え、

(これまでも実際にはいたと思いますが)「流行」し、

「アキバでだけはノビノビできる楽園だ」

と思っていた人たちを不安に陥れ

ひいてはこの街に栄えるさまざまなお店に経済的打撃を与えて、

「少し入るのに勇気がいる」お店の前で「お客さん」が、
店から出て来るのを「待ち伏せる」ようになり、

アキバのお店の売り上げが落ちるどころか、

株価の変動という、実はかなり「心理的」な要素に影響されるものにおいて、アキバを拠点とする著名企業の株を値下がりさせ、

日本が再び不況になることには無責任でいいわけですからね!!


(もちろん、今の話の途中からは、キツい「ウィット」のつもり!!)

*******

 少なくとも、「オレオレ詐欺」は、マスコミが「オレオレ詐欺」という「概念」を吹聴したので、余計に「流行」して、おかげで銀行や郵便局にそのことへの警告表示が必ずある時代に「なった」わけです。

 もちろん、どんな現象が今社会で起こっているかの「報道の自由」は保証さればならない。

 でも、警察とか報道とかが、むしろ率先して、

「オタクの人たちの楽園、アキバを守れ!!」キャンペーンも、

すぐにはじめて欲しいものです!!

(オイ!ここの部分は「マジで」いってるんだからな、マスコミさんたち!!その方があんたらへの評価も「更に」高まる!!)

*******

 今は湘南に移住したので、滅多にアキバに行きませんが、それでも、私にとって、アキバが、25年前、「オーディオの街」「パソコンの街」であったころから私を「育ててくれた」街だからこそ、この報道は悲しい。

*******

 あの、十数年前の「幼女連続誘拐殺人事件」の容疑者逮捕の日の、彼の部屋を大写しにした写真をデカデカと掲載した新聞紙面のことを私は忘れません。

 その日の晩のうちに、朝日新聞「声」欄に、

「私は大学で学生相談している臨床心理士(カウンセラー)でアニメファンだけど、これをきっかけにアニメファンへの偏見が広まることを危惧する」

と、もちろん「実名で」投稿し,数日後実際に掲載された、ある人物がいました。


それは誰でしょう? 


........皆さん、もうお察しですよね(^^)

2006/07/16

先週の人気記事ベスト20!!(最終確定版)

 @NIFTYココログの、月曜日-日曜日の「先週」記事別アクセス解析機能を使って、客観的データとしてはじき出してみました。

 ただし、トップぺージへのアクセスではなくて、固定リンクでのアクセス率のみから集計しています。

第2版の数値は16日(日)24:00での確定値です。

 今後、毎週月曜にはこの週ごとのランキングを定期連載にしたいと思います。

 このランキングの掲載の結果、まあ、ワールドカップの終了後の連休2日めで皆さんにネットをじっくりと読んでもらう余裕があったのでしょうが(新規記事がないにも関わらず、17日の延べアクセス287)、明らかに、過去の古い記事を含めて、どの記事が読まれるかに、すでに明白に「異変」が生じました。

 もっとも今回は、この記事「初版」を日曜19時頃載せてから5時間の間に生じた影響バンドワゴン効果?)も含まれていることになりますが。

 次回からは、「完全に」日曜24時締めの「先週」ランキングが、1週間、アクセス解析記録として表示されたままですので、忙しければ、月曜でなくとも、翌週の暇な時にいつでも作れます。

 もちろんそれでも「バンドワゴン効果」は残るのですが、いい意味で古い記事を掘り起こして読者の皆様に読んでいただけるのは、私にとっては「過去の遺産」を埋もれさせずに読んでいただき、「新たな読者の皆様の当ブログへの勧誘」を検索エンジンやSEO対策にのみ頼らなくていいので、生産的意味があると思います。( )内は7/16の19:00からの5時間の間に生じた変動です。

********

1.あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(→)

2.フォーカシングは、分野に関係なく、その人が「現場経験」から学び取る力を圧倒的に高める(→)

3.子供との関わりのためのフォーカシングの本、新刊(↑)

4.音抜けが圧倒的に良く、決して低域がダブつかない、究極のオールラウンド密閉型ヘッドフォン!(↓)

5.「死にたい」と言ってもらえること(↓)

6.クライエントさんに「共感できない」気持ちを糸口に、クライエントさんへの深い「共感」への道を開くこと (↑↑)

7 . 夢フォーカシングについてNEW!

8.「共感的に」人の話を聴くとは?(入門編)(↑↑)

9.「『信』なき理解」(↑)

10.欝とは、自分が無理をしていることを認識できなくなる時期にすでに始まっている(↑↑)

11.続・『信』なき理解 -援助職の人自身の人間関係の光と影-(↓)

12.目覚めれば午後3時半(↓)

13.プロ・カウンセラーの6つの条件("7.11 Asega Doctrine")(↓)

14.ヘッドフォンと共に過ごした「安息日」(↓)

15.インシュレーターは使わないに越したことはない(↓)

16.単なる「ロールプレイ」より効果的なカウンセラー訓練(↓)

17.真っ白な灰には決してならないうちに、(予告付)(↓)

18 .今週の人気記事ベスト20!!(初版)NEW!

19.あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(への「コメント」(↓)

20.iPod向けヘッドフォン・イヤフォン・小型スピーカーの記事index(↓)

********

こうしてみると、私のページが、現状では、

カウンセラー(およびカウンセラーを目指して勉強中)の方々と、

iPod用のヘッドフォンを探している人、

ピュア・オーディオ・ファン、

向けのサイトであり、

浜崎あゆみ中島みゆきサイトではない!!

というリアルな現実やはり私は直面せざるを得ないのであった(^^;A

 .....まあ、ある意味では、特にこの3週間ぐらい、若いカウンセラーの方に読んでもらうことに、実際私も「一番」力を注いで来ましたので、本望といえば本望そのものの結果です。

 これからも、どうかよろしく!!

2006/07/13

あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(第3版)


ispot ココロとカラダの癒しすぽっと検索ispot
会員の皆様、はじめまして。

 神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」を開業しております、臨床心理士(資格証明書↑)の資格を持つカウンセラーの、阿世賀(あせが)と申します。

(「臨床心理士」ですが、「医者」ではありません)

 20年近くにわたる、大学学生相談と、社会人の方を中心とするカウンセラーのキャリアを経て、2005年7月11日に独立開業いたしました(ちょうど1周年!)

 臨床心理士と共に、アメリカに本拠を置く、フォーカシングのNPO国際組織、"The Focusing Institute"から、

  ○フォーカシング・トレーナー
  ○フォーカシング指向心理療法(FOT)セラピスト

更に、

  ○コーディネーター
  (トレーナー、FOTセラピストの養成、資格認定資格者)   

としての国際資格を頂いております。

 フォーカシングを学べる場所は日本各地に数十箇所ありますが、土日、平日問わず、定休日以外、一日8時間開業しており、しかもその相談機関の公式名称そのものに「フォーカシング」を冠した常設相談機関は、不肖私が、「日本初」のようです(2006年7月13日現在)。

*****

 では、私に相談して下さる場合に、その「フォーカシング」という技法だけが使われるのか.....ですって?

 いえ、そんなことはありません!!

 私が開業をする際に心に決めたこと、それは、地域に溶け込む、

   「町医者」ならぬ、

   「町のカウンセラー」

になるぞ!! ということでした。

 「町医者」は、もちろん重たい疾患の場合でしたら、検査や入院・手術のの施設の整った「専門の病院」や「地域の中核となる総合医療施設」、「大学病院」などを紹介するでしょう。

 でも、「町医者」は、とりあえず「内科」の看板を抱えていても、傷の応急手当のような「外科」的な緊急処置もとらねばならないでしょう。「目や耳にゴミが入って取れない」という訴えにも応じなければならない。時には、時間の余裕があれば、孤独な老人の話し相手にもなるのが自然かもしれませんよね。

 実は、「現場カウンセリング」というのも、そのような「町医者」と、似たところがあると思っています。

 現実の医療現場では、特に緊急の場合、

「私は『内科医』だから、『外科』『脳神経外科』『婦人科』がふさわしい方は最初からお断りします」

.....なんてことないでしょ? 

 必要な基本的診察はした上で、患者や家族が必要以上の動揺しないようにいさめた上で、自分で対応できないと感じたら他院への紹介状を書いたり、連絡先は教えるでしょう? 一刻を争うようなら救急医療の手配までしてくれるでしょう。

 これと同じようなことがカウンセラーにも必要だと思います。 

 「ストーカーの被害に遭っているんです」
 「.....それじゃ警察に行きなさい」

 「キャッチセールスにひっかかったようです」
 「....それなら、消費者センターに電話しなさい」

 「リストラの後、仕事が見つからなくて、困っています」
 「....それなら、ハローワーク(職安)に行ったらどうですか?」

だけで終わらせているカウンセラーがいるとすれば、

  「そんなことは、とっくにわかっている」
   はずのその人が、
   なぜ「カウンセリングの」門をたたいたのか

という、「一番大事な」その人の「思い」を見落としていると思うんですよね。

 もちろん、私も、それが適切と考えれば、警察や医療、地域精神保健、消費者センターなどを速(すみ)やかにご紹介しますし、そういう外部機関との関わり方についての「コツ」も伝授いたします。

 でも、恐らくその人は、

  「誰にも相談できない」という、
  「孤立無援」の思い

を抱えて、行き詰まった果てに、まずはカウンセラーの門をたたいた、ということは、決して忘れてはならないと思っています。

******

 あと、もうひとつ、

    なかなかよそでは読めない、
    「ホンネの話」

を書きますね(^^)

 カウンセリングや心理療法、いろんな「流派」「手法」があります。

「精神分析」「分析心理学(ユング派)」「来談者中心療法(ロジャーズ派)」「認知行動療法」「行動療法」「論理療法」「森田療法」「内観療法」「催眠療法」「箱庭療法」「絵画療法」「プロセス指向心理療法」「解決指向(ソリューション・フォーカスド)心理療法」「EMDR」などなど。

 どの療法が「すぐれている」かですって?

 実は、特殊なケースを除くと、

  ある「療法」より、
  別な「流派」の別の「療法」の方が
  効き目がある

なんていうことは「ほとんど全くない」ですよ!!

 どの「流派」を看板に掲げていても、大抵のクライエントさん(相談においでになる方)にとって、

  いいカウンセラーはいいカウンセラー

なんです!!

 おもしろいもので、そういう、各流派の「達人」の域に達したカウンセラーの人同士は、

  「カウンセリングのエッセンス」

のところではお互いに予想外に理解し合えるし、他流派のカウンセラーの方々からも尊敬され、その他流派の「達人」の発言や著作に、感銘を受け、耳を傾け、謙虚に学ぼうとするものなのです。

 私も、まだとても「達人」の域には届きませんが、20年のキャリアの中で培われた「経験値」のすべてを動員して、皆様のお役に立てるように努めるつもりです。

*****

 実は、そういう「現場から学ぶ」経験値を高める上では、「私が」何より「自分個人のための」スキルとして、フォーカシングを学んできたことは、「私にとって」役に立ってきたという確信はあります。

 そして、皆様にとっても、フォーカシングを学び、身につけることは、例えば、

「経営者として」
「営業担当として」
「インディーズの街頭ミュージシャンとして」
「ファッションデザイナーとして」
「理系の研究者として」
「求職中のリクルーターとして」
「コンビュータのSEとして」
「役者として」
「地域の自治会役員として」
「専業主婦として」
「サーファーとして」
「イラストレーターとして」
「運動選手として」
「浜崎あゆみのコンサートツアーの『追っかけ』として」
「牧畜業者として」
「趣味のオーディオファンとして」
「新聞記者として」
「フリーターとして」
「テレビ局のディレクターとして」
「政治家として」

そして、

「カウンセラーとして」

のあなたの「経験値」を、分野に関係なく、

   「最大限に効率よく」

高めるものではないか.....とは、思っています。

(2006/7/12 23:38 記)

================

以上、
ispot ココロとカラダの癒しすぽっと検索
「支店」Websiteの、「メッセージ」という、私が自由に書き換え可能な部分に掲載した文章のタイトルまで、そのまんまの転載です。

*******

 7月11日に開業一周年を迎えました。
 
 その節目に当たり、

この文章ほど、私の経営理念を、現段階で「総括」した文章はない、

という確信が持てました。

 そして、

  なぜこのブログが、
「こういう」何でもありのブログなのか

についても、これ以上の解答はないとも自負いたします。

*******

 なお、私がこの「メッセージ」を書く時に、絶えず脳裏に浮かべていたのが、中島みゆきの中島みゆき/銀の龍の背に乗って銀の龍の背に乗ってであり
中島みゆき - 恋文 - 銀の龍の背に乗って

(アルバム【CD】中島みゆき / 恋文 <2003/11/19>「恋文」
および、スタジオライブDVD、ライヴ!〜Live at Sony Pictures Studios in L.A."Live at Sony Pictures Studios in L A."収録)

であり、しかも正確には、中島みゆき/歌姫 LIVE in L.A.収録のブロモーションビデオの方の映像が脳裏に浮かび続けていたことは、白状しておきます(^^;A

つまり、◆ただいまポイント2倍! Dr.コトー診療所 スペシャル・エディション 1 ◆20%OFF!「Dr.コトー診療所」っぽかったりして?(ちなみに、私はこのTVドラマ,全然観てませんので)

いかにも、過ぎる?
 iTunes Music Store(Japan)

2006/02/17

「歴史」が、たいていの若い世代にとって「暗記科目」に過ぎない現状では.....(第6版 「エル・シド」の項大増補!!)

「侵略」であろうと「進出」であろうと、どっちでもいいでしょ?

といいたくなります。

そういう「言葉尻」が問題になるという背景には、

「歴史教育についての『統一見解』を『国家の責任』で作り、『国民に教育』する義務がある」

ということが「自明の前提」として含まれているわけですね。

......ということは、「歴史教科書批判」をしてくる国も、「それへの対応を迫られる国」も、

およそ、

「『正しい』「公教育」というものを『政府が検閲』し、正しい認識を『与える』べきである」

という大前提を、

政府も国民の多くも、暗黙のうちに受容してしまっている、

「不精な」国民・国家

なのだと、私は判断します。

*****

歴史上のどんな事件でも結構です。

例えば「トゥール=ポアチエの戦い」としますね。

西暦732年に、イスラム教徒国家が「フランク王国」にそれ以上進入しようとするのを食い止めた、という意味で、イスラム教国家の、ヨーロッパ大陸「西側からの」それ以上の「進入=進出=侵略」を不可能にした、世界史上の重大な転機がかこの戦いであることには変わりがありません。

しかし、恐らく日本の「大学受験生」なら、

1.この時のフランク王国がまだ「メロヴィング朝」であり、「カロリング朝」ではないこと

2.この時のフランク王国の実質的な支配者が「宮宰」(摂政のようなもの)の「カール・マルテル」であり、いわゆる「シャルルマーニュ大帝{カール1世)(追記参照)」ではないこと

(追記:私は正確には、これでは「シャルル『大』大帝」になることを知っている。「シャルル大帝」か「カール大帝」か「シャルルマーニュ帝」か、単に「シャルルマーニュ」にしないとおかしいのは知っている。しかし、それこそ、この「カール(シャルル)」帝へは、法王からの「ローマ帝国皇帝」の王冠を捧げられ(ゲルマン人初?)、孫3人に、今日の「ドイツ」「フランス」「イタリア」の原型となる形で国を分割相続する伏線となり、「カロリング朝ルネサンス」といわれる、旧ローマ帝国の学問・文化を積極的に復興することへの積極的貢献など、ラテン(旧ローマ帝国)系とゲルマン系を統合した意味での「中世ヨーロッパ」世界の「とりあえずの」確立において政治的・文化的に果たした役割のあまりの「巨大さ」から、「唯一無比の」の「カール」という意識が無茶強いので、「確信犯的に」、この、屋根屋を重ねる言い方を「好んで」いる(^^;)。

ちなみに、彼の祖父、いわゆる、「カール・マルテル」は、イスラム教徒軍勢のイベリア半島を越えた本格的侵入に)『鉄槌』かました『カール』」と言う意味で、後の時代の人が読んだことに由来。世界史的に大事なのは、何より「祖父(マルテル)」と「この人(大帝)」を混同しないことであろう)

3.この戦いを、「ローランの歌」で有名な、778年の「ロンズウォーの戦い」における「カール大帝」の「バスク人への」勝利と混同しないこと

4.しかしこれらの戦いの後にイスラム教国家が、即、イベリア半島から消滅したのではなく、「レコンキスタ」の完全な成功は、何とスペイン(カスティーリア王国)による1492年のグラダナ陥落までかかっていること。

..........ここまで掌握していれば、私の大学受験時代、私立文系の最難関といわれた、早稲田政経学部の世界史の要求水準を満たしていたでしょう。

(「以下の記述の中から、間違っているものを選べ」的設問の「引っ掛け」選択肢になりそうなのは、これらのポイントです)


(この20年の間に、偏差値の数字と受験学力との関係は「ものすごい大暴落」を起こしていて、当時の早稲田の政経合格に必要な水準の「受験勉強」など、今の日本の「どの」大学でも求めていない、「とてつもない」域であったことを忘れてはなりません)

ちなみに、「ローランの歌」は、これら「すべての」混同に加えて、イギリスの「アーサー王伝説」(6世紀から8世紀にかけて成立)における「円卓の12人の騎士」の伝説すら「一緒くたに」なって、しかも11世紀の「十字軍派遣」を背景に成立した叙事詩であります。

(以下アーサー王関係商品のリンク)
王様の剣劇場未公開部分約16分を追加した“ディレクターズ・カット版”ブエナビスタ・ホームエンターテ...の剣 キャメロット 特別版(期間限定) ◆20%OFF!エクスカリバー戦記 【OPSD-S107】=>18%OFF!エクスカリバー戦記【送料一律380円】【新品】 ブロークン・ソード 〜眠れる竜の伝説〜(PS2)バンダ・シンフォニア/リック・ウェイクマン〜アーサー王と円卓の騎士達〜イギリス生まれの物語たち図説アーサー王百科〈民族起源〉の精神史感動の世界名作アニメ アーサー王物語

ですから、この「ローランの歌」成立当時(のヨーロッパ人は、もはや自分たちの過去の歴史を「その程度」にしか掌握していない、まさに『歴史認識』における「中世の暗黒時代」にあったという点では、もはや同時代のイスラム教国家の歴史家の高度な客観性に全く歯が立たない状態だったみたいです。

(ただ、イスラム教国家側の王の武勇を賞賛する内容も含まれているので、ダンテの「神曲」が、ムハンマド(モハメット)が地獄に落ちた醜い悪者として描写されたためにイスラム教国家でも「禁書」扱いになっているのと同様な扱いは至っていないようです。

*****

ちょっと年号だけはwikipediaで再確認させていただきましたが、ロランの歌岩波版の「ロランの歌」の訳者の解説の部分まで読めば、こうしたことはほとんど全部掌握できます!!

副読本として、シャルルマーニュ伝説ブルフィンチの「シャルルマーニュ伝説」があれば一層パーペキです!!

なお、はっきりバラしますけど、「中世初期のフランク王国とイスラム勢力との関係」というのは、私が(後で詳しく述べるようなきっかけを経て、中学時代から関心を深めてきた特別「興味の深い」領域だから、wikipediaの助けだけで、即席でこの程度に仕上げられるという「だけ」のことですから(^^;)

*******

歴史的「叙述」というものには、およそどんな場合でも、その時代の「政治状況」や「国民的偏見」から自由になれません。

まして、歴史上の登場人物や階層、民族が「どういうと意図で」のそのように行動したか、という時限になると、結局、その歴史叙述をする人の「世界観」ばかりか、個人としての「価値観」や「もののとらえ方」によって再構成された「物語」であることとを私は決して越えられないと思います。

歴史や政治とは、どの時代のどんな特定の「事件」だけをサカナにしても、このような、羅生門芥川の「藪の中」(=黒澤明のジェネオン エンタテインメント 羅生門 デラックス版映画「羅生門」に陥ることに目覚め、人からの受け売りや新聞やテレビの報道を妄信しないことが大事だ、ということに気づき、自分なりにいろんな情報をいろんな次元で探したり、場合によっては「事件の現地や史跡や博物館の展示」に足を運んででも、「自分なりに」視野を広げることそのものに「醍醐味がある」のです。

そのことに目覚めさせないような、そんな「歴史教育」なら、無意味です。

例えば、「世界史」の時間の1ヶ月間が、例えば「トゥール-ポアティエ間の戦い」という一つのテーマに絞って、生徒ひとりひとりにネットや図書館とかを駆使して勝手に調べさせ、

先ほど述べたような、「果てしないくらいに無尽蔵な」当時のさまざまな社会的現実や事件との連鎖反応的関連について何でも自分なりにレポートにまとめ、「どんな方法で」それをプレセンテーションしてもいいとします

例えば、●3000円以上購入で全国送料無料!(一部地域除)ジョン・ウィリアムズ/アルハンブラ宮殿の思...ギター曲の「アルハンブラ宮殿の思い出」を弾いてみせる生徒がいてもいいし、

ひとりの生徒の提案で、何なら3コマ分ぐらいブッ通しで、映画、「エル・シド」の鑑賞会をしてもいいではないですか。

*******

エル・シド「エル・シド」は、私が子供の頃、偶然、テレビで見て、ともかく、スペインでの、イスラム教徒との戦いということだけは当時の私にもわかりまました。

迫り来る圧倒的な数の「海を渡って来た」イスラムの大群の脅威を前にして、自分の城で瀕死の身体でありつつ、「スペインの『英雄』であることを「一身に引き受けた」、エル・シドの、何とかスペインを守りたいという強烈な使命感と「今、生きて戦いに赴ける身体ではない」ことへの「断腸の思い」がひたひたと伝わって来たのだけは覚えていました。

そして、ラストシーンの記憶は失われていたのに、見終わった直後、とてつもない「衝撃」をうけたことだけは「身体が」覚えていました。

(そういう彼を支える妻の役って、ソフィア・ローレンだったんですね。主人公役がパラマウント ホーム エンタテインメント 十戒 スペシャル・コレクターズ・エディション「十戒」ベン・ハー コレクターズ・エディション <初回限定生産>「ベン・ハー」と同じ人(=チャールトン・へストン)なのは子供の私にもわかりましたが)。

私の、広い意味での、中世のヨーロッパ西方でのイスラム国家との戦いに関心を持つ「原点」が実はこの映画です

ただ、当時の受験参考書や百科事典水準の史料では「エル・シド」の名前を見つけられなかったもので、

この戦いは「トゥール・ポアチエ」か? あ、違った

あれ、「ロランの歌」の「ロンズウォー」でもないな?

いつ、どこでの戦いなんだ〜!!

などと模索するうちに、

フランス建国の父「とされる」、メロヴィング朝の「初代の王」クロヴィスからはじまる中世初期から中世末期に至る、ヨーロッパ人と、イスラム教勢力との「ヨーロッパ西方での」ぶつかり合い全体が「特別な」興味の対象としてどんどん育っていったのです。

******

一方的に出来合いのマニュアルに基づく歴史の流れを「通史的に」教える(これだけなら、受験勉強のためなら、講義より、参考書一冊読む方がよほど情報量多くて手っ取り早い)のではなく、

生徒各人が各人なりに歴史を「おもしろい」と感じる切り口を見つける「きっかけ」を作り、

通説や世間のその事件と関連する事項への「常識的理解」への疑問符、

立場が違えば状況が違って見える可能性

その歴史上の登場人物や民衆の心情への「感情移入的理解」のさまざまな可能性.......

,,,...などなどに気づかせるきっかけになれば、

それ以上立派な「歴史教育」(それどころか、「社会」や「政治」への、各自なりのもののみ方を養う訓練)はないと思います。

私は、その領域に詳しい人が、「私を」さらに納得させてくれることを言ってくれたら、たとえそれが小学生の言うことであったとしても、「敬意をもって」拝聴するつもりです。

そういう「出会い」がなければ、人生って楽しくないじゃないですか!!

******

日本史だと、これが「南北朝」時代への別格的な関心ということになりますが。

何しろ私は『小沢昭一が選んだ 恋し懐かしはやり唄』「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」)を小学生にしてフルコーラス歌えましたし、今でも歌えます!!

日本の「軍歌」のほとんども、もし歌詞カードがあれば歌えます。

当時の政治は政治として、これら戦前の文部省唱歌や軍歌を避けて、日本の音楽史を語らないと、「卑怯」だとすら思います。

日本神話を「教え『ねばならない』」という考えには反対ですが、

自国の神話や伝説について個人個人が学ばないでいるとすれば、『もったいないなあ』と思うし、少なくとも、口語訳古事記『古事記』なんて、素晴らしい『文学作品』だと思いますが。

(図説地図とあらすじで読む古事記と日本書紀この本なんて日本神話と大和朝廷がほんとうに安定するまでの歴史/文化/社会/文学についての入門書として、偏らないさまざまな見地からの理解への道を開く、図版盛りだくさんの、簡潔ですごく読みやすいたいへん上質の『記紀』入門書です)

これらを教えるだけで『右』とみられる場に教師がいるのなら、その先生、わかいそ過ぎますね。

*****

もとより私個人は、政治的には「ある意味では急進的、でも現実主義的慎重さを失わない『リベラリスト』」そのもののつもりです!!

*****

でも、靖国神社隣の「昭和館」は時間をかけてじっくり見ました(政治的な中立性を十分に保った展示がなされています)。

弘前城の場内展示された「仇討ち」の資料の話はこの前の記事のコメントの最後の方で書きましたし、

私の友人が住む、水戸を訪問した際、常盤神社でも、歴史上の事実としての「黄門様」の解説や自筆の手紙の文面を読めたのは楽しかったですね(^^)

そろそろ偕楽園は梅の季節でしょうか?

nmacmini_125-125.gifANAエコ割_あなたらしい旅しませんか?_125*125初めてのお泊りは10倍お得!?プロの愛用品

2006/02/02

やはり、耳栓型イヤフォンの名機、SHURE E5cについて書きます(万国iPod向けヘッドフォン博覧会 最終回)(第2版)

SHURE シュアー E5C

この前は敢えて言及しなかったけど、やはり書くことにしました。

上のアフィリエイト写真では小さいので、私の所有品をデジカメで撮ったものを。

(以下の画像そのものはサムネイルに過ぎず、グリックすると「大きな画像」が別ウインドウに出ます)

(「単3」電池はサイズの比較のため一緒に写しています)

e5ckakudai


室外で、乗り物の中など、他人に全く迷惑をかけない、

「耳栓型のイヤフォン」

としては、別格の高みにある逸品です。

SHURE社のホームページのこの製品紹介{英語)はこちら

このページも、イヤフォンの画像をクリックすると、拡大写真が出ますよ(^^)

ちなみにApple Storeさんはこちら!!

更に、楽天の、この製品に限らない、「SHURE製品大図鑑」こちらからどうぞ!!

輸入品で、そもそもオープンプライスですから、お店によって、売っている価格が4万台から6万近くと、無茶苦茶差があります。しかし、Apple Storeさんの価格が「適切な」相場のラインでしょうね。

それより安い場合、アフターケアはどうなのかということは、はっきりそのネットショップに記載ががなければ、メールで確認した方がいいでしょう。

...というより、ネットで検索する限り、どうもSHUREについては「正規販売店」はたくさんあっても、「日本総代理店」というのがないのではないか?

少なくとも、このお店は「正規販売店」であることをうたい文句にしています。このお店の解説はわかり易いですね。

もっとも、この商品なんて、耳栓の部品さえ商品として供給できる限り、「修理」という概念は何もないも同然の「超精密機器」です。最初から動かない場合を除けば、「アフターサービス」なるものの意味はあまりありませんが(^^;)。


Bose直販のQuiet Comfort 2
のように、「本体交換」が保証(保証書なしでの場合は有料ですが)修理である、というポリシーまで持ってくれるかどうか?????

*****

【使用上の注意】

1..このイヤフォン、耳たぶの後ろの方に、中に太い針金(?)の入ったコードをぐるりと巻きつけて、いわば耳を270度回り込ませる形で装着する、というその独特の装着法に慣れるまでが結構コツがあります。特に、普段から眼鏡をかけている人とか。私がそうだったんですが、使い慣れるまでは、耳たぶの外側に「靴ズレ」みたいなのができる可能性すらあります。

2.そして、一度、100円ショップにも売っている、プラスチックの先に粘着性のゴムをつけた、使い捨ての「耳かき」で、一度でいいから徹底的に耳掃除してから使うこと!!

耳垢が音の入り口の管から奥に進入したら、もうアウトのはずですから!!


3.数種類の、素材も形態も異なる様々な耳栓が最初から附属しています.が、遮音効果と確実な装着感という点では、シュアー トリプルフランジイヤパッド(ペア)【税込】 PA755(SHURE) [PA755SHURE]このタイプが「私には」ベストでした。これ、最初から取り付けてあるのとは別の奴です

(リンク張ったのは、消耗して交換する際の耳栓「単品」です。800円台ですから安いですね。もっと安いヘッドフォンで「イヤパッド交換だけで5000円」なんていう機種もありますから!!)

4.最初は耳の穴にどの程度どう押し込むといいか自体に戸惑うでしょうが、かなり思いっきり深く差し込むつもりぐらいでいいです。日本を含む他社の「類似品」の多くは、耳栓部分と本体が外れて抜けてしまいやすいけど、この製品はそんなことありません。片方だけ音がしない時には、耳の穴にぴったり差し込まれていないので管が押し曲げられているだけです。

「♪更に言うとすれば~」(^^;)、装着した状態で外部の騒音が左右とも同じ大きさで聞こえる(「.....でしか聞こえない」というべきでしょうが)のがベストな状態です。

1週間も使い慣れれば、こうした独特の装着法は「無意識のうちに」できるようになります(^^)

5.このイヤフォン、何とあの小さい中に「高音用振動版」と「低音用振動版」を内蔵した、「2ウェイ」イヤフォンなんですよね{そのメカニズムが半透明の函体(?)から透けて見えるあたりもメカ心をくすぐる)。だから、一ヶ月近くは使い込まないと本来の純粋な響きになりません。

最初は、たいていの「1ウェイ」イヤフォンより、音が「不透明」で「帯域が狭く」すら聴こえるかも。

6.実はこのイヤフォン、iPod向けに開発されたものではありません!!

あくまでも、ライブミュージシャンが、ステージのあの轟音の中でも、PAにミキシングされた後の音を聴きながら歌ったり演奏したりする際の必要性から生まれたものなんです!! PAの音って、実は1秒近く遅れてしかホールに響いていないんですよ。ホールエコーばかりか、電気にも「伝達速度」があるのをお忘れなく。

場合によっては、マイクから、コンソール、アンプ、ステージの上方の大スピーカーまで、数十メートルから数百メートルもの配線をしてあり、なおかつホールエコー、時には「満単位」の聴衆の叫び声でしょ?

******

このイヤフォンは使わないわけですが(^^;)、クラシックのオーケストラですら、指揮者からの距離や全体の配置の違いで、他の楽器の音が耳に届く時間差を指揮者とオーケストラの個々の奏者はわきまえ、更に、「指揮者の位置ではなく」、ホールの観衆にとってベストに聴こえる音のバランスまで配慮するという、「長年の職人芸」によってはじめて美しい響きを出せることは、オケや吹奏楽の経験者なら、皆ご存知ですよね(^^)

だから、オーケストラには「ホームグラウンド」となる演奏会場が是非必要なんです。(ayuにとってはやはり代々木の体育館かな?)

そこで音を「練りこんで」はじめて、ホールと一体になったオーケストラの伝統的な響きが生まれます。ウィーン・フィルは、ムジークフェラインザールなしには語りえないし、今のべルリン・フィルの響きは、最初は「カラヤン・サーカス」となじられ、音響面での調整を果てしなく繰り返した、ベルリンのあの多角形ホール抜きには語りえない。

そういう「ホームグラウンド」で長年本番演奏を積んでいるからこそ、海外ツアーとかでもその土地のホールの特性に、限られた時間{得てして数時間!!)で「なんとかかんとか」「少なくとも無難に」順応するものさしが、指揮者にも団員にも形成される

オーケストラも、ピアニストのソロ・コンサートでも、その日はじめて実演するホールの音響特性を意識して、曲の響かせ方かなりの程度コントロールするわけですね。響きの「多過ぎる」、しかも変な乱反射のある会場では、速すぎるテンポは決してとらない。そんなことしたら、まずオケの奏者が「音を合わせ」られなくなる!!
しかも、実際に演奏会場でのリハーサルの段階では、「客席に人がいない」ため、人体という柔らかい吸音材がないわけです!! その違いすら考慮しないとならない。

ブルックナーの「ゲネラル・パウゼ(「ジャン!!」という総奏のあとに休符を挟むやり方)」の多用や、金管楽器のファンファーレの多用、弦の渋くて繊細な響きで、一見派手ではないメロディーをしっとりと歌い上げるスタイルが、天井の高い、ドーム状のカトリックの「教会オルガン奏者」だった彼の経歴と深く結びついていることはクラシック・ファンにはおなじみですよね。

だから、残響がほとんどない、そのくせ湿っぽくてデッドで、空間に響きの癖がある会場で、ブルックナーの、特に3番以降の交響曲を演奏する羽目になったオケと指揮者は悲惨です!!

NHKの大ホールがクラシックにはかなり悲惨な会場ということはコンサート・ゴーアなら言うまでもなくご存知でしょう。そういう中での、70年代中盤のベーム/ウィーン・フィルの日本初公演の放送録音が、今から10数年前にグラモフォンから限定発売されてましたが、今の私のiPodとヘッドフォン(SHUREかグラドかベイヤー)にして、やっと、ベームとウィーンフィルが「あの」ホールでいかに「熱演」したのかがほんとうに「迫真的」に生き生きと伝わるようになりました(^^;)

ちなみに、もう20年以上前のこと、サントリーホールもない頃、東京文化会館という、当時の東京では一番「無難な」響きのホールで、ブロムシュテット/ドレスデンシュターツカペレ(当然、まだ「東ドイツ」です)の演奏で、ブルックナーの「ロマンティック」を聴いた時、私は始めて、第2楽章第2主題の、ビオラによる主題の「あの」深みに感動したのをよく覚えています。これを境に、たとえオーディオを通してとはいえ、ブルックナーの7番や8番の「真の美しさ」に目覚めたことは忘れれられない思い出です。

*****

更に、「♪更に言うとすれば~」(^^;)、

私は、私の地元、久留米の石橋文化ホールの響きと共に育ちました(知る人ぞ知る、名ホールです)。幼稚園の「お遊戯会」すら「あそこ」でしたから!!

だから、はじめて生のオーケストラ(「九響」でした)」を聴いた時の、弦のいわゆる「松やにが飛び散る響き」の、ナマととオーディオとの「根本的な」違いにショックがありました

外国の団体では、デムスとウイーン八重奏団を、このホールで高校生ぐらいに聴きましたが、確かモーツァルトの弦楽四重奏曲の後に続いて、シューマンのピアノ五重奏曲が鳴り出した瞬間、その「分厚い交響的な響き」に凄い衝撃を受けました

【音楽CD】シューマン:ピアノ五重奏曲 変ホ長調 作品44、ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47この、往年の名盤とピアニストは同じで、他の奏者はもろに同じウィーンの伝統を「直接」引き継ぐ「後継者たち」ですね。

私のこの曲との「宿命的な」出会いは、こうして、第1級の演奏家と当時日本屈指の名ホールという幸せな形で幕を開けたのです。

だから、大学生になって東京に上京したら、

「東京にはろくな演奏会場がない」

ことに驚きあきれました。文化会館すら「他よりまし」程度にしか感じなくて。

******

.....などと、例のごとく「大迂回」しましたが(^^;)、

私の音の要求水準の根底には、幼い日から刷り込まれた、当時の久留米「石橋文化ホール」の響きを私の「身体が」決して忘れていないことにあることは、是非強調しておきたいのです。

その文化センターの前で営業していたというコーヒー屋さんが、今も別の土地に移転して、ささやかに営業しています。

ほんの○年前、帰省した時に、母と共に、父との待ち合わせ時間をつぶすために「全く偶然に」入ったのですが、壁中の百数十枚以上のサインがもう、無茶苦茶に凄いラインナップ!! 

ジャズ、歌謡曲、洋楽、クラッシック問わず、「戦後の世界の音楽界の縮図」でした。

ピンクレディからカウント・ベイシーまで当たり前!!

場所は、泥棒が出ると困るので(ごめんなさい、ネットやる限りは「お人よし」にはなれないのです)、おせーたげません!!

*****

さて、ですから(どーこーが!!!!)

恐らく、E5cはiPodには「オーバークオリティ」なんです。

ちょっと聴き、意外と帯域が狭くておとなしいと感じる(でも、鳴らしこんだ後の、ジャンル不問の「音のつややかさ」と、「各声部の定位のよさと音の溶け合いの両立」は「超絶品」です!!)

この音が「好みに合わない」人はいてもいいけど、鳴らしこんでも、「不快な」音しかしないと感じる人は、音源の装置の側の問題や限界を疑うべきでしょう。

この、一見渋い音の世界は、アナログカートリッジ以来「伝統の」SHUREの「絶対的な」音のポリシーでもあると同時に、

iPodの周波数特性を上回るためではないか?

と個人的には思っています。

****

あと、このイヤフォン、他と比較すると目に見えて「ハイ・インピーダンス」なんです。音量コントロールの多機種とのあまりの違いで一目瞭然。

一般に、音源とのマッチングでハイ・インピーダンス過ぎると、むしろ音が少し「こもって」聴こえるものと思います。一見「大きい」音なんだけど。

ややローインピーダンスのマッチング(例えば私の愛用するベイヤーのDT-250やグラドの方)だと、むしろ「音のエッジが立ち」ます。高域端の「繊細感」が凄くなる。昔で言えば「MCカートリッジ」の、あの繊細さと、ヘッドアンプとの相性の神経質さを、アナログ経験の長い人は思い出してみてくださいそのかわり、装置のボロやs/n比のよしあしも、簡単に聴こえてしまうことが多い。

その意味では、逆に、かつて「MM型カートリッジの頂点」とみなされていたSHUREらしい音、そのものですね。

****

でも、途中で述べたように、これはライブステージに立つプロ・ミュージシャンの要請に応えて作られたイヤフォンです。コードを耳の後ろに回すという独特の装着法は、

1.激しく動いても外れない

2.ステージ上で目の前にコードが垂れ下がる「見栄えの悪さ」がない

(浜崎あゆみはライブではソニーのイヤフォンの愛用者みたいですけど、背中に電池式の無線装置隠してることはライブのファンでDVDも持ってたらみんな知ってますよね(^^)

それどころか

「超小型で透明な本体」と「銀色に輝く」透明ビニール皮膜のコードって、

ステージでも「美しいアクセサリー」として光り輝くことになります。

*****

そして、前述の「超ハイ・インピーダンス仕様」は、音質使われる環境から見ても、

まさにライブステージで、観衆の熱狂やPAを通したバリバリのエレクトリックギターやドラムスの「超弩級の」轟音の中でも、それに決してマスキングされずに、それを超えるだけの「ものすごい大音量で再生」しても、聴き取りやすい、「音楽性に富んだ」「美しい」響きで「装着者に聴き取れる」こと

が前提にあるのでしょう、

その点での「大音量での音の歪まなさ」も半端ではありません!!

ボリューム上げすぎるのに慣れてしまい、難聴にならないようにご用心!!

スピーカーを含め、プロ用の発音機器は、ローインピーダンスのものが多いと思っていたのですが、それはあくまでも「録音スタジオ」でのことなのだと納得。

******

やれやれ、明日が「定休日」で何も外出の予定がないのを幸い、コンソールのメーターがレッドゾーンに振り切れるまで「ライヴ熱演」してしまいました(^^;)

当初予定していたより数倍以上長い文になりました。

でも、少し前までに比べると、これでも「肩の力を抜いて」、「気軽に」書けたな、という、「身体の実感」はあります(^^)

2006/02/01

「こういちろう楽天系愛用の品々」大更新!!

先日はじめた、第3ブログ、

「こういちろう楽天系愛用の品々」

大更新!!です(^^)

******

煙草関係のグッズ、「ほんとうに効果的な」脱臭剤、高橋留美子原作アニメのDVD、有望なプロデビュー新人歌手、Lillte Nonについてなどです。

あと少し、使用感を最終チェックしてから載せるつもりの製品が2つぐらい今のところあります。

ともかく、楽天ショップで明記された製品解説や使用上の注意を「超えた」次元で、

実際に使用を重ねて、

「私自身の試行錯誤で」たどり着いた、

「その製品の効果を『最大限に発揮する』ための『マル秘テクニック』と『注意点』」

まで公開しています!!

既に購入されてから使用上困っている方、

「この製品『外れ』ね」

見捨てたり、別の商品を勝ってしまう前に、

私の記事を読まないと損

という自負はあります!!


噂につられて買ったりしないこと。

100円ショップでほんとうにかまわない「すぐに壊れたりしない」品物は何なのか?

「実際購入して気に入らなかったり、使い物にならないと感じた商品も、ほんとうに自分なりに創意工夫して『使い込んで』いこう」

これをしないなら、天変地異や世界史の流れにより、思いもよらない状況に変化してもサバイバルできません(^^)

戦渦や自然災害で苦しみ、ほんとうに物質的に、貧しい国の人たちに「罪悪感」を感じるなら、ますはそういう精神を失わないことが第一歩では?.

....などという言い方が、偉そうに響いたらごめんなさい。

でも、

自分の買ったものについては、それをできるかぎり「愛する」こと、「大事にケアすること」。

これこそ

真の「オタク魂」

とも思います。

私、なかなか物を捨てられない人なんです。

最近は、壊したり、なくしたりする危険や、大荷物になることで体力消耗するくらいなら、外出時はできるだけ軽装にしていますが。

私の知りあいに有名だった、「大荷物の阿世賀」は、

何と「過去の話」に、ここ2,3ヶ月なってきてます(^^)


******

こっちのブログでまったく未紹介のグッズも多数取り揃えております(^^)

すでにこっちのブログでもご紹介した該当商品についても、こっちのでははっきり書かなかったことも書いてあったりするので、

よかったら、ご覧になってみて下さい(^^)

楽天トラベル

コメント・トラックバックについて

  • このブログのコメントやトラックは、スパム防止および個人情報保護の観点から認証制をとらせていただいております。これらの認証基準はかなり緩やかなものにしています。自分のブログの記事とどこかで関係あるとお感じでしたら、どうかお気軽にトラックバックください。ただし、単にアフリエイトリンク(成人向けサイトへのリンクがあると無条件で非承認)ばかりが目立つRSSリンク集のようなサイトの場合、そのポリシーにかなりの独自性が認められない場合にはお断りすることが多いことを、どうかご容赦ください。

最近のコメント

はてなブックマーク


最近のトラックバック

last.fm


フォーカシングの本1

フォーカシングの本2

フォト
2012年1月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

banner

  • 携帯アクセス解析
  • Google Sitemaps用XML自動生成ツール
  • Firefox3 Meter
  • ブログランキング・にほんブログ村へ

ブログパーツたち

  • track feed カウンセラーこういちろうの雑記帳
  • アクセス状況
    アクセス解析

カテゴリー