今日からlast.fmに参加
まだブログがひとつ増えたことになります(^^;)
こちらに私のページ、ありますので。
恐らく、ayuをはじめとするavex系のJ-POPが多いと思うけど、私が自分の職場でひとりでいるときのBGM履歴を公開します。時にはこっちで聴いた曲の感想も書くと思います。
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まだブログがひとつ増えたことになります(^^;)
こちらに私のページ、ありますので。
恐らく、ayuをはじめとするavex系のJ-POPが多いと思うけど、私が自分の職場でひとりでいるときのBGM履歴を公開します。時にはこっちで聴いた曲の感想も書くと思います。
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予定のうち、2段組にする過程で、右テーブルに統合された表示の数を減らし、特に「リンク集」の文章を思い切って省略し、太字をやめています。
おお。これだけで何と広々とすっきりしていることだろう。
"My Favorite Books"の別ブログ化リニューアルは、アフィリエイトをAmazonのみに改定、文章の手直しが時間が必要なので、仮開業すら数日後になるかもしれません。
職場独自のブログは更に先になります.....
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BlogPet 今日のテーマ ブログパーツ
「ブログペットを含めてあなたのブログにはどれくらいブログパーツがありますか?」
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「このコメントは掲載にふさわしくないと判断したのでので許諾しなかった」
と明言してもらえる方がよほどすっきりする場合がある気がしますが。ブログはそのオーナーの価値観によって運営されるものですから、そのように言われるのなら仕方がない(^^;)
.....あ。これ、例えばの話です。
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どうも、私が以前の記事で注意喚起したのに、相変わらず、アフィリエイト目的としか思えない「はりぼて」ブログからのトラックバックが毎日届くので、みせしめとして、その実例をご紹介することにしました(^^;;;)。
もっとも、私はこういう時は意地悪なので、画像ファイルとしてリンクを張ります。当然リンクは効きません。ブログのタイトルも消去です。
カートリッジやイヤフォンのメーカーのSHUREとは無関係に「シュアー」であれば何でもヒットしているあたりはご愛敬?
「シュアー」関係はここ4日」間に集中して、他のパターンが3件。
個人的にはブックマークして、活用させていただきます(爆)。フィッシング詐欺とかのセキュリティソフトはパソコンに入れてますので念のため。
もっとも、リンク先不在のや、どこがayuと関係あるのかよくわからないのも多数。恐らく過去記事になってしまったんでしょう(^^;)
なお、全く同じデザインで、過去「石川県」とか、全然別のネタでトラックバックが幾つか来ています。
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最近、トラックバック受諾の基準を少し厳しくしています。
特に、ブログ作りたてで、掲載記事がほとんどなく、しかも、ハンドル名だけで結構なんだけど、プロフィールの紹介がほとんどまったく具体性に欠け、ブログ製作者のメールアドレスもなかったりする。そして、アフィリエイトのリンクだけはやたらと多かったりする。
こうしたブログからのトラックバックは、まず受諾しないと思っていただくほうがいいかと思います。
(そういうサイトって、メールアドレスそのものが「掲載」されていない。htmlソースを見ても何もメールアドレス特定できないサイト責任者を誰が信頼できるだろう? そのメールを使うと自分のメールアドレスは相手に伝わるのだから。そして、自分がどんな人間かある程度は「自己アピール」しないのであれば、管理者に社会的責任を取る意志なしとみなします)。
ブログはじめたばかりの人が、検索エンジンとかを頼りに、関連ありそうな内容の記事にトラックバックを張ってみることで、自分のサイトへのアクセスを増やそうとすることを私は悪いとは思わないし、事前に「トラックバックします」というメールなどをいただけなくてもいいというのが私の考え方です。
でも、そもそもそろいもそろって内容がひどく薄い、「事務的」といいたくなる気合のなさなのです。まるでよそのサイトからそのまま適当に切り取り、引用してきただけではないかといいたくなる水準。誰もその水準の内容に情報価値絶対おかないといいたくなるくらいの、「スーパー文切り」だったりする。
未熟でも素人くさくても、そこで題材とされている対象への個人的な思い入れとか、感慨とか、あればいいんですけど、そういうものがまるでない。そして結局、そのブログのオーナーの何の目利きもない、たいていgoogleのAdSenseに依存した広告欄と、RSSを利用した、同じテーマについての他のブログの記事のリンク集のみが目立つ。
ここまで「ワンパターン」で、よそから情報を簡単に引っ張ってきて「2,3時間で」作っただけとしか思えない「即席サイト」としか思えない場所からのトラックバックが多いと、これがネット全体の風潮だとすれば、ちゃんと自分から人に思いを伝えたいとか情報発信をしたいという意識でブログをやっている人にとってはいい迷惑だろうし、やる気をそぐだろう。
(最近、トラックバック受理したものは、著作権やアダルトサイト、怪しげな通信販売の疑い等の問題がない限り、こうした問題点がない、ちゃんとしたサイトと判断したものです)
私は、そうしたブログが作り始めたばかりで内容が薄いだけの可能性も考えて、すぐトラックバック許諾にはしないものの、エントリーは外さないまま「経過観察」しているケースも多い。もし、内容が充実してきて、独自の活動を進展させていることが確認できたら、その段階でトラックバックを受理することも考えてである。ものによってはそうやって3ヶ月ぐらい様子を見ているサイトもある。
ところが実に不思議なことに、そうしたブログのほとんど「すべて」といっていいものが、その後記事をほとんどまったく増やすこともなく、そのブログ自身へのコメントやトラックバックが増えていくこともないのである。
敢えて言うが、まるで、私の記事の内容に合わせて「トラックバックを張るために」ブログを「その時点ではじめて」立ち上げ、それ以降は活動を進める意志そのものがないかのような、不思議な現象なのだ。そして、ブログごとの内容が、例えば、ayuからカウンセリング、アニメと変わろうと、文体までそっくりで、同一人物がワンパターンに作っている可能性すら疑われる(過去数十件!!)。
(なぜか不思議なのだが、「そういう」トラックバックを送ってくるサイトには、どうも@niftyのココログでサイト開いているケースはほとんど記憶にないのである(^^;))
もし、そうやって、(あえて言いますが)アフィリエイト目的の、「見掛け倒しの即席《張りぼて》サイト」を毎日いろんなジャンルについて量産することを「趣味」としている人がいるとすれば、はっきりいって、「もっと生産的なことに日々の時間を使ったらどうですか?」とすらいいたくなる。そもそも私のサイトは一日300-450アクセスなのだから、そんなにトラックバック張ってもそちらに流れるアクセス数はたかが知れている。
そして、そういう内容の水準のサイトをいくら作っても、お客は来ず、アフィリエイト収入も伸びないはずなんだが....
どう考えても、何も報われることがない「即席新規サイト作り」に励んでいるとしか。
思わず一節。
「張~りぼ~て~、張りぼ~て~
超~巨大な、張~りぼ~て!!」
....てか(^^;)
(「超巨大」ではなくて、「超多数」というのが、一層、なんだかなあ......)
王立宇宙軍 オネアミスの翼 Blu-ray Disc+DVDセット
****
他方、私のサイトを時々読みにきてくださっていて、記事でも言及してくださっているけど、トラックバックはお貼りになってこないというサイトの方も時々いるのは、逆リンクサーチで掌握しています。
私は心理の専門家だから、下手にトラックバックを張って、私のほうからコメントとかされたらどう返事をしていいか自信がないからそういう形にしている方がおられたとしても、それはそれでいいと思うし、むしろそういう慎ましやかな言及をしてくださる方のサイトにめぐり合うと、むしろうれしくすらあります(^^)
前述のような、不可解なトラックバックを次々いただくよりは、むしろそうしたケースのほうを、歓迎します。
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恒例、msnの「モテる恋愛塾」より。少し前のですけど、「隠れオタク」な惜しい女性の場合」。
なーんだ、ここで書いてあること、「隠れオタク」の男性の場合にもまったくまるごとあてはまるではないか、と思ってしまったこういちろうなのだが。
ドロドロとした「本当にヤバい部分」を隠そうとするあまり、イキオイで隠さなくてもいい部分まで隠しちゃってませんか? それが人との壁を作り、コミュニケーション不全の原因となってしまうものです。臆さず、胸襟を開いて、自分の「オタク」な部分をさらけ出してしまいましょう。
このブログで誰かがとっくに実践してるつもりになっていい気になってるよね、まったく.....(^^;;;;)
それには、あなたの知識や培ったセンスのなかから、他人にとっても有益な「情報」の部分だけを披露するのです。「オタク」であるあなたの中には、一般人には想像もつかないような情報がたくさん詰まっているハズ。その中から、他人にとっても役に立つ情報を抽出して、あなたの「レコメンド」として提供するのです。そう、「隠れオタク」から「レコメン女」への昇格を計るわけです。
もちろんそのためには、相手にとって有益な情報は何なのか、それをちゃんと判断しなければなりません。でもそれは、「相手のことを考える」というコミュニケーションの大事な第一歩です。「レコメン女」に脱皮できたとき、「隠れオタク」は確実に「モテ」への道を歩み出しているのです!
この「女」を「男」に読み替える。
.....じゃ、そろそろモテるよね(おいおい)
*****
私のどこが「隠れおたく」じゃ!! .....と、思える人は、こういちろうの氷山の一角の先っぽしか知らないのである。恐ろしいことに。
そのへんの「ドロドロとした『本当にヤバい部分』」なんて、このサイトで出した覚えは私にはない(きっぱり^^)
すごく「限定し」、「精選して」きていたつもりでしたが。
むしろ最近、私がこれまでですら、いかに「加減」して「控えめすぎる」範囲で、おずおずとレコメンドしていたか、そしてそれがむしろ、わかりにくさと回りくどさという逆効果になっていたか、読者の皆様にも、ずいぶん伝わってきたんじゃないかと思います。
むしろそのへんの「思い切りの悪さ」が問題だったのだと。
.......というか、やっと、ここぞというところで自分の引き出しを潔く、スパッと有効活用する「コツ」が、ほんとに本格的に見えてきた、ぐらいの心境。
これからは、もっと「明快に」、出す時は出します!!
「ものごとは、中途半端にしかやっていないから問題が生じていることが多い」(ジェンドリン)
あなたは、こういちろうの、まだ「先っぽ」しか味わっていない(^^;;;)
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私はつい先日までしょこたんと「しょたこん」の区別すらつかなかった元アニメ中年に過ぎない(^^;)
今でも、しょこたん(中川翔子)がホントは何屋さんかもよく知らない(ここまで来たら、wikipediaにも行かないまま書いてやれと開き直って、今書いている)。
我が@niftyココログの顔、眞鍋かをりさんとブログの女王を争うところまできたことは知っているが、しょこたんのブログそのものにはつい先日やっと行ってみたばかりである。
なるほど、こういうブログとしては私の目から見ても好印象である。猫写真だらけだし、映っているご本人の写真もかわいいし、いい意味での節度があると思うし(時々、こういう写真になると急に素人くさくて生活臭ばかりが強すぎる有名人も少なくないと思うが、この人の場合は、不思議なバランス感覚がある気がする)、結構この人の髪型が今の若い女の子の今のトレンドなのもわかる。
実は眞鍋さんがどうしてあそこまで人気があるのかはイマイチよくわからないこういちろうだが、しょこたんに関しては、ああ、なるほどね、と、理屈抜きで得心した。
で、なんでCD買ってみたかというと、要するに彼女がカバーしたアニソンが、パーペキに、私のアニメファン絶頂期の、ほんとうに慣れ親しんだ曲目と一致しまくっていて、それだけで「外れ」の心配薄いな.....と思ったからことが結局は大きい。
具体的に曲目をあげると、
1. ロマンティックあげるよ(ドラゴンボール)
2. 乙女のポリシー (美少女戦士セーラームーンR)
3. BIN・KANルージュ (魔法の天使 クリィミー・マミ)
4. 残酷な天使のテーゼ (新世紀エヴァンゲリオン)
5. 青春(タッチ)
これで、3曲目の「マミ」(元歌唱はもちろん太田貴子さんね)がなければ、そんなにアニメファンファンしたにおいがない選曲になるけど、この3曲目が画竜点睛的にあるだけで、ものの見事に、ある限定的なアニメファン世代のかなりディープな選曲というふうに見え始めるあたりが何とも不思議である。
一番不安があったのは、エヴァンゲリオンのテーマがこの人の声の質にホントにあうのかしら? というあたりだったけど、聴き始めてしまうと、思ったよりこの点はクリアーされていた。
5曲とも、安っぽくもなく、凝りすぎて聴く人を選ぶ形にならない、ウェルバランスの編曲、しょこたんの歌を含めて十分合格点である(^^)
DVDの方はこれから観ます(^^)。
*****
なお、この記事ではじめてこのサイトに迷い込んだ人のために。
私は、「エヴァ本」を単著で出して(左フレーム参照)、「セラムン」と「エヴァ」と浜崎あゆみで学会発表している、46歳の、開業臨床心理士という、変わり種です。どうかよろしく。
私のアニメ論は、セラムン「学会発表バージョン」全文を含めてこっちで読めます(今の人には古いアニメばかりだろうけど)
****
次回予告:引き続いて、私としては異例、最近のJ-POPの期待の星(もう、その域抜けてるのかな? この人)について、ついにアルバム評を書いていいと感じるところまで納得しました。このアルバムなら今後繰り返して聴くと思う。大塚愛について十分評価しつつも、具体的アルバムについての単独評までは書いていない私が選んだのは誰か?
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このサイトに来られた方は、私が物事に対して関心を持つ際のスタイルが、ディープであるか、まるでそのことに関心がないかという二極分化がかなり極端なタイプということはお感じかもしれない。
この傾向は子供時代から顕著であり、自分が何かに夢中になると、気がついてみると、そのことについての詳しさの度合いは、周囲の人よりも遙かに強烈という状態にいつの間にか陥ることが多かった。
これはさほど関心を強く持ったつもりではないことにすら当てはまることが多く、私の得意科目というのは、たいていの場合、「ある時突然クラスで1番になる」「ある時突然学年で2番になる」などということをきっかけに成立することが多かった。
まあ、「得意科目」というものは、得てしてそういう「偶然の成果」をきっかけに、「それならばこれからもこの科目に力を入れたら結果が出せるかもしれない」などという意識的努力をするようになって、安定した成績を維持するようになったという人が多いかもしれないが。
この前自転車のことでも書いたけど、家族とか、周囲が私に何かを身につけさせようとしきりと干渉したり、学ばせようとする場合には全くに近く成果が出せないできた。
学校の勉強そのものがそうであり、小学校中学年頃は、親が結構つきっきりで私の勉強を教えようとしたことがあったが、その頃は、好きな社会科以外全く成果が上がらす、小学校6年生のはじめの業者実力テストで何の弾みか学年で総合2番になったことをきっかけに、その年、某有名私立中学の受験(要するに「久留米大付設」ですね)を真剣に考えるところまで、受験勉強というもののおもしろみに「自分で」取り憑かれたのである。
最終的には、親の方が担任に申し入れ、担任が私に受けないことを勧める形で(さもないと、附属中への内部進学の道が閉ざされるので)断念したのであるが。
その後、私の両親は、私の勉強に対して「一切」干渉しなくなった。これが私をすこぶる苦しめることになる。つまり、努力すれば附属中の学年上位に食い込めるのだが、「では何のために自分はそのことをやるのだろう」という動機づけがないことが気になりだしたのだ。
自分は勉強が「好き」なのだろうか? 単に「名誉欲」のために勉強しているだけではないのか? あるいは、成績が落ちることで周囲のクラスメートからの評価が落ちるという「思いこみ」(確か、自分で「空想的な制裁への恐怖」と命名した)に縛られているだけではないのか????
教員養成大学の附属であり、しかも私立の久留米大学医学部が地元にあるため、医者の跡取りを期待される開業医の師弟が生徒に多い小中学校であった(ちなみに、小学校受験前に「お受験」の為の勉強を強制された記憶は全くなく、「附小」への進学のためにあるとされた地域の2つの幼稚園の出身者ではない、2人の合格者の中のひとりだった。要するに、ある日突如自分の幼稚園を休まされて親につれて行かれた場所か受験会場だった、というくらいである)。
周囲にはほんとうに私からみて勉強ができる秀才が少なくなかったので、そういう人はともかく、自分がエリートコースに乗ることがあり得るというイメージそのものがまるでなかった。そういう欲もなかった。社会に出た後の自分というイメージが全く描けなかったのである。
親も、恐らく私が跡を継いで税理士になることを暗に期待していた時期はあったとは思うが(そろばんは一時期習わせれたが続かず)、はっきり口頭でその希望を向けられたことは皆無だった。ところが私の数学の成績が思わしくないことは、中学に入った頃から徐々に顕著になったため、そうした希望を早々に諦めた......これは、後で聴いた話である。
こうして私は、中学の2年になる頃、勉強への外的なプレッシャーが全くないのに成績はそこそこいいという状況を自分で支える根拠を完璧に喪失する。私は勉強が手につかなくなり、夜遅くまで「自分はなぜ勉強をするのか」についての思索を重ねる膨大なノートを執筆し、それをひとつの「哲学大系」にしたいという思いまで抱くようになる。
岩波文庫の青版を買いあさり、カール・ヒルティの「幸福論」と出会ったのもこの頃である。こうしたノート書きに徹夜して、学校では居眠りしていることもあるという、かなりの問題児になっていく。
この頃から、全然勉強はしないのに、業者テストの、それまで格別ぱっとしたことがなかった国語の成績だけは、極論すれば、どんなに気を抜いて、てきとーに試験に臨んでも、問題用紙の前に座って答案を書くだけで、学年1番、2番という状態がはじまる。3年生の時、夏休みの宿題を美術と自由研究以外ぜんぶ白紙で提出して、担任に呼び出される一方でである。
こうして私は、地元の大学進学希望者の多くが進学する、旧藩校(はっきり書けば、「明善高校」ですね)に不合格、電車で40分、バスで20分かけて,当時は男子校で今ほど偏差値も高くない「滑り止め」だった私立高校に通い始める。筑後地域の同世代集団から脱落してしまうのである。
高校の中では、ちっと勉強すればそこそこ学内ではいい成績になるのが当たり前だった。ともかく受験に関する外的プレッシャーが皆無だった。だから、業者テストの合格可能な大学の評定が、最初の頃の「よすぎるくらいの」評定から、周囲に追いつかれてどんどん下がろうと、「東京の私立大学の哲学科」の合格可能性が万全である限りは気にしなかった。
「東京の大学には入ってひとり暮らしをすること」.....これだけは、自分に必要なことだという確信だけはあったのである。
まさか、その4年後。フォーカシングとの出会いをきっかけに、どれだけ身の程知らずであろうと、自分の進みたい大学院に進学し(学部時代の私の感覚からすれば、「立教大学」の心理学科なんて、学部ですら、自分とは縁のない、「天上」の別世界だったはずなのに、今度はその大学院をダイレクトに目指そうというのである!!)、最終的には東大の大学院の研究生まで、師の村瀬孝雄先生を口説いて「自分から」志願するという厚顔無恥を平然とやってのける人間に一転してしまうのである。
終わってみれば、結局、自分が中学時代に一度降りたレールに、独創的な形で(?)復帰したともいえる気もするが、結果的に、私の中に、いわゆるエリートのブライドやら、優等生的社会性というものはまるでないまま、ひょんなことから「異物」としてもぐり込めてしまった......みたいな思いはずっとぬぐえていない。
******
敢えて言うと、自分がやりたい目的の達成の為に「勤勉に勉強に熱中する」という、長年夢に描いた理想は、何と、45歳で開業してから後に開かれたといっていい。
今は、何となくテレビを見る時間など全くない。趣味に関する時間も完全に自覚的にコントロールされている。何となく過ごす時間などない。そうした時間があれば、たいていこのブログの執筆に埋められている。
その意味では、このブログを書いている時間だけが私の「逃避」であり、気ままな「娯楽」なのだ。しかし、それが自分の専門についての考察を「ライブで」深める場としての色彩も強いので、「これも仕事のうち」とすら言える。
最近は、msn=毎日にほぼ限定してひとわたり記事をあさる習慣を除くと、事前にブログのために何か本を読んだりビデオを見たりという感覚もなくなってしまった。極論すれば、「ベスト20」連載を除くと、いつも、書き出すまではいったい何を書くのか自分でも予想がつかない状態で何となく書き始めているケースばかりである。 面接時間のスケジュールと折り合いをつけながら記事を書いているという印象の時も全くない。
その時の自分の身体の声に聴きながら「やりたいことを、やりたい時にやっている」でけで、起きてから寝るまでのスケジュールが終わる。幸いにして、予約された面接時間に自分の体調と精神状態のピークを持ってくることに関しては、全く苦痛なく、むしろ当然のこととしてコントロールできる。
ちなみに、お会いする前に、おっくうになったり、何となくお会いするのがしんどいなとクライエントさんに感じることは、気がついてみたら、最近は「皆無」となった。クライエントさんの希望に一致する限りは、それこそ自分のフィーリングで面接予約時間を決められるし、面接と面接の間を絶対に30分開ける鉄則を崩していないと言うことも大きいのだろうが。
だから、今週のような「大型連休」(NHK表記.....(爆))となると、逆にどう過ごすか困ってしまう日も出てくる。引っ越し以来長らく組み立てないままの家具とか、3年前に買ったままのDVDとかがあるので、いくらでも時間が埋められてはしまうのだが。
むしろ、私の感覚だと、慢性的に
「時間があと少しあればなあ.....」
なのである、不思議なことに。
「浪費した」と感じる時間もほとんど全くない。
......やっと「英字新聞」を購読しよう.....という気には自発的になった。
Mainichi- Weeklyさんにしましたので、よろしく。
(おいおい、どこの誰に言ってるの!)
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ブログパーツに、"ALPUSLAB"という地図検索システムがあったので、私がこのブログの中でちょっちゅう引き合いに出す、私の開業している「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」のある大船(おおふな)という街の地図を掲載します。
ワンクリックで、リンク先で拡大/縮小、移動が出来ますので、どうかご活用下さい。
関東の方を除くと、「大船」と聴くだけでは場所のイメージがなくて、それこそ「大磯」ぐらいは横浜から離れていると思い込まれている場合もあるようですので。
横浜からは東海道線で15分、東京駅や新宿駅からでも45分なんですが。
他の記事でも書いたように、大船の街は、駅そのものが横浜市と鎌倉市の南北の境目に立っていて、市の境を越境して街が発達しているのです。
明治時代の「鎌倉郡」の頃の地域分けが今でも残存していて、郵便局や警察署や消防署は、「大船」という単位での管轄になっています。
それでも大船駅は「鎌倉市」の所属とされているので、長距離切符で「横浜市内」扱いにならず、新幹線のぞみ号の多くが停車する新横浜駅(今年5月にayuが4公演やる「横浜アリーナ」最寄りでもある)に向かうためには、となりの戸塚駅までの130円の追加料金が発生いたします。新横浜駅までそのものが、広大な横浜市内を3回も乗り換えて、大阪/名古屋方面とは正反対方向に45分も「北上」して「縦断」しないとならないのですね。
住んでるのも大船ですが、職場は「横浜市栄区長尾台町(と鎌倉市のほとんど境目。柏尾川沿い西岸の大きな道沿い)」、自宅は「鎌倉市」に属します。自宅まではおもいっきり自転車で飛ばしても5分では届きません。
「鎌倉市」のどこなのかは、もちろん皆様にはヒ・ミ・ツです(^^)仕事上の関係者にすら自宅の住所は教えておりません。
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しばらく前に、たまたまWikipediaで見つけた「クオリア(Qualia 感覚質)」概念とフェルトセンスとの関連についての、とりあえずの私見を書いたが、この「クオリア」の研究者である茂木健一郎さんが、この@niftyココログの著名ブロガーのお一人とは、「ココログセレブ」で特集が組まれるまで存じ上げていなかった。
ここでは、「クオリア」概念いついては、興味深いのだが、まだ不勉強なのでさておき、茂木さんのこの特集での発言の興味深かったところについて述べてみたい。
*****
のっけから、
> 「固定リンク」。それがブログの大発明!?
という小見出しが立てられている。もうこれだけでうれしくなってしまうこういちろうであった。
つまり、各記事ごとに個別のURLがつくかつかないか、ということです。掲示板で日記を公開しても固定リンクがないのでどんどん記事が流れていってしまう。アーカイブ性がないっていうのかな。つまり、それまでは僕自身も読者もどこに何が書かれているのかわかりにくかったんですよね。
ブログにはコメントやトラックバックといった機能もありますが、一番の大発明は『固定リンク』という機能にあると思います。要するに、記事単位で互いにリンクを貼ることができるようになったということですね。その機能があったからブログに移行したんです。
そう、この「アーカイブ(書庫)」性というのが、ブログのひとつの持ち味なのだ。
私は、ご覧のとおり、ayuからトムとジェリーからiPodオーディオからフォーカシングから現場臨床カウンセラーのあり方への愚痴まで、まったくノンジャンルに気ままに記事を書いている。ひとつの記事の中でayuとフォーカシングとアニメとオーディオ関連と歴史の内容が混在してしまうことなどザラである。
もう少し細かく整理して述べた方が読者にわかりやすいとは時々思うし、
「いっそのこと再構築して、カウンセリングとフォーカシング関係のサイトとしてわかりやすく整理したほうがアクセスも伸びますよ」
.......と、あるマスコミ関係のプロの方から再三アドバイスいただいていたりもする(^^;)
しかし、私は、確かにあるわかりやすさは必要だと思うし、余裕があれば、ジャンルごとに記事を分割して書こうと「これでも」努めているつもりなのだけれども(^^;)、それでも、
ayuとフォーカシングが同居しているからこそこのサイトなのだ!!
という基本スタンスを変えるつもりはまったくない。
私は、カウンセリングが、世間の日常と切り離されて論じられるのが嫌いだ。
ましてや、フォーカシングが他流派や現場カウンセリングや独立開業カウンセリングの経営的現実と切り離されて論じられることなど、「論外」と思っている。
なぜなら、カウンセリングは、ごく普通の社会の中で具体的に生を享けたひとりひとりの人が、その人なりに社会に「棲息する」(中井久夫先生ふうにいえば、「世に棲む」)あり方への援助以外の何者でもないからである。
(中井先生の名作論文のひとつ、「世に棲む患者」は、中井久夫著作集(岩崎学術出版)第5巻収録だが、現在古書市場でも稀観本のようである。たいていの大学の心理臨床系大学院のある図書館に在庫とは思いますが)
今、「棲息する」という言い方をしたが、これは決してカウンセリングの対象になる人たちを差別しているつもりはない、私なりの用語法である。
それこそ、私自身もまた、地球に「棲息」し、「寄生」している一個の生命体に過ぎないという認識の上で用いているつもりだ。
そういう「棲息物」全体への大いなる連帯と共感と同族意識の上に成り立つものなのである。
つまり、私は、野良猫や溝鼠やボウフラにも、浜崎あゆみやマドンナに対するのと同じ連帯意識を持つ(^^)
それは「どっこい生きてる」ということなのである。
これを読んでいて、
![]()
こっちではなく、
こっちを連想してほしいのだけれども(.......ああ、いつもながらのひねくれた衒学的なマニアック変化球( ^ ^;A
ちなみに、私はかつて「ぽんぽこ」の舞台になっていた町田市町田回廊の山の中の某大学に勤務し、裏道で実際に行き返りに狸ばかりか狐や(恐らく捨てられた)フェレットとも遭遇していたのだが(最近は猪がでるそうで)、それは置いといて。
******
実はこの「どっこい生きてる」ネタは、まさにこの記事を書き出してから思いついた「即興」である。
こうした「即興」で、当初書こうとしていた内容とはまったく別の方向に思考が膨らみ、タイトルまで変えてしまったりすることは、私の記事ではごくありふれている。しかもそれが、当初書きたかったことを見失ってしまう(missing)のではなく、たいてい当初の構想を統合しつつ、より進んだ内容に再統合することへと現在進行形で結びついていく。
この種の、ハプニングをすべて生かしてしまう「ライブ性」こそが、どうも私の発想には欠かせないことのようである。
そもそも、そういう「ライブ感覚」がなければ,現場カウンセリングは成り立たない。
その意味で、ブログという媒体の即時性は、私にとっても重要だ。
そして、頭の中のアーカイブの検索が自動的に始まり、
「そうか、このことについては関連事項もすでに書いたな」
.......と思い出し、茂木さんの言われるがごとく、とっさに「相互リンク」を張ってしまうわけである
(.......こうして、ちゃんと話の脈絡は見失わないのであった.....(^^:A
それをフォーカシングでは「体験過程の推進(carry forward)」というのだが、これまた脇に置いといて。
*****
コメントを読んだり、トラックバックをたどっていくと自分の勉強になることが多いんです。10人が僕のブログを読んだとすれば、その10人それぞれの異なった読み方になるんですよね。たとえば作家の村上春樹さんは、『読者が自分の作品を読んで誤読されたものの総体が自分の作品なんだ』と言っています。ブログの場合は誤読とまでは言いませんが、自分の日記がさまざまな形で読まれることを知ることにより、刺激を受ける。
私のayu関連記事について、
「ここまでくるとayuへの片想いのラブレターだ。関係者や本人に取材してみようとしたことがあるのか」
.......というご意見もいただいた(^^;)
しかし、私はそういう「片想いの思い込み満載」の文でどこまでいけるかにチャレンジしている(爆)
....というか、もし仮にayu自身(ないしayuスタッフ)がこのブログの記事を読んで下さっても(最もラディカルなayuサイトの一つを自負してますから、少なくともavexの「ネット監視担当者」の探索網には引っ掛かってると思う)、まさにそのような「勝手な思い込み」が書かれていることこそ、ayu(スタッフ)は面白がってくれるだろうと確信しているからである(きっぱり)。
だって、
(.....この、「だって、」の時点でこの先を予想できた読者は、かなりのayuファンですが、きっと何人かいるよね)
ayuは、
「自分が絶望を歌ったつもりのところに、
君(聴衆)はきれいな花を見つけたりする」
と高らかに歌い上げているからである!!
思い込みの危険を冒さないところに理解の糸口などない。(こちらも参照)
思い込みを避ける人は、実は「知ったかぶり」に「安住」しているだけだ。
「脱錯覚(disillusion)」のスリルこそ、生きることの醍醐味である!!
もとより、それが自分が傷を受けるだけならともかく、相手に傷を追わせないように努めるだけの思いやりは必要と思ってますが(^^;A
(↑この脈絡でこの作品を紹介すな!! という声が聴こえて来るかもしれませんが、原作、傑作だと私は思ってます。まだアニメ版は観てないのですが。この作品を「マジに」けなす人より、「アブナいなあ...」と言いつつも、「心から」爆笑できる人の方が、私はオタクとして好きだなあ.....)
****
「もし夏目漱石が生きていたら、彼はブログを使って小説を書いていたのでは?」
「ブログというのは『不特定多数の読者への贈り物』であり、誰もがそういう意識で書くべきだと僕は考えています。有名人のブログなどでよく見られるのは、片手間に書いているような文章だけど、『もっと本気で書いてほしいな』と僕は思いますね。多くの人はブログというものを甘く見ている気がします。そんなに甘いもんじゃないですよ、ブログというものは」
全面同意!!
****
.......と、ここまででかなりの長さにもなったし、茂木さんについての記事の前編と後編でトラックバックを分割するとちょうどいいので(^^)、こちらも前編と後編にしてしまいましょう。
まだ、未読なんですが、茂木さんの著作や関連グッズ(監修されたもの)もここで紹介させていただきます:
私の専門とももろにかぶりますので、寄り道せずに、これから、まずは「脳とクオリア」を読んでみようかと思っています。
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恒例、msn=毎日新聞サイトより。
この記事、
音質面では、採用されたプレーヤーについて「一世代前の音声圧縮法」とし、競合プレーヤーは「最近の標準的な圧縮法で音楽の再生にも用いることができ、音質は優れている」と記している。
再利用については、採用プレーヤーは「記録方式が独自でパソコンの入出力と互換がなく、再利用に大きな障害となる」と記述。競合プレーヤーは「パソコンと互換があり、デジタルカメラなどのメモリーに利用できる」と優位性を認めた。
「ここまで」上から読めば、オーディオマニアだったら、採用プレイヤーのメーカー、わかっちゃうんですよね(^^;)。
恐らく「採用さなかった」のは、
仮説1.シャープ
仮説2.パナソニック。
(パイオニア、東芝もありだけど,確率的には上記の2つかな)
のマイクロソフト.wmv系音声圧縮。
「値段が高過ぎるので,最初から検討から除外された」のは、Apple=iPod系(AAC形式)かもしれない。
もちろん、「理不尽な不採用」を食らったのがMP3系の可能性もあるけど、サードパーティのいろんなメーカーが安い製品を出したMP3系製品より、ソニー独自のMDやATRAC3plusの圧縮形式の製品の方が「高い」って印象があるもので......
そして、いずれにしても、AACもWMVもMP3も「国産の」音声圧縮フォーマットではない。そして、多くの携帯のメモリーがminiSDカードないし SDカードの時代に、メモリースティックもソニーだけだけの規格だから。こういう「すべて自社独自規格」路線で生き残ろうと思ったら、Apple=macクラスのクオリティと洗練がないと「割高でも信頼される」という形で支持を維持できないのに....。
そのAppleすら,intelのCPU導入のタイミングを間違えず、むしろそれをプラスに生かして,今後の対windows系陣営への拡大戦略という点で、根っこのところで有利に展開できる布石を打った(携帯市場への参入だけが、特に対日本戦略という点ではリスキーなんだけどb、そのことは十分わきまえてしか今後も事業展開しないだろう)
それにしても、選考にあたる文部省のお役人さんに、ちょっとまともなオーディオファンがいれば.....。はっきりいって、すでに数年以上前から、ソニーは、モバイルを含む音響機器の分野では迷走し続けてます!! .....どうもそれが「音だけではなくなってきた」のが、ゲーム界でのPS2から一転してのPS3の苦境だったりするのかな.......
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ソニーの音響技術者の人たちって、普段からどんな装置で音を聴いているのかしらと思う。CDやMDの規格を生み出した頃の過去の栄光にしがみついて、他社の装置を謙虚な耳でいろいろ聴いてみる姿勢がないのか????
更にいえば、「1年で使い捨てるのではなく、3年はリサイクルすれば?」という参考意見がついたという点は、ほとんど、「税金を払ってる国民を愚弄するな」の世界です。こういう点からこそ「予算引き締め」すべきなのだ。
新品でも、初期故障、ないし、初期の作動不良の確率と、最初はきちんと動作して、使用開始から一年後に壊れている確率は、どっちが高いかなんて、よほどプアーな製品でない限り、はっきりしてます。1年後ちゃんと作動するかどうか再検査をメーカーに委託したとしても、新品購入よりは安いはずでしょ。
......となると,リサイクルを前提に立てば、少し値段が上でも、「ソニーでない方」を選んだ方が安かったりするのは当たり前。いまだにソニーというだけで「いいメーカー」というブランドイメージが国の役人さんにあるとすれば、あの,現在の経済市場でのソニーの評価がどうなってるのか、その背景に、製品に関するどのようなユーザーの評価と,販売戦略の格差が生じているかとか、政府は「何も知らないまま」とはいわせませんけど....に,尽きます。国の経済感覚はもうどうしようもないのでは???
以上、最近のソニーの製品を「自分なりに使い込んで」「自分の耳で比較して」、それでも気に入っている人まで批判するつもりは『全く』ありません!!
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あと、参考までにいいますと、日本語よりも、英語の方が、「子音」の周波数特性成分が高い周波数帯域にあります。リーダーやグラマーの成績ならかなりいい人でも、日本人が英語の特にネイティヴの人の「ヒアリング」となると,最初の壁を突破するのが結構たいへんなのは、普通に日常に言葉を話す時に、その「子音」帯域への感受性と識別力が経験的に自然に訓練/学習されいく環境にない以上、やむを得ないかと思います。
平均的英語教師の皆様の発音も、この子音周波数の違いまで完全にネイティヴの人並みということはないと思います。私はミッション校出身でしたから、何人か外国人の英語の先生がおられましたが、日本に来られたばかりの、今思えば完全に「米語」発音の先生の、全く平易な内容の英会話の問いかけが、話す言葉が出ない以前に、何回か繰り返してもらっても、そもそも発音がまるっきり「聴き取れない」ことにかなりショックだった記憶があります(直前の日本人の先生が、正反対に、古風なまでのキングス・イングリッシュ発音("either"を絶対に「エイザー」に近い発音でお読みになる)だったのでなおのことだったんでしょうけど。
そのへんを「聴きやすく」「弁別しやすく」なるか否かを重視する形で、欧米の音声圧縮形式、そして機器そのもののチューニングは当然のごとく作り込まれます。
ちなみに、この子音成分への敏感性という点だけ取り出すと、これまた母国語の子音の性質に拠るのでしょうが、ドイツ系の音響機器メーカーのものが一般にみてすごく水準高いのです。
ヘッドフォンでいえば、なぜかAKGには趣味があわないのですが、ベイヤー、ゼンハイザー、B&O、そしてまだ日本ではあまり普及してませんが、UlTRASONE、そしてオランダですが、フィリップスの製品系列の中に、声の生々しさと、息づかいを含めた空気感の生々しい再現という点で、日本製品にはない「はまっちゃう」音の製品を「どれか」見つけられる可能性は高いのです。
映画のセリフ、いや、地上波テレビで昔のモノラルのアニメの「日本語の」セリフでもいいので、イギリスやドイツ系のスピーカーの「バランスのいい音(値段は無関係)」を聴かれると、その「生々しさ」に、初体験のときからぎょっとすることになる場合もあると思いますよ。私が30年以上前のタンノイスピーカー(いつもお書きするように「スターリング」)を使い続け、テレビの音声や映画まで、このAV対応まるでなしの2チャンネル再生で満足しているのか???? 生々しいんですよ。声の帯域が。それと、「音から音への移ろい」みたいなものに敏感。映画館の空気だけは、ドルビーサラウンドなしでも結構再現できるのです。
BOSEやJBLは、アメリカ系の、全く違う基準での音作りですが、やはり質的には全く次元が違うけど、「子音成分にこだわった生々しさ」はある(ピーク成分の置き方の発想がヨーロッパ系とは全く異質にしても)と思うし、「ジャズやアメリカのハードロックははJBLでないと」という人のお気持ちも理解できます。
不思議と、オーディオの世界となると、フランスのメーカーが「全く」かすんでしまうのも、フランス語という言語の性質と関係あると思います、イタリア製や北欧製の方がまだ高級市場では結構「知る人そ知る」の製品群があります。ただ、これらの国々はヘッドフォンは自社開発しないことが多いので。
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ちなみに、17キロヘルツの「モスキート・トーン」のことがいろいろ話題になるようになりました。例えば、Pc Viewサイトのこの記事。
「モスキート・トーン」とは「一般に大人になると聴こえなくなる周波数帯域」の音のことです。私も30歳過ぎから聴こえなくなりました。
蛍光灯がずっとついているときの「シーーーーーン」という感じの音が近い帯域。これはもちろん、英語やドイツ語のヒアリングに決定的な子音の周波数帯域よりは、かなり上です。
でも、この問題についての現時点での紹介記事の多くは、大いなる誤解を引き起こす危険に満ちています。
「CDの周波数帯域が高域20kHZまでになったのは、人間の耳の性能がそうだからと教わったけど」
→「そんなら、中年のオーディオオジさんには17kHZすら「聴こえていない」のだから、その人たちの語る蘊蓄には全く意味がないのでは?」
それをいったら、楽器の演奏者だって、歌手だって、CDやPAを操作する技術者だって、オーディオエンジニアだって、30歳過ぎたらみんなお払い箱にすべきなの?
......になるわけでして。
なるほど、17KHzの音「だけ」を流されたら、30歳過ぎた人はまず「聴こえ」ません。ところがどっこいギッチョンッチョン、「聴こえてもいる」のです(^^)
わかりやすいのは、いわゆる低周波騒音。今度は逆に20Hz以下なので人間の耳には「聴こえない」のに、なぜ健康被害になるのだと思いますか???
17kHzのモスキート・トーンであっても、一定以上の音の大きさで延々聴き続けたら、若者にも「大人にも」ものすごいストレスになる筈なんです。
いわゆる聴覚器官の「刺激域」の外側の音を、人間の「身体は」何も感受していないわけではない。脳細胞そのものは、内蔵は、骨は、直接その振動を受け止めているはず、と考えてみればわかりやすいでしょう.
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だから、実は、例えば大人の「耳の」周波数帯域である20Hz-16kHz以外の周波数特性の部分に、変なピーク成分があったりする音響機器は、実際に耳で聴いているよりもはるかに「大きな音」を「身体で」受け止めている可能性があります。これじゃ身体に変調が生じてあたりまえ。少なくとも聴いているうちに疲れて来て当たり前なんですね。
ヘッドフォンでも、中級以上の製品になると、スペック上、高域が30kHZまで周波数特性が伸びているものがたくさんあります。こうした機器の中で秀逸製品、しかもエージングをきちっとやって十分慣らし込まれた製品の音は......意外でしょうが、新品を買った直後を別にして高い音が決してキンキンうるさく「ない」はずです!!。
むしろ、なんでかしらないけど、音の広がりの空間のスケールが大きくて、ホールに響く残響や、間接音成分、ピアノのタッチ、歌手の歌い回しが繊細に響く。一般的にいうと、透明感と音の解像度、ステレオ低位の細やかさが増して、ふと、機械の音を聴いているのを忘れて、ヘッドフォンの外からの音と勘違いする.....
そういう、「これみよがしではないさりげなさ」、「機械の音を聴いていることを意識しないで済む」という方向に聴感上はむかうはず。
なぜなら、自然界には、その可聴帯域外の周波数の音が、「全く自然な周波数特性」で存在するから。自然界の周波数特性は0Hz-無限Hzでしょうから!!(そりゃそうだ!!これこそA=Aのトートロジー(同義反復。前期ウィトゲンシュタインはこの点では正しい)。
ただし、人間が存在する通常の環境における物理学的周波数帯域の「高域上限」はあるかも。電子や原子の振動以上の帯域なんてないでしょうからね!!
これらの周波数の中で、人間の「心身機能全体に」何らかの影響が「ない」周波数帯域ってのがほんとはどのへんか? までくると、まだ科学的に真相は究明されず、いろんなオカルトまがいの似非科学が流通している段階でしかないのではなかろうか???
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更に、オーディオ機器の「エージング」について触れます。
エージングとは、音を繰り返し鳴らし込む過程で、アンプやCDプレーヤーの中の様々な部品、ケーブル、スピーカーなどの音を発生させる部分が電気的に、あるいは物理的に「使い込まれて」装置本来の性能を発揮できる方向に少しずつ「馴化して」、しなやかな、うるささのない方向に音質が変化して行くこと、あるいは、それを意図的に促進することです。
論理的には、ある『寿命」を経過すると、今度は電子部品や機器のサスペンションや可動部分、スピーカーのコーンそのものの性能の自然劣化がはじまることにもなります。でも、部品に良い質の素材を吟味した良い設計の製品だと、この「マイナスのエージング」はなかなか生じないまま、いわば年代物のワインやウイスキーみたいな「熟成」がどんどん進むことになります。どんどん「オトナの音」としての持ち味が出てくるわけですね。
ところが、たいていの人が聴く音楽ジャンルは偏ってますし,本当にバランスいい録音は少ない。
だから,音楽をただ大量に聴き続けているだけでは,エージングのスピードとバランスはいびつなものになります
(意外にも、ayuの最近のCDなら、ayuの片耳難聴をサポートして来たスタッフの耳が凄くいいんでしょう、もともとオーディオ的にひどく凝り性な上に、最近のayuのレパートリーは、アコースティックからテクノ、ハードロック系まで一枚のアルバムにすごい多様性で入っていて、ともかくバックのバンドの曲ごとのアレンジのひねり具合とパートの重ね方が壮絶の域、なのに欧米の超一流クラスの音作りの洗練に比べると「冒険的に過ぎる」スリリングなミキシングバランス(^^;A)なので、エージング効果は高い筈です。マジに、ayuを聴くようになって、うちの装置はクラシックすらウェルバランスになる方向に向かい続けて来たのである)この,音の複雑性と多様性、周波数レンジの広さという点では、今でもavexで,制作コスト「特別扱い」以外の何者でもないと思う....。もとより、その最近のayuのアルバムを気持ち良く聴けるところまでエージングするには、どうしたらいいの? となると,以下の内容を読まれたし)
理想としては、ジャズもクラシックも、バリバリのジャーマン系トランス・ミュージック(これ,特に高域の周波数特性、のっけから自然にない人工音だから、とんでもないパルシブなこと,特に本国ドイツ盤のマスタリングでは平然とやります)も、ワールドミュージックの太鼓の音も、教会堂の音も、波打ち際などの自然界の様々なサウンドも、SLやF1やジェット機の発進の生録音,高域成分に独特の美しさのあるグラス・ハーモニカ(音階に調節された多数の水を入れたワイングラスとかの縁を指で濡らしてならす、あれのこと)の音や古い大仕掛けのオルゴールの音、梵鐘の音、尺八の音、雷の音も、花火の音も。
そして、それこそ17kHZのモスキート・トーンや低周波の一定周波数のピンク・ノイズの、それぞれ1分程度の持続音、およびそれらの周波数特性を波を打つようにゆっくり行き来する音、同じくその周波数の音を徐々に1分ぐらいかけて減衰していくサンプル、更にすべての周波数の音が同時にランダムに響く音=「ホワイト・ノイズ」と呼ばれるもので、チャンネル設定されていない、画面は「砂漠」状態のときのテレビの「ザーッ」という音をもっと広帯域に広げたと思ってもらうといいでしょう)さらに、手を「パン!!」とたたく時のような瞬発的な"clap音"の繰り返し。そして左右のチャンネルをわざと逆相にした音(これは,スピーカーケーブルのつなぎかたの極性の確認だけではなく、ステレオアンプのチャンネルセパレーションに関わる回路にとってはエージングの意味があるだろう)
......ゼイゼイ(^^;A
これくらいの、広帯域の良質な録音のサンプルだけを集めた一枚のCDとかを「通して」再生すると、エージングは高スピードで万遍なくすすみ、新品の機器ばかりではなく、既に長年使い込んだ音響機器でも、この種のCDを「数回通して」鳴ら込んだだけで、アンプやスピーカーやCDプレーヤーの音が「ドラマチックに」音が整い、美しくなることがあります。まるで、汚れとほこりだらになっていた眼鏡をきれいに拭いた後の「見える」爽快感に似ています。
(ただし、近所迷惑にならないように(1分間ずーっと、"ピーーーーー””ボーーーーーー””キュイーーーーン””ドン!!」,更にそれの繰り返し.......ってな具合なので,音楽が微かに聴こえるのなら平気な隣室の人も怒鳴り込んでくる危険はある(^^;)),機器を逆に痛める危険を回避するために、ボリュームをあげ過ぎないことに注意!! このあたりは,この種のCDに録音されたナレーションで口をすっぱくして「おせっかいなまでに」次のトーンを出す前に「事前警告」してくれますが。
この種の「オーディオ・チェックCD」とか「XLO CD」「Burn-in CD]と呼ばれるものは、いわば機器の潜在力をめいっぱい活性化させる「虎の穴」の特訓じみたCDなので、ずーっと真面目に聞いていると怒濤のように神経が疲労するので(波の音や花火の音に、ほれぼれと身を任せ、「自然界にはこんなにすばらしい音の世界があるのに,音楽に熱中しているだけではもったいないな」と思わず感動したりもすんですけど、念のためにいますと、ヒーリングCDとかに入っているそういう自然音は,必ずしも高品質の録音のものばかりではありません)、適当に、CDプレーヤーをリピートに設定してリスニングポジションを離れてほっとくぐらいでいいです。
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この種のCDは,何と、iPodやその対抗製品群、MDプレーヤーにコピーしても、エージング効果が鮮明に出ます。当然ヘッドフォンにも!!
私は、すでに20年は前に買った、"The sheffield/XLO Tests & Burn in CD"とい製品宝物にしています。そしてiPodに、トラックをセレクトしてですがロスレスでコピーして、 iPodやヘッドフォンに「寝起きの悪さ」を感じた時には、機器に「活を入れる」ために活用していますいます(このCDタイトルを読んで、懐かしい思いにかられた古くからのオーディオ・ファンの人、少なくないでしょう。↓これですねね)
現在発売されているこの種の"Burn-in CD"を探してみましたが、
Burn-In-CD:EMZ zounds Power Disc
XLO/Reference Recordings Test&Burn-In CD RX-1000
が楽天で見つかりました。後者はHDCD用ですが,恐らく普通のCDプレーヤーでの再生もできます。
あと、高級なオーディオ機器の中には、この種のCDが製品とセットでついているものもあるみたいですなので,特にCDプレーヤーやスピーカー、ヘッドフォンの部門に目を光らせてみるのもいいかもしれません。
(後日記:ULTRASONの高級機になると最初からこの種のCDついてるみたいです。"From a northern place"(by "Blue Yuta"氏)というブログ(私なんか、てんでかなわないくらいの「ヘッドフォン専門Site」ではないか!!)のこのベージのぐぐぐーっと下の方の記事参照。けっこうエージング後の音の変化について、私の述べたこと,私よりディープなマニアの方が裏付けて下さる内容と思います)
.....最近、この種の、音楽再生機器の「エージング」問題についてのまとまった情報、あまり見かけないので,この記事も,当ブログの「意外な長期ヒット記事」になっていくかも......
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・・・・・というわけで、「オリヴィア・ニュートン・ジョン」すらカテゴリーへの直接リンクが「ベスト20」に食い込むという、予想外の事態を迎えましたので、歌手別ではこれまでカテゴリーを持たなかった、
「井上陽水」「カーペンターズ」「Queen」、更に、夢フォーカシングとの関わりが密接な「ゲシュタルト療法」(ジェンドリン自身、そこから影響を受けていることを著作の中ではっきり認めている)の4カテゴリーを増設させていただきました。
*****
この@niftyココログのいいところは、カテゴリーの増設が無限に許されていることなんだけど、そうなると、トラフィックがひどくなると、新規記事や記事の更新、コメントの掲載がなされなくなるという弊害を抱えています。先日の2日をかけたメインテナンスでかなり改善されましたが。
そこで、そういう、カテゴリーの多さでこの問題に苦しんでいる人向けに、「裏技」対策をお知らせします。結構気づいておられる方も多いかと想いますが。(「ブラス」コースの場合の例です)
1.記事を投稿して"Proxy Error"が出たら、「管理ページ」→「ブログ一覧」に入り、該当するブログを選ぶ。
2,「設定(の変更)」→「表示設定」を選び、実際には何の表示設定も変えないまま「変更を保存」を押す
3.すると「サイトに反映」の表示が出るのでそれをまたクリック。
4.すると小さなウィンドウが開く。ここでまず「メインページのみ」を押す。
5.「反映終了」の表示が出たら、今度は「個別バックナンバーのみ」反映を選択する。すると40ページずつ反映されていく様子が見れます(私の場合、この記事が450番目ですから、何と12回画面がこの時点で自動的に変わるわけですね。私はだいたいこれに総計2.3分かかります。
6.同じことを次は「月別バックナンバーのみ」反映でくり返す。これは400ページをひとまとまりとしてやりますので、私の場合、2つめの「401-450ページに反映する」まで画面が一度だけ切り替わるわけです。だいたい今の私はこれの完了のみで40秒前後。
7.同じことを最後に「カテゴリーバックナンバーのみ」反映で繰りかえす。これはブロードバンド光回線の私の場合すら、数分後に”"Proxy Error"が出て未完に終わるのですが、実際にはカテゴリーの大半に反映済みのようです。
*****
なお、これと同じことは2.の時点で「デザインの設定」に入って、実際にはデザインを変えないまま「設定を保存」にしても、あとは、4.以下の形で同様にできますが、私の経験では、この「デザイン設定」の保存し直しより「表示設定」経由の方がトラフィックが楽なようです。
もっとも、ワールドカップの時はこのやり方すら通用しない時間帯がありました(^^A
@nifty側も更に根本的な対策(=データーペースの分散化)を計画しているようですので、それを待ちましょう。
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30歳前後までの若い世代が陥りやすいとされていた問題として、「摂食障害」と、「引きこもり」が代表的なものとされてきたことに異論を挟む人は少なくないだろう。
これら2つは、その時代の文化や社会、経済・雇用情勢や学校教育、マスコミの報道のあり方と密接に結びつき、ほとんど10年から12年という短期間のスパンで見ても、世代によって、その中心となる病態(私は「引きこもり」に対して「病気」という言葉を使うことに著しい抵抗感があるが)が、驚くほどのスピードで変化して来たことに特徴がある。
摂食障害は、まずは「拒食症」(神経性無食欲症 anorexia nervosa)が注目を集めた。
そのひとつのきっかけが,1983年、カーペンターズ
![]()
のカレン・カーペンターがこの病の末に心臓発作で亡くなったことがマスコミで大きく取り上げられたことがが大きかったことを覚えておられる世代の方は少なくないだろう。
なお、カーペンターズの伝記としては、
「カレン・カーペンター -栄光と悲劇の物語-」(レイ・コールマン著)
が、生育歴、音楽面、
私生活、カレンの病状を含めて、
たいへん秀逸である。
しかし、摂食障害は、病態の中心を次第に、いわゆる「過食症」、すなわち「神経性大食症 Bulimia nervosa」に病態を移して行く。
.....というか、「拒食症と過食症を往復する」形で、著しい体重の増減を繰り返す事例が多かった時代があるように思う。
そして更に、無茶食いと自発的嘔吐を衝動的に「一気に引き続いて」行う、「過食嘔吐」を中心とする時代へと移行して来たように思われる。なお、過食嘔吐をする人は、実際には拒食症と近い、脳や身体の生理学的状態にあるとされることが多いようである。
私は、20年弱におよぶ大学学生相談のカウンセラーとしての経験の中で、これらすべての病態のクライエントさんとお会いでき、その中心となる病態の変化をすべて体験できた世代である。
*********
さて、これと似た、比較的短期間における、主たる様式の変化があったのが、大学における、いわゆる「退却神経症」である。
大学生における退却神経症は、古典的な分類においては、「1.選択的退却」と「2.全面退却」とに分類されていた。私はこれらに加えて「3.進路選択延期型退却」という分類も考えてみたい。
1.「選択的退却」とは、
「学生における本分である(???)学業、すなわち、講義への出席と試験、レポートの提出をほとんどやれない状態になっているが、アルバイトやサークル活動などの形での集団や社会への参加には積極的であり、しかも卒業後のそなえての求職活動はほとんどしないまま、ずるずると卒業を延期するが、すっぱりと大学をやめてしまったり、他大学や他学科、専門学校などへの転学をするわけでもなく、今日で言う「フリーター」としての生き方や、少なくとも自分がほんとうに就きたい職業を目指しての積極的活動(大学院受験、小説家や漫画家や、インディーズであってもミュージシャンとして生計をたてることをめざしての活動、職人への弟子入りなど含む)を「積極的に」していくわけでもない学生たち」
といったあたりであろうか。
*******
2.これに対して大学学生相談における「全面退却」とは、
「学業のみならず、大学の対人関係そのものになじめず、友達もできず、サークルも、入ったとしても短期間のうちにやめてしまい、かといってアルバイトもほとんどしないまま、大学や社会に『居場所がない』と感じつつ、ずるずると進級→卒業を延期する学生。得てして自宅やアパートに引きこもり、近くのコンビニや買い物以外の活動はできず、主なる生活資金は親からの援助に依存している」
......こういった場合である。
私は、この「2.全面退却」型の中に、更に、
2-a.「特定の趣味などへの強烈な好奇心と、そのための『消費活動』(ネットブログや掲示板への書き込みにも積極的)という形で、限定された接点ではあるが、外の世界や対人関係への強烈な関心と『経済活動』『社会参加』はできるタイプ」
と、
2-b.「好きなものは何か? と尋ねられても答えに困惑するばかりで、毎日をテレビやネットの『閲覧』のみで『漫然と』過ごすタイプ」
が更に分類でき、これらのの二つのサブ・タイプはかなり異質だと、学生相談現場での経験から、感じ続けていた。
(最近は、それこそアフィリエイトのネットショップや
ネットオークション、中古市場取引で利ざやを稼ぐ人や、有料会員制のサイトの運営、ソフトの制作・販売などのインターネット活動は積極的に繰り広げる中で、生活資金は自前で見事に稼いでいるという人たちも増えて来た。このタイプの人は、この2つの「古典的な」退却神経症のイメージにはまらない、独特の社会「適応」・社会経済活動への「積極参加」の様式と考えられるが、そうしたケースはここではまだ詳しく論じず、別の機会に譲りたい)。
********
3. さて、もう一つのケースとして私が提案する、「進路選択延期型退却」というのは、
「大学での学業には非常に積極的に関与し、成績も得てして優秀であり、講義やゼミへの出席率もきわめて高い。しかし、自分からのブライベートな対人関係の形成や、自分からの自発的なバイト探しはできず、大学内部を離れると友人関係は、高校や中学時代からの友人に限定される。かといって、大学院に進学するなどして研究者や専門家(司法資格や臨床心理士)への道を踏み出そうという、「積極的な努力」にはなかなか踏み切れない。そして、就職活動に対しては極めて消極的で、自分が「一般社会」で大人として生きて行けるかどうかに不安を抱えたまま、「卒業延期」したり、「卒業しても」、他大学や大学院、司法試験に向けての積極的な「受験勉強」にはなかなか「身が入らない」」
はっきりいいますが、すでにここで書いた通り、私は3.タイプの学部学生でした。A獲得率92%、いわゆる「落とした」単位ゼロ、講義やゼミへの無遅刻無欠席。就職課に入ったことなし。所属したサークルは「臨床心理自主ゼミ(この自主ゼミはその後、実際の臨床心理士や福祉専門職ばかりではなく、「意外な」業界の「意外な」人材を何名も輩出するのだが)」、心理療法やカウンセリングの本は山ほど読んでいるけれども、他大学の心理学大学院への「受験勉強」、特に「非・臨床系」の勉強には内的葛藤が激し過ぎて、現役合格似失敗。(心理学系の大学院は「その当時」その大学になかった)
でも、卒業はしてしまい、親に許しを得て、「専業大学院浪人」となり、幾つもの大学の心理系の聴講生となる。
私の場合には、そうやって実質「プータロー」になりたての年の5月、ジェンドリンの著書「フォーカシング」との運命の出会いがあり、フォーカシングの専門の先生のもとでフォーカシングを更に深く学ぶためなら、実験系や学習心理、社会心理、統計などの「非-臨床系」の心理学を独学で勉強することにも積極的になろう、と思えたところで、やっと人生の方向がとりあえず定まったことはすでに別の記事で書きました。
この時点では、「研究者」を目指すか、「現場臨床家」を目指すかは判断がつきませんでした。ただ、本音のところでは、優秀な「現場臨床家(psychotherapist)」の方が「臨床心理学者(clinical psychologist)」よりも偉い!!(^^;A .......となぜか感じていましたね。そちらになれる自信は「まるで」なかったのですが。
その後、非常勤12年、そして「常勤」の学生相談カウンセラーを5年務め、フォーカシングでは、「国際資格認定資格者」としてまで認めていただき、そして独立開業したわけですから、私は、職業面では、すでに自分の人生の最大の夢の実現者です。
あとは、職業人としては、
「現場臨床家としての腕を『生涯、絶えず、更に』磨き続けたい」
ということと、
「も少し生計安定したい」、
そして、
「自分が学んで、身につけて来たものを、きちんと後続の世代に遺産として残したい」
だけですね。
ま、3つめは、いつ私が死んでも、「このブログを遺著として編集して出版して欲しい」という遺言だけは、『すでに公然と』このブログ自体で繰り返して書いて来た通りです。
もちろん、生きられるなら100まで絶対生きたいし、許されるならば、身体が動くうちに、世界の私が本でしか知らない国々を、実際に旅してまわって、観てみたいのですが。優先順位は、イスラエル、ドイツ・オーストリア、スペイン・ボルトガル、スイス、ペルー・チリ、アイルランド、イギリス、オーストラリア、オランダというあたりかな。
************
ちょと一息、私のフェルトセンスが「一息つきたい」と言い出しましたたので、未完のままでとりあえずアップします。
続き、すなわち、今後これまでの意味での「引きこもり」は、少なくとも「大学の学生相談の対象としては」確実に減少する、という、私の肝心な見解の部分は、また今度に。
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ispot会員の皆様、はじめまして。
神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」を開業しております、臨床心理士(資格証明書↑)の資格を持つカウンセラーの、阿世賀(あせが)と申します。
(「臨床心理士」ですが、「医者」ではありません)
20年近くにわたる、大学学生相談と、社会人の方を中心とするカウンセラーのキャリアを経て、2005年7月11日に独立開業いたしました(ちょうど1周年!)。
臨床心理士と共に、アメリカに本拠を置く、フォーカシングのNPO国際組織、"The Focusing Institute"から、
○フォーカシング・トレーナー
○フォーカシング指向心理療法(FOT)セラピスト
更に、
○コーディネーター
(トレーナー、FOTセラピストの養成、資格認定資格者)
としての国際資格を頂いております。
フォーカシングを学べる場所は日本各地に数十箇所ありますが、土日、平日問わず、定休日以外、一日8時間開業しており、しかもその相談機関の公式名称そのものに「フォーカシング」を冠した常設相談機関は、不肖私が、「日本初」のようです(2006年7月13日現在)。
*****
では、私に相談して下さる場合に、その「フォーカシング」という技法だけが使われるのか.....ですって?
いえ、そんなことはありません!!
私が開業をする際に心に決めたこと、それは、地域に溶け込む、
「町医者」ならぬ、
「町のカウンセラー」
になるぞ!! ということでした。
「町医者」は、もちろん重たい疾患の場合でしたら、検査や入院・手術のの施設の整った「専門の病院」や「地域の中核となる総合医療施設」、「大学病院」などを紹介するでしょう。
でも、「町医者」は、とりあえず「内科」の看板を抱えていても、傷の応急手当のような「外科」的な緊急処置もとらねばならないでしょう。「目や耳にゴミが入って取れない」という訴えにも応じなければならない。時には、時間の余裕があれば、孤独な老人の話し相手にもなるのが自然かもしれませんよね。
実は、「現場カウンセリング」というのも、そのような「町医者」と、似たところがあると思っています。
現実の医療現場では、特に緊急の場合、
「私は『内科医』だから、『外科』『脳神経外科』『婦人科』がふさわしい方は最初からお断りします」
.....なんてことないでしょ?
必要な基本的診察はした上で、患者や家族が必要以上の動揺しないようにいさめた上で、自分で対応できないと感じたら他院への紹介状を書いたり、連絡先は教えるでしょう? 一刻を争うようなら救急医療の手配までしてくれるでしょう。
これと同じようなことがカウンセラーにも必要だと思います。
「ストーカーの被害に遭っているんです」
「.....それじゃ警察に行きなさい」
「キャッチセールスにひっかかったようです」
「....それなら、消費者センターに電話しなさい」
「リストラの後、仕事が見つからなくて、困っています」
「....それなら、ハローワーク(職安)に行ったらどうですか?」
だけで終わらせているカウンセラーがいるとすれば、
「そんなことは、とっくにわかっている」
はずのその人が、
なぜ「カウンセリングの」門をたたいたのか
という、「一番大事な」その人の「思い」を見落としていると思うんですよね。
もちろん、私も、それが適切と考えれば、警察や医療、地域精神保健、消費者センターなどを速(すみ)やかにご紹介しますし、そういう外部機関との関わり方についての「コツ」も伝授いたします。
でも、恐らくその人は、
「誰にも相談できない」という、
「孤立無援」の思い
を抱えて、行き詰まった果てに、まずはカウンセラーの門をたたいた、ということは、決して忘れてはならないと思っています。
******
あと、もうひとつ、
なかなかよそでは読めない、
「ホンネの話」
を書きますね(^^)
カウンセリングや心理療法、いろんな「流派」「手法」があります。
「精神分析」「分析心理学(ユング派)」「来談者中心療法(ロジャーズ派)」「認知行動療法」「行動療法」「論理療法」「森田療法」「内観療法」「催眠療法」「箱庭療法」「絵画療法」「プロセス指向心理療法」「解決指向(ソリューション・フォーカスド)心理療法」「EMDR」などなど。
どの療法が「すぐれている」かですって?
実は、特殊なケースを除くと、
ある「療法」より、
別な「流派」の別の「療法」の方が
効き目がある
なんていうことは「ほとんど全くない」ですよ!!
どの「流派」を看板に掲げていても、大抵のクライエントさん(相談においでになる方)にとって、
いいカウンセラーはいいカウンセラー
なんです!!
おもしろいもので、そういう、各流派の「達人」の域に達したカウンセラーの人同士は、
「カウンセリングのエッセンス」
のところではお互いに予想外に理解し合えるし、他流派のカウンセラーの方々からも尊敬され、その他流派の「達人」の発言や著作に、感銘を受け、耳を傾け、謙虚に学ぼうとするものなのです。
私も、まだとても「達人」の域には届きませんが、20年のキャリアの中で培われた「経験値」のすべてを動員して、皆様のお役に立てるように努めるつもりです。
*****
実は、そういう「現場から学ぶ」経験値を高める上では、「私が」何より「自分個人のための」スキルとして、フォーカシングを学んできたことは、「私にとって」役に立ってきたという確信はあります。
そして、皆様にとっても、フォーカシングを学び、身につけることは、例えば、
「経営者として」
「営業担当として」
「インディーズの街頭ミュージシャンとして」
「ファッションデザイナーとして」
「理系の研究者として」
「求職中のリクルーターとして」
「コンビュータのSEとして」
「役者として」
「地域の自治会役員として」
「専業主婦として」
「サーファーとして」
「イラストレーターとして」
「運動選手として」
「浜崎あゆみのコンサートツアーの『追っかけ』として」
「牧畜業者として」
「趣味のオーディオファンとして」
「新聞記者として」
「フリーターとして」
「テレビ局のディレクターとして」
「政治家として」
そして、
「カウンセラーとして」
のあなたの「経験値」を、分野に関係なく、
「最大限に効率よく」
高めるものではないか.....とは、思っています。
(2006/7/12 23:38 記)
================
以上、
の「支店」Websiteの、「メッセージ」という、私が自由に書き換え可能な部分に掲載した文章のタイトルまで、そのまんまの転載です。
*******
7月11日に開業一周年を迎えました。
その節目に当たり、
この文章ほど、私の経営理念を、現段階で「総括」した文章はない、
という確信が持てました。
そして、
なぜこのブログが、
「こういう」何でもありのブログなのか
についても、これ以上の解答はないとも自負いたします。
*******
なお、私がこの「メッセージ」を書く時に、絶えず脳裏に浮かべていたのが、中島みゆきの
銀の龍の背に乗ってであり
、
(アルバム
「恋文」、
および、スタジオライブDVD、
"Live at Sony Pictures Studios in L A."収録)
であり、しかも正確には、
収録のブロモーションビデオの方の映像が脳裏に浮かび続けていたことは、白状しておきます(^^;A
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突然の爆弾発表です。
あの、元巨人・ヤクルトで、救援投手として活躍、「セーブ王」として一時代を築いた、角盈男さんとの雑誌対談が実現しました!!
「国際グラフ」という、全国の官公庁や法人、病院や施設の待合室等でしか読めない大判のグラフ誌なのですが、お声がかかってから実際に、あの「角投手」(と、どうしても私の世代はお呼びしてしまう)実際に対談させていただくまでにわずか2日というハイペースでした。
(↑こちらが角さんにいただいた色紙の画像です(掲載許可済み)。
9月6日刊行の、9月号にB4版縦1ページまるまるつかって、写真入りで対談が紹介されます。
フォーカシングとはどういうものかについてのの、角さんに聴き役をしていただいての解説では、選手として、またコーチ歴の豊富な角さんとは、「頭での理解」の堂々巡りとは次元の違う、「技能(skill)を身体で覚える」という観点で意外な接点が見つかりました。
狭いワンルームのカウンセリングルームにわざわざおいでいただいた角さんは、やはりプロスポーツ選手らしく、たいへん大柄な方でした。テレビ等でのご活躍から皆さんもおわかりのように、たいへん親切で親しみやすい「聴き上手」でいらっしゃり、1時間の設定時間があっと言う間に過ぎました。
あいにくの雨の中、おいでいただきましたことに、「レポーター」の角さんのみならす、記者さん、カメラマンの方にも併せて御礼申し上げます。
話は独立開業事業を展開する上でのネット活動の意味という問題にまで広がりましたが、どこまで誌面に反映していただけるのか、楽しみにしております。
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60000アクセスが5月10日でしたので、49日で達成、一日平均204アクセスおいでいただくという、私のブログとしては過去1,2を争うハイ・ペースで、多くの皆様においでいただけたことになります。誠にありがとうございます。
今、独立開業事業の更なる積極化の段階に入りました。
特にカウンセラー同業者の皆様にとっては、挑発的な記事も書き,顰蹙(ひんしゅく)も買っていないかとすら懸念しております。
しかし、私は、一般の皆様や、これからカウンセラーになろうとしている皆様に、カウンセリングや精神療法、精神科医療に対する「過剰な幻想」を抱いていただきくないのです。
むしろ、「手堅く」、「賢く」、「しぶとく」、「使い勝手のいい((C)日笠摩子)」形で、ごまかされすに、「こっちがうまく『利用』して、成果をもぎ取ってやる」くらいのつもりで「有効活用」していただくことを祈って、記事を書いているつもりでいます。
まもなく開業1周年を迎えます(06/07/11)。
心引き締めて、謙虚に精進していかなばならないと、自分に耐えず叱咤しておりますので、これからもどうかよろしくお願い申し上げます。
**********
(以下、2007/7/16 PM23:46現在
延べ74069アクセス 第7版)
アクセス解析すると、最近の傾向としては、
○ここしばらく、連日にわたるアクセスがまだ続き、特に6月後半から7月前半のアクセス数の急激な増加(300-390アクセスの日あり)に貢献したヒット記事が、
●あなたの身近な
「町のカウンセラー」を目指しています。
●子供との関わりのためのフォーカシングの本、新刊
●夢フォーカシングについて
●「『信』なき理解」
●続・『信』なき理解
-援助職の人自身の人間関係の光と影-
●事例検討会でのコメントを
自分の心理療法流派の宣伝の場にしないように
心がけましょう!!
●「単なるロールプレイより効果的なカウンセラー訓練」
●「フォーカシング・ワンダーランド」
●「クライエントさんはカウンセラーに
『感情移入的理解』を向け続けている」
●「カウンセラーこういちろうのライブ映像公開!!」
●「ユーミンのデニーズ伝説 III」
●「億劫とは、エネルギーのはけ口が
うまく見つけられない状態である」
の12作。
○iPod・ヘッドフォン関係の記事が、古い記事まで含めて非常にコンスタントにおいでいただいているばかりか、さらにアクセスシェアが増し続けていること。
○ビュアオーディオについての記事に増加傾向があること。
○「ユーミンのデニーズ伝説」をシリーズ化したことによる、このシリーズ全体(I, II, III)のアクセス率上昇。
○これは以前からの傾向なんですが、カウンセリング系では、
●「死にたいと言ってもらえること」
●「ケーススーパーバイズとは何だろう(入門編)」
●「私のケーススーパービジョン(実践編)」
●「鬱の人は一見元気に見えることも多い」
●「『共感的に』人の話を聴くとは?(入門編)」
●「無遅刻無欠席の哲学科学生だった私が、
「カウンセラー」になった途端に,
一度見失ったものとは?」
●「クライエントさんに
「共感できない」気持ちを糸口に、
クライエントさんへの深い「共感」への道を
開くこと」
●プロカウンセラーの6つの条件
(7.11 Asega Doctrine)
●突然シューベルト
(注:これも歴毅としたフォーカシング論)
これらは、ロングランの手堅いアクセス率があります。
○浜崎あゆみ(ayu)関係の記事が、日によって、かなり古めの記事すら突如アクセス率が回復すること。ちなみにそういう時に一気に躍り出るのは、たいていの場合、あの、少し人を食ったウイットを効かせた、
の記事です。
*********
このブログ,ジャンル的に何とも多岐にわたり、構造が複雑怪奇にできていますけど、以前から申し上げておりますように、カウンセリング関係の記事に限定すれば、当ブログ右サイドにもリンクを常設しておりますところの、
を活用していただくと便利なはずです。よろしくご活用下さい。
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今日は午後都心に出て仕事をして、今帰ってきたので、アクセスがどこまで上るかを楽しみにしていました。
このペースでいくと、恐らく、当ブログ、「カウンセラーこういちろうの雑記張」開始以来、過去2番目の一日アクセス数になるのは確定です。(過去一番目の時はその時は24時間で500アクセス丁度でした)。
このあと続く予定の、中島みゆきの「予感」論と、浜崎あゆみの”My Story"論は、更に、更にパワフルな内容になるように構想中。今日の行き帰りもガンガンiPodで聴きなおしていてましたし。
みゆき論は明日(18日)中にはUPできるでしょう。
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前の記事でも使った、
「我が青春に悔いな~し!!」
の元ネタが、高橋留美子の『うる聖やつら』の
179話、「青春おじさん登場! 輝け夢の大喫茶店!!」(DVD vol.40収録)や、第157話のキツネとしのぶの話の2つ目(DVD Vol.34収録だが絶版)の中に出てくる台詞(せりふ)だとすぐわかる人がいるとは、とても思えずも、敢えて使っている、かつての超絶『うる星』ファンの阿世賀です。
(上記の部分、第3版で誤りを修正しました m(_ _)m
181話は、しのぶとキツネのエピソードの第4作」です。
これも傑作ですが、幸か不幸か、同じVol.40収録の179話にも「同じ台詞」が出てきたので許してください。「本放送」ビデオは持ってても、DVDは持ってないので、ネットのみの調査でミスしました)
*****
今や、高橋留美子さんっていえば、『犬夜叉』であり、『らんま』すら知らない若い人が多いですからね。(浜崎あゆみが『犬夜叉』のエンディングで
歌ってたのは知らないくらいに、ある時期以降のアニメと無縁なんですが)
実は、いまや巨匠視される押井守さんがチーフディレクターの時代よりも、やまざきかずおさんの時代の前半ぐらいまでが好きだったという、変わり者なんですが。
そりゃ、
劇場版の「うる星やつら2 ビューディフル・ドリーマー」は超傑作だし、
その原型の、
「みじめ、愛とさすらいの母(101話)」(DVD vol.20収録だが絶版)が初放映された時なんて、よくテレビでこんな前衛的なのやったなと喝采しましたが(^^)。
この回、何と、「現在の私がやってること」が登場するわけで(爆)、実は私は四半世紀かけて、「なるようになった」だけの人間なのかもしれません(^^;)
****
いずれにしても、上記にご紹介したTVシリーズの4話分ずつのDVD3本は、押井監督時代、やまざき監督時代、それぞれの、一番油が乗り切った時代のものです。
vol.20は98話「そして誰もいなくなったっちゃ」を含み、
vol.34は島本須美さん演じる、男嫌いの水乃小路飛麿の妹、飛鳥初登場の、天才アニメーターもりやまゆうじ節大爆発の傑作娯楽編の前後編(何と原画の一人が「エヴァ」の庵野秀明さんです)という、全くキツネとは異質の世界が同時に堪能でき、
vol.40は第180話、「ダーリンのやさしさが好きだっちゃ」(原作でも「最後のデート」というタイトルで、印象深いエピソードの一つ。それを原作のスピリットそのままの叙情詩として、もうこれ以上ない水準で完璧にアニメ化)
を含みます(完全に四半世紀タイムスリップした形で「記憶の引き出し」が開いている)。
当時のテレビシリーズアニメとしてはアナーキーでシュールでしかも繊細そのものの、そこはかとない痛み(悼み)に満ちた世界を、若い世代のアニメファンの方にも堪能していただく「お試しコース」としてはいいかもしれませんね。
私の永遠のテーマの「思い込み」というテーマの、ひとつの原点かな。
***
そうそう、やっと初代「ガンダム」TVシリーズが、やっとDVD化されるらしいですね。
やはり、このへんにはまった世代だから、今の私があるのだと、つくづく思います。
*****
最近、このブログにおいでの方は、この記事ごとのノンジャンルぶりに「あっけ....」だとわかってますが、これも、検索エンジンによる「予想外の顧客層」に関心を持っていただくきっかけにもなればと思い、自分の精神的「全資産」を総動員して運用しているだけです。
まあ、少なくともアウトドア派でないことはバレバレですが.....
でも、知ってる人はm上記の作品群って、みんな内容的に「深い」でしょ?
『ガンダム』の「ニュータイプ」なんてトランスパーソナルチックだともいえる。
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このブログ「カウンセラーこういちろうの雑記帳」、おととし(2004年の12月19日にスタートしましたが、おととい、つまり、2006年3月13日(月)に5万アクセスを達成していました。今(3/15 am5:40)現在
、50257です。総記事数でいうと、「この」記事が330番め、1年4ヶ月弱かかったことになります。
今月に入って、私の生活の中でのエネルギーの振り向け方が大きく変わったため、ほとんど更新していないにもかかわらず、連日100数十アクセスして下さる方が途絶えない中で達成された数字です。1週間に1000アクセスのラインは決して割り込まなくなっていましたので、時間の問題ではありました。
アクセスの数そのものにはもはやあまり拘泥していませんが、
私の、時として傲慢にも、挑発的にも見える「カウンセラーらしくない」ブログを読んでくださってきた皆様、
トラックバックやコメントを返して下さった皆様、
そして何かの「ご縁」で、この記事が最初のアクセスになった皆様を含めて、
ありがとう。
そして、これからどう変化するかかわからないけど(?)、ともかく続けてはいくでしよう。
よろしくお願いします。
******
BGM(といっても私の心の中の)はやっぱり、浜崎あゆみの"alterna"でした。
私は
これに収録されたアコースティックバージョンのリミックスが、しみじみ聴けてます。
(この曲には独特の思い入れができてしまいました)
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「侵略」であろうと「進出」であろうと、どっちでもいいでしょ?
といいたくなります。
そういう「言葉尻」が問題になるという背景には、
「歴史教育についての『統一見解』を『国家の責任』で作り、『国民に教育』する義務がある」
ということが「自明の前提」として含まれているわけですね。
......ということは、「歴史教科書批判」をしてくる国も、「それへの対応を迫られる国」も、
およそ、
「『正しい』「公教育」というものを『政府が検閲』し、正しい認識を『与える』べきである」
という大前提を、
政府も国民の多くも、暗黙のうちに受容してしまっている、
「不精な」国民・国家
なのだと、私は判断します。
*****
歴史上のどんな事件でも結構です。
例えば「トゥール=ポアチエの戦い」としますね。
西暦732年に、イスラム教徒国家が「フランク王国」にそれ以上進入しようとするのを食い止めた、という意味で、イスラム教国家の、ヨーロッパ大陸「西側からの」それ以上の「進入=進出=侵略」を不可能にした、世界史上の重大な転機がかこの戦いであることには変わりがありません。
しかし、恐らく日本の「大学受験生」なら、
1.この時のフランク王国がまだ「メロヴィング朝」であり、「カロリング朝」ではないこと
2.この時のフランク王国の実質的な支配者が「宮宰」(摂政のようなもの)の「カール・マルテル」であり、いわゆる「シャルルマーニュ大帝{カール1世)(追記参照)」ではないこと
(追記:私は正確には、これでは「シャルル『大』大帝」になることを知っている。「シャルル大帝」か「カール大帝」か「シャルルマーニュ帝」か、単に「シャルルマーニュ」にしないとおかしいのは知っている。しかし、それこそ、この「カール(シャルル)」帝へは、法王からの「ローマ帝国皇帝」の王冠を捧げられ(ゲルマン人初?)、孫3人に、今日の「ドイツ」「フランス」「イタリア」の原型となる形で国を分割相続する伏線となり、「カロリング朝ルネサンス」といわれる、旧ローマ帝国の学問・文化を積極的に復興することへの積極的貢献など、ラテン(旧ローマ帝国)系とゲルマン系を統合した意味での「中世ヨーロッパ」世界の「とりあえずの」確立において政治的・文化的に果たした役割のあまりの「巨大さ」から、「唯一無比の」の「カール」という意識が無茶強いので、「確信犯的に」、この、屋根屋を重ねる言い方を「好んで」いる(^^;)。
ちなみに、彼の祖父、いわゆる、「カール・マルテル」は、イスラム教徒軍勢のイベリア半島を越えた本格的侵入に)『鉄槌』かました『カール』」と言う意味で、後の時代の人が読んだことに由来。世界史的に大事なのは、何より「祖父(マルテル)」と「この人(大帝)」を混同しないことであろう)
3.この戦いを、「ローランの歌」で有名な、778年の「ロンズウォーの戦い」における「カール大帝」の「バスク人への」勝利と混同しないこと
4.しかしこれらの戦いの後にイスラム教国家が、即、イベリア半島から消滅したのではなく、「レコンキスタ」の完全な成功は、何とスペイン(カスティーリア王国)による1492年のグラダナ陥落までかかっていること。
..........ここまで掌握していれば、私の大学受験時代、私立文系の最難関といわれた、早稲田政経学部の世界史の要求水準を満たしていたでしょう。
(「以下の記述の中から、間違っているものを選べ」的設問の「引っ掛け」選択肢になりそうなのは、これらのポイントです)
(この20年の間に、偏差値の数字と受験学力との関係は「ものすごい大暴落」を起こしていて、当時の早稲田の政経合格に必要な水準の「受験勉強」など、今の日本の「どの」大学でも求めていない、「とてつもない」域であったことを忘れてはなりません)
ちなみに、「ローランの歌」は、これら「すべての」混同に加えて、イギリスの「アーサー王伝説」(6世紀から8世紀にかけて成立)における「円卓の12人の騎士」の伝説すら「一緒くたに」なって、しかも11世紀の「十字軍派遣」を背景に成立した叙事詩であります。
ですから、この「ローランの歌」成立当時(のヨーロッパ人は、もはや自分たちの過去の歴史を「その程度」にしか掌握していない、まさに『歴史認識』における「中世の暗黒時代」にあったという点では、もはや同時代のイスラム教国家の歴史家の高度な客観性に全く歯が立たない状態だったみたいです。
(ただ、イスラム教国家側の王の武勇を賞賛する内容も含まれているので、ダンテの「神曲」が、ムハンマド(モハメット)が地獄に落ちた醜い悪者として描写されたためにイスラム教国家でも「禁書」扱いになっているのと同様な扱いは至っていないようです。
*****
ちょっと年号だけはwikipediaで再確認させていただきましたが、
岩波版の「ロランの歌」の訳者の解説の部分まで読めば、こうしたことはほとんど全部掌握できます!!
副読本として、
ブルフィンチの「シャルルマーニュ伝説」があれば一層パーペキです!!
なお、はっきりバラしますけど、「中世初期のフランク王国とイスラム勢力との関係」というのは、私が(後で詳しく述べるようなきっかけを経て、中学時代から関心を深めてきた特別「興味の深い」領域だから、wikipediaの助けだけで、即席でこの程度に仕上げられるという「だけ」のことですから(^^;)
*******
歴史的「叙述」というものには、およそどんな場合でも、その時代の「政治状況」や「国民的偏見」から自由になれません。
まして、歴史上の登場人物や階層、民族が「どういうと意図で」のそのように行動したか、という時限になると、結局、その歴史叙述をする人の「世界観」ばかりか、個人としての「価値観」や「もののとらえ方」によって再構成された「物語」であることとを私は決して越えられないと思います。
歴史や政治とは、どの時代のどんな特定の「事件」だけをサカナにしても、このような、
芥川の「藪の中」(=黒澤明の
映画「羅生門」)に陥ることに目覚め、人からの受け売りや新聞やテレビの報道を妄信しないことが大事だ、ということに気づき、自分なりにいろんな情報をいろんな次元で探したり、場合によっては「事件の現地や史跡や博物館の展示」に足を運んででも、「自分なりに」視野を広げることそのものに「醍醐味がある」のです。
そのことに目覚めさせないような、そんな「歴史教育」なら、無意味です。
例えば、「世界史」の時間の1ヶ月間が、例えば「トゥール-ポアティエ間の戦い」という一つのテーマに絞って、生徒ひとりひとりにネットや図書館とかを駆使して勝手に調べさせ、
先ほど述べたような、「果てしないくらいに無尽蔵な」当時のさまざまな社会的現実や事件との連鎖反応的関連について何でも自分なりにレポートにまとめ、「どんな方法で」それをプレセンテーションしてもいいとします。
例えば、
ギター曲の「アルハンブラ宮殿の思い出」を弾いてみせる生徒がいてもいいし、
ひとりの生徒の提案で、何なら3コマ分ぐらいブッ通しで、映画、「エル・シド」の鑑賞会をしてもいいではないですか。
*******
「エル・シド」は、私が子供の頃、偶然、テレビで見て、ともかく、スペインでの、イスラム教徒との戦いということだけは当時の私にもわかりまました。
迫り来る圧倒的な数の「海を渡って来た」イスラムの大群の脅威を前にして、自分の城で瀕死の身体でありつつ、「スペインの『英雄』であることを「一身に引き受けた」、エル・シドの、何とかスペインを守りたいという強烈な使命感と「今、生きて戦いに赴ける身体ではない」ことへの「断腸の思い」がひたひたと伝わって来たのだけは覚えていました。
そして、ラストシーンの記憶は失われていたのに、見終わった直後、とてつもない「衝撃」をうけたことだけは「身体が」覚えていました。
(そういう彼を支える妻の役って、ソフィア・ローレンだったんですね。主人公役が
「十戒」や
「ベン・ハー」と同じ人(=チャールトン・へストン)なのは子供の私にもわかりましたが)。
私の、広い意味での、中世のヨーロッパ西方でのイスラム国家との戦いに関心を持つ「原点」が実はこの映画です
ただ、当時の受験参考書や百科事典水準の史料では「エル・シド」の名前を見つけられなかったもので、
この戦いは「トゥール・ポアチエ」か? あ、違った
あれ、「ロランの歌」の「ロンズウォー」でもないな?
いつ、どこでの戦いなんだ〜!!
などと模索するうちに、
フランス建国の父「とされる」、メロヴィング朝の「初代の王」クロヴィスからはじまる中世初期から中世末期に至る、ヨーロッパ人と、イスラム教勢力との「ヨーロッパ西方での」ぶつかり合い全体が「特別な」興味の対象としてどんどん育っていったのです。
******
一方的に出来合いのマニュアルに基づく歴史の流れを「通史的に」教える(これだけなら、受験勉強のためなら、講義より、参考書一冊読む方がよほど情報量多くて手っ取り早い)のではなく、
生徒各人が各人なりに歴史を「おもしろい」と感じる切り口を見つける「きっかけ」を作り、
通説や世間のその事件と関連する事項への「常識的理解」への疑問符、
立場が違えば状況が違って見える可能性、
その歴史上の登場人物や民衆の心情への「感情移入的理解」のさまざまな可能性.......
,,,...などなどに気づかせるきっかけになれば、
それ以上立派な「歴史教育」(それどころか、「社会」や「政治」への、各自なりのもののみ方を養う訓練)はないと思います。
私は、その領域に詳しい人が、「私を」さらに納得させてくれることを言ってくれたら、たとえそれが小学生の言うことであったとしても、「敬意をもって」拝聴するつもりです。
そういう「出会い」がなければ、人生って楽しくないじゃないですか!!
******
日本史だと、これが「南北朝」時代への別格的な関心ということになりますが。
何しろ私は
「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」)を小学生にしてフルコーラス歌えましたし、今でも歌えます!!
日本の「軍歌」のほとんども、もし歌詞カードがあれば歌えます。
当時の政治は政治として、これら戦前の文部省唱歌や軍歌を避けて、日本の音楽史を語らないと、「卑怯」だとすら思います。
日本神話を「教え『ねばならない』」という考えには反対ですが、
自国の神話や伝説について個人個人が学ばないでいるとすれば、『もったいないなあ』と思うし、少なくとも、
『古事記』なんて、素晴らしい『文学作品』だと思いますが。
(
この本なんて日本神話と大和朝廷がほんとうに安定するまでの歴史/文化/社会/文学についての入門書として、偏らないさまざまな見地からの理解への道を開く、図版盛りだくさんの、簡潔ですごく読みやすいたいへん上質の『記紀』入門書です)
これらを教えるだけで『右』とみられる場に教師がいるのなら、その先生、わかいそ過ぎますね。
*****
もとより私個人は、政治的には「ある意味では急進的、でも現実主義的慎重さを失わない『リベラリスト』」そのもののつもりです!!
*****
でも、靖国神社隣の「昭和館」は時間をかけてじっくり見ました(政治的な中立性を十分に保った展示がなされています)。
弘前城の場内展示された「仇討ち」の資料の話はこの前の記事のコメントの最後の方で書きましたし、
私の友人が住む、水戸を訪問した際、常盤神社でも、歴史上の事実としての「黄門様」の解説や自筆の手紙の文面を読めたのは楽しかったですね(^^)
そろそろ偕楽園は梅の季節でしょうか?
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最近一時期の書き込みのペースが落ちたとお感じの方もいるかもしれませんが、別に本業が忙しくなって来たからではありません(^^;)。
「顧客さん」を「増やすために増やす」つもりでのネットへの投資はあまりし過ぎたくないし、マジ、体調の関係で、もし今の2倍のクライエントさんが来たらまだ身体が持たないでしょう。
むしろ、当面書きたかったことを「やっと」かなり書き尽くしてそれなりに満足したというのが大きい気がします。
*****
本業そのものは「ぼちぼちでんな」というところで、時間が空いた時は、読書などの、ある意味では「先行投資」的活動の方が多いでしょうか。
ちなみに、その多くは歴史書や日本/世界問わず、歴史関係の20世紀半ば頃の代表的かつ独創的な研究者の著作か、日本語訳だけど「超古典」に属する「原典」ですね。
例えば、今の今、並行してかわるがわる(! )読んでるのは、まずは、
キリスト生誕を遡ること50年前、「紀元前」に、実際戦争の将軍をやったカエサル(シーザー)「本人が」刻々と「戦況報告」としてローマの元老院に送ったものをその直後に本人が推敲したと考えられている!!
古典ラテン語の代表的教科書であり、その簡潔な、主観を排した文体は「歴史記録の鏡」とまで言われる。
キリスト教以前の政治家がどういう倫理観で、すでにローマの脅威になりつつあった「ゲルマン民族」および、ゲルマン民族とローマとの板挟みにあった、今で言うフランスにあたる地域の「ケルト民族」をはじめとする「先住民」という、異世界の族長や将軍たちと、実際戦闘に入る前に、どのような賭け引きや裏交渉をしたのかまで生々しく伝わる、統計的数字にも誇張がない、カエサルその人が、恐ろしく「醒めた知性」の持ち主だったことが伝わる、ある意味で凄い本である。
欧米人の根底にある異文化相手の国際政治観/戦争観を、古代最高の軍事制度システムを持った「超大国」の、これまた最高の現実主義的「政治的/軍事的知性」を持った人間が、自ら書き残しているという意味で、この本など、今の時代にこそ、日本人に読まれるべきだろう。
なお、「ケルト民族」は、こうしてローマに支配が及ぶ中で、今で言うフランス中部あたりからブリテン島や今で言うフランスの辺境地区などに本格的に移住。
エンヤの音楽で一気に日本でも脚光を浴びたケルト人(=実はローマ人にとっての「ガリア人!!」)は「イギリス由来の」ものでは「ない」のだ。wikipediaによれば、インドに近い中央アジアから移動して来たケルト人そのものが先住民を制服し、現在フランスの中央部にあたる地域を占領し、一度定住したたのである。
その「一部」が「将軍」カエサルをはじめとするローマ帝国の拡張もあり、以前から進出していたブリテン島とアイルランドに「本格的に」移動し、先住民をまたもや征服して定住、そして更に後から流入して来たアングル民族、サクソン民族に支配の優位を明け渡す、しかし、イギリス/アイルランドをはじめとして、今もケルト語系の言語を日常語とする層が、何十万人もいるのである!!
実は、文字文化を当初持たなかったケルト人が、ローマの進出の中で世俗化し、方言化したラテン語を早くから話しはじめた場所にこそ、例の「中世ロマンス語」圏の成立が始まるのである!!
ちなみに、ケルト人の立場で史料を読み込み、ローマから「侵入される」過程をとらえてみた、
「ケルト人のガリア戦記」(原修二 著) という本、届きました。図版も豊富で、ケルト人側だけではなくて、ローマ側の文化や政治機構についても客観的、かつ、劇画タッチの図版盛りだくさんの視覚的に訴えるやり方で解説してある、「ガリア戦記」の副読本としてこれ以上考えられないくらいの絶対のお勧め本)
***
次に、
![]()
アウエルエルバッハの「世俗詩人ダンテ」と、
ブルフィンチの
「シャルルマーニュ伝説」です。
![]()
![]()
井筒俊彦訳「コーラン」はいつ届いてもいいはず。
私にとって「世界史」って、受験勉強ではなくて、そういう興味本位の読書で形成された「好きなもの」です。ただ、なぜか、「歴史小説(ふうのもの)」はほとんど読んだことないです。
でも、気がついてみると、後にイスラム教の影響も強く受ける「南ヨーロッパのロマンス語地域」という一点で、私の最近の読書傾向は「交差」してますね(^^;)。
ほとんど「ロマニスト」です。
(「ロマンティスト」ではなくて、
「『ロマンス語系』文学研究者」のことらしい。
上述のアウエルバッハの本は、『神曲』はヒルティの影響でとうの昔に手元にある(「天国編」は読まないまま)ので、「ダンテ関係」ということで「勘」だけで楽天ブックスで選んだんだけど。
実は今世紀最大の「ロマ二スト」の処女出版らしい。しかし、これを「楽しく」読める人は相当歴史や哲学思想に「ロマン」を感じて自分から接して来た人だろうと思う。
でも、精神分析の
ビオンの翻訳に比べたら、私には遥かに、遥かに「楽しい」本です。訳者の、かつて心理臨床学会の個人発表で座長をお願いした藤山直樹先生、ごめんなさい(^^;))
*****
大長編
「ローマ人の物語」で著名な、「学者」の書いた「学術書」ではなく、「歴史教養書」の部類と思われる著作活動を続ける塩野七生も、すでに2年ぐらい前に読んだ
「コンスタンティノープルの陥落」だけ。
「ガリア戦記」とか、なぜこれまで私が読んでなかったのがむしろ不思議なくらい。
![]()
![]()
ヘロドトスの「歴史」
(ギリシャ時代、ペルシャ帝国滅亡後に、当時の中近東地域を「実際に」訪ね、当時のクフ王のピラミッドやスフィンクスの印象、ミイラの製法までこと細やかに書いている。まだクレオパトラよりずっと前の時代、今日の「風化が進む前の」スフィンクスやピラミッドを実際に見ているのである!!)
タキトゥスの「ゲルマニア」や
(これもローマ時代当時、実際にケルマン民族地域をを旅してはいないが、当時「蛮族」と見られていたゲルマン人を含む北部ヨーロッパ人への敬意を持って書かれた)、
ラス・カサスの「インディアスの破壊についての簡潔な報告」
(これまた、何とコロンブスの航海に「同乗」した宣教師という同時代人による、宣教師であるにもかかわらず、披征服民へのスペインの政策を批判し、変えさせようとする政治運動を実際に続けた当事者による「現地報告」)
とかは、高校時代にとっくに読んでるのに。
.....あ、そうか!! 見地を多角的にするには、
中世イスラムの歴史家、イブン=ハルドゥーンの古典的歴史書、
「歴史序説」も注文しておこうかな)
****
何か、「ひけらかし」みたいで気が引けますけど、
こういう本をいつも「楽しんで」読む人間が、学校教育の枠にはまらない面があったことは、想像して頂きたくて。
私はこうした「歴史好き」と同じようにして、浜崎あゆみや中森明菜や松田聖子やクラシック音楽や鉄っちゃんやアニメをや実写映画を、
そして「フォーカシングを」
「楽しんで」いるだけなのです。
そして、そういうふうにして(強制ではなく)自分の好奇心のままに「身につけ」た時、人はそれを、「仮面」としてではなく、自分が主人公となる形で「身につけ」られるのだと思います。
「優等生」の中に囲まれているのが、苦手で、もの足りないし。エリート主義者でもない、
自分がなりたいものになってきた(注:ただし現在進行形)その成り行きで、現在ただの「在野の一臨床家」をしていることに心から納得している私の心境をお伝えしたいだけです。
これが、「健全な」自己愛を育んだまま、強迫性ともまた別な探究心を失わず、「時には」したたかかつ自由に、「社会的ペルソナ」を使い分けることそのものを「遊んでしまう」生き方、ということになるかもしれません。
そこには、劣等感コンプレックスの裏返しとしての、みせかけだけ自分を「人より上位の」人物に見せたい欲求など(時には生じても)、
結局、
「ズル」や「カン二ング」で動くのは『つまんない』や」
という気持ちの方が勝ってしまい、
「ね、ね、僕、すごいでしょ?」
と、まわりに無邪気に「ほんとは」思わず口走りたい、3,4才の頃の私が、ただその上に「経験値」を積みあげると同時に「年食った」だけの存在として、そこにいるのだと思います。
(直前の部分、第3版と第4版で表現を大きく変え、タイトルも変えさせて頂きました。今の今、「はじめて」言葉にできたことです)
そして、
「みんなに見せたい『景色』」
とは、
そのことではないかと。
「本来的、始源的」
ということであり、
「人と違う」
ということとは本来関係ないんではないか?
(以上、第5版で追加)
******
さて、話題を変えます。
「検索ページ上位掲載率増加」のための対策にも、信頼できる「大手の2社」に投資していますが、それも「むやみな掛け金」ではないんですよね。金を積めばもっとアクセス数増えるのはわかってます。
楽天から得られる「楽天通貨=ポイント」の収益は、私は次第に何をどのように、どのようなやり方をして、楽天を通して(通さずに)買うと、「必要な、今後絶対投資した見返りがあるもの」を買えるか、のコツが見えてきました、
もっとも、もう、本以外はこれからの自分の生活に必ず役立ち、「減価償却」できるか(税理士事務書取り仕切ってた父が、私が母親の胎内にいる頃から、何千回、何万回も、繰り返し口にする中から「理屈抜きにしみ込んでいた、「経営用語」である)という観点から揃えたかったものは揃えたので、むしろ楽天での買い物額自体は一時期より落ちているでしょう。
アフィリエイトは、自分が紹介したい商品を紹介しているだけですから「料率狙い」はほとんど全くしません。(「一カ所だけ」意識的に本部トップページでやってます)
ところが、楽天の方、気がつくと、やり方次第で結構ぎょっとするポイント還元が得られる「からくり」も自分なりに見えて来た気がするのです。
(例えば、毎月、小額でいいから各コーナー「満遍なく」利用するとか。私は「ゴルフ」と無縁なので「倍率5倍」までしか持っていけないのが残念ですが)
いきなり「ひと月○万ポイント」に跳ね上がって来て、驚いているのです。
こうした「どっと還元された」分については、どうしても読んでみたいけど価格の関係で先送りしていた本(中古市場/フリマも点検する)や、「効果」確実で継続購入することにした消耗品(消臭剤とか)のまとめ買いなど、「確実な先行投資」にむしろ「手堅く」使っています。
*****
CDは、ayu以外で、よほどの高音質で聴きたい場合を除いては、すでに繰り返し触れるようになったiTunes Music storeでまずは探すように急速に変化しました。
ただ、もともとクラシックはかなり偏ってるし、J-POP系はアーティストによってある人とない人の格差が、今の段階では日本人向けには極端で、まだ日々刻々とレパートリーを増やしている段階ですね。
でもこのレパートリーの幅の問題が「ある程度」解決した瞬間、
若い世代は
「音楽を聴くためにiPodを多少無理してでも買う」
時代に雪崩式に一気に流れ込む
かもしれません。
中島みゆきはCD高めのままなのに、何と"Singles""singles II"以外「全部」あります。30年かけた30数枚のフルアルバム、そして新譜のシングルまで「すべて」があります。
みゆきは本質はアルバム・アーティストですが、有名曲でもなぜかアルバムにないシングルのみの曲(例えば「「誘惑」)があるので、「全曲購入」に恐らく10曲ぐらい足りないのかな?
あと、ライブの「夜会」シリースは別です。あれは、今や、映像が残っている限り、DVDの映像で売りに出されるべき思います)
浜崎あゆみは、1stと2ndのフルアルバムの内それぞれ何曲かはまだですし、リミックスとベストアルバム、シングルCD時代のB面曲、一部のマキシシングルにしか納められていない曲を除くと「すべて」あります、何より、新発売の"(miss)understood"すら買えてしまう。
(ちなみに、「CDの場合」、このアルバムに収録された曲でマキシシングルで先行した曲、すべてリマスタリングされ、音質は向上し、楽器間のバランスとかも再吟味されて統一感が出るようになってますから!! そして、曲順とかにも明らかにそこのひとつの「コンセプト」が与えられている。そして、アルバムでしか聴けない曲にこそayuの本音がストレートに出ているのは今回も同じ。
つまり、ayuも本質は「アルバム・アーティスト」です。だから、今後フルアルバムに「必ず」マキシのプロモーションビデオが収録されるとならば、焦らないならマキシではCDのみで、DVDとセットのを買わないままフルアルバムを待つのも手です。
しかし、ayuの場合は、PVが曲のメッセージを「補完」していることが多いので、ayuの「神髄」に「リアルタイムで」迫りたい人、ayuのためなら出費を無理してもしていいというに人は、今後も、シングル段階での「(CD+DVDのセット買い」がおすすめです)
*****
ITunes storeの話題に戻ります。
このように、最新フルアルバムまでラインアップに既にある浜崎あゆみとは対照的に、同じavex所属でもはや売れるCD枚数も浜崎あゆみより上かもしれず、曲のアレンジ、ライブでのパフォーマンスに至るまで、すでにayuと異質な存在感を歴然と示している、「ほんもの」のアーティスト(本人はこの言い方、好まないでしょうが)である、大塚愛の場合だと、
同時期発売の最新3rdフルアルバム、まだiTunes Storeで出し惜しんでますものね。「ブラネタリウム」もシングルですらまだ。
(この違いは何かというと、浜崎あゆみは満単位の会場での、かなりハードな日程のコンサートツアーでほぼ満員になる「集客力」が今もある(「追加公演」すでに公示されましたものね)ので、「CD では稼がなくていい」、でも大塚愛は、ライブでもお客さんを楽しませる才能はあるが、もっと小さめな会場向きだし、結果的にもチケットでは浜崎あゆみより「稼げない」ので、新作をCDでしか買えない期間を長期化して、CDの売り上げから収入を得たいという、avexのまことに健全な企業戦略の結果生じた違いに過ぎないでしょう)
ちなみに、レコード会社は別だけど、iTunes Storeでダウンロードでき出したら、確実にNo.1ダウンロート数を築くはずの「世界にひとつだけの花」という切り札を持つSMAPは、まだ登録ゼロです!! 会社とAppleの交渉がまだまとまらないのでしょう。
iTunes Store圧倒的に強いのが、「英米音楽、しかもクラシック『以外』系」であることは言うまでもないことのようです。何しろ、「日本の」ストアにはまだPVは一曲も置いてないので、第4世代iPodのビデオ機能は「合法的には」(!)活かせないままなわけです(パソコン用AVソフトで署名な某社は、すでに公然と「コピーソフト」を出してますが)。
しかし、トップページではなくて、「パワーサーチ」の方に回ると、何と倍以上の「隠れジャンル」検索があるんですよ!! これはどの国のiTune storeであるかを「越境した」データベースのようで、日本円で、JCBで、最初のダウンロード契約を国別とかでやり直さなくとも、そんまま購入できてしまいます(たたし、値段設定が日本円ですっきりしてますから、恐らく日本版ではアクセス不能な曲はたくさんあるのだと思います。iTuneを「英語版として」セットアップして、AMEXやMasterのカードで英語で登録するとどうなるかは、まだ実験してませんが(パソコンを2台持っていて、OSも同じにして、ダウンロードした曲のファイルの「置き場所」さえ共有してしまえば、論理的には日本版とアメリカ版、いや、ドイツ版すら動かせるはずで、そうなればクラシックのレパートリーもよほど広いかもしれませんが(^^)、まだやってません。
でも、現状でも、"Germann folk"とか、「日本人の多くに未開の広野」が、首都圏の巨大な輸入盤屋さんをたよらなくても、ともかくそのジャンルの代表的なものはあるみたいです。
****
そういう中で、今私が突如関心を持った「ある」音楽ジャンルが、前回述べた「○○○(中略)○○」です。
などと、「この」ネタ、まだ先送りにして練り込んでからにするつもり!!
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前回の、上述の問題についての記事、本日改訂の「第3版」で、重要な増補改訂をしましたので、是非お読みください。
これは狭い意味での「資格相互間の問題」ではなく、
「資格を所持すること」、
そして、
およそ「法的にみて」人を指導する立つ権限を持つこと
全体についての、
私なりの「倫理観」と「実践」を具体的に述べた、重要な書き込みのつもりです。
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先日はじめた、第3ブログ、
大更新!!です(^^)
******
煙草関係のグッズ、「ほんとうに効果的な」脱臭剤、高橋留美子原作アニメのDVD、有望なプロデビュー新人歌手、Lillte Nonについてなどです。
あと少し、使用感を最終チェックしてから載せるつもりの製品が2つぐらい今のところあります。
ともかく、楽天ショップで明記された製品解説や使用上の注意を「超えた」次元で、
実際に使用を重ねて、
「私自身の試行錯誤で」たどり着いた、
「その製品の効果を『最大限に発揮する』ための『マル秘テクニック』と『注意点』」
まで公開しています!!
既に購入されてから使用上困っている方、
「この製品『外れ』ね」
と見捨てたり、別の商品を勝ってしまう前に、
私の記事を読まないと損、
という自負はあります!!
噂につられて買ったりしないこと。
100円ショップでほんとうにかまわない「すぐに壊れたりしない」品物は何なのか?
「実際購入して気に入らなかったり、使い物にならないと感じた商品も、ほんとうに自分なりに創意工夫して『使い込んで』いこう」
これをしないなら、天変地異や世界史の流れにより、思いもよらない状況に変化してもサバイバルできません(^^)
戦渦や自然災害で苦しみ、ほんとうに物質的に、貧しい国の人たちに「罪悪感」を感じるなら、ますはそういう精神を失わないことが第一歩では?.
....などという言い方が、偉そうに響いたらごめんなさい。
でも、
自分の買ったものについては、それをできるかぎり「愛する」こと、「大事にケアすること」。
これこそ
真の「オタク魂」
とも思います。
私、なかなか物を捨てられない人なんです。
最近は、壊したり、なくしたりする危険や、大荷物になることで体力消耗するくらいなら、外出時はできるだけ軽装にしていますが。
私の知りあいに有名だった、「大荷物の阿世賀」は、
何と「過去の話」に、ここ2,3ヶ月なってきてます(^^)
******
こっちのブログでまったく未紹介のグッズも多数取り揃えております(^^)
すでにこっちのブログでもご紹介した該当商品についても、こっちのでははっきり書かなかったことも書いてあったりするので、
よかったら、ご覧になってみて下さい(^^)
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この新しいブログは、
1,私が「最終的に」楽天で購入した、
2,楽天以外のルートで購入しようとすると、どの店にあるのかすら探すのが結構大変かもしれない、
3.しかも「愛用商品」のみを、
4.むしろ楽天系のショップへのクレームや「もっとこういうあおり文句で売るべきだ」というおせっかいな助言(?)すら含めて、
こことは別の切り口からレビューすることに特化した、
「第3ブログ」です。
*******
前回のヘッドフォンの記事も、こことは少し違う切り口から、書いてますので、よかったら見てやって下さい(^^)
たまーにしか更新しないと思いますが、
こっちで「携帯灰皿」の記事まで書くのはどんなものかなあ、
と何となく思ったので(^^+)
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実は「雑用」が雑用で済まなくなりまして、
辛うじて近鉄の津行き最終特急
(といえば三重県の人にはおなじみですよね)
で、やっと四日市のビジネスに落ち着き、
*****
当初予定していたネタは、
モバイル通信の急速な時代の波をもろにかぶり、
限られた時間で、
数店舗の店員さんを遠慮なくこき使っても、
数とおりのシミュレーションすべてが「挫折」する
という、
私のチャレンジ精神精神をいよいよかき立てる(!)結末に至ったのですが、
ウーン、私って、ことモバイル機器とモバイル通信に関しては、
大手のその種の製品担当の店員さんより
少なくともハード面では
詳しく、マニアックになってきてるのかしらん???
(ms-dos用語全くわからん、ほとんど自己流でパソコン操作学んだ、
マニュアル嫌いの、
「経験論的試行錯誤」こそが、
が結局ほんとに自分の身の丈にあった、
自分の手足の延長のような
"skill"
になる、で突っ走る、
知らないのを恥と思わない、
「Win95とともにパソコン始めた」
世代ですので。
******
何しろ店員さんがねを上げて、
「ウィルコムの担当者に直接電話したら?」
と白旗あげるので、
その場でvodafoneの(ウィルコムはあくまでモバイルパケット通信用!)携帯でサービスセンターに電話しても、
「その件についての情報ありません」
おおおおお! いよいよ未開の荒野に乗り込めるではないか!!
「この件」についての続報をお楽しみに!!
****
さて、そのかわりに有益な情報。
iTunes Music Storeでダウンロード購入した浜崎あゆみの曲は、
少なくとも、5thアルバム"RAINBOW"と
ミニアルバム"memorial address"までは
Apple ロスレスでCDからコピーした場合より音質がいい!!
少なくとも4th"I am..."からしばらく続いた、マキシシングルにすら波及したばかりか、初期シングルCDの再発盤の際にまで波及した「HDCDエンコード」されていないみたいですよ!!
まだ3rdアルバム"duty"以降しかアルバム全曲(その中の単なる前奏や間奏すら単独曲単位でもOK!!)ダウンロード購入できないのですが、
そのHDCD「ではない」"duty"まで、
同じ「128kbps高音質の設定のAAC規格」で
「CDからコピー」した場合を「上回る」ように聴こえるのは
いったいどういうことなのか???
*****
avexもAppleも、
iPod用の音源供給と、
AAC規格にダウンコンバートするまでの
品質管理とチューニングについては、
なんとも良心的ですね(パチパチ)
*****
井上陽水の古めの曲(「傘がない」とか「氷の世界」をダウンロードしたものにはその「音の迫力」そのものに鳥肌が立ちました!!。これはもともとのCD化の段階でのリマスタリングも上質なのだと「推測」します(持ってないので)
(私がこのブログで男のミュージシャン取り上げるの珍しいですけど、彼もayuと同じ福岡県人(田川市出身)、
「能古島の片想い」なんていう曲もありますよね。ayuがこの世に影も形もなかった頃(!)、ayuの生まれ育ったすぐ近くの百道(ももち)の浜の向こうに能古島が見えるミッション系私立高校(当時は男子校....とまでいえば福岡市民にはミエミエ)が出身校ですから。
>「東へ西へ」とか、私の古くからのカラオケレパートリーなのだ。
おーい、我が久留米の生んだ松田聖子の古い曲、iTunes Storeで出し惜しむな!! ベストCDが、腹が立つくらいに選曲が少しずつズレている「ひどい」商魂のだ)
恐らくiPodのハードの音の特性にマッチングもかけているんでしょうけどね(^^)
*******
SONYさん、ここまでやらなきゃ、当然勝負は見えてるんですよ!!
(だから、WinのiTune使っている人も、
iPod「本体側の」基本ソフトのアップグレードに敏感になってください。
少なくとも「第二世代」以降は明らかな恩恵がありますので)
******
さすがに、ayuも、今回の新アルバムの曲までくると、
AppleロスレスでのCDからのコピーが、
kbpsの情報量で何と10倍弱も差がでますから、
明らかに音がいいですが。
*****
ちなみに、「アナログ録音」の優秀なリマスタリング処理をされたCDのCDコピーの場合も、ロスレスで、たいへん高いkbps数値を示すはずです。
私の所有するオリヴィア・ニュートン・ジョンと中森明菜の『アナログ時代の』曲の何曲かが1000kbps台に楽々乗り、ayuの最新フルアルバムの中の、このkbps数値が「高めの曲」の何曲かより「kbps上の情報量多い」ことになるのは事実です。
******
ちなみに、このAppe ロスレス規格でのCDからのコピーで一番kbpsが高いのは、
私の所有しているCDの中では、宇多田ヒカル(本ブログ初登場!!)の
このベスト盤CDに収録された方の,
"Traveling"です!!
(たいていの場合、シングル版CDよりあとに「良心的に」制作されたフルアルバムやベストアルバムCDは、Kppsの数値、シングル盤より上がります。浜崎あゆみの
これこれもまたしかり。上げないならそんなCD制作するなとすら言いたい)
宇多田ヒカルも、1stと2ndのフルアルバム、そして、「エヴァゲリオン」のエンディングで有名なジャズ・ヴォーカル・スタンダードの
"Fly me to the Moon(In other Words)"の宇多田パージョンが入っている
このマキシシングルと、前述のベスト盤CDとで、都合4枚「所有」してますよ、私も。
IPod向けヘッドフォンの音質鑑定でも、宇多田のCDは、実はかなりクセがありつつも、たいいていのJ-POP歌手のアルバムの、ラジカセ用にチューニングした最新J-POPより、よほど「ほんもの」広帯域のサウンドなんです。だからハイクラスのオーディオの試聴にも向いています。わたしもヘッドフォンでの試聴の際には、実はayuやクラシックだけでなく、宇多田のアルバムは「必ず」含めてきたのです!!
実は、そういう際には、過去の経緯では、たいてい、
オリジナルフルアルバム版の"Movin' on without you"を使って来ました)
*****
ちなみにkbpsの数値と総合的な音のバランス、音楽性の高さは「別物」なので、"Traveling"がロスレスkpps最高記録と一致したのは「たまたま一致した」ということに過ぎませんが、
現在の私は、
詩の内容の含蓄と、総合的な音響のまとまりのよさ、曲の良さど、独特の、「性的律動の塊」のような「迫真的な」ノリまで含めると、
4枚聴いた中では、
宇多田の一番「いい曲」は"Traveling"だ、
と判断してます。この曲だけは「なぜか」繰り返し聴きます)
*****
以上、私が「自分の耳だけを信じて」のレポートです!!
使用しているヘッドフォンはシェアーE5cですらぁりません!!
あれよりずっと安いんです!!
コンデンサー型スタックスでもない。
*******
なのに、私が
と認定した品とは?
何しろそのメーカーのこと、このブログで一回も口にしてないから。
この判断は、完璧に私のオリジナルな判断という自負もあります。
これについても、乞う、ご期待!!
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ストーカーの記事、必ずコメントのやりとりまで読んでくださいね(^^)
必見ですよ!!
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直前の記事、ほんの数十分の間に、どんどん「改訂版」を私が繰り出したのを「リアルタイムで」「ライブで」お楽しみいただいた方が、今回は、日本フォーカシング協会メーリングリスト"focusing-net"への私の書き込みによる勧誘/動員なしで(! .....もう、「動員」かけなくても1日300アクセス手堅くなりましたから)100名弱おられたかと思います。
どんどんユーモラスになり、しかも最後には世界全体の抱えた普遍的問題にまで拡張しましたでしょ?
これが、
自分の中の「言葉にならない曖昧な感じ」=「フェルトセンス」と「照合」しながら
(=フォーカシングしながら)
文章を書く、
ということでして、
"Thinking at the Edge"(「=曖昧な感じの輪郭の部分で考える」、略称"TAE")
という、創造性開発技法として、
今現在の、ジェンドリンが"Work in Progress"で体系化しようと取り組んでいる事柄なんです。
興味のある方は、英語ですが、ジェンドリン自身の草稿です。こちらをどうぞ!!
****
もっとも、私はこの技法、2,3回日本でのワークショップに出たんですが、全然なじめません(爆)。
まどろっこしくて、もう(^^;)
私は、「ナチュラル”TAE”イスト」過ぎるんでしょうね!!
この技法をわざわざ「技法として」学ばなくてもいい!!
(この点だけはすでにジェンドリン自身をも「超越している」のかもしれない)
日本では、少なくとも関東圏では、村里忠之先生や、近田輝行先生が、この技法の権威です。私の100倍詳しいです!!
*****
でも、私は、子供の頃から、ともかく長い文章を書くのは得意でしたが、
エンドレスの行き先不明のラビリンス(迷宮)に迷い込み、
「ここはどこ? 私はだれ?」
にいつもなって、「完結した」文を書けませんでした。
でも、「普通の」フォーカシングを学ぶ中で、急速に、まとまりのいい、起承転結のくっきりした文章を、「これだけの」クオリティを「毎回」そろえて「連発」できるようになったのは確かです。
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私にどのように返事を(ここにおいでにならなくても、個人メールとかでも)しようかとか、あまり考え過ぎないでくださいね。
皆さん一人一人が、
「自分にとって、フォーカシングって何なんだろう」
とフォーカシングしてみる機会になれば、ジャンヌ=ダルク阿世賀は「今回の」使命を果たしたことになります(^^)
****
他流派のカウンセラーの皆様、これくらいに真っ正面から、自分の所属する流派のことを真剣に思いやっている、「国際資格『認定』資格者」少なくともひとりはがいる、というだけでも、フォーカシングというものに、一度真剣に関心を向けてもらえると、ありがたいです。
恐らく皆さんの大半は、フォーカシングの「上澄み」しかご存じないから。
(それにしても、私の『絶望し続ける』『空虚さと向き合う』能力って半端じゃないでしょ? いわゆる『ボーダー』の人が私とトラブルを起こすことが今やないのはこの力のためと思います)
すべては『空(くう)』であるというのは、仏教の教えにありふれているし、旧約聖書の「詩編」にも「空の空」ではじまる有名なのがありましたよね。
そういうのを「ペシミズム(悲観主義、厭世観」という言葉でひとくくりにする学者は「馬鹿たれ」です。
これこそ、もっとも「肯定的」で「前向き」な生き方です。
浜崎あゆみはそのこと理屈を超えて「体得」し、まさにそのままの生き方をしているので凄いですね。
もう「N君」おいてけぼりをくらってあたりまえです!!
同じ境地に中島みゆきもいますね(最近、だいぶみゆきのここ20年の歌を聴き込んで来たから、確信になりました)
******
どこかの誰かさんみたいに、このことを「トランスパーソナル」という言葉を一回も使わずに語って来たのが私です(^^)
「あの」サイトにはあの日以来私が「ほんとうに一度も」踏み込んでいないことぐらいアクセス解析できている技量の方ですよね(^^)
フロイトの本「2冊」読んだくらいで精神分析を否定するのは、ayuの曲2曲だけ1回聴いてayuを批判するのと同じと気付かなかった。
そして、精神障害の人を平気で「壊れている」とネット上でも、私の目の前でも言い続けた。きっと、親御さんが「そうだった」んだと、掲示板読んでたかなりの数の人が「憶測」してますよ。
そして、
PTSD概念を吹聴したハーマンを批判した本(あれしか読んでないくせに)の著者、矢幡洋さんが、私が一番古くから個人的な付き合いがある臨床心理士だって、いいましたっけ?
あの人が私のエヴァ本の「プロデューサー」なんですってばさ!!
もう、自分がただの、身の回りに「崇拝者」を集めてる
「ナルシスト」、「『小山』の大将」だったことに目覚めてるかな?
それから、あなたは「向精神薬」への偏見のかたまりでした。
それなら、大酒飲みはやめたらいかが?
「酒は百ヤクの長」(誤字にあらず)
といいますでしょ?
あなたの脳細胞は、お酒になしには成り立たなくなっていたはずです。どこがちがうのですか???
だから、私は、あなたから「いいとこ取り」だけさせてもらって、縁を切ったんです。
これからは、「第2のあなた」にだけはならないように心してネット活動します。
1日のアクセス数が1000に達したら、その時点でこのブログは閉じて、過去ログのみの表示にする、とは他の記事のコメントで書きました。これは皆さんにも約束します。
「解釈なんてどのようにでもできる」なら、過去ログ「当然」今もそのままですよね?
もし、今更書き込みに来たり、個人メールよこしても、すべて無視、アクセス不能の設定にさせて頂きます!!
以上、「こーちゃん」より!!
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昨日(11日)夕方、父から、母がめまいを起こして倒れたという知らせを受けました。
「内科医に来てもらったら、特に異常なしと言われた。仕事が一区切りして数日中には脳神経外科医にも連れて行く」と。
私は
「うちの家系は心筋梗塞か脳卒中でしか死なないんだから、できるだけ早く病院に行ってくれ。佐治守夫先生がそういう展開を経てくも膜下で亡くなったのを忘れられない。決して安心するな」
と答えて一度は電話を切りました。
しかし、私はそれから「自分のフェルトセンス」からの、「猛然たる抗議」を受けました。
そして電話をかけ直して言いました。
「今日(11日)だけは親父に説教させてもらう。
『優先順位が違う!!!』
仕事投げ出してでも、お母さんを明日「脳神経外科の」病院に連れて行け!!
親父も、お母さんのこととなるとシミュレーション能力の客観性を見失うみたいだね。
私を安心させるためにも、それがベストでしょ?
人の生死に関わる『専門家』としての警告だ!!」
*****
今日(12日)午後、父親から、
「脳の検査3通りしてもらったが、異常なしだった。ただのめまいだったようだ」
との返事をもらいました。
*****
こうした展開の中で、昨日(11日)からの書き込みを書いたのです。
でも、書き出す前から私のフェルトセンス「が」私に語り続けていたのです。
「お母さんのことはもう心配しなくていい」
と。
「だから」書いたのです。私はそれを「後悔」してはいません。
私は激情にかられて昨日(11日)から今日(12日)の記事を書いたのではありません。
不思議なくらいに冷静な気持ちで、過去最高の内容の記事(コメント)の幾つかを書いたと思います。
睡眠も、今日(12日)は職場の定休日でしたから、その父からの返事の電話で起こされるまで、「見事に爆睡」していました(^^)。悪夢一つなく。
とは、父親からその連絡を受ける直前(11日)に、あるクライエントさんとの別れ際に、ふと口をついて出た言葉でしたから。
現状では、書くのはどっちみち、時間の問題でしたでしょうから。
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普通だと、土曜日曜、祝日や連休は落ちるんですけどね(^^;)
22:10現在で320超えてます。
週間アクセス2000の安定化は目前です!!
多くの人が帰省してるから、年末年始はアクセス200を割らないようにするのがやっとで、おかげで記事の更新連発で切り抜けるしかなかったんですが、逆に「ご新規様」においでいただくいいきっかけにもなったようです。
ともかく、
「こいつは何なんじゃ?????」
と感じてくださり、RSSリーダに加えて頂ければ光栄ですので(^^)
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どうも、本部WebSite「阿世賀浩一郎のホームページ」および「フォーカシングの部屋」のトップページから、直前の記事へのリンクにミスがあり、またもや「あの」浜崎あゆみの"Bold & Delicious"についての記事につなげてしまっていたみたいです(^^;)
純然たるコピーミスで、自分でリンクを再確認するのを忘れていました。
「もう、あの冒頭の過激な一句は、いいからさ~」
と思われたかも(^^;)
申し訳ありません m(_ _)m
@niftyココログの「トップページ」から来てくださる方のシェアが、ここ10日間ほど、5%-10%恒常的に維持できているんですよ。
「ココログフラッシュ」とかはともかく、この「トップページ」から直々おいでいただくことなんて
オリジナルカテゴリー大増設以前はほとんど記憶になかったことなので、驚いてもいるんです。
何しろ、この私が「カウンセリング」「浜崎あゆみ」「中島みゆき」というカテゴリーを作っていなかったのだから、そりゃそうだよなあ....、
と、
「コロンブスの卵」
ですよね、まったく。
私「ブログのアクセス数を伸ばす方法」的な本やネット上の記事、一切読んでませんから。
それを「試行錯誤の中で手探りで探す」
こと自体を楽しみにするため、
敢えてこの件でもまた、
「情報音痴」
を貫いて来たんですよね。
恐らく、幾つかの点では明らかに「定石」の逆をやってて、
「それじゃ増えないよ」
と言われるのは覚悟の上なんです。
*****
繰り返しますが、
「常識を疑うこと」
こそ、実は最終的な見返りが大きい、と思ってますから。
******
> 何をしたってしなくったって
> 結局指差されるのなら
自分のやりたいようにやるのが一番なんですよね!!
BGMは、言うまでもなく、ayuの
"alterna"でした。
この曲もお気に入りの一つです。
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カテゴリー分けの問題、面白いので、アドリブで続けます(^^)。
ひとつ、元哲学科学部生、そして一応実験系や行動主義心理学や知覚心理、社会心理や統計についても、ある水準以上の受験勉強をしないと、「臨床心理」や「カウンセリング」を学びたくても心理学科「大学院」に進めなかった時代の大学院出らしいことを、思いつくままに書き連ねてみましょうか。
今の認知心理学は、ゲシュタルト心理学全盛の時代と打って変わって、コンピュターのシミュレーションをモデルにして人間の知覚や認知や問題解決能力について模索する、ほとんど情報工学との境目のない領域に突き進んでいるわけですが、その段階に至る以前にも、哲学や物理学、そして心理学の領域で、様々な形で、「常識に挑戦する」思考実験がくり広げられてきました。
私はその一端しか知らない程度ですが、
たとえば、「因果関係」つまり、「原因」と「結果」の関係の「客観性」「普遍性」というのは、古代から哲学の永遠のテーマの一つなんですが、
イギリスの経験論的哲学者の代表格、デビット・ヒュームが、ごくかいつまんでいえば、
「実はある『一つの事象』が生じた時、同時に、あるいは、それに引き続いて『別の事象』が生じる」というということがその人の経験世界で反復されると、それが普遍的な『因果関係』であるかのような『錯覚』に過ぎない『因果関係の法則化』が生じるだけではないのか」
という「極論」を提示しました。
要するに、例えば冬の日本で、NHKで朝6時のニュースが流れる「から」夜が明けるわけではないし、夏は「ポケモン」が始まる「から」夜になるわけではない(^^)
発達心理学の領域では、ピアジェがこういうのを「転導的推理」と呼び、ある時期の幼児に顕著な普遍的認知様式であると述べました。
でも、こういうこともカウンセリングとは無関係ではないわけですね。
「思い込みを、現実社会で生きるしたたかなシミュレーション能力に転換させよう」の記事で書いた通り、
「すれ違う女の人が『嫌ねえ』と言ってる声が聞こえた「から」あなたがオタクだと『見破られた』」
確率は必ずしも高くないわけでして。
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これ、実はワトソンやパブロフに始まる「行動主義心理学」にものすごい影響を与えたわけですね。ベルが鳴ると唾液腺が活動し始めるバブロフの犬の実験なんて、まさにこの路線です。
そして、実証的な心理学の統計的手続きにおいて、そこで見いだされた「統計的な相関関係」が「ほんとうの」相関なのか、「見かけの」相関なのかを「検定」する手続きが重視され、「この研究の『妥当性(validity)』はほんとにあるんですか?」などと、修論の中間発表会などで先輩や先生から吊るし上げられる、心理学科恒例の光景が見られるようになったわけです(^^;)
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これは、社会心理学の世界では、「帰属理論(attribution theory)」というジャンルに引き継がれます。
例えば「内包特性理論(implicit personality theory)」という領域がありまして、その人個人が自分や他者の性格を判断したり評価したりする際の基準は、実は個々人にとってまるで異なることを実験的/統計的に証明しようとしました。
この流れの一つとして、オスグッド(Osgood)の「意味微分法(semantic dificiential method)」というのがあり、今回私が踏み切ったものすごく多いオリジナルカテゴリーの同時併用は、ある意味ではこのオズグッドの考えに近いかもしれません。私が「なぜ」その記事についてそのような複数カテゴリーを選択したか、ということを統計的に解析すれば、私個人の抱く「内包特性理論」は容易に数値化できるはずです(^^)
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ぜぇぜぇ。
ええっと、臨床心理学「以外の」領域についても、このくらいの内容を「英語で」書いてある試験問題に楽々答えられないと、20数年前の立教大学大学院の心理学専攻修士課程では、最終選考に残れませんでした(^^)
それを3年かけて、当時立教におられた村瀬孝雄先生のもとでフォーカシングを学びたいばかりに(!)、ほとんど「独学で」何とかクリアーしたのがこの私だったりする(^^;)
わざと、何の文献も参照せずに一気に書きましたから、各用語については、wikipediaでも参照して、私が「今でも」当時の立教大学院に入れるかとうか、皆さん採点してください。
この記事は、決して更新しませんので(^^)
*****
ほんとうは、私の法政大学文学部哲学科学部学生時代の専攻だった、
ウィトゲンシュタインの「前期」=「論理実証主義」から、「後期』=「自然言語学派」への転換のきっかけのエピソード
という、これ知ってない奴は哲学科のモグリだよ、というくらいに有名なエピソードを引き合いに出したいところですが、これはまたいずれかの機会に。
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この書き込みでその根拠を私なりに明快に述べたつもりです。
前の稿よりずっと具体的に説明する方向に大幅に加筆しましたので、
理系の方、コンピューター業界の方、および@niftyの担当者の皆様にも、是非お読みいただければ幸いです。
もとより、オリジナルカテゴリーに、少なくともある特定の業界では著名で、「公的に」話題にされても仕方がない人物以外についてむやみに増設するのは控えた方がいいのではないか、とは個人的には思います。
ですから、「阿世賀浩一郎」というオリジナルカテゴリーは「私自身は」作っておりません(^^;)
もっとも、どなたかがお作りになっても抗議する気もありませんが(^^)
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要するに、長大化した「カテゴリー」を右テーブル後半に移し、「フォトアルバム」を左テーブルの上段、"My Links"を右テーブルのトップの方に移して、目に入り易くしたのです。
ある意味では、最初目にした途端に飛び込む文字数が増えたことになりますが、読者の皆様への「便利さ」優先にしたつもりです。
裏を返せば、年末になるまでは、私がそれなりに、本業のカウンセリングの仕事も「していた」ということの証左でもあるかと思います(^^)。
私って、食って寝て、ブログの記事さえ書いていればよい状況に置かれたら、これくらい文章書いたり、ブログの再構築作業が出来る人だったりする(^^;)
カテゴリーの再構築って、ブログのおもて側の表示に全く立ち寄らすに、コントロ−ルパネル側からだけでできる作業なので、今日なんて、普通の日よりも、「自分自身によるアクセス回数」ほとんどないはずなのに、午後8時台ですでにアクセス数200楽々突破しました!!
ありがとうございます。
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アクセス解析をすると(以前も書いたけど、このアクセス解析って、「どなたが」アクセスして来たかまで特定できないので、ご安心を)、
この中の数分の1は、明らかに、@niftyココログトップページから、新たにおいでいただいた方々です。
私のブログの記事に、少しでも興味を持って、来て頂いただけでも感謝いたしします。
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私のブログの大まかな内容とポリシーについては、半年近く以前、やっとpingサーバへのトラックバック機能を活用し始めた時に書いた、当時の皆様への改めてのご挨拶の文章がすでにありますので、それを持って代えさせて頂きますので、よろしく。
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まだ、カテゴリーの再構築は、数パーセントの進捗度でして、全体への反映にはほど遠い段階です。少しずつ無理のないペースで進めていきますので、ブログ内でのカテゴリー検索のあまりにも不完全な現状を、どうかお許しください。
どれだけ膨大なカテゴライズ増設に吹き切ったかは、
↓こちらをご覧になればわかりますよね(^^)
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この@niftyのココログの、3フレーム縦割り設定にした時の、左サイドへの「バックナンバー」の表示のされ方の性質上、かなり古い記事(1年前に過ぎませんが)の検索が「一見」しにくくみえます。
実は左の「バックナンバー」という文字の部分さえクリックすれば、果てしなく過去に遡って「月別/カテゴリー別のリンク集」に出ます。
(...ということに、私も今気づいたばかりだったりして(^^;)。1年やって今日はじめて「スキナー箱のネスミ」の「試行錯誤」を経てに気がついた。はっとその可能性を「洞察」しただけ、ネズミよりは利口かもしれない)
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まあ、それでも、私のブログ「カウンセラーこういちろうの雑記帳」を、敢えて「最初の記事」から順に読んで、私の成長の跡をたどりたい、という「奇特な」読者の皆様のために、感謝を込めてサービスします。
この記事(2004/12/19)が創刊号です。
当時はブログで何をできるのかほとんど無知なまま、まだカテゴリー分けもしていませんが、興味のある方はどうぞご活用下さい。
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@niftyのココログって、一度凝り出したらカスタマイズがし放題に近く、しかも文の長さにも制約がないので、ある程度HTMLタグを自分で打ち込めるくらいのホームページ制作能力があれば、凝り出したら切りがないのが特徴です。
同時に複数のカテゴリーをいくつ指定してもいいし、オリジナルカテゴリーも無尽蔵に作っていいみたいなんですよね(^^)
私のブログって、私の文章の「ワープ」的越境能力をとことん駆使してやろうという方針ですから、一つの記事について10幾つものカテゴリーを設定するという「荒技」を駆使してきました。
しかし、現在の@niftyココログのシステムからすれば。例えば「心理学」「心理療法」「精神療法」「カウンセリング」「開業カウンセリング」「サイコセラピー」「セラピー」などというふうに微妙な表現の間の違いでも、例えばこれらの言葉と「ヘッドフォン」との間にある差異と同じくらいに、「意味論的差分」の上で等価的/並列的に別のカテゴリーになってしまうことにもなります。
私はこれを、インターネットが「フラットランド」と呼ばれるものであることの「諸刃の剣」の側面についてのひとつの理解であると思っています。
ちょっと難しい言葉でいうと、「階層的分類」というものには、実は凄く個人的な側面があり、どうしても、誰もが納得する分類分け(パソコン風に言えば、「ツリー構造」)などあり得ないということになります。
その意味では、実はカテゴリーのパーソナライズを、完全に増えるに任せて野放しにしている@niftyのココログの方針は、「現実主義的に見て」、無難でしょう。さもないとクレームの山に忙殺されてしますでしょうから。
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もっとも、記事をアップする前に、内容から自動的にカテゴリー「候補」を選び出し、作者に表示するまでなら、単語のデータベースとかと連動させれば、今のサーバー管理コンピュータでも容易にできるでしょう。
もっとも、アップロードまでのトラフィックがいよいよ渋滞する危険は高いですが(^^;)
しかし、今のコンピュータは、まだ、文章の本格的な「意味論的解析」という点では、まだ開発の歴史の初期段階なのは確かでしょう。最優秀といわれる自動翻訳ソフトの現状をみればどなたもお分かりですよね(^^)
「心理療法用語をまるでひとつも使わずに」カウンセリング関連の奥深いエッセイを仕上げるなんて、少しキャリアをつめば、ある程度できるようになりますから。
******
いずれにしても、私のブログ、カテゴリーの設定の個別化・具体化・パーソナライズという点では、これまでほとんど手を付けていない分、新たな読者の皆様を増やし、読みたいタイプの記事を過去に遡って検索して頂くには実に不便な状態だったと思います。
なんらかの意味でカウンセリング・マインドに関わる記事については、敢えて「手作業で」、「ウェブ上のカウンセリング論集 index」を制作してあり、右側(この点改訂)のテーブルの、ずずずず〜っと下の方に常設の入り口があります(以外と気づかれてなかったりして)。
でも、これじゃ、純粋の音楽系、例えば「J-POP」や「歌手別」の検索や、「オーディオ系」の記事は、はみ出してしまうわけですよね。
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そこで、本日、オリジナルカテゴリーの大量設定に踏み切りました。
先ほど述べたような理由で、極論すると、「心理療法」「精神療法」「サイコセラピー」「セラピー」という用語の間の違いですら、これらの言葉と「ヘッドフォン」「HDCD」という言葉の間にある差異と意味論的「差分」の上で「等価」というのでやむなしというのが@niftyココログの「方針」(個人の「パーソナルな世界観」を尊重する開かれたネットワークを目指す限りこの方針はぜひ守り続けて来ださい!!)のようである限り。
私は敢えてこれらの「同義」の言葉を並列的に別のカテゴリーとして登録することに決断しました。
カテゴリーのリストがかなり長大化することは、どうか皆様お許しください。
なお、この記事で「だけ」、今後私が普段使用するカテゴリー「ほとんどすべて」にリンクを張っています。@niftyココログの「標準カテゴリー」の中で、ここにに含まれていないのは「ギャンブル」「スポーツ」「ファッション・アクセサリ」「グルメ・クッキング」など、ほんの幾つかということになりますが、こらら幾つかのカテゴリーですら、過去すでに適切と判断して使ったことがあります。
「ギャンブル」で意識的に私がどの記事でリンクを張ったか、すぐに思い当たる方は、相当ディープなこのブログの読者の方ですね(^^)
しかし、こういう「告知記事」でそこまで含めるのはそのカテゴリーの読者に迷惑なだけと考えて、敢えて今回は外しているだけです。
普段はもっとすっと短いので、どうかご安心を、
******
もっとも、私のブログの場合、個々の記事について、カテゴリーの再分類をするのは、なにしろこれが1年ちょっとなのに、すでに272件、しかも長い文が多い私のブログの性格上、とても一気にはできません。
最近の、しかも皆さんの関心を引く度合いが高そうな記事からカテゴライズの再構築をボチボチしていきますので、どうかじっくりお待ちください。
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現在絶対パスリンク1位を13%で走っているのは、今度は当ブログのネットショップ系の内容としてははじめてで、オイルヒーターの記事です。時節柄狙いが当たったといいますか(^ ^)
それの勢いに乗って、「もう少し様子を見てから」と出し惜しんでいたネタを使っちゃうことにしました。
******

スレンダートーンという商品です。
へそと両脇腹、3箇所に、電極を埋め込んだシリコン状の部分があるベルトみたいなものを腹に書き、単4乾電池3個で20-40分駆動させます。すると、電極からかすかにピリピリする低周波が出て、嫌が上でも腹筋の収縮運動が寝たままでも始まってしまう。強弱は左右独立で99段階にコントロールできます。一日腹筋100回と同じ効果があるそうです。
最初はそのびりびりする感触と、お腹の筋肉が勝手に収縮をしてしまうのが「ひえ~」という心地なのですが、少し慣れてくるとそれがマッサージみたいな「嗜癖的快感」になってきて、強度のレヴェルを上げていけるようになります。
15秒収縮すると15秒インターバルがある形になっているので、そのインターバルの間に大きく深呼吸するとちょうどいい感じです。
最初の頃は、別のあたりの筋肉に凝りが残ったこともありましたが、それもしばらく使ううちに消えました。
私はすでに強度目いっぱい99、40分間でも全く平気なばかりか、そのままパジャマの下の腹巻にして途中で寝入ってしまうこともある始末。
これは全に自由で受身の姿勢でいるだけで、内臓脂肪を含めたお腹の脂肪に無理やり反復収縮運動させてしまうという意味で、下手なダイエットの薬を飲むより確実に、しかもものぐさに贅肉を落とせるのは確実だと思います。私は毎日40分この機械の「快感」に浸らないと気がすまなくなってきました。
私はジムやフィットネスクラブやエアロビにまで通う体力はまだありませんし。
(どうしても、そういう場面を想像すると、
オリビア・ニュートン・ジョンの"physical"の皮肉たっぷりのプロモーションビデオが浮かんでしまって.......
*******
面白いのは、この15秒収縮、15秒休息のインターバルに身をゆだねて横臥したまま自然な呼吸をしていると、いろいろな雑念が多少浮かんでも自然と脇に流せるようになって、一種瞑想状態みたいなのに私の場合突入してしまうこと。収縮するお腹の感じそのものにしか注意を向けていませんから。
その意味では、実は単なる肥満対策だけではなくて、リラクゼーションと精神修養の効果もある気がします。そんなこと説明書のどこにも書いてないけど(^^)
アルカリ単4電池3個で10日-2週間は持ちます。
ただ、お腹の側につけるシリコン状のシートは、1、2ヶ月で痛んだら取り替える必要があるみたいです。
シートは別売り。
実は、体脂肪率測定器つき体重計がずっと引越し荷物の中なので、実際の効果は確認できないままですが、使用はじめて3週間ぐらいかな? 何となく、お腹の皮膚が硬くなってきた気はしてます。
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島根県に、土江正司さん、という日本における中堅のフォーカシング指導者として、もはやフォーカシングの世界では名前を知らぬものはないという粋に達した方がいらっしゃいます。
インドで正式にヨガの修行をして、跡継ぎでも入り婿でもないのに僧籍を持たれ、セラピー的なグループやワークショップで、中国地方中部のみならず、最近では全国でお呼びかかかる粋に達した方。
私にとってはまだ未開拓な、スクールカウンセリングや、子供相手のフォーカシング、グループフォーカシングの分野では、日本の最先端を走り続ける方として、尊敬もし、互いに切磋琢磨しあう、私のもっとも大切なフォーカシング仲間の一人です。開業カウンセリングの先輩でもあります。
フォーカシングの枠にとらわれない、幅広い関心と実践経験をお持ちで、「動とツッパリの『ジャンヌダルク』阿世賀」に対して「『静けき』存在感でいつの間にか周囲をまとめる」タイプ。東洋思想への造詣の深さにもかかわらず、日本フォーカシング協会の国際交流グループリーダーもお務め。
大学に関与しない在野型フォーカシング研究実践家として、私の最大の「ライバル」であり、同時になくてはならない「同志」とも思っています。
特に、「こころの天気」となづけた、大人にも子供にも使える、描画によるフォーマットを持つ技法は、その平易さもあって、日本中の教育現場で関心を持たれ、国際的にも知られています。
「私のフォーカシング」第2話でも少しだけ紹介させていただきました。
この方が、自ら「こころの天気を感じてごらん」と題するブログを開設されました。
「こころの天気」の描画の交換のみならず、フォーカシングに限らず、日々のいろんな思いをつづるページになさるおつもりと伺いました。
このブログの発展を心からお祈り申し上げます。
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えーっと、永らくの読者の方には何をいまさらということになるんですけど、実は「プラス」コースにアップグレードした時点でいろいろ高度な設定ができ,RSSリーダやらpingサーバーの設定、更新通知などの機能をぜんぜん生かしていなかった、ということに気がつき、これを機会にご新規様もおいでになるかと思いますので、改めてこのブログについて紹介させていただきます。
私、阿世賀浩一郎(あせが・こういちろう)は、神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」という名前で独立開業している臨床心理士(心理カウンセラー)です。
しかし、根っから性格がクロスオーバーしてまして、心理やカウンセリングの話がいつの間にかayuこと浜崎あゆみ、中島みゆき、ユーミン、ELTなどのJ-POP、それどころかクラシック音楽の話題にすり替わったり、iPODの音質向上対策の話になったり、社会保険の任意継続制度の話になったり(未だに毎日1件はこの用語で検索してこのページに確実にお見えになる方、いるもんなあ)、アニメの話になったり、鉄ちゃん系の話題になったり、英語ができないままの無謀な海外旅行の話になったりします。
本部の個人WebSite、「阿世賀浩一郎のホームページ」に行けば、野猫ウォッチャーに凝った時期もあることがお分かりになります。
そういう自分の節操のなさを、実はいろんな検索用語にひっかかり、予想外の分野からの「お客様」の増加にもむすびつけようというせこい魂胆もないとはいいません!!
しかし、お読みいただければわかりますが、実際には、カウンセリングや心理療法の本質について、私がup to dete に感じていること、換言すれば、フランスの現代音楽作曲家・指揮者のピエール・ブーレーズの言葉を借りれば"Work in Progress"、つまり、まだ目に見えぬ、曖昧な「何か(something)」としてしか感じられないもののcompleteに向けて、ひたすらギリギリ限界の思索の試行錯誤を、遊びながら、かつ心身をすり減らしながら構築していく、"Thinking at the Edge(TAE)"の「実験現場」を公開しているのであり、しかもそれが生半可な「有名」心理学者や精神分析医の大半よりもスリリングで新鮮で生き生きとした文章で綴られていると自負してもいます。
というわけで、興味をもたれた方は、半年分たまっているバックナンバーを読んでみてください。
*****
恒例、今回の「強引アフィリエイト」ネタ。
ピエール・ブーレーズの指揮で私が一番好きな、
ストラヴィンスキーの「春の祭典」「べトルーシュカ」がひとつ。ほんとは私、旧盤の方が好きです。
もうひとつは、私が専門としていてトレーナー養成・認定国際資格を持っている「フォーカシング」という技法こそ、マジに、まだ自分の中ではっきりしない、言葉にならない心身のモヤモヤ、まさに"something"との対話を深め、その人独自の完成に導く技法である、ということと関連付けて、もろ、
The Beatles の"something"です。
これはこじつけでも何でもなく、今年5月に出席したトロントでのフォーカシング国際会議で、会議最後の「フォリー」と呼ばれる、いわば「打ち上げお楽しみ会」で、フォーカシングの名教師として著名なAnn Weiser女史が、ホントに歌ったのです!!
もっとも、途中から、だんだん曲がおかしくなり、恐らくAnnさんのお好きなオペラのコロラトゥーラのアドリブに化けていってしまったのですが(^^)。
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今日は、さすがに連日のHP更新に疲れたので、ちょっとお休みモード。
でも、このブログの、開始日からの連続更新記録は維持したいために、半分出てきたようなところがある。
今日は何の更新作業もせず、自分でもほとんどHP覗かなかったのに、こういちろうのおすすめayuで、ayuの数年前の曲、
"Fly High"について書いただけで、今日の訪問者数は、夕方まででもHP全コーナー総計で300をこえてます。やはりayuについて新しい記事を書くか書かないかでこんなに違うのかという手ごたえ。
それでも恐ろしくマイ・ペースで
"MY STORY"について書くのを焦らないこの私。
もちろん、みなさん今日からお仕事休みという人も多いということもあるのかも。
さて、私の著作権についての基本方針は、当面、
1.アフィリエイト・リンクを通して供給されるayuの画像しか載せない。
2.歌詞は、引用してもせいぜい2,3行くらいにとどめる
くらいの、かなり厳密なものに敢えてチャレンジしようかなと思ってます。
個人的には、そこまでしなくても許されると思っているけど、アフィリエイトという形で、「商品としてのayu」にリンクを張って、すずめの涙にしても手数料もらえる形にした以上は、このラインを敢えて貫こうと思う。
歌詞については、恐らくここに来る皆さんのかなりの部分がご存知でしょうけど、歌ネットというサイトに行って、無料の会員登録をすれば、ayuの歌なら(もちろんayuの歌に限らないけど)、全部じゃないけど、かなりの部分が歌詞全文読めますからね。
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昨日書いたように、昨日のうちに、「私のフォーカシング」のページまで立ち上げるつもりでいたんですけど、夜になって、さてその作業を始めようと思ったら、何か気がのらない。
私の身体が「私(身体)からのメッセージを聴け」と「呼ぶ」のです。それで、あっさり布団に入っることにしました。ひとりフォーカシングを始めたんだけど、自分の身体の感じと無理なく一緒にいられる関係作りをしたあたりで、いつの間にか寝入ってしまったんですね。
(「途中で眠り込んでしまうフォーカシングをするほうが、ないにもしないまま寝るよりはまし。そのあと、自分の成長に役立つプロセスをさりげなく準備している」というのが、私が経験から学んだ信念です)
すると、面白い夢を見ました。
正確に言うと、レム睡眠の別な段階で見た、2つの夢ということになるんですが。
私が東京のどこかの町を歩いていると、突然、顔も名前も知らない、随分大柄なお相撲さんが声をかけてきます。なんとなく、幕下みたいに思えました。背中には大きな飾り物と、化粧まわしを背負っています。
彼は次のように話しかけてきます。
「ここにあなたの名前も入れて欲しいんだけど、いいですか?」
私は戸惑いながらも、OKを出します。
***
それから数時間後の別の夢。
私の自宅のドアのチャイムが鳴ります。私は結構ネットの通販の利用者なので、また何か宅急便で届いたのかと思い、ドアを開けると、またあのお相撲さんが玄関先に、例の飾り物と化粧回しを背負って立っています。
「あの、お約束の件なんですが、こうして化粧回しにあなたの名前も入れました。つきましては2万円の献金をいただきたいのですが」
なんだ、この前はお金のことなんて何も口にしてなかったではないか。これではキャッチセールスまがいの押し売りではないか、と一瞬心の中で腹を立てますが、でも、化粧回しって、そういう広告宣伝効果をねらって企業とかから寄贈されることもあるものではないか、その意味では当然のことを要求してきただけではないかとも思いました。
しかし、こいつ、本物の相撲取りか? ……でも、私も、この前、シコ名さえ聞かないままにOKした責任もある。
2万円なら、私の年収からして払えない額ではない。何かの縁だから、このお相撲さんの谷町にこれを機会になってあげてもいいかな。その前に、念のためにシコ名を訊いて、ネットで本当に相撲取りとしてやっている人かどうか確認してからにしようかな..........
そんなことを考えているうちに目が覚めました。
****
なんでこんな夢を見たんだろう?
夢の中に出てきた登場人物、特に見知らぬ人は、自分の分身である可能性が高いとはユング以来言われつくしてきたこと。
……そうか、立場を変えれば、私が今ホームページで、いろんな企業とアフィリエイト契約を結んで、私の推薦する本やCD、DVD、映像配信を、私のページのリンクを利用して購入してもらうと、私にも、小なりとはいえ、手数料収入になる、ということを、人のよっては「なんだ、お金払わされるのか」と当惑する人あるかもしれないなあ!!
でも、誤解して欲しくないけど、私のように、一日アクセス二百数十程度の段階のHPのアフィリエイトのリンクで、どれくらい収入になりかというと、ほんと、すずめの涙なんです。小さい子供が、貯金箱に1円や5円を貯めていって喜ぶようなもの。
私としては、画像や映像や音楽の使用に関して著作権上、一切後ろ暗い思いをせずにすむこと、ayuのプロモーションビデオについて詳しくやりたいのに、その映像そのものを手軽に見てもらえないまま言葉だけで書いても説得力に乏しいし、むしろお読みになる方にとって便利だろうという思いのほうが強いのです。
それこそ、私がホームページリニューアルのためにいろんな最新ソフトを導入するなどの、万単位の「初期投資」分をアフィリエイトで取り戻せるのはいつの日のことか、というくらいの、なんともはやみみっちいペースでしか私の「貯金箱」はたまっていってません。
アフィリエイトって、何か、今、インターネットの世界で、「うまくやれば家で座っているだけで生活できる」みたいな幻想を振りまいているみたいですね。「稼ぐ」ことを「主目的」にhpづくりすることにひたすら徹底すれば、そういう次元もあるんでしょうが。
などと、ayuページとしては、はじめたばかりで「幕下」以下の知名度の人間の呟きでした。
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