カナダ

2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/06/05

「すべてのことには、時がある」

 このような不況のご時世にあると、私がカウンセリングをしている中でお会いするクライエントさんの中で、新たな派遣先を探しておられる方や、病気からの社会復帰を模索する中で求職活動をしておられる方の少なからぬ部分は、例えば1年前と比べても厳しい雇用情勢の中で、希望する求人そのものがなかなかないという次元で、すでにじりじりとした日々を送っておられる方が少なからずいます。

 ところが、そうした方の堂々巡りの重苦しい心情を労(ねぎら)い(compliment)ながらも、二人して焦りの負のスパイラルに巻き込まれる形にだけはならないように配慮しながら面接を続けていくと、思いもよらない時に、しかもカウンセラーの私から見ても予想だにしない早いタイミングで、突如明るい声で連絡をいただけることがあります。

 「昨晩までは面接に全然乗り気になれなかったのに、朝になったら起きられてしまった。電車に乗って見てから考えようと思って出発してみたら、車内で、存外に気持ちのもやもやはほどけ、面接でこんなことを聞かれたらこう答えよう、みたいな方針が定まってしまった。行ってみたら、先日の、あのいやらしい圧迫面接の担当者とは打って変わって、いい面接官に出会えました。職場の空気もよかった」

 ・・・・などといった具合である。

 そうした時には、カウンセラーである私のほうが、その人の中にある健全なエネルギーの潜在力について見くびっていたのではないかと、少し恥じ入りたくなるような思いにとらわれることがある。


*****


 すでに最近の記事で繰り返し書かさせていただいて来たことではあるが、人間、何とかしようとむやみにもがくばかりになると、自分自身という泥沼にひたすら沈んでいくことが少なくないように思える。


 以下は、あるフォーカサーの体験である(もちろん掲載許可をいただいている):


 その人は、そうやって求職活動がうまくいかない中で生じている自分の中の焦りや不安や鬱的な感覚の全体についてフェルトセンスをつかんでいった。

 すると、背中から肩甲骨の辺りの凝りや痛み、きしみのようなものとして受け止められた。

 その感じに「そこにいるのはわかったよ」と声をかけてあげ(アン・ワイザー技法でいうacknowledging)ると、「弱弱しくはあるけど、うなづいてはくれ」、そのそばにしばらくたたずんでいてあげてみるように私が提案すると、しばらくの沈黙を経て、

 「さっきよりはその背中の感じは緩んできましたが、自分がそれを苦痛に感じることには変わりがありません

との答え。

 そこで私はここで、次のようなasking(フェルトセンスに問いかける)の提案をしてみた。

「では、もし、その背中の感じがなかったらどうだろう?・・・・ということを想像してみて、身体で感じてみることを許してあげてみてはいかがでしょう?」

 「なかったら?・・・ですか?」

 その人は一瞬当惑した。しかし、しばらくすると、その人の中で、どうもその人にとって思いもよらない動きが生じ始めているらしいことが見てとれた。

(どうしたんです?)

 「あの、いえ、こんなこといっていいんでしょうか?・・・・・実は『なかったとしたら』という先生の言葉を聞いた瞬間、その背中のあたりにいる『何か』が、その言葉に一気にムカついたらくて」

(むかついた?)

「そうなんですよ。『なんだと? オレに消えてしまえというのか?』壮絶な抗議を始めたみたいな様子に、私のほうが驚いてしまって。そして、その背中の痛みのあたりから、まるで腸の管のようなものが、ズルズルズルってどんどん自己増殖してあふれ出すみたいなイメージまでわいてきて・・・・・最初、わ!! グロいなあ、とも思ったんだけど、そのがん細胞の急激な増殖みたいなのが、ホントに、『なくなったとしたら』なんて声かけられたものだから、それにムカつくあまり、思わず『なくなってたまるか!! そんな言われ方するなら、嫌がらせに、増えてやるもんね!!』と訴えている見たいに感じられ来て。・・・・・私は、その、まるで聞かん坊のガキみたいなツッパリかたにむしろ苦笑するといいますか(笑)・・・・・『もう!、わかったわかったわかった!!』といってあげたくなって」

(今の言われ方に、何かその急激に増殖した腸の管みたいなものに対する「愛おしみ」のようなものすら感じました)

「・・・・・・・そうしてあげたら、シュルシュルシュルと、増殖した腸の管を、そいつは、まるで巻尺のボタンを押したみたいに一気に『撤収』いたしまして(笑い)・・・・・・・・『オレが痛みとして訴えて続けてブレーキをかけてあげているから、てめえは、焦りに任せて色々手を出しすぎる無茶をせずに済んでいるだよ、ありがたく思えよな』・・・・みたいなことを言ってくるんですよ。

 思うんですけど、私の中に、

 1.自分の中に不快感や不全感がある
2.私の中に「問題」がある
3.その問題を「除去」するための「対策」として、何か行動に移すべし!!

・・・・・みたいな問題への対処法を自明にしていたところがある気がして。フォーカシングを学んでも、そういうところは堂々巡りしたままだったのかなと思います。

 でも、ほんとうは、私の性分からすると、そうやってアクティブに活路を切り開こうとすると、自分が自分でなくなる不安が強いところがどうしてもある気がします。ズルイかもしれないけど、私は、条件が整うのを待つタイプなんです。ここぞというところでは結構勝負を賭ける自信はあります。まるで巣に近寄ってきた虫を土蜘蛛がサッと巣のふたを開けて引きずり込むみたいな、そういう抜け目なさですね(笑い)・・・・・そういうライフスタイルだけでやっていけるとも思いませんけど、ひとつのとりえだってことには、もっと開き直っていいのかも・・・・って」


 ここまで私が話を聴いていて、彼女に献呈したくなったのは、バラ・ジェイソンが、「解決指向フォーカシング療法」で、座右の銘として書いている(邦訳p.219)次の言葉だった。


「すべてのことには時がある」


 正確には、

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある」

(旧約聖書 コヘレトの言葉[伝道の書]3:1 新共同訳)

小型聖書 - 新共同訳


 カウンセリングにおける「効率性」を重視しているかにみえる短期療法系の訓練を受けたバラが、この、人間が自分の判断と努力だけで活路を開こうとすることの空しさを説いたとされる、ソロモン王に帰された言葉を大事にしているというのは、ひとつのパラドクスともいえますが、そもそもマジカルなまでのパラドクスの使い手であるということは、ミルトン・エリクソンにはじまる短期療法のセラピストの本質にも関わるわけでして(^^)

 そして、カウンセリングを不毛な悪循環から脱却させるための「の言葉」は、まさに「時を得た」」瞬間に、カウンセラーが狙い済まして「操縦しようとする」ような邪心すら超越して、まるで神の命に従うかのように、言葉として差し出すもののようであることを、日々の面接の中で、私はどことなく、ある畏怖を込めて意識しているつもりではあります。

 その言葉の権威を、私に帰すことは回避せよ・・・・と。


 今回、この場面、この脈絡だから、


 「その感じがなかったとしたら」


などどいう、いつになく直截(ちょくせつ)な言い方を思わず私は使ったんだと思います。

 いつもの私だと、


「その感じがすっかり解消されたと想像してみましょう」


・・・・・なーんていう言い方をしているのです。

 でも、その場合には、まず間違いなく、あの、背中の痛みからの「大増殖を伴う猛抗議」などというドラマ性のある展開は生じなかったでしょうから。

アン・ワイザー・コーネル/フォーカシング入門マニュアル


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2009/05/29

浜崎あゆみと中島みゆきとアラニス・モリセットの共通項(第3版)

 久々にayuネタを書くかと思ったら、ここまで搦め手から来るか? と思われる方もあるだろうなあ・・・・coldsweats01

 でも、J-Popと洋楽の両方に詳しい人だと、もっともな着眼だ!!と、あっさり言われそうな気もする。

 実は知りあいから紹介されて、最近聴いているんだけど。

 最初に、ベスト盤の、" The Collection"から聴いた。

ザ・コレクション(スペシャル・エディション)(DVD付)
 
 曲想は、結構、私の好きなオリヴィア・ニュートン=ジョンを思わせるところもある曲も少なくなくて、マドンナの起こしたレーベルからデビューした人にしては、意外とオールド・ファッションだなあと感じたけど、私にとっては非常に入りやすいスタイル。本人がギターやハーモニカなど、幾つも楽器をこなせる人だから、全く自然な成り行きなのだろうし、それとこの人、カナダでのインディーズ・デビューがわずか10歳らしかったから、ベースにある音楽スタイルっていうのが、年齢の割には古いあたりにあったんだと思う。

 私って、洋楽を聴いていて、耳で歌詞のverbalな意味が読み取れるような英語力ではない。でも、歌詞カードを読むと、何か、凄ーーーーく「婉曲な」形で、プライベートなメッセージをぼろぼろと書いていくタイプの人であることに気がつく。添付の和訳は、そこらへんの「含みの多さ」の一面しか訳すことができていない。質は違うけど、どこかでayuの詞を思い出させるところがあって。

 いきなり「誰にでも感情移入できる」普遍的な言葉で詞を書く人ではないのだ。「特定の人」を強く意識した書き方だから。

 でも、最初、「この人何をぶつぶつとグチ言ってるんだ」と思いながらも話を聴くうちに、多くの人に共感できる接点が拓け出てくる・・・という、じんわりと効き目が聴いてくるタイプの詞なのだと思う。

(もっとも、2枚目以降のオリジナルアルバムでは、一転してシンプルな歌詞のものも増えてくるようですね)

 でも、内容の自己披瀝的な赤裸々な側面は、むしろみゆきの系譜に近いかもしれない。
 

***** 


 そして、全世界で2400万枚というセールスを記録したという、ファースト・アルバムの"Jagged Little Pill"に聴き進むわけですが。

ジャグド・リトル・ピル

 ベスト盤では、この、一曲ごとのアプローチの変化はとてもわからなかったなあと思う。そして何より、リスニングが無っ茶苦手で、意味は、ながら聴きだと全然伝わってこない私なのに、iTunesに入れて何かの作業をしていると、この人の声が、それこそ、

 ♪ワケのわからぬこと話してる

(浜崎あゆみ/independent)


・・・・というだけで、もう、何か訴えよう、訴えようとしているのが、(サリヴァンふうにいえば)"verbal"にではなくて"vocal"に伝わってきて、見事にinterruptされるわけである。

 声の質として、エキセントリックなのではない

 むしろ不器用ですらある声だと思う。

 なのに、それを総動員して、くどくどくどくどと叫びを上げるのだ、この人は。

 このような感覚に襲われたことは、あまりない気がした。


 まさに、「角張った小さなタブレットを飲み干す」ひっかかかりというか、絶妙なアルバムタイトルである。

*****


 2枚のCDのライナーノーツによると、この人、先ほど述べたように、10歳でのカナダでのインディーズ・デビュー、カナダ国内でのメジャー・デビュー、そして、上述のアルバムを引っさげての国際的なメジャー・デビューという階段を歩んできたみたいだけど、それぞれいろいろ賞をもらって高評価の中で次のステージに進んだのに、「何か、何か違う」と違和感を感じ続けていたみたいである。「周囲は大人ばっかりだったし」とインタビューにも答えているらしい。

 このあたりも、10代初めに福岡ですでにモデルやCMの仕事をはじめ、上京してから「未成年」「闇のパープルアイ」「ツインズ教師」などで演技力にも注目され、avex以前に一度は歌手デビューしているayuのかかえ続けた「違和感」とも何か通じるところがあるのではないか???

 まだ、確定情報ではないので、情報リソースは明かしませんが、ayuのプロモーション・ビデオの中に、アラニスののそれに相当影響を受けているという説があるものもあるらしくて、もし仮にayuが好きなアーティストとしてアラニスを掲げる発言をどこかで公言していたとしても、何も違和感がない気もします。

 以前、ayuの好きなアーティストについての何かのインタビューでの情報に接して、「私の知らない洋楽女性シンガー」がそこに含まれていたのだけど、なんとなくそれがアラニスという気もしてきた・・・・誰か教えてくだされ!!


*****


【第2版で追記】

「王子のきつね」さんにこの件をネットでお尋ねたら、実にあっさりと返事をいただきました(^^)

少なくとも、この"Thank U"のPVがayuの"Loveppears"のジャケットに与えた影響は大いにありそうです。

●Alanis Morissette - Thank you (subtitulado en español)(YouTube)

浜崎あゆみ/Loveppears


*****


 彼女の曲は、iTune Storeで十分に整備されていますね。

Alanis MorissetteiTunes StoreのAlanis Morissetteコーナー


*****


  おしまいに、YouTubeから、アラニスのファンに、「このバージョンをいきなり紹介するのは反則!!」といわれるのを承知で、メロディーの美しさと詞の悲しさが好対照の、"Your House"を。

(アラニス自身の声ではなくて、あくまでもカバーですが)


Lyrics | Alanis Morissette lyrics - Your House lyrics

 やっぱり、この曲の、オリジナルアルバムへの収録の際の手法を、ayuさん、まねてるんじゃない?? 上記のアルバムの浜崎あゆみ - Kanariya - Kanariya (Original Mix-Radio Edit)あの曲で?

ジャグド・リトル・ピル~アコースティック

 "Your House"をフツーに聴くなら、10年後に再録された↑このアルバムということになるのかな?

Alanis Morissette - Jagged Little Pill Acoustic - Your House"Your House" Acoustic Version


*****


 そうそう、ayuよりみゆきより、何より矢井田瞳さんなんて、作風的に、アラニスともろにかぶるという点で、日本では代表的な人の筈・・・・ですよね?

 iTunes Music Store(Japan)


 iTunes Store(Japan) iTunes Store(Japan) iTunes Store(Japan) iTunes Music Store(Japan)

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2009/05/23

こういちろうはいかに短期療法に入門したか(前編)

 このタイトル、「こういちろうによる短期療法入門」などというあまりにおこがましい形を避けたことがミソです(^^;)

 今朝方の記事に書いたように、私はバラの本の速読と、今回の日本産業衛生学会総会の催しでの、児島達美先生のレクチャーと、ライブ・コンサルテーションを通して、全くはじめて短期療法や解決指向心理療法について知ったというのが現実である。

 この、実質的「ワークショップ」では、単に短期療法についてのものではなく、産業保健活動(EAP)における臨床心理士の果たす役割というテーマと密接に関わりあっており、それは短期療法の本質と切り離しえない側面があり、それについてもいろいろ感想を述べたい気持ちもあるのだが、内容が錯綜しかねないので、、今回のこのエントリーでは、敢えて、短期療法それ自体の魅力という方向性から、以下のことを書いてみたいと思う。


*****


 短期療法(ブリーフセラピー)というと、「セラピーを短期間で終わらせる療法」というふうにとられかねない。確かに「時間制限心理療法」という、最初から12回のセッションに限定する約束で行なう心理療法が、今日言う意味での「短期療法」の先駆みたいにして存在するんだけど、実は、この「時間制限心理療法」の「外面的な」設定についてだけが教科書的な知識として広まったおかげで、短期療法は、クライエント中心療法や精神分析的技法などの、長期間かけて人格の変容を促す技法を主に学んだ人たちから、不要な偏見にさらされることになったように思える。

 念のためにいうと、「短期療法」というのは、ある特定の心理療法流派というより、一群の心理療法流派が共有する特性を総括したグループ分けのようなものと見たほうがいいようだ。

 代表的なものとしては、狭い意味では、

ミルトン・エリクソンの心理療法
○神経言語プログラミング(NLP)
○MRIアプローチ
○解決志向(指向)心理療法
○家族療法のうちのいくつかの流派
○ナラティブ・セラピー

こうしたあたりを指すことになり、広義に解釈される場合には、

○論理療法
○認知行動療法
○応用行動分析

などまで枠を広げることになるようだ。

 しかし、児島先生のレクチャーとデモに接して痛感したのは次の点である。

短期療法とは単に心理療法の分類でもなければ流派でもない

 むしろ、現実の臨床実践(コンサルテーション)場面で、クライエントさんや、クライエントさんと関わる当事者(家族や上司)、そしてカウンセラーという3者が、いかに不毛な堂々巡りを(それぞれの中で、それぞれの相互間で)し過ぎることなく、悪循環的な相互作用を脱し、良循環的相互作用の関係に転じることを、無理なく、自然に、しかも現実的に必要な「そこそこの」水準で成し遂げていくか、そしてそのことのために、最小限の介入でありながら、使えるものは何でも使うというスピリットに基づいてなさていれば、それは短期療法的アプローチである。

 ・・・・・このように定義するのがアクティブでリアルな理解だ!! ということだった。


どうも、

「効率性」
「過去でなくて現在をテーマとする」
「洞察や気づきではなく、問題解決重視」

などという言葉を下手に振り回すと、実は短期療法についての誤解を広めるだけだとすら感じました。

 短期療法の中でも、クライエントさんは深い気づきや洞察は体験することは決して珍しくはないですし、クライエントさんを単に受身に服従させるだけの効率性重視など、まがいものの、一番唾棄されるべき短期療法のあり方だと見なされている気がします。

 もとより、洞察や気づきが生じることを自己目的的に礼賛することは短期療法ではあり得ないわけですが。


*****


 いずれにしても、上に述べたベースラインを踏み外してしまったならば、認知行動療法の名の下になされる場合ですら、「短期療法」の名に値しないし、逆に、ある「フォーカシング指向心理療法セラピスト」によって、この点をしっかり押さえて実践されていれば、「フォーカシング指向心理療法」だって、立派な「短期療法」であるといえるのである。

 恐らくこのことは、ひとつの独立した技法体型としてのフォーカシングのトレーニングのことしか知らず、フォーカシング指向心理療法を、単にそれを現場臨床場面に適用・応用したものであるかに過ぎないようにまだ思い込んでいる人には、全く気づかれない、思いもよらない事柄かもしれない。

 フォーカシング指向心理療法は、いったいこれのどこがフォーカシングなのか、ほとんど痕跡をとどめないくらいに解体され、カスタマイズされ得るのである。そしてそれがブリーフ・セラピー的な技法と自由に行き来できるところま到達したら、熟達したブリーフ・セラピストの実践と、全く判別不能の域になってしまうだろう。

 私は、児島先生の発言や、ライブ・セッションから。そのことを痛烈に感じ取ることになる。

 
*****


 興味深い人には興味深いテーマでしょうから、私がここまで書いたことまででとりあえずアップしてしまい、児島先生のレクチャーとライブ・セッションからの具体的ご紹介は「後編」にまわしたいと思います。

 ・・・うう、児島先生が言われた次の教えに一番反する順序で紹介してしまったのかもしれないcoldsweats01


 「先に理屈をつけて、特定の方法や技法を学んでも、結局身につきませんからね!」


 ・・・・「はじめにブリーフセラピーありき」で、ブリーフセラピーをどんな形で、どんな領域で、どんなクライエントさんに適用できるか、などと考えて学んでいるううちはモノにはならないわけです。

 同様に、「はじめにフォーカシングありき」で、フォーカシングをどんな形で、どんな領域で、どんなクライエントさんに適用できるか、などと考えて学んでいるううちはモノにはならないわけです(^^;)。



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フォーカシング指向心理療法と短期療法のベースには共通点があり過ぎる!!

 日付が変わって昨日になってしまいましたが、以前予告しておりましたように、福岡国際会議場で開催された、第82回日本産業衛生学会の関連行事、第2回産業心理技術研究会に参加してまいりました。

Image573

 長崎純心大学の児島達美先生を講師にお迎えして、

「産業保険活動をより効果的に進めるための心理的支援
 -ブリーフ・セラピー、システムズアプローチの視点から-」

というテーマでのものでしたが、産業保健領域でのうつ病のクライエントさんの就労支援についての「ライブ・コンサルテーション」と呼ばれるものの実演に接したことが、私にとって非常に大きなインパクトになりました。

 ここでなされている相互作用は、すこぶる、すこぶる、フォーカシング的なものだったのです!!

 実はこの催しにあわせて、泥縄で、最近、日笠先生の監訳で邦訳が刊行されたばかりの、バラ・ジェイソン著、「解決指向フォーカシング療法―深いセラピーを短く・短いセラピーを深く」を斜め読みして臨んだのですが、そこから予想されていたものを遥かに超えた水準で、短期療法の達人(日本ブリーフセラピー学会元会長)、児島先生のライブ・セッションは、成功裏に進むフォーカシング・セッションと、あまりに共通のマインドと、驚くべき「ライブ性」を備えていました。

 その内容については、守秘義務には慎重に配慮した上で、当ブログでもご報告します。

 こちらに前編があります。

 博多駅近くの水たき屋での、参加者の皆様との二次会の懇談もたいへん充実した、楽しいひとときでした。

 お会いできた皆様、これからもよろしくお願い申し上げます。


****


 そして。

 もう、決めました。
 先述のバラの本これから数日で読破です。
 もう、現場実践で盗みまくらせていただきます。

 私の中に、それを受け入れるだけの準備は、実はいつの間にか、最近の私の目指す方向性の中に暗々裏に含まれていたことにも驚きました。

 数日後までには、いきなり、この本の詳しい「書評」を、かなりまとまった完成度でこの場でお書きできることでしょう!!


追記:書評にまではなりませんでしたが、まずとりあえずは、こちらの記事をどうぞ!!

●「すべてのことには、時がある」

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2009/04/29

豚インフルエンザに対する、舛添厚生労働相の今後の発言への注目点!!(第2版)

●豚インフルの疑い、メキシコ死者103人 カナダも確認(asahi.ocm)

 【ワシントン=勝田敏彦、ロサンゼルス=堀内隆】豚インフルエンザの拡大を受け米政府は26日、全米に公衆衛生上の緊急事態宣言を出すとともに、5千万人分備蓄している抗ウイルス薬のタミフルとリレンザの4分の1を配ることを決めた。メキシコでは豚インフルエンザの疑いのある死者が100人を超えた。カナダでは初めて6人の感染が確認され、感染地域は3カ国に広がった。

 緊急事態宣言についてナポリターノ米国土安全保障長官は記者会見で、財政支出をはじめ態勢を整えるハリケーン対応などと同じ手続きであることを強調。過剰反応しないよう求めた。

 米疾病対策センター(CDC)のリチャード・ベッサー所長代行は、手洗いの励行など、普通のインフルエンザ対策と同じ注意を呼びかけ、「米国内の流行はメキシコほど深刻ではない」と述べた。CDCは当初、米国内の感染者の数を21人と発表したが、20人に修正。同所長代行は、米国の感染者の症状が軽いことについて原因究明を進める方針も示した。

 しかし、「ウイルスの変異は非常に予想しにくいし、状況に応じて国民が取るべき行動は変わる」として注意を呼びかけた。豚インフルエンザに対応するため新たなワクチン生産の検討に入ったことも明らかにした。

 一方、メキシコのコルドバ保健相は、豚インフルエンザの疑いがある死者が26日、メキシコ市や北部ヌエボレオン州で6人確認され、全国の豚インフルエンザの疑いがある死者が103人になったと発表した。うち22人が豚インフルエンザと確認された。感染者数も1614人に増えた。カルデロン大統領は国民向けメッセージで、患者の大半が退院したことを明らかにし、冷静になるよう呼びかけた。

 また、カナダ保健当局などによると、感染が確認された6人のうち4人はノバスコシア州の私立高校生で、4月上旬にメキシコへの修学旅行に参加。2人はブリティッシュコロンビア州で確認された。いずれも症状は軽い。

 感染が疑われる例も各国で増えている。メキシコから戻った高校生10人に豚インフルエンザ感染の疑いがあるニュージーランドでは、別の学校の3人もインフルエンザ症状を示していることが分かったほか、米国から帰国した2人にも感染の疑いが出ている。

 また英スコットランド自治政府の医療当局は26日、メキシコから先週帰国した2人が豚インフルエンザに感染していないか検査を受けていることを明らかにした。

この件についての、非常に「コアな記事」を紹介します。

問題は、ミフのことです。(注:フミは亀田某に負けた[負けてあげた?]ボクサーの名前!!)

この薬、鳥インフルエンザの特効薬といわれつつ、実は副作用問題で日本でもたたかれ続けたわけですが。

wikipedia「タミフル」の項より引用:

=====引用はじめ======

「タミフル」の全世界での使用量のうちおよそ75%を日本での使用が占めており、世界各国のうちで最も多く使用されている上、同2位のアメリカ合衆国と比べ、子供への使用量は約13倍とされる。これは2003年頃にインフルエンザ脳症の危険性が大きく報道されて国内での使用量が急増したことに加えて、国民皆保険制度により患者の金銭負担が少なくて済むことも原因である(「タミフル」は高価なため、海外では富裕層でないと使えない)。

# 2007年2月28日、「タミフル」服用後に仙台の中学生がマンションから転落死するなどの事故の報告が続いたことから、厚生労働省は「インフルエンザ治療に携わる医療関係者の皆様へ[8]」という文書を発表し、「現段階でタミフルの安全性に重大な懸念があるとは考えておりません」としつつも、医療関係者に対し「万が一の事故を防止するための予防的な対応として、特に小児・未成年者については、インフルエンザと診断され治療が開始された後は、タミフルの処方の有無を問わず、異常行動発現のおそれがあることから、自宅において療養を行う場合、(1)異常行動の発現のおそれについて説明すること、(2)少なくとも2日間、保護者等は小児・未成年者が一人にならないよう配慮すること」と患者や家族に説明するよう、注意を喚起することとなった。

2007年3月22日、厚生労働省が十代の未成年患者の使用制限を緊急発表。「タミフルは01年2月の国内発売以来、のべ約3500万人が使用した。昨年までに服用後の死亡が報告されたのは54人で、転落などの異常行動で、2007年2月28日までに死亡したのは5人。5人の死亡時の年齢は12~ 17歳。」(一部意訳修正済み)

# 2007年9月29日、(私立)ワシントン大学精神医学教授の和泉幸俊らは、オセルタミビルおよびその代謝産物を、若いラットより摘出した脳細胞に浸すと、神経細胞が一斉に興奮(発火)することを報告した。実際の組織内濃度をはるかに超えた状態で行われた実験のため、これが臨床的意味を持つものかどうかは未確定である。これらの成分が生体内において、血液脳関門を通過し実際に脳に至るとは証明されていない(現時点では、血液脳関門を通過できないとみられている)[10]。

# 2007年12月25日、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会安全対策調査会は、前年冬にインフルエンザと診断された17歳以下の患者約1万人を対象とした疫学調査の結果、異常行動の発生率は「タミフル」を服用しなかった患者(22%)に対して服用患者では10%で、10~17歳でも同様とした上で、生命にかかわる異常行動では発生率に大きな差が見られなかったことから「まだ解析の余地があり、タミフルと異常行動の因果関係は現時点で判定できない」として、十代への使用制限措置を「妥当」とする見解を発表[11]。

============引用済み===========


この知識を前提として、次の記事をお読みのこと。

●豚インフルエンザ感染拡大は、タミフル在庫処分を目的の一つとして起こした騒動(言の葉の幹を捜す)


==========リンクが切れてたら=======

 そもそも「タミフル」は、感染が流行すると考えられていた「鳥インフルエンザ」のH5N1亜型[注:A (H5N1)とも表記する]ウイルス対策用に開発されたものです。そして、今回メキシコで発生した「豚インフルエンザ」のウイルスは、H1N1亜型[注:A (H1N1)とも表記する]です。

 日本を代表する防疫研究組織の国立感染症研究所は、今年の1月19日に「H1N1亜型」ウイルスの98%が、タミフルの効かない耐性ウイルスであると発表したのに、4月24日に米国疾病予防管理センター (CDC) が人から人へと感染したと発表した後、国立感染症研究所感染症情報センターのHPに掲載されている、「ブタインフルエンザとあなた Q&A」の中では、何と治療薬として「タミフル」を推奨しています。 

 (以下転載)
 ブタインフルエンザの治療薬はありますか?
ブタインフルエンザの治療薬はあります。CDCはブタインフルエンザウイルスの感染の治療や予防にオセルタミビル(訳註:商品名タミフル)またはザナミビル(訳註:商品名リレンザ)の使用を推奨しています。
抗ウイルス薬は処方薬(錠剤、液体または吸入)であり、体内でインフルエンザウイルスの増殖を防ぐことによりウイルスと戦う役割をします。もしも感染したら、抗ウイルス薬が症状を和らげるか回復を早くすることが可能です。また、抗ウイルス薬はインフルエンザの重篤な合併症を予防できるかもしれません。治療のために、発症後すぐ(症状が出てから2日以内)に抗ウイルス薬の使用を開始すれば、抗ウイルス薬は最善の効果が期待できます。
 (転載終わり)

参照:インフルエンザH1N1型、98%がタミフル耐性(Tout est bien qui finit bien.)

 なのに昨日(4月27日)舛添厚生労働相は、豚インフルエンザ用のワクチン開発を急がせると発表したのです。 もしも何らかの感染症の効果的な治療薬があるのならば、ワクチンの開発を急がせる必要など全く無いはずです。

 要するに、今回のメキシコ発の豚インフルエンザ感染拡大は、すでに業界関係者の一部からインフルエンザ治療薬としては欠陥薬だとの烙印が押されている「タミフル」の在庫処分を目的の一つとして起こした騒動だということであり、その片棒を日本政府も担がされているということです。

============引用終わり=========


 念のために、まずこの記事への重要な異議を明記します。

豚インフルエンザ流行そのものが虚構の作り話ということはますありえませんし、とりあえずの緊急対策としてタミフルを「ダメもとで」緊急配布していることを、上記のブログの執筆者のように「在庫処分」のため、とまで決め付けるのはどうでしょうか? ちょっと陰謀論的でありすぎる気も。

しかし、アメリカにしても、日本にしても、一方で「新型ワクチンの開発が急務」という公式見解を発表した上で動き出している点にこそ問題の核心があります。この点ではこの方の指摘は全くあたっていると思う。

万が一、日本でも豚インフルエンザの症例が発見された時、厚生労働省が「実際に」どう動くか?

結論から言えば、タミフルの供給に関しては、日本はすでにストックがありすぎるし、更に言えば、日本の薬事行政は、全体としては、あの、HIV非加熱製剤「薬害エイズ事件」を悲惨で醜悪な、痛恨の超例外にすれば、アメリカに比べるとかなりいい意味で慎重かつ健全です。

私の畑で言えば、SSRIプロザックをはじめとして、アメリカで頻繁に使われている抗鬱薬や抗精神薬の幾つかが、結局日本では未承認のままのものが多いこと、あるいはMAO阻害薬のようにパーキンソン病の治療を除いてむしろ改めて認証取り消しになったりしたことについては、たいていの場合、深い意味と、それ相応の「積極的な」理由があります。個人輸入についてのサイトに踊らされる前に、次の記事を是非お読みください!!

●プロザックの秘密(ADBUSTERS)

つまり、アメリカの製薬会社の思惑に抵抗して、新薬とされる薬を容易には認証せず、治験を徹底的にやるという「防波堤」として、相当「頑張っている」ことはかなり信頼していいです。

そもそも体格も食生活も気候風土も違う日本人だと、薬の用量や副作用の出方がかなり異なることは言うまでもないので。

そういう意味で、舛添厚生労働相の今後の発言を、こうした観点から徹底的に注視すべきかと思います。 


※参考記事;

●【豚インフル】効果期待のワクチン製造、でも実現は… (msn=産経)

【第2版での追記 09/05/06】:

 その後、今回のウイルスは幸いにして、鳥インフルエンザよりも弱毒性という報告が、幸いにも、流れているようですね。一方で「レヴェル6」への引き上げも検討とのことですが、事態の展開を冷静に見守りたいものです。ここで書かれているように、変種が出て毒性が増す可能性は視野に入れるべきでしょうし:

●【新型インフル】新型ウイルス、正体が徐々に判明(msn=産経)

===========リンクが切れていたら=========

人類にとって未知のウイルスである新型インフルエンザウイルス。米国疾病予防管理センター(CDC)による4月24日の感染発表以降、ウイルスの正体が徐々に判明しつつある。


◇弱毒性ウイルス

 一番の安堵(あんど)情報は、ウイルスが弱毒性である可能性が高いことだ。世界保健機関(WHO)の緊急委員会にも参加した国立感染症研究所の田代真人氏は、「弱毒性の可能性が高い」と繰り返し情報を発信している。

 メキシコでの致死率が高いものの、他国では深刻な症状となった例は少ない。メキシコでも、進行中の調査でインフルエンザ以外の死因が判明した例があるなど、死亡件数は絞り込まれている。

 今回発生したウイルスは、豚由来のH1N1型と呼ばれるタイプ。一般にH1型のウイルスは弱毒性とされる。H1型ではウイルスの構造から、体内への侵入が呼吸器や消化管にとどまるからだ。強毒性のウイルス(H5型、H7型)だと、全身の細胞に入りこんで重症化する。新型への変容が懸念されている鳥インフルエンザは強毒性のH5型で致死率も高い。

人類にとって未知のウイルスである新型インフルエンザウイルス。米国疾病予防管理センター(CDC)による4月24日の感染発表以降、ウイルスの正体が徐々に判明しつつある。

◇第2波の懸念

 弱毒性とはいえ、懸念すべき点も多い。ウイルスが変容を繰り返し、毒性を増す可能性もあるからだ。

 1918(大正7)年から世界中で4000万人とも言われる犠牲者を出したスペイン風邪(H1N1)は、流行中にウイルスが変容したことが、被害を大きくした原因と指摘されている。

 しかし、田代氏はWHOでの議論などから「病原性が若干強くなる可能性はあるが、鳥インフルエンザのように強毒型になる可能性はない」と断言しており、安心材料となりそうだ。

 CDCによるウイルスの解析でも、今回のウイルスがスペイン風邪ウイルスが保有していた病原性に関する遺伝子は持っていないことが判明。スペイン風邪より病原性が弱い可能性を示している。

 
◇ルーツは10年前

 毒性と感染拡大は全く別。新型インフルエンザは例年の季節性インフルエンザ並みの強い感染力を持っているとみられている。CDCなどは「第1波の押さえ込みに成功したとしても、今冬、あるいはそれ以前に、第2波となる流行が発生する可能性もある」と警告している。

 また、米コロンビア大などの研究チームでは、ウイルスが「北米の豚」「アジアの豚」「欧州の豚」など少なくとも4種類のウイルスが混合して生まれたとの解析結果をまとめた。「北米の豚」のウイルスには鳥と人に由来するウイルスの遺伝子も交じっていた。

 チームは過去の検出状況から、1998(平成10)年ごろまでには北米の豚の体内で、豚、鳥、人のウイルスが混合したのではないかとみている。ウイルスの解析は、今後の治療などに役立つものと期待されている。

===========引用ここまで(記事全文)=========


******


以上、「王子のきつねOnLine」の、

●パンデミック?!

への私のコメントより、若干増補の上で転載します。

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2009/04/12

フォーカシングとEMDR

この2つの技法の類似については早くから指摘があり、TFIの国際メーリングリストでも数年前から議論が活発で、日本でも関心を持っている人は少なくない。

 だが、私は、EMDRのワークショップには、残念ながらまだ参加した経験がない。

 先日、トラウマの問題に関心が深い、ある臨床心理士の方と、この話題で盛り上がり、私にとっても刺激的な学びのひと時を過ごさせていただいた。

 その方のご許可の下に、以下の内容を書いてみることとする。


*****


 EMDRには、"Bodly Scan"という技法があるとのこと。この身体感覚次元でのスキャンの結果、身体に感じが残っていたら、それはその人の中にまだ処理できていないトラウマがあることの証しだという。

 "Bodyly Scan"って、私が技法として精緻化し、久留米でフォーカシングを学ぶ会でも毎回のように最初に全体実習している「身体感覚中心のclearing a space」と非常に類似しているではないか?

(「身体の感じと状況との関わりを重視するフォーカシング・アプローチ・序説」 東京大学教育学部心理教育相談室紀要  第13集  1991 所収)

 更に言えば、そうした"Bodyly Scan"の結果として後に残る感覚とは、フォーカシングで言う"Background Feeling"(背景としての感覚)とあまりに近似の体験のように思われた。

 そうなると、私が2005年、トロントでのフォーカシング国際会議に出席した時に体験した、「Background Feelingについてのフォーカシング」の分科会での体験ともろに重なりあってくることになる。

 そこで語られていたのは、そうした「Backgroun Feelingについてのフォーカシング」が、一種超越的なスピリチュアル体験であるという可能性であるばかりか、PTSDなどの深刻なトラウマを背負ったクライエントさんへのフォーカシング指向心理療法的アプローチにおいて鍵となる可能性についての示唆であった。

 ......これでは、まるでEMDRで言われていることと同一機軸ではないか。

 読まねば。

 ......ああ、私の生活は24時間では足りな過ぎる!!


最新心理療法―EMDR・催眠・イメージ法・TFTの臨床例←この、マギー・フィリップスという人の本に、フォーカシングについて紹介している部分があるとのこと!!



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2009/03/25

ガストの夜

 昨日の晩、例によって鬱のクライエントさんへの通院開始へのアドバイスのための、急な面接が終わり、ガストにくらいは立ち寄れる「現金」ができたのですが、そこでこれまで一度も体験したことがない衝動に襲われました。

インド人の知的そうな若い女性が赤ん坊を抱いて入ってきて、その向かい側に、伴侶と思える若くて浅黒い男性が座りました。私の席から5メートルぐらいです。

実はこのガストは、A大学医学部から500メートル、

「留学生夫婦か」

....私は、ふと立ち上がって、そのカップルに声をかけたい衝動に襲われたのです。

こんな衝動は「日本では」全く初めてでした。

「留学してきた医学生の方ですか」
「そうです」
「ご専門は?」
「脳外科です」
「なるほど、実は私はこの近くで開業しているサイコロジストでしてね」

このくらいのやり取りをしてみたくなっている「新しい自分」に気がついたのです。

アメリカだったら、これは全く当たり前。今の私なら、本当にやっているだろう。
そういう空気を開放的で心地よいと感じるだろう。

でも日本では? 

実は赤ん坊が「あまりにも日本人」そのものの顔立ちで、ご主人が浅黒いけど日本人だと気がついた瞬間、そうした思いは寸止めになりましたが(^^)

私自身が、実はフォーカシングを私なりに極めてきた中で、やっとそういう挨拶ができる空気を求めるのが「全くフィットする」段階に来たのかと、深い感慨で感じたのです。

そして、今、フォーカシング国際会議のためにボランティアで尽力している皆様、特に欧米滞在経験が長い皆様が、日本のファミレスの空間の中で、どんな思いで過ごしているかの一端が「やっとわかった」気が、全く自然にしたのです。


....日本では、「うっとおしく」て、「寂しいばかり」ではないかと。


 残念ながら、このあとのインターラクティヴな応答とシェアまでは、このブログでは進まないわけですけど、それはネットで結ばれた、皆様との「多重の共感の時」の空間のなかでの楽しみということで。

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2008/09/23

トロントの思い出

 NHKドキュメンタリー、「戦場 心の傷」の記事を書いて、思い出したこと。

 フォーカシング国際会議が、来年(2009年)の5月に、日本の淡路島で開かれます。

 このことに関しては、すでにこの記事等でご紹介してまいりましたが、私は2005年5月、カナダ、トロントでのフォーカシング国際会議に参加しました。

 その時の現地からの記事はこちらからご覧いただけます。また、その時の写真集「トロントだより」もこのブログに併設しています。

 この、トロントで、世界各地で活躍する、フォーカシングのトレーナーの皆さんから、そのこれまでの生き様を含めて直接お話をうかがえたことは、その後の私にたいへん大きな影響を残しました。


******


 その中のお一人からうかがったお話。

 深刻なトラウマへのフォーカシングの適用の代表的人物の一人というべき女性。
 私より20歳近く年長ですが、私と同じ、世界に百数十名いる、フォーカシングの国際資格に認定資格者(TFIコーディネータ)のお一人でした。

 その方がお若い頃。196-70年代、アメリカには公民権運動の渦中にありました。彼女も、アメリカ国内で差別されている人種・民族のために積極的に活動する活動家のひとりでした。

 ところが、ある日、思いもよらない事件が起ります。

 彼女が車で自宅に帰宅し、玄関のドアの鍵を開けようとそうると、突如拳銃を突きつけられ、顔のそばで発射されてしまいます。

 彼女は、顔面の3分の1を吹き飛ばされる重症を負いました。

 逃走したのはひとりの少年でした。

 しかも、その少年は、彼女が人権運動の中で貧困と差別を受けているとして擁護していた、まさにその人種の少年だったのですね。

 彼女は、単に長期間を要した顔の整形修復手術の苦しみに耐えるみならず、突如発砲された衝撃から、PTSDに陥ります

 それに輪をかけたのが、その発砲の犯人が、まさに彼女が人権運動活動家として擁護していた人種の少年だったということから、深刻なアイデンティティの危機に陥ります。

 いろいろ回復の手だてを求めていくうちに、彼女はフォーカシングに出会いました。

 そこで癒されたことが、彼女をフォーカシングのトレーナーとしての道に進ませたのでした。


*****


 この方に限らず、フォーカシングにおける今日の代表的な指導者たちの中には、ベトナム戦争当時の騒然としたアメリカ社会の中で、未来を模索した、最も先鋭なグループに属し、そうした活動そのものの中で、心身共にぼろぼろになった経歴をお持ちの方がたくさんいることに気がつきました。

 私は、正直にいいて、

 「こうした人たちにはかなわない」

と感じました。


 スケールが違いすぎる。

 運動の中にコミットし、理想と現実とのギャップに傷ついていくプロセスの凄惨さと切実度が、日本の学生運動と比べても次元が違うと感じさせられたのです。

 
 今でも、世界の紛争地域に、国際協力隊員として赴いたり、あるいは第3世界(特に中南米)の厳しい現実の中で、フォーカシングを生かすことに命をかけておられる人たちが、たくさんいる。

 その時から、私は日本のフォーカシング運動そのものが、なんともちまちました箱庭スケールのものに見えて仕方がなくなったのでした。

(個々のフォーカシング関係者の中には、難しい現場のシビアな最前線で奮闘しておられる方も少なくないと信じています。そうした方々を誹謗する意図はもちろんございません)


*****


 トロントに行ったのは、私自身、人生の中で、これまでにない苦しい状況に直面していた、まさにその時でした。

 私は,その状況の解決のための援助として、ひとりのクライエントとしてカウンセリングに通い、「適応障害」の診断を受け、鬱状態で心療内科医療の治療も受けていました。

 しかし、そうした日本の現状での援助的専門職からのサポートではどうしても埋め難しい、自らの深い心の傷と空洞に、まずは、「私自身のための」フォーカシング教師として成長し続けるしかないことを、胸に沁みる思いで重ねました。

 大学所属の常勤カウンセラーから、湘南地域の、一開業開業カウンセラーとしてし働くようになる中で、個々のクライエントさんにとって、代金に値するだけの援助をしていくということはどういうことかということにも直面しました。


 フォーカシングは、何よりも私自身のために。

 しかしそれは、即、

 個々の来談される方のために、現場臨床家としてどこまで心を尽くせるか

 ということと表裏一体になるものとして。


 ......そのような信念が私の中に形成されて来たのです。


******


 もとより、私はまだまだ発展途上、さまざまな未熟さを抱えているとも感じていますが(^^)

 いつも申し上げますように、思いつくままにご意見や注文をいただけますことこそ、私が望んでいることです。


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2008/01/22

こういちろうの自分史

●@nifty TimeLine



このコンテンツは、刻々と増補されます(途中を含めて)

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