「侵略」であろうと「進出」であろうと、どっちでもいいでしょ?
といいたくなります。
そういう「言葉尻」が問題になるという背景には、
「歴史教育についての『統一見解』を『国家の責任』で作り、『国民に教育』する義務がある」
ということが「自明の前提」として含まれているわけですね。
......ということは、「歴史教科書批判」をしてくる国も、「それへの対応を迫られる国」も、
およそ、
「『正しい』「公教育」というものを『政府が検閲』し、正しい認識を『与える』べきである」
という大前提を、
政府も国民の多くも、暗黙のうちに受容してしまっている、
「不精な」国民・国家
なのだと、私は判断します。
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歴史上のどんな事件でも結構です。
例えば「トゥール=ポアチエの戦い」としますね。
西暦732年に、イスラム教徒国家が「フランク王国」にそれ以上進入しようとするのを食い止めた、という意味で、イスラム教国家の、ヨーロッパ大陸「西側からの」それ以上の「進入=進出=侵略」を不可能にした、世界史上の重大な転機がかこの戦いであることには変わりがありません。
しかし、恐らく日本の「大学受験生」なら、
1.この時のフランク王国がまだ「メロヴィング朝」であり、「カロリング朝」ではないこと
2.この時のフランク王国の実質的な支配者が「宮宰」(摂政のようなもの)の「カール・マルテル」であり、いわゆる「シャルルマーニュ大帝{カール1世)(追記参照)」ではないこと
(追記:私は正確には、これでは「シャルル『大』大帝」になることを知っている。「シャルル大帝」か「カール大帝」か「シャルルマーニュ帝」か、単に「シャルルマーニュ」にしないとおかしいのは知っている。しかし、それこそ、この「カール(シャルル)」帝へは、法王からの「ローマ帝国皇帝」の王冠を捧げられ(ゲルマン人初?)、孫3人に、今日の「ドイツ」「フランス」「イタリア」の原型となる形で国を分割相続する伏線となり、「カロリング朝ルネサンス」といわれる、旧ローマ帝国の学問・文化を積極的に復興することへの積極的貢献など、ラテン(旧ローマ帝国)系とゲルマン系を統合した意味での「中世ヨーロッパ」世界の「とりあえずの」確立において政治的・文化的に果たした役割のあまりの「巨大さ」から、「唯一無比の」の「カール」という意識が無茶強いので、「確信犯的に」、この、屋根屋を重ねる言い方を「好んで」いる(^^;)。
ちなみに、彼の祖父、いわゆる、「カール・マルテル」は、イスラム教徒軍勢のイベリア半島を越えた本格的侵入に)『鉄槌』かました『カール』」と言う意味で、後の時代の人が読んだことに由来。世界史的に大事なのは、何より「祖父(マルテル)」と「この人(大帝)」を混同しないことであろう)
3.この戦いを、「ローランの歌」で有名な、778年の「ロンズウォーの戦い」における「カール大帝」の「バスク人への」勝利と混同しないこと
4.しかしこれらの戦いの後にイスラム教国家が、即、イベリア半島から消滅したのではなく、「レコンキスタ」の完全な成功は、何とスペイン(カスティーリア王国)による1492年のグラダナ陥落までかかっていること。
..........ここまで掌握していれば、私の大学受験時代、私立文系の最難関といわれた、早稲田政経学部の世界史の要求水準を満たしていたでしょう。
(「以下の記述の中から、間違っているものを選べ」的設問の「引っ掛け」選択肢になりそうなのは、これらのポイントです)

(この20年の間に、偏差値の数字と受験学力との関係は「ものすごい大暴落」を起こしていて、当時の早稲田の政経合格に必要な水準の「受験勉強」など、今の日本の「どの」大学でも求めていない、「とてつもない」域であったことを忘れてはなりません)
ちなみに、「ローランの歌」は、これら「すべての」混同に加えて、イギリスの「アーサー王伝説」(6世紀から8世紀にかけて成立)における「円卓の12人の騎士」の伝説すら「一緒くたに」なって、しかも11世紀の「十字軍派遣」を背景に成立した叙事詩であります。
(以下アーサー王関係商品のリンク)










ですから、この「ローランの歌」成立当時(のヨーロッパ人は、もはや自分たちの過去の歴史を「その程度」にしか掌握していない、まさに『歴史認識』における「中世の暗黒時代」にあったという点では、もはや同時代のイスラム教国家の歴史家の高度な客観性に全く歯が立たない状態だったみたいです。
(ただ、イスラム教国家側の王の武勇を賞賛する内容も含まれているので、ダンテの「神曲」が、ムハンマド(モハメット)が地獄に落ちた醜い悪者として描写されたためにイスラム教国家でも「禁書」扱いになっているのと同様な扱いは至っていないようです。
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ちょっと年号だけはwikipediaで再確認させていただきましたが、
岩波版の「ロランの歌」の訳者の解説の部分まで読めば、こうしたことはほとんど全部掌握できます!!
副読本として、
ブルフィンチの「シャルルマーニュ伝説」があれば一層パーペキです!!
なお、はっきりバラしますけど、「中世初期のフランク王国とイスラム勢力との関係」というのは、私が(後で詳しく述べるようなきっかけを経て、中学時代から関心を深めてきた特別「興味の深い」領域だから、wikipediaの助けだけで、即席でこの程度に仕上げられるという「だけ」のことですから(^^;)
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歴史的「叙述」というものには、およそどんな場合でも、その時代の「政治状況」や「国民的偏見」から自由になれません。
まして、歴史上の登場人物や階層、民族が「どういうと意図で」のそのように行動したか、という時限になると、結局、その歴史叙述をする人の「世界観」ばかりか、個人としての「価値観」や「もののとらえ方」によって再構成された「物語」であることとを私は決して越えられないと思います。
歴史や政治とは、どの時代のどんな特定の「事件」だけをサカナにしても、このような、
芥川の「藪の中」(=黒澤明の
映画「羅生門」)に陥ることに目覚め、人からの受け売りや新聞やテレビの報道を妄信しないことが大事だ、ということに気づき、自分なりにいろんな情報をいろんな次元で探したり、場合によっては「事件の現地や史跡や博物館の展示」に足を運んででも、「自分なりに」視野を広げることそのものに「醍醐味がある」のです。
そのことに目覚めさせないような、そんな「歴史教育」なら、無意味です。
例えば、「世界史」の時間の1ヶ月間が、例えば「トゥール-ポアティエ間の戦い」という一つのテーマに絞って、生徒ひとりひとりにネットや図書館とかを駆使して勝手に調べさせ、
先ほど述べたような、「果てしないくらいに無尽蔵な」当時のさまざまな社会的現実や事件との連鎖反応的関連について何でも自分なりにレポートにまとめ、「どんな方法で」それをプレセンテーションしてもいいとします。
例えば、
ギター曲の「アルハンブラ宮殿の思い出」を弾いてみせる生徒がいてもいいし、
ひとりの生徒の提案で、何なら3コマ分ぐらいブッ通しで、映画、「エル・シド」の鑑賞会をしてもいいではないですか。
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「エル・シド」は、私が子供の頃、偶然、テレビで見て、ともかく、スペインでの、イスラム教徒との戦いということだけは当時の私にもわかりまました。
迫り来る圧倒的な数の「海を渡って来た」イスラムの大群の脅威を前にして、自分の城で瀕死の身体でありつつ、「スペインの『英雄』であることを「一身に引き受けた」、エル・シドの、何とかスペインを守りたいという強烈な使命感と「今、生きて戦いに赴ける身体ではない」ことへの「断腸の思い」がひたひたと伝わって来たのだけは覚えていました。
そして、ラストシーンの記憶は失われていたのに、見終わった直後、とてつもない「衝撃」をうけたことだけは「身体が」覚えていました。
(そういう彼を支える妻の役って、ソフィア・ローレンだったんですね。主人公役が
「十戒」や
「ベン・ハー」と同じ人(=チャールトン・へストン)なのは子供の私にもわかりましたが)。
私の、広い意味での、中世のヨーロッパ西方でのイスラム国家との戦いに関心を持つ「原点」が実はこの映画です
ただ、当時の受験参考書や百科事典水準の史料では「エル・シド」の名前を見つけられなかったもので、
この戦いは「トゥール・ポアチエ」か? あ、違った
あれ、「ロランの歌」の「ロンズウォー」でもないな?
いつ、どこでの戦いなんだ〜!!
などと模索するうちに、
フランス建国の父「とされる」、メロヴィング朝の「初代の王」クロヴィスからはじまる中世初期から中世末期に至る、ヨーロッパ人と、イスラム教勢力との「ヨーロッパ西方での」ぶつかり合い全体が「特別な」興味の対象としてどんどん育っていったのです。
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一方的に出来合いのマニュアルに基づく歴史の流れを「通史的に」教える(これだけなら、受験勉強のためなら、講義より、参考書一冊読む方がよほど情報量多くて手っ取り早い)のではなく、
生徒各人が各人なりに歴史を「おもしろい」と感じる切り口を見つける「きっかけ」を作り、
通説や世間のその事件と関連する事項への「常識的理解」への疑問符、
立場が違えば状況が違って見える可能性、
その歴史上の登場人物や民衆の心情への「感情移入的理解」のさまざまな可能性.......
,,,...などなどに気づかせるきっかけになれば、
それ以上立派な「歴史教育」(それどころか、「社会」や「政治」への、各自なりのもののみ方を養う訓練)はないと思います。
私は、その領域に詳しい人が、「私を」さらに納得させてくれることを言ってくれたら、たとえそれが小学生の言うことであったとしても、「敬意をもって」拝聴するつもりです。
そういう「出会い」がなければ、人生って楽しくないじゃないですか!!
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日本史だと、これが「南北朝」時代への別格的な関心ということになりますが。
何しろ私は
「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」)を小学生にしてフルコーラス歌えましたし、今でも歌えます!!
日本の「軍歌」のほとんども、もし歌詞カードがあれば歌えます。
当時の政治は政治として、これら戦前の文部省唱歌や軍歌を避けて、日本の音楽史を語らないと、「卑怯」だとすら思います。
日本神話を「教え『ねばならない』」という考えには反対ですが、
自国の神話や伝説について個人個人が学ばないでいるとすれば、『もったいないなあ』と思うし、少なくとも、
『古事記』なんて、素晴らしい『文学作品』だと思いますが。
(
この本なんて日本神話と大和朝廷がほんとうに安定するまでの歴史/文化/社会/文学についての入門書として、偏らないさまざまな見地からの理解への道を開く、図版盛りだくさんの、簡潔ですごく読みやすいたいへん上質の『記紀』入門書です)
これらを教えるだけで『右』とみられる場に教師がいるのなら、その先生、わかいそ過ぎますね。
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もとより私個人は、政治的には「ある意味では急進的、でも現実主義的慎重さを失わない『リベラリスト』」そのもののつもりです!!
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でも、靖国神社隣の「昭和館」は時間をかけてじっくり見ました(政治的な中立性を十分に保った展示がなされています)。
弘前城の場内展示された「仇討ち」の資料の話はこの前の記事のコメントの最後の方で書きましたし、
私の友人が住む、水戸を訪問した際、常盤神社でも、歴史上の事実としての「黄門様」の解説や自筆の手紙の文面を読めたのは楽しかったですね(^^)
そろそろ偕楽園は梅の季節でしょうか?








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