北海道

2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2008/10/21

「風のガーデン」こそ近年のテレビドラマの頂点!!(.....「篤姫」も実にいい) 〔第6版〕

 ●お読みになる方へのご注意●

 この記事で私が用いている時間軸は、あまりに飛躍がありますので、ついて行けなくなる可能性があります。ご注意ください(^^)

 でもこうやって書かないと、リアルな私の感性がネットを通しては伝わりようがないことにようやく気づきました(^^)

******

 9/30のドラマ開始記者会見後、10月5日(日)の緒形拳さんの「肝癌破裂」による急な訃報によって一躍「時のドラマ」となった「風のガーデン(フジ系 木 22:00-22:54)」

 このドラマは、緒方さんの訃報抜きでも、私が子供時代から大人のテレビドラマを「ジャングル大帝」「ウルトラQ」と同列で当たり前のように見て来た40年来の経験の中でも、映像文法や演出術、実は現段階での医療の水準、実際に病院内にいるすべての専門家や患者さんから見ても考証に耐える内容を持っていて、「いくらでも現実に生じている水準」でのリアリティを極め抜いていると思う。

 はっきり書くけど、まさに「今」の男女の機微も「常識」も、このドラマで描かれている水準だと、私は日々実感しながらあたりまえに生きている。(マジ)

 そのことを語り尽くすために、この記事は、「とてつもない回り道」をします。


*****


  この作品の真のキーワードは「癌(がん)」ではない!!

 私は「白い巨塔」といえば、1966年版映画1967年版TVドラマ1978年TVドラマ版をすべて観ることが出来た世代であり,この作品を「風のガーデン」の源流とみるというのは、あまりにも筋違いどころかとんでもない勘違いとしかみていない。この「風のガーデン」では、医大という世界の腐蝕を描いているのではないからである。

(1978年以降のドラマ化は、観てもいないし、内容も何も知らない)

 もちろん、田宮二郎と違って、中井貴一個人は、まずもって「鬱病」とは無関係であるし(^^)


*****


 私自身、尿管結石(結石そのものは実際には「音波による爆破〔=体外衝撃波結石破砕術〕」で「粉砕」された)の「胴体全体の」各種輪切り撮影検査過程(素朴な言い方!)で浮上した、胆囊(たんのう)の内部の突起が、良性ポリープで当面手術の必要がないけど「今は5ミリ。これが1センチに育ったりでもしたら、半端じゃないことになるから」という「最終」診断されるまでの過程(わずか2,3年前)で、このドラマで描かれている「検査」を恐らくすべて受けたことがある。(

 鬱の本格治療に入る前には首から上だけのCT-MRIも受けている。


*****


 この映画で描かれつつある発達障害(「岳くん」は「知的障害」でだけはあまりに不十分な捉え方!)の描き方が超リアルであること認めざるを得ない関係者は多いと思う。

 老人の認知症ですら、そんなにおかしな描き方ではない筈だ。緩和ケア終末期医療のリアリティは、私はつい去年(2007年)まで、親族(わたしの母方のおば。92歳で2007年永眠)について、久留米に帰省する度にお見舞いに行く形で体験したことがある。

 叔母は最後の5-6年には、ついに、帰省した私の顔を見た時に私を思い出せているのかどうかも曖昧な水準の認知症になりました。

 いずれにしても、第1話冒頭で大滝秀治さん(!)が演じた水準のものも、「あるタイプ」の「ある段階」の患者としてみたら典型そのものとおもいます。


*****


 私も、ここ数年、鬱病という現実の中でどれだけ何回死を意識したかわからない。中井貴一(「ぶぞろいの林檎たち」第1シリーズ(1983)からのファン)演じる白鳥貞美は、いろいろな意味で、「等身大の私」の心境に近い。

  (ドラマの少なくともここ(2話)までの展開の中の貞美センセには、まだ鬱の形跡はない)。

 二人の息子たちとはすでに数年音信が途絶えてもいるし。実質的な離婚(ドラマの貞美先生は奥さん死亡)の後に何名かの女性(かなりの年下含む)と「つきあって来た」のは確かですし(^^;) 

Sadami_1_2
↑疲れ果てたこういちろう、もとい、中井貴一(^^)


 白鳥雅美の恋人の無名歌手、氷室茜(23)役を、主題歌を歌うばかりか、ドラマの中でも見事な弾き語りをしている平原綾香さんが、何と初の女優挑戦で見事な存在感でこなし続けている。

 彼女の2003年平原綾香 - Jupiter~平原綾香ベスト~ - Jupiter"Jupiter"でのデビューは18歳の筈。

 だから、ドラマ収録の「昨年(2007年)で実年齢=23歳の役。

 彼女自身がサックス奏者で、音楽家一家の生まれというのは有名でしょうが、バレエが「超本格」だったのを除き、俳優としての演技(訓練)の経歴はこのドラマまで,全くのゼロのようですね。

Nakai_and_ayaka
↑中井貴一の恋人「役」は、マジに平原綾香さん(24歳)


 更に言えば、キャンディーズのランちゃん(伊藤蘭=53歳!!)中井貴一の愛人役(ドラマの中では45歳!)

 中井貴一のチェロもまた、地デジの画像/音声レヴェルで細かく見ても、本人が弾いているとしか思えません(私のmacパソコンはすでに対応!!)。


*****


 そもそも緒形拳さん(71歳。ドラマの中では75歳)は、NHK大河ドラマ「太閤記」(1965年)(!)からのおつきあいであった(私は記憶の彼方から大河ドラマを見て育った。マジにはじめてストーリーを意識したのは「太閤記」からでっす。満3歳から記憶があり、東京オリンピック(1964)のテレビ中継(開会式や東洋の魔女の記憶が十分ありますから)。そうとくれば、もちろん、「弁慶の仁王立ち」といえば緒形拳さんのそれ(1966年 私5歳)が私の弁慶イメージを作った。

 「ケネディ暗殺(1963)」こそ「記憶にない」けど、「ジョンソン大統領」「北京政府」「北爆(1965年)」という言葉がNHKニュースで繰り返し普通に使われていたのをよーーく覚えている(田中角栄首相就任が小学6年生になって程ない、まだ11歳の時(1972年7月)という世代をなめてはいけない)

 (私は、1960年生まれの48歳!!=中井貴一よりちょうど1年前の9月生まれ!!)


*****


 「長女」役の黒木メイサは、やっと顔と名前が一致した。

 我が最愛のNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」(2001)以来というタイムスパンが私の側にあったため、このドラマでは5話までしか出演しない、二神香苗役の国仲涼子ちゃん(.....29歳)を最初identifyできなかった(^;;)

*****

 弟(白鳥 岳)役の少年が、あくまでも演技として演じているのはすぐに気がついたが、とてつもない役作りを周到に重ねた「天才子役」に違いない、と連想した。

 私は、今(2008年)から5,6年前、大学学生相談の領域で「広汎性発達障害(ADHD、学習障害(LD)、アスペルガー障害を含む)」の大学学部学生(!)と当たり前のように接した最初のひとりである。単なる知的障害と、「広汎性発達障害」の違いについて精神科医に叩き込んでもらえた先駆的最前線にいた。

 (この今から5,6年前の時点で、中学生までの児童生徒を相手にするスクールカウンセラーなら、この障害について学ばずにはいられなかった事柄ですら、その世代の「子供たち」がもはや大学にまで「普通に」入ってくる「瀬戸際」あるいは「序盤」という事態が生じ「ている」ことをほとんど誰も予期していなかった)。

 数年後の今(2008年)は、広い意味での「発達障害」や「自閉症スペクトラム」について、「大学」学生相談のカウンセラーで当然知ってないとやれない時代になった。こういう学生たちは、単に「学力不足」と安易に混同されては、たまったものではない。

 もっとも、臨床心理士会の研修会水準ですら、「発達障害」の研修会があれば誰も誰もと押し寄せる現象は、この1,2年である(^^;)。

 .......そういう経験から、容易に、「岳くん」の障害について「見立て(assesment)」が出来たのである(敢えて世間のカウンセラーの皆様を試したいので、これ以上の正解は伏せる)。ちなみに、役中の「岳」くんは施設でかなりいい教育を受けた結果としてあのようにふるまえると見立てるのが一番リアルであろう。

 岳君を演じる役者、それがあの「神木隆之介」だということは、私の「親友」からきかされて知る始末(^^;)

  私の方が、その親友に、神木君が完璧に演じる障害について、すでにドラマの中で「描かれて来ている」山のような根拠を解説する必要が生した。親友は普通の社会人だから、これは止むを得ないのだが。

 ドラマの映像と神木君の演技の中でこれだけ「大盤振る舞い」ですでに「暗示」されているのに気づけないなら、もうこれからの時代、教育者やカウンセラーは務まらない。

 敢えて言えば、神木君の演技力は、「レインマン」 (.....うう、どうしてこの、私が大学院生として、日本公開時点で映画館からパンフかかえたまま研究室に戻って、故・村瀬孝雄先生に「すごくよくできてます」と報告した映画(1988 日本公開1989)が今から19年前の映画になってしまうのだろう)におけるダスティン・ホフマンのそれに劣らないどころか、ずっとずっと高度かも? とといいたい域なのだ。


*****


 ちなみに、私にとっては倉本聰「富良野シリーズ」初体験である(いよいよ年齢不詳 ^^;)

 (ああ、俳優名と役名の「誤字」をなくすためにネットでいろいろ調べたではないか!!)


*****


 私の今のテレビ俳優を知っている水準なんてそんなもので、最近CMにもたくさん出てる「篤姫」のヒロインの名前をやっと「宮﨑 あおい」さん(22歳....だが彼女は既婚者である)覚えることが出来ただけでその「親友」に爆笑されたくらいである(^^;) 

 さて、「篤姫」も、大河ドラマの歴史に残る傑作と思ってます。「風のガーデン」とは別な意味でドラマとしてよくできてます。もう繰り返し飽きるほど「幕末維新もの」大河ドラマとして観て来た世代としてみても、「画期的」に近い。

 会話は一見あきれるほどに現代的な面があるのに、時代劇の文法にも忠実、かつ、驚くほどに「史実の裏付け」があるわけです。

 完璧に、「 於一→篤姫→天璋院」と「肝付尚五郎→小松尚五郎→小松帯刀(清廉)」の視線から歴史を眺め続けていることを含めて。小松帯刀(清廉)はほんとうにあのくらい「若かった」のですよ!!

 脚本がよくできているのは、作中の天璋院さまが「わからぬangryと真面目につぶやくのは「マジにわからない場合だけ」であるということ。

 ........以上のウンチクは、「貞美先生」が「歌詞志望の23歳の女の子、茜」に酒場でささやく(上の写真のシーン直前「フランス語」についてのジョークのような意味でのジョークでは全くない


*****

 
【このネットのこういちろうファン向け(?)「超裏話」】

 最近このネットに時々登場させる私の「親友」は、似ている女優といえば、大げさでも美化でもなく、マジに、国仲涼子さんでっす。

 涼子ちゃん(独身だし、「ちゅらさん」ファンの世代だ、許せ)の現在の「実年齢」と限りなく近い(^^).....このドラマでの二神香苗=涼子ちゃんは、役の上では23歳という「無茶苦茶初々しい」設定の役柄だけど、このドラマで「二神香苗ちゃん」にときめいた皆様、涼子ちゃん現実にはもう29歳です。

 想像して下さい。実は出会いから一年半、何と関東から九州への移住すら障害になっていないで継続できている、「中井貴一」(=役中も現実もほとんど私と同い年)と実年齢相応(^^;)の「国仲涼子」との深ーーーーーい、「真剣な」、おつきあいを(^^)

Nanae_and_sadami_2
↑こういちろうとその人が「盗撮」されたら確実にこう見える.....もとい、中井貴一(現在47歳)と国仲涼子(現在29歳)(^^;)

 もっとも、涼子さんは、
Ryoko
↑2009年1月公開の映画「感染列島」記者会見より。公開段階でも30歳になってないまま、このお姿らしい(^^)

 「私の涼子さん」が、私に、畏れ多くも、ノーベル賞の「益川教授」に似ていると言ってくれたのである.......

  先日、彼女に『私は「緒形拳」ではなくて、よほどドラマの中の「中井貴一」だけど「緒形拳」でもあるよ』と言ったら、リアルに納得してもらえた(^^???)


******


 このように書くくらいだから、まだドラマで描かれていない、現状で掌握可能な「風のガーデン」の設定まで、私は調べられる限り調べ尽くしています(きっぱり)。

 そして、さすがにそこのあたりになると、すでにこのドラマにどっぷりとはまりまくっているその彼女にも内緒にして、楽しみを奪わないようにしているのです(^^)


*****


 今度、四半世紀前(25年前、私は当時23歳)の時点、小此木啓吾先生の「モラトリアム人間の時代」が出版された頃の新聞やマスコミの用語と文体のままでひとつのカウンセリング記事を書くという大冒険をしてみますので、皆様、お覚悟のほどを(^^;)


追伸:どうだ!! 今の段階でこれ以上内容誤字年齢の修正できるか(^^) 

......ちなみに誰もクレーム入れて来てないですよん。もちろん「親友」からも(爆)


【第6版での追記】 彼女は、

「私は平気だけど、こうちゃんが気分が違う時に読み直した時の方が心配だよ(^^;)」

とのこと(^^)v



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2007/05/23

こういちろう、博士後期課程に入学する夢。

 この3日間は、私の現在の本来のあり方.....といいますか、本業の面接がコンスタントに入り続け、毎晩帰りにコンビニで万札を預金し続ける....という展開だけで毎日が廻っていました(^^) 

 以前も書きましたが、預金口座というのは、あくまでも現金を「預金」し続けるためにある、というのが、自営業である私の本来のあり方なのであります。

 「業務」そのものは、極論すれば人と対話しているだけですから、お客様からいただいた料金は即収入なわけですが、マンションだって、自宅と職場、2軒借りてるわけだし、光熱費や電話代、ネット代も2軒分。そうしたものは情け容赦なく自動引き落としで消えていくわけですから。

 要するに、ちょっと前まで、「減る一方」をしのいできたのが現実です(^^;)

 おかげで、about me やらBlogPetをネタとした記事でつないでいく形で何とか連続掲載記録は2ヶ月間堅持して、本格的な新規記事を書く余力のなさをカバーしている間も、当部ブログへのお客様は減るどころか、実数的には増加傾向維持のままなのには感謝申し上げます。


*****


 幸い、明日の定休日を前にして、本日分の面接までは終わったので、久々に「オリジナルの」記事を書いておきます。

 以前夢の世界の中でだけ当然となっている状況設定というのを、誰でもひとつやふたつは抱えているのではないかということを書きました。夢の中でだけ行ける場所だとか、夢の中でだけ、自分が生きているパラレルワールド的な具体的状況です。

 夢を見始めると、例えば「そこに行くとそれがあるのは当然」「そうだったそうだった」になってしまうということですね。

 私の場合、しつこく出てくる設定のひとつは、私が、実際には大学院の博士前期課程で修了しているのに、数年を経て、出身校とは別の、しかもなぜか北海道の新興の実在しない大学の指定校大学院の博士後期課程に、秋の入試で合格した筈.....という設定なんです。

 (私は、恩師が急に大学を移ったために、そうでなければ師の構想に既にあった、博士後期課程への進学の夢が破れた人間なのですが、むしろそれこそが、私にとって、その後の人生にプラスになる、波瀾万丈の展開を呼び込み、自分を小さくまとまらずに済ませたのではないかということは、何回か書いて来ました)

 私は夢の中で、そこに合格して、新年度からはそこに通うことになっているということに期待をかけていろんなことを進めようとしているのに、そこを本当に受験したのか、ほんとうに合格したのかすら、夢の中ではどんどんあやふやになってくる。

 そして、私自身も、夢の中の登場人物も、私がそういう「曖昧な、はっきりした根拠がない未来」をあてにして「平然と」日々を送っていることをおかしなことだと責めてくる.....みたいな展開になることが多かったのです。

 ところが、今朝方の夢では、ほんとうにそこにこれから出発するということになっている。私は、合格を証明する書類すら手元にない。でも、もうすぐ入学なので、その前に顔合わせするために出てこいとの知らせは入ったことになっています。

 私は自分でも確信がないままに、北海道に向かう。大学にたどり着き、受付らしきところから、ある場所に向かうように案内されても、それでも確信がない。

 ある部屋に、どういうわけか、それぞれの合格者は、名前ごとにこの下にいるようにという、名前を書いた紙が四方の壁のあちこちにばらばらに貼ってある。そこに確かに自分の名前が貼ってあるのをみつけて、私はやっと少し「これはほんとなのか」という気持ちになる。

 そこには、なぜか、私が出願の際に提出した、たいへん分厚い研究計画書が措いてある。中を開けてみると、私が提出したその論文のあちこちに、脚注のようにして、少し小さな活字で書き込みがしてある。

 どうも、そのままでは「博士論文」としてのその大学の基準を満たす上ではいろいろ問題があることを、個々の箇所ごとに指摘してくれているようである。

 まあ、「北海道では行動療法が強い」から、実証的な論文としての体裁をなさない箇所の指摘だろうと想像する(楽屋ネタだ....)

 実際に個々の「添削」を読んでみると、確かにそうした性質のものなのだが、そのひとつひとつは「この件については、以下の資料のこのデータをもとに例証すればいい」などと、ご丁寧に、具体的な資料や既成研究論文の名前を挙げて、まるで「これをここで引用すれば実証研究として認め、博士論文として認定することにする」と、逐一、選考委員の教授会の先生方が、よってたっかって私に「救いの手」を差し伸べてくれているかのような内容なのであった!! 私は、その「添削」のあまりの安直さに苦笑してしまうが、これらを補足すれば、博士後期課程入学どころか博士論文として認める
という、どえらく先回りの親切をありがたく活用させてもらうことにする。

 そのうちに、隣の張り紙の下にいる、他の、同じ時に入学する院生の様子がわかってくる。内容は忘れたが、かなり個性的な社会経験を経て再び院生になった人だとわかり、私は感心すると共に、そういう人と一緒に刺激を与えながらやっていくのもおもしろそうだと感じる。

 そして、なぜかそばのスクリーンでは、その人がかつてどういう経歴を経たかをまとめたビデオがスクリーンで上映されている。体育会系らしく、大学時代の部活の時の様子の記録のようなのだが、何か珍妙な内容である。廊下に次々といろんな部活の人が現れてこちらに向かって群れをなして歩いてきて、そいつらと「対決」するしかなくなる映像。

 (起きてから気がついたのだが、それは、たまたま昨日ネットで見つけた、「学校の階段」の予告編(本編は見てません)の影響をもろに受けた内容だと理解してつじつまがあった(^^)

 そして、その予告編を見た時、こういう奇抜な、本来は「しゃれ」のごとき発想で映画を見事に一本作れてしまうという今の時代は、上の世代が思っているよりも未来への可能性を秘めているのではと感じたことを思い出したのである)。

 そして、気がつくと、亡き恩師村瀬孝雄先生が、そのレセプション(?)に東京から駆けつけて来られていて、レセプションにおいでいただけだけでも光栄だと思っていたら、「今度、この大学に、夏頃集中講義に来ることになったから」ともお話になる。

 .....ここで夢は終わりである。


******


「曖昧な、はっきりした根拠がない未来」をあてにして「平然と」日々を送っている=

「端から見たら、何の保証もないはずの独立開業後の私の生き方」
  

.....ととらえると、私がここ2年間、このパターンの夢に繰り返し悩まされてきたことがすごくわかりやすくなる。

 そして、私の無意識が、やっとそれに「合格」のサインをほんとうに出す気になってきたのかもしれない。

 「今回のは、一時的なお客さんの増加ではない」

......という。


●「学校の階段」オフィシャルサイト


USEN

2007/01/12

三日月湖と、止まった時間 -中島みゆき「夜会 Vol.13 24時着 0時発」(2)-

 鮭の遡上。
 三日月湖。

 もう、これだけで、いかにも札幌出身の、中島みゆきの肌に染みついた光景なのかもしれない。

 石狩川は、かつては石狩平野に出ると、標高差の少ない石狩平野を、ほんとうに蛇のようにうねうねと、くねくねと、折れ曲がりながら河口へと向かう川だった。その頃は、信濃川すら抜き、日本一長い川だったのである。

 ぎゅうぎゅう詰めに蛇行した石狩川は、洪水になると、自然と、その近接した折れ曲がった地点どうしがショートしてつながり、自然に放水路が生じた。結果的に、取り残された蛇行部分は、上から流れ下る土砂で堰き止められ、自然堤防で切り離され、「河跡湖」、あるいは「三日月湖」と呼ばれる湖を各所に生み出した。

 それは明治時代に入り、石狩平野が農地として本格的に開拓され、洪水防止の目的で、人間が人工的に放水路を作るようになって、数多くの「人工の」三日月湖を生み出したことだろう。

*****

 私の故郷の、福岡県の筑後平野の筑後川もまた、かつては蛇行する川だった。今もあちこちに、古い川筋が、細長いため池のようにして残っている。久留米近辺は、大和時代から栄えた土地だったから、人工的に放水路を作り、洪水防止と農地の合理的灌漑のための放水路の建設は、江戸時代の初期から繰り返され、今や川底が農地となったところも少なくないが、地図を見れば、昔の川筋がどこだったか、一目瞭然でわかる。

 古い堤防の跡と思われる盛り上がった細長い土地の上を、道路が走っていて、その内側の田畑の区画と、小さな道だけが、その周囲と全く別な方向に区画され、伸びていたりするので。

 小学校上学年の頃の私は、そういう、すでに細い川筋と、その脇のこんもりと草木が茂る古い堤防の跡と思われる小さな道を、地図の筑後平野じゅうの道筋をサインペンで塗りつぶすかのようにして自転車であちこちさまよう少年だった。

 時には、思いもよらないところで道が行き止まりになった。目の前は河原や藪になっていた。そういう時に襲い来る孤独と、一抹の恐怖に近い何か。私は川筋をずっと引き返して、橋があるところまで戻れて、やっとほっとしたのをよく覚えている。

*****

 中には、川を遡(さかのぼ)り、故郷へと帰る魚たちの中に、そういう古い川筋に迷い込み、右往左往するうちに、気がついたら、放水路との間の水門が閉じられていたということもあるかもしれない。

 取り残された魚たちは、そこでどういう時間を過ごし、どうなったのだろう?

*****

 みゆきは、時々川の流れと人生を重ねる。

 私にとって、今でも大好きな、忘れがたいみゆきの歌のひとつが、アルバム「親愛なる者へ」(初期のみゆきのアルバムの中で私が格別の思い入れがあるアルバムだが)に収録された、中島みゆき - 親愛なる者へ - 小石のように「小石のように」である。

 転がり出す石。故郷を振り返ることもなく。
 子離れできない親の心配を振り捨てて。

 そこには、ロックの世界ではおなじみの、"like a rollin' stone"という一句からの反映もあるだろう。みゆきの歌の中でも、「らいかろーりんすとん」と、ひらがなに翻訳されて(?)だか、この言葉が、アルバム「予感」中島みゆき - 予感 - ばいばいどくおぶざべい「ばいばいどくおぶざべい」という歌の中に出てくる。

 しかし、みゆきのこころはどこまでも日本人だと思う。山間の谷間にある田舎から上京して夢をかなえたいと願う少女は、同じアルバム、「予感」の中の、今やメジャーになった名曲、中島みゆき - Singles 2000 - ファイト!「ファイト!」にも登場するではないか。

 (ちなみに、あの歌詞は、決して「オールナイト・ニッポン」に届いた葉書をそのまま引用したものではなく、「詩的創作」であることは、みゆきも、自分のエッセイの中で明言している)。

 それは戦後の高度成長期の若者の思いの残映だろうか? .....いや、今だって,本質は変わらないではないのか?

*****

 さて、「小石のように」に戻る。

 転がりだした石は、川の幅が広がり、流れが緩やかになる地点まで来た時には、当初の勢いと,尖った「角」は切り崩され、今や小さな小石となり、更に砂となり、目に見えない泥粒となり、「淀み」の中で、「自分を見失い」、時間が止まったかのように眠り込む。

みゆきは唄う。

「海まで百里、座り込むにはまだ早い」

と。

*****

 だが、一転して、みゆきの唄で、海から川を遡(さかのぼ)って故郷の谷に向かう魚たちの群れが唄われはじめる。

 「遡上する鮭」のテーマは、すでに、先ほど述べた、アルバム「予感」の「ファイト!」の中に現れている。

 なぜ、そんなにまで「痩せこけて」でものぼっていくのか。
 行って、卵を産んで、死ぬだけではないか。

 でも、みゆきは「ファイト!」と叫ばずにはいられない。

****

 その延長線上に、「夜会 24:00着 0:00発」のストーリーは、中島みゆき - 転生 - サーモン・ダンス「サーモン・ダンス」(アルバム『転生』収録)は、来る。

 みゆきは、三日月湖への水門を、鉄道線路のポイントの「転轍機」に見立てる。

「ひとつの軌道に誰かが入っている限り、
その出口は、
必ずその誰かの為にしか開かない作りになっていた」

......みゆき演じる主人公、「あかり」のこのセリフを聞いて、

「閉塞装置」

の仕掛けまですぐに連想できるのは、鉄っちゃんだけでしょうが(^^;)

(そもそも、この時の「夜会」の「午後24時着 午前0時発」というタイトルが、「列車の到着時間の場合には24:00と表記し、発車時間の場合には0:00と表記する」という、時刻表に明記されている決まりを知る者にとっては、思わず(^^)な事柄でもある。もとより、みゆきはそこに固有のメッセージを込めているのだが).


******

 迷い込んだ三日月湖の「淀み」から脱出し、止まった時間の流れを超えて、もうひとつの時間に飛ぶために必要だったのは何なのか?

......ここでは、はっきりとは言葉にすまい。

 ヒントは、アルバム「恋文」の中の「ある曲」にあり.....と、言うに止めよう。


*****

中島みゆき「夜会 Vol.13 24時着 0時発」

2006/11/18

「すきま暖房」という新発想

 正確には「オイルヒーター」ではなくて、「ヒーター」ですが、ちょっとその斬新な発想に驚き、思わず購入して実感を確かめた商品のご紹介。

window radiator(ウィンドウ ラジエーター) W/R-1219

 見事な発想の転換の暖房器具である。

 私自身、自宅の寝室では畳敷きに布団を強いて寝ている。

 枕の側が、大きなアルミサッシの出入りできる引き戸になっている。

 すると、関東では今日現在まだ日によってはさほど冷え込まない夜でも、二重のカーテンの下から冷気が這(は)ってくるのがわかる。

 これが、体感的な室温を下げていることには気がついていた。

 窓際のjカーテンの裾に沿って毛布などを絨毯のように丸めて置いておいて、冷気を遮(さえぎ)ろうとしても、そんなもの「乗り越えて」冷気は「這って来る」。

 そういう時に、例によって「楽天で」この商品を見つけた。

 まさにその冷気の発生源であるベランダ沿いの隙間に、横長の棒状に設置するヒーター。消費電力わずか120W。しかも幅を伸び縮みできる。カーテンを痛めたり、まかり間違っても燃やするほどの熱量ではない。オイルヒーターほどですらない。

 アルミサッシの引き戸に沿って、「そこそこ暖気の上昇気流」を発生させれば、この「床を這って広がろうとする冷気」を中和することになるのは全く当たり前ではないか!! 電気代をさほど食わないのに体感温度は、確実に上がる!!

 これはまさに私が求めていた製品そのものである。

 2万円以上の投資でも、一冬使えば減価償却できる。

 これとオイルヒーターを併用すれば、電気暖房としてはたいへん効率がいいことになる。全くの静音。しかも床暖房につきまとう、「低音やけど」の心配がない

******

 実際購入したら、ものの見事に「カーテン下から否応無しに『這って』来る冷気の流れ」が止まりました。床に届く厚めのカーテンのすそとアルミサッシの「間に」設置してしまうのがコツです

このヒーターのフィンの窓に水平な張り方そのものこのが、冷気が乗り越えて行く「防波堤」になるように形状も吟味されている。

 窓の結露の抑制効果もあるらしい。カーテンと窓の間で乾燥したぬるい上昇気流が生じれば当然のこと。


 特に、鉄筋コンクリート系の密閉度の高いマンションや持ち家などで、特に一階の庭に出るアルミサッシ引き戸をもち、なおかつたたみに布団を引く寝所にしている方には、効果がはっきり実感できるだろう。

 あとは,空気が乾燥しにくいように、オイルヒーターの上に、転倒しにくい熱伝導のいい容器に水をたたえて、スイッチや計器の密集した漏電が怖い場所ではない、うっかりこぼしにくい場所側に設置すれば、乾燥し過ぎもカバーできる。

ちなみに、この商品、類似品がまだありません!! 今のところ楽天でも1店舗のみで通販してます。楽天以外でどのくらい流通しているか?

 なお、「森永エンジニアリング」の商品とのこと。実際、「森永乳業」のベンチャー部門子会社なのである。恐らく特許取ってますね。

 こうして、オイルヒーターとの併用により、無音無臭で「暖房している実感が皆無」という静かな空間が生じます。私のようなオーディオファン向きの空間ですね。


*****


 以下は蛇足です。

 暖房についての文化が根本的に異なる、二重窓が当たり前の東北や北海道の人には理解を超えた商品かもしれない。(^^;)。でも、電源の引き込みに細工して、2重窓の間に据えたりできたら、効果あるかも???

 フォーカシングの研修会で講師に呼んでいただいて、北海道の冬をはじめて体験した時、その、部屋を30度近くに暖めて薄着で過ごすもの、という生活感覚には驚いた。

 おかげで、「『東』北海道」出身の以前の同僚カウンセラーが、「上京した頃。東京の人はなぜこんなに部屋を寒いままで冬を過ごせるのか、信じられないと感じた」というのはわかる。

そういう北海道「出身の」森永乳業社員の発想が元で開発した.....とかいうストーリーなら、でき過ぎてます(^^)。.....今のところ「私の勝手な思い込み」ですが、いつものようにこれから独自調査を重ねます(^^)

******

 一方、学会で沖縄にはじめて12月に行った時、気温28度でシャツの袖をまくりあげて汗だらだらの私を尻目に、毛糸のセーターと毛糸の帽子をかぶって外出している地元の人にも驚きました(^^)

 「家ではこたつに入る人もありますよ」とバスガイドさんが言っていたような。沖縄にこたつ文化流入!! というのも驚きでした。これはたしか10年前の体験。

2006/10/13

msnの動物園の記事、お見事です!!

msnのこの記事、旭川の旭山動物園の人気の原因からはじまり、全然予想外のジャンルのテーマに引っ張り込んでいく、

「話題のワープのさせ具合」

が、実にお見事!!

コラムとは、かくあるべし!!

ちょうどいいから、私のかなり昔に書いた、この記事この記事もどうぞ(^^)

2006/07/30

すでにiMix送信はしました

 あとは、iTunes Music Store側の処理を待つだけです。

 どれが私のiMixかは、私が掲載を確認した時点でお知らせします。

 でも、わかる人にはiMixのタイトルだけでもろわかりと思います。

 相当に、選曲と「曲順」にこだわりましたので、興味のある方はよろしく!!

 ちょっと「前期」に選曲が偏っているのは、同時代ファンから一度離れた「中期」以降がまだ聴き込み不足のせいです。このあたり、今後アップデートしていくと思います。

 iTunes Music Store(Japan)

2006/06/22

いかに「外部」の人たちにフォーカシングを広めるか

 自分で言うのも恐縮ですが、前回の記事をお読みいただくと、長年、日本でフォーカシングを学んだり、教えたりしてきた皆様も、この記事が、いかに「オーソドックスな」フォーカシングの教え方についての解説であるかはお認めいただけると思います。

 私は日本的なムラ社会、集団主義にはなじめない人間です。

 率直に言って、そういう日本的な風土が、フォーカシングを教えたり学んだりしている皆様を、フォーカシングの世界の中だけで(更に細分化された)「ムラ社会」を作って自足してしまう弊害にたいへんな危惧を抱いてきました。

 昨年、トロントのフォーカシングI国際会議に出席させていただいて、強烈に感じたのは、欧米や中南米、イスラエルのフォーカシング関係者の、人間的なスケールの大きさとオープンな暖かさが、日本とはまるで異次元のスケールを持つということでした。

 それに比べたら、日本のフォーカシングは、何と「チマチマ」したものにとどまっていることか!!

 こんなことだから、日本のカウンセラーの間では、フォーカシングとはたいしたことがないかのように、実は深いところまで知りもしない半可通のままで「なめられる」のだ!!

 私は、完全な独立開業ですから、学閥とか学会の政治的問題に振り回されなくていいし、すでにフォーカシングの国際資格としては、「コーディネータ」という、「資格認定資格者」という、世界でも100名あまりの人だけが持つ、最上の資格をいただいておりますから、もはや業績作りに窮々とする必要は全くありません。

 ただ、「食って行ける」だけの数のクライエントさんフォーカシングを学びたい皆様スーパービジョンを受けたいカウンセラーの方々に来ていただき、しかもそれがそれぞれの皆様のお役に立っている実感を感じていただける援助となれば、職業人としては、特に何もいりません。

 ですから、遠慮仮借なく、日本のフォーカシングの悪口も率先して書きます。

 しかし、それは、私が、フォーカシングを愛すればこそなのです。

I love Focusing as if to be my 2nd heart.

2006/06/18

みゆきの「予感」論.....転じて、今日は「私の声が聞こえますか」論!!まで(第3版)

予感中島みゆき/予感(1983リリース)

 この、通算10枚目(注参照)のアルバムで、中島みゆきの「第1期」が見事に終焉する。

 前作、9枚目の寒水魚「寒水魚」は、確か1982年、アルバムとしては日本一の売り上げ枚数を記録したと思う。

*****

 ここで、中島みゆきについて最低限のおさらいをしておこう。

 ヤマハのコンクール(通称ポプコン)が発掘した、北海道出身、1952年生まれの、日本の生んだ稀代の女性シンガーソングライター。
 桜田淳子の「しあわせ芝居」、研ナオコの「あばよ」をはじめとして、他の歌手への提供曲で大ヒットした曲も多い。くわしいことはWikipediaを参照ください。
私の声が聞こえますか

(1976年発売のファーストアルバムです。くわしくは後述するように、みなさんが耳になじんでいる、アコースティックギターのみの伴奏の「時代」は実はこのアルバムにでしか聴けない!! ちなみに、「時代」は、何と、彼女が高校の文化祭で歌った歌らしいので、恐らくその時のオリジナルに一番近い編曲のはず)

 彼女の一つの特性は、「最初から、アルバムアーティストだった」という、恐るべき事実である。
 つまり、シングル(EP)のヒット曲が2,3曲あって、アルバム(LP)発売の際にはその他の曲を「埋め草」的に作るという、当時の日本のヒット歌手の常識を根底から覆した。
 (欧米では、逆に、最初にまとめて個々の曲でも大ヒット可能な曲をアルバム(LP)として先に発表し、あとで「ほとんど全曲」シングルカットすることもあるようだが。私のアナログ時代からの愛聴盤、【Rock/Pops:ヒ】ビリー・ジョエルBilly Joel / An Innocent Man(CD) (Aポイント付)Billy Joelの当時の大ヒットアルバム"An Innocent Man"がそういう売られ方をしたのは確かである)

 みゆきの場合、何しろシングルのヒット曲(たとえば「誘惑」)をアルバムに収録しないままということすらままある。そして、シングルのB面曲でアルバム未収録のも多い

 逆に、今日皆が思い浮かべる、あのギター伴奏の超ウルトラ名曲、「時代」は、前述のファースト・アルバムでの”リミックス・バージョン"なのだ(正確には、高校時代の「原型に戻した」というべきと推測できるのはすでに述べた)。

 通算2枚目のシングル盤として実際に出たものは、今は【CD】中島みゆき / Singles <2004/6/23>"singles"に含まれます。みゆきのパスト・マスターズVol.1パスト・マスターズVol.2"Past Masters"です。

(.....で通じない人はビートルズを一から勉強してね!!)

 このシングル盤の「時代」をラジオのリクエスト番組で下手に流そうものなら、

    「何これ? これじゃないぞ!!」

と、リスナーから抗議の嵐が舞い込むことは、当時のラジオ局スタッフの常識だったと思う。

 このシングル盤の「時代」は、ある意味でみゆきをどう売り出したらいいのかを「まるで勘違い」していたポニーキャニオンレコードの空前の大チョンボとして歴史に残っているのではなかろうか。
 私のただの想像ですが、おそらく、デビューシングル、「アザミ嬢のララバイ」と、それに続く「時代」のシングル2枚を出した後、いざファーストアルバムを作る際に、みゆきが頑強に、アルバムバージョンのあのシンプルさじゃなきゃだめだ!! とゴネまくったのではないかとも想像する。

 恐らく、あのアルバムバージョンが作られたから「こそ」、「時代」は、日本の歌の歴史に永遠に忘れられない名曲になれたのはまちがいない。
 「編曲」だけで曲を生かすも殺すも決まる。このことをプロデューサーが認識していなかったために世に埋もれた曲や歌手は山のようにいると思う。

+++++++

 ともかく、このファーストアルバムを聴くと、一方に、その後のみゆきからするとあまりに「初々(ういうい)しい」曲や、少なくとも編曲がミスマッチかなという曲が一部あるのは確かだが、みゆきが、フォークのみならず、ジャズやアメリカン・ポップス、シャンソン的なものなど、何とも広い範囲のスタイルで自在に曲を作れてしまうこと、そして、後にオールナイトニッポンのDJでも有名になる、あの「曲によって声色をまるっきり別のものにできる」希有な才能をすでに発揮している。
 私の分類だと、「酔っぱらい無頼はしゃぎ系」「男勝り系」「透明系」「振られた女の泣き濡れ系」「つぶやき系」「カマトト系」等々、名づけたくもなるが、それをどう呼ぶかは別として、みゆきの声に幾つもの「モード」があることは、ファンの皆様、認めて下さるだろう。

 いずれにしても、「私の声が聞こえますか」は、今の若い人が聴いても、

  「こ、これがファースト・アルバムだったんですか?」

とショックを、いろんな意味で受けることは間違いなかろう。

******

 アナログLP時代は、せいぜい片面20分、両面でも45分どまりでしか収録できなかった(針が内周に進むほど音がひずみやすかったので、クラシックでのやむを得ない場合を除いては、片面30分収録なんて決してしなかった)。つまりひとつのアルバムは10曲がせいぜいだったし、「A面」と「B面」でひっくり返すことが「幕間い」のような意味を持つことを意識し、A面の最後をどのような曲で終わらせ、B面の頭をどの曲にするかまで、周到にアルバム構成を考えるのがふつうでした。
 だから、CDになったら、「オリジナルのLPではここでB面にひっくり返していた」ということがわからないままアルバムに接することになります。

 これだけでも、実は、CD世代は、「アルバムの構成そのものが演出だ」という感覚が希薄になってる気がします。欧米の、オリジナルジャケットも復刻したCDの中には、敢えて"Side A:" "Side B:"という曲の表記までそのまま復刻しているのがありますよね。日本ではほとんどないことです。

 みゆきの「純粋アナログ」時代のアルバムは、ほんと、この、曲の配置や構成をどうするかへの神経の使い方が半端ではない。どのアルバムも、ビートルズでいうとビートルズ/サ-ジェント・ペパ-ズ・ロンリ-・ハ-ツ・クラブ・バンド「サージェント・ペパーズ.....」みたいな「コンセプト・アルバム」です。

    アルバム一枚が、見事な完結したドラマになる。
       
    なのに、一曲一曲の水準が、
    単独でも、もう「唖然とするほどに」高い!!

 基本的に毎年1枚のペースアルバムを出しながらも、アルバム一枚のすべての曲が、他の歌手ならシングルとして発売可能だろうといいたくなる、当時のみゆきの創造性は異常なエネルギーがあったといわざるを得ない。

 ファーストアルバムには、後のみゆきへのステロタイブな固定観念になった「振られた女の恨み節」タイプも何曲がある一方、「歌をあなたに」「海よ」のような、何とも初々(ういうい)しい曲も含まれる。恐らくアマチュア時代の早い時期の曲だろう。
 だが「海よ」なんか、明るいメロディの中に、実はさりげなく、後のみゆきが「海」を題材にする際に繰り返す、人生の辛辣な現実と、「死」のイメージがすでに歌詞に読み込まれているあたりなど、結局、その後のみゆきの萌芽はすべてこのファースト・アルバムに含まれていたとも感じさせる。

********

 いずれにしても、アルバムCDではディスカウントして再発かけないのがポニーキャニオン→ヤマハの(み、みゆきの?)方針みたいなので、実はみゆきのCDはリマスタリングされないまま売られてるんですよね。今もみんな2700円のままです。

 つまり20年近く前にアナログのマスターテープからマスタリングかけたままのが売られているんです。

 初期(前述の、10枚目のアルバム「予感」までを「初期」と呼ぶことにします)のみゆきのアナログ音源のアルバムって、アルバムごとに、マスターテープの製造会社をみんな変えているんでないかというくらいに音のテイストがアルバムによって違います。
 幸いなのは、前述のファースト・アルバムはかなり聴きやすい音質でまとまっていること。親愛なる者へ5枚目の「親愛なる者へ」から臨月8枚目の「臨月」のあたりは、結構「曲者」の音作りです。
 そして、アナログマスタリングの最後を飾る2枚のアルバムが、9枚目の「寒水魚」と10枚目の「予感」なんですよね。

この2枚は、アナログLPが出た時点で、この美しさとインパクトが共存した名録音と私は感じました。そのため、この2枚のアナログLPを、納得いく音で聴くことを基準に、当時の私はカートリッジ(アナログLPの針のついている部分のこと)を買いあさり、結局、オーディオテクニカのMC型の傑作で、何と今も製造されている(受注生産にハなりましたが)audio-technica AT33PTG MCカートリッジ(受注生産モデル)AT-33のラインコンタクト針バージョンでないと駄目! という結論に達したのをよく覚えてます。

 ちなみに、今回、敢えて、これまでCDからのロスレスコピーでiPodに入れてたのに加えて、何曲かiTunes Music Storeのダウンロード購入してiPodできいてみましたが、ロスレスコピーに負けない、いや、ひょっとしたらある意味ではもっといいくらいの非常に良心的なダウンロードファイルに仕上がってますよ。

*****

,,,,,,,,ここまでで、「予感」本論に入る前に、ファーストアルバム「私の声が聞こえますか」の紹介で、十分な長さになってしまった!!

以下、「予感」論は続編に続く!!

 iTunes Music Store(Japan)

******

●注●

 みゆきのアルバムを「○枚目」と勘定する際に考慮すべきななのは、他の歌手に提供した曲を、みゆきが自分でセルフカバーした曲だけを集めたアルバム(例えば、おかえりなさい「おかえりなさい」)を「オリジナルアルバム」に含めるのかという問題が生じること。
 私はこのタイプのアルバムを「オリジナルアルバム」と同列のものとみなし「○枚目」に含めることにした。
 ただし、「大吟醸」と「大銀幕」という、純粋の編集ものは含めないこととします。


●蛇足●

 私が、実はayuだけではなくて、みゆきにも「業が深い」つきあいをしてきた(?)ことがこれで一気に暴露ですね。
 ただ、私は同時代的にみゆきを聴くことからは、アルバム「予感」の次のはじめまして「はじめまして」で終わってしまってます。

(この「はじめまして」も、頂点を極めてもなお、みゆきが自分を更にステップアップするという、ほとんどの歌手が超えられなかった壁に果敢に挑み、一定の成果を上げた、すごい水準のアルバム。
 このアルバムからデジタルになります。しかし当時のCDプレーヤーは音が堅すぎた。そのことも、このアルバムで私のみゆき追跡が一度終わった一つの理由だったと記憶します、
 最近久しぶりに聞き直したら、曲もみな思い出し、「す、す、すげえよ、このアルバムも」とあっさり思えてしまった) 

 かの有名な、新宿のシアターコクーンでやってた演劇的ライブ、「夜会」にも行ったことないですから、ほんとうのみゆきの長年ずっとのファンの皆様、若い人たち向けに書いてるつもりですので、多少どんちんかんなことを書いていてもお許しくださいね。

 みゆきに関しては、ネット上の個人サイトの情報やカスタマーレビュー等の評論も、そのひとなりのみゆき観をしっかり言葉にした、読ませるものが多いですね。そりゃ、同時代ファンはもう40歳から60歳ですから、当然といえば当然でしょう。、

 ayuの場合は、ほんとに質のいいものはなかなかないですが。

2006/01/03

そろそろ帰省からお帰りの常連読者の皆様、わずか数日の間の新規記事の多さにビビらないでくださいね!!

裏を返せば、年末になるまでは、私がそれなりに、本業のカウンセリングの仕事も「していた」ということの証左でもあるかと思います(^^)。

私って、食って寝て、ブログの記事さえ書いていればよい状況に置かれたら、これくらい文章書いたり、ブログの再構築作業が出来る人だったりする(^^;)

カテゴリーの再構築って、ブログのおもて側の表示に全く立ち寄らすに、コントロ−ルパネル側からだけでできる作業なので、今日なんて、普通の日よりも、「自分自身によるアクセス回数」ほとんどないはずなのに、午後8時台ですでにアクセス数200楽々突破しました!!

ありがとうございます。


*****


アクセス解析をすると(以前も書いたけど、このアクセス解析って、「どなたが」アクセスして来たかまで特定できないので、ご安心を)、

この中の数分の1は、明らかに、@niftyココログトップページから、新たにおいでいただいた方々です。

私のブログの記事に、少しでも興味を持って、来て頂いただけでも感謝いたしします。

****

私のブログの大まかな内容とポリシーについては、半年近く以前、やっとpingサーバへのトラックバック機能を活用し始めた時に書いた、当時の皆様への改めてのご挨拶の文章がすでにありますので、それを持って代えさせて頂きますので、よろしく。

****

まだ、カテゴリーの再構築は、数パーセントの進捗度でして、全体への反映にはほど遠い段階です。少しずつ無理のないペースで進めていきますので、ブログ内でのカテゴリー検索のあまりにも不完全な現状を、どうかお許しください。

どれだけ膨大なカテゴライズ増設に吹き切ったかは、

↓こちらをご覧になればわかりますよね(^^)

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