ヒルティ

2010/11/24

「思わずツッコミを入れてしまうのは?」

ブログネタ: 思わずツッコミを入れてしまうのは?参加数拍手

  1.  ちょっとこの人、「小山の大将」っぽくて、自分の領域に閉じていて、その割には知ったかぶりなことをボロっと書く人には「横槍」をややこまめに入れることもあります。でも、基本的には「各論主義」で、接点があると感じたらそれを大事にします。
  2.  リアルワールドでは、真っ向から相手につっこむことは珍しいです。私の中学校以来の「書物を通した心の師」である、カール・ヒルティの教えを守り、「まずは賛成意見として論を始める(つまり、相手の発言意図について共感・評価できる部分に敬意を表して明言し、その後で、一見「付加的に」異論を唱え始めていく)」スタイルを好みます。
     これは、「ほめ殺し」スタイル、というだけはなくて、相手のいいところを認めながらも、こっちが誤解して違和感感じているだけかも知れず、そこからコミュニケーションが開けることを期待してでもあります。

 心の中でだけ相手にツッコミ入れとく方が賢い場面では沈黙して、後で裏で動くのが懸命とみなすことも多いことは少し前にも書きました。

 でも、なにより大事なのは「他人の言動にツッコミ入れる前に、自分の言動にウィットを込めてツッコミ入れ続ける「脱同一化(disidentification)」できるこころの余裕(ケン・ウィルバーおよびアン・ワイザー・コーネル用語)だと思いいます。

 これって、単なる「自己批判」ではなくて「ちびまる子ちゃん」のナレーターの「おいおい」的一人つっこみだと思っていただくといいかと。

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2009/10/09

秋の近況報告

 春日武彦氏の書評についての感想記事について、改版を重ねて練り込むことにかなりの労力を注ぎ込んだために、最近の私としては記事更新のペースが少し緩みましたが、毎日カタカタと「その日できる最善のことをする」ことで一日が終わるパターンは相変わらずです。

 日照りの夏が終わって秋が来ると、むしろ庭にいろいろと雑草がいつの間にか生い茂るものですが、台風接近の直前に一気に手入れをしました。とことん枯れるまで敢えて放置したひまわりの種もたくさん回収できましたので、来年は自前で、今年よりも密生したひまわり畑を庭に現出できそうです。

 台風そのものは、九州山地の向こう側の海の上しか通過しなかったので、福岡県では風もほとんど吹かない曇り空に小雨程度で推移しました。

091009_1025001_2  つばきの一種ではないかと思える花も庭に咲き始めました。

 そういう季節なのですね、もう。

*****

 「久留米でうつと働き方を語る会」立ち上げに関しては、参加ご希望の反応はまだこれからの段階ですが、会の発足をお知らせした福岡の諸先達の先生方から、暖かい励ましのお言葉を幾つもいただけましたことに、心から感謝申し上げております。

 福岡・佐賀の関係諸機関へのお知らせも現在進めている段階です。しかしご当地久留米に関してのこの種の活動を進めるとなると、常々親父が言う、「足を使わんと!」こそ、地域に根をおろすということだと心得ています。そうなると簡潔で見やすいチラシも制作し、あちこち直接顔を出してご面会して話をする手間を惜しんではならない。今からその作業に取り掛かるところです。

*****

 これも以前にお知らせしましたが、佐賀県教育センターの教育研修講座の一貫としての「フォーカシング」の講師をさせていただくまで、ちょうど一ヶ月となりました。

 佐賀県教育センターは、てっきり佐賀市の市街地にあるものと思い込んでいたのですが、広域市町村合併というのは、あなどれないもので、「佐賀市大和町」というのは、北山ダム川上峡温泉が現在では含まれていることに気がつきました。その川上峡温泉の温泉街のすぐそばに教育センターの敷地があるらしいのです。

 川上峡温泉は、小学校低学年時代に親に連れられて親戚一堂の懇親会(「いとこ会」というものが、総勢何十名もの参加で、つい先年まで何十年も機能していたのです。まさに映画「サマーウォーズ」の世界そのもの!)で参加し、その後、小学校卒業時に、当時の親友と、別々の中学に進学するお別れ記念にサイクリング(久留米から峠を越えて往復80キロ!)で訪問して以来です。

 川上峡温泉は、別名「九州の嵐山」とも呼ばれますが、この言葉には偽りがなく、貯水池も兼ねているためにゆったりと幅広く流れる嘉瀬川 の両岸には、木々が生い茂る、確かに嵐山と似た地形の土地になっているのは、サイクリングで地面を走ってたどり着いた、もう35年以上も前(!)の記憶に照合しても確かに言えることだと思います。

 妙に懐かしさがこみ上げると同時に、恐らく秋の紅葉シーズン真っ盛りの頃になるので、ちょっと楽しみな小旅行の気分にもなって来ました。

 もとより、平日に「公務出張」の形で佐賀県各地からおいでになる学校の先生方を対象とした研修会です。打ちあわせの際の、教育センターの職員の方の、実に細やかな心配りにも感激しました。

 施設の装備もしっかりしているようですので、ここはひとつ張り込んで、これを機会に、これまで不精して作ったことがなかった「フォーカシング入門研修」用のパワーポイントファイルを新作するモチベーションが高まっています。一度作ってしまえば、それをテンプレートにして、今後、月例の「久留米でフォーカシングを学ぶ会」ばかりではなく、今後の学会発表や、もしまだいずれから講師としてお声がかかった時にバリエーションを制作すればいいことになりますので、この際作ろうと思います。

*****

 こんな具合で、結構面接時間以外にやれることは次から次に生じてくる状態です。

 私が中学校時代に心の支えとしたカール・ヒルティ曰く、

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

 やっと、バランスよく、しかも常に1割の余力を意識的に維持して燃え尽きないように用心しながらも、カタカタと日々のtaskにいそしめるライフスタイルをつかめてきているのかなとも思う。

「だから、あすのことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である」

(マタイによる福音書 6:34)

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2007/12/28

夢のお告げを信じますか?

この設問での投票を、「こういちろうの夢日記」の方ではじめてみましたので、興味のある方はどうぞ投票してくださいませ(^^)

 夢ものコミックといえば、清水玲子「秘密」を思い出します。

 そしてもちろん、「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」

2007/12/07

「ユダによる福音書」的にみた、「ここはフォーカシングについて話をする場だから」

「ここはフォーカシングについて話をする場だから」

 前の記事の延長なんだけど、私はこのように言われることに、時々違和感があった。

 私もそれなりにTPOはわきまえているつもりで、関係あると感じたことしか話さないように私なりに気をつけてきた。それが通じないことにいつも苦しんできたとも言っていい。

 「フォーカシング、というものは存在しない」という言葉を、こういう場合にも使いたくなる。

 フォーカシングは、皆さんひとりひとりの中にすでにあるのです。


******


 msnでも一時期話題になった、ナショナル・ジオグラフィックの、「ユダによる福音書」の砂漠の洞窟での1980年頃の盗掘者による発見と、古物商に手に渡ってからのさまよえる軌跡、その修復作業のたいへんさ、それが本物であることについて、パピルスの炭素同位体の減少率から、化学的な証明がされるまでについてのドキュメンタリーの断章、興味深く感じていたが、知人が「AmazonでDVD売っているよ」と教えてくれた。1時間半の長さの割には格安だったので、早速購入して、昨晩観た。

 これから、そのドキュメンタリーにも出てきた学者たちが訳した「ユダによる福音書」の翻訳そのものを読むつもりだけど、実は初期キリスト教会の頃は30以上もの福音書があって、現在新約聖書に収められている、マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネの四福音書のみ聖典とされたのは西暦200年頃らしい。実際に、当時の神学者が、「ユダによる福音書」の内容の一部を紹介して、徹底的に批判している文書は以前から伝わっていた。

 内容的にもその神学者の著述と完全に符合して、この文書が、西暦200年代に成立した文献であることは、すでに現代のカトリックの学者たちも認めている。

 キリスト教の福音書は、マルコやマタイ自身が書いたものではないと今日ではみなされている。それと同様にして、この「ユダによる福音書」も、あの、12弟子のひとりで、イエスをローマに売り渡した「裏切り者、ユダ」自身が書いたものではないことはほぼ間違いない。

 しかし、その内容は、実はイエス自身が、一番信頼していたユダに、自分の肉体を天に昇らせるために、裏切って密告するように頼んだという、凄い内容。そして、二人は天国で再会することを誓い合うのである!!

 この発想の背景には、当時グノーシス主義と呼ばれた、神秘主義的なキリスト教の潮流がある、神は個人個人が自分の中で出会うもの、とされていて、いわゆる「万人の罪を背負って、救済のために十字架についた」という正統派の教えにも関心がない。 そして教会や聖職者が神との関係を仲介するヒエラルキー構造に無関心だった。

 そして、この「ユダによる福音書」の中で、形だけは敬虔な祈りをささげているかに見える弟子たちを、繰り返し笑っているのです。それに対してまともに応対できたのはユダだけだったと書かれている。

 このグノーシス主義は、その後も近代に至るまで、神秘主義的な宗教者の中で命脈を保ち、ユングが凄く影響されているばかりではなく、スイスの少し先輩のヒルティにも感化を与えていたことは、以前にも書きました。

 ヒルティもまた、「形式的な祈りなど、やめてしまえ」と『幸福論』ではっきり書いている人です。


***** 


 ある意味では、私はフォーカシングの世界で「カトリック」じゃない。

 「プロテスタント」ともいえるし、

 こうした神秘主義系の、

   「『神』との個人的な交わり」

を大事にしているともいえるかもしれない。


 だから、ユングとはすごく相性がいいのである。


*****
 

(今回は、エッセイの「序」「破」「急」をわきまえた、ジャンル越境的だけど、すっきりした内容に書けたと思うけど.....)

National Geographic 定期購読

2007/12/01

仕事の上手な仕方

「仕事の対象を分散させ、一度にでなく、少しずつ、代わる代わるにやるのがいい」

かなり以前にご紹介しましたが、「幸福論」や「眠られる夜のために」で著名な、スイスの超一流の弁護士にして宗教的著述家だった、カール・ヒルティの言葉です。

 「幸福論」第1巻、冒頭の、そのものズバリ、「仕事の上手な仕方」という文章に出てきます。

 以前は、ドイツ語の教科書としてよく使われたようで、私が大学生時代には、このエッセイだけ単独で、神田の三省堂でも売っていました。

 引き籠もりすれすれ(学校には通い続けたけど、成績は落ち放題、宿題は放棄していた)だった中学時代後半に、ジェンドリン以前の私にとっての最大の心の師だった人の教え通りのライフスタイルに、やっと40半ばでなってきた気がします。

 だから、増井先生とフォーカシングについての論考は一気に書かないのです。少しずつ時間を置いて書き進めると、その間に発想が熟して、内容が一層密度が上がるのです。

 おかげで、最終回が延々伸びていますけど、でも、頭の中に完結までのビジョンは、それこそ「ひとつの全体的なフェルトセンス」という見取り図として、しっかりと保持されています。


*****


 あと5つこれも以前に引用した、確かこの「仕事の上手な仕方」の章にヒルティの言葉で、おやすみなさいにします:


「働きの喜びは、自分でよく考え、実際に経験することからしか生まれない」

「わがスイスの美しい谷々は病院ばかりになったが、この病院もやがては、この安らぎを知らぬ多数の人々のために一年中開業することになるであろう。彼らはここかしこに休息を求めて動き回るが、どこにもそれを見出さない……なぜなら、仕事の中に休息を求めないからだ」

「よく働くには、元気と感興がなくなったら、それ以上強いて働き続けないことが大切である」

「あすはひとりでにやってくる。そして、それと共に明日の力もまた来るのである」

「本当の勤勉は、ただ休む暇もなく働き続けることではなくて、頭の中の原型を目に見える形に完全に表現しようという熱望をもって仕事に没頭することである」

2007/06/09

「白鯨」読了

 小説嫌いのはずの私が、実質で5日ぐらい、ほとんど一気に、しかも電子書籍という形態で、この長編を一気に読めてしまった。

 ちなみに、楽天ダウンロードで購入した.zbnファイルを職場と自宅のVistaパソコンの両方に仕込み、更に寝っころがって読むときにはZERO3に仕込んだファイルで読む形でリレーした。文庫本で3冊になることもある長編を1200円なら中古で購入の場合とも引き合うと思えて試してみたのである。

 いずれもソフト「ブンコビューア」である。もともと.zbn規格はザウルス用を意図してシャープが開発したソフト規格だから、ZERO3を縦長に使うと、画面サイズ的にまったく自然に使える。途中で閉じても前の場所を自動で覚えていてくれるので不自由はしない。

 内容の性質上、紙の訳本には膨大な訳注がついているはずで、難解をもって鳴るこの小説、それなしでどこまで読めるかという思いもあったが、私の歴史と地理好き、そして、かってカール・ヒルティの耽読者だったおかげで、クリスチャンではない人間としては珍しい域に聖書の引用に躓かないことも幸いしてだと思う、むしろその膨大だろう訳注を読まなかったおかげでここまで「一気読み」できたのだと思う。

 私は恐らくグレゴリー・ベック主演の映画を観ていない(と思う。今度見てみるつもりだが)。ネットで多くの読者の感想を読むと、原作の文章の晦渋さと、なかなかストーリーが前に進まないで、すぐに語り手の若い船員、イシュメルの鯨についての果てしのない雑学を読まされるあたりにうんざりしてしまう人が多いようだが、私はそのことがまったく苦にならなかった。

 すぐに話題が横道にそれて、本題と無関係であるかに見える薀蓄を延々と語り始めてしまうのが、そもそもこのブログでの私の文章術そのものであり、ひょっとすると、メルヴィルという人は、そういう点では私と気質的にかなり近いところがあるのではなかろうか。私の理解では一種の執着気質ということになる。

 ただ、私に言わせれば、結局、この作品の「主人公」はエイハブ船長ではなくて、やっぱり、鯨に取りつかれたイシュメルという青年のような気がする。彼の語る捕鯨船員時代の最初にして「最大のエピソード」として、白鯨、モビー・ディックへの復讐の鬼と化したエイハブ船長の船なんぞに乗せられてしまったときの物語が語られているというべきなのでと思う。

 .....というか、このイシュメル君、この物語の冒頭で捕鯨船の乗組員として採用されるまでは、普通の商船で3年ぐらい船員をやっただけの新米に過ぎない。つまり、捕鯨船の物語世界の中ではまるで「ひよっこ」であり、主要な登場人物と対話するシーンがゼロである。どこまでも「その他大勢」なのだ。つまり、彼そのものが実は物語中の捕鯨の船乗りたちの世界の中では「疎外された局外者」に等しいことが実は巧妙に隠匿されている。

 つまり、イシュメル君、君はエイハブ船長との航海で生き残った後になって積んだ航海の経験や、陸に上がってからの鯨おたく研究によって、この物語を語る時点では、まるでエイハブ船長や、一等航海士のスターバック(知ってる人は知ってるでしょうが、あのコーヒーチェーンの名の由来だそうです)、そして、南洋の原住民出身の経験豊富な鯨の銛(もり)射ち、クーゲヴィックと同じくらいに、すでに捕鯨の現場を知り抜いていたかのように見せかけてるでしょ? といいたくなるところがある。

 というか、エイハブやスターバックやクーゲヴィックという「現場人間」と肩を並べ、追いつくために、その後の人生を「鯨おたく」として極めずにいられなかったんでしょ? といいたくなるところがある。

 そして、そうした過程で、エイハブやスターバックやクーゲヴィックといった人たちの思い出が、文学青年っぽいイシュメル君の「分身化」みたいな「投影」作用の中で純化されているけど、ほんとはこうした人たちとの荒っぽい係わり合いはすっげえトラウマだったんじゃないのとも言いたくなるのである。

 アメリカの出身地域のちょっとした私立高等教育機関に入れたと思ったら、実家の破産によって船乗りをして生計を立てずにいられなくなったメルヴィルが実生活で味わったものは、そうした辛酸だったというほうが現実に近いようである。

 そしてそこに、男だけの船乗り世界の中での、同性愛的虐待経験が想定できることは、行間から十分に伝わってくる。むしろそこには、テネシー・ウィリアムズの戯曲や小説(大学の英文購読のおかげで読むきっかけがあったのだ)にも通じる独特のニオイと感受性すら感知できる気がするのだが????

 延々と登場する鯨の解剖学的な構造と、油の採取についての具体的な解説を読んでいると、恐らくメルヴィル自身が、そういう一見血と油と生臭さにまみれた現場に、一種フェティッシュなまでに恍惚とした皮膚感覚的で全身的な快感と恍惚すら感じたであろうことが生き生きと伝わる。それこそ、私自身も自マッコウクジラからのとてたての油まみれになってお肌つやつやになったみたい、いや、脳油がたまっているという巨大な頭部の袋の中でおぼれてみたい.....みたいな妄想(?)にとらわれてしまうアヤシイ甘美さが、メルヴィルの描写にはある気がするのだ。

 一度クジラの解体作業が終わると、そうやって搾り取った残りかすで一度完璧に船室やデッキが清浄に洗い上げられ、船員も洗い立てのきれいなシャツに袖を通し、清潔そのものの船内での談笑に花が咲く、しかしそれは鯨が見えたという見張りの声と共に一点して命を懸けた捕獲と「と殺」、解体作業の血に塗られた修羅場に3日ぐらい一変する、その果てしない繰り返しになるあたりをイシュメルの口を借りてしつこく描写するシーンがある。

(もっとも、私は、断固として男と一緒には嫌だが。......突如だけど、藤原紀香さん、だんなさんの、一緒にお風呂入りたいという夢ぐらいかなえてあげなさい(爆))。

 もとより、同性愛の脈絡というのは、この作品のひとつの切り口に過ぎまい。何か、「自然」「身体性」....というよりも、もっと即物的に「イキモノ」といいたくなるのだが....としての「他者存在」に、実に不器用で屈折したやり方で依存せざるを得ず、愛憎支配欲を向けざるを得ない、自我を持った人間存在の、永遠に報われない愛のドラマという気もする。その意味ではエイハブもイシュメルも、鯨という、人間のちっぽけな自我を超えた圧倒的な「イキモノ存在」に魂を奪われた哀れな存在という点では実はお互いに分身同士であるに過ぎない。

 エイハブにおいては憎しみと征服欲が、イシュメルにおいては受け身的ですらある対象への憧憬が前面に出ているかもしれないが、実は二人で一人といいたくなるところがあるのである。そしてそこには、世界へのまったりとした一体感から疎外された「丘にあがれない」孤独な自我のさすらいと救済への希求があるのである。

 エイハブに、実際にモビー・ディックに勝利して、「彼」をと殺し、油を絞り取り、骨を加工して自分の勝利への記念とすることで光栄に満ちたその後の勝利者としての余生を具体的に夢見ていたかどうかとなると、そうではない気がする。

 彼は「愛する」モビー・ディックと再会し、ディックと血みどろの戦いを再度演じるところまでしか未来像はなかった。彼はいわば「死に場所」を求めているだけだったとも言える。モビー・ディックに脚を奪われた時点で、彼は自分の人生の悲劇と絶望を直視せざるを得なかったのであり、モビー・ディックの「ストーカー」になること以外の生き甲斐を見いだせない存在になっていたのだと思う。

 そうした彼の思いの一端は、ラストの方の、スターバックとの「正気の」会話のいくつかで溢れ出している気がするが。


******


 私には、ユングの自伝に出てくる、地下に降りていったところにそそりたち、そばにいた夢の中の母親が「あれは『人喰い』ですよ」とつぶやいたという、少年ユングの邂逅と何か非常に共通する質の「何か」を、白鯨、モビー・ディックとイシュメルの関係に感じるのだが。

 このことを、すでにユング派の誰かが言及しているかどうかは知らない。ユング自身がメルヴィルに言及することすら、時代的に可能だったと思うけど。

メルヴィル/「白鯨」 ダウンロード版 上巻メルヴィル/「白鯨」 ダウンロード版 下巻

これから、これを読みます。

これも、借りてきます。

ちなみに、これもあげときますね。

そして、あとは「白鯨」関連書籍無作為リンク。


2007/05/01

解体した時間が修復されるまで。

 このサイトに来られた方は、私が物事に対して関心を持つ際のスタイルが、ディープであるか、まるでそのことに関心がないかという二極分化がかなり極端なタイプということはお感じかもしれない。

 この傾向は子供時代から顕著であり、自分が何かに夢中になると、気がついてみると、そのことについての詳しさの度合いは、周囲の人よりも遙かに強烈という状態にいつの間にか陥ることが多かった。

 これはさほど関心を強く持ったつもりではないことにすら当てはまることが多く、私の得意科目というのは、たいていの場合、「ある時突然クラスで1番になる」「ある時突然学年で2番になる」などということをきっかけに成立することが多かった。

 まあ、「得意科目」というものは、得てしてそういう「偶然の成果」をきっかけに、「それならばこれからもこの科目に力を入れたら結果が出せるかもしれない」などという意識的努力をするようになって、安定した成績を維持するようになったという人が多いかもしれないが。

 この前自転車のことでも書いたけど、家族とか、周囲が私に何かを身につけさせようとしきりと干渉したり、学ばせようとする場合には全くに近く成果が出せないできた。

学校の勉強そのものがそうであり、小学校中学年頃は、親が結構つきっきりで私の勉強を教えようとしたことがあったが、その頃は、好きな社会科以外全く成果が上がらす、小学校6年生のはじめの業者実力テストで何の弾みか学年で総合2番になったことをきっかけに、その年、某有名私立中学の受験(要するに「久留米大付設」ですね)を真剣に考えるところまで、受験勉強というもののおもしろみに「自分で」取り憑かれたのである。

 最終的には、親の方が担任に申し入れ、担任が私に受けないことを勧める形で(さもないと、附属中への内部進学の道が閉ざされるので)断念したのであるが。

 その後、私の両親は、私の勉強に対して「一切」干渉しなくなった。これが私をすこぶる苦しめることになる。つまり、努力すれば附属中の学年上位に食い込めるのだが、「では何のために自分はそのことをやるのだろう」という動機づけがないことが気になりだしたのだ。

 自分は勉強が「好き」なのだろうか? 単に「名誉欲」のために勉強しているだけではないのか? あるいは、成績が落ちることで周囲のクラスメートからの評価が落ちるという「思いこみ」(確か、自分で「空想的な制裁への恐怖」と命名した)に縛られているだけではないのか????

 教員養成大学の附属であり、しかも私立の久留米大学医学部が地元にあるため、医者の跡取りを期待される開業医の師弟が生徒に多い小中学校であった(ちなみに、小学校受験前に「お受験」の為の勉強を強制された記憶は全くなく、「附小」への進学のためにあるとされた地域の2つの幼稚園の出身者ではない、2人の合格者の中のひとりだった。要するに、ある日突如自分の幼稚園を休まされて親につれて行かれた場所か受験会場だった、というくらいである)。

 周囲にはほんとうに私からみて勉強ができる秀才が少なくなかったので、そういう人はともかく、自分がエリートコースに乗ることがあり得るというイメージそのものがまるでなかった。そういう欲もなかった。社会に出た後の自分というイメージが全く描けなかったのである。

 親も、恐らく私が跡を継いで税理士になることを暗に期待していた時期はあったとは思うが(そろばんは一時期習わせれたが続かず)、はっきり口頭でその希望を向けられたことは皆無だった。ところが私の数学の成績が思わしくないことは、中学に入った頃から徐々に顕著になったため、そうした希望を早々に諦めた......これは、後で聴いた話である。

 こうして私は、中学の2年になる頃、勉強への外的なプレッシャーが全くないのに成績はそこそこいいという状況を自分で支える根拠を完璧に喪失する。私は勉強が手につかなくなり、夜遅くまで「自分はなぜ勉強をするのか」についての思索を重ねる膨大なノートを執筆し、それをひとつの「哲学大系」にしたいという思いまで抱くようになる。

 岩波文庫の青版を買いあさり、カール・ヒルティの「幸福論」と出会ったのもこの頃である。こうしたノート書きに徹夜して、学校では居眠りしていることもあるという、かなりの問題児になっていく。

 この頃から、全然勉強はしないのに、業者テストの、それまで格別ぱっとしたことがなかった国語の成績だけは、極論すれば、どんなに気を抜いて、てきとーに試験に臨んでも、問題用紙の前に座って答案を書くだけで、学年1番、2番という状態がはじまる。3年生の時、夏休みの宿題を美術と自由研究以外ぜんぶ白紙で提出して、担任に呼び出される一方でである。

 こうして私は、地元の大学進学希望者の多くが進学する、旧藩校(はっきり書けば、「明善高校」ですね)に不合格、電車で40分、バスで20分かけて,当時は男子校で今ほど偏差値も高くない「滑り止め」だった私立高校に通い始める。筑後地域の同世代集団から脱落してしまうのである。

 高校の中では、ちっと勉強すればそこそこ学内ではいい成績になるのが当たり前だった。ともかく受験に関する外的プレッシャーが皆無だった。だから、業者テストの合格可能な大学の評定が、最初の頃の「よすぎるくらいの」評定から、周囲に追いつかれてどんどん下がろうと、「東京の私立大学の哲学科」の合格可能性が万全である限りは気にしなかった。

 「東京の大学には入ってひとり暮らしをすること」.....これだけは、自分に必要なことだという確信だけはあったのである。

 まさか、その4年後。フォーカシングとの出会いをきっかけに、どれだけ身の程知らずであろうと、自分の進みたい大学院に進学し(学部時代の私の感覚からすれば、「立教大学」の心理学科なんて、学部ですら、自分とは縁のない、「天上」の別世界だったはずなのに、今度はその大学院をダイレクトに目指そうというのである!!)、最終的には東大の大学院の研究生まで、師の村瀬孝雄先生を口説いて「自分から」志願するという厚顔無恥を平然とやってのける人間に一転してしまうのである。

 終わってみれば、結局、自分が中学時代に一度降りたレールに、独創的な形で(?)復帰したともいえる気もするが、結果的に、私の中に、いわゆるエリートのブライドやら、優等生的社会性というものはまるでないまま、ひょんなことから「異物」としてもぐり込めてしまった......みたいな思いはずっとぬぐえていない。


******


 敢えて言うと、自分がやりたい目的の達成の為に「勤勉に勉強に熱中する」という、長年夢に描いた理想は、何と、45歳で開業してから後に開かれたといっていい。

 今は、何となくテレビを見る時間など全くない。趣味に関する時間も完全に自覚的にコントロールされている。何となく過ごす時間などない。そうした時間があれば、たいていこのブログの執筆に埋められている。

 その意味では、このブログを書いている時間だけが私の「逃避」であり、気ままな「娯楽」なのだ。しかし、それが自分の専門についての考察を「ライブで」深める場としての色彩も強いので、「これも仕事のうち」とすら言える。

 最近は、msn=毎日にほぼ限定してひとわたり記事をあさる習慣を除くと、事前にブログのために何か本を読んだりビデオを見たりという感覚もなくなってしまった。極論すれば、「ベスト20」連載を除くと、いつも、書き出すまではいったい何を書くのか自分でも予想がつかない状態で何となく書き始めているケースばかりである。 面接時間のスケジュールと折り合いをつけながら記事を書いているという印象の時も全くない。

 その時の自分の身体の声に聴きながら「やりたいことを、やりたい時にやっている」でけで、起きてから寝るまでのスケジュールが終わる。幸いにして、予約された面接時間に自分の体調と精神状態のピークを持ってくることに関しては、全く苦痛なく、むしろ当然のこととしてコントロールできる。

 ちなみに、お会いする前に、おっくうになったり、何となくお会いするのがしんどいなとクライエントさんに感じることは、気がついてみたら、最近は「皆無」となった。クライエントさんの希望に一致する限りは、それこそ自分のフィーリングで面接予約時間を決められるし、面接と面接の間を絶対に30分開ける鉄則を崩していないと言うことも大きいのだろうが。

 だから、今週のような「大型連休」(NHK表記.....(爆))となると、逆にどう過ごすか困ってしまう日も出てくる。引っ越し以来長らく組み立てないままの家具とか、3年前に買ったままのDVDとかがあるので、いくらでも時間が埋められてはしまうのだが。

 むしろ、私の感覚だと、慢性的に

「時間があと少しあればなあ.....」

なのである、不思議なことに。

「浪費した」と感じる時間もほとんど全くない。

 ......やっと「英字新聞」を購読しよう.....という気には自発的になった。

Mainichi- Weeklyさんにしましたので、よろしく。

(おいおい、どこの誰に言ってるの!)

1381680611

2006/08/12

「すべては偶然なんかじゃなく、すべては必然なコトばかりなのかも知れない」(第3版)

 先週もご紹介した、msnの「のだみ流・働(はた)楽(らく)論!」 の連載、、第12回 「計画された偶発性」の実践(前編)は、に続く、第13回の「後編」も、いよいよ素晴らしい内容です。

> クランボルツ教授は、
> 数百人のビジネスパーソンのキャリアを分析した結果、
> 「キャリアの80%は予期しない偶然の出来事によって
> 形成されている」という興味深い結論を導き出しました。

> 絶世の美女と付き合いたいなら、青山を歩け。

******

 すでにここでも詳しく書いたように、私の生涯そのものが、まるで「神様が仕組んでくれた偶然の積み重ね」めいたところがあります。

 そこでも書いたように、フォーカシングと、当時立教の村瀬孝雄先生との出会いそのものが、ほとんど「神がかり的」な偶然でした。

 更に、その孝雄先生(奥様の嘉代子先生と区別するためにこの言い方で通させていただきます)が、「不本意ながら」東大に引き抜かれてしまうという、更なる運命の転機。

 孝雄先生ご自身は、東大に移られることを「栄転」などとは全く考えておられず、立教の教授として勤め上げることしか考えていなかったのですね。

 そのくらい、学会政治的には無関心、ただ研究者としての己れの良心に誠実でありたいと願うという点では、ほんとうに「永遠の青年」のようなピュアさをお持ちでした。 「だからこそ」、一介の「フォーカシングおたく」に過ぎなかったはずの私を院生として迎えて下さったのだと思っています。

 私が決して忘れない光景。

 「これで私の人生設計はすべて無茶苦茶になった!!」

と、孝雄先生は、立教の研究室で、院生たちを目の前にして、公式発表の場で口にした途端、「号泣された」のです!!

 それは、当時M2だった私にとっても、将来への決定的危機でした。

 「村瀬あっての阿世賀の立教大学院入学」だったのだから!!

 「もし、私が立教に残っていれば、君を博士後期まで面倒見て、研究者としての道を開いてあげられたのになあ.......」

 私が博士後期課程の試験に不合格になった(これは、当時の教授会の「全く適切な」判断だったと思います。残された教授陣にフォーカシングを指導できる先生がおられなかった以上)その日、二人だけの時に、孝雄先生自身が漏らされた言葉です。

*****

 私はここで、孝雄先生自身すら考えも及ばなかった「生き残り策」探しを始めます。
 
 どうして「その時」そこまで勇気が出たのか今も思い出せません。

 「東大の大学院研究生になれないか??」

 この調査は、何と孝雄先生にも内緒、当然「置いて行かれる」他の院生にも内緒の「隠密行動」でした。

 自分で赤門をくぐり、東大大学院の入試課を訪れ、大学院研究生の募集要項を手にする。
 
 基本的には、東大の教育学研究科の教育心理専攻の博士前期課程修了者でないと資格がないことを示唆する内容が、必要条件の「第2項」までには書かれていた。

 ところが、それに続いて、次の「第3項」があるのを私は見落とさなかったのです。

> 3.これらと同じ水準にあると認められる者

 私はこのことを確認した時点で、はじめて電話で、孝雄先生に「東大の大学院研究生になれないか?」と打診しました。

「無理ではないか」

と最初言っていた孝雄先生の電話口の声が、私が、先ほどの「第3項」を伝えた瞬間に突如明るくなります。

「うん、それなら君を連れて行けるな!!」

 私が東大大学院研究生3年間という、実質博士後期満期退学に近い最後の学歴「のようなもの」を獲得し、東大や九大をはじめとする旧帝大系の心理教育相談室出身者と同等のキャリアと人脈という「財産」を手に入れるきっかけは、たったこれだけの、向こう見ずな勇気のなせる技でした。

  「フォーカシング研究者」としての阿世賀は、ここでこの決断をしなくてもこの世に存在したかもしれない。

しかし。

「開業カウンセリングにおいても十分にその能力を発揮できる、現場臨床家」

としての私は、現在、この世に存在しなかったと思います。

その後、村瀬孝雄先生が早世された「逆境」すら、私は「運」に転じてしまいました。

 亡くなった以上、自分の師に甘えられない。でもそれは、師に拘束されないということでもあります。

 それだけ自立心の強い存在になるしかない。

*****

 私の両親の健勝と経済的安定が私を支えた「だけ」ではないか、と感じる方には申し上げたい。

 仮に両親が同じ状態にあっても、私が大学院浪人のまま、ただの駄目社会人でアニメおたくであるに過ぎない人間に留まる確率は、いくらでもあったでしょう? と。

 両親が健勝で経済的に安定していさえすれば夢がかなうほど、世の中は甘いものではないでしょう? と。

 敢えて言います。両親の健勝を支えているのは、実は私がある意味で「逆境に対して不屈」で、すべてを「運」に変える力を発揮してきた「から」、でもあるのではないか?と!!

第3坂で増補:
 
私はアニメファンを決して軽蔑はしていないつもりですし、アニメおたく、即社会人として駄目とか全然思っていませんので、誤解のないように。若いフリーターの皆さんにも、「私にできない生き方をしている」と心から敬意を払っています。

 ayuファンがアニメファンより上級という意識もないです。私がayuの熱烈ファンで、コンサートにも行き、学会発表までしたと知ると、大半が受験秀才であるに過ぎない若い院生たちの大半が「引く」のを学会の場でいくらでも体験してきましたしね

448042216101_scmzzzzzzz_v51592022_
 きっと、私がayuファンというだけでスーパーバイズを受けようかどうか迷っている人たちがきっとたくさんいるでしょうけど(^^;;;;;;;)、アニメへの詳しさという点だけなら、私が斎藤環先生に全然かなわないのは間違いないです。何しろ直接の面識があり、今ご紹介した本にあたる内容の講演も、ものすごいアニメの図版集付きのパワーポイントのプレゼン付きでお聴きし、エヴァンゲリオンの深層心理私のエヴァ本ですら「とっくに」読んでおられましたから。

「だからさ、今日の講演の企画者の中にあなたがいるとわかっていたから、今日は『エヴァ』ネタ多めにしておいたでしょ?」

私はむしろ、私の存在のあり方そのものを、

「アニメおたくでayuおたくだって、
何にだってなれるかもよ。
私の後に続け!!」

励みにしてもらえれば、とすら、思ってます。

 .....これこそ「傲慢な」言い方に写るかもしれませんけど、私が「おたく」ではあっても「エリート」でないことは、このブログの読者の皆様は、もうおわかりでしょ? 私は一介の「フォーカシングおたく」としての「出自」を決して忘れないつもりです。)

******

 実は、こうした成り行きをまるで「神秘」のように感じていることそのものが、私を最終的には傲慢に陥らせない「謙虚さ」を保たせています。つまり、

「神様は、私がそれにふさわしくないと思われたら、いつでも『容赦なく』私からその役割を取り上げてしまわれるに違いない」

と感じています。

では、「私に」できるのは何か?

自分にその時与えられた状況をすべて「神の意志」とみなして

「必死に『神の声』=『フェルトセンスの声』を聞き漏らさない生き方をすること」

だけなんです。

神(=フェルトセンス)が私に「開業せよ」と命じたから開業しただけです。

私は特定の宗教の信者ではありませんが、神の「臨在」は確信しています。

*****

 なお、「神との対話」とフォーカシングの関係については、スイスの偉大な法律家にして、「幸福論」「眠られぬ世のために」で著名な宗教的著述家、カール・ヒルティについて私が書いたことをご参照下さい。

 この記事のタイトルは、浜崎あゆみの
浜崎あゆみ - I Am... - Daybreak
"Daybreak"
の歌詞より取らせていただきました。

浜崎あゆみ/I am...4rdアルバム "I am..." 収録

2006/07/13

あなたの身近な「町のカウンセラー」を目指しています。(第3版)


ispot ココロとカラダの癒しすぽっと検索ispot
会員の皆様、はじめまして。

 神奈川県の大船で「湘南フォーカシング・カウンセリングルーム」を開業しております、臨床心理士(資格証明書↑)の資格を持つカウンセラーの、阿世賀(あせが)と申します。

(「臨床心理士」ですが、「医者」ではありません)

 20年近くにわたる、大学学生相談と、社会人の方を中心とするカウンセラーのキャリアを経て、2005年7月11日に独立開業いたしました(ちょうど1周年!)

 臨床心理士と共に、アメリカに本拠を置く、フォーカシングのNPO国際組織、"The Focusing Institute"から、

  ○フォーカシング・トレーナー
  ○フォーカシング指向心理療法(FOT)セラピスト

更に、

  ○コーディネーター
  (トレーナー、FOTセラピストの養成、資格認定資格者)   

としての国際資格を頂いております。

 フォーカシングを学べる場所は日本各地に数十箇所ありますが、土日、平日問わず、定休日以外、一日8時間開業しており、しかもその相談機関の公式名称そのものに「フォーカシング」を冠した常設相談機関は、不肖私が、「日本初」のようです(2006年7月13日現在)。

*****

 では、私に相談して下さる場合に、その「フォーカシング」という技法だけが使われるのか.....ですって?

 いえ、そんなことはありません!!

 私が開業をする際に心に決めたこと、それは、地域に溶け込む、

   「町医者」ならぬ、

   「町のカウンセラー」

になるぞ!! ということでした。

 「町医者」は、もちろん重たい疾患の場合でしたら、検査や入院・手術のの施設の整った「専門の病院」や「地域の中核となる総合医療施設」、「大学病院」などを紹介するでしょう。

 でも、「町医者」は、とりあえず「内科」の看板を抱えていても、傷の応急手当のような「外科」的な緊急処置もとらねばならないでしょう。「目や耳にゴミが入って取れない」という訴えにも応じなければならない。時には、時間の余裕があれば、孤独な老人の話し相手にもなるのが自然かもしれませんよね。

 実は、「現場カウンセリング」というのも、そのような「町医者」と、似たところがあると思っています。

 現実の医療現場では、特に緊急の場合、

「私は『内科医』だから、『外科』『脳神経外科』『婦人科』がふさわしい方は最初からお断りします」

.....なんてことないでしょ? 

 必要な基本的診察はした上で、患者や家族が必要以上の動揺しないようにいさめた上で、自分で対応できないと感じたら他院への紹介状を書いたり、連絡先は教えるでしょう? 一刻を争うようなら救急医療の手配までしてくれるでしょう。

 これと同じようなことがカウンセラーにも必要だと思います。 

 「ストーカーの被害に遭っているんです」
 「.....それじゃ警察に行きなさい」

 「キャッチセールスにひっかかったようです」
 「....それなら、消費者センターに電話しなさい」

 「リストラの後、仕事が見つからなくて、困っています」
 「....それなら、ハローワーク(職安)に行ったらどうですか?」

だけで終わらせているカウンセラーがいるとすれば、

  「そんなことは、とっくにわかっている」
   はずのその人が、
   なぜ「カウンセリングの」門をたたいたのか

という、「一番大事な」その人の「思い」を見落としていると思うんですよね。

 もちろん、私も、それが適切と考えれば、警察や医療、地域精神保健、消費者センターなどを速(すみ)やかにご紹介しますし、そういう外部機関との関わり方についての「コツ」も伝授いたします。

 でも、恐らくその人は、

  「誰にも相談できない」という、
  「孤立無援」の思い

を抱えて、行き詰まった果てに、まずはカウンセラーの門をたたいた、ということは、決して忘れてはならないと思っています。

******

 あと、もうひとつ、

    なかなかよそでは読めない、
    「ホンネの話」

を書きますね(^^)

 カウンセリングや心理療法、いろんな「流派」「手法」があります。

「精神分析」「分析心理学(ユング派)」「来談者中心療法(ロジャーズ派)」「認知行動療法」「行動療法」「論理療法」「森田療法」「内観療法」「催眠療法」「箱庭療法」「絵画療法」「プロセス指向心理療法」「解決指向(ソリューション・フォーカスド)心理療法」「EMDR」などなど。

 どの療法が「すぐれている」かですって?

 実は、特殊なケースを除くと、

  ある「療法」より、
  別な「流派」の別の「療法」の方が
  効き目がある

なんていうことは「ほとんど全くない」ですよ!!

 どの「流派」を看板に掲げていても、大抵のクライエントさん(相談においでになる方)にとって、

  いいカウンセラーはいいカウンセラー

なんです!!

 おもしろいもので、そういう、各流派の「達人」の域に達したカウンセラーの人同士は、

  「カウンセリングのエッセンス」

のところではお互いに予想外に理解し合えるし、他流派のカウンセラーの方々からも尊敬され、その他流派の「達人」の発言や著作に、感銘を受け、耳を傾け、謙虚に学ぼうとするものなのです。

 私も、まだとても「達人」の域には届きませんが、20年のキャリアの中で培われた「経験値」のすべてを動員して、皆様のお役に立てるように努めるつもりです。

*****

 実は、そういう「現場から学ぶ」経験値を高める上では、「私が」何より「自分個人のための」スキルとして、フォーカシングを学んできたことは、「私にとって」役に立ってきたという確信はあります。

 そして、皆様にとっても、フォーカシングを学び、身につけることは、例えば、

「経営者として」
「営業担当として」
「インディーズの街頭ミュージシャンとして」
「ファッションデザイナーとして」
「理系の研究者として」
「求職中のリクルーターとして」
「コンビュータのSEとして」
「役者として」
「地域の自治会役員として」
「専業主婦として」
「サーファーとして」
「イラストレーターとして」
「運動選手として」
「浜崎あゆみのコンサートツアーの『追っかけ』として」
「牧畜業者として」
「趣味のオーディオファンとして」
「新聞記者として」
「フリーターとして」
「テレビ局のディレクターとして」
「政治家として」

そして、

「カウンセラーとして」

のあなたの「経験値」を、分野に関係なく、

   「最大限に効率よく」

高めるものではないか.....とは、思っています。

(2006/7/12 23:38 記)

================

以上、
ispot ココロとカラダの癒しすぽっと検索
「支店」Websiteの、「メッセージ」という、私が自由に書き換え可能な部分に掲載した文章のタイトルまで、そのまんまの転載です。

*******

 7月11日に開業一周年を迎えました。
 
 その節目に当たり、

この文章ほど、私の経営理念を、現段階で「総括」した文章はない、

という確信が持てました。

 そして、

  なぜこのブログが、
「こういう」何でもありのブログなのか

についても、これ以上の解答はないとも自負いたします。

*******

 なお、私がこの「メッセージ」を書く時に、絶えず脳裏に浮かべていたのが、中島みゆきの中島みゆき/銀の龍の背に乗って銀の龍の背に乗ってであり
中島みゆき - 恋文 - 銀の龍の背に乗って

(アルバム【CD】中島みゆき / 恋文 <2003/11/19>「恋文」
および、スタジオライブDVD、ライヴ!〜Live at Sony Pictures Studios in L.A."Live at Sony Pictures Studios in L A."収録)

であり、しかも正確には、中島みゆき/歌姫 LIVE in L.A.収録のブロモーションビデオの方の映像が脳裏に浮かび続けていたことは、白状しておきます(^^;A

つまり、◆ただいまポイント2倍! Dr.コトー診療所 スペシャル・エディション 1 ◆20%OFF!「Dr.コトー診療所」っぽかったりして?(ちなみに、私はこのTVドラマ,全然観てませんので)

いかにも、過ぎる?
 iTunes Music Store(Japan)

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