先週もご紹介した、msnの「のだみ流・働(はた)楽(らく)論!」 の連載、、第12回 「計画された偶発性」の実践(前編)は、に続く、第13回の「後編」も、いよいよ素晴らしい内容です。
> クランボルツ教授は、
> 数百人のビジネスパーソンのキャリアを分析した結果、
> 「キャリアの80%は予期しない偶然の出来事によって
> 形成されている」という興味深い結論を導き出しました。
> 絶世の美女と付き合いたいなら、青山を歩け。
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すでにここでも詳しく書いたように、私の生涯そのものが、まるで「神様が仕組んでくれた偶然の積み重ね」めいたところがあります。
そこでも書いたように、フォーカシングと、当時立教の村瀬孝雄先生との出会いそのものが、ほとんど「神がかり的」な偶然でした。
更に、その孝雄先生(奥様の嘉代子先生と区別するためにこの言い方で通させていただきます)が、「不本意ながら」東大に引き抜かれてしまうという、更なる運命の転機。
孝雄先生ご自身は、東大に移られることを「栄転」などとは全く考えておられず、立教の教授として勤め上げることしか考えていなかったのですね。
そのくらい、学会政治的には無関心、ただ研究者としての己れの良心に誠実でありたいと願うという点では、ほんとうに「永遠の青年」のようなピュアさをお持ちでした。 「だからこそ」、一介の「フォーカシングおたく」に過ぎなかったはずの私を院生として迎えて下さったのだと思っています。
私が決して忘れない光景。
「これで私の人生設計はすべて無茶苦茶になった!!」
と、孝雄先生は、立教の研究室で、院生たちを目の前にして、公式発表の場で口にした途端、「号泣された」のです!!
それは、当時M2だった私にとっても、将来への決定的危機でした。
「村瀬あっての阿世賀の立教大学院入学」だったのだから!!
「もし、私が立教に残っていれば、君を博士後期まで面倒見て、研究者としての道を開いてあげられたのになあ.......」
私が博士後期課程の試験に不合格になった(これは、当時の教授会の「全く適切な」判断だったと思います。残された教授陣にフォーカシングを指導できる先生がおられなかった以上)その日、二人だけの時に、孝雄先生自身が漏らされた言葉です。
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私はここで、孝雄先生自身すら考えも及ばなかった「生き残り策」探しを始めます。
どうして「その時」そこまで勇気が出たのか今も思い出せません。
「東大の大学院研究生になれないか??」
この調査は、何と孝雄先生にも内緒、当然「置いて行かれる」他の院生にも内緒の「隠密行動」でした。
自分で赤門をくぐり、東大大学院の入試課を訪れ、大学院研究生の募集要項を手にする。
基本的には、東大の教育学研究科の教育心理専攻の博士前期課程修了者でないと資格がないことを示唆する内容が、必要条件の「第2項」までには書かれていた。
ところが、それに続いて、次の「第3項」があるのを私は見落とさなかったのです。
> 3.これらと同じ水準にあると認められる者
私はこのことを確認した時点で、はじめて電話で、孝雄先生に「東大の大学院研究生になれないか?」と打診しました。
「無理ではないか」
と最初言っていた孝雄先生の電話口の声が、私が、先ほどの「第3項」を伝えた瞬間に突如明るくなります。
「うん、それなら君を連れて行けるな!!」
私が東大大学院研究生3年間という、実質博士後期満期退学に近い最後の学歴「のようなもの」を獲得し、東大や九大をはじめとする旧帝大系の心理教育相談室出身者と同等のキャリアと人脈という「財産」を手に入れるきっかけは、たったこれだけの、向こう見ずな勇気のなせる技でした。
「フォーカシング研究者」としての阿世賀は、ここでこの決断をしなくてもこの世に存在したかもしれない。
しかし。
「開業カウンセリングにおいても十分にその能力を発揮できる、現場臨床家」
としての私は、現在、この世に存在しなかったと思います。
その後、村瀬孝雄先生が早世された「逆境」すら、私は「運」に転じてしまいました。
亡くなった以上、自分の師に甘えられない。でもそれは、師に拘束されないということでもあります。
それだけ自立心の強い存在になるしかない。
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私の両親の健勝と経済的安定が私を支えた「だけ」ではないか、と感じる方には申し上げたい。
仮に両親が同じ状態にあっても、私が大学院浪人のまま、ただの駄目社会人でアニメおたくであるに過ぎない人間に留まる確率は、いくらでもあったでしょう? と。
両親が健勝で経済的に安定していさえすれば夢がかなうほど、世の中は甘いものではないでしょう? と。
敢えて言います。両親の健勝を支えているのは、実は私がある意味で「逆境に対して不屈」で、すべてを「運」に変える力を発揮してきた「から」、でもあるのではないか?と!!
(第3坂で増補:
私はアニメファンを決して軽蔑はしていないつもりですし、アニメおたく、即社会人として駄目とか全然思っていませんので、誤解のないように。若いフリーターの皆さんにも、「私にできない生き方をしている」と心から敬意を払っています。
ayuファンがアニメファンより上級という意識もないです。私がayuの熱烈ファンで、コンサートにも行き、学会発表までしたと知ると、大半が受験秀才であるに過ぎない若い院生たちの大半が「引く」のを学会の場でいくらでも体験してきましたしね。

きっと、私がayuファンというだけでスーパーバイズを受けようかどうか迷っている人たちがきっとたくさんいるでしょうけど(^^;;;;;;;)、アニメへの詳しさという点だけなら、私が斎藤環先生に全然かなわないのは間違いないです。何しろ直接の面識があり、今ご紹介した本にあたる内容の講演も、ものすごいアニメの図版集付きのパワーポイントのプレゼン付きでお聴きし、
私のエヴァ本ですら「とっくに」読んでおられましたから。
「だからさ、今日の講演の企画者の中にあなたがいるとわかっていたから、今日は『エヴァ』ネタ多めにしておいたでしょ?」
私はむしろ、私の存在のあり方そのものを、
「アニメおたくでayuおたくだって、
何にだってなれるかもよ。
私の後に続け!!」
と励みにしてもらえれば、とすら、思ってます。
.....これこそ「傲慢な」言い方に写るかもしれませんけど、私が「おたく」ではあっても「エリート」でないことは、このブログの読者の皆様は、もうおわかりでしょ? 私は一介の「フォーカシングおたく」としての「出自」を決して忘れないつもりです。)
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実は、こうした成り行きをまるで「神秘」のように感じていることそのものが、私を最終的には傲慢に陥らせない「謙虚さ」を保たせています。つまり、
「神様は、私がそれにふさわしくないと思われたら、いつでも『容赦なく』私からその役割を取り上げてしまわれるに違いない」
と感じています。
では、「私に」できるのは何か?
自分にその時与えられた状況をすべて「神の意志」とみなして
「必死に『神の声』=『フェルトセンスの声』を聞き漏らさない生き方をすること」
だけなんです。
神(=フェルトセンス)が私に「開業せよ」と命じたから開業しただけです。
私は特定の宗教の信者ではありませんが、神の「臨在」は確信しています。
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なお、「神との対話」とフォーカシングの関係については、スイスの偉大な法律家にして、「幸福論」「眠られぬ世のために」で著名な宗教的著述家、カール・ヒルティについて私が書いたことをご参照下さい。
この記事のタイトルは、浜崎あゆみの

"Daybreak"の歌詞より取らせていただきました。
4rdアルバム "I am..." 収録
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