村瀬嘉代子

2010/03/07

振り返ってみれば

 春を迎え、新年度の新たな状況を見据えた時に、目に映る景色がこれだけかわってみえてしまうものなのかということに我ながら当惑するあまり、最近では一番長期間、記事を書くことをお休みしてしまった。

 ふと我に帰ってみると、いつの間にか、嘉代子先生に戒められたはずの「ひらひら」モードが復活していて、自分でそのリバウンドをしみじみと感じていたといえばいえる。それでも、以前に比べたら、慎重に、状況を見て・・・・というつもりでものを書いてきたつもりではあったが。私はまだまだ時としてある種の慢心がほとばしり出る存在なのだと。

 念のために言い添えると、どなたからかクレームかついたとか、そういうことではない。すべては現実状況の変化の中で、私自身の「内心のプロセス」としてかんじるようになったことだ。

 視点・・・・パースペクティヴががらりと別アングルになった。そうすると、前の視点から見ていた時に、見ないようにしていたものとか、自分が自分に信じさせようとしていた「物語」とは何だったかが、「客体」として初めて観察できるようになる。

「自信があること」ではなく、「今日できる最善のこと」を尽くすこと。

 そう、私はすぐに、「自信があること」にだけ傾倒してしまい、「そこ」だけで強行突破してしまおうとする悪い癖がある。改めて味わい直してみて、先生見事に看過しておられたなと思う。

 私はいつの間にか、今度は通院中の気分障害の皆さんに関して少し詳しいカウンセラーであるということ、まさにその点だけで「一点突破」しようという方向にのみ傾倒してしていたとも言えるかもしれない。

 少なくとも今の私は、「今日できる最善のことを尽くす」となると、そのことばかりに「しがみついて」いるわけにはいかないということを、ようやく受け入れることができるようになって来ているとも言えそうだ。

 ピアジェふうにいえば、自分の中の既存のシェマと適合する方向に経験を消化しようとする「同化」優位から、「調節」機能の再賦活の狭間にいるとも言えるだろうか? 

 もとより、こうしたことは一生繰り返していくバイアスの変化なのだろうと思うし、逆に「変わらねはならない」という意識が強すぎてもバランスを見失い空転するだろう。「自分が」今日できる最善のことを尽くすということは、やれもしないことをやろうとして空転する事態をむしろ避けることもできるということをも内包すると、私なりに思う。

*****

 私が今のような形で生きていられていることは、さまざまな状況が重なりあった結果として生じていること。そのこと自体の幸せという観点から、自分のやっていくことを見つめなおして行きたい。

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2009/12/21

明日は4ヶ月ぶりの東京です。

 明日は、東京に、一種の「公務」で日帰り出張です。

 思えば、明日という日を「次の寄港地」として座標軸を据えて、いろいろ風と波にもまれながらも舵を切り、帆の向きを変えて、ひたすらセイリングしてきた4ヶ月でした。

 8月末の町田の法政大学での人間性心理学会大会の時(正確には、その少し前のこの時がターニングポイントだとすでに書きましたが)から、4ヶ月の間に、すでにいろんなことをリアルワールドでじわりじわりと別の情勢に変化させてきてしまって来た、よくぞここまで「負荷試験」に耐えて、「基礎体力」そのものを別次元のものにできてきたとはしみじみ思います。ほんとうに「短いようで長い」、密度の濃い4ヶ月でした。

 でも、来年に入ってからの3ヶ月は、来年「度」に向けて、それこそ「残り5%」にこだわることになりそうに思います(^^)

 皆様や(田嶌先生以外の)先輩方をポカーンとさせる可能性がある「仕掛け花火」がすでにいろいろと仕込まれているのですが(^^;)、すべて不発に終わることはないと思いますよ(^^)

*****

 今日、「ある書類」に目を通した後の鬼コーチの父の背中がはじめて小さく見えました。少し支えてあげたくすらなった。

 星飛雄馬はほんとうに筋肉を断裂させることがないまま、復帰してしまえたのです。

 ありがとう。ほんとうにこれまで。

 これからも、末永く、見守って欲しい。

 私こそが、父の「後継者」になっていく様を。

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2009/12/16

田嶌誠一 著 「現実に介入しつつ心に関わる」

 私の臨床心理学上の恩師は、言うまでもなく、ジェンドリンの「フォーカシング」「体験過程と心理療法」の一介の一読者に過ぎなかった私を「拾ってくださった」、故・村瀬孝雄その人である。

 そして、精神医学を含めた意味での治療者のあり方において、私の「神」なのは、未だにお姿すら拝見したことがない中井久夫先生である。

 フォーカシング・トレーナーとしての偉大な先達にして、敢えて"fellow"とお呼びしたいのが、初対面の時から異様な意気投合に到達したアン・ワイザー・コーネル女史である。

 最後に、私が若い頃から声をかけてくださり、一緒に飲ませていただき、九州に戻ってからも色々相談に乗ってくださった、私にとっての、あまりにも頼もしい、「現場心理臨床の兄貴」、それが、現九州大学大学院教授の田嶌誠一先生である。

****

 福岡県大牟田市生まれ。十代はそこそこ不良でした(^^)。しかし、高校時代のある時、突如心機一転して猛勉強、九大を目指します。

 そして、催眠療法や臨床動作法であまりにも著名な、日本を代表する心理療法家、成瀬悟策先生門下の逸材(認められるまでが大変だったそうですが)として、最初は病院心理臨床で、重篤な患者さんとの面接のキャリアを積む中で、深い変化を静かに引きおこししつつも、患者さんの自我を危機に至らせない「安全弁」を持つ、独創的な心理療法、「壷イメージ療法」を開発。

 続いて、広島修道大学、更には九大で大学学生相談を担当、深刻な精神疾患、暴力や引き籠もりの学生との関係作りに、他の誰にもまねができない独創的かつ積極的なアプローチで成果を重ねます。

 引き続き、文部省のスクールカウンセラー事業の草創期に、もっとも荒れた中学校を担当、教師、家族、生徒たち全体を巻き込む「ネットワーク型アプローチ」を導入して、学校の空気そのものを一変させ、少年院送りを繰り返す水準の不良生徒たちからも卒業時には崇敬を集めるという、神がかりな活躍をなさいました。

 そして、現在取り込んでおられるのが、多くの場合、家族からの虐待から保護された子供たちが収容される、児童養護施設内部で陰惨に繰り広げられてきた、「施設内暴力」を一掃するシステムをコーディネートすることなのです。

 日本の心理臨床の生んだ、空前の「現場で行動する臨床心理士」、それが田嶌誠一先生です。

*****

 田嶌先生の新著について、かなり前からこのブログで記事を書くとお約束しながら、私自身が急激に多忙化する中でなかなか果たせないで来ました。 

●田嶌誠一:「現実に介入しつつ心に関わる -」(金剛出版)
ISBN:978-4-7724-1103-5

 

現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵

(楽天ブックス)

 講演記録を元に、新たに書き下ろされた、児童施設内の暴力問題への対応についてを中心主題とする、本書冒頭の「総論に代えて 現実に介入しつつ、心に関わる」以外の論考は、その大半について、先生が最初に学会発表されたその場に臨席もしたし、学会誌でお読みしている。

 冒頭の章の概要そのものも、先述の記事で書いたように、先生に直接お会いする機会を持たせていただいた時にうかがっている。

 今回、実際の著作の内容と照合しても、その内容の最低限のイントロダクションの意味は、すでにあると思えたので、ご参照下されば幸いである。

*****

 そういう意味で、「ライブ田嶌」先生からすでにうかがった内容のほうが私の中で大きなインパクトを占め過ぎているために、どうもこのご著書の内容を改めて客観的に概説するとなると、私は心境的にちょっと重荷になりすぎる。

 ただ、申し上げたいのは、先述の、今回書き下ろされた、冒頭の「総論に代えて」の持つ、凄まじいまでのインパクトと、そこに示された先生の決然たる問題提起だけは、是非、多くのカウンセラーの皆様に、実際に目を通していただきたい。

*****

 いくつか、この「はし書き」と最初の章から、田嶌先生の言葉を、アフォリズム的に拾い上げてご紹介することとします:

=======以下引用========

 「私は、当事者のニーズの応えること、そしてできればもっとも切実なニーズに応えることを心がけてきたつもりである」(p.5)

 「現場のニーズを、『汲み取る、引き出す、応える』ためには、心理臨床家が従来のようにもっぱら心の内面や深層に関わるという姿勢(それも必要ですが)のみでは不十分で、『現実に介入しつつ心に関わる』とそれに基づく多面的アプローチが必要となります。これは、心理臨床が生き残れるかどうか、換言すれば心理臨床が社会に貢献できるかどうかに関わる重要なことだと私は考えています」(p.12)

 「しばしば間違えるのは、学校の先生と保護者とが『原因は何でしょう』と話し合うことです(中略)。すると、お互い内心は『こいつだな』と思っているわけです。そうすると、連携がちっともうまくいきません。
 それよりも、この子が元気になるために学校に何ができるか、保護者に何ができるか、それを一緒に話し合うというスタンスでいきますと、割合、無難な対応ができます。(中略)
 保護者の力、担任の先生の力、生徒たちの力、そして相談に乗った私と、いろいろな人がネットワークを活用してその子の援助をしていくという形になります。これが『ネットワーク活用型援助』です。心の内面だけではなく、現実に介入していくわけですね」(pp.18-9)

 「[まずは]いじめという現実がなくならないといけない。その解決は、いじめが沈静化する必要がある。完全な解決かどうかはともかく、とりあえずいじめがなくなる[ように、その学校内のネットワーク・システムに介入する]。その後、本人の心を扱うという形をとる。これが『現実に介入しつつ、心に関わる』ということの例のひとつですね」(p.19)

 「このように、いじめなどがそうですが、必ずしも本人が変わるべきではなく、周囲が変わるべきである場合もあると考えるようになりました(中略)。今では問題は、『主体と環境の関係』だというふうに言っています。主体と環境、つまり、内的環境と外的環境があって、その心、内面の問題は内的環境との関わりの問題なのだろうと考えるようになりました」(pp.19-20)

 「大事なのは、『個人の心理や病理』だけではなく[学校や地域の]『ネットワークの見立て』どということを強調しているわけです」(p.20)

 「[施設内暴力]に加担した加害児のうちのひとりは、1,2年前まではそのボスからおしっこを飲まされたり、散々いたぶられています。つまり、かつての被害児が加害児童になっているわけです」(p.25)

 「施設では多くの場合、[マズローの言う]『安全欲求』が満たされていないわけです。これは成長の基盤です。だから[まずは、施設内での]暴力をなくさないといけない。しかしこの理屈が意外と臨床心理の人に通りが悪かったんです。つまり、こどもたちが暴力を振るうのは、心の傷があって、それをケアすることが大事なんだという発想が強すぎて、理解が進まないんですね。心のケアは大事だけど、その前に、暴力を使わないで暴力をきちんと抑えるということが必要です」(p.27)

 「それらの問題行動は、過去の虐待や苛酷な教育環境への反応として、反応性愛着障害や発達障害の兆候として理解されてきたように思います。(中略)
 しかし、それらの問題行動は、子供間暴力(児童間暴力)や職員からの暴力等の、その子が現在[施設内で]置かれている状況への反応である可能性があるということになります。(中略)入所前に受けた虐待が主なる原因ではない」(p.27)

 「『愛着』や『トラウマ』関係のどの本でも、安心・安全が重要であると述べられていますが、その安心・安全を施設で実現していくことがいかに大変なことか、どうやって実現していったらいいかということが、まったくといっていいいほど言及されていないのです」(p.37)

 「[施設内暴力という問題それ自体に対する]専門家によるネグレクト、大人によるネグレクト、そして社会によるネグレクト」(p.38)

 「私は臨床家ですから、『告発者』としてではなく、外部から援助者として現場にうまく入らないとならない。そのためには、大変なエネルギーと技術が必要です。しばしば、「志は高く、腰は低く」という姿勢が必要です。そして問題を発見して、解決システムを模索して考案していくという順序になります(p.39)

======引用終わり=====

 田嶌先生が全国の児童養護施設に提案し続けている「安全委員会」システムとはどのようなものかについては、ネットでの情報などでは済ませずに、是非、実際に本書をお読み下さい!!

 なお、こうした被虐待児を一箇所に百名以上収容する施設など、欧米には存在しないとのこと。だから、解決策には輸入できるモデルなんてないそうです。

 「里親制度」・・・・欧米は基本的にそっちなんですね。

 日本にも里親制度はありますが、時折、里親自体からの子供への陰惨な暴力がマスコミ記事になることはたいへん痛ましいことです。里親と子供への、地域の個別の公的サポート(監視)体制が不十分すぎるんですよね。

*****

【追記】:  この著作についてのご紹介シリーズ、追補して書かせていただくことにしました。こちらからどうぞ。

******

【更に追記】:

この本の続編、「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」が刊行されました。

その本のご紹介は、こちらでしています。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/09/01

「サマーウォーズ」への極私的な感想 その1

 今回は、いつもと違って、徹底的に「私情」だけでこの映画の感想を書こうと思う。

 栄おばあちゃんが、世界の危機を察知し、黒電話(!)を操り、猛烈な勢いで、的確な情勢判断をして、可能な限り、日本中の公私にわたる知り合いに連絡を取り、挨拶をし、必要なお願いをし、時には檄を飛ばす。

 このシーンで、私は不覚にも涙が止まらなくなってしまったのである。

 私にとってのリアルワールドに、まさに栄おばあちゃんを思わせる、圧倒的な存在感で、「日本的」人間関係を、酸いも甘いも噛み分け、「柔」と「硬」の両刀使いで立ち回ることができる、二人の老人がいる。

 ひとりは他ならぬ私の父であり、もうひとりは、私が実は最も尊敬しているカウンセラーの先生である(この先生については、私はこのブログでほとんど全く言及しないことにしている。「論じる資格などない」と、心の底から思っているので)。

 二人に共通するのは、日本的な「心配り」を信じられない域にまで細やかに配慮しながら人との関係を維持していくその抜群のセンスであり、それと共存する形で、いざとなると一歩も引かない逞しさで、現実と渡り合う、とてつもない腹の据わり方をしているところである。

 私は、その「私」と「公」一人ずつの、もう、今の日本でも珍しくなったかもしれない域の,古き良き日本の伝承者に、残りの人生では、とても永遠に追いつけないのではないかと感じつつも、薫陶を受ける機会に今も恵まれていることを、ほんとうに心から感謝したい。

 電話口の向こうの声は、栄おばあちゃんの声であり、この二人の老人の声であるということ。

(続く)

●「サマーウォーズ」公式サイト

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2009/08/17

「自信があること」ではなく、「今日できる最善のこと」を尽くすこと

 「あなたにはひらひらとした余計なものがついていた気がする。
  そういうのが取れて来てよかったんじゃない?

 私が心から尊敬する先生にいただいた言葉です(タイトルの言葉を含めて)。

 肝に銘じたいと思いました。

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2009/04/23

カウンセラーの仕事って、具体的にどんなことを指すのか?

カウンセラーの仕事として、単に「カウンセリング」や「心理療法」をすることの専門家としてとらえるのは、私は間違いだと思っています(^^)

 特に開業カウンセラーの場合にはそうなんですが、実はそうとばかりもいえなくて、およそ臨床心理士であれば認識すべきユニバーサル・スキルとしては、実に広汎な専門性が含まれている気がします。

 これを敢えて、私なりに整理して、教科書的に、でも、私の言葉で書いてみたいと思います(^^)

 なお、ここでモデルとしているのは、私が17年間主な相談領域とした大学学生相談の現場です。用語は、明治学院大学学生相談センターの年次報告書で実際に使われていた分類をベースにアレンジしました。


●ガイダンス・情報提供

例えば、医者、消費者センター、弁護士、女性センター、就職センター、ハローワーク、職業技能学習センターなどをはじめとする内部・外部機関の機能について解説し、紹介することです。


●アセスメント(見立て)

単なる心理テストの評定のことではなくて、クライエントさんの置かれた状況や行き詰まり、病理水準、対人関係の悪循環パターン等について具体的に分析し、これからカウンセラーとしてどのようにお役に立てる可能性があるのかを具体的にクライエントさんに示唆し、提案する過程のことです。


●コンサルテーション

クライエントさん(正確には、あたかも問題の中心にあるかに見える「見なしクライエントさん」)ご本人ではなくて、職場の上司やご家族、友人、担任教師、大学のゼミ担当教員などからの相談に応じることです。

 当然この場合、個人情報保護の問題が非常にデリケートになります。

 また、そうやってコンサルテーションをお受けになりに来られた方が、次のステップで今度はカウンセリング的相互作用の「主体」=クライエントへと変容する可能性への対処スキルもカウンセラーに必要です。


●広報・啓蒙活動

例えば、こうやって私がピュアリーさんのサイトで書き込むことですら、カウンセラーの社会的役割としての、非公式な広報活動(単に私の開業機関や私の拠って立つ流派の宣伝なんていうちまちました次元でのことにとどまらず、もっと広汎な意味)をしている主体であるという認識が必要でしょう。


●カウンセリング・心理療法

ここでも、現場臨床における、受容と傾聴中心の、比較的ユニバーサルでベーシックな、「まずはじっくりお話をうかがうこと」中心のスタンスと、ある特定の(複数の場合もあり)心理的療法的アプローチをインテンシブに活用することをクライエントさんと同意した上でのスタンスとの区分は可能だし、当然その「中間型」的スタンスもあることになります。


●スーパービジョン・教育カウンセリング・臨床家のための研修(学ぶ側/教える側)

これは一般のクライエントさんの目に直接目に触れにくい領域でしょうけど、敢えて重要な「業務」であるという言い方をしてみたいのが私の認識です。


●現実適応のための直接サポート

ここには、狭義の「ケースワーク」のみならず、家庭教師をしたり、極端な場合には、「クライエントさんの働き口を世話する」活動も含めたいと思います

(村瀬嘉代子先生が、ある事例で、クライエントさんがお店を開くまでのお手伝いを具体的になさったことがある、という事実は、カウンセラーの間ではいわば「伝説的」かと思います)


 一人のカウンセラーに、こうした様々な機能が「あリ得る」こと、そしてそれらのすべてを柔軟に使いこなせる必要はもちろんないけれども、恐らくそうした「機能の使い分けを自分なりにスイッチングしている」専門家としての自分対象化し、俯瞰する能力だけは必要かと思います。


*****


 なぜこうしたことをお書きしたのか?


「私はカウンセラーをどのような次元で『利用』したいのか」


を再点検するチャート(見取り図・海図)を提供したつもりなんです。


いかがでしょうか?

何かお役に立ちますか?

(このノリは、すでにカウンセラーというより「コンサルタント」のノリですね ^^;)


 上記の部分で、敢えてカウンセラーの『利用』という言葉に含みを持たせてみました ^^;


 ・・・・そこまで行かなくても、


皆様が、「依頼人=クライアント」として、カウンセラーを「雇う((employ)」


という視点はお持ちいただいてもいいのではないかと、常々思っています。


※この記事は、「発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版」(by ピュアリーさん)のエントリー、

●技法と理論の選択

への私のコメントをほぼそのまま転載したものです。



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2009/04/03

もうひとつの予告:「第3世代」認知行動療法と、私のフォーカシング指向心理療法の現場実践の比較論を連載する!? [第7版]

  さて、SARTについてのセミナー体験談本格掲載と並行して、私が現在まだ構想中なのは、フォーカシング指向心理療法セラピストの国際資格認定資格者である私が、「最近の」認知行動療法の良質な教科書をまる一冊読破してしまった上で、「実は私は現場臨床実践の上で、用語が違うだけで、実際にはここまで同じことをかなりの程度していたことになる」ことを評論してしまうという、これぞ究極の企画である。

 これは結構凄い刺激的な企画であるぞ、読者の皆様(^^)

 わかりやすくいえば、洗足クリニックの伊藤絵美先生(もう申し上げてもいいでしょうが、私が数年前、現場実践水準で感銘を受けたことがある認知行動療法の先生(の一人)って、実はこの先生です。具体的な現場臨床上の連携の接点が生じていたのですが、伊藤先生の方は私を個人としては絶対に覚えてはおられないでしょう。伊藤先生は恐らく「第2世代」ですよね?)が、アン・ワイザーさんの「フォーカシング・ニューマニュアル」を完全に読破し、自分の臨床実践と重ねて吟味した上で論じたらどうなるかということと同じくらいの大実験である。

 敢えて書きますけど、私は、他流派のカウンセラーの誰よりも誠実に、ネットで公開する形でこのことを進めてみた結果、予選は通過して、あわよくばベスト4まで勝ちあがれるような気がするのである。

 それ以上は望まない。なぜなら、これを機会に、絶対に、私も認知行動療法から実に多くのものを学び、技を盗めることがすでにわかっているからである。私はそれくらいは謙虚なつもりである。

 このように断言できる背景には、認知療法の祖ともいえる、アルバート・エリスの「論理療法」(しかもエリス自身の著作の翻訳!!)こそ、私がフォーカシングに出会う前に、一番実用的に役に立つ本として熟読し、生活の中で実践していたからである!!

 ←これ、25年前と同じ本なんでしょうか???

......このこと、確かこのブログではじめて書きますよね.....ああ、こういちろうのお腹がどらエもんのポケットといわれる所以である)

*****

 私がここで、凝りもせずに(^^;)、なぜこういうゴーマニスト的で挑発的な書き方をするかというと、一部の認知行動療法のカウンセラーの人たちのネット上でのノリを、いくらなんでも傲慢不遜、臨床家として風上にも置けない無神経さと感じているからである。

 「日本で民間の保険制度でカウンセリング特約がまだ成立しないのは、認知行動療法以外の、効果がない心理療法との区別が不可能だからである」

 という趣旨の、大胆不敵なファシズム的発言をするカウンセラーが、どれだけ現段階で現場臨床で優秀であったと仮定しても、私はそうしたあり方をどうしても許せない


【以下、第3版で追加】

 もう! 愛を込めて引用してあげます:

=======引用はじめ========

認知行動療法はカウンセリング方法としてはグローバルスタンダードとなっている方法です。

アメリカやイギリスなどの医療先進国では保険会社や政府などで認知行動療法を推奨しています。

アメリカの保険会社が効果が実証されているカウンセリング方法を勧めるのは当たり前ですよね。
効果に乏しいカウンセリングをしているところにお金を払いたくないわけですから。

イギリスでも政府が認知行動療法を勧めていたりします。

怪しげなカウンセリングを政府は勧めないでしょう。

=======引用おわり========


【以下、第4版で追加】
 

このカウンセラーの方、鈴木さんといわれるのですが、ご自身のサイトでは「鈴木」と苗字だけお書きです。......これも不思議です。

 第3版のあとで調べたのですが、少なくとも認知行動療法の世界に、同じ鈴木というお名前の「キャリアある」先生がおられることは確かなようです。しかし、これにより、この記事の以下の文面を変更する必要を私は一切感じませんでしたので(^^)。

 私の過去の栄光にすがっていうと(ホントは今の私が一番のピークなんだけど、それは置いといて)、村瀬嘉代子先生にご自宅でカレーご馳走になった人間が何を今更怖いものはない(^^)


【以上、第4版で追加】
 

 この方の、医者や周囲のカウンセラーの認知行動療法への不勉強を嘆きたい気持ちは十分に理解します。痛いほどに伝わります。

 私も、まさにそういう意味で、フォーカシングについてのフォーカシング関係者自体のまだまだ不勉強な側面を、文字通り身を挺して告発してきた人間だから!!

 もっとも、この方自身は、やや「親方日の丸(親方ユニオンジャック!!)で、ほんとうに「身を挺して」来たかどうか、わかんないなあと思うんですが ^^;) 

 どうして彼のこうした傲慢をたしなめるだけの人が、認知行動療法の内部にいないのかな。

 想像するに、彼の実力があまりに突出しているのかもしれない。でも、その場合にも、周囲の認知行動療法関係者が彼についていけない程度の不勉強なままということそのものが責められるべきと思う。

 (埼玉には第3世代の認知行動療法の、かなり良質の研修組織があるみたいで、彼はその関係者だというのは想像はつくけど、でも、研究会本部のコンテンツで書かれている内容を読む限り、こうした謙虚さの欠落は全く感じない。この流派ならではの主張が十分にgentleに主張されているだけだ。......これはどういうことか? といぶかしく思う。「内部事情に憶測で踏み込んでる」と問われるのなら、ネットで公開している事柄から、「論理的に」たどり着いた検証ですとお答えしたい)
 
 ほんとうに自戒を込めて言うと、感受性の豊かなクライエントさんたちには、リアル世界で彼と会った時にこそ、彼のこういう孤独と気負いとプライドの暴走が鼻につくと思いますけど。さもないと、不幸にして彼の信奉者になった彼のクライエントさんたちは、彼と同じような自己愛的な人間に育つだけだとかなりの確率で予測できるエピテンスが十分あると思う(^^;)。私はネット上の上記のこの記述だけで、認知行動療法の優秀そうなセラピストとして彼を紹介することだけは決してないと思う。

 そもそも、自分が「誤解されることを嘆いて」いる人間はまだまだなんです。

 「私はクライエントさんのためにいろいろ演出しています」も禁句かな。あなたは神様なんですね。

 ........そうか!! 「グローバルスタンダードです」って書くのも、クライエントさんを安心させるための演出・配慮なんですね!! 

 (もっとも、俗世間では、このように書いたら「怪しい商業主義」「権力におもねるとは何じゃ!」誤解するのがグローバル・スタンダードだったりして^^;)

 こうして、エビデンスを大事にし、科学的であることをどの流派よりもプライドにしているはずなのに、(自らの傲慢に気がつかないカウンセラーの手にかかると....という条件はつけますが)認知行動療法ほど、新興宗教じみたノリで、実際に認知行動療法を受けた一部のクライエントさんにとって憎悪の対象にすらなってしまっているという「究極の逆説」が成立するのである!!

(ああ、@niftyココログに「読者の拍手」の機能......

Wgreen

.....がないのは残念だなあ!! 代わりにコレ!を珍しく使っておこう →coldsweats01

 認知行動療法のセラピストって、ユングの言う意味での「自我肥大」に陥る誘惑と戦うの、ホントにたいへんだと思う。

 彼のサイトに、コメント欄もトラックバック欄も「存在しない」ことが、ひどくさびしく、悲しいのは私だけでしょうか?

 ひどく防衛的になっているのは彼の方ではないですか?

 もっとも、パーソナルなブログは別にお持ちなのかもしれません。しかし、実は実名公開であろうとなかろうと、臨床家ブログは、認証制でいいから、誰でもコメントやトラックバックを「送る」ことができることに背を向けた段階で、私に言わせれば、世間のクライエントさんたちに背を向けたのです。

「治療の枠」?

どんなことをブログのコメントで書いたらいいのか、書くべきでないのかについて、読者に自然な現実吟味能力をいつの間にか発揮させるだけのオーラをネット上でも発散できて、それだけで、そのサイトの「心のファイアーウォール」(またの名をATフィールド)になるのが本当の臨床家の放つオーラだっつーの。

私はともかく、そういう神々しい域に達した、ブログやってるけど「リア充」でもあることを存じあげている現場カウンセラーは、けっこうたくさんネット界におられ、私はそうした方々を心から尊敬しています!!

そうしたサイトに、私のこうした発言をきっかけに「意図的に不心得な」書き込みをする、悪魔のような人間がネットに存在するのを私は知っているから、ここでは具体的に推奨サイトをはご紹介しませんけども。

 このブログでただの一度もご紹介せずに、しかも、私のほうからコメントしに行ったことも皆無の、私が隠れてROMしている、憧れのサイトが私もあるんです。私は時々そのサイトに行って、そのカウンセラーのすばらしいネット上のプレゼンス(リアルだときっともっととんでもないと思う。きっとリアルの「あの方」だろうとほぼ想定できているサイトもあります)のオーラを浴び、身を清め、自らの傲慢を戒めています(^^) そういう超五つ星サイトは公開RSSにも入れないことにしているので。

【ここから第6版で追加】

 そして、すでに別の箇所でも追加紹介しましたが、次のような記事があると、いろいろと考えざるを得なくなる。

●Petition Against Over-Regulation of Psychotherapy(心理療法への過剰規制に反対する嘆願書) (Moving Toyshop)

 この記事は、裕さんのサイトの、

* イギリスにおけるセラピーに対する国家の規制

というエントリーで紹介されていたものです。 

 心理療法家を国家資格化し、心理療法を国の公的保険の対象にしようとすれば、どうしても、「心理療法家」の質に関する公的評価による選別という問題を避けて通れなくなる。

 それは了解できるが、それは「最低限の水準保障」といった「基礎資格」的位置づけにとどまるべきであり、更に言えば、「療法流派まるごと」の認定ではなくて、個々のセラピストの「流派を超えた基本知識と基本スキル」という次元での判定であるべきだろう。

 CBT=認知行動療法のセラピストだけを唯一国家的に養成するセラピストという位置づけにし、地域医療制度と統合されたものとしての心理療法センター配置というところまでラディカルにイギリスが踏み込んだ時、それをジョージ・オーウェルの「1984年」的全体主義のはじまりと危惧し、クライエントの心の自由の侵害という観点からの国会請願という政治運動が生じてきたことは、実は全く自然な成り行きであるように思われます。

 むしろそれは、認知行動療法本来のクリエイティビティすら硬直化させる危険をはらんでいるようにも思えるのですが。
 
【ここまで第6版で追加】

....え? 

「親父にもぶたれたことないのに!」

.......坊やだからさ。

そして、

♪君は、
あまりにも、
これまでの僕に似ている気がしたから
僕は
自分の血を流しながら
これを書かずにいられなかったんだ......

と。


【以上、第3版および第5版で追加】

*****

 これに対して、

「なぜ? あなたが私を許せないのは『自動思考』ではないですか」

とか、メタレヴェルに立って言い出した暁には、

「あなたはまるでロボットのような情報解析能力と応答しかできないのですね。それでは表層的なコミュニケーション水準での受容と応答にとどまります。そして、それ自体ひとつの『ゲーム』構造にはまり込んでいるのではないでしょうか? 言葉で表現された内容にとらわれているうちは『第2世代』の認知行動療法にとどまります

と言い返してみたりして(^^;)

 そもそも、認知行動療法の国、イギリスにおいて、論理における「階層」の問題を無視していると、『論理哲学論考』時代のウィトゲンシュタインを批判したという点で、バートランド・ラッセルは正しい。

 
******

 
 結局、おごる平家は久しからずといいますか、本来心理療法の世界全体に貢献するさまざまなスキルを生み出したというだけでセラピーの歴史上輝かしい貢献を認知行動療法がすでにしていることを認めるにしても、およそ何らかの副作用や悪用が可能ではない発明品などこの世には存在しない。

 私の予感では、このままでは、日本における認知行動療法は、たいへん残念なことに、英米における到達水準のような意味での、ある水準での手堅い普及を達成しないまま、いろいろな意味で、そろそろ、驕りから来る退廃と尻すぼみの危機に直面していくのではないかと思う。

 なぜなら、欧米の「第3世代」の大家たち自身が、私をたいへん落胆させる発言を始めているからである!!

 すなわち、自分たちの追求してきた道が、東洋的・仏教的な思想や禅との類似にたどり着いたことへの、私の目から見ると見苦しくてはしたないまでの礼賛である!!

 これに比べると、ジェンドリンも、その後継者たちも、周囲からの度重なる「東洋的なものとの類似」という示唆に対して、何と徹底的な禁欲と自重と、日本人に媚びない態度を一貫していることであろう。ジェンドリン自身、ユダヤ教のカバラ哲学を除いては、決して東洋的・宗教的な影響を口にしないのである。この点ではジェンドリンもアンも驚くほどに徹底した西洋合理主義の住人である。これだけで、認知行動療法は、フォーカシング陣営にゴールの寸前で抜き去られそうな予感がする。

フォーカシング国際会議の準備を進めておられる皆様、この点で少しでも勘違いしたら、CEOのメアリー・ヘンドリックス女史自らが準備委員長の池見先生を会議の席上でgentleにたしなめるという、「実はもの凄い、背筋が凍る」光景が繰り広げられる危険があると思う。少なくとも私が知るメアリーさんはそういう厳しさのあるお方です。言わずもがなかとも思いますが、世界のフォーカシングピープルは、このひどい経済状況の中、物見遊山で物価の高い日本においでになるのではない。ましてや、日本のフォーカシング・ピープルのエスニックなナルシシズムに媚びるために来日するのでもない。今世界で一番パワフルでやる気満々のなのは中南米の現実と戦うフォーカシング・ピープルなのだ。むしろ日本の「トレーナーの数が世界第2位の割には生ぬるい」現状を「結果として破壊して」、大学のセンセに言われるままに大動員をかけられた若い院生たちの間に深刻な危機意識をたぎらせるためにこそおいでになるのである!! 関係者よ、この点で、絶対に、絶対に、池見先生に恥をかかせる事態だけは誘引することなかれ!! ......取り越し苦労を承知で、この私の予言そのものがささやかな抑止力になることを祈っています)

 「第3世代」認知行動療法が日本に本格的に広まり始めた時、それが今の日本社会のエスノセントリズムと容易に共鳴を起こし、社会的現実と現場臨床の狭間で真に練磨されないまま、イギリス的な個人主義を良質な形で文化移殖することはすっ飛ばした(skipした)形で、日本的集団主義の走狗と化し、戦場へと若者を(PTSDになっても繰り返し)送り込むための道具に落ちぶれるであろう。

 これは、日本のフォーカシングの今後の未来においても、共通して抱えている大問題であると私は認識しています。

*****

 
 私は、きっと、少なくとも学会シーズンの秋までには、たいていの認知行動療法インサイダーのカウンセラー以上に、認知行動療法のスピリットの醍醐味と、現場実践のためのコツについて、皆様に縦横に語り尽くせるネット上の存在になっていることを、ここにお約束する。

 私の勘では、とりあえず今の日本では、カウンセラーは、第3世代より、第2世代の認知行動療法を、ベーススキルを大事にしながら、深く細やかに探求し、身につける価値がある予感がします。

*****

【第2版追記】

.......なーんて、自分なりにひとりで悦に入っていたら、nanaさんのサイトで、すでに1年以上前に言及されていた問題でした(^^;)。

●『アクセプタンス&コミットメント・セラピーの文脈』記事( †tangine † by nanaさん)

* 武藤崇編著 S.C.ヘイズ序文 『アクセプタンス&コミットメント・セラピーの文脈:臨床行動分析におけるマインドフルな展開』ブレーン出版, 2006
 
の目次について、詳しい紹介をお書きです。

 この本の中で、武藤氏は、「フォーカシングとの小さな一歩 ~ 体験過程的アプローチとしてのACT」という1章を設けているとのこと。

> ACTの視点を借りることで、フォーカシングならびに体験過程理論を、対象化して観ることに、役立つと思います。

とのnanaさんの言及があります。

 nanaさん、いい形で、共に勉強して行くネットワークを身近にお築きですね(^^)

【追記 09/08/16】

 「第3世代」の著作まではまだ手が届かないでいるんで、恐らく「第2世代」水準止まりの、しかもかなり不完全な認識のままでしょうが、ともかく、私なりの「フォーカシング指向認知行動療法」(!)現段階での実践を、やっと書くことができました!!

●フォーカシング指向心理療法の認知行動療法的活用についてのとりあえずの覚え書き(当サイト)

 よろしければお読みください。

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2009/03/13

認知行動療法について -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(6 一応の最終回)- [第6版]

 さて、いよいよこの連載、前回に引き続き、このエントリーで最終回です。

 前回で紹介した、「非定型うつ病」の現在の診断基準と、その具体的治療法については、実に様々なサイトですでに詳しく言及されておりますので、そうしたサイトをご覧になる読者のご判断にお任せいたします。

*****

【ここから第2版で追加】

 でも、「非定型うつ病の人は、認知行動療法によってアサーティブさ(自己主張能力)を身につけることが必要

という意見を読むと、

「日本人は、うつ病に限らないこととして、むしろ心理療法全般を受けることによって自己主張能力を身につけたおかげで、周囲との摩擦に耐え、孤高の道を歩む苦しみを感じているんじゃないか」

とも思うし、その一方、

「今の若い世代は、生きる糧を得るために働くという経験に乏しく、自己主張的になっているので(!)、昔の人のように、典型的(=DSM-IVで、過去の遺物から突如復活(^^;)した、「メランコリー型」)うつ病になれなくなっている」

という全く正反対の記事を読むと、

「ああ、オヤジの『今の若い者は』のバリエーションに過ぎなくなってる。要するに、古典的うつ病の人のほうが従順で、扱いやすかったという医者本位の愚痴なんじゃない?」

と感じてため息をつくのは、私だけではないと思います。

 繰り返します。DSM-IVでの診断基準に適う意味での「非定型うつ病」と同じ病態の人は、昔も今もたくさんいただけです....と。

 【ここまで第2版で追加】

*****

 さて、いよいよ、番組後半で取り上げられた「認知行動療法」に関してですが。

 認知行動療法についても、この番組に関する、しないにかかわらず、様々なサイトを見ていくと、バランスのいい記事もたくさん見受けられます(お医者さんによるもの、実際認知行動療法を受けた人の体験談etc.)ので、多くはそちらにゆずるとします。

【ここから第5版】

 私としての推薦は、

●【認知行動療法とは】 (インチキWriterの棲みか by isshy☆さん)

 うつの人のではないのですが、「プロのライターさん」がマジになって書いたら、専門家の入門の文でもなかなか読めないような、これだけ小気味いい紹介の文章になるというあたりに注目!です(^^)

【ここから第4版】

 ただし、英語ですが、次の記事の存在は是非お知らせしておきます:

●Petition Against Over-Regulation of Psychotherapy(心理療法への過剰規制に反対する嘆願書) (Moving Toyshop)

この記事は、裕さんのサイトの、

* イギリスにおけるセラピーに対する国家の規制

というエントリーで紹介されていたものです。 

 これについての私の意見はこちらの記事で紹介。

【ここまで第4/5版】

 そして、次の点だけ、開業臨床心理士としての私のスタンスを明言させていただきます。

 私は、基本的に、ある特定の心理療法が他の心理療法と比較して優れているかどうかという論の建て方に懐疑的です。

 いいカウンセラーにめぐり合えば、それが精神分析でも行動療法でも箱庭療法でもフォーカシング指向心理療法でも(!)、さらに特定の心理療法流派を標榜しないカウンセラー(例えば村瀬嘉代子先生や増井武士先生.....来年度から九州産業大学です....)でも、うつ病に関するカウンセリングに関して、的確な見立てと、個々のクライエントさんにふさわしいカウンセリングの進め方、医療の必要性まで、クライエントさんの考えも尊重して、一緒に納得のいく解決を模索していく力があります。

 このNHK特集でたっぷりと矢面に立たされたお医者様たちへの公平のために申し上げれば、カウンセラーや臨床心理士の場合にも、専門能力として不十分な場合が「同じくらいにたくさん」見られる点では同じかもしれません。私もまた、多くのクライエントさんに、「未熟なカウンセラー」として記憶に残っていることも少なくないであろうことは十分認識しています。

 しかし、それでも敢えて断言します。

 標榜する心理療法の流派やアプローチの違いと、「現場」カウンセラーとしての力量とは無関係だと。

 むしろ、カウンセラーは、経験を積めば積むほど、

「他の流派のカウンセラーでも、現場臨床的に力量がある人は、根本的なところでは自分と共通のことを自明の前提としてやっている」

ことに気づき、そうした技法についても実際に謙虚に学んでみる姿勢を保てるカウンセラーこそ、実は、その人の標榜する心理療法に限定しても、奥の深い現場臨床での実力を持っているものです。

●参考記事 : 「「オモテ」技法と「ウラ」技法 または収穫逓減の法則(久留米フォーカシング・カウンセリングルーム)

 誠に僭越ながら、私が目指しているのも、まさにそのような、他の心理療法や技法に偏見のないカウンセラーに他なりません。

 私がそういうカウンセラーにどのくらいなっていて、現場臨床でも有能かを評価するのは、おいでいただくひとりひとりのクライエントさんに他ならないと思います。

 それどころか、クライエントさんに限らず、どんな人間同士でも、他人が自分のことを「誤解する権利(!)」が保障されていなければ、それは「支配」を原理とするファシズムであり、むしろお互いに更に理解を深めるきっかけを失ってしまうものだと確信しています。

(もちろん、「理解を深める」なんてしてほしくない、というクライエントさんの訴えがあれば、それも大事にしたいと思っています。自発的に訴えて下さらなくても、「私はこのクライエントさんにすでに踏み込み過ぎ、それを苦痛とのみ感じさせてはいまいか?」という自問自答はいつもして、チェックしているつもりではいます)

 クライエントさんからのどんな苦情や不信の念もぶつけてもらえることを、「クライエントさんが心の中でいつまでも抱え込んでいるだけにならずに済んで良かった」と、少なくとも心の中の「一方の自分」は受け止め、仮に、「他方で」、クライエントさんの誤解を解きたい気持ちがどうしてもカウンセラーの中にある場合にも、そのことでクライエントさんとの溝を深めるだけにはならないだけのことができること。

 更に、それが単にクライエントさんの「言いなりになる」ことではなく、クライエントさんにほんとうに役立つ援助へと前進するきっかけになるということが、絵に描いた理想ではなく、試行錯誤を重ねつつも、クライエントさんと共に実現に近づけるカウンセラーでありたいと思いながら、ひとりひとりのクライエントさんと毎回お会いしているつもりです。

 そして、「どうしてすぐに治してくれないの?」というお話に対しても、一方的な説明にとどまることがないように努めているつもりです。

 これを読んだ私のクライエントさんたちへ:

 今度お会いした時に、これを機会にこれまで言えなかった本音をいってくださっても歓迎します(^^) 
 今度ではなくて、もう少し先のいいタイミングで言ってみよう、でも自分の中で決して忘れないではおこう、というのも歓迎です(^^)

*****

 更に、私のカウンセリングルームの宣伝めいたことも、もう少しさていただくことをお許しください(^^)

 私は、まだまだ不十分かと思いますが、精神分析、行動療法、認知行動療法(まもなくこれに「最新の」臨床動作法が加わる予定です)など、様々な心理療法流派の、現場で一流という評価がある先生方の研修会に参加するように努めてきました。

 私の『普段の』カウンセリングをお受けになったクライエントの皆様の中には、私のカウンセリングを、例えば「認知行動療法」っぽいなと感じた方も少なくないようです。

 別の方は「まるでユング派みたいだ」とお感じかと思います。

 更に別の方は「ゲシュタルト療法みたいだ」とお感じの方もあるようです。

 なんだ、普通のロジャース派(来談者中心療法)と何も変わらないではないか、とお感じの方もあるでしょう。

 通常の面接の際には、「どこがフォーカシングなのか見当もつかない」とすら言われます。

 なのに、フォーカシングを技法として教える教師としては、

 「これほど理論や技法に厳格で、実践的な指導を具体的にしてくれるトレーナーにはこれまで会ったことがない。どんなぶしつけな質問をしても答えてくれる」

というご意見と、

 「こんな和気あいあいの自由なフォーカシングを学ぶ場を体験したことがない」

というご意見が両方あるのです。

 更に、

 「私の個性が強過ぎる」

というご批判と、

 「ネットの記事から想像していたよりは、よほど控えめな方ですね」

という感想も両方いただきます(^^)

*****

 しかし、このように、おいでいただいた皆様によって全然異なる感想をいただけることは、「フォーカシング指向心理療法」本来の性質に、ある意味で厳格に従っている結果だという少なからぬ自負もあります。

 「フォーカシング指向心理療法」という著作のなかで、創始者ジェンドリンは次のように繰り返して書いています。

 「フォーカシング指向心理療法は、単に技法としてのフォーカシングを面接のさなかに時々部品として差し挟むような次元にとどまるものではない

 「フォーカシング指向心理心理療法は、それがどんな技法的アプローチであるかに関係ないものである。さまざまな技法的なアプローチをそれぞれ別種の「エンジン」だとすれば、フォーカシング指向心理療法はどのエンジンであるかに関係ないで生かせる「エンジンオイル」のようなものだ。

 「フォーカシング指向心理療法」の特に下巻は、まさに、そうやってさまさまな流派ややり方にフォーカシングをさりげなく生かすための、ジェンドリンなりのヒント集です。

 この下巻の、「認知行動療法的アプローチ」に関する章は、私が特に熟読して来た章のひとつです。

【ここから第3版への追加】

 私なりの部分的には認知行動療法的といえるアプローチのバリエーションのいくつかの具体は、こちらこちらで紹介しています。

【ここまで第3版への追加】

【ここから第6版への追加】

 私なりのフォーカシング指向心理療法的認知行動療法的アプローチとりあえずの総括(まだまだ不勉強で、初期の探索段階だと思いますが)を、やっとご紹介できました。ご参照頂ければ幸いです。

●フォーカシング指向心理療法の認知行動療法的活用についてのとりあえずの覚え書き(当サイト)

 

【ここまで第6版への追加】

 もとより、私よりもより優秀な「認知行動療法」本来のセラピストが、皆さんのより身近にもいらっしゃることを、私は心から祈っています。

*****

 ●謝辞●

 この記事を書くために何らかの意味で参照させていただいたサイトは、記事の途中でご紹介したサイトのみならず、非常に多くのサイトです。

 しかし、この記事を書くそもそものきっかけとなったのは、Lithiumianさんという方から3ヶ月ほど前にいただいた、私のプライベート・サイトのある記事への厳しいご批判でした。その方から、推薦サイトをいくつかご紹介いただいたことがそもそものきっかけです。Lithiumianさんには、特に篤く御礼申し上げます。

 更に、「ブログ論壇」というサイトを運営されている、ともあきさんから、最初は別の記事にいただいたトラックバックの記事の内容にも励まされました。この「精神療法の荒廃」と題するエントリー記事では、このNHKの番組の再放送を含む放映日程が詳しく紹介されているばかりか、この番組についての様々なコメントも掲載され、更に、ともあきさんご自身の認知行動療法体験についても、簡潔に自己レスコメントをされています。

 実は、私の方からも、今回の連載が進むたびに、繰り返しトラックバックをともあきさんサイトに差し上げ、ともあきさんからもトラックバックをそのたびごとに返していただきましたが、私の方のトラックバックの欄に見かけ上同じ記事からのトラックバックが並び過ぎてしまいますので(^^;)、私の勝手な判断で、私の方の表示はふたつに集約させていただきました。ともあきさん、どうかお許しください。

 更に、これまた少し以前の別の記事にトラックバックをいただきました、このサイトでもすでに具体的にご紹介した、ご自身精神科医である猫山司さんのブログ、「メンタルクリニック.net」の、他の様々な記事もたいへん参考になりました。私の愛読サイトになりました。ありがとうございます。

*****

 最後に、私は福岡県南部(筑後地方)に、私が知らないだけの、十分な診断と薬の処方をしてくださるお医者様が少しでも多いことを信じたいと思っております。

 筑後地区の病院のお医者様、あるいはこの地区の病院に通う患者様の中で、ご不快であったり、ご不安を増してしまわれた皆様もあるかと思います。

 まだ実際にクレームをいただいた例はございませんが、これからも、不適切な表現が見つかりましたら、できるだけ変更してまいります。 

****

 そして、何より、これまで私のカウンセリングルームに相談して、話を聞かせてくださったクライエントの皆様にこそ、ほんとうに厚く御礼申し上げます。

 この3ヶ月の間、この問題について私なりに猛勉強する中で私の認識が急に変化したことは、もう読者の皆様もお気づきかと思います。

 ここに書いたような、恐らくまだ不完全であろう認識すら不十分だった、久留米での開業初期にお会いした皆様、神奈川・大船開業時代のクライエントさんを含めた皆様、「もし現在お会いしていたら、まだ何かお役に立てたのでは?・・・」という後悔の念を禁じ得ないでいます。どうかお許しください。

(実はこの連載、ここで終わりませんでした

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2008/09/19

相手のためにとがんばり過ぎるカウンセラーは未熟である?(第2版)

 これ、カウンセラーの間でよくいわれることなんですけど。

 確かに、自分ができそうにないことについては、少なくとも、その件に関してより経験を積んだ専門家や専門機関を紹介するのは当然のことと思います。

 でも、タイトルで書いたような捉え方に、私の中には一抹の違和感がある。


 では、いつになったら、そのカウンセラーはそれまでの守備範囲を超えたところまでアプローチに習熟するんでしょう??? 

 少なくとも、外部機関への適切な紹介の仕方に習熟するんでしょうか?


 そういう事柄について通りいっぺんの研修を受けたらOKなのか?

 いちいちスーパーバイザーが許可するのか?


*****


 それに、いくらマニュアル的に、危機介入や、外部機関への紹介の仕方について学んでも、そうやって、カウンセラーがそれまで未経験だった領域に踏み出す必要性は、現場ではどしどし押し寄せます。

 そういう時に、冷静、かつ、クライエントさんとの関係性を大事にしながら対処できるかなんていう次元まで、とても日本のカウンセラー養成の現場で教えてくれてないじゃないですか。

 「カウンセラーは、自分にできないことは断ってばかり来る。他所へまわれと突き放す」

という、一般のクライエントさんの声に、受け身なまでいいとはとても思えません。

 そういう時のカウンセラーの言葉が冷たく響くのはなぜか?

 マニュアル通りに話しているだけだからです!!


 そういう次元でこそ、現に、カウンセラーの評判に差し障っているというのに。


 カウンセリングの歴史を前に勧めて来たのは、いや、医療の歴史を前に勧めて来たのは、名もなき現場の開業臨床家である。


 フロイトですら、そうだったということ。


 思わず、村瀬嘉代子先生が講演で語られた言葉を思い出す:

「クライエントの役に立つことを、とにかく考えなさい」

****


 以下の記事ご参照を:


●当時の外科医はマッチョで非情な「大工職人」だった -ナイチンゲール時代の「公衆衛生運動」と「細菌医学」の奇妙な格執-:本論1

●「皆さん、手術の前には手を洗いましょう」の創始者、ゼンメルワイスの苦悩 -ナイチンゲール時代の「公衆衛生運動」と「細菌医学」の奇妙な格執-:本論2 (未完のままですが)


 

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