表現療法

2009/11/11

佐賀県教育センター教育相談集中講座講師として務めを果させていただいた一日をふり返って

 あいにくの雨模様となりましたが、まずは佐賀駅とセンターの間を送迎いただいたことをはじめとした、教育センターのスタッフの皆様の、手厚く、細部まで行き届いたご配慮に、心から感謝申し上げます。

 お集まりいただいた十数名の先生方におかれましては、ただでさえ文化祭等、秋の学校行事が続きやすいこの時期に、多くの学校でインフルエンザが蔓延する事態に苦慮なさっている中、たいへんにお疲れ様でした。

 どれだけ皆様の学校教育現場での実践にお役に立てることをお伝えできたか心もとない思いもございますが、微力を尽くさせていただいたつもりです。

K3100142

センターより雨の中、紅葉の川上郷温泉の方を写す

*****

 小学校から高校、特殊教育に至るさまざまな学校で勤務させている先生方、中には突如教育相談担当を拝命して、戸惑っておられる先生方を前にして、集中講座の3回目のプログラムという、比較的早い段階のプログラムとして、敢えてフォーカシングを組み込まれていることに、当センターで、フォーカシングの学習を、カウンセリングのベーシックな研修の一貫として位置づけておられる姿勢を感じ、何をどうお伝えし、どのような場として一日ワークショップを構成したらいいのだろうかということに、私なりに心悩ませ、プレッシャーも感じていました。

 その結果選択したのは、(これは私が大人数の参加者を前にして、フォーカシングの未経験者が多いワークショップを開く際に心がけたいと常々思っていたことなのですが)、簡単な技法の解説と、短いマニュアルを配布して、ペアを組んでもらい、フォーカサー役とリスナー役を交代する形で、フォーカシングのミニ・セッションを実習してもらうことをプログラムに組み込まないということでした。

 少なくとも、補助スタッフとして、6名のうちひとりは、フォーカシングに馴染んだ人たちが、小グループに分かれた際にサポートできる態勢にない限りにおいては、この点は用心すべきであると思います。

 その結果、構成したのは、次のようなプログラム構成でした。

  1.  参加者全員:その会場に来て、自分はどんな感じでいるのか、この会場にたどり着くまでの気分と今の気分はどう異なってきているか、何が気になっているのか、今日の催しに何を期待しているのかなどをじっくりと感じてみるひとときを持っていただき、自己紹介も兼ねる形でひとりずつ2,3分それを言葉にしていただき、私がひとりずつそれを傾聴して伝え返しをした上で私なりの感想もお返しする(私がこの記事から連載したやり方で、延々と十数名の参加者ひとりひとりとやりとりしたのです。これだけで実に70分の時間を使っています)
  2.      (小休憩 5分)
  3.  フォーカシングとは、我々が日常感じつつも、なかなかうまく対処できない漠然としたモヤモヤとのつきあい方について学ぶ技法であることを、私が永年自分のサイトの「フォーカシング入門」の冒頭に掲載している、「私たちは、自分の感情と、日常の中で、どのようにつきあっているのか」をそのまま配布資料にして、読み上げながら肉付けしつつ解説。
  4.  ここではじめて、今回作成した、フォーカシング技法を概説するためのパワーポイントを起動。ジェンドリンがフォーカシングを技法として開発するまでの経過(カウンセリングの成功例に顕著な、クライエントさんの内面への「焦点付け」能力と、体験過程尺度stage 5におけるクライエントさんの語り方の実例を表示して説明、そしてそれを学習・訓練可能なスキルとして技法化したのがフォーカシングであること)を、できるだけカウンセリング固有の用語を排除して時間をかけずに概説。
  5.      (小休憩 5分)
  6.  参加者全員:再び自分の内側の感じに触れてもらい、1.の段階と現在とでは気になることや気分や身体の感じの状態がどう変化しているのかを再確認していただく(実質的に2回めの集団法clearing a space)
  7.  アン・ワイザー法に基づくオーソドックスな1対1のフォーカシング・セッションのデモンストレーションを、講師である私がガイドを、希望者一人を募ってフォーカサーになっていただく形で、きっちりと実施(35分)
  8.  フォーカサーに了解を得た上で、7.の実際のセッションと照らし合わせる形で、もっぱらアン・ワイザーの「フォーカシング入門マニュアル」で解説された技法に則り、阿世賀が要約したパワーポイント映像を駆使して、オーソドックスなフォーカシング技法と傾聴のあり方の概要を解説(20分)
  9.      (昼食休憩 60分)
  10.  午前中の内容に関する質問や感想を受けるための時間
  11.  土江正司氏が開発した、教育現場で生かせる、フォーカシングを応用した平易な絵画療法、「こころの天気」の概説。「写生俳句的」といわれる伝え返しの仕方まで伝授。
  12.  実際に「こころの天気」の描画を参加者全員にやっていただき、となりの参加者とペアになって伝え返しをするまでの実習。
     
    (この際、冒頭で「今のこころの天気はどんなかな?」と内側の実感に確認していただくことを参加者全体に求めているので、この日のセミナーで実に3回めとなる集団法clearing a spaceの場になることも兼ねている)(40分)
  13.      (小休憩 5分)
  14.  インタラクティブ・フォーカシング技法と、「体験的な傾聴・応答」「相手の身になった応答」のあり方についての簡単な概説。
  15.  インターラクティブ・フォーカシングのラウンドロビン・フォーマットと類似した構造を持つ、学校カウンセラー、藤嶽大安氏の開発した、小さなカードを用いて絵画や言葉を相互にやりとりする「藤嶽法第1法」を、過去に学会の共同発表時に用いたパワーポイントファイルをそのまま使いまわして概説。
  16.  大人数でいきなり藤嶽法の実習をするのは困難なので、講師である私が「語り手」となる形で、その場でフォーカシングして、2,3分で語れる自分の気がかりを提示、参加者全員に、私のフェルトセンスの「身になって」感じてみた手短な言葉や一枚のイメージをカードに書いてもらう。
  17.  そうして書いていただいたカードのうち数枚を、希望者を募って提出していただき、実物投影機(書画カメラ)を使って拡大表示、私は私の実感に照合して返事をお返しする。
  18. 質疑応答

(多くの皆さんはご存知でしょうが、「実物投影機(書画カメラ)」とは↓のような映像機器のことです)

AVerMedia コンパクト書画カメラAVerVision300AF [AV-300AF] (センターで使われていたのと同一機種と思えるのはこれです)

******

 以上、全体で、昼食休憩の60分を別にすると、ご指定いただいた6時間20分の枠をフル活用し、時間配分的には、「講師の私としては」余裕を持って納得できる形で終えることができましたが・・・・・

 私としては、講師は私ひとり、参加者20名ほどまで、フォーカシング体験者が参加者にほとんどいない前提で、カウンセラーを専業とするわけではない、動機付けも様々な参加者の皆様を前に、1回限りで、フォーカシングを、できるだけ参加者の皆さんの日常的実感に近い次元でお伝えするためのフォーマットをこれを機会に確立したかったのですが、個人的にはほぼひとつのスタイルを確立できたかと感じています。

こころの天気を感じてごらん―子どもと親と先生に贈るフォーカシングと「甘え」の本

(楽天ブックス)

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2009/10/05

10月4日付け読売新聞日曜版「本よみうり堂」に掲載された、精神科医、春日武彦氏による「『病気の押し売り』を検証」と題する書評記事への感想 (第7版)

 さて、昨日の晩に予告した「お題」について書くことにしよう。

【追記】 : この春日氏の書評の全文がYOMIUYI ONLINEで読めるようになリました(直接リンク)。

冨高辰一郎/なぜうつ病の人が増えたのか
クリストファー・レイン/乱造される心の病

 書評の対象になったのは、この2冊である。

*****

 春日武彦氏の文章というのは、時として独特の屈折したシニカルさがあると思う。

 例えば、過去のご本人の著書のタイトルのつけ方にしてもそうだ。

 「問題は、躁なんです」 ・・・・・鬱ばかりが論じられ、躁鬱病の問題についての一般向けの著作が当時少なかったので啓発書として書きたかった意図はわかるが、だからといって、それこそこんな「軽躁的な」タイトルをつけてふざけているあたり、週刊誌の見出しじゃなかろうがといいたくなる。

 「ロマンティックな狂気は存在するか」・・・・・・新書化される前のモト本を私は若い頃に読んでいる。小説や映画で描かれるような「ショックのあまり『気がふれて』おかしくなる」という現象は現実にはあり得ないことについて書かれた本。
 内容的にはもっともなことが書かれているので、啓発書としての意味はあるが、そもそも精神科医がお書きになる本で「狂気」という言葉をむき出しで使う本は、実は滅多にない。
 日ごろ実際に精神病の人たちと接している臨床医の先生の多くは、その人たちとの関わりがどれだけ大変な場合があっても、同時に、そうした人たちの実存のプレゼンスに接していると、ある独特の「厳粛さ」を感じずにいられなくなることが少なくないようだ。

 そうした意味では、春日氏の言葉運びには、現実の精神病者への、ある「酷薄さ」が感じられることが、本書に限らず少なくないように思える。

 ・・・・結局、上から目線なのだ(実は読者に対しても)

 それがいい意味でのウィットとして機能する場合にはいいのだが、ちょっと今回の書評は、彼の「無神経さ」という側面があぶりだされたもののように思えてならない。

*****

 「うつ病が急増しているといわれる。(中略)実際、1999年から2006年までの6年間の間に、うつ病患者は2倍以上に増えている。99年から患者数が急増しているのである。ではその年に何があったのか」

 このことが、冨高氏自身の発想の原点にあったことは、Amasonのサイトですでに確認済みである。

 春日氏は、社会情勢の変化(1999年は確かにバブル崩壊の年である)、若者層を中心とした精神構造の変化がその原因であるという論調が多いことを示唆した上で、

 「しかしそれでノイローゼ患者が増えたというのならばともかく、うつ病患者が2倍にも膨れ上がるものなのか」

 この言葉が冨高氏の原著にある言葉なのか、春日氏の表現なのか不明だが、ノイローゼにだって「鬱症状」は得てして存在する。

 更に先までシミュレーションすれば、「ノイローゼ」はあくまでも心因性であり、狭義のうつ病とは「内因性」である兆候が明確に認められねばならないなどと、春日氏がこの私のブログ記事を読んで下さったら、言い出す可能性があるかな?

 しかし、DSMからはすでに「神経症」という診断項目が消えた。これには一面で理由あることなのだと思う。

 そもそも神経症の概念は、19世紀ヨーロッパで、主として中産階級を相手にしていた精神科医の間で、「内因性精神病」とは分化させた概念として定式化されたものである。そこにはクレペリンやブロイラー、シャルコー、ジャネ、フロイトなどの多大な貢献があるわけだが、その時代に「典型例」として抽出された「神経症」像が、特に第2次世界大戦後の経済成長に伴う国民全体の経済水準の上昇を契機として大衆全体に広まる過程で、「典型例」にあてはまりにくい「非定型化」が進行したことと関連する。

 「非定型」とされたものが、次第にその細部の特性や治療法が分化・明確化してとらえられるようになり(それが「診断学」というものであろう)、それぞれ固有の診断分類として分化していくことは、医学全般に共通することであり、それをすべてDSMの操作的定義・マニュアル指向の弊害に還元することにはちょっと無理がある。

*****

さて、続きに進もう、

 「99年は、本邦でSSRIと呼ばれる新型の抗うつ剤が導入された年である。ニュータイプの抗うつ薬の売れ行きと、うつ病患者の急増は相関している。だが新薬登場でうつ病患者が減ったというのならばともかく、逆に増えたとはどういうことなのか」

 「ここで製薬会社による啓発活動(一般市民および医師への)がクローズアップされる」

と続けている。

 冨高氏が、日本以外の、アメリカやヨーロッパ諸国でも、SSRIが認可された時を境にうつ病患者が急増した統計データも示してくれているかどうかに関心がある。

 統計を持ち出す場合には、常にこうした発想法が必要であることは、私もこのブログで、薬物療法と認知行動療法との併用だけではなく、他の流派の療法との併用を施行した場合という「対照群」の統計があるなら見たい、さもないと、単に認知行動療法の人たちが実証データを取るのがお好きな(まさに、プ ロモーションがうまい!)「だけ」ということになるのに、誤解を与えますと常々申し上げている通りである。

 もとより、「1995年ごろには欧米でSSRIへの評価が下がりはじめたので、日本が特にプロモーションのターゲットにされた・・・・というあたりの論が冨高氏の著作の方で展開されている可能性あり!とシミュレーションしますが。

****

 次に、先述の、

 「ここで製薬会社による啓発活動(一般市民および医師への)がクローズアップされる」

 SSRIになって製薬会社(正確に言うと、日本の製薬会社ではなくて外資系の製薬会社である)の販売促進プロモーションがいかに活発になったかという問題については、ネットをあさればいくらでも話題にされてきたことである。

 特に、パキシル(パキセロチン)の発売元であるグラクソ・スミスクライン社の広報活動と不利な情報隠蔽体質に関しては悪評ぷんぷんたるものがあることは、検索すればいくらでも情報源があるが、私は敢えてここで、加藤忠史氏による「躁極性障害―躁うつ病への対処と治療 (ちくま新書)」すでに書かれていることから引用したい。

 (この本は、基本的には双極性障害「1型」を主眼とした著作であるが、すでにご紹介してきた内海氏の本を読む前に読んでおくと、内海氏の本がやや難解だという印象が大幅に薄らぐと思う。また、後半部分で展開される、世界最先端水準の脳生理学、神経化学、DNAレヴェルでの遺伝子上の実証研究の当事者という、加藤氏の、現場臨床医とは別のもうひとつの顔で描かれている部分が、私には滅法読み応えがあった。そして、これからいくつか例を挙げるように、冨高氏が著作の中で書いているはずのことのいくつかをすでに「先取りして」書いているのである)

 以下、紫色の部分は「加藤氏の」この著作からの引用です: 

「それどころか、これらの新しい抗うつ薬が、うつ病にほんとうに効くのかどうかということまで、最近議論になってきておりまして、ちょっとその話題を紹介したいと思います。

 実は、抗うつ薬をうつ病の方に処方して、効いたかどうかを調べた臨床試験の結果は、論文になっているものといないものがあるのですね。

 そこで、アメリカにFDA(食品医薬品局)という薬の認可をなどを行っている部署があるのですが、そこの論文開示請求を出して、論文になっていないパキセロチン(パキシル)の臨床試験を出してもらった、という研究があります。

 そこで再解析したところ、論文にされていない臨床試験は、みな効果がない結果に終わっていました。論文になっているのは、効果があるものだけだったのです。それで、これはバイアスがかかっているのではないかという研究結果が論文として報告されました」(pp.177-8)

 加藤氏は更に続けて、その後の論文で、パキシルは中症から重度の患者ではプラセボ(偽薬)よりもやはり有効だったけれども、その効果はわずかで、軽症例では効果に差がないというものが公表されていることを示しています。

 更に加藤氏は、アメリカの臨床試験の厄介な問題についても言及しています。

 「アメリカではこういう臨床試験に参加した人に報酬を払うのです。報酬が出るとなると、お金だけがほしいといういう人もいまして、こういう臨床試験をいくつも掛け持ちする人が出てくるわけです。

 たくさんの臨床試験に偽名で参加して、報酬だけもらいながら薬は捨ててしまう。そして医師には、うつらしい症状を話しながら治ったふりをする。そういう人たちがいるのです(中略)。[これでは、]効くべき薬に[統計調査上の]差が出ません。飲んでいないのだから差が出るわけがない」(p.179-80)

 ちなみに、こうした治験では「二重盲検」というやり方を採ります。これは、担当する医師にも治験患者にも、それが偽薬なのか、ほんとうの薬かどうかが知らされないままなのです。恐らく個々のタブレットにつけられた製造番号みたいなものだけで識別できる形で、治験の研究者は統計処理をしていくのだと思います。

 ・・・この辺に関わる問題のある程度は、今回の書評の対象になっている2冊の本で言及され、しかも更に詳細に報告されている可能性はあるかと思います。

*****

 さて、この「製薬会社のプロモーション」の問題を考える際に、ちょっと視点を変えますと、実は同時に考えねばならない重大なテーマがあるはずです。

 それは、「薬価」の問題です。これは医療機関が国に保険適用について申請する際の公定基準なのですが、建前上は、薬剤の開発・研究費用、そしてそれが新薬であることが算定基準になっており、改訂される際には下がることになっています。

 ジェネリック(後発医薬品。同じ成分の薬を他の会社が製造することが許可された薬)の場合には、研究開発費がない分だけ、薬価は当然より低く押さえられることが多い。

 これはまわりまわって、競争原理が働くわけで、オリジナルの製造会社も薬価をある程度下げるべく、申請を国にせざるを得ない方向に誘導することになります。

 この「薬価」というのは、業者からの仕入れ価格そのものを規制するものではないために、そこで「利ざや」を稼ぐことが可能です。きっとこのあたりも、書評で紹介された本の中で紹介されている問題なのだろうと思います。

 もとより、心ある現場の医者は、もう、単純明快に、実際に効くか効かないかだけで薬の選択を判断するものです。そういう点で、プロモーションなんぞには全く惑わされず、自分の臨床眼と、患者さんの反応、信頼できる医師同士の情報網だけをたよりに薬を選んでいるはずです。

 このあたり、例えばkyupinさんがサイトでお書きになっていることは、ネット界では最も突っ込んだ次元でのもののひとつであると私は信頼しています(kyupinさんのパキシルを含むSSRIへのスタンスは、この記事この記事にもよく表れています)。

 薬価が高い薬を処方する際に、敢えて「申し訳ない」とはっきり口にしてくださる先生もいます。

*****

 それにしても、もし私がこの2冊の本で言及されていると嬉しいと思っているのは、そもそもなぜSSRI(特にパキシル!)の薬価があそこまで高いのかという問題それ自体です。

 SSRIは、本国でも価格が基本的に高い薬なのですが、単順に経済的に考えて、もし「薬価」を法外に高くせざるを得ないやむをえない事情があるのであれば、特に保険制度を民間に依存しているアメリカでは、「プロモーション活動」に巨額の投資をせざるを得なくなるだろうということになります。

 それとも、最初からそのプロモーション費用を「回収する」見込みまで立てて、「薬価」が高くなるようにいろいろ偽装したということまでありでしょうか?

 このへんのあたりのからくりまで、2冊で追求されていれば、興味深いのですが。

*****

 次に、特に冨髙さんの本で、「鬱症状」の病態によって、使用する薬を変える必要性についてどこまで踏み込んだことをお書きになっているのかについても関心があります。

 Amazonの書評欄を見ると、本書の中で、「再発予防のためのリハビリの重要性」だとか、「(SSRI以外を含めた)多種多様な抗鬱剤の効果の程がわかる」とのことなので、この点はあまり心配しなくてよさそうである。

 ひょっとしたら、うつ病と誤診されやすい双極性障害II型において、リーマスや抗てんかん薬、場合によっては非定型薬、更には睡眠誘導剤が役に立つことについても言及されているだろう。

 そして、薬物療法だけではなくて、医者の小精神療法やカウンセラーによるカウンセリングが連動していること、更には家族や雇用者側の対応についてまで踏み込んでくれていることを期待したい。

 なのに、こうした観点は、春日氏の「書評」にはぜーんぶ抜け落ちているのである!!

****

 薬品会社のプロモーションが会社に与える影響問題についてもう一点述べると、例えば、今や双極性障害II型が鬱病と誤診され、抗鬱薬の処方だけだと、むしろ双極性障害2型の素質を「開花」させてしまう・・・・当然治療は膠着状態になることの危険の問題は、お医者の間でかなり認識が深まっているようだ。

 このことは、新たにおいでになったクライエントさんから「投薬暦」をうかがう度に感じさせられる。

 そういう中で、リーマスやデパケンの需要は以前よりもかなり高まりつつあると思えるのだが・・・・果たしてこれもまた、薬物会社のプロモーションの結果として生み出された、新たな流行に過ぎないのでしょうかね?

 ところが、これらの薬の薬価は、三環系抗うつ剤並みに安い。更にどちらもジェネリックは出ていますし。利ざやの稼ぎようはほとんどないと思います(^^;)

 私が言いたいのは、個々の製薬会社の個々の薬に関して、治験のあり方、副作用の問題、プロモーションのあり方が問題にされてしかるべきだけれども、十把ひとからげな医療不信を煽る発言は、患者を不安に陥れるばかりで危険だということです。

 本来抗てんかん薬だったデパケンが双極性障害の治療薬になることなど、製薬会社には当初思いもよらないことで、臨床現場の経験値に出発して統計を取ってみた論文が出発点になっているようで、脳内での生科学的作用という点では未解明のまま、治験に基づき、双極性障害への適用も慎重に認可されたようである。

 (薬の保険適用申請においては、個々の薬について認可されたある特定の(いくつかの)疾患にしか受理されないという原則があるのです。だからデパケンなどの抗てんかん剤が、双極性障害への気分スタビライザーとしての処方をも認可されるまでに更に数年かかっているのです)

 先述の加藤先生のご著書によると、やっと最近になって、抗てんかん薬が双極性障害の人のニューロンの生化学作用に与える影響についてのとりあえずの「仮説」が立てられた段階のようです。

 最初胃腸潰瘍薬だったドクマチールもまた、その後統合失調症やうつ状態の改善に役立つことが「発見」されました。この薬は、すでに日本で最初に販売されて30年経過という、恐ろしく息の長い古株の薬で、さすがに今では「主薬」として用いられることはあまりないでしょうが、抗うつ薬だけでは鬱症状の改善に効果が出にくい時、薬物療法に秀でたお医者様が、副剤として処方されるケースがままあることも結構知られているかと思います。

 要するに、良心的なお医者さんは、製薬会社の宣伝を、鵜呑みにしないばかりか、製薬会社の側に、「この症状でも効果があるので、国に保険適用の申請を出せ」というプレッシャーを与える側の存在でもあるという、双方向性はある程度機能しているいうことです。

*****

 さて、いよいよ、今回のクライマックスなんですが。

 「これはメタボリック・シンドロームと同じ構造である。以前だったらただの『小太り』が、今で病院受診や保険診療の対象となる。早期治療といった考え方もあろうが、いたずらに多数の『病人』が作り出されたとも言えるだろう」

  この部分は、冨高氏ではなくて、書評の春日氏の言葉であろう。

 これじゃ、うつの患者さんを傷つけるばかりではない。成人病と鬱のどちらか重いかなどという比較論はもちろんできないと思う。でも、成人病予防検診によって慢性の病にならずに済んだ人がどれだけいるであろうか? そして何より、「小太り」の人を侮辱していると受け取れる発言になっている。

 リアルタイムに面と向かってユーモラスに語る時と、文章として書く時では人に与える印象がどれだけ違うか、もちょっと気を配って欲しい。例えば、「ちょっとおなかが出ている人」とするだけでもニュアンスは変わる。

*****

 春日氏の「書評の」先の部分:

 「ただ啓発運動が逆に病気でないものを掘り起こしているといった視点もある。『病気の押し売り』と評され、うつ病以外に小児の躁うつ病、男性型脱毛、性機能障害、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、軽い高コレステロール血症などが欧米では批判されているらしい」

 Amasonの書評を読む限り、このテーマは、書評の対象となった2冊で共に論じられているようである。

  またもや加藤先生のご著書「双極性障害」に戻らせていただくと、実はすでにこの本で、「小児思春期の躁うつ病」問題について、第2章第4節全体(pp.47-51)を割いています。

 特にアメリカでは、一時期、ほんの3,4歳の子供まで双極性障害と診断され、薬物療法の対象になるケースが結構あったようです。

 加藤氏は、これに対して、大人の双極性障害に適応が認められている薬を、臨床試験なし子供たちに使うことができるアメリカの現状を危惧しています。

 2歳の時に「いつもそわそわして走り回っている」との理由で診断を受け、検査の結果、3歳になった直後に、ADHDすら飛び越して双極性障害と診断され、非定型薬、気分安定剤をはじめとする1日10錠もの薬を飲んでいたそうです。そして4歳になって、薬の過剰摂取が原因で亡くなって、両親が第1級殺人罪として起訴され、両親側は医師の指示に従っただけと主張したという事件があったとのこと。(CBSドキュメントによるとのこと。探せば今でもサイト上に何かあるかな?)

 ADHDへの「精神刺激剤」投与の経験がある人に小児期の双極性障害発症が生じやすいという研究があることも紹介されています。

 そして極めつけは、次の事件。ここも加藤氏の著作よりの引用:

 「小児双極性障害の診断増加に中心的な役割を果たし、こうした子供に対する抗精神病薬治療を境に先駆けて提唱していたのは、ハーバード大学のビーダーマン教授でした。最近、小児性双極性障害の権威である同教授とその同僚が、製薬会社から多額の現金を受け取り、大学に報告していなかったという事実が報道されました(2008年6月8日 ニューヨークタイムズ)」

 どうも、この事件のことは、冨高氏の著作でも言及があるらしいことはAmazonで確認済みです。

 日本では、基本的に子供の精神医療に薬物療法を施行することにはたいへん慎重な先生方が多いですし(一時期ほど、「ADHDにはリタリン」という一本調子もなくなってきたのでは?)、ADHDをはじめとする発達障害についても、細やかな目で診断できる専門家が急激に増えています。

 私が発達障害のお子様を待つご家族からおうかがいする範囲でも、教育現場での対応について、まだいろいろ問題があるのは確かなようですが、当事者のご家族の活動などもあり、少しずつ変化してきているようです。セラピー的にもプレイセラピーや行動療法、家族全体のケアという方向性が定まってきているので、アメリカのような「子供の薬漬け」は生じそうもないのですが。

 何かというと、「日本の(精神)医療は欧米よりも遅れている」といわれますが、実際には、最近の経営淘汰的な面や医師確保の面を別にすると、オバマ政権の下、やっとのことで公的保険制度の設立に手をかけつつあるアメリカに比べれば安定しているともいえます。

 アメリカの病院事情も、実は非常に悪いようですし。フロリダ州には「産婦人科」病院が実は一軒もないという凄い話も。

 薬物療法についても、アメリカは、先端的であると同時に、極端に走りやすいともいえます。逆に、一度何かに対する「アンチ」がはじまると、これまた逆の極端の論調が出やすい。

 精神医療において、アメリカにすぐに追従する形にならないという点では、むしろ一種の安全装置として機能している面もあると思うのですが、そのへんを冨高氏自身がどう具体的に論じているのかどうか。 

****

 いずれにしても、 さすがに春日氏も、

「製薬会社陰謀論になりかねず、また早期治療の重要さという点においてもデリケートな問題である

とは言い添えてはいる。

 しかし、おしまいは、

「『まだ病気ではない』と『もう病気かもしれない』の間には、莫大な利益が埋もれているのである」

・・・・と、またもや少し無神経な言葉が出ている。

 ・・・・結局、春日先生、最後まで、薬物療法以外の人的資源や精神療法に関しては一言も触れないまま、あたかも薬物療法がすべてであるかのように「病気」の話をしているという、最大の自己矛盾に陥っている。

 我々は、健常者でも、病気でもある以前に、人間である。

 この春日氏の、書評の対象となった2冊の著者の側には、患者(とされた人)に対する、そうした目線がありそうで仕方がない。

*****

 最後に、ひとつ、決定的に重大な問題に触れておこう。

 レーン氏の著作の原著"Shyness"のAmason英語版サイトまで読みに行って気づいた、「驚愕すべき」事柄。

 それは、レーン氏の原著が、あくまでも、単なる内気な人が、特に「社会不安障害」というレッテルを貼られる過程を告発しようとした著作であるということである。

 なるほど、ある種の「社会不安障害」や「強迫性障害」について、SSRIが適応されることは事実ではあるのだが、春日氏が、この本がうつ病を主なるターゲットに据えたものではなくて、「社会不安障害」がメイン・ターゲットであることについて、ただの一言も言及しなかったということは、もはや、医者としての良心のかけらもないばかりか、ある種の情報操作に加担しているといわれても仕方がないように思われても仕方がない。

 結局、私が、この読売の書評欄に添えられた原書のタイトル"Shyness"に気づいた時点で懸念した勘はあたっていたようにも思う。

*****

【追記】

 以上の文章に全く変更を加えないままでの(嘘だと思う人はgoogleのキャッシュでも何でも参照なさるといい)実際読んだ上での書評は、冨高氏の本はこちら、レイン氏の本はこちらです。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/09/01

薬をやめることをお焦りにならない方がいいですよ

●精神科薬物療法に対する猫山司のスタンス(メンタルクリニック.net by 猫山司)

 医師ではなくて、臨床心理士に過ぎない私ですが、この記事で猫山さんがお書きの問題提起について、全面的に共感させていただきます。

========(引用はじめ)==========

 さて、最近、拙ブログのコメント欄でセカンドオピニオンを求められることが多くなってきたように感じています。

 また、その内容に一定の傾向があるように思われるため、今後の無用な混乱を避けるために、精神科薬物療法に関する私のスタンスをここで改めて表明しておくことにします。

 というのも、最近寄せられるご質問やご相談に、「薬をやめたいのだがどうしたらよいか」という趣旨のものが目立つように感じられるからです。

 これまで私が拙ブログでベンゾジアゼピン系薬物や抗うつ薬の副作用や離脱症状について言及してきたからなのかもしれませんが、では私が実臨床でこれらの薬物を使用しないのかと言えばそんなことはありません。

 むしろ私は、向精神薬を積極的に治療に用いるタイプの精神科医であると自認しています。

 副作用が無い薬など存在しませんから、薬を使用することのメリットとデメリットのバランスを常に念頭に置いて置かなければなりませんが、少なくとも初期・ 急性期の治療における向精神薬の有用性に私は一片の疑いももっていません(将来的にはもっと有効で安全な治療法が現れる可能性は否定しませんが)。

 ただ、薬剤の選択や使用量、使用期間について精神科医はもっと敏感になるべきであるというのが私の持論であり、拙ブログで表明してきた主張であるつもりです。

 したがって、拙ブログに寄せられたご質問に対する回答も、「薬をいかにやめるか」ではなく、「薬の使用をいかに最適化していくか」という視点でお示ししていくことになると思います(薬の最適使用の中に「薬の中止」という選択肢も含まれます)。

========(引用終わり)==========

 この、ある意味で当たり前であるはずのことを敢えてネット上で告知せざるを得なくなった猫山医師の心情、コメディカルな専門家として、察してあまりある思いにかられました。

 薬物療法をお受けになっている皆様、そしてご家族の皆様にはっきりとこれだけは申し上げたいのですが、

「薬を飲んで、やっと通常の生活に耐えられるうちは、病気から『回復』したとはいえない」

「薬を飲まなくて済ませられるようにならないと、病気から『完治』したとはいえない」


という発想自体を、この際、とりあえずお捨てになってみてはいかがでしょうか?

 仮に全く薬なしの状態で完全に大丈夫になる時が来るとしても、それは数年以上先になるかもしれないことを想定していただく方がいいと思うのです。

 特に、統合失調症やある程度重いうつ病(双極性障害を含む)に罹患された方は、病気になる以前と全く同じ水準の激務に耐えられるようになった方ですら、少なくとも1つか2つの薬については、当面飲み続けないと、再発のリスクを大きく高めることが多いとということを肝に銘じてください。

 映画「ビューティフル・マインド」で描かれた内容を思い出していただきたいのです。主人公の数学者が勝手に薬をやめてしばらくして、何が起こったのかということ。


 私も以前別の記事で書きましたが、近視になったので眼鏡やコンタクトを活用するだとか、耳が遠くなったので補聴器をつける心臓が弱くなったのでペースメーカーをいつも装着するというのと、そんなに違いがない感覚の「生活ツール」として、薬の服用を当面考えるところまで「開き直って」みるのはいかがかと思うのです。

 いいお医者さんとの共同作業の中で吟味を重ね、調整され続け、適切な処方が維持された薬を、しかも毎日の生活の中でのベストのタイミングで服用し、それによって生じる、副作用に限らない、微妙な体調や気分変化に対するセルフ・モニタリングを頼りにしながら、生活のピンポイント的な要所要所で判断を誤らないで行動選択する習慣が根付いてしまえば、少なからぬ患者さんは、薬物療法の治療の進展がある段階に達すると、ほとんど日常生活や仕事に差しさわりがない域で生活で、のびのびと生活きるようになることが多いのです。

 この、「薬の力を借りて実現できた、とりあえずの回復」の水準をまずは目標にしてください。

 通院の際のお医者さんとのちょっとした情報交換ができてないばかりに、実は「それさえ聞けていたら処方が違ってくるよ!!」とお医者さん側すら感じてしまうくらいの形で、薬の出方が有効打でなくなっていることなど、あまりにもありふれています。

 ・・・・このことは信頼できますよ。

 少なくとも、「薬なしでカウンセリングだけで・・・・」という発想は、お勧めいたしません。

*****

 あるうつ状態のクライエントさんからうかがった話です(もちろん、複数の事例を混ぜ合わせ、ご本人にはわからないくらいに脚色して書きます)。

 そのクライエントさんは、すでに処方された抗うつ薬と抗不安薬で、かなりの程度の回復し、休職状態からリハビリ勤務に戻れたのですが、そうなると、今度は夜になってもなかなか寝つけないことに苦しみはじめました。

 眠りがだんだん浅くなり、週末ごろには疲れが溜まってしまうのです。

 「睡眠誘導剤は出ているの?」と訪ねてみると、全身の筋肉の緊張をほぐす抗不安薬であり、なおかつ睡眠誘導剤としても使われる種類の薬が出ていたのですね。

 ご本人は、休職中はそれさえあればぐっすりと眠れたそうです。

 そこで私は(お医者様の中に、「臨床心理士がそこまで僭越なアドバイスをするのか!」とお怒りの方があるかもしれないのを承知で書きます)、

 「仕事を再開したので、あなたの脳が『スイッチ・オン』になってしまうと、夜になってもブレーカーが容易に降りないモードにはまってしまっていて、これまでの眠剤だけでは不十分になったのかもしれないね。
 どうだい?眠れない時、
頭の中はどんな感じ?」

 するとその人は、

「いろんな考えがぐるぐる回って、忙しいままなんですよ。・・・・夢もたくさん見ます。夢の中でも、私は忙しく活動し続けて、しかもその結果酷い目にあってばかりいるんです。疲れる夢ばかりで・・・・」

 そこで私は、

「それじゃ、寝ている間のレム睡眠の時間帯も、あなたの心は、昼間と同じくらいに忙しく仕事をし続けているわけで、全然脳が休まっていないのかもしれないね。・・・・ひょっとするとさ、身体全体をリラックスさせる、抗不安剤も兼ねた眠剤だけでは、あなたの脳は休み切れないのかもしれない。ところが、世の中には、もっぱら脳を休ませることを狙い澄ましたタイプの睡眠誘導剤もあるの。・・・・そのへんのあたり、今度、お医者さんに話を向けてみるとどうかな?」

 そのクライエントさんは、通院先の医者に、私の目の前でやってもらったような、それまでよりもずっと具体的な「脳の実感描写」つきで、不眠の現状を訴えました。

 そして、睡眠誘導剤が別の種類のもの・・・・まさに、私が示唆した、脳を休ませることに特化した性質の「本格的」睡眠誘導剤に処方変更されていました。

 すると、そのクライエントさんは、最初の2,3日こそ。その新たな薬の副作用感(口が渇きやすくなり、ちょっと昼間の抑うつも強くなるなど)がありましたが、ともかく実にすっきりと熟睡できる境地に到達したことに、自分でも唖然としてしてしまったのです。

「睡眠時間5時間でも『熟睡した』と感じられてしまい、疲れが翌日に持ち越されないんです・・・・私が昼間、まだ鬱が抜けないとずっと思っていたのは、ひょっとしたら眠りが浅くて、疲れが翌日に残っていたに過ぎない部分まで勘違いしていたのかもしれない・・・・」

 私は念のためにアドバイスしました。

「念のために言っておくけど、
だからと言ってその薬に頼って無理をしては駄目ですよ。
特に、日曜日の晩の夜更かしだけは、なしにしなさいね。
普通の人ですら、日曜日の晩の夜更かしに始まる『負のスパイラル』がどんどん週末に向けて、疲れを貯める悪循環の引き金になる。
何なら金曜と土曜の晩だけは多少の夜更かしは自分へのご褒美としていいかもしれないけど、日曜日の晩だけは厳禁にしてみたらどうだろう?」

 クライエントさんは、「実は土曜日の夜更かしを止める自信だけはないんです」と苦笑しながらうなづきました。

 私は更に、

 「ところでさ、睡眠導入剤を飲むのは、ほんとうにベッドで横になる直前、ごく少量の水でにすることが鍵なんだよ。
 間違ってもベッドで読書とか始めたら駄目
だからね。
 たとえすぐに寝つけなくても明かりも消したまま、ひたすら横になって『目を閉じて』いるだけでも、脳を休めるのに相当程度役立っているんだと思うこと。」

 というと、クライエントさんは、

「・・・・すみません、眠れないと思うと、すぐにテレビつける癖、ありました(^^;)」

「どーしてもあと少しテレビ観たいなら、テレビ観終わってから、即、飲むこと。
 間違っても『飲んだら観るな』
ですね。
 睡眠誘導剤は、2時間寝ないままでいたら効果が消えます。
 しかもその晩に更に『追加して』飲むことは、身体への容量を超えてしまう薬が多いの。
 お医者さんからそういう、追加する飲み方もOKと明確に指示されていない眠剤は、一晩で一発勝負と思うように」

・・・・・ああ、どうして、こんなあたりまえの睡眠誘導剤の飲み方を、担当医師や処方箋薬局は本人に教えていないのだ全く!!

 臨床心理士が教えることではないはずではないか!!

*****

 この話には更に後日談がある。

 そのクライエントさんは、そうやって、時間短縮のリハビリ勤務を順調にこなし、ついに一ヵ月後にはフルタイム(ただし残業なし)での勤務に戻ることができた。

 彼女はそれがうれしくなり、母親に、「こうやって復職できたのは、どうも睡眠誘導剤を代えて、よく眠れるようになったからという気がしてならない」と口走ってしまった。

 すると彼女の母親曰く、

「でも、あなた、薬を飲んでいるからよく眠れるようになっただけでしょ?・・・それじゃ、治ったとはいえないじゃない?」

 ご本人は、その晩、ムカつきのあまり、実は隠し持っている、イザという時に時に「八つ当たりする」ため専用の、クッションでできた「犠牲の人形」に、久しぶりに、まち針を何回も刺し通したということである・・・ アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!。


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2009/06/11

壺イメージ療法とフォーカシング(第3版)

 以前にもご紹介したかとも思うのですが、改めて、現在九州大学で奉職されている、田嶌誠一先生(研究室情報はこちら。先生のメッセージもあります)の開発した「壷イメージ療法」について取り上げてみたいと思います。

 まず、壷イメージ療法についての田嶌先生ご自身の著作(単著、およびそれに準ずる著作)は次の二つです。

壷イメージ療法―その生いたちと事例研究(成瀬悟策監修)

 専門家向けの包括的な著作としては結局この本に勝るものはないのですが、中古市場でたいへんな高値がつく状況です。もちろん、伝統ある臨床心理系の大学院のある図書館には結構所蔵されている可能性が高いでしょう。

 研究会の、シンポジウム形式での発表と討論の記録という体裁をとっているのですが、そこで討論者に指定された先生方が超豪華です。

 倉戸ヨシヤ先生・栗山一八先生・中井久夫先生・増井武士先生・(我が恩師、亡き)村瀬孝雄先生。(司会はもちろん田嶌先生の恩師、成瀬悟策先生です)

 ・・・・もう、これだけで、一読したい若手臨床家の皆さんは少なくないかと(^^)

イメージ体験の心理学 (講談社現代新書)

 この本は、壷イメージ療法についての解説書というよりも、イメージ体験全般が人の変化に持つ意味についての平易な解説書という側面が強いので、「壷イメージ療法」の臨床現場での適用についての解説本を期待された読者には少し物足りないかと思います。

 ただ、田嶌先生の「イメージの体験様式の変化」論について、そのおおよそを掌握したい人には向いているかと思います。

*****

 この中の前者の著作で書かれていますが、壷イメージ療法のルーツは、あくまでも、田嶌先生の恩師である成瀬悟策先生のイメージ療法催眠療法です。いつの間にかフォーカシングのバリエーションとして生み出された技法であるかのように受けとめる人が増えていますが、この点は安易に混同すべきではないでしょう。

 更に、壷イメージ療法を、

1.気になる事柄について、
2.それを入れるのにぴったりの壷を思い浮かべて、
3.の中にその気がかりを入れて
4.蓋をして封印して、
5.置き場所を決めて「距離をとる」

・・・・そういう技法だと思い込んでいる皆様も少なくないようです。

 すでに10年以上前になりますが、私は、田嶌先生ご自身が講師のワークショップに参加して、こうした理解がいかに一面的だったかに重々気づかせていただきました。

 それ以来、私は、フォーカシングのインサイダーであるにもかかわらず、壷イメージ療法を行なう際には、田嶌先生のエッセンスを絶対に外さない、オリジナルほぼそのままを使うようにしています。

 現場の日常のカウンセリングでも「壷イメージ療法」は全くの「普段使い」の技法のひとつですし、「久留米でフォーカシングを学ぶ会」や「フォーカシング個別指導」の場でも、ご希望があれば、いつでも「オリジナル・バージョン」のままでお伝えしています(^^)

 そこで、ネット上にいくつかある、「壷イメージ療法」についての解説記事よりも更にメリハリを明確にして、できるだけシンプルに、この技法の勘所の私なりの解説を試みてみたいとお思います。

*****

1.深呼吸などをして、リラックスできる態勢を作ってもらう。

2.「あなたのこころの中のことが入っているた、壷のような『容れもの』があると想像してみるのはいかがでしょうか?・・・・・・しばらくすると、浮かんできますよ」。

【Tips 2-1】・・・・・ここで肝心なのは、標準技法においては、先に、「こころの中のこと」が具体的に何なのか想像してもらい、次に、それを入れる壷を想像してもらうのではないということです(このことは、田嶌先生に直接ご質問してはっきりと確認済みです)。

 のっけから「自分のこころの中のことが入っている壷」をいきなり想像してもらうわけですね、こころの「内容(content)」は何なのかに意識的に注意を向けるように誘導することをむしろ回避し、contentは曖昧のまま、それを包含する「容れもの(container)」の方をイメージしてもらう方向に仕向けているあたりに大きな鍵があります。

 もちろん、こうした教示の結果、クライエントさん自身が、壷のイメージを見つけ出す前にせよ、見つけ出した後にせよ、自分から、「これは、○○についての壷」などと命名することはあるかと思いますし、それは当然受容的に受け止めていくことになりますが、それが何についての壷なのか、クライエントさん自身にずっとピンとこないままでも、壷イメージ療法を進める上では何も障害にはなりません。

 田嶌先生は、「あなたのこころの中のことが入っている」って何? と怪訝な様子のクライエントさんには、そこすらすっ飛ばして、ともかく壷を思い描いてみることを勧めてみることすらあると言われていたと記憶します。

(もちろん、応用編として、具体的な、扱いづらい課題や感情について、それを入れる壷を思い浮かべるという方法はあり得るわけですが)

【Tips 2-2】・・・・・「壷」という指定イメージは、たいていの人にとって思い浮かべやすいものなのですが、「いれもの」のようなものであれば、壷ではなくて、ビンだとか、袋だとか、箱だとか、ともかく、「容器めいた形状」であればいいことを多少示唆するサポートが役に立つクライエントさんも少なくないようです。

******

3.壷が浮かんできたら、少なからぬクライエントさんは、簡単な誘いかけだけで、「どんな壷か」について、形状や、そのたたずまい(かもし出す雰囲気)、更には、眺めているとどんな気持になるか、それに似た壷を以前どこかで見たことがある・・・・・などという話を、自分から物語り始めるので、それを受容的に受け止める(ロールシャハでいう「自由反応段階」みたいなもの)。

【Tips3-1】 大きさや形、色、陶器か磁器か、表面の材質、触り心地の感触など、いくつかの具体的観点から、セラピスト側から、控えめに若干質問してみるくらいはいいだろう。

 私(阿世賀)個人は、こういう時に、「どんな『感じ』がしますが」という言い方をオープン・クエスチョンで一般的な形で軽率に使いすぎること自体を回避したい気持ちが強い。それなら、せめて、「壷を眺めていてどんな気持ちがしますか」ぐらいに設定を明確にしたい。

 なお、私は、フォーカシングの場合には、フォーカサーがイメージ的な象徴化をしても、イメージそれ自体について、「大きさは?」「色は?」などどいう、イメージの具体的な詳細化を直接求める問いかけをすることをほとんど禁忌とすらしている(もっとも、夢フォーカシングだけは例外である)。 

 フォーカシングにおいてイメージは不可欠に必要な過程ではない。アン・ワイザーのいうがごとく、イメージは、身体感覚や情動や、気になる事柄についての具体的な語りなど、フェルトセンスが響きあういくつかの側面の中のひとつであるに過ぎない。

 フェルトセンスをとりあえずつなぎとめるためのハンドルとして生起したイメージは、リスナーやガイドからの具体的な詳細化の求めがあると、フォーカサーのフェルトセンスから離れて「一人歩き」し始める、むしろフォーカサーに体験過程の軌道を見失わせるからである。

 ところが、壷イメージ療法の場合には、壷のイメージをリアルに具体化させる方向に若干誘導する(=拡充する)ことそのものが、促進的なブロセスとみなしていいようだ。

 つまり、ロールシャハで言う「質問段階」みたいなものにある程度踏み込んでもいいということである。

(そもそも、壷という課題を提示したのは治療者の側であるため、クライエントさんの中で固有のイメージ化のプロセスを具体的に促進する援助が必要ということにもなるのだろう)

 この点で、私は壷イメージ療法とフォーカシングとでは、そもそもイメージについての質問や応答のしかたそのものをはっきりと使い分けている。

 もっとも、クライエントさんの語りを丁寧に受け止めていけば、そのような喚起的質問は最小限でも、クライエントさんは、思いの外自発的に、細やかにこうした語りを紡いでいくものであり、性急に質問を繰り出すのは、本人のプロセスを妨害するだけであることは、両技法共に変わりがない。

******

4. 「他にも浮かんでくる壷はないか?」と問いかけ、2..-3.までの段取りを繰り返す。

 田嶌先生自身、「ひとつしか壷が思い浮かばない人の場合の方が注意を要する」と、1つ目の著作でお書きである(p.57)。「1つの壷の中に多様なものを含みすぎている状態であろうと思われる。ただし、『他にもあるけどはっきりしない』とか『たくさんあるけど一個だけはっきりしてる』という場合はこの限りではない」(pp.57-8)という示唆は興味深い。

 私の経験では、意外と少ないのは、個数が2個で終わるケースである。3個や4個というケースは、壷の形状とそこから語られる連想もバラエディに富み、セッションとしてまとまりがいい気がする。「序・破・急」あるいは「起・承・転・結」ということを連想させる不思議な順序で壷自体が浮かぶのである。

 つまり、単にこころのいろんな側面の表れというより、新たな壷について語られ出した時、新たな体験過程のステージが開かれていくばかりか、治療者がそれにうまく付き添う限り、新たな壷の登場そのものが、そのセッションで可能な範囲での無理のない「人格再統合」すら暗々裏に指向しているかのようなのである。

 (ここまでは田嶌先生は言われていない。ただ、私の場合、フォーカシングにおいても、clearing a spaceを進めていくことは、思いよらない新たな気がかりに『気づいて』いくことであり、丁寧にclearing a spaceが進むと、すべてを積み出した時には、単にすっきりしたというのを超えた大きな気づきを伴うシフト体験にすでになっていて、それ以降のフォーカシングの部分は不要とフォーカサーも感じていることが少なくない現象を早くから指摘してきた立場(阿世賀,1992)なので、私が療法家として新たな壷を思い浮かべていってもらう過程でも、類似のことが生じやすいとも想定できるかもしれない)

******

 5. とりあえずの、ちょうどいいいくらいの壷の「置き場所」について「相互調整」してもらう。

 【Tips4-1】田嶌先生のオリジナルに従えば、一つ一つの壷に「ちょっと入ってみて」配置を決めるのだが、私は、壷を眺めていての心地だけで決めてもらうことしかやったことがない。

 一般的に言えば、なじみやすい壷を手前に置くことになるだろう。「ちょっと奥に置いて眺めてみるのもいいし、右手寄りでもいいし、左手よりでもいいし・・・・」ぐらいの曖昧な示唆しか与えない。置き場所に高低の「段差」があったほうがいいので「台」や「棚」や「スロープ」を自発的に設定してしまう人もいる。

 この段階で、自発的に、「実家の土間に置いてあるイメージが浮かぶ」とか、自発的に具体的なことを語る人も出てくるし、中には「腕の中に抱えていたい」などと、思いもよらないことを言い出す人もあるが、受け入れている。

******

6.一番入りやすそうな壷を選んでもらい、壷の中にゆっくりと入ってみて、じばらく中の居心地を味わってみる→出てきてもらう→壷に蓋(ふた)をする

 田嶌先生自身、これは無理な人にやってもらう必要はないことを強調している。このステップを最初から省略する前提でもいいように思う。田嶌先生自身短いワークショップではこの部分を割愛している。

 この「入ってもらう」体験は、一般に思われているよりは、恐ろしい体験として本人に体験されることは少ないようである。

 ただし、仮に壷に「入ってもらわない」ままで済ませたとしても、個々の壷との関わりの終了の前に、「蓋(ふた)を見つけてもらう」ように促すことは大事なことである点は強調したい。

 しかも、どんな蓋がいいかを吟味してもらうプロセスが大事である。 コルクの栓という人もいれば、油紙やラップを何重にも重ねたものを壷の口に載せ、紐でぐるぐる縛りあげる人もあるかもしれない。

 このことと延長して、壷そのものの「梱包」まで進むのが自然な人も少なくない。「壷が本来入っていた木箱に納めたい」というような人も少なくない。

 私の場合には、個々の壷の栓のしかたと、その日のセッションの段階でのその壷の「置き場所探し」は、連続的な手続きとして進めてもらうことが多い。

 「置き場所探し」に関して、私は「それは現実の場所でもいいですし、空想上の場所でもいいです。この面接室の中のどこかでもいいです。(小さな壷の場合)もし、持ち歩きたいというのでしたら、それを入れるための空想上のバックやポーチをしつらえてもいいですよ」

などとアドバイスします。少し変わった例では、「その壷を置いた建物の『外観』を写真に撮ってパスカードに入れて持ち歩くつもりでいたい」というような例もあった。

 「栓のしかた」と「置き場所探し」は、私の見たところでは、実は別々のことではなくて、多くの人にとって、相互補完的なワン・セットの段取りのように思う。

 中には、「別に蓋をしなくても大丈夫です、実家の神棚のお神酒のところに置いてあるつもりになれば」などと、置き場所にだけこだわれば十分という人も珍しくはないように思う。これは、私の場合、以下に述べるとおり、壷に「入ってもらう」ことを滅多に行なわないことも深く結びついているのではないかとも思えている。

 実は、私の場合、この「入ってもらう」段階は、面接現場ではほとんどの場合省略している。それは、ここまでのプロセスですでに十分すぎるほどのことがクライエントさんとの間で進んでいる気がしてならないことが多いからである。

 少なくとも、この「入ってもらう」部分を、壷イメージ療法におけるクライマックスとして想定する必要はなく、むしろ、可能な人向けの追加オプションと見なしてもいいのではないかとすら私は判断している。

 では、壷イメージ療法の中で一番肝心なことが生じているのは?

 実は、壷を思い浮かべて、無理のない距離感で、しばらく壷の様子を味わった、その段階だと私は思っています(^^)

 この点では、フォーカシングにおいて、フェルトセンスをつかまえ、無理なくしばらくそのそばに『共に-居られた』経験それ自体を繰り返し可能になれることが大事で、後のことは無理して引き起こすことではないというのと似ているかと思います。

******

 
7. 次の壷に入りたければ、6.と同じようにして入ってもらう→壷の置き場所を見つけてもらう。

8.そのセッションで相手をしなかった壷についても、蓋をしたり、置き場所を見つけたりが必要なものもあるだろう。強迫的にすべての壷の封印や置き場所探しは不要で、「目を開ければ消えてしまう」ということでいいという壷もあるかもしれない。

 しかし、セッションの中で不快な、あるいは不気味な印象のみを残したり、混乱させたり、後味の悪い壷については、封印や置き場所探し、あるいは、田嶌先生自らが「補助的技法」として紹介している「金庫に入れて、鍵は治療者が預かる」という厳重なやり方、更には「次にこの面接室に来て、また開ける気になった時まで、その壷を一人で家で開けてみたりは決してしない」という約束などが重要なこととなるだろう。

 私は、この「この面接室だけで壷の蓋を開けよう」という約束を興味深く思っている。面接室の中で、クライエントさんが壷との関わりでそこそこ安全な体験をできたのも、実は、治療者がクライエントさんの内面の"container"(ビオン的な意味を込めてもらっていい)としての役割を果たし、更に、面接室とい特殊な心理=社会的かつ物理的な「容れもの」空間にも保護されていたからだと言えるかと思う。

 面接室の一歩外に出たら、あの冷たい世間の風なのだ。あるいは、家に帰ったら、家族との関わりの中で心の壁にたくさんの弾痕ができている人も多い。そういう人が、面接室と同じような調子で壷のふたを開けたら、自分自身のこころのcontainerだけでは中からあふれ出してくるものに対応できない可能性は高い。仮に時折壷を思い出しても、外側から眺めたり、撫でてみる程度までにとどまっていれば、実は安全度が高い形で、日常に裏面的なプロセスを持ち帰っていることになると思える。

******

 壷イメージ療法の最大の逆説は、心の"内容(content)"に具体的に注意を向け、言語化し、表現し、説明・分析していくという、対話的心理療法の方向性を逆手に取り、「壷」という、誰にとっても視覚イメージが喚起しやすいばかりか、ディティールが細やかで皮膚感触的な感覚性も高く、太古的・原型的で、人間の身体構造のアナロジーともなる絶妙な指定イメージのもつ、

「具体的な中身(content)を包み隠しつつも安全に保持するが、密閉はされていない『容れもの(container)』」

を思い浮かべて味わうことに、巧妙にすり替えている点だと思う。

 「すり替えて」という言葉は今の私にとってもぴったりではないが暫定的に採用したい。

 少なくともここで私が言う「すり替えて」とは、いい意味での「すり替え」なのだ。ただのガムの銀紙を金箔に「すり替える」みたいな方向での。

 目に見え、触ることもできる『容れもの』をイメージ的・身体感覚的に観照し、味わい、体験することは、ユング風に言えば、その『容れもの』の中で胚胎され、発酵していく、たましい(soul)そのものの変容過程という、目に見えないし、言葉で説明しきれないものに関わるのだと思う。

 神田橋先生ふうに言えば、実はファントムに過ぎない「言語化まみれ」の泥沼から「こころ」を救出し、大事に守り育てるための、ひとつの営みなのだと思う。

神田橋條治/「現場からの治療論」という物語―古稀記念

 壷イメージ療法の効能について、旧来の心理学や精神医学の力を借りればさまざまな説明ができる。でも、それらによって説明し尽くそうとすることと、この優れたアプローチを、現場で臨床家がどう職人的に役立て得るかは別次元の問題であろう。

 どうも、フォーカシングの方が、壷イメージ療法よりも「難易度が高い」技法のようだとは、私すらも感じています(^^;)

****

 なお、田嶌先生が理事長をお務めになる形で、NPO法人として、開業カウンセリングルームが、福岡市の西新プラザで開設されています。

 詳しくは、

●九州大学こころとそだちの相談室

サイトをご覧下さい。
    

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2009/05/29

浜崎あゆみと中島みゆきとアラニス・モリセットの共通項(第3版)

 久々にayuネタを書くかと思ったら、ここまで搦め手から来るか? と思われる方もあるだろうなあ・・・・coldsweats01

 でも、J-Popと洋楽の両方に詳しい人だと、もっともな着眼だ!!と、あっさり言われそうな気もする。

 実は知りあいから紹介されて、最近聴いているんだけど。

 最初に、ベスト盤の、" The Collection"から聴いた。

ザ・コレクション(スペシャル・エディション)(DVD付)
 
 曲想は、結構、私の好きなオリヴィア・ニュートン=ジョンを思わせるところもある曲も少なくなくて、マドンナの起こしたレーベルからデビューした人にしては、意外とオールド・ファッションだなあと感じたけど、私にとっては非常に入りやすいスタイル。本人がギターやハーモニカなど、幾つも楽器をこなせる人だから、全く自然な成り行きなのだろうし、それとこの人、カナダでのインディーズ・デビューがわずか10歳らしかったから、ベースにある音楽スタイルっていうのが、年齢の割には古いあたりにあったんだと思う。

 私って、洋楽を聴いていて、耳で歌詞のverbalな意味が読み取れるような英語力ではない。でも、歌詞カードを読むと、何か、凄ーーーーく「婉曲な」形で、プライベートなメッセージをぼろぼろと書いていくタイプの人であることに気がつく。添付の和訳は、そこらへんの「含みの多さ」の一面しか訳すことができていない。質は違うけど、どこかでayuの詞を思い出させるところがあって。

 いきなり「誰にでも感情移入できる」普遍的な言葉で詞を書く人ではないのだ。「特定の人」を強く意識した書き方だから。

 でも、最初、「この人何をぶつぶつとグチ言ってるんだ」と思いながらも話を聴くうちに、多くの人に共感できる接点が拓け出てくる・・・という、じんわりと効き目が聴いてくるタイプの詞なのだと思う。

(もっとも、2枚目以降のオリジナルアルバムでは、一転してシンプルな歌詞のものも増えてくるようですね)

 でも、内容の自己披瀝的な赤裸々な側面は、むしろみゆきの系譜に近いかもしれない。
 

***** 


 そして、全世界で2400万枚というセールスを記録したという、ファースト・アルバムの"Jagged Little Pill"に聴き進むわけですが。

ジャグド・リトル・ピル

 ベスト盤では、この、一曲ごとのアプローチの変化はとてもわからなかったなあと思う。そして何より、リスニングが無っ茶苦手で、意味は、ながら聴きだと全然伝わってこない私なのに、iTunesに入れて何かの作業をしていると、この人の声が、それこそ、

 ♪ワケのわからぬこと話してる

(浜崎あゆみ/independent)


・・・・というだけで、もう、何か訴えよう、訴えようとしているのが、(サリヴァンふうにいえば)"verbal"にではなくて"vocal"に伝わってきて、見事にinterruptされるわけである。

 声の質として、エキセントリックなのではない

 むしろ不器用ですらある声だと思う。

 なのに、それを総動員して、くどくどくどくどと叫びを上げるのだ、この人は。

 このような感覚に襲われたことは、あまりない気がした。


 まさに、「角張った小さなタブレットを飲み干す」ひっかかかりというか、絶妙なアルバムタイトルである。

*****


 2枚のCDのライナーノーツによると、この人、先ほど述べたように、10歳でのカナダでのインディーズ・デビュー、カナダ国内でのメジャー・デビュー、そして、上述のアルバムを引っさげての国際的なメジャー・デビューという階段を歩んできたみたいだけど、それぞれいろいろ賞をもらって高評価の中で次のステージに進んだのに、「何か、何か違う」と違和感を感じ続けていたみたいである。「周囲は大人ばっかりだったし」とインタビューにも答えているらしい。

 このあたりも、10代初めに福岡ですでにモデルやCMの仕事をはじめ、上京してから「未成年」「闇のパープルアイ」「ツインズ教師」などで演技力にも注目され、avex以前に一度は歌手デビューしているayuのかかえ続けた「違和感」とも何か通じるところがあるのではないか???

 まだ、確定情報ではないので、情報リソースは明かしませんが、ayuのプロモーション・ビデオの中に、アラニスののそれに相当影響を受けているという説があるものもあるらしくて、もし仮にayuが好きなアーティストとしてアラニスを掲げる発言をどこかで公言していたとしても、何も違和感がない気もします。

 以前、ayuの好きなアーティストについての何かのインタビューでの情報に接して、「私の知らない洋楽女性シンガー」がそこに含まれていたのだけど、なんとなくそれがアラニスという気もしてきた・・・・誰か教えてくだされ!!


*****


【第2版で追記】

「王子のきつね」さんにこの件をネットでお尋ねたら、実にあっさりと返事をいただきました(^^)

少なくとも、この"Thank U"のPVがayuの"Loveppears"のジャケットに与えた影響は大いにありそうです。

●Alanis Morissette - Thank you (subtitulado en español)(YouTube)

浜崎あゆみ/Loveppears


*****


 彼女の曲は、iTune Storeで十分に整備されていますね。

Alanis MorissetteiTunes StoreのAlanis Morissetteコーナー


*****


  おしまいに、YouTubeから、アラニスのファンに、「このバージョンをいきなり紹介するのは反則!!」といわれるのを承知で、メロディーの美しさと詞の悲しさが好対照の、"Your House"を。

(アラニス自身の声ではなくて、あくまでもカバーですが)


Lyrics | Alanis Morissette lyrics - Your House lyrics

 やっぱり、この曲の、オリジナルアルバムへの収録の際の手法を、ayuさん、まねてるんじゃない?? 上記のアルバムの浜崎あゆみ - Kanariya - Kanariya (Original Mix-Radio Edit)あの曲で?

ジャグド・リトル・ピル~アコースティック

 "Your House"をフツーに聴くなら、10年後に再録された↑このアルバムということになるのかな?

Alanis Morissette - Jagged Little Pill Acoustic - Your House"Your House" Acoustic Version


*****


 そうそう、ayuよりみゆきより、何より矢井田瞳さんなんて、作風的に、アラニスともろにかぶるという点で、日本では代表的な人の筈・・・・ですよね?

 iTunes Music Store(Japan)


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2009/04/16

コードネームは「なでしこ」

 現在鋭意ロビー活動と準備を進めている、カウンセラーこういちろうの故郷久留米での経済環境の抜本的安定のための改善計画における「最後の切り札」として、秘密裏に奨められている、「コロンブスの卵」的なアイデアに基づく、堅実な新業務計画に、このネーミングを冠することにした。

 別に、フォーカシングを活用して、女子サッカー選手の心身のストレスと緊張をほぐし、集中力を高めることで、コーチとして副収入を得ようという計画ではない(^^;)

 このコードネームに基づいてなされる機密プロジェクトには、2つの具体的な実行プログラムが含まれている。

指令1. 私が子供時代に住んでいた旧宅を活用した、現在の開業カウンセリングルームには、猫の額ほどの広さではあるが、住居南側にがある。

 昨年帰郷してから冬を迎えるまでは、せいぜい雑草を抜く程度の手入れしかできず、おかげで、むき出しになった、結構肥沃な地面の土砂が雨が降るたびに流れ出し、溝を埋めてしまい、今度はそうやって埋まった溝から再び土砂を浚(さら)い出すといういたちごっこを繰り返すのみであった。

 そこで、花屋さんと相談して、今年は、その庭の地面一面に、多年草であるなでしこを栽培し、雑草の繁茂を抑止し、私やクライエントさんの目を、わずかなりとも安らがせることを期待することにした。


指令2.  現段階ではまだ具体的な公表の段階ではないので守秘するが、なでしこの間に大麻草が植わっていたり、地中で人工衛星と偽って弾道ミサイルを栽培しているのではないことだけは保障できる(^^) 

 ......しかし、これはやはり一種の「土壌改良を伴う栽培計画」であるとは思われる。.



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2009/03/13

認知行動療法について -NHKスペシャル 「うつ病治療 常識が変わる」への感想(6 一応の最終回)- [第6版]

 さて、いよいよこの連載、前回に引き続き、このエントリーで最終回です。

 前回で紹介した、「非定型うつ病」の現在の診断基準と、その具体的治療法については、実に様々なサイトですでに詳しく言及されておりますので、そうしたサイトをご覧になる読者のご判断にお任せいたします。

*****

【ここから第2版で追加】

 でも、「非定型うつ病の人は、認知行動療法によってアサーティブさ(自己主張能力)を身につけることが必要

という意見を読むと、

「日本人は、うつ病に限らないこととして、むしろ心理療法全般を受けることによって自己主張能力を身につけたおかげで、周囲との摩擦に耐え、孤高の道を歩む苦しみを感じているんじゃないか」

とも思うし、その一方、

「今の若い世代は、生きる糧を得るために働くという経験に乏しく、自己主張的になっているので(!)、昔の人のように、典型的(=DSM-IVで、過去の遺物から突如復活(^^;)した、「メランコリー型」)うつ病になれなくなっている」

という全く正反対の記事を読むと、

「ああ、オヤジの『今の若い者は』のバリエーションに過ぎなくなってる。要するに、古典的うつ病の人のほうが従順で、扱いやすかったという医者本位の愚痴なんじゃない?」

と感じてため息をつくのは、私だけではないと思います。

 繰り返します。DSM-IVでの診断基準に適う意味での「非定型うつ病」と同じ病態の人は、昔も今もたくさんいただけです....と。

 【ここまで第2版で追加】

*****

 さて、いよいよ、番組後半で取り上げられた「認知行動療法」に関してですが。

 認知行動療法についても、この番組に関する、しないにかかわらず、様々なサイトを見ていくと、バランスのいい記事もたくさん見受けられます(お医者さんによるもの、実際認知行動療法を受けた人の体験談etc.)ので、多くはそちらにゆずるとします。

【ここから第5版】

 私としての推薦は、

●【認知行動療法とは】 (インチキWriterの棲みか by isshy☆さん)

 うつの人のではないのですが、「プロのライターさん」がマジになって書いたら、専門家の入門の文でもなかなか読めないような、これだけ小気味いい紹介の文章になるというあたりに注目!です(^^)

【ここから第4版】

 ただし、英語ですが、次の記事の存在は是非お知らせしておきます:

●Petition Against Over-Regulation of Psychotherapy(心理療法への過剰規制に反対する嘆願書) (Moving Toyshop)

この記事は、裕さんのサイトの、

* イギリスにおけるセラピーに対する国家の規制

というエントリーで紹介されていたものです。 

 これについての私の意見はこちらの記事で紹介。

【ここまで第4/5版】

 そして、次の点だけ、開業臨床心理士としての私のスタンスを明言させていただきます。

 私は、基本的に、ある特定の心理療法が他の心理療法と比較して優れているかどうかという論の建て方に懐疑的です。

 いいカウンセラーにめぐり合えば、それが精神分析でも行動療法でも箱庭療法でもフォーカシング指向心理療法でも(!)、さらに特定の心理療法流派を標榜しないカウンセラー(例えば村瀬嘉代子先生や増井武士先生.....来年度から九州産業大学です....)でも、うつ病に関するカウンセリングに関して、的確な見立てと、個々のクライエントさんにふさわしいカウンセリングの進め方、医療の必要性まで、クライエントさんの考えも尊重して、一緒に納得のいく解決を模索していく力があります。

 このNHK特集でたっぷりと矢面に立たされたお医者様たちへの公平のために申し上げれば、カウンセラーや臨床心理士の場合にも、専門能力として不十分な場合が「同じくらいにたくさん」見られる点では同じかもしれません。私もまた、多くのクライエントさんに、「未熟なカウンセラー」として記憶に残っていることも少なくないであろうことは十分認識しています。

 しかし、それでも敢えて断言します。

 標榜する心理療法の流派やアプローチの違いと、「現場」カウンセラーとしての力量とは無関係だと。

 むしろ、カウンセラーは、経験を積めば積むほど、

「他の流派のカウンセラーでも、現場臨床的に力量がある人は、根本的なところでは自分と共通のことを自明の前提としてやっている」

ことに気づき、そうした技法についても実際に謙虚に学んでみる姿勢を保てるカウンセラーこそ、実は、その人の標榜する心理療法に限定しても、奥の深い現場臨床での実力を持っているものです。

●参考記事 : 「「オモテ」技法と「ウラ」技法 または収穫逓減の法則(久留米フォーカシング・カウンセリングルーム)

 誠に僭越ながら、私が目指しているのも、まさにそのような、他の心理療法や技法に偏見のないカウンセラーに他なりません。

 私がそういうカウンセラーにどのくらいなっていて、現場臨床でも有能かを評価するのは、おいでいただくひとりひとりのクライエントさんに他ならないと思います。

 それどころか、クライエントさんに限らず、どんな人間同士でも、他人が自分のことを「誤解する権利(!)」が保障されていなければ、それは「支配」を原理とするファシズムであり、むしろお互いに更に理解を深めるきっかけを失ってしまうものだと確信しています。

(もちろん、「理解を深める」なんてしてほしくない、というクライエントさんの訴えがあれば、それも大事にしたいと思っています。自発的に訴えて下さらなくても、「私はこのクライエントさんにすでに踏み込み過ぎ、それを苦痛とのみ感じさせてはいまいか?」という自問自答はいつもして、チェックしているつもりではいます)

 クライエントさんからのどんな苦情や不信の念もぶつけてもらえることを、「クライエントさんが心の中でいつまでも抱え込んでいるだけにならずに済んで良かった」と、少なくとも心の中の「一方の自分」は受け止め、仮に、「他方で」、クライエントさんの誤解を解きたい気持ちがどうしてもカウンセラーの中にある場合にも、そのことでクライエントさんとの溝を深めるだけにはならないだけのことができること。

 更に、それが単にクライエントさんの「言いなりになる」ことではなく、クライエントさんにほんとうに役立つ援助へと前進するきっかけになるということが、絵に描いた理想ではなく、試行錯誤を重ねつつも、クライエントさんと共に実現に近づけるカウンセラーでありたいと思いながら、ひとりひとりのクライエントさんと毎回お会いしているつもりです。

 そして、「どうしてすぐに治してくれないの?」というお話に対しても、一方的な説明にとどまることがないように努めているつもりです。

 これを読んだ私のクライエントさんたちへ:

 今度お会いした時に、これを機会にこれまで言えなかった本音をいってくださっても歓迎します(^^) 
 今度ではなくて、もう少し先のいいタイミングで言ってみよう、でも自分の中で決して忘れないではおこう、というのも歓迎です(^^)

*****

 更に、私のカウンセリングルームの宣伝めいたことも、もう少しさていただくことをお許しください(^^)

 私は、まだまだ不十分かと思いますが、精神分析、行動療法、認知行動療法(まもなくこれに「最新の」臨床動作法が加わる予定です)など、様々な心理療法流派の、現場で一流という評価がある先生方の研修会に参加するように努めてきました。

 私の『普段の』カウンセリングをお受けになったクライエントの皆様の中には、私のカウンセリングを、例えば「認知行動療法」っぽいなと感じた方も少なくないようです。

 別の方は「まるでユング派みたいだ」とお感じかと思います。

 更に別の方は「ゲシュタルト療法みたいだ」とお感じの方もあるようです。

 なんだ、普通のロジャース派(来談者中心療法)と何も変わらないではないか、とお感じの方もあるでしょう。

 通常の面接の際には、「どこがフォーカシングなのか見当もつかない」とすら言われます。

 なのに、フォーカシングを技法として教える教師としては、

 「これほど理論や技法に厳格で、実践的な指導を具体的にしてくれるトレーナーにはこれまで会ったことがない。どんなぶしつけな質問をしても答えてくれる」

というご意見と、

 「こんな和気あいあいの自由なフォーカシングを学ぶ場を体験したことがない」

というご意見が両方あるのです。

 更に、

 「私の個性が強過ぎる」

というご批判と、

 「ネットの記事から想像していたよりは、よほど控えめな方ですね」

という感想も両方いただきます(^^)

*****

 しかし、このように、おいでいただいた皆様によって全然異なる感想をいただけることは、「フォーカシング指向心理療法」本来の性質に、ある意味で厳格に従っている結果だという少なからぬ自負もあります。

 「フォーカシング指向心理療法」という著作のなかで、創始者ジェンドリンは次のように繰り返して書いています。

 「フォーカシング指向心理療法は、単に技法としてのフォーカシングを面接のさなかに時々部品として差し挟むような次元にとどまるものではない

 「フォーカシング指向心理心理療法は、それがどんな技法的アプローチであるかに関係ないものである。さまざまな技法的なアプローチをそれぞれ別種の「エンジン」だとすれば、フォーカシング指向心理療法はどのエンジンであるかに関係ないで生かせる「エンジンオイル」のようなものだ。

 「フォーカシング指向心理療法」の特に下巻は、まさに、そうやってさまさまな流派ややり方にフォーカシングをさりげなく生かすための、ジェンドリンなりのヒント集です。

 この下巻の、「認知行動療法的アプローチ」に関する章は、私が特に熟読して来た章のひとつです。

【ここから第3版への追加】

 私なりの部分的には認知行動療法的といえるアプローチのバリエーションのいくつかの具体は、こちらこちらで紹介しています。

【ここまで第3版への追加】

【ここから第6版への追加】

 私なりのフォーカシング指向心理療法的認知行動療法的アプローチとりあえずの総括(まだまだ不勉強で、初期の探索段階だと思いますが)を、やっとご紹介できました。ご参照頂ければ幸いです。

●フォーカシング指向心理療法の認知行動療法的活用についてのとりあえずの覚え書き(当サイト)

 

【ここまで第6版への追加】

 もとより、私よりもより優秀な「認知行動療法」本来のセラピストが、皆さんのより身近にもいらっしゃることを、私は心から祈っています。

*****

 ●謝辞●

 この記事を書くために何らかの意味で参照させていただいたサイトは、記事の途中でご紹介したサイトのみならず、非常に多くのサイトです。

 しかし、この記事を書くそもそものきっかけとなったのは、Lithiumianさんという方から3ヶ月ほど前にいただいた、私のプライベート・サイトのある記事への厳しいご批判でした。その方から、推薦サイトをいくつかご紹介いただいたことがそもそものきっかけです。Lithiumianさんには、特に篤く御礼申し上げます。

 更に、「ブログ論壇」というサイトを運営されている、ともあきさんから、最初は別の記事にいただいたトラックバックの記事の内容にも励まされました。この「精神療法の荒廃」と題するエントリー記事では、このNHKの番組の再放送を含む放映日程が詳しく紹介されているばかりか、この番組についての様々なコメントも掲載され、更に、ともあきさんご自身の認知行動療法体験についても、簡潔に自己レスコメントをされています。

 実は、私の方からも、今回の連載が進むたびに、繰り返しトラックバックをともあきさんサイトに差し上げ、ともあきさんからもトラックバックをそのたびごとに返していただきましたが、私の方のトラックバックの欄に見かけ上同じ記事からのトラックバックが並び過ぎてしまいますので(^^;)、私の勝手な判断で、私の方の表示はふたつに集約させていただきました。ともあきさん、どうかお許しください。

 更に、これまた少し以前の別の記事にトラックバックをいただきました、このサイトでもすでに具体的にご紹介した、ご自身精神科医である猫山司さんのブログ、「メンタルクリニック.net」の、他の様々な記事もたいへん参考になりました。私の愛読サイトになりました。ありがとうございます。

*****

 最後に、私は福岡県南部(筑後地方)に、私が知らないだけの、十分な診断と薬の処方をしてくださるお医者様が少しでも多いことを信じたいと思っております。

 筑後地区の病院のお医者様、あるいはこの地区の病院に通う患者様の中で、ご不快であったり、ご不安を増してしまわれた皆様もあるかと思います。

 まだ実際にクレームをいただいた例はございませんが、これからも、不適切な表現が見つかりましたら、できるだけ変更してまいります。 

****

 そして、何より、これまで私のカウンセリングルームに相談して、話を聞かせてくださったクライエントの皆様にこそ、ほんとうに厚く御礼申し上げます。

 この3ヶ月の間、この問題について私なりに猛勉強する中で私の認識が急に変化したことは、もう読者の皆様もお気づきかと思います。

 ここに書いたような、恐らくまだ不完全であろう認識すら不十分だった、久留米での開業初期にお会いした皆様、神奈川・大船開業時代のクライエントさんを含めた皆様、「もし現在お会いしていたら、まだ何かお役に立てたのでは?・・・」という後悔の念を禁じ得ないでいます。どうかお許しください。

(実はこの連載、ここで終わりませんでした

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2008/09/24

昨日からにほんブログ村に参加しています。どうかよろしく!!(第2版)

 すでにお気づきの方もあるかもしれませんが、やっと昨日午後から参加しています。

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 私のプロフィールはこちらです。


 《2008/9/25 19:08更新》

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です(^^)

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2008/09/06

コース/料金体系の詳細記事、掲載しました。

●コース/料金体系/割引制度/キャンセル料(久留米フォーカシング・カウンセリングルーム)

 どうかよろしくお願い申し上げます。

より以前の記事一覧

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