なぜ日本は自殺大国なのか(togetter)
やや大げさなタイトルで、内容がそれと一致しているかどうか???ですが、とぅげり主の@mskzmmrさんのご意向を尊重しておきましょう(^^)
●第1部:うつ病克服治療が進まず自殺者が多いが...その謎は...?!
●第2部:★なぜ日本は自殺大国なのか...その謎★第2部;オート『ボ』イエーシス理論を学ぼう!!
やや大げさなタイトルで、内容がそれと一致しているかどうか???ですが、とぅげり主の@mskzmmrさんのご意向を尊重しておきましょう(^^)
●第1部:うつ病克服治療が進まず自殺者が多いが...その謎は...?!
●第2部:★なぜ日本は自殺大国なのか...その謎★第2部;オート『ボ』イエーシス理論を学ぼう!!
・・・と、今度は、のだめ風に、ますは感嘆の声を上げさせていただきます!
(当然、上野樹里さんの声の演技を想定して下さい ^^)
劇場版「最終楽章 前編」の次に、今度は、TVシリーズの後に制作された、いわゆる「パリ・スペシャル」前編(Lesson 1)を観る(DVDレンタルです)というのは、順序的にみると行ったり来たりですけど、私のように、遅れて来た「のだめ」ファンにとっては、これでもまだ「作法にかなった」鑑賞順序(?)でしょう。
(追記10/10/22 : 最終楽章 後編の感想はこちら)
※ ↑ どうもセル版は前後編2枚組のようですが、少なくとも私の借りたレンタル屋さんでは、「前編」と「後編」は別パッケージでした。当然、後編も同時に借りていますが、前編観た段階で、「千秋様」の投げる「人形のだめ」並みに「ぶっ飛ばされる」衝撃度だったので、後編を観るのは後回しで、以下の記事を書きます。
【注】このTV版スペシャルも、2年半以上前(2008年1月)の放送ですので、ネタバレ全開モードで書きます。
*****
まずは絡め手から。
千秋くんが、プラティニ指揮者コンクール第2次予選でりヒャルト・シュトラウスの交響詩、「ティル(・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら)」を振った時に緊張し過ぎてオケぎくしゃくし、恐るべき「負」のオーラに取りつかれている時に、のだめが投げかけるセリフ。
のだめ:「ただ、オケの人に嫌われちゃっただけですよ。Sオケの時と同じで。音楽性より人間性」
千秋:「人間性・・・」
のだめ:「先輩って、誤解されやすいですよ。、粘着の、完全主義だから。でも、コンクールの先輩から言わせていただくと、ある意味で良かったんじゃないでしょうか。ポッキリ折れて、鼻が。人間は負けて大きくなっていくんですよオ!のだめのように」
千秋」:「(突如立ち上がり、のだめの首を締め上げながら)・・・お前ここにホントに何しに来たんだ?! 」
のだめ:「エール送ってるんですよオ!」
千秋:「どこがエール送ってるんだ? 人の傷口に塩を塗りやがって。お前だって、『負けた』と思ってるんだろ?」
のだめ:「のだめ、ジャン(注:コンクールでライバルの指揮者)に負けたと思ってないでしゅ!」
千秋:「俺だってジャンに負けたとは思ってねえよ。・・・(落ち着きを取り戻し)・・・負けたのは・・・・自分に・・・・」
のだめ:「・・・・・」
・・・・ここまでのセリフに、さりげなく「粘着」という言葉が入っているのが凄いです。
のだめは、どういうわけか、クレッチマーの「粘着質」概念を知っている=原作者は、千秋の性格をそのように造形している?!
>このタイプは几帳面で礼儀正しく義理がたい。着実で手堅く非常識な面が無い。 忍耐強い性格であるがストレスを内側に溜め込み、我慢が一定のレベルを超してしまった時の怒り方は凄いものがある。 また、非常に頑固な面を持ち、自分の意志を曲げようとしないことも多々ある。まかり間違えば独裁者になりうる素質の持ち主。
>地道な努力で、一度手がけた仕事は最後まで粘り強くやり通すが、その反面手際が悪く感じられることもある。 対人関係では、信頼はおけるが面白みに欠けるタイプである。
(以上、「アニメキャラクター分析(キャラ考)」サイト by 雪音 様 より引用。これは原典がしっかりしたものからの引用としか思えないレヴェルです)
・・・完全に、千秋くんそのものでしょ?
(千秋君はマッチョ体型ではないけど)
二ノ宮さんの考証って、半端じゃないことが、こういうさりげない所に出てます。
やはり、以前から書いてるように、実は非常に「構築的な」クールな作家というイメージが更に強まりました。
*****
次に、劇場版では始まって10分であっさりに「お断り」で妥協したのに、この「パリ・スベシャル前編」の中で、特に前半、のだめ(上野樹里さん)も千秋(玉木宏さん)もフランク(ウェンツ瑛士さん)もタチアーナ(ベッキーさん)も、フランス語をここまでしゃべくりまくるとは!!
ひょっとして、ハーフのウェンツさんとベッキーさんにはフランスの血が流れていないかと調査したところ、特にそうではないらしい・・・(呆然)
私は、大学(学部は法政)の第2外国語で、当時の日本で代表的なドイツ語の先生の講義を受けて全部「A」もらってます。哲学科でカントの原典購読していたし、クラシックファンでドイツリートも大好きですから、今でもドイツ語の文章なら、旅行会話水準の言葉("Wie geht es Ihrnen?"とか)ある程度口をついて出ますし、少なくともドイツ語の文章をいきなり読み上げて、単語の意味不明でも、やや古風かもしれない標準ドイツ語としておかしな発音は、ほぼしない自信あります("Ich-Laut"と"Ach-Laut"の使い分けまで)。
辞書さえ引けば、今でもだどたどしくなら翻訳できる・・・今の私のドイツ語力は、単語の語彙数を別にすれば、英語力よりそんなに低くないとすら。
(英語力が立教クラスの大学院出(更にその後、「院研究生」として、不肖ながら、何を間違ったか東大です・・・)としては低すぎるだけだって?)
恐らく、「米語」を聴く耳より「ドイツ語」を聴く耳のほうが今もいいはずです。
ところが、全然学んでいないフランス語となると、読むこともできない(クラシックファンなのに、CD洋盤ショップで”Dutoit”って誰よ?・・・が大きな壁として立ちはだかった)。
フランス映画を観ても、何かドイツ語に比べると「ふにゃふにゃ」した軟体動物のような声がするのを呆然と聴き、完全に字幕依存。「メルシー、ボク-」とか「コマンタレ・ブー」とかなんとかと聞こえる「音声」(「言語」以前の認識水準^^;)が頻発させるのは何だろう?ということになります。
(閑話休題。実際に生身で遭遇すると、生粋のフランス女性(=アングロサクソン系の血が皆無と思える)の放つ「オーラ」って、ファッション以前にダイレクトに凄いですね・・・。これは、ちょっと慣れれば、アメリカ人と、「言葉を聞かずに、見た目だけで」容易に区別できるようになります)
実は私、ドイツ語の場合なら、歌える「訳詞」でトイツリートの曲(「第9」はいうまでもなく、シューベルトの「魔王」や「流浪の民」、歌曲集「白鳥の歌」「冬の旅」「美しき水車屋の娘」の主要曲を覚えて歌い、更に原詩でもある程度歌おうとしていたくらいですが、フランス語は「超」別世界。
ポップスやロックを聴く中で英語を覚えたという人は少なくないでしょうが、私がほんとうに熱中して聴いたのはビートルズぐらいですから、「イギリス英語」への耳はそこそこあっても、「米語」耳はほぼなしです。
(でも、ビートルズで全曲歌い通せるのは”Yesterday”のみという情けない始末。逆に「魔王」や「白鳥の歌」からの何曲かならドイツ語で一応歌えます)。
もとより、のだめたちが話しているフランス語は、ネイティヴよりは「日本語的発音」のものなので、聴いていてもカタカナで置き換えられそうですが、それにしても、セリフとして予想を遥かに超えるだけの量のフランス語。
「のだめ」という作品の役者さんたちへの要求水準はかなり壮絶だったんだな・・・・と、つくづく。
(突然ですが、来年の大河、「江」で時代劇初挑戦、しかもいきなり主役の上野樹里さん、役者として幅を広げる大チャレンジですが、「篤姫」の宮崎あおいさんに劣らぬ成果をおさめられますことを・・・)
のだめならずとも、マジ、例えば「エヴァゲリオン」の英語版やフランス語版、ドイツ語版があれば、「スピードラーニング」私もできるかなと思った次第。
エヴァ本、阿世賀浩一郎/「エヴァンゲリオンの深層心理―自己という迷宮」まで出させて頂いた私、今でもTVシリーズのセリフみんな覚えてますもんね(・・・そういう水準で書いた、「ガイナックス非公式黙認」を「公式に」ダイレクトに取った上での本でした^^;)。
でも、実際、海外の"OTAKU"の皆さんは、そうやって日本アニメに熱中する中で、ホントに日本語を、全く書けなくとも「耳から」覚えるらしいですから、この物語での「あの」描き方も、実は「リアル」の裏付けなしとは言えないでしょうね(^^)
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さて、やっと、このブログ恒例、大真面目な「音楽(演奏)評」を書きます!
「指揮者コンクール」とはこのようなものだということを、ここまで具体的にリアルに描いた「フィション」作品は「世界初」でしょう(=原作段階でもそうということ!)。
私も、ピアノ・コンクールはいざ知らず、指揮者コンクールの「実像」について、ここまで勉強になるとは思えず。
実は、このあたりは、このブログでは直前に記事として書いた、茂木大輔さんの、のだめ公式内幕本、「読んで楽しむ のだめカンタービレの音楽会」でネタ明かしされてます(ここだけ当書のネタバレお許しを)。
つまり、原作段階で、本格的な指揮者修行も経験した、茂木さん自身の監修が入っているのです。
茂木さんご自身は、すでにオーボエ奏者として日本の第一人者を長年務められた上で、故・岩城宏之氏の門をたたき、更に外山雄三氏の指導をお受けになるなどの経験を重ねられた方で、何を今更指揮者コンクールそのものを経る必要はお持ちではなかったのですが。
それでも、非常に謙虚な文章で、「一介のオーボエ吹き」が指揮をするに到るまでの壮絶な壁との格闘を本書でリアルにお書きになっています。
そして、きっと、指揮者コンクールに、「オケの演奏者」の側で参加された経験はご豊富なのではないかと推察いたします)。
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さて、この「スペシャル」でも、相変わらず、演奏が練り上げられるまでの音の変化や、指揮者ごとの「解釈の違い」まで、マジに実際の演奏として収録されて、使われているのですね。
千秋の音は、ドイツのシュトレーゼマンに認められるだけのことはあって(?)、少なくともこの「パリ・スベシャル」では、正統派ドイツ風の、構築的で硬派な演奏=「黒」(^^)
対抗馬であるフランスのジャンの音は、まさにエレガントで透明=「白」(^^)
もうひとりの片平元の演奏も、確かに独創的! でも音楽が完全にその指揮ぶりと一致している。
踏み込んだことを言えば(・・・以下のあたりのことは、何も参照しなくても、「湯水のように」書けるクラシックおたくです)、彼が演奏した、グリンカの「ルスランとリュドミーラ」序曲は、グリンカそのものがロシア最初の著名な作曲家ですが、「ルスランとリュドミーラ」は、実はロッシーニ系のイタリア(喜)歌劇の影響を大きく受けながら試行錯誤の中で作曲されている、ロシア初の「国民オペラ」なんですね。
だから、実は「ロシア臭く」やると野卑に響きすぎるという自己矛盾を内包した曲であり、ここで「片平さん」が演奏しているような、軽快なスタイルだと、曲の持ち味が「本当に」出てます。名演です(^^)
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次に、千秋君の本選曲のひとつである、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲。
私はこの曲には好みがはっきりしています。オケは軽快かつシンフォニック(・・・自己矛盾!!)に、ソリストも、力演だと感じさせずに、何の苦労もなく演奏しているような、クセのない演奏でないと嫌なんですね。
そのせいで、本当は、往年の名盤であるハイフェッツ/ライナー/シカゴ交響楽団の演奏以外、本当にいいと思ったことがありません(実はハイフェッツ盤には、録音当時(1950年代末かと思う)慣例だった「曲の省略部分」があるのですが)。
ところが!
断片とは言え、コンマスをソリストとする[千秋君の」演奏は、私を十分に肯かせたのです!!
これには正直、驚きました。私の永遠の座標軸がハイフェッツですから!!
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更に音楽面、別の観点から見てみます。
コンクールの公演を聴いた直後の具体的感想のセリフを聞くと、のだめちゃんにしても、フランクくんやタチアーナにしても、若くして、オケ演奏の良し悪しへの「感度」が凄すぎる!!
このへん、物語として「出来すぎ」なんですが、3人の感想そものは、実際に音になっている演奏に対して(!)、全くリアルなんですよ!
本当に「恐ろしい水準」の「TVスペシャル」です。
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おしまいに。
敢えて細かく言及しませんが(それがこのブログの、「のだめ」関連記事の、正統派ではない、婉曲で意地悪なところ)、総合的に見ても、この「パリ・スペシャル」、ドラマとしても、コミカルなテンポ感、切れ味、TVシリーズを凌駕すらしていて、「映画」と言っても何の遜色もない。
日本にいる登場人物たちとのコミュニケーションも、これ以上あり得ないくらいに絶妙にいい味出してますしね(^^)
更にこの上を行く、「最終楽章」の劇場公開となっていることは「前編」だけで十分すぎるほど分かりましたので、本当に、この作品の実写映像化って、どんどん進化しかしなかった、「化け物」的奇跡だと思います!!
まだ、「パリ・スペシャル」後編と、「最終楽章」後編観てないのに、キッバリ断言できます!!
(全部観るのは、もはや時間の問題。無理のないペスで記事化するのみです。・・・・ただし、原作の感想のみ、少し遅れる可能性があります。当サイトのAmazonアフィリエイトレポートの、最近のポイント累積傾向予測からすれば、予想では「11月下旬」です。もっとも、未着の10月分レポートで、クーポン引き換えまで「一気に」貯まってくれれば、「実質無料、全巻大人買い?」可能まで一気に累積完了!! 予想外に早まるかも)。
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・・・・・以上、「粘着質」かつ「執着気質」のあいの子で(爆)、時々「対他配慮」が行き過ぎて逆にコケるのが玉に傷の、こういちろうよりの、「のだめ」ワールド航海日誌、第5弾でした!!
(「パリ・スぺシャル 後編」への感想はこちらをどうぞ!!
「のだめ」記事、続編。
相変わらず原作はまだです(^^;) アフィリエイトポイント貯まってからの、まとめ買い(というか、実質無料入手!)に賭けてますので。
ですから、以下のセリフが原作にそのままあるのかわからないです。ただ、私は、全部ではないにせよ、かなりの部分が原作そのままかと想像します。
ドラマ版最終回からなんですが、「かの有名な(有名らしい)、あのシーン」ではないあたりがミソかも知れません(^^)
*****
●以下、ネタバレ注意●
谷岡(おちこぼれ担当教師):「野田君、まあ、いろいろと面白かったですね」
江藤(ハリセン):「いろいろ、恐ろしかったですよ(^^;)・・・・・何もでけへんかった」
(中略)
谷岡:「何もできなかったかどうかなんて、今はわかりません。それがわかるのは、10年先か、20年先か・・・・それとも、もっと・・・・]
(以下、別シーン)
理事長:「毎年山のように音大生が卒業していくのに、プロオケの数は限られてる。どんなに実力があっても。プロオケに入れるとは限らない。力を持て余している子は沢山いるわ」
シュトレーゼマン:「だからこそ、彼らの音楽は素晴らしい。今、この瞬間音楽を奏でられる喜びを全身から溢れている。音楽を続けられることが、決して当たり前ではないことは、彼らが私に思い出させてくれました」
*****
・・・・・どれも、この物語の中では、年長者組の、教師側の登場人物のセリフである。
実は、これらのセリフを聴いた時に、この作品(恐らくドラマだけではない)が、決して浮わついた夢物語というだけではなく、「地に足をつかせて」おこうという、作者側の配慮のようなものすら感じた。
この作品(少なくとも日本編)の素晴らしいのは、一つ間違うと、この種の作品が、天才や猛烈な努力家や一応の成功者であるライバル同士の演奏合戦みたいになりかねないのに、数多い「普通の音大生の一団」に、それぞれ個性を与え、脇役配置として絶妙のバランスを作り上げて、その人間関係が彩をなす中でのドラマという集団劇としての側面を生み出せていることかと思う。
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これは、これを機会に調べてわかったのだが、原作者の二ノ宮知子さんという作家は、「のだめ」連載開始時(2001年)ですでにプロデビュー12年、それどころかテレビドラマ化された作品すら「のだめ」以前に2作品すでにお持ち(「天才ファミリー・カンパニー(あぶない放課後)」「GREEN」)という、十分に中堅の域の作家であったということである。
前回の書き込みで、私は、ドラマ版=ほとんど原作の圧縮に過ぎない、そして原作のテイストを生かし切ってドラマ化できた、奇跡のような作品というのが「透けて見える」気がすると書かせていただき、この「のだめ」という作品を「ギャグコメディ」「音楽考証の凄さ」という観点からばかり見たらその凄みの核心を見失うのではないか、伏線の貼り方を含めた「構成力」が高そうな作家だ、という意味のことを書かせていただきました。
更に付け加えると、もちろん読者を楽しませようとうエンターティメント作家としてのプロ意識も十分過ぎる力量でお持ちでしょうが、意外なまでに「クールな」視点を常に維持されているのではないかと思えるのです。
恐らく、今後も、「のだめ」ブームに呑まれたプレッシャーに振り回されずに、次回作以降も別の意味での新境地をお開きになれるくらいの方だと思います。
そうでないと、今回引用させて頂いたあたりのセリフは出てこないような気もします(^^)
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実は、あれから、NHK「BSマンガ夜話」で「のだめカンタービレ」が取り上げられた回の内容を某動画サイトで全部通して見ましたが、その中で、ゲストのコメンテーターの夢枕獏さんが、萩尾望都さんとお会いした機会に「え?『のだめ』読んでないの?」言われてから読むようになった」と暴露しておられるシーンがあります。
萩尾望都さん(ファンでした)も認めた「のだめ」・・・という次元なんですね。
私が「マンガ夜話」観た範囲では、夏目房之介さんが、一番この作品の核心を捕まえていそうというのに一票!!
(私が前回書いた原作の内容や作劇術についての予想の幾つかは、存外外れていないようだということを、夏目さんのコメントで確証出来てしまいました)
*****
今回のおまけ的な、CDご紹介は、ひとつjは、前回も書きました、「これ以上何をお望みですか?」でおなじみの、ポリーニの、ショパン「練習曲集」全曲にしておきます。
このポリーニの演奏、実は、ここまでくると、もう生身の人間じゃねえ! 超絶過ぎて、ついて行けない!という人もたくさんいます(私も、最初はそうでしたが、結局この演奏に馴染んでしまって)。
ドラマののだめちゃんの代演に近い人となると、別の演奏でしょうけどね、今の手持ちがこのCDだけですので、お許しを(^^)。
他方、シューベルトのソナタイ短調となると、「ラドゥ・ルプーの演奏スタイルにのだめは近い」というご意見があります。これはなるほどと納得(^^)・・・・ただし、Amazonに「再入荷見込みなし」となってますので(^^;)
人は、ある意味で、外界からの刺激に対して、選択的に「心を閉ざす」能力を身につける中で、はじめて自我を形成し始めることができるのではないかと思う。
特に、「生身の人間」という、得体のしれない他者から不用意に発信されてくる「意味不明の」働きかけに対して、選択的に「こころを閉ざす」能力である。
今、これを書きながら思い出したのだが、「選択的不注意」という概念そのものは、サリヴァンが「現代精神医学の概念」の中で鍵概念として用いているものであるから、何ら目新しいものではない。
そして、人は自分の思う通り、感じるとおりではなくて、周囲の「重要な他者」(必ずしも養育者でなくてもいい、たった1回の出会いの同世代の子供の場合すらあるかもしれない!!)の言動の「まねをする」ことが「うまくなる」ことで、とりあえず、「仮の社会的自我」というものを形成して行くとも言えるのかもしれない。
もとより、大抵の場合、思春期に到るまでのどこかで、そうした周囲への「順応」と、「自分だけの世界」と「他者にさらす世界」の使い分けだけでは生きづらくなる葛藤に直面するものだとは思うが。
*****
どうも、私は周囲の子供たちとは「別の世界」に生きているようだという感覚を、私は、小学校に入学した頃からはっきりと感じ始めていた。
幼稚園時代には、なかった感覚という気がする。
・・・・このように言うと、読者の皆様の中に、「いや、自分は、幼稚園に入る前から、周りの子とは違うという感覚に圧倒されていた」とおっしゃる方々がたくさんおられるであろうことは百も承知である。
私の場合、環境因も大きかったと思う。私が入学したのは、いわゆる「教員養成大学の附属小学校」だったから。
ところが、私には、こうした場合にありがちな「お受験」対策を受けた経験がない。そもそも、ある日親にある場所に連れて行かれたら、「附小の入試会場」だったので、ともかく問題を解いてみた・・・そういう成り行きである。
正確には、学力選考のみではなくて、その後に「くじによる抽選」というプロセスも経ているので、お受験対策の加熱によって、最初から地域の優等生ばかりが集まりすぎることへのセーブは掛かっていたのかもしれない。
だが、確実に言えるのは、入学した80名の新1年生の中で、地域の「お受験」対策幼稚園とされる2つの幼稚園の出身者ではない合格者は、私以外にもう一人だったということである。
私以外の新入生たちは、みんなどちらかの幼稚園時代からの「友だち」がいる。そして、「どちらの幼稚園の出身者なの?」というのが、クラスメートからの最初の挨拶代わりだったのをよく覚えている。そして、「どちらでもない」こと自体に、怪訝な顔をされた。
こうして、友達作りと集団への溶け込みという点で、私は入学当初から負荷要因を背負っていたことになる。そして、このことの特殊性とカルチャーショック抜きにして、私の「周囲の子供たちとは何か、基本的なところが違う」というギャップ感の背景を語ることはできまい。
幼稚園時代にはできたはずの、鉄棒の「逆上がり」ができなくなった。これも何かストレス要因があったためだろう。
*****
では、私の親が、何の「受験対策」も私にしていなかったかというと、そういうことではいない。
もの心ついた頃から、私のまわりには、小学校上学年向けと思える図鑑や学習事典の類がたくさん準備されていた。私は、そうした図鑑や事典をむさぼり読む中で幼稚園時代を過ごした。
だから、漢字力や、知識力だけなら、小学校2年生ぐらいまでは、なぜ周囲がそこまで「知らない」のかが、わけがわからなかった。
ある意味で、「努力して勉強する」ということを知らない子だった。授業中も、先生の授業に上の空になり、鉛筆の先っぽを遠近法で見えるか見えないかの角度で目の斜め横にかざして遊ぶ一人遊び(↓)に没頭して、何度低学年の担任の先生に注意を受けたことだろう。
(↑ピンぼけですが、まあ、だいたいこんなアングルで鉛筆の先端を見え隠れさせるひとり遊びだと思って下さい)
結構勘のきつい子で、すぐに大声で泣き出したりした。
そうしたことも、幼稚園時代や家庭ではなかったことだった。運動は苦手で、小学校中学年頃には、典型的ないじめの標的にされた。
「附小」から「附中」への進学はエスカレーターではない。附中には外部から純粋に受験で勝ち抜いてきた公立小出身の生徒が数十名加わる。
放っておくと、そういう「外部からの受験組」の学力に「内部進学組」は圧倒されるので(実際、その傾向は防ぎ難かった)、全児童に対して、「小学6年生になったら附中合格のための受験勉強をすること最優先」というのが当然のこととされ、業者テストも繰り返し実施された。
(もちろん、中には、久大「付設」高校やラ・サールへの進学のための勉強をするものもいたが、それらを受験すると「内部進学」の道は閉ざされるという「二者択一」の「掟」があった。一方、附中に進学しても学力的に適応できないと判断された児童・・・それほどの人数ではない・・・・には穏便に前もって「肩たたき」をされることにもなっていた)
この、業者テスト(8科目)の2回めで私は、何の弾みか学年で2番になってしまう。それまで、ほとんど成績が学内で中の中を上下していたに過ぎない私が、突然のこの結果に、周囲からも唖然とされた(社会科だけは、教師に、「私に君に教えることは何もない」と言わしめる圧倒的な高学力を小2から維持していたが)。
しかし、第3回目(1学期の終わり)では再び中の中に逆戻り。「やっぱりあれは、たまたまだったんだ」というよう冷笑した目で周囲のクラスメートたちは私を見た(ような気がした)。
私はこの時始めて、「自分から意識的に学力を上げることにチャレンジしてみること」に関心を向けた。
いじめられっ子だった自分を一発逆転で周囲に見返す、これ以上良いチャンスはないではないか! あの「学年2位」は偶然ではなかった事を証明したい・・・・ただそれだけだった。
目標は、「もう一度でいいいから、業者テストで2番になること」だった。
そのために、自分から問題集をバリバリと解いて行った(親は何の口出しもしなかった。成績が悪くても決して叱らず、よくても決して褒めない親だった) 。
そして、秋の5回目の業者テストで、私は再び「学年2番」を取ることで面目をほどこした。
ただ、親が私の勉強にとことん不干渉だったために、私は「なぜ勉強するのか」というテーマに、中学に入ってからひたすら悩むこととなる。勉強に対する「外圧がない」というのも、それはそれで葛藤のぶつけ場所がないということになるので。
*****
「附中」に進学してからは、そうやって「なぜ勉強するのか」を時には徹夜して日記を書きながら考えてしまう哲学少年になっていた。
だから、「全力を尽くしていた」などとはいえないかもしれない。努力できた部分はあったに違いない。
しかし・・・・
数学が・・・・中1の途中から、私にとって、「圧倒的な壁」として立ちはだかり始める。
これだけは、果たして「努力」の問題だったのかどうか? 半端ではなく、どう仕様もなくなっていたのである。
私は、数学的な抽象性というものを、すべて「具体的な実感」として理解できる形に「還元」しないと全く理解できないタイプの人間だったようである。小学校時代も、他の科目より算数は最良でも10点は低かったのだが。いわゆる「幾何系」より「代数系」の方が小学校時点でも苦手だったのはよく覚えている。
しかし、「公式のまる覚え」をすることは私の良心が許さなかった。悪戦苦闘した。・・・そのうち、学年で数学は下から2番というのが完全な定位置になってしまった。
ところが!! 国語の業者テストに関しては、特に何の準備勉強もせずに、答案用紙に向かいさえすれば「学年1位」を何回も取れたのである。
これは小学校時代にもなかったことだった。もともと得意の社会科の学力を維持するためには、かなりの努力が必要だったのに・・・である。
こうして、国語と社会科「だけ」は得意なこういちろうと揶揄される中で、地域一番の公立進学校(はっきりいいって、「明善高校」ですね)には不合格となる。
******
こうした次元のことを、「学習障害」などと呼んだら、実際にそういう診断を受けておられるみなさんにお叱りを受けることは承知している。
しかし、もし、今の都市部での特別支援教育と同じ判断基準があったら??? 私は、いくら附属とはいえ、「何らかの」検討の対象になりはしなかったかと思う。
・・・こう感じる私は、まだまだ学習障害について不勉強なだけなのだろうか?
*****
滑り止めで入った、当時は不良も結構いた高校(今では男女共学になり、大学には医学部はないのに、他大への医学部入学者も輩出する福岡市有数の進学校である)でも、私は数学では試験は「0点」のことすら稀ではなかった。つまり、レポート提出とかで「下駄を履かせて」もらえなかったら、私は永遠に高校で進級できなかったのである。
国語の方は、古典は努力で勉強したが、現代国語は、「ともかく点数をぎりぎりまで上げるために」漢字の書き取りだけは熱心にやった。おかげで全国共通一次試験一期生として、国語198点、他方、数学は71点(数学の全国平均点140点台だったその年に!!)という極端な数字を取ることとなる。
これで、地方大学の補欠合格には潜り込めたのだが、私は敢えて、東京の私大へと向かう道をとることになる。
いとこが東京の大学に進学した時の、駅での見送りの光景が、私を東京への憧れへとかきたてたのである。
*****
こうやって書いているうちに、読み始めたばかりの、ドナの「自閉症だった私へ」から、随分隔たったところに話題が来てしまった気がする。
ただ、冒頭に書いた十数行こそが、私がこの本から受け止めた、まず最初の、私なりの新鮮な言葉としてお伝えしたかったことであることには代わりがない。
ともかく、この「古典」を先入観なしに読むことから、私の発達障害について自己流の勉強は「一から出直し」のつもりである。
ドナの文体のみずみずしさ(訳もいいのだと思う)には、心から魅惑されながら読み進めている。
*****
【追記】
ドナは、良い治療者との出会いもあり、大変な努力を払って、自らの自閉症と「折り合いをつけた」稀有な人であることが読み通して伝わってきた。
今日、精神医学の世界で、「発達障害」は市民権を得た一方で、ほんの2,3年前まで、なんでもかんでも「気分障害(特にうつ病)」の枠で捉えようとしていた「汎-気分障害」の時代から、やや過剰な「汎-発達障害」の時代にいつの間にかあっさりと移行してしまったことへの危惧も、不勉強なりに感じている。
そこに「<コミュニケーション>ができること」に対する時代的な規範の独特の強化の反映も否定できない気がする。
安易に「コミュ障」という言葉が独り歩きして、重度の発達障害や「高機能自閉症」の人はむしろ迷惑している状態だろう。
*****
ちなみに、私自身の自己診断は、基本的には父の血を受け継いた、気分の持続性の強い職人肌の「執着気質」と思っている。
(強度の「執着気質」が、「高機能自閉症」とどこかで重複する可能性がないとは言えない気もするが)
父は対人関係が本当は不器用なのを戦後日本の貧しい時代からの努力の過程で乗り越えた「経理の職人」。数字のこととなると私からするととてもかなわないくらいに頭が回る。
ただ、一見「礼儀をわきまえた」、そつない人との関わりに、何か「人工的に身につけた」ものを感じる。父にあるのは「職業的な」対人関係のみで、「友人」というものがいた試しがない。
これに対して、母は明らかに、ひと好きのする「循環気質」圏(鬱状態にはほとんど振れない)の人である。私の人間好きな側面は母の血だ。
ただ、かなりの高齢出産でもあったので、かすかに父の血にまじった発達障害因子が、遺伝子の微妙な傷として発現したかもしれない。
私の場合はそこに更に、すでに10年前になってしまったが(2004年12月にこのブログを始める2年程前、2002年のことである)、はっきりとした新たな過酷なストレス状況(それについては私以外の人のプライバシーのも関わることなので、ブログ上では一切触れないことにしている)に対する「適応障害」の抑うつ状態となり、その際に、SSRIを不適切に投与されとことによる、かなり医原性の「双極性II型」の余波が残っている状態かと思う。
ただ、そういう「軽躁性」が私の中から「重心が低い」形に安定しつつあることは、ここ数ヶ月の私の記事をお読みの方は、感じていただけるかと思う。
職人的なこだわりのある、ねちっこい、完全主義で(「柔軟であろうとすること」もむしろ完全主義の一部である)、しかも精力的な「粘着」だとお感じかもしれない。(12/1/11記)
・・・・・1.のタイプの人には、「2.のタイプの人って、実はたくさんいるでしょ?」と言ってはじめて「そういえばそうだ」と気づいてもらえる。
だが、どうすれば2.のタイプの人のようにふるまえるかは、1.のタイプの人には「想像を絶する」領域であるらしい。
鬱になりやすいのは、明らかに1.のタイプの人である。
*****
意外に思われるかもしれないが、私はこの2つの中のどちらに近いかといえば、圧倒的に2.のタイプであろう。これは、欝や気分障害圏のクライエントさんと話を繰り返す中で確信になってきた。
つまり、私がかつて欝だったとしても、「典型例」からはかなり逸脱していたということだ。
十分に「執着気質」だとは思いますが、実は若干「隠れて棲むことを最善とする」分裂気質の影響も血の中に入っている。・・・・明らかに「循環気質」とは遠いと思います。
つまり、リアルワールドでのこういちろうは、そんなに自己主張が強くはなく、場の空気に「任せる」タイプで、自分が関与しなしないままの方が賢いと思った事柄には決して口をはさまず、場の「空気」のような存在になってしまえる。よほど打ち解けた相手を別にすると、酒席では相手の話ばかり聴いているタイプである(^^)
・・・・そういう意味では、私もまたネット人間であり、ネット人格だったりするわけであるが(もちろん、一面では、「愕然とするほどにネットそのまんま」でもある。読者であるクライエントさんはよくそのことをご存知であろう。私のクライエントさんって、こうしたブログ上とかでも並行してコミュニケーションとるタイプの人が非常に珍しいのです)
・・・・・・ある面では「意図的に」ネットの人格とリアル人格を一貫「させよう」とすら私はしている!!
ただ、私は本音がすぐに顔にでるタイプだとも言われる。
同時に、人が良さそうなのに、いざとなると、突如としてやることが極端で、そういう意味で怖いとも言われるが。
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いずれにしても、普段はジェントルで慇懃であるかに見えても、家族や恋人や自分のゼミの学生たちを相手としたり酒席となると、途端に気むずかしくなったり、
「あんたが大将!」になる「内弁慶」タイプの人には、ご同情申し上げるのみである。
(・・・・自戒を込めつつも、やはり私はそういう側面は小さい、敢えていうと「外弁慶」な方だろうなとはいいたい。・・・・・「へえ? あの人の実態って、そこまでそうなんだ!!」という話の方はむやみと小耳に挟むもので・・・・)
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この記事の続編はこちら。
浜崎あゆみさんの詞って、驚くぐらいに具体的なシチュエーションが出てこない。
そして、そもそも「君」「あなた」が誰なのかが非常に曖昧で多義的で、どのようにでも受け取れ、再解釈できる。
・・・ちょっと年季が入ったayuファンなら、実は今私が箇条書きにした順序くらいでとりあえずいくつも当てはめていくのが無難であることに気がついているかと思う。
"teddy bear"
や"memorial address"
の「あなた」がもっぱら父親のことを指す、"ever free"
は亡くなった祖母のこと・・・などと、特定的に捉えていい・・・といったケースというのはむしろ例外的なのである。
要するに、ayuの詞というのは、非常に純粋な形で、「外的」および「内的」な「二者関係」に無限に「投影」させ、「転移」させることに開かれ切っている。
似たようなことは、他の歌手でもある程度は曲によって見られるが、ayuのように「首尾一貫した厳密な方法論」と言える域の人を、私は知らない。
ayuは、本当にこの経験則だけで詞を書き続けていられる。裏を返すとayuのような詞を他人が「模作」しても容易にメッキが剥げる筈と断言できるくらいである。
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この現象をうまく説明するのに役立つ、私の守備範囲に入っている精神療法家は、誰をおいてもサリヴァンである。
私はこのことを公然とネットで書いたことが実はないままなことに、直前の記事でサリヴァンに言及した際に気がついた。
サリヴァンが、 本書で、「パラタクシス的(parataxic 私なりの意訳をすれば「相互転移的=投影的二者関係の次元」)なもの」と呼ぶ対人的相互作用の次元での象徴化・言語化様式と、まさにぴったり符合するのだ。
=======以下引用(中井久夫訳。太字、および[ ]内はこういちろうによる)=======
(前略)この合理化とは、実は「個性とは一人一人独自なものである」という妄想の特殊な一側面である。それは、「概念としての『私』と「概念としての『あなた』(conceptual "me" and "you")がそれぞれ特異的な境界線をもっているためにどうしてもそのように考えられてしまうのであるが、実際には、「概念としての『私』や『あなた』とは、個人の知覚の舵取り役をつとめるもののその人の経験の意識可能な範囲を限定する参照枠[frame of reference]となるものに過ぎない(邦訳p.111)。
=======引用終わり=======
サリヴァンは凄まじい逆説を述べているので、一見難解だが、ちょっと解説してみよう。
サリヴァンは、本書の別の箇所で、「我々は、基本的には同じような人間である」という前提が大事ということを述べている。
これは、一見「個性」というものを否定しているかに見えかねないが、一見精神病状態になるかに見える人間でも、基本的には自分と同じような人間として捉える基盤が大事だということを強調していると受け取れるだろう。
そして、「個人」という自己完結的システムとして人間を捉えるのではなく、「対人関係的相互作用の場」の過程という次元でとらえることを基本スタンスとしていることこそがサリヴァンの本質なのだ。
この点はジェンドリンも「人格変化の一理論」の削除された草稿部分(TFI日本語サイトで村瀬孝雄訳を閲覧できます)で、サリヴァンとの比較論に紙数を割いて評価している。
「性格は、対人関係の関数である」
・・・・サリヴァンの、もっとも有名な言葉のひとつである。
ひとは、自我を持つ存在として他者と関わる限り、「共人間的有効妥当性確認(consensual validation)」ができる形での言語での意思疎通の能力を身につけねばならない。
この"consensual validation"という概念は、中井先生の「超訳」の典型として著名だけれども、わかりやすく言えば「お互いに話が『通じあう』水準での言語使用になじむ」必要がある、ということ以外の何者でもない。対義語は、端的に、「自閉的(autistic)な言語使用ということになる。
もとより、人はこの能力の獲得の過程で、「自己態勢(self dynamism)」から「私-では-ない-もの(not-me)」として解離しなければならない有機体的経験の膨大な領域を持つことになる。そのある部分は容易に他者に投影され、ある部分は端的に「否認」されることになるだろう。
しかしそれはサリヴァン的な見地からすれば、人がその所属する文化に適応(accultualization)していくための必要悪でこそあれ、さまざまな精神的失調・・・・正確に言えば、そのは単に「個人内」の現象ではなくて、「対人的相互作用」における齟齬ということになる・・・・の温床でもある。
そうした意味で、アイリッシュ系であるサリヴァンは、WASPを中心とする当時のアメリカの価値観がアメリカの青年、特に前思春期の男子の成長に与える悪影響についてむしろ非常に尖鋭な批判者であったことは是非とも述べておかねばならない。
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さて、こうした前提で、「パラタクシス的なもの」自体についてのサリヴァンの言葉を引用しよう:
=======以下引用(中井久夫訳。太字、および[ ]内はこういちろうによる)=======
パラタクシス的[paretaxic]な対人的関わり方とは、話し手の意識の枠内におさまるような内容規定を持った対人関係と並んで[="para-"=並行して] 、影が形に添うように、もう一個の対人関係が存在し、対人的なかかわり合い方の傾向が前者とは全く異なり、しかも話し手はその存在をまず完全に意識していない場合である。
パラタクシス的な場においては、精神科医と患者とから成る二人組と並んで、「ある特別な『あなた』パターンに迎合するように自己を歪めた精神科医」と「未解決の過去の対人的なかかわり合い追体験しながらそれに対応する特別な『私』パターンを現している患者」とから成る幻の二人組がある。コミュニケーションの過程がこの二つの形影相添うような対人的なかかわり合いの一方から他方へとめまぐるしく飛び移ることもあり、この移動が稀にしか起らないこともあるが、いすれにせよ、普通、話し手の気の配り方は、結構ちゃんとしていて、活用や語法、語順などまちがわないで文法に適った言明を作ることができる。そのため一見首尾一貫した議論の立て方となる。またかなりはっきりと聞き手を意識した語りかけ方となる。(邦訳pp.112-3)
=======引用終わり=======
・・・・この最後のパラグラフなんて、全くもってayuの歌詞のありかたそのものについて言及していると言えるだろう。
ayuって、びっくりするくらいに、はるか以前の対人関係のことを意識し続け、ひきずり、繰り返し歌い続けずにいられない人のようだ。
このあたりの具体的な解析と人物の同定については、王子のきつねさんのブログの随所で繰り広がられてきた情報収集力と慧眼と説得力に私はとてもかなわない。
念のために申し上げると、いわゆる「成熟した」対人関係を持つ人間同士でも、この「パラタクシス的」次元は容易に顔を出す。ベイトソンのいう「ダブル・バインド」も「パラタクシス的なもの」の特殊な形態のひとつといえる。
興味深いのは、高機能自閉症の人にとっては、まさにこうやって「影のように寄り添う別次元の対人関係様式」という、いわゆる「健常者」が全く無自覚に撒き散らす「含み」の成分というものを厳密に「理解」「識別」できないとパニックに陥る場合があるということだ(私は発達障害の専門家ではないが、当事者やご家族の話をうかがう限り、いわゆる「アスペルガー」タイプの皆さんの少なからず場合にあてはまりそうだ)。
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ちなみに、先程の引用部分で、
>コミュニケーションの過程がこの二つの形影相添うような対人的なかかわり合いの一方から他方へとめまぐるしく飛び移ることもあり、
と述べたが、あゆの場合、同じ歌の内容が同じシチュエーション、同じ相手を指すと強迫的に捉えようとすると意味が全体として通じにくくなるケースが稀ではない。
これについては、先述のきつねさんが、"(miss)understood"(アルバム名ではなくて曲の方
)について、見事な分析をしている。
●甘いスイカに砂糖をかける(王子のきつねOnLine)
●Miss Understood Lyrics - 浜崎あゆみ (English and Hiragana)(YouTube)
私が大好きな歌です。
ここでいう「君」って、全部ayu自身のことを指すものとして理解しなおしてみるだけで、ぐっと深みが出ますよね(^^)
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もうひとつ、アルバム"(miss)understood"の「心臓」であり、もっとも深みある曲のひとつと私が感じている、"In the Corner"
。
●Ayumi Hamasaki - In the corner(YouTube)
ちなみに、この歌詞を聴いて、ayuのことを「ボーダーチック」だとか"as if personality"だとか言い出すのは、私は心理の学部生までしか許さないから(^^)。
自分のことを振り返ってみるとどうだろう?
「まずは罪なき者が石を投げよ」。
相手への愛情を一瞬たりとも疑ったことがない人がいるとすれば、そういう人のほうが無理のしすぎで心配である(^^)
ayuは、素直なだけなんだよ。
あるいは時々、聴衆を意識して、こういうことを敢えて歌にして「予防ワクチン」をファンに打っておかないと、自分も持たないし、ファンも危ういと感じているだけ。
そういう意味ではほんとに「ファンに気を使っている」からこそ、こんな、ファンを「脱錯覚(disillusion 幻滅)」させる危険がある「暗い曲」をアルバムに入れておく。
私が聴いた、アルバム発売時のツアーの、少なくとも長野2日めと代々木の楽日という、私が臨席した2つのライブでは歌わなかったけど、最近はライブでも歌っているらしい。
私なら、ayuをむしろ、若干分裂気質も合質しながらも、高エネルギー型執着気質をベースにした、適応水準の高い双極2型に分類する(・・・・って、それこそ私自身のパラタクシス的「投影」でもあるかもしれないけどね)
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最後に,YouTubeの「公式」動画より。
敢えて次の初期の曲で、私が最初に提示した「君」の読み替えを徹底的にやってみてください。
●浜崎あゆみ / TO BE(YouTube)
PVは![]()
前回のワールドカップ、ドイツ大会において、日本代表サッカーチームは、予選リーグで一勝もできないまま敗退した。
ワールドカップ後の報告書で、日本人選手の「自分の意思を伝える言語力不足」が課題の一つとして取り上げられている。
サッカーは、野球とは異なり、試合の進行のひとつひとつの局面で、監督やコーチから直接指示を受けることが殆どないまま、各選手は状況判断して進めていかねばならない。
そのためには、試合の進行中に実際に具体的に意思疎通を図るのみならず、練習やそれ以外の場面を含めての対話の中で、相手とはどういう人間で、どういう場面でどう考え、どう判断しがちかについてまで、お互いに知りあっている必要がある。
ところが、ワールドカップ初戦の対オーストラリア戦、前半で1点リードの後、後半残り数分で同点に追いつかれた時、日本チームの中で何が生じていたか。
このまま引き分けに持ち込めればよしという方向で行くのか?
再度点を取ってリードするまで狙うのか?
・・・・・各選手の感じ方はバラバラであり、このバラバラさが相乗作用して不安を醸成する中で、瞬く間にオーストラリアに追加点を許して行ったのである。
オシム元監督は語る。
「日本選手はこちらから話しかけると怯えていた。生活において対話が欠けている。誰もが自分の考えを言葉にするのを恐れている」
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日本人の「言語力」(対話力)不足は、産業分野でも深刻な問題となりつつある。
団塊の世代が次々引退する中、工場での「職人芸」をいかに後続世代に伝承するかが課題になっている。「技は盗むもの」という感覚で生きてきた職人たちは、若い世代にうまくわかりやすく伝える言葉の力に乏しい。
一方、技術や資格を持ちつつも、会議の議事録やちょっとした報告書をまとめることにすら苦労する若手社員が増加している。
読んでも意味がわからない。「流れ」が読み取れない。起承転結がある文章が書けないのである。
このことの影響として、携帯メールに若者が慣れ親しんでいることが番組では示唆されているが、携帯メールでやり取りする時ですら、「流れ」と「起承転結」を想定してやり取りを交わせる若い人は確かにいるので、単純な原因論にしてしまうことには、私個人は違和感がある。
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我伝引水を承知でいうと、私のNHKのドキュメンタリー番組の紹介はこのブログのもはや名物のひとつになっており、ひとつ書く度に多くの読者の方にお読みいただいていることに感謝申し上げている。
なぜ、私の記事を読んでいただけるのか?
それは、番組の内容がどういう内容だったかが彷彿として伝わるからであると自負している。
ところが、実際に番組をご欄になった皆様はお気づきだろう。非常に多くの場合、私は番組の実際の進行を大きく再構成して書いているのである。
しかし、できるだけ私個人の感想と区別できる形で、番組そのものがどういう内容だったかを、臨場感あふれる形で「文章化」できているつもりである。映像的表現における構成や文法と、文章における構成と文法はかなり異次元のものであることを私は常に意識しているつもりである。
そして、そもそも、私のブログにおける文章は、特に最近のものほど、「流れ」と「構成」がもたらす効果について、私なりに計算し尽くして、しかし、殆どの場合、前から後ろに「一気に即興で」書いて、誤字修正したものであるに過ぎない。昔のように「改版」を重ねることも珍しくなってきた。
書き出す段階で、私の頭の中の「非言語的な」「暗々裏の」アウトラインプロセッサはほぼまとまっている。まとまっていないと書き出さない。タイトルが決まれば、本文の内容は、もう流れ出すように結論に向かって書いているわけです(^^)
このような番組紹介記事の場合には、もちろん番組を見ながらのメモは取っているが、それをどのように「構成」するのかは全くの即興である。
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今回の番組のゲストとして登場したのは、ユニクロのデザインやイメージ戦略を担当していて有名な、佐藤可士和(かしわ)氏であった。
(佐藤氏は、我が勤務校だった、明治学院大学の学章等イメージデザイン全面リニューアルにも関与している)
イメージやデザインという「非言語的な」媒体を取り扱うにもかかわらず、佐藤氏は、仕事の経験を深める過程で、言語的な対話能力の重要性に目覚めて行ったという。
クライアント(顧客さん)相手にせよ、協働するスタッフ相互間にせよ、中途半端なやりとりだけだと、お互いに勝手に違ったものを思い描いていることに気づかない。
そしてユニクロで共同作業をした、ドイツ人のデザイナーの圧倒的に雄弁な言語での表現力にも大きな刺激を受けたという。
ドイツでは、幼稚園段階から、自分なりに自分の言葉で表現するための訓練がカリキュラムとして緻密に織り込まれている。まだ小学校低学年くらいの子供たちに、サッカーのコーチが練習中に「何が問題だと思う?」と問いかけた時の、各人各様のしっかりした意見の述べ方は見事なものだった。
そして、ドイツの大学の入学試験はすべて論述式とのこと。日本では、ちょうど私の世代(1960年生まれ)から、マークシート全盛の時代に突入している。
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日本サッカー界で、従来の常識を覆した選手がいる。
本田圭祐。
昨年の試合で、フリーキックの際に、中村俊輔に任せるのが通例だった流れに逆らい「俺に蹴らせてくれ」と何回もアピールした。
彼はオランダの2部リーグでキャプテン、および司令塔として活躍、チームのリーグ優勝に貢献した。
セン・ファン・ダイク監督は、彼をフリーキッカーに育てるつもりだったが、本田は、いざ試合中にそうしたタイミングになると、他の選手からの「俺に蹴らせろ!」というアピールの凄さにしばしば気押しされ、譲ってしまっていた。
そうした彼の様子に、監督は、「フィールドでは常にリーダーであれ」と発破をかけたという。
それから1年のうちに、本田はチームメイトからの信頼と敬意を集めるようになる。
現地で覚えたブロークンな英語しかできないが、コミュニケーションの細やかさという点ではそれまでの欧米人のキャプテンにはみられなかったセンスを絶妙に発揮する。
伸び盛りの若手には時として厳しく。
プライドの高い選手には、気を使い、相手を具体的に納得させるような調子で。
他の選手は語る:
「これまでのキャプテンは、キャプテンの立場からしかものを言わないキャプテンばかりだった。でもホンダは相手を見て、もののいい方を変える」
ひとりひとりの違いが見えてくるとは、相手がどう出てくるかが読めるようになるということでもある。
気配を「察する」能力。これは日本人本来の「気遣い」の伝統にも一致している感性の世界だろう。
これに、「わかりやすく伝えよう」というスイッチが加わった時に、何か大きな活路が開かれるはず。
オシム氏は語る:
「日本人は日本人らしさを追求しない。これも私の疑問だ。すぐに他の国と比べたがる。そうやって他の国を見習って追いついた時にはその国はもっと先へと行っているのに。追いつくのではなくて、追い越さないと」
本田は今、ステップアップを目指してロシアのリーグに移籍している。
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佐藤氏は、次のようにも付け加えた:
「言語力とは、『自問自答能力』ともいえるかもしれない。相手からこう訊(き)いてきたら、どう答えるか?・・・というシミュレーション能力みたいなものを鍛えられるかどうかということ」
「それは、自分の頭の中にばやーっと浮かんでいることをはっきりさせていくこと、ちょうど、ぼやけていた画像で、カメラのピントをはっきりさせていくようなことなんじゃないでしょうか?」
私の臨床心理学上の恩師は、言うまでもなく、ジェンドリンの「フォーカシング」と「体験過程と心理療法」の一介の一読者に過ぎなかった私を「拾ってくださった」、故・村瀬孝雄その人である。
そして、精神医学を含めた意味での治療者のあり方において、私の「神」なのは、未だにお姿すら拝見したことがない中井久夫先生である。
フォーカシング・トレーナーとしての偉大な先達にして、敢えて"fellow"とお呼びしたいのが、初対面の時から異様な意気投合に到達したアン・ワイザー・コーネル女史である。
最後に、私が若い頃から声をかけてくださり、一緒に飲ませていただき、九州に戻ってからも色々相談に乗ってくださった、私にとっての、あまりにも頼もしい、「現場心理臨床の兄貴」、それが、現九州大学大学院教授の田嶌誠一先生である。
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福岡県大牟田市生まれ。十代はそこそこ不良でした(^^)。しかし、高校時代のある時、突如心機一転して猛勉強、九大を目指します。
そして、催眠療法や臨床動作法であまりにも著名な、日本を代表する心理療法家、成瀬悟策先生門下の逸材(認められるまでが大変だったそうですが)として、最初は病院心理臨床で、重篤な患者さんとの面接のキャリアを積む中で、深い変化を静かに引きおこししつつも、患者さんの自我を危機に至らせない「安全弁」を持つ、独創的な心理療法、「壷イメージ療法」を開発。
続いて、広島修道大学、更には九大で大学学生相談を担当、深刻な精神疾患、暴力や引き籠もりの学生との関係作りに、他の誰にもまねができない独創的かつ積極的なアプローチで成果を重ねます。
引き続き、文部省のスクールカウンセラー事業の草創期に、もっとも荒れた中学校を担当、教師、家族、生徒たち全体を巻き込む「ネットワーク型アプローチ」を導入して、学校の空気そのものを一変させ、少年院送りを繰り返す水準の不良生徒たちからも卒業時には崇敬を集めるという、神がかりな活躍をなさいました。
そして、現在取り込んでおられるのが、多くの場合、家族からの虐待から保護された子供たちが収容される、児童養護施設内部で陰惨に繰り広げられてきた、「施設内暴力」を一掃するシステムをコーディネートすることなのです。
日本の心理臨床の生んだ、空前の「現場で行動する臨床心理士」、それが田嶌誠一先生です。
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田嶌先生の新著について、かなり前からこのブログで記事を書くとお約束しながら、私自身が急激に多忙化する中でなかなか果たせないで来ました。
●田嶌誠一:「現実に介入しつつ心に関わる -」(金剛出版)
ISBN:978-4-7724-1103-5
現実に介入しつつ心に関わる―多面的援助アプローチと臨床の知恵
講演記録を元に、新たに書き下ろされた、児童施設内の暴力問題への対応についてを中心主題とする、本書冒頭の「総論に代えて 現実に介入しつつ、心に関わる」以外の論考は、その大半について、先生が最初に学会発表されたその場に臨席もしたし、学会誌でお読みしている。
冒頭の章の概要そのものも、先述の記事で書いたように、先生に直接お会いする機会を持たせていただいた時にうかがっている。
今回、実際の著作の内容と照合しても、その内容の最低限のイントロダクションの意味は、すでにあると思えたので、ご参照下されば幸いである。
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そういう意味で、「ライブ田嶌」先生からすでにうかがった内容のほうが私の中で大きなインパクトを占め過ぎているために、どうもこのご著書の内容を改めて客観的に概説するとなると、私は心境的にちょっと重荷になりすぎる。
ただ、申し上げたいのは、先述の、今回書き下ろされた、冒頭の「総論に代えて」の持つ、凄まじいまでのインパクトと、そこに示された先生の決然たる問題提起だけは、是非、多くのカウンセラーの皆様に、実際に目を通していただきたい。
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いくつか、この「はし書き」と最初の章から、田嶌先生の言葉を、アフォリズム的に拾い上げてご紹介することとします:
=======以下引用========
「私は、当事者のニーズの応えること、そしてできればもっとも切実なニーズに応えることを心がけてきたつもりである」(p.5)
「現場のニーズを、『汲み取る、引き出す、応える』ためには、心理臨床家が従来のようにもっぱら心の内面や深層に関わるという姿勢(それも必要ですが)のみでは不十分で、『現実に介入しつつ心に関わる』とそれに基づく多面的アプローチが必要となります。これは、心理臨床が生き残れるかどうか、換言すれば心理臨床が社会に貢献できるかどうかに関わる重要なことだと私は考えています」(p.12)
「しばしば間違えるのは、学校の先生と保護者とが『原因は何でしょう』と話し合うことです(中略)。すると、お互い内心は『こいつだな』と思っているわけです。そうすると、連携がちっともうまくいきません。
それよりも、この子が元気になるために学校に何ができるか、保護者に何ができるか、それを一緒に話し合うというスタンスでいきますと、割合、無難な対応ができます。(中略)
保護者の力、担任の先生の力、生徒たちの力、そして相談に乗った私と、いろいろな人がネットワークを活用してその子の援助をしていくという形になります。これが『ネットワーク活用型援助』です。心の内面だけではなく、現実に介入していくわけですね」(pp.18-9)
「[まずは]いじめという現実がなくならないといけない。その解決は、いじめが沈静化する必要がある。完全な解決かどうかはともかく、とりあえずいじめがなくなる[ように、その学校内のネットワーク・システムに介入する]。その後、本人の心を扱うという形をとる。これが『現実に介入しつつ、心に関わる』ということの例のひとつですね」(p.19)
「このように、いじめなどがそうですが、必ずしも本人が変わるべきではなく、周囲が変わるべきである場合もあると考えるようになりました(中略)。今では問題は、『主体と環境の関係』だというふうに言っています。主体と環境、つまり、内的環境と外的環境があって、その心、内面の問題は内的環境との関わりの問題なのだろうと考えるようになりました」(pp.19-20)
「大事なのは、『個人の心理や病理』だけではなく[学校や地域の]『ネットワークの見立て』どということを強調しているわけです」(p.20)
「[施設内暴力]に加担した加害児のうちのひとりは、1,2年前まではそのボスからおしっこを飲まされたり、散々いたぶられています。つまり、かつての被害児が加害児童になっているわけです」(p.25)
「施設では多くの場合、[マズローの言う]『安全欲求』が満たされていないわけです。これは成長の基盤です。だから[まずは、施設内での]暴力をなくさないといけない。しかしこの理屈が意外と臨床心理の人に通りが悪かったんです。つまり、こどもたちが暴力を振るうのは、心の傷があって、それをケアすることが大事なんだという発想が強すぎて、理解が進まないんですね。心のケアは大事だけど、その前に、暴力を使わないで暴力をきちんと抑えるということが必要です」(p.27)
「それらの問題行動は、過去の虐待や苛酷な教育環境への反応として、反応性愛着障害や発達障害の兆候として理解されてきたように思います。(中略)
しかし、それらの問題行動は、子供間暴力(児童間暴力)や職員からの暴力等の、その子が現在[施設内で]置かれている状況への反応である可能性があるということになります。(中略)入所前に受けた虐待が主なる原因ではない」(p.27)
「『愛着』や『トラウマ』関係のどの本でも、安心・安全が重要であると述べられていますが、その安心・安全を施設で実現していくことがいかに大変なことか、どうやって実現していったらいいかということが、まったくといっていいいほど言及されていないのです」(p.37)
「[施設内暴力という問題それ自体に対する]専門家によるネグレクト、大人によるネグレクト、そして社会によるネグレクト」(p.38)
「私は臨床家ですから、『告発者』としてではなく、外部から援助者として現場にうまく入らないとならない。そのためには、大変なエネルギーと技術が必要です。しばしば、「志は高く、腰は低く」という姿勢が必要です。そして問題を発見して、解決システムを模索して考案していくという順序になります(p.39)
======引用終わり=====
田嶌先生が全国の児童養護施設に提案し続けている「安全委員会」システムとはどのようなものかについては、ネットでの情報などでは済ませずに、是非、実際に本書をお読み下さい!!
なお、こうした被虐待児を一箇所に百名以上収容する施設など、欧米には存在しないとのこと。だから、解決策には輸入できるモデルなんてないそうです。
「里親制度」・・・・欧米は基本的にそっちなんですね。
日本にも里親制度はありますが、時折、里親自体からの子供への陰惨な暴力がマスコミ記事になることはたいへん痛ましいことです。里親と子供への、地域の個別の公的サポート(監視)体制が不十分すぎるんですよね。
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【追記】: この著作についてのご紹介シリーズ、追補して書かせていただくことにしました。こちらからどうぞ。
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【更に追記】:
この本の続編、「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」が刊行されました。
その本のご紹介は、こちらでしています。
さて、やっと、読売で春日武彦氏の書いた書評へについての記事の完成版に第7版でこぎつけたと思う。
書評の対象とされた著作を読まないまま書ける「書評批判」としてはほぼ「臨界点」の水準にまで仕上げられたと自負しています。きっと、すでに実際に本をお読みになった方にとっても参考になった点が少なくないのではないでしょうか?
すでに最終第7版の末尾でも補足しましたけど、書評の対象となったなったレーン氏の著作の原著"Shyness"のAmason英語版サイトまで読みに行って気づいた、「驚愕すべき」事柄。
それは、レーン氏の原著が、あくまでも、単なる内気な人が、特に「社会不安障害」というレッテルを貼られる過程を告発しようとした著作であるということである。(しかも原著者は大学の「英文学」の教師であるにすぎない。イエール大から研究賛助金をもらって、イエール大学出版局から本を出せた大学教授という肩書きにだまされないように)
なるほど、ある種の「社会不安障害」や「強迫性障害」について、SSRIが適応されることは事実ではあるのだが、春日氏が、この本がうつ病を主なるターゲットに据えたものではなくて、「社会不安障害」がメイン・ターゲットであることについて、ただの一言も言及しなかったということは、もはや、医者としての良心のかけらもないばかりか、ある種の情報操作に加担している、少なくとも無責任に「煽って」いるといわれても仕方がないように思われる。
結局、私が、この読売の書評欄に添えられた原書のタイトル"Shyness"に気づいた時点で懸念した勘はあたっていたようにも思う。
Amason英語版の読者レビューを読むと、星をほどんどつけなかった人の批評は辛辣極まりないものがある。
「この本は教養課程キャンパスの象牙の塔の中で広まっているように思える、奇妙で、反科学的なパラノイアの典型です」(Gina Pera氏)
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ちなみに、原著なら、Googleブックスで「まるまる読む」ことができます!!
※レーン氏の本を日本語訳で実際に読んだ上での書評はこちらです。
日本映画の最高の金字塔のひとつというべき「生きる」に引き続いて、同様に「死」をテーマにしつつも、黒澤監督もなし得なかった、アカデミー外国語映画賞を受賞したばかりのこの映画を鑑賞するというのも、何とも味があるものである。
先日「完全版」がテレビ放映されたものをHDレコーダーに録画しておいたものをやっと観たのだが、どうもDVD版での一部シーンのカットを惜しむ声も少なくないようなので、むしろこうした形で観ることができたのは幸いなことかもしれない。
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今回は、またもやや私的な次元からの感想として書かせていただく。
ただし私自身の近親者や関係者の死の問題と絡めるようなことはしませんのでご安心を。
私は臨床心理士であるが、「臨床(clinic)」とは、本来「ベッドのそばにたたずむ」という意味のみならず、「死に至る患者さんのそばに臨(のぞ)み続ける」という含蓄が込められていた言葉であるという。これは確か中井久夫先生の著作のどこかで読んだことである。
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私の業界では、「臨床」という言葉を意識的に使う時には、カウンセリングや心理療法などを通して、ひとりひとりのクライエントさんと向き合う現場を持っている・・・という含蓄で使われることが多い。
つまり、机上の学者などではないということである。
もっとも、今日指定校大学院で勤務されている先生方は、むしろそうした意味での臨床現場のプロだった先生方が「請われて」教職に身を転じられたケースが増えてきているので、以上のことは別に揶揄のつもりで申し上げているつもりはありません。
むしろ、大学という組織の煩雑な雑務に忙殺されるくらいならは、臨床の現場にあと少しでも立ち戻れれば・・・という引き裂かれる思いも感じておられる中堅の先生方も少なくないのである。
実際、「あの先生はついに大学教育の場に向かわれた」という情報を耳にしたと思っていたら、いつの間にかほんの数年のうちに教職をお辞めになり、またもや現場に戻られてしまった、功成り名を遂げた筈の臨床家の先生の再度の転身に驚いたこともある。
もとより、ご本人の意思ばかりではなくて、「先生がいないと現場が成り立たない」という切望もあったのではないかと推察もするのだが。
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医師という身分は、実は日本でも欧米でも、実は必ずしも敬意を払われる仕事として歴史上一貫して見なされてきたわけではない。「鍼灸師」「マッサージ師」などと同じように「士」ではなくて「師」の字が長い間通称としてあてがわれてきたことの中には、実は必ずしも階級が高くない、表舞台に登場する性格のものではない「日陰の職人」であるに留まるという含蓄がある。
この、「師」と「士」の字の含蓄の違いについて私に教えてくれたのは、何と私の父である。父はそこから「だからお前は医者より偉いんだ!」という凄まじい論理展開で私に発破をかけてきたのだが、お医者様の皆様、これはあくまでも個人開業(私設心理臨床)している私への、父の溺愛のなせる技とお許し願いたい。
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この映画の中では、従来注目を浴びていなかった「納棺師」という職業にスポットライトが当てられているわけだが、「死人と接せざるを得ない」という点では大抵の医師と納棺師には共通項がある。
何しろ、日本の法律上は歯科医師にすら、役所に提出する死亡届に必要な死亡診断書を書く公的な権限が、今でもあるのだ(このことの是非はとりあえず置くとして)。
私のような臨床心理士も、少なくとも「死にたい」というクライエントさんからの訴えや、かつて自殺を考えた、試みた、あるいは重い身体病を乗り越えた、今も身体の中に「爆弾」をかかえているというお話、あるいは肉親や知り合いとの死に目のお話をうかがわない日はないと言っていい。
そして・・・・実は今や脚光を浴びる仕事となった臨床心理士(もっとも、職場を得て、安定した生計を成り立たせることの大変さも知れ渡りつつあるが・・・・)においても、実は、ひと皮向けば、普段「おかしい」人たちばかりを相手にしている、だとか、人の泣きごとを聴くだけでお金を取る人種だとか、ほんとうは社会や家族、地域共同体が背負うべき、悩める人や行き詰まっている人たちを有料で救う専門家が存在すること自体が、人間疎外を更に押し進めるシステムだとか言われる立場にあり、実は「世間の普通の人がやる職種ではない」という偏見にさらされているのである。
「私、臨床心理士になりたい!」と肉親に口にした途端に、この映画の中の主人公の妻が夫の職業について知った時に示した拒絶反応と実は似た体験をされた、心理臨床志望の若き人は決して稀ではないはずだ。
その理由は、単に大学院まで出る学費や収入的な安定という面での懸念などではとても説明し尽くせない、「生理的な嫌悪」を感じさせられる世界に、自分の子息が身を投じたがっていることへの困惑という側面が内包されていることが多いのではないかと、なぜかこの映画を見ている中で気づかされた。
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この映画は観た人が少なくないでしょうから、ここからはネタバレになることをお許しください。
広末涼子が演じる妻は、本木雅弘演じる夫がやっているのが納棺師だと気づく前は、直前に絞(し)めて捌(さば)いたばかりの鶏を目の前にすることに何の抵抗もなかった。それどころか、買ってきた蛸が「まだ生きている」ことに気がついた時に悲鳴を上げた。
つまり、私たちの多くが、普段肉食(にくじき)をする際に、それが「死体」に他ならないことを忘却しているのと同じ次元に生きていたのである。
この映画で殊に印象的なシーンのひとつが、社長と主人公たちが、
「うまいか?」
「困ったことに」
などと対話しながら、進んで肉食を繰り返すシーンであることは衆目の一致するところであろう。
私はベジタリアンを貫こうとする人を揶揄する気はもともとない。中には健康上の理由からベジタリアンを貫くひともあろうが、欧米ではベジタリアンでありながらもキリスト教徒である人は少なくないかと思う。
ところが、キリスト教という宗教そのものが、「我々の罪を背負って十字架にかかって下さった主イエス」への信仰であるばりか、多くの宗派において、「聖餐」という儀式を大変重視するものである。
これは聖書に伝えられる「最後の晩餐」におけるイエスの発言に基づき、ワインをイエスの血、パンをイエスの肉として口にする儀式である。多くの宗派の公式の教義では、聖別されたワインとパンは、まさにイエスの肉体そのものなのであり、決して「象徴的な表現」などと見なしてはいないそうである。
実はイスラム教徒は、このあたりを指して、「キリスト教は教祖の人肉を食らう野蛮な宗教」と喧伝した時代もあるとのことである。
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こうして私は、敢えて仏教的・東洋的な発想から一定の距離を取ったままこの映画についての小考察を進めてきたが、そろそろ、私なりの言葉で、今回書きたかったことの核心に触れていこう。
人は、他者の生命の犠牲の上に立ってしか生きていない存在である。
いかに自立・独立を尊ぶ人でも、一切の衣食住をすべて自分で賄(まかな)って生きる、ロビンソン・クルーソーのような生き方をしているわけではあるまい。
人は幼年期を脱した後も、何らかの意味で他者に「寄生して」生きているのである。収入を得られるいうことは、回りまわって、誰かがお金を出してくれたということである。
誰もが「人の生き血を吸って」生きている。このことに貴賎はないと思う。
臨終から葬儀、火葬、埋葬、そして追供養と続く一連の儀式は、悲しむための儀式ではない。むしろ悲しみが感謝に昇華される過程となるのがふさわしいのだろう。
「愛(いと)し」「恋し」「哀(かな)し」といった古語の意味を探っていくと、これらが自然と融合する接点が出てくるようである。
死や病が日常世界から隠蔽され、不死と無限の健康へのファンタジーが満ち溢れかねない時代(今度の不況で、そこに少しブレーキがかかったかとは思うが)であればこそ、病や死と日常の間にある、目に見えない「門」をつなぎ、その間にさ迷うしかなくなっている、個々人の「成仏できない思い」の仲介者となる「渡し守」が職業としても必要な時代なのだとも思う。
それはむしろ、個々人の日常生活の中に、そうした「愛(いと)し」「恋し」「哀(かな)し」の思いが行き交う世界が復興するための、ささやかなお手伝いなのだと思う。
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BGMは、中島みゆきの
「永久欠番」ということで。
・・・敢えて、「生きる」の記事ではなくて、こちらの記事の方に。
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