ワールド・ミュージック

2009/09/20

チャールトン・へストンの真の代表作というべき映画「エル・シド」とその歴史的背景

エル・シド デジタルニューマスター版 [DVD]

(本作品の楽天ブックスサイト)

 この映画、感動のラストシーンで、知る人ぞ知る、歴史スペクタクルの傑作です。

 なのに、「十戒」「ベン・ハー」ほどに人気がない最大の理由は、この映画で描かれている11世紀の頃の段階での、スペインにおけるイスラームからのレコンキスタ(いわゆる「国土回復運動」「再征服運動」)について、日本人の関心がそもそも低いこと (少なくとも、アルハンブラ宮殿が絡む、イザベラ女王時代の、グラダナ陥落(1492)による、レコンキスタ完全達成の頃に比べれば)が大きいのでしょう。

 かつてのスペインの独裁者、フランコですら、「エル・シドの再来」と呼ばれながら歴史の表舞台に躍り出た。そのくらい「エル・シド」という名前のネームバリューが日本と欧米では違うのだと思います。

 クレジットには明記されていなかったと思いますけど、この映画の歴史考証をしているのはスペインを代表する歴史学者で、「エル・シッド・カンペアドル」で知られる、ラモン・メネンデス・ピダルという人。この人のエル・シド観はすでに古いと学術的には言われているけど、少なくともこの映画が製作された時点ではまだまだ最高権威でした。

 一見わかりにくい錯綜した人物関係も、恐らくエル・シッド伝説を基本教養としているヨーロッパ人なら、このくらいで十分に理解できるという水準なのだろうと思います。

 むしろ、映画制作当時としては歴史考証の細部にリアリズムのこだわりがあるとすら言えます。

 例えば、海の向こうから押し寄せるイスラム勢力が、なぜ、アフリカ的な装束しかしていないのか?

 後代のオスマン・トルコの軍楽隊と全く異質であることに我々は衝撃を受けるのか? 

 何とも狂信的な指導者なのか?

 全部、この映画が作られた「当時最新の」歴史考証の結果なんですよね。あの衝撃のラストシーンにも、ちゃんとそれなりの歴史文献的根拠がある。

 以上、イギリスの歴史学者フレッチャーによる「エル・シッド―中世スペインの英雄 (叢書・ウニベルシタス)」 という本で、ピダルの学説への丁寧な批判と、何と、チャールトン・へストン自身にすら取材して、映画のワン・シーンも写真で掲載して書かれていることなん です。映画「エル・シド」を実際に観た人が、その虚構性がどのあたりかまで歴史背景をお知りになりたくなったら、この本に止めを刺します。

 理想化された騎士道の物語として観ても、これほどすばらしい映画は滅多にない。この「泥臭さ」があってこその騎士道。 

 馬上槍試合の描写、エル・シド在世当時と厳密には一致しないとしても、少なくともある時代の中世騎士道で理想化された作法の、実に忠実な再現です。アメリカで幅広く読まれていたという、ブルフィンチの「中世騎士物語 (岩波文庫)」を直接参考にしているのではないかと憶測します。

*****

 「エル・シド」関連の記事というと、当ブログで一時期、探求の紆余曲折を重ねつつ、延々と取り組みましたけど(この記事がその集大成です)、今回、goo映画レビューにすでに書いていたものを更に推敲して「カウンセラーこういちろうの書評・DVD・CD評ブログ」向けに掲載したものを、改めてこちらにも転載させていただきます。

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2009/04/06

すてんか・らーじん!!


コネタマ参加中: ここぞというときの「おまじない」ある?

 これは以前も一度自分でこのブログのネタにしたことがあるんですけど、私は、小学生時代に、帝政ロシア時代の盗賊のリーダーで、ツァーリにはむかう抵抗のシンボルとして民衆の間で伝説的英雄となった、ステンカ・ラージン(スチェパン・ラージン)についての有名なロシア民謡、

♪ヴォルガの流れ流れは、果てなく続き....

の歌詞の直訳を最後まで通して読んだ時、船上のラージンは、ペルシャ遠征で虜にした姫を自分が寵愛する姿に、部下たちが嫉妬交じりの陰口を言っていることにいくら気がついたからといって、なぜ突然ヴォルガの流れに姫を放り込んでしまうのかということがどうにもわけがわかんない!!! と、一種独特の戦慄と恐怖と共に感じ取った時以来、自分が窮地に陥ったり、理解不能な現実に直面するたびに、心の中で「すてんか・らーじん」といつの間にか唱えるようになったのですね。

Surikov1906wikipediaより。「姫投げ」はこの後の出来事とされる。

ヴォルガの舟歌~ロシア愛唱歌集

 私にとっての、「あんびりーばぼー」や"Oh,my God!!の代わりといえば言えます(^^;)

 「超時空要塞マクロス」のぜんとら語で言えば、「でかるちゃー!!」というところでしょうか。


 大人になった今の私から振り返ると恐らく、ロシア時代からソビエト時代においては、部下たちの恨みを買うぐらいならば、自分の宝物を犠牲にしてしまうことも厭わないラージンの姿に、民衆のためのヒーローというファンタジーを読み込んだのだと思います。確かラージンは石川五右衛門みたいな義賊であったという伝説もあったと思いますが。

思わずこの映画"GOEMON"のブログパーツ(^^;)


 しかし、私は今では全然別の解釈をしています。彼にはてんかんの素質があり、そのために普段は静けき人、むしろぼーっとして何を考えているのかよくわからないような人でも、突如火山のように乱心する性質があったのだと。

 つまり、突如の脳内異常放電の結果として我を失い、前後不覚にああいうことをやらかしたのだと。

 更に言えば、「欠神(けっしん)発作」。 実は姫を「投げた」のではなくて、抱いていた両腕から、ヴォルガ川に「落とした」のかもしれないと。

 実は、このようにとらえるあたりが、私が子供時代に歌詞を読んで感じた、あの「狂気に等しい仕業」という戦慄感と一番リアルに一致する気がするのである。

 クレッチマーの体型三分類による性格論的に言えば、てんかん質の人は筋肉や骨格系が発達した「闘士型」の体格を持つとされます。大盗賊の首領だったラージンがこのような骨格であった可能性は決して低くないでしょう、残されている肖像画(wikipedia参照)をみても、ずんぐりむっくりの「闘士型」体型に見える気がしなくでもない(想像画の可能性もあるのだろうが)。

  ......で、私が、なぜ「すてんか・らーじん!」がパニック時の呪文になったのか?

 そう!! 私に隠されたてんかんの素質があったからに違いない!!

 この言葉をつぶやくことによって、私の脳内異常放電は抑止されるのである!!

 この、全然科学的根拠のない、論理の飛躍を重ねた大仮説を検証すべく、私は久留米での国際的なてんかん医学会に参加することにしたのです (3分の1ぐらいはマジにそれが理由です)。

 (だって私自身、現に、ハルプロ酸ナトリウムだけにしたら、ここまですっきり、あっさりと元気になったんだもの!! こんなに効き目の安定した薬は未体験ゾーンだったわけです)


※なお、私のてんかんについてのまだまだ知識や臨床体験の乏しさを暴露してしまうようなことを書いているのかもしれませんが、少なくともこれは、実際にてんかんで苦しんでいる皆様やご家族を誹謗中傷する意図は全くございません。この点でお気に障る皆様がいないことを祈っています。



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2008/03/10

バウムテストにおける「診断」とフォーカシング(1)

 さて、お約束の、昨日の、神奈川県臨床心理士会の研修会についての報告の続き、各論編です。

 まず、午前中は、京都大学付属病院の岸本寛史先生の「バウムテストの基本的な姿勢 〜コッホの基本的な考え方について」というお話でした。

 一般の皆様向けに簡単に解説しますと、バウムテストというのは、スイスのコッホという人が開発した心理テスト。
 「実のなる木を描いてください」という、ただそれだけの設定でなされる、描画法のテストです。
 いくつかのサイトで、詳しい紹介がなされていますが、

●木を書くだけで「自分の心がわかる」? バウムテスト解答編

を、とりあえず紹介させていただきます。

日本で読める代表的な著作は、

●C.コッホ著 バウム・テスト―樹木画による人格診断法
●ドゥニーズ ドゥ・カスティーラ 著 バウムテスト活用マニュアル―精神症状と問題行動の評価

 前者は、私も大学院生の時代から読んでいる、このテストの開発者、コッホの本。
 後者は、マニュアルとして最近評判がいいもののようです。

*****

 さて、岸本先生のお話は、のっけから、このコッホ自身の書いた、最も重要な古典的著作の翻訳が大問題だ、というお話から始まりました。

 そもそも、これは、この本の翻訳が、読んでも全然意味がわからない本だというご自身の体験から、ご自身で原典を辞書を引きながら試しに訳していったところ、自分が翻訳書で読んで意味がわからなかった部分のほとんどが誤訳であることに気がついた、という、とんでもないエピソードから出発します。

 そもそも、日本の翻訳は、ドイツ語(しかも初版)そのものからの翻訳というより、初版の英訳に大幅に影響を受けた翻訳で、この英訳そのものが誤訳の山だそうです。

 それを日本語に訳する際に、更に輪をかけて誤訳を重ねているそうです。

 しかも、、この初版の後、ドイツ語では、第2版になる段階ですら、分量で3倍近くにすらなる、大幅な増補改定がなされているのに、それらがドイツ語に堪能な専門家によって、ドイツ語からダイレクトに翻訳された新版が出る様子がまだ見られないとのこと!!

 検索かけたところ、この本のAmazonのカスタマーレビューに、いまーじゅ太郎さんが、

バウムテストを勉強しようとするとまずこの本を読まなければならず,私も大学でこれを読んで勉強したのですが,実はこの邦訳,問題だらけのようです。原著の方は,著者コッホが直に手がけた第三版がどんどん重版され第十版まで出ているそうで,しかもこの第三版のページ数は初版の約三倍にもなっているらしい。しかも,邦訳の元になった英訳は,どうやらドイツ語に慣れていない人物による翻訳らしく,信頼するに値しないらしい。つまり,コッホの伝えたかったことが十分に伝わっていないということらしいのです。この辺の事情は,最近出版された『バウムの心理臨床』(山中康裕ほか編,創元社)所収の「『バウムテスト第三版』におけるコッホの精神」(岸本寛史著)に詳しく述べられており,私も最近これを読んで大変ショックを受けました。本書はバウムテストを実施するときには必ず読まなければならないものですが,どうもこれこそがバウムテストの基本だと言うには少々問題点が多すぎるようなので,注意が必要です。

.....とお書きなので、知る人ぞ知るの水準の問題点であることがわかりました。

 この件については、私もまだ読んでいない上述書に譲りますが、それでも、岸本先生のご講演から、私のドイツ語理解力でも十分わかる一例をあげます。

 (これは私のメモからの再現ですので、細かい表現には私の主観が入っているかと思いますので、その点はお許しください)

 この著作の翻訳の、確か37ページに「T字型の木の描画」という言葉が出てきます。この部分、ドイツ語の原書では、"Tannenbaum""T"だそうです。

"O Tannenbaum, o Tannenbaum,
wie grün sind deine Blätter!"

という歌い出しのUwe Christian Harrer & Wiener S?ngerknaben - ザ・クラシカル・クリスマス - もみの木クリスマスの歌でもおなじみですが、これ、「樅(もみ)の木」のことなんですね。クリスマスツリーで知られた、あの木のことです。

クリスマスツリーだと、凄く小さく育てるので、てっぺんがとんがった、二等辺三角形のイメージになりますけど、この木は成長すると、天を突くような、垂直の、真っすぐとした幹になることが特徴です。
450pxmomihinokiboramaru
wikipedia「モミ」の項より)

 このことを理解しておかないと、ここで示唆されているバウム画が、

「画面を垂直に縦断する形で、基本的には同じ太さの幹が描かれていて、上の末端も描かれていない(か、枝分かれがないか、曖昧な)」

そういう図版のことになります。

ほとんど即興で、模式的に書いてみると、こんな感じでいいのかな?coldsweats01

Tannnennbaum

 このような図版は、根っこから頂上に向けてエネルギーが上昇するとすると、エネルギーの分化が生じないまま直接噴出して行こうとしているの指標であるという点については、多少の解釈の相違こそあれ、多くの人が認めていることのようですね。

 根っこから枝先に向かうにつれて、最低2つには枝分かれしていく木の絵が圧倒的に多いからこそ、この「モミの木型」を特異な指標のひとつとして認識しておくことがテスターにとって重要なのに、訳本では「T字型」なので、むしろイメージ的には違う点に力点のある連想をさせかねず、非常にわかりにくくなっているわけです。

 どうも、ここまでは「『T字型』問題」として、すでに幅広く知られている翻訳上の問題のようですね。

 これ以上の翻訳上の問題点については、講演者の岸本先生の上掲書でお述べになっておられそうですので、私も別にバウムの専門家でもないので自重させていただき、更に深追いしないことにいたします(^^;)

*****

(第2回へ続く) 

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2008/01/23

「もうひとつの私の人生」TimeLine版、登場!!(第2版)

 この記事で言及した、私の大学生の頃の「白日夢」の体系を、そのまんま紹介する上で、@niftyのTimeLineサービスがいかに使い勝手がいいか、気がつきました。

 これ、歴史小説とか、年代記的ファンタジーを構想していく上で、ひどく興味深いメディアかもしれない。書き込める人をひろく一般に開放したり、数名の共同制作にすれば、もう、むっちゃくっちゃエキサイティングなコラボレーションでクリエイティビティを発揮するではないですか!!



さあ、皆さんも、これで自分だけの物語を作ろう!!


*****


 ちなみに、この内容、浜崎あゆみさんが登場しますが、これは私が後に(.....おいおい^^;)実際に浜崎あゆみファンになったからつじつまをあとで合わせたのではないのです。私の昔からの妄想にあまりにぴったりな歌手がayuだったから、ayuを好きになったというほうが正しい(きっぱり)

 彼女の浜崎あゆみ - I Am... - Dearest"Dearest"が本来、「犬夜叉」のエンディングでもあったということを知ったのは、ayuファンになって一年近く経ってからでして、その時は物凄いショックを受けました。「彼女」は「人気アニメ」のエンディングを歌って有名になる人でないと困るのに、マジにそうだったからです(^^;)

 ちなみに、この「もうひとりの私」の世界では、現実のayuが大活躍を始めた西暦2000年に、もう一人の私は享年40歳で不慮の死を遂げることにもともとなっていました

 それに免じて、この「パラレルワールド」で、私が「彼女」を残して先に死んでしまうという結末に至るあたりまで、敢えて「浜崎あゆみ」という名前を使うことを、ファンの皆様、同じayuを愛する同志として、どうかお許しください。

 ayuと同世代か、もう少し上のayuファンの男性諸君、一度もそういう妄想をしたことがないとは言わせませんぜ!!


******


 なお、この中の個々の記事をクリックすると、私の好きなクラシックの名曲の私の好きな名演奏へのAmazon推薦リンクにもつながっているわけです。どうかご活用を!!

2007/12/06

みゆきの、”I Love You, 答えてくれ”をやっと聴いた!!

 一聴して、いきなりここまでハマれたみゆきのアルバムは久しぶり!!


中島みゆき - I Love You, 答えてくれ中島みゆき/I Love You, 答えてくれ

 1.本日、未熟者
 2.顔のない街の中で
 3.惜しみなく愛の言葉を
 4.一期一会
 5.サバイバル・ロード
 6.Nobody Is Right
 7.アイス・フィッシュ
 8.ボディ・トーク
 9.背広の下のロックンロール
10.昔から雨が降ってくる
11.I Love You, 答えてくれ

 みゆきはいまだに新鮮!!! という感慨を深くした。曲は「驚くほどに」粒ぞろいだが、個人的には6曲めの中島みゆき - I Love You, 答えてくれ - Nobody Is Right"Nobody Is Right"を特に買う。トランペットのフューチャーしたサウンドの新鮮さ、そして、歌詞の深みに圧倒された。

 全体として、とことんロックしている。もちろん、中島みゆき - I Love You, 答えてくれ - 本日、未熟者"本日、未熟者"も実にいい曲だが、とてもとても、それだけで語るのはもったいないアルバムである。
 
 前作アルバム、ヒット曲、中島みゆき - ララバイSINGER - 「宙船(そらふね)」含む
中島みゆき - ララバイSINGER「ララバイSINGER」は、これまでのみゆきの集大成というべき、多様なスタイルの見本市のようなアルバムだった。

 だが、その一方、中島みゆき - ララバイSINGER - ララバイSINGER最後のタイトル曲が、デビュー曲中島みゆき - 私の声が聞こえますか - アザミ嬢のララバイ「アザミ嬢のララバイ」へのセルフ・オマージュになっていたことに現れていたように、みゆきの視線が自分の過去に向いているような気がしたのが懸念だった。

 しかし、今回のアルバムのパワーはいったい何なんだ!!
 みゆきお姉はまだ、若い世代のたどり着けない新鮮な境地を拓(ひら)き続けるのか。 

 中島みゆき - 私の声が聞こえますか1stアルバム「私の声が聞こえますか」(この記事参照)以来、途中で一度離れたことはあったが、結果として、実に20年にわたって、ずっと「5歳年上のおネエ」として共に歩めてきたことそのものが光栄である。

 iTunes Music Store(Japan)

2007/11/21

ステンカ・ラージンはなぜペルシャの姫を突然ヴォルガ川に投げ込んだのか?

 私が最近書いた記事で、一番ぶっ飛んでいたのは、msnと産経の連携が実際に始まった際に書いた、「ステンカ・ラージン!!」の雄叫びを上げた記事だろう(^^;)

 実は昨日、私が子供時代に、Don Kosaken Chor, Iwan Assur & Serge Jaroff - Meisterst?cke - Stenka Rasinロシア民謡「ステンカ・ラージン」ヴォルガ川にラージンがペルシャの姫を突如投げ込んだシーンになぜ異様な衝撃と興奮を覚えたのか?......という、35年越しぐらいの謎がある程度、しかし、かなり一気に解けた。

 その辺、ある男友達とやりとりをする中で、一見全然別の話題の脈絡で気がついて、この記事も読んでいたその人と話し合ったりもしたのだが。


***** 


 ステンカ・ラージンのこの姫投げ伝説は、史実ではないのかもしれない。ペルシャの宮廷を滅ぼしたのは事実で、ペルシャの姫を手に入れ、凱旋の際に同行させたのも十分あり得ることだろう。

しかし、このような姫投げを実際にもやっていたとして、この一部始終をを目撃したのは、当時の木造の手漕ぎ舟の船団の、せいぜい10数名ぐらいしか乗り込めない船の上にいた手下たち(ラージンの娘のひとりも同乗していたが)であろう。もちろん近くの船からもある程度見えたかも。

 次の絵画は、この時の情景(正確にはまだカスピ海のあたり、事件の前)について、後世Surikovによって描かれた絵画である(wikipediaより)。

Surikov1906

 私は結局、この時のラージンの行為に、ある狂気と戦慄を覚え、そこに同時にわけのわからない興奮を覚えたのだろう。何か合理的な理由を超越した、発作的なスパークである。

 それがてんかん気質の人の、発作的な爆発だったとしたら?

 英雄や宗教者の中には、こうした気質の持ち主は少なくない。クレッチマーの分類における「筋骨型」(闘士型)と呼ばれるように、すんぐりむっくりで肩幅が広く、分裂気質的痩せ型や躁鬱質的太り型とはかなり異なる。普段が地道でこつこつとした職人性と生真面目さ、見かけによらない人のよさをもつ。

 しかし何かのきっかけで突如頭の中にスパークが起こり(^^;)、ヒロイックなまでの勇猛果敢さや激しさを発揮したりもする。そういう時は一気に頭の中が回りすぎる。空海などもてんかん気質の典型と書かれることがある。彼の宗教的啓示の体験はそういう瞬間ということである。

 まわりはその急変についていけない。しかし、昔の武将や宗教家や芸術家のようなタイプだと、何かすごくカリスマチックに見えたかもしれない

*****

Hime 私は、自分の体型も性格も、かなりてんかん気質的な面がベースにあり、そこに分裂気質がまじり、実は躁鬱気質の人からは素質的には一番遠いと感じている。そういう私の生来の「何か」が、伝説上のステンカ・ラージンにシンクロしたのが、子供時代の鮮烈な体験なのではないかとも思える。

 

2007/11/16

水天宮保育園様、二宮尊徳翁の言葉教えてますか?(第2版)

 私のサイトって、若い人からすると、やや難解な熟語を多用しているとお感じかもしれない。

 これは、私の小難しくて回りくどい言語表現が、もっと平易でわかりやすいで書いていいにもかかわらず、繰り出されている可能性もある。この点では常々反省もしています。

 熟語を使いすぎると、特に音声だけでは意味がすっと入らない場合が多い。

 私って、そういう、漢字がすぐに思い浮かばないと意味が通じない言葉を平気で使うことがある。その点では、ラブ・コールの際に相方に申し訳なく思ってます(^^)

 「会社始業時にはさ.....」

 「え? 企業????」


.......まあ、こんな調子。


会社始まる時にさ」.....と、なぜすらっと浮かばんのだ(^^;)

.....いつもののろけはこのくらいにして。


******


 私の書き言葉を含めたやや古風な言い回しの背景には、「幸福論」(もちろん椎名林檎ではない)で著名な、スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティを中学時代にむさぼり読み、そこからヨーロッパ文化や教養のエッセンスと、草間平作訳による、インテリ的な言葉遣いを肌になじませたことが一つにはある。

 そして、大学学部(哲学科です)を出たばかりの頃から、ジェンドリンの「人格変化の一理論」の旧村瀬訳をこれまたむさぼり読み、そして、その少し前から、魅力的な文体なのは知る人ぞ知る、中井久夫先生のさまざまな著作に傾倒してもいたことも重なったのだと思う。

 ちなみに、私が旧仮名遣いに子供の頃からなじんでいたのは、父が復刻版を買っていた、田河水泡の「のらくろ」シリーズをむさぼり読んでいたからである。

 私が一番繰り返して読んだのはこれ。すでに戦時色が強まり、当初のアナーキーさが薄れ、国策的になっていますが。「羊の国」とはどこのことでせうか?


 .....そういう先達を貶めるような文体になってしまったのは、ひとえに小生の品位のなさのせいである(^^;)


*****


 さて、こういう伏線を張った上で、産経サイトへの「是々非々シリーズ」、第2弾!!


●【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ
(msn=産経)


 ものすごーく産経的な記事だが、実は前回ほどの違和感はないであります。

 まして、水天宮保育園とは。

 私は久留米出身で、水天宮は、花火大会のみならず、自転車で近くを乗り回した、私の「庭」である。

 水天宮は、推古天皇の御代以来、と伝えられ、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇を主神とする形で、水の神様として、筑紫次郎、筑後川を擁する、水の都久留米で、原始信仰に遡る、いにしえからの由緒を誇る。

 最近は地下鉄の駅名にもなった東京の水天宮は、江戸時代にここから分霊されたものに他ならない。


 「子供たちは難しい言葉でもすぐに覚えます。ただ『がまんしなさい』と言うより、偉人の言葉で伝えるとよくわかってくれます」

 さらに驚いたのはほとんどの園児が30分間、背筋をぴんと伸ばして講話を聞き続けることができたことだ。今年4月の最初の講話には10分も集中力が続かなかったのにである。

 三林講師が題材に選んだのは、西郷隆盛の少年のころの逸話だ。西郷の評判に嫉妬(しっと)した少年たちが、大勢で待ち伏せして西郷を襲う。西郷は1人で戦い、腕にけがを負いながらも勝つ−。身ぶり手ぶりの授業に、子供たちの目もくぎ付けになる。


 私は、日本の偉人伝が、身振り手振りを含めた「語り」として保育所で語られることに決して眉をひそめるつもりはない。子供たちは、講師が熱演すればするほど、興味深く感じて身を乗り出して聴くのではないか。

 仮に、楠木正成(まさしげ)・正行(まさつら)親子の「桜井の訣別」のくだりでもいいと思う。助太刀するとあとを追いかけてきた息子まで道連れにはせず、説得して追い返してでも、自ら負けそうな戦に敢えて旅立つ向かう父。父とはかくあるべし。

 史実の正行は、この時すでに立派な大人だった可能性が高いとしても、そういうこともあとで歴史が好きになったら探求すべし。

 【質問】この時楠木正成が赴き、実際に討ち死にした戦いは一般に何と呼ばれるか。

 高校の日本史でさすがにこれは今も教えていると思うけど。
 
 この「桜井の訣別」を唱歌にした「青葉茂れる桜井の」という歌、戦前派の方ならどなたでもご存じの歌かと思いますが、「世は尊氏の(まま)ならん」などと件(くだり)には、決して足利尊氏は単なる悪者ではなかったともいいたくなるが、こうした点は高校生ぐらいになって、興味をもって南北朝史を調べてたくなって、気づけばいいと思う、「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」と昔は呼ばれた。戦前の学芸会でもよく演じられたという。いつも持ち歩く私のiPodに、子供時代に聴いたレコードと同じ編曲のをみつけて入れてますよ)ばかりか、日本の戦前の唱歌や軍歌のほとんどについて、何番かの歌詞までは、少なくともうろ覚えはしている、なのに昭和35年生まれのこういちろうは思うのであった。

 軍歌を避けて、日本の音楽史を語るのはどうみてもおかしいと思っているし。それは日本への西洋音楽の同化の過程でなくてはならない役割を果たしたし。

 (.....まあ、これは理屈です。ともかく私は子供時代から軍歌に親しんでいたけど、決して軍国少年にはならなかったわけで。.....更にいえば、なるちゃんこと浩宮様こと皇太子殿下のファンのあること、それどころか顔立ちが似ていると自他共に認めることを、このサイトのあちこちで公言している、いずれ殿下の御代に人生を歩めるだろうことを心から光栄に思う、同い年生まれの「浩」一郎である。)


******


 いずれにしても、私は、それが実は史実的には虚構であろうと、日本の昔の偉人伝や名文句が伝承されていくことはいいことだと思っている、しかし、それを学習指導要領に載せるか載せないかでもめる人たち全体に、「もっと大事なことがあるでしょう?」とため息をつくタイプである。

 確かにいえるのは、再度の徴兵制施行には反対するという点だろう。

 そして、世界史の流れの中で、日本が、都合よく利用されるばかりの形になっているのに、政治家がそのことに無自覚だったり、ごまかしの答弁しかしなかったり、国民洗脳のためのキャンペーンとかがさりげなく進まないことを強く祈っている。

 問題は、社会の一般の「大人が」、重要な何かを勘違いしたまま歴史が進むことだと。


*******


 さて、そういうわけで、難しい文語調であっても、子供たちに語り聞かせられる言葉として、私は、二宮尊徳の、以下のような言葉を推薦しますので、詳しくはこちらこちらのリンク参照のこと。

誠(まこと)の道は、学ばずしておのづから知り、習はずしておのづから覚え、書籍(しょうじゃく)もなく記録もなく、師匠もなく、而(しこう)して人々自得(じとく)して、忘れず。

 是(これ)ぞ誠の道の本体なる。

 渇(か)して飲み飢(うえ)て食(くら)ひ、労(つか)れていね(=寝て)さめて起く、皆此(これ)類(たぐい)なり。

 古歌に

 水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけり

といへるが如し。

 夫(それ)記録もなく、書籍(しょうじゃく)もなく、学ばす習はずして、明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり。

 故(ゆえ)に天地を以(もっ)て経文(きょうもん)とす。

 予が歌に、

音もなくかくもなく常に天地(あめつち)は書かざる経(きょう)をくりかへしつつ

とよめり。

 「夫(それ)世の中に道を説きたる書物、算ふるに暇(いとま)あらずといへども、一として癖なく全きはあらざるなり。

 如何(いかん)となれば(=なぜならば)、釈迦も孔子も皆人なるが故なり。

 経書(けいしょ=四書五経)といひ、経文(きょうもん=仏典)といふも、皆人の書きたる物なればなり」


......以上、ほとんどは「二宮翁夜話」より。

 BGMは浜崎あゆみ - talkin' 2 myself - EP浜崎あゆみの"takin' 2 myself"と"decision"

2007/10/01

ステンカ・ラージンについて(第4版)

ヴォルガの流れは果てしなく続いていました。
ステンカ・ラージンは、手下たちと一緒の舟に乗っていました。
麗しいペルシャの姫に彼はご満悦。
でも、手下たちがそれを誹謗(ひぼう)していることに、ラージンは気づきました。

そこで早速、ラージンは、姫をヴォルガ河に放り投げました。


 「ヴォルガ、ヴォルガ、
 生みの母、
 ヴォルガ、
 ロシアの河よ。
 贈り物を受け取ってくれ。
 これがドン・コサックからの美しい贈り物だ」

Stenkara_2


* どうしてステンカ・ラージンはペルシャの姫をボルガ川に投げ込むのか
     (サイト「ロシア民謡の謎を追う!」)

そして、ラージンは、更に叫びます。

 「お前たちはなぜ沈んでいる?
 さあ、フィルカよ、
 踊ってくれ。
 皆で陽気に歌い、
 姫の冥福を祈ろう。」

(一般に日本で唄われている与田準一による訳詞とメロディはこちら。)

Don Kosaken Chor, Iwan Assur & Serge Jaroff - Meisterst?cke - Stenka Rasin

【注】ステンカ(ステファン)・ラージンは、ドン河を中心として活躍した「ドン」・コサックの首領。皇帝に対して反乱を起こし、最後に処刑されたた「ステンカ・ラージンの乱」(1858)を通して、民衆のヒーローとして様々な伝説を生む。補遺ーローとしてドン・コサックはヴォルガ河を経由してカスピ海を南下し、ペルシャを侵略した。この「姫投げ」のモチーフは、キリスト教以前のロシアの自然崇拝における母なる川への生け贄という異境的儀礼の名残りでもあると推測される。

 なお、歌詞中のフィルカとは、ステンカ・ラージンの娘のことを指すだろうとのこと。

 (........以上、伊藤一郎著「マーシャは川を渡れない -ロシア民謡の中の文化-」による。)


******


 私は、子供の頃に、このロシアの歌(ドミートリー・ニコラエヴィチ・サドフニコフ作詞)の日本語訳(直訳)をはじめて読んだ時の異様な感慨と同じ感じに襲われるたびに、

すてんか らーじん!!

と心の中で叫ぶようになりました。


 もっとも、私は、手下たちの「嫉妬」を察しての、ラージンの行為だとのみ、ずぅーーーーっと、勘違いしていました。でも、私の感じたわけのわからない衝撃は、生け贄儀礼の残照と理解する方がよほど実感とフィットします。

 これが私の太古的・元型的表象(???)の具現化、すてんか・らーじニズムの原点です。

 直前の記事参照。

 続編こちらにあります。

msn産経化(?)

 郵政公社開始以上にネット界での話題かもしれない。

 私はmsnに最初に告知が出た、数ヶ月前のその日に気がついていたのだが、マイクロソフトは何を考えているのか、日本でのマイクロソフトやWindows系パソコンのシェアにすら影響しないかすらと感じた人は少なからずいて、とっくに議論が山のように出た事柄とは当然認識している。

 ちなみに毎日新聞側は、毎日jpサイトを今日から新規開設している。

 ともかく、日本の「ネット」社会の、報道に対する意識についての歴史的(?)実験かもしれない。他のマスコミが報道するかどうかが、みものである。

 私のブログでは、この記事を参照。(とりあえず)。

 BGMはもちろん宇多田ヒカル - Beautiful World / Kiss & Cry - EPこのアルバムの一曲目です。


*****


 かつて小林よしのり氏が「参考になる」と誌面のはじっこで明言した「八王子の阿世賀浩一郎」(当時)によるすてんからーじん!!イズム宣言の運営・執筆する、当サイトより!!

Stenka Rasin!!


 最後に、

ファンファーレ!!  Eder Quartet & Dmitri Shostakovich - The Very Best of Shostakovich - Festive Overture(ドミートリイ・ショスタコーヴィチ/祝典序曲)

より以前の記事一覧

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