私のサイトって、若い人からすると、やや難解な熟語を多用しているとお感じかもしれない。
これは、私の小難しくて回りくどい言語表現が、もっと平易でわかりやすいで書いていいにもかかわらず、繰り出されている可能性もある。この点では常々反省もしています。
熟語を使いすぎると、特に音声だけでは意味がすっと入らない場合が多い。
私って、そういう、漢字がすぐに思い浮かばないと意味が通じない言葉を平気で使うことがある。その点では、ラブ・コールの際に相方に申し訳なく思ってます(^^)
「会社始業時にはさ.....」
「え? 企業????」
.......まあ、こんな調子。
「会社始まる時にさ」.....と、なぜすらっと浮かばんのだ(^^;)
.....いつもののろけはこのくらいにして。
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私の書き言葉を含めたやや古風な言い回しの背景には、「幸福論」(もちろん椎名林檎ではない)で著名な、スイスの宗教的著述家、カール・ヒルティを中学時代にむさぼり読み、そこからヨーロッパ文化や教養のエッセンスと、草間平作訳による、インテリ的な言葉遣いを肌になじませたことが一つにはある。
そして、大学学部(哲学科です)を出たばかりの頃から、ジェンドリンの「人格変化の一理論」の旧村瀬訳をこれまたむさぼり読み、そして、その少し前から、魅力的な文体なのは知る人ぞ知る、中井久夫先生のさまざまな著作に傾倒してもいたことも重なったのだと思う。
ちなみに、私が旧仮名遣いに子供の頃からなじんでいたのは、父が復刻版を買っていた、田河水泡の「のらくろ」シリーズをむさぼり読んでいたからである。
私が一番繰り返して読んだのはこれ。すでに戦時色が強まり、当初のアナーキーさが薄れ、国策的になっていますが。「羊の国」とはどこのことでせうか?
.....そういう先達を貶めるような文体になってしまったのは、ひとえに小生の品位のなさのせいである(^^;)
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さて、こういう伏線を張った上で、産経サイトへの「是々非々シリーズ」、第2弾!!
●【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(9)「勉強忍耐」乃木大将に学ぶ (msn=産経)
ものすごーく産経的な記事だが、実は前回ほどの違和感はないであります。
まして、水天宮保育園とは。
私は久留米出身で、水天宮は、花火大会のみならず、自転車で近くを乗り回した、私の「庭」である。
水天宮は、推古天皇の御代以来、と伝えられ、壇ノ浦に沈んだ、安徳天皇を主神とする形で、水の神様として、筑紫次郎、筑後川を擁する、水の都久留米で、原始信仰に遡る、いにしえからの由緒を誇る。
最近は地下鉄の駅名にもなった東京の水天宮は、江戸時代にここから分霊されたものに他ならない。
「子供たちは難しい言葉でもすぐに覚えます。ただ『がまんしなさい』と言うより、偉人の言葉で伝えるとよくわかってくれます」
さらに驚いたのはほとんどの園児が30分間、背筋をぴんと伸ばして講話を聞き続けることができたことだ。今年4月の最初の講話には10分も集中力が続かなかったのにである。
三林講師が題材に選んだのは、西郷隆盛の少年のころの逸話だ。西郷の評判に嫉妬(しっと)した少年たちが、大勢で待ち伏せして西郷を襲う。西郷は1人で戦い、腕にけがを負いながらも勝つ−。身ぶり手ぶりの授業に、子供たちの目もくぎ付けになる。
私は、日本の偉人伝が、身振り手振りを含めた「語り」として保育所で語られることに決して眉をひそめるつもりはない。子供たちは、講師が熱演すればするほど、興味深く感じて身を乗り出して聴くのではないか。
仮に、楠木正成(まさしげ)・正行(まさつら)親子の「桜井の訣別」のくだりでもいいと思う。助太刀するとあとを追いかけてきた息子まで道連れにはせず、説得して追い返してでも、自ら負けそうな戦に敢えて旅立つ向かう父。父とはかくあるべし。
史実の正行は、この時すでに立派な大人だった可能性が高いとしても、そういうこともあとで歴史が好きになったら探求すべし。
【質問】この時楠木正成が赴き、実際に討ち死にした戦いは一般に何と呼ばれるか。
高校の日本史でさすがにこれは今も教えていると思うけど。
この「桜井の訣別」を唱歌にした「青葉茂れる桜井の」という歌、戦前派の方ならどなたでもご存じの歌かと思いますが、「世は尊氏の(まま)ならん」などと件(くだり)には、決して足利尊氏は単なる悪者ではなかったともいいたくなるが、こうした点は高校生ぐらいになって、興味をもって南北朝史を調べてたくなって、気づけばいいと思う、「青葉茂れる桜井の」(「大楠公」と昔は呼ばれた。戦前の学芸会でもよく演じられたという。いつも持ち歩く私のiPodに、子供時代に聴いたレコードと同じ編曲のをみつけて入れてますよ)ばかりか、日本の戦前の唱歌や軍歌のほとんどについて、何番かの歌詞までは、少なくともうろ覚えはしている、なのに昭和35年生まれのこういちろうは思うのであった。
軍歌を避けて、日本の音楽史を語るのはどうみてもおかしいと思っているし。それは日本への西洋音楽の同化の過程でなくてはならない役割を果たしたし。
(.....まあ、これは理屈です。ともかく私は子供時代から軍歌に親しんでいたけど、決して軍国少年にはならなかったわけで。.....更にいえば、なるちゃんこと浩宮様こと皇太子殿下のファンのあること、それどころか顔立ちが似ていると自他共に認めることを、このサイトのあちこちで公言している、いずれ殿下の御代に人生を歩めるだろうことを心から光栄に思う、同い年生まれの「浩」一郎である。)
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いずれにしても、私は、それが実は史実的には虚構であろうと、日本の昔の偉人伝や名文句が伝承されていくことはいいことだと思っている、しかし、それを学習指導要領に載せるか載せないかでもめる人たち全体に、「もっと大事なことがあるでしょう?」とため息をつくタイプである。
確かにいえるのは、再度の徴兵制施行には反対するという点だろう。
そして、世界史の流れの中で、日本が、都合よく利用されるばかりの形になっているのに、政治家がそのことに無自覚だったり、ごまかしの答弁しかしなかったり、国民洗脳のためのキャンペーンとかがさりげなく進まないことを強く祈っている。
問題は、社会の一般の「大人が」、重要な何かを勘違いしたまま歴史が進むことだと。
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さて、そういうわけで、難しい文語調であっても、子供たちに語り聞かせられる言葉として、私は、二宮尊徳の、以下のような言葉を推薦しますので、詳しくはこちらとこちらのリンク参照のこと。
誠(まこと)の道は、学ばずしておのづから知り、習はずしておのづから覚え、書籍(しょうじゃく)もなく記録もなく、師匠もなく、而(しこう)して人々自得(じとく)して、忘れず。
是(これ)ぞ誠の道の本体なる。
渇(か)して飲み飢(うえ)て食(くら)ひ、労(つか)れていね(=寝て)さめて起く、皆此(これ)類(たぐい)なり。
古歌に
水鳥のゆくもかへるも跡たえてされども道は忘れざりけり
といへるが如し。
夫(それ)記録もなく、書籍(しょうじゃく)もなく、学ばす習はずして、明らかなる道にあらざれば誠の道にあらざるなり。
故(ゆえ)に天地を以(もっ)て経文(きょうもん)とす。
予が歌に、
音もなくかくもなく常に天地(あめつち)は書かざる経(きょう)をくりかへしつつ
とよめり。
「夫(それ)世の中に道を説きたる書物、算ふるに暇(いとま)あらずといへども、一として癖なく全きはあらざるなり。
如何(いかん)となれば(=なぜならば)、釈迦も孔子も皆人なるが故なり。
経書(けいしょ=四書五経)といひ、経文(きょうもん=仏典)といふも、皆人の書きたる物なればなり」
......以上、ほとんどは
「二宮翁夜話」より。
BGMは
浜崎あゆみの"takin' 2 myself"と"decision"。
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