思い込み

2012/01/02

夢フォーカシング 技法の実際

今度は、ジェンドリン自身が開発した、「夢フォーカシング」の技法の詳しいマニュアル。

この技法の特徴については、本部サイトのこの記事。あるいは当ブログのこの記事この記事、やこの記事、そして昨日のこの記事ですでに概説していますが、それを具体的マニュアルとして概説することにします。

本書を手に取り読み始めると、16の「質問」が羅列的に並んでいる印象になり、具体的にどういう段取りで進めるのかのフォーマットがややわかりにくいので、それを私なりに整理しなおして書いてみましょう。

夢フォーカシングは、一度身につけてしまえば、通常のフォーカシングより容易にひとりでも実施できますので、以下の部分では、敢えて「一人称」で書いてみたいと思います。

なお、私は以下の内容は日本人間性心理学会の「人間性心理学研究」で原著論文として書いています。(夢フォーカシング技法の面接場面への適用に際しての幾つかの実用的示唆」 人間性心理学研究 第11巻 第2号)

******

1.夢の内容について選び、(聴き手がいれば)語る。夢は断片的なものでも構わない。(朝起きてすぐに書き留められるように枕辺にノートを準備しておくが吉)。一般には、古い夢ではなく、最新の夢を選ぶ方が効果的である。

※聴き手がいれば、聴き手その内容を丁寧に伝え返し、誤りがあれば語り手に修正してもらう。内容的に不明瞭な部分、よく覚えていない部分は、「曖昧な部分は曖昧なままに」聴取すべきである。

2.夢について、自分なりに思い浮かぶ感想や理解、実感を探り、言葉にしてみる(【質問1】、【質問2】。

・・・・リスナーがいる場合、夢を観たご本人なりの感想や理解等をまずは語り尽くしていただくことを十分にすすめて、次に進むことがたいへん重要です。

3.夢の中で、一番興味を引く部分はどの部分かを確認する。

4.ここから先、大別すると3つの方略がある。
 すなわち、「場所の方略」「登場人物の方略」「物語の方略」である。
 これらは夢を観た人が興味をひくのであれば、自由に選択していい。

(聴き手の側は、自分のフェルトセンスに照合しながら、夢をみた人のプロセスの流れにふさわそうな「質問」を提案していくほうが円滑に進むことが少なくないであろう)

●場所の方略【質問4】

* 夢の中に出てくる場所と似た場所に行ったことがあるか?

* 形状や様子は似ていなくても、夢の中で「そういうふうな居心地になった」場面というのを、生活の中で味わったことがあるとすれば、どんな場面か?(心象風景)

●登場人物の方略

* 夢の中で関心を持てる登場人物を選ぶ。
 (それまで出会ったこともない見知らぬ人、ちょい役ぐらいの人、場合によっては無生物[建物、調度、花、植物など]を選んでみるのも一興である)【質問6】

* そのような人物の特性が、もし「自分の中に」少しはあるとすれば、どんな部分? ひょっとしたら、自分の中にそうした側面があと少しあってもいいというサインかもしれない【質問7】

・・・・このへんは、ユング的に言えば「アニマ」「影」などの元型を投影された相手というふうにもとらえらるかもしれない。「自我」というものは「自己」の全体性の一部でしかない。

* 試しに、その人に「なってみると」どのような感じだろう?【質問8】

・・・・これは、ゲシュタルト療法とは異なり、心の中だけの演技のつもりでいい。子どものための学芸会で、大げさに身振りを交えつつ演技するつもりで。

(「端役」ばかりか「花」「山」「岩」の役など、幼稚園児の学芸会ならあると思える)

●その他のオプションとして私がおすすめの質問

*もし、その夢に「続き」があるとすればどのような方向に向かうだろう?【質問9】

*事実に反するものは?【質問12】 

・・・夢の中と日常では違うこと、部屋の構造、登場人物の性格や役割などでもいい。
・・・たとえば、階段を降りていたはずなのに、出た先は山頂だった・・・みたいな矛盾なども。

*****

他にも幾つかの【質問】をジェンドリンは準備していますが、私なりに思うに、それらをあまり安直に使うと、ありがちな「頭での」「象徴解釈」になりがちと思えるので、ここでは解説を省略します。

*****

ジェンドリンが、夢との関わりで重視しているのは、

「人は、自分の夢についての理解において、普段の日常生活において自分を理解するのと同じような形で理解しようとする傾向(バイアス)がある。そのために夢は新鮮な気づきとして活用できないパターンにはまる」

ということです。

夢フォーカシングは、とことん「楽しむ」ものです。

私がセッションを持った経験からすると、仮に怖い夢や苦しい夢であっても、爆笑ないし苦笑する思いもよらない展開になり、ご本人も楽しい体験になることがほとんどです。

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2011/06/11

「障害受容」を取り巻く同調圧力(togetter)

元は@ynabe39さんの発言にはじまる一連の論争への私なりの感想から出発しましたが、その論争の「傍流」でのささやかなやりとりです。

障害当事者やご家族の「障害受容」についての同調圧力が基本テーマです。

キーワード : 障害受容、パターナリズム、愚行権

 

こちらからどうぞ。


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2011/06/09

「古典的なうつ病と双極2型の鑑別は難しい」(togetter)

 NHKスペシャルの連載記事を始めとして、私がこのサイトで再三書いてきたテーマですが、mskzmmrsさんとの対話の形式を取る中で、非常にシンプルにまとまりました。mskzmmrsさんに感謝申し上げます。

 

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2011/05/25

故郷を求めて -NHKスペシャル:「虐待カウンセリング 柳美里 500日の記録」-

 作家、柳美里さんの息子さんへの虐待問題は、彼女がそうせずにいられなくなる心情を自身のTwitterで赤裸々に発信していることにネット上ではとっくに毀誉褒貶の嵐が吹き荒れていたことは私は知らなかった。

 子供に虐待をする親は、得てして、親自身が子供時代に虐待を受け、更に親の親もまた・・・という不幸の連鎖があることは結構知られていることかと思う。

 彼女がそのカウンセリングの過程の「一部」(録音のみの公開となった部分もある)をこうして映像で公開したのは、彼女が私小説的な作風の作家だからこそ許されたことだろう。

 ただ、先取り的に書いてしまうと、そういう「有名作家の被虐待児」として育った、ドキュメンタリーにもなったことを「今後」背負って生きていかねばならない、これから思春期に入る息子さんのことを思えば、彼は同じ過ちを繰り返さないとしても、それだけでたいへんだろうなあとは思う。

*****

 彼女は、15歳で家出、31歳でシングルマザーとなる。彼女は完璧な母親を目指した。そうこうするうちに、息子が食べ残しをするだけでも激しい怒りを感じるようになる。

 歯磨きに一日5回、計3時間費やさせないと気が済まない。さもないと歯ブラシで喉を突いたという。

 息子と適切な距離を取らないとやっていけないのはわかっていた。そういう中で、虐待専門のカウンセラーのカウンセリングを受けるようになる。

 (敢えてカウンセラーの先生の名前はここでは伏せる。ただでさえNHKスペシャルが放映されてその名が知れ渡り、翌日からは相談が殺到したことが想像できるからである、カウンセラーでも、精神科医でも、その名が知れ渡り過ぎると、どうしてもキャパを超えはじめる。クチコミで久留米一人気が集まった精神科クリニックが3分診療に追い込まれた現実がある。ほんとうの名医は宣伝されることを避け、精神科クリニックとは思えない佇まいのひっそりとした外観の建物で、精神科ということを表記しないままで営まれている場合もある)

*****

 まずテーマとなったのは、父親との関係である。パチンコ屋の釘師であり、しつけと称して彼女に暴力をふるった。彼女の母は教育熱心だったが、彼女はそれに反抗し、家出や自殺未遂を繰り返した。

 母に繰り返された暴言は「産まなきゃよかった」であり、「殺して責任を取る」と包丁を持ち出されたこともあったという。

 カウンセラーは問いかける:

 「お父さんからなされていたのは、『虐待』ではないですかね?」

 ここで「虐待」という言葉をもらって、彼女ははじめてそれを受け止めることができた。

 「私が悪いことをしている時に殴られるのだと思っていた」

 カウンセラーは答える。

 「かなり洗脳されてますね」

******

 番組はここで一度柳さんのことを描くことから離れ、カウンセラーの所属組織が主催する「親子連鎖を断つ会」よいう、集団カウンセリングの参加者のひとりのことを取り上げる。

 「親はやさしかった」

 だが、Aさんは、

 「『やさしい』って、どんな感じですか?」

・・・と問いかけられる、沈黙し、当惑する。「やさしい」という言葉にフィットする「実感」の方は探しても見つからないのだ。

(当ブログの読者の皆様は、ふと、フォーカシングのことを連想してしまうだろう)

 カウンセラーは更に言葉を吟味する。

 「お母さんのこと、『好き』だった?」

 こうして彼女は、「親に対しては『気持ちが動かない』ことに気がつく。

 カウンセラーは解説する。

 「『悲しい』、『寂しい』を抱く場面で何も感じていないということなんです。そして、そういう、『葬られた』感情が今度は子どもに向けられることになる」

 Aさんは、継母から躾と称する虐待を受けていた。

 父からは、

 「家の雰囲気が悪いのはお前のせいだ」と、よく、突然叩かれた。こうなると、もう、何が悪いのかわからない。

 どこまで気を使い、どこまで尽くせばいいのかわからない。

 Aさんの子供は不登校になったが、そういう息子に、彼女は暴力を振るうようになり、時々寺で気持ちを落ち着かせるしかなくなった(番組では、その寺の住職に再会する場面が描かれている)。

 集団カウンセリングの中で、虐待の記憶が蘇るにつれ、彼女は、幸せそうな家族を見ると吐き気を感じるようになる。会に参加しようとすると、死ぬしかないという思いが生じ、自傷行為に走る。足の裏の指の皮を、歩けないくらいにひりひりするまでめくっていったという。自己処罰行為である。

 なぜ自分は虐待されたのか? 親戚を回って調べ始めたという。

(こういう展開を知ると、カウンセリングが単に密室の中で進行するものではなく、現実世界の中での他者との無理のないところとからの新たな関係形成が両輪になる必要があることが示唆できる。自分探しは、具体的に過去の現実と、勇気をふるって、白紙で向かい合おうとするなかでしか進行しない)

 継母は、実は子を産めずに離婚された経歴を持っていた。

 父は、大病を患い生活が苦しかった。そのため子供を望んではいなかった・・・そうしたことがわかってきた。

 それを知らされると、「自分が悪い」という感情がなくなっていったという。

 「ずっと操られていた。全く『自分』を生きていなかった」

 そのことが、Aさん自身が子供の成長を見守れないことにもつながったのだと。

 「親からの『卒業』」。

 それ以来、子供と適切な距離を取り、感情を抑え、大目に見ることができるようになっていったという。

 結局、息子さんは、不登校から抜け出し、大学を卒業、プログタマーとして働いているという。

 Aさん曰く、「4年がかりでした。ペット感覚だったんですね」

*****

 さて、柳さんのカウンセリングのその後の展開を見よう。

  カウンセリングを始めて1年が経過していた。

 柳さんは、両親と久しぶりに会って対話してみようと思うように徐々になっていた。

 しかし、実際の母との対話には動き出せなかった。

 「お母さんとの対話に動き出すことはリスクは伴うかも」

・・・とカウンセラーが示唆すると、柳さんは、

 「壁を壊したら母も私も決壊してしまうのではないかと怖い」

 この頃から、柳さんの精神状態は不安定になる。それを思わすTwitterで発信した。

 フラリと家を出て、帰ってこないこともあった。

 以前は忠実だった息子は反抗的になり、他方、お手伝いさんには退行して甘えるようになった。

 「私には、母を『お母さん』とつぶやいたことはありません」

*****

 カウンセラーは、まずは父の過去を直接聴いてみることを柳さんに勧める。

 「娘であるあなたには知る権利があるんじゃないでしょうか?」

 柳さんは、父と久々に面会するのが怖かった。

 父はすでに72歳であった。

 面会の場に現れたのは、飄々とした学者風の好人物そうですある父の姿。

 だが・・・・

 父は、

 「娘(柳さん)を『虐待』したことはない」

・・・・とばかり。

 (画面のその様子は、言い訳をしているというより、ほんとうに記憶がない、乖離しているかのように私にはみえた)

 3回目に会った時、柳さんは、迷った挙句に、言葉を紡ぎ出すようにして、次の質問を父に向ける。

 「人生に何か悔いはありませんか」

 父は答える。

 「僕は出世したかった。学問を学んで。知らない人がいないくらいに有名になりたかった」

 柳さんは問い返す:

 「そうなれなかったのが一番の悔い?」

 父は、やっと、多少の感慨を込めて返事をする:

 「悔いは、そういう僕のせいで家庭が壊れたのだとすれば・・・・柳もたいへんみたいだね。それも僕の責任じゃないかと思う」

*****

 折も折、父の姉の十三回忌が営まれた。柳さんは敢えて法事に参列した。父のことを更に知りたい思いがあったから。

 「私は、父の娘というタガにはめられているんです。42歳ではなくて。まるでお地蔵さんになって立ってるみたいに、『怖い』になる」

 その法事の中で伝聞したんのは、以下のようなこと。

 柳さんの父はギャンブルにのめり込み、それに愛想を尽かして母は家を出た」。ところか今度は母自身が虐待を振るう側に回った。

 (ここで柳さんの15歳の頃の写真が画面に映る。私が驚いたのは、現在の柳さんとほとんど変化のない顔立ちだったことだ。実際彼女はまだ子供のままなのである!)

*****

 そして、ついに、老いた母が面接室に現れる時が来た。

 母が「大丈夫」という言葉を面接室に入って思わず繰り返すことにカウンセラーは気づく。

 「本当は大丈夫ではなかったのでは?」と問いかけるカウンセラー。

 母の母は継母だった。

 「一番肝心なことは口にしたこともありませんよ」

 「過酷・・・としかいいようがない」

 母は、2回だけでカウンセリングを拒むようになる。

*****

 柳さんは、自分の親の生い立ちを知らないことに気がつく。そして、父の生い立ちを知るために、父と一緒に、父の生まれた韓国の故郷に行ってみたいと思うようになる。

 カウンセラーもその旅に同行する。

 この条件で、その気になれたのだ。

*****

 父の故郷、山清(サンチョン)。

 父の語る思い出話は、小学校時代のこと。

 薪(まき)を打っていた。それで生計を立てていた。

 実は、父の父は資産家だった!!

 日本でも成功した、

 だが、韓国に戻り、一気に転落した。梁の中の竹林に掘っ立て小屋を立てて、薪を売った。家族総出で田畑を耕した。

 兄嫁に会いに行く。

 兄嫁は、日本で生まれ、父4歳の時に結婚した。以下、彼女の話:

 父の父は怖い人で、すぐに叩く人だった。兄嫁の夫も叩かれた。それどころか尻に刃物を刺されたこともある。

 「自分より子は優れていないとならないのに、、息子は自分より落ちる。そんな息子は竹槍で殺す」

 そういう父(父の父、兄嫁の義父)の言うとおりにしないと怖かった・・・という。

*****

  こうした中で、柳さんの中に、次のような感慨が生じる:

 「今まで父に対する時は子供のままでいる気がしていた。でも、子供だった父の姿が見えてくると、そういう子供の父がかわいそうだと思えるようになってきた

 カウンセラーは付言する:

 「それは、柳さん自身の中の子供の部分への『かわいそう』という感情にはつながらない?」

 柳は応える:

 「・・・・かなしい」

カウンセラー;「柳さんの中で、初めてお父さんに関することで感情が動いたみたいですね」

柳:「自分と父の土壌は、地続きのようでいて地続きではないんだ」

*****

 この後、柳さんの子供への接し方に徐々に変化が現れる。

 息子が塾の入試で不合格になっても、柳さんは落ち着いていられた。

*****

 このあとは、このエントリーの冒頭で「先取り」して書いたように、柳さんと息子さんのかかわりの変化は、まだはじまったばかりであり、これから、ひと山もふた山もあるであろうことを示唆して、番組は終わる。

*****

 ・・・すでに放送されて一週間以上立っているが、私は録画したものを見返して書いているんではない。番組を見ながらの速記録を再現しているだけである。多少の言葉の相違があってもお許し頂きたい。

 だが、これはそのまま私の面接記録のとり方のスタイルである。彷彿とさせる再現力に一目置いていただければ幸いである。

 単に面接を終えてからの記録なんて、肝心なことはほとんどそぎ落としているものだ。

*****

 NHKスペシャルの詳しい紹介は、私のブログの定番であり、きっと多くの読者に読んでいただけるであろうと思う。私は画面込みでの「再現」に専心し、あまり主観的な感想はのべないままでいようと思う。

 ただ、それでも付言したいのは、単に「虐待の連鎖」などというふうに図式的にのみ教科書的に習い覚えるだけでは、とてもとてもこういうカウンセリングは進められないだろうということだ。

 彼ら、彼女らは、薄皮一枚剥がせば深い人間不信をかかえて生きてきている。表面的な受容や、さりげない仕草だけで容易に安定した関係は崩れるであろう。

 それどころか、こうした人達と面接する中で、そうした「負の連鎖」がカウンセラーをはじめとする援助者の日常にまで影響する可能性は大変高いことを肝に銘じるべきと思う。援助者自身の家庭で、思いも寄らない件で少し諍(いさか)いが出るとか、施設内でいつの間にか、利用者に暴君的に振舞ってしまうなど、大いにあり得ることを覚悟すべきである。

*****

 私は、やや子煩悩過ぎる父母のもとに生まれたが、不思議と父に「褒められた」記憶がない。それは、多感な頃に中国大陸で終戦を迎え、一家没落に耐えて経理の超人となった父の生育歴と大いに関わると思う。

 おのれのことをあまり話さない寡黙な父だが、それでもいくつか、私の子供時代に、辛辣な大陸時代から引き上げ(父の父は馬賊に銃殺されている)、戦後初期のエピソードは伝えてくれていた。故郷久留米に帰った今も、ポツリポツリとそうした言葉を聞けている。

 まさに、父と土壌は繋がっているようでいて、違う時代を違う土地、関東で30年生きた。

 父と共有する「土臭さ」、祖父の代までの教養の高さの「血」を受け継いでいるlことそのもの(ただし学歴とは無関係に父の広範な読書パワーは驚異の域)を、誇りに思う一方で、父とは違う、でも父にも「よくやったな」と言ってもらえる人生を、私なりに故郷久留米でこれから創りあげたいと思っている。

 そうそう、最近、大工の娘にして女学校を出た、大正生まれの母が笑いながら電話口でこぼした言葉。

 「私は女学校時代、国語だけは成績優秀やったけんね」

・・・・はじめて聞いた話。

 ここに、漢字の書き取りと古文の品詞分解以外は、何の努力もせずに、共通一次テスト200点満点だった息子がいるのだが。  

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2011/05/11

カウンセラーに何ができるか(togetter)

震災へのカウンセラーの緊急支援をめぐる、他の皆様方の発言に触発されたものですが、カウンセリングにおけるカウンセラーの立ち位置全般についての持論にかこつける流れになってしまいました。

こちらからどうぞ。

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2010/11/24

「思わずツッコミを入れてしまうのは?」

ブログネタ: 思わずツッコミを入れてしまうのは?参加数拍手

  1.  ちょっとこの人、「小山の大将」っぽくて、自分の領域に閉じていて、その割には知ったかぶりなことをボロっと書く人には「横槍」をややこまめに入れることもあります。でも、基本的には「各論主義」で、接点があると感じたらそれを大事にします。
  2.  リアルワールドでは、真っ向から相手につっこむことは珍しいです。私の中学校以来の「書物を通した心の師」である、カール・ヒルティの教えを守り、「まずは賛成意見として論を始める(つまり、相手の発言意図について共感・評価できる部分に敬意を表して明言し、その後で、一見「付加的に」異論を唱え始めていく)」スタイルを好みます。
     これは、「ほめ殺し」スタイル、というだけはなくて、相手のいいところを認めながらも、こっちが誤解して違和感感じているだけかも知れず、そこからコミュニケーションが開けることを期待してでもあります。

 心の中でだけ相手にツッコミ入れとく方が賢い場面では沈黙して、後で裏で動くのが懸命とみなすことも多いことは少し前にも書きました。

 でも、なにより大事なのは「他人の言動にツッコミ入れる前に、自分の言動にウィットを込めてツッコミ入れ続ける「脱同一化(disidentification)」できるこころの余裕(ケン・ウィルバーおよびアン・ワイザー・コーネル用語)だと思いいます。

 これって、単なる「自己批判」ではなくて「ちびまる子ちゃん」のナレーターの「おいおい」的一人つっこみだと思っていただくといいかと。

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2010/11/19

「あなたの勘って、当たるほう?」

ブログネタ: あなたの勘って、当たるほう?参加数拍手

 基本的に言うと、物事を深刻に受け止める方向に「勘」のバイアスはかかっていて、実際にはそこまでひどい事態ではなかった・・・ということがやや多いかとは思いますが、それは自分で若い頃からそれなりにわきまえてきたつもりです。

 ですから。冷静に補正する意味で、「他の見方もできないか」数通り検討した上で、それでも最終的には自分の「勘」を信じる方ですね。

 でも、物事は自分の予想する白でも黒でもなく、黄色だったり、緑だったり、紫色だったり、「金銀パールプレゼント!」(古い)だからこそ、人生はスリリングであり、他者と「出会い」の意味があると思っていることは、当ブログの古いこの記事で書いてきた通りです。

 結局、全然「思い込み」はない・・・などという客観性など幻想であり、自分の「勘」を頼りにとりあえず動いてみることを果てしなく繰り返す中で、「経験値」は上がっていく。

 そして、自分は物事や世間が見えるようになった、もう予想外の事態は滅多にない・・・などと「悟った」ような心境になった時は、実は「成熟」ではなくて「成長」の停止、「老化」のはじまり、その「決めつけ」が人をないがしろにしはじめることに気づいていないだけかとも思います。

 以上、自戒を込めて。

 まだまだ50歳、自分の人生に何が起こるかわからない。

 ・・・まあ、これでも、昔よりは、あっさり人に意見を伺うことも増えてきたかと思いますが、結局最終判断をするのは自分ですので。

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2010/11/11

「もしメンバーの一員になるなら、どのアニメがいい?」

ブログネタ: もしメンバーの一員になるなら、どのアニメがいい?参加数拍手

 日本ハムへの入団が決まった斉藤くんが「仲間」を連発するのは「ワンピース」の影響とのことですが、実は私、「ワンピース」は劇場版1本(「オマツリ男爵と秘密の島」を、今や私がポスト宮埼・押井の一番手と期待するに至った細田守監督とは知らずにテレビで偶然見ている。確かその直後にDVDでいきなり「時をかける少女」に接して細田さんの名前をidentifyしたという順序)とテレビシリーズ一話分しか見たことがありません(^^;)

 かと言って、我が因縁の「エヴァンゲリオン」に出たら、TV版の世界である限り、いつゲンドウに殺されるか、生き残れるかわからん!!

 「ゴーショーグン」のレミー島田なりたいと言い出したら、てめえ男だろ!ということになるし。

  やはり今の私だと、「のだめカンタービレ」でしょうね。・・・でも、私のバイオリンの腕は、「のだめ」の影響でここ1週間は毎日必ずのように取り出して調弦して、ブラームスの交響曲第1番の終楽章の第一主題だけは弾けるようになって勝手に悦にいっている水準ですから、いくら未来を見越しても(爆)、シュトレーゼマンにSオケに入れてもらえるとは思えず。

 私にとって年齢的にちょうどいいのは、裏軒の峰龍太郎のおやじか、(ドラマ版では出てきませんが)千秋のおじさんの三善竹彦か、音楽評論家の佐久間学(少し私じゃ歳いってる?)というあたりにしかなれないでしょうね(^^)

 まさか、Sオケの「マスコットおじさん」・・・というわけにもいかないでしょうし・・・(爆)

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2010/10/21

少年は本当に神話になりつつあるのか? -ヱヴァンゲリヲン 新劇場版 破-

 私にとって、「エヴァンゲリオン」(以下、新字体で統一します、お許しを)とは、もはや手を触れてはならない、禁断の地になっていました。

 これは決して大袈裟ではない話です。「エヴェンゲリオン」との出会いとその後の成り行きで、「リアルワールドでの」私の人生に大きな転機が生じました。

 そして、それは筆舌に尽くし難い、今も私が背負い続ける、人生の悲劇の重荷と深く結びついています。

 ほんとうに、大袈裟ではなく、そうなのです。

 私の人生がマジに背負うしかない「十字架」として、この作品は、本当に「残酷な」までに横たわっています。

阿世賀浩一郎/エヴァンゲリオンの深層心理―「自己という迷宮」

 新劇場版の「序」は公開時に映画館で観ましたが、いくら背景等をデジタル処理しなおしていても、新作シーンの少なさ(若干「補完計画」への伏線張りはしたものの)と、TVシリーズの物語上の編集の「重心度」や「カット割りのテンポ感」に、どうしても違和感が残りました。

 この水準なら、わざわざ「新劇場版」として公開するに値しないとすら。

 

*****

 さて、ずっと「のだめカンタービレ」系で記事を走らせてきましたが、「最終楽章」後編がいつまでもレンレッド・アウト(?)状態の中、ふと、「破」を観てしまうという「賭け」に出てしまおうか」・・・と思い立ちました。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 EVANGELION:2.22 YOU CAN (NOT) ADVANCE.【通常版】 [DVD]

 これは、正直、驚きました。

 TVシリーズの「全面改訂版」「完全に動画新作」ですね。

 新キャラである、真希波・マリ・イラストリアスも存在感あるキャラクターですが、アスカやシンジ、レイ、それどころかゲンドウに到るまで(!)「性格設計」の基本を一からやり直した。

 庵野さんのこの十数年における作家としての成熟が、如何に目覚しいものであったかがビンビンと伝わります。

*****

【・・・・・以下、壮絶な「ネタバレモード」です!!】

 アスカの方がシンジをめぐってレイに焼きモチ焼きまくりなのは微笑ましいし(信じられない光景・・・)、料理修行に励み出し、ゲンドウを皆との食事に誘うレイなんて仰天の域。

 「食べ物を作ること」の意味というのが物語の重要なキーになっている。

 第3新東京市の日常風景描写も、もう、ここまでやるかという徹底度。どこまで作品世界の設定を緻密にすれば気が済むんでしょうね(^^)

*****

 更に言うと、TVシリーズで言う「参号機」(第9使徒)事件(18・19話)・・・・対象がトウジからアスカに置き換わるという衝撃的な展開が1つ目のクライマックスです。

 私は上記拙書「エヴァンゲリオンの深層心理」で、ここでのゲンドウの残酷な命令を「全面支持」するという、当時は非難轟々の作品解釈をしました。

 私の書いた本ですから、当然著作権者は私自身ですので、全面的に引用しちゃいましょうね。

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 ゲンドウは、シンジの[「人を殺すよりはいいよ!!」という]言葉を聴いた瞬間に、シンジへの命令を諦めて、ダミープラグに情け容赦なく切り替えているのである。

 このような事態において、シンジが取るべきだった、彼には見えていなかった正しい選択肢は何だったか。それは、迷うことなく先制攻撃を仕掛け、エヴァ参号機の動きを完全に封した上で、パイロットの乗るエントリープラグを救出する。エントリープラグの救出を取るか、シンジの初号機がやられないうちに参号機を破壊するかの二者択一に迫られた場合には、迅速な決断をして、涙を飲んで、エントリープラグもろとも参号機を破壊することを選択する。これしかなかった筈である。

 シンジが参号機を攻撃しなくても、そのままでは使徒に乗っ取られた参号機は更に破壊と殺戮を続け、どんな手段を取ってでも誰かが破壊せねばならなくなることは目に見えていたはずだ。しかも、シンジの乗る初号機を使う以外に参号機を行動不能に陥らせ得る手段はない。[参号機]パイロットへの精神汚染の進行を食い止めるという点から観ても、パイロットを長時間、使徒に乗っ取られた機体に乗せたまま放置するのは得策ではない。シンジ自身の初号機にも粘菌状の使徒がまさに侵入しはじめていた。

 ・・・・結局、シンジが参号機への攻撃を先延ばしにしてプラスになる要因はなかったのである。厳しい見解であることを承知で言えば、シンジは、自分が「他人を傷つける存在」になるのが許せなかっただけだ。自分のナルシシズムが傷つけられるのが嫌だっただけであり、本当には参号機パイロットのことは気にかけてはいなかったのである。[父親に褒めて欲しかったという]自分中心の行動原理でしかエヴァに乗ってはおらず、参号機パイロットを含めた人々の命を守るために戦うということが、本当にはわかっていなかったシンジの、これが限界だった(p.91-p.92」

 ・・・・今、自分で改めてこの箇所を打ちなおして自分でゾクゾクしてしまいました。

 私は、拙書刊行時の、今から13年前の段階で、この「参号機事件」をここまで「観切って」いたのだ!!・・・・という深い感慨です。

 どうです? 新劇場版、まさにこの点で観客を絶対誤解させない展開に、実際に描かれています。

(・・・まさか、庵野さんご自身に拙書をお読みいただいていたとすれば光栄の至りですが、少なくとも斎藤環先生は、直接お伺いしたところ、本書読ん下さってましたからね。・・・・)

 そして、この事件の直後のシンジの反応がTVシリーズと劇場版では公然と異なります。

 シンジは、父ゲンドウへの「反抗期」に、決然と突入するのです!!。

 そして、第2のクライマックス、第10使徒との戦いにおいて、ゲンドウに向かって、

  「僕はエヴァ初号機のパイロット、碇シンジです!!」

と宣言する時、TVシリーズと同じセリフなのに、説得力がまるで異なるカッコよさがあるんですね。

 そして、シンジは、「代わりがある」レイではなくて、「かけがえのない」レイを救うためにこそ全力を尽くす!!

 このしなやかに流れる物語展開の説得力・・・・これこそ、庵野さんの十数年が獲得したものなんだと思います。

****

 戦えるチルドレンが4名と設定されたことで、TVシリーズと異なり、3機のエヴァで使徒と戦うシーンが増えているのも注目点。

 二者関係ではなくて、三者関係になった時に、人間ははじめて社会的存在になる。エヴァ搭乗者相互の「チームプレー」がTVシリーズより遥かに前景に出ていることになる。これもいいい。

 物語全体が、「プレ・エディプス的(ボーダーライン的堂々巡り)」ではなくて、「エディプス・コンプレックス克服指向」で決然と進行している。

・・・not be advanced?

No,they are being advanced!

*****

 「人類補完計画」の実体も少しずつ見えてきた気がします。

 Nerv内部でも地域支局によって思惑が違う・・・つまり、ゼーレとの距離感と接点が異なる「派閥構造」がある・・・と受け取れる伏線展開も、今後に向けて興味深いですね。

 私の推定では、以下の3つの勢力の抗争状態が、この「新劇場版」の物語世界には隠れているという「仮説」を取り敢えず立てておきます。

  1.  「神」そのもの(?)・・・・地球に増殖した人類を始めとする生命体の発生そのものを、宇宙における「突然変異」とみなし、地球に次々と「使徒」を送り込み、地球を混沌とカオスの死の星に回帰させようと目論む主体。
  2.  「ゼーレ」・・・・「セカンド・インパクト」そのものがゼーレによって実は引き起こされたもの。その目的は、汚れきった地球を完全浄化して、「神」との「聖なる合一」=「死」を志向している
     =彼らが目指す「サード・インパクト」。
     カヲルはあくまでも「ゼーレの側が」今後送り込む???
  3.  Nerv(の、少なくとも日本支部最上層部)・・・・「セカンド・インパクト」前の地球を取り戻すことを一方で志向するが、その地球とは、必ずしも清浄なばかりではない、食物連鎖もあれば、人の生き死にもある、生々しい環境の中での、清濁併せ呑む、生活臭のある「生(せい)」である。
     そして、その実現のためには、「セカンド・インパクト」後に生まれた「チルドレン」世代の"evolution"=更なる「覚醒」が大きな足がかりになるとみなしている。
     それが、彼らが目指す、ゼーレとは別の「サード・インパクト」であり、ゲンドウたち「旧世代の」人間の上層部のほんとうにコアな人間は、そのために自分たちが「捨て石」になる覚悟のもとですでに生きている。

・・・・・さて、どこまで当たるかな?

*****

 大事なのは、「セカンド・インパクト」で生まれながらに遺伝子に先天的な変化が生じている層=チルドレンしか「エヴァ」搭乗候補生はいないという伏線があるはずということです。

 だから、例えば「セカント・インパクト」直接被爆者であるミサトは絶対エヴァには乗れない。ミサトにすでに子が出来ててその子が13歳(・・・・あり得ないですが)なら、その子については話は別・・・というふうに了解できるかと思います。

 ただし、レイが、シンジの母、ユイが実験中エヴァ機体に事故で融合された後救出された「遺伝子」から生み出されたクローンであるという隠れ設定は、TVシリーズの頃のままと私はやはり感じています。この点で、他の「チルドレン」とは別格であり、彼女が”Q"に入っても特別なキー・パーソンであることは揺らがないでしょう。恐らく、ゲンドウと運命を共にして宇宙の藻屑になっちゃうか、地球の大自然と一体化するというあたりではないかと。

*****

・・・・・・なーんてことを、実質13年エヴァから離れていた私、一瞬にして「寄り道」して「補完」しておくのでした(^^;)

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2010/10/14

「のだめ本」の決定版はこれだ!!

 Amazonレビューとかでしっかり予備調査した上で、実は楽天のアフィリエイト・ポイントの方で入手しました。

茂木大輔/読んで楽しむ のだめカンタービレの音楽会

 茂木(もぎ)さんという方は、NHK交響楽団の主席オーボエ奏者を続けた後、指揮者の道も志され、著作活動も豊富、特に有名なのは、「拍手のルール―秘伝クラシック鑑賞術」という本でしょうか。

 先述ののだめ本、原作者の推薦文つきで、原作と同じ講談社から出ていますので、原作の画面も公然と引用できています。

  私は茂木さんが著作活動を本格化される頃と行き違いで、「レコード芸術」読者とかからも離れたので、この「拍手のルール」しか実は存じあげていないのですが、非常ににわかりやすく、軽快な文体でクラシック音楽の世界についてお書きになる。私が若い頃にはおられなかったタイプの著者です。

   オーボエ奏者というのは、一日中リードをナイフで削っている「気難しい」人・・・という固定観念があったのですが(音程の調整が一番難しい楽器。だから、オケの調弦のAの音は通例オーボエが最初に音をだすのです)、茂木さんって、不思議なおおらかさとユーモアの飄々とした文体ですね。

*****

 この方が「のだめカンタービレ」の原作と出会うまでのきっかけ自体が、偶発的な「運命の出会い」!!そこからの茂木さんの「行動力」がまた凄いんですが、そのあたりは本書を読んでのお楽しみということで・・・

 結果的に、茂木さんは「のだめ」原作のパリ編あたりから以降の音楽アドバイザーのひとり(あくまでも、ひ・と・り・。それ以前に原作者の二ノ宮さんは、ある、とんでもない「音楽学の大御所」を監修者として味方につけておられたのです・・・)」

 そして「のだめオーケストラ」の創設者、更に、ドラマ版の音楽監修者の一人として「全面協力」するに至ります。

 そういう、ディープな当事者の茂木さんご本人が、出し惜しみせずに、ドラマ化の裏側すら書いて下さっているので、私がこちらの記事で書いた疑問や予想の95%までは氷解ました。

 前の記事、一部私の勝手な誤解や思い込みもありましたが、敢えてその部分は茂木さんの本に基づいて修正はしないでおきます(^^)・・・マジ、茂木さんが同じ事を同じように書いておられる部分があるだけで、私の方がぎょっとしました(・・・これじゃ、自慢ですね、すみません)

 劇場版公開に合わせて刊行された本ですので、劇場版の裏話はありません。「パリ・スペシャル」までは先取りで裏話がわかってしまいましたけど、もうここまでくれば、どの程度先にネタバレ読んでから観ても、ドラマにしても原作にしても新鮮な驚きと心からの満悦しか待っていそうにないですね、私にとっては。

 ただ、ドラマの裏話はあくまでも本書のウエイトの3分の1も占めてはいません。本書2分の1はのだめオーケストラの裏話です。それはそれで、確かに「読むだけで楽しめ」ます(^^) 例によって「原作が透けて見え」ます!!

 あと、ドラマでの、モーツァルトのオーボエ協奏曲の代演は、茂木さんではないけど、茂木さんの後に入団した、超一流の後輩N響奏者だった・・・ということまではネタバレしておきますね。

 これ以上は、読んでのお楽しみということで・・・

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