ライヴ

2011/10/10

水樹奈々という「現象」

水樹奈々という歌手(と一応しておこう)をご存知だろうか?

すでに公式デビューして10年以上、年齢31歳、一昨年の紅白にも出場し、「深愛」という曲を熱唱、昨年の紅白にも連続出場するばかりか、前宣伝の番組に4回もアシスタントを務めているので結構多くの人間の知られるようになったかとは思うが。

Youtubeでは、ライブ映像は著作権上ことごとく消去されているので、公式プロモーションビデオへのリンクだけ、上述の「深愛」へのリンクを貼っておく。

●深愛(YouTube)

転調が多い高度で斬新な、J-POPとしてみても最先端の曲作りで、演歌的ヴィブラートを効かせて圧倒的な表現力で歌い切るこの曲に、何の予備知識もなく、紅白で接した時には、その新鮮さに驚くしかなかった。

しかし、彼女は「声優」であり「アニソン歌手」なのである。

私はいわゆる「ぜロ年世代(2000年以降)」のTVアニメを全く観てこなかった(まどか☆マギカでの復活まで)。彼女が声優として出演するアニメを試しに見てみたのもついこの前のことである(CLAMP原案の「BLOOD-C」の第一話のウェブ配信です)。

そのため長年のファンからすれば「にわかファン」に過ぎない。

(すでにずっとのファンの方、そういう人間が書くことだというつもりで読んでください)

******

とりあえす色々調べた結果を紹介文として書かせていただきます:

愛媛県新居浜市出身。両親が経営する歌謡教室で、みっちり演歌の手ほどきを受け、瀬戸内地域屈指の「のど自慢荒らし」となり審査員の目にとまり、「声優に興味がないかと」と誘われる。

上京して堀越高校に進学。代々木アニメーション学院声優科にも並行して通って学業と両立させ、卒業時に全コースから学業優秀・品行方正の卒業生1人に贈られる堀越賞を受賞。最初の所属事務所ではなかなか歌手としては芽が出なかったばかりか事務所は倒産、キング/スターチャイルドレーベル(アニソンの老舗である)に移籍してから大ブレイクする。声優としてはすでに13年のキャリアを持つ。

しかし、彼女の場合には通常の「声優が歌も歌う」場合とはまるで次元が違っている。あまりにも歌唱レヴェルが高く、先述の、演歌とJ-POPの融合した独創的な歌の世界は「奈々ワールド」としかいいようがなく、ドームクラスの大会場でのコンサートツアーを満杯にする熱烈なファン層を生み出している。

彼女の声の実力を信頼した”Elements Garden”という音楽集団とのコラボによって、一体何をどこまでやれるのかにひたすらチャレンジし続けている。

****

私はこの1年ぐらい、BSの幾つかの番組を通して感じていただけだが、奈々に限らず、この10年ほどのアニソンの世界というのは、通常のJ-POPよりも更に先鋭に、やりたい放題の曲作りがなされているようだ。

以前のように、歌手の売り出しのための階段として、まずはアニメとコラボレートするに過ぎない時代とは異なる。

もはやアニソンは時代の先端を行く堂々たる「音楽ジャンル」なのである。アニメを好きになったコアなファン層を安定した購買層としてあてにしていればいいので、プロデュースも既成の型に固められてはいないともいえる。

そういう中で、大衆への幅広い認知の領域に一歩飛び出したのが、水樹奈々ということなるようだ。

*****

彼女は何よりライブでの熱唱が凄く、小さな体で驚くべき歌唱水準を維持しているらしいとは噂に聞いていたので、私が彼女に投資する第一弾は、いきなり最新のライブのBDとなった。BDソフトはまだ「まどマギ」以外には持っていない(^^;)

この"NANA MIZUKI  LLIVE GRACE ORCHESTRA"と題するステージは、東京ニュー・シティ管弦楽団との横浜アリーナでの共演、しかも20曲、3時間近くに及ぶライブ。これだけの曲数を網羅したライブは他にないようである。

横浜アリーナなら、関東在住時代に、ayuのライブで何回か体験したことがあるが、すり鉢状に近い構造は、大会場ながら、ステージとの距離感・親密度が、代々木体育館などと比べてもずっと秀でている。そこに100名近いオーケストラのステージ。休憩をうまく挟みながらも、(ayuほどには)あまり過剰な演出はせず、歌をガンガン歌いまくる。それで確かにこの歌唱水準の終盤までの維持は只者ではなさ過ぎる。

そして何より聴衆が熱い。ステージとの一体感が凄い。はっきりいってayu以上である。

ボーナストラックとして、尊敬する美空ひばりの曲を数曲歌ったステージも収録されている。このひばりカバーの水準も非常に高く、彼女が今後何十年も歌手として歌いつづけられ、広い層に受け入れられる普遍的な歌手へと更に成長していくと感じさせられた。

*****

おしまいに、「深愛」とならぶ彼女の最大のヒット曲、”Eternal Blaze"も紹介しておこう。

ただし、これはいわゆる【MAD】である。わかりやすく言えば、アニメの名シーンをうまく編集した動画と歌のコラボであるが、水樹奈々出演作ではないアニメとコラボしたものとする。

要するに、またもや「まどか☆マギカ」ですが(^^;)、実は”Eternai Blaze"という曲を私が知るそもそものきっかけがこの動画である。

更に調べたら、この曲は、「まどか☆マギカ」の新房昭之監督が数年前に製作した「リリカルなのは」という、これまた魔法少女アニメで、彼女も主題歌兼声優とした出演していた・・・という意味では遠い連関があることになるので・・・。

*****

【追記】

彼女の自伝、「深愛」についてのレビューはこちら

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2010/11/16

池見 陽 著「僕のフォーカシング=カウンセリング」評

 以前にも、知人に「見せていただいた」段階での「ご紹介」記事を書きましたが、自分で実際「手に入れて」感想をお書きするまで、随分時間が空きました(^^;)

 池見先生が徹底的に「自分の言葉で」お書きなのに非常に好意を持ちました。そうでないと「人に伝わらない」のです。

池見 陽/僕のフォーカシング=カウンセリング

 鹿児島でのワークショップへの旅立ちから大阪への飛行機での帰着までの、池見先生の内面を含む「実況中継」をメイン・ストーリーにした、池見先生の、早過ぎる「自叙伝」みないな雰囲気で一貫してますね。

 驚いたのは、参加者8名全員に公開フル・セッションを行なうために鹿児島に行かれたという、そのやり方です。「ライブ・セッション」をして見せてはじめて関心を持ってもらえるわけというのは私も同意見、早々に「ペアになってやってもらう」ばかりでは上達しません。

 更に言えば、カウンセリングにおける受容とか共感についての「大学での講義」や模擬面接、事例検討会、あるいは単なるグループ・集団型のワークショップだけでは伝わらない次元のものが「迫って」くる印象です。

 本書でお書きになっておられますが、楽器の演奏でもスポーツでも基本の「型」があるし、それに馴染んで「身につけて」いること基本前提です。しかしそれを現実のパフォーマンスとして「プレイ」する時には無意識のうちに縦横無尽に使いこなせないと本物にならない。

 そういう「アドリブの仕掛け」まで解き明かしてくれているあたりが、これまでのフォーカシング関連の著作を超えた、たいへんな功績だと思います。

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2010/10/20

「のだめカンタービレ」アニメ版(日本編)、丸一日で制覇!!(第3版)

 ・・・え? 前回の記事最後で書いたことと、スケジュールがまるで違うって?(^^;)

 仕方がありません。

 「最終楽章」後編のDVDレンタル開始は10/7でしたから、お店には「貸出中」の空しいケースが、ずらり並び続けていました(T T;)

 ところが、アニメ版日本編は、全8巻=全23話、置いてあるじゃないですか!!

のだめカンタービレ VOL.1 (初回限定生産) [DVD]

 こうなったら、私の、遅れてきた「のだめ」ワールド完全制覇に向けての大航海の寄港地の順序を一気に変更しよう!、という即決でした。

*****

 アニメのTVシリーズを全部の回を観るのは「天空のエスカフローネ」本放送(1996)以来何と14年ぶり(!)、ましてやDVDという形で一気に観るなんて、生まれてはじめて、しかも丸一日でぶっ通しで鑑賞完了!!・・・という、のだめの発揮する、あのピアノ練習の集中力並みの力技でした(^^)

 でも、すでに実写版は「最終楽章」後編を残して全部観て、全部ぶっ飛ぶべき傑作と感じたあとで、もうどっぷり首まで「のだめ中毒」にはまってますから、何とも気軽に、私にとっての休日の昨日(10/19)、飯と風呂だけは、のだめや千秋と異なり、きちんと中休みして遂行しながらですが(爆)、何ともさらーーーーっと、23話見通してしまいました。

*****

 裏を返すと、実写版とは少しテイストが異なる魅力があると十分に感じ、ひたすら引きこまれて行った。

 国産初のTVシリーズアニメ、「鉄腕アトム」本放送をライブで観て、高校で「ヤマト」ブーム世代=恐怖の「1960年生まれ組」アニメファンという、一番年季が入った層(しかも、かつて「アニメージュ」「OUT]の投稿常連だった超ディープ層)で、大人になって、エヴァ本、「エヴァンゲリオンの深層心理―自己という迷宮」まで出した私が、あっさり満足したということです(^^)

 もちろん、TVシリーズの予算の範囲内で作られた制約というのは勘定に入れてます。でも、それは、演奏シーンの動画がもっと流麗に「全部」動いて欲しい、という、超贅沢な不満点だけなんですね。

***** 

 演奏音源に関して、基本的には実写版の使い回し+αで確保できたという、リサイクルのメリットもあったでしょう。しかし、実写版TVシリーズの放映終了から僅か三週間も立たないうちにアニメ版第1話が本放送され始めていたと知って呆然。

 このスケジュールだと、アニメスタッフは、実際には実写ドラマを実際に見て参考にしていないことになる(茂木さんの「内幕本」で、ドラマ編の編集作業は、実際には、放送前日も、徹夜で進行していたと明言されていますので)。

 ・・・・ということは、私がこの段階で立てた仮説通り、原作そのものが実に完成度が高かった、そして、可能な限り原作のテイストをそのまま映像化するという高度な要求水準を満たしたという「だけ」のこと(でも、それは誰も予想し得ない水準の「そそり立つ壁」へのチャレンジだった)・・・というに尽きるでしょう。

 もとより、実写版の、あそこまで切れのある、当時画期的に斬新だった筈の演出のもとで、「生身の人間」(一瞬だけ人形^^;)である上野樹里さんや玉木宏の演技の才能溢れる役者魂、更に言えば、他の多くの俳優さんたちを含めて、本物の演奏家に混じって全く違和感のない「演奏シーン」を完璧に演じ「ドラマのフジテレビ」だからこそ可能な、トレンディでインパクトあるテイストで味付けられていた「凄み」のようなものは、アニメ案は比較しようもない。

 しかし、ドラマ版より結果的に長尺にでき、さらりと映像で描ける分、実写版では省略されたエピソードや登場人物まで描いてくれている(結果的に原作の演奏曲目のより忠実な再現に近づいている、実写版にはない長所もあることになります。

*****

 具体的に」原作へ忠実度がドラマ編を上回った例を幾つか上げれば:

  •  ちゃんと、ベートーヴェンの「英雄」交響曲が、Sオケの初演奏曲として出てきます。
  • シューマンおたくの私からすれば、モーツァルトのオーボエ協奏曲の前にちゃんと、我が溺愛の「マンフレッド」序曲を「演奏」してくれているだけで目の幅涙(T T)でありまする。

 「マンフレッド」序曲って、かなり通のクラシックファンでも聴いたことないままの人、少なくないかと思いますが、往年の、フルトヴェングラー/ベルリン・フィルによる、おどろおどろしいインパクトに満ちた、伝説の巨匠的「超演」ライヴ録音(1949年、ただしモノラル録音)があります。

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/ベルリン・フィル/シューマン:交響曲第4番,マンフレッド序曲

 ちなみに、神格化されている名指揮者、ヴィルトヴェングラーの私生活の実態こそ、まさにミルヒー(シュトレーゼマン)そのもの。つまり、無類の女好きだったそうで、意外にも、フルトヴェングラーこそが、シュトレーゼマンのモデルとみて、ほぼ間違いがない筈です(^^;)

 アニメ版で「演奏」されていたのは、この序曲の冒頭から2分ぐらいだけでしたけど、冒頭の、シューマンが敢えて「切分音(小節をまたいで、シンコペーションで半拍れで延々音をつなぐ、一種の「後打ち」メロディ。シューマンの作曲において独壇場の、特異な緊張感を生み出す「得意技」である)」で開始した序奏部の意図をきちんと掴んだ、よい解釈の「演奏」ですね(^^)

 (・・・なお。この「切分音」の扱いの不徹底さという点では、上述のフルトヴェングラー盤の作品解釈は、「楽譜との対話不足の(・・・・おいおい、どこかで聴いたような物言い平気で私はしてるな・・・)」、古えの巨匠だから許される、気ままなまでに特異な「のだめ」的奔放性を持つ(?)即興型のスリリングな演奏スタイルです。少なくとも千秋の作品解釈のあり方からは遠いので念のため・・・・)

  •  そして、大マジ、私が演奏曲で所有しておらず、聴いたことなかったのは、「あの」、エルガーのバイオリンソナタだけです。

 つまり、千秋の母方の叔父さんと全く同じで、「威風堂々」と交響曲、チェロ協奏曲と「朝の挨拶」、「エニグマ(謎)変奏曲」「序奏とアレグロ」までしかリスナーとしてのレパートリーはなかった。

 ・・・待てよ、千秋の伯父さんは、序曲「コケイン」および序曲「南国にて」とバイオリン協奏曲の聴取歴がない(私はCD持ってる)分だけ、私の方が伯父さんより勝ち!!・・・・クラシックCD1000枚だけは、いくら引越ししても「財産」として所持し続けて来た私ですから。

 でも、確かに、作曲年代からすれば古風といえば古風ですが、実にエルガーらしい、美しい曲だと思います(^^) いい曲知ること、できました!

  •  のだめちゃん、コンクール本選で、シューマンのソナタ2番とベトルーシュカの前に、ちゃんとモーツァルトのピアノソナタ第8番イ短調を弾いていた実際の演奏(?)も聴けて、よかったです。いい演奏ですね(^^)

*****

 そうそう、OPの絵コンテ幾原邦彦さんがお描きになったものなのですね。

 懐かしいです。

 皆様、驚かれるかも知れませんが、私は、幾原さんが監督した、「劇場版セーラームーンR」(1993年。「エヴァンゲリオン」の先駆と断言していいい「超傑作」ですね!)について論文を書き、学会発表までしてます(つまり、学会発表で公然と映像を映写しました。「学術的な発表」なので、これは「著作権に抵触」しません)。

 それどころか、その時書いた論文を「東映動画気付」で幾原さんにお送りし、幾原さん直々のお返事を手紙で頂くという光栄を得ました(^^)。

 何か、「のだめ」関連記事では、私は完全に「千秋様」化し、「俺様」キャラになってますね・・・・お許しを。

*****

 但し、このアニメ版、オーディオ的観点から言わせていただくと、DVDで視聴した限り・・・ですが、アニメ版、明らかにドラマ版と同じ音源です。

 (ご存じないのだめファンのみなさまもあるかも知れませんが、演奏シーンに関しては、既発売CDなどの「既成音源の流用」はされていません。すべてこのドラマ化とアニメ化のために新たに収録されたものです)

 それにもかかわらず、このアニメ版、実写ドラマ版の地上波デジタルの音声より、音の生々しさがかなり落ちます

 これは、DVDの方が地上波デジタルより実は音質が劣る特性を規格上もともと持つが故なのか?

 それとも、アニメ版のイコライジングが実際に「かまぼこ状」になっているのか?

  1.  更に可能性を言えば、「敢えて生々しさをアニメ版では消す」ための意図的な「音響演出」としてのイコライジングなのか?
  2.  それとも、アニメの音響スタジオ機器そものが実写ドラマの音響スタジオ機器のクオリティを持たないのか?
  3.  最後には、音響スタッフの「耳の感度」のセンスの良さの違い?

・・・・まで疑えます。

 少なくとも私は先日「パリ・スペシャル」のDVDの音を「聴いて」いる。それは非常に上質な部類と思いました。

 つまり、Dolby5ch収録でない「テレビドラマ」としては、クラシックの実際のコンサートライブのBSハイビジョンでの放送と、音質面で全く引けを取らないと感じました。

 たとえ再放送でも、最初からハイビジョン規格でデジタル収録されたソースの画質や音質劣化は、原理的にあり得ないと想定できますので、いよいよ「アニメ版の方がイコライジングが平板になっている」と推定でき、確実な失点かと思います。

 つまり、実写ドラマのほうが、アニメ版より、のだめやオケの演奏の仕上がり具合の違いが、アニメより生々しく「聴き分け」られるわけで、アニメ版はその点で、「理屈抜きの、実感を通した説得力」という点で損をしている可能性を指摘したいのです。

【追記10/10/20】:

 敢えてドラマ編DVDを試しに一巻だけ借りてきて視聴しました。同じ録音ソースの筈なのに、音の豊穣さと間接音成分の広がりが、アニメ版とは全く異次元です。

 これで、DVDソースで同じDVDプレーヤで聴き比べた以上、アニメ版のイコライジングの「かまぼこ型」的平板さは残念ながら明らかですね。

****

・・・などと、「そこまで言うか?」の薀蓄(うんちく)を書かせていただいたあたりで、私の「のだめワールド」航海日誌、第7回の筆を置きたい思います。

チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲(初回生産限定盤)(DVD付)

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2010/10/15

「ぎゃほーーん!!」 -のだめカンタービレ in ヨーロッパ 前編-

・・・と、今度は、のだめ風に、ますは感嘆の声を上げさせていただきます!

(当然、上野樹里さんの声の演技を想定して下さい ^^)

 劇場版「最終楽章 前編」の次に、今度は、TVシリーズの後に制作された、いわゆる「パリ・スペシャル」前編(Lesson 1)を観る(DVDレンタルです)というのは、順序的にみると行ったり来たりですけど、私のように、遅れて来た「のだめ」ファンにとっては、これでもまだ「作法にかなった」鑑賞順序(?)でしょう。

(追記10/10/22 : 最終楽章 後編の感想はこちら

のだめカンタービレ in ヨーロッパ [DVD]

※ ↑ どうもセル版は前後編2枚組のようですが、少なくとも私の借りたレンタル屋さんでは、「前編」と「後編」は別パッケージでした。当然、後編も同時に借りていますが、前編観た段階で、「千秋様」の投げる「人形のだめ」並みに「ぶっ飛ばされる」衝撃度だったので、後編を観るのは後回しで、以下の記事を書きます。

 【注】このTV版スペシャルも、2年半以上前(2008年1月)の放送ですので、ネタバレ全開モードで書きます。

*****

 まずは絡め手から。

 千秋くんが、プラティニ指揮者コンクール第2次予選でりヒャルト・シュトラウスの交響詩、「ティル(・オイゲンシュピーゲルの愉快ないたずら)」を振った時に緊張し過ぎてオケぎくしゃくし、恐るべき「負」のオーラに取りつかれている時に、のだめが投げかけるセリフ。

のだめ:「ただ、オケの人に嫌われちゃっただけですよ。Sオケの時と同じで。音楽性より人間性」

千秋:「人間性・・・」

のだめ:「先輩って、誤解されやすいですよ。、粘着の、完全主義だから。でも、コンクールの先輩から言わせていただくと、ある意味で良かったんじゃないでしょうか。ポッキリ折れて、鼻が。人間は負けて大きくなっていくんですよオ!のだめのように」

千秋」:「(突如立ち上がり、のだめの首を締め上げながら)・・・お前ここにホントに何しに来たんだ?! 」

のだめ:「エール送ってるんですよオ!」

千秋:「どこがエール送ってるんだ? 人の傷口に塩を塗りやがって。お前だって、『負けた』と思ってるんだろ?」

のだめ:「のだめ、ジャン(注:コンクールでライバルの指揮者)に負けたと思ってないでしゅ!」

千秋:「俺だってジャンに負けたとは思ってねえよ。・・・(落ち着きを取り戻し)・・・負けたのは・・・・自分に・・・・」

のだめ:「・・・・・」

 ・・・・ここまでのセリフに、さりげなく「粘着」という言葉が入っているのが凄いです。

 のだめは、どういうわけか、クレッチマーの「粘着質」概念を知っている=原作者は、千秋の性格をそのように造形している?!

>このタイプは几帳面で礼儀正しく義理がたい。着実で手堅く非常識な面が無い。 忍耐強い性格であるがストレスを内側に溜め込み、我慢が一定のレベルを超してしまった時の怒り方は凄いものがある。 また、非常に頑固な面を持ち、自分の意志を曲げようとしないことも多々ある。まかり間違えば独裁者になりうる素質の持ち主。

>地道な努力で、一度手がけた仕事は最後まで粘り強くやり通すが、その反面手際が悪く感じられることもある。 対人関係では、信頼はおけるが面白みに欠けるタイプである。

 (以上、「アニメキャラクター分析(キャラ考)」サイト by 雪音 様 より引用。これは原典がしっかりしたものからの引用としか思えないレヴェルです)

 ・・・完全に、千秋くんそのものでしょ?

 (千秋君はマッチョ体型ではないけど)

 二ノ宮さんの考証って、半端じゃないことが、こういうさりげない所に出てます。

 やはり、以前から書いてるように、実は非常に「構築的な」クールな作家というイメージが更に強まりました。

*****

 次に、劇場版では始まって10分であっさりに「お断り」で妥協したのに、この「パリ・スベシャル前編」の中で、特に前半、のだめ(上野樹里さん)も千秋(玉木宏さん)もフランク(ウェンツ瑛士さん)もタチアーナ(ベッキーさん)も、フランス語をここまでしゃべくりまくるとは!!

 ひょっとして、ハーフのウェンツさんとベッキーさんにはフランスの血が流れていないかと調査したところ、特にそうではないらしい・・・(呆然)

 私は、大学(学部は法政)の第2外国語で、当時の日本で代表的なドイツ語の先生の講義を受けて全部「A」もらってます。哲学科でカントの原典購読していたし、クラシックファンでドイツリートも大好きですから、今でもドイツ語の文章なら、旅行会話水準の言葉("Wie geht es Ihrnen?"とか)ある程度口をついて出ますし、少なくともドイツ語の文章をいきなり読み上げて、単語の意味不明でも、やや古風かもしれない標準ドイツ語としておかしな発音は、ほぼしない自信あります("Ich-Laut"と"Ach-Laut"の使い分けまで)。

 辞書さえ引けば、今でもだどたどしくなら翻訳できる・・・今の私のドイツ語力は、単語の語彙数を別にすれば、英語力よりそんなに低くないとすら。

(英語力が立教クラスの大学院出(更にその後、「院研究生」として、不肖ながら、何を間違ったか東大です・・・)としては低すぎるだけだって?)

 恐らく、「米語」を聴く耳より「ドイツ語」を聴く耳のほうが今もいいはずです。

 ところが、全然学んでいないフランス語となると、読むこともできない(クラシックファンなのに、CD洋盤ショップで”Dutoit”って誰よ?・・・が大きな壁として立ちはだかった)。

 フランス映画を観ても、何かドイツ語に比べると「ふにゃふにゃ」した軟体動物のような声がするのを呆然と聴き、完全に字幕依存。「メルシー、ボク-」とか「コマンタレ・ブー」とかなんとかと聞こえる「音声」(「言語」以前の認識水準^^;)が頻発させるのは何だろう?ということになります。

 (閑話休題。実際に生身で遭遇すると、生粋のフランス女性(=アングロサクソン系の血が皆無と思える)の放つ「オーラ」って、ファッション以前にダイレクトに凄いですね・・・。これは、ちょっと慣れれば、アメリカ人と、「言葉を聞かずに、見た目だけで」容易に区別できるようになります)

 実は私、ドイツ語の場合なら、歌える「訳詞」でトイツリートの曲(「第9」はいうまでもなく、シューベルトの「魔王」や「流浪の民」、歌曲集「白鳥の歌」「冬の旅」「美しき水車屋の娘」の主要曲を覚えて歌い、更に原詩でもある程度歌おうとしていたくらいですが、フランス語は「超」別世界。

 ポップスやロックを聴く中で英語を覚えたという人は少なくないでしょうが、私がほんとうに熱中して聴いたのはビートルズぐらいですから、「イギリス英語」への耳はそこそこあっても、「米語」耳はほぼなしです。

 (でも、ビートルズで全曲歌い通せるのは”Yesterday”のみという情けない始末。逆に「魔王」や「白鳥の歌」からの何曲かならドイツ語で一応歌えます)。

 もとより、のだめたちが話しているフランス語は、ネイティヴよりは「日本語的発音」のものなので、聴いていてもカタカナで置き換えられそうですが、それにしても、セリフとして予想を遥かに超えるだけの量のフランス語。

 「のだめ」という作品の役者さんたちへの要求水準はかなり壮絶だったんだな・・・・と、つくづく。

 (突然ですが、来年の大河、「江」で時代劇初挑戦、しかもいきなり主役の上野樹里さん、役者として幅を広げる大チャレンジですが、「篤姫」の宮崎あおいさんに劣らぬ成果をおさめられますことを・・・)

 のだめならずとも、マジ、例えば「エヴァゲリオン」の英語版やフランス語版、ドイツ語版があれば、「スピードラーニング」私もできるかなと思った次第。

 エヴァ本、阿世賀浩一郎/「エヴァンゲリオンの深層心理―自己という迷宮」まで出させて頂いた私、今でもTVシリーズのセリフみんな覚えてますもんね(・・・そういう水準で書いた、「ガイナックス非公式黙認」を「公式に」ダイレクトに取った上での本でした^^;)。

でも、実際、海外の"OTAKU"の皆さんは、そうやって日本アニメに熱中する中で、ホントに日本語を、全く書けなくとも「耳から」覚えるらしいですから、この物語での「あの」描き方も、実は「リアル」の裏付けなしとは言えないでしょうね(^^)

*****

 さて、やっと、このブログ恒例、大真面目な「音楽(演奏)評」を書きます!

 「指揮者コンクール」とはこのようなものだということを、ここまで具体的にリアルに描いた「フィション」作品は「世界初」でしょう(=原作段階でもそうということ!)。

 私も、ピアノ・コンクールはいざ知らず、指揮者コンクールの「実像」について、ここまで勉強になるとは思えず。

 実は、このあたりは、このブログでは直前に記事として書いた、茂木大輔さんの、のだめ公式内幕本、「読んで楽しむ のだめカンタービレの音楽会」でネタ明かしされてます(ここだけ当書のネタバレお許しを)

 つまり、原作段階で、本格的な指揮者修行も経験した、茂木さん自身の監修が入っているのです。

 茂木さんご自身は、すでにオーボエ奏者として日本の第一人者を長年務められた上で、故・岩城宏之氏の門をたたき、更に外山雄三氏の指導をお受けになるなどの経験を重ねられた方で、何を今更指揮者コンクールそのものを経る必要はお持ちではなかったのですが。

 それでも、非常に謙虚な文章で、「一介のオーボエ吹き」が指揮をするに到るまでの壮絶な壁との格闘を本書でリアルにお書きになっています。

 そして、きっと、指揮者コンクールに、「オケの演奏者」の側で参加された経験はご豊富なのではないかと推察いたします)。

*****

 さて、この「スペシャル」でも、相変わらず、演奏が練り上げられるまでの音の変化や、指揮者ごとの「解釈の違い」まで、マジに実際の演奏として収録されて、使われているのですね。

 千秋の音は、ドイツのシュトレーゼマンに認められるだけのことはあって(?)、少なくともこの「パリ・スベシャル」では、正統派ドイツ風の、構築的で硬派な演奏=「黒」(^^)

 対抗馬であるフランスのジャンの音は、まさにエレガントで透明=「白」(^^)

 もうひとりの片平元の演奏も、確かに独創的! でも音楽が完全にその指揮ぶりと一致している。

 踏み込んだことを言えば(・・・以下のあたりのことは、何も参照しなくても、「湯水のように」書けるクラシックおたくです)、彼が演奏した、グリンカの「ルスランとリュドミーラ」序曲は、グリンカそのものがロシア最初の著名な作曲家ですが、「ルスランとリュドミーラ」は、実はロッシーニ系のイタリア(喜)歌劇の影響を大きく受けながら試行錯誤の中で作曲されている、ロシア初の「国民オペラ」なんですね。

 だから、実は「ロシア臭く」やると野卑に響きすぎるという自己矛盾を内包した曲であり、ここで「片平さん」が演奏しているような、軽快なスタイルだと、曲の持ち味が「本当に」出てます。名演です(^^)

*****

 次に、千秋君の本選曲のひとつである、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲

 私はこの曲には好みがはっきりしています。オケは軽快かつシンフォニック(・・・自己矛盾!!)に、ソリストも、力演だと感じさせずに、何の苦労もなく演奏しているような、クセのない演奏でないと嫌なんですね。

 そのせいで、本当は、往年の名盤であるハイフェッツ/ライナー/シカゴ交響楽団の演奏以外、本当にいいと思ったことがありません(実はハイフェッツ盤には、録音当時(1950年代末かと思う)慣例だった「曲の省略部分」があるのですが)。

メンデルスゾーン&チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲

 ところが! 

 断片とは言え、コンマスをソリストとする[千秋君の」演奏は、私を十分に肯かせたのです!! 

 これには正直、驚きました。私の永遠の座標軸がハイフェッツですから!!

*****

 更に音楽面、別の観点から見てみます。

 コンクールの公演を聴いた直後の具体的感想のセリフを聞くと、のだめちゃんにしても、フランクくんやタチアーナにしても、若くして、オケ演奏の良し悪しへの「感度」が凄すぎる!!

 このへん、物語として「出来すぎ」なんですが、3人の感想そものは、実際に音になっている演奏に対して(!)、全くリアルなんですよ!

 本当に「恐ろしい水準」の「TVスペシャル」です。

*****

 おしまいに。

 敢えて細かく言及しませんが(それがこのブログの、「のだめ」関連記事の、正統派ではない、婉曲で意地悪なところ)、総合的に見ても、この「パリ・スペシャル」、ドラマとしても、コミカルなテンポ感、切れ味、TVシリーズを凌駕すらしていて、「映画」と言っても何の遜色もない。

 日本にいる登場人物たちとのコミュニケーションも、これ以上あり得ないくらいに絶妙にいい味出してますしね(^^)

 更にこの上を行く、「最終楽章」の劇場公開となっていることは「前編」だけで十分すぎるほど分かりましたので、本当に、この作品の実写映像化って、どんどん進化しかしなかった、「化け物」的奇跡だと思います!!

 まだ、「パリ・スペシャル」後編と、「最終楽章」後編観てないのに、キッバリ断言できます!!

(全部観るのは、もはや時間の問題。無理のないペスで記事化するのみです。・・・・ただし、原作の感想のみ、少し遅れる可能性があります。当サイトのAmazonアフィリエイトレポートの、最近のポイント累積傾向予測からすれば、予想では「11月下旬」です。もっとも、未着の10月分レポートで、クーポン引き換えまで「一気に」貯まってくれれば、「実質無料、全巻大人買い?」可能まで一気に累積完了!! 予想外に早まるかも)。

*****

 ・・・・・以上、「粘着質」かつ「執着気質」のあいの子で(爆)、時々「対他配慮」が行き過ぎて逆にコケるのが玉に傷の、こういちろうよりの、「のだめ」ワールド航海日誌、第5弾でした!!

 (「パリ・スぺシャル 後編」への感想はこちらをどうぞ!!

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2010/10/14

「のだめ本」の決定版はこれだ!!

 Amazonレビューとかでしっかり予備調査した上で、実は楽天のアフィリエイト・ポイントの方で入手しました。

茂木大輔/読んで楽しむ のだめカンタービレの音楽会

 茂木(もぎ)さんという方は、NHK交響楽団の主席オーボエ奏者を続けた後、指揮者の道も志され、著作活動も豊富、特に有名なのは、「拍手のルール―秘伝クラシック鑑賞術」という本でしょうか。

 先述ののだめ本、原作者の推薦文つきで、原作と同じ講談社から出ていますので、原作の画面も公然と引用できています。

  私は茂木さんが著作活動を本格化される頃と行き違いで、「レコード芸術」読者とかからも離れたので、この「拍手のルール」しか実は存じあげていないのですが、非常ににわかりやすく、軽快な文体でクラシック音楽の世界についてお書きになる。私が若い頃にはおられなかったタイプの著者です。

   オーボエ奏者というのは、一日中リードをナイフで削っている「気難しい」人・・・という固定観念があったのですが(音程の調整が一番難しい楽器。だから、オケの調弦のAの音は通例オーボエが最初に音をだすのです)、茂木さんって、不思議なおおらかさとユーモアの飄々とした文体ですね。

*****

 この方が「のだめカンタービレ」の原作と出会うまでのきっかけ自体が、偶発的な「運命の出会い」!!そこからの茂木さんの「行動力」がまた凄いんですが、そのあたりは本書を読んでのお楽しみということで・・・

 結果的に、茂木さんは「のだめ」原作のパリ編あたりから以降の音楽アドバイザーのひとり(あくまでも、ひ・と・り・。それ以前に原作者の二ノ宮さんは、ある、とんでもない「音楽学の大御所」を監修者として味方につけておられたのです・・・)」

 そして「のだめオーケストラ」の創設者、更に、ドラマ版の音楽監修者の一人として「全面協力」するに至ります。

 そういう、ディープな当事者の茂木さんご本人が、出し惜しみせずに、ドラマ化の裏側すら書いて下さっているので、私がこちらの記事で書いた疑問や予想の95%までは氷解ました。

 前の記事、一部私の勝手な誤解や思い込みもありましたが、敢えてその部分は茂木さんの本に基づいて修正はしないでおきます(^^)・・・マジ、茂木さんが同じ事を同じように書いておられる部分があるだけで、私の方がぎょっとしました(・・・これじゃ、自慢ですね、すみません)

 劇場版公開に合わせて刊行された本ですので、劇場版の裏話はありません。「パリ・スペシャル」までは先取りで裏話がわかってしまいましたけど、もうここまでくれば、どの程度先にネタバレ読んでから観ても、ドラマにしても原作にしても新鮮な驚きと心からの満悦しか待っていそうにないですね、私にとっては。

 ただ、ドラマの裏話はあくまでも本書のウエイトの3分の1も占めてはいません。本書2分の1はのだめオーケストラの裏話です。それはそれで、確かに「読むだけで楽しめ」ます(^^) 例によって「原作が透けて見え」ます!!

 あと、ドラマでの、モーツァルトのオーボエ協奏曲の代演は、茂木さんではないけど、茂木さんの後に入団した、超一流の後輩N響奏者だった・・・ということまではネタバレしておきますね。

 これ以上は、読んでのお楽しみということで・・・

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2010/02/14

池見陽著 : 「僕のフォーカシング=カウンセリング」のご紹介を兼ねて

 「書店で目にすることができる多くのフォーカシングの著作は、『誰々が演奏するフォーカシング』になってはいない」(p.2)

 ジャズを勧めるとしたら、最初にジャズの技法や奏法の本を勧める人がどこにいるだろう? ライブかCDを勧めるはずだ。「○○の演奏による」が存在しないジャズの名曲など存在しないというわけですね。

 趣味でジャズ・トランペットを奏することでも知られた池見先生による、「革新的な」著作です。

 全編が、鹿児島で催したワークショップへの出発から大阪への帰着までの「ドキュメンタリー」というより、「私小説」に近いタッチで書かれています。

 こういうかっこよくてクールな文の書き方は、池見先生でないとお似合いになりません(^^)

 先日私もご紹介した、ジェンドリンの「セラピープロセスの小さな一歩」のはじめの方の、

フォーカシングであれ、リフレクションであれ、他のものであれ、
二人の間に挟み込んではならないのです。

(中略)
武装しているという感じになってくる。


を引用して、「武装解除」宣言からはじまるわけですね(^^)


池見陽/僕のフォーカシング=カウンセリング

(楽天ブックス)

*****

 「久留米でフォーカシングを学ぶ会」、本日、滞りなく開催されました。

 その参加者の方から上記の本をご紹介いただきました。

 この本、その方はたまたま偶然Amazonでの発売予告を目にして予約購入なさったそうですが、2月10日に発売されたばかり。私も、何の情報も持ち合わせていませんでした。

【追記 10/11/16】:実際に自分で入手して、お読みしてからの感想はこちら

 そのご紹介からの影響からか、今回は、スコット・ラファロ在籍時のビル・エヴァンズ・トリオのような、「各奏者が対等な」、しかし完全に「脱技法化された」対話だけで数時間がじっくりと柔軟に進行しました(^^)

 次回は3/14(日)に開催です。

 フォーカシングについての学習経験が全くない方の新規参加も歓迎しております。

 参加エントリー、お持ち申し上げております。 

 詳しくは、こちらをご覧下さい。

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2010/02/05

NHK 追跡A to Z 「問われる日本人の"言語力"」

 前回のワールドカップ、ドイツ大会において、日本代表サッカーチームは、予選リーグで一勝もできないまま敗退した。

 ワールドカップ後の報告書で、日本人選手の「自分の意思を伝える言語力不足」が課題の一つとして取り上げられている。

 サッカーは、野球とは異なり、試合の進行のひとつひとつの局面で、監督やコーチから直接指示を受けることが殆どないまま、各選手は状況判断して進めていかねばならない。

 そのためには、試合の進行中に実際に具体的に意思疎通を図るのみならず、練習やそれ以外の場面を含めての対話の中で、相手とはどういう人間で、どういう場面でどう考え、どう判断しがちかについてまで、お互いに知りあっている必要がある。

 ところが、ワールドカップ初戦の対オーストラリア戦、前半で1点リードの後、後半残り数分で同点に追いつかれた時、日本チームの中で何が生じていたか。

 このまま引き分けに持ち込めればよしという方向で行くのか?
 再度点を取ってリードするまで狙うのか?

・・・・・各選手の感じ方はバラバラであり、このバラバラさが相乗作用して不安を醸成する中で、瞬く間にオーストラリアに追加点を許して行ったのである。

 オシム元監督は語る。

 「日本選手はこちらから話しかけると怯えていた。生活において対話が欠けている。誰もが自分の考えを言葉にするのを恐れている」

*****

 日本人の「言語力」(対話力)不足は、産業分野でも深刻な問題となりつつある。

 団塊の世代が次々引退する中、工場での「職人芸」をいかに後続世代に伝承するかが課題になっている。「技は盗むもの」という感覚で生きてきた職人たちは、若い世代にうまくわかりやすく伝える言葉の力に乏しい。

 一方、技術や資格を持ちつつも、会議の議事録やちょっとした報告書をまとめることにすら苦労する若手社員が増加している。

 読んでも意味がわからない。「流れ」が読み取れない。起承転結がある文章が書けないのである。

 このことの影響として、携帯メールに若者が慣れ親しんでいることが番組では示唆されているが、携帯メールでやり取りする時ですら、「流れ」と「起承転結」を想定してやり取りを交わせる若い人は確かにいるので、単純な原因論にしてしまうことには、私個人は違和感がある。

*****

 我伝引水を承知でいうと、私のNHKのドキュメンタリー番組の紹介はこのブログのもはや名物のひとつになっており、ひとつ書く度に多くの読者の方にお読みいただいていることに感謝申し上げている。

 なぜ、私の記事を読んでいただけるのか?

 それは、番組の内容がどういう内容だったかが彷彿として伝わるからであると自負している。

 ところが、実際に番組をご欄になった皆様はお気づきだろう。非常に多くの場合、私は番組の実際の進行を大きく再構成して書いているのである。

 しかし、できるだけ私個人の感想と区別できる形で、番組そのものがどういう内容だったかを、臨場感あふれる形で「文章化」できているつもりである。映像的表現における構成や文法と、文章における構成と文法はかなり異次元のものであることを私は常に意識しているつもりである。

 そして、そもそも、私のブログにおける文章は、特に最近のものほど、「流れ」と「構成」がもたらす効果について、私なりに計算し尽くして、しかし、殆どの場合、前から後ろに「一気に即興で」書いて、誤字修正したものであるに過ぎない。昔のように「改版」を重ねることも珍しくなってきた。

 書き出す段階で、私の頭の中の「非言語的な」「暗々裏の」アウトラインプロセッサはほぼまとまっている。まとまっていないと書き出さない。タイトルが決まれば、本文の内容は、もう流れ出すように結論に向かって書いているわけです(^^)

 このような番組紹介記事の場合には、もちろん番組を見ながらのメモは取っているが、それをどのように「構成」するのかは全くの即興である。

*****

 今回の番組のゲストとして登場したのは、ユニクロのデザインやイメージ戦略を担当していて有名な、佐藤可士和(かしわ)氏であった。

 (佐藤氏は、我が勤務校だった、明治学院大学の学章等イメージデザイン全面リニューアルにも関与している)

 イメージやデザインという「非言語的な」媒体を取り扱うにもかかわらず、佐藤氏は、仕事の経験を深める過程で、言語的な対話能力の重要性に目覚めて行ったという。

 クライアント(顧客さん)相手にせよ、協働するスタッフ相互間にせよ、中途半端なやりとりだけだと、お互いに勝手に違ったものを思い描いていることに気づかない。

 そしてユニクロで共同作業をした、ドイツ人のデザイナーの圧倒的に雄弁な言語での表現力にも大きな刺激を受けたという。

 ドイツでは、幼稚園段階から、自分なりに自分の言葉で表現するための訓練がカリキュラムとして緻密に織り込まれている。まだ小学校低学年くらいの子供たちに、サッカーのコーチが練習中に「何が問題だと思う?」と問いかけた時の、各人各様のしっかりした意見の述べ方は見事なものだった。

 そして、ドイツの大学の入学試験はすべて論述式とのこと。日本では、ちょうど私の世代(1960年生まれ)から、マークシート全盛の時代に突入している。

*****

 日本サッカー界で、従来の常識を覆した選手がいる。

 本田圭祐。

 昨年の試合で、フリーキックの際に、中村俊輔に任せるのが通例だった流れに逆らい「俺に蹴らせてくれ」と何回もアピールした。

 彼はオランダの2部リーグでキャプテン、および司令塔として活躍、チームのリーグ優勝に貢献した。

 セン・ファン・ダイク監督は、彼をフリーキッカーに育てるつもりだったが、本田は、いざ試合中にそうしたタイミングになると、他の選手からの「俺に蹴らせろ!」というアピールの凄さにしばしば気押しされ、譲ってしまっていた。

 そうした彼の様子に、監督は、「フィールドでは常にリーダーであれ」と発破をかけたという。

 それから1年のうちに、本田はチームメイトからの信頼と敬意を集めるようになる。

 現地で覚えたブロークンな英語しかできないが、コミュニケーションの細やかさという点ではそれまでの欧米人のキャプテンにはみられなかったセンスを絶妙に発揮する。

 伸び盛りの若手には時として厳しく。
 プライドの高い選手には、気を使い、相手を具体的に納得させるような調子で。

 他の選手は語る:

 「これまでのキャプテンは、キャプテンの立場からしかものを言わないキャプテンばかりだった。でもホンダは相手を見て、もののいい方を変える」

 ひとりひとりの違いが見えてくるとは、相手がどう出てくるかが読めるようになるということでもある。

 気配を「察する」能力。これは日本人本来の「気遣い」の伝統にも一致している感性の世界だろう。

 これに、「わかりやすく伝えよう」というスイッチが加わった時に、何か大きな活路が開かれるはず

 オシム氏は語る:

「日本人は日本人らしさを追求しない。これも私の疑問だ。すぐに他の国と比べたがる。そうやって他の国を見習って追いついた時にはその国はもっと先へと行っているのに。追いつくのではなくて、追い越さないと」

 本田は今、ステップアップを目指してロシアのリーグに移籍している。

*****

 佐藤氏は、次のようにも付け加えた:

「言語力とは、『自問自答能力』ともいえるかもしれない。相手からこう訊(き)いてきたら、どう答えるか?・・・というシミュレーション能力みたいなものを鍛えられるかどうかということ」

「それは、自分の頭の中にばやーっと浮かんでいることをはっきりさせていくこと、ちょうど、ぼやけていた画像で、カメラのピントをはっきりさせていくようなことなんじゃないでしょうか?」

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2009/12/12

新人類世代の絶対的自己肯定ドラマとしての「超時空要塞マクロス」

 1984年という年は、日本のアニメ史において、ひとつのメルクマールとなる、今にして思えばとんでもない年である。

 なぜなら、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」、押井守の「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」、そして当時24歳の若手だった河森正治を監督とした「劇場版 超時空要塞マクロス 愛・おぼいえていますか」という、日本アニメ史の不朽の金字塔というべき3作が、共に劇場公開された、空前の「当たり年」だからである。

超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか HDリマスター版 [DVD]

(楽天ブックス)

 ・・・・私が、いわゆる「昭和35年組」アニメファン、すなわち、日本初の国産テレビアニメ「鉄腕アトム」の本放送を幼児期に体験し、日本のアニメの歴史と完全に同時代的に歩み、エヴァ本まで出した、超筋金入りの世代であることは繰り返し申し上げてきた。この「劇場版マクロス」等が公開された年に23歳ということになる。

 だが、不思議と、このブログでこれまでにただの一度も名前が登場していないビックネームの監督さんがいる・・・・そう、「ガンダム」シリーズの富野喜幸という名前である。

 私は、いわゆる「初代ガンダム」本放送を体験し、たいへんな衝撃を受けた世代の一人であることには変わりがない。しかし、「Zガンダム」以降はどうしても感性がついていかなかった。アムロとシャアが登場する限りは、すべての劇場版を公開時に観ていますけどね(^^)

 そこには、ひとつには「ニュータイプ」という概念への基本的な違和感があるのだと思う。「初代」のTVシリーズの最終話の、あの何とも印象深い終わらせ方より先まで、ニュータイプについては執拗に物語を紡ぐ必要があったとどうしても感じられないのだ。

 そこには、ひとつには、私が加藤和彦と北山 修 - 加藤和彦 作品集 - あの素晴らしい愛をもう一度「あの素晴らしい愛をもう一度」(←やっと北山修と加藤和彦のオリジナル、iTunes Storeに入りましたね)への再三のこだわりで示してきたように、ウィニコット的な対象関係論に骨の髄まで浸かった人間観の持ち主であること、すなわち、

「人と人とのこころは直接対話できない。できたと思ってもそれは錯覚(illusion)なのかもしれない。こころの交流という思い込みは、はかないまでに容易に幻滅(disillusion)に転じる。しかし、そうやって思い込みが覆された後も、希望を捨てないで更にリアルに交流し続けることによってしか人との心の絆は築き得ない

という圧倒的な信念を自分のアイデンディディとして生きてきた軌跡のためでもある。

 もちろん、ガンダムにお詳しい方は、きっと、「それだけではニュータイプ論は語り尽くせない」といろいろな反論はお持ちかもしれない。あくまでも、「初代ガンダム」以降の富野作品と内的対話が成立しなかった私の一面的な独断と偏見であると見なしていただいて結構である。

(当時のサンライズ系作品では、むしろ装甲騎兵ボトムズ - 【映像パック】装甲騎兵ボトムズ (OP/ED:ノンテロップ)「ボトムズ」に思い入れが深いタイプである)

*****

 どうも、「ガンダム」主流派にとっては、この「マクロス」という作品はチャラチャラした作品に見えるらしい。

 しかし、私は、「マクロス」こそが、当時の、ニュータイプならぬ「新人類世代」が、圧倒的な開き直りの中で到達した、自分たち世代の絶対的自己肯定賛歌だったように思えてならない。

 生まれながら、テレビの向こうの側の出来事こそ「世界の現実」であるという逆転構造を当たり前にようにして生きてきた私たちの世代。

 宮崎さんがいかに「ラピュタ」でシータの口を借りて「地に足をつけなければ人は生きられないのよ」と説教垂れようと、私たち世代はとっくに「地球という故郷を喪失」して宇宙空間を漂う巨大な要塞都市の住民としてしか存在していないのである。

 単なる会社の「兵士」としてしかアイデンディディを持たないくせに、そこからだけの視点で「現実」を振りかざして「戦いを挑んで」くる「巨人族」=親世代たちは、どうもすでに夫婦の亀裂も深いらしく(爆)、お互いに戦闘状態にある(劇場版の世界観に従えば)。

 それに挑む新人類世代は、自分たちの「身の丈」も省みず、「巨大ロボット」に乗って応戦するしかないのだ。

 そして、「歌=文化」の力で、巨人族=親世代たちの「脳みそをかく乱」させる!!

 当時はまさに松田聖子と中森明菜の絶頂期でもある。リン・ミンメイには、この現実の2大歌姫が深く投影されていることは、知る人ぞ知るとおりである。

 ミンメイの「性格」は、我が故郷久留米の生んだ最大の「偉人」(?)の一人である、当時の聖子の「ぶりっ子」イメージをものの見事に投影していますが、今回調べてはじめて知りましたけど、劇場版のステージ衣装はむしろ明菜の舞台姿の影響が濃いそうですね(^^)

*****

 1984年といったら、まだ今日のCGや3Dバーチャル・リアリティのシステムは存在しないに等しい。このアニメ映画で表現された世界は、その点でどれだけ時代を先取りしていたことか!! 映画の最初の方のミンメイのコンサート・シーンなんて、リアルワールドでは当時は夢のまた夢の演出手法だったはずである。

 そして、1984年という数字を意識すると、この映画全体が、すべて手書きのセルアニメで表現されているということが、どれだけ途方もないことだったか!! アニメーターたち(「エヴァ」の庵野さんも主要アニメーターの一人)は、何ともはやクレイジーな領域のことを現実化していたのである。

 ちなみに、公開当時はドルビーサラウンドですらない、モノラルでした(^^)

 この作品を紹介するにあたって、私はあの「あまりにも美しすぎる」クライマックスの戦闘シーンではなくて、むしろミンメイと早瀬美沙、一条輝のラブロマンスに焦点を合わせたという点では実にセンスがいい、スペイン語バージョンを選ばせていただくことにしました(一部、TVシリーズの画面も混ぜているのだけど、むしろそれが何ともニクイ使い方である)。

●MACROSS - Ai Oboete Imasuka [Español](YouTube)

 ・・・・確かに、当時の私たちは必死に背伸びしていたのかもしれない。

 しかし、その「昭和35年組」も、来年度にはついに満50歳を迎える

 もはや、社会を動かす指導層としての責任を果たさねばならない。

 結局、若い頃に「観念まみれ」になった上で、高度成長期の甘い夢が醒めた「傷つき」を引きずる、「団塊の世代」が、今の日本に何を残したというのだ?

 子供時代に中国大陸から「生還」し、裸一貫からたたき上げた経理の職人である、「団塊」のひとつ上の世代である私の父には、今でも「硝煙の匂い」が染み付いている気がすることがある。

 流浪の引き上げ日本人コミュニティの歩哨に立っていた父親(私の祖父)が馬賊に銃撃され殺されるなど、私には細かくは語らないけどど、どれだけ多くのシビアな悲惨さを、旧中国東北部から、大連で食うや食わずの生活をして終戦後1年を経て帰還できるまでに、大陸で、その目で見たことだろうか。

 私は、その、戦場をさ迷った父の「嫡子」である。

 ほんとうに、リアルワールドで「戦い抜き」、「サバイバル」する気概のない人間のたわ言にはいちいちつきあっていられない。

 そもそも、自分が進んでリアルワールドでの「政治」の世界に「身を投じ」、泥にまみれるくらいの覚悟は持て!!ひとつの重要な暗示・・・・私の場合、正確には「復帰」です・・・・

 馬鹿馬鹿しいまでに「命のやり取り」を覚悟して物事に挑む迫力を示せる人間の方が絶対に強いと確信している。悔しかったら「リアルワールドで」私の足を露骨に引っ張るくらいの謀略性と戦闘性で挑んできて欲しいものである(^^)

 公開されたネット上で私に公然たる批判を書いたらすべて私のサイトのアクセス数増加にしか貢献しないことを、すでに一部の皆様は身に染みてお感じのはずだ。アンチこういちろうサイト、心の底から大歓迎ですが(爆)

 そして、リアルワールドでの顧客様の着実な増加が、もはやネットでのアクセス数へのこだわりから私を解放している。経営的にはすでに地方都市久留米への移転後のほうが成功したと断言していいい。

 (最近、アクセス数が300台弱のラインへと後退気味な主な原因は、先日のココログのシステムのメジャーアップデートで、カテゴリーバックナンバーが、最新10個以降「見出しのみ」の表示になり、全文の複合検索ではヒットしにくくなったためというのが主因とわかってますし。

 まあ、それでも少しは投資をかける余裕が出てきましたので、Googleマスターツールやanalytics、小額なりにお金を出してのAdWordsの管理者の側にすでにいます。万が一「おかしな動き」があった時はGoogleに向け「積極介入」することになります)

*****

 話をマクロスに戻すと、リアルワールドにあらわれた私の「リン・ミンメイ」が、この映画公開当時はまだ5歳前後だったはずの、これまだ我が福岡が生んだスーパー歌姫、浜崎あゆみであることは、いうまでもない(^^)

 こうして、生のayuをライブで観ない時間が長くなると、もうそれだけでayuの存在感が私の中でもどんどん希薄になってしまう(^^;)

 ・・・・もとより、私も、「ミンメイ」ではなくて「早瀬美沙」を取るであろう(爆)

*****

 最後に、詳しいことは知らないままですが、私とほぼ一緒に年をとった河森さん、現在公開中の「劇場版マクロスF」の興業的大成功、おめでとうございます!!

●劇場版マクロスF -虚空歌姫- 公式サイト

*****

 共通するスタッフによって引き続き制作された、「裏マクロス」というべき「メガゾーン23」も私が敬愛する作品です。このブログのあちこちですでに言及していますので、興味ある方はお探し下さい。

代表作は、

●なりたかった大人になればいい

です(^^)

●MEGAZONE23 AMV(YouTube)

メガゾーン23 [DVD]

メガゾーン23 PART 2 〜MEGA ZONE 23 PART 2〜 [DVD]

*****

 更に、河森さん関連で言うと、「マクロス・プラス」についての古い拙文はこちら

 劇場版「エスカフローネ」についてはこちら

 「創生のアクエリオン」についてはこちら

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2009/12/05

浜崎あゆみの"Duty"とMadonnaの"American Life"

 この記事を、前の記事関連で、ayuの"countdown live 2000-1"の持つ特異な構成について対話した時に、madonnaのこの曲とPVを思い出させてくれた、我が「戦友」に捧げます。

*****

 2001年、9.11の後、アメリカがブッシュ政権下の戦意高揚とナショナリズム一色に染まり行く中、madonnaは、非難ごうごうの嵐のをものともせず、この衝撃的なPVとアルバムを発表した。

アメリカン・ライフMadonna - American Life

●Madonna American life - subtitulado(YouTube ←著名な「放送禁止バージョン」と思われます)

American Life←内容は確認していません。もうひとつの「おとなしおめの」バージョンのPVだと思いますが)

 アルバムはmadonnaのアルバム史上最低のセールスを記録した。しかし、そうなるであろうことなどお構いなしの確信犯としての圧倒的気迫は、このPVと、あまりにも皮肉っぽい歌詞にはあふれ出している。 

******

 浜崎あゆみに絶大な影響を与えているのがmadonnaであることは、気づいている人は少なくないだろう。特にライブとプロモーションビデオの演出においてそれは顕著であり、上のmadonnaのPVを観るだけで、ayuファンは圧倒的な「既視感」に襲われるはずだ。

 そして、ayuもまた、2000-1のカウントダウンライブ・・・・アルバム"duty"の曲中心だが・・・・において、徹底的に「戦争」をモチーフにする舞台演出をしていたのである。しかも9.11が起こる年を迎えるカウントダウンで、まるで未来を予言するかのように!!

 ayuの初期のカウントダウン・ライブは、まだ声量がなかった上に、レコード大賞→紅白→カウントダウンというとんでもないハードスケジュールの中で実施されていたため、好不調の落差が凄まじいのだが、この時のカウントライブに関しては、ayuの初期のコンサート映像記録としては、何かしら異様なまでの窮迫感が、声の荒れた質を凌駕した、隠れた傑作である。

ayumi hamasaki countdown live 2000-2001 A [DVD]

●"Duty" ayumi hamasaki Dome Tour 2001(←こっちはほんとにDome Tourじゃありませんってばさ!)

 この時のコンサートの冒頭曲は、まるでモーツァルトのレクイエムを思わせる、不気味な前奏と、鎖で足を繋がれた囚人が足を引き摺るようにして歌う重苦しさで有名な、この、アルバムタイトル同名曲である。背後には十字架の群れ(エヴァの旧劇場版も思い出されてしまうが)。

 この曲の背景には、当時avexの行く末をすべて一身に背負わされたayuの苦悩の深さがあると解釈するのが、今日では定説化しているし、ayu自身が2004年のTVドキュメンタリーでそれを間接的に示唆する証言をしている。

●Ayu's decision : "I will live AS A PERSON in AVEX!!"(YouTube)

 なお、iTunes Storeでは、単独曲としての"Duty"のオリジナルバージョンだけはなぜか登録されていない。これはayu個人の意思の反映だと私は考えているが、その代わりに、浜崎あゆみ - SUPER EUROBEAT presents ayu-ro mix 2 - Duty私が好きなリミックスバージョンにリンクしておきたい。

 ちなみに、歌詞の、

「ひとつの時代が終わるのをこの目で見たよ/だけど次は自分の番なんてこと/知りたくなかったんだ」

・・・・とは、小室哲哉の時代が去り、自分の時代が来てしまったことを指すという解釈が妥当であろう。

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2009/12/04

呪縛からの解放 -浜崎あゆみの"NEVER EVER"によせて-

 やっと、この一ヶ月の「牢獄」・・・・・自ら進んで入った牢獄だったが・・・・から解放された。

 それを記念したら、ayuのライブでの、浜崎あゆみ - A COMPLETE ~ALL SINGLES~ - NEVER EVERこの曲のこの演出しか思い出さないので。

 幸い、2006-7年のカウントライブでの「再演」を生体験できました。その時の映像しかYouTubeにはないみたいなので。

●Ayumi hamasaki NEVER EVER cdl 07(YouTube)

 迫力は、2002年のアリーナ・ツアーでのこの演出初公開の方が勝るけど、ともかく憧れだったこのライブ演出を生でもう一度実体験できるなんて、この時には呆然として歓喜しました(^^)

ayumi hamasaki ARENA TOUR 2002 A [DVD]

 ライブでの熱唱だけなら、2001年のドーム・ツアーでのものが、曲を生み出してホヤホヤ当時の実存的燃焼度(作曲もCREAことayu自身)が映像記録としては最高でしょうか(この部分、どのコンサートかに記憶違いがありました。修正してお詫び申し上げます)

●"NEVER EVER" ayumi hamasaki Dome Tour 2001(YouTube)

※関連記事がこちらにあります。

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