神話

2010/01/19

伝説の学会発表、「浜崎あゆみとスピリチュアリティ」完全公開!!(Ver.1.48)

 YouTubeで、浜崎あゆみさんのプローモーションビデオ全作品公式に公開されました(何と、貼付けも自由です!! avexの太っ腹さに感銘をうけました)。

 これを期に、日本人間性心理学会第23会大会(於:文教大学)の自主企画として私が催した、「浜崎あゆみとスピリチュアリティ」のパワーポイントファイル全体をウェブ上で公開することにしました(YouTubeの該当曲やその他の映像への個々のリンク付きにバージョンアップ!!)。

●浜崎あゆみとスピリチュアリティ  -プロモーションビデオにみるその精神の軌跡-(阿世賀浩一郎のホームページ)

学会大会論文集に掲載した文章こちらでそのまま閲覧できます。

*****

 なお、私が確かめたところ、どのブラウザでも「一応の閲覧」はできますが、ブラウザ上でスライドショーまでできる、完璧な再現(ワン・クリックごとの文字の出方まで忠実に再現できる)のは、Internet Explorer8、およびそれをレンタリングエンジンとする(=Trident系)、Lunascape、Grani(動作が軽快なので超お勧め)などに限定されます。

 もっとも、困ったことに、Windows版FirefoxのオリジナルのGeckoエンジンとは、文字表示上、かなり相性が悪いようです。文字が折り重なる現象が見られます(^^;)

 しかし、IE Tabというアドオンの追加をして、ブラウザの左下隅に表示されるFirefoxのシンボルマークをクリックして"e"マークに変更すると、その後は何の操作をしなくても、IEと全く同じ使い心地になります(^^)

 以前も書きましたが、このアドオンを追加インストールすれば、Firefoxを使ってのMicrosft updateにも対応出来てしまうのですね。

 それ以外のブラウザは、画面はほぼ適正に表示されますが、いずれの場合も、左側のフレームから1ページずつめくっていただくことで対応できます。 

 このやり方で、Google ChromeやWindows版Safari,Operaの場合は画面自体は、「小さく」て「静的に」ですが、綺麗に表示されますよ(^^)

*****

◆Ver.1.01→Ver.1.05の修正点(10/01/17 15:04)

  • IE系ブラウザのスライドショーでクリックだけで次のページに移行しない箇所の問題をとりあえず解決しました(ただし、各ページの「リンク先のページ」を一度クリックしてしまうとスライドショーには回帰できません。これは仕様上やむを得ないことのようです)。

◆Ver.1.05→Ver.1.06の修正点(10/01/17 18:00現在)

  • 途中に他の場所のファイルが2枚紛れ込んでいたので削除しました。もし文章の全くないページが出たら、もう一回クリックしたら表示されるのが私のプレゼンの意識的仕様です。

◆Ver.1.06→Ver.1.17の修正点(10/01/17 19:59現在)

  • すべての動画をYoutubeの埋込み動画表示として表示することに対応しました!! それに伴い、Windows Media Playerの呼び込みによる,wmvファイルの再生そのものを廃止しました。

◆Ver.1.17→Ver.1.48の修正点(10/01/18 14:17現在)

  • YouTube動画を一件追加 しました。
  • YouTube埋め込み動画とリンクテキストが折り重なって表示されないように調整しました。
  • 全ページにプレゼンの際のメモを記入しました。
  • アルファベットの全角文字を半角に修正しました(まだ見落としがあるかもしれません)。

◆現バージョン(1.48)でも残る問題点(10/01/18 14;17現在)

  • なぜが今回の段階で、YouTube動画への「テキストリンク」の一部が表示上文字化けに転じました。もっとも、リンクそのものは適切に機能します。

 おそらくMacユーザーの皆様の場合だと(これもまたブラウザ間格差が予想できます)、OSの使用フォントそのものの違いの関係で、文字表示がはみ出したり隠れたり、重なるなどの見づらさがあるかもしれないことを、どうかお許しください。スライドショーは機能しないと思います。

*****

●浜崎あゆみ / Dearest ~Acoustic Piano Version(YouTube)

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2009/12/23

「肉食系」的なやさしさ (第2版)

・・・・・というものがある気がしてきた。

 それは、いわゆる「草食系」のやさしさとは何か次元が違うのだけれども、今の日本(の特に若い男性)に、再度賦活されていく必要があり、それが今後の日本の舵取りの鍵を握ると思えるのである。

 Wikipediaによれば、「草食系男子」というのは、200610月に深澤真紀が『日経ビジネス オンライン』で連載している「U35男子マーケティング図鑑」(2007年に『平成男子図鑑』として単行本化)で「草食男子」として命名されたのがことのはじまりであるとのことだが、私はその原典やその後に続いた著作を読んでいるわけではない。

 しかし、広い意味で女性一般の方は何らかの意味で「肉食系」の側面を発現し続けて来た人が多い(これは見かけ上大人しめであるかどうかとは無関係。そのことに気づかないでいる男性がいるとすればちと御目出度すぎる)ものだから、余計に浮かび上がってきた現象ではないかと考えている。

 そして、私なりのネットフィールドワークの結果到達したのは、(数年前の小林よしのり信者がたくさんいた頃はまた別かもしれないが)、少なくともここ2,3年のネットのプチ〇翼の若者は、実は揃いも揃って「草食系」である、いや、「草食系男子」の心性と非常に親和的なものとしてプチ〇翼というスタンスが、非常に広範な若者に、ネットでこの種の発言をする匿名ピープルよりも相当に裾野が広い形で浸透しているというのが私の結論である。

 彼らはもはや、例えば小林よしのりや石原慎太郎に当たるような特定の「頭目」を押し立てることすらしない。フラットランド化したネットの2次情報,3次情報をシェアするだけで群れている、徹底的に「顔のない」集団である。

 ・・・・ちなみに私は"SPA!"を離れる以前の「ゴーマニズム宣言」の愛読者で、感想をしきりと送っていた人間であり、その頃のよしりん氏に「八王子の阿世賀浩一郎は凄い! 参考になる」と、コマの欄外でコメントされ(今刊行されている単行本のバージョンにも載っているかどうかは確認していない)、公式「ゴー宣」本にかなり長い感想文が実名で載っている人間である。

 "SPA!"との関係を辛抱し切れなくなったところで、小林氏はあるバランス感覚を喪失したというのが私の意見だが、それでも、「新しい歴史教科書をつくる会」との関係を絶つ時でしたか、「日本のこの種の人たちがアメリカとの関係ということになると急に態度を変えるのが納得がいかない」という趣旨の発言をしたことに関してはある共感を覚えた。

 ちなみに、よりのり氏も私と同じ福岡県出身である。最近の私のネット上での物言いに、思想それ自体というより、発言スタイルの点で、時々「ゴー宣」調のノリが無意識のうちにも出てしまってるあたりに我ながら苦笑している。福岡県人独特の、いざとなると嵩(かさ)にかかって斬り込む、直裁な「喧嘩節」の伝統という点では共通のルーツなのかなと(^^)

 宮崎哲弥さんが久留米出身で、今年初めて久留米で講演会を開いた時のことはこちらの記事で書きましたが、そういえば、今、自民党内部を引っ掻き回す発言をしている舛添要一さんも、(その政治姿勢にすべて賛同するわけではないが)北九州(八幡)出身の苦労人だものな・・・

*****

 実は、そういう、「いざとなると嵩(かさ)にかかって攻め込む」気概をむき出しにできる人間にしか発現しない、「肉食系のやさしさ」というものがどうもあるようだ、という気がしてきたのだ。

 少なくとも私の中で、明らかに、そういう意味での、潤いある「やさしさ」と「包含力」、むしろ「献身性」ですらあるものが、ここしばらくの間に、特にリアルワールドにおけるクライエントさんやオフィシャル・プライベートを含む人間関係の中で発現してきている気がする。

 それは決して「暑苦しくて」「脂肪分が多い」、「押し付けがましい」ものではないようなのだ。それは、狩人をしていない時の豹の母親が子供たちに対して示すような、何かそういう質の、静かな「母性」に近いもののようにすら思う。

*****

 それとどこまで関係あるかどうかわからないのだけれども、昨日東京に日帰り出張した時に、ANAの機内誌、「翼の王国」12月号を読んでいたら、「日本"山水”探訪記」というグラフィック特集で、「熊本・鹿児島編」として、「南九州の空と土」という記事に大部が割かれていた(pp.40-63。文・絵:堀越千秋 写真:阿部雄介)。

 装飾古墳として著名な熊本県山鹿市のチブサン・オブサン古墳、延々と続く謎の地下トンネル遺跡として著名な玉名郡菊水町の「トンカラリン」、鹿児島県南九州市川辺町の「清水(きよみず)磨崖仏群」、熊本県人吉市の青井阿蘇神社、熊本県上益城群山都町の、江戸時代を代表する潅漑用水道路の要というべき、古代ローマの水道橋を思わせる、時々の放水で著名な「通潤橋」などが取り上げられていた。

 それらの記事を眺めている時に、私は何ともいいようがない次元での、ほとんど元型的な次元での「血の共感」を覚えずにはいられなかったのである。

 すでに何回も書いてきましたが、福岡市から南に向かい、大野城市のあたりの地峡を越えて筑紫平野に入り、筑前の国から筑後の国に入り、更に筑後川を渡ってしまった久留米に入った途端に、同じ福岡県でも、古代からの文化の質は一変して、むしろ熊本県とも通底する「中九州」文化圏の北限に位置した土地ととらえる方が自然である。

 厳密には博多弁と久留米弁はかなり異なり、久留米弁はアクセントが明瞭ではないという点では日本の方言の中でも特異な位置を示す。(わかりやすくいえば「橋」と「箸」の音韻上の区別というのは、久留米人は学校教育を経ないとできるようにならない)。

 その「異様に平坦に」流れるような早口は、我が郷土の生んだ、本名「蒲池法子」さんに、実例をお示しいただこう(^^)(この番組、放送された時に観た記憶があります)

●松田聖子の久留米弁 その1(YouTube)

●松田聖子の久留米弁 その2(YouTube)

 ・・・・・私は父親が「大陸育ち(標準語圏)」だし(かなり久留米弁を戦後身につけましたが、母親の「ネイティブな」古式ゆかしき久留米弁ほどではない)、私自身は「久留米附属」(「久留米大付設」ではありません。聖子さんの確かお兄さんが「付設」出ですよね)という、教員養成大附属小中学校という、地域社会とは切り離された中で成育し、更に30年も関東暮らしをしたので、とてもとても聖子さんのように鮮やかなギアチェンジができる人間ではありません(^^)

 でも、私が「異様に早口でのっぺりした標準語」で延々と話す時があることは、ライブこういちろうをご存知の、特に同業者の皆様は、時々、ついて行けなくお困りのことがあろうかと思います(^^)

*****

 ・・・・話を本題に戻すと、久留米南部地域というのは、大和時代の豪族、磐井の乱(525年)でも日本史に名を残すように、ヤマト政権からは独立性が高い、ダイレクトに大陸側(新羅と書かれていますが)との交渉を維持した勢力が、かなり後の時代まで維持された土地柄です。

 記紀の世界で「熊襲(くまそ)」とされた民(ヤマトタケルの征伐神話からすれは一応2世紀頃に相当するが、これはどうみても「前倒し」の可能性が高いが)は熊本県球磨地域に一応同定されている。一応、「熊襲」よりも、その勢力はしぶとく残ったことになるとも言えるわけである。

 いくら当時までのヤマト王権の正当化のための歪曲ありとはいえ、「磐井の乱」を伝えた日本書紀は、物語的な古事記と異なりまだしも歴史書としての体裁がしっかりしており、編纂時から遡っても「200年未満」の時点で起きた事件についての著述には、何らかの史実の裏づけは濃厚と思える。

 私自身は、邪馬台国九州説は根拠薄弱という立場です(オーソドックスに、奈良県桜井市の纏向遺跡(まきむくいせき)を卑弥呼の墳墓とみなしたい)が、大和地域よりは、黒潮に乗った東南アジア、南洋地域、中国南部、そして朝鮮半島寄りの経路で中国北部との頻繁な交渉がダイレクトに早期から形成されていたであろう九州の持つ政治的独立性は、実際には九州北部沿岸のごくごく一部の地域を点と線でつなぐ形でしかヤマト政権の安定した覇権を置き得ない状況に、少なくとも663年の白村江の戦いの直前の頃まではあったのではないかと思います。

 なぜ天岩戸伝説を日向の高千穂峡天孫降臨の神話を同じく日向の高千穂峰(もっとも、前者には異説がある)に同定しなければならなかったのか? これもそれだけ南九州にもともと強大な勢力があり、それを実際の歴史上は大化の改新(646)以降、天智・天武朝の頃にやっと臣従させた上で、その地域の神話(むしろ朝鮮か南方由来)と中国神話を加味して歴史を「数百年遡って塗り直す」だけの必然性があったればこそでしょう。

*****

 いずれにしても、久留米以南の中九州・南九州文化圏には、ちょうどヨーロッパ諸国が、ローマ帝国以前の原住民やゲルマン民族の歴史をキリスト教で塗り消し、地下に潜伏させたのと同じように、後のヤマト政権が上塗りして完成された「ヤマト民族主義」を一皮向けば、より古い層の元型的な無意識の世界が容易に溢れ出す地域性というものが潜伏しているのではないかと思います。

 それが、幕末における薩摩や佐賀を中心とする倒幕・維新勢力、あるいは真木和泉守ら、久留米の勤皇の志士に活躍の舞台を与える原動力にもなり、筑豊炭田で鉱夫たちが使う地下足袋の大量生産に起源を発する、ブリジストンの創業者、石橋正二郎(鳩山金脈の元はここにある!)をはじめとする日本の主要ゴム3社の発祥の地を久留米とし、そして、今日に至るまで、井上陽水、武田鉄矢、チェッカーズ、松田聖子や浜崎あゆみをはじめとする芸能界から、政治に至る様々な人材を関東に送り続ける、過激なまでの「上京指向」の人材バンクとして福岡が機能し続ける原点にあるのだと思います。

 私も、そのような福岡の久留米が生んだ「異能者」(?)として、関東での30年をむしろ「踏み台にして」、今後、地元久留米に根を張って、はじめて「地に足が着いた」形で、50代という一番脂が乗り切ったこれからの10年、身体が衰えを感じないうちに、本来のパワーを発揮し尽くせることを祈っています。

 BGMは、「エヴァンゲリオン」の、高橋洋子による、高橋洋子 - 魂のルフラン/心よ原始に戻れ - EP「魂のルフラン/心よ原始に戻れ」 以上にぴったりなの、ないでしょ?

そして、高橋洋子 - 残酷な天使のテーゼ 2009VERSION - EP「残酷な天使のテーゼ」もまた、久々に「封印を解いて」聴き返して、「肉食系の母親」の歌なんだとつくづく感じて、ふと目頭が熱くなったこういちろうである・・・・

 私がこのブログで、ずっと封印してきた、過去の軌跡、「エヴァ」。

・・・・・というわけで、もはや私には1円の稼ぎにもならない(・・・・あ、アフィリエイトで中古買ってもらうと少しはポイントになるのか・・・・)本の宣伝も久々に(^^;)

阿世賀浩一郎/エヴァンゲリオンの深層心理―「自己という迷宮」

*****

 更に、まさに我が母校に教育実習においでの際に、リアルのお姿を拝見した、「武田先生」に捧げる(?)、海援隊 - Acoustic Live ~君の住む町へ~ - 母に捧げるバラード「母に捧げるバラード」(Live)

ブログネタ: ○○系男子・女子。あなたを例えるとしたら?参加数

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2009/09/03

「カウンセラーこういちろうの雑記帳」の主要過去記事を一番簡単に一覧するには

 このブログって、すでに創設4年9ヶ月、過去のエントリー記事総数が、「この」記事で1,914本め、なのに一日あたりの新エントリー、平均1.10本以上を現在も維持、しかも長文が多いという、へヴィー級ブログです。

 おかげで、もはや@ニフティココログが割り振ってくれているサーバー負荷が相当なものになっているせいか、

  • 私の方からトラックバックを送ることがもはや機能しない
  • pingも自動では飛ばせない(その割には随分多くの読者の皆様が、新記事アップ直後においでいただけることを幸いだと感じています)
  • カテゴリーにすべての記事が反映しない(カテゴリーによっては300から400エントリー分表示されようとするわけで)

・・・・・という、新しくおいでいただいた読者泣かせのブログになっていると思います m(_ _;)m

****

 もちろん、バックナンバー全体を表示してくれる、『アーカイヴ』ページ(自身がココログユーザー以外の読者の皆様、お気づきでしたか??? 右フレームの「バックナンバー」という文字そのものをクリックするとたどり着けます)というものも、あるにはあるわけです。

 しかし、このページにお行きになっていただいたとしても、過去の個々のエントリー記事のタイトル一覧があるわけですらない

 このページからの「〇年〇月」を全部めくっていただくだけでも(全く休眠した数ヶ月を除いても、現在50か月分ほどあるわけですね(^^;)。その50ヶ月分、それぞれ月ごとに、毎月30から40エントリーずつはあるわけですから・・・・・

 つまり、私がこのサイトでこれまで書いてきた主要記事がどんなものか、新しい読者の皆さんにおおよその見当をつけていただくには、もうデタラメにご不便をおかけしていることと思います   il||li _| ̄|○ il||li

*****

 この問題を一気に解決し、

  • 新記事の方が上に来る形で、
  • 過去の記事に関しては私がある程度絞り込んでセレクトしたものを、
  • 数百記事ばかり、1ページをスクロールできる形で
  • ブログのような表示の重さがない形で一覧したいただける

そういうページが、実はずっと以前から存在します!!

●阿世賀浩一郎のホームページ/index

 開設1995年12月(つまりWindows95発売直後)開設、日本において、インターネットで個人サイトを作ることが本格的に普及し始めた黎明期から、何と基本的なデザインを変えないまま運営し続けているサイトです。

 かつては、ネットを代表するエヴァ・サイトのひとつ、「エヴァンゲリオン論考」で著名だった時代もありますけど、幸いにして著作化させてもいただきましたので、そのコーナーは全面削除いたしておりますが(「ちーちゃんの部屋」というアニメコーナーがかつて存在したことを覚えておられる方もあると嬉しかったりして ^^;)・・・・

そのトップページから、このブログでの新エントリー記事を書く度ごとに、固定リンクへのリンクを、たいてい速攻の連続作業でお貼りしてもいるのです。

 恐らく、皆様のRSSリーダーに反映するスピードの比ではない「即時性」で「新着情報」が掲載され続けています。

 同一エントリー記事の更新(改版)情報すら、可能な限り早くお伝えしています。

 

そこに並んでいる、当ブログ個別記事へのリンク数は、常時数百あるはずです(古いものから時々、精選のための「ダイエット」をかけますので、一定数以上には増えません)。

 しかし、敢えて今でも、基本的には「素朴なhtml言語の手打ち」に依存し、javaスクリプトすらないに等しいということで、このトップページそのもののバイト数の多さの割には、表示が圧倒的に軽い筈です(このブログのトップページを表示するよりは軽いと思いますよ)

 
当方のアクセス解析によって、「こっちのページで新着情報見つけるほうが手っ取り早い」ことにお気づきの、毎日数名以上の固定ユーザーの方がおられることは掌握しています(感謝!!)。

 しかし、そうした方の占める比率が以前よりもかなり減っているようにも思いましたので、改めてご紹介させていただきました。

 

今後とも、「カウンセラーこういちろうの雑記帳」をよろしくお願い申し上げます。

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2008/07/22

九州人の島国根性

 少しまじめなカウンセリング系の話題が続いたので、
 くだけた話題にしましょう(^^)


 本州と九州って、関門海峡一つしか隔てていない。

 リンク先の航空写真をご覧になってもおわかりのように、この海峡は、狭いところでわずか600メートル、大きな川の河口付近と同じくらいの隔たりでしかないわけです。

 もちろん、潮の満ち干の際の、瀬戸内海側と外海側の潮流の速さは、鳴門海峡ほどではないにしても相当のもので、この潮の流れの変化が源平の壇ノ浦の決戦にも影響したことはよく知られています。

 しかし、上古の昔から、大陸・朝鮮との交易で発展し、太宰府もおかれたくらいですから、畿内とは別の独自勢力が早くから発展し、伝統の深さという点では独特のプライドを持っている一方、中央とのパイプも特別なものであったという背景があります。

 1世紀の『後漢書』における奴国王金印まで歴史書での言及が遡れる。

 久留米近郊にしても、凄い数の古墳群や朝鮮式山城跡(神籠石 こうごいし)を持ち、1世紀の、古事記、日本書紀の高良(こうら)山(久留米市)への景行天皇行幸や、豪族「磐井」の乱の著述に遡るわけですね。

 近代に至っても、関門海峡鉄道トンネルは、昭和初期にすでに開通していた訳です。当時は鉄道輸送こそが経済の動脈でしたから、本州との一体化は非常に早くから進んでいたといえます。

 山口県の皆様には失礼かもしれませんが、特に山口県の西部は、九州と一体になった経済圏として認識されることは、少なくとも九州人においては少なくないかと思います。下関市からわずか数分で、百万都市、北九州市ですからね。


*****


 さて、九州は、島国日本の中でも、本州を除くと北海道に次ぐ2番目の大きさの「島国」です。
 
 関門海峡一つ隔てているだけで、特に福岡県は、「名誉本州」的な妙な挟持とプライドを良きにつけ悪しきにつけ持っている面がある一方、文化的・経済的にも「関門海峡の向こう側」は「異世界」であるかのように実感する、「引きこもり」的心性もあると、私個人は感じています(^^)。

 九州内で自己完結するか、それとも関東圏に進出するかという葛藤に引き裂かれている度合いが高い。

 大学でいえば、九州内での頂点としての九州大学を目指すということで最上級の目標としている人たちが多い(私学なら、今でも西南学院大学福岡大学などでしょうか?)。

 少なくとも親御さんに、「九州内から選べ」と頑固に主張する層が今も少なくないかと思います。例えば長崎県から福岡県の大学に入るのと、広島の大学に入るのと、「身辺の安全性」という点でどれだけ違いがあるのかといいたくもなりますが(^^)

 もっとも、これにはやはりそれなりの(現実的)理由があるかと思います。

 例えば、就職においても、九州内の大学出身者の方が、九州資本の企業や公共機関に就職するとなれば、採用の際にも歓迎され、入社後も、人脈(同僚との関係も含む)作りという点で有利という現実(あるいは思い込み)は今でもあるのではないかと思います。少なくとも、九州大学出身の方が、広島大学出身よりは受け入れられやすいかと思います。

 (ちなみに、広島大学「学閥」の影響力範囲jは、山口県のごく東部から兵庫県西部におよびます。これは私がかつて大学の採用公募で辛辣に体験した現実だったりして。九州大学の影響範囲は、九州全域と山口県西部、愛媛県の一部。それ以外の地域からの公募には一つの大きな障壁が横たわる場合がある。これも私がかつて体験したこと)


******


 そして、特に福岡県生まれの人は、大学選びに関わらず、将来進路を来める過程で、「九州に留まるか、それとも上京するか」という深刻な岐路に直面するわけです。

 もう、関西なんて、全然視野にない。九州から関西の大学に進む人は意外なまでに少数派なんですね。

 私自身、京都、大阪の方が、よほど「異国」で、異質な文化圏と感じることが多い。特に福岡市という都会は、数十年前から、実にけなげなまでに(爆)、東京直結の最新の文化的空気に満たされたいて、意外なまでに、東京に移住しても違和感がないのですね。

 このことは、高校時代に、久留米から福岡市早良区(ayuや椎名林檎の生まれ故郷)まで通学していた私が東京に出てみようと思うに至る上でも、「予備練習」として(爆)相当影響しているかとい思います。


 最近だと、航空機は各社の競争の中、安い便だと1万数千円で1時間に何本も羽田に向かい、所要80分で到着するし、今や最新ののぞみ号だと、東京まで5時間を切る形で、1時間に1往復はしているわけです。

 そういうわけで、
 福岡県人の中には、
 やや悲愴なまでの志と気負いを持って、


  「花の都に出て行くからは....」海援隊 - Best Selection - 母に捧げるバラード母に捧げるバラード/海援隊


 .........とばかりに上京する、
 「福岡から上京組」
 独特のパワーによって
 日本全体に貢献してきたことになります。


*****


 ミュージシャンや芸能人・文化人における「福岡県出身者」のたいへんな多さと、大物の量産ぶりは、音楽界における、井上陽水、浜崎あゆみ、椎名林檎をはじめとして皆様の知るところですね。

 我が久留米市に限定してすら、企業家まで含めると、石橋正二郎(ブリジストン創始者)をはじめとする3大ゴム企業の創業者、田中久重(東芝創始者) 、中村八大、松田聖子、チェッカーズ、ZARD(坂井泉水)、松本零士、田中麗奈、藤吉久美子、中野浩一(競輪)、坂口征二 (プロレス)、酒見賢一(小説家)

 そして、よりによって上祐史浩(!)まで産しております。

 ソフトバンクの孫正義さんは久留米市のお隣の佐賀県鳥栖市の生まれ。

 評論家の宮崎哲弥さんまで久留米出身とは知りませんでしたが。


 武田鉄也が福岡教育大学学生時代に、教育実習生として、私が中学生として在籍していた当時の福岡教育大学付属久留米中学校に一ヶ月赴任し、校内音楽会でギターまで弾いたというエピソードは以前書きました。


***** 


 私も、その末席を汚す奇人のひとりであります(^^)

 福岡よ、久留米よ、どうか「出戻り」の私を安らかに迎え入れてくれ!! 


 iTunes Store(Japan)

2008/01/21

ネット上の、格好の「精神分析入門」

 セーイチさんの「発展途上臨床さいころじすとの航跡blog版」の最新エントリー、「マゾヒズムの経済論的問題」は、すでにコメント数48をたたき出し(1/21 21:48現在)、多くの参加者が生産的な議論を紡いでいく、ブログの理想といっていい画期的な豊穣さを示しています。

 そこでは、マゾヒズムの問題を超え、フロイトの精神分析の本質についての、稀に観る「生きた」入門記事になったといえるかと思います。

 そして、話題は眼球運動の問題や、ADHD、アスペルガーの問題まで広がる!!


 臨床関係者、必読!!

2008/01/06

みのもんた司会の、歴史番組「ローマ帝国」

  1/3に放送されたものですが、かなりよくできていた。基本的には塩野七生さんの「ローマ人の物語」を公式に参照し、BBCの歴史番組ともタイアップしてのもので、特にハンニバル戦記や、一般には「暴君」とされるネロの実像についてなど、なかなか魅せるものがあった。

 ただ、ひとつ思ったのは、どんなに良識的であっても、歴史とは、常に過去の人間からみての「物語化」というものを超えられない。カエサルがどれだけ緻密にビジョンをたてていたとしても、それらは、ほんとうに最初から見通していたのか、自分の直感を信じるままに、必死に生きていたら、結果的にそうなったのか、ほんとうのところはわからないのである。

 歴史の弁証法は、常に遡及的(retrospective)なものである。これは個人についてのカウンセリングもみなそうである。それを決して忘れたくないと肝に銘じた次第。


 実はこの記事、こちらで紹介する別の夢の伏線でもあるのだ。

2007/10/01

ステンカ・ラージンについて(第4版)

ヴォルガの流れは果てしなく続いていました。
ステンカ・ラージンは、手下たちと一緒の舟に乗っていました。
麗しいペルシャの姫に彼はご満悦。
でも、手下たちがそれを誹謗(ひぼう)していることに、ラージンは気づきました。

そこで早速、ラージンは、姫をヴォルガ河に放り投げました。


 「ヴォルガ、ヴォルガ、
 生みの母、
 ヴォルガ、
 ロシアの河よ。
 贈り物を受け取ってくれ。
 これがドン・コサックからの美しい贈り物だ」

Stenkara_2


* どうしてステンカ・ラージンはペルシャの姫をボルガ川に投げ込むのか
     (サイト「ロシア民謡の謎を追う!」)

そして、ラージンは、更に叫びます。

 「お前たちはなぜ沈んでいる?
 さあ、フィルカよ、
 踊ってくれ。
 皆で陽気に歌い、
 姫の冥福を祈ろう。」

(一般に日本で唄われている与田準一による訳詞とメロディはこちら。)

Don Kosaken Chor, Iwan Assur & Serge Jaroff - Meisterst?cke - Stenka Rasin

【注】ステンカ(ステファン)・ラージンは、ドン河を中心として活躍した「ドン」・コサックの首領。皇帝に対して反乱を起こし、最後に処刑されたた「ステンカ・ラージンの乱」(1858)を通して、民衆のヒーローとして様々な伝説を生む。補遺ーローとしてドン・コサックはヴォルガ河を経由してカスピ海を南下し、ペルシャを侵略した。この「姫投げ」のモチーフは、キリスト教以前のロシアの自然崇拝における母なる川への生け贄という異境的儀礼の名残りでもあると推測される。

 なお、歌詞中のフィルカとは、ステンカ・ラージンの娘のことを指すだろうとのこと。

 (........以上、伊藤一郎著「マーシャは川を渡れない -ロシア民謡の中の文化-」による。)


******


 私は、子供の頃に、このロシアの歌(ドミートリー・ニコラエヴィチ・サドフニコフ作詞)の日本語訳(直訳)をはじめて読んだ時の異様な感慨と同じ感じに襲われるたびに、

すてんか らーじん!!

と心の中で叫ぶようになりました。


 もっとも、私は、手下たちの「嫉妬」を察しての、ラージンの行為だとのみ、ずぅーーーーっと、勘違いしていました。でも、私の感じたわけのわからない衝撃は、生け贄儀礼の残照と理解する方がよほど実感とフィットします。

 これが私の太古的・元型的表象(???)の具現化、すてんか・らーじニズムの原点です。

 直前の記事参照。

 続編こちらにあります。

2007/02/25

民族主義・ユートピア主義の超克(第5版)

 私にとって、「成熟とは何か」と問われれば、答えは割とはっきりしている。

 すでにこのブログでも何回か言及していることなのだが、

「自分のものの感じ方や判断の仕方が、実はある種の思い込みや先入観に基づくものではないかということに謙虚であり、以前の見解を修正したり撤回したりすべきと判断できたら潔くそれを実践すること」

.......である。

更にもうひとつ付け加えれば、

 「およそ人間のシミュレーション能力というものには限界がある。自分がどこまで緻密にさまざまな可能性について仮説を立てたとしても、現実には必ず自分のシミュレーションを超えたような事態はあっさりと生じる。最善を尽くしてシミュレーションをしつつも、それすら覆されることを当然と考え、むしろ自分のシミュレーションを超えた事態に直面できることこそを「天が与えた祝福、成長の機会」としてうけとめることができる必要がある。でもこれは、最初から何もシミュレーションしないとのは、雲泥の差がある、現実への前向きで柔軟な姿勢である

ということ。

 さらに言えば、私の中には、ある種の「懐古的ユートピア主義」へのものすごい警戒心がある。つまり、「昔はよかった。そこには調和的でよりすばらしい世界があった」「現在はそのことに比べると悲惨である」というタイプのものの見方への警戒心がある。すべての「復古主義」をうさんくさいと感じているのだ。

 「今の日本では古き良き日本が失われた」

という言い方を私は基本的に好まない。戦乱になると武士たちが略奪の限りを尽し、婦女子は強姦して刺し殺すのがあたりまえだった時代。自分の上司が死んだら「殉死」するのが美徳とされた時代。飢饉になったら最悪の場合人間の肉すら食べた時代。町のある一定の個所には斬首刑になった犯罪者の首が当たり前のようにさらされていた時代。武士の機嫌を損ねたらちょっとしたことで、裁判すらなしに切り捨てられても誰も文句が言えなかった時代。キリスト教の布教をちよっと前まで奨励していたのに、数十年後には一転して信仰を捨てなければ死罪になった時代。口べらしのために生まれた子供をすぐに絞め殺したり、娘を女郎屋に売り飛ばした時代。

*****

 日本でも、ちょっとした家柄であることを示すために、武家の系図はなぜかさかのぼるとたいてい源氏か平氏か藤原氏=まわりまわって天皇家の流れを組むことになっている。実際に政略結婚でそういう古い家柄とのつながりで箔をつけた例もあろうが、たいてい、それ以前から、そういうご先祖様がいることになっているのだ。

 これはヨーロッパでも似たようなもので、ホメロスの「オデュッセイア」に集約された古代ギリシアの歴史は、先住民族だった「トロイア人」に対して勝利を上げていくというとこそにみーんな収束していく。

(検索しているうちに出くわしたこの本未読ですが、ちょっと興味を感じる)


、つまり、ギリシャ=ローマ文化の中心地から支配されていた地域が独自の力を貯え、地中海沿岸地域と拮抗する政治力や武力を持つ国家として成長を始めると、必ず、「祖先はトロイ人の英雄だれそれ」という方向に年代記は脚色されることにより、「自分たちはギリシャ・ローマよりも実は古い歴史と文化の後継者なのだ」という逆転ホームランで権威付けしようとする。

 不思議なもので、ヨーロッパには、自分たちを古代メソポタミアやエジプト文化の末裔であるという権威つけのパターンは存在しない。対ペルシャ、対エジプトという形で自らのアイデンティティを主張する伝統は、ユダヤ民族の独占物になっていたように思える。

 要するに、「キリスト教的ヨーロッパ」の世界観においては、ペルシャもエジプトも「東国」ないし「アジアの一部」として一括して捕らえられてしまうのである。こうなった背景のひとつには、中東諸国が、中世初期までにあれよあれよという間に、イスラームの政治的・文化的枠組みに包括されたものとして受け止められたことも大きいのだろう。

 そして更に、ヨーロッパの場合には、ゲルマン民族の侵入「以前」の、地中海沿岸を除く、中・北部ヨーロッパの歴史の空白を埋めるために、「トロイア人」にとって代って、今度はケルト人」「ケルト文化」という概念が、全く都合のいいように埋め草として、ある時代から「忽然と」使われるようになる歴史がある。

 純粋の「ケルト文化」として位置づけられるものがあるとすれば、一万数千年まえの青銅器文化の時代までさかのぼるしかないのに.....である。

 スコットランドの文化が、独自のアイデンティティをもつものとして称揚されはじめるのは、何と、スコットランドが実際にイングランドに政治的に統合された1707年以降のことである。単なる「地酒」としてそれまでは外国人に見向きもされなかった「スコッチ・ウイスキー」がひとつの国際的ステータスを徐々に確立していくのはこれ以降の時代である。

 それどころか、今や「スコットランド」のイメージの典型となっている「タータン・チェック」は、実は昔から織物が作られているヨーロッパ地域では、最もシンプルな織り柄として広範な地域で作られていた模様であるに過ぎないし、バグパイプにしても、ヨーロッパのいろんな国で中世から使われていた楽器で、別段スコットランド由来でないことは、西洋の古い絵画や音楽の歴史をひも説いた人には周知の事実。

 さらに言えば、あの男性の着用するキルトというスカートめいたもの(現在のファッションの世界では意味が拡張されていますが)は、実はイングランド人が、スコットランドの自分の鉱山の採掘所で労働者の作業着として便利なので「発明した」品が、比較的短期間に、まずは他の類似の現場にも「便利だから」という理由で広がっていくという歴史の浅さしか持っていない。

 それらがスコットランド民族のアイデンティティの象徴であるかのように「普及する」きっかけは、イングランド(グレート・ブリテン)王ジョージ4世が、1822年(!!)に、イングランド王としては数代ぶりにスコットランドに公式に行幸する際に、その公式行事のイベントの総プロデューサーとなった、大作家、ウォルター・スコットが、ジョージ4世に、タータンチェックのキルトといういでたちで行幸させ、公式行事に参加する貴族たちにもこのスタイルでレセプションに現れるように「要請した」ことがまんまとあたって、タータンチェックとキルトの大流行が中流階級以降に一気に生じて以降のことである。「氏族ごとにはるか昔から受け継がれたタータン・チェックの柄がある」という「伝統」も、実はこの時を境に、すでに産業革命の流れに乗って紡績工業が発展し、仕立て屋が商売繁盛させるためのセールス・トークとして「ねつ造された」過去の歴史ということになる。

 ヨーロッパの民族衣装における地域性というのも、実は、18世紀に勃興した「民族主義」という「新しい」潮流と、産業革命によって衣類や織物が量産できるとうになってから、はじめて「実現された」商業主義の出会いの産物ということになるらしい。それ以前は、一般庶民は、ヨーロッパのどこに行こうと似たり寄ったりの、「貫頭衣」のようなワンピースに近いものを着用していたにすぎない。布地を作ること、手に入れることそのものがたいへんな時代の庶民(特に農民)の衣服なんてそんなものである。

 そもそも「民族主義」は、あくまでも、近世以降、ヨーロッパ列強による帝国主義的な覇権の争いの中で、それに屈した地域の中ではじめて形成されてくるものなのである。しかもその出発点は、むしろ征服した側の民族や国家の側からの一種の懐柔策、あるいはいわば「辺境ロマンチシズム」のファンタジーのようにして形成され始める。征服された側の人たちがそれを自分たちのアイデンティティとして積極活用しはじめた後で、支配者側は、大慌てでその民族の象徴の文化....もとはといえばプロデューサーは自分たちなのに.....の弾圧をはじめる。その時点で、古代からの誇り高き民族の「神話」が、あたかも昔からの言い伝えのようにして歴史の断片から半ば「ねつ造され」ることになる。

 そもそも「国民国家」という概念そのものが、いわばフランス革命以降、18世紀以降に成立するものであるにすぎない。フランス革命あったればこそ、神聖ローマ帝国に属する小さな領邦国家群にすぎなかった地域に「ドイツ民族主義」が勃興する。それまでは、ハプスブルグ家をはじめとするヨーロッパの王室の公用語は、フランス語だったのである。

 そういう中で、ドイツ・ロマン主義が興隆するし、長らく忘れ去られていた「ニーベルンゲンの歌」(ワーグナーの「ニーベルングの指輪」はその焼き直し.池田理代子さんのコミック版があるとは知らなかった)も「再発見」される。グリム兄弟は童話集を出版するが、実は童話集の多くの素材が、実際にドイツの民衆の言い伝えを採取してまとめられたというのは真っ赤な嘘で、せいぜい、貴族の娘たちあたりから聞いた話にグリム兄弟が大幅に創作を加えたのが真相らしい。

 先日言及した「赤ずきんちゃん」にしたところで、長らく、より成立年代が古い、シャルル・ペロー作のフランス語版の童話の方が、より古い「民俗学的」採集にもとづく古い形とされたグリム童話版の焼き直しにすぎない長年思われていたが、実際にはペロー版の方が早く成立し、それを「脚色」したのがグリム兄弟でなかったか、という方向に学説は逆転して動いているようである。グリム兄弟は、実際、その後ドイツ語の純化をすすめる「国家政策」に大きな働きを果たすのだが。

 同様のことは、ゲール語=ケルト文化固有の「古代叙事詩」としての「歴史的大発見」とされ、ロマン派の文学や劇音楽の運動で、国境を越えて多くの作品に影響を与えた「オシアン」において、「これは民俗学的フィールドワーク」の産物ではなく、古代ゲール語から「翻訳」したジェームズ・マクファーソン自身が、周囲のスポンサーの期待に応えるために思わずやらかしてしまった、大部分が「創作」にすぎないものはないかという嫌疑がかかり、今日ではそちらの説の方が有力で、いつの間にか岩波文庫からも「オシアン」の翻訳は消えてしまい、今や古書市場ですら見つけるのがかなり困難な作品になってしまった。

 いずれにしても、近代にいたるまで、戦争において、兵士とは、金を稼いだり戦利品(人間も含む!!)を獲るために、あるいは、むりやり徴用されて(場合によっては、兵士を集めるために「意図的に」借金の返済という状況に騙されて追い込まれて)集められた兵士が、領主ないし傭兵隊長(あるいは奴隷にとっての「市民」)の命令に従い働くに過ぎない存在であり、「国のため」に戦う(ないし国の現政権打倒のために)戦うというイデオロギーそのものが、近代の産物であるにすぎないのである。

 そういう意味では、「『フランスを』救うために」戦ったジャンヌ・ダルクなどは中世の「異端児」そのものであり、現実には、歴史的経緯の上でも、実際の政治情勢の上でも異様なまでに複雑に入り組み、いとも簡単に「寝返り」を繰り返した、イギリスとフランスの諸侯の政治ゲームに利用され、スケープゴートにされるのは半ば宿命的だったともいえる。

(だから100年前後も「だらだらと」続くのだ!!究極には「国」と「国」とのたたかいではなく、地理的に現在のフランスとイギリス(イングランド)にあたる地域の諸侯の、果てしない「合従連衡」の時代としかいいようがないのだから)。

 そして、その後の時代を含めて、いかなる時代も、「純粋な愛国心」の持ち主というのは、「少数派の変人」であったに過ぎないともいえる。私利私欲と支配のためか、背に腹は代えられずに日々の糧を得るためか、煽動者であることそのものを生きるか、扇動されることを「消費」する、その時点ではいわばローマのコロセウムの観客であるに過ぎないか、徴用され、支配され、搾り取られ、犯され、人殺しをさせられ、殺されたり不具になるまで支配者の犠牲になるか。それだけである。


*****


 このようにして、「我々は過去に素晴らしい文化を持っていたんだ」という伝統主義そのものが、むしろ後の時代にねつ造された「ユートピア」を過去に投影したものにすぎない、ということは、世界的な現象として残念ながらかなりの程度見られる。おそらく、日本国内の「固有の地域文化」「伝統」といったもののかなりの部分にも、そうした面があるのは、残念ながら事実だろう。

 わが故郷、久留米を代表する名産品、人間国宝の機織りを輩出した「久留米絣」は、ほんとうに幕末ごろに井上伝というひとりの女性の創意工夫の中から生まれた、比較的歴史の新しい「久留米の伝統工芸」であるにすぎないことは、幸いにして地元では小学生でもきちんと学んでいる(はずである)。しかし、ほとんど同時代的に、絣の製法は、日本各地にうまれたものというのも現実なのである。

 福岡の「黒田節」と、雅楽の「越天楽」そして、「君が代」が、基本的には同じ系列の流れにある可能性が高いことは、以前も書いたかと思います。

 それにしても、相変わらずこの水準ですからね。最近の新しい用語「だけ」取り入れてかっこつけていい気になってるだけではないか。この、お茶目な道化もの!!

 もとよりこれは、現実の文部行政には無知蒙昧、もとい、初心者としての新鮮な気持ちで臨んでおられるトップの大臣さンだけのことで、文科省の官僚さんもしらけ切っているし、全国の教育委員会や校長先生方の中には、良識的かつ現実的な方も「地上の星」としていくらでもおられるでしょうから、例えば私がスクールカウンセラーを志願したとしても、採用して下さる奇特な自治体はあると思います(^^)。

 批判するにしても、自画自賛するにしても、ある組織・団体に属する存在を上から下まで「単一民族国家」、もとい、「同じ考えを持った等質集団」と思い込むことそのものが「全体主義的」ファンタジーですからネ!!

.......なーんてことを,採用面接ではおくびも出さないのがオトナです!!

(このウイットに「笑える」人だけが、私と関わってくれればいいの!!)


*****

 話が拡散しそうですけど(^^;)、私はもちろん未来を楽観する「予定調和的進歩主義」の持ち主ではありません。でも、あるひとつの技術やメディアの登場が、人間の人間性を一層すさんだものにして、自然破壊を広げ、人心をすさませ、人類の滅亡を早め、子供の教育にマイナスになる、式の論調は基本的には「大嫌い」です。

 たとえば、私のような開業カウンセラーは、携帯電話の普及によって、家族や職場の人たちのことをクライエントさんが気にせずに申し込んだり、打ち合わせができるという点ではむしろほっとしています。

 はっきりいって、ネットや携帯電話の発達によって、以前より「構造化された」カウンセリング関係の維持が難しくなったと感じているようなカウンセラーは、そのカウンセラーの方が携帯やネットという媒体の活用法について未熟な水準に甘んじているだけか、あるいは、クライエントさんとの信頼関係を、一定の節度のもとに形成できない程度の、「優柔不断な未熟さ」にとどまっているだけです。

 なるほど、ネットにはさまざまな誘惑の火種があります。しかし、たとえば家に押し掛けるセールスマンやギャッチセールス、アイスクリームをわざとくっつけておいて親切を装うスリのグループや、荷台に乗せたままの客の手荷物を渡さないうちに走り去るタクシーの運転手、通常の電話での勧誘、いや、会社のビジネスにおけるフェイス・トウ・フェイスの交渉の中ですら、いくらだって詐欺まがいの勧誘の魔の手はあって当然ではないでしょうか? 

 実は、そうした連中の中から相手の本性を見抜き、「そうはいきませんよ」とやんわりとうまくけん制して相手にその気を失わせたり、いざとなれば強い態度で拒否したり、次の約束をすっぽかしたり、無視したり、まっしぐらに逃げる!! などの眼力と実践的対処法の育成という点では、「メディアが何であれ」基本的には同質のもののような気がします。

(《註》:ここでいう「メディア」とは、「マスメディア」とか「通信手段」いう意味にとどまらない。ここでは、直接の面と向かったやりとりすら含む、相手との交渉や出会いのchannelの様式全般をさす。"medium"という言葉本来の意味に戻る。だから「媒介なし」とか「偶然出くわす」も「メディア」の「一様式」である)

 人間って、新しい技術やメディアには、勝手に、バラ色の未来か、堕落させる誘惑の「どちらか」を見てしまいやすいものだと思います。

 あるいは,過去の伝統や、昔ながらの失われた生活様式に、今は失われた「人間性」とか、残酷さ、「野蛮さ」の「どちらか」を見てしまいやすいものだと思います。

 そして、いつの時代も、その時点での「現在」の視点から、その両方を繰り返して来たのです!!

 しょせん、私にとっても、インターネットは「ただのメディア」です。インターネットを使う方が余計にもうかるだとか全然思っていない。儲けのうまい奴は、どんな「媒体」を活用してもうまいし、「うまくなる」し、最後にはそのことに溺れて「没落する」のではないか? 

そして.....地道に普及させるしかない対象は、ネットを通しても地道にしか広がらない。

 どうも私は、「書く能力」という武器は持っているし、大人数を相手に即興で場の雰囲気を妨げないようにコントロールしながら意見を言う能力も伸び続けているみたいなので、媒体もまだインターネットがない時代なら、雑誌や機関誌なんかに投稿するか、自分で手紙や「覚書」の頒布や、演説をしまくる私がいただけ、という違い「だけ」でしょうね(^^;)

*****

 私の方針はある意味でシンプルです。まずは、私とのカウンセリングやフォーカシングのトレーニングに「代価に値するだけの」意味があったと感じてくれる人を「ひとり」生み出す。

そして「2人目」を生み出す。

「3人目」を生み出す。

 そうこうしているうちに、私の側にも、多くの人に対して同水準の援助を維持できるだけのスキルと経験が蓄積され、それにちょうど見合うぐらいに顧客さんも増えていく。

 そうこうするうちに、顧客さんの口コミがはじまり、そして私の訓練を受けた人たち同士の横のネットワークも、堅実に成長する。「どこに出しても通用する」人たちを!!

 私は最初から、私に依存しなくても、その人なりの主体性をもって、生活のただなかでフォーカシングをかなりの程度活かせる水準の人、自立して、主体的にトレーナーの活動をできる水準の人を、少数精鋭で、一人ずつゆっくりと増やすことしか考えません。

 そうやっていくうちに、中には、私よりも、「天性の素質として」、グループワークの形で集団に指導するのが向いている人たちも含まれてくるだろう。私はそういう弟子たちから「学び」、「協力を受ける」形でしか、「裾野を広げる」スキルを身につけられないかもしれないが、それはそれで、一番地道な発展の手順ではないのか。

 それしか、健全な形で、それぞれの地域や業種の中で、核となって、フォーカシングを有効活用でき、指導できる人たちを増やしていく手立ては存在しない!!

 ある意味で、古いタイプの職人の天性であることは、私の宿命のように思う。

******


 さらに言えば。

 フォーカシングとは、人が、自分自身の気持ちと向き合い、それを言葉にして、受け止めていくことすら、いかに大変なことかということへの厳粛なまでの謙虚さと、「敬意ある自己信頼」(これは単なるナルシシズムとは雲泥の差がある事柄)にたどり着くためのひとつの道なのだと思います。

 自分自身との関係においておやしかり!!

 まして、たった一人の他者と、限られた瞬間にお互いに確かに気も市が通じ合えたと感じられることは、いよいよ厳粛な「奇跡」であり、感謝に値する事柄なのだと思ます。

 そしてそれは、ひょっとしたら、身近な、ある程度慣れ親しんだ「日本人」同士がほんとうに絆を築くことも難しさは、生まれも育ちも文化も言語も異なる外国の人の「ひとり」と、「ある限られた場で」形成される「理解しあえた」と思えることの難しさと、ほとんど何の違いがない水準の領域かもしれない。

 軽率に「日本的な」フォーカシングなどという言葉を口にすることで、フォーカシングとは名ばかりの、単に周囲への「気を使い」方がへたくそで場になじめない人(そういう人たちこそ,フォーカシングの潜在的な強力なユーザなのに)を暗黙のうちに排除するような、フォーカシングとは名ばかりの「えせフォーカシング」に換骨奪胎されないことを、私は心から祈ります。

 もともと日本的な世渡りがうまい人だけ、そして、そういう人たちの「ご機嫌を伺う」ムラ社会追従者道徳としてのみ「センスを磨く」域に留まるフォーカシングの普及など、

「くそくらえ!!」

である!!

 なお、たまたま今はフォーカシングのことだけを例に挙げていますが、これらのことはおよそすべての心理療法流派においても,本質は同じでしょう)

 いえ、およそすべての職業、いや、すべての媒体、すべての制度が、何か他のものよりも「便利だ」とか「効果的だ」と思い始めた瞬間に陥る悪魔の誘惑です。

 できるのは何か? 自分の「現場」という、てこの支点を立脚点として、自らの限界を真っ正面から見つめつつ、創意工夫を重ねていくことでしかない。

*****

 少なくとも、私は、

「ドイツ文化固有の」フォーカシングの在り方、だとか、

 そんなことがフォーカシングの国際的な場で論じられたりテーマになったことがあるなどとは記憶しません。


 まずは「あなたの」フォーカシングの世界を作ることを。

 「日本人」であることは、あなたのアイデンティティの構成要素の一部であるに過ぎない。

 どうせあと、50年もしたら、日本も、少なくともアジアのいろいろな国の出身者が共存する社会になるでしょう。EUならぬ「アジア共同体」の一部として、共通の貨幣を使っているかもしれない。

 そういう時に外国からの移住者を排除するための極右政党の人身をまとめるためにフォーカシングが用いられていないことを心から祈るものであります。

(こういうのが、この前の記事で書いた、「真意」を汲んで欲しい、私のウィットのつもりなんですが)


私は、実は何一つ、「独創的な」ことはやっていません。
しかし「私の」フォーカシングをしています。

人は、結局、今、この瞬間に最善を尽くす以外の生き方はできない。

どこまでも、愚直であれ!!


※推薦ミュージックビデオ(やっとこの傑作PVもiTunes Storeに入った!!):
浜崎あゆみの
momentum"momentum"
(アルバム"Secret"収録)


*****

●参考資料

原聖/「<民族起源>の精神史 -ブルターニュとフランス近代-」)
「高橋哲雄/スコットランド 歴史を歩く」

「シュリーマン旅行記清国・日本」

ハリー・ レヴィン/「ルネッサンスにおける黄金時代の神話」

2007/02/23

シェークスピアはラブコメの古典でもあるのだ。そして......

 恋愛物語の中で「三角関係」を描く上での人間関係の上での図式には、大きく分けて二通りある。

1..Aという登場人物がいて、B、Cという二人の人間が、Aという人物をめぐって恋愛の上で競争関係にあるケース。

2.AはBを好きなのに、BはCを好きで、CはAを好きという形で葛藤が生じる。

......なるほど、そうだよねえ.......

.......などと、あっさり納得しないように(^^;)

2.の場合、Aが女性だとするとBは男性のことが多く、そのBが恋するCは女性のことが多いということになる。
.....となると、Cが恋しているAは、男性のことが多い筈ということになる!!

 「同性」に恋愛感情を抱く登場人物を登場させない形で、このタイプの三角関係を「異性への」愛の連鎖としてのみ物語を描くには、どうすればいいのでしょうか?

ア:Aは実は「二人の」異性の人間である。(たとえば、そっくりの双子で、あに-いもうと、あね-おとうとであることに誰かが気づいていない)

イ:ひとりは、(素性を隠すなどのため)何らかの意味で自覚的に、異性の扮装やふるまいをしている。

ウ:ひとりは、少なくとも思いを寄せる人から見た外見やたちふるまいと、本人が自己意識している性別が全く異なっている。

エ:ひとりは、(本人は望まないまま)親などからの外部的強制で異性として教育を受けたり、振る舞わされたりしている。

オ:ひとりは、お湯をかけると異性になる(^^;)


 こうした、「順送り型」三角関係ラブコメディの古典のひとつ、それがシェイクスピアの「十二夜」である。

 男が女装したり、女が男装することで相手の目を欺く計略、というテーマそのものは、多くの国に古代以来神話や伝説として数限りなくある。ヤマトタケルノミコトですら、女装してクマソタケルを油断させたことになっている。

 シェイクスピア時代は、日本の歌舞伎と同じように女が役者をすることを禁じられていたので、「男のフリをする女性の登場人物を、男性俳優が演じる」という、しちめんどくさいことになった。ある意味では、女優を禁止していることへの揶揄や皮肉も込められていたのかもしれないけど、この、ジェンダーの超越という主題は、結果的に時代を超えて一人歩きしていく潜在力があったように思う。

 この種の話は、「どうしてこの人が異性だってそう簡単にはバレないんだ!!」ということにこだわると面白みの核心がなくなる。

 たいてい、会話のシーンで、相手方が、

「女(男)なんて、女なんて、信じられないや でええっきらいだ!!」

とぶちまけることになる(なぜなら、その人の恋する相手は他の男性(女性)に首ったけだったりするので)。その相手を慰めたり、「いや、あなたは女性(男性)の心がわかっていません」と時には説き聞かせ、場合によってはそれをもとに喧嘩になる。でも実は、目の前にいるその人を愛していて、自分の気持ちと裏腹に、その愛する男性(女性)の恋愛の手助けすらしなければならなくなるあたりの屈折。

 このあたりを、いかに細やかに表現できるか、あるいは、例えば敵国同士、民族や宗教や身分・経済格差や性差別の問題、などという設定を加えてどのように生かすか。更に他の登場人物の恋愛や奸計などのエピソードを交えて、起伏に富んだスリリングな展開にできるか。

 この前記事を書いた、「恋に落ちたシェイクスピア」は、「ロミオとジュリエット」と「十二夜」を完全合成して、更にメタフィクション化するという、高度な脚本術に基づいているので、「恋に落ちるシェイクスピア」を観た後で、「十二夜」単独の(?)映画をを観るというのは、妙に、もの足りなくもなってしまった。

 でも、いかにもイギリスという美しい自然と、敢えて19世紀後半ぐらいに舞台を移してみていること。そしてスキンヘッドの道化役(!)の俳優の存在感、いかにも古くからのイギリス民謡風だけど、敢えて19世紀的な楽器編成で唄われる挿入歌。加えて、ヒロインでは「ない」方のお姫様役を、かなり現代的な、コケティッシュな雰囲気のわがまま娘にしたことで、エキセントリックさは乏しいが、気品ある内容になっているとは思う。

*****

 ちなみに、ローレンス・オリヴィエがヒースクリフを演じるモノクロの「嵐が丘」も同時に観たんですけど、実は私、「嵐が丘」って、原作もどんな内容かもしらなかったのです (^^;)

 これまた、シリアス系のメロドラマの、永遠の「古典中の古典」そのもののストーリーではないか。

 ご存知の方には、何を今更.....でしょうけど(^^)

 

2007/01/23

マリー・アントワネットからスコットランドへの道(?)(第2版)

 少し前の記事でご紹介した、
原聖/「<民族起源>の精神史 -ブルターニュとフランス近代-」)

を本格的に読み返すきっかけを生み出したのは、意外にも「マリー・アントワネット」なんです。順調にいけば、今週末、四日市で見るようにスケジュールを組んでいます。

(後日記:本格的なこの映画評はこちらで掲載しました)

最新映画、話題作を観るならワーナー・マイカルで!

 私は、クリント・イーストウッドの「硫黄島2部作」の時と同様に、事前に世界史の復習を始めたわけです(^^)。つまり革命前夜からフランス第一共和制のあたり。実は、プチ・トリアノンに引きこもって以降のアントワネットが必ずしも瀟洒な生活ばかりを愛したわけではない、とか、かの有名な「パンの代わりにお菓子を食べればいい」という言葉は、アントワネットに対する悪意から歪曲されて伝わった可能性があるということは知ってました。

 今回調べてわかったのは、私はずっとフェルゼンというのは、「ベルサイユの薔薇」の虚構の人物と思いこんでいたんですね(「ベルばら」のディープなファンの人、笑ってください^^;)。そしたら実在も実在で、マジにアントワネット命だった人らしいということ。アントワネットが処刑された後は、スウェーデンの外相、元帥(そこまで偉くなったとは知らなかった)として、かなり強烈な反動的な政策を行い、母国スウェーデンの政治家として民衆の恨みを買い、最後は、政治的謀略の中で見殺し同様の形で民衆に惨殺されて生涯を終えたとのこと。

 スウェーデンという国は、スカンジナビア諸国の中でも、特異な「政治的」影響力を持ち、デンマークにおけるドイツ(神聖ローマ帝国→プロイセン)、フィンランドにおけるロシアのように、大国と直接隣接していなかったために、デンマークとしょっちゅう戦争したり合体したりしながらも、バルト海の南の国々からの影響を「独自路線」で摂取し、中世から近代まで、日本で一般に知られるよりは、大きな役回りを演じた国のようです。

 ヨーロッパ主要国に張り巡らされた姻戚関係のみならず、近代的な「国軍」の創設という点でも、グスタフ・アドルフのドイツ30年戦争へのプロテスタント勢力への積極的荷担がドイツ国土を荒らし回る脅威を通して、むしろ他のヨーロッパ諸国のその後の手本となった。「傭兵」に依存する軍隊が時代遅れのものになり始める大きな転機となるのである(このへんは菊池良生/「傭兵の二千年史」 による)

 その結果、プロテスタント諸国では珍しいくらいの絶対王権を持ち、プロテスタントらしからぬ(?)壮麗な教会を含む、ヨーロッパを代表する宮殿や城を生み出してもいます(この、私のお城や宮殿についてのこだわりはまたいずれかの機会に)。

 Wikipediaによれば、そういう近代の「大国」スウェーデンの、革命前夜のフランスへの介入のためのスパイがフェルゼン(「フェルセン」と読むのが本来の発音らしい。これは納得)だったとのことです。実はアントワネットの実家、オーストリアのハプスブルグ家は、30年戦争でドイツへの覇権を争って以来の、スウェーデン王室にとって最大の目の敵だったわけです。しかし、どうも本国の「アントワネットを籠絡して操縦しろ」という意図を超えた「個人的感情」で結局動いたところもあるようです。

 日本の無条件降伏が実は「中立国」スウェーデンに打電されたことをご存じの方もあるかもしれません。「日本のいちばん長い日」でも、スウェーデンへの打電の時刻をせっつく外務省の役人が繰り返し出てきますね。

*****

 思わず最近関心が強くなったスウェーデンという国の話題に、フェルゼンのことから、寄り道してしまいましたが(私は、こうやって一国ずつヨーロッパ史を渡り歩くようである)、本題に戻りますと、あの恐怖政治を引いた、ロベスピエールらのジャコバン派
実は、ブルターニュ出身議員で作る「ブルトン・クラブ」が原型だったということを知り、フランスの中でも特異な地域性を持つブルターニュ独特のナショナリズム(民族主義)と、ジャコバン派の急進性の間にひょっとしたら連関があるとすれは、たいへん逆説的ではないかという発想が生じ、もう一度ブルターニュについて丁寧に調べ直そうという気持ちが生じたわけです。ちなみに、さっき「ブルトン・クラブ」といいましたが、ブルターニュ固有の言語のことを「ブルトン語(ブレイス語)」と呼ぶわけで、中央集権的「言語純粋主義」の権化のフランスという国の中で、ブルトン語(ブレイス語)の復権運動は、特異な政治的・文化的位置づけができるようです。

 実は、この問題に踏み込み始めると、ブルターニュから海を越えてイギリス(特にスコットランドとウェールズ)・アイルランドといった国々のアイデンティティ形成に特異な役割を果たした、「ケルト民族」「ケルト文化」の歴史的位置づけの変容の問題がどうしても絡んでくるようです。

 そのおかげで、職場のパンフレット作りが終わった途端に私が手に取った本は、ブルターニュの続きを追う前に、高橋哲雄/スコットランド 歴史を歩く」にまで飛んでしまってます(^^;;A

 我ながら、ほとんど自由連想的に横に広がる歴史的関心なんですが、「こういう」世界史の学び方っていうのが、現代日本の学校教育に一番欠けていることだと、私は感じています。

 通史的に歴史を追う知識の構造化という点では、最悪の効率なんですけど、国際関係について、現在の国際情勢にもそのまま通じる教訓と得たり、感性を養う上では、どっちが得るものと刺激が大きいだろう?....と。

 私、世界史は得意科目でしたけど、年号を覚えるとかいう点では、さほど根を詰めてやらなかった人です。スウェーデンの歴史について、私も「グスタフ・アドルフ.....30年戦争」以上の連想が半年前までまるでなかった人間ですけど、「もったいなかったな」と今にして思います。

*****

(第2版で追記:)

 なお、この記事にトラックバックを貼ってくださいましたブログ「映画で楽しむ世界史」のマスターは、すでに単行本を出しておられるようです。

 謹んで、ご著書を紹介させていただきます。

オンライン書店 boople.com(ブープル)

より以前の記事一覧

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