社会現象

2011/11/19

児童福祉施設内での暴力に対する「安全委員会」方式についてのとりあえずのまとめ(togetter)

児童福祉施設内での暴力問題というと、施設職員から入所児童に対する暴力がまずは問題として表面化した。

しかし、近年、児童間の暴力、児童から職員への暴力も問題であることが言われ始めている。この問題についてこの10年ほど臨床心理士とし関わってきた九州 大学教授の田嶌誠一先生が提唱する「安全委員会」方式については、著書「現実に介入しつつ心に関わる」「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」に詳 しい。

以下のまとめは、そこで述べられた内容をネット上でどう紹介するのか、とりあえずの大雑把な備忘録に過ぎず、未だ言葉足らずで説明不足ですが、まとめてみました。

こちらからどうぞ。

これに関しては拙ブログの、

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2009/12/post-0b71.html

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2011/11/post-3b4f.html

を、まずはお読みいただければ幸いです。

*****

このtogetterはまだ私の備忘録的なものであるの過ぎません。「安全委員会方式」は、半可通でわかったつもりになると相当な誤解を招く可能性があります。

今後、前掲書と丁寧に付きあわせて間違いのないように更に推敲し、拡充して当ブログでまとめてご紹介する機会を作りたいと思います。

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2011/11/16

TPP問題も「まどか☆マギカ」を通して論じることが可能・・・なような

ここ数日、TPPに関する政治上の動きが大きく展開し始め、Twitter上でもその進展に非常に多くの議論がなされています。

そうしたTwitterのまとめ記事の中で秀逸なものを発見。

完全に「まどか☆マギカ」の9話での、キュゥべえとまどか(「 」内)のやりとりをなぞっているのです。

TPP☆マジカ 第九話 「そんなの、世論が許さない」

・・・・エントロピーの法則についての対話が、見事にTPPについての対話に化けています。

こういうツイットを連作で書ける人は、すごく頭が切れる人でしょうね。アニおたを一括りに馬鹿にするんじゃねえ!!

こういうパロディが成立するのも、まどマギ自体が、「社会システム」というもの全般の本質についての暗喩に富んでいる、深みのある作品だからこそでしょう。

「希望を信じた日本人を私は泣かせたくない。それを邪魔するルールなんか、変えてみせる(作らせない)!!」

(こっちは元ネタ12話)

・・・・救世主、まどかは何処にいるのか?

*****

up主さんの新しいツイットより追加:

「繰り返す。私は何度でも繰り返す。たった一つの出口を探る。日本経済を、絶望の運命から救い出す道を」

(暁美ほむら 談 10話)

●TPP☆マジカ 第十話 「もう政府にも頼れない」より。

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2011/11/15

田嶌誠一 著:「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」

私には児童相談所や児童福祉施設、少年院等、それどころかスクールカウンセラーとしてのキャリアもない。現場臨床的には大学学生相談と成人向けの個人開業だけがキャリアの全てである。

そういう私が、全750ページ、税込9,000円もする、田嶌先生の、「児童福祉施設における暴力問題の理解と対応」という本を手に取り、熟読することができたのは、他ならぬ田嶌先生からこの著作を進呈していただければこそである。

田嶌先生とは、主として学会等での飲み会の席で何回か同席させていただいた程度のお付き合いしか直接にはない(もっぱら、フォーカシングと壺イメージ療法の異同についての喧嘩とか)にもかかわらず、こうしてご著書を送っていただけたのは4回目である。

本書に先立つ「現実に介入しつつ心に関わる」もその中に含まれており、その本について簡単に解説していただいた上で、分不相応ながら、拙文をレビューとしてネットに上げさせても頂いているが、こうして度重なる形で配慮をしていただいていることには心から感謝申し上げている。

******

本書は、先生が今年度(2011年度)に大学のサバティカルをお取りになったことを活用して一気にお書きになった内容が中心のようである(最新の内容にはこの秋の事柄に言及している箇所もある)。

ここで先生が提示した、「安全委員会」方式というシステムは、ここ10年ほどの先生の児童福祉施設との関わりの現場の中で編み出され、実践されてきたシステムである。

先述のようにして、私の現場臨床キャリアからすればこの本についての感想はおこがましい気もするし、そうした領域の現場の空気を実際に味わってもいない門外漢が感想を書くことは、ひとつ間違うと非常に一面的で主観的な理解になりかねないし、そうした現場で実際に働いている対人援助職の皆様に対しても僭越だという思いも強い。

そこで、既にネット上のリソースとして、この「安全委員会」方式についてまとめた記事はないかと検索したところ、すでに幾つかの言及がある。

11/11/15現在、一番まとまったものは、

●田嶌誠一 ”児童福祉施設の子どもたちの体験と「日常型心の傷」”(里子/里親・人間の by いたち猫様)

これは、「現代のエスプリ」2010年2月号に掲載された田嶌先生自身の論文のp86~95.から抜粋したものであり、ここでは「安全委員会」のシステムそのものについては具体的に述べられてはいないが、その前提となっている問題意識についてコンパクトに述べられており、下手に私が今回の本自体から要約しなおしたりして紹介するよりはよほどふさわしいと思えるので、まずは上記のリンク先をお読みいただければ幸いである。

検索したところ、他にも2,3、この「安全委員会」システムに関連する多少の言及記事もある。

また、出版されたばかりの本書について、読みすすめながら丁寧に感想を継続的に綴っておられる児童養護施設の対人援助職の方のTwitterも拝見した。

だが、ここで、その方に許可なく直接ご紹介するのは、その方がマイ・ペースで綴っておられる過程に水を差し、ご迷惑になりかねないと思えるので遠慮させていただく。

******

この「安全委員会」方式は、現在全国で17の施設で実施され、それらの施設を結ぶネットワークの大会も、2011年度までにすでに3回実施されているとのことである。

ただ、この「安全委員会」システムに関しては、(田嶌先生自身本書で念を押してお書きだが)、その概要について一回講演やシンポジウムなどで知っただけで半可通になると、多大な誤解と批判を招くものらしい。

田嶌先生自身、本書の中で、この方式の導入と定着のためには、施設のみならず、その施設と連携体制にある児童相談所や学校等の関係者が一同に会した最低3回の研修と、顧問を迎えての年単位で継続的なアプローチが必要であると釘を差しておられる。この方式を導入できるためには単にその施設にとどまらない様々な条件が整う必要があるのである。

そして更に、このシステムを採用した全国の施設間のネットワークが機能し、互いに交流していないと容易に「形骸化」するし、このシステムの(施設改善の姿勢を示すための)「言い訳的」導入は、むしろ事態を混乱させるに終わることを示唆しておられる。

******

巻末に膨大な補足資料が付属しているとは言え、750ページ近い本書を読破することだけでもかなりのエネルギーを要するだろう(文体としてはいたって平易で、何ひとつ難解な専門概念は使われていないのだが、テーマの深刻さもあり、私も読み通すのに10日以上かかった)。

また、論の進め方が必ずしも「スマート」とは言えず、多分に内容的に繰り返しになっているともいえる。田嶌先生に差し出がましいことを申し上げれば、編集と推敲を重ねれば、3分の2の厚さでまとまったという気もする。

だが、同時に、先生がくどいまでに、少しずつ脈絡を変えながらお書きになっていることに一度身を浸し、虚心に読み進めてはじめて浮かび上がって理解されてくる「勘所」というものがあるのではないか?

いわば、「パワーポイント的プレゼンテーション」の対極を行く「ローテク」としての分厚い者作であるからこそ伝わる性質の「何か」がある気がする。

そして、ひょっとしたら、私は当事者ではないからこそ「素直に」読めるという側面もあったかもしれないと思い始めた。

「うちの施設ではそんなことはないよ」

とか、

「それに近いことはうちの施設でもすでにやっている」

などという物差しを当てて読まないで済む立場なのではないか?

先述の通り、高価でぶ厚い本であるが、関係者の皆様には、人づてで本書の内容を理解したつもりになることなくお読みいただくことを、僭越ながら、お勧めしたい。

******

そして、そうした児童福祉臨床を畑としていない対人援助職の皆様、それどころか、はるかに幅広い読者層の心を揺らす、何か非常に大事なことが詰まっている気がした。

大上段に振りかぶったことを言えば、児童施設内暴力とそれに対する田嶌先生の主唱するアプローチの中に、一見特殊な空間について書かれているようでいて、実は、現代日本の教育や組織・集団に欠けているものについての重大なヒントが隠れている気すらして来ている。

・・・誤解を恐れず申し上げたい。

私自身が生まれ育つ過程で一番「受けたかった」教育や援助のあり方が、本書に書かれている気がして、胸がチクチク傷んだのである。

*****

【追記】:田嶌先生の前著、「現実に介入しつつ心に関わる」については、当ブログのこちらの記事で、かなり詳しく私なりに紹介していました。一部私なりの要約も含んでいます。

*****

【更なる追記】:まだ読解が不十分であると思いますが、とりあえず、「安全委員会方式」とはどのようなものであるかの今後のまとめ記事のための備忘録のようなものをtogetterとしてまとめました。こちらからご覧ください

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2011/10/23

フェミニズムとしての「まどか☆マギカ」

結局、こちらの記事でやった心理学的考察は、少し練り込むうちに、

「魔法少女まどか☆マギカ」は「フェミニズム」的な観点から理解するのがひとつの「王道」だ!!

・・・・という結論にたどり着きました。

コロンブスの卵でしたが、それこそが非常に素直な理解ではないかという方向に。

*****

すでに「魔法少女」と「魔女」の関係、ひとつの願いの代価の大きさ、ソウルジェムの持つ象徴性などについて触れましたが、何より8話の、電車の中での2人のホスト同士の対話。

Ws000002

以下、もう、ネタバレ承知で、全部書き起こしてしまおう。

トップページからおいでの読みたくない人は、以下の「続き」を押さないでください:

続きを読む "フェミニズムとしての「まどか☆マギカ」" »

2011/10/18

成熟の過程で人は何を失う危機に立たされるのか -「魔法少女まどか☆マギカ」についての臨床心理学的小考察- (第4版)

直前の記事で、おふざけの方向に走ったので、「こいつホントにカウンセラーか?」などとまたもや言われ出されないうちに、「魔法少女まどか☆マギカ」についての、硬派で専門家的考察も、ささやかながらまとめておきたい。

今から書く内容は、すでにネットやまどマギ本で考察されてきたことの、私なりの焼き直しに過ぎないかもしれない。

ただ、私が眼にしてきた膨大な数のネットでの「まどマギ」論考でははっきりと使われなかった概念まで使って試みることにする。

******

本作品は、「魔法使いサリー」に始まる魔法少女ものアニメの集大成といわれており、そうした物語のダークサイドに深く踏み込んだものであると位置づけられる。

過去の魔法少女モノがどのようにタイプ分けできるかについて、私が16年前((1994)に学会発表した論考、「二つの母性の相克:~「セーラームーン」についての精神分析的対象関係論に基づく考察」から引用して整理しなおしておこう。

=========以下引用==========

『魔法少女』ものにおける家族構成には大きく分けて二つのタイプがある。

   A.「魔法の国の王女様地上降臨型」:

 「魔法の国」の王と王妃の間に生まれたプリンセスが、何らかの理由(おてんば過ぎて自分から飛び出す・修業に出される・魔法の国の滅亡の危機を救うものを見つけるetc.)で、「地上世界」に普通の人間の女の子になりすまして滞在する。『魔法使いサリー』『魔法のマコちゃん』『魔女っ子メグちゃん』『魔法のプリンセス・ミンキーモモ』などが代表的であるが、『サリー』を除くと、地上の世界で「親代わり」をみつけ、家庭に入り込むのが定石となった。

実の子供、親戚、居候などの形をとるが、大抵魔法の力によってその家族を洗脳し、彼女が家庭に入り込んだことに疑問を感じないようになっており、彼女が魔法使いであること自体、その家族を含めた地上の人には秘密とされる。

ちなみにそうした「地上での疑似家族」もまた、魔法の国の両親と同じくらいにgood enoughな(=そこそこ良い) 養育者であることを常とする。多くの昔話における「意地悪な継母」にあたる役は、魔法の国の王家の敵対勢力から現実世界に派遣された娘や手下が演じるか、主人公の現実世界でのライバルとしての「お金持ちのお嬢様」の家庭によって代理されることが多いとみなしていいだろう。

もとより、『ミンキーモモ』のように、そのような特定の「悪玉」の設定を排除して、主人公自身を含めた人間一人一人に内在する弱さや諦めやエゴイズムとの内面的戦いへと昇華した作品もある。

B.「地上の少女使命拝受型」:

good enough な養育者の元ですくすく育った地上世界の普通の少女(大抵目に見えない異世界への特別の感受性を持つ)が何かをきっかけにして魔法の国(の人物)と遭遇し、使命を授かり、魔法を使うためのアイテム(コンパクトやステッキ)を授かる。この場合にも魔法を使えることは家族を含めた周囲の人には秘密とされる

 『ひみつのアッコちゃん』に原型があるが、その後、魔法の国から遣わされた 妖精が動物の姿を借りて主人公のお供をするのが普通となった。『花の子ルンルン』『魔法の天使・クリィミーマミ』『魔法のスター・マジカルエミ』など。

(中略)

だが、興味深いことに、主人公のうさぎ以外のセーラー戦士4人全員が、両親共に揃った家庭としてはっきりとは描かれていない

もとより主人公のうさぎを強調しようとすれば自然と他の脇役の家庭の描写はなされなくなるのでないかと言えば言えてしまうが、今日、アニメやコミックの世界で、一応現在の現実世界を舞台にしている場合ですら、まだ独り暮らししていない子供である主要な登場人物の家族が全く描かれないケースは非常に多く、そのことの中に現代の子供の心の中での家族との距離感が反映しているという見解はかなり一般的なものとなっているので、一応注目しておくに値するだろう。

具体的に言うと、水野亜美(セーラーマーキュリー)は、全国模試連続一位、 IQ300 <笑> の超優等生である。成績がいいことを鼻にかけない優しい少女であるが、人付き合いが苦手で社交に通じていないため、場にそぐわない本音を平気でボソッと言ってしまうところがある。彼女には、女医の母親がいることになっているのだが、亜美本人の自宅での自室でのシーンは時々描かれるにもかかわらず、物語の中で母親の姿が登場したことは一度もない。父親は日本画家でチェスの手ほどきを亜美にしたことはわかっており、亜美が父親に今もある敬愛を抱いていることは描かれているのであるが、少なくとも現在ではすでに亜美は母親との二人暮らしのようであり、父親は回想を含めて画面に登場したこともなく、離別か死別かすらはっきり物語の中で語られたことはない。

 占いや呪術などの超能力をもつ霊感少女にして私立中学の生徒会長でもある火野レイ (セーラーマーズ)。積極的だがやや気位が高く、うさぎとはいつも口げんかばかりしているが、いざとなるとうさぎをさりげなくサポートする行動をとっさに取る機転が一番効くのも彼女である。彼女は神社の神主の祖父のもとに同居し、時々巫女の仕事も手伝っている。祖父は脳天気な子供っぽさを持つ脇役としてかなり頻繁に登場するが、レイ自身の父母はどうしたのかは物語の中で一度も問題にされたことはない。

腕っ節が強くて喧嘩ばかりしていたためにうさぎや亜美のいる街の公立中学に転校せざるを得なくなった木野まこと(セーラージュピター)は、アパートでひとりぐらししており、男っぽい外観にもかかわらず、掃除や料理は得意という家庭的な面も見せ、出会う男性にすぐに「昔好きだった先輩」と似ている所を見つけて一目惚れして尽くし始める。しかし、父親母親等家族については物語の中で何ら言及されない。

うさぎを含む他の4人より以前から正義の味方セーラーV(ヴィーナス)として活躍していた愛野美奈子は、『セーラームーン』原作の武内直子が以前から連載し、今も並行して執筆している『コードネームはセーラーV』という姉妹作品では、両親が登場する家庭が描かれているが、『セーラームーン』では、自宅のシーンはかなり頻繁であるにもかかわらず家族は一度も登場したことはない。

=======とりあえす引用終わり========

・・・・ここまで引用してみると、登場人物の名前さえ置き換えれば、まどマギの魔法少女たち五人組の設定とあまりに重なっていることに、まどマギファンの方なら容易に気づけるはずだ。

ちなみに、「セーラームーン」も「まどか☆マギカ」も、上記の分類でいう、「B型」=「普通の少女使命拝受型」である。

「セーラームーン」の月野うさぎがそうであったがごとく、家族との関わりの日常描写が丁寧に描かれるのは、主人公のまどかに限定されている

(大企業で恐らく上級管理職をしているキャリアウーマンの母、専業主夫の父、弟が一人。住宅は広々と大きいので、経済的には中流の上の家庭だろう。この記事の最後の動画を参照) 

美樹さやかは両親がそろっていると想像され、自宅に住んでいるが、一戸建ての玄関先のシーンしかない。

巴マミと佐倉杏子は両親と死別しており、そのいきさつはきちんと描かれているが、暁美ほむらに至っては家庭の事情は全く不明である。

このうち、マミとほむらは結構な住居でひとり暮らししているが、杏子に至っては野宿生活で中学校にも通っていないと思われる。

これら3人の経済的支えは?・・・・登場時から魔法少女なので、恐らく「魔法の力」である。

:*****

さて、魔法少女のものの少女たちの変身は、

  1. この世のダークサイドの化身としての悪者や怪物と戦う正義の味方としての活動をする。
  2. 自分の夢を魔法で叶え、思春期の入り口までの少女が、大抵18歳前後の、年上の、魔法の力を持った女性に変身する(その目的は少なかぬ場合、年上の男性への恋心が動機となっている)、しかし、本来の少女としての自分と変身後の自分との間のギャップに悩み苦しみ、変身後も魔法を使っても、事態は思ったようには容易に解決できない。

・・・・などいった特性を持つことが少なくない。

こうした側面も、まどマギに受け継がれている。

(まどマギでは変身後にオトナに近づくわけではないが、設定資料によると、さりげなく、変身後の方が頭身が高く描かれるという隠れ設定があるようだ)。

*****

さて、ここでひとつの問題提起をしておこう。

今度は、私が大学院1年生として入学する直前(1986年)に、アニメ雑誌「OUT」に投稿して、初掲載された時の文章の一節からから引用する:

===================

●魔法という名のモラトリアム   …「魔法のスター・マジカルエミ」

魔法とは一種の「モラトリアム」であろう。

それだけの社会的・経済的能力がないのに、まるで親のスネをかじって、欲しいものが手に入るのと同じようにして、やりたいことが実現できる

=====引用終わり=====

「まどか☆マギカ」の物語では、中学2年生の少女が、いずこからの使者、使い魔のキュぅべえ(白い動物)から、「魔法少女になってくれたら、君の願いを何でも1つだけかなえてあげる。だから僕と契約して魔法少女になってよ!」と、繰り返し、手練手管を駆使して、しつこく勧誘を受ける。

(このことから、「営業の鑑(かがみ)、淫獣キュぅべえ」と、ファンの間では言われている)

ただし、その「契約」の代価として、ひとつだけ条件がある。

現世での苦悩の末に、絶望した一般の人たちを食い物にする、この世の闇にうごめく「魔女」を退治する使命を果たし続けること。

この使命を続行し続け、魔女たちが息絶える時に排出される「グリーフシード」という黒い石を回収する。

「グリーフシード」によって、彼女らが魔法少女になった時に授かり、魔法の力の源となる「ソウルジェム」と呼ばれる宝石(・・・実は彼女のたちのを移行し、封印したもので、これを肌身離さず持っていなかったり、破壊されてしまうと、死が訪れる・・・)の濁りを除染し続けないと、その濁りが蓄積して、今度は彼女たち自身が人間を呪う「魔女」として怪物化する運命にある。

こうやって、魔女退治が魔法少女達の過酷な「社会的ノルマ」として設定された点に、この作品の新味があり、ダークな部分である。

「魔女」を狩るか、「魔女」になるか。

実は「魔女」はすべて、かつて「魔法少女」だったもののなれの果て。

魔女になるばかりか、今度は自分が別の「魔法少女」に狩られる側になる。

夢をひとつかなえること代償が大き過ぎるのである。

「魔法少女」になるということは、この作品においては、むしろ少女からモラトリアムを奪い、永遠の過酷な状況に突き落とすことに他ならない。

いろいろ悩み、葛藤した挙句、結局窮地に立たせれて、少女たちは「魔法少女」になるのだが、キュぅべえの意図は「第二次性徴期にある少女の希望が絶望に相転移する時に発生ずる膨大な感情エネルギー(・・・こんな小難しいセリフが実際に語られるのだ) を回収して、宇宙の安定のために活用するということであった。

******

魔法少女になるべく「契約」した少女たちが身体の中から「生み出す」ことで所持することになる宝石、ソウルジェムは、の形をしており、使い魔キュぅべえのほんとうの名前は「インキュベーター(Incubator)」、すなわち「孵卵器」である。

つまり、「排卵」できるようになった思春期の少女たちから、身体的には大人になった証拠としての「卵子」を回収して活用するということへのあからさまな隠喩となっているわけである。

「契約」に基づき、魔法少女としての力を授けるキュゥべえは、少女たちから「性的搾取」をするオトナたちを指すともいえる。

******

この作品を、フェミニズムの観点から捉えると、実に奥が深い

だが、広い意味で、男女関係なく、思春期になると、少年少女たちは、自分の夢と現実との葛藤に直面し、絶望の淵に追い込まれる瀬戸際になる。

社会人として巣立つことは、自分の夢を叶えようとすることであると同時に、自分の魂を売り渡すことになるのと紙一重である。

どんな夢や希望も、ダークサイドに憑依される(=「魔女」になる)ことと裏腹の危険な橋を渡り続けることでしかない。

このアニメは、そうしたリアルな葛藤を、非常に切迫した形で描き出した名作であると言えることになる。

******

では、こうした葛藤と堂々めぐりの連鎖(=「円環の理(ことわり)」を引受けつつも克服して成熟していく道は在るのか?

この作品の結末は、魔法少女たち5人のうち何名かの命を引き換えにして、ほむらの最終的な生き様としてその問いに答えているといえるだろう。

 ↑ 「まどか☆マギカ」は劇場版制作が発表され、総集編2本+新作1本とのことですが、上記の動画はよれよりはるか前(放送途中)に素人さんが自分の願望で編集したものです。

*私の「演劇論的」見地からの考察こちら

【追記】:結局続編書きました。

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それでは、まどマギ、二次創作の世界の紹介、行ってみよう!!

明日は仕事無いので、すべてをかなぐり捨てて、今晩は飛ばして行ってみよう!!

ニコニコ動画における「まとか☆まどか」の二次創作の世界へようこそ。

まどか☆マギカという作品は、こちらでも書いたように、2年近くかけて、脚本段階で全12話を徹底的に作り込んでから制作されており、行き当たりばったりの作り方はされていない、余計な贅肉が全く削ぎ落とされた、タイトな、何とも「構築的な」作品なのだ。

これは、本編では描かれていない登場人物の世界をとことん妄想して解体し、いじりまくられ、著作権ギリギリのラインで二次創作する「余白」を残していることになる(問題ありとみなされれば、とっくに削除さていく)。

本当はシリアスで深刻な作品なのに、二次創作では徹底的に洒落呑めされることにある。

その最大の舞台はニコ動であり、Youtubeに上げられているのはその一部を転載したものがほとんどである。

放送終了から半年たった現在でも、まどマギ関係の新作動画は、毎日20本近くupされ続けており、ニコ動でのまどマギ人気は、衰えを見せないでいる。

ニコ動というのは、それを観ている人から送信された字幕として弾幕のように画面に流される「ツッコミ」とのコラボレーション自体が面白いことは結構知られているだろう。

以下、ご覧になるには、ニコニコ動画への会員登録お願いします(下の埋め込み画層をクリックすれば、新規登録画面になります。画質のいいプレミアム会員にならなければ無料)。

*****

まずは、入門的な、懐かしくて、軽いところから。

次は、恐らく、まどマギパロディの中で、最も凝った二次創作のひとつ。30数万という膨大なアクセス数を持つ。今や素人の動画や音声合成技術は半端ではないのである。

私は5人の中では、基本的には、ほむほむ(暁美ほむら)派であるが、結果的にはマミさんのばかり上げてしまった(^^;)

*****

【追記】・・・・そうか、ほむほむ派であることを示す上で格好なのがあった!! 

♪空耳アワwwwww;

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1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?

ブログネタ: 1つだけ魔法を使えるなら、どれがいい?参加数

おいおい、ローソンばかりか、ココログのブログネタまで「まどか☆マギカ」に便乗するとは、わけがわからないよ。

「僕と契約して、ニフティコロログの有料会員になってよ」・・・てか?

その意味では、すでに設立して7年め(・・・かな?)、プログを乗り換えることなく、同じ場所に居座ってる私は、とっくにソウルジェムを抜き取られているのでごさいます(^^)

******

答えは、(用意された選択肢にあったのだけれど)、「病気や怪我を治癒する力」でしょうね。

つまり「安定のさやか」系なわけだが。

それは、臨床家としての職業柄・立場上でもあるが、もう50になった自分の健康、そして、78歳と88歳で今のところ矍鑠(かくしゃく)としている両親への思いを込めて。

まだ

 ・していただいたこと

ばかりで、

 ・して返したこと

はなくて、
   

 ・迷惑をかけたこと

ばかりで、何の恩返しもできていない不肖の息子である(以上、内観法)。

*****

・・・というわけで、もうひとつ、私のお気に入りの、非常に凝った「まどマギMAD」をYouTubeから貼りつけておこう。

・・・これ、元ネタの歌が何という誰の曲か、調べてもわからない。

誰か教えてくれませんか?

【追伸】Twitterでご教授いただきました。曲名 ”fortissimo-the ultimate crisis-”、歌っているのは、”fripSid”というグループ(?)、「fortissimo//Akkord:Bsusvier」という18禁PCゲームのための曲のようです。

(実は、18禁ゲームのための曲というのが、いわゆるアニソンの世界で、一番制約がなく、最先端を行く曲が作られる傾向があります。水樹奈々の「深愛」も、「WHITE ALBUM」という、その筋では大変有名な18禁ゲームのための曲なのです)

*****

↑この本への私のAMAZON書評も引用:

============

私は「まどマギ」の公式ガイドブックも読んでいない人間だが、本書はその公式本も資料として取り扱いながらも、作品に盛り込まれた設定や、海外での反響、二次創作の世界すら含む「まどマギ現象」について様々な視点からうまくまとめていると思う。

こ の種の本は、自分なりの作品見解に引きつけた、我田引水の「評論」になりがちで、まどマギファンからすれば「偉い人が、難解な、もっともそうなこと言ってるけど、それって思い込みでしょ? 何かズレてるよな」と首をかしげたくなる場合がある。しかし、本書は敢えて「独自の考察」を盛り込もうとほとんどしておらず、「情報整理」に徹していて、わかりやすい図表も使われている。

そうした中、従来の「魔法少女もの」「ループもの」「虚淵作品」と比較してどういう位置に「まどマギ」があるのかについて丁寧に整理しているのは見逃せない。SFやゲームや古いアニメを知らない人にも大変親切な構成となっている。

終わりの方の色ずりページの魔女図鑑だけは、魔女たちが魔女にある前はどんな女性(?)だったかについて、イラストを含めて想像を膨らませた内容だが、これはこれで愉しめた。

全体として、ネットとかで、まどマギ関係の情報をしらみつぶしに読んできた人にとっては必ずしも新味はないかもしれないが、多角的に情報を吟味している(今年の夏までの情報を含む)という意味で良書だと思う。

========引用終わり========

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2011/10/17

ストックホルム症候群 -水樹奈々 自伝「深愛」について-

「ストックホルム症候群」という概念がある。誘拐や監禁の被害者が、極限状態の中で犯人に同情や連帯感を抱くようになることであり、1973年にスウェーデンのストックホルム市で起きた銀行強盗において、1週間に及ぶ立てこもりの末に人質が解放されたが、その後、元人質たちが犯人をかばう証言をしたり、警察を非難したりしたほか、元人質の一人が犯人と結婚するに至ったことで注目され、この名が付けられた。

「まるでストックホルム症候群みたいだね」・・・水樹奈々が自分と「先生」との関わりを知り合いに告白した時に言われた言葉だそうだ。

堀越高校芸能科は、所属事務所があることが入学の条件である。彼女の才能を認め、上京して面倒をみることを引き受けた「先生」との二人暮らしでの生活は、厳しいレッスンと同時に、彼女のためなら、会社が倒産しても「自分名義の事務所」を立ち上げてまで面倒を見る熱心さがあった。

その「絆」が同時に「しがらみ」であり、「束縛」でもあることの辛さを心から受け入れるまでに、彼女は数年の歳月を必要とした。そこには「第3者」との関わりが必要だった。

どういう領域でも、密接な「愛に満ちた」師弟関係と言うのは、常識人が一歩踏み込んで聞いたらびっくりするような歪んだ側面を抱え込んでいるものである。

そして、そもそも、そうした「先生」との関わりの様式は、彼女の実の父との関わりが「反復強迫」されたものに他ならないとも言える。

演歌三昧の父から、生まれながらにして「紅白に出場する演歌歌手になること」を期待され、日常生活を拘束されて練習漬けの日々の中で育った彼女の生育歴は、まるで「巨人の星」の一徹と飛雄馬との関係性をなぞるかのようである。

それに加えて、子供時代から歌がうまいと遥かに年上の地元の演歌好きたちに言われて育った「オトナ子供」の彼女は、小学生の頃、周囲から浮いた「変な子」であり、普通の子達から見れば、嫉妬も入り混じった形でいじめの対象ともなることはごく自然な成り行きだろう。思春期に入る前の普通の子供というのは、ある意味では残酷なリアリストである。決して彼女の被害妄想ではない。

ただ、そうした父や「先生」の溺愛と厳しさが、彼女に芯の強さを植えつけたことも、また事実だろう。

本書は、奈々さんが、語り得る範囲で、本音の自分をありのままに描き出した本だと思う。

声優を目指す人達への、先輩としての十分なメッセージにもなっている。

=======以上、私のAmazonレビューの転載========

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2011/10/10

水樹奈々という「現象」

水樹奈々という歌手(と一応しておこう)をご存知だろうか?

すでに公式デビューして10年以上、年齢31歳、一昨年の紅白にも出場し、「深愛」という曲を熱唱、昨年の紅白にも連続出場するばかりか、前宣伝の番組に4回もアシスタントを務めているので結構多くの人間の知られるようになったかとは思うが。

Youtubeでは、ライブ映像は著作権上ことごとく消去されているので、公式プロモーションビデオへのリンクだけ、上述の「深愛」へのリンクを貼っておく。

●深愛(YouTube)

転調が多い高度で斬新な、J-POPとしてみても最先端の曲作りで、演歌的ヴィブラートを効かせて圧倒的な表現力で歌い切るこの曲に、何の予備知識もなく、紅白で接した時には、その新鮮さに驚くしかなかった。

しかし、彼女は「声優」であり「アニソン歌手」なのである。

私はいわゆる「ぜロ年世代(2000年以降)」のTVアニメを全く観てこなかった(まどか☆マギカでの復活まで)。彼女が声優として出演するアニメを試しに見てみたのもついこの前のことである(CLAMP原案の「BLOOD-C」の第一話のウェブ配信です)。

そのため長年のファンからすれば「にわかファン」に過ぎない。

(すでにずっとのファンの方、そういう人間が書くことだというつもりで読んでください)

******

とりあえす色々調べた結果を紹介文として書かせていただきます:

愛媛県新居浜市出身。両親が経営する歌謡教室で、みっちり演歌の手ほどきを受け、瀬戸内地域屈指の「のど自慢荒らし」となり審査員の目にとまり、「声優に興味がないかと」と誘われる。

上京して堀越高校に進学。代々木アニメーション学院声優科にも並行して通って学業と両立させ、卒業時に全コースから学業優秀・品行方正の卒業生1人に贈られる堀越賞を受賞。最初の所属事務所ではなかなか歌手としては芽が出なかったばかりか事務所は倒産、キング/スターチャイルドレーベル(アニソンの老舗である)に移籍してから大ブレイクする。声優としてはすでに13年のキャリアを持つ。

しかし、彼女の場合には通常の「声優が歌も歌う」場合とはまるで次元が違っている。あまりにも歌唱レヴェルが高く、先述の、演歌とJ-POPの融合した独創的な歌の世界は「奈々ワールド」としかいいようがなく、ドームクラスの大会場でのコンサートツアーを満杯にする熱烈なファン層を生み出している。

彼女の声の実力を信頼した”Elements Garden”という音楽集団とのコラボによって、一体何をどこまでやれるのかにひたすらチャレンジし続けている。

****

私はこの1年ぐらい、BSの幾つかの番組を通して感じていただけだが、奈々に限らず、この10年ほどのアニソンの世界というのは、通常のJ-POPよりも更に先鋭に、やりたい放題の曲作りがなされているようだ。

以前のように、歌手の売り出しのための階段として、まずはアニメとコラボレートするに過ぎない時代とは異なる。

もはやアニソンは時代の先端を行く堂々たる「音楽ジャンル」なのである。アニメを好きになったコアなファン層を安定した購買層としてあてにしていればいいので、プロデュースも既成の型に固められてはいないともいえる。

そういう中で、大衆への幅広い認知の領域に一歩飛び出したのが、水樹奈々ということなるようだ。

*****

彼女は何よりライブでの熱唱が凄く、小さな体で驚くべき歌唱水準を維持しているらしいとは噂に聞いていたので、私が彼女に投資する第一弾は、いきなり最新のライブのBDとなった。BDソフトはまだ「まどマギ」以外には持っていない(^^;)

この"NANA MIZUKI  LLIVE GRACE ORCHESTRA"と題するステージは、東京ニュー・シティ管弦楽団との横浜アリーナでの共演、しかも20曲、3時間近くに及ぶライブ。これだけの曲数を網羅したライブは他にないようである。

横浜アリーナなら、関東在住時代に、ayuのライブで何回か体験したことがあるが、すり鉢状に近い構造は、大会場ながら、ステージとの距離感・親密度が、代々木体育館などと比べてもずっと秀でている。そこに100名近いオーケストラのステージ。休憩をうまく挟みながらも、(ayuほどには)あまり過剰な演出はせず、歌をガンガン歌いまくる。それで確かにこの歌唱水準の終盤までの維持は只者ではなさ過ぎる。

そして何より聴衆が熱い。ステージとの一体感が凄い。はっきりいってayu以上である。

ボーナストラックとして、尊敬する美空ひばりの曲を数曲歌ったステージも収録されている。このひばりカバーの水準も非常に高く、彼女が今後何十年も歌手として歌いつづけられ、広い層に受け入れられる普遍的な歌手へと更に成長していくと感じさせられた。

*****

おしまいに、「深愛」とならぶ彼女の最大のヒット曲、”Eternal Blaze"も紹介しておこう。

ただし、これはいわゆる【MAD】である。わかりやすく言えば、アニメの名シーンをうまく編集した動画と歌のコラボであるが、水樹奈々出演作ではないアニメとコラボしたものとする。

要するに、またもや「まどか☆マギカ」ですが(^^;)、実は”Eternai Blaze"という曲を私が知るそもそものきっかけがこの動画である。

更に調べたら、この曲は、「まどか☆マギカ」の新房昭之監督が数年前に製作した「リリカルなのは」という、これまた魔法少女アニメで、彼女も主題歌兼声優とした出演していた・・・という意味では遠い連関があることになるので・・・。

*****

【追記】

彼女の自伝、「深愛」についてのレビューはこちら

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2011/10/09

「魔法少女まどか☆マギカ」を「演劇的」視点からとらえてみる。

久々のブログ更新です。

「魔法少女まどか☆マギカ」が「ニュータイプ・アニメ・アワード 2011」でついに12部門で受賞したそうです。

●驚異的な強さで「まどかマギカ」が12部門制覇、ニュータイプ・アニメ・アワード 2011

まどマギファンで、ここ2,3ヶ月、ニコニコ動画でまどマギの二次創作動画にはまりまくり、2chの様々なまとめ記事も読み尽くし、凝った内容のブログ記事も見つけまくり状態で、もはや自分でこの作品について語る言葉は浮かばない、大抵のこと他の人が凄い水準で書いている(追記:この件撤回)と感じていました。

それでもまあ、受賞記念でもありますので、私がAmazonレビューで、できるだけ、私が読んだ来た限りで、他の方と被らないようにしばらく前に書いてみたものを転載しておきましょう。

その前に、全然この作品を知らない人のために、Youtubeからの入門者向け動画を引っ張って来ておきます。歌は主題歌の「コネクト」です。

歌の前の冒頭のセリフ入りのシーンは、私がアマゾンレビューで対象とした、第10話(BD/DVD第5巻)の名シーンです。ファンにの間では「ネ申回」と言われています。ほんとうは11・12話(第6巻)になって、更にとんもない次元まで盛り上がりを見せるのですが。

以下、私のレビューを全文転載:

======

それまで謎に包まれ、ほんの小出しにしか描かれなかった、ほむらの能力や行動の動機が一気に種明かしされ、作品全体がまるで違って見え始めることで著名な10話を含む本巻です。10話というのは場面転換が神業的で、余計な贅肉は見事に削ぎ落とされています。

こうした大胆な「省略」の妙を可能にしているのが、本来ゲームの脚本家だった虚淵氏の力量であるという指摘は多いですね(ゲームの進め方次第で繰り広げられる並行世界やマルチエンディグを十分に構築する必要があるわけで)。

しかし、この作品の場面転換の妙は、実は10話以外でもかかなり頻繁にある気がします。例えば、きゅぅべエがいつもどこからともなく湧いて出るのは、本来個体ではないのだから理屈抜きに納得できそうですが(笑)、9話で、なぜまどかが線路を歩いているのか? (後続の11話ですが、)まどかはいつほむらの家の場所を知ったのだろう? などということがどうしても気になる人には、この作品は肌に合わないでしょう。

そこから思ったのですが、実はこの作品、まるで、ある程度象徴主義的な舞台構成をする演劇や歌劇を見ているつもりになるとしっくりする気がするということです。

主要登場人物が10名程度に絞りこまれていること。

登場人物の、まるでスポットライトを浴びるかのようなクローズアップと、舞台全体を後ろの席から見渡すようなロングショットの頻繁な交代、実はアクションシーン以上にといっていいほどに、登場人物同士の対話にウエイトがあることなど。

演劇なら、舞台の奥や上手(かみて)から唐突に登場人物が現れたりしても、演出が良ければ違和感はない。

長くても2時間前後でまとめねばならない演劇や歌劇、映画などでは、ドラマ全体の「構築」が優先され、贅肉を削ぎ落とされねばならない。12話1クールで完結のこの作品の場合も、物語進行のために最小限必要なこと以外、削りに削られていると思います。

例 えば、マミさんや杏子やほむらが突如「ひとりぼっち」「あなただけが友達」と言い出して次の行動の動機にすることなど、一本調子だと感じて、批判する人は批判するでしょう。しかし、それらを犠牲にしても、ストーリー後半に行けば行くほど、緊張度の高い、めくるめく圧倒的な展開になるのがこの作品の命でしょ う。

こうしたあたりには、虚淵さんのみならず、新房監督を始めとした映像スタッフの演出力が絶妙に絡み合ってなせる「力技」ではないかと思います。

もちろん、声優さんの演技力や、場面をこころえた見事な音楽の使われ方も含めて。

9話でいえば、魔女オクタヴィアのシーンの音楽は何度聴いても鳥肌が立ちますね。BDだと素晴らしいサウンドの広がりになります。

======引用終わり======

おしまいに、この作品のBGMとして一番ファンに親しまれている、通称「マミさんのテーマ」をこれまたYouTubeより転載。一度聴くと耳から離れなくなる名曲です:

もひとつ、このオリジナルテーマを一般の方が、更に再編曲したバージョンのも付けてしまおう。これはまさに「マミさん名場面集」的な動画ですが。

なお、まどマギの動画は、もっと「通」向きの凝ったのを、こちらでも紹介しています。

*「臨床心理学的」見地からの総合的考察こちら

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